特別番組「乳がん!知っておきたい、あなたに合った最善の診断と治療」 第2回「乳がん治療の現在」 ゲスト:東京都立駒込病院乳腺外科・臨床試験科医長 聞き手:東京医科大学乳腺科教授 河野 河野範男 佐治重衡 先生 先生 今日は、佐治先生に、乳がん治療の現在についてお話しいただくこと になっております。私が外科医になったころは、乳がんも、胃がん、 あるいは大腸がんなんかとともに、手術が基本の治療でありました。 でありましたけれど、ダイナミックに乳がん治療は変わってまいりま した。佐治先生、その辺のお話をまずしていただきたいと思います、 ことに手術に関して、まず、今、どんな状況であるかということにつ いてお話しいただけますでしょうか。 佐治 手術は、もともとの乳がんができた場所を取るというのが、非常に重 要な役割を果たしてきました。胃がん、大腸がん等では依然として重 要で、できたところを取って、その回りもある程度の範囲を取ってく るという、がんが広がっている範囲は全部取ってくるというのが、手 術の役割としてずっと考えられてきておりました。乳がんに関しては、 その後、非常に小さなサイズのしこり、例えば1センチのしこりが見 つかったとしても、乳がん細胞自体が、すぐに体の遠くの場所、つま り、血管やリンパ管といった、そういうところを通して、遠くのとこ ろまで、がん細胞が比較的早い段階で散らばっていくということがわ かってから、乳がんの手術は、ひたすら多く取ってもあまり意味がな いっていうことがだんだんわかってまいりました。いわゆる「乳房温 存手術」と言われる、部分的におっぱいの中のしこりの周りを取って くるという手術が主流になりまして、日本では、2003年ごろにそ れまでのおっぱいを取る手術から、部分的に取る手術が多くなりまし た。2005年現在の日本乳癌学会の登録状況を見ますと、しこりが 2センチ程度までであれば、70%程度の患者さんでは、おっぱいの 一部を取るという乳房部分切除、もしくは乳房温存手術と言われます けども、そういう小さな手術をやるほうにどんどん移行しているのが 現状です。 河野 そうですね。先生、そこに至るまで、特に欧米で比較試験がなされま したですよね。手術を大きくしても小さくしても、生命予後には変わ りがないということが立証されたものですから、それならば、乳房を 美しく保ち生活の質の維持のために、乳房温存手術というものが主流 になってきたというのが現状でありますですね。先生のところは、今 、何%ぐらい乳房温存手術をされてます? 佐治 2、3年前には、乳房温存手術の割合が、全症例のうちの70%を超 えてきております。 河野 すごいな、そうですね。乳がんを多く扱っておられる施設では70% 近くになっておりますよね。先生、必ずしも全員が乳房温存手術の適 用になるっていうわけにはまいりませんですね。 佐治 そうですね。ガイドライン等では、「3センチ」という数字が出てい たり、乳頭からの距離等、いろいろな記載があるものもあるのですが、 現実問題としては、個々の患者さんでおっぱいの大きさも違いますし、 しこりの場所も微妙に違ってまいりますので、部分切除をして、がん が取り切れるという状況であれば、温存手術は可能であるということ になってきております。なので、厳密に、初めからこの方はこれしか できないというようなかたちではなくなってまいりました。 河野 逆に、しこりが大きくて、それを小さくする目的で、厳密には温存手 術のためにということが主たる目的ではないですけれども、術前に化 学療法を行うという患者さんも随分増えてきてはいますですよね。 佐治 はい、そうですね。今までは手術のあとにやっていた化学療法、抗が ん剤を使った治療を手術の前にすることで、それまで、手術をするた めには乳房を全部取らないと、おっぱいを全部取らないと、がんが全 部取り切れない状況であったものが、抗がん剤によって小さくなって 取り切れる、部分的に取っても取り切れるという状況になるっていう ことがわかってきました。また、日本で行われた術前化学療法の臨床 試験もありまして、今のところ、15%程度の方は、がん細胞は完全 になくなってしまうという状況が出てきております。また、わずかに 残った方も含めますと24%、そうしますと、大きく言いまして、5 人に1人、もしかすると、4人に1人近くの方が、がん細胞がほとん どなくなるという状況まで、化学療法で持っていくことができるとい う状況になっています。 河野 そうですね。その化学療法が効いてがんが消えてなくなった患者さん の、生命予後を保障できるという利点もありますですよね。ですから、 少し進行しておられる方は、どこの施設でもそうでしょうけれども、 乳がんの手術をする前に、普通は6カ月間の抗がん剤治療ですよね。 佐治 そうですね。 