Chapter 4 Emotional Behaviors As Emotional Stimuli Research.

2009/03/14 第 5 回首都圏感情心理学研究会
The Handbook of Emotion Elicitation and Assessment
Chapter 4. pp. 54-64. (訳:手塚)
4. 情動刺激としての
情動刺激としての情動行動
としての情動行動
Emotional Behaviors as Emotional Stimuli
James D. Laird & Sarah Strout
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
理論的軌跡
行動の
行動の操作に
操作に関連する
関連する負担
する負担と
負担と恩恵
A Brief Theoretical Excursion
Relative Costs and Benefits of Behavioral Manipulations
The Complexity and Difficulty of the Manipulations
Range of Possible Target Emotional Feelings
Size of Effects
Variations in Effects Across Persons
Effects on Other Psychological Processes
表情表出 Facial Expressions
Muscle-by-Muscle Manipulations
The Facial Action Coding System
Using Pencils to Induce Emotional Affect
Using Golf Tees to Induce Emotional Affect
Using Pronunciation to Induce Emotional Affect
Mimicry
Exaggerating and Minimizing Expressions
Measuring Individual Differences in Response to Personal Cues
Undisguised Manipulations of Expressive Behavior
姿勢
Posture
視線
Eye Gaze
音声
Tone of Voice
呼吸
Breathing
情動的行為
要約
Emotional Actions
Summary
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
P54L
・ 笑顔で友人に近づきながら喜びを感じる。まぶしさに眉をしかめ手前のドライバーに激怒す
る。階段を駆け上がりながら,差し迫ったミーティングに恐れを抱く。
・ 情動の誘発因について考えるとき,われわれは生活上の出来事についてすぐに思いを巡らせ
(友人の到着,退屈な交通渋滞,脅威的な上司),情動の原因がそれらの先行する出来事であ
ると想起する。
・ 本章では,情動反応を誘発する一連の技法を記述する。それらの技法とは,情動プロセスに
関する特有の理論的背景から生じたものである。
・ この理論ではしばしば,笑顔は喜びの根源的原因であり,眉しかめは怒りの,心臓の鼓動は
登山家の不安の原因であると提唱されている。
1
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Chapter 4. pp. 54-64. (訳:手塚)
・ 最初に本章で取り上げる技法の有用性について,その背景理論の要約から始める。
・ 続いてそれらの長所と短所について議論することで,読者は自身の研究目的に対して,これ
らの技法がいかに有用であるかを理解できるであろう。
・ 一連の技法の解説をした後,これらの長所と短所の疑問についてより詳細に論じる。
理論的軌跡 A Brief Theoretical Excursion
P54R
・ 情動プロセスに関する一般論(コモンセンス)あるいは心理学的理論のどちらもが,ある誘
発刺激が情動体験 emotional feeling をもたらし,続いて自律系反応,表出行動,行為などの
変化が生じるというイベントの流れ sequence を想定している。
−
有名な例では,熊が室内に入ってくると,われわれは恐怖を感じ,その恐怖が心拍を早
め,表情や身体が“恐怖に満ちた”パターンを示し,最後には逃走するのである。
・ コモンセンスモデルの概要を Figure 4.1 に示す。
・ ここで最も重要なことは,情動刺激に対して意味を付与するある種の解釈や“評価 appraisal ”
プロセスを必ず要するということである。
−
もしわれわれが,本物の熊が強靭な筋力や鋭い爪を備えていることを知らなければ,子
どものおもちゃが大きくなったものを恐れることはないだろう。
・ 1 世紀以上も昔に,William James (James, 1884) は,情動エピソードにおけるイベントの流れ
が(コモンセンスと)異なることを提唱している。
・ すなわち,誘発状況の直後に生じるのは,情動体験ではなく種々の情動行動なのである。
