WAN Vol.1, No.6 アドラー心理学入門その3 個人の

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Vol 1,no.6
2011.12.15
本日のテーマ
■アドラー心理学入門その3
~個人の主体性について~
主なディスカッション
Ⅰ アドラー心理学の5つの基本前提
アドラー心理学の つの基本前提
Ⅱ 目的論について
Ⅲ 全体論について
Ⅳ 個人の主体性
Ⅴ ARCSモデル(アークスモデル)
モデル(アークスモデル)
Ⅵ 人間主義心理学
Ⅶ まとめ
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Ⅰ アドラー心理学の5つの基本前提
アドラー心理学の つの基本前提
アドラー心理学の理論的な枠組みは、次の5つを基本前提として受け
アドラー心理学の理論的な枠組みは、次の つを基本前提として受け
入れていることによって成立している。
1)目的論
2)全体論
3)個人の主体性
4)社会統合論
5)仮想論
この5つの基本前提をカンタンに言い表すならば、分割できない個人
が主体性をもって、相対的にプラスの状態を目指し、目的をもって行動す
る。そして、人間が抱える問題は全て対人関係上の問題である。
今回は個人の主体性に焦点をあてて、アドラー心理学の基本前提を
理解することを試みた。まず個人の主体性を理解する前に、目的論と全
体論の復習をしてみよう。
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Ⅱ 目的論
目的論は、人間が行動する理由には「目的」があるという考え方のこと
である。人間が行動する理由に「どこから」という原因を探るのではなく、
「どこへ」という目標、目的に向かうという論理だ。目的論の反対は原因論。
昼食を食べに行くときに、「お腹がすいたから」食べる、というのがフロイト
の原因論的発想であるが、誰かと会うため、くつろいだ時間を過ごすため、
好きなものを食べるためというのが、アドラーの目的論的発想だ。
(詳細は、早稲田アドラーニュース4号
http://adlernews.wordpress.com/wan/vol1-no4/ をご覧ください。)
Ⅲ 全体論
全体論について「人間は、心と体、意識と無意識、理性と感情は、寄せ
集めではなく、人間全体として一つの単位」だとアドラーは考えた。した
がって、アドラー心理学では、たとえば、意識と無意識の部分が「対立」と
いう概念はなく、意識と無意識は「分業」していると考える。これらが分業
しているだけであり、統合している個人が様々なライフタスクを目的に向
かって乗り越えていく、という立場をとっている。一貫した動きを見抜くため
には、アドラー心理学では言葉よりも行動を重視する。たとえば、「わたし
はあのTVをみてしまった。理性が負けて本能が勝った。」という言い方を
はあの をみてしまった。理性が負けて本能が勝った。」という言い方を
認めず、TVをみたことを正当化する目的のために「本能が勝ってしまっ
認めず、 をみたことを正当化する目的のために「本能が勝ってしまっ
た」という言い訳をしたに過ぎないと考える。「分割できない」私は、TVを
た」という言い訳をしたに過ぎないと考える。「分割できない」私は、 を
みた。とただそれだけに過ぎないのに、様々な言い訳をあれこれとしてい
るとアドラーは考えるのだ。
(詳細は、早稲田アドラーニュース5号
http://adlernews.wordpress.com/wan/vol1-no5/ をご覧ください。)
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Ⅳ 個人の主体性
アドラー心理学では、個人をそれ以上分割できない存在であると考え
ることから、全体としての個人が、心身を使って、目的に向かって、行動
している、ととらえる。これがアドラー心理学でいう、個人の主体性である。
ここでもう少し、全体論について考え、そこから個人の主体性につなげて
みよう。
全体論の反対は要素論で、近代科学は要素論の立場をとってきた。
全ての物は分解できる。水素と酸素を結合すると水になる。化学の原理
は要素論であり、近代科学の原理を我々は学んできた。たとえばピザを
3等分したら3分の1であり、それを
