診断用イメージングシステムにおける東芝CTスキャナ TCT-60A --

Vol.34 No.2 (1979)
UDC 616-073.75:778.33
診断用イメージングシステムにおける東芝CTスキャナ TCT-60A
---X線CTにおける映像技術--Toshiba Scanner TCT-60A-lmaging Technology in X-Ray Computed Tomography
斉藤 雄督<1>
斉藤 清人<1>
Katsuyoshi Saitô* Kiyoto Saitô*
小野 勝弘<2>
神保 昌夫<1>
Masao Jimbo*
朝比奈清敬<1>
牛久保 公平<1>
Kiyotaka Asahina* Koohei Ushikubo*
Katsuhiro Ono, Sc.D*
人体の割断面を鮮明に描出するCTスキャナは,今や診断用イメジング・システムの一大分野を占めるに至った。当社
はROTATE/ROTATE方式の全身用CTスキャナとして東芝スキャナTCT-60Aを開発した。4.5秒内という高速スキャニン
グの達成,直接拡大撮影方式の導入などにより優れた診断能力を発揮しているほか,パルスX線と高感度多チャネルゼノ
ン(Xe)ディテクタの組合せによる患者被ばく線量の低減,ストレッチャ・マウント方式寝台や高速画像再構成処理装置の
採用による患者処理能力の向上などを達成している。
The CT(computed tomography) scanner now occupies a large division in the field of imaging systems for diagnosis.
Toshiba Scanner TCT-60A has been developed as a whole-body CT scanner of the rotate/rotate type. With high-speed
scanning (4.5s) and adopting directly magnification, it demonstrates satisfactory images of various sections of the body.
Additional features of this system are: (1) reduced patient dose achieved by the combined use of pulsed X rays with a highsensitivity multichannel xenon detector, and (2) enhanced patient through-put by a mobile patient couch,high-speed array
processor, etc.
Key words : Medical equipment, Diagnosis, X ray apparatus, Scanning, Data processing, Images,
Computed tomography, Development, Trends
[1] まえがき
X線撮影は現在最も広く用いられている手法であるが,人体という三次元の広がりを持つ物体を二次元のX線フィルム
上に化学変化に基づいて表現するものであるため,本質的に重畳陰影を生ずる微小なX線吸収差を表現し得ないなど,
ある種の制約を伴う診断方法である。
こうした制約を少しでも乗り越えようと従来から多くの試みがなされてきた。ポーランドのKarl Mayer,フランスの
E.M.Bocage らが1900年代初頭に断層撮影法の基礎を確立しているし, 1945年から1960年代前半にかけての,日本の
S.Takahashiによる回転横断撮影法の完成,米国のKuhl,Edwardsによる核医学分野での体軸横断撮影の提唱(1)など枚挙
にいとまがない。
しかし,原理的に重畳陰影を取り除き,厚い骨で囲まれた頭部の割断面さえもみごとに描出できるX線CTスキャナの出
現は斯界にこれまでにない大きなインパクトを与えた。
X線CTスキャナは英国EMI社のG.Hounsfieldにより発明され(2),1973年EMIスキャナの名称で登場して以来,わずか数年