・ 情動体験は実際には,行動の結果として流れの最後に生じるものなのである。
・ James が提唱したモデルの概要が Figure 4.2 である。
2
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P55L
・ 図から明らかなように,情動体験を操作する 1 つの方法は行動を操作することである。
・ この明示にもかかわらず,James の 1884 年の見解から約 80 年もの間,これ見解を支持するよ
うな研究はほとんど得られなかった。
・ 革新的ながら多くの批判も受けた Schachter らの研究 (Schachter & Singer, 1962) は,覚醒
arousal の操作によって情動体験に変化が生じることを示したが,他の情動行動への影響を検
討したものはほとんど認められていない。
・ 著者 (JDL) は,情動体験に及ぼす情動行動の効果を最初に検討したが (Laird, 1967, 1974) ,
大半の心理学者は James の基本的考え,特に表出行動や行為に関して,懐疑的であった。
・ 彼らは,微笑みへの誘導が人の喜びを惹起したり,眉ひそめが怒りを増幅させたりするとい
うことを決して信じなかった。
・ このハンドブックに本章が含まれているということは,こうした問題に関して科学がどのく
らい“成熟”したかのサインであろう。
・ ここ数十年にかけて,多くの研究がさまざまな表出行動を操作し,それに対応した情動体験
の変化をとらえている (レビューとして,Laird, 2006) 。
・ 本章では,最大効用を得るにはどのように利用すればよいかを明示することを試みる。
・ いくつもの異なる理論が,情動体験に及ぼす行動の影響を説明している。どの理論が最も適
切であるかを決めることは,現時点では困難である。
P55R
・ 筆者は,自己知覚理論 self-perception theory (Bem, 1972) を好み,行動と情動との関係を説明
するのに最もフィットするものと考えている (Laird, 2006 他) 。
−
実質的にあらゆる情動体験を内包した James の情動理論の拡張である。
−
すべての情動体験は,行動が生じた際の“知覚”であると考えられている。
−
Bem が説明しているように,われわれは自らの行動の外側にいる観察者として同じ場所
におり,自らの情動体験を行動から“推測”するに違いない。
−
理論的不一致の最終的な解決がどのようであれ,自己知覚理論は特に有用な実証的示唆
を有している。それは,ある人の情動状態を推測する際に手がかりにするあらゆる行動
が,そのような情動状態を引き起こす手段として原則的に操作可能であるということを
示唆するものである。
−
結果として,ありとあらゆる表出行動は,情動体験を誘発するための潜在的なツールボ
ックスとなる。
・ 以下の行動に対応した情動体験が誘発される。
−
表情 (Laird, 1974;Schnall & Laird, 2003)
−
姿勢 (Duclos et al, 1989 他)
−
視線(注視パターン)(Kellerman, Lewis, & Laird, 1989 他)
−
声の調子 (Hatfield, Hsee, Costello, & Weisman, 1995)
3
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−
ジェスチャー動作 (Foerster & Strack, 1997 他)
・ これらの行動の操作により生じる情動体験は,怒り anger ,悲しみ fear ,楽しみ sadness ,
好みや愛情 liking and loving ,自信 confidence ,誇り pride ,罪悪感 guilt ,退屈 boredom
などである。
・ 次のセクションでは,これまでに操作されてきた行動を概説する。
・ 先行研究で得られたさまざまな操作の効果を要約し,可能な限り,それらの効果を得るため
の“実験室でのコツ lab lore”にも触れる。
行動の
行動の操作に
操作に関連する
関連する負担
する負担と
負担と恩恵 Relative Costs and Benefits of Behavioral Manipulations
・ 行動操作には,他の情動誘発技法に比べて長所と短所とがあり,操作の簡便さや生じる結果
などの違いに関するものである。
操作の
操作の複雑さと
複雑さと困難
さと困難さ
困難さ The Complexity and Difficulty of the Manipulations
・ 情動行動の基本的な操作は極めてシンプルで,たとえば,以下のような教示を用いる。
−
“あなたがどのような気持ちでいるか観察者が分からないようにし,自分の気持ちを表
に出さないようにしてください” (Kleck et al., 1976 他) 。
−
“いつもどおりの笑顔をしてください” (e.g. Duclos & Laird, 2001) 。
・ これらの単純な操作とは対照的に,最近まで複雑で実験者の注意やスキルを要するような操
作が行われてきた。
P56L
・ とはいえ複雑さの背景には,操作の特徴や目的を伏せることで,喚起された情動体験が実験