河野 そこで、先生、また手術の話に戻らせていただきますけれども、昔は、 私も医者になったときはそうでありましたけれども、胸骨を割って、 心臓を見るような格好で、その辺の周囲のリンパ節まで取ってくるっ ていう拡大乳房手術を行っていたわけですけれども、そういう大きな 手術をしても患者さんは救われないということがわかったもんですか ら、そこまで大きな手術をする施設はほとんどなくなって、今はリン パ節もあまり取らないということになっておりますですね。先生、セ ンチネルというものを、今、盛んに多くの施設で行っておりますけど、 「センチネルリンパ節」というのはいったい何なのかということから お話しいただけますでしょうか。 佐治 はい。「センチネル」という名前の意味自体は、「見張り番」ですけ ども、もともと「悪性黒色腫」というがんで最初に使われた方法なん です。例えば、おっぱいのしこりの部分から、がん細胞は、その周囲 にあるリンパ管というバイパスのようなものに乗っかって、主に脇の ところにあるリンパ節ですが、そこに飛んでまいります。脇のリンパ 節は、人によっていくつかの数の違いがありますけども、われわれが 普通に手術をしますと、15個、10個ぐらいの数があるわけです。 そのうちの最初の一つ、もしくは2個、3個程度が多いのですが、リ ンパ節に最初の転移を起こします。そして、そのあとに奥へ広がって いくというふうに考えられていますので、もし、最初に入るリンパ節 にがんがいなければ、それより向こうには、がんは行ってないだろう というふうに考えられるようになりました。それで、センチネルリン パ節というのを見つける方法が開発されて、それは「放射線ラベル」 と言いますけど、放射線で確認できるようにした液体をがんのしこり の部分に打って、それが行った先を見つけて、そこにあるリンパ節を 採ってきます。そして、それをまず調べて、がんがいなければ、それ 以上は手術をしませんというのが、センチネルリンパ節生検、センチ ネルリンパ節を採るというかたちになりました。その結果、センチネ ルリンパ節にがんがいなければ、手術はそこで止まりますので、これ までたくさん取っていたリンパ節をわずかだけ採ることで済ませるこ とができた。これも乳房の温存手術と同じように、脇の温存療法とい いますか、手術を小さくする努力になってきています。 河野 そうですね。腋のリンパ節を取れば取るほど患者さんは、手術後の術 側、右の乳がんなら右の腕が腫れやすくなってくる。約2割の患者さ んの腕が腫れるというのがかつての手術でありましたけれども、現在 は何%ぐらいですかね、センチネルで終わってる方は半分以上ですよ ね。 佐治 そうですね。ちょっとまた数え方が難しいことは難しいんですが、最 初にリンパ節転移がないと画像、画像というのはいろんな検査ですけ ども、検査上でわかったもののうち、実際に転移があった方というの は2割から3割程度ですので、大部分の方は、この検査を、もしくは この生検というのをすることで、リンパ節を全部取るという状況を避 けることができるようになっています。 河野 そうですね。従いまして、センチネルリンパ節は、本当に1個か2個 ですよね。 佐治 そうです。 河野 リンパ節を採って、手術中に、「凍結標本」と言いますけれども、病 理の先生に診ていただいて、がんの転移がなければ、「腋窩(えき か)の郭清(かくせい)」と言いますけど、それ以上のリンパ節を取 ることはしないというのが現状になってきておりますし、実は、これ が生命予後にかかわるかどうかっていう、センチネルリンパ節だけを 取ることだけでいいのかどうかっていうのは、まだ、結論には至って ないんですけれども、乳がんをやっている外科医は、もうそれで十分 じゃないかと思い始めている。それはアメリカのいろいろな試験もあ ってですね。 佐治 そうですね。 河野 それ以上の侵襲は与えないということで、現状は皆さんはやっておら れると思います。それで、手術は縮小に向かいました。さて、その手 術はいったい何をしてるのかということになるわけですね。一応、手 術から得られるものというものが、実は、われわれにとっては、今後 の治療を決めるのに大事なわけであります。その辺のお話、いわゆる 「がんのリスク分類」ですね。このがんは、命を奪う暴れん坊か、暴 れん坊じゃないかを見極める方法ですね。手術というのは、それを得 るがための一つの手段というふうに現在は思われてますし、それを取 って、その主治医がいったいどれだけのリスクがあるかということを 判定するわけです。そのリスク分類について、お話しいただけますで しょうか、佐治先生。 佐治 はい。