演題番号: 演 題 名:鼻咽頭部から下顎部に発生した腫瘤の摘出により、QOL が改善した1症例 発表者氏名:○神村賢哉1)、宇根 智1)、野田史子1)、板本和仁2)、中市統三3)、田浦保穂2)、早崎峯夫1) 発表者所属:1)山口大学・動物医療センター 2)山口大学・獣医外科学教室 3)山口大学・獣医放射線学教室 1.はじめに:口腔内や咽頭に生じた腫瘤は、しばしば罹患動物に摂食障害や呼吸困難を引き起こす。今回我々は呼吸困難、 開口困難、嚥下困難を主訴として来院したシェトランド・シープドッグでその原因となった腫瘤を摘出することにより、QOL が 改善した症例に遭遇したのでその概要を報告する。 2.症 例:12 歳3ヵ月齢、シェットランド・シープドッグ、雌。来院の半年程前から、運動後や睡眠時において苦しそう な呼吸をするようになり、1ヵ月前からやわらかい物しか食べられなくなった。近医での診察により喉の奥に腫瘤のようなも のが確認され、内科的治療が行われたが改善は一時的なものであった。その後、開口を嫌がるようになり、嚥下困難も悪化し たため、精査と治療を目的に山口大学附属動物医療センターに紹介された。触診では右下顎外側に硬い腫瘤を認めた。X 線検 査において右側鼓室胞の不透過性亢進、右側鼓室胞周辺からの円形の骨増殖、咽頭部と軟口蓋の腫脹と石灰化が認められた。 また、X 線 CT 検査では軟口蓋、右側鼓室胞、下顎骨外側へ飛び出した腫瘤が確認され、食道と気管を圧迫していた。この腫瘤 が呼吸困難、開口困難、嚥下困難の原因であると推測されたため、治療として外科的切除が選択された。 3.治 療: 手術は下顎の腹側からアプローチし、皮下の腫瘤を摘出し、続いて右側鼓室胞にアプローチした。鼓室胞か ら骨増殖により飛び出した円形状の腫瘤を周囲組織から分離し、超音波骨メスにより腫瘤と鼓室胞の間を切断し、腫瘤を摘出 した。鼓室胞内部の壊死組織を除去し、さらに超音波骨メスで鼓室胞の穴を広げた。鼓室胞の頭側は軟口蓋部の腫瘤とつなが っており、球形で骨膜により内張りされていた。腫瘤内部の壊死組識を除去し、さらに内張りしている骨膜を剥離した。また、 骨増殖していた鼓室胞の一部が下顎枝と癒合していたため、超音波骨メスで分離した。軟口蓋の腫瘤により口腔内に突出して いた部分を吸収糸によりに縫縮し、右側鼓室胞にドレーンを設置し手術を終了した。 4.結果と考察:術後1日目より呼吸困難、開口困難、嚥下困難は改善された。呼吸困難と嚥下困難は、軟口蓋部と咽頭部の 腫瘤による食道と気管の圧迫によるものと考えられた。開口困難は骨増殖していた鼓室胞の一部が下顎枝と癒合していたため と考えられた。それらの腫瘤の摘出により症例の QOL は改善された。また、今回のような骨増殖による腫瘤の摘出において、 超音波骨メスの有用性が示唆された。 演題番号: 演 題 名:頸部に異物が認められた犬の1例 発表者氏名:○浅利祐右 1)、宇根 智 2)、野田史子 2)、板本和仁 1)、中市統三3)、田浦保穂 1) 発表者所属:1)山口大学・獣医外科学教室 2)山口大学・動物医療センター、3)山口大学・獣医放射線学教室 1.はじめに:異物は消化器、呼吸器など様々な侵入経路があり、到達部位も消化管内、呼吸器内に限らず、穿孔することにより様々 な部位に認められる。今回、我々は近医にて唾液腺炎の診断と治療を行い、完治が得られなかった症例において頸部に異物を認め、 治療を行ったので、その概要を報告する。 2.症 例:雑種、5 歳 2 ヵ月齢、体重 19.5kg、去勢雄。日常的に運動中に藪に入り込んでいたが5ヵ月前より顔面腫脹、疼痛、採食 困難を呈した。近医にて唾液腺炎の治療を実施し、一時的な改善が認められたが完治しないため、山口大学附属動物医療センターに 紹介された。血液検査では CRP 上昇が認められた。単純 X 線検査では異物は認められなかった。CT 検査を実施したところ、唾液腺 から肩甲骨のやや前方まで腫脹があり、その中心部に CT 値の高い円形の物質が認められた。また、瘻管開口部から造影剤を注入し て造影 X 線検査を実施したところ、頸部内に明らかな管状の構造物が認められた。 3.治 療:CT 検査、造影 X 線検査の結果から異物を疑い、異物摘出術、炎症反応部位摘出術を実施した。初発より 5 ヵ月間にも及 んでいたため、異物周囲は炎症反応によるカプセルの形成が認められた。術中所見では周囲正常組織とカプセルとの明瞭な境界はな く、可能な限り反応組織を除去し、その後ドレーンを設置した。吻側へ反応組織を分離していくと口腔粘膜まで到達し、口腔粘膜の 切除縫合も必要であった。摘出した異物は長さ 15 ㎝ほどの木の枝であった。術後 5 日目でほとんど廃液が認められなくなり、その後 も良好な経過をたどっている。 4.考 察:本症例は唾液腺炎の症状を呈しており、その治療を実施されたが異物が残存していることにより完治には到らなかった。 単純 X 線検査では植物性異物は判別しにくいこともあり、そのような場合は造影 X 線検査や CT 検査による断層撮影が効果的である と考えられた。また、本症例のように難治性の唾液腺炎の場合はその原因を特定することが重要であると考えられた。 演題番号: 演題名:異物が消化管を穿通して胸腔内に移行した 1 症例 発表者氏名:○田積佳和、板本和仁、山下竜史、宇根 智、中市統三、田浦保穂 発表者所属:山口大学 1.はじめに:消化管異物は誤嚥や盗食などによりしばしば発生し、消化管穿孔や消化管閉塞を来たし、外科的切除を実施しなければ ならない機会も多いが、消化管異物が胸腔へ穿孔する例は少ない。今回我々は異物が噴門より胸腔内へと穿孔したと考えられる症 例を診断治療する機会を得たのでその概要を報告する。 2.症例:8 歳齢、雌、体重 14kg のシェットランド・シープドッグが餌のついた釣針を飲み込んだとの主訴で近医にて診察を受けた。 X 線検査にて胸部食道内と思われる領域に釣針を確認し、内視鏡検査を実施したが釣針を発見できず、山口大学附属動物医療セン ターに来院した。血液検査では ALP および CRP の上昇がみられた。X 線検査により横隔膜筋部腰椎部左脚付近の胸腔内に釣針の存 在を認めた。内視鏡による検査を実施し、釣針に繋がる釣糸が胃噴門部付近の胃壁から出て幽門部へと続いている様を確認できた が、針は消化管内に認められず、針が胸腔内へ侵入している事が疑われた。次いで CT 検査を実施した。これにより食道および胸大 動脈の左側に釣針の存在を認め、周囲の肺組織に比べてX線吸収の高い領域が肺葉間に認められ、胸膜炎の発生が示唆された。 3.治療:初診より 6 日間抗生剤の投与を続け、術前に CT 検査を実施した。釣針の位置を確認するとともに、抗生剤の投与により胸腔 の炎症像が改善していることを確認した。CT 画像をもとに第 7-8 肋間を切皮、皮下織を分離して斜角筋・胸筋・腹鋸筋・外肋間筋・ 内肋間筋の順に切開し、胸膜を切開して開胸に至った。肺と横隔膜との間に癒着がみられ、針の存在を確認できなかったため、レ ントゲンを用いて針の位置を確認しつつ癒着を分離し、針を摘出した。肺、横隔膜、血管などに穿孔がないことを確認し、胸腔内 ドレーンを設置して閉胸した。皮下織・皮膚を定法に従って縫合し、手術を終了した。 4.考察:本症例では穿孔した釣針が大動脈の近傍に存在し、断層撮影により事前に詳細な情報を得ることで安全に摘出することがで きた。異物が消化管を穿孔して胸腔内に侵入することは稀であるが、胸腔には重要臓器があるため、胸腔内異物の摘出手術を実施 するためには、これらを考慮に入れた詳細な位置の特定とそれに基づいた術前計画が重要であると考えられた。 また、本症例では初診時に血液検査と断層撮影の所見から胸膜炎の発生が示唆されたが、抗生剤の継続的投与により術前では改善 が認められた。消化管からの胸腔への穿通は、胸腔内の炎症や気胸を生じることがあり、これらの詳細な状態の把握も重要である と考えられた。 演題番号: 演題名:滑膜組織球性肉腫が疑われた犬の一例 発表者氏名:○梅城沙織 水野拓也 鈴木綾一 発表者所属:山口大学獣医内科 武本浩史 見山孝子 奥田優 1. はじめに:組織球系の増殖性疾患は、発生部位や悪性度、表面抗原などにより、皮膚組織球腫、皮膚組織球症、 全身性組織球症、組織球性肉腫/悪性組織球症に分類される。なかでも、組織球性肉腫はバーニーズ・マウンテ ンドッグに好発する悪性腫瘍である。今回、我々は、滑膜の組織球性肉腫と疑われる症例に遭遇したので、その 概要を報告する。 2. 症 例:症例は、5 歳 10 ヶ月齢、去勢雄のバーニーズ・マウンテンドッグで、1 ヶ月前からの食欲低下、発 熱を主訴に山口大学動物医療センターに来院した。身体検査では、軽度の発熱、左右の膝窩リンパ節の腫脹、右 膝関節付近の腫脹が認められた。血液検査で、血小板数の減少、AST・CRP の上昇が認められた。後肢の X 線検査 において右膝関節付近の軟部組織の腫脹が認められ、腹部超音波検査では脾臓に低エコー性の不均一な実質パタ ーンが観察された。 3. 診断および治療:右膝窩リンパ節の FNB を行ったところ、独立円形細胞が多数確認された。これらの細胞は、 非特異的エステラーゼ染色陽性、ペルオキシダーゼ染色陰性であった。右膝関節付近の腫脹、右膝窩リンパ節へ の非特異的エステラーゼ染色陽性細胞の浸潤、バーニーズ・マウンテンドッグという犬種から滑膜組織球性肉腫 の可能性が高いと判断した。治療法として CCNU などを用いた化学療法、断脚などを提示したが、飼い主の希望に より、対症療法のみを行った。しかし、症状の改善が認められず、一週間後に安楽死となった。 4. 考 察: 近年、関節に発生する組織球性肉腫はバーニーズ・マウンテンドックのみならず、フラット・コ ーテッド・レトリーバーにおいても多く認められると報告されている。本症は激しい関節の疼痛ならびに全身的 な炎症を伴い、また急速に進行する非常に悪性度の高い腫瘍であり、飼い主の精神的苦痛は著しい。獣医師とし て本症の臨床的特徴を理解した上で、本症を迅速に診断し、飼い主に対して十分なインフォームド・コンセント を行うことが肝要であると考えられる。 演 題 番 号: 演 題 名:犬の前立腺癌の 1 例 発表者氏名:○井上達矢 1 )、宇根 智 1 )、野田史子 1 )、板本和仁 2 )、中市統三 3 )、田浦保穂 2 )、早崎峯夫 1 ) 発表者所属:1)山口大学・動物医療センター 2)山口大学・獣医外科学教室 3)山口大学・獣医放射線学教室 1.はじめに:前立腺疾患における新生物の割合は 5%程度と比較的低いが、そのほとんどが例外なく悪性である。 今回、前立腺癌と診断された症例に遭遇したので、その概要を報告する。 2. 症 例 :ビーグル、13 歳齢、体重 15.4 ㎏の雄。腹壁の硬結と、その硬結部からの微出血および周囲の炎症 を主訴とし、本学動物医療センターに紹介された。本症例は 7 年前に前立腺周囲嚢胞のため、造袋術および去勢 手術を実施していた。CT 検査で腹壁硬結部と前立腺に連続性が認められたが、内部構造には相違が認められた。 