カナダ・アメリカ合衆国における子育て支援施設

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カナダ・アメリカ合衆国における子育て支援施設
田村, 毅; 水谷, 多加子; 田頭, 祐子; 倉持, 清美; 上平, 晴子
東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 57: 389-402
2006-02-00
URL
http://hdl.handle.net/2309/1435
Publisher
東京学芸大学紀要出版委員会
Rights
東京学芸大学紀要 総合教育科学系 57
pp.389∼ 402,2006
カナダ・アメリカ合衆国における子育て支援施設
田村 毅*・水谷 多加子**・田頭 祐子**
倉持 清美*・上平 晴子**
生活科学*
(2005 年9月 30 日受理)
TAMURA, T., MIZUTANI, T., TAGASHIRA, Y., KURAMOCHI, K., KAMIHIRA, H. : Family Support System in Canada and
the United States. Bull. Tokyo Gakugei Univ. Educational Sciences, 57 : 389_402 (2006)
ISSN
1880_4306
Abstract
Multidisciplinary team had visited family and child care facilities in Canada and the United States to investigate the family
support system in February and March, 2005. We specially paid attention to 1) support system for children and families who need
special care, for example, families abusing children and women, and families with mentally/developmentally handicapped and
chronically ill children, and 2) supporting system for normal families. The facilities we had visited include professional network
for children and families with special needs, professional/non-professional network for care and prevention of child abuse cases,
(in Japanese)
and family resource centers/drop in centers.
Key words : Canada, family support, child abuse
Department of Home Economics, Tokyo Gakugei University, 4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan
はじめに
つ家族,そして,経済的・文化的に社会の辺縁に押し
やられている家族である。
2005 年2月 28 日∼3月 15 日,および9月 26 日から
第二に,特別な臨床的問題を持たない家族に対する
10 月3日にかけて,カナダおよびアメリカ合衆国の子
支援である。多くの家庭では,依然,伝統的な性役割
育て支援施設の視察を行った。
分業をもち,母親は家庭で子どもと向き合いながら,
日本では,児童虐待のケースが急増し,社会による
社会から孤立し,父親は長時間労働の末,家族と関わ
子育ての見守りの必要性が増大している。また,少子
る時間が乏しく,家族から孤立している。そのような
化のために,親たちが健やかに子どもを産み,育てる
状況の中で,親たちは多くの不安を抱えているが,そ
社会が必要とされている。子育て支援を充実させるた
れに対応し,孤独感を解消し,強力な情報源,サポー
めに,そのモデルとして北米の状況を理解することが
ト源となりうる地域の資源をどのように構築するのか
目的である。具体的には,次のような観点が含まれる。
というのが視察の大きなテーマである。
第一に,特別な支援を必要とする子どもと家庭への
支援である。それは,虐待家族,障害や慢性疾患を持
* 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4 − 1 − 1)
** 小金井みんなで子育てプロジェクト「むすび∼の」
− 389 −
訪問先は,次のようなケースを想定した。
第一に,特別な支援を必要とする子ども・家族への
東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
専門家のネットワークである。多分野の専門性から,
各施設の紹介
アプローチできるような枠組み,たとえば,医学,社
会福祉,心理,教育的な視点である。特に,発達に障
子育て支援施設
害を持つ子どもに対する医学・心理学的なケアと,そ
Helen Gordon Child Development Center
の家族へのケアの実態である。
第二に,子どもの虐待に対する専門家および地域の
〈www.hgcdc.pdx.edu〉
(合衆国オレゴン州ポートランド)
非専門家のネットワークである。虐待の可能性がある
州立大学付属の保育施設である。35 年前に設立され,
家族は,専門的な対応・処遇と同時に,地域での日常
生後6ヶ月から6歳までの乳幼児を保育する。大変人
的な見守りが必要である。
気があり,定員は 180 名だが待機児も多い。
8: 30 ∼ 14 : 30 は幼稚園的教育の時間帯であり,
今回の視察チームは,研究者と地域の子育て支援実
践家から構成されている。今回の視察の大きな特徴は,
幼稚園教職者が指導にあたる。7: 30 ∼8: 30,およ
複数の視点を同時に持ちえるということである。それ
び 14 : 30 ∼ 17 : 30 は託児所(保育園)となる。教職
は,以下のとおりである。第一に,子育て当事者の視
希望の学生などが研修,研究に利用する。0∼1歳児
点である。参加者の多くは実際に子育てを体験し,参
に関しては7人のうち毎日来る子は5人。週2,3回
加者自身の子どもたちを視察に連れて行った。海外か
の子もいる。利用は学生の子どもが優先され,奨学金
らの訪問者を年齢に応じて,どのようにサポートして
も整っている。大学教官や職員の子どもも多い。大学
くれるのか。デイケアセンターや子どものための施設
関係者以外の一般の子どもも利用でき,幼稚園の時間
を利用者の視点から実際に試すことができた。
帯に多い。一番多い利用時間は8: 30 ∼ 16 : 30 であ
第二に家庭支援職の視点である。著者のふたり(田
り,8時間保育が多勢である。
頭,水谷)は地域での子育て支援活動に取り組んでい
明確な教育理念の下で指導,保育されている。こと
る。しかし日本の現状では彼らの社会的な位置づけが
にアートを使った教育法であるイタリア REGGIO
不明確である。従来の保育者は子どもをケアする専門
CHILDREN
職だが,我々が取り組んでいるのは子どもをケアして
自負がみられた。多くの実践家の視察や研究報告の対
いる親も含めた「家族支援職」である。それが発達し
象ともなっている。
アートプログラムの導入に大きな特徴,
ているカナダでその実態を見たい。従来の経験中心の
各部屋の特徴として,教室のドアの閉め方や,廊下
ノウハウだけでなく,理論・技術などをどうやって身
から中が見えても中からは見えないなど,落ち着いて
につけられるか。支援している人たちの働きぶりはど
安全な工夫がなされている。ドアの横にそのお部屋の
うか。待遇はどうか,宗教的なバックボーンがあるの
子どもたちが今,どこに行って何をしているのか矢印
か,社会の中でどう認知されているのかなどである。
で示した表が貼ってあり,お迎えの親がどこに行けば
第三に,子どもの視点である。子どもの人権はどう
守られるか。貧困,虐待などの不適切な養育環境から
よいか一目で判るようになっている。これは,お迎え
時間が各自まちまちであることも関係している。
各部屋はアートフルで自由な躍動感が漂っており,
子ども,特に乳幼児の心身の健康が守られるための仕
組みについてである。国内でも今,問題になっている
開放的な雰囲気である。利用者の印象を好ましくして
「子どもの権利」について,カナダではどう実践されて
いる。大学のキャンパス中にあるが囲いはなく,街の
いるのか。その背景にある社会文化的な事情・価値観
中に自然に大学が入りこんでいる。
