イタリア・高速鉄道網の完成について

研究員の視点
〔研究員の視点〕
イタリア・高速鉄道網の完成について
運輸調査局 主任研究員 佐藤麗子
※本記事は、『交通新聞』に執筆したものを転載いたしました
2009 年 12 月、イタリアにおいてノヴァー
開通し、またトリノ~サレルノ間の南北縦貫
ラ~ミラノ間ならびにフィレンツェ~ボロー
路線については、国土の根幹部分を構成する
ニャ間の高速鉄道新線が開業した。この結
ことから優先的に投資が行われてきた。その
果、北部に位置するトリノから、ナポリの南
結果 2005 年以降開業が相次ぎ、高速鉄道
29km に位置するサレルノまでを結ぶ高速
のネットワークを順次拡大してきた(表 1 参
鉄道区間が全線開業し、国土の南北を縦貫す
照)
。
る 1,000km の高速鉄道網が完成した。これ
新線区間の建設費は、トリノ~ミラノ間が
により、高速鉄道の沿線都市で人口の 65%
68 億ユーロ、ボローニャ~フィレンツェ間
を包括することになり、イタリアの社会・経
が 45 億ユーロである。ただ、今回開業した
済・文化に大きな変革をもたらすものと期待
フィレンツェ~ボローニャ間において、イタ
されている。
リア半島の脊梁山脈であるアペニン山脈を貫
そこで本稿では、イタリア鉄道が発表した
通するため、79km の区間中 93%がトンネ
各種情報ならびにイタリアの新聞記事をもと
ル区間となり、建設には時間と費用を要した。
に、同国の高速鉄道網について紹介する。
このためイタリアの高速鉄道路線の 1km 当
たりの建設費は、ヨーロッパ諸国の平均額を
高速鉄道網の概要
大幅に上回るものとなった。
イタリアの高速鉄道は、トリノ~ミラノ~
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ボローニャ~ローマ~ナポリ~サレルノ間を
所要時間・運賃について
結ぶ南北軸線と、ミラノ~ヴェローナ~ヴェ
高速鉄道は営業速度最高 300km/h で運
ネツィア~トリエステ間を結ぶ東西軸線に
行する。今回の開業により、首都ローマとイ
よって、国土をT字型に貫く路線網を形成
タリア第二の都市ミラノは、所要時間 2 時
するように計画された。1977 年に国内初の
間 59 分となり、これまでより 30 分の時間
フィレンツェ~ローマ間の高速鉄道路線が一
短縮となった。同区間ではすでに 2008 年
部のみ開業して以来、長らく新規の高速専用
12 月に、従来の 4 時間から 3 時間 30 分へ
路線の建設は行われなかった。その後 1992
と 30 分の時間短縮が実現したことにより、
年に至ってフィレンツェ~ローマ間の全線が
1 年間で旅客数が 12%増加した(表 2 参照)。
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表 1 高速鉄道区間の概要
区 間
所要時間
1km 当たり建設費
供用開始
トリノ~ミラノ
1 時間
6,270 万ユーロ
2009 年 12 月
ミラノ~ボローニャ
1 時間
3,100 万ユーロ
2008 年 12 月
ボローニャ~フィレンツェ
35 分
7,630 万ユーロ
2009 年 12 月
ローマ~ナポリ
1 時間 10 分
3,050 万ユーロ
2005 年 12 月
ナポリ~サレルノ
30 分
2,600 万ユーロ
2008 年 1 月
出典:la Repubblica、2008.12.14
表 2 他輸送機関との所要時間・運賃比較
区 間
ローマ~ミラノ
(運賃)
ナポリ~ミラノ
(運賃)
ベネチア~ローマ
(運賃)
鉄 道
自動車(注 1)
航空(注 2,3)
2 時間 59 分(ノンストッ 6 時間 12 分
プ)
3 時間 45 分
(ボローニャ、
フィレンツェに途中停
車)
2 時間 55 分
1 等:109 ユーロ
2 等:89 ユーロ
162.33 ユーロ
割引運賃:97.86 ユーロ
普通運賃:353.86 ユーロ
4 時間 10 分
4 時間 55 分
(ローマ、
フィ
レンツェ、ボローニャに
途中停車)
8 時間 27 分
3 時間 05 分
1 等:125 ユーロ
2 等:98 ユーロ
213.67 ユーロ
割引運賃:75.80 ユーロ
普通運賃:319.80 ユーロ
3 時間 15 分(最速)
5 時間 37 分
2 時間 50 分
1 等:94 ユーロ
2 等:73 ユーロ
143.01 ユーロ
割引運賃:86.39 ユーロ
