大阪市立科学館研究報告 26, 67 - 70 (2016) インドネシアでの皆既日食観測報告 西 野 藍 子 *1 , 鈴 木 裕 司 *2 概 要 2016 年 3 月 9 日 、インドネシアの一 部地 域で皆 既帯となる日食があった。そこで筆 者らは、皆 既 帯 と なるインドネシアのカリマンタン島 に赴 き、現 地 での観 測・撮影 、さらに当 館の観 望会 に提 供 するためのイ ンターネット中 継 を試 みた。残 念 ながら天 候 不 良 のため皆 既 食 の観 測 ・撮 影 をすることはできなかったが、 今回の観 測 ・撮 影 、およびインターネット中 継を行うにあたって、様 々な事 前調査 、準 備等を行ったため、 その具体的 な内 容 について報 告 する。 1.はじめに 約 2 時間のカリマンタン島 パランカラヤで観測 すること 大阪で日食がおこるのは、2012 年 5 月 21 日の金環 に決 めた。パランカラヤは皆 既帯 のほぼ中 心 線 上に位 日食以来 、実 に 3 年 半 ぶりである。今 回 の大 阪での日 置しており、皆 既の継 続時 間は約 2 分 40 秒であった。 食は食分が最 大 で 0.23 と、さほど大 きく欠 ける日食 で はなかったが、インドネシアの一 部 では皆 既 帯 となる地 域 があった 。そこで今 回 、筆 者 らは インドネシアの カリ マンタン島 に赴き、現 地 での皆 既 日 食 のようすを観測・ 撮 影 し、さらに当 日 の観 望 会 に提 供 するためのインタ ーネット 中 継 に 挑 戦 した 。結 果 は 残 念 なが ら、筆 者 ら が観測 していた地 域 が天 候 不 良 であったため、皆既の ようすを観 測 ・中 継 をすることはできなかった。しかし今 回 、海 外 における皆 既 日 食 の観 測 や撮 影 、インターネ ット中 継 に向 けて、様 々な事 前 調 査 、準 備 等 を行 った ため、その具体的 な内 容 について報 告 する。 2.事 前調 査・準 備 図 2-1.インドネシアでの皆 既帯 (©google) 2-1.観測 地の決 定 今回 皆既 となるのは、おもに、スマトラ島 、バンカ島、 ■パランカラヤでの日食 カリマンタン島 、スラウェシ島 、テルナテ島 といったイン 2016 年 3 月 9 日 (水 ) ドネシアの島 々である。東 の島 に行 くほうが、太 陽 がよ 時刻 日食状況 り高 い位 置 で皆 既 日 食 を見 られるため、好 条 件 であっ 6:23:28 食 の始 め た。しかし、その分 インドネシアの首 都 であるジャカルタ 7:28:54 中 心 食 の始 め 7:30:11 食 の最 大 7:31:28 中 心 食 の終 り 8:46:53 食 の終 り からのアクセスが不 便 になり 、観 測 地 までの往 復 に時 間 がかかる。そこで筆 者 らは、ジャカルタから飛 行 機 で *1 大阪市立科学館 学芸員 E-mail: [email protected] *2 大 阪 市 立 科 学 館 学 芸 補 助 スタッフ(~2015 年 度 ) 図 2-2.パランカラヤでの日 食の見え方 (ステラナビゲータ Ver9.1 で作図 ) - 67 - 西野 藍子, 鈴木 裕司 2-2.撮影 機材 表 2-2-3. 機 材 一 式 <3 台 目 > まずは、日 食撮 影 のための必 要 な機 材 を選 出 した。 項目 機種名 カメラ機 種 Canon EOS Kiss X6i レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 日本 でも事 前に何 度 かテスト撮 影 を行 い、日 食 時の明 るさ変化に対応 できるよう各 種 設 定 を決 定 した。 以 下 (1) ~(4) に機 材 一 式 と 用 途 、及 び撮 影 方 法 を まとめる。 SD カード Transcend 32GB 1 枚 減 光 フィルター Fujifilm ND 1.0、ND 4.0 レリーズ タイマー付 レリーズ(ロワジャパン) (1)望遠でタイムラプス撮 影 <1 台 目 > 望 遠 レンズを使 って、太 陽 が欠 けていく様 子 をタイム ラプス撮影する。 <撮影方法 > ・8 秒 毎 に撮 影 表 2-2-1. 機 材 一 式 <1 台 目 > 項目 機種名 カメラ機 種 OLYMPUS Pen Lite E-PL7 レンズ SIGMA 150-500mm F5-6.3 赤道儀 nano.tracker SD カード Transcend 64GB 1 枚 減 光 フィルター kenko Pro ND100、ND1000 レリーズ タイマー付 レリーズ(ロワジャパン) ・部分食の時 は減光フィルターを付けて撮影 ・皆既直前にフィルターを外 す ・撮影はマニュアルモードで、太陽の輪郭が写る設定 (4)THETA S で全 天動画撮 影 <4 台 目 > THETA S を使って、日食 中の空全体 の明るさや周り のようすを全天動 画撮影 する。 表 2-2-4. 