しかし,建物が古いことも一因して,園庭やホール
について理解を深める。
第四に専門職の視点である。著者のふたり(倉持,
田村)は既にこの分野の専門職として活動しているが,
は狭かった。建物内が色々なエリアに分かれていて,
子どもの冒険心を掻き立てる。
大学内には親の悩みに対応するためのカウンセリン
それぞれの専門性の視点から北米での実情を探る。
第五に,文化の視点である。北米でやっていること
グ機関があり,必要に応じて利用されている。クラス
を日本に直輸入しても意味がない。Nobody’s Perfect を
で利用する人は1∼2人。両親のストレスは一般の親
はじめとして,海外での実績があると日本でもそれを
より少ない印象である。親に対しても自信をもって丁
取り込もうとするがが,根底の文化の違いを考慮しな
寧な対応がなされていた。領域意識が明確で,困った
いと長期的には機能しない。日本との文化差を考慮し,
ことがあれば誰でも日常的にカウンセリングを受ける
海外の事例がどう我々の文化的文脈で生かされるのか
土壌が整っている。
学生や教官など,中流家庭の親が多い印象である。
を慎重に見極める。
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田村,他:カナダ・アメリカ合衆国における子育て支援施設
学内で奨学金を受ければ,大変恵まれた環境である。
とも,子どもたちにも夜まで友達や先生と遊べる特別
日本での,幼保一元化のモデルケースとして参考にな
な時間となるような配慮が前提である。帰宅後は直ぐ
る。保育園でも特例の時間帯として,早朝と夕方は地
眠れるメリットもある。兄弟割引をつけるなどすると,
域のパートタイマーを活用している。きちんとした研
利用しやすいだろう。ファミリーサポートシステム等
修制度を導入して,資格に捉われない新たな職域,職
とあわせ,子どもも親も共に多様な人と関りながら,
能の開発やワークシェアリングにつながる方策が期待
互いの良い関係を作れる様々な支援を選択できる環境
される。
が望まれる。
St. Andrews Preschool(合衆国オレゴン州ポートランド)
Bridle Mile After School Care
(合衆国オレゴン州ポートランド)
NPO 組織が平日の教会を借りて運営するプレスクー
ル,および託児所である。同じ組織が学童保育(After
小学校の講堂,体育館,校庭,隣接の公園を使った
School Care)も運営している。トドラー(2∼3歳),
学童保育施設。同じ NPO が市内4箇所で運営している。
プレキンダーガーテン(3∼4歳),キンダーガーテン
St. Andrews Preschool と同じ NPO の運営である。行政の
(4∼5歳),プレスクール(5∼6歳)が対象である。
補助がない分親の負担が高い。
AM 7: 00 ∼ PM 6: 00 までが保育時間である。5歳
5∼ 11 歳が現在 40 人(最大 50 人)いて,子ども 15
以上の延長保育は,スクールバスで学童保育へ移動す
人に対して先生1人の割合である。プレスクールと連
る。両親の揃っている中流地域の家庭が多い。
携し,子どもの年齢は柔軟に対応して預かる。
州からの補助金はなく,資金は月謝,企業等の寄付
親の相談は,ここでは殆どない。スクールカウンセ
金,バザー収入に寄る。州で決められているのは,安
ラーと協力して,専門のセンターを紹介している。た
全対策,子どもと先生の人数比だけである。スタッフ
だし,児童虐待は通報義務があるので,ホットライン
の給料は安いので,公的施設に移る人も多い。
へつなぐ。
ペアレントアドバイザー(運営委員会)が積極的だ
最近は教育熱心な親が増えてきて,子どもの習い事
と,園,親同士のコミュニケーションが良くなり,バ
の送迎で親のストレスが増えている傾向にある。共働
ザーでもキルトつくりなどで資金集めに協力的である。
きの家庭が多いが,落ち着いた家庭では週末は家族で
親が元気で居る為に,親だけが夜間外出できるために,
過ごす。
ここで働く若い先生に尋ねたところ,自分が子ども
子どもを夕食つきで預かるシステム(Parents Night Out)
が月1回 PM 6∼ 10 : 00 まである。また,子どもに得
の頃はこのようなプログラムがなかったが,親が学校
意な事を教える(ピアノ,ダンスなど)時間など独特
からの帰りを待っていてくれたり,近所の人も面倒を
のプログラムがあり,親が積極的になれるような配慮
みてくれたりしたそうだ。今はこのような場所があり,
が行き届いている。
子どもはさみしい思いをしないで済むという。
同一の法人が複数の施設を運営する事は日本でもあ
親からの相談は専門機関へつなぐ方式をとっている。
るが,幼,保,学童,の枠を超えて連携していること
スタッフ研修は年2回,園が休みの時期に実施する。
日本で言えば私立の無認可幼(保)稚園に相当する
が特徴的である。ここでは,特別なプログラムを行う
が,自前の建物がなくても『地域への貢献』のための
というより,自由遊びに近い過ごし方だ。先生は比較
場を確保し,NPO で運営していることは参考になる。
的若い男女である。
少人数で先生が多いせいか,子どもたちは皆落ち着い
プレスクールから姉のいるこの学童へスクールバス
て室内遊びをしていた。傍の小さな公園で遊んでいる
で来た男の子(6歳,日本で言えば1年生)がいた。
クラスもあった。大きな広い空間がないためか,動き
11 歳まで(一人で外を歩けるまで)は兄弟一緒に過ご
がこじんまりしている印象である。
せるのは親にとっても安心である。体育館という殺風
親として時間延長のときの学童との連携はありがた
景な場所だが,のんびりした印象がある。しかし同行
いし,子どもにとっても学校に慣れるメリットがある。
した友人の娘達は,同様の学童に通っていたが,つま
民間委託や指定管理者制度が始まっている日本でも,
らない,と言って好きではなかったとのことだ。
日本でも学童保育の民間委託が始まっている。幼稚
検討すべきシステムである。
同様に,Parents Night Ought は親にとっては貴重なリ
フレッシュタイムであり,パートナーとのコミュニケ
園や保育園との連携を視野に入れつつ,子どもの育ち
と安全のより真剣な議論を深めることが必要だ。
ーションからよりよい関係を築くことができる。もっ
− 391 −
東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
American Red Cross によるベビーシッター研修
と思う。ベビーシッターというより,お母さん達
(合衆国オレゴン州ポートランド)
の勉強になるのでは?
¡研修内容は分りやすく楽しい雰囲気で,よく研究
病院の集会施設での,赤十字による 10 代のベビーシ
されていたと思う。
ッター研修である。
ポートランドの赤十字はアメリカ全国ナンバー2の
¡ベビーシッティング技術のみならず,なぜそれが
規模を誇る。子どもへの研修は,休日の学校や公的施
必要かの説明がきちんとあり,赤ちゃんであって
設で行われる。12 ∼ 14 年前から始まった。11 ∼ 15 歳
も声を掛けてからダッコするなど,人として尊重
が対象である。興味,関心のある子が受ける。実際に
する姿勢が随所にみられた。小さな時から人権意
は女子が多く,男子は少ない。
識はこうして培われるのかと,実感できた。
研修生が受講した理由は,アルバイトをしたい,子
¡<困った時>の対処法を学ぶのはとてもいいと思
どもが好き,家に兄弟がいる,など様々である。研修
う。まず家の人に電話する,など具体的で一人で
費は1日6時間で$35 である。50 パーセントは奨学金
パニックにならないように注意されている。
¡一方的な説明,講義ではなく,常に子どもたちの声
を受ける。
研修の目的は,責任,良いリーダーシップなどベビ
を聴きながらやりとりのある授業で活気があった。
ーシッターとしての基本を学ぶことである。また,将
¡項目が多いのでインストラクターのタイプによっ
来,職業に就いたときの面接の技術などの実用的な指
ては,流れ作業的にならないかと気になった。
¡参加者の子どもは 11 ∼ 13 歳の女子 11 人だったが,
導にもなっている。
質問にもはっきり答え楽しそうだった。
研修内容は具体的には,<オムツ><愛し方><決
断の仕方>が中心である。家庭内での対象児の安全を
見極める教育が行われる。救命法もある。経済的余裕
案内の赤十字職員がとても熱心で,日本でも導入す
がない家庭では,学校が終わってから親が帰るまでの
るなら是非協力を,との申し出があった。赤ちゃんと
間,子どもだけで留守番する場合もあるのでその対応,
のふれあい授業などが各地で始まっているが,子ども
つまり犯罪からの予防にも重点が置かれる。具体的な
たちが戸惑わずに自信を持って小さな子どもと接する
授業は,挿絵の豊富な教科書を参照してビデオを見な
