地域再生と地域金融 - 市街地経営研究機構

2004 年度商工総合研究所懸賞論文 準賞
地方都市経済復活の鍵
−米国における、地域中小企業向け投融資を支える新・都市経済システム−
木下斉 早稲田大学政治経済学部政治学科 4 年
共同研究者:
西本千尋(にしもとちひろ) 埼玉大学経済学部社会環境設計学科 4 年
鈴木敦(すずきあつし) 東京大学公共政策大学院 専門職修士課程 1 年
目 次
問題意識
はじめに
第一章:地域投融資をビジネスに変えた CDC
1. 補助金による地域政策の始まり
2. 補助金依存から民間主導の地域開発への転換
3. 新たな役割を担う CDC
第二章:出口の見えない日本の都市経済再生
1. わが国の地方都市経済システムを取り巻く環境変化
2. 補助金依存の活性化政策
3. 既に見えた TMO の限界
4. わが国に求められる地域金融機関、TMO 双方の変化
まとめ
2
サマリー
米国では 80 年代より地域事業向け投融資市場が大きく成長を果たした。この背景とし
て CRA( 地 域 再 投 資 法 ) 等 の 金 融 機 関 向 け 施 策 が 注 目 さ れ る よ う に な っ た が 、
CDC(Community Development Corporation)という地域開発会社が地方都市経済の再生
に大変重要な役割を果たしたことはほとんど知られていない。
我が国以上に深刻な都市経済空洞化に苦しんでいた米国は、当初補助金によって地域経
済開発を促したが、行財政の悪化を背景として、地域開発の仕組みを補助金拠出型から金
融機関を利用した民間主導型に 80 年代に大きく切り替えた。この政策転換に伴い、当初、
補助金事業を中心に地域開発を行っていた CDC は、事業会社として自立的な経営を行う
道を模索し始めることとなった。その結果として、CDC は自己変革を果たし、地域での起
業案件に対しての与信審査やコンサルテーションを金融機関に代わって実施する事業を展
開し、地域事業向け貸し出しの信用リスクの大幅減だけでなく、優良中小企業の創出に成
功することでの資金循環が地域内で生まれることとなった。このようにして、米国都市経
済は資金供給を担う金融機関と、事業選定や育成機能を担う CDC のパートナーシップに
より、90 年代に全米各地で復活を遂げたのである。
一方、我が国においても中心市街地の空洞化に対して地域経済開発組織である TMO を
設置しているが、初期の CDC のように完全な補助金依存である。また、地域金融機関も
地域経済開発に向けて取り組みを強めることには消極的な姿勢をとっている。
成熟経済時代における、わが国の新しい都市経済システム確立に向けて、今こそ地域金
融機関は米国同様、地域投融資に積極的に取り組み、TMO は CDC 同様の仲介機能や中間
支援組織としての機能を持つことが求められている。
本論文は、米国における 90 年代に成功した地方都市経済再生を参考にして、わが国の
中小企業を基盤とする地方都市経済復活の鍵を提言するものである。
3
問題意識
本論文を始める前に、私達の問題意識の背景を紹介したいと思う。筆者の中の一人、木
下は1999年より早稲田商店街において始まった「環境まちづくり」を行った中核メン
バーの一人である。「環境まちづくり」は、商店街が地域の多様なプレイヤーとの協同に
よって、環境問題の取り組みを切り口に地域を活性化するというものであった。手法の斬
新さからマスコミなどでも話題になり、96 年からわずか 7 年の間に全国 70 箇所を越える
地域で同様モデルが展開されるようになった。
(ソフト化経済センター・ソフト化賞、環境 goo 大賞、環境自治体グランプリ・コラボレ
ーション部門賞、防災まちづくり大賞
消防庁長官賞、防災功労者賞
内閣総理大臣賞
など受賞)
このダイナミックな営みの中に身を置き、官公庁などとの中心市街地活性化に向けた共
同プロジェクトや商店街に関するコンサルティングに学生ながら携わっている私達は、こ
こ数年、中心市街地における中小企業の著しい衰退を目の当たりにしてきた。
米国では新しい地域開発や新規創業支援などに向けた取り組みは、行政だけではなく、
金融機関が地域での中心的な役割を果している。そして、中心市街地における新旧の中小
企業に向けた投融資は 90 年代以降、地域金融ビジネスとして新たな局面を迎え、地方経済
の持続可能な経済発展基盤を支えてきている。しかしながら、わが国においては地域金融
機関に際立った動きがあまりにも見られない現状に憂いを抱いている。
この憂いが、まだまだまちづくりの経験が浅いながらも、私たちを本稿執筆に駆り立て
たのであった。
はじめに
わが国では21世紀に入り、金融業界再編が大きく前進するのと同時に、経済のグロー
バル化を背景に資金調達方法が間接金融から直接金融への転換が大きく進展している。ま
