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題目(和文)
固体[1]H→[13]C及び[1]H→[19]F CP/MAS NMR法を用いた含フッ素高
分子の分子構造と運動性の解析
Title(English)
著者(和文)
相見敬太郎
Author(English)
出典(和文)
学位:博士(工学),
学位授与機関:東京工業大学,
報告番号:甲第5688号,
授与年月日:2004年3月26日,
学位の種別:課程博士,
審査員:
Citation(English)
Degree:Doctor (Engineering),
Conferring organization: Tokyo Institute of Technology,
Report number:甲第5688号,
Conferred date:2004/3/26,
Degree Type:Course doctor,
Examiner:
学位種別(和文)
博士論文
Type(English)
Doctoral Thesis
Powered by T2R2 (Tokyo Institute Research Repository)
固体 1H→13C 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いた
含フッ素高分子の分子構造と運動性の解析
平成 15 年度
東京工業大学大学院 理工学研究科
有機・高分子物質専攻
相見 敬太郎
目次
第1章 序論
第2章 固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたポリフッ化ビニリデン
の構造と分子運動性の解析
2−1 はじめに
2−2 実験
2−2−1 試料
2−2−2 溶液 NMR 測定
2−2−3 固体 NMR 測定
2−2−4 理論計算
2−3 結果と考察
2−3−1 溶液 19F NMR スペクトル
2−3−2
19
F MAS NMR スペクトルと結晶部・非晶部の選択的観測
2−3−3 回転系のスピン−格子緩和時間 T1ρF の評価
2−3−4 γ型 PVDF フィルムの解析
2−3−4−1 IR・DSC 測定
2−3−4−2
19
F MAS NMR 測定
2−3−4−3
19
F 磁気遮蔽定数計算
2−3−5
1
19
H→ F CP 曲線
2−4 結論
第3章 固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたフッ化ビニリデン−三
フッ化エチレン共重合体の相転移挙動の解析
3−1 一軸延伸フィルムの相転移挙動
3−1−1 はじめに
3−1−2 実験と測定
3−1−3 結果と考察
3−1−3−1
19
F MAS NMR スペクトル
3−1−3−2 68ºC での T1ρF 測定
3−1−3−3 温度可変測定−昇温過程
3−1−3−4 温度可変測定−降温過程
3−1−3−5 非晶部と常誘電相の比較
3−1−4 まとめ
3−2 未延伸フィルムの相転移挙動
3−2−1 はじめに
3−2−2 実験と測定
3−2−3 結果と考察
3−2−3−1 結晶部と非晶部の選択的観測
3−2−3−2 温度可変測定−昇温過程
3−2−3−3 温度可変測定−降温過程
3−2−4 まとめ
3−3 結論
第4章 固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたエチレン−テトラフル
オロエチレン共重合体の相転移挙動の解析
4−1 はじめに
4−2 実験
4−3 結果と考察
4−3−1 DSC 測定
4−3−2
19
F MAS NMR スペクトル
4−3−3 高周波数シフトの起源
4−3−4 昇温に伴う分子運動性の変化
4−3−5
1
H→19F CP/MAS 測定
4−4 結論
第5章 固体 13C CP/MAS NMR 法を用いた全芳香族高分子のコンホメーション解析
5−1 はじめに
5−2 実験
5−2−1 試料の合成
5−2−2 NMR 測定
5−2−3 量子化学計算
5−3 結果と考察
5−3−1 コンホメーションエネルギーマップ
5−3−2 遮蔽定数計算
5−3−3 二面角ωの推定方法
5−3−4 N-フェニルフタルイミド(NPPI)の遮蔽定数計算
5−3−5 溶液 13C NMR スペクトルの帰属
5−3−6 固体 NMR スペクトルの帰属と二面角の推定
5−3−7 カルボニル基のピーク分裂
5−4 結論
第6章 固体 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたポリイミドの分子鎖間パッキングの評
価
6−1 はじめに
6−2 実験
6−2−1 試料の作製
6−2−2 熱処理
6−2−3 固体 NMR 測定
6−3 結果と考察
6−3−1
1
H→19F CP/MAS スペクトル
6−3−2
1
H→19F CP 曲線
6−4 結論
6−5 今後の課題
6−5−1 イミド化温度と凝集状態
6−5−2 ジアミン部分の重水素化
第7章 総括
付録
19
F MAS NMR 観測のための準備
第1章
序論
1−1
はじめに
含フッ素高分子は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)で知られるように、低吸水率、
低誘電率、化学的・熱的安定性、難燃性などの優れた特性を有している。代表的な含
フッ素高分子(フッ素樹脂)の構造と用途及び一般的な特性を表 1-1 と 1-2 にまとめて
いる[1]。化学構造中の C-H 結合は、原理的に C-F 結合に置き換えることが可能であり、
フッ素導入の効果は水素原子とフッ素原子の特性の違いから推測される。水素、フッ
素、塩素の比較と表 1-3 に示す。フッ素原子は、①van der Waals 半径が小さい、②電
気陰性度がもっとも高く、多くの元素と安定な化合物をつくる、③最外殻電子は 2s, 2p
軌道にあり、核との相互作用が強く分極率が小さい、④C-F の結合エネルギーが大き
く、結合距離が短く、分極率が小さい共有結合が生成する、⑤最外殻に3組の非共有
電子を有するため、それ同士は強く反発する、という特性を持つ[1]。このため、例えば、
エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)は、ガラス転移温度が約 100ºC、融
点は 250ºC 程度と高く、強酸・強アルカリをはじめとするほとんどの薬品に対して優れ
た耐薬品性を発揮する。また、成形加工(押出成形・射出成形・粉体塗装)も容易であ
るため、薬液チューブや自動車部品などに用いられている[2]。絶縁性にも優れており、
広い周波数領域で低い誘電率、誘電正接を示すことから、電線の被覆にも用いられ
ている。
さらに、近年めざましい発展を遂げている光通信分野においても含フッ素高分子が
注目されている。従来の石英光ファイバーに代わる材料として、旭硝子と慶應義塾大
学の小池教授らが共同開発した GI 型プラスチック光ファイバー「Lucina」には、非晶性
全フッ素化樹脂「CYTOP」(旭硝子)(構造式 1-1)が用いられている。また、優れた耐
熱性高分子で知られるポリイミドにフッ素基を導入した PMDA/TFDB(構造式 1-2)の
1
表 1-1 含フッ素高分子の構造と特徴
名称
ポリテトラフルオロ
エチレン
[PTFE]
構造
―(CF2-CF2)n―
特性
耐熱性、耐薬品
性、電気特性、
非粘着性、自己
潤滑性
パーフルオロアル
コキシアルカン
[PFA]
―(CF2-CF2)m-(CF2-CF)n―
|
ORf
パーフルオロエ
チレンプロペンコ
ポリマー
[FEP]
―(CF2-CF2)m-(CF2-CF)n―
|
CF3
エチレン−テトラ
フルオロエチレン
コポリマー
[ETFE]
―(CF2-CF2)m-(CH2-CH2)n―
ポリフッ化ビニリ
デン
[PVDF]
―(CF2-CH2)n―
PTFE に匹敵する
特性をもち、かつ
複雑な形状でも
熱溶融成形がで
きる
PTFE に 比 べ 若
干 、 耐 熱 性 は劣
るが他の特性 は
同等である。熱
溶融成形が可能
カットスルー抵抗
などの機械
的 強 度 、 電 気絶
縁 性 、 耐 放 射線
性、(加工性もよ
い。)
機械的強度が大
きく、かつ耐候
性、耐薬品性に
すぐれる。
ポリクロロトリフル
オロエチレンコポ
リマー
[PCTFE]
―(CF2-CFCl)n―
エチレン−クロロ
トリフルオロエチ
レンコポリマー
[ECTFE]
テトラフ ルオロエ
チレンーパーフ
ルオロジイオキソ
ールコポリマー
[TFE/PDD]
―
(CF2-CFCl)n―(CH2-CH2)m―
ポリフッ化ビニル
[PVF]
―(CFH-CH2)n―
F
C
―(CF2-CF2)n
F
C
m
O
O
C
F3C
CF3
機械的強度、光
学的性質にすぐ
れ、極低温にお
ける寸法安定、
耐衝撃性をも
つ。
機械的強度、溶
融加工性にすぐ
れている。
PTFE に 近 い 諸
物 性 、 非 晶 質透
明 、 低 吸 湿 性低
屈 折 率 、 低 誘電
率、特定溶媒に
溶解
機械的強度にす
ぐれ耐侯性も良
い。
2
用途
モールディングパウダー(パッキン、ガ
スケット、バルブシート、軸受、電気部
品)ファインパウダー(ネジシール用生
テープ、チューブ、電線被覆)ディスパ
ージョン、充てん材入り(ガラス繊維、カ
ーボン繊維、ブロンズ、グラファイトなど
の粉末をPTFEに分散し、PTFEの耐圧
縮クリープ特性や耐磨耗性向上のため
に用いられている。)
半導体工業分野(ウエハーバスケット、
継手、チューブなど)、ライニング、電線
被覆、フィルム
電線被覆、フィルム(変圧器の絶縁、栽
培室、破裂板のカバー、お菓子の焼
型)、ライニング
主に電線被覆材、コンピューターの機
内配線や原子力発電所の原子炉制御
関係のケーブル、離型用フィルム、グリ
ーンハウス用フィルムなど。
バルブ本体、パイプ・ポンプなどの成形
品やライニング。コンピューター用フック
アップワイヤー、航空機、ミサイルの接
続電線、工業用制御電線など。マイク
ロフォン、スピーカーの圧電素子、ま
た、超音波探触子、塗料。
高圧用ガスケット、透明性の要求される
配管やレベルゲージ。LNG 輸送タンカ
ーの配管、バルブのシール材。化学薬
品、生物試料、医薬品の輸送バック、
医療用器具・精密機械器具の包装フィ
ルム
化学的・機械的性質など、性能バラン
スのとれた樹脂であるが、現在、国内で
はほとんど使用されていない。
IC の誘電層のパッシベーション層、光
ファイバークラッド、光学機器反射防止
膜や、保護層、耐蝕コーティング、離型
コーティング
(通常フィルムの形で市販)金属、木
材、プラスチックなどに貼り合わせ、外
装または内装建材、屋根表面材に使
用する。
表 1-2 含フッ素高分子の一般的な特性[1]
表 1-3 H, F, Cl 原子の比較[1]
CF2 CF CF CF2
O
n
CF2
CF2
構造式 1-1 CYTOP
O
O
N
O
CF3
N
F3C
O
構造式 1-2
PMDA/TFDB
3
ような含フッ素ポリイミドは光透過性に優れ、薄膜作成が容易であるために、薄膜光フ
ィルタや光導波路に用いる波長板に応用されている[3-5]。
このように、含フッ素高分子の応用分野は広く、研究開発が進んでいるが、先に挙げ
た CYTOP やポリイミドのように非晶質であったり、ETFE のように、ほとんどの溶媒に不
溶であったりする場合には、適用できる分析手法も限られてくる。分子の構造解析に
は一般にX線回折法が有用である。しかし、高分子の場合には、単結晶の作製が困
難であったり、高分子の結晶化度が一般に低かったりするため、X線回折法からの情
報にはしばしば限界がある。固体状態でも分子運動が凍結されていない構造、つまり
非晶部分を含む高分子の構造解析の信頼性はあまり高くない。このようなX線回折法
の弱点を補う方法として、固体 NMR 法が用いられる。これまでの固体 NMR を用いた
解析は
13
C 核の観測が圧倒的に主流である。言うまでもなく、有機高分子の骨格は炭
素原子であり、13C 核の化学シフトは高次構造を、緩和時間は分子運動性を敏感に反
映することから、高分解能固体 13C NMR 法は結晶性高分子から液晶、生体高分子に
至るまで、様々な系に適用されている[6-10]。しかし、後述するように、含フッ素高分子
に限れば、13C 核よりも 19F 核を観測した方が感度や分解能の点で有利である。そこで
本研究では、これまでほとんど含フッ素高分子に適用されていない固体
19
F MAS
NMR 法を用いて、コンホメーションや分子運動性の解析を行った。この章では、なぜ
固体 19F NMR がこれまでほとんど用いられてこなかったのかという疑問への回答と、本
研究で用いる固体 NMR の手法と研究対象とした含フッ素高分子に関するこれまでの
研究の経緯について述べる。
4
1−2
NMR 手法
1−2−1
13
19
F 固体高分解能 NMR
C, 15N, 29Si, 31P などの核スピン 1/2 の希スピン系の固体高分解能 NMR 法は、材料
の構造解析等に幅広く利用されている。特に
13
C 核は有機高分子の構造解析には非
常に有用な核種であり、高分子鎖のコンホメーション、分子鎖の配向、分子運動性、
結晶・非晶のドメイン構造などの解析を可能とする様々な手法が開発されてきている
[6]。これに対して同じ核スピン 1/2 でありながら 1H と 19F 核を材料解析に用いた例は
非常に少ない。その理由は、天然存在比が高く(100%)、磁気回転比が大きいためで
ある。天然存在比が高いということは観測するスピンが互いに複雑に相互作用し合っ
ていることを意味し、大きな磁気回転比は双極子相互作用が強いことを意味する。従
って、天然存在比が高く、磁気回転比が大きいということは、溶液 NMR では検出感度
が高いことを意味し観測核として有用であるが、固体 NMR では、強い双極子相互作
用によって線幅の広がりを生み、高分解能スペクトルの観測が困難であることを意味
する。
しかしながら、NMR 分光計やプローブの性能の向上に伴い、1H や 19F 核の高分解
能化が達成されつつある。高分解能化へのアプローチとしては、高速 MAS (Magic
Angle Spinning)や多重パルス、高出力デカップリングを用いて化学シフト異方性や双
極子相互作用を平均化する手法が用いられる。図 1-1a は CYTOP(旭硝子)の
19
F
MAS スペクトルである[11]。MAS の回転数を上げるにつれてピークが先鋭化しており、
高速 MAS が有効であることが確認できる。また、図 1-1b はポリフッ化ビニリデン
(PVDF)の 19F MAS NMR スペクトルである[12]。MAS 回転数を 20 kHz から 35 kHz ま
で上げるにつれてピークの分離がよくなっていくことがわかる。このことから 19F-19F 間の
双極子相互作用を完全に平均化するためには 35 kHz 程度の MAS が必要であること
5
図 1-1a CYTOP の 19F MAS NMR スペクトルの MAS 回転数依存性[11].
図 1-1b PVDF の 19F MAS NMR スペクトルの MAS 回転数依存性[12].
6
がわかる。一方、多重パルス同種核デカップルと MAS を組み合わせた CRAMPS
(Combined Rotation And Multiple Pulse Spectroscopy)法[13]を用いることにより、高分
解能な 1H 固体 NMR スペクトルが報告されている[6]。しかし化学シフト幅がせいぜい
十数 ppm の 1H 核に対し、19F 核の場合には化学シフト幅が 200 ppm 以上に渡って広
いため、化合物によっては広い周波数範囲で有効な多重パルスを必要とする。また、
19
F 核を含む有機化合物は 1H 核を含む場合が多く、19F 固体高分解能 NMR スペクト
ルの観測には 1H デカップルが必要となるが、1H と 19F 核は観測周波数に 6%程度の
差しかないためにそれぞれの周波数の分離(フィルタリング)が難しく、その上 1H デカ
ップル CRAMPS 測定はプローブに高い負荷がかかる。以上のことから、1H と 19F 核を
共に含む化合物について
1
19
F 核の高分解能スペクトルを得るためには、高速 MAS と
H デカップリングの組み合わせが有効と考えられる[14]。
図 1-2a は、フッ化ビニリデン(VDF)と三フッ化エチレン(TrFE)との共重合体
P(VDFx/TrFE1-x) (x = 73)の固体 13C CP/MAS NMR スペクトルの温度変化を示して
いる[15]。30ºC では 41.2, 86.9, 119.0 ppm にそれぞれ CH2, CHF, CF2 に帰属される3
本の幅広なピークのみが観測されている。110ºC まで昇温すると線幅は減少し、CH2 の
ピークは2本に分裂するが、その他に目立った変化はみられない。これに対して図
1-2b は、P(VDF75/TrFE25)の固体 19F MAS NMR スペクトルである。詳細は第3章で述
べるが、43℃のスペクトルにおいても、-80 から-130 ppm にかけての CF2 領域では一次
構造を反映した 6 本が、-190 から-220 ppm にかけての CHF 領域でも同様に 2 本が明
確に区別されて観測されている。119ºC ではさらに線幅が減少し、異種結合に由来す
る小さいピークまでみられる。このように、固体 13C NMR では CH2, CHF, CF2 の 3 種の
違いしか判別できなかったのに対して、固体
19
F MAS NMR 法を用いることにより、
head-to-head や head-to-tail のような結合様式の違いを明確に区別して観測できるよう
になる。このことは、分子鎖の中で結合部位ごとの分子運動性の違いなど、固体
NMR よりもさらに詳細な構造情報を解析することが可能となることを示している。
7
13
C
CF2
CHF
CH2
図 1-2a P(VDF73/TrFE27)の固体 13C CP/MAS NMR スペクトルの温度変化[11].
VDF
CF2
TrFE
CF2
TrFE
CHF
o
119 C
o
43 C
-80
-100
-120
-200
-220
δF / ppm
図 1-2b P(VDF75/TrFE25)の固体 19F MAS NMR スペクトルの温度変化.
8
1−2−2
1
1
H→19F CP/MAS NMR 法
H と 19F 核を共に含む化合物の場合には、交差分極(Cross Polarization; CP)法を用
いることにより、得られる情報の幅が格段に広がる。CP 法はもともと、天然存在比が低
い 13C 核の観測の際に、γHB1H = γCB1C(Hartmann-Hahn 条件, γは磁気回転比)を満た
すように高周波磁場 B1H, B1C を印可し、接触時間(tCP)の間で 1H と 13C の間に分極移
動を起こさせることにより、13C 核の信号強度を増大させることを目的とした手法である
(図 1-3(a))。従って天然存在比が高い
19
F 核の観測の場合には感度向上のメリットは
得られない(むしろ信号強度は減少する)。このことに加えて先に述べた装置上の制約
や CP 動力学の詳細な解析理論(後述)が確立されていなかったために、1997 年に
Harris ら[16]のグループが初めて高分子に適用するまで、1H→19F CP/MAS NMR 法
はまったく注目されてこなかった。1H→19F CP/MAS 測定では、1H→13C CP/MAS 測定
のために考案されてきた様々なパルスシーケンスを利用することが出来るため、CP の
交差緩和パラメーターを用いた分子運動性の解析や、結晶・非晶の選択的観測、核
間距離測定などが可能となる。2次元測定の適用も容易であり、例えば Scheler ら[17]
は PVDF の WISE (WIdeline Separation Experiments) ス ペ ク ト ル を 観 測 し 、
head-to-head あるいは tail-to-tail の異種結合部が主に非晶部に存在していることを報
告している。その他、副次的なメリットとして、バックグラウンド信号を除去したスペクトル
が観測できることが挙げられる。NMR プローブの構造体には PTFE のようなフッ素樹脂
が用いられていることが多く、このために
19
F 核の直接観測ではスペクトルの歪み等が
生じる場合があるが、CP 法を用いることによって 1H と 19F 核を含む化合物の信号のみ
を観測できるため、スペクトルの解析を容易にする。
CP ダイナミクスの解析に関しては、1H→19F CP はともに天然存在比が高い核間の
CP であるため、1H→13C CP のように天然存在比が高い核から低い核への場合とは緩
和過程が異なる。一般に 1H→13C CP の場合には、図 1-3(b)に示すように、1H は無限
9
図 1-3
(a)CP 実験のパルスシーケンス、及び(b) 1H‐13C 間、(c)1H‐19F 間の CP
における2スピン+格子系の模式図.
10
大の熱浴と考えることができ、1H から 13C に磁化が移っても 1H の残留磁化はほとんど
変化しない。また、通常 T1ρH<<T1ρC であるため、T1ρC は無視できる。これに対して、
PVDF のように系内に 1H と 19F を同数含む場合、1H から 19F に磁化が移ると 1H の残
留磁化は顕著に減少する[18]。このような場合には T1ρF が無視できず、THF, T1ρH, T1ρF
すべての緩和パラメーターを考慮しなければならない(図 1-3(c))。Ando ら[18]はスピ
ン温度仮説[19]に基づいて、1H と 19F の2スピン系のダイナミクス解析を行った。その結
果、TORQUE (TOneRho QUEnching)パルスシーケンス[20]を用いた実験を組み合わ
せ、1H→19F CP 曲線から得られる見かけのパラメーターTHF*と T1ρ*と真の時定数の関
係をスピン温度仮説に基づいて解析することにより、真の時定数を求められることが明
らかになった[21]。さらに、2002 年には Hazendonk ら[22]によって、多スピン系に拡張
した理論が報告され、より厳密な 1H→19F CP ダイナミクスの解析が可能となった。
1−2−3
固体 NMR 法による核間距離決定法
先に述べたように、固体 NMR の高分解能化を実現するために MAS によって化学シ
フト異方性や双極子相互作用を消去する。しかし、高分解能化のために犠牲になった
化学シフト異方性や双極子相互作用には、分子構造の重要な情報が隠されている。
その一つが核間距離である。双極子カップリング定数 D は次式で表される。
D=
µ0 γ I γ S h
16π 3 r 3
(1-1)
式(1-1)から、双極子相互作用の大きさは核間距離の 3 乗に反比例する。従って、双極
子相互作用を復活させる(reintroduce)ことにより、NMR 測定から核間距離を求めること
が可能である。同種核間(13C-13C など)でこれを実現する代表的な手法は Rotational
Resonance(RR)[23]である。RR は、試料の回転周波数と、2つの核の等方化学シフト
の差との間にωΔiso = nωr の条件が満たされたときに観測される。ここで、 ωΔiso はス
11
ピン対の等方化学シフト差、ωr は MAS の回転周波数、n は整数である。得られる RR
スペクトルのシミュレーションから双極子カップリング定数を算出することによって、核
間距離を決定できる。
核 種 の 異 な る 原 子 間 の 距 離 を NMR で 測 定 す る た め の 代 表 的 な 手 法 は 、
Rotational-Echo Double-Resonance (REDOR)である[24]。REDOR は選択的に同位体
標識した異種核間の距離を測定することができる。1958 年に Kaplan と Hahn [25,26]
が REDOR の基礎となる、Spin-Echo DOuble Resonance (SEDOR)を報告した。これは
MAS を行わない静止下(static)での固体に利用できる測定法である。REDOR は、
SEDOR の原理を MAS 下の試料に応用した手法である。13C-15N 間の REDOR 測定
のためのパルスシーケンスを図 1-4 に示す。REDOR では、試料間の回転に同調した
パルスを印加する。まず 1H から 13C への CP により 13C に磁化を移した後、回転周期
Nc の間(双極子展開時間)で、等方化学シフトを再結像(refocus)するためのπパルス
を
13
C に印加する。15N にパルスを印加せずに測定すると、双極子相互作用が MAS
によって完全に平均化されたスペクトル(full-echo signal と呼ぶ)が得られる。これに対
して 15N にパルスを印加すると、13C-15N 双極子相互作用により 13C の磁化が dephase
されたスペクトル(redused signal)が得られる。従って、full signal から redused signal の
図 1-4
13
C-15N REDOR パルスシーケンス.