者効果とは独立したものであるということを示したい実験者の動機が存在していた。
適用可能な
適用可能な情動体験 Range of Possible Target Emotional Feelings
・ 表情表出や姿勢が区別される“基本”情動のすべてを喚起することは,非常に簡単である。
−
笑顔 → 喜び (Laird, 1974)
−
前かがみの姿勢 → 悲しみ (Duclos et al., 1989)
−
粗暴な口調 → 怒り (Hatfield et al., 1995)
・ 特徴的な行動がない情動体験は,行動操作を利用しての喚起が困難かもしくは不可能であろ
う。たとえば,郷愁 nostalgia や畏怖 awe など。
・ ある特異な情動の表情表出や姿勢は,その情動に変化をもたらすだけでなく,密接に関連す
る情動にも変化を引き起こし,異なるタイプの情動には影響しない。
−
たとえば,怒りの表情表出や姿勢は,怒り体験を変化させるとともに関連する嫌悪にも
作用するが,恐れや悲しみは誘発しない (Duclos et al., 1989 他) 。
−
対照的に,ポジティブあるいはネガティブな情動体験は,音楽や映像,イメージ誘導な
ど他の技法により喚起される。しかし,これらのカテゴリーの中では,さまざまな情動
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反応が生じている。
効果の
効果の大きさ Size of Effects
・ 実験室での行動操作の効果は,実生活での情動エピソードの強度には及ばないが,これは他
の実験操作も同様である。
・ たとえば,表情表出や姿勢による効果は,映像 (Laird et al., 1994) やイメージ誘導 (Duclos &
Laird, 2001) と同程度である。
・ 自然な情動体験には及ばないものの,表出や姿勢などの操作を組み合わせることで,より強
P56R
度を高めることも可能である (e.g. Flack et al., 1999b) 。
対人間での
対人間での効果
での効果の
効果の多様性 Variations in Effects Across Persons
・ 行動操作の最大の弱点はおそらく,母集団の一部の情動体験にしか影響しないことであろう。
−
笑顔や眉ひそめなどの表情表出を誘導された際に,ある人は喜びや怒りの体験を強く報
告する一方で,別の人は情動体験が喚起されないことがある (Laird & Crosby, 1974) 。
・ こうした違いは,人々が自分自身の身体や行為に焦点を当てるか (人的手掛かり personal
cues) ,社会的あるいは状況的期待に焦点を当てるか (状況的手掛かり situational cues) を反映
していると考えられる。
−
人的手掛かりに鋭敏な人は,表情表出 (Laird, 1984) ,姿勢 (Duclos et al., 1989 他) ,外
見 (Kellerman & Laird, 1982) などに見合うように情動体験が変化する。こうした人はま
た,見知らぬ人との視線の共有により,恋愛的な魅力をより強く体験する (Kellerman &
Laird, 1982 他) 。
−
人的手掛かりへの鋭敏性が低い人は,彼らがいかに体験すべきかという情報を受け入れ
やすく (Kellerman & Laird, 1982) ,状況の社会的意味に強く影響される (Doclos & Laird,
2001 他) 。
−
人的手掛かりへの非鋭敏的な人は,プラセボ条件において予想通りの効果を生じる。薬
がリラックスあるいは覚醒をもたらすと教示されれば,それに対応した反応を体験する。
−
人的手掛かりへの鋭敏性が非常に強い人では,正反対のプラセボ効果が生じる。薬がリ
ラックスをもたらすと教示されれば,緊張が増加する (Duncan & Laird, 1980) 。
−
これは,薬理効果に関わらず,自分の身体反応が変化しないことの解釈によって生じ (も
ちろん,すべてが意識ではない) ,特に覚醒が高められる (Storms & Nisbett, 1970) 。
P57L
・ 情動体験の操作に行動を利用する際はいかなるときも,人的手掛かりと社会的手掛かりに関
する個人差を測定すべきである。
・ 本章の後半で,短時間で参加者を騙すことなく個人差を測定する簡単な技法を紹介する。
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他の心理過程への
心理過程への効果
への効果 Effects on Other Psychological Processes
・ 記憶などの認知過程に及ぼす情動体験の効果を研究課題とするような場合,行動操作は特別
な長所を発揮する。
・ 直接的な想起や映像,ヴェルテン法 (後述) など,他の多くの情動誘発技法は認知的成分を含
んでいるため,プライミングなどのように純粋な認知経路を通じて他のプロセスに影響を及
ぼす可能性がある。
・ 行動技法は対照的に,言語的影響や他の認知に作用してしまうような会話なしに情動反応を
喚起できるため,情動体験の効果を“純粋に”観察できる (e.g., Laird et al., 1989 他) 。
P57R
・ われわれは,情動体験に及ぼす行動操作の影響力を主張しているが,情動プロセスの他の側
