第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 第7章 災害補償 この章では、使用者の災害補償責任の特徴、業務災害及び通勤災害とは何か、業務遂行性と業務起 因性、「業務上」の判断、労働者災害補償保険法の保険給付及び保険料などについて説明する。 労災保険の特長の1つは、個々の労働者について被保険者として手続きその他の取扱いを要するの ではなく、「労働者」であれば誰でも法の適用があることである。 1.使用者の災害補償責任 労働者が労務に従事したことによって被った負傷・疾病、死亡について、市民法の原則では、使 用者に対し損害賠償責任を追求することによってのみ実現される。しかし、市民法のもとでは過失 責任の原則がとられているので、被災労働者又はその遺族は使用者の過失の存在を立証しなければ ならない。また、労働災害は使用者の注意義務違反(過失)がなくても起こり得るのであり、その 場合は賠償責任を免れる。さらに、被災労働者側に過失があれば、過失相殺によって賠償額は減額 されてしまう。 このように、市民法のもとでは平等の原則が適用されることにより労働災害の被害を一方的に労 働者が負担することを強いられる。そこで、企業の営利活動の結果もたらされた労働災害について、 企業活動によって利益を得ている使用者が当然にその損害を補償すべきではないか、という考え方 が形成されて過失責任の原則が軽減されていき、やがて無過失責任が労働基準の主要な考え方とし て確立していくことになる。 現行の労基法の災害補償規定及び労災保険の補償制度では、使用者の無過失責任制と賠償額の定 額化・画一化を主要な特徴としている(注)。 注.賠償額の定額化・画一化 民法の原則でいえば、損害賠償額は損害の程度に応じて決まるが、災害補償においては個々の損害額を考慮 することなく画一的に定められている。 たとえば、片方の手の小指を失った場合の損害の程度は、事務職員の場合とピアニストの場合とでは常識的 には異なると思われるが、災害補償においては個別の事情にかかわりなく平均的な損害の程度を基準に補償さ れ、どちらも障害等級 12 級で平均賃金の 140 日分の補償(労災保険は給付基礎日額の 156 日分の給付)であ る。 ⇒ 労基法・労災保険法の災害補償規定の特徴は、無過失責任制、賠償額の定額化・画一化である。 (1)労基法上の災害補償 労基法の災害補償は、①療養補償、②休業補償、③障害補償、④遺族補償、⑤葬祭料があり、そ の他関連する補償として、長期休業補償の変形としての「打切補償」、一時金補償の例外としての 「分割補償」がある。補償の形態は①療養補償を除いてすべて一時金補償である。 753 Corporate Evolution Institute Co., Ltd. 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 第 2-7-1 図 労基法の補償・労災保険法の給付 種 別 労基法の災害補償 労災保険給付 保険給付 労基法 75~88 条 傷病 障害 特別支給金 療養補償 療養補償給付 必要な療養を行うか必要な 療養そのものを給付するか療養費 療養費を負担する を支給する 休業補償 休業補償給付 休業特別支給金 平均賃金の 60% 給付基礎日額の 60% 給付基礎日額の 20% 障害補償 障害補償給付 障害特別支給金 障害等級に応じて 14 段階 障害の程度に応じて 14 段階 障害特別年金 一時金=50 日~1、340 日分 1 級~7 級年金=313 日~131 日分 8 級~14 級一時金=503 日~56 日分 死亡 遺族補償 遺族補償給付 遺族特別支給金 一律 1、000 日分 生計依存度による 遺族特別年金 年金=家族数に応じて 245 日~153 日 一時金=1、000 日分 葬祭料 葬祭料 一律 60 日分 315、000 円+30 日分(ただし 60 日 分保障) 長期療養 打切補償 傷病補償年金 一律 1、200 日分 年金=313 日~245 日分 介護 介護補償給付 健康診断 二次健康診断等給付 傷病特別年金 日数分は、労基法=平均賃金、労災保険法=給付基礎日額を基準とする。 (2)労基法・労災保険法等・民法との関係 1)労基法と労災保険法等との関係 労基法に規定する災害補償の事由について、労災保険法、国家公務員災害補償法、公立学校の学 校医等の公務災害補償法、地方公務員災害補償法に基づいて労基法の災害補償に相当する給付が行 われるべきものである場合は、使用者は労基法に規定されている補償を行う責を免れる(労基法 84 条 1 項、昭 42.12.1 労令 30 号)。 この結果、労災保険等が適用される使用者は、同一の事由について労基法規定の補償を行わなく てよい。ただし、唯一の例外として、労災保険法は休業補償給付について最初の休業3日間は給付 を行わないため、使用者は労基法 76 条の休業補償を行わなければならない。 754 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 2)災害補償給付と民法の損害賠償との調整 業務災害が使用者の過失又は債務不履行によって引き起こされた場合において、労基法に規定す る災害補償を行った場合は、使用者は、同一の事由についてはその価額の限度で民法による損害賠 償の責を免れる(労基法 84 条 2 項)。つまり、使用者は、労基法と民法との二重補償する責任はな い。 同様の調整は第三者との間においても行われ、「保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一 の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができ る」と、民事損害賠償が先行したときは保険給付を行わないこととし、労災保険給付が先行したと きは、「その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権 を取得する」と、求償権が労災保険へ移行することを規定している(労災法 12 条の 4)。 ※自動車損害賠償責任保険 第三者行為による災害の大半は交通事故である。この場合には自動車損害賠償責任保険(以下「自 賠保険」と略称)と競合することが多い。この場合の労災保険との調整は,自賠保険を加害者側とし て処理が行われる。どちらの保険を先に請求するかは被災労働者側の自由であるが,厚労省では自賠 保険を先行し,不足分を労災保険で給付することを希望している(「自動車損害賠償責任保険と労災 保険との支払事務の調整について」昭 41.12.16 基発 1305 号)。資料41 P775 参照 自動車損害賠償責任共済との調整についても同様である(「自動車損害賠償責任共済の支払と労災 保険の支払との調整について」昭 41.8.30 基発 936 号)。 任意の自動車保険もあるが,この場合には加害者側の同意を得て事務手続きが進められることに なる(昭 63.3.16 基発 162 号) 。(この項は井上「最新労災保険法」P263 より転記) 755 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 2.業務災害 (1)業務災害とは 1)概 要 業務災害というのは、 「業務上の負傷、疾病、障害又は死亡」をいうものである(労災法 7 条 1 項 1 号)。労災保険はどのような場合に保険給付を行うかについて、具体的には、 「労働基準法第 75 条 から第 77 条 まで、第 79 条及び第 80 条に規定する災害補償の事由が生じた場合」に、労働者 の請求に基づいて行うこととされている(労災法 12 条の 8 第 2 項)。つまり、労災保険は、労基 法の災害補償事由が生じた場合に保険給付を行うものである(注)。 注.後述する「非事故性疾病」などで、労災保険の保険給付の支給事由を拡大すべきとする議論があるが、そ のためには現行の労基法の災害補償事由と遮断して独自の支給事由とする法律改正が必要となる。 ⇒ 労災保険の災害補償事由(「業務上」の概念)と労災保険の保険給付要件(「業務起因性」の判断)とは、同 一である。 それでは、労基法はどのような場合に災害補償義務が生じるかというと、 「労働者が業務上負傷 し、又は疾病にかかった場合」(労基法 75 条 1 項の療養補償)、「労働者が業務上負傷し、又は疾 病にかかり、治った場合において、その身体に障害が存するとき」 (労基法 77 条の障害補償)、 「労 働者が業務上死亡した場合」(労基法 79 条の遺族補償)などと規定され、肝心の「業務上」につ いての具体的規定は何も設けられていない。 井上 浩氏の研究によると、昭和 22 年 9 月の青函連絡船洞爺丸の沈没事故によって死亡した労 働者の業務上外の判定を契機に、政府は業務上外の認定基準の理論的確立に取り組み、非公式な がら「業務遂行中、かつ、業務に起因して」生じた負傷を業務上の負傷とする態度をとり、順次 従来の解釈例を整理するとともに一応統一された取扱いがなされるようになったとのことである (井上「最新労災保険法」P63~64)。この「業務遂行中、かつ、業務に起因して」ということが、 後に「業務遂行性」及び「業務起因性」と呼ばれることとなったものと思われ、この二つを備え ていることを業務災害の要件とすることを「二要件主義」といい、業務災害に該当するかどうか を調査する際などに用いられる。 「二要件主義」は、後述するように、事故性の事案について判断 する場合に有用であるが、脳血管疾患や虚血性心疾患など非事故性の事案を判断するときにはあ まり役立たない。そのため、 「業務起因性」のみを業務上の要件とする説も見受けられる(井上「最 新労災保険法」P69)。 その後、旧労働省は、天災に際して発生した災害についての業務上外の判断基準を示した通達 の中に「労災保険における業務災害とは、労働者が事業主の支配下にあることに伴う危険が現実 化したものと経験則上認められる場合をいい」 (昭 49.10.25 基収 2950 号)と述べている部分があ り、現在では、一般に次のように説明されている。 「労災保険における業務災害とは、労働者が事業主の支配下にあることに通常伴う危険が現実 化したものと経験則上認められる場合をいう。 」 756 Corporate Evolution Institute Co., Ltd. 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 労災保険法 第七条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。 一 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。 )に関する保険給付 二 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給 付 三 二次健康診断等給付 第2項・第3項 略 第十二条の八 2 第1項 略 前項の保険給付(傷病補償年金及び介護補償給付を除く。)は、労働基準法第七十五条 から第 七十七条 まで、第七十九条及び第八十条に規定する災害補償の事由が生じた場合に、補償を受ける べき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う。 第3項・第4項 略 ⇒ 労災保険は労基法の災害補償事由が生じたときに給付を行う。裏返していえば、労基法の災害補償事由 が存しなければ労災保険の給付は行われない。 2)業務災害の類型 前述1)のとおり「「労災保険における業務災害とは、労働者が事業主の支配下にあることに通 常伴う危険が現実化したものと経験則上認められる場合をいう。」とされ、これを「業務起因性」 と呼んでいる。 業務災害の判断基準は、 「業務起因性」の判断をどのように行うかという観点からいくつかの類 型に分類することができる。まず、爆発や転落などの「事故」が伴うものであるか、そうでない かという点から「事故性の傷病等」と「非事故性の疾病」とに区分することができる。 「事故性の 傷病等」は、それが①事業所内で業務従事中及び業務に附随する行為中に起きたものか、②事業 所内で休憩時間中に起きたものか、③事業所外であるが使用者の支配下にある間(外回り営業や 出張など)に起きたものか、ということで、判断基準が異なる。 「非事故性の疾病」の場合は、①医学的な知見によって業務と疾病との間に業務起因性が推定 されるもの(職業病)、②急性脳・心臓疾患(いわゆる突然死)、③精神障害による自殺などがあ る。 757 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 第 2-7-2 図 業務災害の類型のイメージ 業務中の事故 事故性の傷病等 休憩時間中の事故 外勤営業・出張中の事故 業務災害 職業病 非事故性の疾病 急性脳・心臓疾患 精神障害自殺 3)業務起因性と業務遂行性 イ 業務起因性 業務起因性とは、①災害が業務に起因して発生し、②その災害によって傷病が生じた、とい う因果関係のことである。この因果関係は、傷病の原因かいくつか存在するとき、業務が有力 な原因であることが経験則上相当である関係(相当因果関係)である必要がある。 ロ 業務遂行性 業務遂行性は、労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態を指し、もっとも典 型的な例は勤務時間中(業務中)であるが、業務遂行性=勤務時間中という狭い概念ではなく、 事業主の直接支配のみならず抽象的支配が及ぶ範囲も含まれる。 厚労省は業務遂行性について、次のように説明している。 「ところで、労災保険の保険給付は、本法の適用を受けている事業の労働者に対して行われるも のであるところから、先に述べた業務起因性が認められ業務上の傷病であるとされるためには、ま ず、労働者がそのような適用事業に雇われて働いていること、いいかえれば、労働関係にあること が必要である。すなわち、当該傷病等が業務に起因して生じた業務上の傷病であるというためには、 その原因が当該労働関係のもとにあることを条件として発生したことを要するのである。 この「労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態」を実務上「業務遂行性」と呼ん でいる。 つまり、業務上の傷病等と認められるためには、その傷病等に業務起因性が成立しなければなら ないが、業務起因性が成立するためには、その一時的な条件として業務遂行性が認められなければ ならないということである。 もちろん、それは、業務遂行性がなければ業務起因性も成立しないということであって、業務遂 行性があっても当然には業務起因性があることにはならない。」 (厚労省「労災保険法コメ」P128~129、下線は宮田)。 758 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 (2)「業務上」の判断 1)事故性の傷病等の場合 事故性の傷病等の業務起因性が肯定されるためには、事故が業務に内在する危険の発現である ということである。したがって、地震等の不可抗力を原因とする事故には一般的に業務起因性は 認められない(昭 49.10.25 基収 2950 号)(注)。また、事故がそのような危険の発現と認められ る限り、事故発生の過程での労働者の過失は業務起因性の存在に影響を及ぼさない(ただし、過 失によって保険給付が制限されることがある-労災法 12 条の 2 の 2 第 2 項)。 注.竜巻災害で労災認定 平成 18 年 11 月 7 日に北海道佐呂間町で発生した竜巻災害によって死亡した労働者の遺族 9 人 が労災保険給付を請求していた件で、北見労働基準監督署は同年 12 月 18 日、業務上の災害と認 定した。 一般に、労災の認定については、業務起因性、業務遂行性があり、さらに業務起因性への反証 がない場合に業務上の災害と認定とされる。この災害の場合は、労働者が適用事業所に雇用され 作業の打合せを行っていたことから業務遂行性は成立する。 一方、業務起因性は、反証理由のなかに「天災地変等の自然現象」があり、地震や台風などに よる自然災害は業務に起因しないというのが通常の判断であるが、このケースの場合、外力の程 度にもよるが、プレハブ建物の倒壊する可能性が全くゼロだったわけではなく倒壊の危険性が内 在していたとして、業務起因性があったと判断している。 自然災害でも労災と認定されたケースは、前述北海道佐呂間町の竜巻災害のほか、平成 18 年 9 月に宮崎県延岡市で起きた竜巻災害、平成 7 年の阪神・淡路大震災などがある。 労災保険法 第十二条の二の二 労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた 事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。 2 労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、又は正当な理由がなくて療養に関する指示 に従わないことにより、負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となつた事故を生じ させ、又は負傷、疾病若しくは障害の程度を増進させ、若しくはその回復を妨げたときは、政府は、 保険給付の全部又は一部を行わないことができる。 労基法 (休業補償及び障害補償の例外) 第七十八条 労働者が重大な過失によつて業務上負傷し、又は疾病にかかり、且つ使用者がその過 失について行政官庁の認定を受けた場合においては、休業補償又は障害補償を行わなくてもよい。 (療養補償・遺族補償・葬祭料についてはこのような例外規定がない。) イ 業務に従事していた場合の事故 一般に、事業所内で業務に従事していた間に生じた事故については、所定労働時間内か所定 外労働時間であるかを問わず、仕事に従事していたとき又は仕事に附随する行為(注)をして いたときに事故が発生した場合には、原則として事故の業務起因性が認められる(東大「注釈 労基法」下巻 P863)。つまり、業務遂行性(労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にあ 759 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 る状態)が肯定されれば、原則として業務起因性の存在が推定されるという取扱いがなされる。 しかし、被災労働者が仕事とは無関係なことをしていたときに発生した事故や、業務に内在し た危険の発現とはいえない原因によって発生した事故であるとの反証があったときには、この 推定は覆り業務起因性は否定される。このような取扱いがなされるのは、実務において業務起 因性の有無を判断することは必ずしも容易でなく、かつ、事故性の事案については業務遂行性 が肯定されれば業務起因性も肯定される蓋然性が高いことによる(業務遂行性の判断は比較的 容易である。 )。 注.「仕事に附随する行為」 作業の準備・後始末、水を飲みに行く、トイレに行くなどの行為をいう。 第 2-7-3 図 事故性傷病等の「業務上」の判断手順 業務遂行性 あ り 業務起因性 業務起因性を否定 業務起因性の存 する事実がない 在を推定 業務起因性を否定 業務上を否定 する事実がある な し 業務上である 業務上を否定 ⇒ 労災保険の「業務上」の判断は、第一次判断として業務遂行性の有無を確認する(業務遂行性の判断は比 較的容易である。)。そして、業務遂行性があり、かつ、業務起因性を積極的に否定する材料がなければ、一 応業務起因性があったものと推定して「業務上」と認めることとしている。 ロ 休憩時間中の事故 休憩時間中は一般に事業主の支配が及ばないと考えられるから、一般的に業務起因性は認め られない。ただし、次のような行為中であつた場合は業務起因性が否定されるわけでないが、 上記イの場合と異なり、事故の業務起因性の推定はなされないから、被災労働者側が事故の業 務起因性を証明する必要がある(東大「注釈労基法」下巻 P866)。 ① 休憩時間中に使用者の特段の指示がありその行為中の事故 ② 飲水など生理的に必要な行為などを行っていた最中の事故 ③ 事業所施設の不備等を原因とする事故 休憩時間中のドッチボール大会の場合、大会への参加が強制でなく不参加者に不利益取扱い もないときは業務の遂行とは認められず、競技中の事故は業務外とされた(「尼崎労基署長事件」 神戸地裁判決昭 63.3.24)。しかし、休憩時間中のボールを使ったゲームが作業のための準備行 為としての性格を持ち、労働者が事実上参加せざるを得ない状態であって、かつ、就業時間中 に食い込むことを使用者が黙認していたという事情関係のもとでは、ゲーム中の事故に業務起 因性が認められる(「佐賀労基署長事件」佐賀地裁判決昭 57.11.5)。 760 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 ハ 出張期間中の事故 出張時おける労災保険の適用に関する基本的な考え方は、自宅(又は事業所)を出てから自 宅(又は事業所)に戻るまでの期間について事業主の支配下にあるものとして、この間に通常 出張に伴う危険が現実化したものと経験則上認められる場合に、その現実化した事故について 適用するものである。出張先が国内であるか海外であるかを問わない。ただし、その間に、出 張と無関係な所用(観光や帰郷など)があった場合は、その間については適用せず、出張の経 路へ復帰するとその時点から再度適用される。 したがって、労災保険が適用されるか否かの第一判断基準は、事故が通常の出張業務の経路 上で起きたものかということで、これが肯定されると、次に通常の事故の場合と同様に、業務 に起因して起こったものかどうかを判断することになる。 休日中の過ごし方については、通常、出張中の者がホテル滞在中にとる行動などは労災の適 用範囲と考えられ、その範囲は比較的広く解釈されているようである(出張中に旅館で飲酒し 誤って階段から転落して死亡した事故が業務上と認定された例などがある(注))。海外研修 制度によるホームステイ中の私的時間(ステイ先滞在時間や休日の過ごし方)についても、同 様に考えればよいであろう。 注.大分労基署事件福岡高裁判決平 5.4.28 出張中の宿泊先で夕食中に飲酒した後、階段から転落し死亡した事故につき、 「二階へ降りよう とした際に、足を踏み外して転倒し、本件事故に至ったものと推測するのがほぼ事実に符合する のではないかと考えられ、本件事故は、Aが業務とまったく関連のない私的行為や恣意的行為な いしは業務遂行から逸脱した行為によって自ら招来した事故であるとして、業務起因性を否定す べき事実関係はないというべきである。 」として、出張先の宿泊施設内での慰労と懇親のための飲 食は宿泊に通常隨伴する行為であり業務起因性が認められるとされた。 しかし、次のような行為に起因する事故は、一般に業務とは無関係であり保護の対象とはな らないものと考えられる。 ① 海外研修時に当日の日課終了後ホームステイ先に戻り、サッカーやキッチボールなど恣 意的行為中の事故 ② 休日中にドライブを楽しんだり観光地めぐりをするなどの行為中の事故 ③ 私怨によるケンカ、暴力による負傷等 2)非事故性の疾病の場合 イ いわゆる職業病の場合 労災保険の保険事故である「業務上」の災害には、事故性の傷病のほかに、事故が介在せず に発生する非事故性の傷病(いわゆる職業病)も含まれる。 この非事故性の疾病は、労災保険制度発足時には保険事故ではなく、産業医学の発展等によ って後から保険事故として認められるようになったものである。事故性の傷病の場合は、事故 が介在するため比較的明確に業務起因性を判断し得るものであるが、非事故性の疾病の場合は、 業務に従事していた時期と発症時期とがしばしばズレること、同一の疾病に関しさまざまな原 因が考えられること、などの特殊事情があり、業務起因性の有無を判断するのが容易でない。 そこで、非事故性の疾病については、医学的な知見によって業務起因性が認められる疾病のリ ストをあらかじめ定めておき、所定の業務に一定期間従事した等の事実があれば当該疾病の業 761 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 務起因性を推定することとしている。その疾病リストは、労災則別表第一の二、昭 53.3.30 労 告 36 号・昭 56.2.2 労告 2 号、最終改正平 12.12.25 労告 120 号に定められている(同表は非事 故性疾病のみならず事故性傷病も掲げている。 )。たとえば、 「石綿にさらされる業務による肺が ん又は中皮腫」 (同表 7 号 7)、 「ベンゼンにさらされる業務による白血病」 (同表 7 号 8)という ように。 なお、業務上の疾病の認定については素因等(たとえば、高血圧症・糖尿病など労働者個人 としての特性)が問題となることがあるが、素因等が発病の原因として競合していること自体 は、その疾病の業務起因性を妨げるものでない。業務ないし業務上の事故が競合する原因のひ とつであれば足りる。ただし、業務ないし業務上の事故がなくても発病したであろう場合には、 業務起因性は認められない。 ロ 急性脳・心臓疾患による場合 いわゆる「過労死」といわれる急性脳・心臓疾患による突然死の場合は、被災労働者が高血 圧症・高脂血症・糖尿病・肥満などの基礎疾患を抱えていることが多い(注)。そのため、業務 起因性の判断を難しくしている。 注.死の四重奏 高血圧症・高脂血症・糖尿病・肥満などの基礎疾患は脳疾患・心臓疾患の原因となるので、 「死 の四重奏」と呼んでいる。 裁判例を通じて、三つの論点が明らかとなった。それは、①業務の過重性を判断するに当た って発症前のどの期間までを考慮にいれるか、②基礎疾病と過重な業務とが競合する場合は業 務起因性の判断基準をどう設定するか、③業務の過重性を判断する場合に誰を基準とするか、 という点である。 断定的に結論をいうと、おおよそ次のようにいうことができる。 ※急性脳・心臓疾患による場合の判断基準 ① 発症前おおむね6か月間を考慮に入れて業務の過重性を判断する。 ② 発症の原因が競合する場合は、過重な業務が相対的に有力な原因であることを要する。 ③ 過重性を判断するにあたっては、基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行で きる者を基準とする。 ① 発症前のどの期間までを考慮にいれるか 裁判例では発症前1か月から6か月で遡ることが多い。この点について岩村正彦教授は 「確たる経験則によって決めたというよりも、裁判所の心証形成に必要なところまで遡って 考慮期間を設定したというのが実際であろう。 」と述べている(東大「注釈労基法」下巻 P874)。 「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」 (平 13.12.12 基発 1063 号。以下「新認定基準」という。)においても、長期間の過重業務をみる場合の評 価期間は「発症前おおむね6か月間をいう。」としている。 ② 基礎疾病と競合する場合の業務起因性の判断基準 発症の原因が競合する場合の判断基準について、行政の立場は一貫して過重な業務が相対 的に有力な原因であることを要するという立場(相対的有力原因説)をとっており、「新認 762 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 定基準」においても「業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がそ の自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症する場合」には「業務が相対的に有 力な原因であると判断し、業務に起因することの明らかな疾病として取り扱う」としている。 しかし、裁判例では相対的有力原因説をとるもの(たとえば「名古屋南労基署長事件」名 古屋高裁判決平 8.11.26(注))のほか、基礎疾病と過重な業務が協働原因であることを要す るとするもの(協働原因説)(たとえば、「向島労基署長事件」東京高裁判決平 3.2.4)とに 二分されている(東大「注釈労基法」下巻 P874)。 注.「名古屋南労基署長事件」名古屋高裁判決平 8.11.26 「脳血管疾患の原因としては加齢や日常生活等も考えられ、業務そのものを唯一の原因として発症する 場合はまれであり、むしろ複数の原因が競合して発症したと認められる場合が多いことに鑑みると、 「相当」 因果関係が認められるためには、単に業務が脳血管疾患等の発症の原因となったことが認められるという だけでは足りず、当該業務が加齢その他の原因に比べて相対的に有力な原因と認められることが必要であ るというべきである。」と判示した一審判決(名古屋南労基署長(矢作電設)事件名古屋地裁判決平 6.8.26) を支持した。 ③ 業務の過重性を判断する場合に誰を基準とするか 業務の過重性を判断する場合に誰を基準とするかという問題について、「新認定基準」は 「当該労働者と同程度の年齢、経験等を有する健康な状態にある者のほかに、基礎疾患を有 していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者」を基準とすることとしている。 裁判例においては、前述「名古屋南労基署長事件」では行政解釈に近い立場であるが、 「名 古屋南労基署長事件」名古屋地裁判決平 6.8.26、「名古屋西労基署長事件」名古屋地裁判決 平 8.3.27(注)では被災労働者本人を基準とするという解釈をとっている。しかし、岩村教 授は、被災労働者本人を基準とすると、基礎疾病が重篤の場合には業務の負担がほんのわず かに過ぎない場合にも業務起因性が認められることになりかねず、妥当でないとしている(東 大「注釈労基法」下巻 P874)。 注.「名古屋西労基署長事件」名古屋地裁判決平 8.3.27 糖尿病の基礎疾病を有するタクシー運転手の急性心筋梗塞について、4日連続勤務・2日連続 休日の勤務形態の発症直前約8週間の勤務が1日平均拘束時間 18 時間(最大拘束時間 21 時間 20 分)、1日平均労働時間 16 時間 53 分(最大労働時間 20 時間 10 分)という長時間による過重 負荷があり、業務と疾病との間に業務起因性があるとして、労基署長の不支給処分を取り消した。 3)自殺の場合 イ 業務起因性の判断の推移 労災保険法 12 条の 2 の 2 第 1 項は「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はそ の直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。」と規定してい る。すなわち、自殺行為は本人の作為が介在するため、そこで因果関係が切断されると解する ものである。行政解釈においても、業務上の傷病により発生した精神障害のため心身喪失状態 に陥って自殺行為が行われ、かつ、その状態が傷病に起因しているときのみ業務上としてきた (昭 23.5.11 基収 1391 号)。 763 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 岩村教授は、自殺行為による死亡の業務起因性を認めた裁判例を二つに整理して説明してい る。一つの類型は、業務上の傷病が原因で精神障害となり、そのために自殺したという事例で ある。けい肺結核症でじん肺法の健康管理区分4の決定を受けて療養中の労働者の自殺行為が 問題となった「佐伯労基署長事件」では、一審大分地裁判決平 3.6.25 は業務起因性を認めたが、 二審福岡高裁判決平 6.6.30 は認めなかった。作業中の転落事故の被災労働者が2年後に自殺し た岸和田労基署長事件大阪地裁判決平 9.10.29(注)は業務起因性が否定された。 注.岸和田労基署長事件大阪地裁判決平 9.10.29 てんかん及び神経症の既往症をもち、投薬治療を受けていた労働者が、労働災害により傷害を 負い、その後うつ病を発症して自殺した事案において、自殺と労災保険法 12 条の 2 の 2 第 1 項の 「故意に」との関係について「労働者が自殺した場合、通常は、当該労働者が死の結果を認識し、 これを認容したといえるのであるが、そのことから直ちに当該労働者に故意があり、同項により、 保険給付を受けられないと解すべきではなく、当該労働者が自殺に至った原因を究明し、その原 因と労働者が従事していた業務との間に因果関係(相当因果関係)が認められる場合には、業務 起因性が肯定され、労働災害保険給付の対象になると解するのが相当である。 」と、自殺に至った 原因と業務との間に相当因果関係があれば業務起因性が肯定されると判示している。 ただし、本件は労働災害により傷害を負ってから2年経過し、傷害による頭痛などの障害も単 独で 10 日間にも及ぶ九州旅行ができるまで回復していたのであるから、傷害と自殺の間に相当因 果関係を認めることはできず、業務起因性はないとされた。 もう一つの類型は、過重な業務による疲労等に起因するうつ病等の精神障害による自殺行為 である。海外出張中の労働者がはじめての海外勤務のストレスと業務上のトラブルによって心 因性の精神障害となり自殺した「加古川労基署長事件」神戸地裁平 8.4.26(注)では、業務起 因性が肯定された。プレス工場の管理・作業の両面の責任者がその過重な負荷によって反応性 うつ病となり自殺した「大町労基署長事件」長野地裁判決平 11.3.12 でも業務起因性が肯定さ れた。 注.「加古川労基署長事件」神戸地裁平 8.4.26 入社1年足らずの神戸製鋼の若手社員がインドへ長期出張させられ、風土・生活習慣等の違い があることに加えて、現地で難問が発生しその解決を迫られたことにより短期反応精神病ないし 反応性うつ病を発症しホテルから飛び降り自殺した事案で、 「タールサイト(出張先のインドの地 名-宮田注)は、入社一年未満の新入社員の初めての海外派遣の派遣先としては、いささか過酷 なものであったということができる。」とした上で、「A会社が命じた海外勤務による業務に関連 して、短期反応精神病ないしは反応性うつ病を発症させるに足る強い精神的負担が存在していた と認められるところ、本件全証拠によっても、Fに右精神障害の有力な発病原因となるような業 務以外の精神的負担が存在したとは認められず、かつ、精神障害の既往症その他当該疾病の有力 な発病原因となるような個体的要因が存在したとも認められないから、Fの精神障害の発症につ いては、業務起因性を肯定することができる。 」と判示した。 これらの裁判例は、被災労働者が心身喪失に陥っていない場合でも、自殺行為を労災保険法 12 条の 2 の 2 第 1 項の「故意に」該当するとは解さず、業務の内容・態様、勤務状況、被災労 働者の様子、性格等の素因、家庭状況等の事情を考慮して自殺行為の業務起因性を判断してい 764 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 る(東大「注釈労基法」下巻 P880)。このような判断は、行政解釈の枠を超えるもので、政府 は対応を迫られていた。 ロ 心理的負荷による精神障害等に関する業務上外の判断 以上のような裁判例の動きや業務に関連する自殺に対する社会的な注目等が背景にあって行 政解釈の見直しが行われ、平成 11 年に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指 針」(平 11.9.14 基発 545 号。以下「指針」という。)によって業務上の精神障害による自殺の 取扱いが新たに定められた。 まず、指針は、労働者の羅患した精神障害が次の 3 つの要件を満たせば、その精神障害は業 務上の疾病に該当するとしている。 ① 指針の対象である疾病(対象疾病)に該当する精神障害を発症していること ② 対象疾病の発病前おおむね 6 か月の間に、客観的に当該精神障害を発症させるおそれの ある業務による強い心理的負荷が認められること ③ 業務以外の心理的負荷および個体側要因によって当該精神障害が発症したとは認められ ないこと 〔対象疾病〕 ・①の対象疾病は、原則として国際疾病分類第 10 回修正(ICD-10)第Ⅴ章「精神および 行動の障害」に分類される精神障害である(F0 からF10 までに分類される)。 ・統合失調症・神経症性障害・ストレス関連障害などは指針における精神障害に含まれるが、 いわゆる心身症は含まれない。 ・F0 からF4 に分類される多くの精神障害(器質性精神障害、精神作用物質使用による精神・ 行動障害、統合失調症、気分障害、神経症性障害・ストレス関連障害等)では自殺念慮出現の 蓋然性が高いことから、業務による心理的負荷によってこれらの精神障害を発症した者が自殺 を図った場合には、推定が働き、原則として業務起因性を認めるという扱いをする。 ・ただし、発症後治療等が行われ相当期間が経過した後の自殺については、総合判断となる。 ・他方、上記以外の精神障害の場合は、一般的に強い自殺念慮を伴うわけではないので、当該 精神障害と自殺との関連についての検討が必要となる。 〔強い心理的負荷〕 ・②の心理的負荷の強度は、その原因となった出来事およびその出来事に伴う変化等について 総合的に検討して評価する。 ・評価する場合、判断指針の別表1「職場における心理的負荷評価表」を指標として用いる。 ・この評価に当たっては、本人がどう受け止めたかではなく、職種、職場における立場や経験 等が類似する同種の労働者がその出来事とそれに伴う変化等とを一般的にどう受け止めるかと いう客観的な基準による。 〔業務以外の心理的負荷および個体側要因〕 ・③の業務以外の心理的負荷の強度は、別表 2「職場以外の心理的負荷評価表」を用いて評価 する。 ・個体側要因は、既往歴、過去の学校生活・職業生活・家庭生活等における社会適応状況(生 活史)、アルコール等依存状況、生活傾向などであり、これらについて考慮すべき点が認められ るときは、発病させる恐れの程度を検討する。 765 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 〔総合判断〕 以上の枠組みにもとづく業務上外の判断は総合的に判断するが、つぎのような場合分けによっ てこれを行う。 ・①業務以外の心理的負荷、個体側要因が特段認められない場合には、業務による心理的負荷 の強度が別表 1 によれば「強」であるときには、業務起因性があると判断する。 ・②業務以外の心理的負荷、個体側要因が認められる場合には、業務以外の心理的負荷が極端 に大きいなど業務以外の心理的負荷が有力な原因となったと認められる状況がない、あるいは 精神障害の既往症や生活史、アルコール等依存状況、生活傾向に顕著な問題があり、その内容、 程度等から個体側要因が有力な原因となったと認められる状況がないというときには、業務起 因性があると判断する。 ・精神障害による自殺と労災保険法 12 条の 2 の 2 との関係については、業務上の精神障害によ って、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、または自殺行為を思いとどまる精神的な 抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われた場合には、故意には該当しない扱いとす る。 766 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 3.通勤災害 (1)「通勤」の定義 通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる①~③の移動を、合理的な経路及び方法(注) により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする(労災法 7 条 2 項)。 注.合理的な経路及び方法 「合理的な経路」とは、意味のない不要な遠回りや通常通勤経路として妥当でないと考えられ る経路(例えば列車の通るトンネルを徒歩で通ること)を通勤としない、ということである。通 勤手当受給のために会社に提出した経路と異なる場合であっても、そのために合理的な経路では ないというわけでない。 ① 住居と就業の場所との間の往復 注.住居と就業の場所 「住居」の概念は住所(民法 21 条)より広く、就業のための拠点(昭和 48.11.22 基発 644 号) とされており、早出や残業の日にその日だけ就業場所近くのアパート等に宿泊すればそこも住居 に該当する。また、一定の単身赴任者が週末に本来の自宅に帰り週の初めにその自宅から直接出 勤する途上は、反復継続性が認められれば通勤として取り扱う(平成 7.2.1 基発 39 号) 。 ② 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動 厚生労働省令で定める要件(労災則 6 条) a.労災保険に係る保険関係が成立している事業に係る就業の場所 b.特別加入により労働者とみなされる者に係る就業の場所 c.その他前a.b.に類する就業の場所(具体的には、地方公務員災害補償法、国家公務 員災害補償法又は船員保険法による通勤災害保護制度の対象となる勤務場所又は就業の場 所とする。) ③ ①に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当 するものに限る。) 厚生労働省令で定める要件(労災則 7 条) 単身赴任者(一定の要件を満たすことを要する)が家族ののもとへ帰宅するための住居間 の移動をいう。 住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動とは、たとえば、単 身赴任者が週末の金曜日は終業後単身赴任先に宿泊し土曜日に家族の住む帰郷先へ移動し、 月曜日の勤務に備えて日曜日に単身赴任先居宅に戻る移動などがこれに該当する。 (2)逸脱と中断 労働者が、通勤に係る移動の経路を逸脱し、中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間 及びその後の移動は、通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であ って厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合 は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない(労災法 7 条 3 項)。 「日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるもの」は、次のとおりである (労災則 8 条)。 ① 日用品の購入その他これに準ずる行為 767 Corporate Evolution Institute Co., Ltd. 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 ② 職業訓練、教育訓練であって職業能力の向上に資するものを受ける行為 ③ 選挙権の行使その他これに準ずる行為 ④ 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為 (3)業務上の通勤 通勤途上は、通常事業主の支配下に置かれていないということで、災害が発生しても業務災害 とされることはない。しかし、特別な事情があって、たとえば次のような場合は事業主の支配下 にあると認められ業務災害とされる。 ① 休日に突発事故のため事業主から呼出しを受けて現場へ向かう途中 ② 事業場の通勤専用バスで最寄り駅と事業場との間の往復 ※公務員の場合 国家公務員の場合は民間よりも事業主(国)の支配力が強く、また労働条件の決定においても労 使対等の立場で決定されるものでもないため、次の場合には事業主の支配下にあると考えられると の立場から、通勤途上であっても公務災害とされる(昭和 48.11.1 職厚-905)。 ① 午後 10 時から翌日午前 7 時 30 分までの間に開始する勤務に就くことを命じられた場合の出 勤途上 ② 午後 10 時から翌日午前 5 時までの間に勤務が終了した場合の退勤の途上 (4)「通勤による」とは 「通勤による」とは、通勤と相当因果関係のあること、つまり、通勤に通常伴う危険が具現化 したことをいうのであり、これは業務災害の場合のいわゆる業務起因性に相当する考え方である。 これを具体例によって説明すれば、次のようになる。 たとえば、通勤の途中において自動車にひかれた場合などのいわゆる交通事故がこれにあたる ことはいうまでもないが、①乗っていた電車が急停車したため転倒して受傷した場合、②駅の階 段から転落した場合、歩行中にビルの建設現場から落下してきた物体により負傷した場合、③歩 行中に転倒したタンクローリーから流れ出す有害物質により急性中毒にかかった場合、④出勤の 途中野犬にかまれて負傷した場合等、一般に通勤の途中において発生した災害も通勤によるもの と認められる。 しかし、ⓐ自殺その他被災労働者の故意によって生じた災害、ⓑ通勤の途中で怨恨をもってけ んかをしかけて負傷した場合などは、通勤をしていることが原因となって災害が発生したもので はないので、このようか場合には通勤災害とは認められない。 認定上実際に問題となった次の事例は、いずれも通勤によるものと認められている。 ㋑ 女子労働者が、夜遅い時間に、暗く人通りの少ない大都市周辺の住宅散在地域を通勤する途 中において、ひったくりや暴漢におそわれて負傷した場合(昭 49.3.4 基収第 69 号、昭 49.6.19 基収第 1276 号) ㋺ マイカー通勤者が帰宅途中、同僚を乗せようとした際、強風のため右手をドアにはさまれて 負傷した場合、同じくマイカー通勤をする労働者が、帰宅途中、前の自動車の発進を促すため クラクションを鳴らした時に、それに立腹した者により負傷させられた場合(昭 52.12.25 基 収第 1032 号) ㋩ 自転車通勤中の労働者が通行の妨げになるオートバイを道端に移動しょうとして負傷した 768 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 場合 ㋥ 大雨により浸水した経路を帰宅する途中転倒、溺死した場合(昭 50.4.7 基収第 3086 号)、 ㋭ 出勤途中野犬にかまれて負傷した場合(昭 53.5.30 基収第 1172 号) ㋬ ビルの屋上から落下してきた人のまきぞえによる災害(昭 56.10.9、昭 55 第 119 号) 一方、マイカー通勤者が同僚の自動車をけん引中の災害は通勤によるものとは認められなかっ た(労務行政「労災保険法」コンメンタール P194~195)。 769 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 4.保険給付 労災保険は、業務上の事由による療養、休業、障害、死亡について保険給付を行う。 給付を行うか否かの判断基準は、 ① 被災者が労働者であるか(注 1) ② 被災事由が業務上であるか(注 2) の二側面からなされ、①及び②のいずれも満たさなければならない。たとえば、株式会社の代 表取締役は労働基準法上の労働者ではないため適用されない。また、1日限りのアルバイトであ っても、外国人不法滞在労働者であっても、労働基準法上就労が認められない 12 歳未満の児童で あっても、①及び②のいずれも満たす場合は補償される。 注 1.労働者の概念は、明文規定はないが、労災保険法制定の経緯から労働基準法と同じと考えられている。 注 2.業務上であるかの判断基準は、傷病・死亡の発生が業務に起因するものであるか(業務起因性)によって なされる。 保険給付の内容は、次のとおりである(とくに断りがないものは通勤途上の災害についても同 様な給付がなされる。) 。 (1)療養補償給付 1)支給要件 療養補償給付は、労働者が業務上負傷し又は疾病にかかって療養を必要とする場合に支給され、 支給期間に制限はなく療養に必要な期間、全額保険が給付し、自己負担はない。 療養補償給付は「療養の給付」 (サービスの給付)を原則とし、例外的に療養の費用を支給する こととしている。 療養の給付の範囲は、①診察、②薬剤又は治療材料の支給、③処置、手術その他の治療、④病 院又は診療所への収容、⑤看護、⑥移送、の6種に分類され、その具体的内容については「政府 が必要と認めたものに限る」としている。 2)請求手続き 療養の給付は政府が行うが、実際の療養行為は社会復帰促進等事業として設置された労災病院、 都道府県労働局長が指定する労災指定病院、薬局などにおいて行われる(労災則 11 条 1 項)。 被災労働者は、一般的には「療養の給付」を受けることになるが、その場合には治療等をうけ る病院等の窓口へ「療養補償給付たる療養の給付請求書」 (様式第 5 号)を提出すれば、所轄労 働基準監督署長へ回送される。労働者の行う手続きはこれだけである。 たまたま近くに労災指定病院がない場合や当該施設では必要とされる技術・設備が整っていな い場合などに、一旦全額を自己負担して一般の病院で治療等を受け、別途「療養補償給付たる療 養の費用請求書」(様式第 7 号)を直接所轄労働基準監督署長へ提出する。 (2)休業補償給付 休業補償給付は、業務上の傷病による療養のために休業する日について、支給される。給付期 間の制限はない。 770 Corporate Evolution Institute Co., Ltd. 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 1)支給要件 休業補償給付が支給されるのは有給の休業ではなくて無給の休業をする日である。すなわち、 a療養のために労働をすることができず b労働不能であるが故に c賃金も受けられない という三要件を満たした日でなければならない。 a.療養のために 労働不能の理由が「療養のため」であることが要件であって、単に休業するだけでは不十 分である。また、通院のため時間的に労働不能という場合も考えられるが、その場合も「療 養のため」と解される。 b.労働不能 労働不能については、全部労働不能であると一部労働不能であるとを問わず、また、労働者 が負傷し又は疾病にかかる直前に従事していた種類の労働をすることができない場合のみで はなく、一般に労働不能であるということである。 c.賃金を受けない日 賃金を受けない日については、全部を受けない日と一部を受けない日とを含んでいるが、一 部を受けない日(つまり一部を受ける日)については、休業補償給付の額が給付基礎日額の 60%に相当する額であることから次のような日であると解釈されている(厚労省「労災法 コメ」P335) 。 ① 全部労働不能であって、平均賃金の60%未満の金額しか受けない日 ② 一部労働不能であって、その労働不能の時間についてまったく賃金を受けないか、ある いは「平均賃金と実労働時間に対して支払われる賃金との差額の60%未満の金額」しか 受けない日 ⇒ 労災保険の休業補償給付は、対象となる休業日に賃金を受けてもその額が平均賃金の60%未満の額で あれば、休業補償給付が満額支給される。 2)給付額 給付額は、1日について次のとおりである。 ① 給付基礎日額の 60% ② 給付基礎日額の 20%(休業特別支給金) 厳密にいえば、②は保険給付ではなく、労働者の福祉を目的とする社会復帰促進等事業として 支給される「特別支給金」である。 給付基礎日額 = 労災保険で保険給付を行う基準として用いられる。労働基準法の平均賃金 と原則的に同じである。 傷病の程度が重く、かつ長期化した場合(療養開始後1年6か月経過しても傷病が治らない場 合)は、休業補償給付に代えて「傷病補償年金」が支給される。 休業補償給付は最初の休業3日間について給付しないが、労基法 76 条により当該3日間につい て事業主が平均賃金の 60%を補償しなければならない。通勤途上の災害については、当該3日間 771 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 について労災保険、事業主いずれからも給付されない。 (3)障害補償給付 障害補償給付は、労働者が業務上負傷し又は疾病にかかり、その傷病が治った場合に身体に残 った障害の程度によって支給される。 障害等級は第1級から第14級まであり、第1級から第7級までは年金で、第8級から第14 級までは一時金で支給される。 ちなみに、第1級(両眼の失明など)の場合は、 ① 給付基礎日額×313日分の年金 ② 年間賞与額(上限 150 万円)/365×313日分の年金(障害特別年金) ③ 342万円の一時金(1回限り)(障害特別支給金) が支給される。①+②の年金額は、年収のおおよそ86%に相当し、一生を通じて支給 されるから、相当手厚い補償である。 厳密にいえば、②及び③は保険給付ではなく、労働者の福祉を目的とする社会復帰促進等事業 として支給される「特別支給金」である。 障害者が介護を必要とする場合は、さらに「介護補償給付」が付加される。 第8級から第14級までは一時金が支給され、第8級の場合 ① 給付基礎日額×503日分の一時金 ② 年間賞与額(上限 150 万円)/365×503日分の一時金(障害特別一時金) ③ 65万円の一時金(障害特別支給金) が支給される。①+②の一時金の額は、年収のおよそ1.4年分である。 第14級の場合は同様な計算により56日分(③に相当する額は8万円)である。 ②及び③が特別支給金であることは、障害補償年金の場合と同じである。 (4)遺族補償給付 遺族補償給付は、労働者が業務上死亡した場合に、その遺族に対して支給される。 支給形態は、受給権者が労働者の収入によって生計を維持していた場合は年金で支給され、たと えば、妻と子供2人の場合は、 ① 給付基礎日額×223日分 ② 年間賞与額(上限 150 万円)/365×223日分の年金 ③ 300万円の一時金(1回限り) が支給される。①及び②の年金額は死亡労働者の年収のおおよそ61%であり、これも相当手厚 い補償である。 ②及び③が特別支給金であることは、障害保障給付の場合と同じである。 労働者の収入によって生計を維持していた遺族がいない場合(労働者が独身の場合など)は、 その他の遺族(別居の父母など)に対して一時金が支給される。 一時金の額は ① 給付基礎日額×1000 日分(労基法 79 条に規定する額とほぼ同額) ② 年間賞与額(上限 150 万円)/365×1000日分の一時金 ③ 300万円の一時金(1回限り) 772 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 (5)傷病補償年金 傷病補償年金は、業務上傷病に係る療養開始後1年6か月を経過した場合に、その傷病が治っ ておらず、かつ、傷病の程度が傷病等級(障害等級の第1級~第3級に相当する程度)に該当す る場合に支給される。支給期間に制限はない。 支給額は障害補償年金の第1級~第3級と同程度である(③の金額が異なる。)。 (6)介護補償給付 介護補償給付は、障害補償年金又は傷病補償年金を受ける者が常時又は随時介護を要する状態 (障害等級第1級及び第2級の一部に相当する。)にある場合に支給される。ただし、障害者施設 等に入所している間は支給されない。 支給額は、 ① 常時介護を要する状態 月額 56,950~104,970 円 ② 随時介護を要する状態 月額 28,480~ 52,490 円(①の額の2分の1) (7)葬祭料 葬祭料は、労働者が業務上死亡した場合に、その遺族に対して支給される。 支給額は、次の①又は②のうちいずれか高額の方である。 ① 315、000 円+給付基礎日額×30 日分 ② 給付基礎日額×60 日分 (8)厚生年金保険との併給調整 労災保険の傷病補償年金、障害補償年金又は遺族補償年金を受ける場合は、一般に国民年金、 厚生年金保険又は各共済制度からも同一の事由による年金を受けることができる。この場合は、 労災保険の方で減額調整(12~27%減額)が行われ、国民年金、厚生年金保険及び各共済制度か らは満額支給される。 ⇒ 労災保険と厚生年金保険・国民年金との併給調整は、労災保険給付を減額調整(12~27%減額)する方法 で行われる。 (9)二次健康診断給付 二次健康診断給付は、安衛法で定められた定期健康診断等(一次健康診断)において脳血管疾 患及び心臓疾患に関する検査において異常があると診断された場合で、精密検査の必要がある労 働者に対し、二次健康診断及び医師又は保健師による保健指導に要する費用を労災保険が給付す るものである。 二次健康診断の請求は一次健康診断を受けた日から3か月以内に行わなければならず、その回 数は1年に1回とされる。 773 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 5.保険料 (1)保険料率 1)事業の種類ごとの保険料率 労災保険の保険料率は、事業の種類ごとに定められており、重大事故がもっとも多い水力発電 施設等新設事業が最高率の 1000 分の 103、重大事故がもっとも少ないその他の事業が最低率の 1000 分の 3.0 となっている(平成 21 年度以降)。 一般に事務所などのいわゆるオフィスは「その他の事業」に該当し、保険料率は最低率の 1000 分の 3.0 である。 2)保険料率を増減させるメリット制 労災保険の保険料率は、事故発生率に応じて事業の種類ごとに異なるほか、原則として 100 人 以上規模の事業所では、個別企業ごとに過去の事故率に応じて保険料率を増減させる仕組みをと っている。これを「メリット制」と呼んでいる。 増減させる部分は保険料率のうち非業務災害率(通勤災害と二次健康診断に要する費用で、事 業の種類にかかわらず一律 1000 分の 0.8 とされている。)を除いた部分で、その増減率は最大で 40%である(建設現場などの有期事業では 35%)。 仮に、100 人以上規模の事務所である事業が過去3年間まったく事故を起さなければ、翌年度 の労災保険の保険料率は、次のとおりの率となる。 (3.0/1000-0.8/1000)×0.6+0.8/1000 =1.32/1000+0.8/1000 =2.12/1000 逆に、重大事故が重なって最大の増額率が適用される場合は、同様な計算方法により、 3.88/1000 の保険料率となる。つまり、標準の労災保険率が 1000 分の 3.0 である事業の場合、メ リット制が適用されると、ざっと 1000 分の 2~1000 分の 4 程度の範囲内で増減されることになる。 (2)保険料の徴収方法 労災保険の保険料は、雇用保険と一体的に徴収される。その方法は、まず年度の初めにその年 度に支払われる見込みの賃金総額(月次給与、賞与、臨時の賃金等すべてを含む。 )に保険料率を 乗じて得た額を概算保険料として納付(年額 40 万円以上の場合は3回分割が可)し、年度が終了 した時点で支払が確定した賃金総額に基いて確定保険料を計算し、精算する。これらの規定は、 労働保険の保険料の徴収等に関する法律(徴収法)に定められている。 (3)保険料の負担 労災保険の保険料は、その全額を事業主が負担する。これは、労災保険がもともと労働基準法 に定められた事業主の災害補償義務を保険が代って履行するという性格のものであるからである。 したがって、労働者が労災保険の保険料を給与から控除されることはない。 774 Corporate Evolution Institute Co., Ltd. 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 資料41 P755 関係 自賠責と労災保険との支払調整 【自動車損害賠償責任保険と労災保険との支払事務の調整について】 概要 ・原則として自賠保険の支払を労災保険の給付に先行させるよう取り扱うこととしている。 ・自賠保険より損害賠償額が支払われる見込みである場合は、自賠保険より保険金額に達するま で損害賠償額の支払がなされることとなるので、そのときまで保険給付を行わないこと。 ・自賠保険より仮渡金の支払の通知があった場合には、それ以後自賠保険から保険金額に達する まで、損害賠償額の支払がなされることになるので、保険給付を行なわないこと。 標記については、昭和三四年八月二六日付基発第五九二号通達及び昭和三五年一一月二日付基発第九三 三号により取り扱ってきたところであるが、今般、自動車損害賠償保障法、同法施行令並びに労働者災害 補償保険法が改正されたことを機会に、調整事務の円滑化をはかるため、関係機関と協議の上、従来の取 扱いを下記のとおり定めることとしたので、事務処理に遺憾のないよう期せられたい。なお、右記通達に よる取扱いで左記取扱にてい触しないものは、従来の通りであること。 記 一 給付事務の先後の調整について 労災保険の給付と自賠保険の損害賠償額の支払との先後の調整については、給付事務の円滑化をはか るため、原則として自賠保険の支払を労災保険の給付に先行させるよう取り扱うこと。 二 調整事務について (1) 労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)は、保険給付の決定をする前に自賠保険の管轄 店(以下「管轄店」という。) に対し、あらかじめ保険給付の決定をしようとする年月日、金額等を 通知するとともに損害賠償額、保険金又は仮渡金の請求の有無、支払年月日又は支払見込み年月日、金 額等を照会すること (自賠様式二、ただし自賠様式三を添付すること。 )。 (2) 前記(1)の照会に対しては、管轄店から損害賠償額(内払金を含む。以下同じ。 ) 、保険金(内払金 を含む。以下同じ。 )又は仮渡金の請求の有無、支払年月日、金額、受領者(支払未済の場合には、支 払見込等)について監督署長あて遅滞なく回答があるものであること。 (3) 前記(2)の回答により労災保険の保険給付の請求人に対して、自賠保険より損害賠償額が支払われ たことが確認された場合及び回答が発せられた日から一五日以内に支払われる見込みであることが確 認された場合又は、当該請求人が自賠法第一七条の規定により仮渡金の請求をしている場合には、自賠 保険より保険金額に達するまで損害賠償額の支払がなされることとなるので、そのときまで保険給付を 行わないこと。 この場合、自賠法第一七条の規定による仮渡金については、原則としてその金額を保険給付の控除 の対象とすること。 なお、自賠保険において、その支払が保険金額に達した場合には、査定事務所より監督署長あて通 知があるものであること。 (4) 前記(3)の回答により被保険者に対し保険金が支払われたこと又は被保険者より保険金の請求が あったことが確認された場合には、保険給付の請求人に対して支払われた損害賠償額を調査し、その限 度において、保険給付を行わないこと。 (5) 前記(3)の回答により損害賠償額が支払われていないこと(回答が発せられた日から一五日以内に 775 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 支払われる見込みのある場合を除く。)又は保険金、仮渡金の請求がないことが確認された場合は、監 督署長は保険給付を行なうこと。 なお、前記他の回答がなされた後において損害賠償額の支払の請求が行なわれた場合及び仮渡金の 支払が行なわれた場合には、都道府県労働基準局長(以下「基準局長」という。 )あて連絡があるが、 この場合の取扱いは次によるものであること。 イ 被害者からの損害賠償額の支払の請求が行なわれた場合 (イ) 既に保険給付の支給を開始している場合には、引き続き保険給付を行なうこと。 (ロ) 保険給付の支給を開始していない場合には、自賠保険の支払がすみやかに行なわれる見込みの ある場合を除き、自賠保険に先行して保険給付を行なうこと。 (ハ) 前記(イ)(ロ)にかかわらず、年金たる保険給付については、自賠保険の支払を先行させるもの であること。 ロ 被害者に対して仮渡金の支払がなされた場合 仮渡金の支払の通知があった場合には、それ以後自賠保険から保険金額に達するまで、損害賠償額の 支払がなされることになるので、保険給付を行なわないこと。 (6) 前記(5)により保険給付をした場合は、監督署長は遅滞なく債権管理官である基準局長に対し、債 権発生等に関する通知を行なうとともに自賠保険に対して求償するために必要な交通事故証明書(様式 四)(警察署長の証明が得られない場合には、警察署長が調査した事実に基づいて作成した証明書をも ってこれに代える。 )、保険給付内訳書(様式六)及び念書を基準局長に送付すること。 なお、死亡の場合には上記のほか死体検案書又は死亡診断書及び死亡者の戸籍謄本又は死亡者と受 給権者との関係を証するに足りる書面を添付すること。 (7)イ 債権発生に関する通知をうけた基準局長は、債権管理官として調査確認(請求金額等未確定の部 分を除く。)のうえ遅滞なく管轄店に対し次の書類を送付すること。 (イ) 自動車損害賠償責任保険損害賠償額支払請求書(様式五) (ロ) 保険給付内訳書(様式六) (ハ) 自賠保険に対する求償のため必要な書類として監督署長から送付のあった前記(6)の書類 口 監督署長から同一事案に対し第二回目以降の保険給付の通知をうけたときは、基準局長は、保険 給付内訳書(様式六)を管轄店に送付すること。 なお、保険給付を終了するか又は保険給付の額が自賠法施行令第二条に規定する自賠保険の保険 金額を超過した場合にはその旨を管轄店に通知すること(最終の保険給付内訳書(様式六)の支払完了 項目及び連絡事項欄にその旨記載すること。 )。 ただし、この場合において第二回目以降の支給にかかる保険給付については、事務処理の都合に より、そのつど行なうことなく保険給付の額が自賠法施行令第二条に規定する自賠保険の保険金額を超 過した場合に 取りまとめ送付しても差し支えないが、この取扱いをする場合は、第一回の関係書類の 送付の際にその旨を記載すること(年金に係る保険給付については、昭和四一年六月一七日付け基発第 六一〇号通達記の一により取り扱うこと。) 。 これにより管轄店より損害賠償の査定の通知があるので、これに基づき債権管理上の調査確認及び徴 収決定を行なったうえ納入告知書を送付すること(納入告知書の納付の目的欄に被害者名を明記するこ と。 )。 776 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第7章 災補償償 三 自賠保険よりの照会について 自賠保険に対する求償に関して、自賠保険の調査事務所より災害発生状況等応償事務上必要なものに ついて照会をうけた場合には、自賠保険に協力して応償上の便宜をはかること。 四 前記二の(1)の照会以外の照会について 監督署長が、労災保険の保険給付に閲し自賠保険の損害賠償額、保険金又は仮渡金の支払の有無、そ の内容等を知りたいときは、前記二の(1)の要領に準じて自賠保険に照会すること(ただし様式第二号 及び第三号については、労災保険の保険給付の通知及び求償に関する文言ならびに欄を抹消するこ と。 )。 五 自賠保険との協議について 自賠保険と労災保険について、管轄店又は調査事務所との間に問題が生じた場合には、具体的事情を 具し、本省労働基準局長あて連絡すること。 六 自賠保険の査定基準 別添 (略) 七 調査事務に使用する様式の改正について 自賠保険との調査事務に使用する様式については、別紙のように改めるが、当分の間旧様式を訂正し て使用して差し支えない。 (昭 41.12.16 基発 1305 号) (注.文中自賠責保険では「損害賠償額」という語を用い、労災保険は「保険給付」の語を使っている。) 777 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2編 個別的労働関係 第8章 就業規則 第8章 就業規則 この章では、就業規則の法的性質、記載事項、作成及び届出、就業規則の不利益変更問題などについて説 明する。不利益変更問題については、判例を整理し、当該条項の有効性の前提となる合理性の判断基準につ いても考察する。 1.就業規則の法的性質 (1)概 要 事業の経営は、労働力が企業設備に組織的に結びつけられてはじめて合理的・能率的運営が図られる。 そして、労働力が組織的に企業経営に組み入れられるためには、労働者の労働条件や職場規律を画一的に 規制することが要請される。就業規則はこのような要請のもとに作られるものである。 就業規則は、事業場における労働者の行動を規律し、労働者はこれに拘束されるという意味で社会規範 としての性質をもつ。また、就業規則が法的にも労働者を拘束するか、という点については従来から諸説 あり、大別すると①法規範説、②契約説に分類される。 法規範説は、就業規則それ自体を労働者を法律的に拘束する法規範とみる。しかし、使用者が一方的に 作成・変更することができる就業規則にどうしてそのような力が与えられるのか、その根拠は何か、とい う点についてうまく説明できていない(とわたくしには思える) 。 これに対し契約説は、就業規則はそれ自体としては事実規範として使用者が一方的に制定することがで きるが、それが契約内容となって労働者を拘束するためには労働者の同意を必要とする、と説く。労働者 が就業規則の定めるところに従わなければならないのは、雇入れに当たりその規則に同意を与えてそこに 契約が成立したからであるとする 昭和 43 年、最高裁大法廷は次のように述べて、一応法規範説の立場を採用した(ような立場をとった) (注) 。 「就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているもので あるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものと して、その法的規範性が認められるに至っている(民法九二条参照)ものということができる。 (中 略) 右に説示したように、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範としての性質を認め られるに至っているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知って いると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その適用を受ける ものというべきである。 」 注. 「秋北バス事件」最高裁大法定判決 43.12.25 資料42 801 ページ 従来定年年齢が定められていなかった主任運転手について、新たに設けられた運転手55歳定年は、産業 界の実情や当該会社の一般職種50歳定年との比較均衡からいって不合理なものといえないとし、これに同 意しないからといって適用を拒否することはできないとした。 778 Corporate Evolution Institute Co., Ltd. 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 (2)就業規則の効力発生の時期 1)就業規則の効力の発生の時期はいつか “就業規則の効力発生の時期はいつか”ということが、実務において重要な問題となる。 労基法は、就業規則の作成・変更手続きとして次の3点を定めている。 ① 労働者代表の意見聴取 ② 所轄労働基準監督署長への届出 ③ 労働者への周知 この問題について、最高裁は、就業規則の効力発生の時期は就業規則が何らかの方法によって労働者に 周知されたときである、と判示した(注) 。 注. 「フジ興産事件」最高裁二小判決平 15.10.10 従業員Xが、得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗 的態度をとり、上司に対して暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したりしたとして懲戒解雇した事件で、 「就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受け る事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。 」 と述べて、原審は、A社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これをB労働基準監督署長に届 け出た事実を確定したのみで、その内容をセンター勤務の労働者に周知させる手続が採られているか否かを 認定しないまま本件懲戒解雇が有効であると判断したとして、原審へ差し戻した。 労働契約法においても「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就 業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、 ・・・合理的なものであるときは、労働契約の内容 である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。 」としており、変更後の就業 規則を労働者に周知した場合には、当該変更後の就業規則の内容が労働契約の内容となり得ることとして いる(労働契約法 10 条) 。 2)就業規則の周知の方法 以上の点から、就業規則は、何らかの形で労働者に周知したときに効力を有すると解してよいが、その 周知の方法は労基法 106 条に規定する方法によらなくてもよいとされる( 「労基法コメ」下巻 P868 は、判 例において 106 条により周知すべきもの(注) 、106 条に限らないが何らかの方法により周知すべきものと した例をそれぞれ掲げているが、後者の方が多いとして具体的に個々の判例を掲げている。 ) 。 注.労基法 106 条の就業規則の周知方法は、次のいずれかの方法によることとされている(労基法 106 条、労 規則 52 条の 2) 。 ① 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること。 ② 書面を労働者に交付すること。 ③ 磁気テープ、磁気ディスク等に記録し、当該記録の内容を常時確認できる機器を各作業場に設置する こと。 なお、③に関し、必要なときに就業規則等の内容を容易に確認できるよう電子機器から電子的データを 取り出す権限が与えられており、 その方法が周知されていることが必要とされる (平9.10.20基発680号) 。 ⇒ 就業規則は、何らかの方法によって労働者に周知されたときに効力を有する。労働者代表からの意見聴取や労基 署長への届出は使用者に課せられた義務ではあるが効力要件ではない。 779 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 2.就業規則記載事項(89 条) 就業規則記載事項には、①必ず記載しなければならない絶対的必要記載事項、②定めがある場合に記載 しなければならない相対的必要記載事項、③任意に記載する任意記載事項、がある。 (1)絶対的必要記載事項(必ず規定を作成して就業規則に記載すべき事項) ① 始業・終業の時刻(注 1) 、休憩時間(注 2) 、休日、休暇(注 3)並びに労働者を2組以上に分けて 交替に勤務させる場合には就業時転換に関する事項 ② 賃金の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払いの時期並びに昇給に関する事項(注 3 の 2) ③ 退職に関する事項(解雇の事由を含む。 ) (注 4) (2)相対的必要記載事項(定めがある場合には就業規則に記載すべき事項。労基法 89 号 3 の 2 号~10 号は「定めをする場合」という表現を採っており、定めをしない場合は記載する必要がないとされる。 ) ③の 2 退職手当が適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当 の支払いの時期に関する事項 ④ 臨時の賃金等(退職手当を除く。 )及び最低賃金に関する事項 ⑤ 労働者に食費、作業用品その他の負担に関する事項 ⑥ 安全及び衛生に関する事項 ⑦ 職業訓練に関する事項 ⑧ 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項 ⑨ 表彰及び制裁について、その種類及び程度に関する事項 ⑩ その他当該事業場の労働者のすべてに適用される事項(注 5) 注 1. 「始業・終業の時刻」 :たとえば、 「1 日 8 時間とする」というような規定だけでは不十分である。 フレックスタイム制の場合は、始業及び終業の時刻を労働者の決定にゆだねる旨を定め、コアタイムや フレキシブルタイムを設ける場合、はこれらに関する事項も始業及び終業に関する事項であるから、就業 規則で定める必要がある(昭 63.1.1 基発 1 号) 。 労基法 41 条 3 号の監視又は断続的労働に従事する者についても、法 89 条は適用されるのであるから、 就業規則には始業及び終業の時刻を定めなければならない(昭 23.12.25 基収 4281 号) 。 注 2. 「休憩時間」 :休憩時間については、その長さ、与え方(一斉に与えるか、交替で与えるか)などについ て規定する。 注 3. 「休暇」 :育児休業や介護休業、慶弔休暇などの特別休暇などが含まれる。 注 3 の 2. 平成 22 年 4 月 1 日から施行される改正労基法に基づく限度基準では、月45時間を超える時間外労 働を定める特別条項を設けるときは限度時間を超える時間外労働に係る割増賃金率を定めなければなら ないが、当該割増賃金率は「賃金の決定、計算及び支払いの方法」に該当し就業規則の絶対的必要記載事 項である(平 21.5.29 基発 0529001 号) 。 注 4. 「退職に関する事項」 :解雇の事由については、どのような事実がある場合に解雇されることになってい るのかが明確になっていなければならない。従来は普通解雇については例示列挙と解されていたが、平成 」というカッコ書きが付け加えられた以降、解雇の事由につい 11 年改正により「解雇の事由を含む。 ては懲戒解雇のみならず普通解雇についても限定列挙であるとする学説が優勢である。 注 5. 「その他当該事業場の労働者のすべてに適用される事項」 :旅費に関する事項は「その他当該事業場の労 働者のすべてに適用される事項」に該当する(昭 25.1.20 基収 3751 号) 。 780 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 休職に関する事項、福利厚生に関する事項なども「その他当該事業場の労働者のすべてに適用される事 項」として就業規則の中に規定されなければならない( 「労基法コメ」下巻 P881) 。 前号までに列挙された必要記載事項の他に「当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合」 には,これを就業規則に記載しなければならない。現に適用されていることだけでなく、労働者のすべて が適用を受ける可能性があれば必要記載事項となる。たとえば,配転,出向,休職,福利厚生,旅費規定 などがこれに該当する。ただし,労働条件,就業規律に何ら関係しない事項は,その性格上ここにいう記 載事項には該当しないと解され(東大「注釈労基法」下巻 P1010〔荒木 尚志〕 ) 、運動競技選手への制服貸 与や楽団員への楽器貸与などは就業規則本来の目的から見て本号に含まれない。 「定めをする場合」とは、明文の規定を設ける場合のみならず不文の慣行や内規なども含むとされ、制 度として実施する就業上の諸規律であれば就業規則に記載することが要求される(東大「注釈労基法」下 巻 P1008〔 荒木 尚志〕 ) 。 (3)任意記載事項 たとえば、就業規則制定の趣旨、根本精神などを就業規則に記載することは自由であるし、就業規則の 解釈や運用に関する事項などを記載してもかまわない。このような事項は労基法が規定する事項ではない ので、任意記載事項と呼ばれる。 就業規則の改定手続きに関して、仮に「労働組合と協議して定める」とか「労働組合の同意を得て定め る」というような規定を設けた場合に、協議、同意のなかった就業規則の改定の効力が問題となることが あるが、このような規定は任意記載事項であるから、当該事項に反する改定であっても労基法所定の手続 きが採られている限り就業規則の効力に影響はないものと考えられる。 (4)どこまで就業規則に記載すべきか 就業規則記載事項を変更する場合は、労働者の過半数代表者の意見を聴いてそれを所轄労働基準監督署 長へ届出なければならない。そこで実務においては、どこまでの変更であれば過半数代表者から意見聴取 し労基署長へ就業規則変更の届出をしなければならないかが問題となる。 たとえば、 賃金に関していうと、 労基法89条2号でいうところの 「賃金の決定、 計算及び支払いの方法・ ・ ・」 とは、学歴、職歴、年齢等賃金の決定要素、計算方法、月給制・日給制・時給制等の別などをいうものと されており(厚労省「労基法コメ」下巻 P874) 、原則論としては賃金の決定要素にかかわる規定(例:賃 金表、諸手当の支給要件、割増率、端数処理方法など)は規則の名称が「規程」や「細則」 「定め」 「達し」 などとなっていても労基法上の就業規則として取扱うべきである。 手続き的な規定については、それが労働者の義務に関する内容であるならば就業規則の一部として取扱 う方が使用者にとって都合がよい(注) 。反面、使用者の裁量権に属するものは、 「・・・については学長 (理事長)が別に定める。 」というような委任規定を就業規則に規定し、具体的内容については省略可能と 考えてよいだろう。 注.たとえば、年次有給休暇の所得手続きについて「年次有給休暇を取得しようとする前々日の終業時刻まで に所属上長に申し出なければならない。 」という規定があれば、手続き違反の年休取得は拒否できる。 ⇒ 手続き規定であって労働者の義務に関する規定は、就業規則として取扱うべきである。 781 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 就業規則や給与規程等に ・ 「別に定める。 」 ・ 「この規程の実施に関し必要な事項は別に定める。 」 ・ 「特別の事情によりこの規程のよることが出来ない場合又はこの規程によることが著しく不適当である と学長(理事長)が認める場合は、別段の取扱いをすることができる。 」 などの規定を設け、 「 『別に定める』規則」を就業規則の体系からはずしてしまう例が見受けられる。その 内容が労働者の義務に関するものである場合には服務規律違反を問うことができなくなってしまうので、 前述のとおり、当該『別に定める』規則も就業規則の体系に含めるべきである。 ⇒ 賃金の決定要素に関する事項は、「規程」や「細則」「定め」「達し」などに規定していても就業規則として取り扱わな ければならない。 ⇒ 使用者の裁量権に属することは、就業規則に記載しなくてもよいと思われる。 ※就業規則にどこまで記載すべきかの実務上の判断基準(私見) ① 賃金の決定要素に関する事項、退職手続きなどは記載しなければならない。 ② 解雇事由は考えられる事項をすべて網羅すべきである。 ③ 労働者の義務に関する事項は、手続き規定であっても記載すべきである。 ④ 使用者の裁量権に属する事項は省略してもよいと思われる(例:転勤や昇格など の人選基準) 。 782 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 3.作成及び届出(労基法 89 条、90 条) (1)概 要 常時 10 人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、所轄労働基準監督署長へ届出なければ ならない。 「常時 10 人以上」とは、法人単位でなく個々の事業場ごとにみて 10 人以上という意味であり、繁忙期 等ときには 10 人以上になることもあるが通常は 10 人未満であるような場合は含まれない。 就業規則を作成又は変更する場合は、使用者は労働者代表の意見を聴かなければならない。 当該事業場の一部の労働者について、他の労働者と異なる取扱いをする場合に、一部の労働者について のみ適用される別個の就業規則を作ることは、差し支えない。たとえば、パートタイム労働者について別 個の就業規則を作成するような場合である。この場合は、就業規則の本則において当該別個の就業規則の 対象となる労働者に係る適用除外規定または委任規定を設けることが望ましいとされる(昭 63.3.14 基発 150 号) 。 就業規則本則の記載例 (適用範囲) 第二条 この規則は、教職員に適用する。 2 任期を付して雇用する教職員について、別段の定めを置くときは、それによる。 3 教員の採用・懲戒等に関する事項については、国立大学法人○○大学教員就業特例規則による。 4 前三項の規定にかかわらず、以下の教職員については、別に規則を定める。 一 有期雇用教職員(国立大学法人○○大学有期雇用教職員就業規則第○条に定める教職員) 二 時間雇用教職員(国立大学法人○○大学時間雇用教職員就業規則第○条に定める教職員) (2)意見聴取 就業規則を作成又は変更する場合は、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合があるときはそ の労働組合、そのような労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならな い(労基法 90 条 1 項) 。 意見を聴く相手方は「労働者の過半数を代表する者」 (過半数組合があれば当該組合。以下この項におい て同じ。 )であるから、事業場の一部の労働者に関する事項であっても「労働者の過半数を代表する者」の 意見を聴くことになる。 実際にあった事例として、非常勤講師の労働条件を変更する就業規則の改定について「労働者の過半数 を代表する者」 (この者は少数組合の委員長である。 )の意見を聴こうとしたところ、 「非常勤講師は非組合 員であるから、非組合員の労働条件変更に関して軽率に意見を表明できない。 」と拒否された例がある。こ のような場合は「意見なし」 「意見は表明しない」という書面を作成し届出書に添付する。行政解釈では、 「就業規則に添附した意見の内容が、当該就業規則に全面的に反対するものであると、特定部分に関して 反対するものであるとを問わず、又その反対理由を問わず、その効力発生についての他の要件を満たす限 り、就業規則の効力には影響がない。 」としている(昭 24.3.28 基発 373 号) 。 なお、パートタイム労働者に適用される就業規則を作成・変更する場合には、上記のとおり当該事業場 の全労働者を代表する者(過半数組合があれば当該組合)の意見を聴かなければならないほか、パートタ イム労働者の過半数を代表する者(短時間労働者の過半数組合があれば当該組合)の意見を聴くように努 める必要がある(平 5.12.1 労告 118 号。いわゆるパート「指針」 ) 。 783 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 (3)届 出 就業規則を作成又は変更した場合は所轄労働基準監督署長へ届出なければならないが、この届出をする 場合は、前述(2)の意見が記載された書面を添付しなければならない。 労働者代表が意見を表明することを故意に拒んだり、書面に記名押印しないことがある。このような場 合には、行政解釈は「労働組合が故意に意見を表明しない場合又は意見書に署名又は記名押印しない場合 でも、意見を聴いたことが客観的に証明できる限りこれを受理するよう取扱われたい。 」としている(昭 23.5.11 基発 735 号) 。 「客観的に証明できる」ものとして、たとえば組合とのメール交信記録などが考え られる。 届出の時期については、 「常時 10 人以上の労働者を使用するに至った場合においては、遅滞なく(注) 、 法第 89 条の規定による就業規則の届出を所轄労働基準監督署長にしなければならない。 」 (労基則 49 条 1 項)とされており、一般的には2週間程度の猶予があると解される。 注. 「遅滞なく」 ひとつの考え方として2週間程度の猶予があると解される。類似の用語に「速やかに」ということばがあ るが、この場合は1週間程度の猶予と考えられる。 「直ちに」は、 「速やかに」よりもっと猶予期間が短いと 考えられる。 784 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 4.就業規則の不利益変更問題 (1)問題提起 労働契約法 12 条は「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効」とし、無効と なった部分は「就業規則で定める基準による」と労働契約の内容が就業規則の基準に達しない場合に就業 規則の優位性を認めている(直律効)が、労働契約の内容が就業規則の基準を超える場合の取り扱いにつ いては何も規定していないため、通常は労働契約の内容がそのまま有効と考えられている(個別契約優先 の法理) 。 労働契約法 (就業規則違反の労働契約) 第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。 この場合において無効となつた部分は、就業規則で定める基準による。 しかし、就業規則が労働者にとって不利益に変更された場合は、労働契約の内容が就業規則の基準を上 回ることになり、仮に、変更された部分の就業規則の条項は不同意の者には適用されないとしたら、労働 条件を集団的・統一的に規定する就業規則の性質上問題があり、論争が生じることになる(事実、戦前戦 後を通じて労働法の大きな争点の一つであった。 ) 。これが就業規則の不利益変更問題である。 ※問題提起 就業規則が労働者にとって不利益に変更された場合に、当該変更に同意しない労働者を拘束するの か? (2)法規範説と契約説 就業規則の法的性質に関する議論は、 「四派十三流」と称される多彩な学説があるそうだが、大別する と「法規範説」と「契約説」の対立を中心とする議論といえる(東大「注釈労基法」下巻 P961) 。 1)法規範説 就業規則は一種の法規範として事業場内の労働者を拘束するものであるとする説である。すなわち、当 該事業場のすべての労働者が就業規則に従わなければならないのは、当該労働者がその内容を知り又は承 諾したか否かに関係なく、労働者が労働関係に入るとともに当該事業場の就業規則の適用を受けることに なる、とするものである。 その根拠は、①社会規範としての法であるとするもの(およそ社会あるところに必ず法があるあるとす る法社会学的な考え方。末広厳太郎博士は法例第 2 条(現行「法の適用に関する通則法」第 3 条)により 慣習が広く「社会規範としての法」として効力を有するとしている( 「労働法研究」P403) 。 ) 、②労基法の 規定を根拠とするもの(労基法 2 条 2 項、93 条などを総合すると、労基法は就業規則に法規範的性格を与 えているとする。 ) 、③使用者の経営権に根拠を求めるもの(使用者の経営権、企業統制権に基づいて法規 範性が与えられたとする。 ) 、などである。 785 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 法の適用に関する通則法(平成十八年六月二十一日法律第七十八号) (法律と同一の効力を有する慣習) 第三条 公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定され ていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。 法規範説の判例としては、 前述の 「秋北バス事件」 最高裁大法定判決 43.12.25 が代表的なものであるが、 その後若干の修正を加えて、 「電電公社帯広局事件」最高裁一小昭和 61 年 3 月 13 日(注 1) 、 「日立製作所 武蔵工場事件」最高裁一小平成 3 年 11 月 28 日(注 2)において、 「当該就業規則の内容が合理的なもので ある限り、それが具体的労働契約の内容をなす」と判示され、最高裁判例は法規範説的立場を維持しつつ 論理構成としては次第に契約説的構成へと変化していく。 注 1. 「電電公社帯広局事件」最高裁一小昭 61.3.13 頚肩腕症候群総合精密検査の受診を命じた業務命令に従わず、またこの問題にかかわる団交の場に押しか けて無断で職場を離脱したことを理由に戒告処分を受けたことを不服とする裁判において「就業規則が労働 者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、そのような就業規則の 規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の内容をなしているものということがで きる。」として、就業規則の内容が労働契約の内容となるとし遵守義務があるとされた。 注 2. 「日立製作所武蔵工場事件」最高裁一小平 3.11.28 歩留まり低率の原因追求と対策のため残業を命じられたのに対し残業を拒否し、出勤停止の懲戒処分を受 け、その後、始末書提出命令を拒否するなど「悔悟の見込みがない」として懲戒解雇された事案で「使用者 が当該事業場に適用される就業規則に当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定め る労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が 合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働 者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものと解するを 相当とする」と判示し、懲戒解雇は適法であるとされた。 2)契約説 労働者が就業規則の定めるところに従わなければならないのは、雇入れに当たりその規則に同意を与え てそこに契約が成立したからであるとする説である。 契約説の代表的な説として石井照久教授の「事実たる慣習説」 (1952 年)がある。同説によれば、労働 者が個別に就業規則に対してとくに異議を表明しない限り、 労働契約の内容については 「就業規則による」 という事実たる慣習が存するものとして、就業規則が個々の労働者の労働契約の内容としている。 契約説は、その帰結として、就業規則は使用者が一方的に作成・変更し得るものであるが、労働者の明 示的又は黙示的な合意がなければ労働者を拘束できない、とする。 民法 (任意規定と異なる慣習) 第九十二条 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣 習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。 ⇒ 最近の労働法の考え方は、契約説的立場に立って説明する傾向が増えてきているように感じられる(その帰結とし 786 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 て、労働条件の変更は労働者の同意が必要、ということになる。) (3)秋北バス事件その他の事件における最高裁判決 1) 「秋北バス事件」 昭和 43 年 12 月 25 日、最高裁大法廷は、就業規則の法的性質について次のように述べた( 「秋北バス事 件」最高裁大法定判決 43.12.25) 。資料42 801 ページ 「労働条件を定型的に定めた就業規則は、①一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それ が合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規 則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っている(民 法 92 条参照)ものということができる。 (中 略) 右に説示したように、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範としての 性質を認められるに至っているものと解すべきであるから、②当該事業場の労働者は、就業規則の存在お よび内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを 問わず、当然に、その適用を受けるものというべきである。 」 要約すると、就業規則は「法的規範性が認められるに至っている」とし、その根拠は民法 92 条により「労 働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立している」からであるとしている。 しかし、民法 92 条は法律行為の解釈基準を示したものであるから、就業規則の法源をこれに求めること は論理的に誤りであるとして、各学者がこぞって批判を浴びせた。また、この判決は法規説なのか契約説 なのかはっきりせず、その点でも学者間の評判はかんばしくなかった。 ※ 契約自由の市民社会において、就業規則の内容が合理的であればなぜそれが具体的労働契約の内容にな ってしまうのか、その論拠がいま一つ理解できないし疑問を感じるところであった。しかし、現在では、 労働契約法 10 条において就業規則の変更による労働契約内容変更の法理が明定されたため、問題が解決し ている。 労契法 第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知 させ、かつ、就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就 業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的な ものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとす る。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として 合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。 その後、この秋北バス事件の「事実たる慣習」説は「普通契約約款論」を応用した独自の論理ではない かと擁護されるようになる。普通契約約款論とは、保険契約にみられるような「約款内容の『事前開示』 と『内容の合理性』を要件として、契約取引は約款によるとの事実たる慣習の存在を契機として契約内容 となって法的拘束力を生むとされる」ものだそうだ(別冊ジュリスト「労働判例百選」第7版 P47〔柳屋 孝安〕 )が、しかし、保険契約などは厳正な監督官庁のチェックのもとに約款が作成されているのに対し、 就業規則は使用者が任意に作成できるものであるから、これを同列に論じることはできないとの批判もあ り、決定打といえるに至っていない。 787 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 また、前述「秋北バス事件」最高裁大昭和 43 年 12 月 25 日判決は、就業規則の不利益変更について次の ようにも判示し、その後今日に至るまで最高裁はこの判決の立場を一貫して支持しており、現在では完全 に確立した判例法理と認められる(合理的変更法理) 。 「おもうに、③新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件 を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、④労働条件の集合的処理、特に その統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであ るかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許さ れないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善にまつほかはない。 」 以上の点から、 「秋北バス事件」最高裁大昭和 43 年 12 月 25 日から得られる結論は次のとおりである。 「秋北バス事件」判決の要点 ① 就業規則は一種の社会規範としての性質を有するのであり、法的規範性が認められる。 就業規則には法的規範性が認められるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知 っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その 適用を受ける。 ② 就業規則の作成・変更によって労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは、原則として許されない。 ③ しかしながら、労働条件の集合的処理、統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、 当該規則条項が合理的である限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由としてその適用を拒 否することは許されない。 2) 「秋北バス事件」後の最高裁判決 イ「タケダシステム事件」 その後「タケダシステム事件」最高裁二小昭和 58 年 11 月 25 日(注 1)によって、合理的なものであ るか否かの判断は「その内容及び必要性」の両面からなされることとし、合理的であるか否かの判断に 当たっては、 ① 変更により従業員の被る不利益の程度 ② 変更との関連のもとに行われた賃金の改善状況 ③ 労働組合との交渉の経過 ④ 他の従業員の対応 ⑤ 関連会社の取り扱い ⑥ わが国社会における生理休暇制度の一般的状況 などの諸事情を総合勘案する必要がある、とした。 注 1. 「タケダシステム事件」最高裁二小昭 58.11.25 事件の概要 上告人タケダシステム株式会社(電子計測器メーカー)は、生理休暇に関し昭和 49 年 1 月就業規則の改 定を行い、従来、「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち年間 24 日を有 給とする」と定めていたものを「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち 月 2 日を限度とし、1 日につき基本給 1 日分の 68%を補償する」としたが、これに対し、8 名の女子労働者 が、生理休暇問題については合意が成立せず、したがって協定化されていないにもかかわらず被告は就業 規則の変更を行ったものであるから、労働協約に違反してなされた本件就業規則の変更は、組合員である 788 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 被上告人らには効力を及ぼさないものである、また当該就業規則の変更は、被上告人ら女子従業員の既得 の権利を奪い、一方的に労働条件を不利益に変更するものであるから、被上告人らに効力を生じない、と して減額された生理休暇の手当についての支払いを求めたものである。東京地裁は被上告人らの請求を却 下・棄却したが、その控訴審で、東京高裁は、被上告人らの主張を認め、労働者側の一部勝訴となった。 これに対し、会社側が上告した。 判決要旨 「本件就業規則の変更が合理的なものであるか否かを判断するに当っては、変更の内容及び必要性の両 面からの考察が要求され」るとし、差戻し審の東京高裁判決において、生理休暇の取得回数の約 6 割が土 曜及び日曜日等の休日に接続して取得されているほか、取得回数が関連会社や一般企業のそれに比して高 く、有給生理休暇の濫用があったといわざるを得ないこと等により、十分な合理性があるとされた。 ⇒ 就業規則変更の合理性判断は、変更の内容及び必要性の両面から考察される(タケダシステム事件では生理休暇 の取得について濫用があったため就業規則の変更の必要性があったとされた。)。 ロ「大曲市農協事件」 「第四銀行事件」 「大曲市農協事件」最高裁三小判決昭 63.2.16(注 2) 、 「第四銀行事件」最高裁二小判決平成 9 年 2 月 28 日(注 3)では、合理性を判断する場合は「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、 労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような 不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理 的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。 」とし、賃金など労働者 にとって重要な労働条件の改定においては合理性の判断基準に求められる必要性は「高度の必要性」で ある、と判示している。 また、行員の約九〇パーセントで組織されている組合との交渉、合意を経て締結された労働協約に基 づき変更された「変更後の就業規則の内容は労使間の利益調整がされた結果としての合理的なものであ ると一応推測することができ」る、と述べ、過半数組合との合意は、合理性の判断において大きな要素 となることを示唆している。 注 2. 「大曲市農協事件」最高裁三小判決昭 63.2.16 農業協同組合の合併に伴つて新たに作成された退職給与規程の退職金支給倍率の定めが一つの旧組合の 支給倍率を低減するものであつても、合併前に右組合のみが県農業協同組合中央会の退職金支給倍率適正 化の指導・勧告に従わなかつたため他の合併当事組合との間に生じた退職金水準の格差を是正する必要上 とられた措置であるなど判示の事情があるときは、右退職給与規程の退職金支給倍率の定めは、合理性が あるものとして有効である判示した。 注 3.「第四銀行事件」最高裁二小判決平 9.2.28 定年を 55 歳から 60 歳へと延長したこと、及びそれに伴う 55 歳以降の賃金見直しにより従来の賃金の 63 ~67%へ低下したことは、高度な必要性があったとして、非組合員である役職者の賃金低下が適法とされた。 ⇒ 就業規則変更の合理性判断には、とくに、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利・労働条件に関する不利益 変更については、高度の必要性に基づくことが求められる。 789 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 ハ「みちのく銀行事件」 さらに、 「みちのく銀行事件」最高裁一小平成 12 年 9 月 7 日(注 4)では、 「当該規則条項が合理的な ものであるとは、 ・・・それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使 関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをい (う) 」と述べている。 注 4.「みちのく銀行事件」最高裁一小平 12.9.7 60歳定年制を採用していた銀行が、就業規則を変更し、55歳に達した行員を新設の専任職に発令す るとともに、その基本給を55歳到達直前の額で凍結し、業績給を一律に 50 パーセント減額し、管理職手 当及び役職手当は支給せず、賞与の支給率を削減するなどという専任職制度を導入したことは、中堅層の 労働条件を改善する代わりに高年層の労働条件を一方的に引き下げたものといわざるを得ず、高度の必要 性に基づいた合理的な内容のものであるということはできないとした。 ⇒ 就業規則変更の合理性判断には、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお法的規範 性を是認することができるだけの合理性を有することが求められる。 (4)労働協約の一般的拘束力と不利益変更 労働協約には、労働組合法 17 条により、一の工場事業場の 4 分の 3 以上の数の労働者が一の労働協約の 適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用されている他の同種労働者に対してもその労働協約 の規範的効力が及ぶ旨の一般的拘束力(拡張適用ともいう。 )が認められている。 労働組合法 (一般的拘束力) 第十七条 一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適 用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用 されるものとする。 そこで、2つの疑問が生じる。 第1は、他の同種の労働者が少数組合の組合員である場合はどうなるのか?という点である。 これについて最高裁の判断は未だ示されていないそうであるが、4 分の 3 以上で組織する多数組合の労 働協約が少数組合員にも適用されることになると、小数組合員の団交権を奪うことになり不合理であるた め、下級審の判例( 「佐野安船渠事件」大阪地裁昭和 54 年 5 月 17 日、 「大輝交通事件」東京地裁平成 7 年 10 月 4 日など) 、学説とも労働協約の拡張適用は少数組合員には及ばないとしている(東大「注釈労基法」 下巻 P985、菅野「労働法」P563、山口「労組法」P199 ) 。 第2は、未組織労働者について、労働協約が有利であれば問題ないが、不利益な場合にも拘束されるこ とになるのか?という点である。 この点について、 「朝日火災海上保険事件」最高裁三小平成 8 年 3 月 26 日判決(注)は、労組法 17 条の 適用について、次のように判示している。 「同条の適用に当たっては、右労働協約上の基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よ りも不利益とみられる場合であっても、そのことだけで右の不利益部分についてはその効力を未組織の同 種労働者に対して及ぼし得ないものと解するのは相当でない。 」 790 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 そして、その理由は、 「労働協約の締結に当たっては、その時々の社会的経済的条件を考慮して、総合的に労働条件を定めてい くのが通常であるから、その一部をとらえて有利、不利をいうことは適当でないからである。 」と。 ただし、すべての場合に労働協約の効力が未組織の同種労働者にも及ぶのかというと、そうではなく、 「当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情 があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできないと解するのが相当である。 」 として、 「適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは」例外として未組織 労働者に及ばないとしている。 注. 「朝日火災海上保険事件」最高裁三小判決平 8.3.26 定年年齢の引き下げと退職金減額を定める労働協約により、協約の効力が生じた昭和 58 年 7 月 11 日に すでに満 57 歳の定年年齢に達していた未組織労働者について退職金を減額することは、 「その内容におい て法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものとは認め難い。 」として、変更前の退職金 支給率によって計算した額 2007 万円余の額を下回ることはできないとした。 以上の点から、 「朝日火災海上保険事件」から得られる結論は次のとおりである。 「朝日火災海上保険事件」判決の要点 ① 一の工場事業場の 4 分の 3 以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、その内容が 未組織労働者にとって不利な場合であっても、原則として拡張適用される。 ② しかしながら、 「当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる 特段の事情があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできない。 」 ⇒ 4分の3以上の大多数組合との労働協約は、一般的には他の同種の未組織労働者にもその労働協約の規範的効 力が及ぶが、少数組合の組合員には及ばない。 ⇒ 4分の3以上の大多数組合との労働協約が、他の同種の未組織労働者にとって不利益なものであっても一般的に はその労働協約の規範的効力が及ぶが、当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理である と認められる特段の事情があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできない。 (5)合理性の判断基準 1)概 要 ここで、合理性に関する最高裁の見解をまとめてみよう。 ①「合理的なものであるか否かの判断は、その内容及び必要性の両面からなされる。 」 ( 「タケダシステム事 件」最高裁二小昭 58.11.25) ②「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規 則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容す ることができるだけの高度の必要性(※)に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を 生ずるものというべきである。 」 ( 「第四銀行事件」最高裁二小判決平 9.2.28、 「みちのく銀行事件」最高裁 一小平 12.9.7) ③「当該規則条項が合理的なものであるとは、 ・・・労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、 なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであ 791 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 ることをい」う。 ( 「みちのく銀行事件」最高裁一小平 12.9.7) ④ 行員の約 90 パーセントで組織されている組合との交渉、合意を経て締結された労働協約に基づき変更 された「変更後の就業規則の内容は労使間の利益調整がされた結果としての合理的なものであると一応推 測することができ」る(前掲「第四銀行事件」 ) 。 つまり、就業規則の不利益変更について合理性が肯定されるためには、① その変更内容が合理的なもの でなければならず、その必要性もなければならないということであり、② 賃金等労働者にとって重要な労 働条件の変更は高度の必要性が求められ、③不利益の程度と必要性とを比較考量した場合に法規範性を是 認することができるだけの合理性が求められるが、 ④ 過半数組合と合意した労働協約に基づく就業規則の 変更は、一応合理的であると推測される、というものである。 ただし、 ④については、 多数組合との協議が十分でなかったにもかかわらず、 合理性を肯定した判例 (注) もあるので、最高裁は、多数組合の同意を合理性判断基準の一要素以上には位置づけていないとする説も 有力である(野田進「労働法判例の動き」平成 12 年度版 P206 など) 。 注. 「函館信用金庫事件」最高二小 2000 年 09 月 22 日 週休2日制の導入に伴い、多数組合の同意なしに、所定勤務時間を1日につき 25 分長くしたことは、そ の内容及び必要性の両面において合理的であるとした。 ※高度の必要性 合理性判断基準である「内容の相当性」及び「変更の必要性」の要素がそれぞれ、より大きいものでなけれ ばならないという意味である(後述第 2-8-2 図 相補的判断のイメージ2を参照) 2)浜田教授の見解 神戸大学の浜田富士郎教授は、比較的早い段階(昭和 61 年)において、判例から導かれる合理性判断基 準を次のように分類し、使用者は①~④の基準のすべてについて遺漏なきようはかるのが賢明、としてい る(ジュリスト別冊「労働基準実例百選」 (第三版)P173 昭和 61 年) 。 ① 変更内容の相当性 変更にかかる労働条件の種類と従来の取り扱い 変更の程度 適用の範囲 労働者が被る不利益の程度 不利益の緩和・制限措置など ② 変更の必要性 変更しないことによって生じる企業経営上の不都合・支障 変更により使用者が得る利益 産業界の実情など ③ 変更手続の相当性 労働者・労働組合の理解を得るための事前の説明、説得の努力 変更準備期間の設定 段階的・漸時実施など ④ 代償利益の供与 直接・間接的見返り条件の提示 792 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 3) 「第四銀行事件」及び「みちのく銀行事件」の判決 前述「第四銀行事件」及び「みちのく銀行事件」では、 「右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の 変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内 容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労 働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断す べきである。 」と述べており、整理・再掲すると、合理性の判断基準は、 ① 労働者が被る不利益の程度 ② 使用者側の変更の必要性の内容・程度 ③ 変更内容自体の相当性 ④ 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況 ⑤ 労働組合との交渉の経緯 ⑥ 他の労働組合又は他の従業員の対応 ⑦ 同種事項に関するわが国社会における一般的状況 などを総合考慮して判断すべきである、ということである。この考課項目はすでに浜田教授が昭和 61 年に 分類した項目とほとんど同じである。 なお、平成 20 年 3 月 1 日に施行された労働契約法では、合理性の判断基準として次の5点を挙げてお り(労働契約法 10 条) 、 ① 労働者の受ける不利益の程度 ② 労働条件の変更の必要性 ③ 変更後の就業規則の内容の相当性 ④ 労働組合等との交渉の状況 ⑤ その他の就業規則の変更に係る事情 上記「第四銀行事件」及び「みちのく銀行事件」の判決と比べると、労働契約法には、判決の「④ 代償 措置その他関連する他の労働条件の改善状況」及び「⑦ 同種事項に関するわが国社会における一般的状 況」がないほかは、判決と同じである。 ⇒ この労働契約法 10 条は強行規定と解され、就業規則、労働協約、労働契約などいかなる特約をもってしても、この 手続き要件を免除したり緩和する合意は無効とされる。 労働契約法 第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知 させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規 則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なもの であるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。 ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合 意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。 793 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 4)東京大学労働法研究会の研究 「タケダシステム事件」最高裁二小昭和 58 年 11 月 25 日では、 「変更の内容および必要性の両面からの 考察が要求され」るとして「変更の内容」と「変更の必要性」の二判断軸とすることを明示した。 「変更 の内容」については変更の内容が妥当なものであるか、という意味であるから「内容の相当性」ともいう ことができる。 東京大学労働法研究会の荒木 尚志教授は、この「変更の必要性」と「内容の相当性」のその程度の相 補関係で合理性が決まると説明している(前述東大「注釈労基法」下巻 P976〔荒木 尚志〕 ) 。すなわち、 「変更の必要性」が大で「内容の相当性」も大であれば合理性が肯定されるし、逆に「変更の必要性」が 小で「内容の相当性」も小であれば合理性が否定されるということである。要は両者の程度の問題である と説明している( 「相補的判断のイメージ1」 ) 。 大 ← 変更の必要性 → 小 第 2-8-1 図 相補的判断のイメージ1 (一般の権利・労働条件) 合理性肯定 合理性否定 小 ← 内容の相当性 → 大 前述「タケダシステム事件」の生理休暇問題で言えば、次のような事項である。 「変更の必要性」要素 ① 生理休暇取得権行使の濫用 ② 社内規律の保持 ③ 従業員間の不公平感の是正 「内容の相当性」要素 ① 従業員が被る不利益 ② 代償措置 ③ わが国社会における生理休暇取得実態 ④ 関連会社の取扱い実態 なお、この判断基準には改定手続きに関する労組との交渉等は入っていないが、労組との交渉を経て労 働協約を締結した上で行われた就業規則の変更は、 「変更後の就業規則の内容は労使間の利益調整がされ た結果としての合理的なものであると一応推測することができ」るとされ、労組との合意は二判断軸の検 討を省略して合理性を推測することが可能であることを示唆しているともいえよう(前述「第四銀行事 件」 ) 。 「第四銀行事件」は定年延長に伴う賃金の減額について争われた事件であるが、 「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則 の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容する 794 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 ことができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずる ものというべきである。 」 と、賃金、退職金などの労働者にとって重要な権利・労働条件に関する不利益変更は、合理性の判断基準 に「高度な必要性」が求められるとした点でも注目される。 これを相補的判断イメージで示せば、次のようになる。 大 ← 変更の必要性 → 小 第 2-8-2 図 相補的判断のイメージ2 (賃金、退職金等重要な権利・労働条件) 合理性肯定 点線の斜線が一般的労働条件に適用さるのに対し、重要な労働条件 である賃金・退職金等については実線の斜線が判断基準となると考 えられる。 合理性否定 小 ← 内容の相当性 → 大 5)合理性判断基準のまとめ 以上の経緯を踏まえて、実務者としての「合理性」の判断基準は、 「変更の必要性」と「内容の相当性」 の相補的関係を軸とし、補足的に労働者の受ける不利益の程度、変更に至る説明等の状況などを加味する ことが適当であると考える。 なお、浜田教授の見解や「第四銀行事件」及び「みちのく銀行事件」の判決では「代償措置その他関連 する他の労働条件の改善状況」が判断項目として挙げられているが、必ずしも必須要件と考えなくてもよ いと思う。それは、①平成 20 年 3 月に施行された労働契約法では代償措置について明文規定とされてお らず、 「その他の就業規則の変更に係る事情」という表現に止まること、②不利益変更問題は経営不振に陥 り企業の存続にかかわる状況下で起こることも想定され、そのような状況下では代償措置を求めることが 困難であること、などの理由によると思われる。 ※参考となる裁判例「社会福祉法人八雲会事件」札幌高裁判決平 19.3.23 4回に及ぶ給与規程の改定は就業規則の不利益変更に当たり無効で、また、改定規定の一部遡及適用は許さ れないとして、 特養老人ホームの職員らが改定前賃金額と実支給額との差額等の支払いを求めた事案において、 裁判所は、就業規則の不利益変更に合理性が認められるためには、不利益に対する見返りないし代償措置が常 に必要とされるわけでなく、 変更前の規定と比べ減額されているのか増額されているのかが合理性を判断する 場合の一要素である、と次のように述べている。 「合理性があるというためには、 就業規則の変更による不利益に対する見返りないし代償措置が常に用意さ れている必要はないと解されるところ(同判決の判例解説参照) 、代償措置がない場合であっても、その後の 控訴人らの賃金がどのように扱われ、控訴人らの賃金が、平成12年度規程の適用される場合と比べ、減額さ 795 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 れているのか増額されているのかは合理性を判断する場合の一要素であるということができる。 上記控訴人ら の主張は採用できない。 」 (6)裁判例 1)合理的であるとされた事例 新たに設けられた運転手 55 歳停年は、産業界の実情や当該会社の一般職種 50 歳定年との比較均衡から 「秋北バス事件」最高裁大法 いって不合理なものといえないとし、適用を拒否することはできないとした( 。資料42 801 ページ 定判決昭和 43 年 12 月 25 日) 「新規程への変更によつて被上告人らが被つた不利益の程度、変更の必要性の高さ、その内容、及び関 連するその他の労働条件の改善状況に照らすと、本件における新規程への変更は、それによつて被上告人 らが被つた不利益を考慮しても、なお上告組合の労使関係においてその法的規範性を是認できるだけの合 理性を有するものといわなければならない。 」 ( 「大曲市農協事件」最高裁三小判決昭和 63 年 2 月 16 日) 。 週休2日制導入に伴う平日の所定労働時間の増加には必要性があり、内容においても相当性があるとし 「北都(旧羽後)銀行事件」最高裁三小判決平成 12 年 9 月 12 日、 「函館信用金庫就業規 て変更が認められた( 。 則変更事件」最高二小判決 平成 12 年 9 月 22 日) 運賃値上げを機に足切額と支給率を定める就業規則の変更について、その必要性は是認することができ るので、高裁の判断は審理不尽の違法があるから合理性がないとした原判決を破棄し高裁へ差し戻した。 この事件では最高裁は合理性を認めたわけではないが、その判断要素である必要性を認め、高裁でもう一 「第一小型ハイヤー事件」最高裁二小判決平成 4 年 7 月 13 日判決) 。 度審理するよう差し戻した( 賃金体系を変更し、歩合給を導入した事例では「賃金を会社側が一方的に減額することは認められない が、本件の場合、黙示で承諾していたものと認められる」とした( 「光和商事(歩合給導入)事件」大阪地 裁判決平 14.7.19) 。 ※「光和商事(歩合給導入)事件」の概要 貸金業法改正により貸金利息の上限が引き下げられ同業者間の競争が激化したのに伴い賃金体系を変更 し(男性営業社員については歩合給制とし、基本給と精勤手当は固定額 を支給するが、顧客手当・営業手 当等は各営業社員の顧客件数や貸出残高に応じて計算されるようになった) 、また事業存続のため営業社員 の基本給が減額される措置がとられ賃金が減額されたことから、退職後、右賃金体系の変更等の無効を主 張してそれに基づく賃金差額の支払と実際に支払われた退職金と変更前の基本給に基づいて計算した退職 金の差額支払を請求した。 裁判所は、歩合給制の導入が直ちに従業員に不利益な賃金体系であるということもできないとしたうえ で、原告らは歩合給制導入を認識し、それに基づいて計算された賃金を受領することにより歩合給制の導 入を黙認ていたし、基本給減額についても原告らは黙示に承諾していたものとして、請求はいずれも理由 がないとして請求が棄却された。 またその後の基本給の引き下げについても、原告らは特段抗議することなく、減額された賃金を受領し 続けていたため、裁判所は「賃金を会社側が一方的に減額することは認められないが、本件の場合、黙示 で承諾していたものと認められる」と判断した。 796 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 このほかに割増賃金が支払われていないことについても争われたが、この点についてはタイムカードの 記載に基づく割 増賃金請求が一部認容(始業前時間を除く)されている。 この事案では、手続き・総人件費について次のような特徴がある。 ① 会社は新たな給与体系の詳細を記載した書面を従業員に回覧させ、これを閲覧可能な場所に掲示した。 ② 総人件費を縮小することなく移行を実施した。給料が下がった社員ばかりでなく、営業社員 10 人中 6 人の賃金手取額がそれ以前の手取額を上回った。 ⇒ 総人件費を縮小することなく配分を変更する賃金制度の改定は、変更の合理性が是認されやすい。 2)合理的でないとされた事例 専任制導入に伴う 55 歳以上の者の賃金が大幅に減額されたことは、合理的なものといえない( 「みちの く銀行事件」最高裁一小判決平成 12 年 9 月 7 日) 。 「同年八月一日以降の就労期間が退職金算定の基礎となる勤続年数に算入されなくなるという不利益 を一方的に課するものであるにもかかわらず、上告人はその代償となる労働条件を何ら提供しておらず、 また、右不利益を是認させるような特別の事情も認められないので、右の変更は合理的なものということ 「御国ハイヤー事件」最高裁二小判決昭和 48 年 7 月 15 日) 。 ができない( 「退職金規程改定の効力が生じた昭和 58 年 7 月 11 日に、既に定年に達していたものとして上告人を退 職することになる被上告人の退職金の額を前記の 2007 万 8800 円を下回る額にまで減額する点では、その 内容において法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものとは認め難い。 」 ( 「朝日火災海 上保険事件」最高裁三小判決平 8.3.26) 。 (この事件では、退職金規程の減額改定を過去に遡って遡及適用するすることを否定していないが、すでに発生 している退職金の額にまで減額規定を適用することはできないとされた。 ) 797 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 5.労働契約、就業規則、労働協約又は法令との関係 (1)概 要 公務員の場合には勤務条件は法律(及び法律に基づく規則)によって定められていたが、民間において は、労働契約概念に従って労働条件を規定するものは労働契約がその基本となる。労働契約は、本来、労 働者と使用者とが合意することにより締結・変更すべきものである(労契法 3 条 1 項)が、事業において は労働条件を集合的・統一的に規定する必要から就業規則を制定・改定することによって労働者の労働条 件を定めなければならない必然性も存在する。その他労働組合の組合員の場合は労働協約との関係はどう なのかということもあり、民間における労働条件決定の仕組みは複雑である。 第 2-8-3 図 労働契約と労基法との関係 労働契約 就業規則 労働協約 労基法 このように労働条件が設定されている場合、どの規定が適用されるのか? (2)労働契約、就業規則、労働協約の性質 1)労働契約 一般に、企業に採用され使用従属関係が生じた時点で労働契約が成立するものと考えられる。労働契約 が成立するためには、一般論としていえば、賃金支払いを前提とした使用従属関係下における労務の提供 という事実(労基法 9 条)と労使の合意(労契法 6 条)が必要である。ただし、採用内定の場合のように、 内定者保護の立場から労務の提供という事実がなくても労働契約が成立している(始期付き労働契約の成 立)と解する場合があること、また、強制労働に従事させる場合は、労使の合意がないので労働契約は成 立しないと解すると賃金請求権が否定される結果となり労働者保護に欠けるため、やはり労働契約が成立 していると解するべきであること、などの例外がある。 ※試論かつ私論では、次のように解している。 ① 労働契約法上の労働契約(私法効果)は、労使の合意により成立する(実際に使用従属関係下における労 務の提供がなくても契約は成立する。 ) 。 ② 労働基準法上の労働契約(公法効果)は、使用従属関係下における労務の提供という事実により成立する。 2)就業規則 企業が組織的に事業を展開していくためには、労働条件を集合的・統一的に規定する必要があり、就業 規則が作成される。 就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範としての性質を認められるに至 っているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知って いると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その適 798 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 用を受けるものというべきである(ただし、合理的な労働条件が定められた就業規則であること、当該就 業規則を労働者に周知していることが要件である-労契法 7 条) 。 (3)労働契約と労基法(労基法 13 条) この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とする。無効 となった部分は、この法律で定める規定による(直律効) 。 仮に、 労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約であっても契約そのものは無効とせず、 労基法に抵触する部分だけが無効となるものである。つまり、労基法で定める基準を超える労働条件を定 める労働契約はそのまま有効とされ(個別契約優先の法理) 、労基法の基準を下回る部分について強行制 が適用されるものである。 第 2-8-4図 労働契約と労基法との関係 労働契約A 労基法の水準まで 労働契約B 労基法 そのまま有効 引き上げられる (4)労働契約と就業規則(労契法 12 条) 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とする。無効と なった部分は、就業規則で定める基準による(直律効) 。 つまり、労働契約と就業規則とでは就業規則の規定が優先適用されるが、労働契約の内容が就業規則の 基準を上回る場合は、労働契約の内容がそのまま有効とされ(個別契約優先の法理) 、就業規則の水準を 下回る部分に強行制が認められるものである。 第 2-8-4 図 労働契約と就業規則との関係 労働契約A 就業規則の水準まで引 労働契約B 就業規則 そのまま有効 き上げられる 799 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 (5)就業規則と労働協約(労基法 92 条) 就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。 法令又は労働協約に抵触する就業規則については、 所轄労働基準監督署長は変更を命じることができる。 つまり、就業規則と労働協約とでは、労働協約の規定が優先適用されるが、就業規則の効力は直ちに否 定されるのではなく、一定の手続きを経て変更されるべきものである。変更されるまでの間は組合員に対 しては労働協約、非組合員に対しては就業規則の当該条項が適用される。 第 2-8-5 図 就業規則と労働協約との関係 就業規則A 就業規則B 労働協約 「反してはならない」とは上回ることも下回ることも否定する趣旨であるが、直 ちに労働協約の水準に置き換える(直律効)のでなく、就業規則の改定手続きに よって是正する (6)労働契約と労働協約(労組法 16 条) 労働協約に定める労働条件に違反する労働契約の部分は、無効とする。無効となった部分は、労働協 約で定める基準によることになる。労働契約に定めがない部分についても、同様とする(直律効) 。 この場合の「違反する」の意味は、下回ることも上回ることも許さないという趣旨で、労働組合の組 合員である労働者にとっては、本人の有利不利に関係なく労働協約の規定が優先適用される( 「労組法コ メ」P630) 。 第 2-8-6 図 労働契約と労働協約との関係 労働契約A 労働契約B 労働協約 労働協約の水準まで 点線の水準まで 引き上げられる 引き下げられる 800 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 資料42 P778 P787 関係 秋北バス事件 「秋北バス(定年制)事件」最高裁大法廷判決昭 43.12.25 事件の概要 主任以上の職にある者の五五歳停年制を新設する就業規則の改正に伴い解雇された従業員が、本人の同意 のない就業規則の改正には拘束されないから、右解雇は無効であるとして雇用関係の存在確認を求めた事例。 新たに設けられた運転手 55 歳停年は、産業界の実情や当該会社の一般職種 50 歳停年との比較均衡からいっ て不合理なものといえないとし、適用を拒否することはできないとした(上告棄却、労働者敗訴) 。 ① 就業規則は一種の社会規範としての性質を有するのであり、法的規範性が認められる。 ② 就業規則の作成・変更によって労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは、原則として許さ れない。 ③ 労働条件の集合的処理、統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規 則条項が合理的である限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由としてその適用を拒 否することは許されない。 なお、横田、色川、大隈各裁判官の少数意見が付記されており、法規範の法源について興味ある説明がな されている。 主 文 理 由 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 上告代理人古沢斐の上告理由について。 一、おもうに、多数の労働者を使用する近代企業において、その事業を合理的に運営するには多数の労働契 約関係を集合的・統一的に処理する必要があり、この見地から、労働条件についても、統一的かつ画一的に 決定する必要が生じる。そこで、労働協約や就業規則によつて、まず、労働条件の基準を決定し、その基準 に従つて、個別的労働契約における労働条件を具体的に決定するのが実情である。 ところで、ここでいう就業規則(就業規則の中には労働条件に関する定めのほか、工場・事業場等におけ る管理規律ともいうべき定めを含んでいるのが通例であるが、後者は、一応、ここでは除外して考えること とする。)は、どのような性質を有するか、さらに、経営主体は一方的に労働者の不利益にこれを変更する ことができるかが問題となる。これらの点について、当裁判所は、次のように判断する。 (1) 元来、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」(労働基準 法二条一項)が、多数の労働者を使用する近代企業においては、労働条件は、経営上の要請に基づき、統 一的かつ画一的に決定され、労働者は、経営主体が定める契約内容の定型に従つて、附従的に契約を締結 せざるを得ない立場に立たされるのが実情であり、この労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社 会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経 営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、 801 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 その法的規範性が認められるに至つている(民法九二条参照)ものということができる。 そして、労働基準法は、右のような実態を前提として、後見的監督的立場に立つて、就業規則に関する 規制と監督に関する定めをしているのである。すなわち、同法は、一定数の労働者を使用する使用者に対 して、就業規則の作成を義務づける(八九条)とともに、就業規則の作成・変更にあたり、労働者側の意 見を聴き、その意見書を添付して所轄行政庁に就業規則を届け出で(九〇条参照)、かつ、労働者に周知 させる方法を講ずる(一〇六条一項、なお、一五条参照)義務を課し、制裁規定の内容についても一定の 制限を設け(九一条参照)、しかも、就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反 してはならず、行政庁は法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる(九二条)も のとしているのである。これらの定めは、いずれも、社会的規範たるにとどまらず、法的規範として拘束 力を有するに至つている就業規則の実態に鑑み、その内容を合理的なものとするために必要な監督的規制 にほかならない。このように、就業規則の合理性を保障するための措置を講じておればこそ、同法は、さ らに進んで、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効 とする。この場合において無効となつた部分は、就業規則で定める基準による。」ことを明らかにし(九 三条)、就業規則のいわゆる直律的効力まで肯認しているのである。 右に説示したように、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範としての 性質を認められるに至つているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在およ び内容を現実に知つていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問 わず、当然に、その適用を受けるものというべきである。 (2) 就業規則は、経営主体が一方的に作成し、かつ、これを変更することができることになつているが、 既存の労働契約との関係について、新たに労働者に不利益な労働条件を一方的に課するような就業規則の 作成又は変更が許されるであろうか、が次の問題である。 おもうに、新たな就業規則の作成又は変更によつて、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を 一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその 統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいつて、当該規則条項が合理的なものであるか ぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されな いと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善にまつほかはない。そし て、新たな停年制の採用のごときについても、それが労働者にとつて不利益な変更といえるかどうかは暫 くおき、その理を異にするものではない。 二、ところで、原判決の確定した事実は、次のとおりである。上告人は、昭和二〇年九月、被上告会社に入 社し、大館営業所次長(所長事務取扱)の職にあつたものであるが、被上告会社には、上告人の入社当時は もとより、その後も停年の定めはなく、昭和三〇年七月二一日以来施行された「従業員は満五十才を以つて 停年とする。停年に達したるものは辞令を以つて解職する。但し、停年に達したるものでも業務上の必要有 る場合、会社は本人の人格、健康及び能力等を勘案し詮衡の上臨時又嘱託として新に採用する事が有る」と の就業規則五七条の規定も、上告人のごとき主任以上の職にある者に対しては適用がなかつた。ところが、 被上告会社は、昭和三二年四月一日に至り、右就業規則五七条本文の規定を「従業員は満五十才を以つて停 年とする。主任以上の職にあるものは満五十五才を以つて停年とする。停年に達したるものは退職とする。」 と改正し、この条項に基づき、被上告会社は、すでに満五五歳の停年に達していることを理由として、同月 二五日付で、上告人に対し、退職を命ずる旨の解雇の通知をしたが、上告人は、右条項について同意を与え た事実はなく、満五五歳の停年を定めた規定は上告人に対し効力が及ばないと主張する、というのである。 802 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 ところで、停年制は、労働者が所定の年齢に達したことを理由として、自動的に、又は解雇の意思表示に よつて、その地位(職)を失わせる制度であるから、労働契約における停年の定めは一種の労働条件に関す るものであつて、労働契約の内容となり得るものであることは疑いを容れないところであるが、労働契約に 停年の定めがないということは、ただ、雇用期間の定めがないというだけのことで、労働者に対して終身雇 用を保障したり、将来にわたつて停年制を採用しないことを意味するものではなく、俗に「生涯雇用」とい われていることも、法律的には、労働協約や就業規則に別段の規定がないかぎり、雇用継続の可能性がある ということ以上には出でないものであつて、労働者にその旨の既得権を認めるものということはできない。 従つて、停年制のなかつた上告人のごとき主任以上の職にある者に対して、被上告会社がその就業規則で新 たに停年を定めたことは、上告人の既得権侵害の問題を生ずる余地のないものといわなければならない。ま た、およそ停年制は、一般に、老年労働者にあつては当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減す るにかかわらず、給与が却つて逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織および運営の 適正化のために行なわれるものであつて、一般的にいつて、不合理な制度ということはできず、本件就業規 則についても、新たに設けられた五五歳という停年は、わが国産業界の実情に照らし、かつ、被上告会社の 一般職種の労働者の停年が五〇歳と定められているのとの比較権衡からいつても、低きに失するものとはい えない。しかも、本件就業規則条項は、同規則五五条の規定に徴すれば、停年に達したことによつて自動的 に退職するいわゆる「停年退職」制を定めたものではなく、停年に達したことを理由として解雇するいわゆ る「停年解雇」制を定めたものと解すべきであり、同条項に基づく解雇は、労働基準法二〇条所定の解雇の 制限に服すべきものである。さらに、本件就業規則条項には、必ずしも十分とはいえないにしても、再雇用 の特則が設けられ、同条項を一律に適用することによつて生ずる苛酷な結果を緩和する途が開かれているの である。しかも、原審の確定した事実によれば、現に上告人に対しても、被上告会社より、その解雇後引き 続き嘱託として、採用する旨の再雇用の意思表示がされており、また、上告人ら中堅幹部をもつて組織する 「輪心会」の会員の多くは、本件就業規則条項の制定後、同条項は、後進に道を譲るためのやむを得ないも のであるとして、これを認めている、というのである。 以上の事実を総合考較すれば、本件就業規則条項は、決して不合理なものということはできず、同条項制 定後直ちに同条項の適用によつて解雇されることになる労働者に対する関係において、被上告会社がかよう な規定を設けたことをもつて、信義則違反ないし権利濫用と認めることもできないから、上告人は、本件就 業規則条項の適用を拒否することができないものといわなければならない。 されば、本件就業規則条項が上告人にも適用があるとした原審の判断は、その過程に叙上と見解を異に する点はあるが、結論において、是認することができ、原判決には所論の違法はなく、論旨は、結局、理由 なきに帰し、排斥を免れない。 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官横田正俊、同色川幸太郎、同大隅健一郎の反対 意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判官横田正俊、同大隅健一郎の反対意見は、次のとおりである。 一 思うに、契約の内容は、当事者の合意によつて決定されるべきものであり、かくして決定された契 約の内容は、当事者において、相手方の同意なくして一方的にこれを変更することができないのが契約法 上の大原則であり、このことは、労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものとされている労働 条件を定める労働契約についても妥当するものというべきである。もつとも、多数の労働者を擁する企業 における労働契約については、労働条件を統一的かつ画一的なものとする必要があるので、労働組合法(以 803 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 下、組合法と略称する。)は労働協約の制度を、また労働基準法(以下、基準法と略称する。)は就業規 則の制度をそれぞれ認め、これらによつて労働条件の基準が決定され、その基準にしたがつて個々の労働 契約における労働条件が統一的かつ画一的に決定されるよう配慮している。このように、労働協約と就業 規則は、労働条件の統一、画一を図る点においてその目的を同じくするものであるが、両者の間には、そ の法律上の性質において重大な差異があることを見逃してはならない。 すなわち、労働協約は、労働組合と使用者またはその団体との合意による協定であつて、それによつて 定まる労働条件その他労働者の待遇に関する基準は、これに違反する労働契約の部分を無効とし、無効と なつた部分や労働契約に定がない部分をこれによつて補充する効力を有するものとされているのであつて (組合法一六条)、労働協約には、労働条件の最低限を保障する基準法の諸規定のもつ法規範的効力(基 準法一三条参照)に類似する効力が与えられているのである。そして、かくして労働協約により定められ た基準は、労働協約、すなわち労使の合意によつてのみ変更することができるのであり、就業規則によつ てこれを変更することはもとより許されないのである(基準法九二条一項)。 これに対し、就業規則は、使用者が一方的に作成し、または変更するものであつて、その内容が労働条 件その他労働者の待遇に関するものであつても、労働者の合意により決定されるものではない。したがつ て、就業規則については、当然のことながら、労働協約について前述したような法規範的効力を認めた一 般的な規定は、なんら設けられておらず、わずかに、前示労働協約の場合に比べきわめて限定された範囲 でその法規範的効力を認める規定、すなわち、就業規則に定める基準に達しない労働条件を定める労働契 約は、その部分について無効とし、その部分は就業規則に定める基準による旨の規定(基準法九三条)が 設けられているに過ぎない。そして、冒頭に示した契約の本質論に照らせば、使用者が就業規則により一 方的に決定し、または変更する労働条件が、当然に、すなわち労働者の意思いかんを問わず、労働契約の 内容となつて労働者を拘束するというような見解は、たやすくこれを肯認することはできない。 二 ところで、基準法が就業規則の制度を認め、使用者に対してその作成、届出、公示という一連の手 続を命じている理由を考えるに、就業規則のうち労働条件を内容とするものに関してこれをみれば、それ は、 (イ) 労働契約における労働条件の統一、画一を図るためには、まず使用者においてその基準を決定し (必要ある場合には、これを変更し)、これを公示することにより労働者に周知させ、これに基づいて 労働契約が締結されることが望ましいからであり、それは、多くの大衆を相手とする保険業において、 保険契約の内容の統一、画一を図るため、まず、保険者において普通保険約款、保険料等を決定し、こ れに基づいて保険契約が締結されるものとされているのとその軌を一にするものと解される。次に (ロ) 基準法が就業規則の届出を命じているのは、就業規則に基づいて労働契約が締結されることが予 定されていることにかんがみ、その内容について行政庁の監督を加え、必要がある場合には行政庁にお いてその変更を命ずることができる(九二条二項)ようにするためであると思われる。もつとも、基準 法の規定を具体的に検討すると、行政庁の右監督の権限はきわめて制限されたものであり、就業規則が 労働法の強行規定や労働協約に違反するかどうかの点(九二条一項)に限られており、就業規則の内容、 ことにそれが労働者にとつて不利益なものであるかどうか、それが合理的なものであるかどうかなどに ついては、同法九一条の特異の規定を除いては、なんらの監督的規定は設けられていないことに留意す る要がある。このような基準法のたて前は、前述の保険契約については、普通保険約款、保険料等につ いては行政庁による認可の制度や、変更命令の制度が設けられていて、契約内容の適正が保障されてい るのとその趣を著しく異にするのである。もつとも、保険契約の場合と異なり、そもそも、労働契約の 804 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 具体的内容の決定は労使の合意にまつのが本筋であり、国家は、労働法が現に定めているような最少限 度の規制の範囲をこえ、労働契約の内容の適否、合理性の有無などを論じて、みだりにこれに干渉すべ き筋合のものではないのであるから、保険契約の場合との間に相異が生ずるのはむしろ当然のことであ ろう。 三 以上述べてきたところを総合して就業規則と労働契約の関係を考えるに、就業規則は、これに基づ いて個々の労働者との間に労働契約が締結されることを予定して使用者が作成する規範であつて、そのま までは一種の社会的規範の域を出ないものであるが、これに基づいて労働契約が締結されてきたというわ が国の古くからの労働慣行に照らせば、使用者としてはこれに基づく労働契約の締結に強い期待をかける ことができるのであり、基準法が就業規則の作成、変更に当り労働者側の意見を聴くべきものとしている (九〇条)のも、これに基づいて労働契約が締結される蓋然性を打診させるためのものと解することがで きる。 そして、前述の労働慣行は単なる事実たる慣習に過ぎないものであり、法たる効力を有するに至つたも のとはとうてい認められないので、法律的にこれを観れば、社会規範たる就業規則は労働者の合意によつ てはじめて法規範的効力を有するに至るものと解するのが相当である。 もつとも、前述の労働慣行に照らせば、労働者が就業規則のあることを知りながら労働契約を締結した ときは、就業規則についても合意したものと解してさまたげなく、また就業規則が変更された場合にも、 これに対し異議がないと認められる場合には、その変更に合意したものと解するのが相当である。しかし、 就業規則の変更について労働者に異議があると認められる場合には、使用者は、異議のある労働者に対し てはその変更をもつて対抗しえないものといわなければならない。このように解するときは、異議の有無 により労働者の間に労働条件の統一、画一が保たれないという不都合を来すこととなるが、その不都合は、 法規範的効力のない就業規則の改正によつて安易に事を処理しようとした使用者においてその責を負うべ きもののように考える。 四 これを本件についてみるに、上告人を含む主任以上の職に在る者に対し、新たに原判示のごとき内 容の停年制を定める本件就業規則の改正は、どのような意味においても、既存の労働条件を上まわる基準 を定めたものとは解されないから、基準法九三条の適用を論ずる余地はなく、上告人が右改正規定に異議 がないとは認められない本件においては、右改正規定は、上告人に対しては、その適用がないものという ほかはない。しからば、被上告人が右改正規定に基づいてした本件解雇の意思表示はその効力がないもの といわなければならない。 なお、被上告人は、右解雇の意思表示は、基準法二〇条の予告解雇の意思表示としてその効力がある旨 主張しているが、上告人を含む主任以上の職員については、被上告人主張のように、解雇の事由について なんらの制限がなく、したがつて上告人は基準法二〇条によりたやすく解雇される地位にあつたものと解 することには大きな疑問がある。本件記録によれば、被上告会社の就業規則は、同規則二条一項に掲げる 従業員を対象とするものであるが、その他の職員についても就業規則の全部または一部を適用することが できるものとされており(同規則二条二項)、同規則五五条には従業員に対する解雇の事由を列挙的に定 めた規定があるのであつて、右就業規則制定の際のいきさつやその後の規則の適用の実状いかんによつて は、第一審判決も説示するように、右五五条は、解雇の事由を制限的に列挙したものであり(基準法二〇 条の排除)、しかも上告人を含む主任以上の職員にもその適用があるものと解する余地がないではないと 思われるからである。しからば、本件解雇の意思表示が有効であるかどうかを判断するには、右のごとき 事実関係についてさらに審理を尽す必要があるものといわなければならない。 805 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 したがつて、停年制を理由とする本件解雇を有効であるとして、上告人の請求を棄却した原判決は失当 であつて破棄を免れないが、本件解雇が被上告人主張の他の理由により有効であるかどうかを判断するに は、さらに審理を尽す必要があるので、本件を原審に差し戻すのが相当であると思料する。 裁判官色川幸太郎の反対意見は、次のとおりである。 私は、横田裁判官、大隅裁判官の反対意見と概ねその見解を同じくするものであり、多数意見には承服し がたいのである。以下、私の考えるところを述べることとする。 一 多数意見は、「経営主体と労働者との間の労働条件は」、内容が合理的であるかぎり、経営主体の 定めた「就業規則によるという事実たる慣習が成立している」となし、それであるが故に、「その法的規 範性が認められる」とする。右にいう「その」とは、就業規則そのものをさすものであるのか、それとも、 労働条件は就業規則の定めるところによるという慣習のみをさすものであるのか、必ずしも明らかでない。 多数意見の全判示を総合すると、就業規則自体に法的規範性を認めるのがその基本的立場であると解せら れるのであるが、叙上引用の判示部分は、就業規則の法的性格についてはふれることなく、労働契約を締 結するときもしくはその存続中において、およそ労働条件は、就業規則の定めるところによるという事実 たる慣習があり、その慣習に法的規範性が認められているのだ、としているにすぎないものの如くである。 しかしながら、そのいずれであるにせよ、私は、以下の理由により、これに賛成することができない。 二 およそ、工場制生産その他これに類する事業場にあつては、多数の者の力を組織的に結集し、これ によつて特定の事業を遂行するわけであるから、秩序と規律を欠くことができないし、同時に、労働条件 についても統一的・画一的な処理がなされなければ、企業の円滑なる運営はこれを期待することができな い。かくして就業規則は法の要請の有無にかかわらず必然的に産れてくるものなのである。そして、一旦 それが制定されると、使用者の経済的・社会的な優越性の故をもつて、当該就業規則は経営内規範として の力を発揮すると同時に、新たに企業に編入される者は、事実上その定めるところを無条件に承認せざる を得ない関係に立つ。したがつて特別の事情のない限り、労働契約の締結に際しては、個々の労働者が使 用者と契約内容の一々について商議決定することなく、就業規則所定の労働条件を、一括して而も暗黙の 間に受け入れるのが普通となるわけである。この契約締結のあり方は、現在、いわゆる事実たる慣習を形 成していると見ることができるであろう。しかしながら、これはあくまで、新規な契約締結の場合におけ る現象であることを忘れてはならない。要するに、新たに労働関係に入る場合における労働条件決定のあ り方たるにとどまるのである。一旦労働契約が成立し、就業規則に定める労働条件に従つて労働力を給付 し、賃金を受け取る関係が持続している間において、使用者が労働者の同意を得ることなく、まつたく一 方的に、就業規則を変更して労働条件を切下げ、もしくは従来存在しなかつた不利益な労働条件を設定し た場合、既存の労働条件が当然に変更される、という事実たる慣習が果してあり得るであろうか。もとよ り否である。多数意見も、よもやかくの如き慣習の存在を主張しているわけではあるまい。 三 労働契約締結の際における前示の如き事実たる慣習の存在は、いかなる法律上の意味を有するもの であるかが、つぎに吟味されなければならない。多数意見は、事実上の慣習が成立しているが故に、ただ それだけの理由で、その慣習が法的規範になるとしているかの如くである。しかし、事実たる慣習は、契 約を補充する作用を有するにすぎず、当事者がこれによる意思を有していたと認められたときに、はじめ て、その慣習が法源となるにとどまるものであつて(民法九二条)、契約当事者の意思如何にかかわらず、 これを規律する力を有するものではない。前示の事実たる慣習が、法的規範となるためには、労使の一般 的な法的確信によつて支持せられ、両者の規範意識に支えられていることのために、契約当事者に対して 806 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 強行せられるものでなければならないのである。もともと労働条件は、「労働者と使用者が、対等の立場 において決定すべきもの」(労働基準法二条。以下、基準法という。)である。これは、ひとり国家によ る要請であるのみならず、漸次成長しつつある労働者の規範意識であると認めることができるのである。 したがつて、労働条件が使用者の一方的に定める就業規則による、という事実たる慣習は、法的確信の裏 付けを欠くが故に、とうてい法的規範たり得るものではない。多数意見が、何らの論証をも用いることな く、民法九二条を引用しただけで、事実たる慣習が成立していることから直ちに、法的規範性の存在を認 めていることには、納得し難いものがあるのである。 四 仮に多数意見のいうように、前示の事実たる慣習が何らかの理由で法的規範性を取得したとしても、 法的規範となるのは極めて限定された範囲でしかない。すなわち、労働契約の締結にあたり、使用者と労 働者との間の労働条件は(多数意見によれば、それが合理的な労働条件を定めているものである限り)、 使用者の定めた就業規則による、というだけのことなのである。就業規則そのものが事実たる慣習でない ことは、多言を要しないところであるから、就業規則自体は法的規範性を取得するものではない。いわば、 内容を白地とし、その白紙部分の補充は使用者の一方的決定にまかされているという意味においての外枠 のみが、法的規範であるにすぎない。ところで、多数意見の後段によれば、新たな就業規則の作成又は変 更によつて、不利益な労働条件を一方的に課することも、当該規則条項が合理的なものである限り、その ことに同意しない個々の労働者をも法律的に拘束する、という理論が展開されているのである。これは、 就業規則自体を法的規範と見たものだと考えない限り、理解できないところではあるまいか。而も、何故 に、「経営主体が一方的に作成し、かつ、これを変更することができることになつている」就業規則が、 法的規範性をもち得るのかという理由づけにいたつては、ついにこれを窺い知ることができないのである。 五 多数意見が、就業規則自体をもつて法的規範であるとするものであるならば、つぎの諸点が問題と なるであろう。およそ法的規範は、契約の外にあつてその契約内容を規律するものでなければなるまい。 法的規範が当事者の意思如何にかかわらず契約を支配するものである以上(少なくとも労働契約締結の場 に関する限り、多数意見はかかるものとして理解しているようである。)、それが適法に変更せられた場 合には、就業規則の定めるところが合理的であろうとなかろうと、契約内容は自ら変更を余儀なくされる べき筈である。多数意見によれば、法的規範である就業規則の一方的変更はもとより可能であり、したが つて適法だということにならなければなるまい。しかるに多数意見が、就業規則の一方的変更によつて労 働条件を不利益に変更することは原則としてできない、としているのは、一体いかなる根拠に基づくもの であろうか。のみならず、他面、その変更が合理的ならば、相手方の不同意にもかかわらず許される、と するのであるが、その理由は果して奈辺にこれを求めるのであるか、疑問とせざるを得ないのである。 さらにまた、多数意見は、就業規則の定める労働条件は定型であり、労働契約は一種の附従契約である かの如く主張する。その当否は別として、もしそうだとすれば、労働契約が締結された場合、右の定型た る労働条件は、当該労働契約の内容を充填したわけであるから(就業規則が法的規範である限り、かくの 如く、契約内容に化体するということ自体、そもそも私には考えられないのであるけれども)、それを当 事者の一方が相手方の意思を無視して変更し得るというのは、およそ近代契約法原理の許容するところで はないと考えるべきではあるまいか。 六 多数意見は、基準法が、就業規則に対する規制と監督に関する定めをしていることを挙示し、これ をもつて、就業規則が法的規範として拘束力を有している証左だとする。しかし、基準法は、就業規則が 使用者の便宜のために一方的に作成せられ、その優越的立場の故に事実上強行されている実態と、苛酷な る懲罰制度が猛威を振るつてきた歴史的事実に鑑み、最小限度の規制を加えんとしたに過ぎないのである。 807 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 監督の手がかりとしても、届出の義務を課しているだけであつて、許可・認可の制度をとるわけではない し、さらに、制裁規定については若干の制約こそあれ(同法九一条)その余には及ばず、また就業規則の 内容に国家が積極的に干渉するのは、強行法規又は労働協約に反した場合に限られているのである(同法 九二条二項)。これらの規制のみをもつてしては、就業規則の広汎な内容を「合理的」ならしめる上に、 ほとんど何ほどの力もないことは、言を俟たないであろう。もつとも、作成、変更にあたつては、労働組 合ないし労働者の代表の意見を聴くべきことを命じてはいるが(同法九〇条)、同意を要しないことはも ちろん、たとえ反対の意思が表明されても、それを無視して一方的に作成し変更することさえ容認してい るのであり、かくして出来あがつた就業規則が、いかに使用者本位の、利己的で不合理なものであろうと も、強行法規や労働協約に反しない限り、国家はこれに、一指もふれることができないのである。これを 普通保険約款や運送約款(いずれも契約の単なる事実上の基準たるものである。)に対する免許・認可等 の規制(保険業法一条、一〇条、道路運送法一二条)に比較すれば、むしろ野放しであるといつても過言 ではあるまい。かくの如き有名無実にも近い「監督的規制」をもつて、就業規則の法的規範性を裏付けん とするのは、甚だ無理な話ではないであろうか。 もつとも基準法九三条は、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分に ついては無効とされ、無効となつた部分は就業規則で定める基準による、としているので、一見、これに よつて国家が就業規則の法的規範性を認めたかの如くであるが、これを労働協約の直律強行性を定めた労 働組合法一六条と比較するのに、基準法九三条は、無効とする範囲を、就業規則で定める基準に達しない 労働条件に限定し、その部分を否定するだけである点において、労働組合法の規定とは少なからざる差異 があるのである。その立法の趣旨も、要するに、就業規則は使用者が一方的に作成、変更するものであつ て、労働協約とは趣を異にし、その内容は必ずしも労働者の利益に即するものではないが、時として使用 者は、その優越した立場の故に、就業規則所定の線にさえ達しない低い労働条件を、個々の労働者に押し つけることがないともいえないので、かかる場合、弱者たる労働者を保護するために、特に設けたものと 解せられるのである。仮に就業規則が法的規範であり、労働契約の内容は、当事者の意思いかんにかかわ らずその定めるところによるものであるならば、特に規定を設けるにも及ばない筈であるが、しかし、就 業規則は、後に述べるように、事実上の契約基準たるにとどまるのであるから、使用者が、個々の場合に、 その定めるところをすら無視して、就業規則所定の労働条件を下廻る条件を労働者に強いることも、法律 上十分可能なのである。もしかくの如き事態を放任するにおいては、常時十人以上の労働者を使用する使 用者に、法定の内容を具えた就業規則を作成し、届出をなす義務を課した規定(同法八九条)の趣旨は、 まつたく没却されることにならざるを得ない。使用者に作成、変更の自由のある就業規則に対して直律強 行性を付与することは、国家法その他の法的規範及び自由意思に基づく契約によらないで、個人の権利・ 義務を左右せしめることになるわけであるから、近代法の原理にそわぬものなしとはしないのであるが、 労働者保護法たる基準法の建前上やむを得ざるに出たものと解すべきであろう。この一カ条があるの一事 をもつて、国家が使用者に法的規範たる就業規則を作成、変更することを授権したものだ、と解すること はとうていできないのである。多数意見も、国家の授権に法的規範性付与の根拠を求めているわけではな いようであるが、それならばなおさら、当該法条をもつて何らかの裏付けにするわけにはいかないものと 思われる。 七 就業規則が経営の要請に基づく、自然発生的な必然の所産であり、経営内の規範として機能してい ること、個別的に締結される労働契約の内容は、就業規則による定型的な労働条件を鵜呑みにせざるを得 ないのが実情であり、それは現在においては、事実たる慣習と化しているといえないこともないこと等々 808 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 については、既にふれたところであり、この点では多数意見と必ずしも所見を異にするものではない。し かし、就業規則は、発生の沿革、形成の過程及び妥当の根拠などの点において、国家法その他の法的規範 とは比較すべくもない相違点を蔵しているのである。法は正義を指標とするものであるが、就業規則は、 所詮、一使用者の利益保持に奉仕するものにほかならない。就業規則中には労働者の利益擁護に資する部 分もないではないが、それが就業規則中に存するのは、労働者側の主張に従つてとりいれられた場合でな い限り、いわば開明的専制君主の自己制約にも似たものであり、結局において企業の利益に合致するとし たが故である。いま、現実に生きている凡百の就業規則をアトランダムに取りあげて検討するならば、構 成の不均衡、表現の不適切はいうに及ばず、人は、前後の矛盾撞着、用語の曖昧模糊、ほとんど救うべか らざるものあるを知るであろう。これをしも法的規範だとすることは、健全なる法感情のとうてい許容し 得ないところといわざるを得ない。 八 本件における問題点は、従来停年制の定めのなかつた職種について、使用者が一方的に就業規則を 改正することによりあらたに停年制を設けた場合、関係労働者の反対にもかかわらず、反対した労働者に これを適用し得るかというところにある。以下これを検討する。 (イ) 使用者が就業規則を一方的に変更しうるものであることについては、既に判例の存するところ である(当裁判所昭和二五年(ク)第六五号同二七年七月四日第二小法廷決定、民集六巻七号六三五頁)。 その変更が労働者にとつて利益たると不利益たるとは問うところでない。しかし私は、不利益変更によ つては、既存の労働契約の内容が当然に変るものではないと解する(利益に変更した場合には、変更後 の就業規則による労働条件が最低基準となり、基準法九三条によつて、それに達しない既存の労働契約 の当該部分が否定され、無効になつた部分については、変更後の就業規則がその穴を埋めることになる。 したがつて何ら問題は生じないのである。)。 もともと、労働契約締結の際に存在した就業規則所定の労働条件部分は、契約の内容に化体したもの であるから、一旦成立、確定した契約内容を、当事者の一方がほしいまゝに変更しうべき道理はないの である。就業規則所定の労働条件部分を一方的に変更し、これを公にする行為は、既成の契約内容を変 更したいという申入れ以外の何ものでもない。相手方たる労働者がこれに同意を与えない以上、当該変 更部分は法律的拘束力を生じないのである。 なお、もとより右の同意は明示たることを要しない。労働者が特に反対の意思を明示することなく、 変更された労働条件に従つて就労していれば、ここに暗黙の同意があつたとみて差支えないであろう。 もし変更が一方的になされたものでなく、労働組合との協議を経て行なわれ、労働協約の形式をもつて 妥結した場合ならば、基準法九二条の定めもあることであるし、その協約適用下にある個々の労働者の 反対は、まつたく意味をなさないことになる。事の実際は、右のいずれかによつて処理せられるものと 見て、誤りがあるまい。仮にこれらの方途によることができず、あくまで反対の態度を堅持した労働者 があつたときは、その範囲では労働条件の画一性を欠く結果とならざるを得ないけれども、しかし、そ もそも使用者が、一旦約束した労働条件を、一方的に労働者の不利益に変更しようとすることは、たと えそれが客観的条件の変動に起因するにもせよ、労働者から見れば一種の食言なのであるから、反対の 声のあがることも当然なのである。この場合、使用者としては労働者ないし労働組合に対し、誠意をつ くして説得に努むべきであつて、その努力を怠つたときは勿論、説得がついに不成功に終つた場合でも、 そのために労働条件の画一性を欠くという経営の蒙る不利益は、使用者の甘受せざるを得ないところと もいえるのである。 (ロ) つぎに問題となるのは、本件停年制の新設が、就業規則の不利益変更かどうかということで 809 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 ある。多数意見の見解は、この点においても直截ではないが、一方において「労働者に不利益な労働条 件を一方的に課することは、原則として、許されない」としつつ、他方において、変更の結果たる「条 項が合理的なものである限り」適用の拒否は許されないという理論を前提として、本件の変更が不合理 でない所以を縷々説示しているのであるから、不利益変更と見た点において原審の判断を支持したもの と解すべきであろう。記録によれば、上告人は既に五五歳を過ぎていたのであつたが、停年制がないの で管理職として平穏に稼働していたところ、突如として就業規則の一方的改正がなされ、五五歳停年制 の即時施行となり、日ならずして停年を理由とする解雇の通知を受けたというのであるから、終身雇用 の期待が既得権的なものとして認められると否とにかかわらず、上告人にとつて労働条件の不利益変更 たるを免れないのである。多数意見は五五歳の停年制をもつて合理性ありとなし、その限りでこの一方 的不利益変更を有効だとする。就業規則が、使用者の一方的に設定、変更しうる法的規範であるならば、 その変更が「合理的」であつてもなくても、有効だと考えられるのではないかと思われるが、それはと もかくとして、「合理的」か否かについて、これを決定する基準が一体あるのであろうか。疑問の余地 なしとはしないのである。労使の関係を見ると、特に配分の面において、相互に利害相反の鋭い対立を 示していることを知るのであるが、配分の問題で意見の相違があつた場合、いかなる理由でいずれの主 張を「合理的」であるとするか、そのための準繩これをいずくに求め得るか、これが問題なのである。 配分の場合だけではない。およそ廉価にして質の高い労働力をできるだけ少なく用いて、最大の生産性 を達成しようというのは、使用者にとつての至上命令であるが、労働者にとつては、これこそ労働の強 化にほかならない。いわゆる経営の合理化は、使用者の立場に立つ限り、疑もなく「合理」性をもつが、 労働者にとつて見れば、不合理極まる一層の搾取なのである。本件におけるが如き五五歳停年制につい ては、若年労働者と高年齢労働者との間に、見方の相違があることは事実であるが、使用者が推進し、 一部の労働者がこれを歓迎するからといつて、それだけで「合理」性ありとするわけにはいくまい。五 五歳の停年が一般に妥当と認められていたのは、次第に過去のことになりつつあるのではないか。肉体 労働者についてさえ停年年齢は徐々に延長される気運にあり、管理職にいたつては五七歳ないし六〇歳 をむしろ普通とすべく、中小特に零細企業においては、停年制の設定は、経営を却つて困難ならしめる が如き事情が醸成されつつあるのであつて、五五歳停年制を合理的だとする多数意見には疑なきを得な いのである。 九 以上の理由により、私は、多数意見に賛成することができないのである。原審は、就業規則に関す る法理を誤解し、上告人の請求を棄却したのであるから、破棄すべきものであるところ、被上告人の仮定 抗弁についてなお審理をする必要があるから、これを原審に差し戻すべきものと思料する。 最高裁判所大法廷 裁判長裁判官 横 田 正 俊 裁判官 入 江 俊 郎 裁判官 草 鹿 浅 之 介 裁判官 長 部 謹 吾 裁判官 城 戸 芳 彦 裁判官 石 田 和 外 裁判官 田 中 二 郎 裁判官 松 田 二 郎 裁判官 岩 田 810 誠 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第8章 就業規則 裁判官 下 村 三 郎 裁判官 色 川 幸 太 郎 裁判官 大 隅 健 一 郎 裁判官 松 本 正 雄 裁判官 飯 村 義 美 裁判官奥野健一は、退官のため署名押印することができない。 811 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第1節 人事権 第9章 人 事 人事とは企業における労働者の管理全般を指すことばである。この章では、人事権とはどのような権利で あるのか、その人事権に基づく権利の行使として行われる①配置転換、②昇進・昇格・降格、③出向、④休 職、⑤懲戒について、各々節を設けて述べる。 第1節 人 事 権 1.企業人事と人事権 (1)人事とは 人事とは、募集、採用等の雇用関係の成立から、教育訓練、配置、人事考課、人事異動、休職、懲戒等 の雇用関係の展開、そして、退職、解雇等の雇用関係の終了に至るまでの労働者の企業における管理全般 をいう。 日本の雇用システムにおいては、企業は新規学卒者を大量に採用し、教育訓練を実施し、勤務場所、職 務内容、組織における地位を変化させてキャリアを展開する。また、事業展開に合わせて勤務場所、業務 内容など労働者にとって重要な労働条件を使用者の決定にゆだねているともいえる。その人材を育成し、 評価し、企業組織内に位置づける広範な雇用関係の展開に関する使用者の権限が人事権である。具体的に は、研修命令.降格命令、配転命令、出向命令等の業務命令であり、人事権とはこれらの権限を総称する 上位概念と解される。 荒木 尚志教授は、こうした企業内における一連の労働力移動を“企業内に内部労働市場を形成されてい る”として、次のように述べておられる。 「雇用保障を中核に展開されてきた日本の雇用システムにおいては、企業内にいわゆる内部労働市場が形成 され、労働者は教育訓練を受け、勤務場所、職務内容、組織における地位を変化させてキャリアを展開する。 そのために企業は、その人材を育成し、評価し、企業組織内に位置づける広範な権限およびこれらの人事を円 滑・効率的に実施するための権限を予定している。これら雇用関係の展開に関する使用者の種々の権限が人事 権である。人事権の具体的な場面における行使が、研修命令.降格命令、配転命令、出向命令等の業務命令で あり、人事権とはこれらの権限を総称する上位概念と解される。こうした人事権は、労働契約の白地性、集団 的・組織的就労関係、継続的関係等(→14 頁以下)からも要請されるものである。 」 (荒木「労働法」P351) ⇒ 日本の雇用社会では、使用者に雇用保障を強制する見返りとして広範囲な人事権を認めてきた、といえる。 (2)企業人事の特徴 前述(1)のとおり、人事とは募集・採用から退職・解雇に至るまでの企業における労働者の管理全般 をいうから、企業人事は労働契約の中枢に位置するといってよい。 その特徴は、次の4つに集約される。 ①人事は人的資源の管理機能を担う 企業は人的資源、設備、資本という三つの経営資源から構成され、人事はこのうち人的資源の管理機 812 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第1節 人事権 能を担う制度である。人事制度の設計・運用は、労働条件・処遇全般に影響する重要なファクターとも なる。 ②人事は意欲喚起の目標となる 人事は労働者から見ても重要な関心事であり、それは、労働者が自らの社内の位置づけを確認し能力 を開発するためのツールとなり、将来に向けた意欲(モティベーション)を喚起するための目標ともな る。 ③人事は企業戦略の決定とも関連する 企業は人事を抜きにして高度な経営戦略を立てることはできない。企業戦略の構築にとって特に重要 な企業法務の課題(企業の知財管理、情報管理)に関しても、企業人事と密接に関連している。 ④人事は労働法の規律を受ける 成果主義人事にせよ、従業員の職務選択・キャリア支援制度(社内公募制・社内FA制等)にせよ、 企業が行う人事政策は労働法の規律を免れない以上、その正しい理解なしに進めることはできない。 (3)人事権は使用者の裁量権である 使用者は、労働義務の決定・変更を通して労働者の配置や人事異動を行うが、これらは個々の労務給付 を組織的労働に編成する上で不可欠の措置であり、ここから使用者に労働の組織化に関する裁量権が認め られる。この裁量権が「人事権」である。もともと労働契約は企業という集団的組織を前提した契約(組 織的契約)であり、そこでは企業組織を編成・統率する者(使用者)に一定の裁量権を認める必要がある。 また、日本の長期雇用システムの下では、雇用保障の要請に応えて解雇権が制約されるところから、その 代償的措置として人材育成・能力開発、昇格・昇進、配置転換等の人事に関する使用者の権利を広範に肯 定してきた(注) 。 注.たとえば、企業が業績不振により、ある工場を閉鎖する必要が生じた場合、解雇権濫用の法理のもとでは 使用者は解雇回避努力が求められるから、当該工場の労働者を他部門へ異動させる必要が生じる。そのよう な要請に応じて配置転換・職種転換などの人事権が肯定される。 人事権は、労働契約上当然に(労働者の特別の同意を要することなく)使用者に帰属する権利を意味し、 その法的根拠は労務指揮権と同様、労働契約の締結意思それ自体に求められる。ただし、出向・休職のよ うに本来、労働者の同意を要する事項ではあるが、組織的企業秩序との調整上本人同意に代わる就業規則 等の根拠規定にゆだねられる。その法的根拠を一律に論ずることはできない。 このような人事権の法的性質に関しては、使用者の裁量によって一方的に行使されることから、労務指 揮権と同様、形成権と解される。 人事権は、労働契約を機能させるための不可欠の権利を意味し、労働契約の締結によって当然に(労使 間の特段の合意を要することなく)発生する権利と解される。しかし一方、人事権の行き過ぎ(不当な行 使)は労働者の正当な利益を侵害することにもなるため、労働契約法は、労働契約上の合意(労契法 8 条) 、 信義則(労契法 3 条 4 項)及び権利濫用(労契法 3 条 5 項)によって使用者の権利に一定の制限を設けて いる。すなわち、人事権は、職種・職位・資格・勤務場所といった労働契約の重要な要素を決定・変更す る権利であり、労働者に与える影響が大きいため、その具体的行使に関しては、人事権の存否や限界を労 働契約内容に即して慎重に判断する必要がある。また、人事権は抽象的な権利概念であるから、それに基 づいて人事考課や出向が行われる場合は、それぞれの法規制に服することは当然である。さらに、人事権 が労働契約上肯定される場合も、権利濫用の規制によってその行き過ぎがチェックされる。 813 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第1節 人事権 労契法 (労働契約の原則) 第三条 4 第 1 項~第 3 項 略 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行 しなければならない(信義則) 。 5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならな い(権利の濫用禁止) 。 (労働契約の内容の変更) 第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる(合 意の原則) 。 ⇒ 人事権の法的性質は形成権であり、適法に人事発令がなされれば法的効果が生じる。 (4)企業人事の変化と人事権 人事権は、長期雇用システムのもとで柔軟な人事管理を行うための権利として認められてきたが、その 長期雇用システム自体が変化すると、人事権にも一定の制約を課す変化が生じることになる。その背景に は、自分の仕事やキャリアの選択権(自己実現)にこだわり、仕事の成果に即した処遇を求めつつ仕事と 生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を求める労働者の意識変化と、労働者のモティベーションを高 めるためにこうしたニーズに応えようとする企業側の姿勢の変化がある。 土田 道夫教授は、このような変化を指摘し、次の5点を挙げておられる(土田「労契法」P351~352) 。 ① 労働者の希望や適性に応じて、社内公募制、勤務地限定制度など労働者の選択権を認める動きが生じ ていること。 ② 労働者を均一な人事制度に位置づけるのではなく、 その個性に応じて企業組織に位置づけようとする 専門職制度、職種・部門限定社員制度、労働時間管理に属するフレックスタイム制や裁量労働制の採用 などが普及したこと。 ③ 仕事の質や成果に重点を置く成果主義人事が進展し、職能資格制度が様々に改編されたり、仕事と処 遇の結び付きを強化する制度(職務等級制度、役割給制度)が導入されたこと。 ④ 労働者個人のキャリア形成の支援という動きが見られること。 ⑤ 「仕事と生活の調和」 (ワーク・ライフ・バランス)の尊重という変化が生じ、仕事とともに私生活 や家庭生活を重視する意識が強まってきていること。 ※企業姿勢の変化の背景 土田 道夫教授も指摘されているとおり、企業姿勢の変化の背景には労働者の権利意識の高揚があるほか、 長期雇用システム(終身雇用慣行と老後保障としての退職金制度)の弱体化(終焉といってもよいかも知れな い。 )があること否定できない。 従来、企業は労働者の職業生活について「会社のいうとおりに能力向上を目指し、会社に対する忠誠を励め ば、君の人生の一生について家族ともども経済的面倒をみる」という姿勢で士気作興を図ってきたが、企業競 争激化の中で終身雇用慣行が約束できず、寿命の伸長に応じた退職金水準が確保できない状況下では力強さに 欠ける。 代わって、 “労働者が能力向上を目指すのは会社のためでなく、自分と自分の家族のためである”とする動 機付けが必要となってきた。 814 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 第2節 配置転換 1.配置転換の意義 (1)配置転換とは 配置転換(配転)とは、同一使用者のもとでの勤務場所・勤務内容の相当長期にわたる変更をいい、転 居を伴うものは「転勤」 、同一事業所内での部署の変更は「配置転換」と呼ばれる。 配転は、日本企業の人事制度の中枢に位置する制度である。職能資格制度においては、賃金は労働者の 資格と連動して決定され、配転によって職種・職務内容が変化しても賃金額が変動しないため、柔軟な配 転が可能となる。長期雇用システムの下では、企業は正社員を新規採用後、配転と内部昇進によって人材 の育成と活用を図るのが通例であり、配転は能力の育成や昇進・昇格の手段として計画的に実施される(ジ ョブ・ローテーション) 。 また、配転は雇用調整や事業再編成の手段でもあり、新規分野への進出や事業の閉鎖に伴う異職種間配 転・遠隔地転勤が実施されている。 しかし、一方、配転は職種・勤務場所という労働契約の重要な要素を変更する措置であり、異職種間配 転・遠隔地転勤を中心に、労働者のキャリアや家庭生活に及ぼす影響が大きい。そこで、企業においても、 近年における雇用社会のビジョンの変化・雇用政策の変化をふまえて、従来の人事権を修正する新たな制 度が登場している(職種・職務内容を限定する「職種限定社員・部門限定社員」 、転勤の範囲を限定する 「勤務地限定制度」 、従業員の発意(イニシアティブ)による異動を制度化した「社内公募制・社内FA 制」など)労働契約法としても、労働契約(人事)の適正な運営の促進という観点から、こうした変化を 適切にフォローし、配転の法的ルールに組み込む必要がある。 (2)法律上の配置転換 配転や転勤が労働契約の要素の変更と認められる場合には、法律上の紛争として裁判所の審理に服する ことになるが、契約の要素の変更にならない場合には単なる事実行為として審理の対象とならない。たと えば、目黒郵便局保険課主事から深川郵便局保険課主事への配置転換について原告に何らの法的不利益な 処分ではなく取消の訴えは不適法とされている( 「東京郵政局事件」東京地裁判決昭 61.2.24。ただし行政 訴訟) 。 そこで、労働契約の要素の変更にあたる事項であるか否かがまず問題となる。 1)同一課内の係の異動 係というのは所属課内における日常の業務命令を細分化しその分担を定型化して定めたものであり、同 一課内の係の異動というのは日常の業務命令の中の問題であるから労働契約の要素の変更にはならず法律 上の配転にあたらない( 「東洋酸素事件」横浜地裁川崎支部決定昭 42.10.30) 。 2)同一場所の課間の異動 同じビル内の人事課から秘書課、経理課といった同一場所内の課の間の異動も、従事業務につき予め予 想された範囲をこえない(たとえば事務系職員)ならば問題にはならず、郵便局の保険課、貯金課、集配 課相互間の配転につき、一般職の郵政職員として採用された以上、これを労働契約の内容に違背するもの といえないとされている( 「津郵便局事件」津地裁決定昭 46.2.27) 。 3)通勤可能な営業所間の異動 労働契約の要素の変更となる転勤とは生活の本拠の変更を伴うものをいい、通勤可能な営業所間の異動 815 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 は社内における「配転・転勤」 に該当するものであっても、労働契約の要素の変更には当たらないので 人事権行使の裁量範囲の逸脱とはいえない。例えば、二時間前後の長距離通勤となる国鉄の十日町駅から 飯山駅への配転につき通勤等生活上の不利益はないとされる( 「国鉄十日町駅事件」新潟地裁長岡支部決定 昭 59.10.30) 。 (安西「労働時間」十二訂版 P710~711) ⇒ 同一課内の係間の異動、同一ビル内の事務系課間の異動、通勤可能な営業所間の異動などは労働契約の要素の 変更にはならず、人事権行使の裁量の範囲内とされる。 816 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 2.配転命令の根拠 (1)配転命令の根拠 日本の企業では配転が極めて活発に行われている。とりわけホワイトカラーの場合、勤務地・職務内容 を特定されずに採用されるのが通常であり、ローテーション人事により種々の職務を経験しつつ昇進して いくことを労働者自身も当然のことと考えていた。 このような雇用慣行を反映し、当初、配転は使用者の人事権に基づく事実行為であり、配転命令の効力 を争うことはできないと考えられていた。しかし、配転が多用され、労働者の私生活上の不利益が問題化 してくると、これを法的に争うための理論として次のような 2 つの考え方が主張された。 ①契約説 「契約説」は、配転命令は職種・勤務場所に関する労働契約上の合意の範囲内でのみ可能であり、こ の合意を超える配転命令は契約の申込みたる事実行為に留まり、その効力を認めるには労働者本人の同 意が必要であるとする。 ②包括的同意説 「包括的合意説」は、配転命令を労働の場所・種類の決定を包括的に使用者に委ねる包括的合意によっ て肯定される労務指揮権(形成権)の行使であると捉えた。したがって、それは法律行為であり、権利濫 用の審査が可能であるとする。 荒木 尚志教授は、 「包括的同意説」も配転命令権が制限されることを認め、 「契約説」も包括的合意によ る配転命令権を認めているところから、 両説は両立する見解であると述べておられる (荒木 「労働法」 P360) 。 配転命令の効力は、①権限審査(配転命令権が存在するか)と、②濫用審査(配転命令権の存在が肯定 されてもその行使が濫用と評価されないか)の2段階で審査されることになる。 ⇒ 配転命令権の根拠は、「契約説」、「包括的合意説」いずれの立場であっても、労働契約に求められる。したがって、 その行使は、明示・黙示の限定合意の範囲内でなければならない。 (2)配転命令の拒否 どんな場合に配転や転勤を拒否できるか。 配転や転勤は会社に包括的に委ねられた権限の行使であるが、それだからといって、 “すべてを会社にま かせたのだから、会社のいうことはなんでもきかなければならない”というように無制限に会社の転勤や 配転命令が許されるわけではなく、その命令権の行使が合理性がなく権利の濫用にあたるときは無効とな る。 安西 愈弁護士は、そのような無効となる場合として次の7つの例をあげている(安西「労働時間」十二 訂版 P711 以下) 。 ① 業務上の必要性のないもの 業務上の必要性によらない配転等は労働契約上の法的根拠を欠くので無効となる。たとえば社員の単 なる私生活上の問題や会社と社員との労働関係外の問題などを理由とする転勤 A 叩令がこれにあたる。 判例でも、例えば配転命令の業務上の必要性が不明確で、経営に批判的な立場にある労働者を遠ざけ、 配転拒否による退職を期待するなど不当な動機・目的を有する場合について権利檻用とされている( 「マ リンクロットメディカル事件」東京地裁決定平 7.3.31) 。 817 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 ② 労働条件が著しく低下するもの 労働者の日常生活に影響を及ぼす賃金の相当な減収となるものなどは配転命令権の濫用となる ( 「和歌 山パイル織物事件」和歌山地裁判決昭 34.3.14) 。 ③ 職種・勤務場所について合理的な予想範囲を著しくこえるもの 当該労働契約締結の際の事情、 従来の慣行、 当該配転における新旧職務間の差等を総合的に判断して、 合理的であると考えられる範囲をこえる著しい職務内容の変更等は一方的命令によってはなしえないと されている( 「名村造船所事件」大阪地裁判決昭 48.12.18) ④ 不当労働行為に該当するもの 労働組合の組合員や組合活動家、役員であることを理由とする不利益取扱い、組合活動に打撃を与え 弱体化を意図するものなど組合の運営への支配・介入に該当するものは無効(労組法第 7 条1号・3 号) となる。判例でも、例えば、神戸支店から共稼ぎ夫婦の夫を金沢営業所に配転したことにつき配転命令 の業務上の必要性はあるが、人選の合理性がなく、 「本件配転命令は、控訴会社によって、被控訴人の正 当な組合活動を嫌悪して、そのことの故に(少なくとも、そのことを主たる理由として)なされた被控 訴人に対する不利益取扱であると認められるから、不当労働行為として無効というべきである。 」とされ ている( 「朝日火災海上保険事件」大阪高裁判決平 3.9.26) 。 ⑤ 思想・信条その他差別待遇にあたるもの 使用者が、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由とする差別扱いをすることは禁止されているの で、これに該当するような配転等も違法無効となる(労基法第三条) 。例えば、判例でも、工員に対し休 業中の他の工場の保安要員に転勤を命じたことにつき、 「相当重大な勤務条件の不利益な変更であるにか かわらず、適正な配慮のもとになされなかったものであり、右転勤命令はいずれも、申請人らの主張す るとおり申請人らが共産党の支持する思想を信奉することを理由としてなされた差別的取扱であること が一応推測できる。そうすると本件転勤命令は、いずれも労働基準法三条に違反して無効であるから、 申請人両名がこれに従わなかったのは正当な理由がある」とされている( 「近江絹糸事件」大阪地裁判決 40.4.22) 。 ⑥ 技術・技能等の著しい低下となるもの 技術系統の社員については、技術、技能等は人格財産を形成するので、その能力の維持ないし発展を 著しく阻害するような職種の変更等は配転権の檻用となる( 「三井東庄化学事件」名古屋地裁判決昭 47.10.23) 。しかし、最近ではセールスエンジニア等については本人の技術、技能の発展にむしろプラス であるということなどで正当な配転と認められている ( 「新潟鉄工所事件」 前橋地裁判決昭 46.7.27 ほか) ので、ケース・バイ・ケースで判断される。 ⑦ 私生活に著しい不利益を生ずるもの 私生活については本来使用者の関与できないものであるから、私生活上の不便ないし不利益を理由と するものは原則として正当理由とはならないが、それが一般労働者が通常予想されるような損害、苦痛 をこえて、きわめて著しい場合には労働者の正当な拒否理由となる。これは、重病人をかかえていたり する労働者家族の生命、身体の危険にかかわる場合( 「日本電気事件」東京地裁判決昭 43.8.31、 )が多 く、他の理由によるものは、あまり認められていない。 818 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 3.配転命令権の存否 通常、個別契約で勤務場所・職種を限定することは稀であり、就業規則上「業務の都合により出張、配置 転換、転勤を命じることがある」といった配転条項が置かれていれば、通常は配転命令権は肯定される。ま た、 本社採用の幹部候補生のように包括的配転命令権を黙示的に承認していると解される場合も同様である。 そこで、実際に配転命令権の存否を争う場合には、 「黙示の合意」ないし「契約解釈」による限定・特定が 問題とされることになる。 (1)勤務場所の限定 勤務場所について明示・黙示の限定合意が認定されれば、個別労働者の合意なく配転を命じることはで きない。従来は、現地採用の非正規従業員には、勤務場所の限定が認められやすかったが、正規従業員に ついては、そのような限定は認められないのが一般であった。 しかし、最近は、コース別雇用管理の採用等のために、正規従業員でも勤務地限定契約が増えてきてい る。この場合、勤務場所の変更には、労働者の個別の同意が必要となる(注) 。 注. 「新日本通信事件」大阪地裁判決平 9.3.24 雇用される際、家庭の事情で仙台以外では勤務できない旨申し出て、被告支店長は承った旨回答し本社か らも留保を付することなく採用が認められた原告が大阪転勤の無効を提訴した事件で、裁判所は「原告が被 告に応募するに当たって転勤できない旨の条件を付し、被告が右条件を承認したものと認められるから、原 告・被告間の雇用契約においては、勤務地を仙台に限定する旨の合意が存在したと認めるのが相当である。 したがって、本件配転命令は、勤務地限定の合意に反するものであり、原告の同意がない限り効力を有しな いというべきところ、原告が本件配転命令に同意しなかったことは当事者間に争いがないから、本件配転命 令はその余の点を判断するまでもなく無効であるということができる。 」と判示した。 次に、配転が本人の意思に反し相当な不利益を課す場合には、あらかじめ,①配転が必要とされる理由, ②配転先における勤務形態や処遇の内容、③原地区への復帰の予定等について、可能な限り具体的・詳細 な説明を尽くすべきである。そのような配慮を欠く配転命令は、後述する配転命令権の濫用にとなり得る (注) 。 注. 「日本レストランシステム(配転拒否控訴)事件」大阪高裁判決平 17.1.25 マネージャーA 職である控訴人が原価を操作し、担当店舗の従業員にサービス残業をさせ、無銭飲食をさ せるなどしたとして、マネージャーB 職、更に店長へと降格させ、大阪から東京へ研修目的で配転命令を発 したところ、心臓病を患う8歳の長女がおり、その診察、治療のため、大阪地区を離れることはできないこ となどを主張した事件で「控訴人にその意思に反して相当な不利益を課するものであるから、使用者たる被 控訴人としては、予め,①配転が必要とされる理由,②配転先における勤務形態や処遇の内容、③大阪地区 への復帰の予定等について、控訴人に対し可能な限り具体的かつ詳細な説明を尽くすべきであった。しかる に、被控訴人が控訴人に対し、上記の点について具体的かつ詳細な説明を尽くしたものとは到底いえず、勤 務地を関西地区にとどめるようできる限りの配慮がなされたとも到底いえない。以上を総合すれば、本件配 転命令は権利の濫用に当たるから無効というべきである。 」と判示した。 (2)職種の限定 医師、看護師、自動車運転手、アナウンサーのようにその業務が特殊の資格、技能を必要とするもので ある場合、当該労働契約は職種を限定したものと解されることが多かった。たとえば、難関のアナウンサ 819 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 ー専門の試験に合格し、20 年近く一貫してアナウンス業務に従事してきた者が、一般事務職への配転を命 じられた事件では、労働契約上採用時から職種はアナウンサーに限定されていたとして、労働者は当該配 転命令を拒否できるとされた(注 1) 。 しかし、近時の裁判所の解釈は、容易に職種限定を認めないという傾向が顕著である(注 2) 。その典型 的事例が日産自動車村山工場事件である(注 3) 。同事件では、機械工の募集に応じて自動車メーカーで機 械工の職務に 17 年から 24 年にわたって従事してきた労働者が、生産体制の再編により、従事してきた車 軸部門が他工場に移転されたため、機械工から組立工に配転を命じられた。労働者は、機械工として長年 従事してきたことにより自分たちの職種は機械工に特定されているとして、使用者は同意なく異なる職種 への配転を命じ得ないと主張した。裁判所は、労働者と使用者の間において、原告労働者らを機械工以外 の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が明示または黙示に成立したとまでは認めること ができないとして、職種限定を否定し、配転命令を有効とした。 裁判所の判断には、長期雇用システムの中で雇用を維持するためには、配転による柔軟な労働条件変更 を認めざるを得ないところ、一旦、職種や勤務場所の限定を認めると、労働者の個別同意なしには当該労 働条件変更が一切不可能となり適切でない、との考慮が働いていると推測される。 また、近時の裁判例は、職種・勤務地等の限定までは認め得なくとも、特定についての労働者の期待等 を考慮し、配慮に欠ける配転を濫用判断で考慮する傾向が生じてきている。 注 1.日本テレビ放送網事件東京地裁判決昭 51.7.23 テレビ会社のアナウンス課から審査室考査部への配転を命じられた女性アナウンサーが配転命令の効力 停止の仮処分 を申請した事案で「申請人(労働者)が労働契約締結の際に被申請人(会社)に対しテレビ放送のアナウン ス業務以外の業務にも従事してよい旨の明示または黙示の承諾を与えているなどの特段の事情の認められ ないかぎり,申請人は,被申請人との間に,テレビ放送のアナウンス業務のみに従事するという職種を限定 した労働契約を締結したものであって,その後申請人が個別に承諾しないかぎり,被申請人会社におけるそ の余の業務に従事する義務を負わないものと解すべきである。そして,本件の全疎明資料を検案しても,申 請人が労働契約締結の際に被申請人に対しテレビ放送のアナウンス業務以外の業務にも従事してよい旨の 明示また黙示の承諾を与えているなどの特段の事情は認められない。そうすると,申請人がその後個別に承 諾しないかぎり,被申請人は,申請人に対し,テレビ放送のアナウンス業務以外の業務に従事することを命 ずる労働契約上の権利を有しないものといわなければならない。 」 「なお,……被申請人会社の職員就業規則第38条は,従業員(職員)の転勤,転職等につき, 『会社は 業務に必要あるときは職員に転勤,転職または社外業務に出向を命ずることがある。出向の際の取り扱いは 別に定める。 』と規定していることを認めることができるけれども,この就業規則の規定が右に述べたよう な職種を限定した労働契約に優先して適用されその契約の効力を失わせると解すべき根拠は全く考えられ ないから,この規定の存在は右に述べた結論を左右するに足りるものではない。 」と、アナウンサーの他業 務配転を無効とした。 注 2.九州朝日放送事件最高裁一小判決平 10.9.10 24年間アナウンサーとして従事してきた者に対するアナウンサー業務以外への配転について, 「アナウ ンサーとしての業務が特殊技能を要するからといって,直ちに,本件労働契約において,アナウンサーとし ての業務以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が成立したものと認めることはでき ず,控訴人については,本件労働契約上,被控訴人の業務運営上必要がある場合には,その必要に応じ,個 別的同意なしに職種の変更を命令する権限が,被控訴人に留保されているものと解するのが相当である。 」 820 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 と、アナウンサーの他業務配転を有効とした。 注 3.日産自動車村山工場事件 東京高裁判決昭 62.12.24 Xらは、自動車の製造販売を目的とする使用者 Y の A 工場で機械工として 17 年から 28 年間勤務してきた が、Y は、世界自動車業界の車軸小型化、駆動装置の FF 化に対応するため、従来 A 工場にあった車軸製造 部門を B 工場等に移管し、A 工場において小型乗用車を製造することとなったので、人員再配置計画に基づ きXらを単純反覆作業であるコンベアライン作業へ配置換えした。そこで、Xらは Y に対し、A 工場を就労 場所とする機械工の地位にあることの確認請求と右配置換えが不当労働行為であるとして不法行為に基づ く損害賠償請求をした。 判決は、次のように述べて労働者側敗訴(上告)を言い渡した。 Y の就業規則には、 「業務上必要があるときは、従業員に対し、転勤、転属、出向、駐在、又は応援を命 じることができる。前項に定める異動のほかに、業務上必要があるときは、従業員に対し、職種変更又は 勤務地変更を命じることができる。従業員は、正当な事由がなければ第一項及び第二項の命令を拒むこと ができない。 」との規定があった。Y では、 「本件配転前にも機械工を含めて職種間の異動が行われた例のあ ることが認められる」 。また「我が国の経済の伸展及び産業構造の変化等に伴い、多くの分野で職種変更を 含めた配転を必要とする機会が増加し、配転の対象及び範囲等も拡張するのが時代の一般的趨勢である」 。 これらの事情に鑑みると、Y は、業務運営上必要がある場合には、その必要に応じ、労働者 X らに対してそ の個別的同意なしに職種の変更を命令する権限を持っている。他方、本件配転により X らに、従業員とし て通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わされている証拠はない。 ⇒ アナウンサーの職種限定に関し、昭和 50 年代には認められる傾向にあったが、平成 10 年代には容易に認められ なくなってきた。 821 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 4.配転命令権の濫用 (1)転勤命令権の存否 労働協約・就業規則に、業務上の都合により従業員に転勤を命じることができる旨の定めがあり、現に 従業員の転勤を頻繁に行っており、労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされ なかったという事情のもとにおいては、会社は個別的同意なしに従業員の勤務場所を決定し、これに転勤 を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。 ただし、配転命令権の存在が肯定される場合であっても、その行使が権利濫用と評価される場合、配転 命令は無効となる。 一般に、使用者の有する広範な人事権に照らし、配転命令は、業務上の必要性がない場合又は業務上の 必要性がある場合でも不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受 すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情のある場合でない限りは、権利 の濫用にならないものと解されている( 「日本レストランシステム事件」大阪高裁判決平 17.1.25) 。 労契法 (労働契約の原則) 第三条 5 第 1 項~第4項 略 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならな い。 ⇒ 配転命令は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情のある場合でない 限りは、使用者の有する広範な人事権に照らし、権利の濫用にならない。 ⇒ 「通常甘受すべき程度」の不利益には、単身赴任せざるを得ないという事情が含まれる。 (2)転勤命令権の濫用となる場合 使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、 これを濫用することは許されない。 次のいずれかに該当する場合には、権利の濫用として当該転勤命令は無効となる。 ① 当該転勤命令について業務上の必要性が存しない場合 ② 当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき ③ 通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を労働者に対し負わせるものであるとき 上記①の「業務上の必要性」は「余人をもって替え難い」といった高度なものである必要はないことと され、企業の合理的運営に寄与すれば足りると解されている。具体的には、従来の知識・技能を活かし得 る者を選択したことや、定期異動において同一地域における就労期間の長い者を選択したことが相当とさ れる(帝国臓器事件最高裁判決平 11.9.17、土田「労契法」P377) 。 また、③に関して、単身赴任を強いられることは「通常甘受すべき程度」の不利益に過ぎないとした。 ②に関して、不当な動機目的による場合として、退職を迫る意図による配転や報復目的の配転は濫用とな る(注 1) 。業務上の必要性があっても、本人が病気から復帰直後である場合の遠隔地配転(注 2) 、病気の 家族の介護の必要性がある場合等、当該配転が著しい不利益をもたらす場合にも、濫用となる。 822 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 注 1.フジシール事件大阪地裁判決平 12.8.28 管理職として開発業務に従事していた労働者X(五四歳)が、会社からの退職勧奨を拒否した後、(1) 工場への配転命令及び(2)降格処分を受け、その後、(3)別の工場への配転命令が出されたため、(1) (2)(3)命令以前の雇用契約上の地位にあることの確認並びに減額された賃金(役職手当)等の支払を 請求したケースで、(1)については、Xを単純作業の肉体労働へ従事させるべき業務上の必要性があった ものとはいえず、退職勧奨拒否に対する嫌がらせであり、(2)についても業務上の必要性はないとして、 (1)の配転命令は権利濫用により無効であるとし、(3)についても、権利濫用により無効とされ、(2) については、就業規則に降格処分の要件が規定されていないことを理由に無効であるとし、 (1) (2) (3) の請求が一部認容された。 注 2.日本ガイダント仙台営業所事件仙台地裁決定平 14.11.14 営業職係長から営業事務職への配転命令を受けて賃金額が半減したところ、同配転が無効である旨主張し て仮処分を申し立てたケースで「従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっ ては、賃金が労働条件中最も重要な要素であり、賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与え ることから、配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず、労働者の適性、能力、実 績等の労働者の帰責性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側の業務上の必要性の有無及びそ の程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り、当 該降格は無効と解すべきである。」として、配転命令全体を無効とした。 (3) 「東亜ペイント」事件 この事件は、全国に営業所を展開し営業担当者の転勤を頻繁に行っている会社に大学卒の営業担当者と して入社し、勤務地を限定する旨の合意がなされなかった事情のもとにおいては、会社は個別同意なしに 転勤を命じることができる、と判断している。 「東亜ペイント事件」最高裁二小判決昭 61.7.14 (事実の概要) 被上告人 X は、全国 15 カ所に事務所・営業所を有する上告人 Y 会社に昭和 40 年に入社した後、大阪事務所 に勤務していたが、昭和 44 年に子会社に出向させられ、昭和 46 年には神戸営業所に転勤させられた。X は、 昭和 48 年に広島営業所への転勤を内示されたが、母が高齢(71 歳)であり、保母をしている妻も仕事を辞める ことが難しく、子供も幼少である(2 歳)という家庭の事情により転居を伴う転勤には応じられないとして、こ れを拒否した。Y 会社は X のかわりに訴外 Z を広島に転勤させ、その後任として X に名古屋営業所への転勤を 内示したが、X が同様の理由により拒否したところ、本人の同意が得られないままに転勤が発令された。X がこ れに応じなかったところ、就業規則所定の懲戒事由に該当するとして懲戒解雇された。 (判決の要旨) 上告会社の労働協約及び就業規則には、上告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命じることができる 旨の定めがあり、現に上告会社では、全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担 当者の転勤を頻繁に行っており、被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので、両 者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという前記事情の下に おいては、上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求め る権限を有するものというべきである。 823 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用 者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないが、当該転 勤命令について業務上の必要性が存しない場合、または業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命 令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著し く越える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の 濫用になるものではないというぺきである。 右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要 性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務能率の増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、 業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべ きである。 本件転勤命令については、業務上の必要性が優に存在し、本件転勤が X に与える家庭生活上の不利益は、転 勤に伴い通常甘受すべき程度のものであるので、本件転勤命令は権利の濫用には当たらない。 (4)権利濫用判断の新たな展開 「東亜ペイント事件」最高裁二小判決昭 61.7.14 では、配転命令の権利の濫用の判断は、①業務上の必 要性があるか、②不当な動機・目的で行われるものでないか、③通常甘受すべき程度を著しく超える不利 益はないか、という基準であった。そして、 a.業務上の必要性については、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の 必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務能率の増進、労働者の能力開発、勤務意 欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性 の存在を肯定すべきであること b.母が高齢(71 歳)であり保母をしている妻も仕事を辞めることが難しく子供も幼少である(2 歳)とい う事情により単身赴任せざるを得ない家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のもので ある とされた(使用者の裁量権が大幅に肯定された。 ) 。 しかし、配転命令権行使の権利濫用審査については、近時の裁判例には新たな債向が見出される、と荒 木 尚志教授は次のように指摘されている(荒木「労働法」P364) 。 ① 平成 13 年の年育児介護休業法改正により、労働者の被る私生活上の不利益に関連して転勤によって育児・ 介護が困難となる労働者については、事業主はそうした状況に配慮しなければならないとの規定(育介法 26 条)が設けられ、ワーク・ライフ・バランスへの配慮に注目が集まりつつある。これは東亜ペイント事件判 決の③労働者の甘受すべき不利益の評価や、権利濫用一般の評価に影響を与え得る動きである。 ② 従来、職種・勤務地の限定が認定されなければ特段の事情がない限り権利濫用とはならないと解されてき たのに対して、近時の裁判例には、職種・勤務地の限定まで認定できない場合であっても職種・勤務地特定 に対する労働者の期待が相当と認められる場合に、勤務地を限定するよう配慮すべき信義則上の義務を肯定 する例、労使間で締結された配転しない努力義務規定を権利濫用判断に反映させる例など、個別の労働者の 労働関係安定への期待により配慮したきめ細かな濫用判断がなされつつある。 ③ 配転命令が権利濫用に該当しない場合でも、配転に伴う利害得失を考慮して合理的決断をするに必要な情 報が提供されていなかった場合、懲戒解雇は権利濫用となるとする例や、配転命令は権利濫用とならないと 824 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第2節 配置転換 しつつ、配転に当たっての手続の妥当性(説明の不適切さ)に着目して、それに従わないことを理由とする 懲戒解雇を無効とした事例も見られる。 労契法 3 条 4 項の信義則、同 4 条 1 項の労働契約内容の理解促進措置の規定に照らしても、権利濫用判 断において配転手続き・説明の妥当性は考慮されるべきであろう。 育児・介護休業法 (労働者の配置に関する配慮) 第 26 条 事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合 において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となること となる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。 就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において「配慮しなければならない」とは、 「子の養育 又は家族の介護を行うことが困難とならないよう意を用いることをいい、配置の変更をしないといった配 置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事 業主に求めるものではないこと」としている(平 21.12.28 職発 1228 第 4 号・雇児発 1228 第 2 号第 9 ,11(5),(6)) 。 平 21.12.28 の通達 (5)「配慮」とは、労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものの対象となる労働者について子の養育又 は家族の介護を行うことが困難とならないよう意を用いることをいい、配置の変更をしないといった配置その ものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求め るものではないこと。 (6) 指針第二の十四は、 「配慮」の内容として、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況を把握すること、 労働者本人の意向をしんしゃくすること、配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをした場合の子の養育又 は家族の介護の代替手段の有無の確認を行うことを例示しているものであること。 ⇒ 最近の傾向として、職種・勤務地限定に関する特段の事情のある場合でなくても、個別の労働者の労働関係安定 への期待により配慮したきめ細かな配慮を求めたり、配転命令が権利濫用に該当しない場合でも、配転に当たってそ の必要性や人選の適切さなど手続きの妥当性が求められる。 ※配転命令権審査の新たな傾向 ① 育児・介護、ワーク・ライフ・バランスへの配慮が求められる。 ② 職種・勤務地の限定まで認定できない場合であっても、勤務地を限定するよう配慮すべ き信義則上の義務を肯定する例がみられる。 ③ 配転に伴う利害得失決断をするに必要な情報が提供されていなかった場合に、説明の不 適切さに着目して手続の不備を理由として懲戒解雇を無効とした例も見られる。 825 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 第 3 節 昇進・昇格・降格 1.昇進・昇格 (1)昇進・昇格の意義 昇進とは、企業組織において労働者を下位の職位から上位の職位に移動させることをいう。 昇格とは、職能資格制度のように、職務能力と資格とを対応させる制度において、資格を上昇させるこ とをいい、職位の上昇(昇進)と直結しない。 昇進・昇格が今日のように企業における人事制度として明確な位置づけを得の陰りと人口構成の高齢化 によって上位ポストが不足するようになると、能力主義的人事管理が重視され、年功的人事制度は修正を 余儀なくされ、職能資格制度が登場した。 ※職 位 企業組織における職務上の地位・権限をいう。一般に下位から順に、主任・係長・課長・次長・部長などの 名称が用いられる。 係長から課長へというように職位が上昇することを「昇進」という。 ※昇 格 職能資格制度のもとでは、職務遂行能力に着目して職能資格付けをし、職能資格と賃金とを連動させる。具 体的には主査補・主査・主事1~2級・副参事1~2級・参事1~4級・参与などの名称が用いられる。たと えば、課長を選任する場合は副参事1級~参事3級の中から選ぶというように、職能資格と職位とを連動させ ることが一般的である(範囲職能等級制度) 。 主事から副参事へというように職能資格が上昇することを「昇格」という。 職能資格制度とは、労働者の職務遂行能力の発展段階に応じて資格等級を定めて格付けし、それに応じ た処遇と賃金管理を行う制度である(次ページ第 2-9-3-1-図参照) 。 そこでは、まず職務遂行能力に応じた職能資格を大きく区分し(上級・中級・初級など) 、各資格の中で 資格等級をさらに細分化して職能資格等級を定める。この職能資格の上昇が「昇格」 、等級の上昇が「昇級」 であり、下降が「降格」である。昇格・昇級は、基本給(職能給)を決定する基本的要素となり、賞与に も反映される。 一方、職能資格制度においては、資格等級の各段階ごとに対応する職位(役職)が定められ、この間で 昇進が行われる。次ページ第 2-9-3-1 図に見られるとおり、資格と職位を分け、一定の資格等級に達した 者の中から勤務成績の優秀な者を選別し、上位の職位に昇進させる。つまり昇進にあっては、もっぱら職 務能力と勤務成績を基準とした政策的・成果主義的な選別が行われ、年功的要素は希薄となる。換言すれ ば、昇進は使用者の広範な裁量判断に服する人事を意味する。 職能資格制度においては、昇格・昇級ともに、人事考課に基づく能力・成績の評価が基準となるので、 年功的要素はその分後退する。特に近年には、シビアな能力・業績評価によって昇格要件を厳正化したり、 ドラスティックな降格人事を行うなど、成果主義的に運用するケースが登場している。この結果、人事考 課が重要な意味をもつことになる。 826 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 第 2-9-3-1 図 職能資格制度のモデル 職能資格 資格等級 昇給・昇格候補要件 対応役職 (ポスト限定) 経営職 上級管理専門職 中級管理専門職 初級管理専門職 参事1級 部長 参事2級 次長 参事3級 ・滞留義務年数の経過 課長 参事4級 ・過去3回の人事考課成績の持ち点が9点以上 課長補佐 副参事1級 ・各資格等級の職務遂行基準に達していること 係長 副参事2級 主事1級 指揮監督職 主任 主事2級 主査1級 ・滞留義務年数の経過 主査補 ・過去3回の人事考課成績の持ち点が6点以上 社員1級 一般職 社員2級 各資格等級ごとの滞留義務年数の経過 社員3級 出典:小嶌陽一他「目で見る労働法教材」第2版 P74 有斐閣刊 2003 年(土田「労契法」P358 より転載) (2)昇進・昇格命令権 従来は考えられないことであったが、最近は多様な価値観の出現により、昇進・昇格を望まない職員も 現れてきている、そこで、そもそも使用者は、労働者に対して一方的に昇進・昇格を命じることができる ものであろうか?ということが議論される。 昇進は役職(職位)の上昇(変更)を伴い、昇格も資格・賃金の上昇(変更)を伴うので、理論的には 一方的命令の可否が問題となるが、日本の長期雇用制度の下では、労働者は種々の職務・役職を経て昇進・ 昇格していくことを予定しており、そのような役職(地位)の決定を使用者に委ねることが労働契約内容 になっていると解される。したがって、使用者は人事権を行使して、昇進・昇格を一方的に命じることが できる(土田「労契法」P359) 。 ⇒ 使用者は、昇進・昇格を望まない職員に対しても、人事権を行使して昇進・昇格を命じることができる。 (3)昇進差別・昇格差別の法規制 使用者が何らかの理由により労働者を差別的に昇進・昇格させないことがある。そのような措置は違法・ 無効となるのであろうか? 1)昇進差別の法規制 まず昇進は、労働者の能力・適性を総合的に判定して行われる人事であり、また企業運営の根幹を左右 する重要事項であるので、どの労働者を昇進させるかは使用者の広い裁量権(人事権)に委ねられ、法が 介入する範囲は限定される。介入規範としては、均等待遇(労基 3 条) 、男女差別規制(雇均 6 条 1 号) 、 不当労働行為(労組 7 条 1 号)が挙げられるが、ここから違法な差別が認定されても、不法行為に基づく 827 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 損害賠償請求(民 709 条)が認められるにとどまり、特定の管理職ポストへの昇進請求までは認められな い。 菅野 和夫教授は、昇進人事は基本的には企業の裁量的判断(人事権)を尊重すべきことで、法はあまり 介入すべきではないとし、現行法が介入するのは、①労基法 3 条の国籍・信条・社会的身分による昇進差 別、②男女雇用機会均等法 6 条による性別による昇進差別、③パート労働法 8 条による通常労働者と同視 すべき短時間労働者に対する昇進差別、労組法 7 条による労働組合の組合員に対する不当労働行為として の昇進差別、だけである、と述べておられる(菅野「労働法」P405~406) 。 裁判例では、男女の昇格差別について昇格請求権を認めつつ、係長への昇進請求については、使用者の 「実践的な経営判断、人事政策に属するものであって、専権的判断事項というべきもの」であり「係長に 昇進させるか否かは被告の専権的判断事項に属し、 職員には是正を求める権限が当然にあるとはいえない。 」 として退けた例がある( 「芝信用金庫(男女差別)事件」東京高裁判決平 12.12.22) 。 2)昇格差別の法規制 昇格差別に対しても、労基法 3 条、雇用機会均等法 6 条 1 号、労組法 7 条の規制がある(均等法上は「昇 格」は「昇進」に含まれる) 。また昇格は昇進と異なり、職位の上昇を伴わず、賃金(格付け)の上昇をも たらすにすぎない場合もあり、昇格請求権の可否がより重要な問題となる。 まず、使用者が違法に昇格差別を行った場合は不法行為が成立し、損害賠償責任を負う(民 709 条) 。損 害額は通常、あるべき資格等級に対応する差額賃金相当額となろう。典型例として、男女職員の業務内容 が同一であるにもかかわらず、男性について選考を行うことなく一律の昇格措置をとる一方、女性を昇格 させなかったことの違法性が争われたケースにつき、憲法 14 条の下では、昇格を含む労働条件に関する合 理的理由のない男女差別の禁止は公序(民法 90 条)として確立されており、男女の昇格差別は公序違反の 不法行為となると述べ、差額賃金相当額の損害賠償を命じた例がある(注 1) 。 問題は、昇格請求(昇格した地位にあることの確認請求)が認められるか否かである。この点、昇格は 昇給と同様に使用者の発令行為(意思表示)によって行われ、昇格請求権は、そうした発令行為を介して 昇格が契約内容となることによって生じるのが原則であるから、使用者の昇格発令がない段階で昇格請求 権を肯定することはできない。すなわち、違法な昇格差別の救済は、損害賠償請求にとどまるのが原則で ある(注 2) 。ただし、昇格が賃金の上昇をもたらすにすぎず、在籍年数や年齢等の客観的要件を満たす者 が機械的に昇格しているケースでは、労働契約の解釈を通して、例外的に昇格請求が肯定されることがあ る(前述「芝信用金庫(男女差別)事件」) 。 注 1. 「社会保険診療報酬支払基金事件」東京地裁判決平 2.7.4 「労働基準法 3 条及び 4 条の規定の文字の上からは、 賃金以外の労働条件について差別的取扱いをすること は直接禁止の対象とされていないが、右規定の趣旨は、賃金以外の労働条件についても、性別を理由とする合 理的理由のない差別的取扱いを許容するものではないと解され、 労働条件に関する合理的理由のない男女差別 の禁止は、民法 90 条にいう公の秩序として確立しているものというべきである。 」として、「組合間の男子 職員の昇格における格差の是正に当たって、 勤続年数を唯一の基準として男子職員に対し一律の昇格措置をと ったにもかかわらず、男子職員と同一の採用試験で採用され、同一の業務内容を担当し、職務上の等級も等し かった女子職員については、右の勤続年数の基準を満たしているにもかかわらず、昇格措置を講じなかった」 ことは公序に反し無効であるとされた。 828 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 注 2.不当労働行為である昇給・昇格差別 昇給・昇格は「昇進」に比して企業組織内における地位・権限の付与という性格が弱く経済的待遇の色彩が 強いので、裁判例では違法な昇格差別の救済は損害賠償請求にとどまる例が多い。しかし、行政命令によって 労働委員会が救済を図る場合は、昇給差別については①一定の基準を示して再査定を命じたり、②組合員一人 ひとりに支払われるべき昇給額を決定しその結果の差額を命じる金銭補償が主であるが、 昇格差別については 差別がなければなされたであろう昇格を実行するように命令するものが多いそうである (菅野 「労働法」 P707) 。 3)不昇格措置と人事考課 昇格が人事考課を経て実施されている場合は、昇格差別が問題となる余地は少ない。人事考課は、使用 者が労働契約において有する人事権に属するため、基本的には使用者(上司)の裁量に委ねられるからで ある。しかし一方、人事考課は公正に行われるべきものであるから(※) 、不昇格措置の前提である人事考 課が不公正に行われたものと判断されれば、その結果である不昇格措置についても、人事権の濫用として 不法行為が成立することがある。使用者が人事考課制度を整備しないまま恣意的な評価を行ったり、上司 が評価基準の適用を誤って不当に低く評価した結果、昇格が実施されていない場合が典型例である。 損害額は、標準的な評価を受けて昇格した労働者の賃金との差額相当分となろう。 裁判例では、使用者が適正な人事考課を怠り、労働者の期待権を不当に侵害したときは不法行為が成立 するとした上、組合所属を理由に不昇格を継続したことについて不法行為の成立を認めた例( 「ヤマト運輸 事件」静岡地裁判決平 9.6.20)や、既婚者に対する一律の低査定と不昇格措置につき、個々の労働者の能 力・業績に基づき査定を行うとの人事考課制度の趣旨に反するとして違法と解し、標準者との差額賃金相 当額および慰謝料の支払を命じた例がある( 「住友生命事件」大阪地裁判決平 13.6.27) 。成果主義人事の 進展に伴い、裁判例は昇格についても、人事考課に関する規制を強めている。ただし裁判例は、こうした 差別的不昇格措置の効果として昇格請求権まで認めることには否定的である。土田 道夫教授も「人事考課 が賃金決定と人事処遇という企業の資源配分に直結する手続であり、使用者の権利(人事権)に属する事 項である以上やむをえないと考える」と述べておられる(土田「労契法」P361) 。しかし、著しく不合理で 社会通念上許容しがたい不昇格であるとしても、使用者の評価と判断による決定の場合は労働者に昇格請 求権は認めがたく、損害賠償請求により救済されることになる(菅野「労働法」P407) 。 ※「公正な評価」 人事考課は労働者の能力・成果を評価して賃金・処遇を決定する制度である。評価項目は通常、①成果(職 務の達成度) 、②能力(知識・技能・理解・判断力など) 、③職務行動(達成に向けてどのように行動したか) 、 ④情意(勤務態度・協調性など)に別れる。その結果は基本給・賞与の決定や昇進・昇格・降格などの処遇に 反映される。 従来、人事考課は使用者の人事権の行使として幅広くその裁量が認められてきた(注 1・注 2)が、成果主 義人事においては、 「公正な評価」が必須要件とされる(土田「労契法」P259) 。 注. 「ダイエー事件」横浜地裁判決平 2.5.29 「企業において、人事考課や賞与の査定は、公平無私たるべく、裁量権を濫用して個人的な恨みを晴らした り、職務と無関係な事項につき自分の意に沿わぬことに報復するなど不当な目的で、低い考課や査定をし… 経済的損害ないし精神的苦痛を与えた場合には、不法行為責任を負う。 」と、人事考課の評価は、男女差別や 不当労働行為など法規違反に該当しないかぎりは、使用者に幅広い裁量権を認めている。 829 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 注 2. 「光洋精工事件」大阪高裁判決平 9.11.25 「人事考課をするに当たり、評価の前提となった事実について誤認があるとか、動機において不当なものが あったとか、重要視すべき事項を殊更に無視し、それほど重要でもない事項を強調するとか等により、評価が 合理性を欠き、社会通念上著しく妥当を欠くと認められない限り、これを違法とすることはできない」と判示 した。 830 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 2.降 格 (1)降格の意義 降格とは、労働者の職能資格または職位(役職)を低下させることをいい、昇進・昇格の場合と異なり、 地位・職務の低下を意味し賃金の低下をもたらすなど労働者に及ぼす不利益が大きいため、一方的降格命 令がいかなる範囲で可能かが問題となる。 降格の類型として、次のように分類できる。 ① 役職・職位の引下げ( 「昇進」の反対概念) ② 職能資格の引下げ( 「昇格」の反対概念) ③ 懲戒処分としての「降格」 第 2-9-3-1 図 降格の概念 役職・職位の引下げ 降 格 職能資格等級の引下げ ・昇進の反対概念 ・例:課長 → 係長 ・昇格の反対概念 ・例:5級 → 3級 懲戒処分としての「降格」 ・上記2例を含む措置 ・例:職位を課長 → 係長とし、 等級を5級 → 3級とする (2)役職・職位の引下げ( 「昇進」の反対概念) 1)一般的理解 使用者が有する採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格、解雇等の人事権の行使は、雇用契約にその 根拠を有し、労働者を企業組織の中でどのように活用・統制していくかという使用者に委ねられた経営上 の裁量判断に属する事柄であり、人事権の行使は、これが社会通念上著しく妥当を欠き、権利の濫用に当 たると認められる場合でない限り違法とはならない 成績不振を理由に営業所長を営業社員に降格する場合( 「エクイタブル生命保険事件」東京地裁決定平 2.4.27)や、勤務成績不良を理由として部長を一般職へ降格する場合( 「星電社事件」神戸地裁判決平 3.3.14) のように、一定の役職を解く降格については、就業規則に根拠がなくても人事権の行使として裁量的判断 により可能である。また、経営の悪化を受けて業務の統合、単純化・合理化が急務となり管理職の職務も 見直され、課長職からオペレーションズテクニシャン(課長補佐職相当)に降格され、その後さらに総務 課(受付業務担当)に配転された案件で、裁判所は「人事権の行使は、労働者の人格権を侵害する等の違 法・不当な目的・態様をもってなされてはならないことはいうまでもなく、経営者に委ねられた右裁量判 断を逸脱するものであるかどうかについては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無・程度、 労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか、労働者の受ける不利益の性質・程度 等の諸点が考慮されるべきである」としつつ、①経営方針に積極的に協力しない管理職を降格する業務上・ 組織上の高度の必要性があったこと、②役職手当の減額は人事管理業務を遂行しなくなることに伴うもの であること、③降格された管理職らはいずれも銀行の措置はやむを得ないものと受け止めていたこと等を 831 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 前提とすれば、本件降格は使用者にゆだねられた裁量権を逸脱した濫用的なものとは認められないと判示 している(ただし、本件降格後の総務課への配転は違法とされ、慰謝料 100 万円が認められた) ( 「バンク・ オブ・アメリカ・イリノイ事件」東京地裁判決平 7.12.4) 。 しかし、このような人事権も労働契約の合意の枠内で行使できるものであるから、降格基準を明確にし ておくことが望ましい。また、人事権も権利濫用の法理に服するものであるから、相当な理由がない降格 で賃金が相当程度下がるなど本人の不利益も大きいという場合は、人事権濫用と判断される(注 1・注 2) 。 注 1. 「医療法人財団東京厚生会(大森記念病院)事件」東京地裁判決平 9.11.18 降格を含む人事権の行使は使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き権利の濫用 に当たると認められないかぎり違法とはならないが、重要書類の紛失等を理由として病院で行われた婦長か ら平看護婦への2段階の降格は、業務上の必要性がなく、裁量判断を逸脱した違法なものであるとされた。 注 2. 「近鉄百貨店事件」大阪地裁判決平 11.9.20 55歳管理職離脱後の部長待遇職からの勤務態度・成績不良を理由とする課長職待遇職への降格が、使用 者の人事権の裁量を逸脱したもので不法行為を構成するとされたが、課長職待遇職在職時の関連警備会社へ の出向内示は退職強要には当たらず不法行為を構成しないとされた。 土田 道夫教授は、法的には使用者の裁量権が認められるものの、降格対象者の納得性を高め法的リスク を軽減するためにも、降格根拠規定を明確にし制度化しておくことが適切である、と次のように述べてい る。 「降格対象者の納得性を高め、人事権濫用の法的リスクを軽減する観点からは、就業規則に根拠規定を設け て制度化し、人事権を確認しておくことが適切である。もっとも、こうした規定を設けると、所定の降格事由 によって人事権が制限されるというリスクもあるが、裁判例は、職位引下げの降格の根拠が本来、人事権にあ ることを前提に、降格事由該当性を緩やかに判断しており、法的リスク軽減のメリットの方が大きい。降格前 の警告や、降格時に本人の意見を聴取する等の手続も、降格に伴いがちな対象者のモティベーション維持とい う人事管理上の要請から重要であるし、法的にも、信義則(労契 3 条 4 項)および労働契約内容の理解促進の 責務(同 4 条 1 項)から要請されるものといえる。 」 (土田「労契法」P363~364) ⇒ 人事権行使としての職位の引下げは、就業規則等に明確な根拠規定がなくともなしうるが、契約上職位 が限定されている場合には、それを下回る降格はなしえない。 ⇒ 使用者に付与された裁量権の範囲を逸脱し、社会通念上著しく妥当性を欠く場合には権利濫用として違 法・無効となる。この場合の権利濫用の成否は、使用者側における業務上の必要性の有無・程度、労働者 側における能力・適性の欠如等の帰責性の有無・程度、労働者の被る不利益の性質・程度等を総合考慮し て判断される。 2)否定例 労働契約において降格命令権(人事権)が認められる場合も、人事権濫用の規制(労契 3 条 5 項)が及 ぶ。人事権濫用の判断は、職位引下げの性格上、人事権を幅広く肯定することを前提に、業務上・組織上 の必要性の有無・程度、労働者の不利益、降格先のポストと労働者の能力・適性との適合性を総合して行 832 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 われる。まず、業務上・組織上の必要性については、能力・適性不足や非違行為を理由に使用者が当該ポ ストに不適格と判断したことの相当性(具体的には、使用者が設定した降格基準の合理性と、その適用の 相当性)が問題となる。成果主義人事の下では、能力・適性判断がシビアとなり、降格の必要性・相当性 が肯定されやすい。 また、中途採用の管理職のように、地位・職務を特定して採用された労働者の場合は、労働契約の解釈 によって降格命令権が排斥されることがある。また、降格の範囲は、同一労働契約内容の変更と評価しう る変更に限られるべきであるから、正社員から非正社員(有期の契約社員)への異動(降格)のように、 全く別個の労働契約への変更を意味する降格を命じることはできない。 恣意的的な降格や、嫌がらせ目的の降格が業務上の必要性を否定され、人事権濫用と評価されることは 当然である。 3)降格と賃金との関係 一方、労働者の不利益や降格先のポストとの適合性に関しては、賃金・労働条件の不利益変更の程度や、 労働者のキャリア・適性・名誉感情への配慮がポイントとなる。賃金減額については、通常は役職手当の 減額にとどまることから、人事権濫用の判断に直結することはないが、減額幅が過大な場合は権利濫用が 成立しうる。部門の構造的低迷や部下の人員配置の不十分さといった外部的要因を考慮しないまま性急に 降格することも同様に解される。降格命令が人事権濫用と判断された場合は、当該命令は無効となり、事 案に応じて不法行為が成立しうる。 裁判例を見ると、降格命令の肯定例としては、次の例がある。 ①「上州屋事件」東京地裁判決平 11.10.29 労働者の店長としての顕著な不適格性(接客態度の悪さ、上司・部下・同僚との人間関係の悪さ) を認め、月収 9 万円の減収を伴う一般従業員への降格を有効とした。 ②「日本レストランシステム事件」大阪高裁判決平 17.1.25 「職務遂行上において、再三の指示・命令にもかかわらず改善がなされず、会社から要求された職 務遂行が行われない場合、降格することがある」旨の就業規則に基づくレストランのマネージャーA 職から店長B職への降格につき、社内ルールの遵守に関する指示が行われた後も管理監督の職務遂行 (部下の無銭飲食の管理責任)が改善されておらず、降格が 1 階級にとどまる等として有効と判断し た。 一方、否定例としては、次の例がある。 ①「バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件」東京地裁判決平 7.12.4 合理化政策に非協力的な管理職(課長)を課長補佐から業務受付係に 2 段階降格したことにつき、 課長補佐への降格は有効であるが、業務受付係への降格は、本人の人格権(名誉)を侵害し、退職に 追い込む意図で行われたとして権利濫用を認めた。 ②「日本ガイダント事件」仙台地裁決定平 14.11.14 職位の引下げ (支店長→一般事務職) および等級の引下げによって基本給を半減させたことにつき、 賃金減額幅に加え、降格の理由である営業成績不振についても、外部的要因(部下の配置の不十分さ 等)によるところが大きいとして人事権濫用を認めた。 ⇒ 降格により等級が1~2級程度下げられ、その結果としての賃金減額は肯定され得るが、等級の引き下 げによって基本給を半減させるような減額や退職に追い込むための降格などは人事権濫用であるとされる。 833 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 (3)職能資格の引下げ( 「昇格」の反対概念) 資格の引下げとしての降格は従来少なかったが、成果主義人事の普及に伴い、近年は増加する傾向にあ る。しかし、このタイプの降格は、職能資格と結びついた基本給(職能給)を引き下げる人事であり、契 約内容の変更を意味するので、使用者の一方的降格命令は許されず、労働者の同意または就業規則上の明 確な根拠規定が必要となる。裁判例も同様に解しており、職能資格としての課長職の成績不振を理由に、4 年間で主任職にまで引き下げ、職能給を半減させたケースにつき、就業規則の根拠規定なしに一方的に行 われた降格として無効と判断した例がある(注) 。 注. 「アーク証券事件」東京地裁決定平 8.12.11 「使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等 級を一方的に引き下げる措置を実施するにあたっては、就業規則等における職能資格制度の定めにおいて、 資格等級の見直しによる降格・降給の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠づけられていることが必 要である。」として、就業規則等の根拠がないにもかかわらず、労働者の格付を引き下げてその職能給を減 給することは無効であるとした。 これに対して、就業規則や給与規程において根拠規定が設けられれば、人事権に基づく降格が可能とな る( 「職務遂行能力を評価して、当該資格要件を満たさなくなった場合は、降格を行うことがある」との規 定) 。しかし、資格引下げとしての降格の場合は、管理職の適正配置という経営判断の要素を失い、基本給 の引下げという労働条件変更の性格を強めること、人事考課が公正な評価を要件とすることから、降格事 由該当性が厳格に判断される。また、基本給の引下げを帰結する以上、賃金引下げと同様の適正手続の遵 守(降格の必要性・内容に関する説明、挽回制度等)が要件となる(信義則[労契法 3 条 4 項]及び労働 契約内容の理解促進の責務[同 4 条 1 項]が根拠となる) 。降格が降格事由該当性を否定されれば、労働契 約違反または人事権濫用として無効となる。 裁判例も同様に解しており、経営陣批判を理由とする管理職の降格につき、問題となる資格等級の職能 要件を詳細に検討した上部下の指導力や職場秩序維持に責任を持っ能力も評価の対象となるとして降格事 由該当性を認めたり、人事考課に関する証拠を精査して降格事由該当性を判断するなど、人事考課の相当 性を慎重に判断している(注) 。また、降格の幅や基本給の引下げ幅も、降格事由該当性または人事権濫用 の要素として重視されている。 さらに、降格手続も、1 年間の挽回の機会や審査会への具申という手続を遵守しなかったことを理由に 降格を無効と判断した例があるなど、人事権濫用の要素として重視されている。 注. 「光輪モータース事件」東京地裁判決平 18.8.30 職能資格手当の引下げを伴う降格について「その者の職能評価において降格を相当とする客観的合理的理 由があることを要する」とした上で、降格事由該当性を否定し人事権の濫用と判断した。 ⇒ 資格引下げとしての降格の場合は、基本給の引下げという労働条件変更の性格を強めるこから、降格事由該当性 が厳格に判断される。 (4)休職者の復職と給与の減額問題 病気休職者が復職するための事由の消滅である「治癒」とは、原則として「従前の職務を通常の程度行 なえる健康状態に復したとき」をいうとされる( 「平仙レース事件」浦和地裁判決昭 40.12.16)が、最近 の傾向として、当初は軽易業務に就かせれば程なく通常の業務へ復帰できるという回復ぶりである場合に 834 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第3節 昇進・昇格・降格 は、使用者がそのような配慮を行なうことを義務がある、として復職を認める裁判例が目立ってきた( 「エ ール・フランス事件」東京地裁判決昭 59.1.27、 「JR東海事件」大阪地裁判決平 11.10.4、 「北産機工事件」 札幌地裁判決平 11.9.1 など) 。 そこで、復職させるけれど従前の業務ではなく軽易な業務に就かせざるを得ない場合が生じ、軽易な業 務に見合った給与額に減額改定する動きがでてきた。 本来、給与の決め方(属人的要素によるのか、職務に応じたものにするのか、必要生計費を加味するも のかなど)をどのようにするかという点について労働法はほとんど制約を課していないが、一度決めた給 与は労働契約の内容となるから、それを変更するには原則として労働者との個別の同意が必要とされる。 給与の減額に同意が得られない場合は労働契約法 10 条の就業規則変更の法理により労働契約の内容を変 更するほかないが、その場合は当該規則の内容に合理性が求められることになる。つまり、労働者の個別同 意に基づく労働条件の変更の場合は合理性の検証を省略することができるが、就業規則の変更による集団的労働 条件の変更の場合は合理性の検証が必要であるということである。 一般に、降格は人事権の発動であるから本人の同意のない降格も有効であるが、降格と賃金の減額とが 連動する職能給制度の場合には問題となることがある。しかし、店長としての顕著な不適格性(接客態度 の悪さ・社内人間関係の悪さ)による一般従業員への降格に伴う月収9万円の減額は適法とされた例( 「上 州屋事件」東京地裁判決平 11.10.29) 、管理不行き届きとして降格が 1 階級に止まるとして降格有効と判 断された例( 「日本レストランシステム事件」大阪高裁判決平 17.1.25)のように、役職手当の減額のみに 止まる場合や降格幅が1階級程度の小幅な場合には有効とされることが多い。 しかし、営業成績不振を理由に支店長から一般事務職へ格下げし、等級の引下げによって基本給を半減 させた例( 「日本ガイダント事件」仙台地裁決定平 14.11.14)では人事権の濫用であるとして無効として いる。 第 2-9-3-2 図 休職者の復職と給与の減額 従前の業務に復職 復 職 従前の給与支給 本人の同意あり 合意した内容の給与減額 本人の同意なし 合理的範囲内で給与減額 軽易な業務に復職 ⇒ 労働者の個別同意に基づく労働条件の変更の場合は合理性の検証を省略することができるが、就業規則 の変更による集団的労働条件の変更の場合は合理性の検証が必要である。 835 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 第4節 出 向 1.出向の概念 (1)多様な出向の概念 一般に、出向(在籍出向をいう。 )は出向元・出向先双方との労働契約関係があり、出向先において労務 を提供する、と説明される。しかし、この説明は、昭和 61 年に労働者派遣法が施行された際にその取締上 の要請から「出向」と「労働者派遣」とを区別するために厚生労働省(当時は労働省)が定義したもので あって、必ずしも世間一般で行われている「出向」を網羅して説明したものでない。事実、有斐閣発行「新 法律学事典」第三版では、 「出向」について次のように説明している。 ※「新法律学事典」の「出向」についての説明 「狭義には、労働者が自己の雇用先の企業に在籍したまま、他の企業の事業所において相当長期間にわたっ て当該他企業の業務に従事することをいう。長期出張、社外勤務、応援派遣、休職派遣等とも称される。広義 には、このような狭義の出向に加えて、転籍あるいは移籍(労働者が自己の雇用先の企業から他の企業へ籍を 移して当該他企業の業務に従事すること)を含めて用いられる。この場合には、狭義の出向は在籍出向、転籍 (転籍)は移籍出向と呼ばれたりする。 」 つまり、 「出向」の一般的用法は、出向先との労働関係についてあまり厳密に定義することなく出向先の 業務に従事することを「出向」というのである。 なお、平成 20 年の 3 月に施行された労働契約法では、 「使用者が労働者に出向を命ずることができる場 合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、そ の権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。 」と規定し、出向の必要性、選定 の事情その他の事情に照らし権利の濫用禁止の観点から制限を受けることを定めている(労契法 14 条) 。 しかし、出向そのものを定義しておらず、どのようなものを「出向」というのかいま一つ明確でなく、 「使 用者が労働者に出向を命ずることができる場合」とはどのようなものをいうのかも示されていない。 労働契約法 14 条(出向) 国会に提出された政府案では、第2項に「前項の「出向」とは、使用者が、その使用する労働者との間の労 働契約に基づく関係を継続すること、第三者が当該労働者を使用すること及び当該第三者が当該労働者に対し て負うこととなる義務の範囲について定める契約(以下この項において「出向契約」という。 )を第三者との 間で締結し、労働者が、当該出向契約に基づき、当該使用者との間の労働契約に基づく関係を継続しつつ、当 該第三者との間の労働契約に基づく関係の下に、当該第三者に使用されて労働に従事することをいう。 」と規 定することとしていたが、この表現では業として行う出向(職安法の労働者供給事業に該当する。 )も含まれ てしまうという当時野党であった民主党の主張もあり、削除された。 この政府案では、出向元との労働契約を存続しつつ出向先と労働契約を締結し、出向先に使用されて労働 に従事する二重の労働契約が成立するとしている。 1)土田道夫教授の見解 土田道夫教授は、まず、在籍出向の定義を「出向は、労働者が出向元との労働契約(従業員としての地 位)を保持したまま、長期にわたって他企業(出向先)の指揮命令に服して労働することをいい、期間の 836 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 経過後に復帰することを予定する。 」とした上で、出向後の労働関係は、労使間の権利・義務が出向元・出 向先間で分割され、部分的に出向先・労働者間に移転すると説明している。そして、このような関係を「出 向労働関係」と呼び、法的には一個の労働契約を構成する権利義務が①労働者・出向元間と、②労働者・ 出向先間とに分かれて存在しているのだという(土田「労契法」P385、P394) 。 この見解によれば、出向先と出向労働者との関係は部分的な労働契約が成立していると解することにな ると思われる。 2)西谷 敏教授の見解 西谷 敏教授は、 「出向は、労働者が、在籍する企業ではなく他の企業の指揮命令を受けて労働を提供す る点で、労働者派遣と共通するが、出向元が本来業務をもち、そのために採用した労働者を、収益の獲得 以外の目的をもって自己が雇用する労働者を他企業に利用させる点で労働者派遣と異なる。 」としている (西谷「労働法」P229) 。 つまり、この見解によると、 「出向」と「労働者派遣」との違いはその目的の違いにあるということであ って、収益の獲得を目的として派遣するのが「労働者派遣」 、収益の獲得以外を目的として派遣するのが「出 向」ということになる(出向先における労働契約の成立は肯定していないように思われる。 ) 。 3)安西 愈弁護士の見解 安西 愈弁護士は、民法の「雇用契約」と「労働契約」との違いに関連し、次のような説明をされてい た(安西「採用・退職」十訂版 P2) 。 「出向は、雇用契約を結んだ出向元会社との雇用契約関係を存続させたまま(すなわち在籍のまま) 、 出向先会社に出向いて、その会社の従業員の地位をも得て、指揮命令を受けて働くという関係に入るものであ る。したがって、出向先と出向社員との間では使用従属関係が成立する。 そこで、雇用関係を結んでいない出向先会社と出向社員との間でも労働契約関係が成立するので、出向先会 社は労働契約上の「使用者」となり労基法上の当事者(労基法 10 条)となる。 」 (カッコ書きは宮田が補足) 従業員の地位を得ながら雇用関係を結んでいないという意味がわたくしにはよく理解できていないが、 安西 愈弁護士は労基法の「労働契約」と民法の「雇用」との違いについて峻別説(本書 P111 以下参照) の立場をとっておられるので、出向先と出向労働者との関係は指揮命令下において労務を提供する「労働 契約」関係であるが、当事者の「合意」を必要とする雇用関係が必ずしも成立しているとは限らない、と いうことであろうか。 (同書十二訂版 2009 年 3 月発行では、上記該当箇所は削除されている。 ) 代わって十二訂版では、 「他社派遣命令」という概念を用いて、出向に類似する就業形態を次の三つに分 けて説明しておられる(安西「採用・退職」P727 以下) 。 ① 店員派遣型 自社の業務命令により自社からの指揮監督を受けて他社において自社のための業務を 遂行する。典型例はデパート地下売場の老舗菓子店販売業務。派遣先の自社作業所と認め られる箇所には店員派遣にかかる労働者の労働者名簿及び賃金台帳の写しを備えておく ことが望ましい。 ②出向 自社の命令により他社において他社の従業員として他社のために労務を提供して業務 を遂行する。派遣法で派遣先責任者の選任や派遣先管理台帳の作成が必要。 (この説明によると、 「出向」は“業として”に該当しない「労働者派遣」である、と捉え ているようである-宮田) 837 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 ③ 労働者派遣 会社の事業として、 自社との雇用関係を維持したまま派遣スタッフとして他社の指揮命 令を受けて労働に従事する。出向先従業員としての労災保険の加入や賃金台帳・労働者名 簿等の調製義務が出向先にある。 (この説明によると、 「労働者派遣」の形態をとりつつ、派遣先との労働契約関係の存在を 肯定しているようである-宮田) つまり、 「新法律学事典」の「出向」に当たる用語を「他社派遣命令」と呼称し、出向は「店員派遣型」 や「労働者派遣」とともにその一形態という位置づけである。 第 2-9-4-1 図土田道夫教授説 第2-9-4-2図 西谷 敏教授説 出向協定 出向元 出向・派遣契約 労働契約関係 出向・派遣先 出向・派遣元 出向先 出向労働契約 労働契約関係 指揮命令関係 (部分的権利義務) 労働者 労働者 出向元、出向先及び労働者の三者の関係を「出向 派遣は収益を目的とするが、出向は収益以外の目 労働関係」という概念を用いて説明している 的をもって雇用労働者を派遣する 第 2-9-4-3 図 安西 愈弁護 士説 労基法上の 出向契約 使用者 出向先会社 出向元会社 雇用契約関係 労働契約関係 (雇用契約関係は否定) 出向社員 民法の「雇用契約」と労働法の「労働契約」とを 峻別し、出向先会社と出向社員との間には雇用契 約が成立しているとは限らないと説明している ⇒ 「出向」は、さまざまな意味で用いられており、とくに労働者派遣と厳密に区別することなく用いられることがある。 ⇒ “業として”に該当しない労働者派遣であっても労働者派遣法の一部の規定 (労働者派遣契約において一定の事項 を定めること(派遣法 26 条 1 項)、労基法等の適用に関する特例等(派遣法 44 条~47 条の 2)など) が適用される。 838 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 4)出向と労働者供給との関係 下記(2)1)の基発 333 号の定義をはじめ諸説に従っても、在籍型出向は、法的には労働者供給に該 当する(職安法 4 条 6 項) 。そのため出向を業として行うと労働者供給事業に該当するが、しかしながら、 「業として行う」の判断にあたっては、①労働者を離職させず関係会社において雇用機会を確保する、② 経営指導、技術指導のため行う、③職業能力開発の一環として行う、④企業グループ内の人事交流の一環 として行う等の目的を有している場合は、形式的に繰り返す行為があったとしても、社会通念上、業とし て行われていると判断されることは少ないと考えられる、とされている(厚生労働省「労働者派遣事業関 係業務取扱要領」第1の1(4)ホ) 。 職安法 (定義) 第 4 条 第1項~第5項 略 6 この法律において「労働者供給」とは、供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事 させることをいい、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律 (昭 和六十年法律第八十八号。以下「労働者派遣法」という。 )第二条第一号 に規定する労働者派遣に該当するも のを含まないものとする。 第7項~第9項 略 (2)出向の種類 1)在籍型出向 昭和 61 年に労働者派遣法が施行されて労働者派遣と在籍出向を区別する必要が生じたところから、 旧労 働省は次のような通達を出している。 「在籍型出向は、出向先と出向労働者との間に出向元から委ねられた指揮命令関係ではなく、労働契約 関係及びこれに基づく指揮命令関係がある形態である。 ・・・在籍型出向の出向労働者については、出向元 及び出向先の双方とそれぞれ労働契約関係があるので、出向元及び出向先に対しては、それぞれ労働契約 関係が存する程度で労働基準法等の適用がある。 」 (昭 61.6.6 基発 333 号) 。この見解によれば、在籍型出 向は、出向元事業主との労働契約を継続しつつ出向先事業主とも労働契約を締結することとしており、単 なる指揮命令関係でない点で労働者派遣と異なる。 また、平成 20 年 3 月 1 日より施行された労働契約法の出向の定義について、当初国会に提出された政府 案では、出向契約に基づき出向元使用者との労働契約に基づく関係を継続しつつ、第三者(出向先)との 間の労働契約に基づく関係のもとに当該第三者に使用されて労働に従事することをいう (注) 、 としており、 やはり出向元及び出向先双方との労働契約関係を肯定していた(国会審議の過程でこの出向の定義の部分 は削除された。 ) (労働契約法案 14 条 2 項) 。 注.出向の定義を定めた労働契約法案(政府原案)第 14 条 2 項の原文は、次のとおりであった。 「前項の「出向」とは、使用者が、その使用する労働者との間の労働契約に基づく関係を継続すること、第三者が当該 労働者を使用すること及び当該第三者が当該労働者に対して負うこととなる義務の範囲について定める契約(以下この項 において「出向契約」という。 )を第三者との間で締結し、労働者が、当該出向契約に基づき、当該使用者との間の労働 契約に基づく関係を継続しつつ、当該第三者との間の労働契約に基づく関係の下に、当該第三者に使用されて労働に従事 することをいう。 」 出向は、労働者が在籍する企業ではなく他の企業の指揮命令を受けて労働を提供する点で労働者派遣と 839 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 共通する。両者の違いはどのようなものであるのだろうか? 厚労省の見解では、労働者派遣では派遣先と労働者との間に労働契約が存在しないのに対し、出向(在 籍型)においては出向先と労働者との間にも労働契約が存在する二重契約である、としている。しかし、 学説は必ずしもこれを支持せず、たとえば、前述(1)1)P836 以下の土田道夫教授、西谷 敏教授、安 西 愈弁護士の見解があった。 なお、出向労働者に対する労基法等の適用(使用者責任)については、 「出向元、出向先につきそれぞれ 労働契約関係が存する限度で労基法等の適用がある」 (昭 61.6.6 基発 333 号) 、 「出向社員に対する労基法 上の『使用者』は、出向先か出向元かという二者択一的なものではなく、それぞれの使用権限に応じて使 用者としての義務と責任を負うことになる」 (安西「採用・退職」P741)と、労基法上の使用者責任は出向 元・出向先がそれぞれ出向契約に定める責任と権限に応じて分担すべきである、とする点では厚労省見解 と学説は一致している。 2)移籍型出向(転籍) 同通達は、移籍型出向についても見解を示しており「移籍型出向は、出向先との間にのみ労働契約関係 がある形態であり、出向元と出向労働者との労働契約関係は終了しており、労働者派遣には該当しない。 なお、移籍型出向の出向労働者については、出向先とのみ労働契約関係があるので、出向先についてのみ 労働基準法等の適用がある。 」としている。 また、在籍型出向では、出向先に一定期間勤務した後、出向元に復帰することを前提とする場合が普通 であるが、移籍型出向では「復帰を予定しないのが普通である」 (東大「注釈労基法」上巻 P234) 。 第 2-9-4-4 図 在籍型出向 (昭 61.6.6 基発 333 号) 第 2-9-4-5 図 在移籍型出向 (昭 61.6.6 基発 333 号) 出向契約 出向先 出向元 移籍契約 出向先 出向元 労働契約関係 労働契約関係 労働契約関係 (雇用関係) 労働者 労働者 (3)出向先における労働契約関係存在の判断基準 下記 第 2-9-6 図及び第 2-9-7 図のとおり、在籍型出向と労働者派遣との違いは、出向先と労働者との間 に労働契約関係があるか否かにかかっている。しかし、実務において、出向先(派遣先)と労働者との関 係が労働契約関係であるか、単なる指揮命令関係なのかを判断することはなかなか困難である。そこで、 西谷 敏教授のように、その違いを出向先における労働契約の存否に求めるのでなく、目的の違いに求める 主張が生まれることにもつながるのであろう。 行政解釈では、出向先と出向労働者との間に労働契約関係が存在するか否かは、出向・派遣という名称 によることなくその実態により、出向先が指揮命令権を有していることに加え、次の①~④等を総合的に 840 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 勘案して判断することとしている(昭和 61 年 6 月 6 日基発第 333 号) 。 ① 出向先が賃金の全部又は一部の支払いをすること ② 出向先の就業規則の適用があること ③ 出向先が独自に出向労働者の労働条件を変更することがあること ④ 出向先において社会・労働保険へ加入していること しかしながら、現実においては、①について出向元が賃金を支払い、その負担を出向先にさせることが あるが、その場合は出向先との労働契約関係が否定される要素となるのか、③について労働条件の変更は 出向元との調整が必要な場合があるが、 その場合も出向先との労働契約関係が否定される要素となるのか、 などという疑問が生じ、出向と派遣との区別はなかなか困難な面がある。 実務上は②の就業規則の適用について、就業に関する規定以外の規定(名誉・信用保持義務、人事評価、 異動、休職、懲戒など)が出向先の権限においてできるか、という点に重点を置いて判断すべきではない か、と個人的には考えている。しかし、これとても出向元の労働協約との調整もあり、まったく自由な権 限というわけにもいかず、決め手に欠ける。 第 2-9-4-6 図 労働者派遣 第 2-9-4-7 図 在籍型出向 (派遣法 2 条) (昭 61.6.6 基発 333 号) 派遣契約 派遣元 出向契約 派遣先 労働契約関係 出向元 指揮命令関係 出向先 労働契約関係 労働契約関係 (雇用関係) (雇用関係) 労働者 労働者 ⇒ 労働契約の存在を説明する場合に、指揮命令下における労務の提供という要素を抜きにして説明することはかなり 困難である。しかし、それができなければ、「出向」と「労働者派遣」との区別ができないというジレンマがある。 841 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 2.出向の目的及び命令権 (1)出向の目的 出向の目的について、①人事交流型(関係企業間において人事異動を円滑かつ合理的に運営するために 行うもの) 、②業務提携型(関係企業間の業務提携を緊密化するために行うもの) 、③実習型(一定期間経 過後呼び戻すことを前提に、業務を習得させるために行うもの) 、④要員調整型(関係企業間において一時 資料43 847 的に要因を調整するために行うもの) 等に分類できる (労働基準法研究会報告昭 59.10.18) 。 ページ参照 国立大学の場合、地域の公的機関等に対する人的支援が期待されるところから、復帰を前提とする移籍 型出向を行うことが多いようである。また、大学側としてはそのような期待に応える反面、職員に幅広く 実務を経験させる人材育成プログラムの一環として出向を活用している面もある。なお、前述のとおり、 移籍型出向は「復帰を予定しないのが普通である」から、国立大学の例は特殊な部類に属する。 ⇒ 現在、国立大学が行っている地域の公的機関等に対する人的支援としての「出向」は、移籍型出向が普通であるが、 復帰を前提とするもので特殊な部類に属する。 (2)出向命令権 同一法人内における人事異動である配転の場合は、一般的に、採用の際などにあらかじめ包括的な同意 を取りつけておけば、配転命令権が認められる。 これに対し法人間の人事異動である「在籍型出向」を命令する場合は、包括的同意のほか、次のような 配慮が必要とされる( 「具体的同意」ともいう。 ) 。 ① 密接な関連会社間の日常的な出向であること ② 出向規程などによって出向期間中の賃金・労働時間・出向の期間・復帰後の処遇などについて労働 者の利益に配慮した労働条件が確保されていること(注) ③ 権利の濫用面から出向の必要性・人選に合理性があること 注. 「新日本製鐵事件」最高裁二小判決平 15.4.18 では、①「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務させるこ とがある。」という規定があること、②労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社 員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細 な規定が設けられていること、というような事情の下においては、「個別的合意なしに、Yの従業員としての地位を維持 しながら出向先であるA社においてその指揮監督の下に労務を提供することを命ずる本件各出向命令を発令することが できるというべきである。」と判示している。 注 2.労働契約法 14 条は、 「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、 対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無 効とする。 」と規定している。 ⇒ 在籍出向は「包括的同意」では足りず、「具体的同意」が必要であると考えられる。 これに対し「移籍出向」の場合は、人事異動というよりも労働契約の終了を伴う契約当事者の変更であ るから、労働者の同意が必要とされ、一般的には「包括的同意」では足りず「個別同意」が必要とされる。 しかし、国立大学における移籍型出向は復帰を前提にしているからこれと同一に論じることは適当でなく、 842 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 「個別同意」でなくても「具体的同意」で行うことができる余地がある。 裁判例においても、形式的には転籍であっても出向と実質的には変わらないような場合は「転属(転籍) 先の労働条件等から転属が著しく不利益であったり、同意後の不利益な事情変更により当初の同意を根拠 に転属を命ずることが不当と認められるなどの特段の事情のない限り、入社の際の包括的同意を根拠に転 属を命じうると解する」とするものがある( 「日立精機事件」千葉地裁判決昭 56.5.25) 。 なお、 労働契約法では、 「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、 当該出向の命令が、 その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められ る場合には、当該命令は、無効とする。 」と規定し、出向の必要性、選定の事情その他の事情に照らし権利 の濫用禁止の観点から制限を受けることを定めている(契約法 14 条) 。しかし、出向そのものを定義して おらず、どのようなものを「出向」というのかいま一つ明確でなく、 「使用者が労働者に出向を命ずること ができる場合」とはどのようなものをいうのかも示されていない。 ⇒ 国立大学が行っている移籍型出向は、「個別同意」でなくても「具体的同意」で行うことができる余地がある。 ※役員としての出向 従業員を子会社・関連会社等の取締役として出向させる場合がある。株式会社の取締役は株主総会によって 選任され会社との関係は労働契約ではなく委任関係であるとされる(会社法 329 条、330 条) 。取締役と会社 との関係は、忠実義務、競業避止義務、利益相反取引の制限などの規制に服する。このように取締役の場合に は契約関係を異にし会社法上の責任が課せられるので、 取締役として出向させる場合には本人にその点の自覚 をさせてその同意を得るのが適切であるとされる(菅野「労働法」P417~418 で紹介する小林英明「使用人兼 務取締役」P272) 。 (3)出向期間 出向は、通常、出向期間の経過又は出向事由の消滅によって終了する。 労働者の側から見れば,出向期間の定めがあるときは,使用者は当該期限の到来とともに労働者を復帰 させる債務を負うので,労働者は当然に復帰を請求することができる。また期間の定めがないときも,出 向は復帰予定を原則とするので,出向元は別段の定めがない限り,相当期間内に復帰させる義務を負うと 解すべきである(土田「労契法」P398) 。 しかし、出向期間が終了しても,期間の更新によって出向が延長されることば少なくない。このような 延長措置は,やはり就業規則や労働協約の規定を根拠に認められるが,権利濫用の規制に服する。とくに 問題となるのは,出向の延長によって復帰が事実上困難となるようなケースであるが,最高裁は, 「業務上 の必要により 3 年の出向期間を延長することがある」旨の協約規定に基づく 3 回の更新措置につき,業務 委託の延長に関する経営判断の合理性,人選の合理性および処遇上の不利益の欠如を理由に権利濫用を否 定している( 「日鐵運輸(第2)事件」最高裁判決平 15.4.18) 。 また、 子会社への出向を命じられ、 体調不良を理由に休職を3度更新した後退職扱いとされた従業員が、 雇用契約上の地位確認と損害賠償を求めた事案では、本人の報告書では「現職への復帰は困難であるが他 の業務での就労は可能であり、その意欲もある」としたが添付された診断書では「病名を自律神経失調症 とし、今後1か月の休養加療が必要である」としていたので、出向措置を延長する必要があったというこ とができる、と出向期間の延長を是認している( 「日本瓦斯(日本瓦斯運輸整備)事件」東京高裁判決平 19.9.17) 。 843 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 いずれにせよ、出向が基本的には復帰を予定する人事である以上、延長の要件である業務上の必要性に ついては厳格に判断すべきであろう(土田「労契法」P399) 。 844 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 3.実務上の取扱い (1)労働契約存在の判断基準 在籍型出向と労働者派遣との違いは出向先と労働者との間に労働契約関係があるか否かにかかっている。 しかし、実務において、出向先(派遣先)と労働者との関係が労働契約関係であるか、単なる指揮命令関 係なのかを判断することはなかなか困難である。行政解釈では、出向先と出向労働者との間に労働契約関 係が存在するか否かは、出向・派遣という名称によることなくその実態により、出向先が指揮命令権を有 していることに加え、次の①~④等を総合的に勘案して判断することとしている(昭和 61 年 6 月 6 日基発 第 333 号) 。 ① 出向先が賃金の全部又は一部の支払いをすること ② 出向先の就業規則の適用があること ③ 出向先が独自に出向労働者の労働条件を変更することがあること ④ 出向先において社会・労働保険へ加入していること しかしながら、現実においては、①について出向元が賃金を支払い、その負担を出向先にさせることが あるが、その場合は出向先との労働契約関係が否定される要素となるのか、③について労働条件の変更は 出向元との調整が必要な場合があるが、 その場合も出向先との労働契約関係が否定される要素となるのか、 などという疑問が生じ、出向と派遣との区別はなかなか困難な面がある。 実務上は②の就業規則の適用について、就業に関する規定以外の規定(名誉・信用保持義務、人事評価、 異動、休職、懲戒など)が出向先の権限においてできるか、という点に重点を置いて判断すべきではない か、と個人的には考えている。しかし、これとても出向元の労働協約との調整もあり、まったく自由な権 限というわけにもいかず、決め手に欠ける。 (2)出向受入れ時の留意点 大学・独法においては、職員を出向させる場合のほか民間企業の人材を受け入れる場合もあると思われ るが、いずれの場合であっても法人間で出向契約を締結することになる。 出向契約を締結する場合の留意点を掲げておく。 1)労働・社会保険の適用 健保・厚保については、出向元において健康保険組合、企業年金基金等が設立されていて法定給付、法 定保険料よりも有利に取り扱われていることがある。 雇保については、二事業主と雇用関係がある労働者については、その者が生計を維持するに必要な主た る賃金を受ける一の雇用関係についてのみ被保険者資格を認める(行政手引き 20351)こととされている から、一般的には、賃金を実際に支払う側で適用することが常識的であろう。 労災については、出向先の保険関係に基づいて処理するように、という指導がなされている(注)ので、 出向先で保険料算定基礎額に算入する。そのため、賃金が出向元で支払われている場合には、年度末に本 人に支払われた年度の合計賃金総額を出向元から連絡を受ける必要がある。 2)出向元従業員としての就業上の権利 出向元においてリフレッシュ休暇など長期連続休暇の取得が認められていることがある。育児・介護休 業規定なども出向先の規定と異なるかも知れない。そのような場合の取扱いを定めておく必要がある。 3)休職発令、懲戒処分 まれにではあるが、出向者に休職事由や懲戒処分事由が生じることがある。その場合にいずれにおいて 845 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 発令・処分することにするのか取扱いを定めておく。懲戒解雇相当の場合は、出向契約を解約し当該労働 者を出向元へ戻すことも一方法である。 注.出向者の労災保険の適用について、通達では、次のように述べている。 「労災保険における保険関係については、出向者が、出向先事業の組織に組み入れられ、出向先事業場 の他の労働者(ただし、身分関係及び賃金を除く。 )で、出向先事業主の指揮監督を受けて労働に従事し ている場合には、たとえ当該出向者が、出向元事業主と出向先事業主とが行った契約等により、出向元事 業主から賃金名目の金銭給付を受けている場合であっても、出向先事業主が、当該金銭給付を出向先事業 の支払う賃金として賃金総額に含め、保険料を納付する旨を申し出た場合には当該金銭給付を出向先事業 から受ける賃金とみなし、当該出向者を出向先事業に係る保険関係による「労働者」として取扱う」とし ている(昭 35.11.2 基発 932 号) 。 ⇒ 出向労働者に対する労災保険の適用は、建前上は出向先事業主の申出により出向先事業に係る保険関係に基づ いて取扱うこととしているが、実際は申出を行うよう行政指導しているため、選択の余地がない。 4)親会社・子会社間の出向の場合 親会社と子会社との間の出向社員について、賃金・労働時間・休日・休暇・社会保険などの諸点で明確 な取決めをしておくことが必要として、旧労働省はその要点を次のように記述している。 賃金 = 賃金水準に差がある場合の処置。賃金の支払い方、諸手当の種類と金額。昇給に差がある場合 どうするか。賞与・退職金などについても同様である。 労働時間 = 労働時間に差がある場合の処置。 休日 = 週休二日制の有無、祝祭日等の特別休日に差がある場合どう扱うか。 休暇 = 年次休暇の取扱い方、 とくに親会社での年次休暇請求権を貴社が引き継ぐことにするかどうか、 また、その日数・年次休暇権の発生要件での差異ある場合の取扱い方。さらに特別休暇の差異が あればどのように取り扱うか。 社会保険 = 雇用保険・労災保険・健康保険・厚生年金保険などの扱い方(昭 35・11・18 基収第 4901 号の二、昭 35・11・2 基発 932 号、昭 39・2・29 失保 27 号の二、昭和 3・6・11 失保第 68 号な ど参照) 。万一、その出向社員が業務上傷病にかかった場合の補償責任はだれが負うか。親会社 か、子会社か。 職場規律 = 出向社員の遵守する職場規律は、万一両社の規律が二律背反になったときはどちらをとる ことにするのか(とくに、秘密遵守義務で貴社の秘密を親会社にもらしては困るときなど) 。 人事考課 = 貴社と親会社とのどちらが、人事考課を行うのか。貴社での人事考課を親会社との関係で 報告するのか、しないのか。 表彰・懲戒 = 出向期間中、貴社で表彰・懲戒を行うのか、それともあくまで親会社が責任を負って行 うのか、とくに解雇に該当するときはどうなるのか。 (労働省労基局監督課編「採用から解雇、退職まで」改訂新版労働基準調査会刊 P63 平成元年) 846 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 資料43 (P842 関係) 労働基準法研究会報告 「派遣・出向等複雑な労働関係に対する労働基準法の適用について」 労働基準法研究会報告 「派遣・出向等複雑な労働関係に対する労働基準法の適用について」 (抄) 昭和 59 年 10 月 18 日 3 いわゆる出向型に対する労働基準法等の適用関係 (1) 出向の概念 イ いわゆる「出向」という語は、さまざまな形態のものについて広く用いられているが、一般には、濃淡の差 はあれ出向元事業主と何らかの関係を保ちながら、出向先において新たな労働契約関係に基づき相当期間継続 的に勤務する形態と理解されているといえよう。 ロ このような出向をその目的により分類すると、人事交流型(関係企業間において人事異動を円滑かつ合理的 に運営するために行うもの) 、業務提携型(関係企業間の業務提携を緊密化するために行うもの) 、実習型(一 定期間経過後呼び戻すことを前提に、業務を習得させるために行うもの) 、要員調整型(関係企業間において 一時的に要因を調整するために行うもの)等に分類できる。 ハ また、労働基準法等の適用という視点から分類すると、在籍出向(出向元事業主及び出向先事業主双方との 間に労働契約関係があると考えられる。 )と移籍型出向(出向先事業主との間にのみ労働契約関係があると考 えられる。 )に分けることができる。ここでは出向元事業主及び出向先事業主双方との間に労働契約関係があ ると考えられる在籍型出向(以下単に「出向」という。 )について検討するが、この場合においても、出向元 事業主との関係は、出向中は休職となり、身分関係のみが残っていると認められるもの(第1表) 、身分関係 が残っているだけでなく、出向中も出向元事業主が賃金の一部について支払義務を負うもの等さまざまな形態 がある。 (2) 出向の根拠及び手続き 出向の法的根拠については、判例・学説上、労働者の何らかの同意が必要であるという点については一致して いるが、同意の程度については、個別・具体的な同意まで必要か、労働協約・就業規則等に定めがあるなど包括 的な同意で足りるかが問題とされている。この点について、最近の裁判例には包括的な同意で足りるとしている ものがある。 実態としては、移籍型出向を含めた出向制度の根拠は、労働協約又は就業規則に定められている場合が大部分 であり(第2表) 、また、出向の際の手続きについてもかなりの程度本人の意向を尊重しているとみられる(第 3表) 。 (3) 労働基準法等の規定の適用 イ 基本的考え方 (イ) 出向労働者の労働時間等の設定に当たって出向元、出向先どちらの基準を適用するかについては、基本 的には出向元事業主、出向先事業主及び出向労働者三者間の取決めによることとなるが、そのような取決めや 特別な慣行がない場合は、労働時間、休日、休憩等については、出向先の基準が適用されると解すべきであろ う。 (ロ) 労働基準法等における使用者としての責任についても、出向元事業主、出向先事業主及び出向労働者三 者間の取決めによつて定められた権限と責任に応じて出向元事業主又は出向先事業主が労働基準法等におけ る使用者としての責任を負うものと解される。 847 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 解釈例規には、このような考え方に立って、①賃金が出向元の会社から支払われている場合には、その限度 で出向元の会社との間に労働関係が存在し、使用者としての責任は出向元が負う、②作業の具体的遂行、始業・ 終業、休憩その他の事項について出向元の指揮命令を受けている場合には、労働時間、休憩、休日及び年次有 給休暇に関する使用者としての責任は出向元が負い、36 協定も出向先が締結しなければならない、③安全衛生、 災害補償義務は出向先が負う、④就業規則に関する義務は、出向先又は出向元それぞれが、権限と責任を有す る事項の限度において当該事項について行わなければならない、としたものがある(昭 35.11.18 基收 4901 号 の 2) 。 ロ 労働基準法等の各規定の具体的適用関係 以上を基本に、労働基準法等の各規定の具体的適用関係を実態を踏まえながら考察する。 (イ)労働基準法 (ⅰ) 労働契約(第 13 条~第 23 条) 出向の場合には、出向元事業主及び出向先事業主双方と出向労働者との間に労働契約関係が成立している とみられるので、これらの規定は、労働契約の締結と終了に関する規定を除き、それぞれの労働契約に適 用され、使用者として責任を負う者は、それぞれの労働契約の当事者である出向元事業主又は出向先事業 主であると解される。なお、労働契約の締結と終了については、出向元事業主の権限に属する事項であり、 使用者としての責任を負う者も出向元事業主であると解される。 (ⅱ) 賃金(第 24 条~第 27 条、第 37 条) ① 出向中の賃金の支給基準をどうするか、賃金の支払義務者をだれにするか等は出向元事業主、出向先事 業主及び出向労働者三者間の取決めによるものであり、その定めに従って賃金支払義務を負っている出向 元事業主又は出向先事業主が労働基準法上の使用者としての責任を負うことになる。 ② 賃金の支払義務者が出向元事業主である場合には、通常、勤務場所と賃金支払場所が異なることとなる が、第 24 条に違反する結果とならないよう留意する必要があろう。 ③ 休業手当の支払義務者をだれにするかについても、賃金と同様、出向元事業主、出向先事業主及び出向 労働者三者間の取決めによることとなるが、 「使用者の責に帰すべき事由」の判断については、出向労働 者は出向先において相当期間継続的に勤務するのが常態であることから、出向先の事情によって判断すべ きであると解される。 (ⅲ) 労働時間、休憩、休日及び休暇(第 7 条、第 32 条~第 36 条、第 38 条~第 41 条、第 61 条、第 62 条、 第 65 条~第 67 条) ① 出向中の労働時間、休憩及び休日の管理については、出向先事業主が行うのが通常であり、したがって、 労働基準法上の使用者としての責任を負う者も通常は出向先事業主であると解される。 実態としても、出向中の労働時間、休憩及び休日は出向先の基準によるものが大部分である(第6表) 。 ② 年次有給休暇の管理についても同様に考えられるが、実態としては、出向中の年次有給休暇の付与日数 等の基準については、出向先の基準によるものとするものもあるが、出向元の基準によるものとするもの が6割を超えている点に留意する必要がある(第7表) 。 なお、出向直後の出向先における年次有給休暇の付与については、継続勤務年数や出勤率の算定に当た って出向元の勤務を通算すべきかどうかが問題となる(復帰直後の出向元での取扱いも同様に問題にな る。 ) 。実態としては、出向元での勤務を通算するものがほとんどであるので問題は少ないであろうが(第 8表) 、労働基準法の解釈としては、出向元事業主及び出向先事業主双方との間の二つの労働契約関係を あわせて一つの労働契約関係と考え、勤務状況を通算すべきであろう。 848 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第4節 出 向 (ⅳ) 危険有害業務の就業制限(第 63 条) 出向中の安全衛生の管理については、出向先事業主が行うのが通常であるとみられ、また、出向先事業 主でなければ決定し、又は管理することが困難な事項であるので、使用者としての責任は原則として出向 先事業主が負うべきものと解すべきである。 (ⅴ) 災害補償(第 75 条~第 88 条) 出向労働者は、出向先において出向先の組織に組み込まれて相当期間継続的に勤務するものであるか ら、原則として出向先事業主が使用者としての責任を負うものと解すべきである。 (ⅵ )就業規則(第 89 条~第 93 条) ① 就業規則の作成義務は、出向元事業主又は出向先事業主それぞれが権限と責任を有する事項について 負うものと解される。 ② 就業規則の適用に関連して、特に懲戒規程の適用が問題になる。すなわち、出向元、出向先どちらの 懲戒規程が適用されるのか、あるいは、双方の懲戒規程が適用それるのか、また、それに基づいて出向 元事業主、出向先事業主どちらが懲戒権限を行使するのか等が問題となるが、実態としては、出向元及 び出向先双方の懲戒規程が適用されることが多いようである。ただし、懲戒解雇については、出向元事 業主が行うとするものがほとんどである。 出向元及び出向先双方の懲戒規程が適用される場合については、出向労働者が出向先事業主に対して 負っている義務に違反して出向先の企業を紊乱する場合には出向先事業主は出向先の基準により懲戒処 分を行うことができるが、信用失墜行為のように出向労働者の行為が同時に出向元事業主に対する関係 でも義務違反と評価され出向元の企業秩序を紊乱するような場合には出向元事業主も出向元の基準によ り懲戒処分を行うことができる趣旨のものであろう。 (ⅶ) その他 労働者名簿の作成、賃金台帳の作成等の義務は出向元事業主及び出向先事業主のそれぞれにあると解さ れる。ただし、出向労働者が出向元において休職扱いとなっており、賃金支払等に出向元事業主が全く関 与していない場合は、出向元事業主が作成する賃金台帳には出向中である旨を記入すれば足りると解され る。 (ロ)労働安全衛生法 労働安全衛生法上の事業者の責任は、原則として出向労働者が具体的に労務を提供している出向先事業 主が負うものと解すべきである。ただし、事項によっては出向元事業主及び出向先事業主間の取決めによ り、出向元事業主が負うこともあり得るであろう。 なお、1年以内ごとに1回行うことが義務づけられている定期健康診断については、出向元及び出向先 における勤務を一体としてとらえ、両者の勤務時間を通算するものと解すべきである。 (ハ)労働者災害補償保険 労働者災害補償保険法における保険加入の問題については、基本的には出向先において加入すべきもの と考えられるが、保険料がメリット制の下に支払賃金額を基礎として算定することとされていること等か ら、一律に措置することには施行担保上の問題があり、出向元における賃金を出向先における賃金とみな して出向労働者の賃金総額に出向先における保険料率を乗じた保険料を出向先事業主が負担するという 指導が行われている。 以 上 849 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第5節 休 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 1.休職の意義等 職 1.休職の意義等 (1)休職の意義 休職とは、労務に従事させることが不能または不適当な事由が生じた場合に、労働契約関係そ のものは維持させながら就労を一時禁止または免除することをいい、就業規則で制度化されるこ とが多い。労働契約は維持されるものの、労働義務は一時的に停止し、それに応じて賃金も一部 または全部不支給となる(東大「注釈労基法」上巻 P243~P244、菅野「労働法」P422~P423)。 一般には、「休職処分」という使用者の形成行為によってその効果が発生するが、合理的理由 を欠く休職の効力は否定されるべきであろう。就業規則に定められている休職制度の目的・内容 が合理的であることのほか、個々の処分の合理性も必要であるといわなければならない(注)。 注.「富国生命保険事件」東京高裁判決平 7.8.30 頚肩腕障害であるとの診断を受け、有給休暇を取得後傷病欠勤した労働者に対してなした休職処分は「傷 病欠勤と短期間の出勤を繰り返すなどの特段の事情のない限り、たとえ、職員の傷病が治癒しておらず治療 中であり、将来その症状が再燃し増悪する可能性がある場合であっても、それを理由として職員に対し無給 等の不利益を伴う右休職処分を命ずることは許されないというべきである。」と判示した。 ⇒ 休職を発令する権利は使用者の形成権であるが、合理的理由を欠く休職発令の効力は否定される。 休職には多くの種類があるが、主なものとして次のようなものがある。 ① 傷病休職(病気休職)=労働者の業務外の疾病・負傷を理由とする休職 ② 事故欠勤休職=①の傷病以外の事故による欠勤を理由とする休職 ③ 起訴休職=刑事事件で起訴された者を一定期間または判決確定時まで休職させる ④ 自己都合休職=国内・海外留学や公職就任のためにとられる休職 ⑤ 出向休職=出向期間中の休職 ⑥ 組合専従休職=労働組合の専従を認める場合に専従期間を休職とする ちなみに、東京大学の場合は、次のように規定されており、上記①②③⑤について明文化され ている。 東京大学教職員就業規則 (休職) 第14条 教職員が次の各号の一に該当する場合は、これを休職にすることができる。 (1) 心身の故障のため、長期の休養を要する場合及び当該事由による休暇を取得しようとする場合 で、引き続き90日を超える期間 (2) 刑事事件に関し起訴され、職務の正常な遂行に支障をきたす場合 (3) 水難、火災、その他の災害により、生死不明又は所在不明となった場合 (4) 大学法人の教職員のまま出向を命じられた場合 850 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 (5) 前各号に掲げるもののほか、休職にすることが適当と認められる場合 第2項以下 省略 ※国家公務員の休職 国家公務員の場合は、本人の意に反する休職の場合として①心身の故障のため長期の休養を要す る場合、②刑事事件に関し起訴された場合(国公法 79 条 1 項)を規定するほか、学術に関する調査・ 研究等に従事する場合や水難・火災等の災害により生死不明等となつた場合(人事院規則11-4 第 3 条 1 項)に休職にすることができる旨定められている。 ※業務上の事由による傷病休職 傷病休職は私傷病に限るとしているが、業務上の理由による傷病休職も可能であろうか。 業務上傷病による休業期間中(及びその後 30 日間)は労基法の解雇制限を受けるから、解雇 猶予措置としての意義をもつ休職制度となじまないものと考えられる。しかし、この点を考慮すれ ば、業務上傷病による休業者を休職とすること自体は違法ではない。 一般的には、菅野 和夫教授がいわれように「業務外の傷病による長期欠勤」の場合に休職発 令されると理解すべきであろう。 「「休職」とは、最大公約数的にいえば、ある従業員について労務に従事させることが不能また は不適当な事由が生じた場合に、使用者がその従業員に対し労働契約関係そのものは維持させな がら労務への従事を免除することまたは禁止すること、と定義できる。休職は労働協約や就業規 則の定めに基づく使用者の一方的意思表示(形成行為)によってなされるのが普通であるが、労 働者との合意によつてなされることもある。休職には目的や内容を異にするさまざまの制度が存 在する。 主要なものとしては、第 1 に、「傷病休職」(「病気休職」)がある。これは業務外の傷病に よる長期欠勤が一定期間(3 カ月~6 カ月が普通)に及んだときに行われるもので、休職期間の長 さは通常勤続年数や傷病の性質に応じて異なって定められる。この期間中に傷病から回復し就労 可能となれば休職は終了し、復職となる。これに対し回復せず期間満了となれば、自然(自動) 退職または解雇となる。以上のとおり、この制度の目的は解雇猶予である。」 (菅野「労働法」P422) (2)休職の法的性質と目的 休職は労働協約や就業規則の定めに基づく使用者の一方的意思表示(形成行為)によってなさ れるのが普通であるが、労働者との合意によってなされることもある(④の自己都合休職の場合 など)。 休職の目的は、その事由が多岐にわたるためさまざまであるが、①解雇の回避(解雇猶予)、 企業秩序の維持(傷病のため不完全な労務提供をする者を排除)、③社会的信用の維持(刑事起訴 された者の就業禁止)などのほか、出向休職のような使用者側の事由に基づいて行われるものも ある。 休職は、労働者の就労を禁止する点で懲戒処分としての「出勤停止」に類似しているが、企業 秩序違反に対する制裁でない点で懲戒とは異なる。また、労働者の就労を一時的に禁止する措置 として「自宅待機命令」があるが、自宅待機命令は業務命令として行われ原則として賃金支払を 851 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 要するのに対し、休職は一般的に人事発令として行われ賃金支払いについては独自に設定するこ とができる(無給でも可)点で区別される。 852 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第5節 休 職 2.休職の種類 2.休職の種類 (1)傷病休職(病気休職) 1)治 癒 傷病休職の場合は、休職期間中に傷病が治癒すれば復職となり、治癒せずに休職期間が満了す れば自然退職または解雇となる。 傷病休職の場合、労働者がどの程度の健康状態に回復すれば、傷病の治癒によって復職が可能 となったといえるかについて、傷病休職は、労働者の帰責事由(私傷病)に基づく欠勤について 解雇を猶予することを目的とする制度であるから、原則として、労働者が原職を支障なく遂行で きる健康状態に復したことを要すると解すべきである(注1、注2)。 注1.「平仙レース事件」浦和地裁判決昭 40.12.16 椎間軟骨ヘルニアによる休業療養のため休職処分を受けた従業員を解雇した事件で、 「休職処分 とは、ある従業員を職務に従事させることが不能であるか若しくは適当でない事由が生じたとき に、その従業員の地位をそのままにし、職務に従事させることを禁ずる処分→病気休職者が復職 するための事由の消滅としては、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したときをいう」 と判示し、本件は当時の病状回復をもってしては、従前の業務に従事できる程度の回復とは認め られず、休職事由が消滅したとは認められないとした。 病気休職者が復職するための事由の消滅である「治癒」とは、原則として「従前の職務を通常 の程度行なえる健康状態に復したとき」をいうとされる。 注2.「アロマカラー事件」東京地裁決定昭 54.3.27 労働者の復職の要望に対し「労働者側の労務の提供の種類、程度、内容が当初の約定と異なる 事情が生じた場合には、道義上はともかくとして、使用者においてこれを受領しなければならな い法律上の義務ないし受領のためこれに見合う職種の業務を見つけなければならない法律上の義 務があるわけではない」と判示し、カラープリントの焼付作業及び出荷検査等に従事していたX について、受傷前に従事していた業務は、座姿勢による作業が主であるが、なお相当量の立位作 業及び製品または材料の運搬作業があり、Xの右状態では従前の業務に耐えられないものと認め られるから、「右期間満了当時申請人は復職可能な状態にあったとはいえず、従業員が復職の希 望を有する場合であっても傷病が治癒せず復職を容認すべきでない事情が客観的に有する限り同 様に解するのが相当である。」とし、休職事由満了による退職を有効とした。(「アロマ・カラ ー事件」東京地裁決定昭 54.3.27) 【診断書等の提出義務】 使用者による「治癒」の認定については、当該労働者は診断書の提出などによって協力する義 務があり、診断書提出等をしない労働者の解雇がやむをえないとされた事例もある(「大建工業事 件」大阪地裁決定平 15.4.16)。 2)復職可否の判断 復職可否の判断は、原則的には前述1)のとおり「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に 復したとき」であるが、当初は軽易業務に就かせれば程なく通常の業務へ復帰できるという回復ぶ 853 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 りである場合には、使用者がそのような配慮を行なうことを義務づけられる場合もあるので注意 が必要である(「エール・フランス事件」東京地裁判決昭 59.1.27-注 1)。 また、従前の業務に復帰できる状態でなく、より軽易な職務に復帰させて欲しいとの復帰の申 し出につき、労働契約上職種を限定していない場合には会社は現実に配置可能な業務の有無を検 討する義務があると判断した例(「JR東海事件」大阪地裁判決平 11.10.4)、直ちに 100%の稼働 が出来なくとも,職務に従事しながら 2~3 か月程度の期間様子を見ることによって完全復職すること が可能であると推認し,退職扱いを無効とした例( 「北産機工事件」札幌地裁判決平 11.9.1-注 2) などもあり、最近は、労働契約において職種が特定されていない場合は原職復帰が困難であって も現実に配置可能な業務があればその業務に復帰させるべきだとし、原職復帰の可能性を問うこ となく復職を広く認める傾向にある(後述6)を参照)。 注 1.「エール・フランス事件」東京地裁判決昭 59.1.27 新東京国際空港支店に勤務していた職員が結核性髄膜炎の療養のため長期欠勤し、その完治が 見込まれたことから、復職希望と復職に際しては夜間勤務のない東京営業所での勤務(タウン勤 務)への転勤を希望する旨要望したが、会社は原職復帰・タウン勤務をともに拒否し退職扱いに した事件において「病気休職期間満了時に従業員が自己の傷病は治癒したとして復職を申し出た のに対し使用者の側ではその治癒がまだ充分ではないとして復職を拒否する場合の同規定の適用 解釈にあたっては、病気休職制度は傷病により労務の提供が不能となった労働者が直ちに使用者 から解雇されることのないよう一定期間使用者の解雇権の行使を制限して労働者を保護する制度 であることに思いを至せば、右に述べた自然退職の規定の合理性の範囲を逸脱して使用者の有す る解雇権の行使を実質的により容易ならしめる結果を招来することのないよう慎重に考慮しなけ ればならない。」と、軽易な業務に復職させるなど一定の配慮をすべきであると判示した。 注 2.「北産機工事件」札幌地裁判決平 11.9.1 営業部員として採用され、八月から営業担当に予定されていた労働者が、早退して帰宅途上に交 通事故を起こし、脳挫傷等の傷害を受け、業務外の傷病を理由に休職し、休職期間六か月の経過 後、会社が復職できる状態ではないとして復職命令を出すことなく退職させたことに対して、右 の者が右退職措置を違法であるとして、労働契約上の地位確認及びその間の賃金を請求したケー スで、 「復職が可能か否かは、休職期間の満了時の当該従業員の客観的な傷病の回復状況をもって判断 すべきである(客観的には復職可能な程度に傷病が回復していたにもかかわらず、会社が資料が 不十分のために復職が不可能と判断して当該従業員を退職扱いにした場合には、当該従業員の退 職の要件を欠いており、退職が無効になる、と解すべきである)。」とし、直ちに 100 パーセント の稼働ができなくとも、職務に従事しながら、2~3 か月程度の期間を見ることによって完全に復 職することが可能であったとして、休職期間満了として退職とした取扱いは無効であるとした。 ⇒ 復職させる場合は、原職を支障なく遂行できる健康状態に復したことを要するが、軽易な業務に就かせれば 程なく通常の業務へ復帰できるという回復ぶりである場合には、使用者はそのような配慮を義務づけられる。 3)職種を限定して雇用されている場合 労働者がその職種を特定して雇用された場合には、その労働者が従前の業務を通常の程度に遂 854 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 行することができなくなったときは、原則として労働契約に基づく債務の本旨に従った履行の提 供、すなわち特定された職種の職務に応じた労務の提供をすることはできない状況にあるものと 解される(民法 493 条参照)。もっとも、他に現実に配置可能な部署ないし担当できる業務が存在 し、会社の経営上もその業務を担当させることにそれほど問題がないときは、債務の本旨に従っ た履行の提供ができない状況にあるとはいえないものと考えられる。 裁判例では、尿路結石と慢性腎不全のため休職にされた大型貨物自動車の運転手の復職希望を 会社が拒否した事件で、「慢性腎不全のため欠勤するようになってから、平成10年6月の復職 申入れまでの2年近くも大きな変化なく推移してきたものであるから、Xが欠勤前のような長距 離運転を含む業務に直ちに従事することは困難としても、時間を限定した近距離運転を中心とす る運転業務であれば、復帰可能な健康状態にあったというべきであり、時間を限定しない作業員 の業務も可能であったと認められる。」として、復職可能となった時期から現実に復職した日の 前日までの賃金支払義務を認めたものがある(「カントラ事件」大阪高裁判決平 14.6.19-注)。 この「カントラ事件」の大阪地裁判決平 13.11.9 は直ちに従前の業務に復帰できないときでも 復帰準備のための期間提供や教育措置などをすべきであるとして、使用者に賃金支払義務がある とされたが、労働者の職種が限定されていることを考えると、使用者に過剰な負担を課す考え方 をしているとの批判もある(下井「労基法」P226)。 民法 (弁済の提供の方法) 第 493 条 弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があ らかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をし たことを通知してその受領の催告をすれば足りる。 注.「カントラ事件」大阪高裁判決平成 14.6.19 一般区域貨物運送業を目的とする株式会社Y会社に運転者として職種限定で雇用された大型貨 物自動車の運転手Xは慢性腎不全のため休職し、その後、復職を申し出たところ、Yからは、治 療に専念すべきであるが経済面で問題があればアルバイトとして週に何回か勤務してはどうかと 提案されたものの、これを拒否し、その後、改めてY会社から産業医による診断結果(運転業務 は病状悪化や交通事故惹起の可能性があることを理由に長・近距離の貨物自動車運転業務への就 労は業務不可能)に基づいて復職を認めない旨の文書を交付されたにもかかわらず、XはY会社 に出勤した事案において、一審は運転者としてY会社から支給されるべき手当及び実際に職務に 従事することによって支払われる額が定める性質の手当については支払義務はないとされたが 「労働者がその職種を特定して雇用された場合において、その労働者が従前の業務を通常の程 度に遂行することができなくなった場合には、原則として、労働契約に基づく債務の本旨に従った 履行の提供、すなわち特定された職種の職務に応じた労務の提供をすることはできない状況にある ものと解される(もっとも、他に現実に配置可能な部署ないし担当できる業務が存在し、会社の経 営上もその業務を担当させることにそれほど問題がないときは、債務の本旨に従った履行の提供が できない状況にあるとはいえないものと考えられる。)。」 と判示しつつ、本件においては、運転者としての業務は、ある程度の肉体労働に耐え得る体力ない し業務遂行力が必要であるから、これを欠いた状態では運転者としての業務をさせることはできな いといわざるを得ないものの、業務を加減した運転者としての業務を遂行できる状況になっていた 855 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 と認めることができるとして、運転者が受ける諸手当のうち、乗務手当、大型運転者乗務手当、出 来高手当について欠勤前3か月の平均の2分の1程度の支給を受けられたと考えられる、とした。 4)復職の手続き イ 使用者の復職発令 傷病が治癒している場合は復職させることになるが、①当然に復職(休職終了)となるのか、 ②使用者の復職(休職を解く)の意思表示を要するのか、が問題となることがある。 休職発令が使用者の形成権の行使と考えられる以上、復職についても使用者の復職発令を待っ て効果が認められるべきであるが、混乱を招かないよう、就業規則に復職は使用者の発令(意思 表示)によって効果が生じる旨を規定しておいた方がよい。 ⇒ 復職は使用者の復職発令によって効果が生じる旨を就業規則に記載しておくべきである。 【復職不可とする場合の立証責任】 通常、企業の就業規則には、休業期間満了前に休職理由が消滅したときは直ちに復職させるこ と、復職することなく休業期間が満了となった場合は自然退職となる扱いであることなどが定め られている。そこで、休職期間満了に伴う職場復帰が可能か否かについて、その立証責任が使用 者にあるのか労働者にあるのかが問題となるが、判例は使用者にあるとする(注)。 東京大学教職員就業規則 (復職) 第 16 条 休職中の教職員の休職事由が消滅したときは、すみやかに復職させるものとする。 2 休職の期間が満了したときは、教職員は当然復職するものとする。 3 復職する場合、休職以前と異なる職務に就かせることがある。 注.「東洋シート(復職)事件」広島地裁判決平成 2.2.19 「ところで、右のような自然退職の扱いは、休業期間満了時になお休職事由が消滅していない場 合に、期間満了によって当然に復職したと解したうえで改めて使用者が当該従業員を解雇するとい う迂遠な手続を回避するものとして合理性を有するものではあるが、一方、休業期間満了前に従業 員が自己の傷病が治癒したとして復職を申し出たのに対し、使用者側ではその治癒がいまだ十分で ないとして復職を拒否し、結局休業期間満了による自然退職に従業員を追い込むことになる恐れな しとせず、したがって、自然退職扱いの合理性の範囲を逸脱し、使用者の有する解雇権の行使を実 質的に容易にする結果を招来することのないように配慮することが必要であり、このことは、本来 病気休職制度が、傷病により労務の履行が不能となった労働者に対する使用者の解雇権の行使を一 定期間制限して、労働者の権利を保護しようとする制度であることを考えると、けだし当然である というべきである。 したがって、当該従業員が前職場に復帰できると使用者において判断しない限り、復職させる義 務を使用者が負担するものではなく、休業期間の満了により自動的に退職の効果が発生すると解す ることは、復職を申し出る従業員に対し、客観的に前職場に復帰できるまでに傷病が治癒したこと の立証責任を負担させる結果になり、休職中の従業員の復職を実際上困難にする恐れが多分にあっ て相当でなく、使用者において当該従業員が復職することを認めることができない事由を具体的に 856 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 主張立証する必要があるものと解するのが相当である」 ロ 安全配慮義務を理由に復職の判断を慎重に行うことができるか? 使用者には労働者の就労に関し安全配慮義務があるから、復職の判断に際し慎重にすべき義務 があるとする主張も見受けられる。 しかし、本来、安全配慮義務とは、就労の提供が可能である労働者が労務に服する過程で生命 及び健康等を害しないよう労務場所・機械その他の環境につき配慮すべき義務をいうのであって、 安全配慮義務の名のもとに復職の機会を事実上制限することは許されないとされる(前述「東洋 。 シート(復職)事件」) 5)産業医の所見を聴く 安衛法13条1項は、「労働者の健康管理その他厚生労働省令で定める事項」を産業医に行わせ なければならない旨を定めている。「厚生労働省令で定める事項」は、次のとおりである(安衛 則14条1項)。 ① 健康診断及び面接指導等の実施並びにこれらの結果に基づく労働者の健康を保持するため の措置に関すること。 ② 作業環境の維持管理に関すること。 ③ 作業の管理に関すること。 ④ 前三号に掲げるもののほか、労働者の健康管理に関すること。 ⑤ 健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること。 ⑥ 衛生教育に関すること。 ⑦ 労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること。 主治医は長期にわたって労働者の病状を観察・把握しており、病状をもっともよく知る立場に あると考えてよい。しかし、それだけに就業可否の判断に際し、患者の心情的訴えなどにより希 望的観測に陥りやすい。さらに、主治医による診断は、病状の回復程度によって職場復帰の可能 性を判断していることが多く、その職場で求められる業務遂行能力まで回復しているか否かの判 断とは限らないことにも留意すべきである(注)。 注. (厚労省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き 」 (改訂 平 21. 3.23)) では、主治医の診断書の記載内容傾向として、次のような問題点を指摘している。 「ただし現状では、主治医による診断書の内容は、病状の回復程度によって職場復帰の可能性を 判断していることが多く、それはただちにその職場で求められる業務遂行能力まで回復しているか 否かの判断とは限らないことにも留意すべきである。また、労働者や家族の希望が含まれている場 合もある。そのため、主治医の判断と職場で必要とされる業務遂行能力の内容等について、産業医 等が精査した上で採るべき対応について判断し、意見を述べることが重要となる。」 一方、産業医の場合は、仕事の負荷が病状に及ぼす影響などの労働衛生に関する専門的知識を 有し、職場環境や業務内容についても精通していて、就業可否の判断に当たっては、本人の病状 面の問題ばかりでなく職場の人間関係に与える影響なども勘案して判断できる立場にある。した がって、傷病休職者を職場復帰させるときは、主治医の所見のほか産業医の専門的所見を聴いた 上で判断することが適切である(注 1)。 857 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 また、裁判例において、職員が専門医の就労可とする診断書を提出して復職を求めてきた場合 にこれを拒否するには、診断書の内容と異なる判断に至った合理的理由を明示する義務があると するものがある(注 2)。そのような場合に備えて、職員が専門医の診断書を提出した場合であっ ても、産業医又は会社が指定する医師の受診義務を就業規則に規定しておくことが望まれる。 注1.就業規則記載例 (病気休職) 第○条 就業規則第○条第○項第○号に規定する休職(以下「病気休職」という。)又は復職の発 令及び当該休職の期間の更新は、原則として医師の診断の結果に基づき行うものとする。またこ の場合、必要があるときは産業医又は大学が指定する医師の診断を命じることがある。 2 前項の診断を命じられた職員は、これに従わなければならない。 注2.「マルヤタクシー事件」仙台地裁昭 61.10.17 「被告は、従業員が復職の際提出してきた専門医による診断書の内容を原則として充分尊重すべ きであり、仮に治癒(復職可能)を証明する適正な診断書が提出されたにも拘わらず被告において 従業員の復職を拒否する場合には、提出された診断書の内容とは異なる判断に至った合理的理由を 職員に明示すべき義務があり、右合理的な理由の明示を怠ったまま職員の復職を一方的に拒否した 場合には、職員は復職の申し出をなした時点で当然復職したものと解するのが相当である。」 ⇒ 休職者を復職させるか否かの判断は、主治医の診断書だけでなく、産業医等使用者が指定する 医師の所見も考慮した上で行う規定とすべきである。 6)原職に復帰できるほどでなくても復職させなければならないのか? 休職期間満了時に原職に復帰できるほどに傷病が治癒していなくても使用者は解雇せずに復職 させなければならないのだろうか? 近年の裁判例では、これを肯定するものが多いという。これは、病気のため現場作業は不可能 なので事務作業に就きたいと申し出たが断られ、自宅待機を命じられた労働者への賃金支払義務 の有無が争われた「片山組事件」最高裁一小判決平 10.4.9(注)の考え方がかなり影響している、 と下井隆史教授は述べておられる(下井「労基法」P225)。 「片山組事件」は、職種や業務を特定しない労働契約においては、労働者が命じられた業務に ついて十分に労務を提供できないときでも、能力・経験・地位・企業の規模・業種・配置異動等 における実績に照らして当該労働者を配置しうる現実的可能性がある業務について労務を提供す ることができ、その提供を労働者が申し出ているならば債務の本旨に従った履行の提供があった といえる、として賃金支払請求を認めた。 しかし、このような裁判の傾向については、使用者に過剰な負担を課すものという批判もある (下井教授は、山川隆一・大内伸哉「労働判例この1年の争点」労研平 12 年 484 号 P38 以下に記 述があることを指摘し、「同感である」と述べておられる。)。 それは、業務外の傷病による勤務不能は労働者の責めに帰すべき事由による債務不履行である から、解雇の合理的理由となるのは当然であり、その解雇を猶予しているのが休職制度であるか ら、休職期間が満了したときに従前の業務かそれと同等の業務に従事できない状態の労働者に対 858 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 する解雇について合理的理由を欠くとする考え方は、 「労働者保護に傾きすぎて妥当ではない」と いう理由である。 注.「片山組事件」最高裁 1 小 判決平 10.4.9 建築工事現場で長年にわたり現場監督業務に従事してきた労働者が、バセドー氏病のため現場作 業に従事できないと申し出たところ、会社から自宅治療命令を受け、約4か月間欠勤扱いとして賃 金が支給されず、冬期一時金も減額されたためその措置を不当として賃金等を請求した事案で 「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられ た特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業 の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配 置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、 その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当であ る。」 