3. 治 療 :手術によりその境界部を分離し、硬結部を摘出した。病理組織学的検査で前立腺癌と診断された ため、ピロキシカムの経口投与を開始し、約 1 ヵ月後に前立腺全摘出術を実施した。前立腺全摘出術は、開腹後 に、膀胱と前立腺間の尿道を剥離し、同様に前立腺から遠位の尿道を剥離した。続いて、前立腺を周囲の組織か ら血管および精管に注意しながら剥離した。その後、前立腺前後の尿道を切開分離し、前立腺および前立腺尿道 を切除した。その後、尿道を二層縫合し常法通り閉腹した。症例は手術終了時から血尿が認められたが、2 日後 には血尿は改善し、一般状態も良好であった。その後は、尿失禁が認められるものの順調に経過している。 4. 考 察 :前立腺組織が腫瘍性変化を起こす病因は不明であるが、未去勢犬と比較すると、去勢犬の前立腺 の腺癌の発症率は 2 倍であり、去勢後少なくとも 10 年が経過した犬では、発症率が 4 倍にもなるとの報告があ る。今回の症例においても、7 年前の前立腺周囲嚢胞の治療の一環として去勢を行なっている。また、造袋術も 行っており、このことも前立腺組織が腫瘍性変化を起こしたことに影響しているのではないかと考えられた。 演題番号: 演題名:左上顎埋伏犬歯の外科的歯牙移動を行ったイヌの 1 症例 演者氏名:○白石加南 1)、八村寿恵 1)、山岡佳代 1)、久山朋子 1)、鳥越賢太郎 1)、加藤吉男 2)、網本昭輝 1) 発表者所属:1)アミカペットクリニック(山口県) 2)ペットの病院 カトウ(長崎県) 1. はじめに:埋伏歯とは、萌出すべき歯がその時期を過ぎても顎骨内もしくは歯肉下にとどまっている状態をいう。 埋伏歯が放置された場合、歯原性嚢胞、膿瘍、近隣歯の歯根吸収、鼻漏(埋伏歯が上顎の場合)、顎骨骨折(下顎の 場合)などを引き起こす可能性があることが知られている。原因は様々であり、治療法は歯肉切除術、開窓術、抜 歯などであるが場合によっては、処置せずに経過観察を行う。治療法を選択する上で、動物の年齢、埋伏歯の位 置や歯根の状態が重要な指標の一つになっている。今回、左上顎犬歯の埋伏歯を有する症例で歯肉切開術に加え て外科的歯牙移動を行い、良好な経過を得たため、その概要を報告する。 2. 症 例:トイ・プードル、7ヵ月齢、♀、2.0kg。6 日前に左上顎乳犬歯の抜歯を行ったが、永久犬歯が萌出しな いとのことで紹介され、来院。このとき、右上顎永久犬歯は既に萌出していた。麻酔下で口腔内の観察および、 口腔内 X 線検査を行った。肉眼的に左上顎犬歯部の歯肉膨隆が認められ、X 線検査により左上顎第 3 切歯が欠歯 であること、および左上顎犬歯が歯肉下に埋伏しており、根尖は大きく開放していることを確認した。 3. 治 療:左上顎埋伏犬歯の位置を確認し、歯肉切開を行った。つぎに、骨膜剥離子にて歯肉を歯槽骨から分離し、 犬歯歯冠を露出させ、エレベーターを用いて頬側に外科的歯牙移動を行い、犬歯部頬側の歯肉を縫合した。術後 1 ヵ月目の検診において、左上顎犬歯は正常な位置に萌出し、動揺や不正咬合などはなく、術後 7 ヵ月目も、良好 に経過していた。 4. 考 察:今回の症例は、7 ヵ月齢に発見され、X 線検査により埋伏歯歯根の根尖が大きく開放していることを確 認できたため、歯肉切開ならびに外科的歯牙移動を選択した。埋伏歯は小型犬に多いとされているが、種差を考 慮しても、埋伏歯根尖が閉鎖する前の 5~7 ヵ月齢の間に処置しなければならないため、積極的に口腔内を観察す ることが望ましい。そのためには、若齢期から口腔内の検査を積極的に行い、異常であれば、早期に口腔内 X 線 検査を実施し、埋伏歯を発見、治療することが重要であると思われた。 演題番号: 演題名 :犬の不正咬合に対し矯正治療を行った 22 症例 発表者氏名:○鳥越賢太郎1) 八村寿恵1) 山岡佳代1) 発表者所属:1)アミカペットクリニック(山口県) 久山朋子1) 白石加南1) 網本昭輝1) 1.はじめに:犬の不正咬合は日常よく観察される疾患の一つであり、先天的には顎の長さの異常、後天的には歯の萌 出異常によるものが多い。治療の大部分は下顎および上顎の切歯と犬歯に関するもので、その方法は抜歯、外科的歯牙 移動、歯冠切断処置および矯正治療など様々である。今回、当院で今までに矯正治療を適応した症例についてまとめた ので報告する。 2.材料および方法:当院で矯正治療を行った犬 22 頭について年齢、矯正部位、犬種、矯正方法、併用処置および経 過について調査した。 3.結果:年齢;5ヵ月から11ヵ月齢で平均 7 ヵ月齢であった。部位;切歯が 5 頭 23 歯、犬歯が 17 頭 33 歯であっ た。犬種;小型犬が 17 例、中型犬が 3 例、大型犬が 2 例であった。矯正方法;矯正はエラスティックチェーン、コイ ルスプリングまたはワイヤーの装着により行った。矯正は1歯あたり 80~150g の力がかかるように調節した。併用処 置;乳歯抜歯が 11 例、外科的歯牙移動が 8 例、開窓処置が 1 例であった。経過;矯正にかかった期間は 12 日~54 日で 平均は 29 日であった。移動した距離は 1mm~10.7mm で、平均は切歯で 1.6mm、上顎犬歯の遠心への移動は 4.6mm お よび下顎犬歯の頬側への移動は 2.4mm であった。移動速度は 0.03mm/日~0.53mm/日で平均は 0.18mm/日であった。ど の症例も歯の移動が達成され、確認ができた範囲では、臨床症状、肉眼および矯正終了時のレントゲン所見で異常は認 められなかった。 4.考察:歯を移動させる最適な力は研究者や研究方法により異なっており、実際には歯の移動速度や臨床症状を観察 しながら力を調節することが重要である。今回用いた力ではどの症例においても歯髄壊死や歯根の吸収などの有害反応 は認められず、歯の移動には適正な範囲内であったと思われた。また、歯の矯正を行った後は経過を観察するために定 期的なレントゲン検査を実施する必要がある。しかし、歯の移動により目的が達成されると術後に来院されることが少 なく、経過を観察することが困難である。そのため、家庭で注意深く観察してもらうなどオーナーへのインフォームド コンセントが重要であると考えられた。 演題番号: 演題名:猫歯肉口内炎に対し臼歯部全抜歯を行った症例の長期評価 発表者氏名:○山岡佳代 1 ) 八村寿恵 1 ) 久山朋子 1 ) 鳥越賢太郎 1 ) 発表者所属:1)アミカペットクリニック 白石加南 1 ) 網本昭輝 1 ) 1.はじめに:猫歯肉口内炎は難治性口内炎、リンパ球性プラズマ細胞性歯肉炎ともよばれる歯肉および口腔粘 膜の慢性炎症性疾患で、激しい疼痛を伴い、採食困難や流涎などの症状を示す。治療法は確立していないが、最 近、口腔内衛生を目的として臼歯部全抜歯や全顎抜歯を行うことがすすめられている。我々はこれまでに、猫歯 肉口内炎に対し臼歯部全抜歯を行った症例 14 頭で術後1カ月の時点での治療効果について報告した。今回、症 例数を加え、術後の経過を長期的に調査したところ若干の知見を得たのでその概要を報告する。 2.材料と方法:炎症が粘膜歯肉境を超えて口峡部粘膜まで拡大したものを歯肉口内炎とし、当院で 2005 年 10 月までに臼歯部全抜歯を実施した猫 32 頭を調査対象とした。術後の評価は 1 カ月目の時点、および術後 6 カ月 以上最長 7 年にわたり調査した。 3.成績:術後 1 カ月の時点では完治したものが 5 頭(15.6%)、改善したものが 16 頭(50.0%)、改善しなかっ たものが 11 頭(34.4%)であった。1 カ月の時点で術前よりも改善した症例では、長期的にみると約半数が完治し た一方、経過途中に再燃するものもみられ、再燃症例では内科治療を継続してもその後再び軽快することはなか った。術後 1 カ月の時点で改善がなかった症例ではその後完治したものはごくわずかで、術前よりも改善した症 例もあったが、死亡時あるいは現在に至るまで内科治療を必要とした。長期的評価の最終時点では、完治したも のが 14 頭(43.8%)、改善したものが 5 頭(15.6%)、改善しなかったものが 13 頭(40.6%)となった。また、臼歯部 全抜歯の効果が十分でなかった症例 13 頭中 5 頭に全顎抜歯を実施したところ、4 頭が完治し1頭は改善した。 4.考察:今回の調査で、猫歯肉口内炎に対し臼歯部全抜歯を行った場合、術後に改善し再燃する傾向がみられ ない症例では長期的にみると完治する可能性があるためそのまま内科治療を継続するが、途中で再燃する傾向が 見られた症例および術後に改善が見られない症例では内科治療で治癒する可能性が少ないため早期に全顎抜歯を 考慮するほうが良いことが示唆された。また完治した症例でも完治するまでには長期間かかる場合が多かったた め、臼歯部全抜歯を行う際には術前の十分な説明および術後の注意深い観察と治療が必要であると思われた。 演 題 番号: 演 題 名:口腔内黒色腫に対して治療を実施した犬の7症例 発表者氏名:○松田美智子 1 )、宇根 智 1 )、野田史子 1 )、原口友也 1 )、板本和仁 2 )、田浦保穂 2 )、中市統三 3 )、 早崎峯夫 1 ) 発表者所属:1)山口大学・動物医療センター、2)山口大学・獣医外科学研究室、3)山口大学・獣医放射線学研究室 1.はじめに:黒色腫は犬の口腔内悪性腫瘍のうち最も発生頻度が高い。通常歯肉上で発生し、早期に局所浸潤 し、約 80%の症例においてリンパ性・血行性に所属リンパ節、肺に転移する。部分的な上顎骨切除、下顎骨切除、 扁桃摘出、舌切除といった広範囲の外科的切除が推奨される。化学療法、免疫療法は効果が低く、放射線療法は 適用されるが再発率は高いとされている。今回、口腔内黒色腫に放射線療法(n=1)、外科的切除(n=2)、外科的切除 と放射線療法の併用(n=4)を行ったのでその概要を報告する。 2.症 例:症例 1;トイ•マンチェスター、13 歳齢、雌。上顎左側 T2bN2bM0。症例 2;シェットランド•シープド ック、15 歳 6 ヵ月齢、去勢雄。口唇 T3N0M0。症例 3;シー•ズー、10 歳 10 ヵ月齢、去勢雄。上顎左側 T2bN2bM0。 症例 4;ヨークシャー•テリア、13 歳 3 ヵ月齢、去勢雄。下顎左側 T1aN0M0。症例 5;パグ、14 歳 8 ヵ月齢、雄.上 顎左側 T2bN2bM0。症例 6;E.C.スパニエル、8 歳 4 ヵ月齢、雄。硬口蓋 T1aN0M0。症例 7;ウエルシュ•コーギー、2 歳 9 ヵ月齢、雌。鼻腔〜上顎左側 T3bN2bM1。 3.治 療:全症例に手術と放射線療法の併用を提示したが、希望により放射線療法(n=1、症例 1)、外科的切 除(n=2、症例 2,3)、外科的切除と放射線療法の併用(n=4、症例 4,5,6,7)が選択された。平均生存期間は、全症例で 16,6 ヵ月(n=2 生存中)、各治療では、放射線療法(54 ヵ月)、外科的切除(6 ヵ月)、外科的切除と放射線療法の併用(12.5 ヵ月)であった。