喜びを持てるような研修は必要である。
この研修は日本における子ども家庭支援センターな
がら進める。
1クラス 10 ∼ 12 人からなり,参加者が多ければイン
どでも中高生のボランティア講座にも応用可能である。
ストラクターを増やす。地域によって異なるが,この
公民館などで学校の休日に保育付きの講座を開き,中
年代の子どもの 25 ∼ 75 パーセントが受講している。今
高生が保育有償ボランティアとして,大人の見守りの
回は,赤十字の女性職員と,インストラクター研修中
もとで活躍できれば,異世代交流の場ともなる。若者
の女性,2人が研修を担当する。生徒は 13 人であった。
だけでなく,大人への研修としても大変参考になった。
実際のサイズの赤ちゃん人形を使いながら,「手を洗
うのはどんな時?」などと,質問を投げかけながら進
NIKE デイケア(合衆国オレゴン州ポートランド)
める。たとえばダッコ,も,<サイン>を見てから行
運動靴メーカー「ナイキ」の企業内保育所である。本
うことが強調される。やたらにダッコするべきではな
社の敷地内にあるが,会社からは独立した施設である。
いと教える。ダッコの仕方,ミルクのあげ方,オムツ
明るく広々した室内,年齢別に別れた園庭など,一
見して恵まれた環境,設備を持つ。5000 人の従業員に
換えの仕方などを実習として練習する。
インストラクターの資格を取るトレーニングは,安
対して,定員が 207 人,待機児が 300 人以上いる。2年
全講習1日とベビーシッター実習5時間を2回受ける。
後に定員が 300 人増える予定である。月∼金曜日の午
FUNDAMENTALS OF INSTRUCTOR TRAINING と呼ば
前7: 15 ∼午後5: 45 までオープンしており,全部で
れ,費用は 150 ∼ 200 ドル。子ども関係の仕事をしてい
16 教室ある。両親のどちらかがフルタイムで勤務して
る人などの申し込みが多い。
いる事が受け入れの条件である。時間外保育はベビー
実際に研修に参加した著者のひとり(田頭)の娘
シッターを探すなどの協力をする。
(14 歳)は,次のような感想を持った。
保育料は乳児が月額$95,3∼4歳児は$700 であ
る。奨学金制度がある。22 人までは兄弟優先で受け入
¡ビデオを見てから実習,の繰り返しなので分りや
れることできる。場所,教育の質,共に高いので,出
すい。実際にベビーシッターをするなら受けたい
産時期を調整しても入りたいほどの人気である。企業
− 392 −
田村,他:カナダ・アメリカ合衆国における子育て支援施設
ほか,ここで独自に編み出された COPE (Collective of
内の保育施設は他でもそう多くない。
両親への公的補助金はないが,年間$5000 が税金控
parents empowered) というのもある。Nobody’s Perfect
などの同種のプログラムと比べると 30 回シリーズと長
除の対象になる。
子どもがさみしい想いをしないように,各教室ごと
期に及ぶことが特徴だ。
に全員の家族写真を1枚の紙に貼ってある。親からの
運営母体は,日本のような地方自治体の公立ではな
相談は担任が受けるが,母親同士のネットワークつく
い。受益者・利用者負担の私立でもない。非利益団体,
りも進めている。パートナーシップをとり,カウンセ
つまり日本の NPO 組織的な第三者的な団体で,地方自
リングではなく情報の交換や提供,事例の紹介や本の
治体をはじめ,企業などいろいろなところから寄付を
推薦などを行う。また,保育者は虐待の理解・対応に
受けている。政府や企業などからの寄付を一手に引き
ついての知識を有している。
受けて,それを各種公共団体に振り分けるような団体
本社の広い敷地内には花が咲き乱れ,池もるなど非
(たとえば,United Way)が機能している。
常に恵まれた環境でのびのび保育されている。新しい
保 育 者 は , 大 学 院 レ ベ ル で の ECE( Early Child
遊具が整備され,子どもたちの人気である。同じ教育
Education)のコースを受けた人が多い。日本でば幼児教
熱心でも,大学付属の古い歴史ある建物,環境と対照
育に相当するが,大学で学ぶばかりでなく,専門学校や
的である。民間であっても保育施設間では雰囲気は全
社会教育などいろいろな場所で学ぶ機会が整っている。
このドロップイン・センターは Britannia Center<
く様々であることに強く印象付けられた。
職場としても一流であるが,保育施設の充実は社員
http://hole.dyndns.org:591/britannia/> の一部である。こち
のやる気にも少なからず影響するはずだ。親へのフォ
らでは,コミュニティー・センターが各地域にある。
ローはここでも役割分担がしっかり行われ,カウンセ
日本で言えば,公民館,児童館,老人のケア施設,保
リングは専門家へつないでいた。
育園・学校,体育館,プール,スケートリンク,図書
日本にも職場にこのような保育施設があれば社員の
館などを合わせたような施設である。Britannia Center
ストレス軽減になり,生産効率も上がるであろう。し
もそのひとつで,他の同種の施設に比べて規模は大き
かし,これだけ充実した施設の運営,保育料とスタッ
く,小学校も含まれている。乳幼児とその親ら老人ま
フの給料,保育の質をどう確保するかなどの問題はあ
で,いろいろな人が利用し,一日をのんびり過ごして
る。日本では市民活力があるのだから,NPO などが企
いる。昼間から中年の男女も多く,失業率の高さを感
業内保育を担当することも一案である。
じさせる。
Eastside Family Place <http://www.eastsidefamilyplace.org/>
Ontario Early Years Centre <http://www.ontarioearlyyears.ca/>
(カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバー)
(カナダ・オンタリオ州トロント)
地域の子どもとその保護者が訪ねるドロップイン・
オンタリオ州政府がすすめる,子育て支援対策の拠
センターである。規模は小さいが建物は新しく,綺麗
点である。政府の施策に基づいて 2002 年から州内各地
な印象である。コーディネーターの Tracey
Barker 氏
に作られている。州内に 103 箇所,トロント市内だけ
と小一時間ほどインタビューした。この地域はバンク
でも 23 箇所のセンターがあり,6歳までの子どもとそ
ーバーの市内でも比較的所得層が低いところである。
の保護者に対するさまざまなプログラムやサービスが
市内の西側にある Westside は比較的裕福な地域である
行われている。すべて無料で提供されている。それは
が,この種の施設は地域性に関係なくどこでも整って
幼児と親に対する学習・識字プログラム,子どもの成
おり,必ずしも,裕福でない層が利用するわけではな
長・発達に関する親と養育者へのプログラム,妊娠と
い。子どもの成長に一喜一憂し,ずっと育児に縛られ
子育てに関するプログラム,地域のほかのプログラム
ている息苦しさをどうにか晴らしたい,誰かと話した
の紹介,センターを利用してもらうためのアウトリー
い,友達を作りたいという親の気持ちは日本だけでな
チ活動などが含まれる。
く,こちらでも同じである。
そのうち,5ヶ箇所を実際に訪問した。
利用者がいるため,内部の写真は撮れなかったが,
きれいなキッチンがあり,缶詰などの食材も含め利用
1)Etobicoke Early Years Center
者が自由に使うことができる。
子どもと大人が自由にすごせる広場活動としての部
日本に比べて,親子のための各種プログラムが充実
屋,子どもを遊ばせながら相談に乗る部屋,スタッフ
している。Nobody’s Perfect プログラムが行われている
ルームなどがある。建物全体が広くて明るい。壁の色
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
も薄い黄色やピンクなど,優しい色だった。人と人が
に取り組まれているのか尋ねた。家族の中で問題の解
つながることをとても大切にしているので,スタッフ
決が図れるように,自助を求めるプログラムである。
ルームは重視すべき存在ととらえている。
思春期までに必要なことを子どもに教えるために,家
庭の中で何ができるのかを伝える。プログラムには5
2)Parkdale-High Park
つのパンフレットがあり,それを読んでくることが親
一階建てで,屋内はパステル調のカラフルな色彩で
ある。入ってすぐ受付があり,そこで来所者はカード
に求められる。ファシリテーターは,4日間のワーク
ショップに参加する。
を渡して記録される。受付を通るとすぐに子どもの遊
もうひとつのプログラムが Incredible Years である。
びのコーナーが設置されている。そのコーナーを過ぎ