等分したら3分の1であり、それを3つ足したら1であるのが要素論であ
等分したら3分の1であり、それを つ足したら1であるのが要素論であ
る。しかし、全体論の考え方は、組み合わせによって要素の足し算では
ないことが起こる。
ここでAさんと
ここで さんとBさんがチームを組んだ時のパフォーマンスの効果を測
さんと さんがチームを組んだ時のパフォーマンスの効果を測
定することを考えてみよう。例えば要素論でいうと P=
=A+
+B という
足し算の世界であるが、全体論で考えると P=
=A×
×B という掛け算
の世界になる。AさんとBさんの素晴らしいチームワークという相乗効果
によって、単なる足し算の世界から掛け算の世界へと世界が広がるとい
うわけだ。また、相手がどう動くかで自分の出方が変えるので、パフォー
マンスの効果は予測不可能である。Aさんの立場で言うと、今、
さんの立場で言うと、今、 さんは
マンスの効果は予測不可能である。 さんの立場で言うと、今、Bさんは
どう考えているのかと予測して自分の出方を決めようと思っている。Bさ
んががんばっていれば、Aさんも頑張ろうと思うかもしれないし、反対に、
Aさんは怠けようと思ってしまうかもしれないからだ。おそらく人間は、言
葉を持たない原始時代から相手が敵か味方かを判断し、相手の心を予
測することで自分の最適な出方、生きのび方を決めてきたのであろう。
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では、相手のことを考えない、または考える必要がない場合には、パ
フォーマンスはどうなるのだろうか。それは全部足し算になる。協力しない
から自分のパフォーマンスだけで成り立つのだ。例えば、工場の流れ作
業がそうである。工場労働者は、全ての人が1になるように仕事をするこ
とが求められる。そして、労働者を平均化する教育をするために学校が創
られ、労働者は工場の一部になることを求められてきた。
しかし、人間は単純労働を続けていくと人間性が失われていき、生産性が
落ちて行く。それゆえ最近では流れ作業の典型であった自動車の工場も、
非人間的になるということで1台の車をチームで全部作るという方式に変
非人間的になるということで 台の車をチームで全部作るという方式に変
わってきたのだ。
また、単純作業をやるときには、自分で勝手に目標を作ることでやりが
いを見出そうとする。例えば、皿洗いという単純な作業も1時間で何枚洗
いを見出そうとする。例えば、皿洗いという単純な作業も 時間で何枚洗
えるかというように自分で目標を作る。この勝手に目標を作るという行為
が主体性なのだ。自分で自分のゴールを決めることで達成感を味わうこと
ができる。しかし、自分で決めることができず、相手に使われると主体性
はなくなる。やる気を失う時は、誰かに使われている時であることが多い
ので、自ら主体的に働くことが必要である。
それは勉強の場合も同じで、親や先生にやらされるのではなく、自ら主
体的に学ぼうとすることが大切なのである。すなわち、個人が主体性をも
つことで、行動の内容は変わらないが、取り組む姿勢は変化してくるので
モデルの関連性(Relevance)を考えることが有
)を考えることが有
ある。その場合、ARCSモデルの関連性(
モデルの関連性(
ある。その場合、
効である。それでは次にARCSモデルについて触れて行きたい。
モデルについて触れて行きたい。
効である。それでは次に
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Ⅴ ARCSモデル(アークスモデル)
モデル(アークスモデル)
ジョン・ケラー (JOHN M. KELLER )が1983年に提唱したARCSモデ
年に提唱したARCSモデ
)が
ルは、インストラクショナルデザイナーが学習意欲の問題に取り組むことを
援助するシステムモデルである。学習意欲の問題と対策を、注意
(Attention)、関連性(
)、関連性(Relevance)、自信(
)、自信(Confidence)、満足感
)、満足感
)、関連性(
)、自信(
(Satisfaction)
) の4要因に整理した枠組みと、各要因に対応した動機づ
け方略、ならびに動機づけ設計の手順を提案したもの。4要因の頭文字を
とって、ARCS(アークスと読む)モデルと命名された。心理学研究におけ