再発転移に関して、3 症例でその可能性が考えられた。症例 1 は 51 ヵ月後に咽頭に腫瘤を認め、 確定診断はされなかったが再発の可能性が高い。症例 6 は 5 ヵ月後に耳介に黒色腫を認めたが、摘出しその後は 良好で経過観察中である。症例 7 は 5 ヵ月後に鼻腔内に再発したため、再手術後に放射線療法を継続中である。 4.考 察:犬の口腔内に発生する黒色腫は、ほとんどが悪性であり、周囲の歯肉や骨に浸潤し、最終的にリ ンパ節や肺などへの遠隔転移により死に至る。そのため早期治療を必要とし、手術による拡大切除が推奨されて いるが、放射線療法による局所制御やカルボプラチンによる再発・遠隔転移に対する全身療法も期待されている。 今回、外科的切除に放射線療法の補助療法を併用することは局所制御や転移軽減に有用であると考えられた。 演題番号: 演 題 名:腹腔内腫瘍に随伴して腫大した腰窩リンパ節摘出を行った犬の 2 症例 発表者氏名:○林 一旗 1)、宇根 智 1)、野田史子 1)、原口友也 1)、板本和仁 2)、田浦保穂 2)、中市統三 3)、早崎峯夫 1) 発表者所属:1)山口大学・動物医療センター、2)山口大学・獣医外科学教室、3)山口大学・獣医放射線学教室 1.はじめに:腫瘍に随伴して腫大したリンパ節の摘出を行うことは再発や転移を考える上で有効な手段といえる。今回、 山口大学動物医療センターに来院した犬 2 症例において腰窩リンパ節付近に発生した腹腔内腫瘤の切除を行い、同時に 腰窩リンパ節も摘出し良好な結果が得られたので報告する。 2.症 例:症例 1.シー・ズー、11 歳 9 ヵ月齢、雄。近医にて肛門周囲腺腫を指摘され、皮膚疾患および便の渋り を主訴に紹介された。X線検査により腰窩リンパ節付近で直腸の右腹側への変位が認められ、さらに超音波検査で膀胱 の頭背側に腫瘤の存在と前立腺の不均一化が認められた。X 線 CT 検査では直腸左背側に 51×31.8×33.8mm の腫瘤が認 められ、骨盤腔内で直腸を圧排し、腫大した 72×39.8×26.9mm の腰窩リンパ節および 27×26.4×32.8mm の前立腺が認 められた。右鼡径リンパ節、前立腺、腰窩リンパ節、直腸左背側の腫瘤のバイオプシーを行い、病理組織学的検査でそ れぞれ皮膚病性リンパ節症、前立腺過形成、残り二つは肛門周囲腺腫と診断された。そのため直腸左背側の腫瘤、腰窩 リンパ節を切除した。補助療法として化学療法を提示したが了解が得られなかった。術後の経過は良好で便の渋りは改 善され、術後 9 ヵ月経過した現在も再発・転移は認められていない。 症例 2.ポインター、10 歳齢、雌。主訴は後肢の跛行、便の扁平化および近医にて腹腔内腫瘤を指摘され、その腫瘤の 精査のため紹介された。X線検査では右腎の尾側および腰窩リンパ節付近に腫瘤が認められた。X 線 CT 検査では右腎 尾側に 42×35.2×36.2mm の腫瘤、および腰窩リンパ節周囲に後大動静脈の辺縁で癒着している 140×78.4×73.2mm の 腫瘤が認められた。右腎尾側の腫瘤、腰窩リンパ節およびその周囲の腫瘤の切除を行い、病理組織学的検査で、右腎尾 側の腫瘤は嚢胞、腰窩リンパ節は腎芽腫と診断された。補助療法として化学療法を提示したが了解が得られなかった。 術後の経過は良好で便性状も改善し、後肢は右後肢にナックリングが認められるものの QOL は向上した。術後 8 ヵ月経 過した現在も再発・転移はなく経過観察中である 3.考 察:症例 1,2 ともに腫瘍の腰窩リンパ節への転移があり、今回のように腹腔内腫瘍を摘出する際に、腰窩リ ンパ節の摘出を行うことによって再発や転移が抑制できる可能性が示唆された。腫瘍に随伴して腫大した腰窩リンパ節 の摘出は予後を考えた上で有効な手段であると考えられた。 演題番号: 演 題 名:肝臓に肉芽腫性炎症が生じたミニチュアダックスフントの 1 例 発表者氏名:○白永伸行 筑網麻里絵 白永純子 発表者所属:シラナガ動物病院(山口県) 1.はじめに:近年、ミニチュア・ダックスフント(以下 M・D)に肉芽腫性の炎症疾患が皮膚のみならず他部位での発生報告が増加 している。今回我々は原因不明の発熱を呈する M・D に鑑別診断を進めた結果、肝臓の肉芽腫性炎症が原因であった症例を経 験したので、その概要を報告する 2.症例:M.D。6歳。去勢雄。体重 7.0kg。体温 40.0℃。元気食欲の低下を主訴に来院した。抗生物質やNSAIDなどの対 症療法では無反応であり、臨床検査では血小板減少症と肝腫脾腫を認めたためマダニ媒介性疾患を考慮した治療を試みたが、 40 度以上の発熱と消耗が続いたため、第 8 病日に精査を実施した。バベシア、ヘモバルトネラ、エールリッヒア、ジステンバーの感染症検査 やリンパ腫PCR、ANA、関節液検査などには原因を認めず、肝臓の針生検で好中球を多く認めたのみであった。考えうる検査後 にPSL1mg/kgを単回使用した。体温は 2 日ほど平熱であったが、40 度以上でも食欲が回復したので対症療法を続けた。しかし 第 28 病日に全身状態の悪化が見られ ALP の著増(4273)と胆汁うっ滞の所見が得られた。翌日実施した試験的開腹では肉眼 的異常は認めなかった。FNAで肝臓に好中球を多く認めたため、肝臓実質と胆汁の細菌培養を行い、肝臓、脾臓、前立腺、膵 臓、腹 腔 内 リンパ節、大 網 の生 検 後、腹 腔 洗 浄を行 い閉 腹 した。その後 も発 熱 が続くが培 養 結 果 で細 菌(-)の結 果を待 って PSL を使用すると、劇的に体調がよくなった。病理検査で、肝臓に化膿性肉芽腫性炎症像を認め、その後 PSL とメトロニダゾール によって体温は平坦化したが、PSL の減量を計ると突発的に発熱が生じた。第 159 病日には ALP も 193 と回帰し、メトロニダゾー ル単独での治療を試みたが肝腫大と嘔気も伴うようになった。第258病日には再び発熱が認められ QOL が低下するので、PSL の 使用を再開した。その後飼主と協議の結果、PSL による治療を選択した。約2年半経過する間は PSL 0.8mg/kg q36h で維持 している。しかし現在 TBA の上昇なく、著明な肝腫大と ALP 10579 ということから経過を注視している。 3.考察:本症例はPSLの使用後に肝臓病変が明瞭化し、化膿性肝炎を危惧したが、培養結果とPSLによる肝炎沈静化から 細菌が関与する化膿性炎症ではないと判断した。M.Dの肉芽腫性疾患の臨床像は発熱や結節、無菌性膿瘍などが抗生剤無 反応でありPSLを初めとする免疫抑制剤による治療管理が必要だと知られている。本症例の病態もそれらの類縁疾患と推定する が、その確定診断と炎症を惹起する原因への追求には今後の症例の蓄積と研究が必要だと思われた。 演題番号: 演題名:犬乳腺胞への薬剤注入方法に関する検討 発表者氏名:〇岸本彦生1)、音井威重 2) 発表者所属:1)桑の山獣医科・山口県 2)山口大学大学院連合獣医学研究科 1.はじめに:犬の乳腺腫瘍は雌の全腫瘍の約50%を占める疾病で、外科的な切除手術のほか、放射線治療、化学療法、免疫療法 により治療が行われている。化学療法において、主に経口投与もしくは静脈注射により治療が行われているが、これら全身的な薬剤 投与は効果的な場合においても、健康な他組織へのダメージを与え、しばしば副作用の発現を考慮しなければならない。一方、局所 的な乳腺への投与により化学療法剤の副作用を制限することが可能であるが、乳頭口からの乳腺への投与に関する報告は少なく、ま た乳管・乳腺洞等の分布についても不明である。 今回、乳頭口からの薬剤の投与方法を可能とするために、乳管洞、乳腺洞の分布・走行について造影剤を用いて解析した。 2.材料および方法:実験には健康な非泌乳期のビーグル犬1頭(5.5歳、11.1kg)および分娩後2ヶ月経過したビーグル犬1 頭(4.4歳、14.5kg)の計2頭を使用した。全身麻酔を施した後、乳房および乳頭を38℃の温布により暖め、実体顕微鏡下で 涙腺カテーテルを含む数種のカテーテルの挿入を試みた。さらに、乳頭口から造影剤(イオパミドール;300mg/ml)を注入し、造影 剤の分布範囲を評価することにより、乳管洞、乳腺洞の分布・走行を推定した。 3.成績:実体顕微鏡下でも乳頭口は明確に認めることは困難であり、涙腺カテーテルを含む数種のカテーテルの挿入を試みたが、 いずれの犬においても挿入は不可能であった。次に、涙管プローブで乳頭口を探索し、抵抗なくプローブが挿入できる箇所を見出し た後、<5mmほどプローブの先端を挿入し次に管口を拡大した。拡大後、針先を鈍角処理した24G 留置カテーテルを再挿入し、 造影剤を注入した。その結果、注入時の抵抗感があるものの、0.25mLの造影剤が注入でき、乳頭口から乳腺洞につながる一本の乳頭 管、乳管洞が確認できた。さらに、注入後、乳房リンパ管に造影剤が急速に浸潤することが明らかとなった。 4.考察:乳頭口からの乳腺への薬剤投与において、乳頭口の正確な判別、さらに、薬剤注入時の注入圧が重要であると判明した。 一方、造影剤注入後、急速なリンパ管への浸潤が認められたことから、薬剤の乳腺への直接的な注入により、リンパ管へ浸潤した腫 瘍細胞の治療の可能性も示された。 演題番号: 演題名:浸透圧受容器の異常が疑われた高 Na 血症のミニチュア・シュナウザーの一例 発表者氏名:○岩本栄美子 1) 水野拓也 1) 見山孝子 1) 梅城沙織 1) 中市統三 2) 奥田優 1) 発表者所属:1) 山口大学獣医内科 2) 山口大学獣医放射線 1.はじめに:高 Na 血症とは血清 Na 濃度が160mEq/L を超えた状態をいい、水分の喪失、水分摂取の減少、また は高アルドステロン血症などの過剰な Na の保持によって起こる。今回、我々は浸透圧受容器の異常による水分摂取の減 少により高 Na 血症を呈したミニチュア・シュナウザーに遭遇したので、その概要を報告する。 2.症例:症例は6ヶ月齢、雌のミニチュア・シュナウザーで、1 ヵ月半前から間欠的な嘔吐、元気消失、食欲低下、高 Na 血症(190mEq/L)が認められ、皮下補液により一時的に症状は改善するも再発を繰り返すため、高 Na 血症の精査 のため山口大学動物医療センターに来院した。稟告では飲水行動が認められないとのことであった。身体検査では軽度の 発育不良が認められた。血液検査では Na+(166mEq/L) 、Cl-(138mEq/L)の上昇が認められた。高 Na 血症の鑑別 のために尿検査、内分泌検査を行った結果、尿崩症、高アルドステロン血症は否定された。年齢、犬種、血液検査から浸 透圧受容器の異常を疑い頭部 MRI 検査を行った結果、脳梁形成不全、第 3 脳室形成不全、透明中隔欠損が認められた。 これらの MRI 所見は人医領域の全前脳胞症と一致し、本症例はそれに類似したものだと考えられた。 3.治療と経過:餌に水を混ぜることで一定量の水分を摂取するように指導した。その結果、血清 Na 濃度は正常範囲内 になり、初診から10ヶ月経過した現在まで経過は良好である。 