た、活性化に向けた地域金融の役割の向上がしばし指摘され、金融庁によるリレーション
シップバンキングの強化など政策面での転換が進んでいるにもかかわらず、地方都市経済
は依然として厳しい状況にある。地方都市経済の建て直しはその中核である中心市街地の
再生にかかっているといっても過言ではない。しかし、中心市街地の空洞化は近年ますま
4
す進行し、1998年、その防止対策として中心市街地活性化法が制定され、300を超
えるTMO(タウンマネジメント機関)が全国に設立された。
中心市街地活性化法とは米国におけるBID1(経済活性化特区)や地域開発を行う CDC2
等をベースに考案された政策であり、今日までの日本における中心市街地活性化政策は主
に米国モデルを基礎に進められてきた。
しかしながら、米国では90年代後半から都市の再活性化が成功しているのに対し、そ
れをモデルとしたわが国では一向に成果が見えない。なぜだろうか。その理由として、米
国では、活性化事業の多くが民間資金を基礎とした事業であるのに対し、わが国では完全
なる公的資金依存であるという点が挙げられる。
米国では、第二次大戦後、1950年代から1960年代にかけてモータリゼーション
が急激に進展し、人口の大規模な郊外流出と、それに伴った商業機能の移転を招いた。結
果、空洞化した中心市街地には低所得者層が流入し、治安の悪化やインフラの劣化を招く
など、いわゆる「エッジシティ問題」が全米的に見られるようになった。
しかしながら、米国連邦政府は当時史上最悪の財政難に陥っており、地方都市経済再生
に向けた自立的な補助金などの支給はすでに困難な状況に達していた。そこで考案された
のが地域金融機関による地域向け投融資を促進するCRA3(地域再投資法)なのである。
CRAとは、カーター政権によって制定された法律であり、金融機関が所在する全ての
コミュニティ、特に低所得のコミュニティに対して金融サービスの提供を差別なく行うこ
とを義務付ける連邦政府の地域金融政策のひとつである。これにより、金融機関は地域に
対する投資を行わなかった場合、業務拡大に関する認可などが下りにくくなる等のペナル
ティが課せられることとなった。
ここ数年、米国におけるCRAに代表される地域向け金融政策が中小企業の活性化に大
きく寄与していることは多くの研究者によってしばしば指摘されてきた。わが国において
も、米国のCRAをモデルとして金融機関に地域への投融資を促す「金融アセスメント法」
の制定が推進されるなど活発に取り上げられている。
しかしながら、日本でのこれらの動きは米国における金融機関からの中小企業向け投融
資資金の供給増加にのみ注目したものが多い。
Business Improvement District:BID 地権者からの共同出資金を元に活性化事業行う特別区制度。米国から始まり、
オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカで取り組まれ、英国でも来年から行われる政策。
2 CDC:Community Development Corporation 地域開発会社
3 Community Reinvestment Act: CRA
地域再投資法
1
5
実際には米国での地域での投融資資金は直接的に中小企業に向けられているものばかり
ではなく、全米のコミュニティに存在する CDC という中間支援組織を通じて行われている
ことはあまり知られていない。
米国の金融機関は CRA に基づいて地域向け投融資を実施する際に、中小企業支援を地域
で行う CDC とパートナーシップを組むことで、 CRA is good business と呼ばれる程の
ビジネスへと成長させている。この金融機関と CDC との関係が 90 年代の米国における都市
問題解決に大きく役立ち、新しい地域投融資マーケットを創出するに至ったのである。
第一章:地域投融資をビジネスに変えた CDC
「地域再投資法(CRA)
」施行後、米国において大手の金融機関にも地域向け投融資が実
施されるようになったが、当初は社会貢献色の強い不採算事業であった。
そのため、米国政府も規制政策だけでなく、1994年に地域開発金融基金(CDFI)の
設立を行う等を通じて、地域投資を行う金融機関に対して税額控除や補助金を与えるとい
うインセンティブ政策も実施して、地域投融資の促進策を実施した。
これらの政府施策が、米国において地域投融資がビジネスとして確立する土壌を形作る
のに重要な役割を果たしてきたことは事実である。しかしながら、これらの政策では地域
向けに出されていた公的資金が、金融機関向けに置き換わっただけで、地域投融資の促進
策とまではいたらなかった。
その地域投融資をビジネスに変革させ、地域内での資金循環を生み出すのに寄与したの
が、CDC である。本章では、米国の地域投融資の歴史を追いながら、CDC の役割を明らかに
する。
1.