12
差スペクトル(difference signal)には 15N とカップリングした 13C のみが現れる。双極子
カップリング定数 D(あるいは最終的に核間距離)は、
difference signal ∆S/full signal S0
をλD = NcDTr に対してプロットしたグラフから得られる。REDOR は高精度距離決定が
できるという長所を有する反面、特定サイトの同位体ラベルが必要であることから、全
芳香族高分子のような同位体ラベルが困難な系には適用が難しい。また、MAS の回
転数に同期したパルスを用いているため、高速 MAS 下では同期パルス間隔が短くな
り実質上測定できない。このような系では、これらの制約を受けない手法を用いる必要
がある。その最も容易な手法は次節で述べる CP/MAS 法を用いる方法である。
1−2−4
CP オシレーションの研究の経緯
1974 年に Müller ら[27]がフェロセンの単結晶の CP 実験において、13C の磁化強度が
接触時間の関数として振動(強度の増減, 以降「オシレーション」と表す)することを報
告した。これが CP 実験におけるオシレーション挙動に関する最初の報告である。図
1-5 は、 フェロセンの結晶配向に由来する3つの非等価な炭素について
13
C 磁化
(Msx(τ))を規格化し、これを接触時間の関数として表したグラフである。彼らは以下の4
つの仮定に基づいて理論を構築した。(1) 孤立 I, S スピンの双極子カップリングは直
接結合している場合を除いて無視できる。(2) I スピンと残りの I スピン間の相互作用は
時定数 R の等方スピン拡散によって記述される。(3) スピン−格子緩和時間は無視で
きる。(4) S スピンの濃度は十分に低く、I スピン系を無限大のエネルギー貯蔵庫と考え
る。 この仮定に基づき、以下の理論式(1-2)を導いた。
13
図 1-5 CP 接触時間τの関数としてのフェロセンの 13C 磁化のプロット[27].
1
1
1
1
M sx (τ ) = βhω 0 I (1 − e − Rτ − e −3 Rτ / 2 cos bτ )
4
2
2
2
b=
1 γI γSh
(3 cos 2 θ − 1)
3
2 r CH
(1-2)
(1-3)
ここで b は双極子カップリングである。オシレーション周波数はωosc = b/2 で、デカッ
プリングをしていないときの S スピンの分裂幅の 1/2 である。これらの式は、オシレーショ
ンの周波数が、異核間双極子相互作用と関連づけられることを示している。以降、同
様のオシレーションは液晶[28]、配向した脂質2分子膜[29]などで報告されている。
Stejskal と Schaefer [30,31]は 1H/13C/15N double CP 実験における MAS 下でのオ
シレーションを報告し、CP 条件における MAS の効果を示した。それ以降 CP/MAS 実
験におけるオシレーションの報告はあまり多くない。いくつかの報告では、Müller らの
14
理論式を修正した式を用いて解析を行っているが[32,33]、これらの論文では MAS の
効果を無視しているため、得られた双極子カップリングや距離の情報は厳密には正し
くないと思われる。Hawkes ら[34]は双極子カップリングに MAS の効果を含める必要性
を指摘しているが、彼らの報告ではこのためのはっきりした理論式は示されていない。
これに対して Hediger ら[35]は、MAS 下での孤立した I-S スピン対(1H-13C など)の CP
の場合には、通常の Hartmann-Hahn 条件ω1I = ω1S ではなく、そこから MAS 回転周波
数ωr の整数倍離れた条件、
ω1I = ω1S + fω r , f = ± 1 or ± 2 (1-4)
の4つの条件(sideband matching 条件と呼ぶ)でしか観測されないと報告している。さ
らに、Hediger [36]は、sideband matching 条件や MAS の効果を組み込んだ理論を構
築し、C60(フェロセン)2 共晶の粉末試料の 1H-13C 双極子カップリングを決定した。これ
により、 CP/MAS 実験は孤立スピン系の異種核間距離決定に利用できるようになっ
た。
上記の経緯をふまえて、Fyfe ら[37]は 19F→29Si CP を用いて、オクタデカシルの Si
と F の距離を測定し、X線回折及び REDOR, TEDOR によって得られた値との比較を
行い、REDOR と遜色のない精度で距離決定ができることを報告している。図 1-6a は、
19
F のラジオ周波数(r.f.)を固定し 29Si の r.f.を変化させたときの 29Si 信号強度変化のプ
ロットである。MAS を行わない静止状態(a)では、f = 0 に1つの matching 条件がある
が、MAS 下(b,c)では f = 0 にはみられずに f = ±1, ±2 に matching 条件(sideband
matching 条件)があることが確認できる。彼らは、これまでの CP オシレーションの研究
をふまえて、シミュレーションに T1ρ緩和と MAS の影響を組み入れた式を用いている。
図 1-6b は MAS 下での CP 接触時間に対する 29Si ピーク面積のプロットである。実線
は実験値を理論式で最小二乗フィッティングした曲線であり、これから双極子カップリ
ング定数 D = 1440 Hz, Si‐F = 2.49 Å を得た。この値は、X線回折法によって決定され
ている 2.63 Å よりはわずかに短い。
15
図 1-6a
29
Si r.f. 強 度 に 対 す る 信 号 強 度 の 変 化 . (a) MAS 回 転 数 νr = 0
(STATIONARY)では f = 0 の Hartmann-Hahn 条件で信号強度が増加する
が 、 (b),(c)MAS 下 で は 、 f = ± 1, ± 2 で 強 度 が 増 大 す る ( sideband
matching 条件)[37].
図 1-6b オクタデカシルの 19F→29Si CP 曲線[37].
CP, REDOR, TEDOR, X 線回折によって得られた距離を比較すると、CP によって得
られる値は REDOR, TEDOR と同程度の正確さが得られる。REDOR や TEDOR はパ
ルス幅、r.f.の不均一、回転数の影響を受け、X 線回折から得られる距離よりも長めに
16
見積もられる。一方 CP は、ローター周期に関係する影響を受けにくいため REDOR や
TEDOR より短い距離を得ることができ、フィッティングの信頼性も高いが、一方で r.f.の
安定性が要求される。また、3つのすべての NMR 手法は、緩和時間の影響を受けると
いった特徴が挙げられる。さらに Fyfe[38]らは、2 スピン間の双極子ベクトルの積分の
項を第一種 Bessel 関数で近似した CP の理論式を示している。本研究ではこの理論式
を用いて 1H→19F CP 曲線を評価している。
1−3
汎用含フッ素高分子
1−3−1
ポリフッ化ビニリデン
ポリフッ化ビニリデン(PVDF)は‐CH2CF2‐の繰り返し構造を有し、‐35ºC 付近にガラス
転移点、170ºC 付近に融点を持つ半結晶性の含フッ素高分子である。PVDF には4種
の結晶構造が存在することが知られている[39]。そのうちの3種が主鎖コンホメーション
が異なるα型(TG+TG‐)、β型(TTTT)、γ型(T3G+T3G‐)である(図 1-7)。溶融状態からの結
晶化で得られるα型結晶は、tg+tg‐の分子鎖が逆平行に充填されるため無極性結晶で
ある。また、α型結晶の分極処理により tg+tg‐鎖が反転して双極子が同一方向に並ん
だ結晶がαp 型結晶である。これに対して、α型 PVDF を比較的低温で延伸することに
よって得られるβ型結晶は、all-trans 鎖が分極の向きをそろえて充填されているために
極性結晶である。γ型結晶はα型結晶を融点直下で熱処理することによって得られ、結
晶内で分極の向きが同一方向を向いているため極性結晶である。工業的にはβ型結
晶を有するフィルムが重要であり、1961 年に Kawai [40]が PVDF を一軸延伸後に分極
処理をすることで大きな圧電性を示すことを発見し、さらに Bergman ら[41]が焦電性と
二次高調波発生を発見して以来、PVDF は圧電スピーカーやヘッドフォン、超音波素
子や赤外線センサーなどに応用されている。さらに後述する三フッ化エチレン(TrFE)と
17
の共重合体は強い圧電性や焦電性を示すばかりでなく、明確なキュリー点を示す強
誘電性高分子として、高分子物性の研究においても重要な材料である。なお、PVDF
の構造や強誘電特性に関しては、Tashiro ら[42]や Furukawa[43]の総説に詳しく述べ
られているのでここでは割愛し、固体 NMR を用いたこれまでの研究について述べる。
図 1-7 (a) PVDF の4つの結晶型の分子構造と(b)結晶構造[42].
18
1970 年代までは 1H あるいは 19F 広幅 NMR を用いた線幅、二次モーメントの解析が
行われており、研究の方向は、二次モーメントの磁場と延伸軸のなす角に対する依存
性など、フィルムの特性の異方性に向けられていた[44,45]。そのほか緩和時間につい
ての研究も行われており、誘電スペクトルと併せて PVDF に 4 つの緩和(α, β, β’, γ)が
見いだされた[46,47]。1990 年代後半に入ると、高分解能固体
19
F NMR スペクトルの
観測のデモンストレーションとして PVDF が用いられてきた感がある。 PVDF のガラス
転移温度が‐35ºC 付近であるため、室温付近では非晶部は十分に運動しており、結
晶部と非晶部では分子運動性に大きな差がある。 Scheler と Harris [17] は 1H ‐ 19F
Wideline separation (WISE)パルスシーケンスを PVDF に適用した。WISE スペクトルの
1
H の線幅から結晶部と非晶部を区別することができ、head-to-head や tail-to-tail の異
種結合部は非晶部に(非晶部だけであるかはわからないが)存在することを示した。
Holstein ら[14]は 1H をデカップリングした 19F MAS スペクトルを測定し、デカップリング
により分解能が向上することを示した。彼らはまた 1H→19F CP/MAS やスピンロック法を
用いることにより結晶部あるいは非晶部を分離したスペクトルが観測できることを示して
いる。さらに翌年、Holstein ら[48]はα型結晶の粉末試料とβ型結晶を含むフィルム試
料の固体 19F MAS NMR スペクトルを報告した。α型結晶では‐80 ppm と‐98 ppm にほ
ぼ等しい強度で結晶部の信号が観測されるのに対して、β型結晶を 80%含むフィルム
では‐ 80 ppm 付近の信号強度が大幅に減少した。彼らはこのスペクトルの違いを
γ-gauche で説明している(図 1-8)。すなわち、β型結晶では、all-trans コンホメーション
のために、CF2 の2つのフッ素(B)は 3-bond 離れた2つの等価な炭素からγ-gauche 効果
を受けるのに対して、 α 型結晶では tg+tg ‐ コンホメーションのために1つの炭素から
γ-gauche 効果を受けるフッ素(A)と二つのγ-gauche 効果を受けるフッ素(B)が存在する
ためと解釈している。これにより、19F MAS NMR スペクトルからα型とβ型の区別やその
割合の情報を得ることができることが示された。しかし、19F MAS NMR スペクトルから
結晶型を議論するためには、これまで報告例のないγ型結晶の 19F スペクトルの帰属及
19
図 1-8 α型 PVDF の 19F MAS NMR スペクトルと結晶部のピークの帰属. ピーク A
はγ-gauche 効果を1つだけ受ける 19F に、ピーク B は同効果を2つ受ける
19
F に帰属される. all-trans をとるβ型の場合は B の 19F のみであり、単一の
ピーク B を与える.
び解釈が必要である。
先の Holstein ら[48]の報告で、1H→19F CP/MAS スペクトルが報告されているが、CP
ダイナミクスに関する解析は行われていない。Ando ら[49]は、1H→19F CP/MAS NMR
における CP の接触時間(contact time)に対する信号強度のプロット(CP 曲線)の解析
を行った。スピンロック実験による T1ρF の定量に加えて CP 曲線から得られる緩和パラメ
ーターを算出し、結晶部と非晶部の違いを明確に示した。さらに結晶部の CP 曲線に
はその初期段階にオシレーションを観測している。さらに彼らは 19F→1H CP/MAS 測定
を行っており、 1H → 19F CP と相補的な結果が得られることを示している。最近、
Wormald ら[50]がα型 PVDF の異種結合部に注目した解析を報告している。彼らは
20
Radio Frequency Driven Recoupling (RFDR)パルスシーケンス[51]を用いた測定にお
いて、異種結合部のピークには結晶部のピークとの相関ピークが観測されることを示し、
異種結合部は非晶部だけでなく、結晶部に近接した部分が存在していることを明らか
にしている。
1−3−2
フッ化ビニリデン−三フッ化エチレン共重合体
フッ化ビニリデンと三フッ化エチレンのランダム共重合体 P(VDF/TrFE)は、強誘電性
高分子として知られており、明確な強誘電−常誘電相転移を示すことから、X 線回折、
DSC、IR、Raman,、誘電緩和、NMR のような様々な手法を用いた相転移挙動の解析
に力が注がれている[42,43]。ここでは、これまで明らかにされている P(VDF/TrFE)の構
造や特徴について簡単に述べる。なお、P(VDF/TrFE)の構造及び強誘電性に関して
も Tashiro ら[42]や Furukawa[43]の総説に詳しく述べられている。
P(VDF/TrFE)は室温付近では all-trans 鎖からなる斜方晶であるため b 軸方向に自
発分極を持ち強誘電性を示す(強誘電相)が、高温では tg+、tg‐、tttg+、tttg‐のコンホメ
ーションからなる分子鎖が結晶格子上で回転している相(回転相)であり、結晶学的に
は六方晶相である(図 1-9)。分子鎖が回転しているために分極が失われ、相転移温
以上では常誘電相となる。また、相転移温度(Tc)は VDF 分率に依存し、昇温過程と降
温過程では大きなヒステリシスが観測される(図 1-10 )。これらのことは、 X 線回折
[52,53] や IR[54] 、誘電緩和測定 [43,55] などの研究から明らかにされてきた。特に
Ohigashi ら[56]によって 1995 年に発見された「単結晶状フィルム」(図 1-11)は、常誘電
相で延伸することにより非晶部もラメラ結晶部も検出されず、分子鎖軸(c 軸)が延伸軸
方向に揃っており、a 軸と b 軸が膜面に対して一定方向に選択配向しているため、この
試料を用いた分子鎖方向と垂直方向についての X 線回折や誘電緩和測定から相転
21
図 1-9 P(VDF/TrFE)の結晶構造[57].
図 1-10 VDF 分率と相転移温度(Tc)の関係[57].
22
図 1-11 P(VDF75/TrFE25)の単結晶状フィルム[56].
移の詳細が明らかにされた[57]。X 線回折では、昇温過程で 2θ = 20º付近の 110/200
回折ピークが相転移点付近の温度で強度が減少し、Tc 以上で消滅し、かわりに常誘
電相の(100)面による回折が 2θ = 18.3º付近に現れる[58]。X線回折像の詳細な解析
から、常誘電相において tg+tg‐鎖が鎖軸周りに回転しているモデルが裏付けられた。ま
た、誘電緩和測定から誘電率に分子鎖軸方向と垂直方向で異方性がみられ、Tc 以上
ではこれが等しくなることからも鎖軸周りの回転が支持されている [57,59]。さらに常誘
電相では鎖軸方向の誘電緩和強度が垂直方向よりもずっと大きく、これは双極子モー
メントの向きが上向きと下向きの tg+tg‐連鎖が存在し、その結合部での欠陥が分子鎖
軸方向に動き回ることによって連鎖の向きが入れ替わるような運動で説明できるとした
[58]。図 1-12 はこれらの研究によって説明されるモデル図であり、現在 P(VDF/TrFE)
の常誘電相のモデルとして受け入れられている[57]。
23
P(VDF/TrFE)の固体 NMR を用いた解析は他の手法と比較してほとんど報告されて
いない。Ishii ら[60-62]が 1H 広幅 NMR を用いて線幅と緩和パラメーターから、昇温過
程において強誘電相における trans TrFE 部分の運動が Tc 付近で flip-flop から回転
運動に変わるということを報告している。彼らは、TrFE ユニットの激しい運動が相転移
における all-trans から tg+、tg‐、tttg+、tttg‐が統計的に混合したコンホメーションへの変
化の鍵になっていることを示唆した。彼らはまた、13C CP/MAS NMR 測定から得られる
1
H の回転系でのスピン−格子緩和時間 T1ρH は、昇温及び降温過程での Tc 付近(110,
80ºC)と降温過程での常誘電相(120‐110ºC)の3つの温度領域で極小をとることを報
告している[63]。
固体 19F MAS NMR 法を P(VDF/TrFE)に適用した例は、Mabboux ら[64]の報告以
外に見あたらない。彼らは溶液 19F COSY NMR スペクトルを用いて 19F スペクトルの詳
細な帰属を報告している。しかし、彼らの興味は電子線照射による一次構造変化にあ
ったため、固体 19F MAS NMR スペクトルは融点以上の 170ºC で測定されており、固体
NMR に特有の情報は得られていない。
図 1-12 P(VDF/TrFE)の常誘電相での運動モデル[57].