と判示し、入社以来「21 年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきたもので あるが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されておらず、 また、上告人提出の病状説明書の記載に誇張がみられるとしても、本件自宅治療命令を受けた当時、 事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、その提供を申し出ていたというべきである。」とし て、 「能力、経験、地位、被上告人の規模、業種、被上告人における労働者の配置・異動の実情及び 難易等に照らして上告人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうか を検討せずに労務の提供が債務の本旨に従ったものではないとした原審の判断は、労働契約の解釈 を誤った違法があるとして原判決を破棄し高裁へ差し戻した。 医師の診断書と休職者本人の意欲との関係はどうであろうか。 最近の判例であるが、出向先で自律神経失調症に罹患出向期間を延長して休職させたところ、 本人は、現職への復帰は困難であるが他の業務での就労は可能でありその意欲もあると述べて復 職を希望したが、医師の診断書は病名を自律神経失調症とし、今後1か月の休養加療が必要であ るとしていたので、会社側は休職を命じる必要があると判断し休職を発令した事案では「就労さ せなかったことは相当である。」としている「日本瓦斯(日本瓦斯運輸整備)事件」東京高裁判決 平 19.9.17)。 裁判例は、原職復帰が困難であっても現実に配置可能な業務があればその業務に復帰させるべ き、としている、と菅野教授は次のように述べておられる。 「裁判例は、労働契約において職種が特定されていない場合は、原職復帰が困難であっても現実 に配置可能な業務があればその業務に復帰させるべきだと解し、原職復帰の可能性を問うことなく 復職を広く認める傾向にある。」(菅野「労働法」P423) ⇒ 労働契約において職種が特定されていない場合は、原職復帰が困難であっても現実に配置可能 な軽易な業務があればその業務に復帰させるべきである、とされる。 859 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 (2)事故欠勤休職 事故欠勤休職が期間満了の際の自然退職をもたらすものである場合は、休職の意思表示は実際 上解雇予告の意思表示をも含むこととなるので、解雇に関する法規制を受けないかどうかが問題 となる。 事故欠勤が長期に及んだ者に対する休職処分と解雇予告のちがいは、前者では休職処分がなさ れても休職期間中に就労可能となれば復職するのに対し、後者では予告がなされた以上予告期間 に就労可能となっても解雇は期間経過とともに発効する点である。そこで、菅野教授は、休職期 間が 30 日以上であれば休職処分の方が解雇予告よりも労働者に有利であるから、解雇予告(労基 法 20 条)の潜脱を防ぐため休職期間は 30 日以上であることを要するとし、そのうえで解雇相当 性をやや緩和した程度の休職処分相当事由を求められる、としている。そして、この休職処分相 当性については、すでに相当の長期欠勤がなされた場合にはそれだけで相当性ありと判断せざる をえないという(菅野「労働法」P244~245)。 ちなみに民間企業においては、欠勤が相当期間継続した後に休職発令をすることとしている例 も見受けられる。 民間製造会社の休職期間の例 第○条 社員が業務外の傷病にかかり、その欠勤が次表(1)の欠勤期間を超えた場合は、同表(2) の期間休職を命じる。ただし、本条は試用期間中の者については適用しない。勤続年数は欠勤始期 までを計算し、欠勤期間は欠勤始期の直後の1日から起算する。 勤続年数 (1)欠勤期間 (2)休職期間 満3年未満 4か月 9か月 満3年以上満5年未満 6か月 12か月 満5年以上10年未満 8か月 16か月 12か月 24か月 満10年以上 (結核性疾患・通勤災害・交通事故については別途規定あり) ※事故欠勤休職期間満了による退職 「事故欠勤休職期間が満了しても職場復帰ができないときは退職とする」旨の就業規則の規定は 「解雇」であるか否かについて、最高裁は「事故欠勤休職」処分は、その実質において解雇猶予処 分に当たるとみられなくはないが、前記就業規則77条1項4号の規定は通常解雇に関する就業規 則78条1項とは別に、独立した雇用契約終了事由としてこれを規定したものであることが、その 規定の文理に照らして明らかであるし、右のように通常解雇とは別の雇用契約終了事由を就業規則 上設定することが許されないとする理はない。」 (「石川島播磨重工業事件」最高裁二小判決昭 57.10.8) と、事故欠勤休職期間満了による退職は通常解雇とは別の雇用契約終了事由であると判示した。 (3)起訴休職 就業規則上は、通例「刑事事件で起訴された者はその事件が裁判所に係属する間はこれを休職 とする」と規定される。しかし、しかし、起訴によって直ちに就労が不可能となるわけではない ことから、学説、裁判例は一致して、使用者は、職員が単に刑事事件で起訴されたことのみをも ってはその者を起訴休職処分に付しえないとし、次のいずれかを満たさなければならないとして 860 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 2.休職の種類 いる(菅野「労働法」P425)。 ① 犯罪行為の起訴がなされたことによって職場秩序や企業の社会的信用や当該労働者の職務 遂行などの点で同人の就労を禁止することもやむなしと認められること ② 勾留または公判期日出頭のために現実の労務提供が不可能または困難となること 裁判例では、たとえば、同僚への傷害容疑で起訴された航空機機長に対する起訴休職が、私生 活上の男女関係から生じた事件であり、公判出頭も年休取得により可能であるとして処分無効と 判断された例がある(「全日本空輸事件」東京地裁判決平 11.2.15(注))。このような考え方に 立てば、起訴休職処分が当初はそれらのいずれかの要件に合致して有効であったとしても、休職 期間の途中において保釈や一審での無罪判決などによってその要件をみたさなくなった場合には、 休職事由が終了したものとして使用者は復職措置をとらなければならない。 注.この事件では、無給の起訴休職が 11 か月に及ぶ一方、懲戒としての出勤停止が 1 週間を限度と され、また減給も労基法の制限がある状況の下では、休職処分は懲戒との不均衡という理由から も無効となるとしている。 861 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第5節 休 職 3.休職中の賃金 3.休職中の賃金 (1)民間の場合 休職中の賃金については、労働者側の事由に基づく休職の場合、労働者の帰責事由によって労 務の履行が不能となるので、賃金請求権は発生せず、使用者は賃金を支払う必要はない。この点 は、使用者が一方的に休職を発令する場合も同様であり、裁判例は、長期勾留による就労不能に ついても、原則として労働者の帰責事由に基づく履行不能に当たるとしている(「石川島播磨重工 業事件」最高裁二小判決昭 57.10.7)。 一方、休職が所定の要件を欠くことから無効となる場合は、使用者の帰責事由に基づく履行不 能(民 536 条 2 項)として賃金請求権が発生する(前掲全日本空輸事件)。 ⇒ 休職中の賃金は無給であっても違法ではない。 (2)国家公務員の場合 1)休職期間中の給与 国家公務員の場合、休職期間中の給与に関し次のように定められている。 ① 公務災害・通勤による災害による休職 その休職の期間中、これに給与の全額を支給する(一般職の給与に関する法律 23 条 1 項)。 ② 病気休職 その休職の期間が満1年(結核性疾患については2年)に達するまでは、これに俸給、扶養 手当、調整手当、研究員調整手当、住居手当、期末手当及び期末特別手当のそれぞれ 100 分 の 80 を支給することができる(一般職の給与に関する法律 23 条2項・3 項)。 ③ 刑事事件に関し起訴された場合 その休職の期間中、これに俸給、扶養手当、調整手当、研究員調整手当及び住居手当のそれ ぞれ百分の六十以内を支給することができる(一般職の給与に関する法律 23 条 4 項)。 ④ その他人事院規則で定める事由による休職(注) その休職の期間中、人事院規則の定めるところに従い、これに俸給、扶養手当、調整手当、 研究員調整手当、住居手当、期末手当及び期末特別手当のそれぞれ百分の百以内を支給するこ とができる(一般職の給与に関する法律 23 条 5 項)。 注.人事院規則3条(職員の身分保障)1項において、次のとおり休職事由を定めている。 ① 学校・研究所等の公共的施設において調査・研究等に従事する場合 ② 民間と共同又は民間の委託を受けて科学技術に関する研究に係る業務に従事する場合 ③ 研究職員の研究成果活用企業の役員等との兼業する場合において主として当該役員等の 職務に従事する必要がある場合 ④ 法令に基づく公共的機関の設立に伴う臨時的必要のための業務に従事する場合 ⑤ 水難、火災その他の災害により、生死不明又は所在不明となつた場合 2)病気休暇と病気休職 病気休暇は、通常、就業規則に「負傷若しくは疾病のために療養する必要があり、そのため勤 務しないことがやむを得ないと認められる場合に」「必要最小限の期間」付与される(勤務時間 862 第9章 人 第2 個別的労働関係 事 第5節 休 職 3.休職中の賃金 法 18 条 1 項、人事院規則15-14第 21 条を参照)。 一方、休職は、心身の故障のため、長期の療養を要する場合に発令され、就業規則に「心身の 故障のため、長期の休養を要する場合及び当該事由による休暇を取得しようとする場合で、引き 続き90日を超える期間」に発令する規定をもつ場合が多い。 「90日」の意味は、国家公務員の 場合、 「90日(結核性の傷病の場合は1年)を超えて引き続き勤務しない場合に、俸給を半減す る」ことになるからである。そこで、病気休暇と病気休職との調和の問題が生じ、国大や独法で は「職員が業務外の傷病により連続90日以上の病気休暇を取得した場合は、原則として9 0日を超えた日から休職を命じる。」というような規定をもつことが一般的である。 一方、病気休暇を取得する者にとって「休職」は解雇猶予を意味するから、病気休暇が 90日に近づくと職場復帰を申出る傾向がある。それに備えて「長期にわたり病気休暇を取得 している者が、回復後出勤しようとする場合には、医師の診断書を提出し許可を受けなければな らない。この場合必要があるときは、産業医又は本学が指定する医師の診断を命じることがある。」 というような規定が必要である。 以上を整理すると、次のような規定が望ましい。 (病気休暇) 第○条 病気休暇は、教職員が負傷若しくは疾病のために療養する必要があり、そのため勤務しないこ とがやむを得ないと認められる場合における休暇とする。 2 病気休暇の期間は、療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間と する。 3 病気休暇が一週間を超える場合及び必要があると認める場合には、療養を要する期間が明記された 医師の診断書をすみやかに提出しなければならない。 4 病気休暇が長期にわたり、前項の診断書に記載された療養を要する期間を経過する場合には、更に 診断書を提出しなければならない。 5 長期にわたり病気休暇を取得している者が、回復後出勤しようとする場合には、医師の診断書を提 出し許可を受けなければならない。この場合必要があるときは、産業医又は本学が指定する医師の診断 を命じることがある。 (休職) 第□条 教職員が次の各号の一に該当する場合は、これを休職にすることができる。 (1) 心身の故障のため、長期の休養を要する場合及び当該事由による休暇を取得しようとする場合で、 引き続き90日を超える期間 (2)~ (5) 2 略 前項第1号の場合において、 「引き続き90日」には、病気休暇の日から過去1年間において、同一 傷病又はこれに関連して発病した傷病(以下「同一傷病」という。)による引続かない病気休暇、年次有 給休暇及び欠勤(時間単位の休暇、欠勤については、8時間をもって 1 日とする。)を通算するものとす る。 (使用目的の自由が保障される年次有給休暇を通算することに異論がある場合は、明文規定から削除し 運用ルールで対応するようにする。) 863 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 1.職場規律 第6節 懲 戒 1.職場規律 (1)職場規律と懲戒 企業をはじめあらゆる事業において、多数の労働者が組織的に共同作業を展開する必要があり、 その運営上、職場の規律を確保し労働者の行動を規制することが必要となる。そのため、使用者 は就業規則に職場規律を定めることが一般的であり、労基法も「当該事業場の労働者のすべてに 適用される定めをする場合」には就業規則に定めるべきことを規定している(労基法 89 条 10 号)。 そして、労働者がこれらの規律に違反すると懲戒処分の対象となり、懲戒は職場規律を確保す る手段としての意義がある。 第 2-9-9 図 職場規律の分類 ①労働遂行に関する規律 職務専念義務、服従義務、服装規定、欠勤規制 ②職場における秩序 秩序風紀の保持、政治活動・組合活動の規制 職場規律 ③企業施設の管理保全 社有財産の保全、施設利用の制限 ④企業外の行動の規律 企業の名誉・信用の保持、兼職規制、秘密保持 (2) 職場規律の法的根拠 1)企業秩序権 判例は、職場規律を含む広範な「企業秩序」概念を認め、それを維持する権限を企業に当然に 帰属する権利(固有の権利)と解している(注 1~注 2)。 注 1.「国鉄札幌運転区事件」最高裁三小判決昭 54.10.30 「企業は、その構成員に対してこれに服することを求めうべく、その一環として、職場環境を適正良好に保 持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨 を、一般的に規則をもって定め、または具体的に指示、命令することができ、これに違反する行為をする者が ある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命 令を発し、又は規則に定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができるもの、と解するのが相当で ある。」 864 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 1.職場規律 注 2.「富士重工業事件」最高裁三小判決昭 52.12.13 「企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱さ れた企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、 事実関係の調査をすることができることは、当然のことといわなければならない。」 しかし、 「企業秩序」はあまりにも漠然としており、使用者の有する権限はもっと厳密に明らか にされなければならない、とする説も有力である。たとえば、前述第 2-9-8 図「職場規律の分類」 のうち①については労務指揮権であり、③は物的権限(施設管理権)であるというように。 2)信義則 職場規律を遵守する義務は、信義則(民法 1 条 2 項)に基づく労働者の付随義務(職場規律遵 守義務)と考える学説もあり、有力である。労働者は、労働契約上の付帯義務として「職場にお ける秩序維持」、「企業の社会的信用・名誉の保持」等の使用者の権利を不当に侵害しない義務を 負うものと考えるのである。 こうして、使用者は、職場規律遵守義務を根拠として、企業における労働者の行動に規制を及 ぼし、また、規律違反を理由に懲戒処分を行うことができる。これらの法的根拠は労働契約に求 められる。 民法 (基本原則) 第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。 【公共の福祉】 私権の内容及び行使は社会全体の利益と調和するものでなければならないとする原則であ る。 2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 【信義則】人は当該具体的事情のもとで、相手方の信頼を裏切ることのないように誠意をもって行動すべき であるという原則である。 3 権利の濫用は、これを許さない。 【権利の濫用】 外形的には権利の行使のように見えても、具体的・実質的に見ると権利の社会性に反し是認 できない場合には権利行使として許されないとする原則である。 3)職場規律の限界 職場規律の根拠が「企業秩序」であれ、 「信義則」であれ、職場規律の保持上必要でかつ合理的 な範囲に限って認められるもので、無制限の義務ではなく労働者の権利・利益を過度に制約する ものであってはならない。 この点について、前述富士重工業事件では、 「労働者は、労働契約を締結して企業に雇用される ことによって、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務 その他の義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものということはできない」と述べている。 つまり、職場規律といえども、労働者の人格、憲法その他法律で保障された権利との調整が図ら れたものでなければならなず、労働者の思想・信条の自由、容貌に関する表現の自由との観点か ら、服務規律上の使用者の権限は制限されるということである。 具体的に、使用者の権限が制限された事例を次のとおり掲げる。 865 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 1.職場規律 ① 所持品検査には相当の事由が必要 日常携帯品以外の持ち込みが禁止されている工場で、守衛が所持品検査を行うため には携帯物の形状、数量等の状況から見て持ち込みが禁止されているものを所持していると疑 うに足りる相当な事由がなければならないとされた(所持品検査は思想・信条の調査につなが るおそれもあるとされた。)(「神戸製鋼所事件」大阪高裁判決昭 50.3.12)。 ② 口ひげを禁止することはできない ハイヤー運転手が口ひげをはやすことが身だしなみ規定に違反するかという点に関し、身だ しなみ規定で禁止するヒゲは「無精ひげ」、「異様・奇異なひげ」を指し、格別不快感を生じさ せない口ひげはこれに当たらないとされた(「イースタン・エアポートモータース事件」東京地 裁判決昭 55.12.15)。 ③ トラック運転手の茶髪は許容される 企業が、労働者の髪の色・型・容姿・服装などについて制限する場合には、事業運営上必要 かつ合理的な限度に止まるよう特段の配慮を必要とし、トラックの運転手が茶髪を改めるよう にとの命令に従わなかったとして諭旨解雇されたことは、無効とされた(「㈱東谷山家事件」福 岡地裁小倉支部決定平 9.12.25)。 866 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 2.懲戒権の法的根拠 2.懲戒権の法的根拠 (1)概 要 前述の職場規律に違反した労働者に対し、使用者はいかなる根拠に基づいて懲戒処分を行うこ とができるのか? 労働契約は労使が対等の立場で締結する契約であり、 「刑罰」にも類似する懲 戒とは本来そぐわないのではないか? 労働者の労働契約上の義務違反であるならば“契約解除” (解雇)や損害賠償請求ということにならないのか? など懲戒権の法的根拠に関する疑問が生 じる。そして、この疑問は、就業規則に規定がない場合であっても懲戒処分を行うことが可能か? という問題へ発展していく。 これについては、 「固有権説」と「契約説」とがあり、判例は「固有権説」を採るように思える が、反面「規則の定めるところに従い」というような「契約説」的な説明もしており、明確でな い。 (2)固有権説 使用者は、企業の経営権の一内容として当然に固有の懲戒権を有するとする。この考えによれ ば、使用者は就業規則に規定がなくても懲戒処分を行うことができ、就業規則の懲戒規定は例示 列挙であるということになる。 (3)契約説 契約説においては、懲戒は当然に予定されたものでなく、労使間の合意(実際は就業規則の懲 戒規定)によって効力が認められるものであるとする。これが通説である。これによれば、懲戒 を行うには就業規則の根拠規定を要し、その記載事項は限定列挙ということになる。 懲戒処分として常勤から非常勤への降格を無効とした「倉田学園(常勤から非常勤への降格) 事件」では、「使用者の懲戒権の行使は、労働者が労働契約において具体的に同意を与えている限度 でのみ可能であると解する」としている(注) 。 注.「倉田学園(常勤から非常勤への降格)事件」高松地裁判決平 2.5.10 「一般に、使用者がその雇用する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、も って企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であると解されるが、使用者の懲戒処 分の根拠については、以下のように考えられる。すなわち、使用者とその従業員である労働者との 法的な関係は、対等な当事者としての両者が労働契約を締結することによって初めて成立するので あるから、使用者の労働者に対する権限も、労働契約上の両者の合意にその根拠を持つものでなけ ればならない。使用者の経営権は、労働者に対する人的支配権をも内容とするものではないし、従 業員に対する指揮命令権も、労働契約に基づいて許される範囲でしか行使し得ないはずのものであ る。したがって、使用者の懲戒権の行使は、労働者が労働契約において具体的に同意を与えている 限度でのみ可能であると解するのが相当である。」 ⇒ 懲戒を行うには就業規則にその種類及び程度を規定していなければならない。 867 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 2.懲戒権の法的根拠 (4)最高裁判例 判例の立場は、労働者は労働契約を締結したことにより企業秩序遵守義務を負い、使用者は労 働者の企業秩序違反に対して制裁罰として懲戒を課すことができるとするものである(「関西電力 事件」最高裁一小判決昭 58.9.8-注 1)。他方、規則や命令に違反する労働者に対しては「規則で 定めるところに従い」懲戒処分をなし得るとも述べており(「国鉄札幌運転区事件」最高裁三小判 決昭 54.10.30-注 2)、懲戒権は企業秩序締結・維持権の一環であるが、規則に定めることにより 初めて行使できるものと解しているように思える。 そのため、実務においては、契約説と実質的に変わらないと判断してよい。 注 1.「関西電力事件」最高裁一小判決昭 58.9.8 社員Xは会社を誹謗・中傷するビラ約 350 枚を社宅に配布した。ビラ配布は就業時間外に職場外 であるY社の職員住宅において職務遂行に関係なく行われたものではあるが、前記就業規則所定の 懲戒事由にあたると解することができ、これを理由としてXに対して懲戒として譴責を課したこと は懲戒権者に認められる裁量権の範囲を超えるものとは認められないとして懲戒を肯定した。 注 2.「国鉄札幌運転区事件」最高裁三小判決昭 54.10.30 Xらは、春闘に向けたアピールのために、旅客が立ち入らない場所に備え付けられたロッカー約 300 個にビラを貼った。たとえ組合活動として行う場合であっても、本件ビラを右ロッカーに貼付 する権限を有するものでないことは、明らかであり、上司から再三にわたりビラ貼りの中止等を命 じられたにもかかわらずこれを公然と無視してビラ貼りに及んだものであって、Xらの各行動は、 懲戒事由に該当するものというべきであるとし、戒告処分を適法とした。 868 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 3.懲戒処分の適法性 3.懲戒処分の適法性 懲戒処分の適法性は、①処分の相当性(実体的規制――懲戒権の濫用に当たらないか。)、②制 裁罰としての性格に基づく規制(刑罰に類似した性格としての制約がある。)、③適性手続きの規 制(手続的規制――適正な手続きが採られているか。)などの側面から判断される。 第 2-9-6-1 図 懲戒処分の適法性判断 ①処分の相当性 懲戒処分の適法 ②制裁罰としての規制 ③手続的規制 懲戒権の濫用に当たらないか 刑罰法規に準じた規制がある 不遡及の原則、一事不再理の原則 適正な手続きが採られているか (1)処分の相当性 懲戒処分は、労働者の非違行為に照らして相当なものでなければならない。いかなる処分を選 択するかは使用者の裁量に属するが、不当に重い処分を選択することはできない。 判例は、 「懲戒権の行使は、当該具体的状況の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社 会通念上相当として是認することができない場合に・・・権利の濫用として無効となる」(「ダイ ハツ工業事件」最高裁二小判決昭 58.9.16)と述べている。 (2)制裁罰としての性格に基づく規制 懲戒は刑罰に類似する制裁であるため、刑事法に類する厳格な規制に服する必要がある。2. で述べたように、懲戒を行うためには就業規則に懲戒事由と手段を明確に定める必要があり、そ れを拡張して適用することも許されない。 1)不遡及の原則 たとえば、新たに設けた懲戒規定を適用する場合、その規定が制定される前の行為に対して適 用することはできない。 2)一事不再理の原則(二重処分の禁止) 過去に懲戒の対象となった行為について重ねて処分を行うことはできない。 3)平等取扱いの原則 懲戒は、同種の非違行為に対しては同等のものでなければならない。 (3)適正手続き 懲戒処分の手続きは就業規則に定めることが多いと思われるが、労基法は必ずしもそれを強制 しているわけでなく、懲戒に関しては「その種類及び程度」について定めれば足りる(労基法 89 条 9 号)。 1)弁明の機会の付与 懲戒を行う場合、本人に弁明の機会を与えることは必要であり、規定の有無にかかわらないと 解される(東大「注釈労基法」上巻 P266)。 2)懲戒委員会の設置 懲戒を審査するため懲戒委員会を設けるかどうか、委員の構成に労組代表を参加させるかどう 869 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 3.懲戒処分の適法性 かは、使用者の自由である。ただし、懲戒委員会を設けた場合に、それを経由しないでなした処 分は無効となるおそれがある。所定の懲戒委員会が開催されず、それに変代わる手続きもとられ ていないことを理由に懲戒解雇を無効とした下級審判例がある(「中央林間事件」東京地裁判決平 8.7.26-注)。 実務において、非違行為が発覚し懲戒解雇処分になりそうになった場合に、本人から辞表が提 出され退職してしまうことがある。そのような場合に国家公務員の場合は辞職を承認しなければ よいが、民間のルールでは2週間経過後に雇用関係が終了するため、退職手当の不支給事由とし て「在職中に懲戒解雇事由に該当する行為があったとき」という例外規定を設け、当該事由に該 当する場合は退職手当の一時差止め規定を設けておくなどの措置をとる必要がある。 注.「中央林間事件」東京地裁判決平 8.7.26 「職員の表彰及び懲戒は、次の各号に定める原則に従い実施する。(3)懲戒委員会を設置し、懲戒について はすべて委員会にはかりその結果に基づき院長が決定すること。(4)懲戒委員会は、委員3名をもって構成し、 委員は院長、副院長、事務長各1名とする。」との就業規則の規定がある病院で、院長を懲戒解雇した件につ き、懲戒処分については、病院の中枢的立場にある者の協議検討の上慎重に決定しようとした就業規則の趣 旨が全く没却されているのであって、懲戒委員会に代替する措置が執られたとは到底認められない。したが って、本件懲戒解雇は、手続的な面においても、瑕疵が大きいものであると言わざるを得ないとして懲戒解 雇無効とした。 懲戒解雇と退職手当の不支給 一般に退職手当の不支給事由として、懲戒解雇処分を受けたときに支給しないこととしている場 合がある。そのような規定は有効か無効かという議論はさておき、退職手当を不支給とすることが できるのは「懲戒処分を受けたとき」であるから、たとえば、在職中に公金横領などの行為があっ たとしても発覚せずに退職した場合には、退職手当を正当に受ける権利が生じる。また、前述のよ うに、非違行為が発覚し懲戒解雇処分を受けそうになった場合に「何がなんでも退職」してし まえば、もはや懲戒処分を行うことはできないから、やはり退職手当を正当に受ける権利が生じ る。 このような不都合を是正するには、退職手当の不支給要件を「懲戒解雇処分を受けたとき」のほ かに「在職中に懲戒解雇に相当する非違行為があったとき」とし、退職後発覚した場合に返納させ る規定を設けておくことである。 870 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 4.懲戒の種類 4.懲戒の種類 (1)譴責・戒告 譴責も戒告も将来を戒める処分であり、比較的軽い処分である。処分により直接不利益が生じ るわけでないが昇給や人事考課において不利益な取扱いがなされる。 譴責と戒告の違いは、譴責の場合は始末書の提出を伴うのに対し、戒告は始末書の提出を求め ないという(菅野「労働法 P389」)。しかし、厳密に区別して運用されているわけでない。 譴責処分を受けた者が始末書を提出しない場合は、どう取扱うことになるのだろうか? これ については、労働者は使用者から人格的支配を受けているのではないのだから、始末書の提出は 労働者の任意にゆだねられ、その提出を強制することはできないと解する(東大「注釈労基法」 上巻 P253、「丸山製紙事件」高松高裁判決昭 46.2.25、「福知山信用金庫事件」大阪高裁判決昭 53.10.27、ただし、不提出を理由に懲戒処分をなし得るとする「エスエス製薬事件」東京地裁判 決昭 42.11.15 もある点に留意。)。 【始末書の提出は強制できないとする】 注.「福知山信用金庫事件」大阪高裁判決昭 53.10.27 「本日をもって謹慎処分を解除されましたならば、謹慎中に私の過去の職員としての行為につ いて十分自己反省を致しました。今後は金庫職員として恥しくない勤務に努め、労使関係につき ましても、良識に基いて合理的に行動することを誓約致します。尚万一この誓約に違背する行為 をしました時には、如何なる処分を受けましても異議は申立てません」との誓約書の提出を拒否 したことは、近代的労働契約のもとでは、誓約書を提出しないこと自体を企業秩序に対する紊乱 行為とみたり特に悪い情状とみることは相当でないと解するとして、諭旨解雇無効とした。 【始末書の提出を義務づける規定が就業規則にあれば提出義務があるとする】 注 2.「エスエス製薬事件」東京地裁判決昭 42.11.15 無許可のまま職場から外出したことを理由とし、Y社はXらに始末書の提出を求めたが、Xら はこれを拒否したため、Y社は就業規則の規定に基づき、Xらをけん責処分に付した。Y社就業 規則には、けん責・昇給停止・出勤停止処分に付する場合は、あらかじめ始末書の提出を求め得 る旨規定されているから、上司から始末書の提出を命ぜられた以上Xらにおいてこれを提出すべ き義務があるものというべく、これを拒否したことは就業規則の「職務上上長の指揮命令に従わ ず」に該当する。始末書を提出しなかったことを理由として原告らに対して行つた本件昇給停止、 出勤処分停止処分はいずれも有効とした。 ⇒ 始末書の提出は強制できないが、提出しない場合は人事考課上不利に取扱うことは可能である(菅野「労 働法」P389)。 (2)減 給 減給とは、制裁として、本来であれば労働者が当然に受け取るべき労務提供の対価である賃金 から一定額を差し引くことをいう。この場合に、労基法は厳格な制限を設けており、減給は、ま ず1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならない。これは、1回の事案に対する減給は 平均賃金の1日分の半額以内でなければならないということである。1回の事案について平均賃 871 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 4.懲戒の種類 金の1日分の半額を何回にもわたって減額してよいわけではない。 次に、減給は、その総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない。 これは一賃金支払期に数事案の違反があった場合においても、当該賃金支払期における減給の総 額は賃金総額の10分の1以内としなければならない、ということである。これを超えて減給の 制裁を行う場合は、次期以降の賃金支払期に延ばさなければならない(昭 23.9.20 基収 1789 号)。 労基法 (制裁規定の制限) 第 91 条 就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の 額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えて はならない。 ⇒ 国家公務員の場合は、「減給は、一年以下の期間、俸給の月額の五分の一以下に相当する額を、給与から 減ずるものとする。」(人事院規則12-0第 3 条)としており、最大俸給の20%を1年間減給することが可能で ある。 (3)出勤停止 出勤停止とは、労働契約を存続しながら労働者の就労を一定期間禁止することをいう。「停職」 という場合もほぼ同じ意味として使われている。通常は、その期間賃金は支給されず、勤続年数 にも算入しない。出勤停止を「自宅謹慎」とか「懲戒休職」などと呼ぶこともある。 出勤停止の期間は、通常1~2週間とするものが多いが、中には数か月に及ぶ規定をもつ場合 もあり、労働者にとって過酷な処分となり得る。そこで、懲戒権の発動としての出勤停止の期間 はどれほどまで許されるかということになるが、就労した場合の賃金の減額を定める労基法 91 条(1回の額が平均賃金の1日分の半額以内。)とのバランスを考えても、国家公務員の停職のよ うな長い期間は無効と判断される可能性が高い。 裁判例としては、生理休暇を理由として休暇を取得してのど自慢大会に参加したバスガイドに 対する6か月の停職処分は、その非違行為からみて重すぎるとして3か月の限度で有効とした「岩 手県交通事件」盛岡地裁一関支部判決平 8.4.17 がある。 ⇒ 国家公務員の場合の停職は、「停職の期間は、一日以上一年以下とする。」(人事院規則12-0第 3 条)と されている。 ※自宅待機命令 出勤停止とは別に、職場規律に違反した者の処分を決定するまでの間、又は職場への悪影響を防 ぐ目的などで一定期間就労を禁止することがある。これは「自宅待機命令」といわれ、通常は数日 間の暫定措置であり、懲戒処分ではなく労務指揮権の行使と考えられるところから、賃金を支払わ なければならない。 ※出勤停止期間中の兼業・兼職 懲戒処分により出勤停止とした場合に、出勤停止期間中の行動を使用者が制限することは可能だ ろうか? 872 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 4.懲戒の種類 一般に、労働者は企業秩序遵守義務があるから、単に勤務時間中に労務を提供すれば足りるとい うものでなく、勤務時間外や企業外においても使用者の利益を不当に害してはならないこととされ、 兼業・兼職の規制もその範囲内で可能であると考えられる。また、勤務時間中の労務提供は「誠実 に」提供する義務があるから、勤務時間外の副業などにより疲れ切って正常な労務を提供できない などというようなことを制限する権利が使用者にあると解されている。 そのような点から、兼業の規制に関する使用者の権限は、次のように解することができる。 ① 企業秩序を乱す兼業を禁止したり制限することができる。 ② 正常な労務提供に悪影響を及ぼす兼業を禁止したり制限することができる。 したがって、これを逸脱する禁止規定や許可基準は、権利の濫用として違法・無効と解される余 地が生じる。そして、それはあくまでも労働契約上使用者に認められる権利の範囲内における権限 であって、労働者の人格支配に及ぶ制限であったり懲罰としての制限であってはならない。 【停職期間中における兼業・兼職規制】 以上の観点から、停職期間中における兼業・兼職規制はどうあるべきかを考察すれば、次のよう に結論づけることができるであろう。 ① 兼業・兼職規制としての「許可制」は、停職期間中の者であっても職員である限り等しく適用 されるべきである。 ② 許可基準としての「企業秩序を乱す」か否かの判断基準は、一般職員と同様な基準を適用すべ きである。 ③ 停職期間中は労務提供を禁止されているため、「正常な労務提供に悪影響を及ぼす兼業」は基 本的にないと考えてよい。 つまり、出勤停止(停職)期間中の兼業・兼職については、職員として許可されない業務は出勤 停止期間中であっても許可すべきではなく、許可する場には時間帯や時間数について制限を設ける 必要はない、ということである。 ⇒ 出勤停止(停職)期間中の兼業・兼職については、許可する場合に時間帯や時間数について制限を設ける 必要はない、 (4)降 格 人事権に基づく降格とは別に、懲戒処分としての降格(降職)が行われることがある。 懲戒処分としての降格は就業規則上の根拠を必要とし、職種、職位、職能資格の変更などに限 られ、別個の労働契約への変更(たとえば、期間の定めのない常勤職員から任期1年の非常勤職 員への降格)は別個の労働契約への変更を意味するから許されない(東大「注釈労基法」上巻 P257。 裁判例として「倉田学園事件」高松地裁判決平 2.5.10・高松高裁判決平 9.12.19-注)。懲戒処分 としての降格は、就業規則上の根拠を必要とするとともに、①懲戒事由に該当したこと、②処分 の相当性(本人の情状、他の処分との均衡、降格に伴う賃金の減額の程度など)が問われる。 人事権に基づく降格の場合は、就業規則上の特別の根拠を必要とせず行うことができる(土田 「労契法」P430)。ただし、その程度に関し権利の濫用の制約を受けることは当然である。 注.「倉田学園事件」高松高裁判決平 9.12.19. 私立学校の教諭に対する早朝生徒指導命令に従わなかったこと等を理由として教諭から非常勤講 873 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 4.懲戒の種類 師に降職する処分は、終身雇用の教諭としての地位を雇用期間一年間で月給でなく時間給の非常勤 講師の地位に降ろすものであって、労働契約の基本的内容を変更するものであるから、社会通念上 労働契約の同一性を有すると解することはできない。 したがって、 「本件降職処分は、懲戒解職と新たな講師としての労働契約の申込みの実質を有する ものであり、労働契約の同一性を前提とする降職処分ではないから、就業規則 68 条所定の懲戒事由 を処分事由として降職処分を行うことは許されないと解される。」として降職処分は無効であるとさ れた。 ここで注意しなければならないことは、降格に伴い賃金が減少する場合は、従前とまったく同 一の責任と義務のある業務にそのまま就かせることはできない、ということである。もし、降格 により賃金が減少したにもかかわらず従前とまったく同一の業務に従事していたということにな れば、それは制裁としての「減給」措置ということになり、労基法 91 条の減給制裁の規定が適用 される。通達においても「降給が、従前の職務に従事せしめつつ、賃金額のみを減ずる趣旨であ れば、減給制裁として法第 91 条の適用がある」とされている(昭 37.9.6 基発 917 号)。 ⇒ 降格に伴い、業務内容が変わった結果賃金が減少するすることは問題ないが、業務内容が変わ ることなく降格により賃金が減少することは、原則として許されない。 (5)懲戒解雇・諭旨解雇 1)概 要 懲戒解雇は制裁として行われる解雇であり、もっとも重い処分である。通常は予告なしに即時 に行われ(注1)、退職金が支払われない場合が多い。 諭旨解雇は懲戒解雇を若干緩和した解雇処分であり、退職金の一部又は全部支給とする例が多 い。また、労働者に退職願・辞表の提出をうながし、それに応じない場合は懲戒解雇するという 形式をとることもある(注2)。しかし、処分としては「諭旨解雇」という一個の意思表示と解す べきであり、諭旨解雇したものを懲戒解雇に処分し直すというものではない。 注1.即時解雇する場合は、通常労基法 20 条に基づく解雇予告除外認定を受けるが、除外認定を 受けずに、予告手当を支払って即時解雇することもできる。 注2.就業規則に次のような規定を設ける。 「諭旨解雇 退職願の提出を勧告し、これに応じない場合には30日前に予告し若しくは30日 以上の平均賃金を支払って解雇し、又は予告期間を設けないで即時に解雇する。」(A型) 「諭旨解雇 退職願の提出を勧告し、これに応じない場合には懲戒解雇する。」(B型) 2)諭旨解雇の意義及び類型 懲戒処分としての解雇は、企業秩序維持のため及び企業の名誉・信用の保持のため、非違行為 者を企業外に放出するために行なわれる。しかし、非違行為を行った労働者にとって職を失うこ とは収入の途が絶たれることを意味し、とくに懲戒解雇の場合には退職手当不支給とする規定も 多いところから、必死で事実関係を争う傾向もみられる。そこで、懲戒解雇ほどの制裁でなく、 みずから認めて退職するという形式の「諭旨解雇」という方法が生まれてきた。 その類型には、①懲戒処分の量定において懲戒解雇事由より一段軽い事由として「諭旨解雇事 874 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 4.懲戒の種類 由」を設ける方法(「A型」ということにする。)、②懲戒解雇事由に該当した場合に直ちに懲戒解 雇処分に付すのではなく退職願の提出を勧め、これに応じた場合に「諭旨解雇」処分する方法(「B 型」ということにする。)とがある。 A型の場合は、その処分を懲戒解雇より一段軽い処分と位置づけ、退職願提出の勧めに応じた 場合は退職手当の減額率を軽減するとか、処分の公表を控えるとか(可能か否かわからないが)、 本人に対し一定の配慮をする。退職願の提出の勧めに応じない場合は、退職手当の減額率を大き くする。しかし、処分としてはあくまでも諭旨解雇であって懲戒解雇でない。 退職願の提出を勧める意味は、その提出があれば本人が処分に納得している証として有力であ り、後に争いになることが少ないということであろう。退職手当の支給を取引にして円滑に退職 を実現させる一つの智恵である。 B型は、懲戒処分の量定において懲戒解雇事由に該当した場合に直ちに懲戒解雇処分に付すの ではなく、本人の反省の意味を込めて退職願の提出を勧め、これに応じた場合は罪一等を減じて 「諭旨解雇」処分とし、退職手当の支給その他で一定の配慮をする。しかし、これに応じなかっ た場合は懲戒解雇処分とし、退職手当を支給しないとか大幅減額させる。この場合はあくまでも 「懲戒解雇事由」が存在することが前提である。 諭旨解雇と退職手当の支給規定との関係を実例で示す。 東京大学の場合(A型) 諭旨解雇 退職願の提出 退職手当の支給 提出あり 3分の2以内 提出なし 2分の1以内 退職願の提出勧告 全部又は一部を支給しない 懲戒解雇 ことができる 一橋大学の場合(B型) 退職の勧告に 懲戒処分 応じる 諭旨解雇 応じない 懲戒解雇 退職手当の支給 2分の1以内 退職の勧告 支給しない 懲戒解雇 875 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 4.懲戒の種類 第 2-9-6-1 図 諭旨解雇と退職手当の支給規定との関係 諭旨解雇規定例 退職手当規定例 東京大学教職員就業規則 (諭旨解雇の退職手当) (懲戒) 第39条 懲戒は、戒告、減給、出勤停止、 第6条 就業規則第39条第5号の規定による退 停職、諭旨解雇又は懲戒解雇の区分によるも 職願の提出の勧告に応じた場合の退職手当の支給 のとする。 額は、第3条第1項第1号に基づく支給額の3分の (1)~(4) 略 2以内の額とする。 退職願の提出を勧告し、これ 2 就業規則第39条第5号の規定による退職願の A に応じない場合には、30日前に予告して、 提出を勧告し、これに応じない場合の退職手当の支 型 若しくは30日以上の平均賃金を支払って解 給額は、第3条第1項第1号に基づく支給額の2分 雇し、又は予告期間を設けないで即時に解雇 の1以内の額とする。 する。 3 前2項の規定は、退職等した後にその者の在職 (5) 諭旨解雇 (6) 懲戒解雇 予告期間を設けないで即時に 期間中の行為に関し諭旨解雇相当との決定がされ た場合に準用する。 解雇する。 (禁錮以上の刑に処せられた場合の解雇又は懲戒 解雇の退職手当の支給制限) 第6条の2 退職等した者が次の各号のいずれか に該当するときは、・・・当該退職等した者が占め ていた職の職務及び責任、当該退職等した者が行っ た非違の内容及び程度、当該非違が業務に対する国 民の信頼に及ぼす影響、当該退職等した者の勤務の 状況、当該非違に至った経緯、当該非違後における 当該退職等した者の言動並びに当該非違が業務の 遂行に及ぼす支障の程度を勘案して、当該退職手当 の全部又は一部を支給しないこととする処分を行 うことができる。 (1) 禁錮以上の刑に処せられた場合の解雇をされ た者 (2) 懲戒解雇をされた者 一橋大学職員就業規則 (退職) (諭旨解雇等の場合の退職手当) 第 13 条 職員が次の各号の一に該当した場 第6条 職員就業規則第 13 条第7号により、諭旨 合は退職とし、職員としての身分を失う。 解雇の催告期間内に勧告に応じて退職した者に対 一~二 する退職手当の額は第4条第2項の規程を適用し 略 三 第 41 条の規定により懲戒解雇された場合 て得た額の合計額の2分の1を限度として支払わ 四 ~六 ないことがある。 略 七 学長が第 41 条の規定による諭旨解雇を行 い、職員が辞職に同意した場合 876 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 4.懲戒の種類 (解雇) 第 15 条 職員は、次の各号の一に該当する B 場合においては、解雇されることがある。 型 一~八 略 九 第 41 条の規定により諭旨解雇となり催告 2 職員就業規則第 15 条第1項第9号により、諭旨 期間内に勧告に応じなかったとき。 解雇の催告期間内に勧告に応じないで解雇された 十 者に対する退職手当は、支給しない。 略 (懲戒) 第 41 条 (適用範囲) 第1項 略 第2条 この規程による退職手当は、職員が退職し 2 懲戒の種類及び内容については、次の各号 た場合に、その者(死亡による退職の場合は、そ に掲げるとおりとする。 の遺族)に支給する。ただし、職員が次の各号の一 一~三 に該当する場合には、退職手当は支給しない。 略 四 諭旨解雇 一 退職を勧告し、14 日以内に勧告 略 に応じない場合は、懲戒解雇する。 五 懲戒解雇 二 職員就業規則第 41 条の規定により懲戒解雇 予告期間を設けないで即時に された場合 解雇する。この場合において、所轄の労働基 準監督署長の解雇予告除外認定を受けたとき は、解雇予告手当を支給しない。 2 略 3 退職した職員の職務に関し、職員就業規則第 41 条の規定による懲戒解雇を受けるに相当する事実 が明らかになったときは、退職手当を支給しないこ とができる。 3)諭旨解雇に関する参考文献 イ 菅野「労働法」P392 「諭旨解雇 企業によっては、懲戒解雇を若干軽減した懲戒処分として「諭旨解雇」を設 けているものがある。また、退職願もしくは辞表の提出を勧告し、即時退職を求める「諭旨退 職」と呼ばれるものもある(所定期間内に勧告に応じない場合は懲戒解雇に処する、という取 扱いをする企業が多い)。これらの場合、退職金は全額ないし-部が不支給とされたり、通常の 自己都合退職どおりに支給されたりする(花見忠=深瀬義郎編著・就業規則の法理と実務 203 頁)。諭旨退職は依願退職のような形式をとるが、実際上は厳然たる懲戒処分の一種であるので、 その法的効果は懲戒解雇同様に争いうると解される(同旨、下井・労基法 399 頁)。」 ロ 下井「労基法」P399 「諭旨解雇について 「諭旨解雇」(または「諭旨退職」)という処分を定めている企業はか なりある。これは懲戒解雇を一段階軽くした処分として位置づけられ、通常、労働者に辞表の 提出を勧告して退職させる形態をとる。退職金は支給されることが多いようであるが、全部ま たは一部を不支給とする企業もある。形式的には任意退職であるが、一定期間内に辞表を提出 しないと懲戒解雇される扱いのものが多く実質的には解雇であるから、その法的効力が争われ たときは懲戒解雇に準ずる措置と見て処理しなければならない。前掲ネスレ日本事件最高裁判 決(注)は、一定期日までに退職願が提出されたときは自己都合退職として退職金を全額支給 877 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 4.懲戒の種類 するが、それがなされないときは懲戒解雇するという諭旨退職処分の効力が争われた事例に関 するものであった。同判決は、 「実質的には懲戒解雇処分に等しい」諭旨退職処分であるとしつ つ懲戒権の濫用にあたるとしている。」 注.「ネスレ日本(懲戒権)事件」最高裁二小判決平 18.10.6 7年以上前に起こった組合幹部による管理職への暴行事件を理由に行われた諭旨退職処分が権 利の濫用として無効とされた事例である。 「使用者の懲戒権の行使は,企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能とし て行われるものであるが,就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても, 当該具体的事情の下において,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当なものとし て是認することができないときには,権利の濫用として無効になると解するのが相当である。」と 判示した。 ハ 土田「労契法」P433 「(エ)諭旨解雇 諭旨解雇は,懲戒解雇を若干緩和した処分であり,退職金の一部または全 部支給を伴って行われることが多い。また,労働者に退職願の提出を勧告し,それに応じない 場合は懲戒解雇するという形式をとる場合もある。後者の場合,形式上は任意退職(労働契約 の合意解約,労働者による解約)となるが,使用者は,退職願の提出勧告を含めて「諭旨解雇」 という 1 個の意思表示をしているので,労働者はその効力を争うことができる。 諭旨解雇は,懲戒解雇より緩やかな手段とはいえ,労働者を失職させる点で不利益が大きい ことに変わりはないので,懲戒解雇に準じた厳しい適法性判断に服する。たとえば,クライア ントからのビデオ制作の架空請求による損害を会社に被らせたとして行われた諭旨解雇につき, 会社の利益のために行った行為であることを重視して解雇権濫用と判断した例や,上司に対す る暴力行為を理由とする諭旨退職処分を事件発生から 7 年以上経過後に行ったことにつき,懲 戒事由該当性は認められるものの,懲戒権を 7 年間にわたって留保する合理的理由は認められ ないとして懲戒権濫用と判断した例がある。一方,非違行為が重大で懲戒解雇にも値する場合 は,退職金の一部支給を伴う諭旨解雇を選択したことが相当とされ,解雇有効と判断される。」 二 荒木「労働法」P407 「懲戒解雇より若干軽い懲戒処分で,通常,労働者に辞表の提出を勧告して退職させる形を とる。形式上は辞職による退職であるので,退職金は支給されることが多い。しかし,一定期 間内に辞表を提出しないと懲戒解雇とするという取扱いが多い。したがって,懲戒解雇に準ず る重い懲戒処分として司法審査がなされるべきものである。」 ホ 丸尾「解雇・雇止め」P193 懲戒解雇とは別に、 「諭旨解雇」と呼ばれる懲戒処分をもつ就業規則がある。これは、退職届 の提出を勧告し、提出しない場合には懲戒解雇するものが一般的である。形式的には辞職によ る労働契約終了にもみえるが、就業規則上は懲戒処分であり、法的には懲戒処分としての有効 性が問われる。始期付きの懲戒解雇とも法的には構成され得るが、退職届が提出されたことで 労働者が争う意思を消失することも多く、実務的には活用されている。 878 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 4.懲戒の種類 4)普通解雇と懲戒解雇 労働者の行為・態度を理由とする解雇は、普通解雇と懲戒解雇の二種類に分かれる。契約法上 当然に予定される解約(=普通解雇)と、職場規律違反に対する制裁のうち最も重い処分として の懲戒解雇は本来異質なものであるが、現実には、労働者の行為・態度を理由とする普通解雇は 懲戒解雇よりもー段階軽い制裁としての意味を与えられる場合が多い。両者は、その共通性と異 質性の両面においてとらえられるべきである。 懲戒解雇が無効である場合に、普通解雇へ切り換えることは可能だろうか? 労働者の非違行為が就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する場合に、使用者がその裁量により 普通解雇をなすことは可能と解される。しかし、労働者の行為が懲戒解雇を根拠づけるほど悪質 ではないが通常解雇には値すると判断した場合に、懲戒解雇の意思表示を通常解雇の意思表示に 転換することを認めるべきかについては、賛否両論がある。一般的には、懲戒解雇が過酷なもの として無効とされたときに、無効行為の転換(注)によって普通解雇として有効になることを認 めるべきでない。とされる。しかし、懲戒解雇事由が存在する場合に、予備的に普通解雇の意思 表示をすることは可能であり、その場合に普通解雇の要件を備えていれば足りると解されている (東大「注釈労基法」上巻 P256、西谷「労働法」P421)。 注.無効行為の転換 たとえば、自筆証書遺言としての要式性を欠くものとして無効であるとしても、自分が死んだ 場合には自分の財産の2分の1を原告に贈与する意思を表示したものであるとして、遺言として は無効だが贈与としては有効する考えをいう(東京高裁判決昭 60.6.26)。 労働者は退職の自由をもつので、客観的に解雇や懲戒解雇の事由が存在する場合でも、任意退 職は可能である。そして、退職の意思表示後 2 週間の経過により退職の効果が発生した場合(民 法 627 条)には、その後になされた解雇や懲戒解雇は無効である。この場合、労働者は任意退職 にもとづく退職金を請求しうることになるが、事情によっては労働者による退職金請求が権利濫 用と判断されることがある(西谷「労働法」P421)。 国家公務員の場合は公権力の意思に反して職員の側から一方的に離職すること(労働法の「辞 職」に相当)は認められていおらず、承認がなければ身分を喪失することはできない(本書 P251 参照)。 ⇒ 懲戒解雇が無効とされたときに無効行為の転換によって普通解雇として有効になるものではないが、懲戒 解雇事由に該当する場合に、使用者がその裁量により普通解雇をなすことは可能と解される。 879 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 5.懲戒事由 5.懲戒事由 (1)概 要 懲戒事由には、①経歴詐称、②職務上の非違行為、③業務命令違反、④職場規律違反・不正行 為、⑤企業外の行動などがある。これらの行為は労働契約上の労働義務又は付随義務違反を意味 するが、同時に企業秩序を侵害する場合がある。 懲戒は企業秩序維持のために正当化される制裁手段であるから、これらの行為が懲戒事由に該 当するには単に労働契約上の義務に違反しただけでは足りず、現実に企業秩序を侵害したか、又 はその危険があることが要件となる。それを証明する責任も使用者が負うものとされる。 第 2-9-6-2 図 懲戒事由 労働義務違反 現実に企業秩序を侵害した 懲戒事由 かその危険がある場合 企業秩序違反 (2)経歴詐称 経歴詐称は労働力の評価を誤らせ、労使の信頼関係や賃金体系・人事管理を混乱させる危険が あるところから、企業秩序違反となり懲戒解雇事由になり得る。しかし、懲戒解雇事由となるの は「重要な経歴の詐称」に限定する例が多く、具体的には学歴を詐称した場合(高学歴の詐称も ちろん、学歴を低く詐称することも含まれる。)、職務歴の詐称、犯罪歴を偽った場合などである。 経歴詐称が採用段階の行為であるところから、学説は企業秩序違反に基づく懲戒の対象となら ず、普通解雇や労働契約の無効・取消しをもたらすに過ぎない、とするものが多い。 (3)職務懈怠 職務懈怠とは、労務の提供が不適切で、無断欠勤・遅刻・早退、職場離脱、勤務状況・成績不 良などのことをいう。これらはそれ自体は単なる労働義務違反(債務不履行)に過ぎず、懲戒の 対象となるのは企業秩序・職場秩序に具体的支障をきたし、他の職員に悪影響を与えるなどの場 合に懲戒を行うことができると考えられる。 (4)業務命令違反 業務命令には、①日常的な業務上の指示のほか、②配転・出向等の人事命令、③時間外労働等 の労働時間に関する命令、④経営秩序の規律を目的とする命令などがある。 懲戒処分が是認されるには、まず業務命令が有効でなければならないが、有効と判断された場 合でも、業務命令違反によって企業秩序が現実に侵害されたか否か、命令違反の程度に比べて処 分内容が重すぎないかを別途判断する必要がある。 業務命令に関連して、他の労働者の非違行為の調査に協力する義務があるかが問題となること がある。最高裁は、当該労働者が他の労働者に対する指導、監督的立場にある場合は調査に協力 すべき義務を負うものといわなければならないが、それ以外の者の場合は原則として調査協力義 務を負うことはない、としている(注)。 880 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 5.懲戒事由 注.「富士重工業事件」最高裁三小判決昭 52.12.13 労働者Aらが社内において就業時間中上司に無断で職場を離脱し、原水爆禁止運動の署名を求 めたり同運動の資金調達のためにハンカチの作成を依頼・販売したりするなど就業規則に違反す る行為をしたとして、会社が事実関係の調査に乗り出し、労働者Xに対して、事実関係を明確に 把握することを目的に事情聴取を行ったところ協力を拒否したため受けた譴責処分の有効性が争 われた。これに対し最高裁は「当該労働者が他の労働者に対する指導、監督ないし企業秩序の維 持などを職責とする者であって、右調査に協力することがその職務の内容となっている場合には、 右調査に協力することは労働契約上の基本的義務である労務提供義務の履行そのものであるから、 右調査に協力すべき義務を負うものといわなければならないが、右以外の場合には、調査対象で ある違反行為の性質、内容、当該労働者の右違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適 切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、右調査に協力することが労務提供義務 を履行する上で必要かつ合理的であると認められない限り、右調査協力義務を負うことはないも のと解するのが、相当である。」と、処分を無効としている。 (5)職場規律違反・不正行為 職場規律違反とは、労働の現場におけるルール違反のことで、暴行・脅迫、服務規律違反、業 務妨害行為、横領・収賄などの不正行為などがこれに当たる。これらの行為は労働義務又は職場 規律遵守義務違反を意味するが、同時に企業秩序侵害の性格が明白であるため懲戒処分が有効と されやすい。 (6)企業内政治活動・組合活動 実務で問題となるのは、始業前・終業後や休憩時間中に、企業内におけるビラ配布・ビラ貼り、 集会、署名活動などの政治活動・組合活動が禁止規定や許可制に違反して行われた場合、懲戒処 分を行うことができるか、ということがある。 これについて、菅野和夫教授は、 「一般的禁止や許可制を有効としても、違反行為が実際上企業 秩序を乱すおそれがない(またはきわめて少ない)と認められるなら、それに対してなされた懲 戒処分は懲戒権の濫用となろう。」と述べている(菅野「労働法」P397)。 判例においても、形式的には禁止規定又は許可制とする就業規則の規定に違反するように見え ても、政治活動が企業秩序を乱すおそれのない特別な事情がある場合に限っては、就業規則違反 とならないとの判断している(注 1、注 2)。 注 1.「電電公社目黒電報電話局事件」最高裁三小判決昭 52.12.13 「一般私企業の使用者が、企業秩序維持の見地から、就業規則により職場内における政治活動 を禁止することは、合理的な定めとして許されるべき」である。 「局所内において演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等を行うことは、休憩時間中であっても、 局所内の施設の管理を妨げるおそれがあり、更に、他の職員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひい てはその後の作業能率を低下させるおそれがあって、その内容いかんによっては企業の運営に支 障をきたし企業秩序を乱すおそれがあるのであるから、これを局所管理者の許可にかからせるこ とは、前記のような観点に照らし、合理的な制約ということができる。」 注 2.「明治乳業事件」最高裁三小判決昭 58.11.1 「形式的にいえば就業規則の条項等に違反するものであるが、右各規定は工場内の秩序の維持 881 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 5.懲戒事由 を目的としたものであることが明らかであるから、形式的に右各規定に違反するようにみえる場 合でも、ビラの配布が工場内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右各規 定の違反になるとはいえないと解される」 「本件ビラの配布の態様、経緯及び目的並びに本件ビラの内容に徴すれば、本件ビラの配布は、 工場内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められる場合に当たり、右各規定に違反するも のではないと解するのが相当である。」 ⇒ 形式的には就業規則の規定に違反するように見えても、企業秩序を乱すおそれのない行為は、就業規則 違反とならない 【企業内の勤務時間外に行われる政治活動】 以上の点から、企業施設内において行うビラ配布等の政治活動を許可制にすることは自体は適 法であるが、これに違反した場合に直ちに懲戒処分し得るわけでなく、企業内の秩序を乱すおそ れがない特別の事情が認められる場合には、形式的に規則に違反していても懲戒処分をすること はできない、ということになる。 【企業外において行われる政治活動】 なお、企業外において行われる政治活動については、国家公務員の場合には公私にかかわらず 禁止(国公法 102 条)であったが、民間では就業規則において禁止することは困難であると解さ れる。 国家公務員法 (政治的行為の制限) 第 102 条 職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又 は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院 規則で定める政治的行為をしてはならない。 ○2 職員は、公選による公職の候補者となることができない。 ○3 職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これらと同様な役割をもつ構成 員となることができない。 人事院規則十四-七 第1項~第5項 略 (政治的行為の定義) 6 法第百二条第一項の規定する政治的行為とは、次に掲げるものをいう。 一 政治的目的のために職名、職権又はその他の公私の影響力を利用すること。 二 政治的目的のために寄附金その他の利益を提供し又は提供せずその他政治的目的をもつなんら かの行為をなし又はなさないことに対する代償又は報復として、任用、職務、給与その他職員の地位 に関してなんらかの利益を得若しくは得ようと企て又は得させようとすることあるいは不利益を与 え、与えようと企て又は与えようとおびやかすこと。 三 政治的目的をもつて、賦課金、寄附金、会費又はその他の金品を求め若しくは受領し又はなんら 882 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 5.懲戒事由 の方法をもつてするを問わずこれらの行為に関与すること。 四 政治的目的をもつて、前号に定める金品を国家公務員に与え又は支払うこと。 五 政党その他の政治的団体の結成を企画し、結成に参与し若しくはこれらの行為を援助し又はそれ らの団体の役員、政治的顧問その他これらと同様な役割をもつ構成員となること。 六 特定の政党その他の政治的団体の構成員となるように又はならないように勧誘運動をすること。 七 政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行し、編集し、配布し又はこれら の行為を援助すること。 八 政治的目的をもつて、第五項第一号に定める選挙、同項第二号に定める国民審査の投票又は同項 第八号に定める解散若しくは解職の投票において、投票するように又はしないように勧誘運動をする こと。 九 政治的目的のために署名運動を企画し、主宰し又は指導しその他これに積極的に参与すること。 十 政治的目的をもつて、多数の人の行進その他の示威運動を企画し、組織し若しくは指導し又はこ れらの行為を援助すること。 十一 集会その他多数の人に接し得る場所で又は拡声器、ラジオその他の手段を利用して、公に政治 的目的を有する意見を述べること。 十二 政治的目的を有する文書又は図画を国又は特定独立行政法人の庁舎(特定独立行政法人にあつ ては、事務所。以下同じ。)、施設等に掲示し又は掲示させその他政治的目的のために国又は特定独立 行政法人の庁舎、施設、資材又は資金を利用し又は利用させること。 十三 政治的目的を有する署名又は無署名の文書、図画、音盤又は形象を発行し、回覧に供し、掲示 し若しくは配布し又は多数の人に対して朗読し若しくは聴取させ、あるいはこれらの用に供するため に著作し又は編集すること。 十四 政治的目的を有する演劇を演出し若しくは主宰し又はこれらの行為を援助すること。 十五 政治的目的をもつて、政治上の主義主張又は政党その他の政治的団体の表示に用いられる旗、 腕章、記章、えり章、服飾その他これらに類するものを製作し又は配布すること。 十六 政治的目的をもつて、勤務時間中において、前号に掲げるものを着用し又は表示すること。 十七 なんらの名義又は形式をもつてするを問わず、前各号の禁止又は制限を免れる行為をするこ と。 第7項以下 略 ⇒ 民間では、企業外で行われる政治活動を禁止することは困難である。 (7)企業外非行 企業外非行としては、①犯罪行為、②会社批判、③企業秘密の漏洩などがある。 使用者は、本来、労働者の私生活上の行為に介入できないものであるが、労働者は、信義則上 使用者の業務利益や信用・名誉を毀損しない義務を負うので、企業外における行動であっても、 現実に企業秩序を侵害し又はその具体的な危険があると認められる場合は懲戒の対象となる。 たとえば、飲酒運転による事故が悲惨な事故が社会問題化しその撲滅に社会全体が取り組んで いる中で、職員が飲酒運転することは、本人の問題であるばかりでなく企業の信用・名誉を傷つ ける行為であるから、私的行為であっても懲戒の対象となるものである。 883 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 5.懲戒事由 ※「A町職員(飲酒事故懲戒免職)事件」最高裁二小決定平 20.4.25 酒気帯び運転をした上で人身事故を起こしたこと等を理由に懲戒免職処分を受けた地方公務員の 事案では、過去の同様な事故を起こした処分と比べて処分内容が厳しすぎるとの職員側主張に対し 「過去の同町職員の処分の時期とⅩの処分の時期とでは飲酒運転をめぐる社会情勢が大きく異なっ ているから、A 町長が本件非違行為に対し懲戒免職処分という極めて重い処分を行ったとしても、 処分事由となった本件非違行為の態様等とその処分の問に著しい不均衡があるとはいえない。」とし、 懲戒処分に関する基準が不明確だという反論に対しては、 「A町長は、本来、地方公務員法の規定に 基づき、懲戒処分を行うか否か、いかなる処分を選択するかについて広範な裁量権を有し、仮に懲 戒処分基準を示したとしても、これに必ずしもとらわれずに、個別具体的な事情を考慮して懲戒処 分を行うことができるものである。」と、裁量権の行使に著しい不合理があるとはいえないと判示し ている。 884 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 6.懲戒処分と責任能力 6.懲戒処分と責任能力 (1)心身喪失者と心神耗弱者 責任能力のない者に対し、懲戒処分を科すことができるかという問題がある。 責任能力とは、事の善悪を正しく判別できる能力及びこれに従って自らの行動を適切に制御す ることができる能力をいい、この両方が備わって初めて責任能力があると言える。善悪を判別す る能力があっても、それに従って自らの行動を制御できない場合、責任能力はないということに なる。刑法上、責任能力のない状態のことを心神喪失状態といい、このような状態にある人のこ とを心神喪失者と呼んでいる。心神喪失者は責任無能力者として、刑事責任を問われない(刑法 39 条 1 項)。 次に、心神耗弱者の場合はこれら能力は一応あるものの、これらが著しく滅弱している状態に ある。心身耗弱者は限定責任能力者として刑事責任は追及されるものの、刑が減刑される(刑法 39 条 2 項)扱いとなっている。 このような刑事責任を追及し得ない責任無能力者に対して懲戒処分をなし得るかについて、考 え方が、可とする説と不可とする説の二つに分かれている。 可とする説は、刑事責任と懲戒処分は全く別のものであり、しかも国家公務員法、地方公務員 法などをみても懲戒処分を行うに当たり責任能力を要する旨の規定がないことなどを挙げている。 これに対して不可とする説は、確かに刑事責任と懲戒処分は別のものであるけれども、懲戒処 分も特定の行為(非行)をなした者に対する道義的責任を追及する点においては、類似するもの であることを指摘し(注)、道義的責任を問う以上、その前提として法の規定の有無にかかわらず 責任能力は当然に必要だというものである。 注.一般に、刑事責任の本質は、特定の行為をなした行為者に対する道義的責任を追及するものと 解されている。 これを論じる資料は少なく、判例もなさそうであるが、人事院審議官を務めた石井政治氏は、 その著書の中で次のような人事院判定例(昭和 29 年 10 月 25 日)を紹介し、 「多数説は、責任無 能力者に対しては、懲戒処分は許されない」と、解説している(「判例法の実務講座」三協法規出 版平成 7 年 P83)。 「事案は、精神分裂病にり患した税務署職員が、心神喪失状態下で継母を殺害するなどしたとし て懲戒免職処分に付されたことに対し不服を申立て人事院に審査請求したというものです。この判 定は、責任無能力者に対しては懲戒処分は許されないとの判断を明確に示しております。その判断 部分を紹介しましょう。判定は、 「不起訴または裁判の結果無罪となったことが直ちに懲戒処分を左 右するものでないことは明らかであるが、懲戒罰が刑罰と同様に有責行為に対する法律上の制裁で あることは疑いのないところであるから、懲戒罰といえども当然行為者の責任能力を前提として科 すべきものと認められる。したがって、責任無能力者である心神喪失者のなした行為を理由にして これに懲戒罰を科することは許されないものと認められる。」と述べております。その上で、判定は、 「強度の精神分裂症のため継続的に精神異常の状態にあり、その症状は将来到底治ゆする見込みの ない重症であったことが明らかであるから、請求者(職員)は、将来にわたって到底勤務の遂行に 堪えられないものと認められるので、引き続き請求者をその官職に留めておくことは適当ではない 885 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 6.懲戒処分と責任能力 と認められる。よって請求者に対しては国公法 78 条 2 号の規定(分限規定)により免職するのが妥 当である。」として、当該処分を懲戒免職処分から分限免職処分に修正しております。」 ⇒ 刑事責任について ・心神喪失者は責任無能力者として、刑事責任を問われない。 ・心身耗弱者は限定責任能力者として刑事責任は追及されるものの、刑が減刑される。 一方、精神疾患による可能性がある行為であっても、事理弁識能力がある場合には、就業規則 の懲戒処分条項は適用される。 勤務中に上司に殴りかかって怪我をさせたり、湯呑み茶わんを投げつけ窓ガラスをこわしたり、 精神の異常を疑わせるような行動をとるようになった従業員に対して、会社が自宅謹慎の業務命 令を出したところ、出社して便所に居続けるなどの行為をしたため解雇した事案では、主に人格 障害というもので、事理弁識能力の欠如が疑われるほどに重い精神疾患ではないと考えられる、 として会社がした普通解雇を有効と判断している(注)。 注.豊田通商事件名古屋地裁判決平 9.7.16 「なるほど、原告の通院歴、入院歴、及び病院での診断結果(本件経緯2、5、6)等によれ ば、本件行為が原告の精神疾患によって惹起された可能性のあることは、原告主張のとおりであ る。 しかし、精神疾患によって惹起された可能性がある行為であっても、事理弁識能力を有する者 によるものである以上、懲戒処分について定めた就業規則の規定の適用を受けるというべきであ るところ、原告の本件行為が幻覚、幻想等に影響されて引き起こされたことを窺わせる証拠はな く、原告に対する病院での診断結果も、本件経緯5(二)、6(三)のとおり、主に人格障害と いうもので、事理弁識能力の欠如が疑われるほどに重い精神疾患ではないと考えられることなど からすれば、原告には事理弁識能力があったと認められるから、本件行為について精神疾患によ って惹起された可能性をもって直ちに就業規則五九条の適用を否定することはできない。」 ⇒ 就業規則の懲戒処分条項は、精神疾患による可能性がある行為であっても、事理弁識能力がある場合に は適用される。 (2)懲戒解雇と普通解雇の選択 以上のように、責任無能力者である心神喪失者の場合、懲戒解雇処分にすることは難しいのではな いかと思われる。したがって、労働能力喪失を理由とする普通解雇をすることになる。 これに対し限定責任能力者である心身耗弱者の場合は、責任を問うことは可能であるが、刑事 事件において刑が減刑されるのと同じように懲戒処分においても量定を軽減する必要がある。し たがって、懲戒処分として懲戒解雇ないし諭旨解雇をとするかそれとも懲戒処分をせずに普通解 雇ないし休職発令をするかを選択することになる。この場合の判断として、どの程度の責任を問 えるのかを見極めなければならない。前述「判例法の実務講座」では、次のように述べている。 「ここで、注意すべきことは、職員に精神疾患がみられたとしても、それをもって直ちに責任無 能力とはならないということです。精神疾患があれば、物事の是非善悪の判断力に影響はあるでし 886 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 6.懲戒処分と責任能力 ょうが、これが全く欠けて心神喪失状態になるというのはよくよくの場合です。したがって、処分 に当たっては、この点を慎重に検討すべきです。もし当該職員が心身耗弱状態にあったなら、懲戒 罰を科すことが可能となるからです。ただ、当該職員は限定責任能力者であり、責任が軽減される 状態にあるわけですから、処分として懲戒処分を選択することが相当かという点、懲戒は相当だと して量定として免職にまで及ぶことが可能かという点などの検討が必要になるでしょう。」 刑事事件で行為者の責任能力に疑念がある場合、石井氏によると、担当検察官は、通常、行為 者を精神鑑定(正式鑑定のほか簡易鑑定)に付すそうである。これは、検察庁嘱託の精神科医師 が事件記録を精査した上、行為者に面接し問診・観察をして所見を出すものであり、処分に際し ては検察官からこれらによる精神鑑定結果を聞き取ることができるそうであるから、それを参考 にすることも一方法であろう。 ⇒ 責任無能力者である心神喪失者の場合、懲戒解雇処分にすることは難しいのではないかと思われ、労働能 力喪失を理由とする普通解雇をすることになる。 887 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 7.懲戒処分と退職手当の不支給 7.懲戒処分と退職手当の不支給 (1)懲戒解雇された者に対し退職手当を減額・不支給とすることができるか? 職員が懲戒解雇された場合などに退職手当の全部一部を支給しない旨の就業規則上の条項を設 けることがある。このような条項は有効なのであろうか。 ここで、議論を進める上で、減額・不支給事由を整理しておきたい。 ① 懲戒解雇された場合に退職手当を不支給とする場合 ② 懲戒解雇事由がある場合に(実際に処分が行われていなくても)不支給とする場合 ③ 自己都合退職であっても「同業他社への転職」等を不支給事由とする場合 結論からいえば、①について、懲戒解雇されたというのみでは不支給とすることはできず「永 年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合」に限ることとされ、②について は、悪質かつ重大な背任行為はの場合は、懲戒解雇事由にあたる事実がある場合には退職金不支 給とすることができるが、一般的にはできないと考えられ、③については「同業他社への転職」 のときは支給を制限することができるが、全額不支給とするのは悪質かつ重大な背任行為はの場 合に限られる。 ⇒ 退職手当を不支給とするには懲戒解雇というだけでは足りず、「永年の勤続の功労を抹消してしまうほどの 不信行為があった場合」に限られる。 ⇒ 不支給事由として「懲戒解雇されたとき」という規定では、懲戒処分が行われる前に辞職してしまうと不支給 事由が消滅してしまうので、工夫が必要である。 ① 懲戒解雇された場合 退職手当は日給や月給等として払われる賃金のように労働契約の締結によって当然に請求権 が発生するものではなく就業規則等の定め(又は慣行)に基づいて使用者が支払義務を負うも のである。退職金請求権は、抽象的債権としては就業規則の定め等にもとづき労働契約締結時に 発生するが、具体的債権としては一定期間にわたり継続されてきた勤務の全体が退職時に所定 の基準によって評価されつつ額が確定して請求権が発生するもの、と考えられる。それ故、退職 手当の減額・不支給のの問題は賃金の全額払いの原則とは無関係であり、それを違法・無効と して論じる理由は公序違反(民法 90 条)しかないであろう(下井「労基法」P264)。 使用者は退職手当を支払う義務を当然に負うわけでないから、その支給基準をどのように定 めるかは原則的には自由である。とはいえ、退職手当の減額・不支給は労働者にきわめて過酷 な結果をもたらす可能性がある措置であるから、減額・不支給の措置が著しく合理性を欠く場 合には違法と解されるおそれがある(注 1~注 3)。一般的には「永年の勤続の功労を抹消して しまうほどの不信行為があった場合」に退職手当の減額・不支給条項が適用されるべきもので あろう。 注 1.「橋元運輸(退職金減額)事件」名古屋地裁判決昭 47.4.28 競争会社の取締役に就任していることを理由として就業規則にもとづき懲戒解雇された事案 において、会社の許諾なしに他社の取締役に就任することは、企業秩序をみだし、又はみだすお 888 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 7.懲戒処分と退職手当の不支給 それが大であるというべきであり、これを理由としてなされた解雇は有効である、としつつ、 「しかし退職金は、賃金の後払的性格をも帯有していることは否定できないから、たとえ右制限 規定の具体的適用が、就業規則上使用者の裁量に委ねられているとしても使用者の被懲戒解雇者 に対しなす右具体的適用は労基法の諸規定やその精神に反せず、社会通念の許容する合理的な範 囲においてなされるべきものと考える。 この見地からすると、退職金の全額を失わせるに足りる懲戒解雇の事由とは、労働者に永年の 勤続の功を抹消してしまうほどの不信があったことを要し、労基法二〇条但書の即時解雇の事由 より更に厳格に解すべきである。」 として、所定退職金額の六割をこえて没収することは許されない、と 60%減額とした。 ⇒ 会社の承諾なしに他社の取締役に就任したことを理由とする懲戒解雇は有効であるが、退職 金は 40%支給(60%減額)とした。 注 2.「日本高圧瓦斯工業事件」大阪地裁判決昭 59.7.25 資料44 896 ページ 「懲戒解雇等円満退職でない場合には退職金を支給しない旨の規定があっても、これが労働者 に永年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合についての規定ならば、その 限度で有効と解するのが相当であり、労働者に右のような不信行為がなければ退職金を支給しな いことは許されないものというべき」であり、従業員の退職についての手続規定違反を就業規則 所定の「円満な手続による退職」に該当しないというその主張事由自体からして、「これが労働 者である原告らの永年勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為に該当するものといえない こと明らかである。」として使用者側の主張を退けた。 ⇒ 円満な引継ぎ業務など退職時の手続き違反を理由とする就業規則の退職金不支給規定は無効 であるとした。 注 3.小田急電鉄(退職手当不支給)事件東京高裁判決平 15.12.11 度重なる電車内での痴漢行為を理由に被控訴人会社から懲戒解雇された私鉄社員の訴えに対 し、懲戒解雇処分を有効とするも退職手当の不支給については「賃金の後払い的要素の強い退職 金について,その退職金全額を不支給とするには,それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消し てしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。ことに,それが,業務上の横領や背任 など,会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には,それが会社 の名誉信用を著しく害し,会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど,上記のよう な犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要であると解される。」とし、本件 退職手当については本来の支給額の3割(7割不支給)とするのが相当であるとした。 ⇒ 鉄道職員が電車内で痴漢行為をしたことを理由とする懲戒解雇は有効であっても、退職金全 部不支給は相当でなく3割支給(7割カット)が相当であるとした。 ⇒ 退職手当を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な背信 行為があることが必要である。 889 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 7.懲戒処分と退職手当の不支給 ② 懲戒解雇事由がある場合(実際に処分が行われず、退職後に事実が判明した場合) 労働者が任意退職した後に不支給・減額条項に相当する事実が判明した場合や、不正事実が 明らかになって懲戒解雇処分に付されそうになったために自発的に辞職した場合に、退職手当 を不支給・減額とすることや既に支給した退職手当の全部又は一部の返還を求めることができ るのであろうか? この問題は、就業規則の懲戒解雇事由に、a単に「懲戒解雇されたとき」と定める場合と、 bとくに著しい企業秩序違反行為や看過し難い背信的な行状等があった場合と2通りに分けて 論じる必要がある。 a.単に「懲戒解雇されたとき」と定める場合 判例には、就業規則に「懲戒解雇した従業員には退職金を支給しない」旨を定めてある場合 に、懲戒解雇事由が存することを理由に「退職金の支払いを拒むことはできない」としたもの がある(注 1・注 2)。これは、裏を返していえば、就業規則に懲戒解雇事由が存することを定 めてある場合は任意退職者への減額・不支給が許されるという考え方と思われる(注-下井「労 基法」P266)。 結 論 「懲戒解雇した従業員には退職金を支給しない」という規定の場合は、懲戒解雇事由が存して も実際に解雇されなければ、退職金の支払いを拒むことはできない。 注 1.「新光ランド(退職金請求肯定)事件」東京地裁判決平 9.10.24 「被告の従業員に適用される退職慰労金規程(第二条)には被告が懲戒解雇した従業員には退 職金を支給しないことが規定されているのみで、これ以外の退職金不支給事由を規定していない」 場合に、「結局、被告において、就業規則上の懲戒解雇の手続をとったと認めるに足りる証拠は ないから、被告の主張1記載の事実が存することを理由に退職金の支払いを拒むことはできない というべきである。」として、主張1記載の事実(懲戒解雇事由に相当する事実)が存すること を理由に退職金の支払いを拒むことはできないとした。 ⇒ 「懲戒解雇した従業員には退職金を支給しない」のみの規定では、現実に懲戒解雇事由が存 する場合であっても、現実に懲戒処分が行われていないときは、不支給とすることができない とされた。 注 2.「東京ゼネラル(退職金請求)事件」東京地裁判決平成 11.4.19 勝手に借上社宅から転居して転居先を隠して所在を明らかにしなかったこと、会社に無断で職 場を離脱し職務を放棄したこと、会社からの連絡・出社の指示に従わず、業務の引継ぎもしなか った等として会社から懲戒解雇されたことに対して、懲戒解雇の意思表示がなされる前に、すで に、酒席で退職の意向を明らかにしており退職の意思表示はなされていた、退職届の所在を知ら せた後会社を退出し、それが会社において発見され、それが読み上げられ、退職願いを受領する 権限を有する上司がその内容を知った時点で退職の意思表示は会社に到達しており、 「同月二八日原告に到達した本件懲戒解雇は、既に退職の効果が発生し、被告の従業員たる身分 を喪失した後にされたものということができるから、給与規程三二条本文、退職年金規約三三条 の定めの下においては、争点2について判断するまでもなく、原告の退職金請求権の取得に消長 を来すものとはいえない。」 890 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 7.懲戒処分と退職手当の不支給 として、退職金等の請求が認容された。 ⇒ 本件は、「退職の法的効果は、退職の意思表示が使用者に到達した日の翌日から起算して14 日経過することによって発生する」を表す判例として引用されるが、下井 隆史教授は前述新光 ランド(退職金請求肯定)事件」と同趣旨の判決であると述べておられる(下井「労基法」P266)。 ⇒ 就業規則の懲戒解雇事由として、「懲戒解雇されたとき」のほかに「在職中に懲戒解雇に相当する事実があ ったとき」という項目と、退職手当規程に当該項目に該当すると思料するとはき退職手当の支払いを一時差 止める規定を設けるとよい。 b.とくに著しい企業秩序違反行為や看過し難い背信的な行状等があった場合 一方、退職金不支給条項は、退職後でも懲戒解雇事由にあたる事実がある場合には適用可能 という趣旨を含むと解されるものもある(注 1)。 また、労働者にその在職中背信的な行状等があった場合には、その行状の背信性の程度次第 で、退職金請求権を行使することが権利の濫用に当たる場合がある、とする例もある(注 2)。 結 論 「懲戒解雇事由にあたる事実がある場合には退職金不支給とする」という規定の場合は、懲戒解 雇の意思表示をする前に雇用契約関係が終了した場合でも、退職金不支給とすることができる。 注 1.大器(退職金請求)事件大阪地裁判決平 11.1.29 退職金規程三条一項が「背信行為など就業規則に反し懲戒処分により解雇する場合は退職金を 支給しない」旨規定している場合に、「本来、懲戒解雇事由と退職金不支給事由とは別個である から、被告の右退職金規程のように退職金不支給事由を懲戒解雇と関係させて規定している場合、 その規定の趣旨は、現に従業員を懲戒解雇した場合のみならず、懲戒解雇の意思表示をする前に 従業員からの解約告知等によって雇用契約関係が終了した場合でも、当該従業員に退職金不支給 を相当とするような懲戒解雇事由が存した場合には退職金を支給しないものであると解するこ とは十分に可能である。 このような観点から本件をみると、前記説示のとおり、原告の前記背任行為は、いずれも悪質 かつ重大なものであって、被告に対する背信性の大きさからして、本来懲戒解雇に相当するのみ ならず、これを理由に退職金不支給とすることも不当ではないと考えられる。」と、懲戒解雇事 由にあたる事実がある場合には退職金不支給とすることができるとした。 ⇒ 悪質かつ重大な背任行為はの場合は、懲戒解雇事由にあたる事実がある場合には退職金不支 給とすることができるとした。 注 2.「アイビ・プロテック(退職金請求)事件」東京地裁判決平 12.12.18 「労働者の退職金請求権の行使がいかなる場合に権利の濫用に当たるかについては、個別の事 案に沿って判断せざるを得ないが、退職金の右性質、とりわけ、功労報償的性質の面にかんがみ ると、当該労働者に、その在職中背信的な行状等があった場合には、その行状の背信性の程度次 第で、退職金請求権を行使することが権利の濫用に当たる場合があるというべきである」 「懲戒解雇とは、使用者が、従業員の企業秩序違反行為に対する懲戒権に基づき懲戒処分を行 うに当たり、特に著しい企業秩序違反行為、言い換えれば、使用者として看過し難い背信的な行 891 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 7.懲戒処分と退職手当の不支給 状等があった場合に行う、労働契約関係を解消する措置であること、現に、就業規則上退職金支 給規定が置かれている場合にあって、懲戒解雇の場合は退職金不支給の事由とされることが多い こと、以上がその理由である。なお、右の理は、当該企業に右行状等が判明したのが、当該労働 者の退職後であっても変わるところはないと解される。」 ⇒ 在職中背信的な行状等があった場合には、その背信性の程度次第で退職金請求権を行使する ことが権利の濫用に当たり、その請求が認められない場合がある。 ⇒ とくに著しい企業秩序違反行為や看過し難い背信的な行状等があった場合は、退職後に判明した場合であ っても退職金不支給とすることができるが、論争を避けるためにも就業規則に明文規定をもつようにしたい。 ③ 任意退職した場合 任意退職した場合であっても、たとえば、退職後一定期間内に「同業他社への転職」したと きは退職金を減額・不支給とする、という条項を就業規則に設けることは可能だろうか? 退職金は月例給与と違って当然に請求権が発生するものでなく、就業規則の定め(又は慣行) に基づいて使用者が支払い義務を負うものである。退職金請求権は、抽象的債権としては労働 契約締結時に発生するが、具体的債権としては退職時に勤続年数その他所定の基準によって計 算された額が確定して請求権が発生すると考えられる。 また、使用者は退職金を支払う義務を当然に負うわけでないから、その支給基準をどのよう に定めるかは基本的には自由である。 「同業他社への転職」について減額・不支給といった措置 も競業避止義務の定めとして適法といえるものであれば無効とする理由はない。最高裁も下記 「三晃社(退職金減額)事件」において、退職後同業他社へ就職した場合は、支給額を一般の自 己都合による退職の場合の半額と定めることも合理性のない措置であるとすることはできない としている(注 1、注 2)。 注 1.三晃社(職金減額)事件最高二小判決昭 52.8.9 同業他社に就職した広告会社の社員について、「被上告会社が営業担当社員に対し退職後の同 業他社への就職をある程度の期間制限することをもって直ちに社員の職業の自由等を不当に拘 束するものとは認められず、したがって、被上告会社がその退職金規則において、右制限に反し て同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金につき、その点を考慮して、退職金支給額を 一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ 有することにかんがみれば、合理性のない措置であるとすることはできない。すなわち、この場 合の退職金の定めは、制限違反の就職をしたことにより勤務中の功労に対する評価が減殺されて、 退職金の権利そのものが一般の自己都合による退職の場合の半額の限度においてしか発生しな いこととする趣旨であると解すべきであるから、右の定めは、その退職金が労働基準法上の賃金 にあたるとしても、所論の同法三条、一六条、二四条及び民法九〇条等の規定にはなんら違反す るものではない。」として、競業避止義務違反の場合の退職金 50%減額の規定を有効とした。 注2.「日音(退職金不支給)事件」東京地裁判決平18.1.25 カラオケ機器の販売をしている会社Yの社員Xらが会社Yを辞めて同業種の会社に勤務した 結果、会社YのXらのいた支店は機能が麻痺し大混乱となり、売上は30パーセントも減ったほ か会社Yのパソコンデータを消去するなどの行為もあった。 892 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 7.懲戒処分と退職手当の不支給 そこで会社Yは、関連会社Cの就業規則の条文を使用してXらを懲戒解雇し退職金を支払わな かったためXは退職金の支払いを求めてYを訴えた事案において、関連会社Cと会社Yは代表取 締役が同じ人物で、会社間の人事異動も相互に行われていたところから、裁判所は、関連会社C の就業規則を用いた懲戒解雇を有効とし、退職金は不支給で可とした。Xらの行為がよほど悪質 なものであるから、懲戒解雇の根拠として関連会社Cの就業規則の適用を認めている。 ⇒ 関連会社Cの懲戒解雇事由である労働義務の不完全履行(服務規律違反),職場秩序を乱す場 合(就業規則又は他の諸規則違反)により懲戒解雇したことを適法としている。もっとも、本件 行為がよほど悪質なものであること、服務規律違反・職場秩序を乱す行為は労働契約に付随する 義務違反であること、といった事情にも配慮する必要がある。 退職手当不支給・減額支給が認められた例 支給制限率 100%の減額 非違行為の態様 備 事前連絡なしの一斉退職・退職時 の引継義務不履行 考 日音事件( 東京地裁平成18.1.25 判決) 70%の減額 企業外非行・痴漢行為事例 小田急電鉄事件(東京高裁平成15.12.11 判決) 2/3 の減額 企業外非行・酒気帯び運転で検挙 ヤマト運輸事件(東京地裁平成19.8.27 判決) 60%の減額 無断二重就職事例 橋元運輸事件(名古屋地裁昭和47.4.27 判決) 50%の減額 競業避止義務違反 三晃社事件(最高裁二小昭和52.8.9 判決) 50%の減額 うつ病・職場放棄事例 東芝事件( 東京地裁平成14.11.5 判決) ※改正国家公務員退職手当法の要点 平成 21 年 4 月 1 日から施行された改正国家公務員退職手当法は、退職手当支払後に在職期間中に 懲戒免職処分を受けるべき行為があったと認められた場合に退職手当の返納を命じることができる こととするなど、次のとおり改正された。 ① 退職手当支払後に、在職期間中に懲戒免職処分を受けるべき行為があったと認められた場合、退 職をした者に退職手当の返納を命じることができる。 (改正前は、返納を命じることができるのは禁固以上の刑に処せられた場合のみであった。) なお、退職後、退職手当支払前に在職期間中の懲戒免職処分を受けるべき行為があったと認めら れた場合には、退職手当の支給を制限することができる。 (改正前は支給を制限することができなかった。) ② 在職期間中に懲戒免職処分を受けるべき行為があったと認められた場合で、すでに当該職員が死 亡しているときには、支払前であれば遺族等に対する退職手当の支給を制限し、支払い後であれ ば遺族等に返納を命じることができる。 (改正前は支給を制限することができなかった。) ③ 退職手当の支給制限に際しては、非違の性質などを考慮して退職手当の一部を支給することが可 能な制度を創設する。返納についても、一部を返納させることが可能とした。 (改正前は一部支給(減額支給)ということはなかった。) ④ 処分を受ける者の権利保護を図る観点から、懲戒免職処分を受けるべき行為があったことを認め たことによる支給制限、すべての返納命令を行う際には、退職手当・恩給審査会等に諮問するこ 893 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第9章 人 事 第6節 懲 戒 7.懲戒処分と退職手当の不支給 ととする。 ⑤ その他、上記の支給制限・返納制度の拡充に伴い、これらの処分があった場合には、共済年金の 一部を支給制限できるようにするための国家公務員共済組合法、地方公務員等共済組合法の改正 等を行った。 894 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 8.懲戒処分と一般的人事措置 (1)制裁としての不利益措置 「懲戒」とは、服務規律や業務命令に違反した労働者に対して、企業秩序を維持するため使用 者が制裁として行う不利益措置のことであると説明される(東大「注釈労基法」上巻 P249〔土田 道夫〕。そして労基法は、この制裁の定めをする場合は、「その種類及び程度に関する事項」を 就業規則に記載しておかなければならないこととしている(相対的必要記載事項。労基法 89 条 9 号)。 一般的人事措置の場合は、不利益に取扱う点では「懲戒」と共通するが、制裁の意思はない。 また、人事措置は労働契約に基づく人事権の行使であるから、就業規則の規定にかかわらず行う ことができる。したがって、懲戒処分を下すまでの間、自宅待機を命じる人事権の発動と当該処 分とは別物であり、二重処分に当たらない。 また、「休職」期間中の者を懲戒処分することも二重処分には当たらないが、休職発令により 就労義務がない者に対し「停職」、「出勤停止」ということはあり得ず、避けなければならない。 ⇒ 「懲戒」は使用者が企業秩序維持のために制裁として行う不利益措置である。 ⇒ 一般的人事措置(たとえば降格)の場合は、不利益に取扱う点では「懲戒」と共通するが、制裁の意思はな い。 (2)即時解雇の要件 労基法は労働者を解雇しよう場合には少なくとも30日前に予告するか予告手当の支払いを 義務づけているが、 「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」は所轄労基署長の認定 を要件として即時解雇を容認している(労基法20条) (即時解雇の認定要件についてはP344参照)。 通常、懲戒解雇する場合は即時解雇することが普通であるが、懲戒解雇事由に該当しても必ず しも即時解雇の認定要件である「労働者の責に帰すべき事由」と一致するものではない(所轄労 基署長の認定を受けずに即時解雇する場合は予告手当を支払うことになる。)。 即時解雇の具体的判断に当たっての参考となると思われる裁判例(主として懲戒解雇事件)が 厚労省「労基法コメ」上巻 P298 以下に紹介されているので、資料45(902 ページ以下)に掲げ た。 895 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 資料 44 P889 関係 辞職と懲戒解雇に関する関係の裁判例 1.日本高圧瓦斯工業事件大阪地裁判決昭 59.7.25 (退職願いの承認と民法 627 条 2 項との関係) (1)事案の概要 退職にあたり会社の承認を得なかったこと、また就業規定所定の二ケ月前の退職願の提出も怠り円満退職 ではないこと等を理由に退職金の支給を受けなかった従業員らが、右退職金請求権は会社主張のいずれの 理由によっても消滅しないとして退職金等の支払を求めた事例において、任意退職(辞職)の申し出に対 し、会社が承認したときに退職するという就業規則の規定は問題ないが、それが申し出後2週間経過して も承認を必要とするとする趣旨の特約としては無効であるとされた(請求認容)。 (2)判決理由 〔賃金—賃金の支払い原則—全額払〕 被告は、被告が原告らの不法行為により被った損害の損害賠償債権をもって、原告らの退職金債権と相 殺する旨主張する。 ところで、労基法二四条一項は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならな い。」と規定するところ、この規定は、労務の提供をした労働者本人の手に労働の対価である賃金を残り なく確実に帰属させんとする趣旨の規定であるから、労働者の賃金債権に対しては、使用者が労働者に対 して有する債権をもって相殺することは許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当であり、こ のことは、その債権が不法行為を原因としたものであっても変りはないというべきである。しかるところ、 原告らの本訴退職金は労基法所定の賃金に該当すると解されること前記のとおりであるから、被告におい て、原告らに対する損害賠償債権をもって、原告らの退職金債権と相殺することは許されないものといわ ねばならない。 〔賃金—退職金—懲戒等の際の支給制限〕 退職金が労基法所定の賃金に該当する場合には、懲戒解雇等円満退職でない場合には退職金を支給しな い旨の規定があっても、これが労働者に永年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合 についての規定ならば、その限度で有効と解するのが相当であり、労働者に右のような不信行為がなけれ ば退職金を支給しないことは許されないものというべきであり、そうとすると、前記本件退職金規定三一 条及び本件就業規則一五条の各規定は、労働者に永年勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為があっ た場合には退職金を支給しない旨の趣旨の限度で有効であり、これを超える趣旨の特約としては無効と解 するのが相当である。(四)しかるところ、原告らの退職が前記就業規則一五条所定の「円満な手続によ る退職」に該当しないとして被告が主張する事由は、いずれも従業員の退職についての手続規定違反を論 難するものに過ぎず、仮に、右被告主張事由が存するとしても、その主張事由自体からして、これが労働 者である原告らの永年勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為に該当するものといえないこと明ら かである。 〔退職—任意退職〕 成立に争いのない乙一号証、弁論の全趣旨によれば、被告の就業規則一二条は、「退職を願出て、会社 が承認したとき、従業員の身分を喪失する」旨規定していること、被告が原告らの退職申出を承認しなか ったことが認められる。 ところで、右規定の趣旨及び適用範囲については、従業員が合意解約の申出をした場合は当然のことで あるし、解約の申入をした場合でも民法六二七条二項所定の期間内に退職することを承認するについても 896 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 問題がないが、それ以上に右解約予告期間経過後においてもなお解約の申入の効力発生を使用者の承認に かからしめる特約とするならば、もしこれを許容するときは、使用者の承認あるまで労働者は退職しえな いことになり、労働者の解約の自由を制約することになるから、かかる趣旨の特約としては無効と解する のが相当である。 従って、本件の場合、右就業規則所定の承認がないからといって原告らのなした解約申入れの効果が生 じないとはいえず、被告の右主張は採用できない。 2.「東京ゼネラル(退職金)事件」東京地裁判決平成 11.4.19 (退職後になされた懲戒解雇は無効であり退職金を請求できる。) (1)事案の概要 仙台支店長であった従業員が勝手に借上社宅から転居して転居先を隠して所在を明らかにしなかった こと、会社に無断で職場を離脱し職務を放棄したこと、会社からの連絡・出社の指示に従わず、業務の引 継ぎもしなかった等として会社から懲戒解雇されたことに対して、懲戒解雇の意思表示がなされる前に、 すでに、酒席で退職の意向を明らかにしており退職の意思表示はなされていた、退職届の所在を知らせた 後会社を退出し、それが会社において発見され、それが読み上げられ、退職願いを受領する権限を有する 上司がその内容を知った時点で退職の意思表示は会社に到達しており、退職の法的効果は、退職の意思表 示が使用者に到達した日の翌日から起算して14日経過することによって発生するから、その後の懲戒解 雇は法的意味をもたないとして、退職金等を請求して、認容された。 (2)判決事由 〔退職-任意退職〕 本件は、被告を退職したと主張する原告が、被告の退職金の定めに基づき、被告に対して退職金(退職 一時金)の請求をしたところ、被告が、原告の退職の意思表示の効果の発生前に懲戒解雇をしたから退職 金請求権がないと主張してこれを争っている事案である。〔中略〕 (1) 原告は、仙台支店長という重要な職責にあったにもかかわらず、平成八年八月一三日午前一一 時半ころ、勝手に仙台支店から退出するとともに借上社宅から転居して転居先を隠して所在を明らかにせ ず、同日以降、被告に無断で職場を離脱して職務を放棄し、かつ、被告からの連絡、出社指示等に一切従 わなかった。しかも、原告は、業務の引継ぎをしなかったので、支店長の目標設定に基づき運営される支 店業務に著しい支障が生じ、顧客との対応にも問題が起こり、また、支店従業員に不安、動揺を及ぼし、 その志気に著しい悪影響を与えたので、被告は、その対応に奔命させられた。 (2) このような原告の行為は、就業規則四一条(3) 、 (5) 、 (10)、 (12)に該当し、その情状 は極めて悪質であるので、被告は、就業規則四二条(4)に基づき、原告に対して懲戒解雇をすることを 決定し、同月二六日付けで本件懲戒解雇をしたものである。 原告は、同月一三日、自己が使用していた机の引き出しの中に本件退職届を入れて被告仙台支店を退出 したものであるところ、退出前にA係長に本件退職届の所在を知らせているのは、退出後にそれが被告従 業員らによって容易に発見されて、速やかに被告に到達することを企図したことによるものと見ることが できる。 