最初にお話ししたとおり、この乳がん自体は非常に小さなしこ りであったとしても、早期に全身に飛んでいくことができるとされて いますので、果たして、この患者さんは、全身にがんがもう飛んでい ってしまっているのか、それともその確率はゼロなのか、それとも少 しあるのかっていうことを考えるために、いろんな方法で再発リスク を予測するということがされています。いろんな方法があって、今の ところはガイドラインというものやコンセンサスの推奨というような、 いろんなかたちで出てきております。また、コンピューターソフト等 もあるんですけれども、日本では、一番よく使われているのは、「ザ ンクトガレン」のコンセンサス、推奨の分類というのになりまして、 再発のリスクは「低い」、「中程度」、「高い」というような三つに 分類していきます。中身をどのように分類しているかというのはなか なか難しいのですが、その中で、分類するためにわれわれが使うもの に、七つの項目があります。一つは年齢、一つは腫瘍の大きさ。そし て、腋窩リンパ節、わきのリンパ節に転移があるかどうか。そして、 がんの顔付きが悪いかどうか。そしてもう一つ大事なのが、「ホルモ ンの受容体」と言いますけども、そのがんが、女性ホルモンを栄養に して増えていくタイプかどうか。そしてもう一つは、「HER2」と いう名前が付いた、これも一つのエンジンのようなものですけども、 それを持ってるかどうか。そして、がん自体が、リンパ管や血管とい う管を通って外に出ようとしていたかっていうようなものを見ること で、リスク分類っていうのが決められてまいります。そのリスク分類 をするためには、手術の標本などで、今言ったような項目を調べる必 要があるということです。 河野 そうですね。それらの項目で、プラス・マイナス、あるいは、程度の ことでいろいろ分類されていって、非常に再発の確率が少ないグルー プと、中程度と、非常に危ないというグループに分類されるわけであ ります。分類されて、そのあと、われわれはどのようにしているかと いうことになるわけですけれども、その辺のお話もお願いいたします。 佐治 はい。リスクが非常に低いという方の場合には、体中に伝わるような 薬の使用というのは、比較的優しい薬だけで済むわけですけども、中 リスク以上のものに関しては、われわれは、いくつかの薬、全身に到 達することができる薬を使っていきます。その薬は、大きく分けると 三つの種類があります。一つは、いわゆる「抗がん剤」と言われる化 学療法。もう一つは、「ホルモン剤」と言われる、主に飲み薬が多い のですが、ホルモン療法というもの。そしてもう一つは、この数年間 で開発されてきた、「抗HER2療法」と言われる、現在使えるもの は「ハーセプチン」というお薬ですけども、この3種類の薬を使って 治療をしていきます。大事なことは、抗がん剤はどなたにもある程度 使うことができるわけですけども、ホルモン療法と抗HER2療法と いうのは、使える患者さんの対象というのが決まってまいります。一 つは、がんがホルモンを使って増えてるタイプかどうかを調べる検査。 もう一つは、先ほど言ったHER2というエンジン、ホルモンが一つ のエンジンだとすると、HER2というのが二つ目のエンジンなんで すが、それを持ってるかどうかというのを調べることで、その薬を使 うことができるかどうかというのが決まってまいります。現在のとこ ろ、日本の乳がん患者さんの約75%は、ホルモン剤が効くだろうと 思われるタイプです。つまり、非常に多くの方にとって、この乳がん のホルモン療法というのは重要になってきます。もう一つのエンジン を壊すためのハーセプチン、HER2というのをたたくお薬は、乳が ん患者さん全体の20%ぐらいの方で使える対象であるということが わかっています。 河野 「分子標的薬剤」と言いますけれども、がんに特徴的な物質(HER 2陽性)をつかまえて、そこだけを狙うというお薬がハーセプチンな わけです。HER2陽性の乳がんの方々は、かつては、予後が悪いと 生命の危険性が高いがんであったですけれども、このハーセプチンの 登場によって、HER2陰性の方とほぼ同等か、あるいはそれよりい い結果が、ハーセプチンを使うことによって得られる、今、われわれ はそういう結果を見ているわけですよね。 この分子標的薬の登場によ って、「われわれの治療体系は、180度変わった」と言っても過言 ではないと思います。さて、そのような状況でありますから、今、わ れわれが乳がんを診るときに最も重きを置いていることは、局所治療、 即ち手術やら放射線よりは、命を救うということの重要性から言いま すと、やっぱり全身療法ということになりますですよね。 佐治 そうですね。 河野 それで、全身療法をうまくどのように使うかということで、今のとこ ろは、その治療効果予測因子としては、今、佐治先生にお話しいただ きましたように、ホルモン受容体があるかどうかということと、HE R2という遺伝子が活発に働いてるかどうか、この二本柱ですね。