24
1−3−3
エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体
エチレンとテトラフルオロエチレンの共重合体 ETFE は、冒頭でも述べたようにフッ素
樹脂の中でも高い耐熱性、耐薬品性、耐放射線性を有し、機械的特性にも優れてい
る(表 1-1 )。主に‐ CH2CH2 ‐ CF2CF2 ‐のシーケンスからなる交互共重合体であり、
PVDF と同様 CH2 と CF2 基からなるため、絶縁材料など PVDF と同様の用途に用いら
れる場合がある[2]。しかし、ガラス転移点は 100ºC 付近、融点は 300ºC 付近と PVDF
よりもはるかに高く、これは高い交互共重合性によるものといわれている。ETFE の交互
シーケンスは、E:TFE = 1:1 の場合には 90%以上になる[65]。市販の ETFE には、第三
成分モノマーが共重合されており、融点の低下(270ºC 付近)と交互シーケンスの割合
の低下(80‐85%程度)がみられる[2]。
Tanigami ら[66]は、ETFE は 0ºC 以下の低温では all-trans 鎖からなる斜方晶である
が、0ºC から 100ºC にかけて六方晶相に転移すると報告している。彼らは、この温度域
では(004)の X 線回折ピーク強度の減少がみられ、これはポリエチレンやポリビニルア
ルコールなどにみられる挙動と類似していることから、分子鎖のねじれを反映している
と述べている。しかしその変化が小さいために、分子鎖は all-trans を保っていると考察
している。また、昇温に伴う(120)と(200)ピークの半値幅の減少は、分子鎖間の秩序性
(packing order)の増加を意味する。90ºC 以上で(100)h のピークのみが観測されること
から、六方晶相への転移が 90ºC 付近で起こっていると結論づけている。なお、この温
度(90ºC)は動的粘弾性測定で観測されるガラス転移に対応するα緩和の温度と一致
する。これに対して Tashiro ら[44]は、IR、Raman、X 線回折を用いて、trans と gauche
のコンホメーション交換が起こっていると報告している。一方、 Radice ら[67]も、IR と
Raman スペクトルから転移機構の解明を試みたが、上述の温度域におけるコンホメー
ション変化の証拠をつかむことはできなかった。このように、転移に伴うコンホメーション
の変化に関しては現在もまだ議論の対象となっている。なお、ETFE に固体 NMR 法を
25
適用した報告はこれまでに見あたらない。
1−4
本研究の目的
本研究の目的は、固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を、ポリフッ化ビニリ
デン(PVDF)、フッ化ビニリデンと三フッ化エチレン(TrFE)共重合体(P(VDF/TrFE))及び
エチレン−テトラフルオロエチレン(ETFE)の三種の汎用含フッ素高分子に適用し、そ
れらの分子構造と運動性の解析を行い、固体 19F NMR 独自の新たな知見を獲得する
ことである。さらに、フッ素化ポリイミドである P2FDA/DMDB について、熱処理温度の
違いによる分子鎖間パッキング構造の変化の解明を目指す。ポリイミドは酸無水物部
分とジアミン部分の間の電荷移動により蛍光発光がみられる。これまで熱処理によって
蛍光強度が変化し、これは凝集状態の変化によるという報告がなされているが、その
詳細は明らかにされていない。凝集状態の変化を明らかにできれば、分子構造・凝集
構造制御への指針となり、光材料への応用への足がかりになると期待できる。
本研究の意義は以下の3点にある。
1. 一次構造レベルの詳細な解析
固体 19F MAS NMR は固体 13C NMR よりも感度、分解能の点ではるかに勝っている。
含フッ素高分子の異なる一次構造部位でのコンホメーションや分子運動性の解析が
可能であるため、相転移挙動の解析においては、どの部位から転移が始まるかを明ら
かにできる。
2. 非晶部と結晶部の情報を独立に解析
非晶部のコンホメーションや分子運動性の情報を得ることは固体 NMR が得意とする
ところである。本研究では非晶部あるいは結晶部を選択的に観測するパルスシーケン
スを用いて、それぞれの相を分離して観測する。温度可変測定から、それぞれの相で
の分子運動性の変化を独立に獲得でき、またその相関を知ることができる。
26
3.含フッ素高分子への 19F MAS NMR 法適用の実証
本研究で用いる 1H→19F CP/MAS NMR 法は、現在世界的にも観測できる装置が少
ないため、この手法を積極的に利用して含フッ素高分子の解析を行っているグループ
も少ない。本研究は、この手法を含フッ素高分子の構造解析に適用する有用性を示
すとともに、この手法を用いた研究分野の主導権を握らんとするものである。
本論文は以下の7章から構成されている。
第1章では、「序論」として本研究で用いる固体
19
F MAS 及び 1H→19F CP/MAS
NMR 法の特徴と含フッ素高分子への適用の意義、そして本研究に関連する従来の
研究の概要について述べた。
第2章では、「固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたポリフッ化ビニ
リデンの構造と分子運動性の解析」と題し、異なる結晶型を有する試料での固体
19
F
NMR スペクトル線形と分子運動性の差異について述べる。ここでは、結晶部あるいは
非晶部を選択的に観測するパルスシーケンスを用いた。またγ型結晶を含むフィルムを
作製し、γ型 PVDF の固体 19F MAS NMR スペクトルを初めて観測した。
第3章では、「固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたフッ化ビニリデ
ン−三フッ化エチレン共重合体の相転移挙動の解析」と題し、P(VDF/TrFE)の強誘電
−常誘電相転移に伴うコンホメーションと分子運動性の変化を VDF 連鎖と VDF と
TrFE の結合部に着目して解析する。ここでは、1H→19F CP/MAS 法を用いて結晶部と
非晶部を分離して観測することにより、それぞれの相での分子運動性の差異や相関に
ついて議論する。
第4章では、「固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたエチレン−テト
ラフルオロエチレン共重合体の相転移挙動の解析」と題し、ETFE にみられるガラス転
移温度以下での斜方晶から六方晶相への相転移においてコンホメーション変化の有
無を明らかにし、相転移に伴う分子運動性の変化を解析する。ここでは、19F 化学シフ
27
トの変化を量子化学計算を併用して議論する。また 1H→19F CP 曲線からも分子運動
性を評価する。
第5章では、「固体 13C CP/MAS NMR 法を用いた全芳香族高分子のコンホメーショ
ン解析」と題し、固体 13C CP/MAS NMR 法と量子化学計算を組み合わせてジフェニル
構造の二面角を推定する手法について述べる。ジフェニル構造はポリカーボネートや
ポリイミドなどのスーパーエンプラと呼ばれる材料に現れる主鎖骨格の一部であり、こ
の部分のコンホメーションは種々の計算手法を用いて推定されている。本章では固体
13
C NMR による実測値を用いてより実験的なコンホメーションの推定方法について議
論する。
第6章では、「固体 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたポリイミドの分子鎖間パッキン
グ の 評 価 」 と 題 し 、 フ ッ 素 化 ポ リ イ ミ ド で あ る P2FDA/DMDB, P3FDA/DMDB,
P6FDA/DMDB の熱処理と分子鎖間パッキングの関係について議論する。ここでは、
1
H→19F CP 曲線から酸無水物部分とジアミン部分の距離を見積もることにより、パッキ
ング状態の評価を行う。
第7章では、「総括」として、本研究で得られた主要な成果を要約すると共に、固体
19
F MAS NMR 法を用いた構造解析手法の今後の課題について述べる。
28
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32
第2章 固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたポリフッ化
ビニリデンの構造と分子運動性の解析
2−1
緒言
第1章で述べたように、PVDF には4種の結晶形が報告されている[1]。このうち、α型
結晶(TG+TG-)は熱力学的に安定であり、通常の条件下で溶融状態から結晶化すると、
ほとんどα型が得られる。これまで報告されている PVDF の固体 19F MAS スペクトルは
ほとんどα型であるが、唯一、Holstein らが延伸処理することによってβ型(TTTT)を含
むフィルムを作製し、結晶部に由来する信号の化学シフトの違いを見いだしている[2]。
一方、第1章で述べた通り、PVDF の結晶構造には、T3G+T3G-のコンホメーションをと
るγ型結晶がある。γ型結晶の作製方法は数例が報告されており、一つの方法としては、
ジメチルアセトアミド(DMAc)やジメチルホルムアミド(DMF)溶液からキャストしたフィル
ムを 60ºC 程度で熱処理することによって得られる[3]。また、溶融試料を融点直下で等
温結晶化させることによってもγ型結晶が得られるという報告もある[4,5]。その他、高温
高圧下での作製の報告もある[6]。最近では、PVDF をγ-ブチロラクトン溶媒中で高温
で加熱した後に冷却すると、γ型の結晶構造を有する PVDF の物理架橋ゲルが形成さ
れることが報告されている[7]。この材料はリチウムイオン電池の電解質として、実用化
されている。
本章では、これまでに 19F MAS スペクトルが報告されているα, β型の2種に加えて、
報告例のないγ型結晶(T3G+T3G-)を有するフィルムを作製してスペクトルを観測し、結
晶構造とスペクトルの違いを明確にする。また、PVDF は
19
F MAS 及び 1H→ 19F
CP/MAS 測定を行う上で、Tg が室温よりずっと低く(室温では結晶部と非晶部の分子
運動性が大きく異なる)、分子内に H と F を同数含み両者の濃度が高い(感度が高く
1
H→19F CP の測定条件の決定が容易となる)ため、標準試料として位置づけることが
33
できる。第3章で扱う PVDF と三フッ化エチレンとの共重合体の解析においても、比較
対象として用いることが出来るため、結晶部・非晶部の選択的観測、緩和パラメーター
(T1ρF)及び 1H→19F CP 曲線の解析も行った。
2−2
実験
2−2−1
試料
試料には Hylar (ausimunt 社)と KF1100 ((株)呉羽化学)の2種の粉末と、KF Piezo
film((株)呉羽化学)のフィルム(膜厚 40 µm)の計 3 種を用いた。Piezo film は圧電フィ
ルムとして用いられているものであり、延伸と電場配向処理が施されている。
γ型結晶を含むフィルムは、融点直下でのアニールによって作製した[8]。KF1100 の
DMAc 溶液を基板上にスピンコートし、170ºC で 12 時間アニールを行った。アニール
後は 10∼20ºC/min で放冷した。得られたフィルムはやや茶色を帯びていた。以降この
フィルムをγ-film と表す。
2−2−2
溶液 NMR 測定
溶液 19F NMR 測定は、日本電子製 GSX-500(1H 共鳴周波数 500.0 MHz, 19F 共鳴
周波数 470.4 MHz)で行った。溶媒にはジメチルスルホキシド-d6 を用いて、濃度
3%(w/v)、繰り返し時間 5 秒、積算回数 128 回、測定温度 60ºC の条件で測定した。
2−2−3
固体 NMR 測定
固体 19F MAS NMR 測定は、日本電子製 EX データシステム(1H 共鳴周波数 300.4
34
MHz、19F 共鳴周波数、282.65 MHz)及び、Chemagnetics 社製 APEX 19F/1H 二重共鳴
プローブと 4 mmφのジルコニア Pencil rotor を用いた。MAS 回転数はωr = 16 kHz、1H
及び 19F の r.f.周波数は、Hartmann-Hahn sideband matching 条件ω1H = ω1F – ωr = 83
kHz を満たすように設定した。プローブ内の温度は、テトラキス (トリメチルシリル)シラ
ンにエチレングリコールを吸着させたものを用いて、16 kHz の MAS 下でエチレングリ
コールの CH2 と OH プロトンの化学シフト差の温度依存性からキャリブレーションを行っ
た[9]。温度制御をせずにωr = 16 kHz で測定した場合の試料温度は 68ºC であった。
19
F 化学シフト基準は、CFCl3 基準で測定した C6F6 の化学シフト(–163.6 ppm)を外部
基準に用いた。なお、Bloch-Siegert シフト[10]を考慮するために、基準の測定の際に
も 83 kHz の 1H デカップリングを照射した。試料は、温度及び磁場の均一性を保つた
めに試料管の中央に長軸方向に 2.5 mm 厚で詰めた。全ての測定を通して、積算回
数は 32 回とした。
図 2-1(a)に示す Delayed-CP パルスシーケンスをスピン−スピン緩和時間 T2 の長い
信号の観測に用いた。分子運動性の低い領域(ドメイン)は、高いドメインよりも T2 が短
いため、π/2 パルスを印加後の待ち時間 τ の間に、T2 が短い成分は減衰する。従って、
CP を用いて検出する信号は、非晶部のような運動性が高いドメインの信号となる。接
触時間 tCP と待ち時間 τ はそれぞれ、0.2 ms と 0.5 ms とした。19F 核の回転系でのスピ
ン−格子緩和時間(T1ρF)は、図 2-1(b)に示すパルスシーケンスを用いて、スピンロック
時間(tSL)を 0.1∼20 ms で変化させて測定した。図 2-1(c)に示すように、π/2 パルス印加
後に位相を 90ºシフトしてスピンロック磁場を印加すると、磁化はこの軸上に保持され
(スピンロッキング)、時定数 T1ρF で減衰する。T1ρF はスピンロック周波数程度の分子運
動に敏感なパラメーターであり、一般にガラス転移温度(Tg)以上では、非晶部のような
分子運動性が高いドメインでは短く、低いドメインでは長い。したがって、長いスピンロ
ック時間後のスペクトルでは、T1ρF が短い成分が減衰し、長い成分を選択的に観測す
ることができる。本実験に用いた 19F スピンロック周波数は約 100 kHz である。
35
(c)
図 2-1 (a) Delayed-CP(非晶部の選択的観測), (b) スピンロック(結晶部の選択的
観測及び T1ρF 測定)のパルスシーケンス, (c) スピンロック実験における磁化の振る
舞い[20].
36
2−2−4
理論計算
モデル化合物の構造最適化及び磁気遮蔽定数計算には、密度汎関数(DFT)法と
GIAO-CHF 法[11]を採用し、東京工業大学総合情報処理センターの Origin2000 上の
Gaussian98 A.11 [12]を用いた。1H→19F CP 曲線は、Windows コンピューター上の
Mathematica 4.1 を用いて理論式に基づく最小二乗法によりフィッティングを行った。プ
ログラムによるフィッティングに先立ち、手入力によって理論曲線が実験値に合うように
調整し、各フィッティングパラメーターの初期値を決定した。
2−3
結果と考察
溶液 19F NMR スペクトル
2−3−1
図 2-2 に2種の粉末試料 Hylar と KF1100 の溶液 19F NMR スペクトルを示す。PVDF
の溶液
19
や二次元
F NMR スペクトルはすでにいくつかの報告例があり[13-15]、量子化学計算
19
F スペクトルを用いた詳細な帰属がなされている。各々の信号の帰属はそ
れらを参照した。
最も強度が高い peak 1 は-(CH2-CF2)n-の head-to-tail 結合の VDF 連鎖の信号に帰
属される。Peak 4 と 5 は head-to-head 結合部のフッ素に帰属される(図 2-2 に示した構
造式を参照)。さらに、Hylar には peak 4 と 5 の間に小さな信号(peak a-c)が明瞭に観
測されている。これらの信号は-(CH2-CF2)-(CH2-CF2)-(CF2-CH2)-(CF2-CH2)-CF2-や
-CH2-(CF2-CH2)-(CH2-CF2)-(CF2-CH2)-(CH2-CF2)- に 由 来 す る と さ れ て い る [15] 。 表
2-1 に peak 1 から 5 の信号面積の割合を示した。KF1100 の異種結合部の割合が 3.5%
程度であるのに対して、Hylar では 5%程度あり、Hylar の方が異種結合部の割合が高
いことがわかった。
37
図 2-2 (a) Hylar, (b) KF1100 の溶液 19F NMR スペクトル.
38
図 2-3 は Hylar と KF1100 の GPC チャートである。表 2-1 に数平均分子量(Mn)、重
量平均分子量(Mw)及び Mn/Mw をまとめた。KF1100 は分子量分布が狭いのに対して、
明らかに Hylar は分布が広いだけでなく、高分子量成分と低分子量成分からなってる
ことがわかる。Hylar の高分子量成分は KF1100 よりも Mn, Mw ともに大きく、低分子量
成分は逆に KF1100 の 1/2 以下である。また、Hylar はこの低分子量成分が約 70%を
占めていることがわかった。Hylar の溶液 19F NMR スペクトルでは KF1100 よりも異種
結合部の割合が高いが、これは低分子量成分に起因するのではないかと考えてい
る。
表 2-1 Hylar と KF1100 の溶液 19F NMR スペクトルにおける各信号の面積比と GPC
測定から得られた分子量.
19
Sample
F relative intensity (%)
1
Hylar
2
3
4
Mn (×105)
Mw (×105)
Mw/Mn
5
75.6 9.8 5.4 4.7 5.5
0.79
3.76
7.50
0.50
9.05
1.25
(31%) (69%) (31%) (69%)
KF1100 83.3 6.7 3.2 3.3 3.5
1.34
39
2.65
4.78
1.21
2.49
1.98
図 2-2 (a) Hylar, (b) KF1100 の GPC チャート.
40
2−3−2
19
F MAS スペクトルと結晶部・非晶部の選択的観測
図 2-4 は3種の PVDF の直接励起(direct polarization; DP) 19F MAS NMR スペクトル
である。2 種の粉末試料のスペクトルには 5 本の信号が観測されており、これまで報告
されているα型 PVDF の 19F MAS スペクトルと一致する[2,16-19]。-79.8 と-93.2 ppm の
信号はα型(TG+TG-)の結晶部に、-88.4 ppm の信号は VDF 連鎖の非晶部に帰属さ
れている。また、-110 と-112 ppm の小さな信号は、異種結合部(図 2-2 で示した peak 4
と 5)に帰属される。これに対して、piezo film では、-88.4 ppm の VDF 連鎖の非晶部の
信号、-93.2 ppm の結晶部の信号、そして異種結合部の信号が観測されており、粉末
試料にみられる-79.8 ppm の結晶部の信号がみられない。Holstein ら[2]は、α型フィル
ムを延伸することによりβ型の割合の異なるフィルムを作成し、19F MAS NMR スペクト
ルを観測している。これにより、β型 PVDF では-79.8 ppm の信号が観測されないことを
明らかにした。彼らはαとβの結晶形の違いによる結晶部の信号のシフトを、3-bond 離
れた炭素核からのγ-gauche 効果[20,21]によって説明している。α型結晶部では、
TG+TG-コンホメーションをとるため、2つの炭素からγ-gauche 効果を受ける 19F 核と1つ
の炭素から受ける 19F 核の2種類あるのに対して、β型では all-trans コンホメーションの
ために2つの 19F 核が等価で、いずれのフッ素についても2つのγ-gauche 炭素を持つ。
このため、2つのγ-gauche 効果を受ける 19F の方が、より低周波数シフトを引き起こして
観測される(第1章 図 1-8 参照)。γ-gauche 効果は、13C NMR の場合には通常 5 ppm
程度である。これに対して PVDF では約 13 ppm と約 3 倍の低周波数シフトを生じる。
このように 19F 核の化学シフトはコンホメーションを敏感に反映することがわかる。
41
図 2-4 3種の PVDF の DP 19F MAS NMR スペクトル. *はスピニングサイドバンド.
KF1100 と Hylar のスペクトルを比較すると、KF1100 では、結晶部の信号の相対強
度が高く、結晶化度が Hylar よりも高いことが示唆される。スピニングサイドバンド(SSB)
を含めたピーク分離の結果から、KF1100, Hylar, Piezo film の結晶化度はそれぞれお
よそ 63%、47%、53%と見積もられた。その他、Hylar の異種結合部の信号には-112
ppm の信号が鋭く強度が強い。Hylar の溶液 19F NMR スペクトル(図 2-2)では、この付
近に観測される異種結合由来の信号(a-c)が KF1100 よりも強い強度で観測されており、
-112 ppm の信号はこれを反映しているものと考えられる。KF1100 と Hylar では、異種
42
結合部の割合が低い KF1100 の方が結晶化度が高いことから、異種結合は結晶性を
低下させる要因となっていると考えられる。
図 2-5 は Delayed-CP パルスシーケンス(図 2-1(a))によって、分子運動性が高いドメ
インを選択的に観測したスペクトルである。いずれの試料についても結晶部由来の信
号が観測されておらず、非晶部と異種結合部の信号が選択的に観測されている。非
晶部に帰属される信号の低周波数側の裾にわずかにショルダーピークが観測されて
いるが、これは溶液 19F NMR スペクトルで-92 ppm に観測された peak 3 と考えられ、こ
のような異種結合部は運動性が高いことが示唆される。ところで、Hylar の DP スペクト
ル(図 2-4)で観測されていた-112 ppm の鋭い信号は、Delayed-CP スペクトルには観測
されておらず、異種結合部の2本の信号は、KF1100 や Piezo film と同様に等しい強度
図 2-5 3種の PVDF の Delayed-CP スペクトル. *は SSB.
43
で観測されている。これは、DP スペクトルで観測された-112 ppm の信号に由来する部
分の分子運動性が非晶部と比べて顕著に低いことを意味する。
一方、図 2-6 は 20 ms のスピンロック後のスペクトルを示しており、-88.4 ppm の非晶
部の信号が減衰し、結晶部の信号が選択的に観測されている。Delayed-CP スペクトル
(図 2-5)では観測されていなかった Hylar の-112 ppm の異種結合部の鋭い信号が、
結晶部を選択的に観測した図 2-6 では観測されている。このことは、この信号に由来
する部分の分子運動性が低いことを裏付ける。図 2-3 に示したように Hylar の分子量分
布は広く、KF1100 と比較して低分子量の成分を多く含んでいることから、-120 ppm の
信号はこの低分子量の成分に由来し、この成分の結晶性は高いと考えられる。
図 2-6 3種の PVDF のスピンロック 20 ms 後のスペクトル. *は SSB.
44
2−3−3
回転系のスピン−格子緩和時間 T1ρF の評価
図 2-7 は、スピンロック時間 tSL を 0 から 20 ms まで変化させた時の信号強度のプロ
ットである。この信号強度の減衰は、回転系でのスピン−格子緩和時間 T1ρF を用いて
式(2-1)で表すことができる[22]。
M (t SL ) = M 0 e
( − t SL / T1Fρ )
(2-1)
従って、図 2-7 の減衰曲線のフィッティングから、T1ρF を算出することができる。実験の
節で触れたように、T1ρF は、スピンロック周波数(本実験では 100 kHz)程度の分子運動
に敏感な緩和パラメータ−であり、一般にガラス転移温度 (Tg)より十分に高い温度で
は、T1ρF が長いほど分子運動性が低いことを表す。PVDF の Tg は-35ºC 程度であり、測
定温度(68ºC)は Tg よりも十分に高い。図 2-7 の減衰曲線は、結晶部の信号について
は 1 成分(-98 ppm (●)の信号には非晶部の信号(図 2-2 の peak 3)が重なっている
ため、2成分のフィットを行っている)、VDF 連鎖の非晶部と異種結合部の信号につい
ては2成分の指数関数でフィッティングを行った。フィッティングにより得られた T1ρF を
表 2-2 に併せて示した。VDF 連鎖の非晶部の短い T1ρF 成分は 1.8 ms から 3.5 ms で
あるのに対して、結晶部は 30 ms 以上であり、分子運動性が大きく異なることがわかる。
なお、この実験では最も長いスピンロック時間が tSL=20 ms であるため、結晶部の信号
について得られた 34 ms (Hylar)と 52-54 ms (KF1100 と Piezo film)の差に関しては誤
差が大きいと考えられ、議論の対象とはできない。異種結合部の信号の T1ρF は短い成
分(1.7 ms から 4.4 ms)が VDF 連鎖の非晶部と同程度であり、この部分が非晶部に存
在していることを裏付ける。しかしながら、長い成分については、10 ms から 32 ms と非
晶部の長い成分と結晶部の T1ρF の間の値をとっている。長い成分には結晶部と非晶
部の間のスピン拡散の影響が含まれるが、Delayed-CP(図 2-5)及び 20 ms のスピンロッ
クスペクトル(図 2-6)において異種結合部の信号がはっきりと観測されていることから、
45
図 2-7 スピンロック時間に対する 19F 磁化の減衰. (a) KF1100, (b) Hylar, (c) Piezo
film.
46
異種結合部は、結晶と非晶の界面のような、非晶部よりも分子運動が拘束された領域
にも存在していると考えられる。これを支持する報告として、最近、Wormald らがα型
PVDF の異種結合部に注目した解析を行っている [19] 。彼らは Radio Frequency
Driven Recoupling (RFDR)パルスシーケンス[23]を用いた測定において、異種結合部
の信号には結晶部の信号との相関ピークが観測されることを示し、異種結合部は非晶
部だけでなく、結晶部に近接した部分が存在していることを明らかにしており、本研究
における異種結合部の信号の T1ρF の挙動と矛盾しない。ところで、彼らが用いた試料
(Kynar 301F (Atofina France))は、GPC による分子量は 1×106 Da, DSC による結晶化
度は 28% と見積もられており、我々の試料よりも結晶化度がかなり低い。彼らの
19
F
MAS スペクトルにも Hylar の-112 ppm と同様な異種結合部の鋭い信号が観測されて
おり、枝分かれ部分に由来する可能性を示唆している。しかし、この信号は分子運動
性が高い領域を選択したスペクトルに観測され、スピンロックによって結晶部を選択し
たスペクトルには観測されていない(分子運動性が非常に高いことを意味する)ため、
Hylar の場合の低分子量成分とは異なると考えられる。
表 2-2 3種の PVDF の回転系でのスピン−格子緩和時間 T1ρF (ms). 括弧内は各成
分の割合(%)を示す.
Sample
KF1100
Symbol
▲
○
●
◇
△
δF / ppm
-79.8
-88.4
-93.2
-110
-112
3.5 (42.6)
0.2 (11.7)
4.4 (64.2)
1.8 (67.3)
53.7 (100)
13.9 (57.4) 53.5 (88.3) 31.8 (35.8) 27.3 (32.7)
1.8 (60.5)
Hylar
6.7 (39.5)
Piezo
film
1.7 (55.1)
1.7 (34.4)
10.3 (44.9)
9.8 (65.6)
2.7 (70.2)
2.8 (66.5)
33.6 (100)
44.7 (100)
2.7 (64.2)
1.7 (9.6)
11.8 (35.8) 51.5 (90.4) 12.8 (29.8) 13.9 (33.5)
47
γ型 PVDF フィルムの解析
2−3−4
2−3−4−1
IR・DSC 測定
図 2-8 は、γ-film の ATR-IR スペクトルである。比較のために KF1100 の IR スペクト
ルをあわせて示した。図中に示した 835, 511, 430 cm-1 にγ型に特徴的な吸収[24]が現
れていることから、このフィルムが γ型結晶を有していることが確認された。 α型に特徴
的な吸収もみられることから、このフィルムにはγ型結晶の他にα型結晶も含まれている
と考えられる。
図 2-8 γ-film(実線)と KF1100(点線)の ATR-IR スペクトル.
48
図 2-9 は、γ-film の DSC 曲線である。KF1100 が 172.9ºC に融解による吸熱ピークを
示しているのに対して、γ-film は 193ºC に吸熱ピークがみられる。Gregorio ら[24]が報
告しているγ型結晶を有するフィルムの DSC 測定における融解ピークが 183ºC にみら
れていることから(α型結晶の融解ピークは 167ºC にみられる)、γ-film がγ型結晶を有し
ていることが確認される。しかし、178.5ºC にも吸熱ピークがあることから一部α結晶など
他の結晶型も含まれていると考えられる。
図 2-9 γ-film(実線)と KF1100(点線)の DSC 曲線.