の間に撮影方式を中心に多様なバリエーションが産み出され,今日ではX線イメージングシステムの一大分野を形成す
るに至った。CTは,オーストリアの数学者J.Radonが二次元あるいは三次元の物体はその投影データの無限集合から一
意的に再生できることを数学的に説明した(3)ことに原理を発している。
当初からCTスキャナが診断用イメージング システムとして極めて優れたものであるとの認識を抱き,当社はEMI社との
間に販売上の契約を結び,日本に最初に頭部用スキャナを導入したのをはじめ, EMI社が世界に先がけて撮影時間20秒
という本格的な全身用CTスキャナを開発するに及び, 1976年には同スキャナの導入にも尽力した。
一方EMIスキャナの販売,据付け,使用の経験を通し,実用的なCTスキャナはどうあるべきかを学ぶ機会を得て,1976年
8月,ROTATE/ROTATE方式の全身用スキャナを独自に開発するため全社的なプロジェクトチームを結成し,撮影時間4.5
秒という世界的に最高レベルに位置づけされる全身用東芝スキャナTCT-60Aを完成し,1978年1月臨床テストを開始,同
年8月製品を販売するに至った。
以下,同装置の紹介を兼ねながらX線CTスキャナにおける映像技術のあり方について触れてみたい。
[2] X線CTスキャナの歴史的背景と最近動向
現在最も実用化の進んでいるX線を利用したCTスキャナは,意図する断層面の厚さに合わせてコリメーションされたビ
ーム状X線を照射するX線発生系と被検体をはさんで対向した高感度X線検出系が一体化されたものを基本構成の一
部としている。これを被検体に対して回転させながら撮影することで多方向からのX線投影データを取り込む。データは
ディジタル演算による画像再構成処理がコンピュータで施され,被検体断層面各部のX線吸収度を濃淡面像でCRTなど
のディスプレイに表示する。
X線CTスキャナが頭部だけでなく全身を撮影対象とするにつれ,撮影中の被検体の動きに起因するアーティファクト(偽
像)の発生,ひいては画質の劣化が大きな問題となる。
歴史的に見ると,主として撮影時間の短縮を目的にいくつかの撮影方式が開発されてきたが,たとえ方式が異なっても
X線CTスキャナである以上,被検体に関して多方向からの,しかも空間的に均一に分布した投影データが要求される点で
は変りはない。
方式は大きく(1) TRANSLATE/ROTATE方式, (2) ROTATE/ROTATE方式, (3) STATIONARY/ROTATE方式に分ける
ことができる。
2.1 TRANSLATE/ROTATE方式(図1)
X線源として,ペンシルビームと呼ばれる細い1本のX線を用いる方法(図1(a))は歴史的にも一番古いが,なにぶんにも
撮影時間が長く(200~300秒)実用機としての価値は失われている。この方式の長所を残しかつ撮影時間の短縮化を図
ったのが, X線源に多少の広がりを持った扇状のもの(通常3~15°)を利用した方法である(図1(b))。
検出器もX線形状に対応して複数個(6~30個)を並べて用いる。X線ビームの広がり角をα°とすると1回の
TRANSLATE動作(X線管と検出器が一体となって被検体に対し直線走査をする)によって図1(b)のようにα°の角度成
分を持ち,しかも互いに平行かつ等間隔に分布した投影データが得られる。この方法ではα°ごとにROTATE動作(X線
管と検出器が一体となって被検体に対し一定角度回転する)を行えばよいので, TRANSLATE並びにROTATE 動作の回
数を1/αに減らすことができ,撮影時間も10~60秒に抑え得る。
現在でも実用機として用いられており,価格面でも比較的安価で将来もなんらかの形でこの方式は存続すると考えて
よい。
図1. TRANSLATE/ROTATE方式の原理図
Explanatory diagram of translate/rotate CT scanner
2.2 ROTATE/ROTATE方式(図2)
撮影領域を包含する扇状X線(通常広がり角は30~40°)がX線管から放射され,被検体をはさんでX線管に対向して
配置された円弧状の検出器に被検体を透過したX線が到達する。
通常検出器は周密に配列された数百に及ぶ検出素子群から構成されており,高圧ゼノンガス検出器や半導体検出器