補助金による地域政策の始まり
1960年代の米国は、中心市街地の深刻な空洞化問題に苦しめられていた。米国連邦
政府は当初、補助金によって地域の再開発を促す政策をとった。これら補助金の地域にお
ける受け皿として機能したのが CDC である。
CDC とは、地域を再活性化することを目指して住民や地域の中小企業などを中心として
組織された非営利組織である。CDC は、それまでの連邦政府による一方的な地域政策を嫌
い、地元の権益を守るために設立された背景を持ち、低所得者層向けの住宅の設置を中心
として、職業訓練、地域における雇用の創出や住民企業家の支援などをおこなっている。
6
1998年の段階では、米国には3600の CDC があり、1960年代に CDC が誕生して
以来、24万7千人の雇用と55万戸の低所得者用の住宅を提供するなど、地域開発で大
きく寄与してきた4。
このように初期の CDC は、連邦政府の補助金をもとにした事業を主として展開し、地域
での雇用創出や住宅供給という公共的役割を果たしていた。
2.
補助金依存から民間主導の地域開発への転換
このような初期に見られた CDC の補助金依存体質は、連邦政府の財政赤字の悪化と「小
さな政府」を標榜するレーガン政権以降、大きく変化を遂げることとなる。その契機は、
米国の地域開発政策の補助金拠出型から金融機関を利用した民間主導型への転換であった。
具体的には、米国政府は下記三点の改革を段階的に実施した。
第一に、連邦政府は補助金供給の大幅削減を実施した。これにより、補助金の供給経路
としての役割を果たしてきた住宅都市開発省(Housing and Urban Development: HUD)の予
算が71パーセント削減され、コミュニティ開発関連の予算は32%もの減額となった。
第二に、税制優遇措置により、金融機関の地域貸し出しを刺激し、民間資金を地域へ誘
導するインセンティヴ政策を実施した。レーガン政権は、連邦所得税の還付や非課税の優
遇措置を CDC に融資する金融機関に対して行い、さらにクリントン政権は CDFI 基金を設立
することで、民間セクターの資金を地域へと誘導した。
第三として、地域投融資の規制政策である CRA 自体の強化が行われた。1989年のブ
ッシュ政権による改革は CRA 検査・評価を世間一般に公表することを決め、金融機関に地
域投資を行うことを強く促した。さらに、クリントン政権では、膨大な赤字財政をブッシ
ュから引き継いだこともあり、政府が担ってきた役割を民間に開放する方法を模索し、CRA
の評価項目として「融資活動」だけではなく、「投資活動」と「サービス活動」を加えた。
これらの改正により、CRA は当初の低所得者層等の社会的弱者に対する事業機会創出とい
ったような救済政策から、地域内の中小企業振興・創業支援を含めた地域経済政策として、
社会的意義を広げることとなった。
以上見てきたように、米国政府は地域開発や経済支援の補助金を削減する一方で、代わ
りに地域金融の地域向け投融資を促進するために税制の優遇措置や CRA の強化を段階的に
4 National Congress for Community Economic Development
http://www.ncced.org/
7
実施し、補助金拠出型であった地域開発を民間主導型に強制的に転換させたのである。
3.