4.考察:浸透圧受容器は視床下部に存在し、血漿浸透圧が上昇すると口渇中枢を刺激し、飲水行動を誘発する。本症例 は先天性の浸透圧受容器の異常により、口渇感が欠如し、高 Na 血症を呈したと考えられた。過去に報告された口渇感欠 如による高 Na 血症を呈した症例にはミニチュア・シュナウザーが多く、遺伝的要因が関与していると考えられる。飲水 行動を示さない高 Na 血症を呈する若齢犬、特にミニチュア・シュナウザーの場合には本疾患を考慮して、MRI 検査を 実施するべきであると考えられた。 演題番号: 演題名:ホルマリン固定パラフィン包埋組織切片を用いたリンパ球クローン性解析と PCR-SSCP 法の応用 発表者氏名:○和田 優子、谷本 喬,金子 直樹,平岡 博子,水野 拓也,奥田 優 発表者所属:山口大学獣医内科 1. は じ め に : リ ン パ 系 腫 瘍 は 犬 に お い て 最 も 発 生 頻 度 の 高 い 悪 性 腫 瘍 の 1 つ で あ り 、 近 年 そ の 診 断 と し て polymerase chain reaction (PCR) 法を用いた解析の有用性が認められている。これまでこの解析に用いられて いる材料としては未固定の組織または血液が多く、ホルマリン固定パラフィン包埋組織切片を用いた解析は、ホ ルマリンによって DNA が無作為に断片化され、PCR の増幅効率が低下することなどから困難であった。また現在、 この解析では結果の判定に迷う例が少なくない。本研究では、病理組織学的にリンパ腫と診断されたホルマリン 固定パラフィン包埋組織切片から DNA を抽出し、PCR 法を用いたリンパ球クローン性解析が可能であるかを明ら か に す る こ と 、 な ら び に 電 気 泳 動 に よ っ て 解 析 困 難 で あ っ た 症 例 に 対 し て 、 PCR-SSCP ( single-strand conformation polymorphism)による解析を実施し、その有用性を明らかにすることを目的とし研究を行った。 2.材料・方法:病理組織学的にリンパ腫と診断された 4 例のホルマリン固定パラフィン包埋組織切片を用いて、 DNA を抽出し PCR を用いてリンパ球クローン性解析を実施した。また過去に IgH 遺伝子と TCR 遺伝子各々におい て明瞭なバンドと判断されたものとバンドかどうか判断が困難であった検体の DNA を用いて PCR-SSCP 解析を行っ た。 3.結果・考察:病理組織学的にリンパ腫と診断された 4 例のうち 2 例で DNA の抽出の成否を明らかにする Cμ遺 伝子の増幅が認められた。Cμ遺伝子の増幅が認められた 2 例の DNA を鋳型とした IgH 遺伝子、TCR 遺伝子の解析 では 1 例が IgH 遺伝子、もう 1 例では TCR 遺伝子のクローン性が認められた。Cμ遺伝子の増幅が認められなかっ た 2 例は、認められた 2 例よりも長期間ホルマリンに固定されたことにより PCR に適した DNA の抽出が阻害され たものと推察された。また過去に IgH 遺伝子における PCR を用いた解析において明瞭なバンドが認められたもの は、PCR-SSCP 法では 1 本以上のバントとして認められ、判断が困難であったものではバンドは全く認められなか った。同様な結果が TCR 遺伝子において認められた。以上の結果からホルマリン固定が長期でないホルマリン固 定パラフィン包埋組織切片からの PCR を用いたリンパ球のクローン性解析は可能であり、リンパ球のクローン性 解析に PCR-SSCP 解析を用いることは、解析困難な症例に対する補助検査として有用であると考えられた。 演題番号: 演 題 名:門脈体循環シャントに対して部分結紮を実施し自然完全閉鎖を認めた犬の 2 症例 発表者氏名:○原田秀明1)、宇根 智2)、野田史子2)、板本和仁1)、中市統三3)、田浦保穂1) 発表者所属:1)山口大学・獣医外科学教室、2)山口大学・動物医療センター、3)山口大学・獣医放射線学教室 1.はじめに:門脈体循環シャント(PSS)は、胃、腸、膵臓、脾臓からの門脈血が、肝臓を通過せずに直接体循環に流入する血管異常で ある。今回、PSS の部分結紮による外科的治療を行った犬の 2 症例で、シャント血管の自然閉鎖を認めたのでその概要を報告する。 2.症 例:症例 1;ミニチュア・シュナウザー、3ヵ月齢、雄。食後に流涎や異常行動を起こし、高アンモニア血症(NH3 400μg/ ㎗) 、血清総胆汁酸濃度の上昇(食前 BA:250μg/㎗、食後 BA:394μg/㎗)が認められ、肝性脳症の疑いで紹介された。初診時の血 液検査により ALB、BUN の低下、NH3、IP の上昇、APTT の延長も認められ、X 線検査で小肝症が、造影 CT 検査で門脈から後大静脈への シャント血管が認められた。症例 2;雑種、4 ヵ月齢、雄。発育不良、嘔吐を呈し、肝酵素の上昇(AST 188 IU/ℓ、ALT 125 IU/ℓ、 ALP 1972 IU/ℓ、GGT 39 IU/ℓ) 、高アンモニア血症(NH3 641μg/㎗) 、血清総胆汁酸濃度の上昇(食前 BA:298.5μg/㎗、食後 BA: 345.0μg/㎗)が認められたため紹介された。初診時の血液検査により RBC、PCV、Chol、Glu の低下、NH3 の上昇、PT、APTT の延長が 認められた。X 線検査で小肝症が、造影 CT 検査で門脈から後大静脈へのシャント血管が認められた。 3.治 療:症例1は、初診より 16 日後に完全閉鎖を試みたが、門脈圧の上昇(0mmHg → 試験的完全遮断 14mmHg)と腸管のうっ血 を認めたため、シャント血管の部分結紮(直径 8mm → 3mm・86%結紮、門脈圧 5mmHg)を行った。術後経過も良好で、肝酵素や肝機 能も改善を示した。シャント血管の完全閉鎖を目的に 2 度目の手術を 3 ヵ月後に実施したところ、部分結紮したシャント血管の自然 完全閉鎖が認められた。症例2は、初診から 7 日後に完全閉鎖を試みたが、門脈圧の上昇(0mmHg → 試験的完全遮断 24mmHg)と腸 管のうっ血を認めたため、シャント血管の部分結紮(直径 7mm → 2mm・92%結紮、門脈圧 10mmHg)を行った。術後経過も良好で肝酵 素や肝機能も改善した。2 度目の手術を 6 ヵ月後に実施したところ、部分結紮したシャント血管の自然完全閉鎖が認められた。 3.考 察:今回の 2 症例から、PSS においてシャント血管の部分結紮を行うとその後自然閉鎖する可能性が示唆された。これは結 紮部位、結紮材料、結紮率、血流量、炎症反応の程度などにより完全閉鎖されると推測されるが閉鎖時期や門脈圧の状況によっては、 状態悪化を招く可能性もあるため、注意する必要があると考えられた。今回の 2 症例では良好な予後が得られたが、今後の症例の積 み上げにより自然閉鎖と予後の関係についての検討が必要だと考えられた。 演 題 番 号: 演 題 名 :肝内性門脈体循環シャントに対して血管結紮を行った1症例 演 者 氏 名:○高岸 領1)、宇根 智2)、野田史子2)、原口友也2)、板本和仁1)、中市統三3)、田浦保穂1) 発表者所属 :1)山口大学・獣医外科学研究室 2)山口大学・動物医療センター、3)山口大学・獣医放射線学教室 1、はじめに:門脈体循環シャント(PSS)は犬で比較的多く認められる疾患であり、シャント血管の短絡位置により肝外性 PSS と肝 内性 PSS に分類される。一般的に肝外性 PSS は小型犬に多く、肝内性 PSS は大型犬に多く認められる。今回、小型犬に認められた肝 内性 PSS に対して血管結紮を実施したので、その概要を報告する。 2、症 例:ミニチュア・ダックスフンド、9ヵ月齢、未去勢雄、体重 3.3 ㎏。1ヵ月前から食後の嘔吐、旋回運動、意識の低下 と流涎が認められた。 近医での血液検査においてNH3 が320μg/dl を示し、 超音波検査とX 線検査により小肝症が認められPSS を疑い、 山口大学附属動物医療センターに紹介された。本院での X 線検査により小肝症と腹部の透過性低下、軽度の心肥大が認められた。血 液検査では食前 NH3が 121μg/dl、食後 NH3が 386μg/dl を示した。また総胆汁酸検査では食前 64.8μmol/L、食後 479.0μmol/L を示 した。全身麻酔下での造影 CT 検査によりシャント血管が肝内に認められた。 3、治 療:手術は超音波手術器を用いて方形葉からシャント血管を露出・分離した。腸間膜静脈より血管造影を実施し、シャント 血管の位置を確認した。露出したシャント血管の直径は 10mm であり、仮結紮を行うと門脈圧の上昇(3mmHg → 17mmHg) 、腸管のうっ 血が認められたため、部分結紮(10mm → 4mm;16%、門脈圧 8mmHg)を行った。部分結紮後に血管造影し肝臓への血流を確認した。 術後2日目より元気・食欲・飲水は回復し、全身状態も良好であり、血液検査でも NH3は 40μg/dl を示した。また食後の嘔吐、旋回運 動、意識の低下と流涎は消失した。現在、症例は経過観察中である。 4、考 察:肝内性 PSS は大型犬で多く認められるが小型犬では稀であり、肝内シャント血管の結紮は非常に困難で、手術適応外 となることが多い。本症例では、X 線 CT 検査と門脈造影検査により、肝内シャント血管の正確な位置が確認でき、分離結紮が可能で あった。今後は、肝内性 PSS の症例に対しても手術の適応や有用性が考えられるが、肝内性 PSS の手術データが乏しいため、今後の 症例の積み上げと研究が重要であると考えられた。 演題番号 : 演題名 : 総胆管結石症の犬の1例 発表者氏名:○ 筑網麻里絵 白永純子 白永伸行 発表者所属:シラナガ動物病院(山口県周南市) 1.はじめに:総胆管結石は犬においてまれであるが閉塞性黄疸の一因となる。今回我々は総胆管結石により閉塞性黄疸を起 こした犬に遭遇し、外科的処置により良好な結果が得られたのでその概要を報告する。 2.症例:ミニチュアダックスフンド、雌、5 歳齢、突然の失神、強直性痙攣とその後の虚脱状態を呈し来院。体重 4.9kg、体 温 40.9℃、皮膚・可視粘膜黄疸、腹部緊張が認められた。初診時血液検査所見で WBC、AST、ALT、ALP、Tcho、Tbil、アミラ ーゼ、総胆汁酸の上昇が見られた。腹部単純 X 線検査所見では軽度の肝腫大が認められ、超音波検査では著しい胆嚢と蛇行し た胆管拡張ならびに胆泥の貯留が認められた。第3病日の試験開腹では、初めに胆嚢を切開し、胆嚢内容を吸引除去した。次 に総胆管に結石を触知し、胆嚢側から 6Fr カテーテルでフラッシュしたが結石は動かなかった。十二指腸乳頭より疎通を確認 しても結石は動かなかったため、 総胆管を切開し胆石を直接摘出した。 その後6Frカテーテルで十二指腸からの疎通を確認し、 洗浄後、総胆管切開部よりステント(5Fr カテーテル使用)を挿入留置した。ステントを用いて十二指腸粘膜内に固定した後、 十二指腸を縫合、閉腹した。