が実用化されている。撮影にあたっては,通常X線管と検出器が一体となって被検体のまわりを360°回転
(ROTATE/ROTATE動作)し,その間に数百回にわたって被検体に関し多方向からの投影データを得ると撮影は終了す
る。
単に回転動作だけで撮影できるためTRANSLATE/ROTATE 方式に比べ機械的に信頼度の高い優れたシステムが実
現できるうえ,撮影時間も3~10秒と高速化できる。
一方,安定した高精度の検出器が必要なこと,撮影対象が小さくなると検出系,ディスプレイ系を常に有効に利用できな
いため,頭部などの撮影では像が悪くなるなどの欠点をもつ。
当社は,安定した高圧ゼノンガス検出器を開発するとともに,後述するシフト機構を組み入れた直接拡大撮影方式を採
用することで問題を解決し, TCT-60Aの商品化に成功した。
図2. ROTATE/ROTATE方式の原埋図
Explanatory diagram of rotate/rotate CT scanner
2.3 STATIONARY/ROTATE方式(図3 )
被検体を囲んで多数(600~1,000個)の検出器が円周上に配置され(STATIONARY配置),検出器と被検体の間にX線
管が配置され扇状のX線ビームを放射しながら360°回転する(ROTATE動作)方式である。ROTATE/ROTATE方式と並
んで全身用スキャナに採用されはじめたが, CT像の空間分解能を投影データのサンプリング点数を増減することで比較
的容易にコントロールできる反面,X線の利用効率が悪いこと,多数の検出器の性能維持が難しいうえに高価になりやす
い欠点がある。
ROTATE/ROTATE方式との優劣は臨床面も含め,今後にまつことになろう。
図3. STATIONARY/ROTATE方式の原理図
Explanatory diagram of stationary rotate CT scanner
[3] 直接拡大撮影方式による画質向上
ROTATE/ROTATE方式以外のCTスキャナでは,小さい撮影対象に対しては,データサンプリング間隔をより狭くするこ
とで比較的容易に空間分解能の向上を図ることができる。
ROTATE/ROTATE方式でのこうした面の欠点を補うため,TCT-60Aでは図4に示すような直接拡大撮影方式を採用し,
性能の改善を図った。
図4(A)のように撮影領域内で撮影対象が小さい場合,斜線で示した部分の検出素子はCT像の画質に全く寄与しない
が, (B),(C)のようにX線管とX線検出器を一体としてシフト(変位)し,撮影対象に近づけると,すべての検出素子を有効に利
用することができる。
図4. 直接拡大撮影方式による撮影領域の切換え説明図
Explanatory diagram of real image multiplication in CT scanner
同時にデータのサンプリング間隔をより狭くして空間分解能の向上も図ることができる。もちろん,この方法ではX線管
焦点の大きさが性能に影響することや,機構が多少複雑になり,装置が大きくなるなどの欠点も考慮しなければならない
が, TCT-60Aではシステムとしてのバランスを考慮し,最適な拡大率の設定を行っている。
図5は直接拡大撮影方式により高コントラスト分解能が向上する様子をMTF曲線(実測値)で示したものであるが,撮影
領域として頭部および子供撮影用の(S),一般体部撮影用の(M),および肥満体撮影用の(L)の3段階が用意されており,小
さな撮影領域ほど空間分解能が向上していることがわかる。MTFの測定法はW.J.Maclntyreらと同じ方法を用いた。
図5. 直接拡大撮影方式のMTF曲線による評価
MTF evaluation for real image multiplication in CT scanner
シフト機構による直接拡大撮影方式のもう一つの利点である検出器利用率の高さを図6に示す。
STATIONARY/ROTATE方式よりも,また一般に行われているROTATE/ROTATE方式に比べてもはるかに優れているこ
とが分かる。
図6. 各方式における検出器利用率の比較
Comparison of detector utilization given by different types of CT scanner