49
2−3−4−2
19
F MAS NMR 測定
図 2-10(a)は、γ-film の DP
19
F MAS NMR スペクトルである。このスペクトルには
KF1100 や Hylar のα型 PVDF に特徴的な信号に加えて、-84.2 ppm (F)と-101.3 ppm
(C)に2本の新たな信号が観測されている。結晶部を選択的に観測した 20 ms のスピン
ロック後のスペクトル(図 2-10(b))にもこれらの信号が明確に観測されており、これらの
信号が結晶部に帰属されることが確認できる。図 2-10 に示したピーク分離は、 α型
PVDF に特徴的な A, B, D, E, G の5本については KF1100 のフィッティングによって得
られた化学シフトと半値幅を用い、新たに現れた C, F の2本の信号の半値幅をフィッテ
ィングにより最適化することにより得られたものである。この結果を用いて分離したそれ
ぞれの信号の、スピンロック時間に対する
19
F 磁化の減衰を図 2-11 にプロットした。ま
た、フィッティングによって得られた T1ρF を表 2-3 にまとめた。C, F の信号の T1ρF は1成
分で 70 ms 以上と非常に長く、これらが結晶部の信号であることが裏付けられた。
表 2-3 γ-film の回転系でのスピン−格子緩和時間 T1ρF.
δF / ppm
-112.4
-110.4
-101.3
-93.7
-88.5
-84.2
-79.6
Symbol
A(△)
B(◇)
C(▼)
D(●)
E(○)
F(■)
G(△)
2.1
1.3
75.5
1.4
2.2
72.5
37.6
T1ρF
(59.9%) (45.9%) (100%) (26.1%) (69.9%) (100%) (100%)
10.8
7.7
48.2
(40.1%) (54.1%)
15.1
(73.9%) (30.1%)
50
E
(a)
D
F
C
G
-60
-70
-80
-90
-100
δF / ppm
-110
-120
-130
-120
-130
D
E
(b)
B A
F
G
C
B A
-60
-70
-80
-90
-100
δF / ppm
-110
図 2-10 γ-film の(a)DP 19F MAS NMR スペクトル、(b) 20 ms のスピンロック後(結晶
部の選択的観測)のスペクトル.
図 2-11 γ-film のスピンロック時間に対する 19F 磁化の減衰.
51
2−3−4―3
19
F 磁気遮蔽定数計算
最後に、C, F の信号がγ型結晶に由来することを確認するために、VDF の8量体のモ
デル化合物 H-(CH2CF2)8-CH3 を用いてα, β, γの3種のコンホメーションについて磁気
遮蔽定数計算を行った。計算には、構造最適化に B3LYP/6-311G(d)基底を、遮蔽定
数計算に B3LYP/6-311+G(2d,p)基底を用いた。図 2-12 にモデル構造の中央に位置
する4つのフッ素について得られた磁気遮蔽定数を棒スペクトルで表した。計算結果
をみると、α型は2本の信号が観測されることがわかり、実測のスペクトルと一致する。し
かし2本の信号の遮蔽定数の差(=化学シフト差)は、計算値で 16 ppm、実験値で 13
ppm 程度であり、前者の方がやや広く完全には一致しない。またβ型結晶では4つのフ
ッ素が等価である結果が得られ、実測のスペクトルと一致するが、化学シフトについて
は、実測ではα型の低周波数側の信号との区別が出来ないのに対して、計算値では 5
ppm 程度差がある。したがってこの計算は、定量性が十分に高いとはいえないものの、
定性的には実験を再現している。Karadakov ら[25]は、19F 核の磁気遮蔽定数計算は、
用いる計算方法や基底関数によって結果が左右され、モノフルオロベンゼンの計算に
おいては、DFT 法より Hartree-Hock 法を用いた方が実験値を再現できるとしており、
19
F 核の遮蔽定数に関しての正確な計算は難しいというのが現状であろう。
一方、γ型の計算結果では、4つのフッ素が全て非等価に現れている。最も低周波数
側の④はβ型よりもさらに低周波数側に現れる。これは、実測のスペクトルと一致してお
り、-101.3 ppm の信号に対応する。さらに高周波数側の2本は、α型のスペクトルの2本
の信号の間に現れる。図 2-10 と対応させてみると、最も高周波数側の①が-84.2 ppm
に対応し、②は③とほぼ等しい化学シフトで-93 ppm に観測されていると考えられる。こ
のように計算から予想されるスペクトルは実測のスペクトルと定性的に一致しており、γ
型結晶を有する PVDF の 19F MAS スペクトルでは、-84 ppm と-101 ppm にγ型特有の
結晶部の信号が観測されることがわかった。
52
図 2-12 (a)3種の結晶構造の磁気遮蔽定数計算結果の棒スペクトル.
このような化学シフト(遮蔽定数)の差は主鎖コンホメーションを反映していると考え
られる。そこで、それぞれの結晶構造におけるフッ素核近傍の環境の比較を行った。
図 2-13 に構造最適化により得られた3種の結晶構造における近接 F-F 間(点線)及び
F-C 間距離(実線)を示した。まず、γ型のもっとも高周波数に観測される信号(①)とα
型の高周波数側の信号(A)とを比較すると(図 2-13(a)と(b))、いずれも注目するフッ素
核から見て gauche 位にあたる炭素核が1つ存在し、その距離はほぼ等しい(3.03 Å と
3.06Å )。しかしながら両信号間の遮蔽定数の差は 6.2 ppm であり、 Holstein らの
γ-gauche 効果だけでは説明がつかない。図 2-13 から明らかなように、γ型のフッ素①に
はδ位にフッ素核があり、その距離も短い(2.67 Å)のに対して、α型のフッ素 A のδ位は
炭素核であり、距離は長い(2.94 Å)。従って 6.2 ppm の差は、フッ素核が近接している
ことによって生じていると考えられる。一方、最も低周波数側に観測される信号④とβ型
の信号を比較すると両者の間には 11.7 ppm の差がみられる(図 2-12 )。どちらも
γ-gauche 効果を受ける炭素核が2つ存在し、近接フッ素核も3つである(図 2-13(c)と
53
(d))。しかしながら、④では、γ位の炭素核の一方がより近接しており、γ-gauche 効果が
より大きいと考えられること、さらに距離はやや遠いもののδ位に炭素核があり、④の周
囲がより混み入っており、これらが低周波数シフトを引き起こしていると考えられる。信
号①と A の差に現れているように、δ位の炭素の効果はフッ素よりも小さいと考えられる
が、δ位の炭素あるいはフッ素の有無が低周波数シフトに寄与していることは明らかで
ある。
従って、α, β, γ型 PVDF の 19F MAS NMR スペクトルにおける結晶部信号の化学シ
フトの違いは、γ-gauche 効果だけでは十分に説明できず、δ位の環境も考慮しなけれ
ばならないといえる。
54
図 2-13 3種の結晶構造での近接 F-F 間(点線)と F-C 間(実線)の距離(Å).
55
2−3−5
1
H→19F CP 曲線
第1章では、1H→13C CP 実験において、接触時間に対する信号強度のプロット(CP
曲線)の初期段階に観測される磁化交換の振動現象(オシレーション)から、核間距離
を測定する手法について述べた。このオシレーションは 1H→19F CP 実験においても観
測されることがわかっている [26-29]。本研究では、結晶構造の異なる PVDF(α型とβ
型)について 1H→19F CP 実験を行い、得られる有効核間距離を比較した。
68ºC での 1H→19F CP 実験により得られた KF1100, Hylar, Piezo film の3種の PVDF
の-93 ppm の結晶部と-88 ppm の非晶部の信号の
19
F 磁化の発展(CP 曲線)を、図
2-14 に接触時間 tCP に対してプロットした。いずれの試料についても CP 曲線の初期段
階に、はっきりとしたオシレーション挙動が観測された。第1章で述べたように、このよう
なオシレーション挙動は、双極子相互作用が2つのスピンの間で支配的であるときに
観測される[30]。Fyfe らは、CP の±1 sideband matching 条件下でのオシレーションを
示す CP 挙動を第1種ベッセル関数を用いた式で表すことができると報告している[31]。
本研究では、彼らの式に従って解析を行った。
図 2-14 に示す 1H→19F CP 曲線は、2つの成分に分離することができる。一つは、速
い立ち上がりでオシレーションを示す成分(以降、「立ち上がりの速い成分」)で、もう一
つは立ち上がりが遅くオシレーションを示さない成分(同、「立ち上がりの遅い成分」)
である。CP 曲線の初期段階の立ち上がりでは、1H と 19F が隣接し、双極子相互作用が
強い核間で磁化移動が起こり、またオシレーション挙動が観測される(立ち上がりの速
い成分, Sfast)。接触時間の長いところには、より遠くの弱い双極子相互作用を持つ 1H
からの磁化移動の寄与(立ち上がりの遅い成分, Sslow)がある。従って、CP 曲線は2つ
の関数 Sfast と Sslow の一次結合でフィットできる。
S CP (t ) = M CP [ xS fast (t ) + (1 − x) S slow (t )] ,
56
(2-2)
ここで、MCP はスケーリング係数である。Fyfe らの式に従って、Sfast と Sslow は以下のよう
に記述できる。
1
S fast (t ) = ( Exp(−t / T1*ρ ) − Exp(−t / Tdamp ) g ±1 (t ))
2
S slow (t ) =
*
Exp (−t / T1*ρ ) − Exp (−t / THF
)
*
1 − (THF
/ T1*ρ )
,
(2-3)
(2-4)
ここで THF*は磁化の立ち上がりの時定数、T1ρ*は磁化の減衰の時定数である。なお、
THF*と T1ρ*はそれぞれ見かけのパラメーターで、真の THF と T1ρH とは異なることに注意
が必要である(第1章参照)。Tdamp は MAS 下での Hartmann-Hahn matching の±1
sideband 条件における粉末試料における孤立スピン対の CP 挙動を記述するオシレー
ション関数 g±1(t)の減衰の時定数である。g±1(t)は次のように表される。
g ±1 (t ) =
1 π πDt
cos
sin( 2θ) sin θ dθ
∫
2 0
2
(2-5)
θは2つの核間ベクトルと磁場のなす角で、全方位についての積分をとる。D は2つ
の孤立スピン対の異核双極子カップリング定数で、2つの核間の距離に式(2-6)で関係
づけられる。
D=
µ0 γ I γ S h
16π 3 r 3
(2-6)
式(4)の右辺の積分は、第1種ベッセル関数を用いて(2-7)式のように近似できる。
∞
1
πDt
πDt
J 2k
2
+
g ±1 (t ) = J 0
∑
2
2 k =1 1− 4(2k )
2
(2-7)
Jk(x)は、ベッセル方程式
dJ ( x)
d 2 J k ( x)
+x k
+ ( x 2 − k 2 ) J k ( x) = 0
x
2
dx
dx
2
(2-8)
の解である。ベッセル関数の詳細については数学専門書等を参照されたい。
57
図 2-14 3種の PVDF の 1H→19F CP 曲線. (a) KF1100, (b) Hylar, (c) Piezo film.
58
上述の式は孤立スピン対についての理論式であるが、PVDF は-(CH2-CF2)-の連鎖
であるため、1H と
19
F が系内で孤立していることは考えられない。しかしながら、19F 核
には、分子内で隣接する 1H あるいは隣接分子鎖の近接 1H との間の強い双極子相互
作用が存在し、それらの間の磁化交換によりオシレーションが観測されていると考えら
れる。CP 曲線の立ち上がりの速さやオシレーションの周期は、19F 核と近接した 1H 核
の数や双極子相互作用の強さの影響を受ける。本研究では、オシレーションを含む
CP 曲線のフィッティングのために式(2-2)から(2-7)を用いて図 2-14 の CP 曲線のフィッ
ティングを行い、双極子相互作用の大きさを比較した。得られたパラメーターは表 2-4
にまとめた。
図 2-15 は、8 量体のモデル化合物 H-(CH2-CF2)8-CH3 について量子化学計算によ
って得られたα型とβ型の最安定構造である。構造最適化は B3LYP/6-311+G(2d,p)を
用いて、全ての結合角、結合長の最適化を行った。結晶部の信号についてフィッティ
ングから得られた双極子カップリング定数 D の値は、図 2-15 に示した分子内の H-F
間距離(約 2.5Å)から算出される D(7240 Hz)よりも大きい。これは、上述の通り PVDF
では 1H-19F スピン対が孤立しておらず、1つの 19F 核に対して複数の 1H 核が相互作
用しているためと考えられる。しかしながら、得られた D には試料によって差がみられる。
α型結晶を有する KF1100 と Hylar では、後者の誤差が大きいことを考慮すると差がみ
表 2-4
1
H→19F CP 曲線のフィッティングにより算出した KF1100, Hylar, Piezo film
の双極子カップリング定数 D.
KF1100
Hylar
Piezo film
D/Hz
D/Hz
D/Hz
Crystalline
15000±270
14100±1170
11900±280
Amorphous
8750±170
6520 ±250
4460±140
59
図 2-15
量子化学計算により得られた(a) α型, (b) β型の構造.
られないのに対して、β型結晶の Piezo film ではα型よりも小さい。これは、図 2-15 に示
したように、α型結晶では、分子内でほぼ等距離にある 1H が4つあるのに対してβ型結
晶では2つであるため、近接 1H の数が多いα型結晶の方が磁化交換が速く、オシレー
ションの周期が短くなり、大きな D を与えたものと考えられる。
一方、オシレーションは非晶部にも観測されている。Ando ら[18]が報告した PVDF
の 1H → 19F CP 曲 線 に は 非 晶 部 の 信 号 に オ シ レ ー シ ョ ン は 観 測 さ れ て い な い
(Inversion Recovery CP 実験では非晶部にもわずかに観測されている)。彼らはスピン
温度仮説に基づき真の THF, T1ρF を算出するために、Hartmann-Hahn matching 条件に
center band(ω1I = ω1S)を用いているが、本研究のように±1 sideband matching 条件下
での測定の方が、数倍の信号強度が得られ、オシレーションも明確に観測できる。非
晶部について得られた D の値は、結晶部よりもかなり小さい。これは、非晶部では分子
運動によって双極子相互作用が平均化されるためと考えられる。3種の試料の非晶部
60
では、分子運動によってコンホメーション交換が起こっていると仮定すれば、D の差は
非晶部の分子運動性の差に起因すると考えられる。CP 曲線への分子間の寄与を排
除できないため、同じ結晶型の KF1100 と Hylar とを比較すると、後者の方が非晶部の
運動性が高いと推測できる。Hylar の結晶化度は KF1100 より低く、結晶化度の低い
Hylar の方が非晶部の運動も活発であると考えられる。図 2-7 に示したように、T1ρF では
KF1100 で 3.5 ms、Hylar で 1.8 ms と両者の差が2倍異なるが、異なる試料間で有意な
差として議論するのは難しい。
以上の 1H→19F CP 挙動の解析から、結晶形の違いによって磁化移動の速さが異な
ることが明らかになった。本研究で用いた系は 1H と 19F が孤立していないこと、1H→19F
CP が共に天然存在比の高い核間の CP であることから、核間距離を正確に決定するこ
とはできないものの、非晶部について見積もられる D は分子運動性を反映していると
考えられる。今後の展開として、1H→19F CP に適用できる理論式の構築ならびに他ス
ピン系での解析方法を検討する必要がある。
2−4
結論
固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いて、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)
の結晶構造と分子運動性の解析を行い、以下の3点を明らかにした。
1. γ型結晶を有するフィルムの 19F MAS NMR スペクトルを初めて測定した。α, β, γ型
の3種の 19F NMR スペクトルにおける結晶部の信号の化学シフトはγ-gauche 効果
だけでなく、δ位のフッ素核あるいは炭素核からの効果(δ効果)を受ける。
2. 異種結合部の信号は運動性が高い領域及び低い領域を選択的に観測したスペク
トルの両方に明確に観測された。また、スピンロック実験による T1ρF の測定におい
て異種結合部の信号に非晶部よりも長い成分が観測された。これらのことから異種
結合部は主に非晶部に存在しているが、結晶と非晶の界面のような、非晶部よりも
61
分子運動が拘束された領域にも存在している。
3. 1H→19F CP 曲線には磁化交換によるオシレーションが観測され、フィッティングか
ら算出した双極子カップリング定数 D はα型の方がとβ型結晶よりも大きい。これは
コンホメーションに由来する 19F 核の回りの 1H の環境を反映していると考えられる。
非晶部の信号についてもこれまで報告されていない明確なオシレーションが観測
され、結晶部よりも小さい D を得た。これは分子運動によって双極子相互作用が平
均化されているためであり、結晶化度の低い Hylar の方が KF1100 よりも D は小さ
く、非晶部の分子運動性が高いことを反映していると考えられる。
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64
第3章
固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたフッ化ビニ
リデン−三フッ化エチレン共重合体の相転移挙動の解析
本章では、フッ化ビニリデン−三フッ化エチレン共重合体 P(VDF/TrFE)にみられる強
誘電−常誘電相転移に伴うコンホメーションと分子運動に関する固体 19F MAS NMR
による解析について議論する。本章を大きく2節に分け、3−1節では、一軸延伸した
高配向・高結晶性フィルムについて、続く3−2節では、未延伸の非晶部を多く含むフ
ィルムについて述べる。
3−1
一軸延伸フィルムの相転移挙動
3−1−1
はじめに
フッ化ビニリデン(VDF)と三フッ化エチレン(TrFE)の共重合体 P(VDF/TrFE)は、圧電
性や焦電性を示し、さらには強誘電−常誘電相転移現象を明確に示す高分子として
注目されている[1,2]。Ohigashi ら[3]は、常誘電相においてフィルム表面を拘束せずに
一軸延伸することによって、高度に配向したフィルムが得られることを発見した。このフ
ィルムにはX線回折法によって非晶部もラメラ結晶部も観察されなかったことから、彼ら
はこの延伸フィルムを「単結晶状フィルム(single crystalline (SC) film)」と呼んだ。
P(VDFx/TrFE1-x)の結晶構造や熱的性質、圧電特性は、VDF 分率 x に依存し、特に
VDF 分率が 0.65 から 0.82 の場合に最も高い圧電特性が得られる。P(VDF/TrFE)の相
転移挙動を解明するために、これまで赤外分光法[4]や X 線回折法[5,6]、分子動力学
計算[7]、そして 1H 及び
13
C NMR 法[8-11]を用いた研究が行われている。強誘電相
(low-temperature (LT) phase)での安定な結晶構造は斜方晶で、all-trans 鎖が双極子
の向きを b 軸方向にそろえた構造をとっている。常誘電相(high-temperature (HT)
65
phase)では、結晶構造は tg+, tg-, t3g+, t3g-コンホメーションが統計的に混合した六方晶
相で、分子鎖は鎖軸周りに回転運動しており、コンホメーション欠陥が鎖軸方向に1次
元拡散運動(分子鎖に沿って欠陥位置が移動する)をしているといわれている
[2,4,5,12]。
P(VDF/TrFE)のダイナミクスと相転移挙動の解析に関しては、NMR を用いた研究が
いくつか報告されている。Ishii ら[8-10]は、1H NMR の線幅とスピン−格子緩和時間
T1H を用いて、昇温過程において強誘電相における trans TrFE セグメントの運動が相
転移温度(Curie temperature, Tc)付近で flip-flop から回転運動に変わるということを報
告している。彼らは、TrFE unit の激しい運動が相転移における all-trans から統計的に
混合したコンホメーションへの変化の鍵になっていることを示唆した。彼らはまた、 13C
CP/MAS NMR 測定から得られる 1H の回転系でのスピン−格子緩和時間 T1ρH が、昇
温及び降温過程での Tc 付近(110, 80ºC)と降温過程での常誘電相(120-110ºC)の3つ
の温度領域で極小値をとることを報告している。
固体
19
F MAS NMR 法は、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリ三フッ化エチレン
(PTrFE)、ポリフッ化ビニル(PVF)や VDF とヘキサフルオロプロピレンの共重合体、さら
には非晶質の全フッ素化高分子の構造及び分子運動性の解析に適用されている
[13-23]。しかし、19F MAS NMR 法をフッ素化高分子の相転移挙動の解析に用いた報
告例はない。第2章で示したように、19F NMR は化学シフト幅が広いために、コンホメ
ーション変化が化学シフトに敏感に反映される。また、head-to-head などの異種結合に
由来する信号が明瞭に分離して観測されるため、一次構造部位ごとにコンホメーショ
ンや分子運動性の解析が可能である。本研究では、P(VDF75/TrFE25)「単結晶状フィ
ルム」の相転移に伴う結晶部のコンホメーションと分子運動性の変化を、温度可変固
体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いて解析した。
第1章で述べたように、固体 1H→19F CP/MAS NMR 法では、19F と 1H 核の天然存在
比が共に高いために、19F 核の感度向上のメリットはないが、CP を用いることにより、運
66
動性が高い、あるいは低い領域を選択的に観測することが可能である。本研究では短
い接触時間を用いた CP を用いることにより、結晶部に由来する信号を選択的に観測
し、解析を行った。
3−1−2
実験と測定
試料
試料には(株)ダイキン工業より提供された P(VDF75/TrFE25)のフィルム(as-received
(AR) film)を用いた。さらに一軸延伸フィルムは以下の方法で作成した[3]。コポリマ
ーのペレットを DMF に溶解し(25 wt%)、基板上にスピンコートした。70ºC で 3 時間
乾燥させた後、基板からフィルムをはがし、室温で5倍に一軸延伸し、140ºC で 3 時
間熱処理を行った。得られたフィルムは厚さ 15 µm で無色透明であった。散乱はみ
られず、結晶部のドメインサイズは可視光の波長よりもずっと大きいと考えられる。以
降、この延伸フィルムを SC-film と表す。
示差走査熱分析(DSC)測定は、SEIKO SSS-5000 DSC-220 を用いて 30-140ºC の温
度範囲で昇温及び降温速度 5ºC/min で行った。図 3-1 に SC-film の DSC 曲線を示す。
昇温時には 125.4ºC に、降温時には 74.1ºC にそれぞれ相転移による吸熱及び発熱ピ
ークがみられた。SC-film の昇温及び降温時の相転移開始温度(Tc)はそれぞれ、
118ºC と 76ºC とした。昇温速度 10ºC/min で行った測定により、融点は 148ºC であった。
NMR 測定
固体 19F MAS NMR 測定は、日本電子製 EX データシステム(1H 共鳴周波数 300.4
MHz、19F 共鳴周波数、282.65 MHz)及び、chemagnetics 社製 APEX 19F/1H 二重共鳴
プローブと 4 mmφのジルコニア Pencil rotor を用いた。MAS 回転数はωr = 16 kHz、1H
及び 19F の r.f.周波数は、Hartmann-Hahn sideband matching 条件ω1H = ω1F – ωr = 83
67
kHz を満たすように設定した。19F スピンロック周波数は 100 kHz である。試料温度は、
テトラキス(トリメチルシリル)シランにエチレングリコールを吸着させたものを用いて、16
kHz の MAS 下でエチレングリコールの CH2 と OH プロトンの化学シフト差の温度依存
性からキャリブレーションを行った[25]。温度可変測定は、43∼119℃の昇温過程で行
った。19F 化学シフトは、CFCl3 基準で測定した C6F6 の化学シフト(–163.6 ppm)を外部
基準に用いた。なお、Bloch-Siegert シフト[26]を考慮するために、基準の測定の際に
も 83 kHz の 1H デカップリングを照射した。試料は、温度及び磁場の均一性を保つた
めに試料管の中央に長軸方向に 2.5 mm 厚で詰めた。全ての測定を通して、積算回
数は 32 回とした。
19
F 核の回転系でのスピン−格子緩和時間(T1ρF)は、図 3-2(a)に示すパルスシーケ
ンスを用いて、スピンロック時間(tSL)可変測定で tSL を 0.1∼20 ms まで変化させて測定
した。図 3-2(b)に示す delayed CP パルスシーケンスをスピン−スピン緩和時間 T2 の長
い信号の観測に用いた。接触時間 tCP と遅延時間τはそれぞれ、0.2 ms と 0.5 ms とし
た。
図 3-1 SC-film の DSC 曲線.
