1. 緒言 複写機やプリンタ等の電子写真関連機器では,高 速化,高画質化とともに省エネルギー化が大きな技 術課題であり,複写機に対しても図 1 に示すように 消費電力の規制が実施されている。また,機器のコ ンパクト化,高密度化に伴って発熱密度が急増して いることから,機器の熱問題が重要視されるように なり,簡易な熱設計手法の開発が望まれている。 複写機やプリンタの定着器では,内部で自然対流 が起こり,定着ローラの熱が定着器外部へ運びださ れている。そこで,複写機の省エネを目指し,取り 組んだ定着器内部の熱流体解析の結果を報告する。 エネルギー消費効率(wh/h) 複写機の定着器内の自然対流 シャープ株式会社 A1210 プロジェクトチーム 多久島 朗 500 現行省エネ法規制値(00 ∼05 年) 400 300 200 100 改 正 省 エ ネ 法 規 制 値(06 年 0 10 20 30 40 50 枚/分 60 70 80 図 1 エネルギー消費効率と省エネ規制値 2. 定着器の熱問題 複写機の画像形成記録装置に装着され未定着トナーを記録媒体に定着させる定着ローラ 式定着器は,機器全体の消費電力の約6割を消費している。複写機は図 2 のような運転モ ードで試験されるが,装置の各運転モードのうち,待機モード時に消費される電力量が図 3 に示すように全体の約 8 割と最も大きい。従って,省エネルギー化には待機モード時にお ける定着器の断熱設計を行うことが最も効果的である。 100 (%) "Low power"mode 80 60 83% 77% 40 "Stand by"mode "Copy" mode "Warm up"mode 20 0 Total Fusing unit 図 3 運転モードごとの消費電力の比率 図 2 複写機の運転パターン 本研究で用いた定着器の断面概略形状を図 4 に示す。定着器は,ヒータを内蔵した定着 ローラとそれに圧接する加圧ローラと,両ローラを支持し,装置外枠を兼ねるフレームと から構成される。待機モード時には両ローラは停止しており,定着ローラは内蔵するヒー タにより加熱され,定着ローラ外周面が所定の定着温度となるよう温調管理される。 このとき,定着ローラから放出される熱は,輻射や熱伝導,定着器内部空間に生じる自 然対流によって運ばれ,フレームや通紙開口部を通じて外部へ放出される。さらに,感光 体や基板を冷却するために複写機内部に配置されたファンによって形成される流れや,定 着器固定部分から他部品への熱伝導等の影響を受け放熱が促進されている。しかし,これ ら定着器周囲の影響を考慮するのに十分な実験精度を保つことは非常に困難であったため, 本研究では解析対象を定着器に限定した。 1 Fan Drum 100 mm Heat roller 100 mm Heater Fusing unit Frame Pressure roller (b) 定着器 (a) 複写機 図4 複写機と定着器の構造 3. 実験による放熱経路の分析 定着器の放熱経路を簡単に分析する手法として,熱 回路網法(1)がある。熱回路網法とは,伝熱経路の代表 ① 点に節点を設け,各節点間を熱抵抗 R で接続した回路 を形成し,節点の温度や熱流束測定値から算出される ② ⑥ 熱抵抗値をもとに熱分析を行う手法である。この熱回 路網法を定着器に適用して,図 5 に示すような定着ロ ーラを起点とした 6 つの経路を設定し,その経路上に ⑤ 節点を設けた。 ③ 各経路と節点間の熱抵抗値を求めるため,6つに分 ④ 割した各壁面を通過する熱量,各節点温度,ヒートロ ①∼⑥:Wall no. ーラ温度,環境温度の計測を熱流束センサ,熱電対を 図 5 熱回路網 用いて行った。計測位置を図 6 に示す。また,定着器 側面についても同様に測定した。通紙口等開口部から の放熱量は全消費電力と壁面放熱量の差とした。実験は表 1 のように,待機モードを想定 して,定着ローラ表面温度を 175℃一定に制御し,各計測温度が定常となるまで放置後, 100 ① × × × 550 mm 330 mm ×× ⑥ 30 × × 27.5 ② 300 mm 23 定着器 断熱箱 ×× × ⑤ ×× × × ×④ 25 ③ 74 ×:10mm from the frame (b) センサ位置 スタンド (a) 実験装置概観 図 6 実験装置の外観 2 サンプリングを行った。 