[4] TCT-60Aの概要
4.1 動作原理
CTの動作原理の基本は,対象領域の各画素に対しあらゆる方向からのX線ビームを透過させ,それらの透過データか
ら画素のX線吸収係数(μ)を求めることにある。そのためそれらの透過データを得る方式は種々考えられる。それらが代
表的な三つの方式に分けられることば前述したとおりである。
当社の開発したTCT-60Aのデータ収集方式では図7に示すようにX線形状は扇状となって被検体を包含し, X線発生
源は対向する円弧状の検出器列とともに360°にわたって回転し,前述の"あらゆる方向からのX線透過ビーム"を得て
いる。この方式により4.5秒ですべてのデータ収集を行っている。次に図7をもとにしてTCT-60Aの動作を説明する。
図7. TCT-60Aの構成図
System block diagram of Toshiba scanner TCT-60A
X線発生系はX線制御器,高圧発生器,高速スタータ,テトロードボックスおよびX線管によって構成される。ここで管電圧
120kV,管電流350mAまたは100kV, 400mAの条件でパルス状のX線を発生させ,被検体にスライス幅12mmまたは8mmで
ばく射する。パルス数は1回転につき300と600が選択できる。
X線管から発生された扇状X緑はウェッジフィルタと被検体を透過し検出器に至る。X線は物質のX線吸収系数をμ,透
過路をlとしたときexp(-∫μ(l)dl)の比で減弱するので,被検体の透過厚の変化に対して検出器へ入射するX線強度は極
めて大きく変化する。
この大きなダイナミックレンジを小さくするためにウェッジフィルタをX線透過路にそう入している。ウェッジフィルタには
このほかにも線質を揃えるという大きな目的もある。
検出器は30°の角度方向に320個の素子に分割されており,入射X線はこの細かな検出素子に振り分けられる。検出
器の内部には高圧Xe(ゼノン)ガスが封入されており,入射X線によって電離される電子を電極に集めX線強度に比例する
電流をとり出す。 検出器の性能はCT画像の質を決める重要な因子であり,次のような要請を満足させなければならな
い。
(1)検出器素子間隔が小さい。
素子間隔寸法がCT画像の空間分解能を決定する。
(2)量子変換効率が高い。
入射X線の量子ゆらぎがCT画像のノイズ通を決定する原理的制約となるので,検出器の量子変換効率を高くして検出
器出力のゆらぎを入射X線の量子ゆらぎに近づけなければならない。
(3)入出力直線性が良い。
入射X線強度の変化幅は前述したように大きいので,その変化幅に対して入出力直線性が良好でなければならない。
(4)安定性
CTの検出系の安定度は数千分の一以下でなければならない。この性能を与えられた温度,湿度,振動などの諸条件
に対して満足させる必要がある
検出器出力電流はデータ収集部でばく射期間にわたって積分され,次にAD変換されてコンピュータシステムへ転送さ
れる。データ量は1回転300パルスの時, 300×320=96,000語となり,600パルスの時はその2倍のデータ量となる。
データ収集部も検出器素子数と同じく320チャネルで構成され,多チャネルデータ収集をしている。検出器微小出力電
流の高速多チャネルデータ収集を実現するために回路構成および実装法が特に重要である。また主検出器とは別に比
較検出器を備えており,これによってX線源の強度をモニタし,後述する前処理ソフトウェアでのX線強度補正のためのデ
ータとしている。
データ収集部でディジタル化されたデータは,いったん磁気ディスク装置に格納され,つづいて前処理ソフトウェアによっ
て各種補正がなされる。前処理には主として次の種類がある。
(1)検出系ハードウェアの補正
(2)X線強度補正
(3)CTナンバ補正
(4)対数変換
前処理されたデータは吸収係数のX線透過路にわたる積分値に比例する量となっており,画像再構成処理によって被
検体の各画素の吸収係数μ(x, y)に比例する量としてのCTナンバが得られる。CTナンバはTCT-60Aの場合,水を0 ,空
気を-1,000,骨を約1,000と定義したスケールである。