面にも影響し,情動体験には影響しないことさえある。
・ たとえば,表出行動の抑制が情動体験に影響するが (Duclos & Laird, 2001 他) ,心拍数や皮膚
コンダクタンスなどの精神生理学的反応にしか影響しないこともある (Gross, 1998 他) 。
・ 次のセクションでは,最も用いられている表情表出から始めて,情動体験を誘発する特定の
技法について解説していく。
・ Table 4.1 は,これまでに操作されてきた行動とそれに伴う情動体験の概要である。
表情表出 Facial Expressions
・ 表情表出を操作する技法は 2 つに大別できる (Laird, 1984) 。
1. “muscle by muscle”手続きでは,表情筋の異なる部位の収縮と弛緩をするよう教示する
ことで,情動表出を誘導するもの。
2. 自然な情動表出を利用し,最小または誇張するよう教示するもの。
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筋の操作 Muscle-by-Muscle Manipulations
・ この手法を最初に用いた研究では (Laird, 1967, 1974) ,参加者は“表情筋活動の筋電図 EMG
測定”の実験として募集された。
P58L
−
参加者は,表情に電極を装着して異なる種類の写真を見る際の“筋電図活動”の違いを
調べる研究で,弛緩させた筋と収縮させた筋から 2 つの記録を行うと説明された。
−
この手法により,参加者が操作の目的に気づくことなく表情表出を誘導した。
−
続いて,電気的計測について統計的処理を要するある種のエラーが生じているが,これ
は脳活動に及ぼす気分の効果であると説明を加えた。
−
そのため,特別な説明は与えなかったが,(エラーを仕方のないものだと認識して)参
加者は自由に情動体験の変化を報告したと思われる。
−
参加者は,“普段は気にもかけないが,人の気分は常に変動しています。この実験では
その変動を重視しているため,あなたが各試行で実際にどのような気持ちでいるか注意
し,後でそれを教えてください”と教示された。
−
自己報告は,各情動をどの程度強く感じていたか尋ねるものであった。
・ この実験では,2 つの試行が実施された。
1. 眉を動かして眉の間の筋を収縮させ,同時に歯をくいしばって顎の両端の筋も収縮させ
ることで,眉しかめを誘導した。
2. 頬にある電極下の筋を,口の端を動かして収縮させることで,笑顔を誘導した。
・ 注目すべき点は,EMG 計測が本実験では重要であり,複数の種類の写真を見ることが重要な
操作であると参加者が認識している点にあった。
・ 表情筋の収縮という実際の実験操作は,単純な EMG 計測を利用して実施された。
・ 情動体験の測定は,わずかなエラーをも取り除くためほとんど破棄された。
・ この後に実施した実験では同様の手法を用いて,怒りと楽しみに加えて嫌悪,悲しみ,恐れ
の情動体験を喚起している。
・ 予想外の結果として,恐れ表出に伴い驚きが喚起され,悲しみ表出に伴い楽しみが減少した
(Duclos et al., 1989 他) 。
The Facial Action Coding System
・ より最近では,多少の違いはあるものの概念的には全く同一の手法が,Levenson や Ekman ら
により行われている。
・ Ekman らは,個々の表情筋の動きのコーディングにより情動表出を同定するための精密なシ
ステムを開発している (the Facial Action Coding System or FACS;Ekman & Friesen, 1978) 。
P58R
・ 一連の研究において (e.g. Levenson. 1992 他) ,彼らは参加者に 6 情動に特有な表出を作らせ
るため,FACS により同定された筋収縮の仕方を教示した。
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Chapter 4. pp. 54-64. (訳:手塚)
(浜・鈴木・浜(2001)「感情心理学への招待」より引用)
・ 各研究では,表出に対応する情動体験が喚起された (Ekman の第 3 章を参照) 。
・ これらの研究のいくつかでは,参加者は表出の情動的性質に気づいていたものの,他の研究
ではそのようなことはなかった。
・ 参加者の気づきは,この種の研究の結果には大きな影響はないように思われる。
・ FACS を用いた手法は精神生理学的反応にも作用し,心拍数や皮膚温,皮膚コンダクタンスな
ど各情動で異なるパターンを示している。
・ FACS による操作は,われわれが使用する手法よりも精緻化され詳細化されたものである。
・ われわれの経験では,ある表出に必要な主要な筋群を収縮しながら楽に表情を作るよう参加
者に教示すると,それ以外の筋も直ちに利用されてしまう。
−
われわれは,笑顔を誘導しようとする際に, Ekman Davidson, & Friesen (1990) が真の笑
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顔に不可欠とした眼輪筋 obicularis oculli を収縮するよう指示しない。