これは,ファシリテーターの専門性をより生かせる。
ると大きめのフロアになり,時にはコーナーとの境を
これは,カナダ発ではなく,USA の大学教員が開発し
仕切れるようになっている。そこに,簡単な台所もあ
たものである。体系的で答えがはっきりしている。行
る。その奥に,スタッフルームのような場所がある。
動面での問題行動に対して,具体的にどのような対応
施設の設立は 2002 年6月である。政府の予算があり,
関心のある人が手を挙げた。この近くに教育大臣が住
をしたらよいのかが示されている。プログラムは自宅
でも受けられるが,一定の費用がかかる。
んでいたこともあり,この地域に設立することになっ
算数のプログラムを行った結果,小学校に上がって
た。ミーティングを重ねて,どのような形にするかを
からの理解が非常によくなった。様々なプログラムに
話し合った。その時のスタッフは4人だった。
取り組む中で,子どもについての知識を親が得て,ま
遊びのコーナーには,リテラシー・算数的能力,創
た自分自身についての知識も得ることで,両親として
造力,手先を育てるおもちゃのコーナーなどに別れて
のスキル,自分かどう振る舞えばよいのかがよくわか
いる。親が各々の玩具の意味についてよく知っている
るようになった。そして,親が成功体験を積み重ねる
わけではないが,スタッフは側について,その意味を
ことによって,自尊心および子育ての自信を深めるこ
説明しながら遊ぶこともある。とくにトロントは全国
とができる。これが,正に親を empower すると言うこ
テストで数的能力が低いことが明らかになったので,
とである。
現在抱えている課題は資源が不足している点である。
力を入れている。
訪問した日も 80 人近くの親子が来ていた。カードに
スタップが,エネルギーと時間を非常に割いている。
よって,人数を把握している。それは,毎月報告書を
資料をつくるのにも時間がかかるし,プログラムを実
出す必要がある。利用者の人数などによって評価され,
施するときに保育をつけるのも大変である。
それは予算に影響する。貸し出せる本やおもちゃがお
アウトリーチ活動としては,コインランドリーなど
いてあるコーナーがある。本は,子どものためばかり
で,問題を抱えているような親に声をかけて,このセ
でなく,親のための本もある。
ンターの存在を教えるなどの広報活動を行っている。
料理をする場所があり,そこで栄養指導や料理の作
り方の講習を月1回行う。海外からの移住者が,母国
3)Aboriginal
Early
Years
Centre
約束なしに,立ち寄った。ダウンタウンのメインス
の料理しか知らず,高い食材で料理していたりするか
らである。妊娠期も含めて,様々なプログラムがあり,
トリートに程近い,一般のビルの2階にある。入り口
どれも非常に評判がよい。土曜日には父親だけのプロ
には大きな看板があり,カメラ付きのインターホンで
グラムもあり,10 から 15 人ほどが参加している。
来訪者を確認してから入り口の鍵を開ける。階段で2
ここでは一時預かりは行っていない。親がコーヒー
階へ上がると(バリアフリーではない),太陽の光が差
と新聞を持ってくることもあったが,それは禁止され
し込む明るいスペースがある。左手奥に、広いオープン
ている。10 時半過ぎころからお片づけの音楽がかかり,
キッチン(カウンター式でハイチェア)があり,その
お片づけになる。その後は,スタッフが前に立って歌
手前にスタッフのオフィスがある。
を歌ったり,絵本を読んだりする。歌は,親との接触
木製の子どものおもちゃや絵本,子ども用テーブ
があるものが多かった。常勤スタッフは6人で,他に
ル、いすの他に,大人がゆったり座るためのソファも
ボランティアスタッフがいる。親や学生などである。
あり,訪問した時にはその前で3∼4名の男女が歓談
現在親が抱えている問題は,移民が多く,周りにサポ
していた。
ートがないこと。安心させてあげることが大切である。
週に3回(月・水・金)§ 12 時∼ 13 時、あたたかい
日本では有名な Nobody’s projects が実際にどのよう
ランチを無料で提供している。担当スタッフはボラン
− 394 −
田村,他:カナダ・アメリカ合衆国における子育て支援施設
ティアである。この日のメニューは、ピザ、ミネストロ
ぎ、スタッフが片付け・戸締りをしているところであ
ーネ風スープとシーザーサラダ、クランベリーエードで
った。責任者が不在とのことで,詳しい話は聞けなか
あった。各自,自由に食事をすることができ,残った
った。
食べ物を持ち帰れるように紙箱に入れ,スタッフが手
母国語で話せるところがあると安心して、ほっとして
渡していた。スタッフは4名、その他にボランティアス
くつろぐ時間が持てる。おもちゃも良いものをそろえ
タッフが 14 ∼ 15 名いる。
てあり,新生児の人形があったのも良い。スタッフの
訪問した時には、2組の家族がいた。一組は中国系と
思われる女性(30 歳前後)が、子ども2人(5歳と2
話では,この人形は人気があるし,子供のためにも良
いということであった。
歳くらい)と祖母らしき人と4人で来ていた。もう一
組は白人の母親(40 歳前後)が7ヶ月の女の子(1人
HBHC(Healthy
Babies
Healthy
Children)
<http://www.city.toronto.on.ca/health/baby.htm>
目の子ども)と遊んでいた。この日に初めて来たとの
(カナダ・オンタリオ州トロント)
ことで,少し緊張しているのか,お母さんの足は貧乏
ゆすりのように小刻みに動いていた。子どもはいろん
オンタリオ州政府による妊娠中∼6歳までの家庭訪
な本やチラシ,おもちゃに興味を示し,ゆっくり遊ん
問のプログラムである。財政は 100 %州政府からでて
でいた。
いる。1980 年代には予算が削減され,このプログラム
掲示板には、センターのポリシーやイベントの情報が
も一時中止されたが,90 年代になって予算がつくよう
たくさん張られており,その他にも、予防接種や各種プ
になり,98 年からまた復活した。その後も予算は増え,
ログラムのチラシが入り口の壁のウォールポケットに
98 年には 300 万ドルだったのが,現在は6千万ドルに
整理されていた。午前、ランチタイム、午後、夕方、夜の
なっている。98 年は全部の家庭を訪問するわけではな
時間帯で、さまざまなプログラムを提供している。
く,high risk family のみであったが,99 年からは妊娠
子どもが安心して遊べるスペース,というよりも、大
中に全部の家庭を訪問するシステムが整った。
訪ねるのは,保健婦と,Family Home Visitor という
人がゆったりくつろげる雰囲気だ。無料であたたかい
食事がいただけるのは良い。手ぶらで出かけられるし,
専門職ではないけれど,研修を受け,賃金も支払われ
一緒に食事をすると、気持ちもほぐれる。利用する家族
ている人たちである。その研修は,開始時に3週間
は,食事を楽しみに来ている様子であった。名称や,
(週5日,全日)の研修を受け,その後,毎週,メンタ
壁の飾りから推測すると,アボリジニ(原住民)対象
ー(mentor)つまり,スーパーバイザーに定期的に会
のセンターのようだが,実際の利用者はそれに限られ
って問題点やその方策について話し合う。児童虐待が
ていない。歩いて行ける範囲の中に数箇所のセンター
疑われるケースへの対応は慎重に行われている。頻度
があるので,交通の便利な場所や,センターの雰囲気
としては,保健婦が1回訪ねるとすると,family home
など,利用者が選ぶことができる。
visitor は2−6回訪ねるので,彼女たちの役割が重要
予想していたよりも利用者が少なかった。雪が舞う
寒い日だったので,駐車場のない街中のセンターは乳
である。Family Home Visitors には,継続的なスーバー
ヴィジョンが必要不可欠である。
幼児連れでの外出にはきびしい条件であろう。木でで
訪問した際の調査項目はよく研究され,科学的にも
きたおもちゃや絵本も適度の数が置かれていて、子ども
分析されていた。Lawson といって,まずたった3つの
用の高さのテーブルやいすもあり,落ち着いて遊んで
質問だけ尋ねる。1)タバコを吸うか,2)妊娠中のク
いた。
ラス(母親教室)に参加したか,そして 3)教育レベ
親がゆったりとリラックスして過ごす場や時間を提
ルである。この三つで,スクリーニングするのが,過
供することが、子育て家庭を支援することになる,とい
去のデータから一番効率的なのだ。教育を受けていて,
う発想を日本でももっと取り入れるべきだ。
健康にも気を使っている層と,そうでない層とがくっ
きり分かれる。あと,10 代の妊娠,特にホームレス女
4)Centre francophone de Toronto
性の妊娠がハイリスクグループである。日本では,若