画像再構成アルゴリズムは, CTによって断層像を得るための最も基本的な処理であり, CTの革新性を表現している。
そのアルゴリズムの基本的部分をTRANSLATE/ROTATE方式について示す図8によって説明する(4)。
図8. TRANSLATE/ROTATE CTの再構成法説明図
Explanatory diagram for image reconstruction principle in translate/rotate CT scanner
図に示す座標(x, y)における被検体のX線吸収係数をf(x,y)としたとき,被検体を透過した時のX線吸収率の対数変換g
(X,θ)は(1)式で表される。一方, /(x,y)の二次元フーリエ変換は(2)式で表される。
g(X,θ) = ∫-∞∞f(Xcosθ-Ysinθ,Xsinθ+Ycosθ)dY
(1)
(2)
F(ξ , η) = ∫-∞∞∫-∞∞f(x, y)・exp[-i (ξx+ηy)]dxdy
ここで(ξ , η)は直交座標で表されているが,これを極座標系(ω,θ)に変換すると
F(ωcosθ, ωsinθ) = ∫-∞∞∫-∞∞f(x,y)・exp[-iω(xcosθ+ysinθ)]dxdy
= ∫-∞∞[∫-∞∞f(Xcosθ-Ysinθ, Xsinθ+Ycosθ)]・exp(-iωX)dX
= ∫-∞∞g(X,θ)・exp(-iωX)dX (3)
が得られ,またこのフーリエ逆変換を行えばf(x,y)が得られる。
f(x, y) = (1/(8π2))∫02π∫-∞∞F(ωcosθ,ωsinθ)・exp[iω(xcosθ+ysinθ)]|ω|dωdθ
= (1/(8π2))∫02π[∫-∞∞F(ωcosθ,ωsinθ)|ω|・exp(iωX)dω]dθ
= (1/(2π))∫02πq(xcosθ+ysinθ,θ)dθ
(4)
ただし,ここでq(X,θ)は
(5)
q(X,θ) = (1/(4π))∫-∞∞F(ωcosθ,ωsinθ)|ω|・exp(iωX)dω
である。(5)式のF(ωcosθ,ωsinθ)にフィルタ関数 H(ω)=|ω| を作用させるということは実空間では
(6)
h(X) = (1/(2π))∫-∞∞H(ω)・exp(iωX)dω
によって得られる関数をF(ωcosθ,ωsinθ)のフーリエ逆変換であるg(X,θ)に対し重畳積分を計算することである。し
たがってq(X,θ)は次式によって求められる。
q(X,θ)=(1/2)∫-∞∞g(X',θ)・h(X-X')dX' (7)
ゆえに, q(X,θ)は(5)式で表されるようにフーリエ変換によって求めるか,あるいは(7)式によってe(X,θ)から直接求める
ことができる。q(X,θ)を計算したあとで(4)式で表される計算を行う。この処理を逆投影(Back Projection)と呼んでいる。
以上の諸式に対して実際の計算は離散データとしてまず(7)式,あるいは(5)式によってq(X,θ)を計算し,つづいて(4)式
を計算することにより再構成各画素の値f(x,y)を得ることができる。このときの計算量はばく大になり,通常のミニコンでそ
のまま実行したのでは数十分かかってしまう。われわれはこの再構成計算を高速に処理するために高速演算装置
FRU-60Aを開発し(5),40~100秒の再構成時間を得ている。
再構成されたCT像はディスプレイコンソールのTVモニタ上に表示され,その像の写真撮影をすることもできる。人体の
CTナンバはおよそ-1000~+1000の間にあるが,その変化幅が広いので,表示はウインドレベルとウインド幅を操作するこ
とにより任意のCTナンバの領域を白と黒の間のグレイレベルで行うことができる。
4.2 特長
TCT-60Aの特長を次に示す。
(1)高速スキャンができるのでアーチファクトの少ない画像を得ることができる。
(2)直接拡大撮影方式により被検体サイズに応じた最高の空間分解能と検出器利用率を得ることができる。
(3)パルスX線を採用しているので被ばく線量が少ない。
(4)撮影対象に応じて最適の画像再構成条件をコンピュータとの対話により選ぶことができる。
(5)画像処理内容が豊富である。
(6)ストレッチャマウント方式の寝台によって患者ハンドリングが極めて良い。
(7)専用プロセッサが標準装備されているので画像再構成時間が短い。