−
参加者がリラックスして無理せず表出していれば,目の収縮も同期する。
−
こうした表情表出は,一部というよりも全体として生成された筋の動きとして組織化さ
れ統合化されているために生じるものと思われる。
・ 以上の 2 つの筋を操作する技法では,筋収縮を通して表情表出を行うという実験操作の情動
的目的に,実験参加者が気づくときもあればそうでないときもある。
・ しかしながら,実験者が彼らの表情活動に注目していることには,参加者は確実に気づいて
いるだろう。実験者の興味を参加者に気づかせないよう工夫された方法がある。
情動的体験を喚起するためのペンの利用 Using Pencils to Induce Emotional Affect
・ この技法は,Strack, Martin, & Stepper (1988) の 2 つの研究で採用されている。
−
ハンディキャップを持つ人への書き方の教授法に関する研究として実施。
−
参加者は,2 通りの方法のどちらかでペンを咥えた。
ペンの周囲を口唇でしっかりと締め付ける → 嫌悪に似た表出
ペンをくわえ口唇を引っ込めるようにする → 笑顔に似た表出
−
参加者はしばらくの間このままで書き続け,その後,漫画の面白さを評定した。
−
予想通り,笑顔に似た表出をした参加者は漫画の面白さをより高く評定し,より愉快
amusement な体験が喚起された。
−
すべての参加者は,この“書画姿勢”が情動表出を誘導していたことや,研究目的が彼
らの情動体験を調べるものであったことに気づいていなかった。
P58L
情動的体験を喚起するためのゴルフティーの利用 Using Golf Tees to Induce Emotional Affect
・ Larsen Kasimatis, & Frey (1992) は,参加者の眉間にゴルフティーを装着して実験を実施した。
−
参加者は,“注意の分割”という研究テーマのもと,ティーを操りながら複数の課題を
こなした。
−
ある試行ではティーの先端で触れるよう教示され,参加者は眉の動きだけでそれを遂行
した。この操作により,悲しみに似た表情が作られた。比較試行では,ティーを外した
状態で行った。
−
悲しみの写真を評定する試行では(刺激が悲しみを喚起することは確認済み),ゴルフ
ティー操作により悲しみ表出が誘導された場合に,参加者は有意に悲しみを報告した。
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情動的体験を喚起するための発音の利用 Using Pronunciation to Induce Emotional Affect
・ 3 つ目に,膨大な研究により他の巧妙な操作が情動体験に効果を及ぼすことが示されている
(Zajonc, Murphy, & Inglehart, 1989) 。
−
これらの研究では,参加者はさまざまな発音をするよう操作されることで,表情表出が
誘導された。
−
アメリカでもっとも知られている例は,
“ee”の発音で,これは写真撮影で笑顔を誘導す
るために“cheese”として使用される。
−
もう 1 つは,ドイツ語の“ü”は,英語の“eu”に似た発音であり,嫌悪に非常に似た
表出を誘導する。
−
“ü”の発音は,
“ee”に比べて楽しみ pleasant の情動体験が弱いことが報告されている。
−
参加者は,実験目的にはまったく気づいていなかった。
・ 日本人を対象にした実験でも,同様の結果が示されている (Yogo, 1991) 。
模倣 Mimicry
・ 参加者に気づかれないよう表情表出を喚起する他の技法は,模倣に関連している。
・ 多くの研究が,参加者に情動刺激である写真を模倣させており(ほとんどが情動表出を),こ
の模倣が情動伝染につながる (e.g., Bush et al., 1989 他) 。
・ 参加者は,情動表出をコピーし,刺激に対応した情動体験も報告している。
表出の
表出の誇張と
誇張と最小化 Exaggerating and Minimizing Expressions
・ 2 つめの立場は,上記とはまったく異なる方法論を採用している。
・ これらの研究は,ゼロから直接的に情動表出を作り上げようとするのではなく,むしろ自然
P59R
に進行中の情動表出を調整することを目的としている。
・ この種のアプローチの一例では (Lanzetta et al., 1976) ,参加者は不快な電気ショックに耐える
よう指示された。
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−
ある試行で彼らはショックに対する表出反応を強めるように,別の試行ではそれらの反
応を抑制する教示を受けた。
−
ショック試行および虚偽の試行の最中に,皮膚コンダクタンス (通常,痛みや不快刺激
により反応が亢進する) が測定され,各試行後に痛みの程度が質問された。
−
ショックの強度は予想通りで,ショックが強いほどより痛みを報告し,皮膚コンダクタ
ンスも亢進した。
−
効果は小さいものの,行動もまた同様の傾向を示した。ショックがより強いかのように
振る舞った場合は,皮膚コンダクタンスも反応が大きかった。ショックが弱い場合には,