ここも,約束なしに立ち寄ったセンターである。ダ
ウンタウンのメインストリートに程近い,一般のビル
い女性のホームレスはまれであるが,カナダでは大き
な社会問題となっている。
の地下1階にある。名称からもわかるように,フラン
このスクリーニングは,できるだけ子どもの成長の
ス語を話す人のためのセンターで,スタッフもフラン
早い時期に問題を発見し,早期に対応しようという試
ス語が第一言語である。訪問したときは 11 : 30 を過
みである。Nipsin という親向けの調査用紙,そして
− 395 −
東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
Worke という家庭医向けの調査用紙などがあり,問題
4.Home visiting program ;家庭訪問。
が発見されるとサービス・コーディネーターが多職種
5.Parenting Program ;親教育のプログラム,
のチームをつくって対応する。
6.ESL(English as Second Language)Program :
外国人向けの英語教育
Family home visitor の活躍が大切だし,日本でもこの
ような職種を作ることが大切である。日本では,年配
このように,さまざまなプログラムが用意されてい
の保健師さんが尋ねてきて,叱られて,若い母親たち
るが,実際の規模は小さく,小学校の部屋を2−3部
が傷つきいやな思いをするという話はよく聞く。その
屋借りて行われている。スタッフはフルタイム,およ
対応の方法,スタンスのあり方が,保健の知識以上に
びパートタイム合わせて 24 人いて,12 ヶ国語の言葉に
重要である。それを研修の中でどう入れていくかとい
対応できる。この地域は中国本土(mainland China)か
うことが興味深い。
らの移民が 40 %を占めていて,ついでイラン,ターミ
ル(スリランカ)である。貧困の悪循環を断つことが
Better Beginnings-NOW CAPC
目的である。
http://www.phac-aspc.gc.ca/dca-dea/programs-mes/capc_main_e.html
(カナダ・オンタリオ州トロント)
ハイリスク家族が対象だから,他業種とのネットワ
ークも盛んである。保健師との連携が一番やりやすく
妊娠期から6歳までを対象とするコミュニティー・
て,医者は難しいという事情は日本と似ている。学校
ベースの支援機関である。CAPC とは,Community
との連携は校長の人柄によって左右する。CAS,つま
Action Program for Children の略である。
り子どもの安全・福祉を担当する日本の児童相談所に
6歳以下の子どもたち,特にハイリスク家族の支援
のための機関である。具体的に行われていることは
相当する機関とも積極的に連携し,守秘義務を守りつ
つ,虐待家族を見守っている。
Ontario Early Years Center とほぼ同じであるが,後者が
親教育のプログラムも盛んで,Nobody’s Perfect <http://
ふつうの家庭を対象にしているのに対して,前者ハイ
www.nobodysperfect.ca/> が行われている。それと同様な
リスク家族,具体的には言葉の壁,移民家族,孤立,
プログラムに,Incredible Years <http://www.incredibleyears.
家族の中の暴力,子どもの障害(特にまだ診断されて
com/> があり,このふたつがよく比較される。Incredible
いない障害),親の精神障害などである。
Years は,まだ日本では紹介されていない。
CAPS のプログラムはオンタリオ州だけでも 100 以上
のプロジェクトがある。プロジェクトとは,それぞれ
Onward Willow <http://bbbf.queensu.ca/>
(カナダ・オンタリオ州グエルフ)
の地域で,地域のニーズに応じたプログラムを考案し,
実施する。政府からの要請ではなく,地域で独特のも
低所得者層のための支援,ドロップイン・センター
のを提案する。そのひとつが,今回訪ねた Better
である。この地域は薬物,移民などさまざまな問題を
Beginnings-NOW である。行っているプログラムは以下
抱えた人や,多様な文化的背景を持った人が多い。
のとおりである。
1990 年から Better Beginnings, Better Future というプロジ
1.Prenatal Program :妊娠期の支援。週1回,2時
ェクトを始めた。この地域(1 km2)で 1994 年から 95
間ほど集まって,保健師,栄養士,地域の人,
年に生まれた 94 人の乳児の成長を 20 年間追跡調査する
Community Parents などが集まって,参加者のニ
というものである。引越しをしても関与している。
ーズに応じて話し合い,社交的な活動などいろ
コミュニティの力を高めることもここの目的のひと
いろ柔軟に実施される。食事つきであることが
つである。スタッフではなくて親がセンターの主導権
重要だ。出身の文化や地域の代表として地域の
を握るような工夫がなされている。Better Beginnings の
親たちが協力する Community Parents と制度がこ
センターは8か所あり,それぞれが異なったプログラ
のプロジェクトのユニークな点である。彼らに
ムを提供している。
は謝金も払われる。これらの活動の主な目的は,
スタッフは十分な研修を受ける。スタッフの一人は
妊婦さんどうしがお互いに仲良くなることであ
5ヶ国語,もう一人は3ヶ国語が話せる。(その人の国
り日本の母親教室とよく似た状況である。
の言葉で「ようこそ」が言えるように,とのこと)
2.Early Parenting :0−1歳が対象である。これも
Welcome Board も中国語,スペイン語,アラビア語な
週1回2時間ほど。こちらは食事がつかないが,
ど5ヶ国語で書かれている。
交通費は出る。
3.Toddlers のためのプログラム。
3歳未満は親と一緒が原則である。ランチを食べた
りできる自由なスペースがある。また,キッチンでは
− 396 −
田村,他:カナダ・アメリカ合衆国における子育て支援施設
学校に行く子どもたちのための食事を作る。朝食と昼
(nanny)ではなくて,教育者(educator)であることを
食が提供される。子どもは友だちと食べたいので楽し
強 調 し て い た 。 ス タ ッ フ は ECE( Early Childhood
んでやってくる。子どもだけで来てもよい。洗濯もで
Education)の資格を持っている。
監視カメラが 16 台設置されており,その映像は五年
きる。Meeting Room では女性,DV についての相談を
間保管される。予約は 30 日前から受け付け,空きがあ
受けることができる。警察官が駐在する部屋もある。
支援者がきちんと教育を受けているのが印象的であ
れば当日でも利用できる。年間 20 日まで無料(税金分
った。また5ヶ国語がしゃべれるというところも,優
のみ従業員が負担)で利用でき,連続利用は5日間ま
秀な人を採用していると感じた。文化的な差異はある
で。それ以上の利用については人事部門の判断による。
が,支援職の役割を重視しているからこそ支援者が正
病気の子どもは預けられない。
クラスおよび定員は,3∼ 18 ヶ月児の定員6名(訪
式に雇用されているし,専門性を持って支援を行って
問した当日の利用は2名),子ども 2.5 名につき職員1
いるのだろう。
多様な背景を持った人を受け入れるための施設とし
名の配置。18 ヶ月∼ 2.5 才児の定員8名,子ども4名
てとても整っていた。また地域の人のニーズに応じた
につき職員1名の配置。2.5 才∼5才児は定員 12 名
さまざまな資源(食事の提供,洗濯,歯科医など)も
(当日の利用は7名),子ども6名につき職員1名の配
すばらしいと思った。日本では本当に必要とされてい
置。6才∼ 12 才児は定員 15 名,子ども8名につき職員
ることよりも,支援提供側の事情に左右されてしまう
1名の配置となる。利用時間は8: 00 ∼ 17 : 45
ことが多いのではないか。共同生活の場の再生といっ
(18 : 00 閉所)。開設して2年である。
た印象を受けた。
散歩用の乳母車などがあり,気候の良いときは散歩
日本は北米ほど貧困や移民の問題が顕在化していな
に出かけることもあるが,都心で環境が良くないので
いが,まだ潜在しているニーズに対してこのような形
あまり多くはない。
態の支援も検討の余地がある。一緒に食事をするなど
ゴール,三輪車などが用意されている。入り口は普通
の素朴な共同作業を行う場としてもとても価値がある。
のオフィスと変わらない外観で,保安上,表札なども
「孤独の育児から解放される」ところや「リラックス・
室内運動場があり,バスケット
一切ない。