(8)スキャノグラフィの応用により高精度の位置決めができる。スキャノグラフィとはROTATE/ROTATE方式のCTスキ
ャナに極めて有利な技術で,ばく射ごとの検出器の出力を計算機処理して得た透視画像を称している。
このような特長を持つTCT-60Aの外観を図9,図10に示す。
図9. 架台,寝台の外観
Exterior of scanner gantry and patient treatment couch
図10. コントロールコンソール,ディスプレイコンソールの外観
Exterior of control console and display console
4.3 定格
TCT- 60Aの定格を以下に示す。
4.3.1 撮影条件
撮影対象
頭部を含む全身
撮影方式
360°全回転方式
撮影時間
4.5秒, 9秒
開口部
直径600 mm
撮影領域
L: 400mmφ, M: 350mmφ, S: 270mmφ
斜入撮影角度 前傾15°から後傾20°
スライス厚み 12mm, 8mm
撮影スライス数 1スライス/スキャン
4.3.2 X線発生条件
X線形状
扇状X線ビーム,広がり角度30°
X線パルス数 300/600パルス
X線パルス幅 1~4ms
X線管電圧 120/ 100kV
X線管電流 120kVのとき 350/175mA 100kVのとき 400/200mA
4.3.3 X線検出系
方式
高圧Xeガス検出器
主検出器 320個
比較検出器 1式
4.3.4 データ処理
再構成マトリックス
320×320または160×160
再構成画素寸法
0.85mm(Sサイズ), 1.1mm(Mサイズ),1.25mm(Lサイズ)
再構成ソフトウェア
12種類
再構成時間
40~100秒
X線吸収係数測定範囲 CTナンバ -1000~+1000以上
中央演算処理装置
TOSBAC-40D,主記憶容量128kB
高速演算装置
FRU-60A
磁気ディスク装置
記憶容量30 MB
磁気テープ装置
2,400ft標準テープ
画像記憶
1,600bpi 約150枚
4.3.5 画像表示
画像表示マトリックス
320×320, 160×160
CTナンバ表示範囲
-999~+999
ウィンドウ幅
M, 60, 80, 100, 200, 400, 800,1200および0~1200連続可変
ウィンドウレベル
-400, -100, -50, 0, 50, 100, 200, 400および連続可変
表示画像グレースケール 256段階
診断用TVモニタ
14in形
撮影用TVモニタ
7in形
画像処理
白黒反転,マーク表示, 関心領域設定, 拡大(4倍, 9倍),平均値および標準偏差算出,
ピクセル数算出,ヒストグラム,プロフィール,バンドディスプレイ,
マルチフレームディスプレイ,サブトラクション,コメント入力,2点間距離測定,
ズーミング,断面変換
4.3.6 寝台
構造
ストレッチャマウント方式
移動速度 上下 20mm/秒,前後 25mm/5mm/秒
ストローク 上下 420mm,前後 1350mm
4.4 システム性能
CTの性能を評価する因子として,(a)ノイズ量,(b)空間分解能,(c)密度分解能,(d)CTナンバの直線性および安定性, (e)被
ばく線量,がある。ここでは,(a)~(c)について述べる。
4.4.1 ノイズ量 4.1節で述べたようにCTナンバは,水を0 ,空気を-1,000,骨を約+1,000とスケーリングしてあることから,
水ファントムを撮影したときに, CTナンバは0になるべきであるが,各系が様々なゆらぎを持つために,一般にはノイズ量を
関心領域(ROI)内の平均値,標準偏差(S.D)で表現することが多い。TCT-60Aで250mmφの水ファントムを撮影したとき
に,MEAN=0, S.D=0.3%以下の一様性を得ている。ここで注意したいのは, X線の照射条件,水ファントムのサイズ,再構成の
フィルタ関数などによってS.Dが変化することである。
4.4.2 空間分解能 空間分解能は例えば高コントラスト(アクリル樹脂と空気など)ファントムの識別できる孔経で示さ
れる。図11にファントム像を示す。下段から9番目の1mm直径の穴を識別できる。更にTCT-60Aでは,確度の高い情報を