新たな役割を担う CDC
このように政府の地域開発に対する政策が大きく変わっていく中で、旧来、連邦政府や
州の補助金によって運営をおこなってきた CDC は、運営形態を変化させなくてはならなく
なった。
CDC は補助金が削減する代わりに増加してきた金融機関の地域投融資に目をつけ、民間
の金融機関とのパートナーシップ型の地域開発ビジネスのあり方を模索し始める。198
0年代以降、CDC の資金源の公的資金への依存度は約 10〜15%と減少し、CDC の運営資金
の大半は民間金融機関とのパートナーシップ事業収入から得られるようになった5。具体的
には CDC は、年平均 6 パーセントの金利で銀行などから資金調達し、それを約 10%〜11%
で既存の中小企業や新規創業者に対して貸し出して利ざやを稼ぐという地域内の金融仲介
ビジネスを展開し、それで収益を上げ始めたのである6。
この金融仲介ビジネスは、CDC が下記の 3 つの機能を金融機関に代わり行っている。①
貸出し先企業の与信審査代行
CDC は地域コミュニティの人材や地域の商業環境に精通しているため、それらのリレイ
ションシップを通して信用コストの適切な把握を行うことができる。従って金融機関にと
っては、CDC への融資により CRA のポイントを得られるばかりではなく、融資先選択にお
けるリスクをヘッジすることが可能となるのである。
②貸出し先企業へのコンサルテーションの提供
CDC は貸出し先企業に定期的なマーケティングや事業計画、また事業建て直しに対する
助言などを行っている。さらに、専門的な能力を持ったコンサルタントを紹介したりして
いる。
③地域内で複数の事業に貸出を実施することでのリスク集中の回避
CDC はプロジェクトを実施するにあたって、貸し出しにおける信用リスクを低減させる
様々な工夫を行っている。同時に、政府の支援プログラムを活用することで、政府資金を
引き込み、プロジェクトの信用度を高めている。さらには、複数の金融機関や財団を巻き
5
松田
岳(2004)「米国の地域コミュニティ金融」金融研究研修センター
6
前掲論文
8
込むことで特定の金融機関へリスクが集中することを回避している。
これらの CDC が提供する仲介サービスにより、金融機関は地域貸し出しにおけるリスク
とコストを減らすことができるようになった。小規模な貸し出し先に個別に対応すること
で生じるコストが削減されると共に、返済時のリスクを CDC が負う6%の貸出債権が手に
入る上、さらに CRA のポイントともなるため、金融機関の CDC を投じた地域融資熱は実際、
非常に高いものとなっている。地域開発の貸付に関して、顧客である CDC を巡って、大銀
行や地域金融機関の間で熾烈な競争が繰り広げられることも珍しくはない。また、資金の
需要者にとっては、金利は多少高くても、事業をスタート・運営するための資金を手に入
れることができるため、これは受容されうる条件となっているのである。
つまり、米国においては CRA のような政府施策が地域投資を刺激するとともに、CDC が
投融資コストの削減とリスクヘッジを金融機関に代わって行うことによって、政府による
優遇政策だけでは実現できなかった、地域投融資の地域内循環を生み出したのである。
図 1:レーガン政権誕生以前の地域開発概念図
図2:1980 年代以降の地域開発概念図
政府
銀行等
補助金
資金供給
地域開発法人(CDC)
コンサルテーション・資金仲介
企業家
住民団体
税額控除
地域開発法人(CDC)
政府
補助金
コンサルテーション・資金仲介
開発業者
企業家
住民団体
開発業者
9
第二章:出口の見えない日本の都市経済再生
米国においては地域経済を活性化させるため、金融機関が地域で集める預金の一部を地
域に再投融資させる社会システムがこの20年間で構築されており、CDCはこのシステム形成
過程において、地域投資のコスト及びリスクを低下させ、金融機関の再投融資をより積極
化させ、地域経済に寄与している。
では、わが国はどのようにこの問題に取り組んできたのだろうか。本章は、わが国にお
ける都市経済問題と政府による対策を概観する。
1.
