デイヴィッド・ボードウェルの映画理論

10 月 9 日(日)10:00-10:30 【若手研究者フォーラム】
〈分科会 4〉写真、映像、音楽
デイヴィッド・ボードウェルの映画理論
――80 年代の著作における「規範」概念の検討――
住本 賢一(東京大学)
本発表は、映画学者デイヴィッド・ボードウェル(1947-)の鍵概念である「規範 norm」について、80 年代
の二つの著作を中心として検討するものである。
ボードウェルは、共著である『古典的ハリウッド映画 1960 年までの映画スタイルと製作方式』(1985)
においてスタイル分析の部分を主に担当し、1910 年代から 1950 年代頃まで続いたスタジオ時代のハリウ
ッド映画を「個々の創作を支える高度に一貫した美的伝統を構成する」ものであるとした上で、物語を自
然に伝達することに特化しているというその形式的特徴を詳細に分析した。この著作によって「古典的ハ
リウッド映画 the classical Hollywood cinema」という概念はその後の映画研究で大きな影響力を持つように
なったが、ボードウェルの枠組みはいくつかの批判に晒されることにもなる。主だった批判としては、そ
のスタジオ時代のハリウッド映画の多様な作品を一枚岩的に捉える姿勢に対するものや、
「古典的」という
概念のもとにスタジオ時代のハリウッド映画の形式を世界的かつ脱歴史的な普遍性を有するものであるか
のように扱う態度に対するものが挙げられ、それらの批判は現在のハリウッド映画研究の焦点の一部と結
びついている。これらの問題は、ボードウェルの著作においては「命令やそれまでの実践によって確立さ
れた一貫した基準」を意味する「規範」概念の定義とその運用の恣意性に関わるものであるというのが発
表者の見立てである。本発表の意義は、ボードウェルの著作を内在的に読解し検討することによって、上
記の批判の正当性を支持しつつボードウェルの映画理論の問題点をより具体的に特定することにある。
本発表では『古典的ハリウッド映画』のスタイル分析の理論編であると言える『フィクション映画にお
ける語り』(1985)での「規範」の定義を検討し、さらにその概念が「古典的ハリウッド映画」の境界画定に
いかに利用されているかを検討する。そこで明らかになるのは、
「規範」が定義の段階では「古典的語り」
やそこから逸脱することを旨とする「芸術映画の語り」といったような時代や社会によって規定される「モ
ード mode」のレベルについての概念であったのに対し、スタジオ時代のハリウッドで製作された映画の中
でも一見物語を自然に伝達する「規範」からは逸脱するように思われる映画の説明では「規範」概念が「モ
ード」よりも狭い「ジャンル genre」のレベルで適用され、それによってそれらの映画が「古典的ハリウッ
ド映画」の「規範」に沿うものとして正当化されているということである。これは『古典的ハリウッド映
画』での様々な異なる局面においても共通する論理であり、ボードウェルが「古典的ハリウッド映画」の
スタイル面での境界を恣意的に決定していくレトリックのあり方がここに浮かび上がっていると言えるだ
ろう。