提供するために,ズーミングのソフトウェアを備えている。図12のズーミングの結果は1mm直径の穴(下段から9番目)の識
別をより明白にしてくれることがわかる(10番目の穴はウィンドレベル設定の関係で見えなくなっている)。
図11. 高コントラスト ファントム再構成画像
Reconstructed phantom image for high contrast resolution
図12. ズーミング処理による高コントラスト ファントム像
Reconstructed phantom image for high contrast resolution (by zooming software)
4.4.3 密度分解能 CTナンバの差の小さい2種の物質,例えば,アクリル樹脂と硫酸銅希釈溶液を識別するためには,
CTナンバのばらつき(標準偏差)を極力抑えることが必要であり,それには系のS/Nの向上, X線量の増加を図らなければ
ならない。図13に元す低コントラストファントム(図中の数字は穴径mmを示しており,この空孔に硫酸銅希釈溶液を満たし
たもの)を撮影した結果を図14に示す。CTナンバで1.7%の差の3mm以下の穴径まで識別できることが分かる。
以上の高いシステム性能の実現は臨床に大きく寄与している。
図13. 低コントラスト ファントム パターン
Phantom pattern for low contrast detectabihty
図14. 低コントラスト ファントム 再構成画像
Reconstructed phantom image for low contrast detectabihty
4.5 臨床例
TCT-60Aは現在すでに多数の病院で稼働している。これらの病院で得られた臨床例の中からわずかではあるが,頭
部,胸部,腹部の症例を口絵並びに図15,図16,および図17に示す。
図15. 頭部症例 膠芽腫
Clinical result (brain)
図16. 胸部症例 子宮癌の肺転移
Clinical result (chest)
図17. 腹部症例肝硬変に伴う牌蔵の腫大
Clinical result (abdomen)
4.5秒という高速スキャンとROTATE/ROTATEという撮影方式の組合せにより随意・不随意の体動に基因するアーティ
ファクトの極めて少ない忠実な画像が得られている。そのうえ高分解能検出器とシフト機構による直接拡大撮影方式の
相乗効果により画像は分解能が優れ,しかもノイズ量の少ないものとなっている。
[5] 今後の問題
TCT-60Aの開発を進めるにあたり,日常の操作から日本人にとって不慣れなコンピュータのKey入力をできるだけ減ら
したり,システムの稼働状態を集約して表示する,X線管のWarm.upを自動化するなどの操作性の追求を行った。
また,重症患者用にストレッチャ マウント方式寝台の採用,高速画像再構成のための専用プロセッサの採用,外部およ
び内部投光器による立体的位置決めなどに代表される患者処理能力の向上も考慮した。
一方,画像再構成時のフィルタ関数の選択ができる,断面変換処理,ヒストグラム処理などの強力な画像処理機能を標
準装備するなどの研究業務に対しても十分配慮した。
こうした面でTCT-60Aは,人手の足りない中小の病院,不特定多数の人が必要に応じて随時扱える救急病院,多数の
患者をこなす必要のある大病院,研究業務が日常要求される大学病院や研究所などあらゆる形態の病院に適合できる
万能形スキャナの性格をもっているといえる。しかし全身用スキャナが真の実用段階を迎えつつある現在,実際の臨床
経験を通してより良い装置にするため見直すべき点も多々ある。
当社は,これらの諸点に情熱を傾けて対処し,時代を超えたトップレベルのCTスキャナを常に追求している。
すでに開発構想時から製品化の段階までソフトウェアの見直しを種々行った。主なものは次のとおりである。
(1)病院の使用形態に応じ,ディスク内のデータファイルの構造を切り替えるようにした。
(2)画像再構成をバックグランド処理として常時実行し,患者処理能力を高めた。
(3)画像データの編集機能を持たせた。
(4)ディスク内のデータ収納量を増加した。