普通運賃:314.39 ユーロ
注 1)自動車料金は、高速道路料金、ガソリン代を合計したもの。
注 2)航空所要時間は、運航時間、搭乗・降機時間、市内から空港間のアクセス・イグレス時間を合計したもの。
注 3)航空運賃は、アリタリア航空のエコノミークラス利用の場合。
出典:Corriere della sera、2009.12.6
アンケートによると、ビジネスマンはパソ
高速鉄道の新線区間開業と時間短縮に合わ
コンや携帯電話の利用環境が整っていること
せて、定例の時刻改正が実施され、運賃改定
や都心直結の利便性などから、鉄道を選択す
も同時に実施された。そのため、従来に比べ
る意向を示している。高速鉄道網完成後の昨
て運賃額が引き上げられた結果、一部から値
年 12 月からは、ローマ~ミラノ間は従来の
上げを批判する声も出た。これに対してイタ
40%増となる 1 日 72 本の列車を運行して
リア鉄道は、表 3 に示すような各種の割引
おり、航空との競争においてイタリア鉄道で
運賃を設定するなど、利用しやすい運賃の提
はさらなる旅客の転移を見込んでいる。
供に努めている。
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表 3 各種割引運賃の内容
乗車券類
基本運賃
基準となる運賃。
フレキシブル
変更可能な運賃。未利用の場合、全額払い戻し。(1 等、2 等)
プロモ- 15%
7 日前までの予約で 15%割引。(1 等、2 等)
プロモ- 30%
15 日前までの予約で 30%割引。(1 等、2 等)
注)プロモの販売枚数は 1 ヶ月につき 35 万枚。提供座席数は、列車、時間帯により制限がある。
回数券類
磁気回数券
当日往復切符
(座席数の制限なし)
8 回分の運賃で 10 回乗車可能。(1 等、2 等)
2 等 99 ユーロ、1 等 149 ユーロ。
期間限定割引運賃(すべて 2010 年 2 月 28 日までの期間限定運賃)
1 等特別運賃
運賃額は非公表。
トリノ~ミラノ間プロモーション運賃(販
売枚数は 1 ヶ月につき 15 万枚)
1 人分の運賃で 2 人が乗車可能。(1 等、2 等)
特別運賃 48 ユーロ
(48 時間前までの事前予約が必要。販売枚数
は 1 ヶ月につき 10 万枚)
2 等限定。
出典:イタリア鉄道資料
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高速鉄道開業に伴う影響
25.6%、+9.2 ポイント)。ボローニャ(38.4%、
高速鉄道の開業は、駅周辺地区の不動産価
26.4 %、+12 ポ イ ン ト )
。 ミ ラ ノ(38.5 %、
格上昇をもたらしたという調査結果が出てい
27.5 %、+11 ポ イ ン ト )
。 ロ ー マ(34.5 %、
る。ガベッティ社の調査によると、高速鉄道
29.4 %、+5.1 ポ イ ン ト )。 ト リ ノ(27.5 %、
の運行する主要な都市で、高速鉄道駅周辺の
24.0%、
+3.5 ポイント)
。フィレンツェ(27.5%、
不動産価格の上昇率が市内の平均値を上回っ
29.8%、- 2.3 ポイント)
。このように、フィ
ているという結果が出ている。同社の調査結
レンツェを除いて、軒並み市内平均を上回る
果から、6 都市について具体例を示す。
結果となっている。
以下の都市名のあとのカッコ内は、2003
おわりに
年 か ら 2009 年 ま で の、 そ れ ぞ れ 各 都 市
2010 年 1 月 か ら は、EU 域 内 に お い て
の高速鉄道駅周辺地区の不動産価格上昇
国際旅客輸送が市場開放され、認証を受け
率、市内平均の不動産価格上昇率、および
た輸送事業者は国際旅客輸送サービスに自
両者の上昇率の差を示す。ナポリ(34.8%、
由に参入できるようになった。イタリアの
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高速鉄道には、民間出資の新会社“Nuovo
これにより鉄道市場の活性化や競争による
Trasporto Viaggiatori(NTV)” が 2011
サービス向上がもたらされるのか、あるいは
年から参入することを表明しており、同じ線
どちらかが淘汰されるのか、注目されるとこ
路上でイタリア鉄道と競合することになる。
ろである。
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