68
図 3-2 (a)T1ρF 測定のためのスピンロック時間可変パルスシーケンス、(b)非晶部を選
択的に観測するための Delayed CP パルスシーケンス。通常の CP/MAS 測定
は遅延時間τを 0 として得られる。
69
3−1−3
結果と考察
3−1−3−1
19
F MAS NMR スペクトル
図 3-3(a)は、68ºC で測定した AR-film の直接励起(direct polarization, DP) 19F MAS
NMR スペクトルである。-88 ppm から-130 ppm に広がる幅広な信号は結晶部に、鋭い
信号(peak 1am から 8am)は非晶部に由来する。後者の信号は、Mabboux と Greason
[24]によって報告されている P(VDF/TrFE)の溶液 19F COSY スペクトルに従って帰属し
た。-88 ppm から-130 ppm までの高周波数側の信号は CF2 に、-195 ppm から-210 ppm
までの低周波数側の信号は CFH に帰属される。さらに、-88.4 ppm (peak 1am)、-102.2
ppm (peak 3am)、-109.2 ppm (peak 4am)は異なるシーケンスの VDF の CF2 に帰属される。
Holstein ら[17]は 19F MAS NMR スペクトルで PVDF の非晶部の信号がδF = -91 ppm
に観測されると報告している。彼らが 19F の化学シフト基準として C6F6 の信号を-166.4
ppm としていることを考慮すると(本研究で用いている基準よりも 2.8 ppm 低周波数に
位置している)、peak 1am のδF は PVDF の非晶部の信号の化学シフトと一致する。つま
り、peak 1am は、P(VDF/TrFE)の非晶部の VDF 連鎖シーケンス
–CF2–CH2–CF2–CH2–CF2–の CF2 に帰属できる。Peak 4am から 6am は CHF と隣り合う
CF2 に帰属できる。Mabboux と Gleason の 19F COSY スペクトルに従って、-195.8 ppm
の peak 7am は VDF と TrFE が head-to-head 結合した VDF:VDF:TrFE:VDF:VDF シー
ケンス(以降「H-H 結合部」と表す)、すなわち
–CF2–CH2–CF2–CH2–(CHF–CF2)–CF2–CH2–CF2–CH2–の CHF に帰属される。もう一
方の-203.7 ppm に観測されている peak 8am は、head-to-tail 結合(「H-T 結合部」)の
VDF:VDF:TrFE:VDF:VDF シーケンスすなわち、
–CF2–CH2–CF2–CH2–(CF2–CHF)–CF2–CH2–CF2–CH2–に帰属される。
図 3-3(b)に 68ºC で測定した SC-film の DP
70
19
F MAS NMR スペクトルを示す。
AR-film でみられる peak 1am、3am、7am と同じ化学シフトに信号強度の小さな鋭い信号
が観測されている。さらに、幅広であるがはっきりとした信号が-92 ppm と-202.0 ppm
(peak 2LT と 8LT)に観測されており、前者は2本に分裂している。後に結晶部の選択的
観測及び T1ρF 測定で明確になるが、これらの信号は結晶部に帰属される。Peak 2LT の
δF は、all-trans コンホメーションをとるβ型 PVDF ホモポリマーの結晶部の信号の化学シ
フトと一致しており[17]、このことは P(VDF/TrFE)が強誘電相で all-trans コンホメーショ
ンをとっているというX線回折の結果[2,4]と一致する。all-trans の TrFE のδF については
報告がないが、peak 8LT は all-trans をとる結晶部の TrFE ユニットの信号と帰属できると
考えられる。Reinsberg ら[22]は、固体
19
F MAS NMR スペクトルにおいて、PTrFE の
head-to-tail シ ー ケ ン ス の CHF の 信 号 が -213 ppm に 観 測 さ れ る の に 対 し て 、
head-to-head シーケンスの信号は-219 ppm に観測されると報告している。図 3-3 にはこ
れらに対応する信号が観測されておらず、P(VDF/TrFE)の TrFE ユニットは高分子鎖
の中で孤立していると考えられる。
図 3-3
68ºC での(a)AR-film と(b)SC-film の Direct polarization 19F MAS
NMR スペクトル. 測定条件: 19F π/2 パルス幅 2.5 µs, 積算回数 32
回, 繰り返し時間(a) 6 and (b) 12 s.
71
図 3-4(a)は、delayed-CP パルスシーケンスを用いて AR-film の非晶部を選択的に観
測したスペクトルである。この手法は、結晶部あるいは運動が拘束されたドメインは非
晶部や運動性の高いドメインに比べてスピン−スピン緩和時間 T2 がはるかに長いこと
を利用している。図 3-4(a)では、幅広な結晶部の信号は効果的に抑えられており、鋭
い信号のみが観測されている。図 3-4(a)では図 3-3(a)と比べて peak 7am と 8am (CHF
フッ素)の相対強度がかなり低い。CP を用いた実験では信号強度は磁化移動の効率
にも左右されるため断定はできないが、これは、AR-film では TrFE ユニットの運動性
が VDF ユニットよりも低いことを表している可能性がある。図 3-4(b)に示されるように、
非晶部の信号は SC-film についても AR-film と同じ共鳴位置に観測されている。しか
しながら、主として結晶化度が高いため、図 3-4(b)では幅広な結晶部の信号が完全に
は消えていない。また、SC-film のスペクトル(図 3-4(b))は AR-film(図 3-4(a))と比べて
同程度の S/N 比を得るために8倍の積算が必要であり、信号強度が非常に弱いことに
注意が必要である。
図 3-4(c)と(d)は、それぞれ AR-film と SC-film について短い接触時間 tCP (0.1 ms)を
用いて観測した 1H→19F CP/MAS NMR スペクトル(short CP スペクトル)である。ガラス
転移温度(Tg)以上では、結晶部における 1H から 19F への磁化移動は、非晶部に比べ
てはるかに効率的に起こるため、これらのスペクトルでは結晶部の信号が支配的に観
測されている。図 3-4(d)では SC-film の幅広な peak 2LT と 8LT が強調され、非晶部の信
号はほとんど観測されていない。AR-film におけるスペクトル線形及び peak 2LT と 8LT
の化学シフトは SC-film と一致しており、このことから、AR-film の結晶部も all-trans コ
ンホメーションをとっていることが確認できる。
72
図 3-4 結晶部と非晶部の選択的観測. (a)と(b)はそれぞれ AR film と SC film の
delayed CP スペクトル:delay time τ = 0.5 ms, contact time tcp = 0.5 ms, 積算
回数(a)32 回, (b)256 回. (c)と(d)は AR film と SC film の short CP (0.1 ms)
1
H→19F CP/MAS スペクトル.
73
3−1−3−2
68ºC での T1ρF 測定
測定温度 68ºC での 19F スピンロック時間可変測定によって得られた AR-film の peak
1am, 7am, 8am の 19F 磁化の減衰を図 3-5(a)に示す。ピーク分離が困難であるために、信
号強度には信号面積のかわりに各信号の高さを用いた。単一あるいは二つの指数関
数を用いた減衰曲線のフィッティングから得られた T1ρF の値を表 3-1 にまとめた。
AR-film の全ての信号は2成分の減衰を持ち、短い成分は非晶部に、長い成分は結
晶部にそれぞれ由来する。これは 68ºC (Tc よりも 50ºC 低い)においてはスピンロック周
波数(100 kHz)程度の分子運動が、結晶部ではほとんど起こっていないのに対して、
非晶部では激しく起こっていることを示している。すでに報告されているように、X線回
折のパターンには 40ºC から Tc までの温度域で、HT phase のピークが LT phase のピー
クと共存している。これは、この温度域で結晶部の分子鎖にもコンホメーション交換が
おこっていることを示唆している。後に述べる温度可変測定から明確になるが、結晶部
においてもコンホメーション変化を伴う運動が起こっており、それは T1ρF で検知する周
波数よりずっと速い運動である。X線回折で観測される HT phase のピークは、この速い
運動をしている領域を観測していると考えられる。結晶部内での分子運動は、エチレ
ン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)でもみられ、ETFE の結晶部の相転移は
Tg 以下の 0ºC から 100ºC の幅広い温度域で起こるとされている(第4章参照)[27]。また、
表 3-1 68ºC でのスピンロック実験による信号強度のフィッティング(図 3-5)から得られ
た SC, AR film の T1ρF . 括弧内は2つの成分の割合を表す. (単位:ms)
Peak
1am
2 LT
3 am
4 am
5 am
6 am
7 am
8LT
8 am
δ(ppm)
-88.4
-93.8
-102.2
-110.0
-119.3
-127.1
-195.8
-201.1
-203.7
AR-film
1.7 (0.74)
17.5 (0.26)
SC-film
2.3 (0.33)
51.6 (0.67)
82.6 (1.00)
1.9 (0.62)
38.7 (0.38)
1.5 (0.50)
40.8 (0.50)
1.8 (0.58) 1.8 (0.51)
45.7 (0.42) 44.8 (0.49)
4.0 (0.42)
23.7 (0.58)
2.4 (0.22)
72.9 (0.78)
1.9 (0.13)
75.1 (0.87)
1.4 (0.12) 1.5 (0.16)
70.5 (0.88) 63.2 (0.84)
41.2 (1.00) 120 (1.00)
74
3.0 (0.32)
22.4 (0.68)
結晶部と非晶部の T1ρF の大きな違いについては、PVDF ホモポリマーでも観測されて
いる[20,21]。T1ρF の長い成分については TrFE ユニットの CF2 の方が VDF ユニットより
も長いが、短い成分については、VDF と TrFE ユニットの CF2 信号(peak 1am–6am)の
T1ρF(1.5–1.8 ms)は、TrFE ユニットの CHF 信号(peak 7am と 8am: 3.0–4.0 ms)と比較して
短い。AR-film は非晶部の割合が高く、正確な T1ρF の値とそれぞれのドメインの割合を
決定するためには、長いスピンロック時間での結晶部と非晶部間の同核間スピン拡散
の影響を考慮しなければならない。しかしながら、peak 1am の短い T1ρF の成分の割合
が相対的に高い(74%)ということは、VDF 連鎖シーケンスの CF2 がかなり非晶部に含ま
れていると考えられる。非晶部の T1ρF については、3−2節でさらに詳細に議論する。
図 3-5(b)は、68ºC での
19
F スピンロック時間可変測定によって得られた SC-film の
peak 1am, 2LT, 7am, 8LT の 19F 磁化の減衰を示している。40 ms よりも長い T1ρF の値は、
100 kHz 程度の分子運動がほとんどないことを意味する。peak 7am の減衰が peak 8LT と
比較して短い T1ρF を示すことから VDF-TrFE の H-H 結合部は、H-T 結合部より分子運
動性が高いことが示唆される。両者の運動性の違いは次節で述べる昇温過程の温度
可変測定から明らかになる。
75
図 3-5
(a) AR-film と(b) SC-film の 68ºC でのスピンロック時間に対する 19F
磁化の減衰. 指数関数を用いたフィッティングから算出した T1ρF は表
3-1 参照.
76
3−1−3−3
温度可変測定−昇温過程
図 3-6(a)と 3-7(a)は、それぞれ SC-film の CF2 と CHF 領域の昇温過程における温
度可変 1H→19F CP/MAS NMR スペクトルである。結晶部の信号を選択的に観測する
ために短い接触時間(0.1 ms)を測定に用いている。結晶部に由来する幅広な信号
(peak 2LT と 8LT)が 115ºC と 119ºC の間で消失し、119ºC のスペクトルでは鋭い信号の
みが観測されている。これは、明らかに強誘電相から常誘電相への相転移がこの温度
の間で起こったことを示しており、DSC 測定から得られた相転移開始温度(118ºC)と一
致する。13C CP/MAS NMR スペクトルでは、相転移前後でスペクトル線形の変化は観
測されていないのに対して[11]、19F MAS スペクトルでは相転移がスペクトルに明確に
現れていることを強調しておく。さらに、後に詳しく述べるが、全ての信号の T1ρF の値が
107ºC 以上で一様に約 20 ms に急激に減少している。これは、一次構造のどの部位に
おいても同程度の分子運動性を有していることを意味し、常誘電相での激しい
trans-gauche コンホメーション交換に伴う分子鎖全体にわたる鎖軸周りの回転運動を
反映していると考えられる。
CF2 領域では、43ºC で-88.5 ppm に小さなショルダーピークが観測され、77ºC ではは
っきりとした小さな信号(peak 1HT)として現れている(図 3-6(a))。Peak 1HT の化学シフト
は VDF 連鎖の非晶部の信号である peak 1am と一致しているが、peak 1HT は short CP
スペクトルで明確に観測されており、結晶部に由来すると考えられる。77ºC では、-196
ppm に結晶部の信号(7HT)も、peak 7am よりも線幅の広い信号として現れている。さらに
115ºC まで昇温するにつれ、peak 1HT と 7HT は徐々に高周波数側にシフトを示し、
115ºC ではそれぞれ-87.2 ppm と-194.8 ppm に観測される。peak 2LT については、この
変化と平行して信号強度は減少していくものの、115ºC まで化学シフトに変化はみられ
ない。この peak 1HT と 7HT の低周波数シフトは、ポリマー鎖のコンホメーション変化によ
って説明できる。Peak 2LT と 1HT が共存しているということは、2種類のコンホメーション
77
図 3-6 SC-film の CF2 領域の温度可変 1H→19F CP/MAS NMR スペクトル. (a) 昇温
過程, (b)降温過程.
78
図 3-7
SC-film の CHF 領域の温度可変 1H→19F CP/MAS NMR スペクトル. (a) 昇
温過程, (b)降温過程.
79
をもつ VDF 連鎖が存在することを意味する。一方は all-trans の結晶成分で、他方は
gauche コンホメーションの割合が高いドメインである。後者は、常誘電相で鎖軸周りに
回転している分子鎖の前駆体と考えることができる。同様の現象は、Li ら[29]と Tashiro
ら[30]によって、このコポリマーの X 線回折パターンでも報告されている。HT 相の回折
ピークは Tc よりも 30ºC 程度低い温度から線幅の広いピークで現れ、Tc まで LT 相のピ
ークと共存しており、Tc 以上の温度では、HT 相のピークはより鋭くなる。この X 線パタ
ーンから提案された結晶部のドメイン構造は、NMR スペクトルにおいて Tc 以下の温度
で peak 1HT と 2LT が共存していることと一致している。
これに対して、VDF-TrFE の H-T 結合部の信号(peak 8LT)の線形と化学シフトには、
43ºC から 92ºC の間では変化が見られなかった(図 3-7(a))。さらに、常誘電相に対応
する信号 8HT が、99ºC で-202.2 ppm に現れ、-200.8 ppm の peak 8LT と共存している。
また、昇温に伴って、peak 8HT の強度が増加する一方で、peak 8LT の強度は減少して
いる。これらは、H-T 結合部での trans-gauche コンホメーション交換が 99ºC で始まるこ
とを意味しており、この温度は、VDF 連鎖や H-H 結合部の 77ºC よりも高い。つまり、コ
ンホメーション交換の運動に関しては、H-T 結合部は、VDF 連鎖や H-H 結合部よりも
安定であり、エネルギー障壁が高いことを示している。
図 3-8(a)と(b)は、相転移前(107ºC)と後(119ºC)でのスピンロックの下で観測した 19F
磁化の減衰を示している。指数関数を用いたフィッティングから得られた T1ρF の値は表
3-2 に示している。107ºC におけるすべての信号の T1ρF は 40 ms より長く、これは、Tc
直下の温度においても結晶部には 100 kHz 程度の運動がほとんどないことを表してい
る。Peak 7HT の T1ρF が peak 8HT よりも短く、また、peak 8HT が peak 7HT よりも 22ºC 高い
温度で現れることから、H-H 結合部の分子運動性は H-T 結合部よりも高いことがわか
る。さらに、すべての信号の T1ρF は結晶部と非晶部ともに 119ºC で約 20 ms の等しい
値へと急激に減少している。この Tc 以上での均一な T1ρF は、高分子鎖全体を含む一
様な分子運動の存在を意味し、相転移によって一様な激しい分子運動が起こってい
80
図 3-8
昇温過程での相転移の(a)前(107ºC)と(b)後(119ºC)でのスピンロック
時間に対する 19F 磁化の減衰.
81
表 3-2 昇温及び降温過程でのスピンロック時間に対する
ティングから得られた SC-film の T1ρF . (単位:ms)
19
F 磁化の減衰のフィッ
F
T1ρ (ms)
Peak
1 HT
3
4
5
6
7 HT
8 HT
Temperature / ºC
Heating
107
55
114
94
37
48
39
73
119
21.6
22.0
20.0
20.2
19.2
21.9
21.3
85
16.4
20.1
18.9
20.8
12.9
13.9
14.4
77
28
36
42
54
53
43
33
Cooling
ることがわかる。常誘電相では、分子鎖は鎖軸周りに回転運動をしているといわれて
おり[2,4,5]、相転移の前後に見られた T1ρF の大きな変化はこの運動の変化と矛盾しな
い。
昇温過程でのスピン−格子緩和時間 T1F の温度依存性を図 3-9 に示す。昇温に伴
って、T1F の値は徐々に減少しており、数百 MHz 程度の激しい局所的な振動や
flip-flop 運動が増加していることを示唆している。Ishii らは、VDF 分率が 52-72%の
P(VDF/TrFE)の T1H と線幅の解析から、30ºC から 80ºC までは TrFE ユニットの 180º
flip-flop 運動が起こり、Tc 付近でこの運動が回転運動に転換すると結論づけた。また、
NMR 二次モーメントの解析から、80ºC から 114ºC では、VDF のセグメントが 10ºの強
度で振動運動をしていることを報告した[8]。42ºC から 107ºC でみられる T1F の減少(図
3-9)は、振動や flip-flop 運動の増加と対応している。さらに、昇温に伴う peak 1HT と
7HT の高周波数シフトは、flip-flop や振動に付随して、局所的な trans-gauche 間のコン
ホメーション変化が起こっていることを示唆している[5]。
VDF ユニットでの trans と gauche の間のコンホメーション交換は、peak 1LT の化学シ
フトから推論できる。Holstein ら[17]や Ando ら[24]によってすでに報告されているように、
TG+TG-コンホメーションのα型 PVDF は-79 と-95 ppm に2つの結晶部由来の信号を持
つのに対して、all-trans のβ型 PVDF は-95 ppm に単一の結晶部信号が観測される。
82
図 3-9 昇温(H)と降温(C)過程の SC-film のスピン−格子緩和時間 T1F の温度変化.