胆汁の細菌培養検査では Enterococcus sp. が検出された。胆石は直径 0.4cm で、成分の 90%は 蛋白質であり、残り 10%は炭酸カルシウムであった。術後 2 日は絶食し対症療法を継続した。消化器症状、黄疸が徐々に治ま ってきたため、第 8 病日に退院した。その後抗生物質と UDCA の内服を 1 ヶ月間継続した。なお、飼主に糞便中のカテーテル の有無を調べてもらったが発見することはできなかった。 3.考察:イヌの総胆管への術式は場所や大きさから時に困難であり、胆汁排泄の試みとしてやむを得ず胆嚢腸吻合術が用い られることもあるが、腸管からの上行性感染による胆嚢炎の危険もあるため総胆管の病変が正常に帰することが可能ならより よいと思われる。結石は主成分が蛋白質であったが、これにより胆嚢炎、胆管炎による炎症成分が胆石の形成に関わったこと が示唆され、上行性の細菌感染が一因だと思われた。術後狭窄は十分注意する必要があり、ステントを使用する際はそのこと を見越して犬種にあった十分な大きさのものが使用されるべきであると思われた。また吸収糸で十二指腸粘膜に留置すること は時間の経過につれて永久的な留置を防ぐ意味では大変有用であった。今後も治療成績を重ねることで、総胆管閉塞における 有用な治療方法となる可能性が示唆された。 演題番号 : 演 題 名 :犬の腎原発性腎芽細胞腫の 2 症例 発表者氏名:○原口友也 1 )、宇根 智 1 )、野田史子 1 )、中市統三 2 )、板本和仁 3 )、田浦保穂 3 ) 発表者所属:1) 山口大学・動物医療センター、2) 山口大学・獣医放射線学教室、3) 山口大学・獣医外科学教室 1. はじめに:犬の腎原発性腫瘍の発生は稀であり、全腫瘍中の約 2%、腎芽細胞腫の発生率は、腎原発性腫瘍の 約 10%と報告されている。今回、腎原発性腎芽細胞腫に対して腎摘出術を単独で行い良好な経過が得られた 2 症 例について報告する。 2. 症 例:症例1;ダックスフンド、2 歳 5 ヵ月齢、去勢雄。主訴は血尿と腹囲膨満。血液検査で好中球増加 症、ALP、AMYL、CRP の上昇を認めた。尿検査で、潜血とタンパクが確認された。症例 2;チワワ、3 歳 7 ヵ 月齢、未避妊雌。主訴は腹囲膨満。血液検査で好中球増加症、ALP、GGT、CRP の上昇を認めた。2 症例ともに、 X 線検査で右上腹部に腫瘤を認め、CT 検査で右側腎臓の腫瘍が確認された。明らかな転移像は確認されなかっ た。 3. 治 療:2 症例において、右腎摘出術を実施した。病理組織学的検査で腎芽細胞腫と診断された。症例 1 は、 腫瘤が周辺臓器や血管などと癒着しており、これらを剥離し摘出を行った。術後に補助療法として化学療法を提 案したが、同意が得られずに実施できなかった。術後の経過は良好であったが、4ヵ月目で下痢が認められるよ うになり、6ヵ月目で死亡した。死亡時に腹腔内に腫瘤が確認されており、転移による死亡が疑われた。症例 2 においても、症例 1 と同様に腫瘤の周辺臓器や血管などへの癒着を認め、さらに卵巣を巻き込んでいたため、右 腎摘出術と卵巣子宮全摘出術を行った。本症例にも、補助療法として化学療法を勧めたが、同意が得られずに実 施していない。現在、術後 1 年が経過するが、転移は認められず全身状態も良好である。 4.考 察:腎原発性腎芽細胞腫は、若齢犬に多く認められ、悪性度が高く予後不良となるケースが多い。しか し、早期に片側腎摘出術を行うことで、手術単独でも良好な経過を得られる可能性が示唆された。また、術後に 化学療法を併用することで、より良好な経過が得られたという報告もあり、症例 1 においては、術後に化学療法 を実施する事により、更に良好な経過が得られた可能性も考えられた。犬の腎原発性腎芽細胞腫は稀な腫瘍であ り、予後や治療に関する報告が少ないため、今後の更なる症例の積み重ねが必要であると考えられた。 演題番号 : 演 題 名:急性腹症を呈した犬の腎盂腎炎の治癒例 発表者氏名:○平田由美 岩田美喜 平田真一 発表者所属:ひらた動物病院 1. はじめに: 通常、腎盂腎炎は上部尿路感染症と位置づけられ、下部尿路感染の原因菌が上行感染する事に よって起こるとされている。また、感染経路に因らずしばしば下部尿路感染を伴うとされている。しかし、今回 我々は、重度の腎盂腎炎に罹患していたにもかかわらず、尿路感染症の特異的な臨床徴候や検査所見がほとんど 見られなかった症例に遭遇したのでその概要を報告する。 2. 症 例: 6 歳 5 ヶ月齢、メス、ヨークシャテリア 3 日前より元気、食欲がないと来院し低血糖症、白血 球増加症、急性相蛋白の上昇、腹水貯留を認めた。又、1ヶ月前に血便、虚脱症状で他院にて入院加療を受けた という経緯から、急性腹症と診断し試験開腹手術を実施。開腹すると、膿性腹水の貯留があり、腹膜炎を呈して いるが消化管の穿孔や通過障害、虚血壊死を疑う箇所はなかった。膵臓、肝臓、脾臓には肉眼的な異常は見られ なかった。しかし、十二指腸と肝臓尾状葉と右腎外側縁が癒着しており、これを丁寧に剥離したところ腎外側縁 が裂開し、内部から壊死変性した液体様の組織が流出。左側腎に異常がない事を確認し、右側腎摘出術を実施し た。術後、反応性と思われる白血球の増加が見られたが、順調な回復を見せ8日後に退院した。 3. 考 察:病理検査により腎盂腎炎と診断。炎症細胞浸潤は腎全体、および腎門部から腎周囲の脂肪織にまで 波及していた。この症例では、腎の構造を大きく破壊するほどの腎盂腎炎でありながら、尿路感染症の臨床徴候 が見られず、試験開腹術により急性腹症の原因を右腎と特定、腎摘出術を実施することで良好な結果を得ること ができた。しかし、今回の腎盂腎炎の原因とその発症時期については明らかにする事はできなかった。 演題番号: 演題名:眼球黒色腫において MRI 検査を行った 3 例 発表者氏名:○古賀誠人、中市統三、板本和仁、宇根 智、野田史子、林 俊春、森本将弘、田浦保穂 発表者所属:山口大学 1.はじめに:眼球における黒色腫は中年齢の犬に発症し、背外側の角膜輪部付近に最もよく発生する黒色~ピンクの腫瘍である。確定 診断には病理検査が必要となるが、今回我々は、眼球黒色腫の症例において MRI 検査をしたところ特徴的な画像を得ることができたの でこれを報告する。 2.症例:(症例1)11歳未避妊雌の柴犬。3年前より左眼の角膜輪部に 2mm の腫瘤が認められ、来院4日前より眼脂・羞明を発症、 他院に通院後、本動物医療センターに紹介された。腫瘤は 1cm に成長していたものの出血等は認められなかった。(症例2)14歳未 避妊雌の柴犬。来院7日前より左眼球から黒い液体が出るということで他院に通院、左眼球外眼角上方に黒色の腫瘤、後眼部に出血が 認められたため悪性黒色腫の疑いにより本動物医療センターに来院した。(症例3)9歳未避妊雌のミニチュア・シュナウザー。来院 30 日前に左眼球の黒色の腫瘤を発見、他院に通院し、メラノーマの疑いで本動物医療センターに紹介された。腫瘤は結膜上に確認さ れ、眼球内への浸潤も認められた。 3.MRI 検査および経過:全ての症例において第1病日に MRI 検査を行った。後に病理診断により全症例とも悪性黒色腫と確定診断され た。(症例1)MRI 検査では左外側上方の後眼部に 4mm×5mm×9mm の腫瘤が認められ、T1:顕著な高信号 T2:低信号の像が得られた。 第6病日に眼球全摘出が行われた。その時 MRI 上で認められなかった視神経への浸潤が見られたため術後、放射線治療を行った。(症 例2)左側角膜輪部付近に 8mm×9mm ×15mm の腫瘤が認められ T1:高信号 増強効果:微弱 T2:低信号の像が得られた。第2病日に眼球全摘出が行われた。(症例3)後 眼部左方 1/3 にわたって 18mm×12mm×19mm の腫瘤が認められ、T1:等~高信号 増強効果:微弱 T2:低信号の像が得られた。第20病 日に眼球全摘出が行われたが急性の消化器症状を起こし、第40病日に死亡した。 4.考察:今回、病理検査により確定された黒色腫の 3 例においてMRI 上で T1:高信号、T1 造影剤増強効果:微弱 T2:低信号という特 徴的な信号が認められた。これはメラニン色素自体が磁性体であるために起こるものと考えられており、このことは似た像を呈する急 性出血の可能性を除去できれば病理診断を待たずとも黒色腫の鑑別ができる可能性があると思われた。しかしながら、MRI 上に写って いない範囲にまで腫瘍浸潤が認められた症例があることから、治療に際してはこの事に十分留意する必要があると思われた。 演題番号: 演 題 名:眼球内に病変を認めた猫のリンパ腫の 2 例 発表者氏名:〇新田直正、勝矢朗代、根岸文子、金子直樹、原和弘 発表者所属:ファミー動物病院・山口県 1. はじめに:猫の眼球内に発生する腫瘍として、メラノーマ、リンパ腫が一般的である。今回我々は、眼球内に病変を認め、診断 に苦慮した猫のリンパ腫の 2 症例について報告します。 2. 症例1:Mix cat、オス(去勢済み) 、11 歳 10 ヶ月。右外眼角側の眼球内のマス病変を主訴に来院。ステロイド、抗生剤の点眼、 内服により病変は一旦消失したが、投薬中止後再発。再びステロイドの投薬を開始するが、第37病日、全身状態が悪化し、胸 水の貯留を認めた。胸水の細胞診よりリンパ腫と診断。抗がん剤による治療を開始するが、翌日死亡。 症例2:日本猫、メス(避妊済み) 、3 歳 6 ヶ月。1 週間前よりの右目の異常を訴えて来院。右眼は縮瞳、虹彩は赤色に変化、前 眼房の白濁、蓄膿が認められた。抗生剤、ステロイドの点眼、ステロイドの内服治療を開始。1 週間後、眼房の白濁、結膜の発 赤、蓄膿は、改善が認められたが、縮瞳は改善しなかった。第29病日、全身状態悪化、胸水貯留。胸水の細胞診にてリンパ腫 と診断。L-アスパラギナーゼの投与を行ったが状態改善せず、第32病日飼い主の希望により安楽死。剖検の結果、胸腺型の リンパ腫で、腫瘍細胞は心臓周囲、肺、眼球内、腎臓にも認められた。 3.考察:今回の 2 症例は眼球内の病変のみを主訴に来院した。リンパ腫の可能性は考えていたものの、初診時に診断がつかず、ス テロイドの試験的治療に入ったことが、結果的にその後の抗がん治療を困難にしたことは否定できない。説明のつかない眼病変 に遭遇した時に、初期段階での積極的な眼房水や眼球内マスの針生検を行うべきだったと痛感している。 演題番号: 演題名:切除生検を行った前眼房腫瘤の1例 発表者氏名:○平田由美 岩田美喜 平田真一 発表者所属:ひらた動物病院 1. はじめに: 眼球内に発生する腫瘤の診断は,通常困難を要し外科処置前の確定診断は難しい事が多い。 今回、前眼房内に発生した腫瘤の切除生検を目的とした眼内手術を行ったので、その概要を報告する。 2.症例: 9歳齢 メス シェトランドシープドック 2005 年 10 月、左眼 10~12 時の方向、虹彩と水晶体 の間から発生していると思われる肉芽性の腫瘤に気づいた。