第10号 JUN. 2008 フロントランナー 素描 石原 聡 統合研究院ソリューション研究機構 ソリューション研究員 SF小説で “研究の先の先”を読む 研究者のタイプには「戦略型」と「戦術型」があると いわれる。戦略型は、起こりうる将来像を自分の中で幾 つもシミュレーションしながら仕事をする。石原聡さん はこのタイプのようにみえる。 半田宏教授の研究室で、「低侵襲治療による患者の生 活の質の向上」と取り組む。ビーカーを振り、顕微鏡を にらみながら、電子工学や生化学など異分野の仲間たち 約20人と、夜遅くまで実験や議論に追われる毎日だ。 どうしたら副作用なく、がんなどの病巣部分を攻撃で 『運命の卵』 『犬の心臓』などをあらかた読んだ。 ストルガツキー兄弟の作品は、作家・大江健三郎さん も大ファンである。ブルガーコフには、レーザーを当て て生命操作させた結果、巨大な怪獣を生み出して人間が 翻弄されるといった文明批判の作品が多い。 「生命科学にかかわる以上、研究の行方をある程度想 定し、異常な事態を未然に防がなくてはならない。旧ソ 連のSFは、そうした仮想訓練にとても役立ちます」 きる薬剤が作れるかをデザインしている。その一つとし 遺伝子組み換え技術などには市民の抵抗が根強い。そ て微小な磁性体のフェライト粒子の表面に、薬剤の効果 れだけに“研究”だけなく、“研究の先の先”まで、あ 的なコーティングを試みている。 たうる限りの想定が必要というわけだ。 フェライトは約70年前に東京工業大学が発明した磁性 高校時代は書道部に、大学時代はゴルフ部に所属した。 材料で、家電製品には欠かせない。母校の貴重な文化遺 178センチの長身で振り下ろせば、かなり飛ばすにちが 伝子を引き継ぎ、新たに発展させる役目も担っている。 いない。水を向けると、「真っ直ぐ飛べばだが…」と、 ■ ■ ■ ■ ■ 自信のほどを見せた。 生命科学へ進むきっかけは、麻布高校時代に読んだ一 ゴルフは戦略性が要るスポーツである。ボールをどこ 冊の本だった。ノーベル賞受賞者・利根川進さんの対談 に落とし、どうグリーンを攻めるかがカギとなる。複雑 『精神と物質』である。 な生命の謎解きにかける研究戦略ともよく似ている。 「サイエンスは、何億人もの人間が考えつかなかった ことで、ものすごい知的エネルギーの集中がいる」 、 「精 神現象は神秘だと思われているが、分かれば特別なこと ではなくなるだろう」― 利根川さんのこんな熱っぽい 言葉に引き付けられ、身震いしたという。 一も二もなく東工大へ。卒業と同時に、研究したいテ ーマのある東京大学大学院に移り、酵母が子孫を増やす 現象の研究で理学博士号をとった。 「酵母は胞子を作って子孫を増やす。栄養が不足する と自分の体を分解して餌にし、次世代の胞子を育てる。 小さな生き物でも、人に似た面白みと、悲しみをもって おり、しみじみとしたものを感じます」 研究を語る表情には喜びがほとばしっている。 でも、単なる生命科学好きではない。愛読書が実にユ ニークなのだ。旧ソ連時代の体制批判で知られるSF作 家にはまっている。ストルガツキー兄弟の『みにくい白 鳥』『月曜日は土曜日に始まる』や、ブルガーコフの ■ ■ ■ ■ ■ 父・宏さんは東工大大学院総合理工学研究科教授で、 応用物理学会会長を務めている。この3月からJRのIC 乗車券Suicaにも使われ始めた強誘電体メモリー (FeRAM)の研究者として知られており、2003年に紫 綬褒章を受章した。 その父は、専門についても、生き方についても何も干 渉はしない。が、時折ゴルフに誘ってくることがある。 グリーンでゆったりと球筋を追いつつ、“親子鷹”はお 互いの程よい“距離感”を計っているのだろうか。 「石原君の能力は買っている。だからもっと冒険した らいい」と半田教授。 「自分のやりたい研究を奪い取り、 仲間を引っ張って欲しい」と熱い期待を寄せている。 34歳、いま花の独身である。さて、研究面でも人生で も、そろそろパー・オンのチャンス到来だ。 “大輪の花”を重ね咲きさせるのは、もうすぐとみた。 (文:統合研究院特任教授 浅羽雅晴)
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