さらに、非晶部の信号はどちらの試料についても-88.6 ppm に観測されている。この非
晶部の信号の共鳴位置は、NMR のタイムスケールでの分子鎖のコンホメーションや立
体化学構造を反映する化学シフトを平均化する激しい分子運動で説明できる[17]。も
し速い分子運動が all-trans コンホマー(β結晶部)でおこり、等しい割合で trans と
gauche コンホマーが生じると、結果として、α結晶部の2本の信号の中間にあたる-87
ppm に信号が観測されるはずである。このことは gauche コンホマーの増加が CF2 フッ
素の平均化学シフトに高周波数シフトを生ずることを意味する。また、80ºC から Tc にか
けて、P(VDF73/TrFE27)の Raman スペクトルに、gauche バンドの増加が報告されている
[31]。先に述べたように、peak 1HT は 77ºC 以上で高周波数シフトを示しており、Raman
測定の結果と一致している。このシフトは、T1F で検出される速い局所的なコンホメーシ
ョン交換によって gauche 分率が増加することにより引き起こされたと説明することがで
83
きる。
同様に、peak 7HT も昇温に伴って 43∼92ºC で高周波数シフトを示しているが、peak
8LT にはシフトがみられない。99ºC で新たに現れる peak 8HT は相転移温度域で信号強
度の増加を示している。これらのことは、77∼119ºC の間で VDF 連鎖と VDF-TrFE の
H-H 結合部でコンホメーション交換が徐々に活発になるが、VDF-TrFE の H-T 結合部
では、43∼92ºC の範囲で all-trans コンホメーションが保持されていることを表している。
119ºC の常誘電相では、peak 8HT に 107ºC のスペクトルよりも高周波数側へ 0.4 ppm の
シフトが観測されている。これは、常誘電相で H-T 結合部の trans 分率が増加したこと
に対応する。Ishii らは 13C CP/MAS NMR 測定から、TrFE-rich セグメントは常誘電相に
おいても trans コンホメーションを保っていると報告している[11]。しかしながら、19F スペ
クトルにみられるように、peak 7HT と 8HT に明らかな高周波数あるいは低周波数シフトが
観測されており、TrFE unit についてもコンホメーション交換が起こっていると結論でき
る。しかし、相転移後の 119ºC では peak 8HT が高周波数シフトを示し、all-trans(peak
8LT)の化学シフトに近づいていることから、常誘電相では H-T 結合部の trans コンホメ
ーションは H-H 結合部よりも安定であると考えられる。
以上のことから、昇温過程での相転移挙動を以下のようにまとめることができる。主
鎖の trans と gauche コンホメーションの交換は、43∼92ºC の温度域で VDF 連鎖と
VDF-TrFE H-H 結合部で徐々に活発化するが、VDF-TrFE H-T 結合部には交換が起
こらない。92ºC で H-T 結合部でのコンホメーション交換が始まり、これと呼応して 115ºC
までの温度域で VDF 連鎖での trans-gauche 交換運動が急激に増加する。このことか
ら、H-T 結合部が分子鎖の回転を妨げる「くさび」の役割を果たしていると考えられる。
それゆえ、VDF-TrFE の H-T シーケンスが、強誘電−常誘電相転移の鍵となっている
と結論できる。分子鎖軸周りの回転運動は 107∼119ºC で急速に起こる。常誘電相で
は、H-T 結合部は VDF 連鎖や H-H 結合部よりも trans-rich なコンホメーションをとって
いると考えられる。
84
3−1−3−4
温度可変測定−降温過程
図 3-6(b)と 3-7(b)は、降温過程における SC-film の VT 1H→19F CP/MAS NMR スペ
クトルである。119 から 85ºC までの温度域では、peak 1HT, 7HT, 8HT にわずかな低周波
数シフトがみられる以外は、スペクトル線形に変化はみられない。しかし、77ºC で結晶
部の peak 2LT と 8LT が現れており、常誘電相から強誘電相への相転移が 85∼77ºC の
間で起こったことを示している。この温度は、DSC 測定(図 3-1)から得られた相転移開
始温度(76ºC)とよく一致している。さらに低い温度では、鋭い信号の強度が減少し、
かわりに幅広な結晶部の信号強度が増加する。鋭い信号の残りである小さなショルダ
ーピークは 43ºC でも確認でき、昇温前の同じ温度とは異なる。これは、昇温過程とは
異なり、降温過程ではコンホメーション交換の運動が 43ºC でも凍結していないことを意
味している。
図 3-10 は、図 3-6(b)の VDF シーケンスの領域を拡大した図である。常誘電相の温
度域である 115∼85ºC の間で、peak 1HT が 0.7 ppm 低周波数シフトしており、VDF 連
鎖での gauche 分率が温度と共に低下していることがわかる。同じ温度域で、peak 8HT
も低周波数シフトを示している(図 3-7(b))。Peak 1HT と異なり、peak 8HT の低周波数シ
フトは TrFE unit での gauche 分率の増加を意味する。つまり、降温過程での Tc に近づ
くにつれて、VDF 連鎖部分で trans 分率が増加する一方で、同時に VDF-TrFE の H-H
結合部では gauche 分率が増加していると考えることができる。Tc 以下では、コンホメー
ション交換運動は急激に減少し、gauche コンホマーは trans コンホメーションをとって安
定化する。相転移後は、昇温前と同様の長い T1ρF へ戻っていく。
降温過程での Tc の上下(85ºC と 77ºC)での T1ρF を表 3-2 にまとめた。Peak 1HT, 7HT,
8HT の T1ρF は、22 ms(119ºC)から 16 ms(85ºC)へわずかに減少し、85ºC で極小をとって
いる。Ishii らは、13C CP/MAS NMR によって、同じ温度領域で CH2 と CF2 の信号の
T1ρH の極小が観測されるのに対して CHF 信号には極小がみられなかったことから、
85
図 3-10
降温過程での SC film の VDF 領域の 1H→19F CP/MAS NMR スペク
トル.
TrFE はコンホメーション変化をしていないと結論づけている[11]。しかし、peak 7HT と
8HT に低周波数あるいは高周波数シフトが観測されていること、T1ρF に極小が観測され
ていることから、TrFE ユニットにもコンホメーション交換が起こっていることは明らかであ
る。
降温過程での T1F の温度依存性を図 3-9 に示す。常誘電相においては、全ての信号
の T1F は等しい値をとっており、107ºC から 85ºC にかけて減少傾向を示す。降温過程
の極小は Tc 付近にみられている。以上のことは、T1ρF や T1F が相転移に伴う分子運動
86
の変化に敏感であることを示している。Tc 以下の 77ºC では、それぞれの信号の T1F は
異なる値をとり、85ºC よりも長い値となる。さらに降温すると、昇温前の値に近づくが
43ºC でも昇温前よりは短く、T1ρF の結果と同様に、降温時には室温付近でもコンホメー
ション交換が凍結していないと考えられる。
3−1−3−5
非晶部と常誘電相の比較
SC-film の 119ºC での常誘電相のスペクトル(図 3-6(a)と 3-7(a))と AR-film の 68ºC で
の非晶部のスペクトル(図 3-4(a))は、一見非常によく似ている。しかし、常誘電相の
VDF 連鎖に帰属される peak 1HT の化学シフトは-86.9 ppm であるのに対して、非晶部
の VDF 連鎖の信号(peak 1am)は-88.4 ppm に観測される。その他の常誘電相の信号
にも、peak 6 を除いて非晶部よりも高周波数シフトがみられる。これらの変化は先に述
べたように、gauche コンホマーの割合の変化による。Peak 1HT がα-PVDF の2本の結晶
部信号の化学シフトの中間に観測されていることから、常誘電相では VDF 連鎖シーケ
ンスに trans と gauche コンホマーが等しい割合で存在していると考えられる。反対に、
非晶部では trans コンホマーの割合が高い。
一方、常誘電相と非晶部の間には、分子運動性にも大きな違いがある。非晶部の
T1ρF は全ての信号について 2-3 ms (図 3-5 と表 3-1)であるのに対して、常誘電相では
20 ms をとっている。これは、非晶部では激しいランダムな運動が起こっているのに対
して、常誘電相での運動は鎖軸周りの回転であるためと解釈できる。後者では、分子
鎖は軸周りにはほぼ自由に回転できるが、分子鎖が円筒の中に拘束されているので
軸と垂直方向の運動が妨げられている[12]。常誘電相での非晶部よりも長い T1ρF は、
この拘束された運動に起因すると考えられる。
87
3−1−4
まとめ
固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いて、P(VDF75/TrFE25)の相構造
と分子運動性の解析を行った。AR-film の direct polarization
19
F MAS MMR スペクト
ルでは、非晶部に由来する鋭い信号が幅広な結晶部の信号と共に観測された。非晶
部に由来する信号を選択的に観測するために delayed-CP パルスシーケンスを用いた
測定を行った。AR-film だけでなく、SC-film にも非晶部が観測されたが、SC-film の非
晶部の信号強度は非常に小さく、非晶部の割合は低かった。スピンロック実験により、
68ºC での結晶部と非晶部の T1ρF には大きな差が確認された。短い接触時間を用いた
温度可変 1H→19F CP/MAS 測定により、結晶部の相転移挙動の観測を行った。昇温
に伴って、VDF 連鎖の信号は T1F の減少と共に 1.6 ppm の高周波数シフトを示した。
これは、局所的な gauche と trans の間の速いコンホメーション交換運動が温度と共に
増加したことを示している。このコンホメーション交換は、VDF 連鎖と VDF-TrFE H-H
結合部において 77ºC から活発化するのに対して、VDF-TrFE H-T 結合部での交換運
動は、92ºC 以上で起こり、115ºC にかけて活発化する。これは、H-T 結合部は trans コ
ンホメーションで安定化しており、強誘電相における分子鎖軸の回転運動を妨げてい
ることを意味している。115 から 119ºC の間で幅広な結晶部の信号が消失し、全ての信
号の T1ρF もこの温度域で急激に減少し、119ºC では等しい値をとった。このことは、分
子鎖軸まわりの回転運動のような、分子鎖全体にわたる一様な運動が Tc 付近で生じた
ことを示す。
SC-film の常誘電相(119ºC)のスペクトルと AR-film の 68ºC での非晶部のスペクトル
の線形はよく似ているが、化学シフトや T1ρF で検知できる分子運動性には両相で大き
な違いがあった。VDF 連鎖ピークの高周波数シフトは、gauche コンホメーションの増加
を意味し、非晶部に比べて長い常誘電相での T1ρF は、非晶部の運動が激しく等方的
であるのに対して、常誘電相では分子鎖軸周りの異方的な回転運動であることに起因
88
する。
降温過程では、119 から 85ºC の間で VDF 連鎖と VDF-TrFE の H-T 結合部の信号
に低周波数シフトが観測されたことから、前者では gauche 分率が低下し、後者では逆
に gauche 分率が増加したことが示された。また、T1ρF と T1F にはわずかな減少がみられ
た。85 から 77ºC の間で結晶部の幅広な信号が現れ、同時に T1ρF と T1F の値も増加し
た。この温度域は DSC 測定により得られた Tc と一致した。Tc 前後で各々の信号の化学
シフトの変化と T1ρF, T1F の極小が観測されたことから、昇温過程同様、VDF 連鎖だけ
でなく TrFE 部分にもコンホメーション交換が起こっていることが明らかになった。
89
3−2
未延伸フィルムの相転移挙動
3−2−1
はじめに
3−2節では、非晶部を多く含む P(VDF75/TrFE25)フィルムの相転移挙動について述
べる。VDF 分率が 0.60 から 0.82 のフィルムをキュリー点(Tc)以上でアニール(熱処理)
すると、ラメラ結晶が成長するという報告がなされている[6,31-35]。常誘電相でアニー
ルによって、X 線回折における all-trans 鎖に対応する(110)と(200)の強度が増加し、
DSC 測定では Tc での吸熱ピークが鋭くなる。常誘電相におけるラメラ結晶の成長は、
ポリエチレンにみられる高圧下での六方晶相でラメラ結晶内の分子鎖が滑ることによっ
て結晶が成長するという「chain sliding diffusion theory」で説明されている[35]。
1
H NMR に関しては、Ishii らが trans コンホメーションの TrFE 部分の運動が強誘電
相での flip-flop から Tc 付近で回転に転換し、これが相転移の引き金になると報告して
いる[8-10]。3−1節では、固体
19
F MAS と 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いて、
P(VDF75/TrFE25)の単結晶状フィルムの相転移に伴うコンホメーションと分子運動の変
化の解析を行い、VDF-TrFE の head-to-tail 結合部での trans-gauche 間のコンホメー
ション交換運動の開始が相転移の引き金(トリガー)であることを述べた。3−2節では、
P(VDF/TrFE)の非晶部に着目し、非晶部あるいは結晶部を選択的に観測するパルス
シーケンスを用いて[18,19,36]、相転移に伴う分子運動の変化及び結晶部の分子運
動との相関についての解析を行った。
90
3−2−2
実験と測定
試料
試料にはダイキン工業より提供された P(VDF75/TrFE25)のフィルム(as-received film,
AR-film)を用いた。 示差走査熱分析(DSC)測定を SEIKO SSS-5000 DSC-220 を用
いて 30-140ºC の温度範囲で昇温及び降温速度 5ºC/min で行った。AR-film の昇温及
び降温時の相転移開始温度(Tc)はそれぞれ、129ºC と 78ºC であった。昇温速度
10ºC/min で行った測定により、融点は 150ºC であった。
NMR 測定
温度可変測定は、43∼129℃の昇温過程で行った。化学シフト基準、19F 及び 1H パ
ルス幅、積算回数などは3−1節と同じ条件で行った。
19
F 核の回転系でのスピン−格子緩和時間(T1ρF)は、図 3-2(a)に示すパルスシーケ
ンスを用いて、スピンロック時間(tSL)可変測定で tSL を 0.1∼20 ms まで変化させて測定
した。図 3-11(a)に示す delayed-CP パルスシーケンスをスピン−スピン緩和時間 T2 の
長い運動性が高いドメイン(非晶部)の信号の観測に用いた。接触時間 tCP と遅延時間
τは、それぞれ 0.2 ms と 0.5 ms とした。さらに delayed-CP に続いてスピンロックを印加
することによって、運動性が高いドメインの T1ρF の測定を行った。反対に、運動性が低
いドメイン(結晶部)の T1ρF は、短い接触時間(0.1 ms)を用いた CP の後にスピンロック
パルスを印加することにより測定した(図 3-11(b))。
91
図 3-11
本研究で用いたパルスシーケンス. (a) 非晶部の T1ρF 測定のための
delayed-CP+スピンロック, (b) 結晶部の T1ρF 測定のための short CP +
スピンロック.
92
3−2−3
結果と考察
3−2−3−1
結晶部と非晶部の選択的観測
図 3-12(a)は、1H をデカップリングした AR-film の direct polarization (DP) 19F MAS
NMR スペクトル(tSL = 0 ms)である。高周波数側(-88 から-130 ppm)と低周波数側
(-195 から-210 ppm)の領域は、それぞれ CF2 と CHF の信号である。さらに-88.4 ppm
(peak 1am), -102.2 ppm (peak 3am), -109.2 ppm (peak 4am)は、VDF の CF2 に帰属される
[24]。-195.8 ppm に観測される peak 7am は、VDF と TrFE が head-to-head(以降 H-H
結合部)した VDF:VDF:TrFE:VDF:VDF シーケンス、peak 8am は、head-to-tail 結合の
VDF:VDF:TrFE:VDF:VDF シーケンスに帰属できる(3−1節参照)。
図 3-12(a)の tSL = 20 ms のスペクトルは、図 3-11(a)に示したスピンロックパルスシーケ
ンスを用いて 20 ms のスピンロックを印加後に観測した結晶部のスペクトルである。
Peak 2LT と 8LT はそれぞれ all-trans 結晶部の VDF 連鎖と H-T 結合部に帰属される(3
−1節参照)。短い T1ρF を持つ鋭い非晶部の信号が観測されておらず、結晶部と非晶
部の間には運動性に大きな違いがあることが確かめられる。結晶部と非晶部の T1ρF の
違いを調べるために、非晶部の選択的観測と組み合わせてスピンロック時間可変実験
を行った。スピンロックなし(tSL = 0 ms)で delayed CP パルスシーケンスを用いて選択
的に観測した非晶部のスペクトルを図 3-12(b)に示している。このスペクトルでは、図
3-12(a)で観測されている幅広な結晶部の信号(peak 2LT や 8LT)の信号強度が抑えられ
ている。Delayed CP シーケンスの直後にスピンロックを印加して観測した AR-film の
peak 1am, 7am, 8am の 19F 磁化の減衰を、それらの指数関数を用いたフィッティングから
得られる T1ρF の値と共に図 3-13 に示す。Peak 1am については2つの成分が観測された
が、長い成分は結晶部の信号によるものと考えられる。図 3-12(b)に示すように、peak
1am は 5 ms のスピンロックでほぼ完全に減衰しているのに対して、peak 7am と 8am はま
93
図 3-12
(a) AR-film の Direct polarization 19F MAS NMR スペクトル(上)とス
ピンロック時間 20 ms 後の結晶部を選択的観測したスペクトル(下).
(b) AR-film の非晶部を選択的観測したスペクトル(上)とスピンロック
時間 5 ms 後のスペクトル(下).
だ観測されている。これは、スピンロック周波数である 100 kHz 程度の運動に関しては、
TrFE ユニットの方が拘束されていることを示唆している。
結晶部の減衰から非晶部の影響を除くために、short CP (0.1 ms)の直後にスピンロッ
クを印加するパルスシーケンスを用いた。結晶部での磁化移動は非晶部よりもずっと
速いために、short CP では結晶部の信号が支配的になる。42ºC での peak 2LT と 8LT の
19
F 磁化の減衰を図 3-13 に示す。どちらの信号にも2つの成分が観測されたが、短い
成分は short CP でわずかに観測される非晶部に由来すると考えられる。結晶部の T1ρF
94
の値は非晶部よりも 10 倍程度大きく、42ºC における 100 kHz 程度の運動性の違いを
表している。次の節からは、非晶部と結晶部の T1ρF の温度依存性について議論し、そ
れぞれの領域での分子運動性の変化を考察する。
図 3-13
68ºC での選択的に観測した非晶部と結晶部のスピンロック時間に対
する 19F 磁化の減衰と指数関数によるフィッティングから算出した
T1ρF.
95
3−2−3−2
温度可変測定−昇温過程
図 3-14 は、short CP (0.1 ms)を用いて AR-film の結晶部を選択的に観測した温度可
変(VT) 1H→19F CP/MAS NMR スペクトルである。42ºC では、DP スペクトルにみられた
非晶部の信号(peak 1am, 7am, 8am)が観測されている。昇温に伴って、42∼70ºC の間で
これらの信号の強度が減少している。CP 実験は磁化移動の効率に依存するため、信
号強度の減少は非晶部での分子運動が昇温に伴って活発化し、CP の効率が低下し
たためと考えることができる。図 3-15 は、昇温過程の AR-film の VT DP 19F MAS NMR
スペクトルである。Short CP(図 3-14)と比較して、peak 1am, 7am, 8am の信号強度は昇温
と共に増加し、半値幅に減少がみられる。このことは非晶部の運動が激しくなっている
ことを示している。77ºC 以上では、peak 1am の強度が増加しはじめ、short CP スペクトル
(図 3-14)では peak 1am に高周波数シフトがみられる。これは、3−1節で述べた
SC-film でもみられたように、結晶部の VDF 連鎖シーケンスでのコンホメーション交換
運動が活発化し始めたことを示している。CHF 信号の peak 7am に関しても、77∼107ºC
の間で高周波数シフトがみられる。さらに、100ºC での DP スペクトルには、結晶部に帰
属される peak 7HT が peak 7am よりも高周波数側にはっきりと観測されている。以上のこ
とから判断すると、結晶部でのコンホメーション交換運動は VDF 連鎖と H-H 結合部で
最初に起こり、H-T 結合部のコンホメーションは 107ºC まで安定であるといえる。これは、
1
H→19F CP/MAS NMR からみた SC-film の挙動と一致する。
107∼114ºC の間で、CHF 部分のスペクトル線形に大きな変化が観測された。図 3-15
に示すように、常誘電相に由来する peak 8HT が 107ºC で-201.8 ppm にかすかに現れ
ていることから、この温度で H-T 結合部のコンホメーション交換運動が始まったことが
示唆される。さらに、114ºC の DP スペクトル(図 3-15)では、peak 1 が-86.9 ppm の peak
1HT と-87.4 ppm の peak 1am の2本に分裂する。Peak 1am は short CP スペクトル(図 3-14)
96
図 3-14
昇温過程の温度可変 1H→19F CP/MAS NMR スペクトル. 接触時間
は 0.1 ms.
97
図 3-15
昇温過程での温度可変 DP 19F MAS NMR スペクトル. 挿入図は
VDF 連鎖領域の 100ºC から 129ºC までの拡大図.
98
では観測されていないことから、非晶部の激しい分子運動によって、双極子−双極子
相互作用が平均化されていることがわかる。さらに、peak 1HT のδF は、同じ温度での
SC-film の VDF 連鎖シーケンスの信号のδF(-87.0 ppm)と一致している。よって、peak
1HT と 1am はそれぞれ結晶部と非晶部に帰属できる。
Peak 1HT と 8HT の信号強度は、114ºC と 129ºC の間で peak 2LT の強度の減少と共に
急激に増加している。これは、強誘電−常誘電相転移がこの温度域で起こったことを
意味しており、DSC 測定によって得られた相転移開始温度(129ºC)と一致する。
DP スペクトルの線形には、122ºC で異常な変化が観測されている。この温度の DP ス
ペクトル(図 3-15)では Peak 1am の強度が減少しており、逆に peak 1HT の強度は増加し
ている。Peak 1HT の強度の増加は short CP スペクトル(図 3-14)でも観測されており、こ
の温度で結晶部の分子運動性が低下したことを示唆している。また同時に、peak 7am
と 8am の強度も DP スペクトルで減少しているのに対して、peak 7HT と 8HT の強度は増加
している。これらのことは、相転移温度で結晶部と非晶部の間に協同的な分子運動が
存在し、両相で同時に分子運動性が低下することをはっきりと示している。この温度で
は、誘電緩和測定においても、異常な挙動が観測されており[37-39]、大きな緩和強度
は、tg+tg-連鎖の flip-flop 運動によるものと考えられている[12]。
強誘電−常誘電相転移が完了する 129ºC では、peak 1am が再び線幅の狭い信号で
観測される。これは、常誘電相では、非晶部の運動が結晶部とは独立していることを
意味している。異種結合部に由来する小さな鋭い信号が DP スペクトルではっきりと観
測されていることからも非晶部での激しい分子運動が示唆される。
図 3-16(a)は、昇温過程でのスピンロック実験から得られた peak 1am, 7am, 8am の T1ρF
の温度依存性を示している。すでに述べたように、T1ρF の長い成分と短い成分はそれ
ぞれ結晶部と非晶部に由来する。それぞれの信号の短い T1ρF は、peak 1am がやや長く
なる傾向を示すものの、56∼107ºC の間でほとんど変化がない。これはおそらく、100
kHz よりも速い運動が支配的であるためと考えられる。
99
図 3-16
(a) T1ρF, (b) T1ρF の短い成分の割合, (c) 結晶部の T1ρF の温度変化.
100
図 3-16(b)に示すように、85ºC から T1ρF の短い成分の割合が減少し始め、反対に長
い成分の割合が増加する。これは 85ºC 以上で速い分子運動が活発化し、短い T1ρF
の成分の値が増加したためと考えられる。それゆえ、85ºC 以上での長い成分には、結
晶部だけでなく、trans-gauche のコンホメーション交換運動のような速く激しい分子運
動が起こっている非晶部の寄与も含まれていると考えられる。
結晶部の T1ρF の温度依存性を図 3-16(c)に示す。77ºC 以上においては short CP ス
ペクトルでは非晶部の信号が効果的に抑えられている。42∼107ºC の温度域では、結
晶部の T1ρF は 20-90 ms をとっており、100 kHz 程度の運動はほとんど起こっていない
ことを示している。測定に用いた最も長いスピンロック時間が 20 ms であるために、これ
ら長い T1ρF の値には大きな誤差が含まれている。114∼122ºC の間で T1ρF の値が 25-30
ms から 15 ms に急激に減少し、全ての信号で等しい値をとる。3−1節で述べたように、
SC-film の結晶部の T1ρF は 119ºC で全ての信号について等しい値に減少し、これは分
子鎖全体にわたる一様な分子運動を示している。従って、相転移における AR-film の
結晶部の運動は SC-film と同じであると結論できる。
図 3-17(a)と(b)は、122ºC と 129ºC でのスピンロック時間に対する 19F 磁化の減衰を示
している。それぞれの信号について単一の指数関数でフィッティングすることができた。
122ºC では、peak 1am の T1ρF がわずかに短いものの、結晶部(peak 1HT, 7HT, 8HT)と非晶
部(7am, 8am)の信号は等しい T1ρF を示している。これは、スペクトル線形にみられたよう
に(図 3-15)結晶部と非晶部の間の協同的な分子運動が存在することの証拠である。
129ºC(図 3-17(b))では、peak 7HT と 8HT は約 20 ms の等しい T1ρF を示すが、peak 1HT
の T1ρF は 12 ms で、7HT と 8HT より短い。Peak 7am と 8am の T1ρF はずっと長く、常誘電相
では非晶部は結晶部よりずっと運動性が高いことを示している。さらに、peak 1am の
T1ρF が peak 7am と 8am より短く 1HT に近い。これは、非晶部の VDF 連鎖の運動が TrFE
よりも遅く、VDF 連鎖では結晶部と非晶部の間に協同的な運動が起こっていることを
示していると考えられる。
101
図 3-17
昇温過程での(a)122ºC と(b)129ºC のスピンロック時間に対する 19F 磁
化の減衰と指数関数を用いたフィッティングから算出した T1ρF.