リフレッシュする」ところではなく,生活の延長とし
一見してカラフルで清潔な室内,充実した設備である。
ての集う場,という子育て支援を考えることができる。
豊富なスタッフに恵まれており,一流企業ならではの従
子育て支援をする/される場所ではなくてもっと自然
業員向けサービスである。貧富の差の大きいカナダ文化
な場の形のヒントが隠されていた。
の中でも恵まれている層に対するサービスである。いざ
というときにも,子どもを預かってもらえる場がある,
CIBC Children’s Centre
ということが保護者にとって大きな安心につながる。従
http://childrenfirst.com/centers/Toronto.php
(カナダ・オンタリオ州トロント)
業員が安心して働ける環境を整えることが,企業の利益
に結びつくという考え方が現れている。
カナダの大手銀行 CIBC(カナダコマース銀行)の従
企業内保育所や民間保育所すら足りない現状の日本
業員のためのバックアップ用チャイルドケアセンター
ではとてもここまでは望めないが,ファミリーフレン
(一時保育)である。バックアップとは,普段利用して
ドリー企業などが先進的に取り入れることは可能であ
いる保育園,学校などの休みやベビーシッターの病気
ろう。
などで子どもの預け先がないときに利用できる施設で
Lillian H. Smith Library
ある。
運営は Children
(カナダ・オンタリオ州トロント)
First という業者に委託されている。
この業者は米国では 34 箇所に同様のセンターを運営し
児童図書館として世界的に有名なオズボーン・コレ
ており,カナダではここが初めての施設である。米国
クションという貴重な本が集まっている図書館である。
では複数の企業が共同で運営しているが,この CIBC
日本人デイケアの子どもたちがここにお散歩にゆき紙
の託児所では1社のみでの単独運営で,先駆的な試み
芝居を見にいくとのことだったので,急遽同行した。
である。
紙芝居を読んでくれたのは司書ではなく,ボランテ
CIBC の全従業員は 37000 人で,トロントのオフィス
ィアでストーリーテリングをしているという日本人の
の従業員が 12000 人,そのうちの 1800 人の従業員の子
ボランティアであった。またオズボーン・コレクショ
弟が登録してる。スタッフは6名で,単なる保育者
ンには日本人の司書がいて,児童図書の歴史等につい
− 397 −
東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
グラムの特徴である。2人のファシリテーターと共に
てお話を伺った。
コレクションは研究者の資料という位置づけである
が,普通の図書館の部分もあるので,そこの絵本コー
週1回,10 週間行うことが原則であるが,開催方法に
はさまざまなバリエーションがある。
当地では,Nobody’s Perfect と Mother Goose は乳幼児
ナーも見学した。絵本コーナーにも育児書が充実して
の親子を対象とした教育プログラムとして並び称され
おり印象的であった。
ているが,日本には前者のみ紹介されている。
¡Father Involvement Network-BC
BC Council for Families <http://bccf.bc.ca/>
(カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバー)
子育てに父親がどう関わるかということは,カナダ
ブリティッシュコロンビア州内の家族サービスセン
でも大きな課題である。程度の差こそあれ,男性の関
ターへ対する支援を行っている NPO 組織である。民間
わりがもっと求められていることは,洋の東西を問わ
の組織ではあるが,資金は州政府から来ており,日本
ず共通した現象だ。シンポジウムを開いたり,父親の
では州政府の外郭機関という位置づけが理解しやすい。
ためのトレーニングセッション“Changing Fathers,
カウンシルの目的は,家族サービス機関を通して家族
Evolving Practice”も行われている。
をサポートし,家族の力を引き出すことである。具体的
¡若者の自殺予防プログラム
には,次のような訓練プログラムが用意されている。
¡Nobody’s Perfect Parent Program
子育て支援とは多少ニュアンスが異なるが,自殺予
日本でも近年盛んになっているノーボディーズ・パ
防教育も行われている。入手した資料には自殺という
ーフェクト親教育プログラムである。ブリティッシュ
悲劇の後の,地域でのフォローアップ,地域が何を出
コロンビア州では 1989 年から行われている。0−5歳
来るかというようなことが書かれている。
の子どもを持つ親の中で,孤立しがちな親を対象とし
た教育プログラムである。実際に問題を抱えている家
専門機関
族ではなく,問題を抱える可能性の高い家族が対象で
虐待・ DV 対策機関
ある。リスクファクターは明確に規定されており,1)
地理的・文化的・社会的孤立,2)低所得者,3)若い
CARES
(合衆国オレゴン州ポートランド)
親(25 歳以下),4)ひとり親,5)未完結の教育であ
虐待の判定,診察,治療,のコーディネート機関で
る。このうち,ふたつ以上のリスクファクターを持つ
親が対象となる。ブリティッシュコロンビア州には約
NORTHWEST <www.caresnw.org>
ある。
800 人のファシリテーターがいる。マスター・トレー
レガシーエマニュエル小児病院に隣接した,子ども
ニングプログラム,つまりファシリテーターを育成す
虐待,ネグレクトの判定,評価を行う施設である。評
る人(トレーナー)を育成するプログラムも行われて
価作業を1箇所に集約し,コーディネートする。多職
いる。トロントでもこのプログラムは盛んであったが,
種専門家チーム(MDT; multi-disciplinary team)によっ
カナダ内でも BC 州とオンタリオ州が先進的な役割を
て子どもと家族の状況評価,診断,治療を行っていた。
子どもの虐待は健康に関する問題なのでチームを組
果たしている。
んで予防,治療を行い,虐待を受けた子どもは病気な
¡Ready or Not !
ので治す必要があるという信念があった。ソーシャル
思春期の子どもがアルコール依存・薬物依存に走る
ワーカー,ドクター,警察で調査,介入,判定,治療
のを防ぐための親教育プログラムである。Nobody’s
まで連携し,カウンセリングへつなぐ。性的虐待,ネ
Perfect が乳幼児の親を対象にしているが,こちらは,
グレクト,心身への暴力や親の暴力を見てしまった子
8− 12 歳,つまり思春期に入る前の親が対象である。
どもたちが対象である。親子は別々に連れてこられ,
安心して子どもが自分の事を話せる雰囲気をまず作る。
¡Parent-Child Mother Goose Program
MDT が機能するよう州の法律を変えていったが,警
乳幼児とその親を対象とした,親子参加の教育プロ
察を変えるまで 30 年かかったということである。通報
グラムである。童謡やお話の語りなどを通して,親子
があると警察は責任を持って子どもを連れてくる。子
の絆を強め子どもの成長を促すことを目的としている。
どもだけでなく両親,ソーシャルワーカー,警察など
0歳から2歳半のグループと,2−4歳のグループ
その子に関りのある様々な人から状況を聞く為面接す
があり,親と子どもが一緒に参加することがこのプロ
る。そして子どもは全身の診察を受け,虐待の判定を
− 398 −
田村,他:カナダ・アメリカ合衆国における子育て支援施設
子どもの虐待対策でドクター,カウンセラー,そし
受ける。複数の虐待が無かったか色々な立場の人が調
て警察官までチームを組み,同じオフィスにデスクを
査し面接する。
ここは子どもが警察に対して安心して話ができ,誰
持つ体制は重要である。民間の主導でこれだけの行政
が加害者か鑑定もしやすい環境に配慮している。法廷
との連携が作れる背景のひとつは専門家の熱意であり,
でもチームのメリットがあると話していた。
それを市民活動として実践に遷せる余裕のある働き方
子どもの虐待の 85 %は親しい人から受ける(男児4
であろう。
8%,女児 52 %)。チャイルドサポートチームは3つ
また NPO 同士でも,州の補助金の争奪戦はなかなか
の郡に7人ずついて,まず子どもを親から切り離すこ
厳しい。チームのドクターの在籍する小児病院に隣接
とが重要である。そして祖父母,近所の人,ホストフ
していることは機能的で安心できる。壁面に動物の絵
ァミリー(ボランティア,州の機関が認定)などが子
が描かれるなど明るい雰囲気であった。スタッフは皆
どもの世話をする。
優しく,心や身体が傷ついた子どもたちの味方になり
通報後,証拠写真はすぐ現場で撮影,CD で保存する。
守りたい,という強い熱意を感じた。子どもたちが怖