生理反応もそれに対応したものであった。
・ こうした研究では,実際にショックを受けた際の痛み体験は,参加者の痛みの表情表出にそ
の一部が依存するようである (Kleck et al., 1976) 。
・ この種の研究は他にも行われており,一致した結果を示している (e.g. Kraut, 1982 他) 。
−
Kleck et al. (1976) の研究では,参加者は想像上の観衆に対しておどけるような表情表出
を誇張または最小化するよう操作された。
−
予想通り,表情表出を最小化した場合には情動体験も弱く,誇張した場合にはより強い
体験が生じた。
・ われわれは,異なる手法を用いて参加者の表出行動の抑制を操作した (Laird et al., 1994) 。
−
参加者の顔面に電極を装着し,電極は動きのアーチファクトに鋭敏であると告げた。
−
電極から(生体反応を)記録したわけだが,重要なことは参加者が表情筋を動かさない
ことであった。比較として,他の試行では指から記録を取り,そこでは手を動かさない
よう教示した。
−
参加者は愉快な映画の一部を視聴した。表情表出を抑制した場合には楽しみ enjoyment
が減少し,指の動きを抑制した場合には同様の結果はみられなかった。
・ より最近では,Duclos & Laird (2001) が情動体験に及ぼす意図的な deliberate 抑制の効果を検
証している。
−
この研究では主流教派の教会から成人を募った。彼らは最近の心理学に乏しく,表出行
動をコントロールすることの潜在的恩恵に懐疑的であった。
−
それにもかかわらず,悲しみと怒りの強度を弱めるのに,表出行動を抑制することが極
めて効果的であった。
P60L
人的手掛かりへの
人的手掛かりへの反応
かりへの反応にみられる
反応にみられる個人差
にみられる個人差の
個人差の測定 Measuring Individual Differences in Response to
Personal Cues
・ われわれはかつて,表出が少なくともある人の情動体験には影響を及ぼし,得られた結果が
実験者のバイアスによるものではないと強く確信していたため,人的手掛かりに鋭敏な個人
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を同定するための効率的な方法を探し始めた。
−
同定可能な質問紙はほとんど存在せず,唯一頼りとなるのは,予測因として使用するた
めにある種の自己知覚の操作を行うことであった。
−
表出を操作する手続き(眉しかめや笑顔の単純な操作)は,この目的に対する標準的な
ツールとなった。
−
この手続きのもっとも効果的なバージョンでは,参加者は“芸術家 Oshenberg による近
代絵画のモノクロの模写”を検証するよう指示された。
−
絵画はランダムな長方形で,それぞれに対照的な情動体験を示唆するキャプションが付
けられていた。笑顔の最中は Betrayal (密告,裏切り) というタイトルの絵を,眉しかめ
のときは Dancing というタイトルの絵を見た。
−
各表出の後に, 6 インチの直線 (両端は,まったく感じない~非常に強く感じる) に情
動体験を回答した。情動は,怒り,悲しみ,喜び,恐れ,嫌悪,退屈であり,他のいく
つかは研究によって異なっていた。
−
指標の算出は,怒りと悲しみは眉しかめ時から笑顔時を減算して求め,喜びは笑顔時か
ら眉しかめ時を減算した。
−
正の得点の場合は,笑顔時に喜びがより高く,眉しかめ時に怒りと悲しみがより高いこ
とを示している。
−
負の場合は,彼らの情動体験は絵のタイトルとより強く対応していることになる。
−
どちらの得点(喜び,怒り-悲しみ)も正の値を示すと,人的手掛かり群に割り当てら
れ,残りは状況手がかり群となる。
・ いくつかの研究から,人的手掛かり群は他の情動行動の操作によっても影響を受けることが
示されたのに対し,状況手がかり群はほとんど影響を受けなかった (Laird et al., 1989 他) 。
あからさまな表出行動
あからさまな表出行動の
表出行動の操作 Undisguised Manipulations of Expressive Behavior
・ 表出行動を操作する研究の多くは,精錬されたカバーストーリー(作り話)や騙しを通じて
操作の目的を伏せている。
・ しかしながら,そうした目的の隠ぺいを行わない研究もある (e.g., Levenson, 1992 他) 。
P60R
・ われわれは,操作目的を伏せずに,人的手掛かり群と状況的手掛かり群とに適切に効率よく
分類できるような課題を開発した (Duclos & Laird, 2001 他,appendix も参照) 。
−
この手続きでは,次の教示が呈示される。“先行研究の結果から,ある人は笑顔になる
ことで喜びを感じ,眉しかめにより怒りを感じることが認められているが,どのような
人がそのように変化するかはわからないので,笑ったり眉をしかめたりして,そのとき
の気持ちをこの質問紙に回答してください。質問紙は,目的を伏せた先行研究で使用さ
れたものです。
”
−
得点が正の値を示せば,おそらく 2 つの要因を反映していることになる。
1. 写真のタイトルから状況的手掛かりに対峙するものは存在しない。
(?)