表 1 実験条件 周囲温度 26℃ ヒートローラ温度 175℃ 測定時間 3h 放置後 20min 測定 サンプリング時間 2s 測定点 温度 18 点,熱流束 7 点 計測結果をもとに,次式から熱抵抗値を算出した。 Fj Aj = (Tjk − Tjk −1 ) / R jk (1) 4 ∑ 1 / R jk , j = 1 1 / R j = k3=1 ∑ 1 / R jk , j ≠ 1 k =1 6 ∑ Fj Aj = (Th − To ) / R1 (2) (3) j =1 6 (4) Q − ∑ Fj Aj = (Th − To ) / R2 j =1 ここで,j は経路,k は経路上の節点,Aj は面積,Rjk は測定点jk と内側の測定点jk-1 の 熱抵抗,Rj は測定面jの熱抵抗,R1 は壁面の熱抵抗,R2 は壁面以外の通紙口等の熱抵抗値, Th はヒートローラの温度,To は環境温度である。また,FjAj は測定面の放熱量を示している。 4. 熱流体解析 実験および熱回路網により代表的な放熱経路の分析は行えるが,近年の定着器は非常に 小型化,複雑化されているため,さらに詳細に熱や空気の流れを分析することが望ましい。 そこで,定着器内部および近傍の熱や空気の流れを詳細に分析,放熱増大の原因をつかむ ために,数値計算による熱流体解析(2)(3) を行った。本研究では,市販の直交座標系熱流体 解析ソフト STREAM((株)ソフトウエアクレイドル)を用いた。解析条件を表 2 に示した。 計算において輻射は考慮しなかった。 表 2 解析条件 解析 2次元層流 解析領域 300mm × 300mm 定着ローラ表面温度 175℃ 定着ローラ 解析領域外 部品・空気初期温度 20℃ 壁面 ノースリップ 浮力 ブジネスク近似 3 4.1 解析モデル 解析モデルを図 7 に示す。定着器は定着ローラや加圧ロ ーラ,通紙ガイド等が近接して配置されているため,それ ぞれの形状をできるかぎり正確に定義し,ローラ間の熱移 動,ローラと通紙ガイド間の狭い隙間を通る流れを模擬で きることが重要である。そこで,ローラ部には図 8 のよう にメッシュを集中し,また,ローラと通紙ガイド間の隙間 には最低 3 メッシュ配置した。さらに,厚みの薄い斜め板 部材の形状が連続するよう,メッシュの生成に工夫を凝ら した。最終のメッシュ分割例を図 9 に示す。解析メッシュ 数は約 5 万であった。 図 8 ローラ部のメッシュ分割 図 7 解析モデル 図 9 メッシュ分割例 (メッシュ数 215×227) 4.2 定常判定 解析では,計算の初期状態において温度差がなく,自然対流が発達しにくいという問題 があったため,エネルギー保存式のみを解き,その結果を熱流体解析の初期状態として計 算を行った。また計算の結果から,定着器を構成する部品の比熱差が大きいために,比熱 の大きい部品の温度変化の割合が小さく,誤った定常判定を行ってしまうことが分かった。 そこで,計算ステップ数を増やし,比熱の大きい部品の温度を基準に定常判定を行った。 5. 断熱対策 5.1 基本形状 図 4 に示した基本形状に放熱量の測定結果,各放熱経路における熱抵抗値を表 3,図 10 に示す。 表 3 放熱量と熱抵抗 放熱量(W) 熱抵抗値(K/W) 壁面熱抵抗値 (K/W) 66.5 2.33 3.63 壁面以外熱抵抗 値(K/W) 6.48 実験結果から定着器上面の熱抵抗が極めて小さく,重点的な対策が必要なことが分かった。 4 60 25 50 20 40 熱抵抗値(K/W) 放熱量(W) 30 15 10 5 30 20 10 0 0 1 2 3 4 壁番号 5 6 7 1 2 3 4 壁番号 5 6 7 (b) 熱抵抗値 (a) 放熱量 図 10 壁面放熱量と熱抵抗 解析結果を図 11 に示す。定着ローラの熱によって定着器内部の自然対流が起こり,内部 の空気は定着器に沿って上昇し,フレーム上面に達した流れがフレームの隙間を通じて外 部へと熱を運んでいる様子を確認することができた。このことから,上面での断熱性能を 向上させるには,定着ローラに沿って上昇する対流を抑制する必要がある。また,給紙側 壁面に比べ排紙側壁面を沿う流れが速くなっており,定着器の外壁の流れを抑えることが 必要であることが分かる。さらに,金属で作られたフレームの熱抵抗が他の部分に比べて 小さく,フレームを熱伝導率の悪い樹脂などに変更することが望ましいことも分かった。 