そして、同日、B副長が、原告の使用していた机の引き出しの中から本件退職届を発見し、電話口で本 件退職届の内容を読み上げたことによって、同日午後五時過ぎころ、原告の退職願の受領権限を有する同 部長が本件退職届の内容を知ったものであるから、この時点で、原告の退職の意思表示は被告に到達した 897 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 ものと認めることができ、したがって、就業規則一九条(1)の定めによって、同日の翌日から起算して 一四日後である同月二七日の経過により、原告の退職の効果が発生したものというべきである(本件退職 届は、その標題、文言等から見て、就業規則一九条(1)にいう「退職願」に当たるものと認められるか ら、それが被告に到達した日から右就業規則の定める期間の経過により効果が発生するものと解すること に妨げはない。) 。〔中略〕 〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕 原告は、就業規則三八条、給与規程二九条本文、三〇条、退職年金規約一七条一項本文(原告が退職年 金受給資格を取得しないで退職したことは、弁論の全趣旨によって認めることができる。)、二項、三四条 二項の定めにより、被告に対して退職金(退職一時金)請求権を取得したことが明らかで、同月二八日原 告に到達した本件懲戒解雇は、既に退職の効果が発生し、被告の従業員たる身分を喪失した後にされたも のということができるから、給与規程三二条本文、退職年金規約三三条の定めの下においては、争点2に ついて判断するまでもなく、原告の退職金請求権の取得に消長を来すものとはいえない。 3.医療法人清風会事件山形地酒田支部決定平 9.2.20 (勤務時間中の公職選挙法違反の行為による逮捕を理由とする懲戒解雇は無効) (1)事案の概要 使用者が懲戒事由を認知した後、事実関係の調査、いかなる懲戒処分を選択するかについての調査、事 務分配の調整、業務の停滞を回避するための事務の引き継ぎを図る必要などがあることから、就業規則に 懲戒権行使の時間的限界について特別な定めがない場合には、懲戒事由を認知した後、事実の確認その他 の調査、調整に必要な相当な期間内に懲戒権を行使すれば足り、それ以上に長期間が経過した後に懲戒権 を行使したとの事実は、原則として懲戒権の濫用に該当するか否かを判断する際の一事情として考慮すれ ば足りるとされた。 公職選挙法違反に基づく懲戒解雇につき、執行猶予付き判決であること、前歴がないこと、本件犯行に かかわった他の職員との処遇との均衡などにより、懲戒権の濫用に当たり無効とされた。 逮捕後1年弱、有罪確定後7か月後になされた懲戒は、懲戒権を喪失するほど遅きに失したとはいえな いが、この事案では、懲戒処分として懲戒解雇処分を選択するのは重きに失し無効であるとされた。 (2)判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の限界〕 (一) 疎明資料によると、債権者が平成七年九月一四日、本件犯行により逮捕され、引き続き勾留され たこと、その後、同年一一月二九日に保釈された後、同年一二月一日からA病院の職場に復帰したこと、 平成八年九月六日に至ってBから債務者による懲戒解雇を通告されたことを一応認めることができる。 (二) 一般に、使用者は、懲戒事由に該当する事実を把握してから、可及的速やかに懲戒権を行使する のが通例であり、労働者にとっても、いつ懲戒処分を受けるのか不明な状態で勤務を継続することは結局 集中して業務に従事することをも妨げることになるうえ、法律関係の不安定をも招くものである。 しかしながら、使用者においても、当該懲戒事由を認知した後、事実関係の調査、いかなる懲戒処分を 選択するかについての調査、事務分配の調整、業務の停滞を回避するための事務の引き継ぎを図る必要な どがあるから、就業規則に懲戒権行使の時間的限界について特別な定めがない場合には、懲戒事由を認知 した後、事実の確認その他の調査、調整に必要な相当な期間内に懲戒権を行使すれば足り、それ以上に長 期間が経過した後に懲戒権を行使したとの事実は、原則として懲戒権の濫用に該当するか否かを判断する 898 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 際の一事情として考慮すれば足りると解される。 そうすると、前記認定のように、本件懲戒解雇の通告は、債権者の逮捕後約一年弱、本件有罪判決確定 後七か月余り後になされているが、未だこの事実のみで債務者が懲戒権を喪失したとまで解することはで きない。〔中略〕 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-有罪判決〕 以上の事情によると、債権者は、本件有罪判決を受けたことにより、「法に触れる行為をした」こと、 また、この事実が新聞等の報道機関により報道されて債務者の信用を害したことは確かであり、債務者の 就業規則に定める懲戒事由に該当することは否定できない。 しかし、債務者の就業規則によると、懲戒行為の軽重によって各種の懲戒処分を課すこととされている ところ、懲戒解雇処分は、労働者から収入の途を奪い、また、再就職に当たっても不利益となる最も強力 な懲戒処分であるから、懲戒解雇処分を選択するのは、企業秩序の維持上、当該従業員を企業外に放逐し なければならないほどの重大かつ悪質であり、情状の重い場合でなければならないと解すべきである。 そうすると、債権者が本件犯行を職務の執行中に行ったことは間違いないが、不在者投票の補助事務は A病院本来の業務というよりは、選挙管理委員会からの委託に基づく側面があること、債権者の本件犯行 の遠因にはC元理事長の業務運営上の問題があったこと、本件懲戒解雇の通告を受けるまでの債権者の勤 務状況に特別問題があることを示す疎明資料がないこと、本件有罪判決が執行猶予付の判決であって実刑 判決ではなく、また、それ以外に債権者に格別の前科前歴がないこと、本件犯行に関わった他の職員の処 遇との均衡を考えると、債権者を企業秩序の維持上企業外に放逐しなければならないほどの重大性、悪質 性はなく、そこまでの情状の悪質性もないというべきである。したがって、債権者の本件有罪判決に対す る懲戒処分として懲戒解雇処分を選択するのは重きに失し、無効である。 そうすると、債権者には、債務者の元で就労して、賃金を求める権利があるところ、平成八年九月七日 以降、債務者は、賃金を支払わず債権者の就労を拒絶しているのであるから、債権者には、債務者に対し て、賃金を請求する権利がある。 4.ネツトブレーン事件東京地裁判決平 18.12.8 (既に労働者が退職していた場合、懲戒解雇が効力を生じる余地はない。) (1)事案概要 コンピューター設計コンサルティング等を行う会社社員が、経営状況が悪化する中で転籍を選んだ後断 念して退職願を提出するに至った経緯の中、退職金、未払給与等の支払を求めた事案である。東京地裁は、 〔1〕退職金について、懲戒解雇の意思表示をした時点で既に労働者が退職していた場合、懲戒解雇が効 力を生ずる余地はなく、懲戒解雇の場合は退職金を無支給とする旨の規定があったとしても支払義務を免 れず、また「退職事由」は退職届に記載された文言のみで判断することは相当でないとし、さらに、不確 定期限を付する旨の合意は、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約であるといわざ るをえず、労基法93条に違反し無効であるとして、社員の請求を認容した。〔2〕時間外割増賃金につ いては、社員が管理監督者に当たると認めることはできないし、時間外割増賃金を支給しないこととする 旨の合意は、労基法37条1項の基準に達していないものとして労基法13条により無効であるとして、 請求を認容した。なお、会社の反訴は、理由がないとして棄却した。 (2)判決理由 (1) 平成 16 年 12 月分未払賃金〔中略〕 899 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 イ 有給休暇日数について まず、被告は、上記第 2 の 1(7)記載の書面(甲 A1)において、平成 16 年 11 月分の賃金を「精算」し ているが、同書面の別紙 2 項によると、実労働日数を 14 日、有給休暇日数を 11 日として、これを被告に おいて算出した平均賃金を乗じて計算していることが認められる。そして、同年 12 月分については実働 日数なし、有給休暇日数を 13 日として計算していることが認められる。ところで、11 月の実働日数 14 日と有給休暇日数 11 日を合わせると 25 日となり、これは同年 11 月の所定労働日数(20 日)より 5 日多 く、これは法定休日に有給休暇を充当したことになり、原告の主張するとおり許されないというべきであ る。 したがって、同年 11 月の所定労働日数を超える 5 日分の有給休暇は、当然 12 月に充当されなけ ればならず、12 月の有給休暇日数は、被告が同月の有給休暇日残数として扱った 13 日に 5 日を加えた 18 日となる(その結果、原告の退職日は、12 月の所定労働日の 18 日目である 12 月 27 日となる。 )。 ウ 平成 16 年 12 月分賃金の額について 12 月の有給休暇日数を 18 日とした場合の、就業規則及び賃金規程による原告の平成 16 年 12 月分の給 与は、原告の主張するとおりの計算方法により 34 万 2000 円となり、被告がこのうち 9 万 2626 円を支払 ったことは当事者間に争いがないから〔中略〕、被告が支払うべき同月分の未払は、24 万 9374 円である。 〔中略〕 (2) 退職金清算金 被告が原告との間で、原告の退職金につき、平成 16 年 7 月 23 日付け書面にて確認したことは前記第 2 の 1(6)記載のとおりであり、甲 A 第 2 号証によれば、同書面に記載された退職金清算基礎額は 80 万 6700 円であることが認められる。 この点に関し、被告は、取扱規程 2 条及び旧規程によれば懲戒解雇の場 合は無支給とする旨の定めがあるところ、平成 17 年 2 月 24 日付けで平成 16 年 11 月 30 日に遡って懲戒 解雇する旨の意思表示をしているから原告に対しては退職金を支払う義務はない旨主張する。しかし、過 去に遡って懲戒解雇をすることは認められず、被告が懲戒解雇の意思表示をした時点では既に原告は退職 していたのであるから、同懲戒解雇が効力を生ずる余地はない。また、このことは平成 16 年 11 月 30 日 当時において被告が懲戒解雇事由を認識していたか否かで左右されるものではない。〔中略〕 (3) 平成 16 年夏季賞与 原告の平成 16 年夏季賞与の額が 38 万円であることは被告も認めるところである。なお、被告は、平成 16 年夏季賞与についても、上記(2)におけると同様の支払猶予の合意がある旨を主張するが、同主張に理 由がないことは上記(2)に説示したとおりである。 したがって、被告は平成 16 年夏季賞与として 38 万 円の支払義務を負う。 (4) 時間外割増賃金 〔中略〕原告の出退勤時刻については、別紙 2 記載のとおりと認めるのが相当であるが、出勤時刻から退 勤時刻までの間の時間すべてを労働時間と認めてよいかについては疑問が残る。本来、時間外勤務につい ては、当該時間ごとにどのような勤務をしたかについて原告(労働者側)が個別に主張立証すべきもので あるところ、本件ではそれはなく、他方、出退勤時刻については明確になっており、出勤後退勤までの間 は、基本的に労働していると認めるべきであることからすれば、少なくともそのうちの 8 割については実 働時間とみてこれに基づく金額を被告が支払うべきものとするのが相当である。 〔中略〕 さらに、被告 は、原告との間で、平成 14 年度の給与について合意した書面(甲 A4 の 2)により、役付手当の支給及び 基本給の大幅な増額を条件として、時間外割増賃金等を支給しないこととすることが合意されている旨を 主張する。同合意が有効とされるためには、労基法 13 条の「この法律に定める基準に達しない労働条件」 900 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 に当たらないと認められなくてはならない。そこで検討するに、この点、原告は、同合意は労基法 37 条 1 項に違反し無効である旨主張するが、同合意が労基法 37 条 1 項に違反するか否かは、同項の趣旨に反 する合意か否かを検討する必要がある。同書面によれば、原告が課長補佐に任用される以前の給与は基本 給 25 万 2100 円、役付手当 8000 円、SE 手当 1 万円の合計 27 万 0100 円であり、課長補佐に任用された平 成 14 年 4 月以降の給与は基本給 34 万円、役付手当 3 万円、特別加算金(退職金相当額)1 万円の合計 38 万円であったこと、平成 14 年 4 月以前の毎月の時間外手当の額は 9 万円を超えることはなかったことが 認められ、時間外手当が支給されなくなったことによりこれまでの手取りを下回ることはなかったことが 認められるから(〈人証略〉 )、被告の主張もそれなりに傾聴すべきものがないではないが、課長補佐に任 用されたことにより権限及び責任も重くなることを考慮すると、上記差額の 9 万円が時間外手当分と重く なった権限及び責任の分をも含むものとは解されない。そうすると、被告が原告に提示した条件は労基法 37 条 1 項の定める基準に達していないものといわざるを得ず、これに対する合意は同法 13 条により無効 であるといわざるを得ない。 〔中略〕 また、被告は、平成 15 年 3 月以前の時間外割増賃金等については、 労基法 115 条の定めるところにより、消滅時効が完成している旨主張するが、証拠(〈証拠略〉 )によれば、 原告は、平成 14 年 4 月分以降の未払時間外割増賃金等につき、平成 17 年 2 月 22 日、内容証明郵便にて 支払うよう請求し、同書面は同月 23 日に被告に到達したことが認められるから、時効により消滅するの は、平成 15 年 2 月 23 日以前に発生した時間外割増賃金等に限られる。そして、被告においては、時間外 割増賃金等の支払は、前月 1 日から前月末日までを翌月 25 日に支払うことになっているので(賃金規程 8 条 2 項( 〈証拠略〉) )、上記時効を考慮に入れても、被告は原告に対し、平成 15 年 1 月 1 日以降の時間 外労働に対してその時間外割増賃金等を支払う義務がある。 結論:平成 17 年 2 月 24 日付けで“平成 16 年 11 月 30 日に遡って懲戒解雇する”ことは許されない。 901 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 資料 45 P895 関係 懲戒解雇有効・無効の裁判例 懲戒解雇有効・無効の裁判例(厚労省「労基法コメ」上巻 P298 以下) イ 経歴詐称 経歴詐称については、労働契約締結に当たっての経歴詐称自体をとらえて信義則違反として直ちに懲 戒権の発動の対象となし得るものでなく、懲戒権の発動は、それが重要な経歴詐称であり、労働者が詐 称行為により企業の賃金、職種、地位その他労働条件の体系を著しく乱し、企業の健全な運営を阻害す るなど企業秩序に対し具体的な損害ないし侵害を及ぼした場合はじめてその程度に応じて許されると するのがほぼ定説となっている。 (イ)懲戒解雇を支持するもの ① 大学に在籍していることを秘して最終学歴を高等学校卒業と申告したこと、K製作所を懲戒解雇さ れていることを秘したこと及び職歴として同社に勤務したことが申告されていないほか、申告されてい たS商店に勤務したことも、田舎に帰って家業を手伝っていたこともなかったのは、就業規則に懲戒解 雇事由として定めた「重要な経歴に関する詐称」に該当する(「荏原製作所事件」東京地裁判決昭 47.7.20)。 ② 大学卒の学歴を身上調査表に記入せず提出し、会社はこれを誤信して採用するに至ったが、会社が 大学卒の学歴を知ればこれを採用しなかったことが明らかであり、しかもこれを一概に不合理として排 斥できない以上、採用後にその大学卒の事実を会社が知ったときは、就労前であれば採用を取り消し、 またその就労後であればこれを解雇することを認めざるを得ない。事柄の性質上、懲戒解雇に含めて取 り扱うのも、あながち不当とはいえない(「旭硝子事件」横浜地裁川崎支部決定昭 45.3.23) 。 ③ 審査役として採用された者が、履歴書に、入学していないT大学中退、警察官としての在職期間は 一年半なのに九年と記載し、一方、村役場在職中横領容疑で逮捕され退職したことを記載しなかったこ とは、重要な経歴を偽ったことになる( 「相銀住宅ローン事件」東京地裁判決昭 60.10.7 )。 ④ 履歴書に大学中退の学歴を秘匿し、高校卒と偽って最終学歴を記入したことは、経歴詐称であり、 懲戒事由に該当する( 「炭研精工事件」最高裁第一小法廷判決平 3.9.19 原判決を支持した。) 。 (ロ)懲戒解雇を無効とするもの ① 職歴として、実在しない会社に勤務し、測定器類試作従事という経歴詐称は、倉庫課業務に従事す る申請人が、会社の信頼関係を企業秩序違反といえる程度まで破壊したものとはいえない(「二国機械 工業事件」横浜地裁決定 40.12.8、「長谷川歯車事件」東京地裁判決昭 41.7.1) 。 ② 身上調書中、政党関係や団体関係について全く虚偽の事実を記載提出し、面接でも同様虚偽の答弁 をしたことについて、物品の製造販売を目的とする企業の場合には、使用者と労働者との問の労働関係 が、本来政治的、文化的色彩を帯有するものではない以上、たとえ大学卒業の幹部要員についても、そ の詐称事項は重要な経歴とは解せられない(「富士通信機事件」東京地裁判決昭 42.4.24) 。 ロ 出向、配転拒否 (イ)懲戒解雇を支持するもの ① 「従業員は正当な理由なしに転勤、出向又は職場の変更を拒んではならない」 との就業規則上の 規定は出向の根拠規定であり、会社は、従業員の個別的同意を得ることなく、出向を命じ得るものであ り、実質的に同一会社の一部門と解される別会社への異動は配転と同様、従業員の同意は要しない( 「日 本ステンレス事件」新潟地裁高田支部判決昭 61.10.31)。 902 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 ② 退職予定の従業員の補充を早急に行う必要があり、人選基準に基づき異動命令が発令されているこ とから、異動命令には業務上の必要性があり、不当な動機・目的をもってされたものとはいえない。ま た、労働者が負うことになる不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえず、権利の濫用 に当たるとはいえない(「東亜ペイント事件」最高裁二小判決昭 61.7.14)。 ③ 配転命令に業務上の必要が認められ、雇用の際に勤務地限定の合意はなく、新任地への通勤時間は 合理的な範囲内(転居しても夫の通勤時間は合理的な範囲内)であり、保育問題については会社に配慮 の用意はあったことその他の事情を考慮しても従業員の不利益は通常甘受すべき程度を著しく超える ものではないので、異動命令には権利の濫用はない( 「ケンウッド事件」最高裁三小判決平 12.1.28)。 (ロ)懲戒解雇を無効とするもの ① 労働協約や就業規則等に出向についての明文の規定はなく、また、確立した慣行が存し、労働者が 黙示的に合意したものとは認められないので、出向命令は無効であり、これを拒んだことを理由とする 懲戒解雇も無効である(「日東タイヤ事件」最高裁二小判決昭 48.10.19)。 ② 東京本社から大阪営業所への配置転換は、会社の業務上の必要性はあるが、労働者の意向、労働・ 生活条件等に対する配慮を欠いた措置であって、仮に配置転換命令が有効であったとしても、これを拒 否したことを理由とした懲戒解雇は無効である( 「栄進社事件」東京地裁判決 昭 53.3.28) 。 ③ 不当労働行為による配置転換命令を拒否したことを理由とする解雇は、就業規則に定められた解雇 事由に該当せず無効である(「三菱電機事件」横浜地裁判決平 3.4.26)。 ハ 会社の名誉、信用の毀損 (イ)懲戒解雇を支持するもの ① 自らもタクシー運転手でありながら自己の後輩運転手に酒をすすめ、飲酒運転、人身事故を発生せ しめた行為は、会社の企業秩序に影響を及ぼしその社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に 認められるものであるから、懲戒解雇をすることも許されるものと解する(「笹谷タクシー事件)最高 裁一小判決昭 53.11.30) 。 ② 新東京国際空港開港反対運動に参加し、凶器準備集合、公務執行妨害等の犯罪行為を実行し、逮捕 されたことを理由とする懲戒免職処分は妥当である(「吹田千里郵便局職員懲戒免職事件」最高裁一小 判決昭 59.5.31)。 ③ 凶器準備集合罪、暴力行為等処罰法違反で現行犯逮捕され、起訴されて有罪判決を受け、あるいは 起訴猶予処分を受けた労働者について、就業規則に規定する懲戒事項である「刑罰法規に定める違法な 行為を犯したとき」に該当するとしてなされた懲戒解雇は有効である(「三菱重工業長崎造船所事件」 福岡高裁判決昭 55.4.15) 。 (ロ)懲戒解雇を無効とするもの ① 就業規則の懲戒事由として規定された「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」に該 当するためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではない が、この行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でな ければならない。行政協定に伴う刑事特別法違反の罪で逮捕・起訴された労働者については、破廉恥な 動機、目的に出たものではなく、罰金刑も二、〇〇〇円で比較的軽く、従業員約三万人の大企業のなか でその地位も一般の工員であり、世界銀行からの借款が遅れたことがこの労働者のためではなかったこ と等の事実から、 「会社の体面を著しく汚したとき」 には該当しない(「日本鋼管川崎製鉄所事」最高 裁二小判決昭 49.3.15) 。 903 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 ② 警察や法務局に会社の労働条件の改善や解雇の実情を訴えて出ること自体何ら咎むべき筋合のもの ではないから、右のような偶然の事態から発展し会社に不利な内情が多少誇張され各新聞に報道された としても、そのことをもって直ちに故意又は重大な過失により重大な社損を醸し又は著しく会社の信用 を失墜させたものと解することはできない(「豊菱生コンクリート事件」名古屋地裁判決昭 43.12.20)。 ③ 会社の重要な取引先でかつ会社の労務相談にも当たっている者に対し、侮辱的言辞をもってののし り、かつ、乗用車につばを吐きかけた言動は、一時の興奮に出たことであり、さほど悪質なものとは認 め難く、しかもほどなく自ら反省し陳謝のうえ宥恕を得たのであるから、直ちに懲戒解雇処分に出たこ とは、いささか苛酷にすぎる(「東宏生コン工業事件」静岡地労委命令昭 42.4.2)。 ニ 所持品検査拒否 (イ)懲戒解雇を支持するもの 所持品検査は、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度 として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。そして、このようなものと しての所持品検査が、就業規則その他、明示の根拠に基づいて行われるときは、他にそれに代わるべき 措置をとり得る余地が絶無でないとしても、従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等 特段の事情がない限り、検査を受忍すべき義務がある。本件の場合、就業規則所定の所持品検査には、 このような脱靴を伴う靴の中の検査も含まれるものと解して妨げなく、その方法や程度が妥当を欠いた とすべき事情の認められない以上、これを拒否したことは右条項に違反するものというほかはない(「西 日本鉄道事件」最高裁第二小法廷判決昭 43.8.2)。 (ロ)懲戒解雇を無効とするもの ① 会社の行った所持品検査は、就業規則等の明文の規定に基づき、機密漏洩の未然防止に関し具体的 必要性があり、退門者に画一的に、妥当な方法と程度において行われたものであるから、従業員は受忍 する義務があったものといえる。しかしながら、そもそも所持品検査は被検者の人権侵害となる危険性 を内包しているのであり、その実施については、直接強制を許されず、従業員の協力を求める等適切な 運用を図るべきであるところ、検査に応じなかった原告に対して相当程度の検査の目的も説明せず、原 告が納得していないのに鞄の内容を確かめようとして手をかけたこと等当を欠いた点があり、また、以 後原告が会社に対して自己の主張を固執した態度は会社の対応が性急にすぎたという事情も認められ るから、懲戒解雇は苛酷にすぎ、権利の濫用であって無効である(「帝国通信工業事件」横浜地裁川崎 支部判決昭 50.3.3)。 ② バス乗務員について、会社施設内の本人の占有する自家用車等を含めて私金の携帯等を禁止するこ とはできるが、それを徹底させるためにどのような場所で、どのような態様で所持品検査を行うかは会 社の責任で決めるべき事項であり、あらかじめ私金不携帯等について乗務員に署名させ、自らの発意に 基づく不作為義務として乗務員の責任において誓約することを強制することはできない(「日本鉄道事 件」福岡高裁判決昭 59.2.15、最高裁二小判決昭 62.9.4 同上告事件)。 ホ 二重就職 (イ)懲戒解雇を支持するもの 会社の承認を受けず他社からダンプカー一台を買い受け他社の土砂運搬の業務に従事したことは、少 なくとも一時的なアルバイトとは著しくおもむきを異にする(「阿部タクシー事件」松山地裁判決昭 42.8.25)。 904 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 (ロ)懲戒解雇を無効とするもの ① 甲乙の組合が対立し、甲組合が乙組合員の就労を阻止したので、会社は待機扱いとしたが、待機一 カ月後会社に無断で他で稼動していた事件について、会社が同人らに対する待機扱いという不当な措置 を是正するの挙に出ないまま、待機扱いによる不利益を緩和するためにした所為を就業規則条項に該当 するとしてこれを懲戒解雇したことは、徒らに同人らの非を責めるにのみ急なものであって酷に失する (「京急横浜自動車事件」東京高裁判決昭 44.12.24) 。 ② 就業規則所定の懲戒解雇事由「会社の承認を受けず在籍のまま他に雇い入れられようとしたとき」 なる規定は、労働者の転職の自由を著しく制限するものであって、公序良俗に反する無効なものである から、会社の承認を得ず在籍のまま他社の面接試験を受けたことによる本件懲戒解雇は解雇事由なくし て行われたものというべきであり、無効である( 「広栄工業事件」鳥取地裁決定昭 43.7.27) 。 へ 不当な争議行為 (イ)懲戒解雇を支持するもの タクシー労組が行ったストライキに随伴するタクシーの出庫阻止は正当な争議行為ではなく、タクシ ーパレードは会社の施設管理権を侵害する組合活動であり、労組委員長はこれらを指揮した責任を免れ ず、その他の非違行為を含め、就業規則の懲戒解雇事由に当たり、懲戒の手続に瑕疵がないので、労組 委員長の懲戒解雇は有効( 「大和交通事件」大阪高裁判決平 11.6.29)。 (ロ)懲戒解雇を認めないもの 正当な組合活動の限界を超えた場合の懲戒処分はやむを得ないが、懲戒処分を行うに当たっては当該 組合員の組合における地位やその行った行動、果たした役割により処分内容に差異をつけるのは当然で あるとしても、当該組合員の会社従業員としての職種、職務の如何により軽重を設けることは相当でな い(「東洋敷物事件」大阪地裁判決昭 40.10.14)。 ト 職務上の不正行為 (イ)懲戒解雇を支持するもの ① 会社としては、出勤表打刻の時刻が給料算定の基礎となるので、不正打刻の絶滅を期せんとしてそ の旨掲示し、全員に周知徹底させており、それを無視し不正打刻に及んだことは偶発的なものでない (「八戸鋼業事件」最高裁一小判決(破棄差戻し)昭 42.3.2)。 ⇒ タイムカードの不正打刻は懲戒解雇事由となり得る。 ② タクシー運転手が同じ日に再度乗車拒否をし、上司からこれについて職務上の注意を受けたのに対 し、かえって反抗的態度をとり、さらに乗車拒否を続けると多数人の面前で公言したことは、就業規則 所定の懲戒解雇事由「職務上の指示命令に不当に反抗して事業場の秩序を乱したとき」に該当する( 「三 田交通事件」東京高裁判決昭 47.4.26) 。 (ロ)懲戒解雇を無効とするもの ① 勤務時間中、乗車勤務の間の夕食時にビールを飲み、組合の仕事のために遅刻したり、病弱と称し て早退、職場離脱をするなど上司の命に従わず、汽笛吹鳴解怠が二度あったとしても、個々の行為は実 害なく軽微であることなどから、個々的にも、また全体としても懲戒免職に値しない(「日本国有鉄道 事件」東京地裁判決昭 45.10.28)。 ② 虚偽の病気手当請求書を提出したのは、行きがかり上偶発的になされたもので計画的ではなく、か つそれも一日分にすぎないことから、他の懲戒処分をとることなく、一挙に懲戒解雇の措置に及んだこ 905 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 とは懲戒解雇に処すべき情状の判断を誤り、均衡を失したものといわざるを得ない(「ノースウエスト 航空事件」東京地裁判決昭 45.5.25) 。 チ 私生活上の犯罪、非行 企業外の犯罪行為、非行等については、労働者は労働契約に基づいてその労働力を提供するにとどま り、全生活を使用者の支配下に置くものではないので、私生活上の行為については、原則として、本条 の「労働者の責に帰すべき事由」には該当しないが、それが企業の運営に著しく悪影響を及ぼし又はそ のおそれがあると客観的に認められる場合は、これに該当するといえよう。 (イ)懲戒解雇を支持するもの ① 勤務時間外における事故及び酒気帯び運転であっても、多数の生命を預るべきバス運転手には決し てあってはならない非行であり、懲戒解雇もやむを得ない( 「京王電鉄事件」東京地裁判決 61.3.7)。 ② 女性の部屋に侵入した行為は、企業の社会的評価を低下毀損させるおそれが客観的に存在しており、 また、六日間勾留され欠勤したことは、企業秩序に反する結果も生じており、これらを併せると懲戒事 由に該当する(「JR東日本事件」東京地裁決定昭 63.12.9)。 (ロ)懲戒解雇を無効とするもの ① 午後一一時二〇分頃他人の居宅に故なく入り込み、これがため住居侵入罪として処罰されるに至っ たが、右行為は、会社の組織、業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行われたものであること、 それにより受けた刑罰が罰金二、五〇〇円の程度にとどまったこと、会社における職務上の地位も蒸熱 作業担当の工員ということで指導的なものでないことなどの諸事情を勘案すれば、右行為が会社の体面 を著しく汚したとまで評価するのは当たらないというほかはない(「横浜ゴム平塚製造所事件」最高裁 三小判決昭 45.7.28)。 ⇒ 刑法犯であっても、会社の体面を著しく汚したとまで評価するものでなければ、私生活上の不祥事を理由 に懲戒処分をすることはできない。 ② 路上に遺留された自転車を横領したものの、その事件が起訴猶予になり、新聞報道されなかったこ となどから、就業規則所定の懲戒事由である「法規にふれ、会社の体面を汚したとき」 に当たらない (「日本経済新聞社事件」東京地裁判決昭 45.6.23) 。 ③ 自動車に乗っていて交通事故を起こし、安全運転義務違反及び交通事故報告義務違反で罰金二万五、 〇〇〇円の略式命令を受け、かつ運転免許停止九〇日の処分を受けたことを理由とする懲戒解雇は重き に失し無効である( 「鳥取市農協事件」鳥取地裁決定昭 49.5.24) 。 リ 暴行 (イ)懲戒解雇を支持するもの ① 沖縄返還協定阻止デモに参加し逮捕・勾留され、約一カ月間欠勤した後出勤したが、会社の事情聴 取に応ぜず、自宅待機命令を無視するとともに、これらを理由とする二度の出勤停止処分に対し反発し、 門前でビラを配布し、さらに入構しようとして警士ともみあい負傷させたことは、その性質、態様に照 らしても明らかに限度を逸脱するものであり、当該労働者を企業外に排除するはかないと判断したとし てもやむを得ない( 「ダイハツ工業事件」最高裁二小判決昭 58.9.16)。 ② 仮店舗への移転に反対し、勝手に旧社屋に立ち入り、社長をむりやり旧社屋に運行して一六時間に わたりつるし上げ、暴行を加え、また仮店舗での営業を実力で阻止したことは、手段の相当性を逸脱し ており、法の容認するところではない(「洋書センター事件」東京地裁判決昭 58.4.26、同旨 906 東京高 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 裁判決同控訴事件昭 61.5.29)。 (ロ)懲戒解雇を無効とするもの ① 職場において二回にもわたり暴力的行為に出たことは責められるべきことであるけれども、一つの 事件は偶発的なもので会社としても情状酌量すべきものとして処分に及ばなかったものであり、もう一 つの事件はいわば相手方の挑発的行為に対する反撃的行為とみられるもので、かつ軽微なものであっ て、いずれもその態様、情状において悪質重大なものではないから、これら二つの行為をあわせてもい まだ解雇に値するものとは認められない(「武蔵プレス工業事件」東京高裁判決昭 47.4.28) 。 ② 肺結核により長期欠勤した労働者が、復職をめぐって上司に暴言をはき、ヘルメットをテーブルに 投げつける等の暴行を行ったが、会社側にも長期療養後復職する労働者の心情に対する理解が十分でな い面があり、また暴行行為も危険性の大きいものでなかったので、懲戒解雇処分は重きに失する(「東 洋カーボン事件」名古屋地裁判決昭 58.8.31)。 ヌ 横領、窃盗等 ① タクシー運転手のメーター不倒により料金を領得したことを理由とする懲戒解雇は認められる( 「メ トロ交通事件」東京地裁決定昭 33.9.25、「スタータクシー事件」福岡高裁判決昭 41.2.24) 。 ② 生命保険会社の支部長が、自己の保管する配当金等約三二万円を横領したことを理由とする懲戒解 雇は有効(「千代田生命事件」東京地裁判決昭 59.6.29)。 ③ バス運転士が両替金を精算手続中に横領したことを理由とする懲戒解雇は有効である(「西日本鉄道 事件」福岡地裁判決昭 60.4.20)。 ④ 集金した一万円を着服した行為は、信用に立脚する金融機関の性格上、懲戒解雇事由があると認定 できる( 「前橋信用金庫事件」東京高裁判決平 1.3.16)。 ⇒ 横領・着服は少額であっても懲戒解雇事由となり得る。 ル 無断欠勤、早退等 (イ)懲戒解雇を支持するもの ① 過去二年間における正当な理由のない遅刻は四四六回、同早退は一五回、同欠勤は三〇回であり、 このことを理由とする懲戒解雇は有効である(「日野自動車工業事件」最高裁一小判決昭 59.10.18)。 ② 国際反戦デーに参加し、逮捕、勾留され会社を欠勤すれば、同僚等を通じ会社に欠勤届を提出して いても当該届が不許可になった以上、無断欠勤と選ぶところがないと解すべきであり、会社において社 会通念上これを甘受すべきいわれはないから、正当な理由がない無断欠勤として、懲戒事由に該当する (「三菱重工業長崎造船所事件」福岡高裁判決昭 55.4.15)。 (ロ)懲戒解雇を無効とするもの ① 公務執行妨害罪で逮捕勾留され、無断で会社を一三日間にわたり連続して欠勤したが、それは犯罪 として成立しない被疑事実で逮捕勾留されたために欠勤を余儀なくされたもので、また、逮捕勾留は、 いつわりの自白等その責に帰すべき事由によるものとはいえないから、身柄拘束による欠勤は、責に帰 し得ないやむを得ない事由によるものというべきである(「日立製作所武蔵工場事件」東京高裁判決昭 44.12.25)。 ② 就業規則に定める「正当な理由なしに欠勤が引き続き16日以上に及んだとき」に該当するものの、 当該期間は春休み中であり、特に大学の運営に支障を来さなかったこと、これまでの当該労働者の無断 欠勤に対し特に注意も与えられなかったことから、懲戒解雇に処するのは適当ではない(「東北福祉大 907 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 学事件」仙台地裁決定平 2.9.25)。 ヲ 職務怠慢 ① 会社では販売方法として独特のセールス(ルートセールス)制を採用しているが、これに違反し、 また勤務時間中にしばしば喫茶店に入って長時間にわたり勤務を怠り、始末書を徹されてけん責された にもかかわらず、これまた一向に改めようとしなかったのであるから、右非行の点においても情状重く、 懲戒解雇が過重な処分ということはできない( 「大正製薬事件」東京地裁判決 54.3.27)。 ② 多数回にわたり遅刻をくり返したこと(四六週間で六〇回、累計二〇時間三〇分) 、上司の業務命令 を拒否し、指示された仕事に全く従事しなかったことを理由とする懲戒解雇は有効(「三協工業事件」 東京地裁判決昭 61.11.28) 。 ③ 少人数の組織の役職者が、非協力的かつふしだらな勤務態度により他の職員の信用を失い、けん責 処分を受けながら反省せずにかえって反感をつのらせ、組織秩序に対する挑戦的態度を示したことによ る懲戒解雇は、社会通念上相当であり、 手続違反もないので有効( 「総友会事件」 東京高裁判決平 4.5.28)。 908 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 第 10 章 非正規職員の雇用等 この章では、大学・独法に雇用される職員で、①常勤職員以外の者で期間の定めがある有期雇用職 員、②定年退職後の再雇用、③障害者の雇用、④謝金就業について、主として法制面の制約や活用上 の留意点などについて述べる。 第1節 有期雇用職員の雇用 1.有期雇用職員 (1)契約期間に関する法規制 1)契約期間の意義 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、いつでも解約することができるが(民法 627 条 1 項)、労働契約に期間を定めると、当事者はやむを得ない事由がない限り途中で契約を解約するこ とはできない(民法 628 条、使用者側からの解約については労働契約法 17 条 1 項)。そのため長期 にわたる契約が設定されると、労使ともその意に反して契約を継続しなければならないことが起こ り得る。そこで、民法は雇用契約の期間が5年を経過している場合等には、5年経過後は当事者の どちらからでも3か月の予告をもって契約の解除をすることができることとした(民法 626 条)。 これに対し、労基法は労働者に対する人身拘束の防止という観点から、民法の規定を修正し契約 期間の上限を3年(一定の専門業務等(注)については5年)とすることとしている。この上限3 年(一定の専門業務等については5年)という規定は平成 15 年改正(施行は 16 年 1 月 1 日)によ り規定されたもので、その前は1年(一定の専門業務等については3年)であった。 注.契約期間を5年とすることができる一定の専門業務等 イ 厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する者との契約(労基法 14 条 1 項 1 号、平 15.10.22 厚労告 356 号) ①博士の学位を有する者 ②次の資格を有する者 ・公認会計士 ・医師・歯科医師 ・獣医師 ・弁護士 ・一級建築士 ・税理士 ・薬剤師 ・社会保険労務士 ・不動産鑑定士 ・技術士 ・弁理士 ③情報処理に関するシステムアナリスト、アクチャリー試験合格者 ④特許発明者、意匠創作者、種苗登録品種育成者 ⑤次のいずれかに該当する者であって年収 1075 万円を下らないもの ・一定の実務経験を有する科学技術に関するシステムアナリスト、情報システムのシステム エンジニア、デザイナー ・一定の実務経験を有する事業運営に関するシステムエンジニア ⑥国、地方公共団体その他の法人によりその有する知識、技術・経験が優れたものであると認 定されている者 ロ 60 歳以上の者との契約(労基法 14 条 1 項 2 号) 909 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 民法 (期間の定めのある雇用の解除) 第 626 条 雇用の期間が五年を超え、又は雇用が当事者の一方若しくは第三者の終身の間継続す べきときは、当事者の一方は、五年を経過した後、いつでも契約の解除をすることができる。ただ し、この期間は、商工業の見習を目的とする雇用については、十年とする。 2 前項の規定により契約の解除をしようとするときは、三箇月前にその予告をしなければならな い。 (期間の定めのない雇用の解約の申入れ) 第 627 条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをす ることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによっ て終了する。 2 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。 ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。 3 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなけ ればならない。 (やむを得ない事由による雇用の解除) 第 628 条 当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事 者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失 によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。 労働契約法 第 17 条 使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなけれ ば、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。 2 使用者は、期間の定めのある労働契約について、その労働契約により労働者を使用する目的に 照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのない よう配慮しなければならない。 2)契約期間中における労働者の退職 労働契約に期間を定めると、当事者はやむを得ない事由がない限り、途中で契約を解約すること はできないことが民法の原則である。そこで、契約期間の原則的限度を従来の1年から3年に変更 する改正時に経過措置を設けて、労働契約の期間の初日から1年を経過した日以後は、労働者側か らする解約は理由の如何にかかわらず自由に申し出ることができることとした(労基法附則 137 条)。この規定は、改正法施行(平成 16 年 1 月 1 日)後三年を経過した場合において、改正後の労 働基準法第十四条の規定について、その施行の状況を勘案しつつ検討を加え、その結果に基づいて 必要な措置を講ずるまでの間の暫定措置である。 したがって、この暫定措置下にある現行制度においては、有期労働契約といっても労使を拘束す るする期間は最初の1年間だけであって、1年経過後は使用者のみに雇用保障を義務づけるもので あり、労働者側から退職することは自由である。 910 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 労基法附則 第 137 条 期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その 期間が一年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第十四条第一項各号に規定する労働者を除く。) は、労働基準法の一部を改正する法律(平成十五年法律第百四号)附則第三条に規定する措置が講じ られるまでの間、民法第六百二十八条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経 過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。 平成 15 年附則 (検討) 第3条 政府は、この法律の施行後三年を経過した場合において、この法律による改正後の労働基準 法第十四条の規定について、その施行の状況を勘案しつつ検討を加え、その結果に基づいて必要な措 置を講ずるものとする。 3)契約期間の下限 前述1)のとおり、契約期間の長さについて上限が定められている(原則3年)が、下限はとく に定められていないので、1日でもよい。ただし、労働契約法では、期間の定めがある労働契約に ついて、その労働契約により労働者を使用する目的に照らして、「必要以上に短い期間」を定める ことにより、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならないとしており、 合理的な説明ができない細切れ契約を禁止している。「必要以上に短い期間」の判断は、有期契約 を締結する事情に照らして判断すべきものと解される(岩出「労契法」P73)。一般的には、長期間 の雇用を予定して1日契約を繰返し更新するようなこと(日々雇用)は合理的な説明がつかず権利 の濫用・公序の面から問題があると思われる(私見)。 大学における非常勤職員の契約期間は一般的に1年契約・更新2回までとしている場合が多いが、 労契法 17 条 2 項をタテに「3年とすべき」との批判がある。しかし、人件費が1年度ごとに予算 化されること、1年を超えて業務量を予測することが困難であること等から考えて、1年契約とい う期間が「必要以上に短い期間」に該当するとは言えないであろう。 また、契約期間が1日限りの日々雇用であっても、それが繰り返されると労働者の雇用継続への 期待から問題が生じてくる。電話受信発信事務等の業務を請負う会社に日々雇用として 11 か月雇 用された労働者の雇止めについて争われた事案で、①フルタイムで1週間に5~6日勤務している こと、②更新手続きも行わずに更新を重ねていること、③勤務期間が 11 か月に及んでいること、 により、日々の経過により当然に雇用契約が終了するものとは解されないとし、雇止めには合理的 な理由が必要だとする裁判例がある。さらに雇用保険加入の手続きをとらなかった点についても会 社の不法行為を認めている(「プロマインド事件」東京地裁判決平 19.10.1)。 (2)大学教員等の任期 大学の教員などについて、国家公務員時代に用いられていた「任期」を付すことがある。この「任 期」は労働法上どのように考えればよいのか。 平成 9 年に制定された「大学の教員等の任期に関する法律」 (以下「大学教員等任期法」という。 では、「任期」とは、教員の任用に際して教員等との労働契約において定められた期間であって、 引き続き任用される場合を除き当該期間の満了により退職することとなるものをいう、とされてい るから、実質的には労働法の労働契約期間に等しい。ただし、任命権者は、任期を定めて教員を任 用する場合には、当該任用される者の同意を得なければならない(大学教員等任期法 4 条 2 項)。 911 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 文科省が国立大学法人化に際し作成したQ&Aでは「Q20 法人化後に教員に任期を付す場合、 任期の期間については上限があるのか。」という問に対し「大学の教員等の任期に関する法律にお ける「任期」とは、「雇用を保証する期間」に他ならず、この点において民法第 626 条第 1 項は、 5年を超える有期労働契約について使用者側にも解約権を認めているため、5年を超えて雇用を保 障(ママ)することはできない。このため、任期法に基づいて任期を付す場合、「5年」が上限と なる。」と、任期の意義は雇用を保証するものであると説明している。 そして同法は、国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、当該国立大学法人、公立大学法人 又は学校法人の設置する大学の教員について、次の①~③のいずれかに該当するときは、労働契約 において任期を定めることができることとしている(大学教員等任期法 5 条 1 項)。 ① 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育 研究の分野又は方法の特性にかんがみ、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職 に就けるとき。 ② 助手の職で自ら研究目標を定めて研究を行うことをその職務の主たる内容とするものに就け るとき。 ③ 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。 また、任期中であっても、1年経過後は教員等の側から退職をいつでも申し出ることができるこ ととされている(大学教員等任期法 5 条 5 項)ので、1年を超える期間は一種の身分保障期間で あると考えられ、労基法 14 条の契約期間の制約に反するものでないと解される(注)。 注.厚労省「労基法コメ」上巻 P221 では、次のように述べている。 「仮に、労働契約で6年の期間を定めてた場合であっても、上限期間経過後はいつでも労働者側 から解約することができることが明示され、6年間のうち上限期間を超える期間は身分保障期間で あることが明らかな場合には、本条(労基法 14 条のこと-引用者)に違反するものではないと解さ れる。 」 以上の点から、大学教員等任期法に基づく「任期」は、労基法の契約期間にほぼ等しいと考えら れる。 ⇒ 大学教員等任期法に基づく「任期」は、労基法 14 条の「契約期間」にほぼ等しい。 (3)有期雇用職員の種類 有期雇用職員の種類は、その担当する業務の性質から①特別な専門能力を必要とする人材を広く 外部から求めるもの、②工数充足のため補助的な業務に就かせるもの、③法令上の要請により定年 後の雇用確保を図るもの、などかある。また、就労形態の区分からaフルタイム勤務職員、bパー トタイム職員、c定年退職者の再雇用職員などがある。 有期雇用職員の種類について、東京大学の例を示すと次のとおりである。 912 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 第 2-10-1 図 有期雇用職員の種類 (1)特任教員 (注) (2)特任研究員 (3)学術支援専門職 特定有期雇用教職員 (4)学術支援職員 (5)特任専門員 (6)特任専門職員 (7)その他別に定める者 有期雇用教職員 (1)事務補佐員 (2)技術補佐員 (3)技能補佐員 短時間勤務有期雇用教職員 (4)教務補佐員 (5)医療技術補佐員 (6)看護技術補佐員 (7)臨時用務員 再雇用教職員 定年退職者が再雇用されたもの 注.特任教員=特任教授、特任准教授、特任講師及び特任助教をいう。 ※1=特定有期雇用教職員の契約期間の限度は5年。ただし、定年年齢到達後の更新は行わない。 ※2=短時間勤務有期雇用教職員の契約期間は3年。ただし、プロジェクトの場合はさらに3年 を限度として更新可。 ※3=再雇用教職員の契約期間の限度は 65 歳に達する年度まで。ただし、生年月日が昭和 20 年 4 月 2 日~昭和 22 年 4 月 1 日平成 22 年 3 月 31 日の者は 63 歳、昭和 22 年 4 月 2 日~昭和 24 年 4 月 1 日までの者は 64 歳に達する年度までである。 913 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 (4)有期雇用職員の処遇 1)正規職員との均衡のとれた待遇の確保 有期雇用職員の処遇は、その就業の実態に応じて、正規職員(常勤職員)との均衡を考慮しつつ 定めるべきものである(労契法 3 条 2 項)。また、事業主は、その就業の実態等を考慮して、通常 の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図るように努めるものとされる(パート労働法 3 条 1 項)。 具体的には、有期雇用職員の就業の実態に応じて、 「職務の内容」 「人材活用の仕組み・運用など」 「労働契約期間の定めの有無」といった要素に着目し均衡のとれた待遇の確保を図ることが望まれ る。詳しくは、パート労働法の項(P920 以下)で詳述する。 労契法 (労働契約の原則) 第 3 条 第1項 略 2 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更す べきものとする(労契法 3 条 2 項)。 第3項~第5項 略 パート労働法 (事業主等の責務) 第 3 条 事業主は、その雇用する短時間労働者について、その就業の実態等を考慮して、適正な労 働条件の確保、教育訓練の実施、福利厚生の充実その他の雇用管理の改善(及び通常の労働者への 転換(短時間労働者が雇用される事業所において通常の労働者として雇い入れられることをいう。 以下同じ。)の推進(以下「雇用管理の改善等」という。)に関する措置等を講ずることにより、通 常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図り、当該短時間労働者がその有する能力を有効に発 揮することができるように努めるものとする(パート労働法 3 条 1 項)。 第2項 略 2)有期雇用職員の定年制 有期契約を何度か更新するも一定年齢に達した場合は更新しないといういわば有期雇用職員の 定年制のような雇止めをする制度(年齢を理由とする雇止め制度)を設けることは可能であろうか (注 1)。 現在のところ、明確に禁止する明文規定は存在せず、このような定年制に類似する制度を設ける ことは契約の自由に委ねられているといえる。したがって、労働契約・就業規則・労働協約等にお いて規定を設ければ、一応可能であると考えられる。しかし、次のような事情に留意する必要があ る。 第1に、期間の定めがない契約の場合には一般的に定年制の合理性が認められ世間一般に普及し ているが、それは、年功昇進による長期雇用保障システムのもとでは賃金コストを抑制するために 不可欠であるから合理性が認められるのであり、一般に有期雇用契約においては年功昇進も長期雇 用保障も伴わないから、年齢を理由とする雇止め(定年制)の効力が疑問視される向きもあるとい う点である(注 2)。 注 1.ちなみに、アメリカ合衆国では、定年制は年齢のみを理由とする不合理な差別であるとして違 914 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 法とされているそうである(土田「労契法」P566)。 注 2.菅野教授は、期間の定めがない正規職員の定年制さえも、雇用保障と年功的処遇が維持されな ければ合理性を失う、と次のように述べておられる。 「定年制度を一要素とする長期雇用システムにおける雇用保障機能と年功的処遇機能が基本的に 維持されているかぎり、同制度はそれなりの合理性を有するのであって、公序良俗違反にはあたら ない。これに対し、企業の従業員に対する雇用尊重の基本方針が放棄され、かつ年功的処遇が能力 主義・成果主義によって置き換えられた場合には、定年は従業員にとっては格別のメリットのない 制度と化し、合理性を失うこととなる。」(菅野「労働法」P430~431) それから第2に、雇用対策法の募集の際の年齢制限禁止との関係から、有期雇用職員を募集する際 に年齢制限を付すことができないという事情も生じている点である。 仮に、就業規則に 60 歳で雇止めする規定を設けたならば、厚生労働省は、当該就業規則の規定は直 ちに雇対法に違反すわけではないが、募集・採用との関係でいえばそれを理由に年齢制限をするこ とはできないとしている。つまり、既に雇用している有期雇用職員は 60 歳に達すると雇止めする こととなるのに対し、新たに募集する場合に 60 歳以上の者を募集・採用時の選考基準の対象から はずしてはいけない、というおかしな現象が生じる。 厚生労働省Q&A Q1-14:例外事由の「期間の定めのない労働契約」には、有期労働契約を更新し雇止めをする場合は 含まれないのでしょうか。また、募集の際に年齢不問としていながら、雇止め年齢を 60 歳未満とす るとの規定を就業規則に定めている場合、その規定は違法となるのでしょうか。 A1-14: 例外事由の「期間の定めのない労働契約」は、契約として期間を定めていないことが必要で あり、有期労働契約を更新し続ける場合であっても、個々の契約は期間の定めのある労働契約であ ることから、例外事由の「期間の定めのない労働契約」には当たりません。 また、募集の際に年齢不問としていながら、60 歳で雇止めをするとの規定を就業規則に定めてい る場合には、就業規則それ自体が直ちに雇用対策法第 10 条違反となるものではありません。しかし ながら、当該就業規則に基づいて 60 歳以上の者を採用しない場合には、採用において年齢制限を行 うこととなることから、雇用対策法第 10 条違反となります。 (5)有期労働契約の雇止め問題 1)政府による「雇止め基準」の設定 ところで、労働契約の期間は雇用が存続できる期間を意味し、期間の満了は雇用の終了を意味す ることになる。しかし、期間の定めがない契約については使用者からの一方的解約(解雇)につい ては、民法の趣旨(627 条)と異なり判例の積み重ねにより厳格な制限が行われてきた。すなわち、 「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫 用したものとして無効とする」という解雇権濫用の法理である(契約法 16 条) 。 これに対し、期間の定めがある契約の場合は期間の満了だけで当然に雇用が終了してよいのか、 そもそも期間の設定は法律の定める上限の範囲内であればいかなる場合も許されるのかというこ とが議論されるようになってきた(注)。 注.土田教授によれば、ドイツ・フランス等のEU諸国では期間設定に一定の事由を要求し、それを 欠く場合は期間の定めがない契約とみなす立法が発展しているそうである(土田「労契法」P667)。 915 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 そこで、平成 15 年改正(施行は 16 年 1 月 1 日)において、 「厚生労働大臣は、期間の定めのあ る労働契約の締結時及び当該労働契約の期間の満了時において労働者と使用者との間に紛争が生 ずることを未然に防止するため、使用者が講ずべき労働契約の期間の満了に係る通知に関する事項 その他必要な事項についての基準を定めることができる」 (労基法 14 条 2 項)こととし、それに基 づき「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(平 1510.22 厚労告 357 号。以下「雇 止め基準」という。)を告示した。 もとより、 「雇止め基準」が法的に雇止めの有効性を保証するものではなく、通達においても「雇 止めに関する基準は、有期労働契約の契約期間の満了に伴う雇止めの法的効力に影響を及ぼすも のでないこと。」としている。しかし、この通達が生まれるまでに、有識者による裁判例を類型分 析した「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」(平成 12 年9月)などを基礎として 検討したものであるから、法的にもそれなりに耐えられるものと評価できると思う。少なくとも 「労働者と使用者との間に紛争が生ずることを未然に防止するため」 (労基法 14 条 2 項)に効果 的であるということができよう。 2)有期労働契約の雇止め基準 この「雇止め基準」の概要は、次のとおりである。 イ 更新の有無の明示 期間の定めがある労働契約を締結する場合は、まず最初の労働契約締結の際に契約更新の有無 を明示しなければならない。その後契約を更新する場合もやはり更新の有無を明示する必要があ る。 「更新する場合がある」と明示したときは、更新する場合又は更新しない場合の判断基準を明示 しなければならない。たとえば、次のような明示方法が考えられる(平 15.10.22 基発 1022001 号)。 (イ) 更新の有無について ① 自動的に更新する ② 更新する場合があり得る ③ 契約の更新はしない (ロ) 更新する・しないの判断基準について ① 契約期間の満了時の業務量により判断する ② 労働者の勤務成績、態度により判断する ③ 労働者の能力により判断する ④ 予算の寡多により判断する ⑤ 従事している業務の進捗状況により判断する ただし、実務においてはもっと踏み込んで、たとえば、「契約期間の満了時の業務量が前年に 比べて3割以上減少したとき」、 「労働者の勤務成績、態度が標準に達しないとき」というように、 労働者にとってある程度予測可能な水準を示すようにしたい。 ロ 雇止めの予告 有期労働契約を3回以上更新し、又は1年を超えて継続勤務している者を期間満了の際に雇止 めする場合は、期間満了の 30 日前までにその予告をしなければならない。ただし、あらかじめ、 契約を更新しない旨を明示しているときは予告を必要としないが、実務においては、無用な混乱 を避ける意味で予告した方がよいと考える。 916 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 (この規定は、従来は1年を超えて継続勤務している者を対象としていたが、平 20.1.23 厚労告 12 号により1年未満の者であっても契約を3回以上更新する場合には適用されることとなっ た。) ハ 雇止め理由の明示 上記ロの場合、労働者が請求したときは、更新しないこととする理由について遅滞なく証明書 を交付しなければならない。この場合の理由は、「契約期間の満了」とは別な理由でなければな らないことは、もちろんである。その例として次のような理由が考えられる。 ○ 雇止めの理由の例 ① 前回の契約更新時に、本契約を更新しないことについて合意していたため ② 契約締結当初から、更新回数の上限を設けており、本契約は当該上限に係るものであるた め ③ 担当していた業務が終了・中止したため ④ 事業縮小のため ⑤ 業務を遂行する能力が十分でないと認められるため ⑥ 職務命令に違反する行為を行ったこと、無断欠勤をしたこと等勤務不良のため ニ 契約期間についての配慮 有期労働契約を更新しようとする場合において、当該契約が1回以上更新され、かつ、1年を 超えて継続勤務している者に係る更新の場合には、当該契約の実態及び労働者の希望に応じて契 約期間をできるだけ長くするように努めなければならない。 3)契約更新回数に上限を設けることの可否 国の機関が法人化された国立大学、独法では、たとえば、事務補佐員の場合、契約期間は会計 年度ごとの1年間とし、更新回数2回まで(雇用期間の上限が3年)というように、有期労働契 約の更新回数に限度を設ける制度が普及している。これは、定員法が適用されていた国の時代に 有期任用の非常勤職員の常勤化を防止するためにとられた措置の名残りであろう。このような更 新回数に限度を設けることは労働法上問題ないのであろうか? 日本においては期間雇用に関する法規制は立法上も判例法理上も存在せず、このような回数に限 度を設けることは契約の自由に委ねられているといえる。したがって、更新回数に限度を設けるこ とを無効とする根拠はないと解する。学説では、期間の定めがない契約における解雇が解雇権濫用 の法理によって厳しく制限されていることとのバランスを考慮して、契約期間の設定自体に合理的 理由を求める見解もあるようだが、土田教授は、このような説に対し「法的根拠が明確でないし、 政策的にも、労働市場にこのように積極的に介入する法政策の妥当性には疑問が残る。」としてい る(土田「労契法」P667)。 しかし、最近では有期雇用職員が担当する職務が必ずしも補佐的な業務に限られず、大学・独法 の行う事業の各業務を正規職員、非正規職員が分担して担当するようになってきたという事情もあ る。そのため、非正規職員を3~5年程度で雇止めする弊害も顕在化しており、一部の大学・独法 ではすでに更新回数の限度を撤廃した例も見受けられる。その場合に、前述「雇止め基準」に則っ た運用をすることが肝要であろう。 ⇒ 有期労働契約の更新回数に限度を設けることは、現行法令では禁止する明文規定はないので、違法とはい えない。 917 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 4)更新回数の上限を撤廃した場合 では、更新回数の上限を撤廃した場合、大学・独法にとってどのような法的問題が生じるのであ ろうか? 有期労働契約を何度か更新した後に期間満了により雇止めする場合に、その効力の判断は、おお むね次のような手順によって行われる(本書 P216 以下を参照)。 第 2-10-2 図 「雇止め」効力の判断手順 YES ①純粋有期契約タイプであるか? 期間満了により雇用関係は終了する NO YES ②期待保護に値するか? NO ③「相当の理由」があるか? NO 期間満了により雇用関係は終了する 終了しない YES 期間満了により雇用関係は終了する ① 純粋有期契約タイプであるか? 有期労働契約の類型中、 「純粋有期契約タイプ」 (注)であれば、労働者が抱く契約更新への期 待が保護に値すると解されないから、雇止めをしても法的な問題は生じない。 ② 期待保護に値するか? 純粋有期契約タイプ以外の類型、すなわち「実質無期契約タイプ」、 「期待保護(反復更新)タ イプ」又は「期待保護(継続特約)タイプ」に属する場合は、契約更新の期待は保護されるべき と考えられるから、雇止めをするには「相当の理由」が必要とされる。 この場合において、 「雇止め基準」 (平 1510.22 厚労告 357 号)に則った更新の有無及び更新有 りとした場合における更新する場合又はしない場合の判断基準が明示されていれば、その基準に 合致しない者の更新期待は、保護に値するとは容易にいえないであろう。 ③ 「相当の理由」があるか? 上記②の期待保護に値する場合であっても、雇止めすることに「相当の理由」(正規職員に対 する解雇権濫用の法理の場合の「合理的な理由」よりも緩やかな理由)がある場合は、雇止めが 認められる。 注.「純粋有期契約タイプ」 「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」 (平成 12 年9月 11 日)を参照。本書 199 ページ以下に詳述している。 ⇒ 「相当の理由」=契約期間満了のみを理由とする終了はできず、解雇権濫用の法理を類推して「相当の理由」 がなければ契約を終了させることはできないとされる。 ⇒ 「相当の理由」=有期雇用契約の「雇止め」の場合の「相当の理由」は、正規職員を解雇する場合の「合理的 理由」よりも緩やかな理由であっても認められるとされる。 918 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 5)有期労働契約に対する高年齢者法の規制 有期労働契約を更新して雇用を継続している場合に、たとえば60歳に達した場合に更新せず雇止 めをすることは、高年齢者法との関係ではどうなるのだろうか。 高年齢者法の高年齢者雇用確保措置は、主として期間の定めのない労働者に対する継続雇用制度 の導入等を求めているため、有期雇用契約のように、本来、年齢とは関係なく一定の期間の経過に より契約終了となるものは、別の問題であり、少なくとも高年齢者雇用安定法に違反しないと考え られる。ただし、実態として期間の定めがない雇用とみなされる場合は定年の定めをしているもの と解されることとなり、その場合には高年齢者雇用確保措置を講じなければならない(厚生労働省 「改正高年齢者雇用安定法Q&A」)。 919 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 2.短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パート労働法) この法律の適用対象労働者は「パート」であるが、 「フルタイムパート」についても法の趣旨が 考慮されるべきであるとしている(「パート労働法指針」平成 19 年 10 月 1 日厚労告 326 号) 。し たがって、実務においては、就業形態が短時間勤務である労働者のみでなくフルタイム勤務であ る有期雇用職員を含む非正規職員全般に対して、パート労働法の規定を考慮した制度設計が求め られる。 ⇒ パート労働法は短時間勤務者以外のすべての非正規職員に適用される、と考えて制度設計をした方がよ い。 (1)総 論 パート労働法は「短時間労働者」 (パート) (注)について、その適正な労働条件の確保、雇用管 理の改善、通常の労働者への転換の促進、職業能力の開発および向上等に関する措置等を講ずるこ とにより、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図ることを目的とする。 この目的のために、 ① 事業主の一般的責務として、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保に努めるべきこと(3 条)。 ② 事業主は、雇用するパートについて、就業の実態を考慮して、適正な労働条件の確保、教育 訓練の実施、福利厚生の充実、通常の労働者への転換の推進等の措置を講じること(3 条)。 ③ 事業主は、次の事項を講じること(6 条~15 条)。 a.労働条件に関する文書交付(義務) b.通常の労働者と同視すべきパートに対する差別的取扱いの禁止 c.賃金決定要素・方法に関する努力義務 d.教育訓練・福利厚生施設に関する義務 e.通常の労働者への転換(義務) f.待遇の決定に当たって考慮した事項の説明(義務) ④ 上記行為規範をめぐる紛争の解決のために、企業内の苦情処理手続きと行政の助言・指導・ 調停手続きを規定すること(19 条~24 条)。 などを定めている。 注.「短時間労働者」(パート) 「短時間労働者」とは、一週間の所定労働時間が同一の事業所に雇用される通常の労働者の一週間の所定労 働時間に比し短い労働者をいう、とされている(パート労働法 2 条)。つまり、1週間の所定労働時間が通常 の労働者より短い者は、その程度に関係なく「短時間労働者」なるものである。 (2)雇入れ時の労働条件の明示の充実 ① 一般的に、労働者を雇入れる際には、労働基準法により①労働契約の期間、②就業の場所・ 従事すべき業務、③始業・終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、 休暇、④賃金の決定・計算・支払の方法・時期、⑤退職・解雇に関する事項、について文書交 付の方法により明示することを義務づけられている(労基法 15 条 1 項、労基則 5 条)。 920 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 ② パートについては、これに加えて「昇給の有無」、 「退職手当の有無」及び「賞与の有無」に ついても文書交付の方法により明示すべきことが義務づけられた(パート労働法 6 条)。 ○ある・なしを明示するだけで可。 ③ 上記事項以外の労働条件についても、文書等で明示するように努めるべきものとしており(6 条 2 項)、施行通達では、所定労働日以外の日の労働の有無、所定労働時間を超えて、または 所定労働日以外の日に、労働させる程度などいくつかの事項について、文書等による明示を推 奨している(平 19.10.1 雇児発 1001002 号)。 (3)「通常の労働者と同視すべきパート」の差別的取扱いの禁止 ① 「通常の労働者と同視すべきパート」については、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生 施設の利用その他の待遇について、差別的取扱いをしてはならない(パート労働法 8 条)。 ○退職手当、福利厚生(住宅の貸与も含む。)特別休暇等も含まれるので、実質的には、勤 務時間以外は「正規職員化」と変わらない処遇となる。 ②「通常の労働者と同視すべきパート」とは、次のa~cの要件を満たすパートをいう。 a 業務の内容および当該業務に伴う責任の程度(「職務の内容」)が当該事業所で雇用される 通常の労働者と同一である(「職務内容同一パート」という。) b 当該事業主と期間の定めがない労働契約を締結している(反復して更新されることによっ て期間の定めがない労働契約と同視することが社会通念上相当と認められる期間の定めが ある労働契約を含む。) c 当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまで の全期間において、その職務の内容および配置が当該通常の労働者の職務の内容および配置 の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれる(配置ローテーションが通常の労働者 と同じ) ⇒ 端的に言えば、①職務内容が同一で、②同じく契約上または実態上期間の定めがない雇用にあり、③人 材活用の仕組みと運用が長期的に同一であるパートは、「通常の労働者と同視すべきパート」とされ、賃金、 教育訓練、福利厚生その他の待遇について、パートであることを理由とする差別的取扱いを禁止される。 しかし、このようなパートは国大・独法にはいるとはほとんど考えられない。 (4)均衡待遇の推進 上記(3)の「通常の労働者と同視すべき」とはいえないパートについても、賃金の決定・教 育訓練の実施・福利厚生の利用について、通常の労働者とバランスのとれた待遇をするよう事業主 の努力義務・措置義務・配慮義務を規定している。 1)賃金決定方法の原則(努力義務) ① パートの賃金(基本給・賞与・役付手当など職務関連賃金)は、通常の労働者との均衡を考 慮しつつ、その職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験等を勘案し決定するように努め るものとする(パート労働法 9 条 1 項)。 ② 「職務関連賃金」か否かは、名称の如何にかかわらず、当該賃金の実質に即して判断する。 たとえば、家族手当と称されていても、家族の有無にかかわらず一律に支給されている場合に は、職務関連賃金とみなし得る場合がある(平 19.10.1 雇児発 1001002 号)。 921 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 ③ 上記原則は、すべてのパートに適用される原則である。 ④ 通勤手当・退職手当・家族手当・住宅手当、別居手当、子女教育手当、その他、 職務の内容に密接な関連を有するもの以外のものは、上記努力義務の対象から除外される(パ ート則 3 条) 。 ⑤ 事業主は、その雇用するパートについて、職務の内容、職務の成果、意欲、能力または経験 等(「等」には勤続年数も含まれる)に照らして、通常の労働者と均衡がとれるように、貸金 水準を見直したり、昇給・昇格制度や成績評価制度を整備したり、職務手当・役職手当等の手 当を整えたりすることを期待されている(平 19.10.1 雇児発 1001002 号)。 2)「職務の内容」及び「配置ローテーション」が通常の労働者と同じパートの賃金決定方式 (努力義務) ① 「職務の内容」及び「配置ローテーション」が通常の労働者と同じパート(上記(3)a及 びcを満たすパート)の賃金決定については、通常の労働者と同一の方法で賃金を決定する努 力義務がある(パート労働法 9 条 2 項)。 ② 事業主は、職務内容同一パートであって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、 当該事業主に雇用される期間のうち少なくとも一定期間において、その職務の内容および配置 が通常の労働者のそれらと同一の範囲で変更されるものと見込まれるものについては、当該変 更が行われる期間においては、通常の労働者と同一の方法により賃金を決定するように努める ものとする。 3)教育訓練の実施 イ 職務遂行上必要な能力に関する訓練(義務) ① 事業主は、通常の労働者に対して実施する教育訓練であって、当該通常の労働者が従事す る職務の遂行に必要な能力を付与するためのものについては、職務内容同一短時間労働者に 対しても、そ の者がすでに当該職務に必要な能力を有している場合を除き、これを実施し なければならない(パート労働法 10 条 1 項、パート則 4 条)。 ② 事業主に課されているのは、通常の労働者に実施する教育訓練を職務内容同一短時間労働 者も受けられるように措置する義務である。 ロ キャリアアップのための訓練(努力義務) ① 事業主は、前項に定めるもののほか、通常の労働者との均衡を考慮しつつ、その雇用する 短時間労働者の職務の内容、職務の成果、意欲、能力および経験等に応じ、当該短時間労働 者に対して教育訓練を実施するように努めるものとする(パート労働法 10 条 2 項)。 ② ここで主として想定されているのは、事業主が中長期的な視点から行うキャリアアップの ための教育訓練であるが、長期の研修や海外留学までを視野に入れているものではない(平 19.10.1 雇児発 1001002 号)。 4)福利厚生施設の利用に関する配慮義務 ① 事業主は、通常の労働者に対して利用の機会を与える福利厚生施設であって、健康の保持ま たは業務の円滑な遂行に資するものとして厚生労働省令で定めるものについては、その雇用す る短時間労働者に対しても、利用の機会を与えるように配慮するものとする(パート労働法 11 条)。 ② 厚生労働省令で定めるものは、この配慮義務の対象となる福利厚生施設は、給食施設、休憩 室、更衣室に限られる(パート則 5 条)。 922 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 ① 施設の定員の関係でその雇用する労働者全員には利用の機会を与えられない場合には、利用 資格を通常の労働者に限定することは本条に反するが、全員に利用の機会を与えるための増築 を行うことまでも必要とされるものではない(平 19.10.1 雇児発 1001002 号)。 ⇒ 福利厚生施設のうち給食施設・休憩室・更衣室については、パートに対し均等な利用機会を与えるよう配慮 しなければならない。 (5)通常の労働者への転換措置 1)通常の労働者への転換措置の内容 パートについて、通常の労働者への転換を推進するための次のいずれかの措置を講じる義務があ る(パート労働法 12 条)。 ① 通常の労働者を募集する際に、募集情報をパートへ周知する。 ② 職務ポストを社内公募する際、パートにも応募の機会を与える。 ③ 正規職員への登用の試験制度を設ける。 ④ その他の通常の労働者への転換を推進するための措置を講じる。 2)通常の労働者を募集する際に、募集情報をパートへ周知する ① 通常の労働者の募集を行う場合において、当該募集に係る事業所に掲示すること等により、 その者が従事すべき業務の内容、賃金、労働時間その他の当該募集に係る事項を当該事業所に おいて雇用する短時間労働者に周知すること。 ② 周知の方法としては、掲示、回覧、電子メールの送信などが考えられる。 ③ 事業主は、当該事業場で通常の労働者の募集を行う場合には短時間労働者に対しても応募の 機会を与える、という方針をあらかじめその雇用する短時間労働者に周知しておくべきである (平 19.10.1 雇児発 1001002 号)。 3)職務ポストを社内公募する際、パートにも応募の機会を与える ① 通常の労働者の配置を新たに行う場合において、当該配置の希望を申し出る機会を当該配置 に係る事業所において雇用する短時間労働者に対して与えることである。 ② 具体的には、欠員となったポストに企業外から正社員を中途採用しようとする場合に、まず 当該事業所の短時間労働者に応募の機会を与えること、配置に関する社内公募制において短時 間労働者にも応募の機会を与えることなどである(平 19.10.1 雇児発 1001002 号)。 4)正規職員への登用の試験制度を設ける ① 一定の資格を有するパートを対象とした通常の労働者への転換のための試験制度を設ける こと。 ② たとえば、一定の勤続年数や資格に達したパートを対象とした正社員への転換試験制度を設 けることなどがこれに該当する。 5)その他の通常の労働者への転換を推進するための措置を講じる ① たとえば、通常の労働者として必要な能力を取得するための教育訓練を受けるための支援措 置がこれに該当する。 ⇒ これら2)~5)のうち、いずれの転換措置を設けるにせよ、パートに対して通常の労働者への転換の機会を 提供することが義務内容であり、パートを優先して採用する義務まで課しているものでない。 923 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 (6)パート労働者に対する健康診断の実施 1)常時使用する短時間労働者に対する健康診断実施義務 事業主は、常時従事する短時間労働者に対し、安衛法 66 条に基づく次に掲げる健康診断を実施 する必要がある(「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の一部を改正する法律の施行に ついて」平 19.10.01 基発 1001016 号 第三 9 ト)。 ① 雇入れの際に行う「雇入れ時の健康診断」及び 1 年以内ごとに 1 回、定期に行う「定期健康 診断」 ② 深夜業を含む業務等にに対し、当該業務への配置替えの際に行う健康診断及び 6 月以内ごと に 1 回、定期に行う健康診断 ③ 一定の有害な業務に常時従事する短時間労働者に対し、雇入れ時又は当該業務に配置替えの 際及びその後定期に行う「特殊健康診断」 この場合において、「常時使用する短時間労働者」とは、次の①及び②のいずれの要件をも満た す者である。 ① 期間の定めのない労働契約により使用される者であること。 この場合、期間の定めのある労働契約により使用される者であって、当該契約の契約期間が 1 年以上である者並びに契約更新により 1 年(注)以上使用されることが予定されている者及 び 1 年以上引き続き使用されている者を含む。 ② その者の 1 週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の 1 週間の所定労働時間数の 4 分の 3 以上であること。 注. 「多量の高熱物体を取り扱う業務」 「深夜業を含む業務」など一定の危険・有害業務に従事する 者については「6月」とされる。 2)所定労働時間数が通常労働者のおおむね2分の1以上である短時間労働者 なお、1 週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の 1 週間の 所定労働時間数の 4 分の 3 未満である短時間労働者であっても上記の①の要件に該当し、1 週間の 労働時間数が、当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の 1 週間の所定労働時間数 のおおむね 2 分の 1 以上である者に対しても一般健康診断を実施することが望ましいとされている。 (7)その他 1)待遇に関し考慮した次項の説明義務(パート労働法 13 条) ① パートから求めがあったときは、賃金の決定などパート労働法で定める待遇の決定に当たっ て考慮した事項について説明しなければならない(義務) 。 ② 事業主に説明責任を課すことにより、事業主に対しては短時間労働者の適正な取扱いを誘導 し、パートに対する待遇に関し、納得性を高めようとするものである。 2)年次有給休暇の付与要件 年次有給休暇は一定の「継続勤務」を要件に付与されるが、「継続勤務」に該当するか否かにつ いては勤務の実態に即して判断すべきものであるので、期間の定めのある労働契約を反復して短時 間労働者を使用する場合、各々の労働契約期間の終期と始期の間に短時日の間隔を置いているとし ても、必ずしも当然に継続勤務が中断されるものではないことに留意しなければならない。 一般的には1か月以上の空白期間があればともかく、1~2週間程度の空白期間を設けて同様な 924 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第10章 非正規職員の雇用等 第1節 有期雇用職員の雇用 業務に従事する有期雇用契約者の年次有給休暇の付与に関しては、前後の期間は「継続勤務」とし て取扱うべきであろう。 3)苦情の自主解決(パート労働法 19 条) ① パートから苦情の申し出を受けたときは、労使の代表者で構成する苦情処理機関に処理をゆ だねる等の自主的な解決を図るように努めるものとする(努力義務) 。 4)都道府県労働局長の紛争解決の援助等 ① 個別労働関係紛争解決促進法の適用除外 パートと事業主との間の紛争については、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」 (注)を適用せず、下記②、③による(パート労働法 20 条)。 ② 必要な助言・指導・勧告 紛争当事者の双方又は一方から援助を求められた場合は、都道府県労働局長は紛争の当事者に 対し必要な助言・指導・勧告をすることができる(パート労働法 21 条)。 ② 調 停 紛争当事者の双方又は一方から調停の申請があった場合は、都道府県労働局に設置された「紛 争調停委員会」に調停を行わせる(パート労働法 22 条)。 注.個別労働関係紛争解決促進法 ・個別労働関係紛争に関し、当事者の双方又は一方からの求めに応じ、都道府県労働局長は必要な助言・指導 を行うことができる(4 条) 。 ・当事者の双方又は一方から求めがあれば、都道府県労働局内に設置された「紛争調整委員会」にあっせんを 行なわせる(5 条) 。 ⇒ 個別労働関係紛争解決の一般法である「個別労働関係紛争解決促進法」では、その解決方法は必要な助 言・指導のほか「あっせん」であるが、パート労働法では「勧告」のほか「調停」を行うことができる。 「あっせん」=当事者の一方から申請があればあっせんが開始されるが、当事者双方が望むときでなければあっせん案 は提示されない(個別労働関係紛争解決法施行規則 6 条 2 項、9 条 1 項)。 「調 停」 =相手方当事者の同意がなくても開始することができるし、調停案を作成しその受諾を勧告することができる ので、強力な行政指導が可能となる。 925 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第2節 定年退職後の再雇用 第2節 定年退職後の再雇用 1.定年制と再雇用 (1)定年制の意義 わが国では、終身雇用慣行と年功的処遇制という独特の長期雇用システムのもとで、労働者が一 定の年齢に達したことを理由に労働契約を終了させる制度(定年制)が普及してきた。 このような長期雇用システムのもとでは、使用者は雇用調整の手段として労働者を「解雇」する ことは困難であるし、法的にも判例法理による解雇権濫用の法理が確立されて制限を受ける(注)。 そこで、解雇を抑制して雇用を保障する見返りとして、高齢者の雇用を打ち切ることによって人件 費負担の増大を回避し若年労働力の導入を図る手段として定年制が普及したのである。 定年制の法的性格については、定年年齢到達(あるいは定年年齢到達直後の年度末)をもって労 働契約の期限を定めた終期付契約と解すべきであろう(土田「労契法」P566、下井隆史「労働基準 法」第4版 P194 有斐閣刊 2007)。この場合、就業規則には「定年に達した者は退職する」とか「・・・ 退職させる」と規定し、定年年齢到達によって当然に雇用関係は終了する。 一方、「定年に達した者は解職する」とか「・・・解雇する」などと規定する場合は、雇用関係 を終了させるためには解雇の意思表示が必要である。 注.現在では労働契約法に「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合 は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定されている(労契法 16 条)。 従来は明文規定がないため、もっぱら判例の積み重ねにより構成された「解雇権濫用の法理」という名称が 用いられてきた。 (2)定年年齢 定年制を定める企業の割合は 91.5%と普及しており、一律定年制における定年年齢は 60~64 歳 とする企業が 92.9%と圧倒的に多い(厚生労働省「雇用管理調査」平成 16 年)。このように、い わば 60 歳定年制が普及したのは、それを事業主の義務規定と定めた高年齢者雇用安定法によると ころが大きい(高年齢者法 8 条)。 この高年齢者法8条は強行規定であり、これに反する労働契約・就業規則・労働協約は無効とな る。この場合に、無効となった後の定年年齢はどうなるのかについて、定年の定めがないこととな る見解と定年年齢は 60 歳の基準によって補充されるとする見解があるが、土田教授は、高年齢者 法には労基法 13 条のような直律効を備えていないので、前者が適切であるとしている(土田「労 契法」P567) 。 ⇒ 60歳未満の定年年齢を定める就業規則は、定年の定めがない規定と解される。 926 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第2節 定年退職後の再雇用 高年齢者法 (定年を定める場合の年齢) 第8条 事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に「定年」という。)の定めをする場合には、 当該定年は、六十歳を下回ることができない。ただし、当該事業主が雇用する労働者のうち、高年齢 者が従事することが困難であると認められる業務として厚生労働省令で定める業務に従事している労 働者については、この限りでない。 下線の部分=鉱山における坑内作業の業務(高年則 4 条の 2) 2.高年齢者雇用確保措置 (1)高年齢者雇用確保措置の内容 定年の定めをしている事業主(その大部分は前述のとおり 60 歳と定めている。)は、その雇用す る高年齢者を 65 歳に達するまで安定して雇用するために、次のいずれかの「高年齢者雇用確保措 置」を講じなければならない。 ① 定年の引上げ ② 本人が希望するときは、定年後も引き続いて雇用する継続雇用制度の導入 ③ 定年の定めの廃止 高年齢者雇用確保措置によって確保されるべき雇用の形態については、必ずしも労働者の希望に 合致した職種・労働条件による雇用を求めるものではなく、本人が希望する場合に、できる限り現 に雇用されている企業において継続して働き続けることを可能とする環境を整備するための措置 を講じることを求めることとした趣旨を踏まえたものであれば、常用雇用のみならず、短時間勤務 や隔日勤務なども含めて多様な雇用形態を含むものである。 上記①の定年の引上げ・継続雇用制度の導入は65歳に達するまで雇用が確保されるものでなけ ればならないが、平成 22 年 4 月 1 日から平成 25 年 3 月 31 日までの間は64歳とする経過措置が ある(高年齢者法附則 4 条)。 上記②の継続雇用制度は、現に雇用している高年齢者が希望するときはその全員を継続雇用すべ きものであるが、すべての企業が希望者全員を雇用できる環境にあると限られるわけでない実情か ら、継続雇用制度の対象となる基準を労使協定により定めた場合は、その基準によることができる こととされている(高年齢者法9条2項)。 ⇒ 継続雇用制度は、必ずしも労働者の希望に合致した職種・労働条件による雇用を求めるものではない。 ⇒ 常用雇用のみならず、短時間勤務や隔日勤務なども含めて多様な雇用形態も可能である。 927 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員 員の雇用等 第 2節 定年退職 職後の再雇用 (2)公 公的年金の支給開始年 年齢 退職共 共済年金・老 老齢厚生年金 金の支給開始年 年齢は、すで でに次のよう うに定められ れている。 928 Corporate C Evo volution Instittute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第2節 定年退職後の再雇用 ※公務員の高齢期の雇用問題について 人事院は、 「公務員の高齢期の雇用問題に関する研究会」最終報告(平成 21 年 7 月)を発表し た。報告書では、2年余り検討を重ねた結果、雇用と年金の連携を図り、職員が高齢期の生活に 不安を覚えることなく職務に専念できるようにするため、公務員についても「定年年齢を段階的 に65歳に引き上げる必要がある」と提言している。 65歳定年実現のための条件として ① 組織活力の維持 ② 給与カーブの見直し、特に60歳以降の水準引下げによる総給与費の増加の抑制 ③ 各府省は65歳までの雇用維持を実現可能とするための人事管理を具体化 が必要であり、新しい仕組みとして次のような制度を検討すべきとしている。 65歳定年実現へ向けての新しい仕組みづくり ●役職定年制 ●職員の希望による60歳以降の短時間勤務 ●高齢期まで勤務するための能力開発 ●専門性を活用できる大学・公的機関への現役出向 ●早期退職を支援する退職金 ●退職後の生活を保障する年金・退職金 (3)継続雇用制度に関する労使協定 1)労使協定の意義 継続雇用制度は、たとえば、定年年齢は現行どおり 60 歳とし一旦退職するが、希望により定年 後も再雇用して 65 歳に達するまでの間の雇用を保障するものである。この場合に前述のとおり労 使協定により再雇用の対象となる基準を設けることが認められているので、極端な成績不良者など を排除することは可能となるほか、再雇用者に提供できる業務量に対し今後発生する定年退職者の 数が相当数上回るような場合にも、事業場の雇用環境を熟知した労使の合意によって基準を設ける ことができる。 つまり、高年齢者法の趣旨は原則として希望者全員について継続雇用できる制度を設計すべきで あるとしつつ、個別企業における業務量と対象者数などを勘案して一定の制限を設けることを労使 協定にゆだねたものと考えられる。 2)労使協定で定める基準 労使協定で基準を定めることを求めているのは、継続雇用の対象者の選定に当たっては、企業に よって必要とする能力や経験等が様々であると考えられるため、労使間で十分に話し合い、その企 業に最もふさわしい基準を労使納得の上で策定するという仕組みが適当であるとの理由によるも のである。 厚生労働省の見解も「労使協定で定める基準の策定に当たっては、労働組合等と事業主との間で 十分に協議の上、各企業の実情に応じて定められることを想定しており、その内容については、原 則として労使に委ねられるものです。」と、原則的には労使の合意に委ねられているとしている(平 16.11.4 職高発第 1104001 号)。 929 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第2節 定年退職後の再雇用 したがって、実際に策定された基準の適否については、個々の基準のみを見て判断するのではな く、基準の全体構成や労使協議の過程など企業の個別の事情を踏まえて総合的に判断する必要があ るとされている。ただし、労使協定等で定める基準といっても、下記のようなものは認められない (平 16.11.4 職高発第 1104001 号)。 ① 『会社が必要と認めた者に限る』(基準がないことと等しく、これのみでは本改正の趣旨に 反するおそれがある) ② 『上司の推薦がある者に限る』(基準がないことと等しく、これのみでは本改正の趣旨に反 するおそれがある) ③ 『男性(女性)に限る』(男女差別に該当) ④ 『組合活動に従事していない者』(不当労働行為に該当) 「協調性のある者」や「勤務態度が良好な者」という基準は、改正高年齢者雇用安定法の趣旨に かんがみれば、より具体的かつ客観的な基準が定められることが望ましいと考えられるが、労使間 で十分協議の上労使協定で定めたものであれば、法違反とまではいえない(厚生労働省「改正高年 齢者雇用安定法Q&A」)。 なお、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を設ける場合は、①意欲、能力等をできる 限り具体的に測るものであること(具体性)、②必要とされる能力等が客観的に示されており、該 当可能性を予見することができるものであること(客観性)、に留意して策定されたものが望まし い。 それは、労働者自ら基準に適合するか否かを一定程度予見することができ、到達していない 労働者に対して能力開発等を促すことが期待でき、 企業や上司等の主観的な選択ではないからで ある。 また、客観的な基準を定めておきながら、その基準に該当する者全員の雇用を確保しなければ、 基準を定めたこと自体を無意味にし、実態的には企業が上司等の主観的選択によるなど基準以外の 手段により選別することとなるため、高年齢者雇用確保措置を講じたものとは解されない。 ⇒ 労働条件は、一旦定めるとそれは労働者の権利となり、使用者の都合や恣意によって変更されてはならない、 という考え方は、労働法の原点である。 3)再雇用基準の適切な運用 労使協定により再雇用基準(又は再雇用されない基準)が設定された場合、その運用面において 使用者の恣意的運用ができないのは当然である。問題は、再雇用基準の運用が誤ってなされた場合 に、60歳定年以降再雇用されたものとして取扱うのかそれとも使用者の不法行為を根拠に損害賠償 の対象となるのか、という点である。 最近の裁判例では、観光バス運転手の再雇用されない基準の一つとして「過去、服務及び事故(運 転、営業、一般関係)関係で指導するも、その実があがらなかった者」と定められている場合に、 事故を起こした他の従業員も雇用延長が認められれているのに特定の者を再雇用しなかった事案 で、「定年までに該当従業員から雇用延長願いがYに対してなされ、Yが、これを非承認にした場 合については、解雇権濫用法理が類推適用され、それが、例外的事由該当の判断を誤ってなされた 場合には、非承認の意思表示は無効であり、該当従業員とYとの間には、上記該当従業員の雇用延 長に係る権利の行使としての新たな雇用契約の申込に基づき、雇用延長に係る雇用契約が成立した 930 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第2節 定年退職後の再雇用 ものと扱われるべきである。」と、定年後の再雇用契約が成立したものとされている(「クリスタ ル観光バス事件」大阪高裁判決平19.12.28)。 4)労使協定が不成立の場合 労使協定をするため事業主が努力したにもかかわらず協議が調わないときは、平成 21 年 3 月 31 日(常時使用労働者数 300 人以下の事業では平成 23 年 3 月 31 日)までの間は、継続雇用制度の 対象となる高年齢者に係る基準を就業規則に定め、当該基準に基づく制度を導入することができる (高年齢者法附則 5 条) 。 この場合の事業主が労使協定をするための努力をしたかどうかについては、実質的に判断するこ ととなるが、たとえば、事業主が労働者側に一方的に提案内容を通知しただけといった場合などは 「努力したにもかかわらず協議が調わないとき」には該当しないと考えられる。 ⇒ 常時 300 人を超える国大・独法では、60 歳以後の再雇用基準を定める場合は労使協定が必ず必要とされる こととなった(平成 21 年 3 月 31 日までの間は、労使協定の締結が整わないときは就業規則に定める方法が認 められていた。)。 3.再雇用制度とパート労働法の規制 定年に到達した労働者を嘱託等として再雇用する場合は、その所定労働時間が通常の労働者より 短い場合にはパート労働法が適用される。したがって、定年前と職務内容が同一であり、定年前と 同様に配置換・転勤に服し、定年前と同様に期間の定めがない雇用関係にある再雇用者については、 「通常の労働者と同視すべきパート」に該当し、定年前と同じ処遇を所定労働時間の長さとの比例 でしなければならない(平 19.10.1 職発 1001002 号)。 そのため、再雇用者を定年前と同様な業務に同様な責任を持たせて就業させることは、一般的に できないと考えた方がよい。 「通常の労働者と同視すべきパート」とは、次のa~cの要件を満たすパートをいう。 a 業務の内容および当該業務に伴う責任の程度(「職務の内容」 )が当該事業所で雇用される通常の 労働者と同一である( 「職務内容同一パート」という。) b 当該事業主と期間の定めがない労働契約を締結している(反復して更新されることによって期間 の定めがない労働契約と同視することが社会通念上相当と認められる期間の定めがある労働契約 を含む。) c 当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期 間において、その職務の内容および配置が当該通常の労働者の職務の内容および配置の変更の範囲 と同一の範囲で変更されると見込まれる(配置ローテーションが通常の労働者と同じ) (第1節2. (3)921 ページ参照) ⇒ 定年退職後の再雇用制度においては、「通常の労働者と同視すべきパート」に該当しないような制度設計に すべきである。 931 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第3節 謝金就業 第3節 謝 金 就 業 1.概 要 大学・独法の独自の就業形態として、「謝金就業」という形態がある。 本来、講演などを依頼したときにその報酬として支払う費用項目(謝金)を用いて、その多くは 部局(学部)ないし教授が直接採用し、教授秘書業務や研究室の補助業務や雑役などに使用する。 その「謝金」はお礼であって雇用の対価である「賃金」ではない、との位置づけで、社会保険の加 入や年次有給休暇付与など就業規則の適用を除外している例が見受けられる(注)。 その実態は、給与に対する源泉徴収はするものの適用する就業規則がなく、労働法制上は治外法 権的取扱いがなされているようである。 これを冷静にみれば、使用従属関係下の労務提供であり、当該謝金就業者は「労働者」であると 考えられ、支払われる報酬の費用項目の違いは使用者側の経理上の問題であって、労働者性を否定 することはできない。 注.週刊東洋経済 2007.10.13 号 ある国立大学で7年強の間教授秘書として働いてきた30代女性が社会保険未加入問題を告発し加入が認 められたが、その後1年経っても数百人いると思われる同種の謝金就業の労働者(同誌は「謝金雇用」と呼ん でいる。)の加入手続きをとっていないことなどを問題視し、記事に取り上げている。 2.税務処理と社会保険加入の問題 (1)税務処理と労災への対応 1)税務処理上の区分 謝金就業の実態は千差万別のようであるが、大別して税務上の「報酬・料金」の区分(「報酬的 謝金」ということにする。)と「給与」の区分(「給与的謝金」とよぶことにする。)とにわけるこ とができよう。このような区分をするのは、同じ謝金就業であってもその実態に応じて税務処理が 異なるからであり、税務監査の結果このような分類がなされたものと思われる。このうち、前者に ついては一般的に労働者性が否定されるので人事管理上の問題は起こらないが、後者の「給与的謝 金」の区分に該当する者については労働者性が推定され、少なくとも労災保険の保険料の対象とし なければならない。 ⇒ 「報酬的謝金」については税務上の処理の問題に過ぎないが、「給与的謝金」の場合は税務上の問題のほか に労働法・社会保険法・災害補償法など広く人事全般にかかわる問題が内在されている。 2)「報酬的謝金」と「給与的謝金」との見分け方 税務上「給与所得」として捉えるのは労働者の賃金のみとは限らず、役員報酬なども含まれるが、 一般的には労働者性の有無によって「報酬的謝金」又は「給与的謝金」に分類される。 労働者性の判断基準は第1編第2章5. (42 ページ以下)に示したので参照されたい。ここでは、 その要点のみ再掲する。 932 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第3節 謝金就業 労働基準法研究会の示した判断基準 1.「使用従属牲」に関する判断基準 (1)「指揮監督下の労働」に関する判断基準 イ 仕事の依頼.業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無 仕事の依頼等に対して諾否の自由を有していれば指揮監督関係を否定、拒否する自由を有しない 場合は指揮監督関係を推認させる重要な要素となる。 ロ 業務遂行上の指揮監督の有無 (イ)業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無 業務の内容及び遂行方法について「使用者」の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督 関係の基本的かつ重要な要素である。 (ロ)その他 そのほか「使用者」の命令、依頼等により通常予定されている業務以外の業務に従事することが ある場合には「使用者」の一般的な指揮命令を受けているとの判断補強する重要な要素となろう。 ハ 拘束牲の有無 勤務場所及び勤務時間が指定されて管理されていることは,一般的には指揮監督関係の重要な要 素である。 ニ 代替性の有無 労務提供の代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する要素のひとつとなる。 2.「労働者性」の判断を補強する要素 (1) 事業者性の有無 イ 機械、器具の負担関係 本人が所有する機械、器具が著しく高価な場合には「事業者」としての性格が強く、 「労働者性」を 弱める要素となるものと考えられる。 ロ 報酬の額 報酬の額が正規従業員に比して著しく高額である場合には、、一般的には、当該報酬は、 「事業者」 に対する代金の支払と認められ、 「労働者性」を弱める要素となるものと考えられる。 ハ その他 以上のほか、業務遂行上の損害に対する責任を負う、独自の商号使用が認められている等の点を「事 業者」としての性格を補強する要素とする裁判例がある。 (2) 専属制の程度 イ 他社の業務に従事することが制度上制約され、また、時間的余裕がなく事実上困難である場合に は、専属制の程度が高く、いわゆる経済的に当該企業に従属していると考えられ、 「労働者性」を補 強する要素のひとつと考えて差し支えないであろう。 ロ 報酬に固定部分がある、業務の配分等により事実上固定給となっている。その額も生計を維持し うる程度のものである等報酬に生活保障的な要素が強いと認められる場合には、 「労働者性」を補強 するものと考えて差し支えないであろう。 (3) その他 以上のほか、①採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の採用の場合とほとんど同様 933 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第3節 謝金就業 であること、②報酬について給与所得として源泉徴収を行っていること、③労働保険の適用対象として いること、④服務規律を適用していること、⑤退職金制度、福利厚生を適用していること等「使用者」 がその者を自らの労働者と認識していると推認される点を「労働者性」を肯定する判断の補強事由とす る裁判例がある。 (2)雇保・健保・厚保の加入問題 一般に謝金就業の場合はパートタイム就業であるから、労働者性を有する者の雇保・健保・厚保 の加入取扱いは、次のようになる。 1)雇用保険 次の①及び②を満たす者は被保険者となる。 ① 1週間の所定労働時間が 20 時間以上であること ② 31 日以上の雇用見込みがあること 「31 日以上の雇用見込み」とは、31 日以上雇用が継続しないことが明確である場合(つまり、 30 日以内に雇用関係が終了することが明らかな場合)を除き、 「31 日以上の雇用見込み」があると 判断される。たとえば、次の場合には、雇用契約期間が 31 日未満であっても、原則として 31 日以 上の雇用が見込まれるものとして被保険者資格を取得することになる。 a.雇用契約に更新する場合がある旨の規定があり、31日未満での雇止めの明示がないとき b.雇用契約に更新規定はないが、同様の雇用契約により雇用された労働者が31日以上雇用 された実績があるとき 2)健康保険及び厚生年金保険 健保・厚保では「2か月以内の期間を定めて使用される者」は被保険者としない(健保法 3 条 1 項、厚保法 12 条 2 号)。しかしながら、契約が継続・更新され所定の期間を超えると、その時点で 社会保険の加入義務が生じることになる。 また、被保険者資格は「常用的使用関係」にあるか否かにより判断するものとされ、具体的には、 次の①と②のいずれにも該当する場合に、常用的使用関係にあることとなり加入の義務が生じる (下記厚生省保険課長の内翰を参照)。 ① 1日または1週間の所定労働時間が一般社員のおおむね4分の3以上の場合 ② 1月の所定労働日数が一般社員のおおむね4分の3以上の場合 昭和55年6月6日付け厚生省保険局保険課長の内翰(抄) 短時間就労者(いわゆるパートタイマー)にかかる健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格の取 扱いについては、各都道府県、社会保険事務所において、当該地方の実情等を勘案し、各個別に取扱 基準を定めるなどによりその運用が行われているところです。 もとより、健康保険及び厚生年金保険が適用されるべきか否かは、健康保険法及び厚生年金保険法 の趣旨から当該就労者が当該事業所と常時使用関係にあるかどうかにより判断すべきものですが、短 時間就労者が当該事業所と使用関係にあるかどうかについては、今後の適用にあたり次の点に留意す べきであると考えます。 1.常用使用関係にあるか否かは、当該就労者の労働日数、労働時間、就労形態、職務内容等を総合 934 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第3節 謝金就業 的に勘案して認定すべきものであること。 2.その場合、1日又は1週の所定労働時間及び1月の所定労働日数が当該事業所において同種の業 務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね4分の3以上である就労者 については、原則として健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取り扱うべきであること。 3.上記2に該当する者以外の者であっても1の趣旨に従い、被保険者として取扱うことが適当な場 合が考えられるので、その認定に当たっては、当該就労者の就労の形態等個々の具体的事例に即し て判断すべきものであること。 (上記2.の「1日又は1週の所定労働時間」は「まず1日の時間でみるべきで、1週間にならして考え るのは日によって勤務時間が異なる変則的な時だけである。」東京社会保険事務局の説明) 3.改善の方向性と実務上の対応 (1)改善の方向性 謝金就業の実態は、適用する就業規則がなく部局(学部)ないし教授が独自に行うことができる こともあり、しかも就業者数も相当数に及ぶ。中には、同一人が同時に複数の謝金就業をしている こともあるようである。 改善の方向性としては、問題化しやすい事項から改善していくより手はないのではないか。その 例を挙げると、次のような順序であろうか。 ① 解雇その他雇止めに関する規程の整備 解雇・雇止めに関するトラブルは労働者にとって譲歩しがたい重要なものである。 採用時における契約期間更新の有無・「有り」の場合は更新する場合(又は更新しない場合) の基準、最終契約の際に「更新しない」旨の明示などを徹底する。 ② 社会保険加入手続 法定要件を満たす者について、社会保険加入手続きを進める。 ③ 休暇の付与等 年次有給休暇、育児休業・介護休業、産前産後休業など法令によって保護されている休暇を 付与する仕組みを作る。→ ④ 結局のところ就業規則の整備。 残業未払いの解消 時間外・休日労働の実態を把握する。実情によっては三六協定において枠を設ける必要があ る。 (2)実務上の対応 実務において「謝金」という取扱いは人事制度及び労働法の対応上不便であるから、 「給与的謝金」(パートであることが前提)のうち、常用的使用関係(たとえば、雇用期間が2か 月以上見込まれ、1日6時間以上かつ週4日以上勤務する者)については「謝金」的な取扱いでな く、非常勤就業規則上の職員として取扱う必要があろう。前述週刊東洋経済の謝金雇用問題も、き っかけは社会保険事務所への社会保険未加入を告発したことによって表面化している。 つぎに、部局(学部)ないし現場の教授は常用的使用関係で雇用する見込みであることが分かっ ていながら、体裁だけは2か月以内の臨時的雇用であるかのように取りつくろって書類上の手続き をする傾向があるようである。これは、労働法上のコンプライアンス上問題があるばかりでなく、 935 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第3節 謝金就業 謝金就業をする者の福祉に配慮しない非人間的取扱いであるという非難を免れない。その辺の事情 を人事部門と現場とが同じ価値観をもって改善に取り組む必要がある。 (3)社会保険事務所の立入調査 謝金就業者の申告により社会保険事務所の立入調査が行われた国大の例がある。 この事案は、謝金就業で教授秘書の業務に 7 年余り従事していた者が社会保険事務所へ社保適用 を求めたもので、週刊誌で大学名が実名で報道されたため大きな反響を呼んだ。 その記事の内容を掲げる(週間東洋経済 2007.10.13 号)。 「北の雄」を揺るがす謝金雇用問題 労基法違反に社会保険未加入・・・北海道大学の違法雇用疑惑 北の雄、北海道大学が大きく揺れている。今年だけで2度も発覚した科学研究費補助金の不正受給・使用 疑惑に加え、数百人規模の深刻な労務問題を抱えていることが、本誌の取材で明らかとなった。 北大では古くから正規職員、非正規職員とは別に、教授秘書などを中心に「謝金雇用」と呼ばれる形態 で働くスタッフが、全学に数百人規模で存在してきた。「お礼」であって「雇用」ではない。一言でいう とこれが謝金雇用の性格だ(本誌 5 月 19 日号で既報)。たとえば秘書への支払いはあくまで業務に対する お礼としての謝金であり、労働契約を交わして雇用しているとはいえないため、秘書は職員でない。だか ら有給休暇の付与や残業・通勤・退職手当の支払いはできないし、社会保険にも加入できないというのが、 大学側の言い分だ。その謝金は時給 1000 円強で、あとは事実上の無権利状態に置かれている実態は、正 規職員はおろか非正規職員と比較しても雲泥の差だ(下表) 。 こうした扱いには、当事者からも強い反発の声が上がる。謝金雇用で 7 年強、工学部の教授秘書として 働いてきたAさん(30 代)は昨年 3 月、札幌北社会保験事務所に社会保験の未加入問題を告発。昨年 5 月末に北大への立ち入り調査が行われ、社会保験の加入要件 を満たしており 2 年前から遡及して加入するよう北大は指導を受けた。その結果、Aさんこそ非正規職員 となり社保加入を果たしたが、同僚たちは1年経っても改善される兆しがない。 社会保険庁幹部は「仮に個人の告発に墓づく調査でも、通常は対象者全員を加入させるよう指導してい るはず」といぶかる。未加入が悪質と認定されれば、健康保険法ならびに厚生年金保険法違反で刑事告発 されることもありうる状況にある。 謝金雇用は労働基準法の適用対象とならないとする大学の見解にも、疑問の声が上がる。たとえばAさ んの勤務時間は朝 9 時からと拘束されており、教授の指示に従って秘書業務 から経理・庶務・学生対応養春まで幅広くこなしてきた。給与所得としての源泉徴収がなされており、支 払者は北大だ(上の源泉徴収票) 。労働問題に詳しい小川英郎弁護士は「その使用従属性と賃金支払いの 実態からして、労基法が全面適用される労働者と言える」と見る。非典型労働を研究する東洋大学の鎌田 耕一教授も「十分に労働者と認められるケース」と断言する。労基法の全面適用となれば、即座に数百人 規模の不払い残業問題や有給休暇付与への配慮義務違反問題へとつながる。 「存在自体がおかしい」 副学長の建前と職員の本音 936 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 10 章 非正規職員の雇用等 第3節 謝金就業 こうした諸問題に対して、北海道大学理事の逸見勝亮副学長は「大学の制度としては間違っている、よ くないことと考えている。率直に言えば(謝金雇用のうち)かなりの人は労基法の適用対象になると思う。 非正規職員に切り替えるなど早急に対応したい」と素直に非を認めた。 ただし「きれいな鋭明だとは思っていない」としつつも、 「確認の仕様がないため謝金雇用には不払い 残業はなかったとしか言えない」 「過去の有給休暇分の支払いもできない」と、いっさい補償を行うつも りはないと語る。謝金雇用を排除する方針だけは明確で3月末、謝金雇用の時給を一律 1000 円に引き下 げ、勤務時間は週 30 時間もしくは月 15 日未満とする通知を出した(後に現職は撤回)。一方的な不利益 変更に、多くの謝金雇用が大学を去った。 Aさんが謝金専用として働き始めたのは 1999 春。上司の教授が大学の評議員を務めていたこともあり、 独法化前は連日深夜までの会議に付き合わされた。「初雪手前の寒さの中での自転車通勤と、昼食もとれ ないような過密労働で倒れそうになった」 (Aさん)。教授は自ら「必ず残業代は工面するから」と語って いたが、すべて反故にされたままだ。 9 月、Aさんの下に北大工学部総務課のN係長から一道の手紙が届いた。疑問点の照会への回答と思っ たAさんは日を疑った。質問事項への回答はできないとしたうえで、「個人的な所感」が書き錬られてい た。「秘書をどう思っているのかと訪ね(ママ)られた場合、 (中略)『そこに存在していること自体がお かしい。』となります。何故なら、その存在を肯定 することは、 (公務員試験に合格した)自分が流した血と受けた痛みを全否定することになるからです。 残念ながら貴女のために自己否定する義理も義務も感じておりません」。 これが実務担当者の現時点での本音だとすれば、逸見副学長の「(昨年段階のAさんへの対応は)非常 に理不尽なものであった。立場の弱い人に対して取るべきでない態度を示した」との反省の弁もうつろに 響く。これでは北大に自浄作用を期待することは難しい。 (週間東洋経済 2007.10.13 P52~53) 937 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 労働契約が成立した後に起こる問題として、男女差別、セクシャル・ハラスメントなどの問題があ る。この章では、職場環境配慮義務としてのハラスメントの防止及び男女雇用機会均等法(雇用の分 野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)について述べる。 男女雇用機会均等法は、募集・採用を含む雇用の分野全般において男女の均等な機会及び待遇の確 保を図ること、女性労働者が母性を尊重されつつ妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推 進するほか、セクシャル・ハラスメントに関して事業主に雇用管理上必要な措置を講ずべきことを義 務づけている。 第1節 性差別の禁止 1.直接差別の禁止 (1)概 要 男女雇用機会均等法は、雇用労働者の労働条件のみならず、採用も含めた雇用分野全般において 労働者が性別によって差別されることなく、また女性労働者にあっては母性を尊重されつつ、充実 した職業生活を営むことができるようにすることを目指した法律である。 その内容は、①性別による差別禁止、②セクシャル・ハラスメント防止等の事業主が講ずべき措 置、③紛争の解決、などである。 事業主は、次の事項について、性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならず、性別を理 由として差別的取扱いをしてはならない(均等法 5~6 条)。 ① 募集・採用 ② 配置・昇進・教育訓練 ③ 住宅資金の貸付等福利厚生の措置 ④ 職種及び雇用形態の変更 ⑤ 退職の勧奨、定年・解雇、労働契約の更新 女性労働者については、母性尊重の観点から①婚姻・妊娠・出産したことを退職理由として予定 する定めの禁止、②婚姻を理由とする解雇の禁止、③法の規定による産前産後休業を取得したこと を理由とする解雇その他の不利益取扱い、④妊娠中及び産後1年未満の女性労働者の解雇を原則禁 止、の措置がとられている(均等法 9 条)。 (2) 募集・採用 労働者の募集及び採用について、事業主は、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければ ならない(均等法 5 条) (注)。 注.均等な機会の付与=男女雇用機会均等法が「性別にかかわりなく」均等な機会付与を義務づけでいるのに 対し、雇用対策法は「年齢にかかわりなく」均等な機会付与(募集・採用時の年齢制限禁止)を義務づけて いる。したがって、事業主は、労働者の募集・採用にあたって、性別及び年齢にかかわりなく均等な機会を 与えられなければならないこととされる。 938 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 なお、注意すべきことは、募集・採用時の均等問題は「機会の均等」であって均等に採用するこ とまで義務付けているものでないことである。これは性別の場合も年齢の場合も同様である。 それに対し上記(1)②~⑤についてはすでに労働契約が成立している労働者の労働条件である から、差別的に取扱うことのすべてが禁止される。 差別的取扱いの例として、次のようなものが考えられる(「性差別に関し事業主が適切に対処す るための指針」(平 18.10.11 厚労告 614 号))。 ① 一定の職種(「総合職」、 「一般職」など)や一定の雇用形態(「正社員」、 「パートタイム労働者」 など)について、募集又は採用の対象を男女のいずれかのみとすること。 ② 募集又は採用に当たって、ウェイター、カメラマン、セールスレディのように男女のいずれ かを表す職種の名称を用いたり、「男性歓迎」、 「女性向きの職種」等の表示を行うこと。 ③ 募集又は採用に当たって、女性についてのみ未婚者であること、子を有していないこと、自 宅から通勤することなどを条件としたり、「容姿端麗」、「語学堪能」等の条件を付すこと。 「結婚の予定の有無」、 「子供が生まれた場合の継続就労の希望の有無」については、男女双方に 質問した場合には、均等法には違反しないものであるが、もとより、応募者の適正・能力を基準と した公正な採用選考を実施するという観点からは、募集・採用に当たってこのような質問をするこ と自体望ましくない。 (3)配置・昇進・降格・教育訓練 労働者の性別を理由として、配置、昇進、降格及び教育訓練について差別的取扱いをしてはなら ない(均等法 6 条 1 号) 。 差別的取扱いの例として、次のようなものが考えられる(上記厚労告 614 号)。 ①【配 置】営業の職務、秘書の職務、企画立案業務を内容とする職務、定型的な事務処理業務 を内容とする職務、海外で勤務する職務等一定の職務への配置に当たって、その対象を男女の いずれかのみとすること。 ②【昇 進】女性労働者についてのみ、役職への昇進の機会を与えない、又は一定の役職までし か昇進できないものとすること。 ③【降 格】営業成績が悪い者について降格の対象とする旨の方針を定めている場合に、男性労 働者については営業成績が最低の者のみを降格の対象とするが、女性労働者については営業成 績が平均以下の者は降格の対象とすること。 ④【教育訓練】工場実習や海外留学による研修を行うに当たってその対象を男性労働者のみとす ること、接遇訓練を行うに当たってその対象を女性労働者のみとすること。 (4)福利厚生 事業主は、住宅資金の貸付その他これに準ずる福利厚生の措置であって厚生労働省令で定めるも のについて、労働者の性別を理由として差別的取扱いをしてはならない(均等法 6 条 2 号、均等則 1 条)。 「厚生労働省令で定める」福利厚生には、住宅資金の貸付・住宅の貸与、生活資金の貸付、財産 形成のための金銭給付などが均等則 1 条に規定されている。 福利厚生の措置に関し、一の雇用管理区分において、たとえば、次に掲げる措置を講じることは、 法第 6 条第 2 号により禁止されるものである。 福利厚生の措置の実施に当たって、次のようなものが差別的取扱いと考えられる(上記厚労告 939 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 614 号)。 ①【福利厚生】社宅の貸与に当たり、世帯主であることを条件とする場合において、男性労働者 については本人の申請のみで貸与するが、女性労働者に対しては本人の申請に加え、住民票の 提出を求め、又は配偶者に一定以上の所得がないことを条件とすること。 ②【福利厚生】住宅資金の貸付けに当たって、女性労働者に対してのみ配偶者の所得額に関する 資料の提出を求めること。 (5)職種・雇用形態の変更 事業主は、労働者の職種及び雇用形態の変更について、労働者の性別を理由として差別的取扱い をしてはならない(均等法 6 条 3 号)。 職種の変更に当たって、次のようなものが差別的取扱いとされる(上記厚労告 614 号)。 ①【職種の変更】女性労働者についてのみ、子を有していることを理由として、「一般職」から 「総合職」への職種の変更の対象から排除すること。 ②【職種の変更】女性労働者についてのみ、年齢を理由として、アナウンサー等の専門職から事 務職への職種の変更の対象とすること。 ③【雇用形態の変更】有期契約労働者から正社員への雇用形態の変更の対象を男性労働者のみと すること。 (6)退職の勧奨・定年・解雇・労働契約の更新 事業主は、退職の勧奨・定年・解雇・労働契約の変更について、労働者の性別を理由として差別 的取扱いをしてはならない(均等法 6 条 4 号)。 差別的取扱いの例として、次のようなものが考えられる(上記厚労告 614 号)。 ①【退職の勧奨】女性労働者に対してのみ、経営の合理化のための早期退職制度の利用を働きか けること。 ②【退職の勧奨】経営の合理化に際して、既婚の女性労働者に対してのみ、退職の勧奨をするこ と。 ③【定 年】定年年齢の引上げを行うに際して、厚生年金の支給開始年齢に合わせて男女で異な る定年を定めること。 ④【解 雇】経営の合理化に際して、既婚の女性労働者のみ、一定年齢以上の女性労働者のみを 解雇の対象とすること。 ⑤【労働契約の更新】女性労働者についてのみ、子を有していることを理由として、労働契約の 更新をしない(いわゆる「雇止め」をする)こと。 ⑥【労働契約の更新】男女のいずれかについてのみ、労働契約の更新回数の上限を設けること。 940 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 2.間接差別の禁止 (1)概 要 募集・採用や配置・昇進など上記1.に掲げる事項(均等法 6 条各号に掲げる事項)であって、 性以外の事由を要件とする厚生労働省令で定めるものについては、合理的な理由がある場合でなけ れば、これを講じてはならない(均等法 7 条) 。 これは、表面的には性別による差別ではないが、実質的に一方の性の者が不利益になるような条 件を付して、間接的に性差別することも一定の事項について禁止するものであり、平成 18 年の均 等法改正(施行は平成 19 年 4 月 1 日)によって創設された。 たとえば、募集に際し、身長○○cm 以上、体重○○kg 以上などとすることは、体格に勝る男性 を優遇し女性を不利に取扱うものであるから、合理的な理由がなければ均等法に抵触する。 「厚生労働省令で定めるもの」は、次の3点である(均等則 2 条)。 間接差別禁止事項 1.労働者の募集・採用に当たって、身長・体重・体力を要件とすること 【合理的理由がないと考えられる例】 ① 荷物を運搬する業務を内容とする職務について、当該業務を行うために必要な筋力より強い筋 力があることを要件とする場合 ② 荷物を運搬する業務を内容とする職務ではあるが、運搬等をするための設備・機械等が導入さ れており、通常の作業において筋力を要さない場合に、一定以上の筋力があることを要件とする 場合 ③ 単なる受付・出入者のチェックのみを行う等防犯を本来の目的としていない警備員の職務につ いて、身長・体重が一定以上であることを要件とする場合 2.コース別雇用管理における総合職の労働者の募集・採用に当たって、転居を伴う転勤に応じるこ とができることを要件とすること 【合理的理由がないと考えられる例】 ① 広域に展開する支店・支社等がなく、かつ、支店・支社等を広域にわたり展開する計画等(必 ずしも書面になっていることを要するものでないが、取締役会の決定や企業の代表が決めた方針 であること等ある程度の具体性が必要であり、不確実な将来の予測などは含まれない。)もない 場合 ② 広域に展開する支店・支社等があるが、長期間にわたり家庭の事情その他特別な事情により本 人が転勤を希望した場合を除き、転居を伴う転勤の実態がほとんどない場合 ③ 広域にわたり展開する支店・支社等があるが、異なる地域の支店・支社等で管理者としての経 験を積むこと、生産現場の業務を経験すること、地域の特殊性を経験すること等が幹部としての 能力の育成・確保にとくに必要であるとは認められず、かつ、組織運営上、転居を伴う転勤を含 む人事ローテーションを行うことがとくに必要であるとは認められない場合 3.労働者の昇進に当たり、転勤の経験があることを要件とすること 【合理的理由がないと考えられる例】 ① 広域にわたり展開する支店、支社がある企業において、本社の課長に昇進するに当たって、本 社の課長の業務を遂行する上で、異なる地域の支店、支社における勤務経験が特に必要であると 941 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 は認められず、かつ、転居を伴う転勤を含む人事ローテーションを行うことが特に必要であると は認められない場合に、転居を伴う転勤の経験があることを要件とする場合 ② 特定の支店の管理職としての職務を遂行する上で、異なる支店での経験が特に必要とは認めら れない場合において、当該支店の管理職に昇進するに際し、異なる支店における勤務経験を要件 とする場合 (2)「身長・体重・体力要件」 1) 「身長・体重・体力要件」(均等法第 7 条・均等則第 2 条第 2 号関係) 募集又は採用に当たって、身長・体重が一定以上若しくは一定以下であること又は一定以上の筋 力や運動能力があることなど一定以上の体力を有することを選考基準とすることは、合理的な理由 がない限り禁止される。 2) 合理的な理由の有無 合理的な理由の有無については、個別具体的な事案ごとに、総合的に判断が行われるものである が、合理的な理由がない場合としては、例えば、次のようなものが考えられる。 ⇒合理的な理由がないと認められる例 ① 荷物を運搬する業務を内容とする職務について、当該業務を行うために必要な筋力より強い 筋力があることを要件とする場合 ② 荷物を運搬する業務を内容とする職務ではあるが、運搬等するための設備、機械等が導入さ れており、通常の作業において筋力を要さない場合に、一定以上の筋力があることを要件とす る場合 ③ 単なる受付、出入者のチェックのみを行う等防犯を本来の目的としていない警備員の職務に ついて、身長又は体重が一定以上であることを要件とする場合 (3)総合職の募集・採用時の転勤要件(均等法第 7 条・均等則第 2 条第 2 号関係) コース別雇用管理における総合職の労働者の募集又は採用に当たって、転居を伴う転勤に応じる ことができることを要件とすることは、合理的な理由がなければ禁止される。 「総合職」とは、労働者の職種、資格等に基づき複数のコースを設定し、コースごとに異なる雇 用管理を行う場合において、当該複数のコースのうち事業の運営の基幹となる事項に関する企画立 案、営業、研究開発等を行うコースをいい、長期雇用システムにおいて企業の基幹人材として育成 していくことを前提にしている。その判断に当たっては、単なるコースの名称などの形式ではなく、 業務の内容等の実態に即して行う必要がある。 コース別雇用管理を行う場合において、総合職の募集又は採用に当たって、転居を伴う転勤に応 じることができること(以下「転勤要件」という。)を選考基準とするすべての場合をいう。 ○合理的な理由の有無 合理的な理由の有無については、個別具体的な事案ごとに、総合的に判断が行われるものである が、合理的な理由がない場合としては、例えば、次のようなものが考えられる。 ⇒合理的な理由がないと認められる例 ① 広域にわたり展開する支店、支社等がなく、かつ、支店、支社等を広域にわたり展開する計 画等もない場合 ② 広域にわたり展開する支店、支社等はあるが、長期間にわたり、家庭の事情その他の特別な 事情により本人が転勤を希望した場合を除き、転居を伴う転勤の実態がほとんどない場合 942 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 ③ 広域にわたり展開する支店、支社等はあるが、異なる地域の支店、支社等で管理者としての 経験を積むこと、生産現場の業務を経験すること、地域の特殊性を経験すること等が幹部とし ての能力の育成・確保に特に必要であるとは認められず、かつ、組織運営上、転居を伴う転勤 を含む人事ローテーションを行うことが特に必要であるとは認められない場合 (4)昇進時の転勤経験要件(均等法第 7 条・均等則第 2 条第 3 号関係) 労働者の昇進に当たって、労働者が勤務する事業場と異なる事業場に配置転換された経験がある ことを要件とすることは、合理的な理由がなければ禁止される。 たとえば、①一定の役職への昇進に当たって、転勤の経験がある者のみを対象とする こと、②複数ある昇進の基準の中に、転勤経験要件が含まれていること、③転勤の経験がある者に ついてのみ、昇進のための試験を全部又は一部免除することなどは、合理的理由がなければ許され ない。 ○合理的な理由の有無 合理的な理由の有無については、個別具体的な事案ごとに、総合的に判断が行われるものである が、合理的な理由がない場合としては、たとえば、次のようなものが考えられる。 ⇒合理的な理由がないと認められる例 ① 広域にわたり展開する支店、支社がある企業において、本社の課長に昇進するに当たって、 本社の課長の業務を遂行する上で、異なる地域の支店、支社における勤務経験が特に必要であ るとは認められず、かつ、転居を伴う転勤を含む人事ローテーションを行うことが特に必要で あるとは認められない場合に、転居を伴う転勤の経験があることを要件とする場合 ② 特定の支店の管理職としての職務を遂行する上で、異なる支店での経験が特に必要とは認め られない場合において、当該支店の管理職に昇進するに際し、異なる支店における勤務経験を 要件とする場合 943 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 3.婚姻・妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止 (1)概 要 1)婚姻・妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るためには、妊娠、出産に関連して女 性労働者が解雇その他不利益な取扱いを受けないようにすることが必要であるところから、均等法 は、事業主は、その雇用する女性労働者に対して次のような事由を理由として解雇その他不利益取 扱いを禁止している(均等法 9 条) 。 ① 女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したこと退職理由とする予定する定めをすること。 ⇒ 現実に退職させたことがなくても、定めをすること自体が均等法に反する。 ② 女性労働者が婚姻したことを理由として解雇すること。 ③ その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労基法に基づく産前産後休業を請 求したり休業したこと等を理由として解雇その他不利益取扱いをすること。 2)解雇の無効 妊娠中の女性労働者及び産後1年を経過しない女性労働者についてなされた解雇は、事業主が上 記1)①~③に規定する解雇でないことを証明しない限り、無効とされる(均等法 9 条 4 項)。 ⇒ 妊産婦を解雇する場合は、均等法 9 条に反しないことを証明できるものでなければ、無効とされる。 ⇒ 類似規定=産前産後の法定休業期間(産前6週間(多胎妊娠の場合は 14 週間)の不就業請求期間及び産 後の8週間)及びその後30日間は解雇制限期間として解雇することができない(労基法 19 条)。 (2)退職理由とする定めの禁止 女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならな い(均等法 9 条 1 項)。 「予定する定め」とは、女性労働者が婚姻・妊娠・出産した場合には退職することをあらかじめ 労働協約、就業規則又は労働契約に定めておくことをいうほか、労働契約の締結に際し労働者がい わゆる念書を提出する場合や、婚姻、妊娠又は出産した場合の退職慣行について、事業主が事実上 退職制度として運用しているような実態がある場合も含まれる。 (3)婚姻を理由とする解雇の禁止 女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない(均等法 9 条 2 項)。 実務で問題となるケースは、職場結婚を理由とする退職強要や解雇、あらかじめ職場結婚した場合 は退職するという誓約書の効力問題などがある。これらはいずれも無効とされる。 解雇までは至らないが、女性が結婚した場合に無期契約から1年契約の更新にする制度は、民 法 90 条の公序良俗違反として無効とされる(大阪地裁昭 46.12.10)。 (4)不利益取扱いの禁止 女性労働者が妊娠したことその他厚生省令で定めるもの理由として、解雇その他不利益な取扱い をしてはならない(均等法 9 条 3 項、)。 「その他厚生省令で定めるもの」の主なものに、次のようなものがある(均等則 2 条の 2) 。 ① 出産したこと ② 産前休業を請求し若しくは産前休業をしたこと、又は産後の就業制限の規定により産後休業 をしたこと ③ 育児時間の請求をし又は育児時間を取得したこと 944 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 ④ 妊娠・出産に起因する症状により労務の提供ができないこと又は労働能力が低下したこと 「解雇その他不利益な取扱い」には、たとえば、次のようなものがある(「性差別に関し事業主 が適切に対処するための指針」(平 18.10.11 厚労告 614 号) )。 ① 期間を定めて雇用される者について契約の更新をしないこと ② 降格させること ③ 賞与等において不利益な算定を行うこと 945 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 4.法違反とならない場合 前記1.及び2.で述べたように、事業主は雇用の分野全般にわたって性別にかかわらず均等な 機会を与えなければならず、また、性別を理由として差別的取扱いをしてはならないが、①男女の 均等な機会及び待遇の確保の支障となっている事情を改善することを目的とする女性を優遇する 措置(ポジティブ・アクション=女性優遇措置)、②業務の性質上一方の性の者にのみ従事させる必 要がある場合などには、法違反とならない。 (1)ポジティブ・アクション 次に掲げる措置を講じることは、法第 8 条に定める雇用の分野における男女の均等な機会及び 待遇の確保の支障となっている事情を改善することを目的とする措置(ポジティブ・アクション)と して、法第 5 条及び第 6 条の規定に違反することとはならない(均等法 8 条)。 ポジティブ・アクションは、過去の女性労働者に対する取扱い等が原因で雇用の場において男性 労働者との間に事実上の格差が生じている状況を改善する目的で行う女性を優遇する措置(女性の みを対象とした措置や女性を有利に取扱う措置)である。したがって、男性労働者について格差が 生じていても男性労働者に対するポジティブ・アクションは認められない。 1)女性優先の募集・採用 女性労働者が男性労働者と比較して相当程度少ない雇用管理区分における募集又は採用に当た って、当該募集又は採用に係る情報の提供について女性に有利な取扱いをすること、採用の基準を 満たす者の中から男性より女性を優先して採用することその他男性と比較して女性に有利な取扱 いをすること。 2)女性優先の配置 一の雇用管理区分における女性労働者が男性労働者と比較して相当程度少ない職務に新たに労 働者を配置する場合に、当該配置の資格についての試験の受験を女性労働者のみに奨励すること、 当該配置の基準を満たす労働者の中から男性労働者より女性労働者を優先して配置することその 他男性労働者と比較して女性労働者に有利な取扱いをすること。 3)女性優先の昇進 一の雇用管理区分における女性労働者が男性労働者と比較して相当程度少ない役職への昇進に 当たって、当該昇進のための試験の受験を女性労働者のみに奨励すること、当該昇進の基準を満た す労働者の中から男性労働者より女性労働者を優先して昇進させることその他男性労働者と比較 して女性労働者に有利な取扱いをすること。 4)女性優先の教育訓練 一の雇用管理区分における女性労働者が男性労働者と比較して相当程度少ない職務又は役職に 従事するに当たって必要とされる能力を付与する教育訓練に当たって、その対象を女性労働者のみ とすること、女性労働者に有利な条件を付すことその他男性労働者と比較して女性労働者に有利な 取扱いをすること。 5)女性優先の職種変更 一の雇用管理区分における女性労働者が男性労働者と比較して相当程度少ない職種への変更に ついて、当該職種の変更のための試験の受験を女性労働者のみに奨励すること、当該職種の変更の 基準を満たす労働者の中から男性労働者より女性労働者を優先して職種の変更の対象とすること その他男性労働者と比較して女性労働者に有利な取扱いをすること。 946 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 6)女性優先の雇用形態の変更 一の雇用管理区分における女性労働者が男性労働者と比較して相当程度少ない雇用形態への変 更について、当該雇用形態の変更のための試験の受験を女性労働者のみに奨励すること、当該雇用 形態の変更の基準を満たす労働者の中から男性労働者より女性労働者を優先して雇用形態の変更 の対象とすることその他男性労働者と比較して女性労働者に有利な取扱いをすること。 なお、上記1)~6)における「相当程度少ない」とは、わが国における全労働者に占める女性 労働者の割合を考慮して4割を下回っていることをいう(平 18.10.11 雇児発 1011002 号)。 (2) 差別と解されない場合 次に掲げる場合において、募集・採用を含む雇用の分野全般についての措置を講じることは、性 別にかかわりなく均等な機会を与えていない、又は性別を理由とする差別的取扱いをしているとは 解されず、法第 5 条(募集・採用について性別による差別禁止)及び第 6 条(配置・昇進・降格・ 教育訓練・職種及び雇用形態の変更・退職の勧奨・定年・解雇・労働契約の更新について性別によ る差別禁止)の規定に違反することとはならない。 1)次に掲げる職務に従事する労働者に係る場合 ① 芸術・芸能の分野における表現の真実性等の要請から男女のいずれかのみに従事させること が必要である職務 ② 守衛、警備員等のうち防犯上の要請から男性に従事させることが必要である職務 ③ ①及び②に掲げるもののほか、宗教上、風紀上、スポーツにおける競技の性質上その他の業 務の性質上男女のいずれかのみに従事させることについてこれらと同程度の必要性があると 認められる職務 2)女性の就業禁止業務 労働基準法の規定(注 1)により女性を就業させることができず、又は保健師助産師看護師法第 3 条の規定(注 2)により男性を就業させることができないことから、通常の業務を遂行するため に、労働者の性別にかかわりなく均等な機会を与え又は均等な取扱いをすることが困難であると認 められる場合 注 1.坑内における人力による掘削の業務、重量物を取り扱う業務、有害物のガス・粉じん等を発散する場所の 業務等は、女性の就業禁止業務である(労基法 64 条の 2、64 条の 3 第 2 項、女性則 3 条) 。 注 2.保健師助産師看護師法は、「助産師」は女子でなければなれないことを定めている。 3)風俗・風習の違い 風俗、風習等の相違により男女のいずれかが能力を発揮し難い海外での勤務が必要な場合その他 特別の事情により労働者の性別にかかわりなく均等な機会を与え又は均等な取扱いをすることが 困難であると認められる場合 947 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 5.セクシャル・ハラスメントの防止措置 事業主は、職場において行われるセクハラ行為に伴う不利益を受け、又は性的な言動により就業 環境が害されることのないように、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の 整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない(均等法 11 条 1 項)。 詳しくは第2節(P953 以下)で述べる。 6.保健指導・健康診査を受けるための時間確保 事業主は、女性労働者が母子保健法の規定による保健指導又は健康診査(注)を受けるために必要 な時間を確保するようにしなければならない(均等法 12 条)。 注.母子保健法の規定 (保健指導) 第 10 条 市町村は、妊産婦若しくはその配偶者又は乳児若しくは幼児の保護者に対して、妊娠、出産又は 育児に関し、必要な保健指導を行い、又は医師、歯科医師、助産師若しくは保健師について保健指導を受け ることを勧奨しなければならない。 (健康診査) 第 12 条 市町村は、次に掲げる者に対し、厚生労働省令の定めるところにより、健康診査を行わなければ ならない。 一 満1歳6か月を超え満2歳に達しない幼児 二 満3歳を超え満4歳に達しない幼児 (第 2 項 略) 第 13 条 前条の健康診査のほか、市町村は、必要に応じ、妊産婦又は乳児若しくは幼児に対して、健康診 査を行い、又は健康診査を受けることを勧奨しなければならない。 また、女性労働者がこの保健指導又は健康診査に基づく指導事項を守ることができるようにする ため、勤務時間の変更、勤務の軽減等必要な措置を講じなければならない(法 13 条)。そして、 その適切かつ有効な実施を図るため「妊娠中及び出産後の女性労働者が保健指導又は健康診査に基 づく指導事項を守ることができるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」(平 9.9.25 労告 25 号。最終改正平 19.3.30 厚労告 94 号)が定められている。 派遣労働者については、派遣先事業主もまた事業主とみなすこととされており、直接雇用する職 員と同様に取り扱わなければならない(派遣法 47 条の 2)。 ⇒ 派遣労働者についても母子保健法の規定による保健指導又は健康診査を受けるために必要な時間を確保 するようにしなければならない。 948 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別 別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 性 労働者派遣法 (雇用 用の分野における男女の均 均等な機会及 及び待遇の確保 保等に関する る法律 の適用 用に関する特 特例) 第四十 十七条の二 労働者派遣 遣の役務の提供 供を受ける者 者がその指揮 揮命令の下に に労働させる派 派遣労働者 の当該 該労働者派遣に係る就業に に関しては、 当該労働者派 派遣の役務の の提供を受け ける者もまた、 、当該派遣 労働者 者を雇用する事業主とみな なして、雇用 用の分野における男女の均 均等な機会及 及び待遇の確保 保等に関す る法律 律 (昭和四十 十七年法律第 第百十三号)第 第三章 の規定を適用する る。この場合 合において、同 同法第二十 一条第 第一項 中「雇 雇用管理上」とあるのは、 、「雇用管理上 上及び指揮命 命令上」とす する。 (1)妊 妊娠中の通勤緩和措置 置 妊娠中の女性労働 働者から、通勤に利用す 通 する交通機関の混雑の程度 度が母体又は は胎児の健康 康保持に影 医師又は助産 産師(以下 「医師等」と という。)により通勤緩和 和の指導を受 受けた旨の 響があるとして、医 申出があった場合に には、時差通 通勤、勤務時 時間の短縮等 等の必要な措 措置を講じる ものとする。 。また、医 師等による具体的な な指導がない い場合におい いても、妊娠 娠中の女性労働 働者から通勤 勤緩和の申出 出があった 医師等と連絡 絡をとり、そ その判断を求 求める等適切 切な対応を図 図る必要があ ある。 ときには、担当の医 (2)妊 妊娠中の休憩に関する る措置 妊娠中の女性労働 働者から、当 当該女性労働 働者の作業等 等が母体又は は胎児の健康 康保持に影響 響 師等により休 休憩に関する る措置についての指導を受 受けた旨の申 申出があった た場合には、 があるとして、医師 休憩の回数の の増加等の必 必要な措置を を講じるようにする。ま た、医師等に による具体 休憩時間の延長、休 的な指導がない場合 合においても も、妊娠中の の女性労働者 者から休憩に関する措置に についての申 申出があっ 医師等と連絡 絡をとり、そ その判断を求 求める等適切 切な対応を図 図る必要があ ある。 たときは、担当の医 (3)妊 妊娠中又は出産後の症 症状等に対 対応する措置 置 妊娠中又は出産後 後の女性労働 働者から、保 保健指導又は は健康診査に に基づき、医師 師等により その症状 受けた旨の申 申出があった た場合には、当該指導に に基づき、作業 業の制限、勤 勤務時間の 等に関して指導を受 短縮、休 休業等の必要 要な措置を講 講じるものと とする。また た、医師等による指導に基 基づく必要な な措置が不 明確である場合には は、担当の医 医師等と連絡 絡をとりその の判断を求め める等により 、作業の制限 限、勤務時 縮、休業等の の必要な措置 置を講じるも ものとする。 間の短縮 (4)そ その他 1)母 母性健康管理 理指導事項連 連絡カードの の利用につい いて 妊娠中及び出産後 後の女性労働 働者に対し、母性健康管 管理上必要な な措置を適切 に講じるためには、当 の内容が事業 業主に的確に に伝達され、かつ、講じる るべき措置の の内容が明 該女性労働者に係る指導事項の 重要である。このため、事業主は、母性健康管理 理指導事項連 連絡カードの の利用に努 確にされることが重 いる。 めるものとされてい 母 母性健康管理 理指導事項連 連絡カードの の活用につい いて は、主治医等 等が行った指 指導事項の内 内容を、仕事を持つ妊産婦 婦から事業主 主へ明確に 母健連絡カードは カードです。 伝えるのに役立つカ の使い方】 【母健連絡カードの (1)) 妊娠中及 及び出産後の健康診査等 の結果、通勤 勤緩和や休憩 憩に関する措 措置などが必 必要である と主治医等に に指導を受け けたとき、母 母健連絡カードに必要な事 事項を記入し して発行して てもらいま す。 ) 949 Corporate C Evo volution Instittute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別 別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 性 (2)) 女性労働者 者は、事業主 主に母健連絡 絡カードを提 提出して措置 置を申し出ます す。( (3)) ) 事業主は は母健連絡カードの記入 事項にしたがって時差通 通勤や休憩時 時間の延長等 等の措置を 講じます。( ) 2)プ プライバシー ーの保護につ ついて 個々の妊娠中及び び出産後の女 女性労働者の の症状等に関 関する情報が が、個人のプラ ライバシーに に属するも 、その保護に に特に留意す する必要があ ある。 のであることから、 950 Corporate C Evo volution Instittute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 7.紛争の解決 (1)苦情の自主的解決 企業の雇用管理に関する労働者の苦情や労使間の紛争は、苦情処理機関(注)を設ける等労使間 で自主的に解決することが望ましい。そのため、事業主は、労働者から苦情の申し出を受けたとき は労使の代表者を構成員とする苦情処理機関に対し当該苦情の処理をゆだねる等の自主的解決を 図るよう努めなければならないことを規定した(均等法 15 条)。 この場合の「苦情」とは、配置・昇進、教育訓練、一定の福利厚生、定年・退職・解雇に関する 苦情をいうものであって、募集・採用は「苦情の自主的解決」の対象とされていない(均等法 15 条カッコ書) 。 注.苦情処理機関=「事業主を代表する者+事業場の労働者を代表する者」を構成員とする。 (1)均等法独自の紛争解決手段 1)概 要 使用者と労働者との間に生じる紛争解決手段の一般法として個別労働関係紛争解決促進法(平 成 13 年法律第 112 号「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」 )があるが、同法で行う紛争 調整委員会による「あっせん」は当事者の双方または一方から申請があった場合において、都道府 県労働局長が必要と認めたときに行われるものの、「あっせん案」は当事者双方があっせん案の提 示を求めた場合などでなければ作成されない(個別紛争解促法施行規則 6 条 2 項、9 条 1 項)。ま た、あっせん案を受諾するか否かも自由である。 これに対し、均等法における紛争の解決手段は独自の方法を採用し、都道府県労働局長の必要 な助言・指導・勧告のほかに、紛争調整委員会による「調停」を行うことができることとしてい る(均等法 17 条・18 条)。そして、この調停は当事者の双方又は一方からの申請により行われ、 当事者の双方に対し調停案の受諾を勧告できるなど、かなり強力な行政指導が可能である(均等法 22 条)。 2)紛争の解決の援助 都道府県労働局長は、労働者と事業主との間の紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方か らその解決につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧 告をすることができる(均等法 17 条)。 制度趣旨 = 労働者と事業主との間の紛争については、個別労働関係紛争解決促進法の規定を 全面的には適用せずに、独自の規定(援助及び調停)に基づき紛争を解決するよう にしている。 ※事業主は、労働者が援助を求めたことを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利 益な取扱いをしてはならない。 3)調停の委任 都道府県労働局長は、「紛争の解決の援助」に規定する紛争について、関係当事者の双方又は一 方から調停の申請があった場合において当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、紛争 調停委員会に調停を行わせるものとする(均等法 18 条)。 ※事業主は、労働者が調停を申請したことを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益 951 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第1節 性差別の禁止 な取扱いをしてはならない。 紛争調整委員会は調停案を作成し、関係当事者に対しその受諾を勧告することができることとさ れており、関係当事者はその受諾を義務付けられているいるわけでないが、調停案は調停委員全員 一致の意見をもって作成されることとされており、かなり強力な行政指導が期待されている。 調停案の受諾を勧告する場合は受諾すべき期限を定めて行うこととし、関係当事者は調停案を受 諾したときはその旨を記載した書面を紛争調整委員会へ提出しなければならない。 952 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 1.概 要 安全配慮義務が労働者の生命、身体、健康を守るため使用者に課されている義務であるのに 対し、「職場環境配慮義務」は労務遂行に関連して労働者の人格的尊厳を侵し、その労務提供に 重大な支障をきたす事由が発生することを防ぎ、またはこれに適切に対処して、職場が労働者にと って働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務である。 「職場環境配慮義務」は、セクシャル・ハラスメント損害賠償請求事件などを通して明らか になった使用者の責務であるが、その対象はセクシャル・ハラスメントに止まらず、上司と部下、 先輩と後輩など職場における人間関係や仕事の与え方などでパワーハラスメントと呼ばれるいじ めや、大学などの学内で、教授等がその権力を濫用して学生や配下の教員に対して行う数々の嫌が らせを行うアカデミックハラスメント(バワーハラスメントの一種)などに対しても適用される法 理である。 第 2-11-1 図 職場環境配慮義務の概念 セクシャル・ハラスメント 性的な強制・いじめ・嫌がらせ アカデミック・ハラスメント 教育分野のいじめ・嫌がらせな パワー・ハラスメント 権力を背景としたいじめ・嫌がらせ全般 モラル・ハラスメント (パワー・ハラスメント) アルコール・ハラスメント イッキ飲みの強制など ドクター・ハラスメント 患者の気持ちを傷つける行為など 村八分的いじめ 集団で無視・疎外することなど 953 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 2.ハラスメントの法理 (1)概 要 使用者は、社会通念上伴う義務として、労働者が労務に服する過程で生命及び健康を害しな いよう職場環境等につき配慮すべき注意義務(安全配慮義務)を負うほか、労務遂行に関連し て労働者の人格が尊重され、労働者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務(職 場環境配慮義務)もあると解される(「福岡セクハラ事件」福岡地裁判決平 4.4.18)。 「福岡セクハラ事件」では、職場環境配慮義務の根拠を「社会通念上伴う義務」としていた が、その後の裁判例では「使用者は、労働契約上の附随義務として、信義則上働きやすい職場 環境を保つよう配慮すべき義務を負っている」と、労働契約に附随する信義則上の義務(民法 1 条 2 項)とするものが現れてきた(「京都セクハラ(呉服会社)事件」京都地裁判決平 9.4.17、 「仙台セクハラ(自動車販売会社)事件」仙台地裁判決平 13.3.26 など)。そして、現在では、 労働契約に限定されず契約全般に附随する義務であると解されている。 契約に伴う使用者の義務を整理すると、そのイメージは次のようなものである。 第2-11-2 図 労働契約に伴う使用者の義務 危険に対する安全配慮 安全配慮義務 長時間労働に伴う疾病に対する 安全配慮 契約上の使用者の義務 労働契約に伴う社会通念上 の使用者の義務(広義の安 職場環境配慮義務 全配慮義務) 係を保つ配慮 ・宿直をさせる場合の侵入防御施設 施設整備義務 職場環境配慮義務 人格の尊厳・働きやすい人間関 ・更衣室等のプライバシー保護施設 ・責任体制の確立、研修の実施 監督教育義務 ・職場内で起こる権利侵害の取締り ・受け手を退職を促さない義務 誠実対応義務 ・行為者に対する懲戒処分 (2)配慮すべき対象となる者 そして、その対象とされる者の中には、①労働契約に基づく大学教職員、②労働者派遣契約 によって就労する派遣労働者、③業務委託契約・請負契約等によって大学構内で就労する契約 先会社の従業員などが含まれる。 954 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 大学の学生・院生は労働者ではないが、入学が許可された契約であると考えられるから、学 生・院生に対しても安全配慮義務及び就学環境配慮義務があるものと考えられる。 このように、契約社会において、労働者に対する職場環境配慮義務に類する使用者の注意義 務は、労働者に該当しない学生・院生のほか、大学に出入りする取引先の従業員その他大学施 設を訪れる者などに対しても適用されると考えられる。 (3)配慮すべき内容 職場環境配慮義務は、法的には個人の権利侵害全般に対する配慮義務であるから、配慮すべ き対象はセクシャル・ハラスメントに限られるわけでなく、パワー・ハラスメントやアカデミ ック・ハラスメントに対する配慮も当然含まれる(ただし、セクハラについては男女雇用機会 均等法が明文規定によって措置義務を規定しているが、パワハラ・アカハラについての法的措 置は民法の原則によるほかないため、認知度が低いという実態がある。) 。 では、どのような配慮が必要かというと、債務不履行に基づく損害賠償訴訟事例及び学説か ら、①施設整備義務、②監督教育義務、③誠実応対義務などがあると考えられている。 1)施設整備義務 使用者には、労働契約上安全な施設を提供する義務がある。 安全面からいえば、宿直勤務をさせるには物理的な侵入がたやすくできない施設でなければ ならないし(「川義事件」最高裁判決昭 59.4.10)、更衣室やトイレのぞき見・盗撮を防止でき る施設でなければならない(「京都セクハラ(呉服会社)事件」京都地裁判決平 9.4.17) 。 女子更衣室のビデオ撮影について、「会社は、雇用契約に附随して、原告のプライバシーが 侵害されることがないように職場の環境を整える義務がある」し、会社は、撮影に気づいた後 は「何人が撮影したかなどの真相を解明して、再び同じようなことがないようにする義務があ った」としている(「軽犯罪法被告事件」気仙沼簡裁平 3.11.5)。 2)監督教育義務 裁判例では、責任体制を確立し、毎月定期の勉強会、職員研修会等を行うとしていたが、問 題のセクハラ事件が生じた日までは勤務中にとくにひわいな言動がみられる従業員の行為を 見逃して何も注意しなかったのは、職場環境配慮義務を尽くしたとは認められない、とするも のがある( 「三重セクハラ(厚生農協連合会)事件」津地裁判決平 9.11.5)。 3)誠実対応義務 使用者は、セクハラが生じた場合又は生じる恐れがある場合には、被害者などの訴えに対し 誠実に対応し、被害者や証人に退職を促さない義務を負うものと考えられる。 被害者の訴えがあるにもかかわらず、問題を個人的な対立とみて両者の話合いを対処の中心 とし、不調に終わると加害者には3日間の自宅謹慎を命じたにすぎないのに被害者には退職を 勧告したことは、職場環境を調整するよう配慮する義務を怠ったと判断される(「福岡セクハ ラ事件」福岡地裁判決平 4.4.18) 。 ⇒ セクハラについては男女雇用機会均等法が明文規定によって措置義務を規定しているが、パワハラ・アカハ ラについての法的措置は民法の原則によるほかないため、認知度が低い。 955 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 (4)事例検証-教授の指導拒否 次のような例は、セクハラとアカハラの両方を兼ね備えたような指導拒否の事案である。 *「性格がかわいくないから指導は、嫌だ」 ある大学の教官室で、女子大学院生Cが終了予定時間を大幅に超過しつつ男性教授から熱心に 指導を受けていて、次に指導を受ける社会人女性の大学院生Dが、部屋の端で待ち続けている。 やつとCへの指導が終わったので、Dが持参した論文原稿を教授に差し出すと、教授は「僕は 疲れた。もう指導できない。またね」。 「先日もそうおっしゃって、見ていただけませんでした」とDが言い、「どうか受け取って読 んでみてください」と頼むが、教授は無視している。 Dは「仕事を切り上げてきょうも来たんです」と、再び原稿を渡そうとすると、教授は追い払 うようなしぐさをしながら「君への指導は、嫌だ。」といった。 Dは驚いて、「どうしてですか」と尋ねる。 教授は平然と言った。「君は若くないし、性格がかわいくないから、指導する気になれないん だよ。」 これを法的な面からどのような権利・義務関係の問題があるか検証してみよう。 1)教授の言動の問題 まず、「もう指導できない」という教授の態度は、合理的理由があれば別だが、一般的には Dの「教育を受ける権利」を侵害したことになる。次に、 「君は若くないし、性格がかわいく ない」という発言は「個人として尊重される権利」 「名誉を保持する権利」が侵害されたと考 えられる。そして、これらの行為は、教授の故意によることが明らかである。 次に、Dの受けた損害について考えると、何度か足を運んだのに他の学生と差別され、しか も、その理由が自分としてはどうすることもできない「若くない」ということにある理不尽さ、 無念さ、女性に対して「若くない」ということばが与える屈辱感、絶望感、などは相当な痛手で あり、これを慰謝するにはそれなりの金額が必要と思われる。社会人院生が仕事を切り上げて来 たのに無駄をした経済的損失もあろう。 これらの損失を金額に換算して、Dは教授に請求することができると考えられる。 ⇒ 故意又は過失によって他人の権利を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(不法行 為=民法 709 条)。 2)大学側の対応の問題 院生Dと大学との関係は、Dが学費を支払い大学は教育を提供する契約が締結されていると 考えられる。したがって、教授がDに対して指導を拒否したことによりDが教育の提供を受け られなくなつたわけであるから、大学は契約上の義務を果たしていないこと(債務不履行)に なり、Dは大学に対して教育を提供するよう求めることができ、また、生じた損害の賠償を求 めることができる。 大学としては、適切な指導をするよう教授に対し指示するか、他の教員をして債務を履行す る義務がある。 956 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 ⇒ 債務者(大学)がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者(学生)は、これによって生じた損害の 賠償を請求することができる(債務不履行=民法 415 条)。 3)教授と大学との間の問題 教授と大学との間には雇用契約があり、教授は就業規則の規定に従って誠実に労務を提供す る義務があるから、これを怠った場合は職務規律違反として懲戒処分されることも起こり得る。 通常は直ちに処分を下すのでなく、大学から教育を行う義務の履行を指示されることになろう。 ⇒ 教授は誠実に労務を提供する義務があり、これを怠ると職務規律違反を問われ懲戒処分の対象となる(労 働契約上の義務違反→懲戒処分)。 957 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 3.セクシャル・ハラスメント (1)何がセクシャル・ハラスメントになるか? 1)道徳的・倫理上の問題としてのセクシャル・ハラスメント 一般的にセクシャル・ハラスメントとは、 「歓迎されない『性的な言動』により異性に屈辱 や精神的苦痛を与えたり、 『不快な』思いをさせること」とか、「 『性的な言動』によって相手 方の望まない行為を要求し、これを拒んだ者に対し職業・教育の現場で人事上の不利益を与え るなどの嫌がらせをすること」などをいう。 しかし、どのような言動を「性的な」ことと思うか、 「不快」と感じるかは、当然、各人に よって異なるし、職場における個人間の関係(ある程度性的な言動が許容されている親しさか どうか)によっても異なる。 したがって、その境界を線引きすることは、あまり意味がなく 適当でない。ただし、法的責任との関係でいえば、ある程度の線引きする必要があるため、以 下 ① 法律的な問題でなく道徳的・倫理上の問題としてのセクシャル・ハラスメント② 損害賠 償の対象となる不法行為としてのセクシャル・ハラスメント ③ 罰金刑や懲役刑が伴う刑罰法規違反のセクシャル・ハラスメント に分類して説明することにする。 ⇒ セクハラの場合、本人がセクハラだと感じれば、その行為はセクハラであると解すべきである。 イ 概 要 第1に、社会的接触関係において、 「他人の嫌がることはしない」とか「卑劣な行為をしない」 というようなことは、人間が社会生活を営む上での最低限のマナーであるし、人間としての品 格でもあろう。したがって、それは、法律論を持ち出すまでもなく、一人ひとりが自戒して慎 むべき道徳上・倫理観の問題なのである。 第2に、一人ひとりがそれぞれの人権を尊重する立場から言えば、受け手が「性的な」言動で あると感じ、その言動を「不快」と感じたならば、その人にとってその言動は「意に反する性的 な言動」であり、「セクハラ」であると解される。いわば受け手の個人主観によって定まるもの であって、行為者の考えによるものではない。 「セクハラ」の範囲は相対的に決まるものである。 たとえば、21世紀職業財団が配布している「セクシャル・ハラスメント認識度チェックシー ト」では、男性職員が社内外の人との会話の中で女性職員を「うちの女の子」と呼ぶことも「セ クシャル・ハラスメントになる可能性が高い」としている。 (一般的常識でいえば「うちの女の子」という表現には女性蔑視の意味があるかも知れない が、「性的な」という意味合いはないであろう。しかし、「不快な」という点では「セクハラ」 であろうと他の人格権の侵害であろうと性質は変わらないから、「セクハラ」と他の人格権侵 害とを線引きしてもあまり意味がないのである。) ⇒ 法律論を離れて 「他人の嫌がることはしない」とか「卑劣な行為をしない」というようなことは、人間が社会生 活を営む上での最低限のマナーであるし、人間としての品格でもあろう。 958 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 ロ 不法行為に当たらないとされた裁判例 次のような行為はセクシャル・ハラスメントであり道徳的な問題として非難されるものである が、損害賠償の対象となるまでに至らない。 ① 出張中に旅館側が一部屋しか用意していなかったことに際して、経営者が女性社員に冗談で 「ここで一緒に寝ればいいがな」と発言したことは、不法行為になるとまではいえない(「東 久商事事件」大阪地裁判決平 10.12.25)。 ② 香港出張中ホテル室内において、女性従業員が在室しているにもかかわらず経営者がズボン をずり下ろして下着をあらわにし財布等を入れているキャッシュベルトを取り出したことは、 故意に行ったと認めるに足りる証拠がないから不法行為に当たらない(「大阪セクハラ(歯材 販売会社)事件」大阪地裁判決平 10.10.30)。(ただし、社長がベッドに横になり空いている 部分を手でたたいて横になれという態度を示した行為は、経営者と一従業員という関係、ホテ ルの一室で2人きりであったという状況から、雇用契約上の地位を利用して性的関係を求めた 行為であり不法行為を構成するとしている。) ③ ビールを飲みながら雑談した際、 「若い女性と飲むとおいしいね」 「今度お好焼きを食べ にいきましょう」などと述べたことは、その意図、勧誘の程度などからして不法行為を構 成するとは認められない( 「サンホーム事件」東京地裁判決平 12.4.14)。 ⇒ 不法行為に当たらない行為であっても、受け手が明確に拒否の意思表示をした場合は直ちに中止しないと 不法行為となることがある。 2)不法行為としてのセクシャル・ハラスメント イ 概 要 民法は、故意又は過失によって他人の権利(人格権)を侵害した場合は、不法行為として損害 賠償の責任を負うものと規定している(民法709条)。 「故意又は過失」について、裁判所は次のような判断を示している。 性的な不快感を与える行為(例:ホテルの一室でズボンをずりおろしてキャッシュベルトを取 出した行為)が不法行為と評価されるためには、相手方に対し性的不快感を与えることをことさ ら意図して行われることを要するものであり、単に相手が不快に感じたというのに止まる場合は 1)の道徳的・倫理上の問題である(前述「大阪セクハラ(歯材販売会社)事件」)。 性的不快感を与える発言の場合は、これが雇用契約上の地位を利用して性的不快感を与えたり性 的関係を強要したりする場合に不法行為になる(同じく「大阪セクハラ(歯材販売会社)事件」) 。 例:露骨な性的表現でからかう。ホテルへ行こうと誘う。 ロ 不法行為に当たるとされた裁判例 ① 容姿等に関する侮辱的言辞 対立する労働組合の女子組合員4名に対し「ちび、ブス」等の侮辱的言辞を用いた記事を 組合機関誌に掲載・配布したことは名誉毀損に当たり、慰謝料一人30万円と謝罪文の掲示 及び配布を命じた(「東京計器労働組合事件」東京地裁判決昭60.11.27)。 ② 「男いらず」発言は女性蔑視の侮辱的発言 男性の松戸市議会議員が女性の同議員に対し、議会の廊下で後ろから「おはようございま す」と声をかけた上「男いらずの○○さん」と呼びかけた行為が原告の人格権・名誉を侵害 959 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 し不法行為であるとし、さらに、市議会議員としての品位を欠いた女性蔑視の侮辱的な発言 であるとして慰謝料10万円、その後被告が「オトコいらず」ということばを用いた活動報 告誌を不特定多数の人に配布したことに対する慰謝料は30万円、として支払いを命じた (「松戸市議会議員(男いらず発言)事件」千葉地裁松戸支部判決平12.8.10)。 ③ 性的なうわさを流布 有能な女性部下と職務上対立関係となった編集長が、その腹いせに性的なうわさを職場や 取引先へ流したことは、名誉感情その他の人格権を害するものであり、会社が両人の対立の 解決のため女性に退職を促したことに対し慰謝料150万円の支払いを命じた(「福岡セクハ ラ(出版社)事件」福岡地裁判決平4.4.18)。 (編集長と会社の連帯責任) ④ 長期にわたり侮辱的発言の繰り返し・身体接触 女性社員を継続的に「おばん、はばあ、クソばば」など侮辱的な呼称で呼び、性的な露骨 な表現でからかったり、本人の意に反して身体に何度も触ることなどは、人格権侵害に当た るとし、慰謝料110万円(「和歌山セクハラ事件」和歌山地裁判決平10.3.11)。 ⇒ 身体接触が伴わなくても、次のような行為は不法行為を構成する。 ・ちび・ブス・ばばあなど容姿・年齢に関する侮辱的発言 ・品位を欠く女性蔑視の侮辱的な発言 ・性的なうわさを流布 3)刑罰法規違反のセクシャル・ハラスメント イ 概 要 暴行・脅迫・監禁を用いた強制わいせつなどの行為は刑罰法規違反の行為として処罰されるほ か、それ自体が不法行為を構成する。 強制わいせつの成否を判断するにあたっては、証拠や目撃者がなく、被害者・加害者の供述が 対立する場合は、通常、被害者・加害者の供述の信用性を比較衡量して強制わいせつ罪の成否を 判断する刑事裁判上の判断枠組みが、民事事件においてもおおむね用いられる。すなわち、どち らの言い分が信用できるかという点に重点が置かれる。 次項②の「秋田県立農業短期大学セクハラ事件」では、一審の秋田地裁は「両肩に両手をかけ る行為をしたに過ぎない」という教授の主張を認めているが、二審の仙台高裁は「控訴人(女性) の供述はそれなりに信用性を具備する特徴があり・・・供述が捏造あるいは作り話であると解し 難く・・・控訴人の供述のとおりのものであったと認定するのが相当である。」と女性の主張を 認める判断をしている。裁判官の印象によっても異なる結論に至ることもあるものと思われる。 ⇒ 受け手の供述と行為者の供述が食い違う場合の事実認定は、どちらの言い分が信用できるかという点に重 点が置かれる。 ロ 刑罰法規違反の裁判例 ① 意に反した身体接触1 最初はたわいの無い性的言動であった物が段々日をおうと愛人関係をほのめかすような言 動となり、ある日しつこく迫り押し倒しスラックスをモモまで降ろしたが抵抗にあいすぐにや 960 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 めた行為は強制わいせつにあたり、慰謝料は120万円(「金沢セクハラ事件」金沢地裁判決 平 8.10.30)。 ② 意に反した身体接触2 学会出張中、部下である女性のホテル室内に入り、二の腕を強い力でつかみ、体を引き寄せ てベツドに押し倒し衣服の上から胸などを触り、下腹部を押しつけるなどの行為を行った大学 研究所教授の行為は、不法行為を構成する=慰謝料150万円(「秋田県立農業短期大学セク ハラ事件」仙台高裁秋田支部判決平 10.12.10) ③ 強制わいせつによる刑事罰 洋菓子製造販売会社のグランドシェフが19歳の女性販売員に対し駐車中の自家用車の中 でキスし、ブラジャーをめくり上げて乳を揉むなどし、さらにスカートの中に手を入れて太股 付近を触るなどの行為をしたことは、強制わいせつの故意に欠けるところがなく、自己の性的 な欲望を充たす目的で本件犯行に及んだものであって、その身勝手に動機に酌量の余地がなく、 懲役1年、執行猶予3年とされた(「洋菓子グランドシェフ強制わいせつ事件」神戸地裁判決 平 16.6.28)。 上記①及び②は民事事件として処理されたため、刑事罰は科せられていない。 4)米国の場合 米国へ進出する日本企業向けセミナーで、米国弁護士事務所は次のようなアドバイスをしている、 と報じられている(出所:2007.5.10 朝日新聞朝刊)。 ① 女性社員に「コーヒーを入れて」と頼む その人がたまたまポットの近くにいたとしても、職務規定に「コーヒーを入れる」と規定され ていなければ、セクハラに当たる可能性がある。繰り返し女性にばかり頼んだら、赤信号。 (セクハラというより女性差別と捉える方が適切ではないかと思われる-宮田) ② 旅行のお土産として香水を渡す 米国ではそもそも職場でお土産を配る習慣がない。さらに香水には特別な意味を持たせること もあるので、黄信号。一般的はお土産なら食べ物くらいが無難。 ③ 「今日はすてきだね」と声をかける たまにほめるだけならかまわない。ただし、毎日のように繰り返すと、誤解を生む可能性があ るので黄信号。ジロジロ見ながら言ったり声色を変えたりして言えば赤信号。 ⇒ 法律論を離れて、「他人の嫌がることはしない」ということは社会生活における最低限のマナーであり、人間 の品格でもあろう。 (2)セクハラに対する事業主の措置義務 1)概 要 事業主は、職務に関し又は職場において行われるハラスメント全般に対して「労働契約上の附随 義務として、信義則上働きやすい職場環境を保つよう配慮すべき義務を負っている」(「京都セク ハラ(呉服会社)事件」京都地裁判決平 9.4.17)と解され、これを「職場環境配慮義務」と呼ん でいる。その対象となるのはハラスメント全般であるから、パワー・ハラスメント、アカデミック・ 961 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 ハラスメント、セクシャル・ハラスメントなどすべてのハラスメントが含まれる。 セクハラについてはさらに、事業主は、職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応 により当該労働者が不利益を受けたり、当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されるこ とのないよう、雇用管理上必要な措置を講じなければならないこととされている(男女雇用機会均 等法 11 条)。 具体的には、①職場におけるセクシュアル・ハラスメントに関する方針を明確化し、労働者 に対してその方針の周知・啓発をすること、②相談・苦情への対応職、③セクシュアル・ハラ スメントが生じた場合における事後の迅速かつ適切な対応、などであり、このような措置義務 を怠ると、それによって生じた損害賠償の責を負うことになる。 (平 18.10.11 厚労告 615 号) 。 2)措置義務の対象となるセクシャル・ハラスメント 雇用管理上のセクシャル・ハラスメントに該当するような行為は、おおむね民法の不法行為 ないし債務不履行にも該当し、行為者及び使用者の双方に対し損害賠償請求をすることができ る。 その対象となる行為に「対価型セクシャル・ハラスメント」及び「環境型セクシャル・ハラス メント」がある。 イ 対価型セクシャル・ハラスメント 職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により不利益を受けるものをいう。 例:① 事務所内において事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否されたため、 当該労働者を解雇すること。 ② 出張中の車中において上司が労働者の腰、胸等に触ったが、抵抗されたため、当該労働 者について不利益な配置転換をすること。 ③ 営業所内において事業主が日頃から労働者に係る性的な事柄について公然と発言して いたが、抗議されたため、当該労働者を降格すること。 「性的な言動」とは、性的な内容の発言及び性的な行動を指す。たとえば、性的な事実関係 を尋ねること、性的な内容のうわさを流すこと、性的な関係を強要すること、身体に接触する こと、わいせつな図画を配布すること、などがある。何が性的な言動に当たるかは個人の主観 であることはすでに述べたが、使用者の措置義務の対象となる「性的な言動」は、①女性一般 (又は男性一般)が「性的な」と感じる言動(客観性がある言動)のほか、②客観性が具備さ れていなくても拒絶の意思表示がなされている言動も含むものである。 ロ 環境型セクシャル・ハラスメント 性的な言動により、就業環境が害されるものをいう(気分を害したり業務に集中できなかっ たりする。) 。 例:① 事務所内において上司が労働者の腰、胸等に度々触ったため、当該労働者が苦痛に感じ てその就業意欲が低下していること。 ② 同僚が取引先において労働者に係る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布した ため、当該労働者が苦痛に感じて仕事が手につかないこと。 ③ 労働者が抗議をしているにもかかわらず、事務所内にヌードポスターを掲示しているた め、当該労働者が苦痛に感じて業務に専念できないこと。 962 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 「就業環境が害される」とは、単に性的言動のみでは就業環境が害されたことにはならず、一 定の客観的要件が必要であるとされる。具体的には個別の判断となるが、一般的には意に反する 身体的接触によって強い精神的苦痛を被る場合には、一回でも就業環境を害することとなり得る。 また、継続性又は繰り返しが要件となるものであっても、明確に抗議しているにもかかわらず 放置された状態の場合は、就業環境が害されていると解し得る。 ⇒ 「職場」の概念は相当広い。出張先及び業務で使用する車中、勤務時間外の「宴会」等であっても、職場に該 当し得る。 3)措置義務の対象となる者 そして、その対象とされる者の中には、①労働契約に基づく大学教職員、②労働者派遣契約によ って就労する派遣労働者、③業務委託契約・請負契約等によって大学構内で就労する契約先会社の 従業員などが含まれる。 大学の学生・院生は労働者でないため男女雇用機会均等法の措置義務の対象ではないが、入学が 許可された契約であると考えられるから、学生・院生に対しても契約上附随する安全配慮義務及び 就学環境配慮義務があるものと考えられるから、結局、教職員などと同様に配慮しなければならな いことに変わりがない。 このように、契約社会において、労働者に対する職場環境配慮義務に類する使用者の注意義務は、 労働者に該当しない学生・院生のほか、大学に出入りする取引先の従業員その他大学施設を訪れる 者などに対しても適用されると考えられる。 4)使用者の措置義務の内容 使用者が雇用管理上講じなければならない措置義務の内容については「事業主が職場における性 的な言動に起因する問題に関して雇用管理上配慮すべき事項についての指針」 (平 18.10.11 厚労告 615 号。以下「指針」という。)が示されており、その内容は次のとおりである。 ① 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発 ② 相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備 ③ 職場におけるセクシャル・ハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応 ④ その他相談者や行為者などのブライバシーに対する配慮、就業規則等規則の整備など 963 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 第 2-11-4 図 事業主の措置義務の概念 ・社内報、社内 HP に掲載 周知・啓発 雇用管理上の措置義務 ・研修、講習会等の実施 相談への対応 事後の迅速・適切な措置 個人情報の保護その他 ・相談窓口の設置、周知 ・肯定的態度 ・即時の事実確認 ・ 配転、懲戒処分 ・相談窓口への徹底 ・個人情報の使用目的を特定 ・不利益取扱いをしない宣言 「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して 雇用管理上配慮ずべき事項についての指針」(平 18.10.11 厚労告 615 号)より抜粋 ① 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発 事業主は、職場におけるセクシュアル・ハラスメントに関する方針を明確化し、労働者に対してそ の方針の周知・啓発をすること ⇒ セクシャル・ハラスメントに関する規定を制定し周知・啓発する。 ⇒ 社内報、パンフレット、社内ホームページ等を活用して周知・啓発に努める。 ⇒ セクシャル・ハラスメントに関する研修、講習等を実施する。 ② 相談・苦情への対応 事業主は、相談・苦情への対応のための窓口を明確にすることについて配慮をしなければならない。 また、事業主は、相談・苦情に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応することについて配 慮をしなければならない。 ⇒ あらかじめ担当者や相談窓口を定めておく、相談を受けた場合のマニュアルを作成し担当者や 相談窓口に配布することなど。 ⇒ 外部の機関に相談への対応を委託する。 ⇒ 現実に生じている場合だけでなく、発生のおそれがある場合やセクハラに該当するか否か微妙な場合であ っても相談に応じる。 ③ 職場におけるセクシュアル・ハラスメントが生じた場合における事後の迅速かつ適切な対 応 事業主は、職場におけるセクシュアル・ハラスメントが生じた場合において、その事案に係る事実 関係を迅速かつ正確に確認することについて配慮をしなければならない。また、事業主は、その事案 に適正に対処することについて配慮をしなければならない。 ⇒ 直ちに事実関係の確認をすること(事案の内容により、担当者、人事部門、委員会等が行う。)。 ⇒ 相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり、事実の確認が十分にできないと認められ 964 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 る場合には、第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講じる。 ⇒ 必要に応じて配置転換を行うこと。 ⇒ 就業規則に基づき懲戒措置をとること。 5)措置義務が履行されたとされる例 では、使用者に課せられた使用者の「雇用管理上必要な措置」を果たしたとは、実際にどんなこ とをいうのだろうか? 「国立女子大学セクハラ事件」地裁判決平 17.4.7 は、女性大学院生をホテルのラウンジに誘い 出し飲酒後帰宅するタクシーの中及び女性の自宅付近でわいせつな行為に及んだ行為について、行 為者の指導教授に対し230万円の支払いを命じた事件であるが、大学の対応については、事件当 時「セクハラ防止指針を定めた上、相談員の配置、防止対策委員会等の設置をするなどしており、 当時において、セクハラ被害の発生の防止等の対策として、不適切、不十分であったものとはいえ ない。」とし、事後の対応についても「原告のセクハラ被害の申出を受けた上、その心情にもでき るだけ配慮した上で被告Aに対する懲戒手続きを進めたものというべきであり、被告大学において、 原告に対する二次被害を防止すべき義務に違反したとして損害賠償責任を負うものというべき事 由を認めることはできない。」として大学に対する損害賠償請求を退けている。 大学側の対応としては、前述「指針」に基づく雇用管理上の措置義務を履行することが最小限求 められる。 ⇒ 男女雇用機会均等法上の「雇用管理上必要な措置」とは、形式的には①セクハラ防止指針の設定、②相談 員の配置、③防止対策委員会等の設置などであり、運用上はこれらの周知・啓発、違反者に対する厳正な処 分、プライバシーの保護などである。 (3)相談員の業務 大学ではハラスメントに関する相談・苦情に応じるとともに、問題の解決に必要な援助及び情報 の提供を行うため相談窓口を設け、相談員を配置している。相談員は、相談を受容的に聞くことに よって相談者を支えることを優先し、相談者が二次被害に遭わないよう配慮し、人事部門や調査委 員会への報告は、本人の承諾がない限り行ってはならず、プライベート保護を図るよう心がける (「名古屋セクハラ事件」名古屋高裁判決平 18.9.8-注)。 また、相談員はあくまでも相談者への支援・援助を行うことを目的とし、相談者以外 の者と接触して独自に調査および調停などを行わない。 注.「名古屋セクハラ事件」名古屋高裁判決平 18.9.8 会社員Xが学生時に教員らに性的嫌がらせを受けたと学生相談員の臨床心理士に相談したところ、内容を大 学職員に漏らされプライバシーを侵害されたとして損害賠償を請求。Xは「純粋な悩み事相談のつもりで、調 停などは全く想定していなかった。調停委員の言動で二次被害に遭った」など訴えた事件で、大学側は「相談 員が担当事務局に内容を伝えるのは、手続を円滑に進める上で必要なこと。調停は電話でXの同意を得ていた」 などと主張した。 高裁判決は、電話は一方的で調停の同意はなかった、公式手続の選択が話し合われる前に課長に伝えたのは 守秘義務違反であり、調停委員の言動はXの苦痛を増大させた、などと認定し、請求を棄却した一審の判決を 変更し、大学側に 80 万円の支払いを命じた。 965 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 (4)セクシャル・ハラスメントの裁判例 1)初めて職場環境配慮義務を認めた裁判例 セクシャル・ハラスメントについて、職場環境配慮義務違反として初めて企業の使用者責任を認 めた裁判例を紹介する。 裁判例 ○「福岡セクシュアルハラスメント事件」福岡地裁判決平 4.4.16 (はじめて職場環境配慮義務を認めた判決) 〔事件の概要〕 男性上司は、女性部下が仕事を積極的にこなすことに反感をもち、会社の内部の関係者に、原告は、 異性関係が派手である等の噂を流したり、会社の専務に、取引の一つが途絶えたのは、原告と取引先 の担当者の男女関係のもつれが原因である等の報告をし、さらに原告に退職するよう求めた。両者の 関係は悪化し、業務に支障が生じるようになったことから、専務はどちらかに退職してもらうしかな いと決め、原告に退職を迫ったため、原告は退職するに至った。 〔判決の要旨〕 男性上司の不法行為責任と被告会社の使用者責任を認めて、165万円の損害賠償金を連帯して支 払うよう命じた。男性上司の言動は、原告の働く女性としての評価を低下させるもので最終的には原 告を退職させるに至っており、原告の名誉感情その他の人格権を害し、職場環境を悪化させたもので 不法行為を構成する。また、会社の業務の執行につきなされたものであるから、被告会社は使用者責 任を負う。使用者は、社会通念上伴う義務として、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう 配慮する注意義務があるところ、専務らの行為は、職場環境を調整する義務を怠り、主として女性で ある原告の譲歩、犠牲において職場環境を調整しようとした点において不法行為性が認められ、被告 会社はその点でも使用者責任を負う。 2)事業主に対する損害賠償請求が棄却された裁判例 次に、事業主は、①セクハラ防止指針を定めた上、②相談員の配置、③防止対策委員会等の設置を するなどしており、配慮義務違反があったと認められないとして、事業主に対する損害賠償請求は棄 却された事件を紹介する。 裁判例 ○「国立女子大学セクハラ事件」地裁判決平 17.4.7 〔事件の概要〕 国立女子大大学院の韓国人女子留学生が、ホテルのラウンジで酒を飲んだ後、タクシーの車内や原 告の自宅近くで、担当教授から抱きつき、胸を触るなどのいわゆるセクハラ行為を受けたとして、担 当教授と大学に対して損害賠償を求めた訴訟で、セクハラ行為をした事実を認め、担当教授に230 万円の賠償を命じる判決を言い渡した。大学に対する請求については、 (1)内容も行為の外形上も到 底公務員がその職務を行うについてされたものということはできないから国家賠償法により大学が責 任を負うことはなく、 (2)大学はセクハラ防止指針を定めた上、相談員の配置、防止対策委員会等の 設置をするなどの対応をしているなどセクハラ行為を防止するなど良好な研究・学習環境を提供すべ き信義則上の義務の違反があるとはいえないとして、請求を棄却する判決を言い渡した。 966 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 〔事件の経緯〕 原告が被告Aのこれらの行為を被告大学の助教授に話したことから、関係教授らによる事情聴取が 行われ、さらに被告Aからも事情聴取が行われたが、被告Aはセクハラ行為を否認した。被告大学で は、人権委員会の報告を受けてセクハラ対策委員会の下に調査委員会を設置し、原告、被告Aから事 情聴取を行った。その結果被告Aによるセクハラ行為があったと判断され、原告を懲戒処分に付する べきであるとの報告を学長に対して行った。 これに対し原告は、経済的制裁では軽すぎると抗議し、更に被告Aがセクハラ行為を否認している と聞いて、当時の状況を詳細に申し出た。 調査委員会は原告の申し出を受け、改めて事実確認の調査をし、被告Aからも事情聴取したが、被 告Aはセクハラ行為を否定した。その後被告大学では被告Aを停職3か月の懲戒処分をするとともに、 当分の間すべての教育活動、大学運営への参加停止措置を行った。 〔判決要旨〕 原告において、被告Aからのセクハラ被害について供述するに当たり、羞恥心や、あるいは、本件 ゼミでの研究等を継続し、平成12年度における博士課程の受験を念頭に置いたときに、ゼミ担当教 授である被告Aとの関係の決定的な悪化を恐れ、当初は被告Aの行為の一部のみを供述したが、その 後被告大学の事情聴取の進行に従い、被告Aの行為の詳細について供述していくようになったとみる ことができ、当初言及のなかった被告Aの行為が追加されていったことについて、原告の供述に信用 性がないということはできない。 また、被告Aは原告が主張するセクハラ行為を否定するが、いずれも不自然でセクハラ行為をしよ うとする意図が窺われるのに比較して、原告の供述は大筋においては信用性が認められる。したがっ て、被告Aが平成11年5月18日に、原告に対し一連のセクハラ行為をしたものであり、これは原 告の性的自由ないし人格権を侵害するものであるから、不法行為に当たることは明らかである。 被告大学では平成11年2月23日付けでセクハラ防止指針を定めた上、相談員の配置、防止対策 委員会等の設置をするなどしており、当時において、セクハラ被害の発生の防止等の対策として、不 適切、不十分であったものとはいえない。本件では、被告大学において、被告Aのセクハラ行為を事 前に防止するための対応を取ることは困難であったといわざるを得ず、この点について被告大学に信 義則上の義務違反を認めることはできない。 被告Aにおいて原告に対するセクハラ行為を否認し続けていた状況にかんがみると、被告大学とし ては、原告のセクハラ被害の申出を受けた上、その心情にもできるだけ配慮した上で被告Aに対する 懲戒手続きを進めたものというべきであり、被告大学において、原告に対する二次被害を防止すべき 義務に違反したとして損害賠償責任を負うものというべき事由を認めることはできない。また、原告 に対する被害回復措置についても、被告大学において相談員等の相談窓口や保健管理センターの医師 等の施設の提供をしており、原告から代替教員の申出について応じなかったことも認められないこと からすると、被告大学の義務違反があったものとして損害賠償責任を認めるまでには至らないといわ ざるを得ない。したがって、被告大学において、信義則上の義務違反があるとして、原告に対する損 害賠償責任を認めることはできない。 〔結 論〕 担当教授の行為は、セクハラ行為で不法行為に当たることは明らかであり、損害賠償請求を認めた。 大学側の対応については、義務違反があったと認められないとして、損害賠償請求は棄却された。 967 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 ⇒ この裁判例では、大学側が採った次の措置を事業主の雇用管理上の必要な措置と評価している。 ① セクハラ防止指針の設定 ② 相談員の配置 ③ 防止対策委員会等の設置 なお、この事件において大学は行為者の教授に対し「学生に教授する権利」及び「教授会等大学 運営への参加」についてそれぞれ後約3年間の停止措置を講じているが、教授が提訴した懲戒処分 取消しと損害賠償を求めた事件において、この間原告が教育者として学生に対し教育活動をするこ とができず、教授会にも出席できなかったために被った不利益は大きいものがあり、停止措置約3 年間のうち1年間は違法であるとして国家賠償法1条1項に基づく損害賠償100万円の支払い を大学に命じている。 3)一審と二審で判断が異なった事例~事実認定の難しさ~ ○秋田県立農業短期大学セクハラ事件 一審 秋田地裁判決平 9.1.28 原告(女性研究補助員)敗訴。 二審 仙台高裁判決平 10.12.10 控訴人(女性研究補助員)勝訴。 〔事件の概要〕 被告(男性教授)は、秋田県立短期大学の附属施設である生物工学研究所の教授である。 原告(女性研究補助員)は、被告(男性教授)から出張先のホテルで強制わいせつ行為を受けた ことにより精神的苦痛を被ったと主張し、被告に対し、金 550 万円の支払いを求め提訴した。 これに対し被告は、原告の両肩に手をかけただけだとし、強制わいせつを否定するとともに、 原告が本訴を提起したこと、強制わいせつ罪で告訴したこと、雑誌に資料を提供したこと等によ り、社会的信用が著しく失墜したと主張し、逆に原告に対し金員の支払いを求めて、反訴を提起 した。 〔一審判決〕 一審判決は被告の供述よりも原告の供述の方が不自然な点がより多く見受けられるけれども、単 に供述全体の優劣だけで直ちにその全てを推し量るのは相当でないとしつつも、 ① 雑誌に掲載された、原告と被告との電話による会話内容は、原告が主張するような強制 わ いせつ行為があったことを前提としてのやりとりとは考えにくいこと ② 本件事件の前後の事情には、強制わいせつ行為を否定する方向での諸事情が数多く存在する こと、 ③ 強制わいせつ行為に対する原告の対応及びその直後の言動に関する原告の供述内容には、強 制わいせつ行為の被害者の言動としては、通常でない点、不自然な点が多々存在すること と判示し、 「被告は、ホテルの一室で原告の両肩に両手をかける行為をしたにすぎないと認めるの が相当である。」として男性教授の主張を一部認容し、女性研究補助員に対し金 60 万円の支払を命 じた。 968 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 〔二審判決〕 二審においては、控訴人(女性研究補助員)の供述と被控訴人(男性教授)の供述の信用性を 比較検討するとき、控訴人の供述はそれなりに信用性を具備する特徴があり、 ① 事後において事件の実在を窺わせるような間接証拠も存在すると認められること ② 控訴証人側(男性教授側)が、供述の不自然・不合理を主張することによってもこれを否定 するには足りないし、供述が捏造あるいは作り話であるとは解し難く、むしろ控訴人の行動が 心傷体験の償いを求める行動として理解することが可能であること などにより控訴人の供述の方が信用性が高いといわざるを得ず、他に、事件を客観的に明らかにす るような証拠がない以上、控訴人の供述を採用するほかなく、事件の内容は控訴人の供述のとおり のものであったと認定するのが相当であるとして、男性教授は、女性研究補助員に対し 180 万円の 支払うよう命じている。 4)高額な慰謝料を認めた例 現職の大阪府知事が選挙カーの中で選挙活動の運動員をしていた女性大学生にわいせつ行為を した上、女性の訴えに対し虚偽の事実に基づく逆訴えをし、著名人である立場を利用して記者会見 などで女性を誹謗中傷したことは極めて悪質で強く非難されるべきであり、女性の受けた精神的衝 撃ないし屈辱感も極めて大きいというべきであるとして、わいせつ行為に対する慰謝料200万円、 虚偽告訴による名誉毀損行為による慰謝料500万円、記者会見・府議会等における名誉毀損行為 による慰謝料300万円の合計1000万円の慰謝料支払いを命じた。 「横山ノック事件」大阪地裁判決平 11.12.13 事件の概要 被告は大阪府知事であり、本件当時知事選の候補者として選挙運動中であった。原告は本件当時2 1歳の大学生の女性であり、被告の選挙の運動員として活動していた。 平成11年4月8日、被告は選挙運動用自動車に女性運動員2名とともに乗車し、原告は後続のワ ゴン車に、運転手を含め3名とともに乗車していた。走行後しばらくしてワゴン車が停止すると、毛 布を手にした被告がワゴン車に運動員と交代で乗り込み、原告に対し、「風邪引いて可哀想に、毛布、 お前にもかけてやるわ。 」と言って、原告と被告の両方の腹部から足元まで覆い隠すように毛布をかけ、 いきなり毛布の下から右手を原告のズボンの中に入れ、ショーツの上にはいていた下着用の短パンの 上から、原告の下腹部をゆっくりと触りながら、左手で原告の太股あたりを触るなどした。更に被告 は、左手を原告のズボンの上から原告の太股の内側に入れてきて、股を広げさせようとしたが、原告 は踏ん張って抵抗し、このようなことが数回続いた後、被告は左手で原告の左の太股の内側を触り続 けた。原告は恐怖感から抵抗不能の状況であり、このような状況に乗じて被告は、これらの行為を約 30分間続けた。ワゴン車を降りる際、被告は原告に対し、 「お前になあ、誕生日プレゼントになあ、 ヴィトンの鞄と財布買うたで、取りに来い。飯でも食いに行こう。 」と言った。 原告は、翌9日、大阪地方検察庁に対し、被告を強制猥褻罪で告訴したところ、被告は選挙妨害と のコメントを出し、記者会見でも選挙妨害であると繰り返した上、同月16日、原告を虚偽告訴罪で 大阪検察庁に告訴した。 969 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 原告は、原告がわいせつ行為を嫌がっていることを十分認識しつつ、走行中の車内で原告に対し長 時間にわたって執拗にわいせつ行為を継続し、かかる行為によって原告は体が震えるほどの屈辱感、 恐怖心を味わったこと、さらに、本件に関して被告がメディアに対して行った発言や、被告による虚 偽告訴行為によって、原告の名誉が侵害されたのみならず、原告の被害は社会的耳目を集めることと なり、その結果、原告は自宅にも帰れない、大学にも通学できないなど私生活の平穏も害されること となったことを主張し、被告に対して慰謝料1000万円、弁護士費用200万円を請求した。 主文 1 被告は、原告に対し、1100万円及び内金800万円に対する平成11年4月16日から、内 金300万円に対する同年10月26日から各支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は被告の負担とする。 4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。 判決要旨 1 わいせつ行為による慰謝料について 原告が受けたわいせつ行為は、1度の機会におけるものとはいえ、ワゴン車の中で、被告の支配下 にあり、原告との性交渉を望むような発言すらしていた者を含む同乗者に囲まれ、当時21歳の誕生 日を迎えたばかりの女子大生であった原告が、風邪で高熱もあり容易に抵抗できなかった状況下で、 被告により約30分間にわたり、ズボンや下着の中に手を差し入れられたり、指で陰部を直接弄ばれ たというものであり、その行為態様は執拗かつ悪質である。また、被告はわざわざ毛布を1枚持って 車両を乗り換えるなどわいせつ行為の計画性も窺われるし、わいせつ行為後も、被告は自らの行為を 反省するどころか、原告に海外ブランド品を交付することにより事を解決しようとするなど、原告の 人格を蔑視する態度をとっている。 被告の行為は極めて悪質で、強く非難されるべきであり、原告の受けた精神的衝撃ないし屈辱感も極 めて大きいというべきである。これら事実を総合すれば、本件わいせつ行為により原告が被った精神 的苦痛を慰謝するには、200万円が相当である。 2 虚偽告訴に関する名誉毀損行為による慰謝料について 被告の告訴は、現職の知事の立場にある権力者が、わずか21歳の女子大生を虚偽の事実により罪 に陥れようとしたという極めて特異かつ異例な違法性の強い行為と評価し得る。しかも被告は、芸能 活動を行い、参議院議員を経験した後、現在は大阪府知事であるという極めて高い知名度を有してお り、自らの発言が、その虚実はともかくとして、マスメディアを通じて直ちに全国に報道されること を十分に認識し、その上で、自己の見解を流布させる意図で、あたかも原告が被告を陥れているかの ごとき発言を繰り返した。被告のこの行為は、自らわいせつ行為をしたにもかかわらず、その知名度 を利用して、原告によって陥れられたかのごとき虚偽の事実を一方的に流布させて、原告の名誉を不 当に侵害したものである。 以上のように、現職の大阪府知事である被告が、自己のわいせつ行為の被害者である女子大生に対 して、逆に虚偽告訴し、これに関連して意図的に虚偽内容の記者会見をした上で、この内容を全国に 報道させたことにより原告を大衆の好奇の目に晒したという名誉毀損行為の極めて異常な態様に鑑み 970 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 れば、これにより原告が受けた精神的苦痛は、わいせつ行為それ自体によるものよりも甚大であると いうべきであって、これにより原告が被った精神的苦痛を慰謝するには500万円が相当である。 3 記者会見等の名誉毀損行為による慰謝料について 被告は、本件訴訟の第1回口頭弁論期日において、請求原因事実について争うことを明らかにせず 沈黙する態度をとりながら、同日の記者会見においては、態度を一変させて、原告の主張について、 「真っ赤な嘘」「明らかな選挙妨害」「でっち上げ」等と発言し、この記者会見の内容は直ちに全国に 報道され、その後の府議会における答弁においても同様の発言を繰り返し、更にこれが全国に報道さ れるという極めて異例な経過をたどった。このような被告の一連の行動は、その手法自体、著しく社 会常識を逸脱した行為であるといわざるを得ない。 被告による一方的な発言により、原告は、本来被害者であるにもかかわらず、ことさら被告を陥れ るために虚偽の事実を申し立てたり、被告の反論の機会を奪っているかのように誤解されるかもしれ ないとか、さらに世間の好奇の目に晒され続けるのではないかとの強い不安感を抱くことにより、著 しい精神的苦痛を受けたことが認められる。 以上のように、被告は、自己の高い知名度を利用して、原告には何ら反論の機会すらない記者会見 等の場において、原告を侮辱し非難する発言を繰り返すことにより原告に対して著しい名誉毀損行為 をし、その発言内容がマスメディアを通じて連日のように全国に報道された。これにより原告が被っ た精神的苦痛を慰謝するには、300万円が相当である。 4 弁護士費用について 本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、100万円と認めるのが相当である。 971 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 4.パワー・ハラスメント (1)概 要 パワー・ハラスメントは“権力や地位を利用した嫌がらせ”という意味で用いられる言葉で、 会社などで職権などの権力差(パワー)を背景にし、本来の業務の範疇を超えて継続的に、人 格と尊厳を傷つける言動を行い、就労者の働く環境を悪化させる、あるいは雇用不安を与える 行為である。 その特徴は、次のような行動を指摘することができる。 1)育成・教育の視点に欠ける度を超えた叱責・注意 2)人格否定・嫌悪の感情 3)継続的行為 4)雇用環境の悪化・雇用不安(退職の強要) このようなパワー・ハラスメントを行う者は、加虐的性格・直情的性格など個人の性格によ るところが大きい(このようなハラスメントをモラル・ハラスメントと呼ぶことがある。) 。 そして、通常、何らかの意図をもって行われ、上司の感情のはけ口とする、受け手を困らせ たい、おとしめたい(よくある例として、性的関係を求めて断られたため報復的なハラスメン トをすることがある。) 、場合によってはリストラ推進のために退職へ追い込む、などというこ ともある。労務管理上は、使用者はこのような社会的関係を放置することなく、当事者に注意 するとか必要があれば配置換えを行うなど適切な措置を講じることを求められる。 パワー・ハラスメントが行われる動機は、 「いじめそのものが目的」、 「解雇」 、 「性的なもの」 が上位三項目である(東京都労働経済局「いじめに関する相談」平成 11 年 3 月)。女性の場合 は「性的なもの」が第1位を占めており、パワー・ハラスメントがセクシャル・ハラスメント の延長線上で行われていることを窺わせる。 「いじめそのものが目的」というのでは救いようがないが、能力主義・成果主義の普及、そ れに伴う競争意識の高まり、若い世代を中心として権利意識の高まり、派遣・下請けなど就業 形態の複雑化などとも無関係でないと思われる。また、人間集団の中で良好な関係を築きあげ る協調性(処世術)に欠ける者が目立つことも一因かも知れない。 ⇒ パワハラの場合、本人がパワハラだと感じただけでその行為をパワハラであると定義づけるわけにいかない。 なぜなら、使用者(通常上司が使用者であるとされる可能性が高い。)は労働者に対し労務指揮権を有している からである。 (2)何がパワー・ハラスメントになるか? パワー・ハラスメントを分析するためのデータは、まだほとんどないという。そのため定義らし きものもなさそうで、東京都がまとめているデータでは、「職場におけるいじめ」としている。つ まり、何らかの力(暴力、地位、身分、古参であること、多数の力など)を背景に強者が弱者の人 格を侵害するような行為を総称するようだ。一般的には、前述(1)のように、①度を超えた叱責・ 注意、②継続的行為、③雇用環境の悪化・雇用不安(退職の強要)が伴うものがこれに相当する(注) 。 パワー・ハラスメントの多く(東京都の相談事例では8割)は上司が部下に対して行うもので、 集団が個人に対して排斥するもの、ときにはパソコン知識が豊富な若手が知識の乏しい年配者を 972 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 バカにして無能よばわりするハラスメントなどもあるそうである。 注.セクハラの場合は男女雇用機会均等法に事業主の措置義務となるセクハラの範囲が定められているが、パワ ハラについてはそのような法律がない。 典型的な例として、次のような経緯をたどる。 何らかの理由で上司に疎まれ、評価の面にお いて能力を低くみられる 罵倒される 落ち込んで本来できる仕事もできなくなる そのため無能と決めつけられる 精神的に追い詰められてくる その結果、同僚や家族との関係も悪化する 精神的な救いがなくなり、目標を見失う うつ病など精神疾患に陥る また、上司の性格異常、激情、高圧的な態度、劣等感などに起因するハラスメントもあり、 たとえば、次のようなものがある。 ① 気に入らないことがあると、「ふざけるな!」 「俺のいうとおりにしろ。」などと大声を 上げて威圧し、周囲の者を萎縮させる行為。 ② 過剰なノルマを部下に押しつけ、成績が悪いと2時間でも3時間でも立たせて説教する 行為。 ③ 英語が堪能なことやパソコン操作が得意な秘書経験がある部下に対し、 「お高くとまっ てるんじゃねぇ!」とか「そんな仕事はお嬢さまにはできねえんだ。 」などと凄みをきか せる行為 ④ 上司が作った調査マニュアルについて、会議で改善を提案したら「生意気なことをいう な!」、 「何様だと思ってるんだ。 」と頭ごなしに怒鳴る行為 973 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 ⇒ パワハラの特徴は、①度を超えた叱責・注意、②人格否定・嫌悪の感情、③継続的行為、④雇用不安、であ る。 (3)使用者の配慮義務 職場内で、地位等を利用した弱者に対するいじめ・のけもの扱い等が起こらないよう、使用者は 配慮する義務がある。その法的構成はセクシャル・ハラスメントの場合と同様であり、民法の不法 行為ないし債務不履行により損害賠償請求の根拠となる。 