現場の警察官に対する充分な教育が必要不可欠である。
がらず話せるよう,心を配っている様子や工夫があち
若い人はその重要性に気づくが年配者は難しい。
こちに見られた。
一人の子どもの虐待をみることによって DV,虐待
専門家と行政が密に連携をとり効果を挙げる良いモ
の歴史がわかるという。社会の皆でトレーニングして
デルケースである。日本では児童相談所が虐待の窓口
いく問題である。宗教によっても難しさがあり,市民
となっているが,現場で初めに発見するのは小児科医
に対してメディアを利用して教育や認識を促し,通報
である場合が多い。診察,治療だけに留まらない小児
を得られるよう喚起する。
科医や産婦人科医の役割が,今後さらに望まれる。
専門家のセミナーやトレーニングは年に1回全国的
に行っている。警察,病院,保険会社が資金を出し合
DV Enhanced Response Team Oregon City (DVERT)
(合衆国オレゴン州ポートランド)
って共催する。大人の防止プログラムはなかなか上手
くいかない。1人の性的加害者に被害者は 300 人いる
DV や虐待,家庭内暴力の総合機関である。女性や
こともあり,親や警察官を再教育する必要がある。昔
子どもの為のシェルターも持ち,その中心人物から話
は「NO !といいなさい」で済んでいたが,今はそれ
を聞いた。同じ建物内に警察官から弁護士,ケースワ
だけでは防止にならない状況である。その環境に連れ
ーカーまでいて幅広くチームを組んでいる。
移民家族に家庭内暴力が多い。加害者で出頭しない
て行かないよう,親は注意しなくてはならない。
「ネバーシェーキングベビー プログラム」は無知な
人(逃亡者)の 90 %は男性で,女性も増える傾向にあ
親に対してのプログラムで最近力を入れている。年間
る。家庭内では男女どちらが加害者か分りにくいので
1500 件もの赤ちゃんが,無知な親によって激しく揺す
両者に出頭を求める。年間の件数はオレゴンで 1000 件
られ死亡している。20 分間の啓発ビデオを親に見せる
ほどであり,国から予算が下りている。
というもので,学校や刑務所,病院などで行われてい
子どもが関わるか,夫婦間だけかで刑が違う。裁判
る。簡単に解るので効果的である。ユタ州の場合,医
になると平均6∼7ヶ月,1∼2年かかる事もある。
療保険会社がその費用($15)を負担し親は無料で受
母親の子どもへの虐待は,背景に夫の暴力がひそむこ
けられる。死亡,もしくは障害が残れば会社は$10 万
とが多い。裁判では父親に親権がゆきがちで,虐待を
の負担になるので,保険会社にとっても利益なのだ。
繰り返す事が問題になっている。
加害者へのトレーニングは,まず怒りをコントロー
プログラム実施後のリサーチでは被害件数が 50 パー
セントに減った。ミネソタ,ユタ,ペンシルバニア,
ルするトレーニングを受ける。専門家の介入があって
ニューヨークで実施中。オレゴンは来年からの予定で
からカウンセリングに入る。男性の場合,1回目はグ
ある。
ループセラピーになる。
シェーキングベビーの 31 パーセントは別の病気とし
州や裁判所によって非常に厳しさに差がある。セラ
て処理され,大人になって健康問題が起こることもあ
ピーを受けるかどうかの,裁判官のジャッジを記録す
る。昔のケガや古いケガもよく調査し鑑定の必要があ
る市民グループがる。女性に不利にならない為である
る。このことは日本でもよく理解をしている放射線医
が,権力者と癒着することもあり問題になっている。
師がいる。ここのチームの中心的な小児科医がその医
セラピーは 32 週間通うプログラムであるが,研究に
師たちに招かれ,今日本に行っているところであった。
よると1年間継続しないと効果がないといわれている。
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
これだけのサービスに対して,基本的に被害女性は
それは,態度は変わっても心理分析まで行かないと根
無料である。民間というよりは,行政主導で作られた
本的には変わらないからである。
こども,女性のシェルターはオレゴン州には2箇所
ものである。他のアジア系民族(中国,ベトナム,韓
ある。公的資金(州)と寄付金で運営している。緊急
国など)は民族内での結婚が多いが,日本人女性はカ
では 30 日間,過渡期では6週間保護される。
ナダ人男性と結婚する場合が多い。言葉のハンディが
保護された子どもはホストファミリーに預けるケース
パートナー間との対等な関係を作りにくくしている。
がほとんどである。その後幸せになれるとは限らないが,
あと,両親の DV を目撃した子供に対するプログラム
子ども自身の資質が重要だが,ホームレスになるケース
もある。そのマニュアルも入手した。
も少なくない。親が子どもを取り戻すには,トレーニン
グを受けて証明書をもらわなくてはならないので,裁判
George Hull Centre <www.georgehullcentr e.on.ca/>
(カナダ・オンタリオ州トロント)
沙汰になることは少ない。親の相談には,施設内で弁護
子どものケア・支援総合施設。子どもと家族のため
士や検事のサポートチームがあたっている。
実際の虐待に対して保護と再教育が同時に行われて
のメンタルヘルスセンターである。予防と早期介入サ
いる。ここでも,領域を超えた専門家や機関の連携が
ービス,コミュニティに基づいたサービスやプログラ
みられた。同じ場所で色々な専門家からアドバイスを
ム,研究とプログラム開発等を行っている。The
受けられる事は頼もしい。国家予算が投入され,施設
Ontario Early Years Centre,コミュニティクリニック,
もスタッフも充実している。それだけ移民社会,銃社
研修センターなどを併設している。
会のアメリカでの DV 問題の深刻さ,根深さを感じた。
各種サービスの中で注目されたのが Family Group
日本でも DV の背景や状況の違いはあっても,やは
Conferencing model である。その概念はニュージーラン
り領域を超えた専門家や行政機関の連携が欠かせない。
ドのマオリ族の部族全体で子育てをするという考え方
しかし,加害者,被害者への対応はシステム化されて
に由来した,比較的新しいプロジェクトである。核家
も,虐待を受けた子どもへの心理ケア,虐待をしてし
族を広げることで家族の力を引き出すことが目的で,
まった大人へのケアの難しさを感じた。
子どもをめぐるなんらかの問題を拡大家族の視点から
日本社会の中で,虐待加害者への再教育,再発防止は
見て解決につなげる,というものである。虐待の問題
どの様であれば有効なのか。カウンセリングやセラピー
があったときに,その家族に限らず親族や友人などか
を受けることに対しての抵抗感を減らすことなのか。日
かわりのある人を含めて子どもにとってどうすること
本人に合った心理ケアの研究がさらに期待される。
が一番いいのかを(養子縁組も含めて)考えるミーテ
日本では子どもは親に返される事が多いようだが,
ィングを持つ。
アメリカでは里親や祖父母,近隣など,子どもに関わ
プログラム誕生の背景には,①虐待などが原因でケ
る大人の範囲が広いと思った。核家族から,狭い定義
アを必要とする子どもがたくさんいる。②州政府のケ
になってしまった現代の < 家族 > 感を見直す必要もあ
アが行われても施設ではあまりうまく行かない場合が
る。問題が起こる前から,児童虐待や DV 対策を視野
多い。③またそのやり方だと1人の子どもに対して1
に入れた,社会教育分野との連携もネットワークにい
人のソーシャルワーカーの給料が必要なくらいにお金
れていきたい。
がかかる,などの要因がからんでいる。
コーディネーターの養成も行っている。家族に信頼
Multicultural Family Support Services Society
される,中立的な人になるべく技術を学んでもらう。
<http://www.vlmfss.ca/>
子どもの安全と福祉がベースになる。家族の児童福祉
(カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバー)
に対するエンパワーメントを行っている。専門職が家
少数民族女性のための DV の被害者支援施設。イン
族を選ぶのではなく,家族が支援者や拡大家族を選ぶ
ド系の所長と日本人のサービスワーカーから話を伺っ
という考え方だ。ミーティングの回数は通常1回であ
た。パートナーの暴力から女性を保護し,シェルター
る。遠くに住んでいる親戚などには旅費を出すことも
に紹介し,男性を告発して離婚裁判の advocate をして,
ある。フォローアップについては,児童福祉の方に管
女性の自立のための経済的・心理的支援をして,通訳
轄が移るのでコーディネーターはかかわらない。
をする。このように,被害女性が必要とする総合的な
重要な人物を全員ミーティングに呼べるわけではな