わが国の地方都市経済システムを取り巻く環境変化
わが国においては、戦後政治において、日本列島改造論に見られるように、大都市圏の
資本を地方に逆投資することにより、地域間格差是正を基本として都市経済発展が支えら
れてきた。この政策方針により、利益誘導型の公共事業などに依存する地方経済体質を形
成することとなった。しかしながら、長期わたる不況などにより国の財政が急速に悪化し、
これら公的資金は近年、大幅に削減されることとなった。
また、地方都市中心市街地に立地する中小商業企業に対しては、大店法に代表されるよ
うな保護政策が行われてきた。しかし、日米の貿易摩擦の高まりとともに、大店法は米国
を中心とする先進諸国から貿易自由化の非関税障壁との批判を強く受けることとなる。こ
れを受けて、1989年に始まった日米構造協議において、日本政府は大店法の運用適正
化、改正、撤廃を含めた三段階の規制緩和措置をとることを約束することとなる。そして、
二度の法改正をうけて、1997年大店法廃止答申が出されることとなった。
このように、国の財政難により地方都市経済を支えていた公的資金が削減され、かつ保
護政策は規制緩和の流れを受けて段階的に解除されることにより、わが国における地方都
市経済システムが大きく変化を迫れる事態となっている。
2.
補助金依存の活性化政策
しかしながら大店法廃止の影響を見据えて、1998 年に政府は代替政策として、中心市街
地活性化法、新都市計画法、大店立地法からなる「まちづくり三法」を制定する。その中
の「中心市街地活性化法」では、地方都市中心部の経済活性化に向けてまちづくり会社(Town
Management Organization、略して TMO)の設立を打ち出した。TMO は、中心市街の活性化の
推進母体として活躍することが期待され、中心市街地の統合的な経済発展に対して、タウ
10
ンマネジメントという視点を導入して地域内の組織横断的な事業を期待され、内閣府、国
土交通省、経済産業省など八府省の合同政策として設定されている。そして 98 年の法律制
定後、6 年の間に TMO は全国に 300 程が立ち上がったが、実施している事業は「アーケー
ドの改築」や「チャレンジショップ支援事業」
、もしくは「駅前再開発」など、商店街や自
治体がかねてから実施してきた事業をそのまま踏襲するものばかりである。これは、中心
市街地活性化を米国のように都市経済基盤の構造的変革を通じて実施するものと捉えるの
ではなく、あくまで商店街などの一部中小商業者に対する保護政策として捉えている証拠
である。
結果として、これらの活性化事業は全て補助金拠出型のものばかりとなっている。例外
的に、TMO の中には、駐車場や施設の運営、管理などによって運営費をいくらか捻出して
いるケースもある。しかしながら、米国において当初 CDC がそうであったように、大多数
の TMO は行政から支給される補助金に依存し、その補助金を地域に再分配することを通じ
て経済の下支えをしているに過ぎないのが現状である7。
3.
既に見えた、TMO 事業の限界
このように、既にわが国の補助金依存型の TMO が認定された地域における中心市街地活
性化の進展状況を見てみると、初年度に認定された既に 6 年間の活動期間を経ている TMO
でさえ、「かなり進んでいる」が 42.9%ある一方、
「目だって進んでいない」が 42.9%と同
程度あることがわかる。さらに、2001 年 7 月、全国で二番目に設立された TMO「まちづく
り佐賀」や福岡県大牟田市の「タウンマネジメント大牟田」が破綻に追い込まれるなど、
経営的に立ち行かない TMO が数多く出てきている現状がある。これらの主たる破綻原因が
地方自治体からの財政支援打ち切りであることからも、完全なる公的資金頼りの経営を行
っていることがわかる。
この脆弱な経営状況に対して、実際の TMO マネジャーなどからも問題視する意見が出さ
れるようになってきおり、経済産業省中小企業庁経営支援部商業課まとめ「TMO のあり方
懇談会」報告書の実態調査によると、
「TMO の経営基盤の確立」がタウンマネージメント事
業に必要なこととして 53.4%を占めるまでに至っている8。また、日本商工会議所が平成
7
瀬戸、仁志「タウンマネージメント組織の現状と信用金庫の役割」 信金中央金庫総合研究所
3、2003
8 前渇資料
地域調査情報 15−
11
14 年度に行った調査では、
「TMO を運営する上での課題」として、
「運営費の捻出」が 89.5%
を占めており、これら経営基盤の中でも資金の確保が TMO にとって最も深刻な問題である
ことがわかる9。
現在 TMO の主財源である補助金などを支給する地方公共団体もまた財政問題を抱えてい
る財政問題を抱える多くの地方公共団体にとって、補助金の拠出は当然容易なものではな
い。なぜなら、補助金が国から拠出されていても、TMO への補助金は地方公共団体を通し
た間接補助金のかたちをとることが多いため、自治体が財政難に苦しんでいる場合、これ
らの補助金を TMO が活用することができないことも多い。これら補助金依存型の TMO 運営
は、早くも限界を迎えているのである。
4.