判例では、下級審の例であるが、上司による異性関係非難などにより退職を余儀なくされた部下 である女性の訴えに対して、「使用者は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、被 用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務を 負うが、そのほかにも労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を 来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環 境を保つよう配慮する注意義務もあると解される」と、使用者には、安全配慮義務のほかに「職場 が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務」(職場環境配慮義務)もあると判 示している(「福岡セクハラ事件」福岡地裁判決平 4.4.18) 。 第 2-11-5 図 労働契約に伴う使用者の義務 危険に対する安全配慮 安全配慮義務 長時間労働に伴う疾病に対する 労働契約に伴う社 安全配慮 会通念上の使用者 の義務 職場環境配慮義務 人格の尊厳・働きやすい人間 関係を保つ配慮 (4)パワー・ハラスメントの裁判例 パワー・ハラスメントは個人の問題として捉えられ、特殊な出来事とされてきたが、近年、裁判 などでその責任が問われはじめてきている。また、一部新聞紙上などでも報道されている。 職場環境配慮義務違反として企業責任が追及されたパワー・ハラスメント裁判例、不祥事として 報道された事例を紹介する。 1)上司のパワーハラスメントによる業務起因性を認めた裁判例 パワー・ハラスメントについて、精神障害を発症させる程度に過度な心理的負荷であると認定し、 精神障害を発症した従業員の自殺に業務起因性を認めた初の判断である。 974 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 静岡労基署長(日研化学パワハラ)事件 東京地裁判決平 19.10.15 (はじめてパワハラによる業務災害を認めたといわれる) 1.事件の概要. 本事件は,医薬品の製造,販売等を業とする日研化学に勤務する社員Aが自殺したのは,本件会社 における業務に起因する精神障害によるものであるとして,Aの妻(原告)が静岡労働基準監督署長 に対し労災保険法に基づき遺族補償給付の支払いを請求したところ,不支給の処分がされたため,原 告がその取り消しを求めた事案である。裁判所が認定した事件の概要は以下のようなものである。 【1】当該社員の本件会社における業務 Aの従事していたMRの業務とは,製薬会社の営業担当者として主に病院などの医療機関を訪問 し,自社医薬品に関する有効性,安全性等の情報を,医師をはじめとする医療従事者に伝え,また, 医療従事者からの情報を製薬会社にフィードバックすることにより,自社製品の販売先を拡大する業 務である。Aは,四つの大規模病院と中小の病院,診療所を担当していた。 【2】上司との関係 Aの上司となったY係長はAの日ごろの勤務態度について,営業担当者でありながら,背広に汗が にじんでいるのに替えない,背広にフケが付いている,喫煙による口臭がするなどと注意し,また, これらの点につき,家の者がなぜ気がつかないのかなどと言うことがあった。さらに,Y係長はAと 医療機関に同行した際,Aの仕事ぶりに不満を感じ, 「おまえ,対人恐怖症やろ」 「病院の訪問をせず に給料を取るのは給料泥棒だ」 「病院を回っていないならばガソリンが無駄だ」 「病院の回り方が分か らないのか,何年回っているんだ,そんなことまで言わなければならないのか,勘弁してよ」等しば しば厳しい言葉を浴びせた。 【3】当該社員の心身の変調 Aについて,同僚の中には,平成 14 年 12 月末ころから元気がないと感じるようになった者が出る など,その態度に変化がみられ,また,同じころから,家庭内でも,睡眠中に冷えを感じるようにな り,毎朝 4 時か 5 時ころに目が覚めるようになる等の身体の変調が現れるようになった。また,平成 15 年 1 月以降は好きだった映画鑑賞やテレビゲームもしない,大好物であった餃子やロールキャベ ツも食べようとしなくなる,原告(妻)に対して「俺って気持ち悪い?」と尋ね,「俺はもう一杯一 杯や」と述べたりするなど変調が認められた。 【4】クライアントとのトラブル Aは,平成 15 年 1 月以降,業務上何度も大きなトラブルを引き起こした。まず,平成 15 年 1 月に は,Aはその担当する大規模病院に勤務する医師から単価が高価な薬品であるグロウジェクトペンを 用いる新規患者を紹介されたが,会議を理由にこれを断り,結局本件会社が当該症例を担当すること はできないというトラブルを生じさせた。 また,同年 2 月には,グロウジェクトペンを使用する患者が来院したので,その使用方法につき説 明しに来てほしいとの依頼を同じ大規模病院の医師から受けたが,Aは他の場所にいるので午後 5 時 ころでないと行くことができないと回答した。結局,当該医師が静岡営業所の所長に電話をし,患者 が待っているので誰でもいいから来てほしい旨求めたため,AはY係長とともに同日午後 1 時ころ同 病院へ赴き,当該医師に対し土下座して謝罪した(なお,当該医師はAの行動(土下座)やその後の 一連の行動から精神的な異常さを感じ,同じ職場の人間であれば気がつかないはずはないと感じてい 975 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 る)。 さらに,同年 3 月,Aの担当する病院の医師がAに対し,すでに実施されたシンポジウムについて 案内を受けておらず,本来通知されるべき情報が伝えられなかったと不満を述べたので,Aは営業所 所長とともに当該医師のもとへ謝罪に赴いたが,Aは謝罪の場で突っ立っているだけで何もせず,結 局当該医師から担当の交代を求められた。 【5】当該社員の自殺 Aは,平成 15 年 3 月 7 日未明,家族や上司を名宛人とする 8 通の遺書を残し,静岡県沼津市の市 民運動公園内の立木の枝で縊首して自殺した。遺書の内容は,全体として極めて自罰的な語調であり, 「もう頑張れなくなりました」「疲れました」といった文言や,「申し訳ありません」「すみません」 「ごめんなさい」等の謝罪の文言が繰り返され,自らにつき「欠点だらけ」の「腐った欠陥品」と表 現する等の自虐的な表現も複数認められ,抑うつ気分,易疲労性(疲れやすいこと),悲観的思考, 自信の喪失,罪責感と無価値感が表れた内容,表現が認められる。 2.判決の要旨 裁判所は,業務起因性の判断について,次のよう述べている。 ① 労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡等について行われるところ(同法 7 粂 1 項 1 号),労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには,業務と死亡との間に相当因果関係が 認められることが必要である(「熊本地裁八代支部公務災害事件」最高裁二小判決昭 51.11.12)。 ② 上記の相当因果関係を認めるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化 したものであると評価し得ることが必要である(「地公災基金東京支部長事件」 最高裁三小判決 平 8.1.23 判決、「同愛知県支部長事件」最高裁三小判決平 8.3.5)。 ③ 業務と精神障害の発症との問の相当因果関係が認められるためには,ストレス(業務による心理 的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷 が,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,業務に 内在又は随伴する危険が現実化したものとして,当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当で ある。 ④ 業務により発症したICD-10(世界保健機関の国際疾病分類第 10 回改訂版)のF0~F4 に分 類される精神障害に罹患していると認められる者が自殺を図った場合には,原則として,当該自殺 による死亡につき業務起因性を認めるのが相当である。 その上で 上司とのトラブルが精神障害を発症させる程度に過重な心理的負荷となるかにつ いて、「一般に、企業等の労働者が上司との間で意見の相違等により軋轢(あつれき)を生じる 場合があることは、組織体である企業等において避けがたいものである。」とし、 「上司とのトラ ブル」に係るストレス要因の平均的強度は、厚生労働省の「業務によるストレスの強度を客観的 に評価する基準」 (平 11.9.14 基発 544 号)では「中」であり、 「上司とのトラブルによる心理的 負荷が、企業において一般的に生じうる程度のものである限り、社会通念上客観的にみて精神障 害を発症させる程度に過重であるとは認められないものである」としている。 しかし、本件では、次に掲げる理由により、上司とのトラブルに伴う心理的負荷が平均的強度 を大きく上回るものであると認定し、業務起因性を認めた。 976 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 ・Y係長がAに対して発したことば自体が過度に厳しいこと(Aの10年以上のキャリアを否 定する内容、Aの人格・存在自体を否定するもの) ・Y係長のAに対する態度に嫌悪の感情がある(フケや喫煙による口臭がひどく、お前病気と 違うかと言ったこと) ・Y係長がAに対し直裁的なものの言い方をする(相手の立場や感情に配慮することなく大声 で傍若無人に発言する) 3.ポイント ① 本判決は,上司の部下に対する言動が精神障害を発症させる程度に過重な心理的負荷であると認 定され,精神障害を発症した従業員の自殺に業務起因性を認めた初の判断である。 ② 企業等において一般的に生じ得る程度を超えた(平均的強度を超えた),社会通念上客観的にみ て精神障害を発症させる程度に過重なものであるかについて,具体的な上司の発言や当時の上司の 心理状態,当時の上司と部下の職場環境・人間関係を挙げ,これらについて検討を加え,精神障害 の発症の業務起因性を認めた。 ③ 本事件は労災保険の不支給に対する裁判であるが,例えば上司の言動により精神障害を発症した ことに関する不法行為に基づく損害賠償請求事件などにも影響を与える可能性がある。 ④ 企業としては,個々の従業員の心のケアをするとともに,上司の部下への接し方についての指導 や教育にも力を入れ,万一人間関係が悪化した場合に早期にこれを発見して対処することができる ような体制作りも求められている。 2)営業所長のうつ病自殺は度を超えた叱責が原因で安全配慮義務違反 ~「前田道路事件」うつ病自殺松山地裁判決平 20.7.1~ 本件はうつ病自殺が労災認定された上、民事裁判において会社の安全配慮義務違反をも認めた事 件である。 営業所長が行った不正経理が発覚し、数か月後の中間決算時までに是正するよう指示され、それ を苦に自殺した事件において、裁判所は、業績検討会その他の機会に度重なる叱責を受け、毎日工 事日報を提出するよう強制されるなど不正経理に対する上司の是正期間の指示,叱責の仕方・内容 は「社会通念上許される業務上の指導を超えるもの」とし、遅くとも自殺直前までにはうつ病に罹 患していたと推認できるとし、会社の安全配慮義務違反を認めた(ただし、損害賠償額については、 本人の起こした不正経理が本件の発端となっていることから,営業所長に 6 割の過失を認めてい る。)。 前田道路営業所長叱責自殺事件【うつ病・自殺】 松山地裁判決平 20.7.1 事件の概要 被告は道路建設を主たる業務とする会社であり、T(昭和36年生)は昭和61年に被告に入社し、 平成15年4月に東予営業所長に就任した者である。 Tは、所長に就任した1ヶ月後頃から、部下に指示して受注高、出来高、原価等につき現実と異な る数値を報告する不正経理を開始した。四国支店工務部長のMは、東予営業所の報告する数字に異常 977 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 があることに気付き、Tが架空出来高の計上を認めたため、正しい数値に戻すよう指示した。Mは、 直ちに支店に赴いて調査をしなければならない程の架空出来高はなかったと認識していたこと、Tの 将来を配慮したこと等から、詳細な内容まで突き詰めることはせず、平成16年初め頃、Tから「架 空出来高」を是正したとの報告を受けて信用し、それ以上の調査を行わなかったが、実際には是正さ れていなかった。 Mの後任者であるJは、東予営業所の出来高と原価とのバランスの異常に気付き、Tから事実確認 をして、約1800万円の架空出来高を計上しているとの報告を受けた。JはTに注意をし、本社へ の報告を避けるため、架空出来高を計画的に解消する手法を採用することとし、そのやり方をTに示 唆し、他に不正経理の有無について確認したところ、Tは他にはない旨回答した。そのため、JはT の自殺後の調査で不正経理の全てが判明するまで、東予営業所の不正経理額は1800万円であると 認識しており、その他の不正経理があることは認識していなかった。 平成16年9月10日、J、四国支店営業副部長、課長、Tらは、東予営業所において業績検討会 を開き、JはTの部下に対し資料の数字が違うことを注意したが、これはTにとっては、自分が指示 した不正経理について、面前でその部下が注意されるという状況であった。その際、JはTに対し、 「会社を辞めれば済むと思っているかも知れないが、辞めても楽にはならないぞ」と叱責するととも に、「皆が力を合わせて頑張ってやろう」と従業員全員を鼓舞した。そして業績検討委員会の3日後 の午後6時30分頃、Tは東予営業所において「怒られるのも、言い訳するのも疲れました。自分の 能力のなさにあきれました」といった内容の遺書を遺して自殺した。 Tの妻である原告A及び子の原告Bは、Tの死亡は、社会通念上正当と認められる業務命令の限界 を著しく超えたノルマの達成を強要、叱責されたことによりうつ病を発症したことによるものであり、 主位的には不法行為責任、予備的には安全配慮義務違反を理由として、Tについて葬儀費150万円、 逸失利益9752万6178円、慰謝料2800万円(原告A及び原告Bで折半して相続)、原告A について慰謝料300万円、弁護士費用665万1308円、原告Bについて慰謝料200万円、弁 護士費用655万1308円を請求した。なお、労働基準監督署長はTの死亡を業務上の災害と認定 し、平成17年10月27日、原告Aに通知した。 主文 1 被告は、原告Aに対し、522万6923円及びこれに対する平成16年9月13日から支払済 みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告Bに対し、2602万3923円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の 割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は、これを5分し、その2を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。 5 この判決は、第1項、第2項に限り仮に執行することができる。 判決要旨 1 相当因果関係の有無 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして 証拠を総合的に検討し、特定の事実が特定の結果の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を 978 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 証明することである。 Tは、自らの営業成績を仮装するために行った不正経理の是正のため、四国支店に呼び出されて上 司から叱責を受け、早期に工事日報を報告するよう指導され、日報報告の際に電話で叱責されたこと があったこと、東予営業所を訪れた四国支店長から改善指導を受け、業績検討会においても上司から 不正経理の責任を取るのは所長である旨叱責・注意を受けたこと、遺書を遺して業績検討会の3日後 に自殺したことが明らかであり、遺書の内容や責任追及が行われた業績検討会に近接した時期に自殺 が行われたことや遅くとも自殺の直前にはうつ病に罹患していたことを考慮すると、不正経理につい ての上司による叱責、注意が、Tの死亡という結果を生じさせたと見るのが相当である。以上によれ ば、上司の叱責・注意とTの死亡との間には相当因果関係が認められる。 2 不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)の有無 営業所は独立採算を基本にしており、年間計画はTが過去の実績を踏まえて作成し、四国支店から 変更要請がなかったことから、被告がTに対し過剰なノルマ達成を強要したとは認められない。しか し、約1800万円の架空出来高を遅くとも会計年度の終わりまでに解消することを踏まえた上での 目標値は、営業環境に照らして達成困難な目標値であったというほかなく、平成16年お盆以降に、 Tが端から見ても落ち込んだ様子を見せるに至るまで叱責したり、検討会の際に、「辞めても楽にな らない」旨の発言をして叱責したことは、不正経理の改善や工事日報を報告するよう指導すること自 体が正当な業務の範囲内に入ることを考慮しても、社会通念上許される業務上の指導の範疇を超える ものと評価せざるを得ないものであり、Tの自殺と叱責との間に相当因果関係があることなどを考慮 すると、Tに対する叱責などは過剰なノルマの達成の強要あるいは執拗な叱責として違法であるとい うべきである。 原告らは、更に恒常的長時間労働、計画目標の達成強化、支援の欠如、叱責と改善命令、業務検討 会等における叱責等を安全配慮義務違反を根拠づける事実として主張するところ、不正経理是正に伴 って設定された目標値が達成困難なものであり、不正経理是正等のためにTに対してなされた叱責は 違法と評価せざるを得ないものであるから、これらが安全配慮義務違反を基礎付ける事実に当たるこ とは明らかであるので、Tの上司の行った電話及び検討会における叱責等は、不法行為として違法で あり、被告に債務不履行(安全配慮義務違反)も認められる。 3 予見可能性の対象及びその有無 労働者の疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは 周知のところであること、Tの上司は、Tに対し不正経理是正のため叱責等を繰り返し行っており、 その中には社会通念上許される業務上の注意の範疇を超えるものと評価せざるを得ない叱責等もある こと、会社を辞めても楽にはならない旨の発言をするなどTが会社を辞めなければならなくなる程度 に苦しい立場にあること自体は認識していたこと、東予営業所の実情を調査せず、Tの申告による約 1800万円の架空出来高の背後に更に大きな不正経理があることに気付かないまま、結果的には効 果的ではなかった是正策を厳しく求めたことなどに照らすと、Tが心理的負荷から精神障害等を発症 して自殺に至ることもあるということを予見することもできたというべきである。 被告は、Tの上司らはTがうつ病に罹患していることやその兆候となる事実を認識していた事実は 認められず、認識し得る事情もないと主張するが、うつ病に罹患していることやその兆候となる事実 を認識しあるいは認識可能でなかったとしても、自殺に至ることは予見可能であったというべきであ るし、適切な調査をしていれば、更にその認識可能性はあったというべきであり、自殺に至ることも 979 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 予見可能であったというべきである。また、被告は、Tが被告に秘匿してきた一部の不正経理等につ いてはTの上司は認識していなかったと主張するが、東予営業所の実情からは、申告された約180 0万円の架空出来高を短期間に解消することは無理であったと思われるから、そのような是正策を厳 しく求めたというだけでも、Tの上司においてTが自殺に至ることを予見することが可能であったと いうべきである。以上によれば、Tに対する叱責等の時点で、被告の上司らがTが心理的負荷から精 神障害等を発症して自殺に至ることは予見可能であったと認めるのが相当である。 4 損害額 Tの平成15年度における所得は1009万6902円であり、死亡時は43歳であって60歳定 年までの就労可能年数は17年である。定年後は67歳まで就労可能であったと思われるから、その 間は平成16年度における産業計・企業規模計・男性労働者の60歳の平均年収443万1500円 程度の収入があったものと考えられ、生活費控除は30%と認めるのが相当である。以上により、逸 失利益額は8751万4165円となる。葬儀費は150万円、慰謝料は2800万円が相当である。 また夫の死亡によりストレス性疾患を来した原告Aを慰謝するには300万円が相当であり、原告B はT死亡時に高校在学中であったこと等を考慮すると、慰謝料は200万円が相当である。 5 過失相殺及び損益相殺 Tの上司による叱責等はTが行った不正経理に端を発することや、上司に隠匿していた不正経理が うつ病の発症に影響を及ぼしたと推認できることは明らかであり、これらの事情は損害の発生又は拡 大に寄与した要因であると認められる。そして、一連の経緯の発端、東予営業所に関する経営状況、 Tの上司の叱責等の内容、Tが隠匿していた不正経理の総額とそこに至った事情等を総合的に考慮す ると、Tにおける過失割合は6割を下らないと認めるのが相当である。 原告Aに対する労働者災害補償保険法60条、64条による遺族補償年金前払一時金は、損益相殺 として原告Aに生じた損害額から控除すべきである。弁護士費用は、原告Aについては50万円、原 告Bについては240万円が相当である。 980 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 5.アカデミック・ハラスメント (1)概 要 ハラスメントが教育・研究の場で行われるとアカデミック・ハラスメントと呼ばれる。その 内容は教育を受ける権利・研究を行う権利を侵害するものであるが、その例は男性教官等が女 性学生・研究生に対して行うことが多いことからも想像できるように、その動機は性的関係を 求めたが拒否されたため教育の分野で不利益取扱いをする例が多数を占める。アカデミック・ ハラスメントはセクシャル・ハラスメントと密接につながっているのである。 その例は、次のように整理される。 ① 学生・研究生に対する行為 ・授業を受けさせない、専攻の変更を迫る、学位論文を受理しない、研究テーマを与え ない、自主的研究を認めない、自主的研究を認めない、研究の妨害をする、研究成果の 発表を禁じたり妨害する、研究の成果を奪う、など ・学生のプライバシーを暴露する ・卒業や進学、昇任などを妨害する、進学や就職活動において不利な扱いをする、理由 無く推薦を拒否する、転学進学を希望する場合に退学を認めないなど) ・侮辱的な言動を行う、執拗に電話や手紙で指示を出し私生活に過度な干渉をする ・私的な用事に使う、教育・研究に無関係の雑務を強要する ② 教員間における行為 ・昇進における差別、研究の妨害、退職勧告など ・職場における非難・中傷など (2)何がアカデミック・ハラスメントとなるのか? ハラスメントが研究・教育の場で行われると、アカデミック・ハラスメントと呼ばれる。その行 為者が上司・指導教官など優越的立場を利用して行うとパワー・ハラスメントであるし、、 「性的な」 事柄である場合はセクシャル・ハラスメントであるということになる。したがって、パワハラ・ア カハラ・セクハラを分類することは重要でなく、それらの法的効果については、2.(P954 以下) で述べたハラスメントの法理が共通して適用される。 セクシャル・ハラスメントは「行為者の性的欲望の歪みの表現型」として生じる行為であるのに 対し、アカデミック・ハラスメントは(パワー・ハラスメントの場合も同様であるが) ① 行為者の本性に直結しており、行為者が不法行為であることを認識せずに行われる場合が あること ② 性的な誘いが拒絶されたため、報復措置として研究・教育の分野で差別的取扱いをする例 があることなどがあり、より根深い問題を抱えているといえる。 上記①の場合には、説明責任を果たせば解決するものである。 例:理由を説明せずに、何度も論文を「書き直せ」と命じる行為はアカハラとなり得るが、キチ ンとした説明をすればアカハラとならない。 981 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 (3)アカデミック・ハラスメントの裁判例 1)学生・研究生に対する不法行為とされた例 ① 研究・進学の妨害 原告(大院生)は、被告A(指導教授)に十分な指導を行うよう求めたのに対し、被告A は自らの指導不熱心を棚に上げ、原告の悩みは女性特有の悩みであるから精神科へ行くよう にという差別的発言をしたこと、そのためM大学を退学し他大学へ研究の場を移す決意をせ ざるを得なり、原告がH大学大学院を受験しようとすると、同大学の教授らに対し、殊更原 告がスキャンダルを起こしたという虚偽の性的悪評を知らせたことなど被告Aの一連の行動 は、原告が有する良好な環境で研究を行う法的利益や、原告の名誉・信用等を侵害するもの であって、不法行為に該当し慰謝料100万円とする(「国立大学(指導拒否アカハラ)事件」 大阪地裁判決平 14.04.12)。 ② 電話・手紙による私生活への過度な干渉 大学院指導教授という地位を利用して女性大学院生に対して性的な内容を含む多数の手紙 やほとんど毎日の頻繁な電話、命令により私生活に過度に干渉し著しく困惑疲弊させ、博士 課程進学を断念せざるを得なくした一連の行為は違法というべきであり、不法行為を構成し 慰謝料200万円(「鳴門教育大学セクハラ事件」徳島地裁判決平 10.9.29)。 ③ 難解な課題を課し留年を示唆されて自殺 高崎経済大学において、A准教授は昨年6月、ゼミ生に夏季の宿題として高度な課題を課 し、女子学生は一部を提出していなかった。A准教授は12月、未提出の3人に「提出しな ければ留年」などとメールを送信。期限の1月15日夕、未提出の2人のうち女子学生だけ に催促のメールを送った。女子学生は「留年すると分かっています。人生もやめます」と返 信。同夜、川に投身自殺した。 大学の調査委員会はゼミ生や他の教員からの事情聴取で、宿題が2年生としては難解で留年 通告が女子学生を自殺に追いやったと結論付けた。また、A准教授は他の学生に度を越したセ クハラ発言などの暴言があったという。大学は、指導方法に問題があり、ゼミ生の経済学部2 年の女子学生(当時20歳)を自殺に追い込んだとして、A准教授を懲戒免職処分とした。准 教授は「間違ったことはしていない」と反論しているという。 (毎日新聞 2007 年 4 月 10 日) ④ 基礎助手会結成を機に教授と女性助手との確執 自己の教室に属する女性助手が基礎助手会を結成して大学当局の方針に反対を表明したこ とを契機に、目障りな女性助手を教室から追い出そうという不当な目的をもって、教授が数々 の執拗な嫌がらせを行ったと書籍の記事にしたことをめぐり、教授が女性助手を名誉毀損で訴 えた事件において、一審は記事の内容は教授の「社会的評価を低下させる性質の記事であるこ とは明らか」として名誉毀損を認め女性助手に対し30万円の支払いを命じた(「奈良県立医 科大学アカハラ事件」奈良地裁判決平成 16.3.17)。 二審では、本件記事は公の教育機関の内部における公務員である教授と助手との間の紛争を 読者に伝えるもので公共の利害に関する事実であるとし、その内容も主観的要素の点はさてお き、客観的な事実のうち重要な部分については事実であると認めることができ、女性助手は不 982 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 法行為責任を負わないとして一審判決を取り消した(同事件控訴審大阪高裁判決平 17.8.25)。 2)教員間における不法行為とされた例 ① 性的侮辱発言 中学校の男性英語教諭が女性英語教諭に対し、 「原告が生徒に厳しく当たっているのは、 性的に不満があるからだ。」「彼女に男さえいれば、性的に満たされるのに。」などと同僚 のいる職員室等で話したことは、名誉・信用毀損に当たり30万円の慰謝料の支払いを命 じた。女性教諭が赴任してくるまでは男性教諭が同校の国際理解教育の中心を担っていた が、女性教諭が赴任してきてからは、女性教諭が国際交流委員会の主任担当者に任命され、 同校の国際理解教育は女性教諭が中心になって行われるようになった背景がある(「大阪 セクハラ(大阪市立中学校)事件」大阪高裁判決10.12.22)。 ② 講義・実習の取りあげ 医学部助教授が、教授から、物品購入・事務機器利用を妨害され、講義・実習を取りあ げられるなどの嫌がらせを受け、また、大学の措置にも問題があったなどとして、教授と 国に対して損害賠償を求めた事案で、助教授の主張のうち、教授が講義・実習の取りあげ を行い、これに対して大学も適切な指導を怠った点、大学が助教授の所属を当該講座から 外した内容で職員録を発行した点についてのみを違法と認定し、国に対して 55 万円の賠 償を命じた(「琉球大学アカハラ事件」那覇地裁判決平 15.2.12) 。 3)大学教授が女子学生を自殺に追い込んだ例 ゼミの女子学生に高度な課題を課し、未提出の者に催促メールを送り自殺に追い込んだと新聞 で報じられている例である。 留年を苦にゼミ女子学生自殺 関東の公立大学において、A准教授は昨年6月、ゼミ生に夏季の宿題として高度な課題を課し、 女子学生は一部を提出していなかった。A准教授は12月、未提出の3人に「提出しなければ留年」 などとメールを送信。期限の1月15日夕、未提出の2人のうち女子学生だけに催促のメールを送 った。女子学生は「留年すると分かっています。人生もやめます」と返信。同夜、川に投身自殺し た。 大学の調査委員会はゼミ生や他の教員からの事情聴取で、宿題が2年生としては難解で留年通告 が女子学生を自殺に追いやったと結論付けた。また、A准教授は他の学生に度を越したセクハラ発 言などの暴言があったという。大学は、指導方法に問題があり、ゼミ生の経済学部2年の女子学生 (当時20歳)を自殺に追い込んだとして、A准教授を懲戒免職処分とした。准教授は「間違った ことはしていない」と反論しているという。(毎日新聞 2007 年 4 月 10 日) その後、大学はA准教授を懲戒免職にしたが、准教授側が処罰が重いとして地方公共団体の公平 委員会に不服を申し立て、懲戒免職処分は重すぎるとして停職 6 か月に処分を修正する裁決書を出 されている。 983 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 11 章 性差別とハラスメントの防止 第2節 ハラスメントの防止 4)産休を契機に長期間にわたって職務を与えなかった例 女性教諭が産休をとったことが気に入らず、校長の感情的な嫌悪感から職場環境や職務において 数々のハラスメントを行ったものである。 「松蔭学園教諭自宅研修等事件」東京高裁判決平5.11.12 〔事案の概要〕 私立高校の女性教諭が、まず担当していた校務分掌を次々と取り上げられ、その後職員室内で隔 離され、次に第三職員室という一人部屋へ席を移動させられ、最後に自宅研修等を命じられた。 〔判決の内容〕 事件の発端に、女性教諭が2度にわたって産休を取ったこと、及びその後の態度が気に食わない という校長のたぶんに感情的な嫌悪感があった。 その後些細なことについての行き違いから、校長側が感情に走った言動に出て、執拗とも思える ほど始末書の提出を女性教諭に要求し続け、これに女性教諭が応じなかったため依怙地になった この過程において、女性教諭のとった態度にも反省すべき点がなかったわけではないが、この点 を考慮しても、校長側のとった言動あるいは業務命令について正当性を基礎付ける理由とはなら ず、その行為は業務命令権の濫用として違法無効である。 女性教諭に対する学園側の措置は、見せしめ的とも言えるほどに次々にエスカレートしていき、 13年間の長きにわたって女性教諭の職務を一切奪った上、その間に職場復帰のための機会等も与 えずに放置し、しかも今後も職場復帰も解雇もまったく考えておらず、このままの状態で退職を待 つという態度に終始しているのであって、見方によっては懲戒解雇以上に過酷な処遇といわざるを 得ない。 判決は、学園に対し慰謝料として600万円の支払いを命じた。 ※損害賠償請求権の時効問題 本件不法行為は13年間にわたったものである。不法行為の場合、被害者が加害者と損害の発生 を知っていれば不法行為のときから3年で時効にかかるのが、原則である。時効完成後は、被害者 が、訴訟を起こしても、相手方が時効を援用すれば、敗訴してしまう。しかし、本件において、判 決は、13年間にわたる校長等の一連の措置・行為を一体の不法行為と見た。このような考え方に よれば、提訴から3年以前の措置・行為も不法行為として評価され、違法性が高まると同時に損害 も大きくなる。 それでは、提訴前3年以前の不法行為であっても、一連の措置・行為として、一体の不法行為と 見られる基準はなにか-同一の被害者に対し、同一の背景・動機において、同一の行為者によって 行われた継続的行為があった。このような継続的不法行為の場合、それが終わった段階で3年の時 効が進行するとみられる。 セクシャル・ハラスメントの場合は、男女雇用機会均等法により、①使用者の雇用管理上の義務 が明確に規定されていること、②使用者が措置しなければならないセクハラの範囲が明確に定めら れていることなどにより認知度が高く、裁判などを通じて救済が進んでいるが、パワー・ハラスメ ントやアカデミック・ハラスメントの場合には明文規定がないため、認知度が低く十分な救済が行 われていないように思われる。 984 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 第 12 章 育児・介護休業 (育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律) この章では、育児・介護休業法について述べる。 育児・介護休業法は、育児休業、介護休業、子の看護休暇、勤務時間の短縮等の措置などについて 定め、子の養育又は家族の介護を行う労働者の雇用の継続及び育児・介護により退職した者の再就職 の促進を図ることとしている。 同法は平成 20 年に改正され、22 年 6 月 30 日から施行されている。主な改正箇所は、次のとおり である。 (1)短時間勤務制度の充実 1)3歳までの子を養育する労働者が希望すれば利用できる短時間勤務制度(1日原則6時間)を 設けることが事業主の義務とされた。 2)3歳までの子を養育する労働者は、請求すれば所定外労働(残業)が免除される。 (2)子の看護休暇制度の拡充 従来、休暇の取得可能日数は養育する子の数にかかわらず年間5日であったが、改正により小 学校就学前の子が1人であれば年5日、2人以上であれば年 10 日となった。 (3)父親の育児休業の取得促進 1)パパ・ママ育休プラス(父母ともに育児休業を取得する場合の休業可能期間の延長) 母だけでなく父も育児休業を取得する場合、休業可能期間が1歳2か月に達するまで(2か月 分は父のプラス分)に延長された。 ※父の場合、育児休業期間の上限は1年間。母の場合、産後休業期間と育児休業期間を合わせ て1年間である。 2)出産後8週間以内の父親の育児休業取得の促進 父親が配偶者の出産後8週間以内に育児休業をした場合には、特別の事情がなくても2回目の 育児休業ができることとなった。 (4)介護休暇の新設 労働者が申し出ることにより、要介護状態の対象家族が1人であれば年5日、2人以上であれば 年 10 日、介護休暇を取得できるようになった。 1.目 的 育児・介護休業法は、子の養育又は家族の介護を行う労働者の雇用の継続及び育児・介護により退 職した者の再就職の促進を図ることにより、これらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与するこ とを通じて福祉の増進を図ること、また、副次的に、経済社会の発展に資することを目的とする(育 介法 1 条)。 そのための手段として、次の四つの施策を定めている。 ① 育児休業及び介護休業に関する制度を設けること ② 子の看護休暇に関する制度を設けること ③ 子の養育及び家族の介護を容易にするため勤務時間等に関し事業主が講ずべき措置を定める 985 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 こと ④ 子の養育又は家族の介護を行う労働者等に対する支援措置を講じること 育児休業及び介護休業の取得対象者は、これまで正規職員(無期雇用職員)のみであったが、平成 16 年改正(施行は 17 年 4 月)により一定範囲の非正規職員(有期雇用職員)に拡大された。 2.育児休業制度(育介法5条~9条の3) (1)概 要 労働者(注)は、事業主に申し出ることにより、その養育する子が1歳に達するまでの間(一定 の場合、子が1歳6か月に達するまでの間)、育児休業をすることができる(一定の範囲の期間雇 用者も対象となる)。 注.労働者 = 労基法 9 条に定める労働者の定義と同義である。ただし、労働者のすべてが育児休業を取得で きるものでなく、日々雇用される者が除外されるほか、一定の制約がある(法 2 条 1 号) 。 (2)育児休業期間 1)原則として子が1歳に達するまで 育児休業期間は、子が1歳に達するまでの期間である。休業期間の長さでなく、休業期間の終 了の時点(1歳到達時)で制限しているところが特徴といえる。 2)保育所入園待ちの場合は1歳6か月に達するまで 次のいずれにも該当する場合は、1歳から1歳6か月に達するまでの期間についても休業するこ とができる(法 5 条 3 項、育介則 4 条の 2)。 ① 子が1歳に到達した日において育児休業をしていること ② 雇用の継続のためとくに必要であるとして次のいずれかに該当すること (a)保育所保育を希望し申し込みを行っているが、当面その実施がない場合 (b)子が1歳に達した後も配偶者が子の養育を行う予定であったものが、次のいずれかに該当 したとき a.死亡したとき b.疾病・精神障害等により子の養育が困難となったとき c.離婚その他の事情により配偶者が子と同居しなくなったとき d.6週間(多胎妊娠の場合は 14 週間)以内に出産する予定であるか、産後8週間を経過 していないとき ⇒ 育児休業中の労働者が継続して休業するほか、子が1歳まで育児休業をしていた配偶者に替わって子の1歳 の誕生日から休業することもできる。 3)パパ・ママ育休プラスの場合は1歳2か月に達するまで 後述するパパ・ママ育休プラスの場合は、子が1歳2か月に達するまでの間育児休業をすること ができる(育介法 9 条の 2 第 1 項) 。 パパ・ママ育休プラスとして1歳到達日後1歳2か月までの間で育児休業を取得している場合で も、次の要件を満たせば、前述2)の規定が適用され1歳6か月まで育児休業を延長できる。この 場合、1歳6か月までの育児休業の開始予定日は、子の1歳到達日後である本人又は配偶者の育児 986 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 休業終了予定日の翌日としなければならない。 ① 本人又は配偶者が子の1歳到達日後の育児休業終了予定日において育児休業をしていること ② 子の1歳到達日後、保育所に入れないなどの要件を満たすこと、 当該要件に該当するか否かは、申し出の時点で判断することになる(厚労省Q&A Q4)。 (3)取得対象者 1)原 則(有期雇用・無期雇用にかかわらず適用される。) 育児休業は男女いずれの労働者も取得することができる。ただし、日々雇用される者は除外さ れる(法 2 条 1 号)。 また、労使協定を締結することにより、次の者を除外することが可能である(法 6 条 1 項、育介 則 6 条、7 条)。 ① 引続き雇用された期間が1年に満たない者 ② 育児休業申し出の日から起算して1年以内に雇用関係が終了することが明らかな者 ③ 1週間の所定労働日数が2日以下の者 改正育介法 ○配偶者が専業主婦(夫)である場合など常態として子を養育することができるものであるとき は、労使協定を締結することによりの育児休業取得の申出を事業主が拒むことができたが、改正 により平成22年6月30日から廃止された。 2)有期雇用職員の特例 期間を定めて雇用される者にあっては、次のいずれにも該当する場合に限り育児休業をすること ができる(法 5 条 1 項ただし書)。 ① 引き続き雇用された期間が1年以上あること(注 1) ② 子が1歳に到達する日を超えて引き続き雇用されることが見込まれる者(注 2) で、かつ、子の1歳到達日から1年を経過するまでの間に雇用契約が終了して退職することが 明らかなでないこと 注 1.「引き続き雇用された期間が1年以上」=労働契約の更新に伴い就業場所等の変更があった場 合や契約期間中に事業所間異動があった場合にも、それぞれにおける雇用期間を通算して算定す る。年末年始や週休日を空けて労働契約が締結されている場合や、すでに次期の契約が締結され ている場合は、雇用期間は実質的に継続していると判断される。また、配置転換等による勤務先 事業所の変更があった場合でも、同じ事業主との労働契約が締結されていれば「引き続き雇用さ れている」と判断される。 注 2.「子が1歳に到達する日を超えて引き続き雇用されることが見込まれる」=「1歳に到達す る日」とは、具体的には誕生日の前日をいう。 「引き続き雇用されることが見込まれる」とは、育 児休業中出のあった時点において判明している事情に基づき相当程度の雇用継続の可能性がある ことをいう。 (a) 「子が 1 歳に達する日を超えて引き続き雇用されることが見込まれる」と考えられる場合 a. 育児休業申出時点で締結している労働契約期間の末日が、子が 1 歳に達する日より後で ある場合。 987 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 b. 書面又は口頭で労働契約を更新する場合がある旨明示されている場合であって、育児休業 申出時点で締結している労働契約と同じ長さの期間で契約が更新されたならば、更新後の労 働契約期間の末日が子が 1 歳に達する日より後となる場合。 c. 書面又は口頭で労働契約が自動更新されることが明示されている場合であって、自動更新 の回数の上限が明示されていない場合、又は回数の上限はあるが上限まで更新されれば、労 働契約期間の末日が子が 1 歳に達する日より後となる場合。 (b) 「子が 1 歳に達する目を超えて引き続き雇用されることが見込まれる」とは解されない場合 d. 書面又は口頭で労働契約の更新回数の上限が明示されている場合であって、その上限まで 更新された場合の労働契約期間の末日が子が 1 歳に達する日又はそれより前となる場合。 e. 書面又は口頭で労働契約の更新をしない旨明示されている場合であって、育児休業申出時 点で締結している労働契約の期間の末日が子が 1 歳に達する日又はそれより前である場合。 f. 書面又は口頭で労働契約を更新する場合がある旨明示されている場合であって、育児休業 申出時点で締結している労働契約と同じ長さの期間で契約が更新されたならば、労働契約期間 の末日が子が 1 歳に達する日又はそれより前である場合。 労働契約の形式上期間を定めて雇用されている者であっても、その契約が実質的に期間の定めの ない契約と異ならない状態となっている場合には、期間を定めて雇用される者にあたらない。 休業期間は、原則として1人の子につき1回であり、子が出生した日から子が1歳に達する日(誕 生日の前日)までの間で労働者が申し出た期間である。ただし、一定の場合は1歳から1歳6か月 に達するまでの間、休業することができる。 【具体的な例】 ★「1 歳に達する日を超えて引き続き雇用されることが見込まれる」とは、例えば次のa)~c) のような場合である。この場合は育児休業の対象となる。 a)申出時点で締結している労働契約の期間の末日が子が 1 歳に達する日より後の場合 申出 雇入れ 1歳 誕生 3 年契約 1 年以上 1 ヶ月 1 年(休業) 1年以上雇用可能性 988 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 b)書面又は口頭で労働契約の更新可能性が明示されており、申出時点で締結している契約と同 一の長さで契約が更新されたならば、その更新後の労働契約の期間の末日が子が1歳に達する 日より後の場合 申出 雇入れ 1 年契約 1歳 誕生 1 年契約 1 年契約 1 年以上 1 年(休業) 1 ヶ月 1年以上雇用可能性 c)書面又は口頭で労働契約が自動更新であると明示されている場合で、更新回数の上限が明示さ れていない、又は、更新回数の上限は明示されているが、その上限まで契約が更新された場合の 労働契約の期間の末日が子が 1 歳に達する日より後の場合 申出 雇入れ 6 ヶ月 6 ヶ月 誕生 6 ヶ月 1 年以上 6 ヶ月 1 ヶ月 1歳 6 ヶ月 6 ヶ月 6 ヶ月 1 年(休業) 1年以上雇用可能性 ★ 次のd) 、e)、f)のような場合は、原則として「1 歳に達する日を超えて引き続き雇用される ことが見込まれる」とはみなされない。 d)書面又は口頭で労働契約の更新回数の上限が明示されており、その上限まで契約が更新され た場合の労働契約の期間の末日が子が 1 歳に達する日以前の場合 申出 1歳 誕生 更新されないことが明らか 雇入れ 6 ヶ月 6 ヶ月 6 ヶ月 6 ヶ月 雇止め 1 年以上 1 ヶ月 1 年(休業) 989 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 e)書面又は口頭で労働契約の更新をしない旨が明記されており、申出時点で締結している労働 契約の期間の末日が子が 1 歳に達する以前の場合 申出 1歳 誕生 更新されないことが明らか 雇入れ 2 年契約 雇止め 1 年以上 1 ヶ月 1 年(休業) f)書面又は口頭で労働契約の更新可能性が明示されているが、申出時点で締結している契約と 同一の長さで契約が更新されても、その更新後の労働契約の期間の末日が子が 1 歳に達する日 以前の場合 申出 雇入れ 6 ヶ月 6 ヶ月 1歳 誕生 6 ヶ月 1 年以上 1 ヶ月 6 ヶ月 1 年(休業) (4)育児休業を取得できる回数 育児休業を取得できる回数は同一の子について原則として1回だけであるが、例外として①特別 の事情がある場合、②パパ・ママ育休プラスの場合は、2回取得することができる。 ②は、父親の育休取得促進を図るため平成 20 年改正(施行は 22 年 6 月 30 日)によって設けら れたものである。 1)特別の事情がある場合 育児休業の申し出は、同一の子について1回だけできる。ただし、特別の事情がある場合として 次に定める事情があるときは、2回以上申し出ることができる(法 5 条 2 項、育介則 4 条)。 ① 労基法 65 条に定める産前産後の休業が始まったとして育児休業が終了して場合において、 産前産後休業に係る子が死亡したこと、養子となって同居しなくなったこと等に至ったとき ② 新たな育児休業が始まったことにより従来の育児休業が終了した場合において、新たな育児 休業に係る子が死亡したこと、養子となって同居しなくなったこと等に至ったとき ③ 育児休業をしていた者が介護休業を取得したことにより育児休業が終了した場合において、 当該介護休業に係る対象家族が死亡したこと、離婚等により親族関係が消滅するに至ったとき ④ 申し出に係る子の親である配偶者が死亡したとき ⑤ 配偶者が疾病・精神障害等により子を養育することが困難な状態になったとき ⑥ 婚姻の解消等により配偶者が申し出に係る子と同居しなくなったとき 990 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 なお、有期雇用職員の場合は、子が1歳に達するまでの間に労働契約の期間が満了することが考 えられるが、その場合に当初の育児休業期間の末日を契約期間満了の日としておき、契約更新に伴 い新たに締結した労働契約の期間の初日を育児休業開始予定日として再び休業を申し出ることは 差し支えない(法 5 条 5 項)。 2)パパ・ママ育休プラスの場合 育児休業の申し出は、同一の子について、上記1)の特別の事情がある場合を除き1回だけでき ることとされているが、配偶者の出産後8週間以内に育児休業を取得した場合は、再度育児休業の 申出をすることができる(育介法 5 条 2 項)。 出生 8 週間 1歳 妻 産休 夫 育休 夫 育休 1 回目 2 回目 妻の産休期間内に夫は育休を取得し ているから、夫は育休2回取得可。 ・「出産後8週間以内」は、出産予定日前に当該子が出生した場合にあっては当該出生の日から 当該出産予定日から起算して八週間を経過する日の翌日までとし、出産予定日後に当該子が出生 した場合にあっては当該出産予定日から当該出生の日から起算して八週間を経過する日の翌日 までとする(5 条 2 項カッコ書)。 出生 予定日 8週間 夫1回目の育休取得可能期間 予定日 出生 8週間 夫1回目の育休取得可能期間 ⇒ 妻の産後休業期間中(産後8週間)に夫が育休を取得する場合は、当該夫は再度育休を取得することができ る。 ※特別の事情がある場合 現行規定では、配偶者の死亡、婚姻の解消等により配偶者が子と同居しなくなったときなど育 児休業を2回取得できる“特別な事情”が計6項目定められているが、これに新たに次の2項目 が追加された(育介則 4 条 7 号・8 号)。 991 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 ① 子が負傷、疾病又は身体上若しくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり世話 を必要とする状態になったとき、 ② 保育所における保育の実施を希望し申込みを行っているが、当面その実施が行われないと き ・二度目の育児休業が可能となるためには、特別の事情がある場合を除いて、出産後8週間以内 (子の出生の日から起算して8週間を経過する日の翌日まで)に育児休業を開始し、かつ、終了 している必要がある。 実際の出産日が出産予定日より早まったり、出産予定日より遅れた場合は、前ページ「出産後 8週間以内」と同様の取扱いをする。 パパ・ママ育休プラス制度は、母親の体力が回復していない出産直後にはできるだけ父親が育児 するできる環境を整えようとするものであり、この間の出産後8週間以内に育児休業を取得するケ ースは実質的には夫(子の父親)に限られるが、条文上のつくりでは男女との取得可能とされてお り、厚労省のQ&Aにおいても、次のように説明している。 Q2 パパ・ママ育休プラスの対象を、男性労働者に限定しても構いませんか? A 法律上、男女とも、パパ・ママ育休プラスとして要件を満たす場合には、1歳2か月まで育児 休業を取得できることとされており、男性労働者のみを対象とすることは許されません。 改正育介法 パパ・ママ育休プラスの要点 ○配偶者が専業主婦(夫)であれば他の配偶者(職員=男性又は女性)は育児休業の取得不可と することができる制度(労使協定を締結する)は廃止された。 ○父母がともに育児休業を取得する場合、1歳2か月(現行1歳)までの間に、1年間育児休業 を取得可能とする(パパ・ママ育休プラス)。 ○父親が出産後8週間以内に育児休業を取得した場合、再度、育児休業を取得可能とする。 (5)育児休業申し出の手続き 1)育児休業申し出の時期 育児休業の申し出をする場合は、休業開始予定日と休業終了予定日とを指定して1か月前までに 申し出なければならない。その際に申出に係る子の氏名・生年月日・労働者との続柄も明らかにす る(法 5 条 4 項)。 1歳から1歳6か月までの育児休業については、休業開始予定日(1歳の誕生日)から希望通り 休業するには、その2週間前までに申し出る。 992 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 16 章 障害 3.介護休業制度(育介法 11 条~15 条) (1)介護休業の申し出 1)概 要 労働者(注 1)は、事業主に申し出ることにより、要介護状態(注 2)にある対象家族1人につ き、常時介護を必要とする状態ごとに1回の介護休業をすることができる(一定の範囲の期間雇用 者も対象となる)。 注 1.労働者 = 労基法 9 条に定める労働者の定義と同義である。ただし、労働者のすべてが介護休業を取得 できるものでなく、日々雇用される者が除外されるほか、労使協定による除外など一定の制約がある。 注 2. 「要介護状態」及び「対象家族」=「要介護状態」とは、負傷、疾病又は身体上若しくは精神上の障害 により2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態をいい、 「対象家族」とは配偶者、父母、子、配 偶者の父母並びに労働者が同居しかつ扶養している祖父母、兄弟姉妹及び孫をいう。配偶者については、届 出をしていないが事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む。 2)対象家族 対象家族の範囲については上記注 2 のとおりである。これを国家公務員の介護休暇の場合と比較 すると、配偶者の父母・祖父母・孫・兄弟姉妹については「同居」を要件とする点については国家 公務員の場合も育児・介護休業法の場合も同じであるが、育児・介護休業法の場合は、さらに「扶 養する」ことも要件として付加される点に違いがある。 具体的には、次の表のとおりである。 第 2-15-1 図 労働者との関係 配偶者 対象家族の範囲の比較 一般職の職員の勤務時間等法 育児・介護休業法 (法 20 条、人規 15-14 第 23 条) (法 2 条 4 号、則 2 条) 配偶者(届出をしていないが事実上婚 同左 姻関係と同様な事情にある者を含む。 以下同じ。) 父母 父母 同左 子 子 同左 配偶者の父母 配偶者の父母 同左 祖父母 同居の祖父母 同居し扶養する祖父母 孫 同居の孫 同居し扶養する孫 兄弟姉妹 同居の兄弟姉妹 同居し扶養する兄弟姉妹 事実上の父母 職員又はその配偶者(事実婚を含む点 に注意)との間において事実上の父母 と同様関係にある同居の事実上の父母 事実上の子 職員又はその配偶者(事実婚を含む点 に注意)との間において事実上の子と 同様な関係にある同居の事実上の子 993 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 (2)介護休業期間 1)概 要 介護休業期間は、労働者が申し出た介護休業開始予定日から介護休業終了予定日までの期間で、 最長93日間である(法 15 条 1 項)。 「93日」の意味は、同一の対象家族について最低基準として保障されていた最長の介護休業期 間(「介護休業開始予定日とされた日の翌日から起算して3か月を経過する日」まで介護休業をす ると、最大で初日+31 日×2+30 日×1 の場合 93 日)を勘案し、93日としたものである。 休業期間は、同一の対象家族について、一の要介護状態ごとに1回の介護休業を通算して93日 に達するまでである。すなわち、同一の家族について、要介護状態になったり、要介護状態から回 復して要介護状態にならなかったりすることがあるが、その場合に一の介護状態ごとに1回の介護 休業を取得することができる。ただし、同一の家族に係る介護休業期間合計は93日が限度である ということである。これは、短期間の休業で復帰する者が少なくない反面、複数回取得のニーズが あることに応え、平成 16 年改正(施行は 17 年 4 月)により実施されることになったものである。 ★介護休業を1回のみした場合 4/1(介護休業を開 7/2(介護休業を終 始した日) 了した日) 介護休業93日 ★介護休業を2回した場合(休業日数の限度は合計で93日) H17 4/1 H20 4/30 10/1 12/2 介護休業63日 介護休業 30日 30日+63日=93日 2回目の介護休業ができるのは、要介護状態から回復した対象家族が、再び 要介護状態に至った場合である。3回目以降も同様。 2)介護休業の終了 介護休業は、次の事情が生じたときには、当初予定していた介護終了予定日前であっても終了す る(育介法 15 条 3 項、育介則 29 条の 2) ① 労働者が介護休業の申出に係る対象家族を介護しないこととなった場合 具体的には、次の事由がある。 a.対象家族の死亡 994 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 b.離婚、婚姻の取消、離縁等による対象家族との親族関係の消滅 c.労働者が負傷、疾病等により対象家族を介護できない状態となったこと ② 介護休業をしている労働者について産前産後休業、育児休業又は新たな介護休業が始まった 場合 特徴的なことは、「対象家族が要介護状態から脱した」を当然に終了事由としていないことであ るが、厚労省はその理由について次のように説明している。 「ロ 対象家族が要介護状態から脱した場合を当然終了事由とすることについては、(イ)対象家族 が再び要介護状態となることも当然予想され、労働者にとって酷であること、(ロ)事業主にとっても、 対象家族の不安定な状態に影響されることは好ましくないものであることから、適当ではなく、当然 終了事由にはしなかったものであること。」 ハ 対象家族が特別養護老人ホーム、介護老人保健施設等へ入院・入所した場合についても、その 入院・入所が一時的となる場合もあるため、ロで述べたと同様の理由で、当然終了事由にはしなかっ たものであること。 」(平 16.12.28 職発 1228001 号・雇児発 1228002 号) したがって、介護休業期間中に対象家族の体調が回復し介護する必要がなくなった場合の取扱い については、介護休業期間中の労働者が一時的に介護をする必要がなくなった期間について、話合 いの上、その事業主の下で就労することは妨げないものである。 この場合、当該労使で介護休業を終了させる特段の合意をした場合を除き、一旦職場に復帰する ことをもって当然に介護休業が終了するものではなく、一時的中断とみることが適当であって、当 初の介護休業期間の範囲内で再び介護休業を再開することができると解される(前述平 16.12.28 通達)。 平16.12.28職発1228001号・雇児発1228002号(抜粋) 15 介護休業期間の終了(法第 15 条第 3 項) (1) 介護休業期間中にその介護休業申出に係る対象家族が死亡するなど厚生労働省令で規定する事 由(則第 29 条の 2 で、則第 29 条を準用する旨を規定した。)が生じた場合又は介護休業申出をした労 働者本人について産前産後休業、育児休業若しくは新たな介護休業が始まった場合には、介護休業は 終了することとしたものであること。 (2) 介護休業期間の終了に関し、以下の点に留意すること。 イ いわゆる内縁関係の解消は、則第 29 条の 2 において準用する則第 29 条第 2 号の「親族関係の消 滅」に当たらないものであること。 ロ 対象家族が要介護状態から脱した場合を当然終了事由とすることについては、(イ) 対象家族が 再び要介護状態となることも当然予想され、労働者にとって酷であること(ロ) 事業主にとっても、 対象家族の不安定な状態に影響されることは好ましくないものであることから、適当ではなく、当然 終了事由にはしなかったものであること。 ハ 対象家族が特別養護老人ホーム、介護老人保健施設等へ入院・入所した場合についても、その入 995 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 院・入所が一時的となる場合もあるため、ロで述べたと同様の理由で、当然終了事由にはしなかった ものであること。 ニ 他の者が労働者に代わって対象家族を介護することとなった場合についても、上記ロ及びハと同 様、労働者にとっても確定的に介護をする必要性がなくなったとは限らないこと、使用者にとっても 不確定要素に影響されるおそれがあることから、当然終了事由にはしなかったものであること。 ホ イからニまでの場合を含め、介護休業期間中の労働者が一時的に介護をする必要がなくなった期 間について、話合いの上、その事業主の下で就労することは妨げないものであること。この場合、当 該労使で介護休業を終了させる特段の合意をした場合を除き、一旦職場に復帰することをもって当然 に介護休業が終了するものではなく、一時的中断とみることが適当であって、当初の介護休業期間の 範囲内で再び介護休業を再開することができるものであること。 ヘ 介護休業期間中の他の事業主の下で就労すること及び介護休業期間中における産前休業の請求 の考え方等については、育児休業の場合と同様であること(第 2 の 17(2)ロ及びハ参照)。 (3) 「新たな介護休業期間」とは、介護休業申出に係る対象家族とは異なる対象家族について開始 する介護休業期間の意であること。 (3)取得対象者 1)原 則(有期雇用・無期雇用にかかわらず適用される。 ) 介護休業は、当然であるが男女いずれの労働者も取得することができる。ただし、日々雇用さ れる者は除外される(法 2 条 1 号) 。 また、労使協定を締結することにより、次の者を除外することが可能である(法 12 条 2 項、育 介則 23 条)。 ① 引続き雇用された期間が1年に満たない者 ② 介護休業することができないこととすることについて合理的な理由があるものとして、次の いずれかに該当する場合 (a)介護休業申し出の日から起算して93日以内に雇用関係が終了することが明らかな者 (b)1週間の所定労働日数が2日以下の者 2)有期雇用職員の特例 期間を定めて雇用される者にあっては、次のいずれにも該当する場合に限り介護休業をすること ができる(法 11 条 1 項ただし書)。 ① 引き続き雇用された期間が1年以上あること(注 1) ② 介護休業開始予定日から起算して93日を経過する日(以下「93日経過日」と いう。 (注 2) )を超えて引き続き雇用されることが見込まれる者で、かつ、93日経過日から 1年を経過するまでの間に雇用契約が終了して退職することが明らかなでないこと 注 1.「引き続き雇用された期間が1年以上」=育児休業の場合と同様な解釈であり、労働契約の更 新に伴い就業場所等の変更があった場合や契約期間中に事業所間異動があった場合にも、それぞ れにおける雇用期間を通算して算定する。年末年始や週休日を空けて労働契約が締結されている 場合や、すでに次期の契約が締結されている場合は、雇用期間は実質的に継続していると判断さ れる。また、配置転換等による勤務先事業所の変更があった場合でも、同じ事業主との労働契約 が締結されていれば「引き続き雇用されている」と判断される。 注 2.「93日経過日」=「93日経過日」とは、介護休業開始予定日から起算、すなわち介護休業 996 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 開始予定日を 1 日目として数えた場合に、93 日目に該当する日をいう。たとえば、平成 19 年 4 月 1 日が介護休業開始予定日の場合における 93 日経過日は、平成 19 年 7 月 2 日であり、この場 合の「93 日経過日から 1 年を経過する日」は平成 20 年 7 月 1 日である。 4/1 翌年 7/1 7/2 介護休業開始 93 日経過日 1年 1年経過日 予定日 4月1日~30 日 30 日 5 月 1 日~31 日 31 日 6 月 1 日~30 日 30 日 7 月 1 日~ 2 日 2日 計 93 日 労働契約の形式上期間を定めて雇用されている者であっても、その契約が実質的に期間の定めの ない契約と異ならない状態となっている場合には、期間を定めて雇用される者にあたらない。 (4)介護休業申し出の手続き 1)介護休業申し出の時期 介護休業の申し出をする場合は、休業開始予定日と休業終了予定日とを指定して2週間前までに 申し出なければならない。その際に申出に係る対象家族の氏名及び労働者との続柄、介護を必要と する理由もあきらかにする。(法 12 条 3 項)。 2)介護休業申し出の回数 休業期間は、同一の対象家族について、一の要介護状態ごとに1回である。すなわち、同一の対 象家族について、要介護状態になったり、要介護状態から回復して要介護状態にならなかったりす る場合には、一の介護状態ごとに1回の介護休業を取得することができるので、何回でも休業する ことが起こり得る。ただし、その場合であっても、同一の家族に係る介護休業期間の合計は93日 が限度である。 改正育介法 介護のための短期の休暇制度を創設され、要介護状態の対象家族が1人であれば年5日、2人以 上であれば年10日取得することができる。 997 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 16 章 障害 4.子の看護休暇(育介法 16 条の 2~16 条の 3) (1)子の看護休暇の申し出 小学校就学前の子を養育する労働者は、事業主に申し出ることにより、小学校就学前の子が 1人の場合1年に5日、小学校就学前の子が2人以上の場合は10日を限度として、病気・け がをした子の看護のために、看護休暇を取得することができる。 この場合の「1年」は原則的には 4 月 1 日から翌年 3 月 31 日までの1年度をいうが、事業主が 任意に決めることができ、たとえば、年次有給休暇の更新に合わせて1月1日から 12 月 31 日まで の 1 年間とすることも、別段の定めをすることにより可能である。 事業主は、業務の繁忙等を理由に、子の看護休暇の申出を拒むことはできないことはもちろんの こと、この制度の目的が、子が病気・けがをし親の世話を必要とするその日に休暇の権利を保障す る制度であることにかんがみれば、休暇取得当日に電話により看護休暇の取得を申し出をした場合 であっても、これを拒むことはできないと解される(平 16.12.28 職発 1228001 号)。 ただし、子の看護休暇の対象となる職員の範囲については、次項(3)を参照。 (2)子の看護休暇の日数 1)子の看護休暇日数の原則 前述のとおり、子の看護休暇日数は、小学校就学前の子が1人の場合は1年に5日、小学校就 学前の子が2人以上の場合は10日を限度である。年次有給休暇のような勤続年数によって付与 日数を増加させる必要はない。子が2人以上の場合は3人、4人の場合であっても一律10日を限 度とする。 休暇の単位は1労働日であるが、半日単位や時間単位で取得できるようにすることは適法である (年次有給休暇の場合は1労働日を分割して半日や1時間単位とすることは休暇の趣旨に反する と考えられているが、子の看護休暇の場合は半日や1時間単位の取得は法を上回る規定と解されて いる。)。 改正育介法 子の看護休暇制度を拡充し、小学校就学前の子が1人であれば年5日(現行どおり)、2人以上 であれば年10日(改正規定)の看護休暇日数を取得することができる。 2)具体例 イ 平成22年度の子の看護休暇日数 改正法は平成22年6月30日施行であるから、子の看護休暇を年度単位で付与している場合、子 が2人以上の場合に付与する日数は年度の残りの日数で按分して付与すれば足りるのではない かという疑問が生じる。 これについて厚労省は、年度単位で子の看護休暇を付与する場合、改正法施行初年度である 平成22年度にも原則通りの日数を付与すべきものとして、次のように説明している(厚労省Q &A Q5)。 「お尋ねのように、年度を定めている場合に、改正法の施行日である平成22年6月30日以降 の平成22年度の付与日数は、年度の残りの日数で按分することは許されず、対象となる子が1人 の場合は5日、2人以上の場合は10日付与する必要があります。 」 ロ 年度の途中で子どもが生まれたり、亡くなったりした場合の付与日数 998 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 子の看護休暇の付与日数は、申出時点の子の人数で判断する。 たとえば、子どもが年度の途 中で生まれ、小学校就学前までの子が2人となった場合、年度の途中であってもその年度にお ける付与日数は10日に修正する必要がある。 また、子どもが年度の途中で亡くなった場合などの理由により子の看護休暇の付与日数が減 少した場合、既に取得した子の看護休暇の日数が付与日数を上回る場合であっても、既に取得 した子の看護休暇は有効であり、当該上回る日数について、遡及して不就業と取り扱うことや、 翌年度分に付与される子の看護休暇の日数から差し引くことは許されない。 ⇒ 子の看護休暇の付与日数は、申出時点の子の人数で判断する。 (3)取得対象者 1)原 則(有期雇用・無期雇用にかかわらず適用される。) 子の看護休暇は男女いずれの労働者も取得することができる。ただし、日々雇用される者は除 外される(法 2 条 1 号の「労働者」の定義参照)。 また、労使協定を締結することにより、次の者を除外することが可能である(法 16 条の 3 で準 用する法 6 条 1 項、育介則 30 条の 2)。 ① 引続き雇用された期間が6か月に満たない者 ② 1週間の所定労働日数が2日以下の者 2)有期雇用職員の特例 期間を定めて雇用される者にあっては、育児休業・介護休業の場合には法律上当然に適用除外す る規定(たとえば、引き続き雇用された期間が1年未満である者等)があったが、子の看護休暇に おいては、そのような規定はなく、上記1)の労使協定を締結しなければ無条件で適用される。 5.介護休暇 (1)介護休暇の申し出 要介護状態にある対象家族の介護その他の厚生労働省令で定める世話を行う労働者は、事業主 に申し出ることにより、要介護状態にある対象家族が1人の場合1年に5日、要介護状態にある 対象家族が2人以上の場合は10日を限度として、当該世話を行うためのために、介護休暇を 取得することができる(育介法 16 条の 5 第 1 項) 。 ※「要介護状態」 : 負傷、疾病又は身体上若しくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり 常時介護を必要とする状態 「対象家族」 : 配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含 む)、父母及び子(これらの者に準ずる者として、労働者が同居し、かつ、扶養し ている祖父母、兄弟姉妹及び孫を含む。 ) 、配偶者の父母 介護休暇の対象となる世話には、対象家族を直接介護するものに限られず、対象家族の通院等の 付添い、対象家族が介護サービスの適用を受けるために必要な手続きの代行その他の対象家族に必 要な世話などが含まれ、対象家族のために行う家事や買い物などについても、対象家族の世話と認 められるものであれば含まれる。 999 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 (2)介護休暇の日数 1)介護休暇日数の原則 前述のとおり、要介護状態にある対象家族が1人の場合1年に5日、要介護状態にある対象家 族が2人以上の場合は10日を限度として、当該世話を行うためのために、介護休暇を取得す ることができる。対象家族がが2人以上の場合は一律10日を限度とする。 休暇の単位は1労働日であるが、半日単位や時間単位で取得できるようにすることは適法である (年次有給休暇の場合は1労働日を分割して半日や1時間単位とすることは休暇の趣旨に反する と考えられているが、子の看護休暇の場合は半日や1時間単位の取得は法を上回る規定と解されて いる。)。 改正育介法 要介護状態にある対象家族を介護その他世話をする労働者は、当該対象家族が1人であれば年 5日、2人以上であれば年10日の介護休暇を取得できる制度が創設された。 (3)取得対象者 1)原 則(有期雇用・無期雇用にかかわらず適用される。) 介護休暇は男女いずれの労働者も取得することができる。ただし、日々雇用される者は除外さ れる(法 2 条 1 号)。 また、労使協定を締結することにより、次の者を除外することが可能である(法 16 条の 6 で準 用する法 6 条 1 項、育介則 30 条の 6)。 ① 引続き雇用された期間が6か月に満たない者 ② 1週間の所定労働日数が2日以下の者 2)有期雇用職員の特例 期間を定めて雇用される者にあっては、育児休業・介護休業の場合には法律上当然に適用除外す る規定(たとえば、引き続き雇用された期間が1年未満である者等)があったが、子の看護休暇に おいては、そのような規定はなく、上記1)の労使協定を締結しなければ無条件で適用される。 6.所定外労働の制限 (1)概 要 3歳に満たない子を養育する労働者から請求があったときは、事業主は、所定労働時間(国大・ 独法においては、通常、1日 7 時間 45 分かつ1週間 38 時間 45 分)を超えて当該労働者を就労さ せてはならない(育介法 16 条の 8) 。ただし、事業の正常な運営を妨げる場合はこの限りでないと されている。 ※事業の正常な運営を妨げる場合 「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かは、当該労働者の所属する事業所を基準とし て担当する作業の内容、作業の繁閑、代行者の配置の難易等諸般の事情を考慮して客観的に判断する。 事業主は、当該労働者が請求どおりに所定外労働の制限を受けることができるように、通常考え られる相当の努力をすべきである。たとえば、事業主が通常の配慮をすれば代行者を配置する等によ り事業を運営することが客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、そのための配慮を しなかった場合は、所定外労働が必要な配置人員を欠くこと等をもって「事業の正常な運営を妨げる 1000 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 場合」に該当するとはいえない。 一方、事業主が通常の配慮をしたとしても代行者を配置する等により事業を運営することが客観 的に可能な状況になかったと認められる場合は、 「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当する。ま た、所定外労働をさせざるを得ない繁忙期において、同一時期に多数の専門性の高い職種の労働者が 請求した場合であって、通常考えられる相当の努力をしたとしてもなお事業運営に必要な業務体制を 維持することが著しく困難な場合には、 「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当する(平 21.12.28 職発 0004 号) 。 (2)取得対象者 1)原 則(有期雇用・無期雇用にかかわらず適用される。) 所定外労働の制限は、男女いずれの労働者も本人が請求するすることにより取得することができ る。ただし、日々雇用される者は除外される(法 2 条 1 号)。 また、労使協定を締結することにより、次の者を除外することが可能である(育介法 16 条の 8 第 1 項、育介則 30 条の 8)。 ① 引続き雇用された期間が1年に満たない者 ② 1週間の所定労働日数が2日以下の者 ※「1年に満たない」か否かの判断は、育児休業申し出の場合と同様に所定外労働の制限を受ける請 求の時点でなされる。 2)有期雇用職員の場合 期間を定めて雇用される者にあっては、育児休業・介護休業の場合には法律上当然に適用除外す る規定(たとえば、引き続き雇用された期間が1年未満である者等)があったが、所定外労働の制 限においては、そのような規定はなく、上記1)の労使協定を締結しなければ無条件で適用される。 (3)請求の手続き 所定外労働の制限を請求する場合は、1か月以上1年以内の期間で一の期間について制限開始予 定日と制限終了予定日とを明らかにして、制限開始予定日の1か月前までにしなければならない (法 16 条の 8 第 2 項)。この場合において、制限を受ける期間は時間外労働の制限を受ける期間と 重複しないようにしなければならない(この所定外労働の制限を受ければ、当然に時間外労働の制 限も受けることになるから。) 7.時間外労働・深夜労働の制限 (1)概 要 小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者が、子を養育するために請求した場合には、 三六協定により労働時間を延長する場合においても、1か月について24時間、1年について15 0時間を超えて労働させることができない(法 17 条 1 項)。 同様に、子を養育するために請求した場合には、深夜において労働させることができない(法 19 条 1 項)。 ただし、事業の正常な運営を妨げる場合においては、この限りでない。「事業の正常な運営を妨 げる場合」の判断については、次のような通達がある。 1001 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 平 16.12.28 職発 1228001 号 第五(7) 「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かは、当該労働者の所属する事業所を基準として、 当該労働者の担当する作業の内容、作業の繁閑、代行者の配置の難易等諸般の事情を考慮して客観的 に判断すべきものであること。 事業主は、労働者が時間外労働の制限を請求した場合においては、当該労働者が請求どおりに時間 外労働の制限を受けることができるように、通常考えられる相当の努力をすべきものであり、単に時 間外労働が事業の運営上必要であるとの理由だけでは拒むことは許されないものであること。 例えば、時間外労働をさせざるを得ない繁忙期において、同一時期に多数の専門性の高い職種の労 働者が請求した場合であって、通常考えられる相当の努力をしたとしてもなお事業運営に必要な業務 体制を維持することが著しく困難な場合には、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するもので あること。 (2)取得対象者 時間外労働・深夜労働の制限の請求は、当然であるが男女いずれの労働者もすることができる。 ただし、日々雇用される者は除外される(育介法 2 条 1 号)。 また、次に該当する者は適用除外とされ、請求することができない。 1)時間外労働の制限(育介法 17 条 1 項、育介則 31 条の 2、31 条の 3) ① 引き続き雇用された期間が1年に満たない者 ② 子の親である配偶者が常態として子を養育できるものとして次のいずれにも該当する者 (a)職業に就いていない者(育児休業等により就業していない者や週の就業日数が2日以下の 者を含む。) (b)疾病・精神障害により子を養育することが困難な常態にある者でないこと (c)6週間(多胎妊娠の場合は 14 週間)以内に出産する予定であるか、産後8週間を経過し ない者でないこと (d)子と同居していること ③ 当該請求することができないこととすることについて合理的な理由があるとして次のいず れかに該当する場合 (a)週所定労働日数が2日以下の者 (b)育児休業の申し出に係る子の親であって、育児休業の申し出をした職員又はその配偶者 のいずれでもない者であるもの(注)が②(a)~(d)の各号のいずれにも該当する場 合(子の養育ができる状況にあるということ) 注.つまり、離婚した場合の元妻やいわゆる妾(めかけ)などを指していると思われる。 なお、労基法 41 条各号に該当する労働者(農水産業従事者・管理監督者・監視断続的業務従事 者で許可を受けた者など)は、そもそも労基法上の労働時間に関する規制が適用されないため、時 間外労働の制限の対象となり得ない(次項の深夜業の制限の対象とはなり得る。 ) 2)深夜業の制限 ① 引き続き雇用された期間が1年に満たない者 1002 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 ② 深夜において、常態として子を保育することができる同居の家族等がいる場合 ③ 当該請求することができないこととすることについて合理的な理由があるとして次のいず れかに該当する場合 (a)週所定労働日数が2日以下の者 (b)所定労働時間の全部が深夜である者(もともと深夜に業務に従事することを前提としてい る。) 3)有期雇用職員の特例 時間外労働・深夜業の制限に関しては、有期雇用職員を適用除外する特別な規定はないので、無 期雇用職員と同様に取り扱わなければならない。 (3)申し出の手続き 1)時間外労働の制限 時間外労働の制限を請求する場合は、1か月以上1年以内の期間で一の期間について制限開始予 定日と制限終了予定日とを明らかにして、制限開始予定日の1か月前までにしなければならない (法 17 条 2 項)。 2)深夜業の制限 深夜業の制限を請求する場合は、1か月以上6か月以内の期間で一の期間について制限開始予定 日と制限終了予定日とを明らかにして、制限開始予定日の1か月前までにしなければならない(法 19 条 2 項)。 改正育介法 旧規定では、小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者及び要介護状態にある対象家 族を介護する労働者について、法定労働時間を超える時間外労働に関し一定の制限を設けていたが、 これに加えて改正法では、3歳未満の子を養育する労働者及び要介護状態にある対象家族を介護・ 世話する労働者について、本人の請求により法定労働時間内であっても所定労働時間を超える労働 が禁止されることとなった。 1003 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 16 章 障害 8.所定労働時間の短縮措置(短時間勤務) (1)3歳に満たない子を養育する労働者に対する短時間勤務制度の義務化 1)概 要 事業主は、その雇用する労働者のうち、その3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休 業をしていないものに関して、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働 者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(「所定労働時間の短縮措置」 )を講 じなければならない。ただし、労使協定により、続き雇用された期間が1年に満たない労働者その 他一定の者をこの対象から除外することができる(育介法 23 条 1 項)。 2)労使協定で除外できる者 労使協定により除外できる者の範囲は、次のとおりである。 a.当該事業主に引き続き雇用された期間が1年に満たない労働者 b. 1週間の所定労働日数が2日以下の労働者 c.業務の性質又は業務の実施体制に照らして、短時間勤務制度を講じることが困難と認められ る業務に従事する労働者 2)対象となる労働者 短時間勤務制度の対象となる労働者は、次のすべてに該当する労働者である。 ① 3歳に満たない子を養育する労働者であること。 ② 1日の所定労働時間が6時間以下(※)でないこと。 ③ 日々雇用される者でないこと。 ④ 短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業をしていないこと。 ⑤ 労使協定により適用除外とされた労働者でないこと。 ※ 1か月又は1年単位の変形労働時間制の適用される労働者については、 「1日の所定労働時 間が6時間以下」とはすべての労働日の所定労働時間が6時間以下であることをいい、対象 となる期間を平均した場合の一日の所定労働時間をいうものではない。 なお、労基法第 41 条に規定する者(①農水産業従事者、②監督・管理の地位にある者又は機密 の事務を取り扱う者、③監視又は断続的労働に従事する者)については、そもそも労基法上の労働 時間に関する規定の適用がないため、短時間勤務制度を講じなくてもよいとされる(平 21.12.28 職発 004 号) 。 しかし、管理監督者に対しても、育児・介護休業法 23 条 1 項の措置とは別に、同項の短時間勤 務制度に準じた制度を導入することは可能であり、こうした者の仕事と子育ての両立を図る観点か らは、むしろ望ましいものである(前述平 21.12.28 通達)。 3)短時間勤務制度の内容 短時間勤務制度は、1日の所定労働時間を原則として6時間とする措置を含むものとしなければ ならない。「原則として6時間」とは、所定労働時間の短縮措置は、1日の所定労働時間を6時間 とすることを原則としつつ、通常の所定労働時間が7時間 45 分である事業所において短縮後の所 定労働時間を5時間 45 分とする場合などを勘案し、短縮後の所定労働時間について、1日5時間 45 分から6時間までを許容する趣旨である。 なお、1日の所定労働時間を6時間とする措置を設けた上で、そのほか、たとえば1日の所定労 1004 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 働時間を7時間とする措置や、隔日勤務等の所定労働日数を短縮する措置など所定労働時間を短縮 する措置を、あわせて設けることも可能であり、労働者の選択肢を増やす望ましいものといえる。 (2)3歳に満たない子を養育する労働者に対する代替措置 事業主は、上記(1)2)c.の規定により「業務の性質又は業務の実施体制に照らして、短時 間勤務制度を講じることが困難と認められる業務に従事する労働者」について(1)1)の所定労 働時間短縮措置を講じないこととするときは、「労働者の申出に基づく育児休業に関する制度に準 じる措置」又は次に定める「始業時刻変更等の措置」 (※)のいずれかを講じなければならない(育 介法 23 条 2 項)。 ※「始業時刻変更等の措置」 ① フレックスタイム制により労働させること ② その他の当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置 具体例として ・時差出勤の制度 ・3歳に満たない子に係る保育施設の設置運営その他これに準ずる便宜の供与 (労働者からの委任を受けてベビーシッターを手配し、その費用を負担するこ となどが含まれる。 ) なお、短時間勤務制度の適用除外とされた業務に従事する労働者が、短時間勤務をすることを希 望している場合、短時間勤務が可能である他の業務に配置転換して、その業務において短時間勤務 をさせることも、労働者本人との真の合意がある場合には、差し支えない。この場合、短時間勤務 が終了した後の配置等についても、あわせて合意しておくことが望ましい。 (3)小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者等に関する措置 事業主は、小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者に関して、次の各号に掲げる当 該労働者の区分に応じ当該各号に定める制度又は措置に準じて、それぞれ必要な措置を講じるよう 努めなければならない(育介法 24 条 1 項)。 1 対象労働者 必要な措置(努力義務) 1歳(一定の場合は1歳6か月)に満たない ・始業時刻変更等の措置(フレックスタイム制 子を養育する労働者で、育児休業をしていな など。以下同じ) いもの 2 3 1歳から3歳に達するまでの子を養育する ・育児休業に関する制度 労働者 ・始業時刻変更等の措置 3歳から小学校就学の始期に達するまでの ・育児休業に関する制度 子を養育する労働者 ・所定外労働の制限に関する制度 ・所定労働時間の短縮措置 ・始業時刻変更等の措置 改正育介法 1005 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 改正法では、3歳未満の子を養育する労働者について、短時間勤務制度(1日6時間)を設けるこ とを事業主の義務とすること、3歳から小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者に関 しては、所定労働時間の短縮措置その他の必要な措置を講じるよう努めることとされる。 (4)家族を介護する労働者に対する措置 1)概 要 事業主は、要介護状態にある対象家族を介護する労働者に関して、労働者の申出に基づく「連続 する93日間」(※)以上の期間における所定労働時間の短縮その他の当該労働者が就業しつつそ の要介護状態にある対象家族を介護することを容易にするための措置を講じなければならない(育 介法 23 条 3 項)。 ※「連続する93日間」 当該労働者の雇入れの日から当該連続する期間の初日の前日までの期間における介護休業等日数が 1日以上である場合にあっては、93日から当該介護休業等日数を差し引いた日数の期間とし、当該労 働者が当該対象家族の当該要介護状態について介護休業をしたことがある場合にあっては、当該連続す る期間は、当該対象家族の当該要介護状態について開始された最初の介護休業に係る介護休業開始予定 日とされた日から起算した連続する期間のうち当該労働者が介護休業をしない期間とする(育介法 23 条 3 項カッコ書)。 ※所定労働時間の短縮その他の当該労働者が就業しつつその要介護状態にある対象家族を介護する ことを容易にするための措置 次のような措置が上げられる(育介則 34 条 3 項)。 ① 所定労働時間短縮(1日6時間)の制度 ② フレックスタイム制又は時差出勤制度 ③ 対象家族を介護するサービスを利用する場合に労働者が負担すべき費用を助成する制度 2)対象となる労働者 対象家族を介護する労働者に対する措置の対象となる労働者は、次のすべてに該当する労働者で ある。 ① 要介護状態にある対象家族を介護する者 ② 1日の所定労働時間が6時間以下(※)でないこと。 ③ 日々雇用される者でないこと。 ④ 短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業をしていないこと。 ⑤ 労使協定により適用除外とされた労働者でないこと。 3歳未満の子を養育する育児短時間勤務制度の場合と同様に、対象家族を介護する労働者に対す る措置についても労使協定により「当該事業主に引き続き雇用された期間が1年に満たない労働者」 などを対象から除外することができるが、「介護休業の申し出があった日から起算して93日以内 に雇用関係が終了することが明らかな労働者」については労使協定によっても除外することはでき ない(平 21.12.28 職発 0004 号)。 1006 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 7.その他 (1)不利益取扱いの禁止(育介法 10 条、16 条、16 条の 4) 事業主は、育児休業、介護休業や子の看護休暇の申出をしたこと又は取得したことを理由とし て、労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。 事業主に対して禁止される解雇その他不利益な取扱いは、労働者が育児休業、介護休業や子の看護 休暇の申出をしたこと又は取得したこととの間に因果関係がある行為である。 解雇その他不利益な取扱いの典型例として、次に掲げる取扱いがあげられる。 ① 解雇すること。 ② 期間を定めて雇用される者について、契約の更新をしないこと。 ③ あらかじめ契約の更新回数の上限が明示されている場合に、当該回数を引き下げること。 ④ 退職又は正社員を非正規社員とするような労働契約内容の変更の強要を行うこと。 ⑤ 自宅待機を命ずること。 ⑥ 降格させること。 ⑦ 減給をし、又は賞与等において不利益な算定を行うこと。 ⑧ 不利益な配置の変更を行うこと。 ⑨ 就業環境を害すること。 (2)転勤についての配慮(育介法 26 条) 事業主は、労働者を転勤させようとするときには、育児や介護を行うことが困難となる労働 者について、その育児又は介護の状況に配慮しなければならない。 配慮することの内容としては、例えば、 ① その労働者の子の養育又は家族の介護の状況を把握すること。 ② 労働者本人の意向を斟酌すること。 ③ 就業場所の変更を行う場合は、子の養育又は家族の介護の代替手段の有無の確認を行うこと。 等が考えられるが、これらはあくまでも配慮することの内容の例示であり、他にも様々な配慮が考 えられる。 また、転勤の配慮の対象となる労働者が養育する子には、小学生や中学生も含まれる。 (3)職業家庭両立推進者の選任(育介法 29 条) 事業主は、労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするための措置の適切かつ 有効な実施を図るための業務を担当する「職業家庭両立推進者」を選任するように努めなければ ならない。 職業家庭両立推進者は、法の規定に基づき事業主が講ずべき措置等を円滑に実施することをはじめ、 職場の雰囲気作り等労働者の職業生活と家庭生活との両立を図りやすくするために必要な一切の業 務を行う。 1007 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 (4)育児・介護休業法に関する紛争の解決 1)概 要 労働者と使用者間の個別紛争の解決を目的とする一般法は個別労働関係紛争解決促進法である。 同法による解決手段は、①都道府県労働局長による助言・指導、②紛争調整委員会によるあっせん、 であるが、しかし、①による助言・指導は強制力がなく、②によるあっせん案の作成・提示・受諾 の一連の手続きは、紛争当事者の一方があっせんの手続に参加する意思がない場合には打切りとな るため、労働者保護の立場からすれば十分とはいえない。 そこで、主に女性労働者の雇用の分野における均等な待遇の実現に関係する男女雇用機会均等法、 パート労働法では、紛争の解決に関し個別労働関係紛争解決促進法によるのでなく、独自の紛争解 決システムを有し、具体的には、①都道府県労働局長の助言・指導のほかに「勧告」が加わり、② 紛争調整委員会による調整はあっせんではなく「調停」を行うことができることとされ、より強固 な指導・調整体制が敷かれていた。 育児・介護休業法も平成 20 年改正によりこの二法と同様な紛争の解決制度を有することとなっ た(育介法 52 条の 2~52 条の 6)。 2)苦情の自主的解決 育児・介護休業に関する事項についての苦情は、まず、企業内に労使をそれぞれ代表する者を 構成員とする苦情処理機関を設け、事業主は当該苦情処理機関に対し苦情の処理をゆだねる等その 自主的な解決を図るように努めなければならない(育介法 52 条の 2)。 この紛争の自主的解決の促進については、男女雇用機会均等法及びパートタイム労働法の場 合と同様である。 2)都道府県労働局長の助言・指導・勧告 育児・介護休業法においては、紛争の当事者の双方又は一方からの求めにより、都道府県労働局 長は育児・介護休業等に関する労働者と事業主との紛争について、必要な助言・指導・勧告をする ことができる(育介法 52 条の 4 第 1 項)。 また、厚生労働大臣の権限として、紛争当事者の求めがなくても事業主に対して報告を求め、又 は助言・指導・勧告をすることができる点についても、男女雇用機会均等法の場合(均等法 29 条 1 項)と同様である(育介法 56 条)。 3)紛争調整委員会による調停 育児・介護休業法においては、育児・介護休業法に規定する事項に関する紛争について当事者双 方又は一方からの申請があった場合において当該紛争の解決に必要と認めるときは、紛争調整委員 会による調停が行われる(育介法 52 条の 5 第 1 項)。 育児・介護休業法 (苦情の自主的解決) 第52条の2 事業主は、第2章から第5章まで、第23条及び第26条に定める事項に関し、労働者から 苦情の申出を受けたときは、苦情処理機関(事業主を代表する者及び当該事業所の労働者を代表する 者を構成員とする当該事業所の労働者の苦情を処理するための機関をいう。)に対し当該苦情の処理 をゆだねる等その自主的な解決を図るように努めなければならない。 (紛争の解決の促進に関する特例) 第52条の3 前条の事項についての労働者と事業主との間の紛争については、個別労働関係紛争の 1008 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 解決の促進に関する法律(平成13年法律第112号)第4条の規定は適用せず、次条に定めるところによ る。 (紛争の解決の援助) 第52条の4 都道府県労働局長は、前条に規定する紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方 からその解決につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧 告をすることができる。 第2項 略 (調停の委任) 第52条の5 都道府県労働局長は、第52条の3に規定する紛争について、当該紛争の当事者の双方又は 一方から調停の申請があった場合において当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、個別 労働関係紛争の解決の促進に関する法律第6条第1項の紛争調整委員会に調停を行わせるものとする。 第2項 略 (報告の徴収並びに助言、指導及び勧告) 第56条 厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、報告 を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。 (公表) 第 56 条の 2 厚生労働大臣は、(中略)の規定に違反している事業主に対し、前条の規定による勧 告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表することが できる。 改正育介法 ○苦情処理・紛争解決の援助及び調停の仕組みが創設された。 ○勧告に従わない場合の公表制度及び報告を求めた場合に報告をせず、又は虚偽の報告をした者に対 し過料を科すことができることになった。 1009 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 資料 46 個別的労働関係 第 16 章 障害 育児介護休業法の改正の要点 育児・介護休業法の改正 (最終改正:平成二一年七月一日法律第六五号) 厚労省発表“改正法律案要綱”をベースに独自の説明を加えた。 第一 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の一部 改正関係 一 総則の改正 介護休暇に関する制度を設けることをこの法律の目的に加える(第一条関係)。 二 育児休業の改正 (一)育児休業の申出 (二)育児休業申出があった場合における事業主の義務等 労働者の配偶者が常態として当該子を養育することができるものとして厚生労働省令で定める 者に該当する場合(いわゆる専業主婦(夫)の場合)に、 「労使協定」により育児休業の申出を拒 むことができる旨の規定があったが、これを削除した(第六条第一項第二号関係)。 改正後は、専業主婦(夫)の配偶者について、育児休業の取得対象者から除外することができ なくなった。 (三)同一の子について配偶者が育児休業をする場合の特例 労働者の配偶者(例:妻)が子の一歳到達日以前のいずれかの日において当該子を養育するた めに育児休業をしている場合には、当該労働者(例:夫)は子が1歳2か月に達するまで育児休 業することができる(第九条の二第一項及び第二項)。 例1 出生 妻 産休 8 週間 1歳 妻 育休 産休期間を含めて1年以内 1010 1 歳 2 か月 夫 育休 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 例2 8 週間 出生 1歳 1 歳 2 か月 妻 育休 妻 産休 産休期間を含めて1年以内 夫 育休 1年以内 妻・夫ともそれぞれ1年(妻の場合は産休を含めて1年)を超えない範囲内で、子 が1歳2か月に達するまでの間、育休を取得できる ・ただし、次のいずれかに該当する場合は、上記規定(1歳2か月までという規定)を適用しな い。 ① 育児休業開始予定日とされた日が、当該育児休業に係る子の一歳到達日の翌日後である場合 ② 労働者の配偶者(妻)がしている育児休業に係る育児休業期間の初日前である場合 例3 出生 8 週間 1歳 1 歳 2 か月 ① 妻 育休 妻 産休 夫育休 × 産休期間を含めて1年以内 例4 出生 1歳 8 週間 妻 産休 1 歳 2 か月 妻 育休 ② × 夫 育休 妻より先に取得するこのような育休 はとれない (四)公務員である配偶者がする育児休業に関する規定の適用 上記(一)及び(三)の規定の適用については、国家公務員の育児休業等に関する法律(平成 三年法律第百九号)3 条 2 項等公務員関係の育児休業に関する法律の規定によりする育児休業は、 1011 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 育児介護休業法による育児休業とみなす。(第九条の三関係) ⇒ 配偶者が国家公務員・地方公務員であっても、(一)及び(三)の規定が適用される。 三 子の看護休暇の改正 小学校就学の始期に達するまでの子の看護休暇に関する制度については、従来子が何人いても 労働者1人につき年間5日が限度であったが、改正により子が2人以上の場合は10日とされる ことになった(第十六条の二第一項)。 四 介護休暇の新設 要介護状態にある対象家族を労働者が介護するための休業制度として「介護休業」制度がある が、加えて、通院の付添い等に利用できる介護のための短期休暇制度として「介護休暇」制度が 設けられた。 (一)介護休暇の申出 イ 要介護状態にある対象家族の介護その他の厚生労働省令で定める世話を行う労働者は、そ の事業主に申し出ることにより、一の年度において5日(要介護状態にある対象家族が2人以 上の場合にあっては10日)を限度として「介護休暇」を取得することができる(第十六条の 五第一項) ロ イの申出は、厚生労働省令で定めるところにより、当該申出に係る対象家族が要介護状態 にあること及び介護休暇を取得する日を明らかにして、しなければならない(第十六条の五第 二項関係)。 ハ イの年度は、事業主が別段の定めをする場合を除き、4 月 1 日に始まり翌年 3 月 31 日に終 わるものとする(第十六条の五第三項)。 (二)介護休暇の申出があった場合における事業主の義務等 事業主は介護休暇の申出を拒むことができないものとされるが、次に掲げる労働者について介 護休暇を取得することができないものとして労使協定で定めた場合は、それによる(第十六条の 六)。 イ 当該事業主に引き続き雇用された期間が六月に満たない労働者 ロ 介護休暇を取得することができないこととすることについて合理的な理由があると認めら れる労働者として厚生労働省令で定めるもの (三)不利益取扱の禁止 事業主は、労働者が介護休暇の申出をし、又は介護休暇を取得したことを理由として、当該労 働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(第十六条の七)。 ⇒ 労使協定を締結することにより、雇用期間が6か月未満の者その他厚生労働省令で定めるものについて、介 護休暇の適用を除外することができる。 五 所定外労働の制限の新設 小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者及び要介護状態にある対象家族を介護す る労働者については、法定労働時間を超える時間外労働に関し一定の制限を設けているが、加え 1012 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 て、3歳未満の子を養育する労働者及び要介護状態にある対象家族を介護する労働者については、 本人の請求により所定労働時間を超える労働が禁止されることとなった。 (一)所定外労働の制限 事業主は、3歳に満たない子を養育する労働者が当該子を養育するために請求した場合におい ては、事業の正常な運営を妨げる場合を除き、所定労働時間を超えて労働させてはならない(第 十六条の八第一項)。 ただし、次に掲げる労働者について上記請求することができないものとして労使協定で定めた 場合は、それによる。 イ 当該事業主に引き続き雇用された期間が1年に満たない労働者 ロ イのほか、当該請求をできないこととすることについて合理的な理由があると認められる 労働者として厚生労働省令で定めるもの (二) (一)の請求は、厚生労働省令で定めるところにより、その期間中は所定労働時間を超えて 労働させてはならないこととなる一の期間(1か月以上1年以内の期間に限る。 )について、 その初日(以下「制限開始予定日」という。)及び末日(以下「制限終了予定日」という。) とする日を明らかにして、制限開始予定日の1か月前までにしなければならない。この場合 において、一の期間については、時間外労働の制限の一の期間と重複しないようにしなけれ ばならない(第十六条の八第二項関係)。 例5 3歳に達するまでの育児支援イメージその1 3歳 1歳 出生 育 休 所定外不就労 1か月~1年以内 (三) 時間外制限 1か月~1年以内 (一)の請求がされた後制限開始予定日とされた日の前日までに、子の死亡その他の厚生 労働省令で定める事由が生じたときは、当該請求はされなかったものとみなす(第十六条の八第 三項関係)。 (四) (一)の請求に係る子の死亡その他の厚生労働省令で定める事由が生じた場合、当該子が 3歳に達した場合又は産前産後休業、育児休業若しくは介護休業が始まった場合においては、制 限終了予定日前においても一の期間が終了するものとする(第十六条の八第四項) (五)不利益取扱の禁止 事業主は、労働者が所定外労働の制限の請求をし、又は所定労働時間を超えて労働しなかった ことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(第十六条 の九関係)。 ⇒ 労使協定を締結することにより、雇用期間が1年未満の者その他厚生労働省令で定めるものについて、所定 外労働の制限に関する規定の適用を除外することができる。 1013 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 六 時間外労働の制限の改正 現行規定では法定時間外労働について一定の制限をする一の期間(制限期間)を明らかにして 請求することとされているが、上記五の所定外労働の制限が新設されたところから、両者が重複 しないよう調整される(所定外労働の制限がなされれば時間外労働の制限は不要となる。) 。 (一)時間外労働の制限と所定外労働の制限の期間の重複 その期間中は1か月について 24 時間、1年について 150 時間を超えて労働時間を超えてはなら ないこととしている一の期間(1か月以上1年以内の期間に限る。)