(5)新手法により,ディスク,磁気テープ内の収納画像データを大幅に増やした(当社比約2倍)。
その他,使い勝手に関する種々の改良をはじめ,任意形状ROIの指定,ノンリニア ウィンドウ機能などを盛り込んだマイ
クロコンピュータ内蔵形のディスプレイ コンソール,CTスキャナと治療計画の直結,心拍などの生体情報連動撮影などに
関する開発も鋭意進めている。
ところで,CTスキャナは超音波,核医学などと同様,診断用イメージングシステムの一翼を担うものであり,最も重要な性
能である画質の向上は将来とも努力を続けてゆかなければならない。
画質の一層の向上を図るために,すでに採用している直接拡大撮影方式と検出器の多素子化による分解能の向上,X
線管の小焦点化と大容量化,画像再構成ソフトウェアの改善などの作業を精力的に進めており,空間分解能および密度
分解能をより高めることや,画像の粒状性をより細かくかつ均一なものとするなどの面で成果をあげつつある。その一例
として図18に2種のソフトウェアによる水ファントム像を示す。
同一の水ファントム データを用いたにもかかわらず図18(b)のほうは粒状性が一段と向上しており,かつ,均一であるこ
とが認められ,頭部臨床例に適用した場合の効果が大いに期待できる。
図18. ソフトウェアによる画像の比較
Comparison of water phantom images given by different softwares
[6] あとがき
東芝スキャナTCT-60Aに的を絞ってX線CTスキャナにおける映像技術の現状と近い将来の展望を述べたが,目をCT
スキャナ全般に転ずればその展開は多彩であり,また,おのずと他の診断用イメージング システムと深いかかわりを持
つことになろう。
エミッションCT(6)とトランスミッションCTの結合,アナログプロセッシングCTと治療機の結合,リニアトラバースCTおよび
その原理を応用したダイナミックCT,位置決めと複合診断の両方を目的としたCT画像と各種医用画像の統一表示など
が実現する日もそう遠いことではあるまい。
TCT-60Aは,開発を開始してから満2年目で製品を世に送り出すことができた。
試作機の臨床試験は国立がんセンターで行ったが,臨床面の不具合点を装置にフィードバックするうえで同センター関係
各位にいろいろご協力いただいたことを深く感謝いたします。
なお掲載した各種臨床例は,国立がんセンターおよび名古屋市立大学医学部付属病院からご提供をいただいたもの
である。
文献
(1)D.E. Kuhl et al : Image separation radioisotope scanning, Radiology, 80, pp. 653~651, (1963)
(2)G.N. Hounsfield : A method of and apparatus for examination of a body by radiation such as X-ray or gamma
radiation, British patent No.1283915, London, (1972)
(3)J.Radon : On the Determination of Functions from Theirlntegrals along Certain Manifolds, Ber, Saechs. Akad. Wiss.
Leipzig. Math. Physics Kl., 69, pp. 262~277, (1917)
(4)井上多門 :「コンピュータトモグラフィとは」"bit"9,3 (1968)
(5)N. Okuda, et al. : IMAGE RECONSTRUCTION PROCESSOR FOR COMPUTERIZED TOMOGRAPHIC SCANNER
UJCC , (1978)
(6)M.M. Ter-Pogossian, et al. : A positron-emission transaxial tomograph for nuclear imaging (PETT), Radiology, 114,
pp. 89~98, (Jan 1975)
<1> 医用機器CT技術部 *Computed Tomogaphy Eng. Dept.
<2> 医用機器CT技術部 理博