2. 表出反応を示す自分自身を知覚するということに対して,教示が何らかのバイア
スを含んでいる。
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2009/03/14 第 5 回首都圏感情心理学研究会
The Handbook of Emotion Elicitation and Assessment
Chapter 4. pp. 54-64. (訳:手塚)
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しかしながら,中央値や双峰分布の共通の鞍部(谷)の使用により,他の自己知覚反応
を適切に予測する群に分割できる。
姿勢 Posture
・ 姿勢の操作は,怒り,悲しみ,嫌悪,恐れなどの情動体験や (e.g., Duclos et al., 1989 他) ,自
信や誇りなどの情動体験を喚起するため利用されてきた。
・ 一般に,姿勢は表情表出とほとんど同様の方法で操作されており,その効果も同程度である。
・ 表情表出や姿勢によって喚起される情動の種類は,日常みられる表出行動特有の対応関係に
非常に類似している。
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喜びを識別できるような姿勢はなく,姿勢を操作して喜びを喚起することはこれまで成
功していない (Flack et al., 1999a 他) 。
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日常のスピーチは,誇りや自信に特有の表情を表出しないが,誇りに満ちた姿勢として
は認識されることがあり,実験操作も成功している (Laird et al., in press 他) 。
視線 Eye Gaze
・ 2 つの情動が視線に特徴的なパターンを有し,どちらのパターンも情動体験の喚起に使用され
ている。
・ 1 つは嫌悪 aversion の視線で,これは会話中の相手と視線が合うのを避けることである。
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しばしば日常では,自分と目を合わせない人物に対し罪悪感を感じているとみなす。
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2 つの研究から,他者と視線を交わさない人は実際に罪悪感を体験することが示されて
いる (Schnall et al., 2000) 。
・ 視線のパターンがよりはっきりと認められるのは,恋人同士においてである。
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恋人同士のみが長い間抱きしめ合い,視線を交わし続けるのである。
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少なくとも 4 つの研究において,見知らぬ異性同士が互いの視線を交わすよう操作され,
その後に互いの魅力が高まることが報告されている (Kellerman et al., 1989 他) 。
・ 愛情や罪悪感の情動体験を喚起する方法は他にほとんど存在しないため,視線の操作は特に
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有用性の高い操作である。
・ 視線共有に関する実験への参加が,その後の長い恋愛につながった 1 例があるものの,視線
により喚起された情動体験は特に強いわけではないようである。
・ さらに,見知らぬ人への恋愛的魅力は,手を握ることによっても誘発され (Williams & Kleinke,
1993) ,その効果は視線が関わることでさらに強力となる。
音声 Tone of Voice
・ 怒りに満ちた粗暴な口調や愛に満ちた優しいささやきは,他のどんな表出行動よりも明らか
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に区別され,また,情動体験を喚起するために使用される。
・ たとえば,情動のペースやリズム,ピッチを利用して一節を読むよう指示された人は,スピ
ーチパターンに見合った情動体験を喚起される (Hatfield et al., 1995) 。
・ 大きな声で乱暴に話をするよう教示された参加者は怒りがより喚起されるのに対し,低く調
子を抑えるよう指示された場合には悲しみが喚起されるという報告がある。
・ Flack は,健常者と精神病患者とを対象に,この基本的手続きの追試を行っている (Fleck et al.,
1999a 他) 。
呼吸 Breathing
・ 標準的な虚偽検出の手続きでは,呼吸率の変化が虚偽に対する情動反応を反映するとみなさ
れ,指標として採用されている。
・ もしそうであるなら,情動的手法による呼吸の操作が情動体験を喚起しうることが自己知覚
理論から予想されるが,実際にそのような報告もある (Bloch, 1985 他) 。
・ 呼吸操作は他の技法に比べて効果が弱いが,実験参加者に操作が気づかれにくいであろう。
情動的行為 Emotional Actions
・ 逃避や攻撃などの情動的行為は,実験室での操作が困難であり,情動を喚起するには複雑す
ぎるものの,いくつかのバリエーションには(操作可能な)見込がある。