については、上記五の所定外 労働の制限期間と重複しないようにしなければならない(第十七条第二項関係) (二)不利益取扱の禁止 事業主は、労働者が時間外労働の制限の請求をし、制限時間(1か月について 24 時間、1年に ついて 150 時間をいう。 )を超えて労働しなかったことを理由として、当該労働者に対して解雇そ の他不利益な取扱いをしてはならない(第十八条の二関係)。 七 深夜業の制限の改正 事業主は、労働者が深夜業の制限の請求をし、深夜において労働しなかったことを理由として、 当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(第二十条の二)。 八 所定労働時間の短縮措置等の新設 現行制度では、1歳(一定の場合は1歳6か月)に満たない子を養育する労働者について「勤 務時間の短縮等の措置」を講じるべきことが義務づけられているが、改正により3歳に満たない 子を養育する労働者について原則として「所定労働時間の短縮措置」を講じなければならないこ ととなった。 ⇒ 従来はフレックス・タイム制・時差出勤制度などの適用でもよかったが、改正法施行後は原則として「所定労 働時間の短縮措置」をとらなければならないこととなる。 (一)所定労働時間の短縮措置 事業主は、その雇用する労働者のうち、その3歳に満たない子を養育する労働者であって育児 休業をしていないもの(1日の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものを除 く。)に関して、厚生労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づき「所定労働時間の短 縮措置」(厚労省 HP では1日6時間としている。)を講じなければならない。ただし、労使協定 で、次に掲げる労働者のうち所定労働時間の短縮措置を講じないものとして定められた労働者に 該当する労働者については、この限りでない(第二十三条第一項)。 イ 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者 ロ イのほか、所定労働時間の短縮措置を講じないこととすることについて合理的な理由があ ると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの ハ イ又はロ以外の労働者であって、業務の性質又は業務の実施体制に照らして、所定労働時 間の短縮措置を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者 ⇒ 労使協定を締結することにより、雇用期間が1年未満の者その他厚生労働省令で定めるもの、及び短縮措 1014 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 置を講ずることが困難と認められる業務に従事する者について、所定労働時間の短縮措置の適用を除外する ことができる。 (二)事業主は、 (一)のハに掲げる労働者であってその3歳に満たない子を養育するものについて 所定労働時間の短縮措置を講じないこととするときは、当該労働者に関して、厚生労働省令で定 めるところにより、労働者の申出に基づく育児休業に関する制度に準じる措置又は労働基準法第 三十二条の三の規定(フレックス・タイム制)により労働させることその他の当該労働者が就業 しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下「始業時刻変更等の措置」という。) を講じなければならない(第二十三条第二項) 。 (三)事業主は、労働者が所定労働時間の短縮措置等の申出をし、又は所定労働時間の短縮措置等 の適用を受けたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはなら ない(第二十三条の二) 。 (四)事業主は、その雇用する労働者のうち、その小学校就学の始期に達するまでの子を養育する 労働者に関して、次のイからハまでに掲げる当該労働者の区分に応じ当該イからハまでに定める 制度又は措置に準じて、それぞれ必要な措置を講ずるよう努めなければならない(第二十四条関 係)。 イ その1歳(当該労働者が1歳から1歳6か月に達するまでの子についてする育児休業申出 をすることができる場合にあっては1歳6か月。ロにおいて同じ。)に満たない子を養育する労 働者(八(二)の労働者を除く。ロにおいて同じ。)で育児休業をしていないもの 始業時刻変 更等の措置 ロ その1歳から3歳に達するまでの子を養育する労働者 育児休業に関する制度又は始業時 刻変更等の措置 ハ その3歳から小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者 育児休業に関する制 度、所定外労働の制限に関する制度、所定労働時間の短縮措置又は始業時刻変更等の措置 例6 小学校就学までの支援措置のイメージ 出生 時差出勤制 3歳 1歳 小学校就学 育休制・時差出勤制 育休を取得 育休制・所定外不就労・所定労働 しない場合 時間短縮措置・時差出勤制 1015 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 ※改正法による事業主が講じるべき措置一覧 育児休業 3歳 1歳 出生 小学校就学 義務(法 6) 所定労働時間 義務(法 23①) 短縮措置 始業時刻変更等 努力義務(法 24①) の措置 所定外労働 の制限 努力義務(法 24①) 義務(法 16 の 8①)1~12 か月 時間外労働 の制限 深夜労働 努力義務(法 24①) 義務(法 17①)1~12 か月 義務(法 19①)1~6 か月 の制限 九 指定法人 省略 十 紛争の解決の新設 現行制度では、育児・介護休業等に関する紛争は個別労働関係紛争解決促進法によるあっせん 等にゆだねられていたが、改正により都道府県労働局長による紛争解決の援助及び紛争調整委員 会に調停を行うこととなった。 施行:(1)~(3)については公布の日から起算して三月を超えない範囲内において 政令で定める日(平成 21 年 9 月 30 日。以下同じ)。(4)については平成二十二 年四月一日 (一)苦情の自主的解決 事業主は、育児休業、介護休業等の事項に関し、労働者から苦情の申出を受けたときは、苦情 処理機関(事業主を代表する者及び当該事業場の労働者を代表する者を構成員とする当該事業所 の労働者の苦情を処理するための機関をいう。 )に対し当該苦情の処理をゆだねる等その自主的な 解決を図るように努めるものとする(第五十二条の二)。 (二)紛争の解決の促進に関する特例 (一)の事項についての労働者と事業主との間の紛争については、個別労働関係紛争の解決の 促進に関する法律 4 条、5 条及び 12 条から 19 条までの規定は適用せず、 (三)及び(四)に定め るところによる(第五十二条の三) 。 (三)紛争の解決の援助 イ 都道府県労働局長は、 (二)の紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方からその解決 1016 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧告をす ることができる(第五十二条の四第一項)。 ロ 事業主は、労働者が前項の援助を求めたことを理由として、当該労働者に対して解雇その 他不利益な取扱いをしてはならない(第五十二条の四第二項)。 (四)調 イ 停 都道府県労働局長は、 (二)の紛争について、当該紛争の当事者の双方又は一方から調停の 申請があった場合において当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、個別労働関係 紛争の解決の促進に関する法律第六条第一項の紛争調整委員会に調停を行わせるものとする (第五十二条の五第一項)。 ロ (三)ロの規定は、労働者がイの申請をした場合について準用するものとする(第五十二 条の五第二項関係)。 ハ イの調停の手続については、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関 する法律(昭和四十七年法律第百十三号)の規定を準用するものとし、必要な読替えを行うも のとすること。(第五十二条の六)。 十一 公 表 育児休業、介護休業等の規定に違反をしている事業主に対し、厚生労働大臣がその違反に対し 勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表する ことができる(第五十六条の二)。 施行:公布の日から起算して三月を超えない範囲内において政令で定める日 十二 公務員に関する特例 国有林野事業を行う国の経営する企業に勤務する国家公務員、地方公務員等に関する特例を設 けるものとする(第六十一条)。 十三 過料の新設 報告徴収の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は二十万円以下の過料に処するも のとする(第六十八条) 。 施行:公布の日から起算して三月を超えない範囲内において政令で定める日 第二 一 雇用保険法の一部改正関係 育児休業給付金の給付対象期間の延長 被保険者の養育する子について、当該被保険者の配偶者が当該子の一歳に達する日以前のいず れかの日において当該子を養育するための休業をしている場合にあっては、その一歳二か月に満 たない子を養育するための休業をしたときに、育児休業給付を支給するものとすること。 (第六十 一条の四第六項関係) ⇒ 雇用保険の育児休業給付の支給期間の上限も、育介法の規定に合わせて子が1歳2か月に達するまでの 期間とされる。 1017 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 12 章 育児・介護休業 第三 一 施行期日等 施行期日 この法律は、公布の日(平成 21 年 7 月 1 日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で 定める日から施行される。ただし、次の規定については、それぞれ次に掲げる日から施行するも のとすること。(附則第一条関係) ⇒「政令で定める日」は、平 21.12.11 政令 286 号により 平成22年6月30日 とされた。 ① 一部の規定については公布の日、 ② 紛争の解決(第一の十(一)から(三)まで) 、公表(第一の十一)及び過料(第 一の十三)の規定については<公布の日から起算して三月を超えない範囲内において政令で 定める日、 ③ 指定法人(第一の九)及び調停(第一の十(四))の規定については平成二十二年四月一日 二 暫定措置 この法律の施行の際常時百人以下の労働者を雇用する事業主及び当該事業主に雇用される労働 者については、公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日までの間、 介護休暇の新設(第一の四)、所定外労働の制限の新設(第一の五)及び所定労働時間の短縮措置 等の新設(第一の八)の規定は、適用しないものとし、この場合において、改正前のこれらの規 定はなおその効力を有する(附則第二条関係) 。 三 経過措置及び関係法律の整備等 この法律の施行に関し、必要な経過措置を定めるとともに、関係法律について所要の規定の整 備を行うこと。(附則第三条から第六条まで及び附則第八条から第十二条まで関係) 四 検 討 政府は、この法律の施行後五年を経過した場合において、この法律による改正後の規定の施行 の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ず るものとすること。(附則第七条関係) 1018 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第 1 節 障害者の雇用 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 この章では、障害者の雇用の促進等に関する法律(昭和 35 年 7 月 25 日法律第 123 号=障害者雇用 促進法)及び高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和 46 年 5 月 25 日法律第 68 号=高年齢者 雇用安定法)の概要について述べる。大学・独法において実務上必要となる規定は、障害者雇用率確 保の問題、定年年齢の引上げ・再雇用問題などである。 第1節 障害者の雇用 1.障害者雇用促進法の概要 (1)障害者雇用促進法の目的 障害者雇用促進法は、 「障害者(注)である労働者は、経済社会を構成する労働者の一員として、 職業生活においてその能力を発揮する機会を与えられる」べきものである、という理念(障害者法 3 条)のもとに、障害者雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置、職業リハビリテーション の措置等を通じて、障害者の職業の安定を図ることを目的としている(障害者法 1 条・2 条)。 注.障害者 身体障害・知的障害・精神障害があるため、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著し く困難な者をいう。 (2)事業主の責務 事業主は障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責 務を有する。また、その有する能力を正当に評価し適当な雇用の場を与えること、適正な雇用管理 を行うによりその雇用の安定に努めなければならない(障害者法 5 条)。 具体的には、事業主に対して障害者雇用率に相当する人数の身体障害者・知的障害者を雇用する ことを義務づけ、事業主間の負担の調整を図るため、雇用率未達の事業主から「障害者雇用納付金」 を徴収し雇用率達成の事業主に対し「障害者雇用調整金」を支給するほか、在宅就業障害者に仕事 を発注する事業主に対し「特例調整金」等を支給する。 また、障害者を雇い入れるための施設の設置、介助者の配置等に対し各種助成金を支給する制度 を設けている。 (3)障害者本人に対する措置 障害者の職業生活における自立を支援するため、関係各機関は障害者福祉施策との有機的な連携 を図りつつ障害者雇用促進策(職業リハビリテーション)を推進することとしている(障害者法第 2 章)。 具体的には、①全国 608 か所のハローワークにおいて障害者の態様に応じた職業紹介・職業指 導・求人開拓等を行うこと、②全国 47 か所の地域障害者職業センターにおいて専門的な職業リハ ビリテーションサービス(職業評価・準備訓練・ジョブコーチなど)を実施すること、③全国 90 か所の障害者就業・生活支援センターにおいて就業・生活両面にわたる相談・支援を行うこと、な どがある。 1019 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第 1 節 障害者の雇用 2.障害者を雇用する義務 (1)障害者の雇用に関する事業主の責務 事業主は、その雇用する身体障害者又は知的障害者である労働者の数がその雇用する労働者の数 に障害者雇用率を乗じて得た数以上であるようにしなければならない(障害者法 43 条 1 項)。 (資 料 47 参照。P1022 以下) 1)障害者雇用率 障害者雇用率は、労働者(常用労働者+非常用労働者)の総数に対する障害者の総数の割合を基 準として設定することとされており、平成 20 年 4 月現在の率は次のとおりである(障害者法 43 条 2 項・4 項、障害者令 9 条・10 条の 2 第 2 項) 。 ① 民間企業 1.8% ② 特殊法人(国大・独法など) 2.1% 雇用する身体障害者+知的障害者の数 企業における 障害者雇用率算定方法 = +雇用する精神障害者(注)の数 雇用する常用労働者の数 障害者雇用率の算定に当たって、次のような特例がある。 ① 雇用する障害者の総数を算定するに当たり、重度障害者(重度身体障害者又は重度知的障害 者)はその1人をもって2人とみなす(障害者法 43 条 3 項)。 ② 重度障害者である短時間労働者を雇用する場合は、その1人をもって1人とみなす(障害者 法 71 条 1 項、障害者則 33 条)。 ③ 精神障害者である短時間労働者を雇用する場合は、その1人をもって 0.5 人とみなす(障害 者法 72 条の 6 において準用する 71 条 1 項、障害者則 33 条の 2)。 注.精神障害者は、症状の変化によって障害程度が固定されにくい精神障害の特性やプライバシーへの配慮、公 正、一律性等の観点から、「精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者」としている。 2)法定雇用障害者数 雇用する義務がある障害者の数は、雇用する労働者の数に障害者雇用率を乗じて得た数以上とす る必要があるが、その数に1人未満の端数があるときは、その端数を切り捨てる(障害者法 43 条 1 項カッコ書)。 したがって、55 人(特殊法人では 47 人)以下の企業では障害者を雇用する法的義務はなく、56 人以上 111 人以下(特殊法人では 48 人以上 95 人以下)の企業では障害者を少なくとも1人雇用す る義務がある。 (2)障害者雇用納付金の徴収 障害者の雇用に伴う事業主の経済的負担の調整を図るとともに、全体としての障害者の雇用水準 を引き上げることを目的に、雇用率未達成企業(常用労働者 301 人以上)から納付金を徴収する(注) (障害者法 53 条・54 条) 。 注.事業主の経済的負担の調整を図る一環として、雇用率達成企業に対しては調整金、報奨金を支給するほか、 障害者の雇用の促進等を図るための各種の助成金を支給することしている。 1020 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第 1 節 障害者の雇用 納付金の額は、法定雇用障害者数に1人不足するごとに月額5万円である。 例:常用従業員数 400 人の民間企業で障害者を5人雇用している場合(重度障害者はいない。) 法定雇用障害者数 400 人×0.018 = 7.2 ⇒ 7 人 不足人数 7 人-5 人 = 2 人 納付金の額=5 万円×2 = 10 万円(月額) (3)障害者雇用調整金の支給 障害者雇用率を達成した企業(常用労働者 301 人以上)に対しては、障害者雇用調整金が支給 される(障害者法 50 条 1 項)。 支給額は、超過1人当たり月額2万7千円である。 その他在宅就業障害者に仕事を発注する事業主に対し特例調整金等を支給制度が設けられてい る。 1021 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害 害者及び高年齢 齢者の雇用 第 1 節 障害者の雇用 障 資料 47(P1020)国立大学法人 人・独立行政 政法人の障害 害者雇用率(平成 22 年 6 月 1 日現在 在) 1022 Corporate C Evo volution Instittute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害 害者及び高年齢 齢者の雇用 第 1 節 障害者の雇用 障 1023 Corporate C Evo volution Instittute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害 害者及び高年齢 齢者の雇用 第 1 節 障害者の雇用 障 1024 Corporate C Evo volution Instittute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害 害者及び高年齢 齢者の雇用 第 1 節 障害者の雇用 障 1025 Corporate C Evo volution Instittute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第2節 高年齢者の雇用 第2節 高年齢者の雇用 1.高年齢者雇用促進法の概要 (1)高年齢者雇用促進法の目的 高年齢者雇用促進法は、高年齢者等(注)の職業の安定その他福祉の増進を図ることを目的とし た法律で、次のようなことを規定している(高年齢者法 1 条)。 ① 定年の引上げ・継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進 ② 高年齢者等の再就職の促進・定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等 の措置 注.「高年齢者」・「高年齢者等」 高年齢者とは、55歳以上の者をいう。 高年齢者等とは、高年齢者・45歳以上の求職者・45歳以上65歳未満の失業者等をいう。 (2)事業主の努力義務 事業主には、次のような措置等行う努力が求められる(高年齢者法4条)。 ① 雇用する高年齢者の職業能力の開発・向上、作業施設の改善等の整備 ② 再就職の援助等 ③ 高齢期におけめ職業生活の設計について必要な援助 (3)定年の引上げ・継続雇用制度の導入等 労働者の定年を定めるときは、60 歳を下回ることはできない(高年齢者法 8 条)。 また、60 歳以上の定年を定めているときであっても、次項に記述する 65 歳に達するまでの高年 齢者の雇用確保措置を講じなければならない(高年齢者法 9 条)。 実際に 60 歳を下回る定年年齢を定める労働契約・就業規則・労働協約は無効となるが、無効と なった後の定年年齢は何歳となるのであろうか。土田道夫教授によれば、定年の定めがないことと なる説と 60 歳定年となるとする説の二説あるが、高年齢者法は労基法 13 条のような直律効をもた ないので前者の説が適切としている(土田「労働契約法」P567)。 労基法 (この法律違反の契約) 第 13 条 この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効 とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。 ⇒ 国家公務員の場合 国家公務員・地方公務員については、高年齢者確保措置(高年齢者法 9 条)、再就職援助措置(同 15 条)を はじめ高年齢者法の主力条文は適用されない(同 7 条 2 項)。 1026 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第2節 高年齢者の雇用 2.高年齢者雇用確保措置 (1)高年齢者雇用確保措置の概要 定年の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の 65 歳に達するまでの安定した雇用を 確保するため、次のいずれかの「高年齢者雇用確保措置」を講じなければならない。 ① 定年の引上げ ② 本人が希望するときは、定年後も引き続いて雇用する継続雇用制度の導入 ③ 定年の定めの廃止 高年齢者雇用確保措置によって確保されるべき雇用の形態については、必ずしも労働者の希望に 合致した職種・労働条件による雇用を求めるものではなく、本人が希望する場合に、できる限り現 に雇用されている企業において継続して働き続けることを可能とする環境を整備するための措置 を講じることを求めることとした趣旨を踏まえたものであれば、常用雇用のみならず、短時間勤務 や隔日勤務なども含めて多様な雇用形態を含むものである。 高年齢者法が事業主に課していることは「継続雇用制度の導入」であるので(他に「定年の引上 げ」又は「定年の廃止」でもよいが。) (高年齢者法 9 条 1 項)、 「制度」に則って提示した待遇が「気 に入らない」という理由で再雇用できなくても、高年齢者法に何ら反するものでない。次の例は厚 労省が作成してHPに掲げているQ&Aであるが、「賃金と労働時間」について本人と合意できな かったとしても「改正高年齢者雇用安定法違反となるものではありません。」としている。 Q8 本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合も違反にな るのですか。 A8 改正高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であって、事業主に定年退職 者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく、事業主の合理的な裁量の範囲の条 件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働 者が継続雇用されることを拒否したとしても、改正高年齢者雇用安定法違反となるものではありませ ん。 なお、平成25年3月31日までの間は、その雇用する高年齢者等が定年、継続雇用制度終了に よる退職等により離職する場合であって当該高年齢者等が再就職を希望するときは、事業主は、再 就職援助の措置を講じるよう努めることとされている(高年齢者法附則 6 条)。 上記①の定年の引上げ・継続雇用制度の導入は 65 歳に達するまで雇用が確保されるものでなけ ればならないが、平成 25 年 3 月 31 日までの間は次のような経過措置がある(高年齢者法附則 4 条)。 期 間 経過措置 平成 19 年 4 月 1 日~平成 22 年 3 月 31 日まで 63歳 平成 22 年 4 月 1 日~平成 25 年 3 月 31 日まで 64歳 1027 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第2節 高年齢者の雇用 上記②の継続雇用制度は、現に雇用している高年齢者が希望するときはその全員を継続雇用すべ きものであるが、すべての企業が希望者全員を雇用できる環境にあると限られるわけでない実情か ら、継続雇用制度の対象となる基準を労使協定により定めた場合は、その基準によることができる こととされている(高年齢者法9条2項)。 (2)継続雇用制度に関する労使協定 1)労使協定の意義 継続雇用制度は、たとえば、定年年齢は現行どおり 60 歳とし一旦退職するが、希望により定年 後も再雇用して 65 歳に達するまでの間の雇用を保障するものである。この場合に前述のとおり労 使協定により再雇用の対象となる基準を設けることが認められているので、極端な成績不良者など を排除することは可能となるほか、再雇用者に提供できる業務量に対し今後発生する定年退職者の 数が相当数上回るような場合にも、事業場の雇用環境を熟知した労使の合意によって基準を設ける ことができる。 労使協定で基準を定めることを求めているのは、企業によって必要とする能力や経験等が様々で あると考えられるため労使間で十分に話し合い、その企業に最もふさわしい基準を労使納得の上で 策定するという仕組みが適当であるとの理由によるものであり、厚生労働省の見解も「労使協定で 定める基準の策定に当たっては、労働組合等と事業主との間で十分に協議の上、各企業の実情に応 じて定められることを想定しており、その内容については、原則として労使に委ねられるものです。」 と、原則的には労使の合意に委ねられているとしている(平 16.11.4 職高発第 1104001 号)。 2)労使協定で定める基準 労使協定で基準を定めることを求めているのは、継続雇用の対象者の選定に当たっては、企業に よって必要とする能力や経験等が様々であると考えられるため、労使間で十分に話し合い、その企 業に最もふさわしい基準を労使納得の上で策定するという仕組みが適当であるとの理由によるも のである。したがって、実際に策定された基準の適否については、個々の基準のみを見て判断する のではなく、基準の全体構成や労使協議の過程など企業の個別の事情を踏まえて総合的に判断する 必要があるとされている。ただし、労使協定等で定める基準といっても、下記のようなものは認め られない(平 16.11.4 職高発第 1104001 号)。 ① 『会社が必要と認めた者に限る』(基準がないことと等しく、これのみでは本改正の趣旨に 反するおそれがある) ② 『上司の推薦がある者に限る』(基準がないことと等しく、これのみでは本改正の趣旨に反 するおそれがある) ③ 『男性(女性)に限る』(男女差別に該当) ④ 『組合活動に従事していない者』(不当労働行為に該当) 「協調性のある者」や「勤務態度が良好な者」という基準は、改正高年齢者雇用安定法の趣旨に かんがみれば、より具体的かつ客観的な基準が定められることが望ましいと考えられるが、労使間 で十分協議の上労使協定で定めたものであれば、法違反とまではいえない(厚生労働省「改正高年 齢者雇用安定法Q&A」)。 なお、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を設ける場合は、①意欲、能力等をできる 限り具体的に測るものであること(具体性)、②必要とされる能力等が客観的に示されており、該 1028 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第2節 高年齢者の雇用 当可能性を予見することができるものであること(客観性)、に留意して策定されたものが望まし い。 それは、労働者自ら基準に適合するか否かを一定程度予見することができ、到達していない 労働者に対して能力開発等を促すことが期待でき、 企業や上司等の主観的な選択ではないからで ある。(資料 48 1032 ページ参照) また、客観的な基準を定めておきながら、その基準に該当する者全員の雇用を確保しなければ、 基準を定めたこと自体を無意味にし、実態的には企業が上司等の主観的選択によるなど基準以外の 手段により選別することとなるため、高年齢者雇用確保措置を講じたものとは解されない。 再雇用基準の例 (1)働く意思・意欲 業務遂行の意欲があること (2)健康 勤務に支障がない健康状態にあること (3)能力、技術及び経験 職務遂行上必要な能力、技術及び経験を有していること (4)勤務態度 定年退職前 2 年間において、勤務態度が良好でないと評価されていないこと 3)再雇用基準の適切な運用 労使協定により再雇用基準(又は再雇用されない基準)が設定された場合、その運用面において 使用者の恣意的運用ができないのは当然である。問題は、再雇用基準の運用が誤ってなされた場合 に、60歳定年以降再雇用されたものとして取扱うのかそれとも使用者の不法行為を根拠に損害賠償 の対象となるのか、という点である。 最近の裁判例では、観光バス運転手の再雇用されない基準の一つとして「過去、服務及び事故(運 転、営業、一般関係)関係で指導するも、その実があがらなかった者」と定められている場合に、 事故を起こした他の従業員も雇用延長が認められれているのに特定の者を再雇用しなかった事案 で、「定年までに該当従業員から雇用延長願いがYに対してなされ、Yが、これを非承認にした場 合については、解雇権濫用法理が類推適用され、それが、例外的事由該当の判断を誤ってなされた 場合には、非承認の意思表示は無効であり、該当従業員とYとの間には、上記該当従業員の雇用延 長に係る権利の行使としての新たな雇用契約の申込に基づき、雇用延長に係る雇用契約が成立した ものと扱われるべきである。」と、定年後の再雇用契約が成立したものとされたものがある(「ク リスタル観光バス事件」大阪高裁判決平19.12.28)。 4)労使協定が不成立の場合 労使協定をするため事業主が努力したにもかかわらず協議が調わないときは、平成 21 年 3 月 31 日(常時使用労働者数 300 人以下の事業では平成 23 年 3 月 31 日)までの間は、継続雇用制度の対 象となる高年齢者に係る基準を就業規則に定め、当該基準に基づく制度を導入することができる (高年齢者法附則 5 条) 。 この場合の事業主が労使協定をするための努力をしたかどうかについては、実質的に判断するこ ととなるが、たとえば、事業主が労働者側に一方的に提案内容を通知しただけといった場合などは 「努力したにもかかわらず協議が調わないとき」には該当しないと考えられる。 1029 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第2節 高年齢者の雇用 5)有期労働契約者の場合 有期労働契約を更新して雇用を継続している場合に、たとえば60歳に達した場合に更新せず雇止 めをすることは、高年齢者法との関係ではどうなるのだろうか。 上記(1)高年齢者雇用確保措置は、主として期間の定めのない労働者に対する継続雇用制度の 導入等を求めているため、有期雇用契約のように、本来、年齢とは関係なく一定の期間の経過によ り契約終了となるものは、別の問題であり、少なくとも改正高年齢者雇用安定法に違反しないと考 えられる。ただし、実態として期間の定めがない雇用とみなされる場合は定年の定めをしているも のと解されることとなり、その場合には高年齢者雇用確保措置を講じなければならない(厚生労働 省「改正高年齢者雇用安定法Q&A」)。 3.国等における中高年齢者の雇用に関する暫定措置 (1)国等が行う中高年齢者の雇用 国、地方公共団体、国等からの出資による法人であって政令で定めるもの等が行う中高年齢者(注) の雇用については、当分の間、なお「身体障害者雇用促進法」及び「中高年齢者等の雇用の促進に 関する特別措置法」の一部を改正する法律(昭和51年法律第36号)第2条の規定による改正前の第 7条~第9条の規定の例によることとされている(高年齢者法附則3条)。 この適用を受ける政令で定めるものの中に、国立大学法人・大学共同利用機関法人・主要独立行 政法人などが含まれている(高年齢者令附則2項)。したがって、この政令で定めるものに該当す る法人は、次項(2)の改正前の高年齢者雇用促進特別措置法7条~9条の規定が適用され、職種 ごとの中高年齢者雇用率を達成しなければならない。 注.中高年齢者=45歳以上の者をいう。 なお、高年齢者とは、55歳以上の者をいう(高年齢者法2条、高年齢者則1条・2条)。 (2)改正前の高年齢者雇用促進特別措置法7条~9条の規定 改正前の高年齢者雇用促進特別措置法7条~9条の規定の概要は次のとおりである。 ① 労働大臣は、職種に応じ、中高年齢者の雇用率を設定することができる。 ② 公共職業安定所は、①の雇用率に達しない事業主が中高年齢者でないことを条件とする求人 の申込みをした場合に、これを受理しないことができる。 ③ 労働大臣は、常時100人以上の労働者を使用する事業所で中高年齢者の雇用が雇用率未満の 事業主に対し必要な措置を採るよう要請することができる。 具体的雇用率は施行規則に定められており、たとえば、守衛については100分の75、小使い・雑 役は100分の60、となっている(改正前の高年齢者雇用促進特別措置法施行規則4条、別表第一)。 1030 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第2節 高年齢者の雇用 ○昭和五十一年法律第三十六号による改正前の「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法」 (抄) (昭 46・5・25 法律第 68 号) (雇用率の設定等) 第七条 労働大臣は、政令で定めるところにより、雇用対策法(昭和四十一年法律第百三十二号)第 二十条の規定により中高年齢者について選定した職種に応じ、中高年齢者の雇用率を設定することが できる。 2 常時労働者を使用する事業所の事業主は、前項の規定により雇用率が設定された職種の労働者の 雇入れについては、常時使用する当核職種の中高年齢者である労働者の数が、常時使用する当較職種 の労働者の総数に、当鞍職種の中高年齢者の雇用率を乗じて得た数(一人未満の端数は、切り捨てる。) 以上であるように努めなければならない。 (求人の申込みの受理に関する特例) 第八条 公共職業安定所は、常時使用する前条第一項の規定により雇用率が校定された職種の中高年 齢者である労働者の数が同条第二項の規定により算定した数未満である事業所の事業主が、中高年齢 者でないことを条件とする当該職種に係る求人の申込みをした場合には、これを受理しないことがで きる。 (雇入れの要請) 第九条 労働大臣は、中高年齢者の雇用を促進するため特に必要があると認める場合には、常時百人 以上の労働者を使用する事業所であって、常時使用する第七条第一項の規定により雇用率が設定され た職種の中高年齢者である労働者の数が同条第二項の規定により算定 した数未満であり、かつ、その数を増加するめに著しい困難を伴わないと認められるものの事業主に 対して、当該職種の中高年齢者である労働者の数が同項の規定により算定した数以上となるようにす るために必要な措置をとることを要請することができる。 1031 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第2節 高年齢者の雇用 資料48 1029ページ関係 再雇用基準に関する労使協定 東京大学 高年齢者の再雇用対象者に係る基準に関する協定 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律が「高年齢者が、少なくとも年金支給開始年齢までは、意欲と 能力のある限り働き続けることができる環境の整備」 (第 159 回国会:衆議院厚生労働委員会(平成 16 年 4 月 2 日)における高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律案の提案理由説明)を 行うため一部改正され、平成 18 年 4 月 1 日から①65 歳までの定年の引上げ、②継続雇用制度の導入(イ 勤務延長制度、ロ 再雇用制度) 、③定年の定めの廃止、のいずれかの捨置を講ずることが義務化された。 このため、国立大学法人東京大学と国立大学法人東京大学本郷地区教職員過半数代表者とは、平成 22 年度においては再雇用制度を適用することとし、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律第 9 条第 2 項に 基づき、再雇用対象者に係る基準に関し、次のとおり協定する。 なお、本協定は、平成 23 年 3 月 31 日までのものであり、平成 23 年度以降の本学における高年齢者雇 用の在り方(定年の引上げを含む)については、今般の法律の一部改正の趣旨に則って引き続き労使双方 で協議していくものとする。 (再雇用対象者に係る基準) 第 1 条 定年退職後の再雇用については、原則として週 38 時間 45 分勤務の再雇用を希望する者全員を雇 用することとするが、以下の要件に照らして再雇用の可否を検討することができる。 (1) 働く意思・意欲 業務遂行の意欲があること. (2)健康 勤務に支障がない健康状態にあること (3)能力、技術及び経験‘ 職務遂行上必要な能力、技術及び経験を有していること (4)勤務態度 定年退職前 2 年間において、勤務態度が良好でないと評価されていないこと (更新の場合の読み替え) 第 2 条 任期満了後の更新の対象者は、前条の規定を準用する。この場合において「定年退職」とあるの は「任期満了」と、 「定年退職前 2 年間」とあるのは「再雇用後」と読み替えて適用する。 (短時間勤務再雇用対象者に係る基準) 第3条 週 35 時間を超えない範囲内で雇用する短時間勤務再雇用については、東京大学短時間勤務有期 雇用教職員の制度を活用し、別に定める員数の範囲内で雇用する。 2 短時間勤務再雇用対象者に係る基準における再雇用の可否の要件については、第 1 条各号の規定を準 用する。 3 任期満了後の更新の対象者に係る前項の規定の準用にあたっては、r定年退職Jとあるのは「任期満 了」と、「定年退職前 2 年間」とあるのは「再雇用後」と読み替えて適用する。 (苦情の処理) 第 4 条 再雇用の可否及び配置先等に関する苦情について適切な対応をするため、苦情処理委員会を置 く。 (有効期間) 1032 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 13 章 障害者及び高年齢者の雇用 第2節 高年齢者の雇用 第 5 条 この協定の有効期間は、平成 22 年 4 月 1 腋から 1 年間とする。ただし、有効期間中であっても 当事者のいずれかの発議による協議により、本協定を変更することができる。 平成 22 年 3 月 18 日 国立大学法人東京大学 理事 久保 公人 印 浦辺 印 国立大学法人東京大学 本郷地区 教職員過半数代表者 1033 徹郎 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 第 14 章 派遣労働者の活用 (労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律) この章では、「労働者派遣」の概要について、労働者派遣法(労働者派遣事業の適正な運営の確保 及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律)の規定、すなわち適用対象業務、派遣可能期間、 派遣元事業主及び派遣先事業主それぞれの責務、派遣労働者に関する労働基準法適用の特例などを中 心に説明する。 1.労働者派遣と労働者派遣事業 (1)労働者派遣とは 労働者派遣とは、自己の雇用する労働者を当該雇用関係のもとで、他人の指揮命令を受けて他人 のために労働に従事させることをいう。この場合、労働者を他人に雇用させることを約してするも のを含まないこととされている(派遣法 2 条 1 号)。 派遣先事業主は受け入れた派遣労働者を指揮命令することができるが、その根拠及び範囲は派遣 契約の内容によることになる。 第 2-14-1 図 労働者派遣 派遣契約 派遣先 派遣元 指揮命令関係 労働契約関係 労働者 「労働者派遣」の特徴は、派遣先と労働者との間に労働契約が 成立しておらず、単なる指揮命令関係であることである。 労働者派遣に類似した就業形態として、出向(在籍型)や請負などがある。その特徴を比較する と、次のとおりである。 第 2-14-2 図 出向(在籍型) 第 2-14-3 図 請 出向契約 請負契約 出向先 出向元 労働契約関係 労働契約関係 負 注文主 請負業者 指揮命令関係 労働契約関係 労働者 労働者 「出向」は、労働者は派遣元・派遣先双方と労働 「請負」においては、請負業者の労働者を注文主 契約関係にあると説明される。 が指揮命令することはあり得ない。 1034 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 (2)労働者派遣事業とは 労働者派遣事業とは、労働者派遣を業として行うことをいう。 「業として」とは、一定の目的をもって同種の行為を反覆継続的に行うことをいい、1回の行為 であっても反覆継続の意思をもって行えば事業性があると判断される。また、必ずしも営利を目的 とする場合に限らず、社会福祉団体や宗教団体が行う活動も「事業」に該当することがある(ただ し、労働者派遣の「労働者」と認められるためには、賃金の支払が伴うことが要件である。 )。 労働者派遣事業には、①派遣先があるごとに労働者を雇い入れて派遣する形態の「一般労働者派 遣事業」(登録型)と②常用雇用労働者のみを派遣する形態の「特定労働者派遣事業」(常用型) とがあり、①は厚生労働大臣の許可、②は厚生労働大臣へ届出が必要である(派遣法 2 条 4 号・5 号、5 条、16 条)。 また、事業主は、一般労働者派遣事業の許可を受けた派遣元事業主又は特定労働者派遣事業を届 出をした派遣元事業主以外の労働者派遣事業を行う事業主から労働者派遣を受け入れてはならな いこととされている(罰則の適用はない。)(派遣法 24 条の 3)。 1)一般労働者派遣事業 派遣先があるごとに労働者を雇い入れて派遣する形態の労働者派遣事業を「一般労働者派遣事業」 といい厚生労働大臣の許可が必要である。現在「人材派遣会社」と呼ばれる企業の大半はこの登録 型の一般労働者派遣事業である。 労働者は派遣先事業主との派遣契約が終了すれば退職することになる(派遣法 2 条 4 号、5 条)。 従来は事業所ごとに許可が必要であったが、平成 15 年改正により事業(企業)単位の許可に変 更された。 ⇒許可の基準 ① 労働者派遣が、特定の者に提供することを目的に行われるもの(「特定派遣」とか「専ら派 遣」などという。)でないこと ② 申請者が雇用管理を適正に行うに足りる能力を有すること ③ 個人情報を適正に管理し、派遣労働者の秘密を守るために必要な措置が講じられているこ と ④ 申請者が当該事業を的確に遂行するに足りる能力を有するものであること 2)特定労働者派遣事業 常用雇用労働者のみを派遣する形態の労働者派遣事業を「特定労働者派遣事業」といい、厚生労 働大臣へ届出が必要である。この常用型の特定労働者派遣事業は、大企業が中高年齢者向けの事業 を展開して中高年齢者の雇用を確保する措置などに活用されている。 労働者は派遣先事業主との派遣契約が終了しても退職することはない(派遣法 2 条 5 号、16 条)。 3)二重派遣の禁止 労働者派遣として受け入れた労働者をさらに派遣すると労働者供給に該当し、これを業として行 えば職業安定法 44 条に違反することになる。派遣先が再派遣先から料金を収受すると、 「業として他 人の就業に介入して利益を得てはならない」と規定する労基法 6 条の中間搾取の排除にも反すること になり、派遣労働者をさらに派遣する二重派遣をすることはできない。 1035 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 第 2-14-4 図 二重派遣 派遣契約 派遣契約 派遣先 派遣元 再派遣先 潜在的 指揮命令関係 雇用関係 指揮命令関係 労働者 点線内の関係は労働者供給に該当し、業 として行うことはできない。 (3)事業として行わない労働者派遣 労働者派遣法は「労働者派遣事業」を行う者を規制する法律であるかのように思うが、実はそう ではなく、広く「労働者派遣」を行う者に対して適用される。ただし、その規定の大部分は「業と して」労働者派遣を行うに対する規制である。 労働者派遣法は、その規定の多くは「派遣元事業主」に対する規制であるが、派遣元事業主とは 一般派遣元事業主(一般派遣元事業の許可を受けた者)及び特定派遣元事業主(特定派遣元事業の 許可を受けた者)のことである(派遣法 2 条 6 号、23 条 1 項)であるから、つまり、 「労働者派遣 事業」に対する規制である。 しかし、①労働者派遣契約には一定の事項を定めること、②労働基準法等の適用に関する特例等 など一部の規定は労働者派遣事業を行う者以外の労働者派遣を行う者にも適用される。 第 2-14-5 図 労働者派遣事業以外の労働者派遣を行う者にも適用される規定 項 目 労働者派遣契約 内 容 派遣法条項 労働者派遣契約において一定の事項を定めなければ 26条1項 ならない(要領P220) 派遣労働者の特定禁止 労働者派遣を受けようとする者は派遣労働者を特定 26条7項 することを目的とする行為をしないよう努力義務 労働者派遣契約の解除 国籍・信条・性別・社会的身分・労働組合の正当な 等(要領P165) 行為をしたこと等を理由とする契約解除の禁止など 雇用制限の禁止(要領 派遣労働者が派遣先事業主と雇用契約を締結しては P174) ならないことを派遣元事業主と派遣労働者との間で 27条、28条 33条←38条 契約すること 就業条件の明示(要領 労働者派遣をしようとするときは、あらかじめ一定 34条1項1号・2号 P180) 事項を派遣労働者に明示しなければならない ←38条 労働基準法等の適用に 労基法・安衛法等の適用について、派遣先事業につ 44条~47条の2 関する特例等 いても派遣労働者を使用する事業とみなす等の特例 がある 1036 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 ※労働者派遣法の目的 労働者派遣法は、次の2点を目的とする(派遣法 1 条)。 ① 労働力の需給の適正な調整を図るため労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置を講 じること ② 派遣労働者の就業に関する条件の整備等を図り、もつて派遣労働者の雇用の安定その他福祉 の増進に資すること このうち②の「派遣労働者」とは、労働者派遣事業から派遣される派遣労働者のみならず、広く労 働者派遣に該当する労働者全般を指すものと解される。 ⇒ 労働者派遣法は上記①のとおり「労働力の需給の適正な調整を図る」ことを目的としているから、恒常的に 労働力の活用という面では、派遣労働者の活用には限界がある。 ※「業として行う労働者派遣以外の労働者派遣」に適用されない主な規定 ① 港湾運送・建設・警備など派遣禁止業務の規定(派遣法 4 条) ② 派遣元責任者及び派遣先責任者の選任(派遣法 36 条・41 条) ③ 派遣元管理台帳及び派遣先管理台帳の作成(派遣法 37 条・42 条) ④ 自由化業務に係る派遣可能期間(原則1年、最長3年)の制限(派遣法 40 条の 2) ⑤ 自由化業務における派遣可能期間を超える継続使用する場合の雇用契約申込みの義務等(派遣 法 40 条の 2~40 条の 5) 2.適用対象業務 (1)概 要 労働者派遣法は昭和 61 年に施行された法律であるが、施行当初は労働者派遣事業は原則禁止、 例外として「政令26業務」 (制定当時は13業務)についてのみ労働者派遣が認められていた(原 則禁止、例外解除。派遣期間も1年が限度)。 その後数次の改正を経て、平成 11 年改正により、現在では労働者派遣事業主が労働者派遣を行 うことは職種については原則自由とし、例外として次項(2)の業務を派遣禁止業務としている(原 則自由、例外禁止)。 ⇒ 労働者派遣事業は、「原則禁止・例外解除」(ポジテイブ・リスト方式)から「原則自由・例外禁止」(ネガティブ・ リスト方式)へ変更された。 (2)派遣禁止業務 次の業務について、労働者派遣事業を行うことは禁止される(派遣法 4 条、令 2 条)。 ①港湾運送業務 ②建設業務 ③警備業 ④その他政令で定める業務 1037 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 ・病院、診療所等における医師、歯科医師、看護師、薬剤師等の業務 (ただし、紹介予定派遣、育児・介護休業法による休業者の代替業務は派遣が認められるほか、 へき地にある病院・診療所等についても認められる。また、社会福祉施設における医師、歯科 医師、看護師、薬剤師等の業務は、政令の改正により平成 15 年 3 月 28 日より解禁となっ ている。) 製造業については、当分の間の措置として労働者派遣を禁じていた(派遣法附則 4 項)が、平成 15 年改正によって 16 年 3 月 1 日から解禁されて派遣が可能になった。ただし、施行後 3 年間(平成 19 年 2 月まで)は派遣期間の限度は 1 年であったが、現在は他の自由化業務と同様に最長 3 年までの派遣が 認められる。 (3)政令26業務 政令26業務については、労働者派遣法が制定された当時から派遣が認められる業務として派遣 法施行令第 4 条に定められており、現在では派遣期間に制限はない。 第 2-14-5 図 労働者派遣法施行令第 4 条に掲げる業務 番 号 業 務 内 容 番 号 業 務 内 容 第1号 ソフトウエア開発 第 14 号 建築物の清掃 第2号 機械設計 第 15 号 建築設備の運転等 第3号 放送機器等の操作 第 16 号 受付・案内、駐車場管理 第4号 放送番組等の演出 第 17 号 研究開発 第5号 機器操作 第 18 号 事業の実施体制の企画・立案 第6号 通訳、翻訳、速記 第 19 号 書籍等の制作・編集 第7号 秘書 第 20 号 広告デザイン 第8号 ファイリング 第 21 号 インテリアコーディネーター 第9号 調査 第 22 号 アナウンサー 第 10 号 財務処理 第 23 号 OA インストラクション 第 11 号 取引文書作成 第 24 号 テレマーケティングの営業 第 12 号 デモンストレーション 第 25 号 セールスエンジニア 第 13 号 添乗員 第 26 号 放送番組等の大道具・小道具 以下、国大・独法においてよく使われる業務について、厚労省職業安定局編「労働者派遣事業関 係業務取扱要領」平成 22 年 4 月版 P230 以下から抜粋して詳細を示す。 1)機器操作(第5号) 電子計算機、タイプライター、テレックス又はこれらに準ずる事務用機器((23)において「事務用機 器」という。 )の操作の業務 イ (1)のロに掲げる電子計算機、タイプライター、テレックスほか、これらに準ずるワードプロセッ サー、テレタイプ等の事務用機器についての操作の業務及びその過程において一体的に行われる準 備及び整理の業務をいう。 ロ 当該機器は、法第 40 条の2第1項第1号イの趣旨から迅速かつ的確な操作に習熟を必要とするも のに限られるものであり、ファクシミリ、シュレッダー、コピー、電話機、バーコード読取器等迅 1038 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 速かつ的確な操作に習熟を必要としない機器は含まれない。 ハ 機器の保守管理、中継車の運転等は、当該機器の操作でもなく機器の操作の「過程において一体 的に行われる準備及び整理」とも解することができないので留意すること。 ニ 電子計算機の操作を行う者が行う処理結果が印字された連続紙の切離し、仕分けの業務は、機器 の操作の「過程において一体的に行われる準備及び整理」の業務に含まれる。ただし、当該連続紙 を梱包し又は発送する業務はこれに含まれない。 2)ファイリング関係(令第4条第8号) 文書、磁気テープ等のファイリング(能率的な事務処理を図るために総合的かつ系統的な分類に従っ てする文書、磁気テープ等の整理(保管を含む。)をいう。以下(8)において同じ。)に係る分類の作成 又はファイリング(高度の専門的な知識、技術又は経験を必要とするものに限る。)の業務 イ 文書、図書、新聞、雑誌、帳簿、伝票、カード、ディスク、カタログ、地図、図面、フィルム、 磁気テ-プ、写真、カルテ等についてファイリングの分類の作成又はファイリングを行う業 務をいう。 この場合において、 「ファイリング」とは、事務の能率化を図るために、文書等の分類基準を作成 した上で当該分類基準に従って文書等の整理保管を行う、文書等の整理、保管の組織化、能率化の 意であり、例えば、全社的に統一された文書整理規定を作成し、キャビネット等の整理用の器具を 配置し、この文書整理規定に基づいて文書等の整理、保管を行うことをいう。 また、「高度の専門的な知識、技術又は経験を必要とするものに限る。 」とは、文書等の整理のた めに当該文書等の内容又は整理の方法等について相当程度の知識、技術又は経験を必要とするもの に限られ、単に機械的な仕分けを行うものではないことをいう。 ロ 個人の机の周囲の片付けや文書等の番号順の並べ換えの業務はもとより、郵便物を発信元あるい は受信先別に仕分けする業務や売上、経理伝票等を取引先別に仕分けする業務等文書等の内容や整 理の方法等について専門的な知識等を用いることのない業務は含まれない。 3)財務関係(令第4条第 10 号) 貸借対照表、損益計算書等の財務に関する書類の作成その他財務の処理の業務 イ 次のような財務に関する書類の作成その他財務の処理の業務をいう。 ① 仕訳、仕入帳・売上帳・勘定科目別台帳等の会計帳簿の作成 ② 保険証券の作成 ③ 社会保険料・税金の計算及び納付手続 ④ 医療保険の事務のうち財務の処理の業務 ⑤ 原価計算 ⑥ 試算表、棚卸表、貸借対照表、損益計算書等の決算書類の作成 ⑦ 資産管理、予算編成のための資料の作成 ⑧ 株式事務 ロ 当該財務の処理、特に①から④まで及び⑧については、法第 40 条の2第1項第1号イの趣旨から 専門的な業務、すなわち、その迅速かつ的確な実施に習熟を必要とする業務に限られるものであ り、単なる現金、手形等の授受、計算や書き写しのみを行うようなその業務の処理について特に習 熟していなくても、平均的な処理をし得るような業務は含まれないものである。 ハ なお、店頭における商品(有価証券を含む。)売買に伴う現金又はこれに準ずるものの授受の行 為及びセールスマンの行う商品の勧誘の行為は財務の処理には当たらず、これらの行為を伴う業務 1039 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 は含まれない。 また、銀行の貸金庫、セーフティケースの管理や社会保険の得喪手続も財務の処理とは解すこと ができないので留意すること。 (4)派遣可能期間 1)業務の種類別派遣可能期間 多様な業務を派遣可能期間別に分けると、次のとおりである。 第 2-14-6 図 業務の種類別派遣可能期間 区分 1 2 業務の種類 派遣可能期間 政令26業務 制限はない (上記(3)に掲げる業務) (派遣法 40 条の 2 第 1 項 1 号) 一定期間内に業務が終了する予定の 制限はない プロジェクト業務 3 4 (派遣法 40 条の 2 第 1 項 2 号イ) 就業日数の少ない者の業務(通常の 制限はない 者の半分以下かつ月 10 日以下) (派遣法 40 条の 2 第 1 項 2 号ロ) 育児休業者・介護休業者の代替業務 休業者が職場復帰するまで (派遣法 40 条の 2 第 1 項 3 号・4 号) 5 自由化業務 原則1年 (1~4 及び 6 に該当しない業務。製 派遣先労働者代表の意見を聴いて最 造業はこれに含まれる。) 長3年にすることが可(派遣法 40 条 の 2 第 2 項・3 項)。 6 港湾運送・建設・警備・その他上記 派遣禁止 (2)④の業務 (派遣法 4 条、令 2 条) 3.紹介予定派遣 労働者派遣事業と職業紹介事業の双方の許可を受け又は届出をした者は、労働者派遣をしてい る労働者を派遣先へ職業紹介することができる。 この紹介予定派遣は、平成 12 年改正によって同年 12 月から認められるようになった。 (1)面接、履歴書の送付等 通常の労働者派遣の場合は、派遣就業開始前に派遣先の面接を受けたり履歴書を送付することが できないが、紹介予定派遣の場合は可能である。 また、派遣労働者自身が自ら派遣先を訪問したり、履歴書を送付したり、仮に雇用された場合の 労働条件を確認したりすることも問題ないこととされている。ただし、通常、事業主が労働者を募 集する場合に一般的に制限を受ける次の行為は禁止される ①派遣労働者の年齢を理由として受入れを拒むこと(雇対法 10 条関係) ②男女いずれかの性を排除したり異なる条件とすることその他間接差別すること(均等法 5 条・ 7 条関係) 1040 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 (2)採用内定等 紹介予定派遣の場合は、派遣先が、派遣労働者に対して派遣期間中に求人条件を明示したり求職 の意思を確認したりすることが可能である。派遣就業開始前であってもできる。 派遣先は、紹介予定派遣の労働者を受入れる際は、業務遂行能力のに係る試験の実施や資格の有 無等社会通念上公正と認められる客観的な基準によって労働者を特定する必要がある。 (3)紹介予定派遣期間 紹介予定派遣期間は、同一の労働者について6か月が限度である。派遣先は、この間に採用する か否か決める必要がある。 また、派遣期間内であっても、派遣元、派遣先、派遣労働者の三者の合意に基づき、派遣契約を 打ち切って職業紹介に切換えることができる。この場合、派遣契約に紹介手数料を支払う旨の定め をすれば、派遣元(紹介事業者)は派遣先(紹介先)から手数料をもらうことは差支えない。 注意しなければならないのは、派遣契約を打ちきらずに紹介先事業主が派遣労働者を雇い入れる と、当該労働者は派遣元と紹介先との二重の雇用関係が生ずることになり、職業安定法第 44 条に よって禁止される「労働者供給事業」に該当するおそれがあることである。 (4)採用しない場合の理由の明示 派遣先が紹介派遣予定派遣の労働者を採用しなかった場合に、派遣元は、派遣労働者の求めに応 じて、派遣先にその理由を書面(FAX、電子メールも可)により明示するよう求め、その結果を派 遣労働者に書面により明示しなければならない。 採用しない理由を労働者に明示する義務は、あくまでも派遣元にある(平成 17 年 5 月 18 日厚労 告 235 号「派遣元事業主が講ずべき措置に関する指針」第二の 12(二))。 4.労働者派遣契約 (1)労働者派遣契約の意義 労働者派遣をすることを約する契約を「労働者派遣契約」といい、派遣元事業主と派遣先事業主 との間で締結される。その形式は文書であるかどうかは関係なく、また有償であるか無償であるか も問われない。 労働者派遣法 26 条は「労働者派遣契約の当事者」という用語を使っているが、その意味すると ころは当事者の一方が労働者派遣を行い、相手方がそれを受ける場合のすべてをいうものであり、 業として行うものであるか否かは問われない(厚労省「事務取扱要領」第7.1.P145)。したが って、人材派遣会社から受入れる場合でなくても、「労働者派遣」を受入れるときは法所定の派遣 契約を締結しなければならない。 ※在籍出向の場合 在籍出向と労働者派遣とは似かよった就業形態で紛らわしいが、労働者派遣については労働者派 遣法に詳細な規定があるのに対し在籍出向については原則的に法の規制がない。そのため、在籍出 向の契約内容に関する参考資料も少ない。 実務上、労働者派遣契約の内容を参考にすることも有用であろう。 1041 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 (2)労働者派遣契約の内容 派遣元と派遣先との間で締結される労働者派遣契約には、次の事項と派遣労働者の人数を定めな ければならない(派遣法 26 条、則 22 条)。 ① 業務の内容 ② 派遣就業の場所 ③ 派遣労働者を直接指揮命令する者に関する事項 ④ 派遣の期間及び派遣就業をする日 ⑤ 派遣就業の開始・終了の時刻、休憩時間 ⑥ 安全及び衛生に関する事項 ⑦ 苦情処理に関する事項 ⑧ 派遣契約の解除にあたって講じる派遣労働者の雇用の安定を図る措置 ⑨ 紹介予定派遣である場合はそれに関する事項 ⑩ その他労働厚生省令で定める事項(派遣則 22 条) ・ 派遣元責任者及び派遣先責任者に関する事項 ・ 時間外労働・休日労働に関して労働者派遣契約に定めをしたときはそれに関する事 項 ・ 派遣先の食堂・休憩室等福祉施設の利用に関する定めをしたときはそれに関する事 項 労働者派遣(紹介予定派遣を除く。)は、あくまでも人員を派遣することを目的としており、個 人を特定することはできない(ただし、労働者の氏名は派遣先に通知する義務がある。―派遣法 35 条 1 号)。 また、派遣元事業主の都合によって派遣期間中に派遣労働者を入れ替えることは自由である。し たがって、1日8時間の派遣を約する契約において、派遣元事業主の都合によって2人の労働者を 4時間ずつ就業させることも可能である。 (3)許可又は届出のある事業者であることの明示 派遣元事業主は、派遣契約を締結するに当たり一般労働者派遣事業の許可を受け、又は特定労働 者派遣事業の届出をしていることを明示しなければならない(派遣法 26 条 4 項)。 (4)個人情報の取扱い 派遣元事業主は、労働者の個人情報を収集・保管・使用するに当たって、その業務の目的達成に 必要な範囲内で行わなければならない。ただし、本人の同意がある場合又は正当な事由がある場合 は、この限りでない(派遣法 24 条の 3)。 1)個人情報の収集 派遣元事業主は、次の個人情報を収集してはならない。ただし、業務上特別な必要性があること その他業務目的の達成に必要不可欠な場合であって、収集目的を示して本人から収集する場合は、 この限りでない。 ① 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのあ る事項 ② 思想及び信条 ③ 労働組合への加入状況 1042 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 2)適正管理 派遣元事業主は、次の事項に係る適切な措置を講じるとともに、派遣労働者等からの求めに応じ て当該措置の内容を説明しなければならない。 ① 目的に応じ必要な範囲において正確、かつ、最新のものに個人情報を保つための措置 ② 紛失、破壊、改ざんを防止するための措置 ③ 不正アクセスを防止するための措置 ④ 保管する必要がなくなった個人情報を破棄又は削除するための措置 3)開示・訂正請求 派遣元事業主は、個人情報の開示又は訂正・削除を求められたときは、これに応じる旨の規程を 作成して、その開示・訂正・削除に関する権利を確保しなければならない。 5.派遣元事業主の責務 (1)派遣労働者であることの明示 派遣元事業主は、労働者を派遣労働者として雇い入れようとするときはその旨を明示しなければ ならない。紹介予定派遣である場合も同じ(派遣法 32 条)。 また、派遣元事業主は、派遣労働者として雇い入れた労働者以外のものを新たに労働者派遣の対 象としようとするときは、その旨明示し同意を得なければならない。 (2)派遣先への再就職制限の禁止 派遣元事業主は、正当な理由なく、派遣労働者との間で、派遣終了後派遣先に雇用されることを 禁ずる契約をしてはならない(派遣法 33 条)。 (3)就業条件の明示 派遣元事業主は、労働者派遣をしようとするときは、あらかじめ派遣労働者に対し次の事項を明 示しなければならない(派遣法 34 条)。 ① 労働者派遣であるということ ② 上記4(1)①~⑩に掲げた内容(派遣契約に定めた内容) ③ 派遣法施行令 4 条で定める政令26業務以外の業務(注 1)について派遣する場合にあっ ては、派遣可能期間(注 2)(最長3年)に抵触することとなる最初の日 注 1.政令26業務以外の業務=自由化業務、育児介護休業者代替業務、製造の業務など 注 2.派遣可能期間=業務の種類によって異なる。5.(3)参照。 就業条件の明示の方法は、労働者派遣では必ず文書交付の方法によらなければならない。 労働基準法の場合は、賃金等労働条件の重要な項目のみを文書交付の方法によって明示すること を義務付けており、労働者派遣法と対照的である(労基法 15 条、労規則 5 条)。 (4)派遣先への通知 派遣元事業主は、労働者派遣をするときは次に掲げる事項を派遣先へ通知しなければならない (派遣法 35 条、則 28 条)。 ① 派遣労働者の氏名、性別、45 歳以上である場合はその旨、18 歳未満である場合はその年 齢 1043 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 ② 健康保険、厚生年金保険、雇用保険の各被保険者資格届の提出の有無、なしの場合はその 理由 ③ 派遣先と締結した労働者派遣契約の内容と派遣労働者に明示した就業条件の内容が異な る場合には、その内容 例:1日8時間の契約をしたが、2人で4時間ずつ分担勤務させる場合など (5)派遣期間 1)制限期間を超える派遣の禁止 派遣元事業主は、政令26業務以外の業務(自由化業務)について派遣可能期間(最長3年)に 抵触することとなる最初の日以降継続して労働者派遣を行ってはならない(派遣法 35 条の 2)。 2)派遣先及び派遣労働者への通知 派遣元事業主は、派遣可能期間に抵触することとなる最初の日の1か月前から抵触することとな る最初の日の前日までの間に、当該抵触することとなる最初の日以降労働者派遣を行わない旨を派 遣先及び派遣労働者に通知しなければならない。 通知の方法は、6(3)③の就業条件の明示であるから、文書交付の方法によらなければならな いとされている。 (6)派遣元責任者の選任 1)選 任 派遣元事業主は、次の事項を行わせるため、派遣元責任者を選任しなければならない(派遣法 36 条)。 ① 派遣労働者であることの明示、就業条件等の明示、派遣先への通知、派遣期間の 制限に抵触する労働者派遣を行わない通知及び派遣元管理台帳の作成・保存に関すること ② 派遣労働者に対する必要な助言及び指導を行うこと ③ 派遣労働者から受けた苦情の処理に当たること ④ 個人情報の管理 ⑤ 派遣元において派遣労働者の安全衛生を統括する者及び派遣先との連絡調整 ⑦ その他派遣先との連絡調整 2)選任人数 派遣元責任者の選任は、派遣労働者の数に応じて次の表の人数以上でなければならない。 第 2-14-7 図 派遣元責任者の選任人数 派遣労働者の数 派遣元責任者の数 100 人以下 1人 101~200 人 2人 以下 100 人ごとに 1 人を加える (7)派遣元管理台帳の作成・保存 1)作成義務 派遣元事業主は、派遣元管理台帳を作成し、派遣労働者ごとに次の事項を記載しなければならな い(派遣法 37 条、則 31、32 条)。 ①派遣先の名称 1044 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 ②派遣先事業所の所在地、就業の場所 ③派遣期間及び派遣就業をする日 ④始業・終業の時刻 ⑤従事する業務の種類 ⑥苦情処理に関する事項 ⑦紹介予定派遣の場合は当該紹介予定派遣に関する事項 ⑧その他厚生労働省令で定める事項 ・ 派遣労働者の氏名 ・ 事業所の名称 ・ 派遣元責任者及び派遣先責任者に関する事項 ・ 派遣法施行令 4 条で定める政令26業務について派遣するときは、該当する号番号 (例:ファイリングの業務「8」、受付・案内の業務「16」など) ・ 産前産後休業、育児休業、介護休業の代替え派遣の場合は、その旨及び休業する労 働者の氏名 ・ 派遣労働者の健康保険、厚生年金保険、雇用保険の被保険者資格 届提出の有無 2)台帳の保存 派遣元管理台帳は労働者派遣の終了の日から3年間保存しなければならない(派遣法 37 条 2 項)。 派遣元管理台帳は、一般の派遣と紹介予定派遣とに分けて別々に作成することが望ましいとされ ている。 6.派遣先事業主の責務 (1)労働者派遣の受入れ期間 1)派遣受入可能期間 労働者派遣の受入れ期間は2.(4)(1040 ページ)で述べたとおりであり、再掲すると、派遣 就業の場所ごとの同一の業務について次の表のとおりである(派遣法 40 条の 2)。 第 2-14-8 図 派遣受入可能期間 区分 業務の種類 派遣可能期間 1 政令26業務 制限はない 2 プロジェクト業務 制限はない 3 就業日数の少ない者の業務 制限はない 4 育児・介護休業者の代替業務 休業者が職場復帰するまで 5 自由化業務 6 港湾運送・建設・警備・その 派遣禁止 1~3年(注) 他上記 2.(3)④の業務 注.1~3年の期間は、派遣先事業主が派遣先労働者代表の意見を聴いて決める。 1045 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 2)「派遣就業の場所ごとの同一の業務」等 自由化業務等に係る期間の制限(3年等)に関し、派遣法は「派遣就業の場所ごとの同一業務に ついて、派遣元事業主から派遣可能期間を超える期間継続して労働者派遣の役務の提供を受けては ならない。」と規制している(派遣法 40 条の 2 第 1 項)。そこで、「同一の業務」とはいかなる業 務をいうのか、また「継続して」とはいかなる状態をいうのか、1日の空白期間を設ければ「継続 して」に当たらないのか、などの疑問が生じる。これに対し、厚労省職業安定局は次のように説明 している。 イ「同一の業務」 「同一の業務」とは、指揮系統を同じくする組織の最小単位(係、グループなど)ごとの同一 業務を意味する。つまり、組織の最小単位において行われる業務は、同一の業務であるとみなさ れることになる(厚労省「事務取扱要領」第9.2(4)P241)。 このように派遣可能期間の制限は「同一業務」であるかどうかがその判断基準であるから、派 遣労働者個人や人材派遣会社に変更があっても派遣可能期間に影響を与えない。 同一の業務に係る具体例 組織の最小単位(係・ ・仮に隣の机に変わった場合でも、それが同じ係、班の中の業務であれば、 班等)内で異動 表面上は違った仕事に見えても「同一の業務」として規制される。 ・1つの係で庶務的な業務と営業事務補助の業務をしている場合に、派遣労 働者が営業事務補助の業務で派遣されてきたが、3年経ったので隣の人が行 っていた庶務的な業務も併せて行うことはありうるが、こうしたものは期間 制限違反として禁止される。同様に、3年経ったので営業事務補助の業務で の派遣就業を終了し、隣の人が行っていた庶務的な業務での派遣就業をする ことも期間制限違反として禁止される。 ・1つの係で庶務的な業務と営業事務補助の業務をしている場合に、派遣労 働者が営業事務補助の業務で派遣されてきたが、3年後に当該業務が消滅 し、隣の人が行っていた庶務的な業務に移ることも期間制限違反として禁止 される。 組織の最小単位を超え ・脱法を避けるという点に留意しながら解釈する必要があるが、基本的には た異動 「係」 、 「班」等場所が変われば「同一の業務」を行うとは解釈できず、違っ た派遣が受けられる。 ・組織が、例えば類似の業務が多くていくつかの班に管理上便宜的に分けて いるに過ぎない場合には、実態を見て「同一の業務」かどうか判断する。 ・班を越えても、労務管理の便宜上、例えば特定の管理者の管理の範囲を超 えるので班を3つから5つに増やした場合に、ある班にいた派遣労働者が同 様の仕事を別の班に移って行うことは「同一の業務」として解釈すべき。 1046 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 組織の最小単位の名称 ・企業経営も変化を遂げて、中間管理職の排除であるとか組織のフラット化 (プロジェクトの場 といった現象が進行していることから、係や班というのは例示として位置付 合) け、基本的な概念は、同種労働を行って企業を支えている最小の企業組織を 「同一の業務」の判断の中心にすべき。 ・単に名前がプロジェクト・チームであっても実際には恒常的な係や班だと いうことになれば、 「同一の業務」の規定の適用を受ける。 派遣就業中に組織を再 ・1つの係が2つに分かれてその係が実質的に違った業務を行っている、そ 編した場合 ういう再編成であれば「同一の業務」といえない場合もある。 一方、形式的に分けた場合であれば、「同一の業務」を相変わらず行ってい ると判断される。 (厚労省「業務取扱要領」P242 より) ⇒ 「同一の業務」であるか否かの判断は指揮系統を同じくする組織としての最小単位内の業務であるか否かに よって決まる。端的にいえば、最小単位内の業務であれば、業務内容が異なっても(例:「庶務的な業務」と「営 業事務補助の業務」)同一の業務である。 ロ「継続して」 労働者派遣を受入れていた派遣先が新たに労働者派遣を受入れる場合に、直前に受入れていた 労働者派遣と新たに受入れる労働者派遣との間の期間が3か月を超えないときは、継続して労働 者派遣を受入れていたとみなされる(厚労省「事務取扱要領」P242 より)。 ⇒ 自由化業務では、派遣可能期間終了後新たに労働者派遣を受入れるときは少なくとも3か月と1日の空白期 間(クーリング期間)を設けなければならない。 3)自由化業務における派遣可能期間 上記第 2-17-6 図の「自由化業務」の派遣可能期間は原則的には1年であるが、派遣先事業主が 1年を超えて受け入れようとするときは、当該派遣先の労働者の過半数代表者の意見を聴いて、3 年まで受入れ期間を定めることができる(派遣法 40 条の 2 第 3 項)。 実務においては、1年を超えて派遣を受入れようとするときは、たとえば、「受入期間を3年と したいが意見を聴かせてほしい」というように過半数代表者に通知し、意見の表明があってから受 入れ期間を決定するようにする。 イ 過半数代表者への通知 派遣受入れ期間に関し過半数代表者の意見を聴く場合は、次の事項を書面により通知しなけれ ばならない(派遣則 33 条の 4 第 4 項)。 ① 労働者派遣を受けようとする業務 ② 派遣を受入れようとする期間及び開始予定時期 (派遣を受入れようとする期間を変更しようとする場合は、当該変更しようとする期間) この①及び②以外の項目(たとえば、派遣を受入れようとする人数)について通知することは 法令上の義務ではないが、労使間の話合いにより通知項目を追加することはもとより自由である。 1047 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 ロ 過半数代表者からの意見聴取 意見聴取に当たっては、派遣先は、十分な考慮期間を設けた上であれば、過半数組合等の意見 の提出に際して期限を付することが可能である。また、当該期限までに意見がない場合には意見 がないものとみなす旨、過半数組合等に事前に通知した場合には、そのように取り扱って差し支 えない(注)。 注.「派遣先が講ずべき措置に関する指針」( 平成11年労働省告示第138号、最終改正平成19年厚生労働省告 示第301号) (1) 派遣先は、労働者派遣法第4 0条の2 第4 項の規定に基づき、当該派遣先の事業所の労働者の過半数 で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者( 以下「過半数組合等」という。) に対し、労働 者派遣の役務の提供を受けようとする期間について意見を聴くに当たっては、当該期間等を過半数組合等 に通知してから意見を聴くまでに、十分な考慮期間を設けること。 (2) 派遣先は、過半数組合等から、労働者派遣の役務の提供を受けようとする期間が適当でない旨の意見を 受けた場合には、当該意見に対する派遣先の考え方を過半数組合等に説明すること、当該意見を勘案して 労働者派遣の役務の提供を受けようとする期間について再検討を加えること等により、過半数組合等の意 見を十分に尊重するよう努めること。」 「十分な考慮期間」とはどのぐらいの期間をいうものかについて通達その他で明確に示されて いないが、一般的には2週間程度確保されればこの要件が満たされるのではなかろうか(私見)。 過半数代表者と十分に意見交換した上であれば、たとえ同意という意見が聴取できなくても、 派遣契約を1年を超えて延長して3年までとすることができる。 当初は1年の予定で派遣労働者を受け入れていたが、それが2年目以降も受け入れたいという 場合は、2年目に入る前に意見聴取するようにする。 ハ 意見聴取に関する記録の保存 上記ロの意見聴取に関し、次の事項について書面に記載し、労働者派遣終了の日から3年間保 存しなければならない(派遣則 33 条の 3)。 ① 意見を聴いた過半数組合の名称又は過半数代表者の氏名 ② 過半数組合又は過半数代表者へ通知した事項及び通知した日 ③ 過半数組合又は過半数代表者から意見を聴いた日及び当該意見の内容 ④ 意見を聴いて派遣受入れ予定期間を変更したときは、その変更した期間 二 派遣元人材派遣会社への通知 派遣先は、派遣受入れ期間を定めたときは、派遣受入れ可能期間に抵触することとなる最初の 日を文書交付等により通知しなければならない(派遣法 40 条の 2 第 5 項、派遣則 33 条の 4 第 5 項)。 1048 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 派遣先が講ずべき措置に関する指針(平 11.11.17 労告 138 号、最終改正平 21.3.31 厚労告 245 号) 15 労働者派遣の役務の提供を受けようとする期間に係る意見聴取の適切かつ確実な実施 (1) 派遣先は、労働者派遣法第四十条の二第四項の規定に基づき、当該派遣先の事業所の労働者の 過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者(以下「過半数組合等」という。)に 対し、労働者派遣の役務の提供を受けようとする期間について意見を聴くに当たっては、当該期間 等を過半数組合等に通知してから意見を聴くまでに、十分な考慮期間を設けること。 (2) 派遣先は、過半数組合等から、労働者派遣の役務の提供を受けようとする期間が適当でない旨 の意見を受けた場合には当該意見に対する派遣先の考え方を過半数組合等に説明すること、当該意 見を勘案して労働者派遣の役務の提供を受けようとする期間について再検討を加えること等によ り、過半数組合等の意見を十分に尊重するよう努めること。 (2)派遣労働者を雇用する努力義務 自由化業務に係る派遣先事業主は、就業の場所ごとの同一の業務について、派遣元事業主から継 続して1年以上経過した日以後に労働者を雇入れようとするときは、当該同一の業務に派遣実施期 間継続して従事した派遣労働者であって次の各号に適合する者を雇入れるよう努めなければなら ない(派遣法 40 条の 3) 。 ① 派遣先に雇用されて同一の業務に従事することを希望する旨を派遣先に申し出たこと ② 派遣実施期間が経過した日から起算して7日以内に派遣元事業主との雇用関係が終了し たこと ⇒ 新たに労働者を雇い入れる場合の雇入れ努力義務であって、労働者を雇い入れない場合はそのような 努力義務は生じない。 (3)雇用契約申込みの義務 1)自由化業務の場合 派遣先は、上記5(5)2)の通知(派遣可能期間に抵触することとなる最初の日についての通 知)を受けた場合において、当該派遣労働者を引続き使用しようとするときは、抵触することとな る最初の日の前日までに雇用契約の申込みをしなければならない(派遣労働者が雇用を希望する場 合。)(派遣法 40 条の 4) 。 第 2-14-9 図 自由化業務の雇用契約申込み義務 ②抵触日を通知 派遣元 ③抵触日以降派遣を行わない旨通知 派遣先 ①意見を聴く 過半数 代表者 ④ 抵触日以降も使用する場合 雇用契約 は雇用契約申込み義務発生 労働者 ⇒ 派遣可能期間を超えて引き続き派遣労働者を使用しようとするときは、雇用の申込み義務が生じ.る。 1049 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 派遣可能期間の制限を超えて労働者派遣を受入れた場合の取扱い 派遣可能期間の制限を超えて労働者派遣を受入れている場合は、厚生労働大臣は必要な指導又は 助言をし(派遣法 48 条1項)それにもかかわらず、その者がなお当該期間の制限を超えて労働者派 遣を受入れている場合には、当該派遣就業を是正するために必要な措置をとるべきことを勧告する ことができる(派遣法 49 条の2第1項)。 また、派遣可能期間の制限を超えて労働者派遣を受入れている場合で、かつ、派遣労働者が当該 派遣先に雇用されることを希望しているときは、当該派遣先に対し指導又は助言をしたにもかかわ らず当該派遣先がこれに従わなかったときは、当該派遣労働者を雇い入れるよう厚生労働大臣は勧 告することができる(派遣法 49 条の2第2項)。派遣先に対し派遣労働者を雇い入れるように指導 又は助言、勧告する際には、当該派遣労働者の希望による場合を除き、期間の定めがない雇用によ るよう指導又は助言、勧告する。 これらの勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を 公表することができる(派遣法第 49 条の2第3項) 。公表の際には、企業名及び所在地、事業所名 及び所在地並びに指導、助言、勧告及び公表の経緯について公表する。 (業務取扱要綱 P246) 2)政令26業種の場合 派遣先は、政令26業種に該当する同一の業務について、派遣元事業主から3年を超える期間継 続して同一の派遣労働者を受け入れている場合において、同一の業務に従事させるため労働者を雇 入れようとするときは、当該派遣労働者に雇用契約の申込みをしなければならない(派遣法 40 条 の 5)。 ⇒ 制令26業務では、受け入れ期間が3年を超えても労働者を雇入れる場合でなければ、雇用の申込み義務 は生じない。 これを表にすると、次のとおりである。 第 2-14-10 図 派遣先に生じる雇用義務等 派遣先の意向 自由化業務 政令26業務 1年経過後、新たに労働者を雇 派遣労働者を雇入れるように 入れようとするとき 努めなければならない(努力義 務)。40 条の 3 派遣可能期間経過後も引き続 派遣労働者に対し雇用契約の き派遣労働者を使用しようと 申込みをしなければならない するとき (義務)。40 条の 4 同一の派遣労働者を3年を超 派遣労働者に対し雇用契約の えて受け入れている場合に、新 申込みをしなければならない たに労働者を雇入れようとす (義務)。40 条の 5 るとき 1050 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 (4)派遣先責任者の選任 1)選任義務 派遣先は、次項2)の業務を行わせるため、派遣先責任者を選任しなければならならない(派遣 法 41 条)。 派遣先責任者は専属の必要があり、自己の雇用する労働者・役員のうちから選任する。 派遣先責任者の選任は、派遣労働者の数に応じて次の表の人数以上でなければならない。ただし、 事業所の規模が直接雇用労働者と派遣労働者との合計で5人以下の場合は、派遣先責任者を選任 する必要はない(派遣則 34 条 2 号)。 第 2-14-11 図 派遣元責任者の選任人数 派遣労働者の数 派遣元責任者の数 100 人以下 1人 101~200 人 2人 以下 100 人ごとに 1 人を加える 2)派遣先責任者の業務 派遣先責任者の業務は、次のとおりである(派遣法 41 条)。 ① 次に掲げる事項を派遣労働者を指揮する者その他関係者に周知すること ・労働者派遣法の規定及び労働基準法の適用の特例(派遣法 44 条) ・労働者派遣契約の定めの内容 ・自由化業務派遣について、派遣先から受けた派遣可能期間に抵触する日の通知 ② 派遣可能期間及び派遣先管理台帳に関すること ③ 苦情処理に当たること ④ 派遣先において派遣労働者の安全衛生を統括管理する者及び派遣元との連絡調整 ⑤ その他派遣元との連絡調整 (5)派遣先管理台帳の作成・保存 1)作成義務 派遣先は、派遣先管理台帳を作成し、派遣労働者ごとに次の事項を記載しなければならない(派 遣法 42 条)。 ① 派遣元事業主の名称 ② 派遣就業した日 ③ 派遣就業した日ごとの始業・終業の時刻及び休憩した時間 ④ 従事した業務の種類 ⑤ 苦情の処理に関する事項 ⑥ 紹介予定派遣に係る派遣労働者については、当該紹介予定派遣に関する事項 ⑦ その他厚生労働省令で定める事項 ・派遣労働者の氏名 ・派遣元事業主の事業所の名称 ・派遣元事業主の事業所の所在地 1051 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 ・派遣先責任者及び派遣元責任者に関する事項 ・派遣法施行令 4 条で定める政令26業務について派遣するときは、該当する号番号 ・産前産後休業、育児休業、介護休業の代替え派遣の場合は、その旨及び休業する労働者 の氏名 ・派遣労働者の健康保険、厚生年金保険、雇用保険の被保険者資格取得届の有無、なしの 場合はその理由 2)台帳の保存 派遣先管理台帳は、労働者派遣の終了の日から3年間保存しなければならない。 派遣先管理台帳を一般の派遣と紹介予定派遣とに分けて別々に作成することが望ましい点は、派 遣元管理台帳の場合と同様である。 (6)派遣労働者に係る死傷病報告 派遣労働者を受け入れている事業者は、当該派遣労働者が労働災害により休業・死亡したときは、 自己が直接雇用する労働者が休業・死亡したときと同様に、遅滞なく労働者死傷病報告書を所轄労 働基準監督署長へ提出しなければならない(安衛則 97 条)。 この場合に、監督署長へ提出した報告書の写しを、遅滞なく派遣元事業主へ送付する必要もある (派遣則 42 条)。 ※安衛則の労働者死傷病報告 安衛則 97 条に規定されている事業者の労働者死傷病報告義務は「事業者は、労働者が・・・し たときは・・・労働者死傷病報告書を・・・提出しなければならない。」と、労働者について自己 が雇用する労働者に限定していないため、派遣労働者についても報告義務がある。 安衛則 (労働者死傷病報告) 第九十七条 事業者は、労働者が労働災害その他就業中又は事業場内若しくはその附属建設物 内における負傷、窒息又は急性中毒により死亡し、又は休業したときは、遅滞なく、様式第二十 三号による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。 第2項 略 (4 日以下の休業の場合は、四半期ごとに最終月の翌月末日までにまとめて提出することとされて いる(安衛則 97 条 2 項) 。) 1052 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 7.労働基準法等の適用に関する特例 労働基準法は、労働契約関係にある使用者に責任を課しており、労働者派遣に係る使用者責任 は、原則として派遣元事業主がを負うことになる。しかし、労働者派遣に係る派遣労働者の場合 は、派遣先事業主が業務遂行上の具体的指揮命令を行う特別な事情があり、派遣労働者保護の実 効性を期す上から派遣先事業主に責任を負わせることが適当な事項もあるので、特例を設けて派 遣先事業主にも使用者責任を課している(派遣法 44 条~47 条の 2)。 なお、この特例は、人材派遣会社から受入れる場合でなくても(業として行われる労働者派遣で なくても)、 「労働者派遣」を受入れるときはすべて適用される(厚労省「事務取扱要領」P276)。 (1)使用者責任の原則 派遣労働者に対する労働基準法等の使用者責任は、原則的には労働契約締結関係にある派遣元事 業主にある。しかしながら、派遣労働者と労働契約関係にない派遣先の事業主が業務遂行上の具体 的指揮命令を行い、また実際の労働の提供の場における設備、機械等の設置・管理も行っているた め、その保護に欠けることのないようにする観点から、①派遣先における具体的な就業に伴う事項 であって労働者派遣の実態から派遣元の事業主に責任を問うことの困難な事項、②派遣労働者保護 の実効を期すうえから派遣先の事業主に責任を負わせることが適当な事項、については派遣先の事 業主に責任を負わせることとし、労働基準法、労働安全衛生法、じん肺法、作業環境測定法及び雇 用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律につき適用の特例等に関する 規定を設けている(法第 44 条から第 47 条の2まで)。 ⇒ 派遣労働者に関する使用者責任は派遣元事業主にあるのが原則であるが、、①派遣先における具体的な 就業に伴う事項、②派遣先の事業主に責任を負わせることが適当な事項、については派遣先事業主に責任を 負わせる特例がある。 (2)労働基準法等の適用に関する特例 1)特例の基本原則 労働基準法等の適用に関する特例の基本原則は、次のとおりである。 ① 特例規定が存しない労働基準法等の規定については、すべて派遣元の事業主が責任を負担す ることになる。 ② 派遣労働者であっても、労働者派遣されていない状態の者については派遣元の事業主が労働 基準法等の規定の適用をすべて受けることになる。 ③ 労働者派遣事業の実施につき許可を受け又は届出書を提出した派遣元事業主が行う労働者 派遣だけではなく、それ以外の事業主(違法な派遣事業者)が行う労働者派遣についても適用 される。また、業として行われる労働者派遣だけでなく業として行われるのではない労働者派 遣についても適用される。 ④ 派遣元の事業主、派遣先の事業主双方との間に二重に雇用契約関係が成立していると認めら れる場合は、いわゆる在籍型出向と同じであり、派遣元の事業主及び派遣先の事業主がそれぞ れ権限と責任を有する事項について労働基準法等が適用される。 1053 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 ※派遣先に労基法等が適用されない場合 派遣先が労働基準法等の適用の対象となる事業でない場合(派遣先が事業を行っていない場合) は、原則どおり派遣元の事業主が労働基準法等における使用者責任をすべて負うことになる。 このような事例として、大学の個人研究室で大学教員が個人的に「秘書」を労働者派遣として受 入れて継続的に作業を行わせている場合などが考えられる(野川「労契法」P78、荒木「労契法」 P69) ※国の事業に派遣される場合 労基法は一般職に属する国家公務員には適用されない(国公法附則 16 条)が、国そのものには 適用されるため、国に派遣労働者が派遣される場合には国に対しても労働基準法等の適用に関する 特例が適用される(基発 号) 国公法 附則第十六条 労働組合法(昭和二十四年法律第百七十四号)、労働関係調整法(昭和二十一年法律 第二十五号) 、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)、船員法(昭和二十二年法律第百号) 、最低 賃金法(昭和三十四年法律第百三十七号)、じん肺法(昭和三十五年法律第三十号)、労働安全衛生法 (昭和四十七年法律第五十七号)及び船員災害防止活動の促進に関する法律(昭和四十二年法律第六 十一号)並びにこれらの法律に基いて発せられる命令は、第二条の一般職に属する職員には、これを 適用しない。 労基法 (国及び公共団体についての適用) 第百十二条 この法律及びこの法律に基いて発する命令は、国、都道府県、市町村その他これに準ず べきものについても適用あるものとする。 2)労働時間、休憩及び休日 変形労働時間制や時間外・休日労働の枠組みをつくる責任は派遣元にあるが、派遣元が日常管理 し得ない勤務にまつわる事項(労働時間、休憩及び休日)は派遣先に使用者責任がある。 派遣労働者に時間外・休日労働をさせる場合は、派遣元事業主が三六協定を締結しこれを労働基 準監督署長へ届け出る必要がある。派遣先事業主は、この協定の範囲内で時間外・休日労働をさせ ることが可能となる(資料 48 1057 ページ参照。)。 3)賃金、労働契約、就業規則関係 勤務にまつわること以外は、派遣元に使用者責任がある。 4)安全衛生教育 雇入れ時の安全衛生教育は派遣元、作業内容変更時の安全衛生教育は派遣元及び派遣先に、危険 有害業務に係る特別の教育については派遣先にそれぞれ実施義務がある。 5)セクハラに関する雇用管理上の配慮 男女雇用機会均等法に定める職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の配 慮義務は、派遣元及び派遣先双方の事業主にある。 その他男女雇用機会均等法に定める妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置などについても 同様である(派遣法 47 条の 2)。 1054 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 8.その他 (1)派遣可能期間を超える継続受入れの問題 すでに説明したとおり、自由化業務の派遣可能期間は最長3年である。この派遣可能期間を超え てそのまま継続して労働者派遣を受入れていると、法的な関係はどうなるだろうか。 1)労働者派遣法違反の問題 まず、派遣法違反の問題であるが、派遣可能期間を超えて継続して労働者派遣を行う派遣元人材 派遣会社に対して罰則の適用がある(法 35 条の 2 違反として 30 万円以下の罰金-派遣法 61 条 3 号)が、派遣を受入れる派遣先事業主に対して罰則の適用はない。 ⇒ 自由化業務において派遣可能期間を超えてそのまま継続して労働者派遣を受入れていても、派遣元である 人材派遣会社は罰則の対象とされるが派遣先企業に罰則の適用はない。 2)派遣労働者と派遣先企業との法的関係 次に、派遣労働者との関係においては、法は派遣可能期間経過後も派遣労働者を継続して使用す る場合は当該派遣労働者に対して雇用契約の申込みをしなければならないこととしている(派遣法 40 条の 4)。ただし、微妙な問題であるが、雇用契約の申込み義務は派遣元人材派遣会社から派遣 可能期間に「抵触することとなる最初の日以降継続して労働者派遣を行わない旨」の通知を受けた 場合、という条件が付されている。厳密にいえば、そのような通知がなければ、雇用契約の申込み 義務は発生しない(法 40 条の 4 は「第 35 条の 2 第 2 項の規定による通知を受けた場合において」 という前置節を設けている。)。 仮に、雇用申込み義務違反であるとしても、直ちに労働契約の締結が擬制されるものでないと解 されている(西谷「労働法」P395) (注)。 注.労契法 6 条は、労働契約の成立に関し「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに 対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」と、労使が合意す ることを契約成立の要件としている。 しかし、労働者派遣そのものが違法である場合(例:業務請負と称して実質的な労働者派遣を行 う場合)は、派遣法違反ではなく職安法違反の労働者供給事業として法的な関係を判断される場合 があり得る。すなわち、派遣元と派遣先との間の違法な労働者供給契約は無効であって、実態とし て残った派遣先と労働者との指揮命令下における労務の提供は「黙示の労働契約」であるとする考 え方である。 裁判例では、製造業に対する労働者派遣が禁止されていた時代に、業務委託契約によって労働者 を使用していた事案について、黙示の労働契約の成立が認められると判示したものがあるので、次 項に示す)。 3) 事例:松下プラズマディスプレイ(偽装請負)事件(一審大阪地裁判決平 19.4.26 二審 大阪高裁判決平 20.4.25) この事件は、違法な労働者派遣(偽装請負)のもとで行われた労務提供は、法的にいかなる労 働関係となるのかという点で注目を集めた。 一審は契約期間を6か月とする雇用申込みにより違法状態が解消されたから6か月経過ととも 1055 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 に雇用関係が終了したと判示したが、二審は期間の定めがないこととする合意があったとも認められ ないとしつつ、実態は松下プラズマディスプレイ(MPDP)社の指揮命令を受けて労働に従事させる 労働者供給契約というべきである、として黙示の労働契約における契約期間が契約の内容となると判示 し、一審判決を否定して解雇に当たるとした。 この事件は現在最高裁に上告中であるが、違法な労働者派遣(偽装請負)のもとで行われた労務提 供は、実態として労働者供給契約というべきであるとして、黙示の労働契約が成立しているとする点 で注目を集めている(資料 17 参照。P741) 。 1056 Corporate Evolution Institute Co., Ltd 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 資料 48 1054 ページ関係 派遣労働者に対する労基法等の適用に関する特例 (事業として行う場合以外であってもこの特例が適用される) 派 遣 元 派 遣 先 法定労働時間 派遣先が守らなければならない(派遣法 (労基法 32 条) 44 条 2 項)。 変形労働時間制 派遣元が労使協定を締結し、就業規則 派遣先は、派遣元が構築した枠組みの範 (労基法 32 条の 2~ 等で枠組みを作る。 囲内で労働させることができる(派遣法 32 条の 5) 44 条 2 項)。 休 派遣先が法定休憩を与えなければならな 憩 (労基法 34 条) い(派遣法 44 条 2 項)。 休 派遣先が法定休日を与えなければならな 日 い(派遣法 44 条 2 項)。 (労基法 35 条) 時間外・休日労働 派遣元が36協定を締結し、労働基準 派遣先は、派遣元が締結した36協定の (労基法 35 条) 監督署長へ届け出る。 範囲内で労働させることができる(派遣 法 44 条 2 項)。 派遣先の36協定で時間外・休日労働を させることはできない。 緊急災害時 派遣先が労働基準監督署長の許可を受け (労基法 33 条) て時間外・休日労働をさせることができ る(派遣法 44 条 2 項)。 割増賃金 すべて派遣元が支払わなければならな (労基法 37 条) い。 年次有給休暇 派遣元が与えなければならない。 (労基法 39 条) 産前産後の休業 派遣元が与えなければならない。 (労基法 65 条) 妊産婦保護 すべて派遣先が負う(派遣法 44 条 2 項)。 (労基法 66 条) 年次有給休暇 派遣元が与えなければならない。 (労基法 39 条) 育児時間 派遣先が与えなければならない(派遣法 (労基法 67 条) 44 条 2 項) 生理休暇 派遣先が与えなければならない(派遣法 (労基法 68 条) 44 条 2 項)。 災害補償 派遣元に補償責任がある。 (派遣元にお (労基法 75~88 条) いて労災保険料を納付する。 ) 安全衛生確保義務 派遣元に確保義務がある。 派遣先にも派遣元と同様に確保義務があ る(派遣法 45 条 1 項)。 (安衛法 3 条) 1057 Corporate Evolution Institute Co., Ltd. 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 一般安全衛生教育 雇入れ時及び作業内容変更時について 作業内容変更時については派遣先も共同 (安衛法 59 条 1 項) は派遣元に実施義務がある。 して実施義務がある(派遣法 45 条 1 項)。 特別安全衛生教育 特別の安全衛生教育は、派遣先が行わな (安衛法 59 条 3 項) ければならない(派遣法 45 条 3 項)。 一般健康診断 派遣元が行わなければならない。 (安衛法 66 条 1 項) 特殊健康診断 派遣先が行わなければならない(派遣法 (安衛法 66 条 2 項) 45 条 3 項)。 労働者死傷病報告 派遣元、派遣先とも報告しなければな 派遣元、派遣先とも報告しなければなら (安衛則 97 条) らない(安衛則 97 条)。 ない(安衛則 97 条)。 セクハラに対する 派遣元に雇用管理上の配慮義務があ 派遣先にも指揮命令上の配慮義務がある 配慮(均等法 21 条) る。 (派遣法 47 条の 2)。 派遣法 44 条(労基法の適用に関する特例)、45 条(安衛法の適用に関する特例)、47 条の 2(均等法の 適用に関する特例)も参照のこと。 資料 49 1058 ページ関係 松下プラズマディスプレイ(偽装請負)事件 松下プラズマディスプレイ(偽装請負)事件 一審 大阪地裁判決平 19.4.26 二審 大阪高裁判決平 20.4.25 事件の概要 原告労働者は平成 16 年 1 月、パスコ社(業務請負・人材派遣業)と2か月ごとに契約を更新する 雇用契約を締結し、パスコ社と松下プラズマディスプレイ(MPDP)社との間で締結する請負契約 (「業務委託契約」と称していた。)に基づいてのMPDP社の茨木第一工場においてプラズマ・ディ スプレイ・パネルの製造業務の封着工程に従事していた。 原告は、平成17年4月、就業形態が労働者派遣法違反であるとして被告に直接雇用を求めるとと もに、大阪労働局に是正を申し入れた。被告は同労働局からの指導を受け、原告に契約期間を6か月 とする直接雇用を申し入れたところ、原告は有期契約であること及び業務内容に異議を留めて、平成 17年8月22日から平成18年1月31日までの労働契約を締結した。被告は同日をもって原告と の雇用契約を打ち切ったところ、原告は、被告に対し、本件雇用契約は期間の定めのない契約であっ て、解雇又は雇止めは無効であることを理由とする雇用契約上の権利の確認の訴えを提起した。 一審判決の要旨 第一審では、①被告(MPDP)は原告労働者を直接指揮命令しており偽装請負の疑いが強いが、 両者の間に黙示の雇用契約が成立したとはいえない、②MPDP社は労働者派遣法により直接雇用申 込義務を負うが、同法は同申込みの効果を生じさせない、③違法な就業状態は直接申込みにより解消 しており、期間の定めは無効とはいえないから雇用契約は期間満了により終了したとして、地位確認 請求及び賃金請求を棄却した。 二審判決の要旨 1.MPDP社・パスコ社間の契約 契約書上の法形式は業務委託契約とされていたが、原告労働者はMPDP社従業員の指揮命令を受 1058 Corporate Evolution Institute Co., Ltd. 第2 個別的労働関係 第 14 章 派遣労働者の活用 けて、MPDP社従業員と混在して共同して作業に従事するなどしていたものであり、実体はパスコ 社が原告労働者を他人であるMPDP社の指揮命令を受けて労働に従事させる労働者供給契約とい うべきである。 仮に、労働者派遣契約と見得るとしても、原告がMPDP製造業務へ派遣された日である平成16 年1月20日時点においては、物の製造の業務への労働者派遣及び受入は一律に禁止されていたので あって、脱法的な労働者供給として、職業安定法44条及び中間搾取を禁じた労働基準法6条に違反 し、強度の違法性を有し、公の秩序に反するものとして民法90条により無効というべきである(業 務委託契約そのものを無効とした。)。 2.MPDP社・原告労働者との関係 無効である前記契約にもかかわらず、継続したMPDP社・原告労働者間の実体は、両者の使用従 属関係、賃金支払関係、労務提供関係等の関係から客観的に推認される労働契約のほかなく、両者の 間には黙示の労働契約の成立が認められるというべきである。 また、派遣先が派遣受入可能期間(平成 16 年 3 月 1 日から製造業への派遣が解禁され、派遣期間 の限度は1年とされていたため、この事例では、適法な派遣可能期間は平成 17 年 2 月末日までであ った。)を超えてなお同条に基づく申込みをしないまま、派遣労働者の労務提供を受け続けている場 合には、同条の趣旨及び信義則により直接雇用契約の締結義務が生じると解し得るとしても、契約期 間を含む労働条件は当事者間での交渉、合意によって決せられるべき事柄であって、派遣先において 当然に期間の定めのない契約の締結義務が生じるとまでは解されない。 3.直接雇用に係る期間の定めの有無・効力 本件契約書には、契約期間を「平成17年8月22日から平成18年1月31日(但し平成18 年3月末日を限度として更新することがある)」などの記載があるものの、原告労働者は有期とされ る契約期間に異議を留めた上で本件契約書を作成したものであるから、期間の定め・更新方法の合意 が成立したとはいえず、他方、期間の定めのないこととする合意があったとも認められない。したが って、本件雇用契約締結後も、黙示の労働契約における契約期間及び業務内容が原告・被告間の労働 契約の内容となる。 4.雇用契約の帰趨 MPDP社が、平成17年12月28日、翌年1月31日をもって本件雇用契約が終了する旨通告 し、その後原告労働者の就業を拒否していることは、解雇の意思表示に当たる。上記解雇の意思表示 は解雇権の濫用に該当し、無効というべきである。仮に解雇ではなく雇止めの意思表示としても、上 記契約は期間2か月間で、平成16年1月以降多数回に渡って更新されていた上、原告の従事してい た封着工程は臨時的業務ではなく、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたところ、雇止め の意思表示は更新拒絶の濫用として許されないというべきであり、原告は、平成18年2月分以降、 それまでと同額の賃金請求権を有する。 1059 Corporate Evolution Institute Co., Ltd. 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