こ の二本柱をどのようにうまく使うかということになるんですけれども、 現状では、中程度リスクの方っていうのが一番多いんですけれども、 中程度のリスクの方々に対して、ホルモン剤が使えるホルモン感受性 があるがんに対して、先生は現在、化学療法はどのように用いてられ ますでしょうか。 佐治 中程度の再発リスクの方で、ホルモン剤が効く方というのは、ホルモ ン剤による再発を抑える力というのは非常に強力です。飲み薬で5年 飲んだり、注射を2年から3年するようなお薬です。そして、副作用 もそれほど、吐き気が強いような、そういうお薬ではないんですが、 1年間に再発する人を44%から50%近く減らすということで、実 は非常に強力な薬であります。ですが、ホルモン剤が殺せるがん細胞 の相手と、抗がん剤が殺せる相手というのが、微妙に違う場合があり ます。その、「場合がある」というところが、今のところ、まだ見分 けがついていないため、少しでもその可能性があるっていう方には、 残念ながら抗がん剤も一緒にお願いしてるというのが現状です。です ので、私どもの場合は、中リスクの方でも、多くの方には、抗がん剤 を一緒に使うことをお願いしているというが現状です。それが大きな 枠として治療を決めていくという、現在の状況によっています。 河野 そうですね。われわれの治療選択は、海外で行われた臨床試験の結果 に基づいて行っているわけでありますが、ホルモン感受性のある癌で も、やはり抗がん剤を乗っけたほうが、ホルモン剤単独より若干いい という成績がありますですよね。試験に用いられたホルモン剤は、も うだいぶ古くなってきてますけれども「タモキシフェン」というお薬 です。タモキシフェンは、現在もゴールドスタンダードといいますか、 最もよく使われているホルモン剤でありますけれども、現在、ホルモ ン状況をかんがみて、ホルモン剤の選択ということがなされているわ けです。それは、閉経前後によって、女性の方のホルモン状況が大き く変わるということによるわけですけれども、現在、閉経前後で使う お薬は違ってきております。その辺をお話しいただけますでしょうか。 佐治 はい。日本人の女性の方の場合、およそ50歳から55歳程度のとこ ろで、大体閉経をされています。ですので、その辺りの年齢を境にし て、若い方と上の方で使う薬が変わってきます。閉経前の50-55 歳以下の方の場合には、卵巣によって生理というのが起きてるわけで すけれども、卵巣の機能を止めるお薬、これは、「リュープリン」や 「ゾラデックス」という名前が付いているお薬ですが、これらを注射 するという治療。そして、先ほど河野先生がおっしゃった、タモキシ フェンという飲み薬を一緒に飲むというのが、一つの標準治療という ことになっています。この飲み薬のタモキシフェンは、大体5年は飲 んでくださいというのが、お願いをしている基準であります。そして、 閉経後の方に対しては、これまでは、日本では20年間、世界では約 30年間になりますけども、タモキシフェンというお薬は標準治療で、 これだけを5年間飲んでいただくという方が大部分でした。この数年 間で、「フェマーラ」というお薬をはじめとした、「アロマターゼ阻 害剤」というお薬が3種類ありますが、これが閉経後の方では、より 効くということがわかってきまして、現在では、これらのアロマター ゼ阻害剤というお薬を5年間飲むという方が多くなってきているのが 現状であります。 河野 そうですね。アロマターゼ阻害剤が、なぜ閉経後にいいのかというこ とでありますけれども、先生、その辺はどうでしょうか。 佐治 現時点では、アロマターゼ阻害剤が、どうしてタモキシフェンよりい いかということを証明できているデータはありません。ただし、非常 に多くの患者さんに参加していただいた臨床試験というのが世界で行 われましたが、3種類のお薬が独立して試験を行ったにもかかわらず、 それぞれの結果が、すべてアロマターゼ阻害剤のほうが閉経後の方で は効果が高いということを示しているために、現時点では、アロマタ ーゼ阻害剤を使うということが一つの標準にはなっています。ただし、 このタモキシフェンっていうお薬も非常にいい点がありますし、現在、 少し研究されていますが、タモキシフェンっていうお薬を分解する酵 素との関係で、タモキシフェンでも十分、もしくはタモキシフェンの ほうが、もしかするとよく効くという患者さんに分かれつつあります ので、またこの辺りは、少し変わってくるかもしれません。 河野 ちょっと難しいお話になりましたけれども、遺伝子の多型という人そ れぞれに遺伝子背景が異なりそれによってお薬を分解する酵素に違い があり薬の効きも異なる点までお話いただきました。そこで現在、服 用されてる方も多いと思いますので。