102
昇温過程でのスピン−格子緩和時間 T1F の温度依存性を表 3-3 にまとめた。それぞ
れの信号について 42ºC から 119ºC の間で2成分が観測された。これらの T1F の値は
DP inversion recovery(反転回復)パルスシーケンスを用いて測定したため、長い成分
には結晶部の寄与が含まれる。42ºC での短い成分は、非晶部の 20%から 30%が数百
MHz 程度の激しい運動をしていることを示唆している。この速い運動はおそらく、TrFE
の flip-flop や trans と gauche の速いコンホメーション交換運動に由来すると考えられる
[8-10]。42ºC から 100ºC に昇温すると、T1F の短い成分は徐々に増加するのに対して、
長い成分は減少する。同時に、短い成分の割合は 100ºC で 50-60%まで増加する。こ
れらのことは、昇温に伴ってコンホメーション交換運動が活発化していることを示す。
Ishii らは、VDF 分率が 52-72%の P(VDF/TrFE)の線幅と二次モーメント、T1H の解析か
ら、VDF と TrFE の運動性は異なり、TrFE は 180º flip-flop 運動をしていると報告して
いる[8-10]。85ºC 以下での peak 7 の短い T1F 成分は peak 1 よりも短く、これはコンホメ
ーション交換だけでなく、flip-flop 運動も起こっているためと考えられる。先に述べた
T1ρF では VDF 連鎖の方が 100 kHz 程度の運動が激しいことを示していることを考慮す
ると、VDF 鎖の 100 kHz 程度の分子運動は TrFE よりも活発であるが、TrFE には
表 3-3 昇温過程のスピン−格子緩和時間 T1F の温度変化.
Temp. ºC
42
56
70
77
85
92
100
107
114
118
122
129
Peak 1
T1F / s
0.21
0.27
0.20
0.21
0.21
0.22
0.23
0.24
0.40
0.33
0.58
0.49
Ratio
0.29
0.34
0.34
0.39
0.40
0.45
0.48
0.50
0.54
0.59
1.00
1.00
Short component
Peak7
T1F / s
ratio
0.20
0.22
0.12
0.20
0.13
0.21
0.10
0.17
0.14
0.23
0.29
0.45
0.33
0.53
0.36
0.60
0.47
0.87
0.51
1.00
0.60
1.00
0.50
1.00
103
Peak 8
T1F / s
0.22
0.49
0.15
0.23
0.20
0.27
0.30
0.36
0.44
0.51
0.56
0.49
ratio
0.20
0.38
0.20
0.31
0.31
0.38
0.42
0.56
0.80
1.00
1.00
1.00
Long component
Peak 1
Peak 7 Peak 8
T1F / s
T1F / s
T1F / s
1.6
1.6
1.6
1.4
1.2
1.5
1.2
1.1
1.1
1.2
0.95
1.1
1.1
0.89
1.0
1.0
1.1
1.0
1.0
1.1
0.96
0.97
1.1
1.1
0.95
1.6
1.4
0.92
flip-flop のようなより速い運動が起こっていると考えられる。Peak 7am と 8am の短い成分
の割合は 77ºC 以上で急激に増加する。さらに、115ºC で T1F の異常な増加が peak 7am
と 8am にみられ、それらは 119ºC では 0.5 s に減少する(この温度ではそれぞれの信号
について1成分のみが観測された)。これらのことは、Tc 直下で TrFE 部分の分子運動
が遅くなるのに対して、VDF 連鎖シーケンス部では大きな変化がみられないことを意
味する。T1F から得られる分子運動についての知見は、上で述べた T1ρF の結果と一致
する。Peak 7 と 8 の異常な挙動は、昇温過程での相転移における分子鎖全体の回転
運動を妨げる”くさび”としての TrFE の役割を示唆しているといえる。
3−2−3−3
温度可変測定−降温過程
図 3-18 と 3-19 は、それぞれ AR-film の降温過程における 1H→19F CP/MAS と DP
19
F MAS NMR スペクトルを示している。非晶部の VDF 連鎖シーケンスの peak 1am の
強度は 129ºC(図 3-15)から 122ºC にかけて減少し、85ºC まで降温すると peak 1HT と融
合し、低周波数シフトを示す。同様に、short CP スペクトル(図 3-18)にみられる peak
1HT の強度は DP スペクトルとは対照的に増加しており、VDF 連鎖シーケンスの運動性
が降温と共に低下したことを意味している。同様のスペクトル変化は CHF フッ素につい
てもみられる。DP スペクトルでは鋭い非晶部の信号(peak 7am, 8am)が減少し、122ºC か
ら 85ºC にかけて結晶部の peak 7HT と 8HT の強度が増加する。これらの挙動は、この常
誘電相の温度域で非晶部と結晶部の間の協同的な分子運動が起こっていることを示
しており、降温に伴って VDF シーケンスと H-H 結合部での gauche 分率の減少ととも
に、非晶部が結晶部と融合していくことを表している。
77ºC で結晶部の幅広な信号が現れ、このことから常誘電相から強誘電相への転移
が 85∼77ºC の間で起こったことを示している。この温度は、DSC 測定の結果と一致し
ている。さらに温度を下げると、非晶部の鋭い信号強度は急速に減少し、結晶部の信
104
図 3-18
降温過程での温度可変 1H→19F CP/MAS NMR スペクトル. 接触時
間 0.2 ms.
105
図 3-19
降温過程での温度可変 DP 19F MAS NMR スペクトル.
106
号強度が相補的に増加する。42ºC での DP スペクトルの線形は、昇温前の 42ºC のス
ペクトル(図 3-15)とは全く異なり、SC-film のスペクトル(図 3-3b)に酷似している。この
ことは、非晶部の分子鎖が、常誘電相でのアニールによって all-trans の結晶部に融合
されていったこと意味している。常誘電相では、激しい回転と分子鎖軸方向の滑り運
動が起こっており、この運動によってコンホメーション欠陥が取り除かれ、分子鎖の配
向が向上する[6,34,35]。降温過程でのスペクトル線形の変化と T1F 及び T1ρF 測定(以
下参照)は、常誘電相での運動によって非晶部が減少することを示している。
降温過程での T1F の値の変化を表 3-4 にまとめた。それぞれの信号について単一の
成分が観測され、全ての信号の T1F は 122∼85ºC の間で同じ値をとっている。T1F は
108ºC で 0.60 s から 85ºC で 0.44 s に減少する。これは、常誘電相での数百 MHz 程度
の速い分子運動の周波数が、降温に伴って徐々に低下することを意味している。Tc 以
下(77-85ºC)では、それぞれの信号について2つの T1F 成分が観測された。2 s 以上の
長い成分は結晶部に、短い成分は非晶部のもので、後者は降温に伴って連続的に減
少している。Tc 以下での短い成分の割合は、42ºC での 20-25%まで急激に減少する。
これは、コンホメーション交換運動が凍結し、分子鎖が強誘電相で all-trans コンホメー
表 3-4 降温過程のスピン−格子緩和時間 T1F の温度変化.
Temp. ºC
122
114
107
100
92
85
77
70
63
56
42
Short component
Peak 1
T1F / s
Ratio
0.60
1.00
0.59
1.00
0.53
1.00
0.50
1.00
0.45
1.00
0.43
1.00
0.45
0.86
0.41
0.61
0.32
0.40
0.29
0.32
0.36
0.25
Peak7
T1F / s
0.62
0.55
0.51
0.50
0.46
0.44
0.46
0.35
0.31
0.37
0.44
ratio
1.00
1.00
1.00
1.00
1.00
1.00
0.84
0.35
0.22
0.22
0.19
107
Peak 8
T1F / s
0.60
0.57
0.51
0.50
0.46
0.44
0.49
0.45
0.54
0.60
1.05
ratio
1.00
1.00
1.00
1.00
1.00
1.00
0.83
0.42
0.32
0.24
0.25
Long component
Peak 1
Peak 7
T1F / s
T1F / s
Peak 8
T1F / s
5.53
2.70
2.16
2.29
2.70
4.71
2.12
2.32
2.48
3.04
3.63
1.83
1.86
2.16
2.83
ションに戻っていくことを示している。77ºC での長い T1F は 3 s 以上あり、70ºC 以下での
値よりも長い。なぜ 77ºC でこのような長い値をとるのかは現在のところ不明だが、Tc 以
下で分子鎖の回転が止まることによって運動モードが変わることに起因するのではな
いかと考えられる。T1F の長い成分の値は、77ºC から 42ºC の間で徐々に増加し、結晶
部の分子鎖は降温と共に安定化していくことを示している。
一方、降温過程の T1ρF の温度依存性は表 3-5 にまとめている。129ºC から 114ºC に
冷却すると、peak 7am と 8am の T1ρF の値は急激に減少し peak 7HT と 8HT と同じ値となる
(図 3-20 と表 3-5)。さらに、peak 1am の T1ρF の値も 122∼107ºC の間で peak 7HT と 8HT
の値に近づく。先に述べたように、同じ温度域で DP と short CP スペクトルで非晶部の
信号強度の減少と結晶部の信号強度の増加がそれぞれ観測されている。これらの事
実は、降温過程の常誘電相で、非晶部の分子運動性が低下し、結晶部との協同的な
運動に変化していることを示している。さらに 85ºC まで降温すると、全ての信号で T1ρF
が約 10 ms と等しくなり、Tc 直上では 100 kHz 程度の運動が分子鎖全体に渡って一様
になっていることがわかる。Tc 以下では、全ての信号について T1ρF に2つの成分がみら
れる。長い成分は強誘電相の結晶部に、短い成分は非晶部に由来する。長い T1ρF 成
分の値は 77∼63ºC の間で急激に増加し、常誘電相での分子鎖の回転運動が消失し、
高分子鎖が VDF 連鎖と TrFE ユニット共に all-trans コンホメーションに戻ったことを示
す。これらのコンホメーション変化は short CP スペクトルでも明瞭に観測されている。
表 3-5 降温過程の回転系のスピン−格子緩和時間 T1ρF の温度変化.(単位:ms)
Temp. ºC
114
100
92
85
77
70
63
Peak 1
Short
Long
2.6
1.0
2.3
13.6
11.5
10.3
9.5
27.9
36.0
30.3
Peak 7am
Peak7HT
18.7
13.0
10.6
9.2
5.4
1.7
17.0
12.8
11.2
10.4
Peak7LT
Peak 8lT
17.8
13.5
11.9
10.8
60.0
53.2
65.6
108
Peak 8HT
26.9
47.0
39.0
図 3-20
降温過程の 114ºC でのスピンロック時間に対する 19F 磁化の減衰.
以上の温度可変測定の結果から、非晶部の分子運動は昇温及び降温過程ともに相
転移温度付近において結晶部の運動と非常に強い相関があることがわかった。122ºC
における非晶部の信号強度の異常な減少と結晶部と等しい T1ρF の値は、相転移温度
での非晶部と結晶部の協同的な運動の存在を示している。AR-film の結晶部のコンホ
メーションと分子運動性の変化は、SC-film と同じであり、昇温に伴って、まず VDF 連
鎖と VDF-TrFE の H-H 結合部で trans-gauche コンホメーション交換運動が徐々に活
発化し、H-T 結合部でのこの運動が始まると相転移を引き起こす。降温過程の 129∼
85ºC の温度域で、非晶部は徐々に結晶部と融合していく。これはスペクトルの線形及
び、85ºC で結晶部と非晶部の T1F 及び T1ρF が等しい値をとったことから確認された。こ
れにより Tc 以下で結晶化度の増加がみられる。
109
3−2−4
固体
19
まとめ
F MAS 及 び 1H → 19F CP/MAS NMR 法 を 用 い て 、 非 晶 部 を 含 む
P(VDF75/TrFE25)フィルム(AR-film)の相構造と分子運動性の解析を行った。非晶部及
び結晶部の信号の選択的観測には、delayed CP と short CP パルスシーケンスをそれ
ぞれ用いた。非晶部の T1ρF は VDF 連鎖シーケンス部分で 2.0 ms、TrFE 部分で 4.7
∼5.0 ms であり、非晶部における 100 kHz 程度の運動は VDF 連鎖の方が活発である
ことがわかった。
温度可変 19F MAS 及び short CP スペクトルを 42∼129ºC の温度範囲で昇温及び降
温過程で観測した。昇温及び降温過程での相転移挙動の模式図を折りたたみ鎖結
晶を仮定して図 3-21 と 3-22 にそれぞれ示した。昇温過程では 77ºC から VDF 連鎖と
VDF-TrFE の H-T 結合部で trans-gauche 間のコンホメーション交換運動が活発化しは
じめ、H-T 結合部では 107ºC 以上で活発化する。非晶部の信号の異常な減少がちょう
ど相転移温度である 122ºC で観測され、同時に HT 相の信号強度の増加がみられた。
さらに、この温度では非晶部と結晶部の T1ρF の値が等しくなった。これらの事実は、非
晶部の分子運動が減速し、相転移温度付近では結晶部との間に協同的な分子運動
が存在していることを示している。129ºC では、非晶部の TrFE の T1ρF は他の信号よりも
長く、Tc 以上で TrFE が VDF 連鎖シーケンス部分や HT 相の結晶部よりも激しい運動
をしていることがわかった。
129ºC から 85ºC へ降温するにつれて、非晶部の信号が結晶部の信号と徐々に融合
し、T1ρF の値も結晶部の値に近づいた。このことから、降温過程の常誘電相で非晶部と
HT 相の結晶部との間の協同的な運動が増加していくことがわかった。Tc 以下では、非
晶部の信号強度が急激に減少し室温付近ではほとんど見えなくなることから、Tc 以上
での協同的な運動により非晶部が結晶部(LT 相)と融合すると結論できる。
110
42℃∼
77℃∼
107℃∼
Trans-gauhe
conformational exchange
122℃
129℃
Cooperative
Motion
Amorphous
Paraelectric
Crystalline
VDF chain sequence
VDF-TrFE
H-H linkage
Rotating around
chain axis
VDF-TrFE
H-T linkage
図 3-21 昇温過程での AR-film の相転移挙動の模式図.
129℃
122℃↓
185℃↓
77℃↓
42℃↓
Cooperative Motion
Amorphous
Crystalline
Paraelectric
Rotating around
chain axis
図 3-22 降温過程での AR-film の相転移挙動の模式図.
111
3−3
結論
固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いて、P(VDF75/TrFE25)の相構造
と分子運動性の解析を行った。
1. SC-film の VDF 連鎖と VDF-TrFE H-H 結合部は、昇温に伴って局所的な gauche
と trans の間の速いコンホメーション交換運動が室温から 115ºC まで徐々に活発化
するのに対して、VDF-TrFE H-T 結合部では、92ºC から 115ºC にかけて活発化す
る。従って、H-T 結合部は trans コンホメーションで安定化しており、強誘電相にお
ける分子鎖軸の回転運動を妨げている。これは 19F MAS NMR 法によって一次構
造部位を区別して観測できたことにより明らかになったことである。
2. T1ρF が 119ºC で全ての信号について等しい値をとったことから、分子鎖軸まわりの
回転運動のような、分子鎖全体にわたる一様な激しい運動が Tc 付近で生じたこと
を裏付ける。
3. SC-film の常誘電相(119ºC)と非晶部を比較すると、前者の方が VDF 連鎖の
gauche 分率が高く、分子運動は拘束されている。これは常誘電相での分子鎖軸周
りの異方的な回転運動に起因する。
4. AR-film について short CP により観測した結晶部の信号には SC-film と同様の低
周波数あるいは高周波数シフトがみられ、また Tc 前後で T1ρF が急激に減少したこ
とから、AR-film の“結晶部”の相転移挙動は、SC-film と同じであると結論できる。
5. AR-film では、昇温過程の Tc 直下で非晶部の分子運動が減速し、相転移温度付
近では結晶部との間に協同的な分子運動が存在している。
6. AR-film の常誘電相では、非晶部の TrFE が VDF 連鎖シーケンス部分や HT 相の
結晶部よりも激しい運動をしている。
7. 129ºC∼85ºC までの降温過程(常誘電相)では、非晶部と HT phase の結晶部との
間の協同的な運動が増加し、Tc 以下では、非晶部が結晶部(LT 相)と融合する。
112
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114
第4章 固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたエチレン−
テトラフルオロエチレン共重合体の相転移温度領域におけるコン
ホメーションと分子運動性の解析
4−1
はじめに
エチレン(E)−テトラフルオロエチレン(TFE)共重合体(ETFE)は、フッ素樹脂の中でも
高い耐熱性、耐薬品性、耐放射線性を有し、機械的特性にも優れている[1]。ETFE は
交互共重合性が高く、E:TFE=1:1 の共重合体では交互シーケンスの割合は 90%以上
になる[1]。繰り返し構造は、-CH2CH2-CF2CF2-であり、これはポリフッ化ビニリデン
(PVDF)の head-to-head あるいは tail-to-tail 結合と同一である。しかしながら E:TFE =
1:1 の ETFE の融点(Tm)は 305∼315ºC と報告されており[2]、PVDF の Tm より約 140℃
も高い。加工性や耐クラッキング性能を高めるための第三成分モノマーを含む市販の
ETFE でさえ 220 から 270ºC の Tm を示す[1]。さらに、ガラス転移温度(Tg)は 100ºC 程
度であり、これも PVDF の Tg(-40ºC)よりもはるかに高い。このように高い Tg と Tm は、
ETFE の高い交互共重合性に起因すると考えられる。
ETFE には 0ºC から 100ºC にかけて斜方晶相から六方晶相への転移がみられる[3]。
しかし、この温度域における分子鎖のコンホメーション変化の詳細に関しては、未だに
明確でない[4-7]。第3章で述べたように、固体 19F MAS NMR における化学シフトはコ
ンホメーション変化を敏感に反映して変化する。そこで本研究では、固体 19F MAS 及
び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いて、斜方晶から六方晶相への相転移に伴うコンホ
メーション変化の有無、及び分子運動性の変化に関する解析を行った。
第1章で述べたように、孤立スピン対の接触時間可変 CP 曲線にはオシレーションが
観測され、そこから核間距離を見積もることができる[8,9]。1H→19F CP の場合には天
然存在比がともに高い核同士の CP であり、また ETFE のようにスピン対が完全には孤
115
立していない系では、正確な核間距離は期待できない[10-12]。しかし、CP における磁
化移動を媒介する双極子相互作用は、分子運動によって平均化される。そこで本研
究では、1H→19F CP 曲線から得られる双極子カップリング定数を分子運動性の指標と
して用いることを試みた。
4−2
実験
試料
試料には、ETFE の粉末及びフィルム試料(ダイキン工業:KA21001)を、熱処理など
は行わず提供された状態で用いた。これらの試料には、溶融状態での流動性を向上
させるために少量の第三成分が添加されており、三元共重合体である。なお、E:TFE
の比、及び第三成分の分子構造及び分率は公開されていない。
NMR 測定
固体 19F MAS NMR 測定は、日本電子製 EX データシステム(1H 共鳴周波数 300.4
MHz、19F 共鳴周波数、282.65 MHz)及び、chemagnetics 社製 APEX 19F/1H 二重共鳴
プローブと 4mmφのジルコニア Pencil rotor を用いた。MAS 回転数はωr = 16 kHz、1H
及び 19F の r.f.周波数は、Hartmann-Hahn sideband matching 条件ω1H = ω1F – ωr = 83
kHz を満たすように設定した。試料温度は、テトラキス(トリメチルシリル)シランにエチレ
ングリコールを吸着させたものを用いて、16 kHz の MAS 下でエチレングリコールの
CH2 と OH プロトンの化学シフト差の温度依存性からキャリブレーションを行った[13]。
温度可変測定は、試料温度 43∼145℃の昇温過程で行った。19F 化学シフト基準は、
CFCl3 基準で測定した C6F6 の化学シフト(–163.6 ppm)を外部基準に用いた。なお、
Bloch-Siegert シフト[14]を考慮するために、基準の測定の際にも 83 kHz の 1H デカッ
プリングを照射した。試料は、温度及び磁場の均一性を保つために試料管の中央に
116
長軸方向に 2.5 mm 厚で詰めた。全ての測定を通して、積算回数は 32 回、繰り返し時
間は 6 秒で行った。
19
F 核の回転系でのスピン−格子緩和時間(T1ρF)は、図 4-1(a)に示すパルスシーケ
ンスを用いて、スピンロック時間(tSL)可変測定で tSL を 0.1∼20 ms まで変化させて測定
した。一般にガラス転移温度以上における半結晶性高分子の T1ρF は、運動性が高い
相(mobile phase)の方が低い相(immobile phase)よりも短いので、長いスピンロック時間
では mobile phase の信号は減衰する。従って、tSL = 20 ms でのスペクトルは rigid
phase が選択的に観測される。接触時間(tCP)可変 1H→19F CP/MAS 測定(図 4-1(b))
は、tCP を 0.1∼20 ms まで変化させて行った。図 4-1(c)に示す dipolar filter パルスシー
ケンスは、多重パルス間隔を適当に設定することにより mobile phase での弱い双極子
相互作用は平均化されるが immobile phase での強い双極子相互作用は平均化され
ずに飽和するため、前者を選択的に観測することができる。本実験では、π/2 パルス間
の間隔τ = 12 µs、サイクル数 n = 2 とした。
磁気遮蔽定数計算
モデル化合物について、密度汎関数法 B3LYP/6-311G(d)基底で構造最適化を行っ
た後、GIAO-CHF 法[15]を用いて密度汎関数法 B3LYP/6-311+G(2d,p)基底で磁気遮
蔽定数を計算した。Cheeseman ら[16]は、この基底関数の組合せを磁気遮蔽定数計
算に最低限必要な組合せであるとしている。密度汎関数法の計算には、東京工業大
学総合情報処理センターの Origin2000 上で Gaussian98 A.11 [17]を用いた。
117
図 4-1
本研究で用いたパルスシーケンス. (a) T1ρF 測定のためのスピンロッ
ク時間可変, (b) 接触時間可変 1H→19F CP, (c) 運動性の高いドメイ
ンの選択的観測のための dipolar filter.