毛様体上皮性腫瘍と仮診断を行いブドウ膜炎、緑内 障に注意しながらプレトニゾロンの内服を漸減しながら 3 ヶ月継続。その間も腫瘤は緩慢な腫大を示し前眼房内 の 1/2 以上を占めるようになったため、2006 年 7 月鎮静下においてトリアムシノロンと抗生物質の結膜下注射 を 1 週間ごとに 3 回実施したが、腫瘤の変化は見られなかった。そのため、2006 年 9 月腫瘤の切除生検を目的 に眼内手術を実施した。角膜内皮と腫瘤は軽度に癒着していたが、角膜を穿孔、切開部を拡張していく過程で房 水の流出と同時に一部の腫瘤は流出し、虹彩側に残った腫瘤も容易に摘出できた。 3.考察: FNA により前眼房腫瘤の診断を行ない治療と予後判断に役立てた症例報告があったが、今回はより 確実な診断と腫瘤摘出を同時に実施することができた。腫瘤は虹彩毛様体部から発生した腺腫と病理診断され、 術後の経過は良好で、飼い主の強い希望であった眼球摘出は避けることができた。しかしながら、経過の長さと 腫瘤の大きさが原因と思われる角膜内皮の障害と虹彩癒着のため、角膜の白濁と視覚の低下は避けられなかった。 演題番号: 演題名:GM1 ガングリオシドーシスの犬の1症例 発表者氏名:○今津えりか1)、板本和仁1)、野田史子1)、宇根 智1)、中市統三1)、田浦保穂1)、大和 修2) 発表者所属:1)山口大学、2)鹿児島大学 1.はじめに:細胞小器官であるライソゾーム内酸性水解酵素の欠損によって、その特定基質が蓄積し細胞障害ひいては臓器障害を引 き起こす遺伝性の全身病を総称してライソゾーム蓄積病という。GM1 ガングリオシドーシスはこの疾病の一種で、主に進行性の中枢 神経障害を引き起こす致死性疾患である。この疾病は、柴犬で時に認められることが知られているが、近年、関西~中国地区におけ る散発的な発生が確認されている。今回、我々は GM1 ガングリオシドーシスの犬を検査・診断する機会を得たのでその概要を報告す る。 2.症例:柴犬、0 歳 9 カ月齢、雌。患者は飼育開始当初(3 ヵ月齢)より木馬様の歩行を呈していたとのこと。初診時の症状は歩行困 難、転倒、採食困難などの進行性の運動失調、および測定過大と企図振戦、威嚇反射の低下であった。頭部・胸部 X 線検査、血液生 化学検査において異常は認められなかったが、血液塗抹にて細胞質内に空胞のあるリンパ球を多数認めた。また、MRI 検査により、 後頭骨形成不全に続発する小脳ヘルニアと小脳の一部の微細な欠損、 さらに大脳における白質と灰白質の信号強度の差異不明瞭およ び白質領域の矮小化を認めた。CSF 検査、ジステンパー検査での異常は認められなかった。患者は初診から 39 病日に再度来院した が、初診時よりさらに進行した運動失調を呈していた。この時採取した血液検体を用い遺伝学的検査を行った所、GLB1 遺伝子の異 常による GM1 ガングリオシドーシスと診断された。患者は現在も経過を観察中である。 3.考察: GM1 ガングリオシドーシスは、GLB1 遺伝子の異常により酸性β-ガラクトシダーゼ活性が欠損することでライソゾーム内に GM1 ガングリオシドが蓄積し、進行性の神経機能障害を引き起こす遺伝性致死疾患である。この疾患の犬における自然発生は極めて 稀であるが、近年国内での柴犬における散発的な発生が認められるようになった。これは、この遺伝性疾患の原因となる遺伝子を有 した柴犬が繁殖に使用され、症状を発現する犬が増加した結果だと考えられる。しかし、今回の症例のように診断にまで至ったケー スは少なく、また、現在のところ有効な治療法は見つかっていない。GM1 ガングリオシドーシスの犬には特徴的な臨床所見が認めら れるため、この疾患の疑いがある場合には専門機関に検査を依頼し、迅速な確定診断を行うことでオーナーへの負担を軽減すべきで ある。また、この疾患に対する認識を普及させることで、さらなるキャリアーの増加を防止することも重要である。 演題番号 : 演 題 名:本態性血小板血症の犬の 1 例 発表者氏名:○吉岡千尋 1) 見山孝子 1) 武本浩史 亘 敏広 2) 奥田 優 1) 発表者所属:1)山口大学、2)日本大学 1) 武田美穂 1) 松金勇樹 1) 板本和仁 1) 水野拓也 1) 1.はじめに:本態性血小板血症(ET)は血小板数の増加する慢性骨髄増殖性疾患であり、犬における報告は少 ない。今回、我々は本態性血小板血症と診断した犬の症例に遭遇したのでその概要を報告する。 2.症例:10 歳 7 ヶ月齢のミニチュア・ダックスフンド、未避妊雌。約 3 ヶ月前からの断続的な鼻・歯茎の出血 を主訴に本学動物医療センターに来院した。血液検査において中等度の非再生性貧血と著しい血小板数の増加 (3.31×10 6 /ml)が認められた。末梢血液塗抹において、血小板の大小不同、形態的な異常が認められたが、そ の他異形成を持つ細胞は認められなかった。PT、APTT をはじめとする血液凝固系検査は正常、頬粘膜出血時 間は 5 分 30 秒と延長していた。骨髄増殖性疾患の鑑別のため骨髄穿刺を行ったところ、巨核球系細胞の増加(< 30%)と微小巨核球などの異形成所見を認めたが、赤芽球系細胞ならびに顆粒球系細胞には大きな異常は認めら れなかった。クームス試験は陰性、血清鉄 601mg/dl、TIBC 718 mg/dl であった。反応性血小板増加症の原因と なる基礎疾患が認められないことならびに末梢血液・骨髄塗沫所見から、本症例を本態性血小板血症と診断した。 3.治療と経過:第 1 病日よりプレドニゾロン、クロラムブシル等の投与を開始したところ血小板数も低下し出 血も認められなくなったが、血小板増加症と出血傾向が再燃したため第 185 病日よりクロラムブシルをシクロ フォスファミドに変更し、また、第 256 病日よりシクロフォスファミドを中止しハイドロキシウレアの投与を 開始した。貧血が進行したため輸血をしながら徐々にハイドロキシウレアの投与間隔を空け、第 409 病日を経 過した現在 15 mg/kg 4 日に 1 回で治療中であり、血小板数 1.04×10 6/ml、出血傾向は認められておらず、一般 状態は良好である。 4.考察:本例は出血傾向を主訴とする ET 症例であった。興味深いことに本例では血小板数の低下とともに出 血傾向は改善し、血小板数が増加すると出血傾向が認められた。人における ET の臨床的特徴は血栓症ならびに 出血傾向であるが、犬において出血傾向を呈する ET の報告は我々の調べた限りこれまでにない。本疾患は非常 にまれな疾患であるが、今後も症例報告を蓄積することによって犬における本疾患の特徴を明らかにしていく必 要があると考えられた。 演題番号: 演 題 名:犬の会陰ヘルニアの1症例 演者氏名:○磯崎淳伸、板本和仁、林 一旗、宇根 智、中市統三、田浦保穂 演者所属:山口大学 1.はじめに:会陰ヘルニア整復術の手術法としては、骨盤隔膜成筋(ヘルニア孔周囲の筋)を縫縮する基本法、内閉鎖筋転位術、浅殿 筋転位術、半腱様筋転位術、ヘルニアプレートを用いるなど様々な方法が報告されている。今回ミニチュア・ダックスフンドにおい てヘルニアプレート設置および内閉鎖筋転位術では改善されなかった会陰ヘルニアで半腱様筋転位術を行い良好な結果を得られたの で報告する。 2.症 例:6歳齢、ミニチュア・ダックスフンド、雄、体重 7.6kg。約1年前から便の出が悪く、排便時に疼痛、直腸脱が認められ た。左右鼠径部のヘルニアおよび肛門周囲の腫脹がみられた。近医でヘルニアプレートを用いて会陰ヘルニアの整復を 2 度行ったが、 術創からの漿液の滲出および排便時に強い疼痛が認められ、状態が改善しないため山口大学動物医療センターに紹介、来院された。 3.治療および経過:一般身体検査で両側の会陰ヘルニアが確認され、直腸検査では伸展し、菲薄化した腸壁とヘルニアプレートと思 われる異物が触診された。術前の CT 検査では、左右ともヘルニアプレートが確認され、右側ヘルニアプレートの背側には反応性結合 織と思われるX線高吸収領域が認められ、また左側のヘルニアプレートが拡張した腸壁に陥入しているのが認められた。外科的整復 として第 14 病日に左側会陰ヘルニアの整復術を実施した。整復法として、ヘルニアプレート除去後、直腸憩室の縫縮を行った。また、 内閉鎖筋は萎縮していたため、浅殿筋転位術および半腱様筋の一部を利用した半腱様筋転位術を行った。第 48 病日後に右の会陰ヘル ニア整復をプレート除去後、浅殿筋転位術により行った。排液も認められず、その後漿液の排出および排便異常、排便時の疼痛は認 められず治癒、退院した。 4.考 察:第 40 回の本学会で「人工物埋設による会陰ヘルニア修復後に難治性瘻管を形成した2症例について」発表を行っている が、本症例もヘルニアプレートを用いた整復の失宜により、排便時疼痛および術創の治癒が認められなかったものと考えられた。半 腱様筋転位術は大腿部の細長い半腱様筋を用いることで会陰ヘルニアにより生じる広範なヘルニア孔の整復が可能であり、種々の変 法が報告されている。本症例では内閉鎖筋の著しい萎縮が見られたが、同側の半腱様筋を反転させて用いることでヘルニア孔の整復 が可能であった。半腱様筋転位術は他の方法に比べて煩雑であるものの、本症例の様に内閉鎖筋転位術および浅殿筋転位術での整復 が困難な場合での有効な治療法であると考えられた。 演題番号: 演題名:アレルギー性皮膚炎の犬における各種アレルギー用療法食の有用性の検討 発表者氏名:○鍋谷 知代、宮本 忠 発表者所属:みやもと動物病院 1.はじめに: 犬におけるアレルギー性皮膚炎は一般的な疾患で、主な病因はアトピー性皮膚炎と食物アレルギ ー性皮膚炎であるとされている。罹患犬の食餌をアレルギー用療法食に変更することにより、皮膚炎症状が軽減 することも多く、各メーカーから種々の療法食が販売されているが、それぞれの効果を比較検討した報告はあま りない。今回我々は、アレルギー性皮膚炎を呈する犬において各種アレルギー用療法食の有用性を検討した。 2.材料および方法: アトピーまたは食物アレルギー性皮膚炎が疑われた犬 47 頭に対して血清 IgE 抗体検査を 実施し、その検査結果から推奨されるアレルギー用療法食を検索し、その有用性を調べた。また、検査を実施せ ずアレルギー用療法食を与えられた犬 46 頭を対象とし、療法食の有用性を調べた。 3.成 績: IgE 抗体検査において、大麦(55%)、鶏肉(51%)、七面鳥(49%)、大豆(45%)に対する抗体陽性率が 高く、ポテト(6%)、ニシン(9%)、兎肉(11%)に対する陽性率は低かった。検査結果から、高率に推奨された療法 食は z/d(ULTRA:100%)、z/d(低アレルゲン:87%)、セレクトプロテイン(ブルーホワイティング・タピオカ:86%) であった。また、検査結果に基づき、多くの飼い主に選ばれた療法食は z/d(ULTRA:14 頭)、スキンサポート(9 頭)、FP(8 頭)であり、各療法食が有効であった症例はそれぞれ 7 頭(50%)、4 頭(44%)、7 頭(88%)であった。