アロマターゼ阻害剤、あるいは タモキシフェンのそれぞれに、得手・不得手といいますか、いいとこ ろ、悪いところ、特に副作用の点に関して、いろいろ背景が違うわけ です。われわれが特に注意している点というものは、タモキシフェン ではこれであって、アロマターゼ阻害剤ではこうであるというところ まで、お話しいただけますでしょうか。 佐治 そうですね。タモキシフェンというお薬は、ご存じの方も多いと思い ますが、閉経後の方に使うと、子宮体がんになる危険性が通常の約3 倍に増加いたしますので、タモキシフェンを飲んでる方は、半年から 1年に1回、必ず子宮体がんの検診を受けていただく必要があります。 もう一つは、「血栓」と言いますけども、血がどろどろになりやすく なるため、例えば、長時間飛行機に乗っていて動かずにいると、血が 固まってしまうという問題が起き得ますので、この点も注意が必要で す。一方、アロマターゼ阻害剤のほうのお薬は、それらの問題はない のですが、骨に対して、骨の弱さという点で、一つ弱点があります。 これは「骨粗鬆症」という名前が付いていますけども、閉経後の方で、 骨の密度が低くなっていってしまうことが通常でも起こるのですが、 これが現在のアロマターゼ阻害剤を内服していると、さらに拍車が掛 かるという状況がわかってきていますので、骨粗鬆症が初めから非常 にはっきりとしている方に対しては、注意が必要ということになって おります。 河野 ホルモン剤のタモキシフェンは、手術後5年の内服がスタンダードに なっておりますけれども、今後、ホルモン剤の使い様というものは、 どう変わっていきますでしょうか。 佐治 2種類の薬をどのように使うか。2種類というのは、アロマターゼ阻 害剤とタモキシフェンですが、これらどういう順番で、もしくはどう いうかたち、どういうつなげ方で使っていったらいいかどうかってい うのが、現在の一つの注目になっています。もう一つはトータルの期 間ですね。5年で果たしていいのか、5年ではなくて10年、長いほ うがさらに再発をする人を減らせるんじゃないかということで、期間 と順番というのが、一つの大きな注目点になっています。もう一つは、 先ほどお話しした、じゃあ、本当はこの方はどちらの薬がいいのかと いうことをあらかじめ見つけられないかどうかという点も非常に重要 な問題で、まさにこれがテーラーメード、個別化治療への橋渡しにな っていく努力と言えると思います。 河野 今後のことですけれども、今後の乳がん治療っていうのは、どのよう な方向にさらに進んでいくと思われますでしょうか。 佐治 これまで日本では、世界に追い付けというかたちもあったのかもしれ ませんけど、いわゆる標準治療、「これが平均点として一番いい治療 ですよ」というのを、いかに多くの患者さんに、地域、地方、場所に かかわらず提供できるかという点に、非常に注力をしてきました。し かし、現時点では、いろいろな武器、いろいろな道具が使えるように なっています。一つは、先ほど河野先生がおっしゃった、遺伝子多型 をはじめとした患者さん側の違い、もう一つはがん側の違い。がんの 違いと患者さん側のおのおのの個性というのをいろんな方法で見つけ ていって、一つのタイプを見つけていくことができれば、「この方に は標準治療の中のこれがいい」、「この方にはこちらがいい」という お話をしていけるようになるはずです。現在、多くの努力がそのため に払われています。 河野 そうですね。その一環として、がんの遺伝子変化というのが徐々にわ かってきたということが言えますですね。現在、治療の主たる目的は、 再発を防ぐということにあるわけであります。この再発を防ぐために、 何をどのように治療体系を組むかというところは、現在のところは、 佐治先生がお話しになりましたように、二本の柱、それはホルモン受 容体があるかないか、HER2が活発に活動しているかどうかという ことが、治療の選別、治療効果予測因子となるわけであります。 将来はもっといろんな因子が入ってくるということは間違いないですよ ね。 佐治 そうですね。個々の因子がわかって、個々の顔が見えてやれる場合と、 もう一つは、もしかすると、一つの機械のようなものに入れて、ぼん と結果が出てくるような、そういうようなものになるのかもしれませ んけども、何らかのかたちで、もう少し細かく分類、もしくは性格を 分けていくということができていくんではないかと思います。 河野 将来的には、より緻密な治療体系が組まれるということは、もう目の 前に来ているという感じもありますね。本日は、佐治先生に乳がんの 治療の現在についてお話しいただきました。先生、どうもありがとう ございました。 佐治 ありがとうございました。
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