時間中毒

論
文 内 容 の 要 旨
論文提出者氏名
西 田 敦 士
論 文 題 目
Blood creatinine level in postmortem cases.
論文内容の要旨
クレアチニン(creatinine: CRE と略)は,筋組織に貯蔵されているクレアチンリン酸の代謝
産物であり,生体では腎疾患や筋疾患の指標に用いられる.CRE 濃度測定には,主に酵素法が
用いられる.しかし,法医学分野などで症例を扱う場合,死後変化のため血清の採取が困難な
場合がある.また,酵素法を用いた死体の血中 CRE 濃度は,死後経過に伴う溶血,ビリルビ
ンおよび乳糜等の影響を受ける可能性がある.以上の背景から,本研究では法医学分野におけ
る CRE 測定の精度を高めるため,高速液体クロマトグラフィ(high performance liquid
chromatography: HPLC 法と略)を用いて心臓の全血を解析し,酵素法の値と比較検討した.ま
た,右心房,左心房および末梢血管から得られた血液検体における CRE 濃度と比較した.さ
らに,死後早期の CRE 濃度の変化をマウスの血液検体を用いて解析した.
対象は 2008 年から 2009 年に司法解剖を行った 77 例(男性 52 例,女性 25 例.平均年齢 55.1
歳)であった.死後経過時間は,12 時間(4 例)
,12 時間から 1 日(31 例)
,1 から 2 日(16
例)
,2 から 3 日(10 例),4 から 7 日(7 例)
,8 日から 1 ヵ月(6 例)および 1 ヵ月以上(3
例)であった.死後 3 日以内の症例の死因は,穿通性外傷 4 例, 鈍的外傷 9 例,熱傷 10 例,
一酸化中毒 3 例,窒息 6 例,溺死 7 例,薬物中毒 4 例,内因死 13 例および不明 5 例であった.
77 症例の中で 11 症例は腎機能障害を有していたが,死因に関連はなかった.これらの症例を
腎機能障害群として腎機能正常群と比較した.全症例の心臓から全血を採取した.10 症例では
左右の心房血と左大腿静脈血を採取した.血中 CRE 濃度を HPLC 法で分析した.比較検討の
ため 26 症例(13 症例を 2 群)に対して酵素法で分析した.16 匹の 4 週齢の雄 Institute of Cancer
Research マウスを麻酔薬により安楽死させた直後,死後 30 分,1 時間および 2 時間の血清 CRE
濃度をそれぞれ 4 匹ずつ測定した.
13 症例の血液検体の CRE 濃度は,酵素法で平均 1.84mg/dL,HPLC 法では 0.82mg/dL と,有
.溶血および乳糜を含まない 13 症例の CRE 濃度
意差がみられ,相関はなかった(R2=0.048)
は,2 つの分析法で高い相関を認めた(R2=0.94).HPLC 法による 72 症例の血中 CRE 濃度の
中央値は,男性 1.15mg/dL,女性 1.18mg/dL であり,性別の間には有意差はなかった. HPLC
法による死後経過時間別の血中 CRE 濃度の中央値は 0.73mg/dL(12 時間)
,1.04mg/dL(1 日)
,
1.13mg/dL(2 日)
,0.89mg/dL(3 日)
,2.17mg/dL(4 から 7 日)
,2.18mg/dL(8 日から 1 ヵ月)
および 4.63mg/dL(1 ヵ月以上)であった.死後 3 日までの血中 CRE 濃度は変化しないが,死
後 1 ヵ月以上では有意に上昇していた.死後 3 日以内の症例において血中 CRE 濃度は,鈍的
外傷,中毒,熱傷および一酸化炭素中毒で高い傾向にあった.腎機能障害群の血中 CRE 濃度
は,腎機能正常群と比較して有意に高値であった(p<0.05)
.死後 2 日以内の 10 症例の酵素法
による血中 CRE 濃度は,血液検体採取部位による差を認めなかった.マウスにおける死後早
期の血中 CRE 濃度は,早期から漸増し,2 時間後は基準値の約 50 倍であった.死後硬直は 30
分後から出現し,2 時間以内にすべての関節が拘縮した.
本研究では,酵素法と HPLC 法の CRE 濃度に有意な相関を認めなかったが,溶血または乳
糜のある検体を除外すると有意に相関した.法医学の症例では溶血や乳糜が血中 CRE 濃度測
定に影響を与えると考えた.一方,酵素法での血中 CRE 濃度の値は,死後の溶血や腐敗の非
特異的反応により,基準値より著しく高くなる.本研究において HPLC 法による CRE 濃度の
中央値は基準値よりもわずかしか高値を示さなかった.このことから,酵素法と比べて HPLC
法が法医学分野における血中 CRE 濃度の分析に適していることが判明した.また,1 ヵ月間室
温で湿潤状態に保たれた血液検体においても血中 CRE 濃度は変化しなかったことから,CRE
濃度を上昇させる物質は血液中に含まれないと考えた.血中 CRE 濃度は鈍的外傷および薬物
中毒などの症例で高かったことから,急性腎不全の指標として期待できる.マウスの血中 CRE
濃度は死後硬直が生じる死後 30 分から徐々に上昇し,1 から 2 時間で急速に上昇したが,死後
硬直以外の変化は観察されなかった.死後硬直により筋収縮が生じることで細胞内 CRE が血
管内へ流入し,血中 CRE 濃度が変化した可能性がある.本研究で分析した症例は 12 時間以上
経過し死後硬直が生じていた.約 3 日間血中 CRE 濃度は変化しなかったが,4 日目以後は筋組
織の分解により放出された CRE のため血中 CRE 濃度が上昇したと考えた.
本研究の結果から,HPLC 法を用いることにより死体の血中 CRE 濃度を正確に評価できる
ことが明らかとなった.また,病歴が不明でも死後早期の死体では,血中 CRE 濃度は腎機能
障害の診断として期待できる.さらに,血中 CRE 濃度は死後硬直の出現とともに緩徐に上昇
し,1 ヵ月位からさらに著明に上昇することが判明した.