機 材 一 式 <4 台 目 > <撮影方法 > ・3 秒毎に撮影 項目 機種名 カメラ機 種 RICOH THETA S 三脚 Fotopro + ツインプレート ・部分食の時は減 光 フィルターを付 けて撮 影 ・皆既直前にフィルターを外 し HDR 設 定 (3 段 毎 に 5 枚 撮 影 し、±6 段 分 撮 影 ) <撮影方法 > ・皆既の前後 20 分間ほどを動画撮影 (2)魚眼でタイムラプス撮 影 <2 台 目 > 魚 眼 レンズを使 って、日 食 中 の空 全 体 の明 るさや周 2-3.インターネット中継への挑戦 りのようすをタイムラプス撮 影 する。 表 2-2-2. 機 材 一 式 <2 台 目 > 項目 機種名 カメラ機 種 Nikon D610 レンズ SIGMA 8mm F3.5 Circular Fisheye SD カード SanDisk Extreme Pro 128GB×2 枚 レリーズ タイマー付 レリーズ(ロワジャパン) <撮影方法 > 今回は、撮影 に加えて USTREAM を使ったインター ネット中 継 についても挑 戦 を試 みた。配 信 には、2つの アカウントを用 意 して、それぞれ望 遠 レンズ、魚 眼 レン ズで撮 影 した日 食 のようすを配 信 することとした。日 本 でも 事 前 に 中 継 テス ト を 行 い、機 材 の 各 種 設 定 や 通 信手段などを確 認した。 配信 用 の機 材について以 下 (1)~(2)に、また通 信に ついては以 下 (3)にまとめる。 (1)太陽が欠けていく様子を中継 <1 台 目 > ・撮影は絞り優先 モード ・2 秒ごとに適正 露 出 、-3 段 アンダーの 2 枚 を撮 影 望 遠 レンズを使 って、太 陽 が欠 けていく様 子 を中 継 する。 ・空 の暗 さに応 じて露 出 時 間 が長 くなってきたら感 度 表 2-3-1. 機 材 一 式 <1 台 目 > をあげる。(適 正 露 出 は短 くて 1/500、長 くて 1/8 ほど になるように) (3)標準レンズでタイムラプス撮 影 <3 台 目 > 項目 機種名 カメラ機 種 iPod touch レンズ 標 準 レンズを使 って、太 陽 が欠 ける様 子 を比 較 明 合 成 で 1 枚に収 められるよう撮 影 する。 - 68 - 18x 望 遠 レンズキット (iPhone 用 望 遠 レンズ) 赤道儀 Vixen ポラリエ 減 光 フィルター 日 食 メガネのフィルター インドネシアでの皆既日食観測報告 <撮影方法 > 到 着 した。ホテルの前 の広 場 では、お祭 りのようなイベ ・部分食の時は減 光 フィルターを付 けて撮 影 ントが催されていた。ポスターを見ると皆 既日 食 の前 後 ・動画モードで太 陽 に露 出 を合 わせる 3 日 間 に特 別 イベントが開 催 されると いうことで、現 地 ・皆既直前にフィルターを外 す でも日食 が大きく注目されていることが伺えた。 筆 者 らはまず、撮 影 機材 を広 げられる安 全 で開 けた (2)空の明るさ変 化 を中 継 <2 台 目 > 場所を探して、現地ロケハンを行った。 広角レンズを使 って、空 の明 るさ変 化 を中 継 する。 表 2-3-2. 機 材 一 式 <2 台 目 > 項目 機種名 カメラ機 種 SONY XPERIA(スマートフォン) セルカレンズ スーパーワイド 0.4X レンズ (広 角 コンバータレンズ) King Fotopro カラー三 脚 + 三脚 エツミ E-6045 フリーツインプレート <撮影方法 > ・XPERIA に広 角 コンバータレンズをセット 写 真 3-1.イベント告知のポスター ・動画モードで撮 影 する (3)必要とされる通 信 速 度 中 継を行うに際 し、どれくらいの通 信 速 度 があれば中 継ができるかを概 算 した。国 内 で USTREAM へ動 画を アップすると、動 画 のサイズが 1 分 当 たり約 10MB とな る。これを 1 秒当たりに直 すと 1.33Mbps となる。対して、 http://opensignal.com/ のサイトで調 べたパランカラヤ の通信速度は、XL が上 り約 2Mbps、Telkomsel が上り 約 0.78Mbps であった。このことから、通 信 会 社 として XL が使 用 できれば、中 継 ができる可 能 性 があると判 断した。 写 真 3-2.お祭り(パレード?)のようす 3-2.中継 テスト 今 回 、日 本 で事 前 に インド ネ シアの 通 信 回 線 に つ いて調 査 を行 った。インドネシアではジャカルタ等 では 高 速 の 4G 回線が使用 できるが、それ以外 の場所 では 3G 回線が最も速 い回線となる。インドネシアで 3G 回 線を使 用 する方 法としては、日本 国 内で WiFi ルータ ーを借りる方法もある。しかし、この方 法ではフェアユー スポリシーという制限により、1 日当たり 250MB までしか 使うことができない。