わが国に求められる地域金融機関、TMO 双方の変化
行政の財政が悪化し補助金が削減され、中心市街地活性化を目指す TMO が既に補助金依
存では限界を迎えている現状をうけて、わが国においても、米国を倣い地域投資を推進す
る政府施策を導入しようという声は高まっている。昨今、しばしば制定の必要性が語られ
る「金融アセスメント法」は米国 CRA を参考として、わが国の金融機関に中小企業や地域
への貸し出しを義務付け、その結果を公表するというものである。
しかし、金融機関自身も民間企業であり、経済的利益が上げられないような投資を政府
が強制すること対しては当然ながら反発が高い。特に地方金融機関等が、反発を強めてい
るのである。また米国の事例を分析しても分かるように、金融機関に単純に地域投融資を
義務付けるだけでなく、米国で見られる CDC のような中間支援組織の仲介機能が発達しな
い限りは、大きな成果を見込むことはできないのも事実である。
わが国では地域金融政策転換では、リレーションシップバンキングの強化など金融機関
にのみ新しい役割を強いる傾向が強いが、米国の地域投融資市場形成過程を見る限りは、
金融機関に全ての役割を押し付けるのではなく、TMO 等に対しても CDC 同様の仲介機能を
強化させることも必須の条件と考える。地域金融政策の転換と共に、TMO 等の中間支援組
織としての育成プログラムの実施も地域投融資を増加させるための大変重要なプロセスで
あると考える。
しかしながら、地域金融機関は待ちの姿勢で良いわけではない。地域金融機関は旧来の
9
日本商工会議所
「平成 14 年度街づくりの推進に関する総合調査」集計結果の概要、2003
12
ように企業などとの事業関係だけでなく、TMO などとの戦略的提携を推し進めることで、
中長期的な優位性を早期に確立しておく必要性がある。米国では CRA を背景に、当初は大
手金融機関が連邦政府からの評価を上げるために地域投融資を強化し、多少の不採算を甘
受しつつポイントを稼いだ。その後、CDC との提携モデルが確立して事業性が高まってか
ら、地域金融機関は後発で参入したが、既に蓄積されていた大手金融機関のノウハウや CDC
とのネットワーク力の前では太刀打ちできず、現在でも地域投融資金額の 60%以上が大手
金融機関から供給されている。このように事業性が確立されてから参入を試みるようでは、
米国同様わが国においても、地域金融機関の地域投融資市場での優位性の相対的低下は避
けられないであろう。現在においても、信用金庫組合の調査においても、第三セクター形
式の TMO に資本参加をしているケースは過半数を超えているが、実際の人員派遣などでは
全体の 5%を下回る水準しか協力が行われていない程、地域金融機関の TMO 等の地域都市経
済開発へのかかり方は希薄な状況にある。
前述のように TMO の中間支援組織への自己変革と共に、地域金融機関にも早期の変化が
求められている。これらの変化が両輪となってこそ、わが国における新たな都市経済シス
テムの変化を生み出すことに繋がるのである。
<まとめ>
我が国は歴史上の大きな改革期に位置している。
「護送船団方式」や「行政指導」により、
中央官庁が国の方向性を決定し、発展を遂げてきた時代は終わりを告げ、
「小さな政府」化
や「三位一体改革」など地方分権時代が到来してきている。
このような時代の到来に伴い、官に頼らない地方都市の自立的発展が今日強く求められ
るようになった。その結果、ここ数年において、急速に地方都市間での経済格差は飛躍的
に拡大の一途をたどっている。特に地方都市経済を支える中小企業の多くは中心市街地に
集積しており、都市空洞化が直接、それら中小企業に極めて甚大な影響を及ぼしている。
わが国の都市経済システムは、高度経済成長期に確立したモデルをバブル崩壊後も引き
ずり続けてきた。90 年代の日本経済が失われた 10 年と呼ばれるならば、都市経済システ
ムもまた変革のない失われた 10 年を過ごしたといえるだろう。
米国では経済がどん底の 80 年代に変革を行い、90 年代に見事に都市問題を解決するば
かりか、新しい都市経済システムまでも作り上げるに至っている。この成功プロセスに対
して、日本では旧来からの金融機関によるマネーサプライなどにばかり注意するばかり、
13
その背後にある地域投融資のコスト・リスクを金融機関に代わり仲介する中間支援組織の
存在に気づいていないことはこれまで述べた通りである。このままでは、米国から学ぶど
ころか、間違った点に米国の都市経済システムの復活理由を求めることになり、さらなる