・ 1 つは,痛みの知覚に関する逃避の影響を検証した研究である (Bandler et al., 1968) 。
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実験参加者は,電気ショックが呈示されるプレート上に手を置いた。
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半数はショックが呈示されている間も手をそのままにするよう教示され,残り半数はシ
ョックが呈示されたらすぐに手を離すよう指示された。
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結果は,前者がより長い時間ショックに耐えたのに対し,後者の方が痛みの報告は強か
った。
P61R
・ Clynes (1976) によって,より骨格筋に依存した行為の操作が行われている。
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参加者は,ひずみゲージに接続されたボタン上に指を置くよう教示された。
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続いて,怒りや喜びなど特有の情動を表現するために,動きのパターンを“press out”
するよう指示した。
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彼は,参加者の示すパターンが情動特異的で,参加者間で類似していることを発見した。
・ フロイトや他の多くが,情動体験とは流動体のようなもので,蓄積され過ぎて爆発しないよ
う,“表出”される必要があると考えている。
・ 情動の中でも特に怒りの表出過程は,仮説的な容器が決壊するのを防ぐためのもので,カタ
ルシスと呼ばれている。
・ カタルシス仮説にとっては不幸にも,逆にわれわれのような情動の誘発を試みる者にとって
は幸運であるが,怒ったように振る舞うことで怒りを減じることはなく,むしろ増幅される
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(Tavris, 1984) 。
・ たとえば,怒った人がバッグをパンチする機会を得て,怒りを“消耗 use up”させようとし
ても,実際にはより攻撃性が高まる (Bushman et al., 1999) 。
・ 実際,行動を通して怒りを誘発するもっとも効果的な方法は,怒りを演じるよう教示するこ
とであろう (e.g., Duclos & Laird, 2001) 。
・ 情動体験を誘発する古典的技法の 1 つは,言語行動に関するものである。
・ Velten (1968) は,参加者に情動的内容を含む文章を読むよう指示した。→ ヴェルテン法
−
たとえば,悲しみとして“続ける価値がない”とか“すべてが絶望的である”など。
・ 驚くこともないが,こうした文章を読むことで,気分に変化が生じる。
・ 操作が容易な行動は,同意 agreement ,好み liking ,信念 belief などの体験に影響を及ぼす。
・ もちろん,これらの体験は一般に情動とはみなされない。しかし,行動の操作は非常に容易
かつ効果的であり,これらを情動に含めることは情動の研究者にとって有用なことであろう。
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こうした操作の例には,頭の傾きや横ふりが含まれる。
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人々は頭を傾けるよう誘導されると物事により同意するのに対し,横に振ることで同意
が少なくなる (Brinol & Petty, 2003 他) 。
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同様に,物を手で押し出すような行為を誘導されると,物を引き付けるような行為を誘
導されるときに比べて,それらの物に魅了されることが少なくなる (Cacioppo et al., 1993
他) 。
要約 Summary
・ 情動行動の操作によって誘発される多様な情動には,以下のものが含まれる
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もっとも“基本的な”情動のすべて (怒り,恐れ,悲しみ,喜び,嫌悪,驚き)
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罪悪感,恋愛感情,好き嫌い,誇り,自信
・ 行動操作の大半が特有の効果をもたらす。これらの効果の大きさはそれほどでもないが,取
るに足らない結果というわけでもなく,実験室で用いられる他の技法と比べても優れている。
・ 行動操作は全般に,多くの時間や精緻化された方法論,また特別な装置を要しない。
・ 行動操作の潜在的な対象のほとんどすべては,感情体験が行動の原因となるという信念(そ
の逆はない)を持つ実験参加者である。そのため,技法の適用によって実験参加者のこうし
た期待の効果は有意に取り除かれるであろう。
・ 要するに,これらの技法は情動研究の未来に向けた,未利用の資源といえよう。
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