アドボケートを行う。他の民族に比べて,日本人の被
い。重要なポイントは子どもにとっていちばん安全な
害は少ないということである。
人を含むことである。家族療法ではない。たとえば子
− 400 −
田村,他:カナダ・アメリカ合衆国における子育て支援施設
どもに秘密にしていることなどがあれば,それは出席
く,ごく自然に,当たり前に行われているという印象
者全員でコンセンサスを得る。全員でのミーティング
を受けた。日本だと,異職種が連携するというのは何
の前にコーディネーターが個別に会い,大きなミーテ
か大事で困難なことのように捉えられがちである。そ
ィングのときに誰かがコーディネーターの言葉に驚く
の理由のひとつは忙しさであろう。日本は診療報酬で
ことのないようにしている。
も,仕事の評価でも,出来高払いの部分が多いので,
効果はあがっているが,難しさもある。準備にとて
短い時間にたくさんの人を相手にする。その長所とし
も時間がかかる。児童福祉と児童精神保健の連携がと
ては,必要なときにすぐにサービスを受けられるけど,
てもうまくいっている。最初は1人のコーディネータ
それは短時間の通り一遍のことで,ケース会議のよう
ーに2人の監督がつくことが成功しないのではないか
に手間ひまかかることは嫌われる。その点,カナダで
と心配したが,実際には機能していた。
は時間の感覚が異なり,ひとつのケースについてじっ
子どものメンタルヘルスに焦点を合わせているとい
くり扱うことができる。
う点で,日本の現在の子育て支援とは少し異なる背景
もっとも,連携がとりやすいのは保健師で,一番と
を持っているように感じた。子育て支援というよりも
りにくいのは医者(多忙さ,権威性)と,学校(校長
医療と福祉,しかも医療の色彩が強い印象を受けた。
の方針による)ということが言われた。職種による連
日本の児童相談所がものすごく強化されればこのよう
携の難しさは,日本と似た状況であることがわかる。
親 教 育 に つ い て 。 Nobody’s Perfect 以 外 に も ,
な総合的な施設になるのだろうか。支援者養成,ボラ
ンティアの参加等についてもっと詳しく知りたかった。
Incredible Years など,さまざまなパッケージプログラ
ある意味,Family Group Conference は壮大なプロジ
ムがあることがわかった。親教育プログラムの内容を
ェクトである。日本に比べて養子縁組に積極的な文化
分析して,それを日本の状況や文化に合させた支援シ
的背景がある。
ステムをつくることが大切だ。そこで必要になるのが,
成果主義というか,効果や意味のあること・根拠に
支援職の育成プログラムであり,継続的なスーパービ
基づいたことを行っているという自信のようなものを
ジョンである。訪問先で何度も出てきた Lay
感じた。自分たちはきちんと評価に値することをして
Professional(素人の専門家)の育成,そして謝礼を出
いるし,そのために必要な財源は惜しまないという姿
せる経済的な基盤がある。
さらには,カナダ社会の仕組みから自然に出てくる
勢である。日本はまだ模索している状態で,そこまで
市民中心の発想が重要である。日本の伝統からそれは
言い切れるだけの組織としての自信は持ち得ない。
専門家のミーティングはとても興味深かった。時間
無理で,常にお上から新しいことはやってくるのは仕
を合わせて集まることはそれぞれの人にとって負担で
方がないし,カナダと同じ発想は困難である。しかし,
はないのだろうか。各職場の理解,ネットワークが
日本でも,市民中心の活動が可能であることは今後,
「必要なこと」「当然のこと」として扱われていないと
さまざまな試みの中から実証されていくであろう。
難しいであろう。専門家ミーティングの事例について。
日本とカナダでは子ども家庭の支援の動機が全く異
匿名的な事例ではなく,実際の話として進めていかな
なっている。日本では,少子化対策・虐待対策として,
いと意味がないのではないか。具体的な援助を考える
中央政策の一部として上から下ってくる。一方,カナ
場としてのミーティングを考える必要がある。
ダではまず地域の考えが発端になっている。
カナダでは,「社会的に恵まれていない層」への対応
考 察
が強調されていた。恵まれている層と恵まれていない
層という二分法は,こちらの社会の中では十分に通用
渡航前は訪問先のアレンジにずいぶん苦労したが,
する概念である。むしろ,それがあまり通用しない日
実際に訪問してみれば実に充実した,盛りだくさんの
本社会のほうが,世界の中から見れば特殊なのだろう。
視察であった。2週間弱の日程ですから,どんなこと
カナダでの支援の対象は,社会的な資源を十分に享受
をやっているのか概要を把握するのが背一杯で,ひと
できない層である。それをふたつにわけると,新しい
つひとつの事柄を十分に理解したとは言えない。幸い,
移民と,前からいる貧困層の人たちです。新しい移民
訪問先のほとんどはウェブ・サイトを持っているから,
たちは,主に途上国からやってくる。彼らは,来たと
訪問して体験したことを深めるための情報収集はネッ
きは,言葉も財産も生活技術も乏しい。当然,社会の
トで補充できる。
底辺から生活を始める。彼らへの支援が,大きな目的
連携するための何かの工夫があるということではな
である。彼らは,物質的・技術的な支援に反応して向
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
上していくという意味で,支援の効果が大きい。むし
そして,研修を行うトレーナー育成プログラムも充実
ろ難しいのは,移民ではなく,以前からいる人たちへ
している。それらは,独立した組織であるが,財政的
の支援である。彼らは,家庭内の問題やトラウマ,低
には州政府がバックアップしていることがカナダの特
い自尊心など,何世代にもわたって「貧困の悪循環」
徴であった。
日本では,子ども家庭支援センター,保健センター,
に陥っている。問題の根が深くて,支援しても簡単に
は向上しない。その点,新しい移民たちは,物質的に
保健所,児童館,保育園・幼稚園など,地域の家族を
は貧しくても,精神的な健康度は高い。古い移民で貧
支える機関は整いつつある。しかし,それらでどのよ
困の悪循環に陥っている層は,やる気も失ってしまっ
うな活動を行うかということは手探り状態で,十分な
ている。
教育・研修は行われていない。今後は,それらの機関
この考え方,つまり,「社会的な支援は,主に移民へ
を支援するサポート機関の充実が望まれる。
の対策である」という疑問を何度か訪問先の人々に投
げかけた。その答えは「カナダ人は,1−2代さかの
付 記
ぼればみんな移民だった」ということである。その点
本研究は,文部科学省科学研究費補助金基盤研究 B
が日本とは国の成り立ちが決定的に違うと実感した。
日本では江戸時代以降,しっかりと国の枠組みができ
(2)「子育て家族システムの特徴と育児支援相談プログ
あがって,お上が民衆を管理して,ぜんぶやってくれ
ラムの開発」(課題番号 16300229 研究代表者:田村毅)
る。決める主導権は上の人にあって,民衆が意見を言
を受けた。
うためには命の覚悟が必要であった。ヨーロッパの国
も同様である。その点,カナダでは,決める主導権は
あくまで民衆にある。
その市民活動の核になっているのが宗教的背景であ
る。もともと,social work という概念は,教会の活動
から始まった。今ある施設の多くは教会で始まったと
ころが多い。いずれも教会が直接管理するわけではな
く,運営上は手を引いて,政府や民間の寄付から運営
しているけど,恵まれない人たちへの支援という根本
にある考え方は,キリスト教の charity という考え方か
ら発している。
親支援は,とても盛んだ。Nobody’s Perfect はそのひ
とつにすぎず,それ以外にもたくさんのプログラムが
ある。そこに共通している考え方は,Confident
Parenting,つまり,もっと自信を持って子育てしよう
という見方である。日本の親たちの自信のなさの由来
は,少なくとも,経済的・教育的な disadvantage ではな
くて,違うところにあるように思う。
デイケア・センター,ファミリープレイス,ドロッ
プイン・センターなど,さまざまな名称で呼ばれてい
るが,地域で,孤立した親と子どもを対象としたサポ
ートシステムが非常に整っている。各機関は財政的に
も運営的にも独立して,それぞれの地域的な特徴に合
わせた活動を行っているが,それらの草の根的活動を
支援する組織が存在することが重要である。それは,
一時的・短期的な研修活動のみならず,継続的にコン
タクトをとり,さまざまな資料,そして,よく考案さ
れた教育プログラムが提供されている。そのプログラ
ムを運営するための研修に加え,継続的な訓練の場,
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