る期待×
る期待×価値理論を背景にして、関連諸分野の研究成果を簡潔にまとめ
た実用性の高さにより、米国を中心に高い評価を受けている。
ARCS モデルの4側面
注意 (Attention) : まず注意をひく
: 関連付ける
関連性(Relevance)
関連性(
自信 (Confidence)
) :自信を与える
満足感(Satisfaction):満足感を与える
):満足感を与える
満足感(
主体的に意欲をもってものごとに取り組むためには、「今習っているこ
とが自分の人生にどう役立つのか」が自分自身で納得でき大切だと思え
ることかの関連性が重要になってくる。
すなわち、「やりがい」を感じられるかどうか、これが<関連性>の側面
である。今勉強するものが将来役に立つだろうという結果の価値を意識す
ることは「関連性」を高める。例えば、将来海外で仕事をしたいと思って英
語を頑張っている高校生のケースがそれに当たる。
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「受験のために頑張る」と納得することも「関連性」を高めることに寄与
するが、一旦受験が終わると「何のためにやってきたのか」が疑問視され、
無気力の状態に陥るのも「やりがい」(=関連性)の喪失とみることが出来
る。今勉強することが将来役に立つだろうという結果の価値を意識すること
今勉強することが将来役に立つだろうという結果の価値を意識すること
や、それと同時に「自分の良く知っていることと関係がある」と思えることや、
友達や好きな先生と一緒に勉強するといったプロセスそのものの価値も<
関連性>を高めると考えられる。
勉強のデザインは教える内容ではなく、それがどう役立つかという情報
が大事である。それゆえ、教える内容以上に生徒に勉強する気を起させる
ことが先生の役目である。
Q:勉強する気を起させるにはどうすればよいか
勉強する気を起させるにはどうすればよいか
A: 勉強する気になる話しをする。そういうエピソードを語ることである。先
生の付帯情報でやる気が決まる。科目の内容は関係ない。先生の魅力
で決まる。
Q:他の心理学では「個人の主体性」を主張しているものはないのだろう
他の心理学では「個人の主体性」を主張しているものはないのだろう
か。
A:ある。それは人間主義心理学である。
ある。それは人間主義心理学である。
それでは次に人間主義心理学について触れて行きたい。
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Ⅵ 人間主義心理学
人間主義心理学(humanistic
psychology)とは、それまでに支配的で
)とは、それまでに支配的で
人間主義心理学(
あった精神分析や行動主義とは対照的に、主体性・創造性・自己実現といっ
た人間の肯定的側面を強調した心理学の一群の潮流のことを指して言うも
のである。ヒューマニスティック心理学とも呼ばれる。提唱者であるアブラハ
ム・マズローは、フロイトの精神分析を第一勢力、スキナ―
ム・マズローは、フロイトの精神分析を第一勢力、スキナ―の行動主義を第
二勢力、人間性心理学を第三勢力と位置づけた。
フロイトは「無意識が人を動かす」、スキナ―
フロイトは「無意識が人を動かす」、スキナ―は「環境が人間を決める」と
いうのならば、人間を動かしているのは「無意識」や「環境」なのか。いや違う。
マズローは「人間を動かしているのは、この私自身なのだ」と主張する。
人間主義心理学は、機械論的で物質主義的な傾向へ反論する精神が生
んだ。行動主義的心理学は人間性を一面的にしか見ておらず、人工的で不
毛なアプローチであった。 また、精神分析のほうは、意識の役割を軽視して、
決定論的になりすぎていた。それらへの反論である。
人間主義心理学の父とされるアブラハム・マズローは、人間はひとりひと
)を目指す内的傾向がある、との見解を示
りが自己実現(self-actualization)を目指す内的傾向がある、との見解を示
りが自己実現(
した。マズローが人間性心理学を唱えた背景には、それまでの第一勢力で
あった行動主義では人間と他の動物を区別せず、第二勢力とした精神分析
では人間の病的で異常な側面を研究しており、どちらも正常で健康な人間を
対象とする視点が欠如しているという思いがある。それまでの心理学では、