さ らに、検査を実施していない犬において多く選ばれた療法食はスキンサポート(27 頭)、z/d(ULTRA:9 頭)、z/d(低 アレルゲン:5 頭)であり、これらが有効であった症例はそれぞれ 5 頭(19%)、3 頭(33%)、1 頭(20%)であった。ま た、IgE 抗体検査において最も高い抗体陽性率を示したハウスダストマイト(74%)と樹木であるセイヨウトネリ コ花粉(64%)に対する抗体を有する個体の約半数に対し、各種アレルギー用療法食は有効であった。 4.考 察: IgE 抗体検査の結果に基づき、罹患犬の食餌をアレルギー用療法食に変更することにより、その有 用性は高まり、症状改善の一助となる可能性が示唆された。また、アトピー性皮膚炎と食物性アレルギー性皮膚 炎は併発していることがあり、アレルギー用療法食はハウスダストマイトや花粉等の環境アレルゲンに反応し皮 膚炎症状を呈する個体に対しても有用であることが示唆された。 演題番号: 演 題 名:17 日齢の仔犬に発生した肥満細胞腫の一例 発表者氏名:〇新田直正、勝矢朗代、根岸文子、金子直樹、原和弘 発表者所属:ファミー動物病院・山口県 1.はじめに:肥満細胞腫は、犬の皮膚の腫瘍の中では最も多い。発症の平均年齢は 8~9 歳であるが、時に若齢 犬でも発生が認められ、発生報告は 3 週齢からある。今回我々は、生後 17 日目の仔犬の頭部の皮膚に発生 した肥満細胞腫の症例に遭遇したので、その概要を報告する。 2.症 例:フレンチブルドッグ、オス、17 日齢。帝王切開により当院にて出生。17 日目に頭部皮膚に腫瘤 があるとのことで来院した。腫瘤は直径10mm、針生検にて肥満細胞を多数認めたため、局所麻酔下、こ の腫瘤を摘出した。病理組織学的検査所見は肥満細胞腫(グレードⅢ)であった。患犬は術創も良好に治癒 し、元気食欲良好。現在経過観察中である。 3.考 察:肥満細胞腫は比較的若齢の犬でも発生することのある悪性腫瘍だが、生後 17 日目での発生は極 めて珍しく、演者の調べた限り、文献上見当たらない。このような若齢犬の場合、鑑別診断として、肥満細 胞症が考えられ、これは自然治癒する病態であるが、一般に全身の皮膚に多発するのが特徴で、今回の症例 は単発性であったため、外科的処置に踏み切った。現在経過観察中であるが、このような極めて若齢の悪性 度が高い肥満細胞腫に対して抗がん剤やステロイドを使うべきなのかどうか、苦慮するところである。 演題番号: 演題名:多中心性表皮内扁平上皮癌(ボーエン病)の猫の1例 共同研究者氏名: ○八村寿恵・山岡佳代・久山朋子・鳥越賢太郎・白石加南・網本昭輝 演者所属:アミカペットクリニック・山口県 1.はじめに:ボーエン病とは老齢のネコの有色皮膚に形成される前癌状態の皮膚病と定義されており、その発生 は稀である。パピローマウイルスが誘因とされ、病変は基底膜を超えないのが特徴とされている。 2.症例:2005 年 10 月に 15 歳齢の長毛雑種避妊雌猫、体重3kg が「背中にある3カ所のかさぶたが4,5カ月 治らない」とのことで来院した。痒みはないが触ると不快感を示すとのことであった。直径1~1.5cm 程の黒い 痂皮を形成しており、痂皮の下は潰瘍化していた。 3.検査・経過:患部からの掻爬物の鏡検では真菌・細菌・寄生虫性疾患の確定はできず、病因の特定ができない ため初診日に皮膚生検を実施したところ、 「真皮にリンパ球・肥満細胞・好酸球が浸潤しているが腫瘍性変化は観 察されず、アレルギー性病変の疑い」とのことであった。検査結果に基づきプレドニゾロン治療及び抗アレルギ ー食による食餌療法を実施し、また、2006 年6月に患部付近より真菌の検出(鏡検)があったので抗真菌剤投与 を行ったが効果はなかった。これらの治療期間中は来院が不定期で治療の中断や実施期間も不十分であり、その 後来院が途絶えた。2007 年4月には、病変部の拡大は顕著でないものの以前よりも厚みのある痂皮(色素性局面) を形成しその数も5カ所に増えた。トリアムシノロンを指示通りに投与してもらったが5月の時点でさらに2カ 所の病変部が増加したため、病変部の再検査と全摘出を目的として手術を実施した。2回目の病理組織検査では 「真皮を超えない表皮に分布する限局した病変で細胞極性の消失・増殖細胞と核の大小不同、多くの核分裂像」 などを呈しており多中心性表皮内扁平上皮癌(ボーエン病)と診断された。 4.考察:ボーエン病は皮膚生検サンプルで診断される病気であるが、1回目の生検ではこの病気の特徴的所見に 乏しく診断に結びつかなかった。このため2回目の検査を行うこととなったが、皮膚生検に基づく治療に疑問を 感じたら再度の検査を行う必要のあることを痛感した。また、この皮膚病変については特徴的な外観所見があり、 その知識を持って臨床像から疑うことも大切と思われた。予後については摘出した患部は良好と考えられるが他 の部位に発生が続く可能性もあり観察が必要と考えられる。 演題番号: 演題名:頸部クモ膜嚢胞と診断されたイヌで造袋術を施したイヌの一例 発表者氏名:○辻本直人、板本和仁、井上達矢、宇根 智、中市統三、田浦保穂 発表者所属:山口大学 1.はじめに:頸部クモ膜嚢胞とは正常の髄液通路から隔離された脳脊髄液(CSF)の、局所的に生じた異常な貯留腔である。この疾患 は先天性な髄膜の発達異常、または外傷によりクモ膜に憩室が生じることによって罹患することが人と犬で報告されている。今回、 われわれは、頸部クモ膜嚢胞が疑われた若齢犬を診断、治療する機会を得たので報告する。 2.症例:10 ヵ月齢、未去勢オス、体重 30kg のフラットコーテッドレトリーバーが歩様異常、ナックリングを主訴に山口大学付属動 物医療センターを来院した。来院時の歩様は著しい測尺異常、四肢協調不全を伴う運動失調を呈し、神経学的検査の結果、右後肢の 膝蓋腱反射、腓腹筋反射がいずれも亢進し、両後肢の固有位置感覚、踏み直り反応がすべて消失していた。また、血液検査、頸部 X 線検査では異常は見られなかった。次に頭部、頸部の MRI 検査を実施した。T2 強調画像において C1-C3 領域において、脊髄を圧迫し ている高信号領域が認められ、その尾側の脊髄領域に高信号領域が認められた(T2 強調画像)。脊髄造影検査では、C2-C3 領域での造 影剤の閉塞、それに伴う C1-C3 領域での造影剤の貯留が認められた。 3.治療と経過:減圧を目的とし、C2-C3 の片側椎弓切除術を行った。その後、病変部位と癒着していた硬膜を切開し脳脊髄液(CSF)を 排出させ、切開部位が閉じないように周辺の組織に硬膜を縫い付け、造袋し、定法どおりに縫合した。術後はデキサメサゾン、セフ ァゾリン Na を用い、術創の管理を行った。手術後、3 日目に歩行を開始した。術後 2 週間後の歩行は、術前と比較し、測尺過大や四 肢の協調不全といった歩様異常は大幅に改善された。術後6週間で実施した MRI 検査により頸部の脊髄神経の圧迫が術前と比べ改善 していることが確認された。現在も経過観察中であるが、症状に悪化は認められていない。 4.考察:頸部クモ膜嚢胞では測尺過大・四肢の協調不全、および四肢の上位運動ニューロン徴候といった特徴的な症状が認められ、 類似した症状が小脳疾患でも認められるため、鑑別診断に注意を要す必要がある。また治療において、今回は外科的に造袋術を行う ことで良好な結果が得られているが、長期的な予後について報告が少ないため、今後も本症例の経過を注意深く観察していく必要が あると考えられた。 演題番号: 演 題 名:犬の水頭症に対して実施した V-P シャント術の効果と合併症 発表者氏名:○宇根 智1)、野田史子1)、板本和仁2)、中市統三3)、田浦保穂2)、早崎峯夫1) 発表者所属:1)山口大学・動物医療センター、2)山口大学・獣医外科学教室、3)山口大学・獣医放射線学教室 1.はじめに:水頭症は犬でよくみられる先天的あるいは後天的な神経疾患である。その一治療として V-P シャント術が 選択されるが合併症が問題とされている。今回、水頭症の治療として V-P シャント術が選択された症例の効果と合併症 について検討したのでその概要を報告する。 2.症 例:対象とした症例は水頭症と診断され、V-P シャント術を実施された 15 症例で、ミニチュア・ダックスフ ンド(n=4)、チワワ(n=3)、キング・チャールズ・スパニエル(n=2)、トイ・プードル(n=2)、ヨークシャー・テリア (n=2)、シー・ズー(n=1)、マルチーズ(n=1)であった。 3.治 療:症状をもとに判定した治療効果は、著効(n=9)、有効(n=5)、不変(n=1)、不良(n=0)であった。不変 の1症例は脳室拡張にくも膜嚢胞と脳炎を併発しており、内科的療法に不応で症状が悪化し続けたため、V-P シャント 術と同時に被膜切除・嚢胞開放術を実施したが改善せず、術後 13 日目に死に至った。手術の合併症は4症例で認めら れた。1 症例(著効)で症状悪化はないものの検診でチューブの屈曲が認められたため、2ヵ月後に外科的に屈曲を修 正したところ、後遺症もなく良好に推移した。1症例(有効)で症状は良好であり、脳室縮小が認められたものの手術 1ヵ月後に感染を起こし、脳室管の移動も認められたためシャントチューブの除去を実施し、良好な状態を維持してい る。1症例(著好)で脳室管の移動が認められたが、脳室が縮小し症状は良好に維持されており経過観察中である。1 症例(著好)で脳室管の移動と外水頭症が認められたが、脳室が縮小し症状は良好に維持されており経過観察中である。 4.考 察:今回の検討では、93%(14/15)で V-P シャント術が有効であったが、合併症として脳室管の移動:20% (3/15)、チューブの屈曲:7%(1/15)、感染:7%(1/15)、外水頭症:7%(1/15)が認められた。しかし、そ れらの合併症は症状悪化を示さず、排膿や定期検診で判明したものであった。これらのことから、水頭症に対しての V-P シャント術には合併症があることも理解し、その防止のために手術手技の改善と定期検診の励行に努めるべきであ ると考えられた。そうすることにより、高い症状改善効果の認められる V-P シャント術の適応増加につながるものと考 えられた。 演 題 番 号: 演 題 名:胸腰部椎間板疾患に外科的治療を実施した犬の 89 症例 発表者氏名:○野田史子 1)、宇根 智 1)、原口友也 1)、板本和仁 2)、中市統三 3)、田浦保穂 2) 発表者所属:1)山口大学・動物医療センター 2) 山口大学・獣医外科学教室 3) 山口大学・獣医放射線学教室 1.はじめに:犬の椎間板疾患は神経機能不全の最も一般的な原因であり、多くの場合早期手術による脊髄減圧と逸脱椎 間板物質の除去が推奨される。今回、胸腰部椎間板疾患に外科的治療を実施した犬の 89 症例について報告する。 2.症 例:1997 年 7 月から 2007 年 6 月までに本学動物医療センターにて胸腰部椎間板疾患と診断し、外科的治療 を実施した犬の 89 症例を対象とした。