下側フレームにおいては,上側フレームと異なりフレーム周りの流れが遅く対流の影響は 少ない。しかし,加圧ローラを介して下側フレームに熱が伝わっており,断熱性を向上さ せるには,加圧ローラの材質を熱伝導性の低いものに変えることが有効である。 (a) 速度ベクトル (b) 温度コンタ 図 11 基本形状の数値解析結果 5.2 スポンジローラ 基本形状に対する検討結果から,まず加圧ローラの材質を熱伝導率の低いスポンジへ変 更することにした。スポンジには発泡率約 50%のシリコンゴムを用いた。 解析結果を図 12 に示す。速度ベクトルは図 11 と変わっておらず,内部流れに対する影 響はないが,加圧ローラの温度がわずかに抑えられ,下フレームの温度上昇が小さくなり, 熱抵抗が増していると思われる。 図 13 に実験から求めた壁面の熱抵抗を示す。実験において,定着器の壁 3,4,5 の熱抵 抗が増加しており,スポンジローラの効果を実験でも確認できた。 5 熱抵抗値(K/W) (a) 速度ベクトル (b) 温度コンタ 図 12 スポンジローラの効果 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 基本形状 1 2 スポンジローラ 3 4 壁番号 5 6 7 図 13 スポンジローラを用いたときの壁面熱抵抗 5.3 内部対流抑制 内部の対流を抑制して熱抵抗を増加させるために,上側フレームと定着ローラ間の隙間 を狭め,熱伝導率が低い樹脂を用いてフレームを製作した。このときの解析結果を図 14 に 示す。 (a) 速度ベクトル (b) 温度コンタ 図 14 樹脂フレームの効果 温度分布を見ると,上フレームで放熱が抑えられていることが分かる。上フレームと加熱 ローラの間には渦が生成し,また通紙側ガイダ近傍では,加熱ローラに沿って上昇する流 れがあり,その流れが上フレームの隙間を通り,熱を外へ運び出している様子が見られる。 6 そこで,上フレームの内側にフレーム上面から定着ローラ近傍へ向けて伸びる1本のリ ブを設置した。このときの解析結果を図 15 に示す。上フレームと加熱ローラの間の渦が小 さくなり,また加熱ローラに沿う流れがリブによって定着ローラ表面から剥離され,内部 対流が抑制されていることが確認できた。 (a) 速度ベクトル (b) 温度コンタ 図 15 内部リブの効果 5.4 外部対流抑制 次に,上部のカバーに沿って流れる上昇流をカバーから引き離し,定着器周辺の空気が 熱を運び去るのを抑えるため,カバー上部から定着器外側に向かって水平にリブを取り付 けた。このときの結果を図 16 に示す。リブによって,流れがカバー上部から引き離されて いることが分かる。 (a) 速度ベクトル (b) 温度コンタ 図 16 外部リブの効果 45 基本形状 対流抑制対策後 40 35 壁面放熱量(W) この場合の壁面放熱量の解析と実験の結果比較を 図 17 に示す。解析では,壁面放熱量を実験と同じ壁 面を通過する熱流束から求めた。解析の結果は実験 値よりも約 40%小さい値を示し,大きくはずれている ものの,形状変更による放熱量削減率はどちらも約 14%と同じ結果を示しており,定性的な一致が確認で き,数値解析の有効性が明らかになった。今回の解 30 25 20 15 10 5 0 実験 図 17 壁面放熱量 7 解析 析では輻射の影響を考慮していないことや,メッシュ生成上の問題による計算誤差が,解 析値と実験値が大きく異なった原因だと思われる。 6. 結論 自然対流が支配的な複写機定着器内部の熱流体解析を行い,内部流れを明らかにし,定 着器の省エネ設計に活用した。今回は定着器単体に限定した取り組みとなったが,今後は 複写機全体への展開に向けて検討を進めていくとともに,輻射も考慮して定量的な評価が 行えるようにしていく。 参考文献 (1)佐々木・石塚,節点法を用いた複写機の熱設計(第 2 報),熱工学シンポジウム講演論文 集,1991,pp.99-100. (2)中人・多久島,定着器の熱流体解析,第 37 回伝熱シンポジウム論文集,2000,pp.491-492. (3)中人・多久島・香川,熱流体解析を用いた定着器の省エネ設計,日本画像学会”Japan Hardcopy 2000”論文集,2000,pp.165-168. 8
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