行動の原因の動機として空腹などの単純な特定の欲求を満たすような欠乏
動機(deficiency
motivation)に重点を置いて満足してしまっていたが、マ
)に重点を置いて満足してしまっていたが、マ
動機(
ズローはそれだけでは説明できない人間のある種の成長への欲求を存在動
機(being
motivation)と呼び、より高次の価値を求める人間について研究
)と呼び、より高次の価値を求める人間について研究
機(
しようとしたのである。現在では、マズローの欲求階層説は高校の教科書に
も記述されるほどに広く知られるようになっている。
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「あなたの人生は、あなた自身が決められる!」という人間主義心理
学で主張しているフレーズは、多くの自己啓発本やセミナーで使われて
いる。弱点を挙げるとすると、わかりやすいが根拠に乏しく科学的では
ないところである。しかし、科学的心理学は近代科学が前提であり、因
果連鎖と要素論から成り立っているので、そもそも人間主義心理学とは
のっている土俵が違うのであり、そこでの議論はあまり意味がないので
ある。
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Ⅶ まとめ
アドラー心理学では、個人をそれ以上分割できない存在であると考え
ることから、全体としての個人が、心身を使って、目的に向かって、行動し
ている、ととらえる。これがアドラー心理学でいう、個人の主体性であること
は先に述べた。アドラー心理学によると、自分が人生を創っているので
あって、自分がこの人生の主人公であることを知ったとき、人は自分が動く
しかないことを学ぶことになるのだ。ひとりの人間が生きているのは、いつ
からいつまでという物理的な時間ではなく、生まれてから死ぬまでにどうい
う環境でどういう場所でどういう生活をしてきたかの物語の形式でしか表
せないのである。生まれてから死ぬまでにどういう物語を作ったか。それ
が人間なのである。そして各個人が主体的に人生を送ることが、本当の意
味で、自分の人生を生きているということなのかもしれない。
ある人がたずねた。
「人生の意味は何ですか?」
アドラーは答えた。
「一般的な人生の意味はない。人生の意味は、あなたが自分自身に与え
るものだ」
ある行為を選択する時点でその選択の責任はその人にある。その意味
でアドラー心理学は責任を問う厳しい心理学である、ということができる。
【引用・参考文献】
引用・参考文献】
坂野雄二 2000 臨床心理学キーワード 有斐閣双書
坂元・水越・西之園(代表編集)『
坂元・水越・西之園(代表編集)『教育工学事典』
教育工学事典』実教出版
鈴木克明 『魅力ある教材』
動機
魅力ある教材』設計・開発の枠組みについて―
設計・開発の枠組みについて―ARCS動機
づけモデルを中心に―
づけモデルを中心に― 教育メディア研究 1(1) 1995 50 - 61
サトウタツヤ、高砂美樹『
サトウタツヤ、高砂美樹『流れを読む 心理学史』
心理学史』有斐閣、2003
有斐閣、
岸見一郎『
ベストセラーズ1999
岸見一郎『アドラー心理学入門』
アドラー心理学入門』KKベストセラーズ
ベストセラーズ
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以上、第21回アドラー心理学研究会の報告でした。
以上、第 回アドラー心理学研究会の報告でした。
いかがでしたでしょうか。
研究会の内容を、できるだけわかりやすく再現してみました。
みなさまの忌憚ないご意見・ご感想、心よりお待ちしております。
Waseda Adler News
Vol.1,No.6 編集担当
寺下 和也
早稲田アドラー心理学研究会よりご案内
・研究会へはどなたでも参加できます。
・研究会へのお問い合わせ・参加希望はメールで、
[email protected] までどうぞ。
日本アドラー心理学会:http://adler.cside.ne.jp/
アドラーギルド:http://adler.cside.com/
ウィキペディア:http://ja.wikipedia.org/wiki/ アドラー心理学
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