犬種はダックスフンド(n=56),シー・ズー(n=8),ビーグル(n=5),ウェルシュ・コー ギー(n=3),柴犬,ジャーマン・シェパード(各 n=2),フレンチ・ブルドッグ,アメリカン・コッカ-・スパニエル,キング・チャ ールズ・スパニエル,チワワ,バセット・ハウンド,ポインター,マルチーズ(各 n=1),雑種(n=6)。年齢は 2 歳 5 ヵ月齢から 13 歳 2 ヵ月齢(平均 6 歳 5 ヵ月齢)。性別は雄(n=58),雌(n=31)。症状は疼痛、後肢のふらつき、後肢不全麻痺、後肢完全麻 痺、起立・歩行不能、排尿・排便困難などであった。グレード分類は、グレード 2(n=20),グレード 3(n=7),グレード 4(n=40), グレード 5(n=22)で、グレード 5 の全症例で発症後 48 時間以上経過していた。神経学的検査、X 線検査、MRI 検査を 実施し罹患部位を特定した。罹患部位が1ヵ所 53 症例、2 ヵ所以上 36 症例(2 ヵ所 n=27,3ヵ所 n=6,4ヵ所 n=2,5ヵ 所 n=1)で、T11-L3 の 5 椎体間で全体の 87%(120 ヵ所)であり、他の部位は 13%(18 ヵ所)であった。 3.治 療:グレードに関わらず内科療法で症状の改善が認められなかった症例に、椎弓切除術(n=2)、片側椎弓切除 術(n=81)、片側椎弓切除術およびアリゲータープレート設置(n=4)、片側椎弓切除術および造窓術(n=1)、造窓術(n=1) を実施した。完治(n=62)、改善(n=16)、不変(n=10)、悪化(n=0)、不明(n=1)で、どのグレードにおいても悪化した症例 はなく良好な結果が得られた。またグレード 5 の 22 症例においても 10 症例が完治、9 症例に改善が認められた。 4.考 察:グレード 5 では手術の効果はあまり期待できないとされているが、今回手術により完治や症状の改善が 多く認められた。通常、内科療法のみで効果的であるグレード 2 においても、それだけでは改善が認められず外科的治 療が有効であった。これらのことから犬の胸腰部椎間板疾患において、以前は手術対象外とされていたグレードに対し ても外科的治療を考慮することにより QOL の向上が期待できることが判明した。 演題番号: 演 題 名:タヌキにおけるイヌジステンパーウイルス集団感染死から学ぶこと 発表者氏名:○前田 健 1) 中野仁志 1) 大野 佳 1) 安藤清彦 1) 佐藤 宏 2) 鈴木和男 3) 発表者所属:1)山口大・獣医微生物 2)獣医寄生虫 3)和歌山県田辺市ふるさと自然公園センター 1.はじめに:イヌジステンパーウイルス(CDV)はイヌを中心として多くの食肉目に感染し、程度の違いはあるもの の、致死的症状を引き起こす。CDV はリカオンの大量死、ライオンの大量死、アザラシの大量死など、生態系を 大きく変える感染を引き起こす。また、動物園飼育動物に感染して致死的な症状を引き起こしている。日本でも 野生動物での散発例が報告されている。本研究では、2007 年 3 月末より和歌山でタヌキの衰弱死が連続して見つ かり、原因究明の依頼を受けた。その経緯を報告し、今後の対策について検討する。 2.材料および方法:1)2007 年 3 月 20 日より原因不明のタヌキの衰弱死が連続して発生。4 月 16 日発生の 6 番目 の症例より、山口大学にて病理解剖とウイルス検査を実施する。5 月 23 日までにタヌキ 13 頭、イタチ 1 頭(合計 14 頭)の衰弱死が報告され、山口大学で計 9 頭のウイルス学的検査を実施した。2)ウイルス分離として、我々の 作出した CDV 分離用細胞 A72/cSLAM 細胞を用いた。3)RT-PCR 法にて分離ウイルスの確認を行った。4)市販のイヌ ジステンパー抗原検出キット”チェックマン CDV”の有用性を検討した。5)分離ウイルスの起源を調べるために、 最初の分離ウイルス(Raccoon dog 729B 株)の Hemagglutinin(H)遺伝子の全長(1824 塩基)を決定した。更に、全 ての分離ウイルスの H 遺伝子の一部(1068 塩基)を決定し、その違いを検討した。 3.成 績:1)ウイルスは9頭中6頭から分離された。脳脊髄液、尿、糞便より分離されたが、尿からの分離効率 が最もよかった。2)9頭中8頭でチェックマンCDVにより陽性が確認された。3)遺伝子解析により、タヌキに流行し たウイルスは、近年、イヌで流行しているAsia/H1型であった。4)分離ウイルスに違いが認められず、今回の集団 感染は、全て同一のウイルスによる流行であることが示された。 4.考 察:今回、確定診断がついたもので CDV 感染によりタヌキ 8 頭、イタチ 1 頭が死亡した。野生動物が人 目につくところで死ぬ例は交通事故を除いて少なく、同一地域での発生は更に大きなものであったと推測される。 同様の流行は 2005 年から 2006 年にかけて高知市でも発生しており、糞便の汚れ、脱水、衰弱が認められた野生 動物を保護する際は、他の感受性動物への感染の拡大を防ぐためにも注意が必要である。 演題番号: 演 題 名:イヌジステンパーウイルス分離用細胞の作出とそれを用いた疫学調査 発表者氏名:○中野仁志 1) 前田健 1) 佐藤宏 2) 宇仁茂彦 3) 柴崎高宏 4) 横山真弓 5) 鈴木和男 6) 望月雅美 7) 発表者所属:1)山口大・獣医微生物 2)獣医寄生虫病 3)大阪市大・医動物学 4)大阪府・動物愛護畜産課野生動物 グループ 5)兵庫県立大・森林動物研究センター 6)田辺市ふるさと自然公園センター 7)共立製薬・臨微研 1.はじめに:イヌジステンパーウイルス(CDV)の分離、増殖には Vero 細胞や MDCK 細胞が用いられてきた。しかし、 これらの細胞は CDV の主要なレセプターである signaling lymphocyte activation molecule(SLAM)を発現してお らず、CPE の観察が困難かつ分離には時間がかかった。本研究では自然宿主由来の SLAM 発現細胞を作出し、それ を用いて血清診断系を確立し、アライグマにおける CDV 感染の疫学調査に応用した。 2.材料および方法:イヌ由来 A-72 細胞と、ネコ由来 CRFK 細胞に、pDisplay/cSLAM をトランスフェクトして G418 で選択、クローニングして、A-72/cSLAM、CRFK/cSLAM とした。関西の 2 地域より合計 106 頭のアライグマより血 清を回収し、75% plaque reduction assay により中和抗体価を測定した。CDV は KDK-1 株(Asia/H1)、Onderstepoort 株(Ond ワクチン株)を用いた。 3.成 績:イヌの SLAM を発現させたことによって、CDV は A-72/cSLAM 細胞、CRFK/cSLAM 細胞で明瞭な融合細 胞を形成した。アライグマの疫学調査では、地域 A で 30.0%(15/50)、地域 B で 33.9%(19/56)のアライグマに、 KDK-1 株に対する中和活性が存在した。陽性個体の KDK-1 株と Onderstepoort 株に対する抗体価を比較した結果、 地域 B では KDK-1 株に対する抗体価が、Onderstepoort 株に対する抗体価よりも有意に高かった。 4.考 察:自然宿主であるイヌ由来 A-72/cSLAM 細胞はウイルスの分離、増殖に、CRFK/cSLAM 細胞はネコ科動 物からのウイルス分離や、plaque assay、中和試験などの各種試験に利用できることから、両細胞は CDV の診断、 疫学調査、性状解析に有用であると期待される。またアライグマの疫学調査では、アメリカと同様に、日本にお いても CDV の最近流行株が蔓延していることが示唆された。このことはイヌではワクチンにより発症が防御され ているだけで、CDV 感染の可能性は依然として高いことを示している。 演題番号: 演 題 名:ネココロナウイルスの血清疫学的解析とネコ伝染性腹膜炎ウイルス II 型の発生機序 発表者氏名:〇芝希望 1) 前田健 2) 清田曜子 2) 甲斐一成 2) 平田真一 3) 平田由美 3) 岩田美喜 3) 1) 4) 1) 加藤大智 望月雅美 岩田祐之 発表者所属:1)山口大・獣医衛生 2)獣医微生物 3)ひらた動物病院・山口県 4) 共立製薬(株)・臨微研 1.はじめに:ネココロナウイルス(FCoV)はネコに下痢を主徴とする消化器疾患を引き起こすとともに、感染ネコ の一部にネコ伝染性腹膜炎(FIP)を発症する。FCoV(FIPV も含む)は抗原性や細胞培養での増殖性などにより I 型と II 型に分類される。本研究では、FCoV の感染状況を把握するため、FCoV の型を識別できる血清診断法を確 立し、ネコでの疫学調査を行った。また、II 型 FCoV の 2 株の塩基配列を比較検討し、II 型 FIPV の発生機序につ いて考察した。 2.材料および方法:①II 型 FIPV 実験感染ネコ,野外 FIP 罹患ネコ,山口県内の動物病院来院ネコ(2004-2005 年) の血清を用いて、Ⅰ型 FCoV の C3663 株(宮崎,1994 年)および Yayoi 株(東京,1981 年)、II 型 FCoV の M91-267 株(宮 崎,1991 年)および KUK-H/L 株(鹿児島,1987 年)に対する中和抗体価を 75%プラーク減数中和試験により測定した。 ②感染 fcwf-4 細胞より RNA を抽出し塩基配列を決定した。 3.結果:①II 型実験感染ネコは II 型の M91-267 株と KUK-H/L 株に対する中和抗体価が有意に高かった。②野外 FIP 罹患ネコはⅠ型の Yayoi 株と C3663 株に対する中和抗体価が有意に高かった。③動物病院に来院したネコ 79 頭中 50 頭(63.3%)が FCoV に対する抗体陽性であり、陽性ネコ 50 頭中 49 頭(98%)はⅠ型に対して、1 頭(2%)は II 型に対して、いずれも有意に高い抗体価を有していた。⑤II 型の M91-267 株および KUK-H/L 株の遺伝子解析に より、2 つの株は組換え部位が異なることが示された。 4.考察:Ⅰ型および II 型 FCoV を標的としたウイルス中和試験により、野外ネコにおける FCoV の血清型の推定が 可能であった。FCoV はネコ間に広く蔓延していたが、多くはⅠ型で、II 型はほとんどネコ間で伝播していないこ とが示された。また、II 型株の遺伝子解析により、この 2 株は日本国内の比較的近隣の地域から分離された株で あるにも関わらず、発生起源が異なることが示された。野外ネコにおける II 型の伝播状況と株間の塩基配列の相 違から、II 型 FCoV はネコ体内で I 型 FCoV と CCoV との組換えにより散発的に発生している可能性が示唆される。
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