失敗を招くことにもなりかねない。90 年代の失敗を教訓にして、21 世紀最初の 10 年でわ
が国の都市経済システムを変革するためにも、CRA などの制度だけでなく、その背後にあ
る都市経済システムに目を向ける必要がある。
これまで見てきたように、80 年代から日本よりも深刻な都市空洞化の課題を抱えた米国
では、中間支援組織たる CDC と金融機関のパートナーシップによって、この課題を解決し
た。地方都市に立地する中小企業は、このパートナーたちから適切なコンサルティングと
必要な投融資を受けることを通じて経営力を高め、継続的に地域経済を支える強い基盤と
なっていった。これらの中小企業により地方都市経済は息を吹き返し、90 年代には中心市
街地そのものの魅力を高め、さらなる事業機会の誘引へとつなげ、米国国内経済を下支え
した。
米国の実績を参考にすれば、わが国においても地方都市の中心市街地問題を補助金政策
から、民間によるパートナーシップ事業推進政策への転換を図る必要性が今、まさに迫ら
れているのである。
この転換には 2 つの鍵がある。
1.地域再生を目指すTMOがかつての CDC の自己変革と同様に、補助金事業運営体質か
ら自立的経営体質へと転換すること。
2.金融機関がこれら地域再生事業との関係を強め、TMO の強力なパートナーとなり、地
域での投融資市場の形成を促すこと。
である。
今後の地方都市経済を持続発展可能な形へと育成してゆくためにも、日本における地域
経済の本丸である中心市街地の再生を目指す TMO と、新たな投融資市場を通じて地域との
共存共栄を目指すべき地域金融機関の、パートナーシップは欠かすことはできないのであ
る。
地域金融機関は来たる民間主導の地方分権時代において、地域内での金融屋としての関
わり方でなく、地域を支えうるパートナーとして中間支援団体と共に地域再生に向けて共
に取り組んでゆくことが求められているのである。
なお厳しい環境に置かれている地方都市経済。これを支える中小企業の多くが一日も早
14
く立ち直り、かつ新しい企業が生まれてゆくためにも、地域金融機関は新たな時代に適応
した組織にならなくてはならない。
そして発展的には米国の真似事ではなく、日本版の地域都市再生を果たすべきである。
高度経済成長期において全世界の模範となったように、成熟経済期においてもまた、持
続可能な都市経済形成の手本となりうる国になることを、私たちは望んで止まない。
15
参考文献
■青木
研究所
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信金中央金庫総合
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地域の復活」
ぎょうせい
■木村
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「タウンマネージメント組織の現状と信用金庫の役割」
『地域調査情報』 15‑3 号
信
金中央金庫総合研究所 http://www.scbri.jp/PDFtiikijyouhou/SCB79h15I03.pdf
■多胡秀人(1997)『地域金融ビッグバンリテール市場の勝者は誰か』
■多胡秀人・八代恭一郎(2001)
『地域金融最後の戦い』
日本経済新聞社
日本経済新聞社
■(財)中小企業総合研究機構(2000) 「米国の市街地再活性化と小売商業」
■(財)ハウジングアンドコミュニティ財団編著(1997)
■松田
『NPO 教書』
岳(2004)「米国の地域コミュニティ金融」金融研究研修センター
同友館
風土社
金融庁ホームページ
http://www.fsa.go.jp/frtc/seika/discussion/2004/20040319.pdf
■「今後の TMO のあり方について」、2003 経済産業省中小企業庁
http://www.chusho.meti.go.jp/shogyo/download/0919tmo_hokoku.pdf
■「平成 14 年度街づくりの推進に関する総合調査」集計結果の概要、日本商工会議所 2003
http://www.jcci.or.jp/machi/h030131gaiyou.pdf
■「TMO マニュアル Q&A」、2001 経済産業省中小企業庁
http://www.chusho.meti.go.jp/shogyo/download/13fytmo.pdf
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