動 画のサイズは数 GB になる見込 みのため、この手 段 は採 用 できなかった。現 地 の SIM カードであればこの制 限 を受 けないため、インドネシア 国 内 で SIM カードを購 入し、SIM フリー端末に差 して 図 2-3.パランカラヤの通 信 状 況 中継を試みることにした。通 信会社は前述 の通り XL を (http://opensignal.com/より) 採 用 した。しかし、中 継 テストを行 う中 で、いくつかの問 題点が出 てきた。 3.リハーサル まず、現地で調達 した 3G 対 応の SIM カードの通 信 3-1.現地 ロケハン があまり安 定 しなかった。USTREAM での中 継 テストを 観 測 予 定 のパランカラヤには、前 日 の 3 月 8 日 朝に 試 みたところ、5 分 程 度 で中 断 したり再 開 したりを繰 り - 69 - 西野 藍子, 鈴木 裕司 返 してしまう。さらに中 継 用 に考 えていたスマートフォン できなかった。さらに、観 測 していた場 所 は通 信 も一 切 XPERIA は、SIM カードを差 し替 えることができない仕 つながらなかったため、中 継 を試 みることも、その様 子 様 であること が判 明 した 。事 前 に 確 認 す べき であった を Twitter に投 稿 することもできなかった。 が、別 の手 段 を考 える必 要 が出 てきた。そこでス マート それでも、空 の一 部 には晴 れ間 もあり、皆 既 前 後 の フォンの国際ローミングへ Wi-Fi テザリング機 能 で接続 空全 体 の明るさが急 激 に変 化する様 子を観 測すること し、中継 テストを試 みたところ、かなり安 定 した通 信がで はできた。そして、皆 既 になる直 前 のひんやりとした空 きることがわかった。 気 などは、現 地 に行 かなければ体 験 できなかったもの こうしたリハーサルの結 果 、インターネット中 継 のうち である。 1 台は急きょ XPERIA の Wi-Fi テザリング機 能 を使 い、 もう 1 台 は SIM カードを使 って可 能 な限 り配 信 する、と いうことに決定した。 4.皆 既日 食 当日 そうして迎 えた皆 既 日 食 当 日 である。機 材 の確 認 を していざホテルから外 に出 ると、なんと雨 …。気 象 衛 星 の画 像 では、パランカラヤの上 空 に雲 がかかっている。 機 材 を抱 え呆 然としていると、同 じく日 食 を観 測 しに来 られ た 日 本 の 方 が お 二 人 、現 地 の 車 と 運 転 手 を チャ ーターしている模 様 。ありがたいことに「一 緒 に行 くか?」 と声 をかけてくださった。他 に手 段 のない筆 者 らは、お 言葉に甘えることにした。 写 真 4-2.部分日 食のようす 4-1.車での大移 動 皆 既 が終 わってしばらくすると、徐 々に雲 が切 れは 車 で 1 時 間 以 上 も移 動 を続 け、現 地 の親 切な方 々 じめ、部 分 日 食 の途 中 からは最 後 まで観 測 することが の協 力 もあって、ようやく晴 れ間 のある場 所 に着 いた。 できた。 そのころにはすでに部 分 日 食 が始 まっており、慌 てて 機 材 の準 備 に取 りかかった。ところが、機 材 のセッティ 5.まとめ ングが完 了 するころには空 全 体 が雲 に覆 われてしまい、 今 回 、残 念 ながら皆 既 日 食 を観 測 ・撮 影 することは 完 全 に太 陽 も見 え なくなっ ていた。しかし、もう移 動 を できなかった。しかし、そのために行った事 前調 査や観 する時 間はない。私 たちは皆 既 の時 間 帯 に少 しでも晴 測 テスト、中 継 テストなどは今 後 にも大 いに活 用 できる れ間が出てくれるのを期 待 し、観 測 を続 けた。 ノウハウであり、有 意 義 な調 査 研 究 であった。そして何 より、現地 で出 会う人たちとの日 食を通 じた交 流 ができ たことも大きな収 穫 であった。現 地に赴き、天 体 現象を ともに体 験 することの大 切 さを改 めて感 じた。また機 会 を見つけて、今 度こそ皆既 日食の観測 に挑戦 したい。 謝辞 皆 既 日 食 の 観 測 に あ た り 、当 館 の 長 谷 川 学 芸 員 、 飯 山 学 芸 員 に機 材 をお借 りした。また、当 館 の観 望 会 でインターネット中 継 を来 館 者 にご覧 いただくため、渡 部 学 芸 員 や飯 山 学 芸 員 と事 前 に打 合 せを行 い、また 中継 テストにご協力 いただいた。皆 様にこの場を借りて、 改めて深く御礼 申し上げる。 写 真 4-1.現 地 の方 々と雲 が切 れるのを待つ 4-2.皆既 中のようす しかし残 念 ながら皆 既 の時 間 になっても太 陽は雲 に 隠れたままで、皆 既 中 の太 陽 のようすを観 測 することは - 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