118
4−3
結果と考察
4−3−1
DSC 測定
示差走査熱分析(DSC)測定は、SEIKO SSC-5200 DSC-220C を用いて-50∼300ºC
の温度範囲で昇温速度 10ºC/min で行った。図 4-2 は粉末試料の 2nd run の DSC 曲
線を示している。粉末及びフィルム試料の融点(Tm)はそれぞれ、254.4ºC と 255.7ºC で
あった。また、融解ピークの面積から算出した融解のエンタルピー(∆Hm)はそれぞれ
49.2 J/g、36.8 J/g であった。Tg や相転移は DSC からは確認できなかった。
ENDO
254.4
40
80
120
160
200
240
Temperature / oC
図 4-2 粉末試料の DSC 曲線.
119
280
4−3−2
19
F MAS NMR スペクトル
図 4-3(a)は 68ºC での粉末試料の 1H 広帯域デカップリングを照射して観測した
direct polarization (DP) 19F MAS NMR スペクトルである。–113.8 ppm の peak 1 は交互
シーケンス E:TFE:E (−CH2−CH2−CF2−CF2−CH2−CH2−)の CF2 に、–120.1 ppm の peak
2 は E:TFE:TFE:E(−CH2−CH2−CF2−CF2−CF2−CF2−CH2−CH2−)シーケンスの内側の
CF2 に帰属できる。CH2 に隣接する CF2 の信号は、peak 1 に重なっている[18]。Peak 3
(–125 ppm のショルダーピーク)と peak 4 (–135.1 ppm)はそれぞれ第三成分の側鎖の
CF2 と CF2H に帰属できる。フィルム試料の peak 1 から 4 の化学シフトはそれぞれ、
–113.4, –120.3, –125.3, –134.9 ppm であり、粉末試料よりもわずかに高周波数側に観
測された。フィルム試料のスペクトル線形は粉末試料のスペクトルと酷似しているが、
前者の方がやや線幅が狭い。これは、この温度においてフィルム試料の分子運動性
が粉末試料よりやや高いことを示唆する。分子運動性についての議論は後に詳細に
行う。
English ら[18]は E:TFE = 1:1 のコポリマーは約 94%が交互共重合となり、TFE の割
合が増えるにつれて交互共重合性は減少することを報告している。本研究の場合、後
に示す 145ºC での DP スペクトル(図 4-11(b))をスピニングサイドバンドを含めてピーク
分離した結果から大まかに見積もったところ、TFE に対して約 3%の第三成分が存在し、
TFE の 72%程度が交互シーケンスで存在すると考えられる。交互 E:TFE シーケンスの
割合が比較的低いのは、TFE の分率が E の分率より高く、また第三成分が含まれてい
るためと考えられる。
図 4-4 は粉末試料の昇温過程での温度可変(VT) DP 19F MAS NMR スペクトル(実
線)である。Peak 1 の強度で規格化した 20 ms のスピンロック後のスペクトル(SL スペク
トル, 点線)を併せて示している。この SL スペクトルでは、長い T1ρF を持つピーク、すな
わち分子運動性が低いドメイン由来のピークが強調して観測される。昇温に伴い、全
120
図 4-3
(a)粉末 (b)フィルム試料の Direct polarization (DP) 19F MAS
NMR スペクトル(68ºC, MAS 回転数 16 kHz, 繰り返し時間 6 s,
積算回数 32 回).
てのピークについて線幅の減少と、高周波数側へのシフトが観測された。第3章で述
べたように、フッ化ビニリデン−三フッ化エチレン共重合体(P(VDF/TrFE))の斜方晶
相から六方晶相への相転移において、CF2 ピークの化学シフトは局所的なコンホメー
ション変化を敏感に反映して変化した。ETFE にみられる高周波数側へのシフトも同様
に斜方晶相から疑似六方晶相へのゆっくりした転移に伴うコンホメーション変化を反映
していると考えられる。磁気遮蔽定数計算に基づく詳細な議論は後に示す。
図 4-4 からわかるように、peak 1 と 2 については Tg 以下の 43∼90℃の温度域ではス
ペクトルの線形に変化は見られなかった。DP と SL スペクトルでの違いは、90ºC 以上で
121
図 4-4 粉末試料の温度可変 DP
19
F MAS NMR スペクトル(実線) とスピンロック
20 ms 後のスペクトル(点線). 矢印は短い T1ρF を示すピーク.
122
図 4-5 フィルム試料の VT DP 19F MAS NMR スペクトル(図 4-3 と同様に図示).
123
明確になった。特に、120℃で–117.5 と–119.5 ppm に新たなショルダーピークが現れ、
145ºC では明確なピークとして観測されている。加えて、–111 ppm のショルダーピーク
も 120ºC 以上でより明確になっている。SL スペクトルにはこれらの信号が観測されてい
ないことから、これらが代表する CF2 部分は T1ρF が短く、100 kHz(スピンロック周波数)
程度の運動が支配的であることが示唆される。したがって、これらの信号は非晶部に
由来する。
図 4-5 には、フィルム試料の VT DP 19F MAS NMR スペクトルを図 4-4 と同様に図示
した。粉末試料と比べて、短い T1ρF を持つ–111.5 と–119.6 ppm の信号が 145ºC はっき
りと観測されている。さらに、粉末試料ではあまりはっきりとしたピークで観測されてい
なかった–110 ppm の信号が明確にみられる。これらのことは、明らかにフィルム試料の
方が粉末試料よりも非晶部の割合が高いことを示している。これは DSC 測定における
フィルム試料の∆Hm が粉末試料よりも小さかったことと一致する。第三成分に関しては、
末端基の peak 4 が昇温に伴って先鋭化している。さらに、90ºC 以上で SL スペクトルで
の peak 4 の相対強度が高くなっており、昇温に伴って T1ρF が長くなっていることを表し
ている。T1ρF の温度依存性については後に議論する。
図 4-6 は 145ºC でフィルム試料について運動性の高い領域の信号を強調して観測
した dipolar filter スペクトルである。各信号の帰属[18]を併せて示した。点線で示した
DP スペクトルと比較すると、-110.8,-111.4, -117.8, -119.8 ppm の4本の信号が dipolar
filter スペクトルで強調されており、-112.6 と-119.1 ppm のピークは減衰している。
English らは、ジイソブチルアジペートに溶解させた ETFE の 290ºC での溶液 19F NMR
スペクトルを測定し、4本の信号を観測した[18]。それらの化学シフトは dipolar filter ス
ペクトルにみられる4本のピークとよく一致している。このことは、dipolar filter スペクトル
で強調された信号が非晶部に、減衰した2本の信号が結晶部に帰属できることを意味
する。第三成分由来の信号は dipolar filter スペクトルで強い強度で観測されており、
側鎖も 145ºC で激しい運動をしていることを示す。
124
145ºC のスペクトル(図 4-10(b)と 4-11(b))において結晶部と非晶部の信号の強度比
からおおよその結晶化度を見積もった結果、粉末及びフィルム試料でそれぞれ 71%,
59%となった。これは X 線回折から見積もられた市販の ETFE の結晶化度 65%[19]と
一致している。また、DP スペクトルから見積もった粉末とフィルム試料の結晶化度の比
(71/59 = 1.2)は∆Hm の比(49/37 = 1.3)とほぼ一致している。
図 4-6
フィルム試料の dipolar filter スペクトル(実線)と DP スペクトル
(点線). 帰属は文献[25]を参照した.
125
4−3−3
高周波数シフトの起源
ETFE のコンホメーションが化学シフトに与える影響を確かめるために、密度汎関数
法を用いて NMR 磁気遮蔽定数計算を行った。用いたモデル化合物は、図 4-7 に示
す 交 互 シ ー ケ ン ス の 5 量 体 の 両 末 端 を CH3 基 で キ ャ ッ プ し た 構 造
(CH3(CF2)2(CH2)2−CF2−CF2−(CH2)2(CF2)2CH3)である。中央の TFE 単位に関係する3
つのねじれ角φ1, φ2, φ3 をそれぞれ trans あるいは gauche に固定した6つのコンホマー
について、結合距離及び結合角の構造最適化を行った後、19F 磁気遮蔽定数を計算
した。分子間の相互作用は無視しているが、α型とβ型 PVDF の結晶部の化学シフトに
みられるように[20]、19F 化学シフトはコンホメーションによる効果の方が分子間の効果
よりもはるかに大きい。また単分子を用いた
19
F 磁気遮蔽定数計算の結果は、実測の
スペクトルをよく反映しているという報告もなされている[21]。
図 4-8 は、4つのフッ素原子(F-1 から F-4)について得られた 19F 磁気遮蔽定数を棒
スペクトルで表したものである。それぞれのスペクトルは最もエネルギー的に安定な
図 4-7 磁気遮蔽定数計算に用いたモデル構造.
126
t−t−t コンホマーからの相対エネルギーが低い順に下から並べている。t−t−t コンホマー
については、4つのフッ素について等しい遮蔽定数が得られた(図 4-8(a))。PVDF の
19
F MAS NMR スペクトルにみられるように、all-trans 鎖からなるβ型の結晶部は単一の
ピークをδF = −98 ppm に与えるが、TG+TG−コンホメーションのα型ではδF = −82 と−98
ppm に2本の信号が観測される[20]。−98 ppm のピークは 3-bond 離れた2つの炭素か
ら受けるγ-gauche 効果による低周波数シフトのためと考えられている。これに対して
−82 ppm の信号は1つの炭素からのみγ-gauche 効果を受ける。φ1 に gauche を導入し
た g-t-t コンホマーでは、フッ素に高周波数シフトがみられる(図 4-8(b))。例えば、φ1 が
gauche であるために、F-1 は C-1 からのγ-gauche 効果がなく、高周波数シフトが期待さ
れる(図 4-7)。φ1 とφ3 に gauche を導入すると、全てのフッ素(F-1 から F-4)は g-t-t よりも
高周波数シフトを示した(図 4-8(d))。このコンホマーでは、α型 PVDF にみられるように、
F-1 と F-4 はγ-gauche 効果がないために高周波数シフトをする。
g-t-t コンホマーと異なり、φ2 に gauche を導入した t-g-t コンホマーでは、全てのフッ
素について低周波数シフトがみられた(図 4-8(c))。これは、F-1 と F-4 には2つの
γ-gauche 炭素(F-1 に対しては C-1 と C-3、F-4 に対しては C-2 と C-4)があるのに対し
て F-2 は C-1 と、F-4 は C-4 とのγ-gauche 効果しかないことに加えて、CF2-CF2結合の
フッ素は、gauche をとると trans の場合よりも互いに近づくため、これが低周波数シフト
の原因であると考えられる。この効果は F-2 と F-3 について大きく、F-1 と F-4 について
は影響がない。φ1 とφ3 に gauche を導入した g-g-t あるいは g-g-g コンホマーでは、x-t-x
(x = g or t)と同様の効果のために高周波数シフトが起こる。以上の結果から、φ1 とφ3 に
gauche を導入するとピークの高周波数シフトが生じることがわかった。しかし、g-t-g コン
ホマーは、2つの CF2 基の立体障害のために相対エネルギーが高く、このコンホメーシ
ョンをとることは考えにくい。
以上の 19F 遮蔽定数計算の結果から、VT DP 19F NMR スペクトルにおける TFE フ
ッ素の信号の高周波数シフトは、主鎖の trans と gauche 間の局所的なコンホメーション
127
変化で説明できることが明らかになった。43∼145ºC の温度域で、E-TFE 結合部分で
gauche コンホメーションが徐々に増加し、CF2 信号の高周波数シフトを引き起こしたと
考えられる。従って、斜方晶相から疑似六方晶相への相転移は、E-TFE 結合部での
局所的なコンホメーション変化と密接にかかわっていると結論できる。
図 4-8 モデル化合物の4つのフッ素(図 4-7)の 19F 磁気遮蔽定数の棒スペクトル.
128
4−3−4
昇温に伴う分子運動性の変化
68ºC でのスピンロック実験で得られた
19
F 磁化の減衰をスピンロック時間(tSL)に対し
てプロットしたグラフを図 4-9 に示す。この温度では、peak 1 と 2 には非晶部及び結晶
部のピークが重なって観測されており、これらを分離することは困難であったため、緩
和パラメーターの解析にはピークの高さを信号強度として用いた。粉末試料の
19
F 磁
化の減衰はほぼ1成分の減衰を示した(図 4-9(a))。これは、68ºC においてはスピンロ
ック周波数(100 kHz)程度の分子運動に関して結晶部と非晶部でほとんど差がないこ
とを示唆する。フィルム試料に関しては明らかに減衰に2成分存在するようにみえる
(図 4-9(b))。しかし、傾きの変化が小さいため、2成分を用いたフィッティングでは誤差
が大きく、正しく評価できなかった。また、スピンロック時間の長いところでは
1
19
F-19F や
H-1H 間のスピン拡散が存在するため、得られる値の解釈が難しい。このため、粉末、
フィルム試料ともに、10 ms までの信号強度を用いて1成分でフィッティングを行った。
図 4-9 に示した T1ρF の値は、PVDF や PVF にみられる典型的な結晶部の値(15-25 ms)
よりわずかに短いが、非晶部の値(< 1 ms)よりははるかに長い。加えて、全ての信号に
ついて、ほぼ等しい T1ρF が得られていることは、主鎖と側鎖の間にも運動性の違いが
ほとんどないことを示唆する。これらのことは、Tg より十分に低い 68ºC においては、試
料全体にわたって 100 kHz 程度の分子運動が拘束されていることを示している。
図 4-10(a)と 4-11(a)は、Tg よりも約 50ºC ほど高い 145ºC でのスピンロック実験から得
られた粉末及びフィルム試料の 19F 磁化の減衰を示している。DP 及び Dipolar filter ス
ペクトル(図 4-6)で観測されたピークの化学シフトを用いて8つの Lorentz 関数でピーク
分離を行った。図 4-10(b)と 4-11(b)に、ピーク分離を行った DP スペクトル(tSL = 0 ms の
スペクトルに対応する)を示している。145ºC で測定されたスペクトルについては、ピー
ク分離した Lorentz 関数の面積を信号強度として用いた。磁化の減衰は単一の指数
129
図 4-9
(a)粉末, (b)フィルム試料のスピンロック時間に対する 19F 磁化の
減衰(68ºC).
130
図 4-10
(a) 粉末試料の 145ºC でのスピンロック時間に対する 19F 磁化の
減衰. シンボルは(b)参照. (b) 145ºC での DP スペクトルのピーク
分離と T1ρF (unit: ms).
131
図 4-11
(a) フィルム試料の 145ºC でのスピンロック時間に対する 19F 磁化
の減衰. シンボルは(b)参照. (b) 145ºC での DP スペクトルのピー
ク分離と T1ρF (unit: ms).
132
関数でフィットでき、算出した T1ρF を図 4-10(b)と 4-11(b)に各々の信号と対応させて示
した。粉末試料については、−110.8, −114.4, −119.8 ppm のピークが比較的短い T1ρF
(2.2-8.9 ms)を示しており、非晶部の激しい運動を表している。これに対して、結晶部に
由来する信号(−112.6, −111.9 ppm)は約 17 ms と長い T1ρF を持つ。−134.2 ppm に観測
されている第三成分末端の CF2H (peak 4)の T1ρF は、結晶部の T1ρF よりわずかに長い。
Tg よりもずっと高い温度において側鎖の運動性が結晶部よりも劣るということは考えに
くく、またこの信号は dipolar filter スペクトル(図 4-6)でもはっきりと観測されていること
から、側鎖は 145ºC で高い運動性を有しており、T1ρF は極度先鋭化条件(extremely
narrowing condition; T1ρF 極小に対して高温側)にあることを示している。
図 4-12(a)と(b)は、それぞれ粉末及びフィルム試料の T1ρF の温度依存性を表してい
る。105ºC 以上の peak 1 と 2 のデータ点には、結晶部の信号(図 4-10(b)と 4-11(b)での
●と▲)の T1ρF を用いた。粉末試料では、60ºC から温度が上がるにつれて、T1ρF は
徐々に減少し、105ºC と 120ºC の間で極小を示した。このことは、この温度域で 100
kHz(スピンロック周波数)程度の分子運動が支配的であることを意味する。なお、この
温度域は Tg や結晶相転移が完了する温度と一致している。また、動的粘弾性測定に
おいても、この温度付近で tanδ に大きなピークが観測されている[2,4,22]。さらに
120ºC 以上に昇温すると、全てのピークの T1ρF は急激に増加する。これは、ETFE 主鎖
や側鎖の CF2H が非晶部だけでなく結晶部においても活発な分子運動をしていること
を表している。結晶部の T1ρF は測定温度範囲で連続的な変化を示しており、Tm よりも
はるかに低い温度から分子運動が活発化している。フィルム試料についても、145ºC
の結晶部の T1ρF が 135ºC と同じであることを除けば同様の傾向がみられている。昇温と
ともに分子運動性は高まると考えられるので、さらに昇温すれば、結晶部の T1ρF も長く
なるはずである。105∼120ºC では結晶部の信号の T1ρF が非晶部の信号よりも長いが、
前者は後者と同じような温度依存性を示している。昇温に伴う疑似六方晶相での結晶
部の激しい分子運動は、E-TFE 結合での trans と gauche 間の速いコンホメーション
133
図 4-12
(a) 粉末試料及び(b)フィルム試料の T1ρF の温度変化.
134
交換に起因すると考えられる。
一方、全ての信号の T1ρF には 60ºC 以下で減少傾向がみられるが、市販の ETFE の
動的粘弾性測定で-90ºC 付近にγ-緩和が報告されているため[2,23]、おそらく T1ρF もこ
の温度付近でもう一つの極小をとるものと考えられる。
以上の結果、特に CF2 ピークの高周波数シフトから、45ºC から 105ºC の広い温度域
で trans-gauche 間のコンホメーション交換運動が CH2-CF2 結合部で起こり、これが相
転移を引き起こしていると結論できる。相転移が広い温度域で徐々に起こる原因は、
もともと gauche 欠陥が存在していた部分からコンホメーション変化が起こり始め、これ
が分子鎖全体に徐々に伝播していくためと推測される。
4−3−5
1
H→19F CP/MAS 測定
68ºC での 1H→19F CP 実験により得られた粉末及びフィルム試料の 19F 磁化の発展
を、図 4-13 に接触時間 tCP に対してプロットした。いずれの試料についても CP 曲線の
初期段階にはっきりとしたオシレーション挙動が観測された。このようなオシレーション
挙動は、双極子相互作用が2つのスピンの間で支配的であるときに観測される[9]。
Fyfe らは 19F→29Si CP 曲線にみられるオシレーション挙動の解析から 19F–29Si 間の距
離を算出することにより、ゼオライト中のフッ素イオンの位置を調べた[8]。彼らは、第一
種 Bessel 関数を用いた孤立スピン対について観測されるオシレーションの理論式を報
告している。本研究では、彼らの式に従って 1H→19F CP 曲線をフィッティングすること
により、1H–19F 間の有効核間距離を算出した。図 4-13 に示す 1H→19F CP 曲線は、2
つの成分に分離することができる。一つは、速い立ち上がりでオシレーションを示す成
分(以降、「立ち上がりの速い成分」)で、もう一つは立ち上がりが遅くオシレーションを
示さない成分(同、「立ち上がりの遅い成分」) である。同様の CP 曲線の挙動は
PVDF にもみられる(第2章参照)。ここでは、前者は秩序構造を持ちその結果強い双
135
図 4-13
(a) 粉末, (c)フィルム試料の 68ºC における接触時間に対する 19F
磁化のプロット(CP 曲線). (b), (d)は(a), (c)の 1 ms までの拡大. 実
線は式(4-1)-(4-6)を用いた best fit.
136
極子相互作用が存在する結晶部に由来し、後者は、相対的に運動性が高く構造も乱
れているために異核双極子相互作用が平均化されている非晶部に由来すると考えた。
それ故、CP 曲線は Sfast と Sslow の2つの関数の一次結合でフィットできる。
S CP (t ) = M CP [ xS fast (t ) + (1 − x) S slow (t )] ,
(4-1)
ここで、MCP はスケーリング係数で、Sfast と Sslow は以下のように記述できる。
1
S fast (t ) = ( Exp(−t / T1*ρ ) − Exp(−t / Tdamp ) g ±1 (t ))
2
S slow (t ) =
*
Exp (−t / T1*ρ ) − Exp (−t / THF
)
*
1 − (THF
/ T1*ρ )
,
(4-2)
(4-3)
ここで THF*は磁化の立ち上がりの時定数、T1ρ*は磁化の減衰の時定数である。なお、
THF*と T1ρ*は見かけのパラメーターであり、真の THF と T1ρH とは異なることに注意が必要
である。Tdamp は MAS 下での Hartmann-Hahn matching の±1 sideband 条件における
孤立スピン対の CP 挙動を記述するオシレーション関数 g±1(t)の減衰の時定数である。
g±1(t)は次のように表される。
g ±1 (t ) =
1 π πDt
cos
sin( 2θ) sin θ dθ
∫
0
2
2
(4-4)
D は2つの孤立スピン対の異核双極子カップリング定数で、2つの核間の距離に関
係づけられる。
D=
µ 0γ I γ S h
16π 3 r 3
(4-5)
θは核間ベクトルと磁場のなす角である。式(4-4)の積分は、第一種 Bessel 関数を用
いて近似でき、最終的に、式(4-6)を得る。
∞
1
πDt
πDt
J 2k
g ±1 (t ) = J 0
+ 2∑
2
2 k =1 1− 4(2k )
2
(4-6)
式(4-4)は孤立スピン対についての理論式であるが、ETFE においては、1H と 19F ス
137
ピン対は孤立しておらず、同核及び異核双極子相互作用によって互いにカップリング
しており、また双極子相互作用の強さに影響を与える分子運動も存在するため、距離
r は 1H と 19F 間の真の距離とは等しくならない。そこで本研究では、オシレーションを含
む CP 曲線の立ち上がりの速さの比較のために、上記の式を用いた。フィッティングか
ら得られる双極子カップリング定数 D は 19F 核と近接 1H 核との双極子相互作用の大き
さを表しており、同じタイプのフッ素については分子運動性が、異なるタイプのフッ素
については主鎖の一次構造やコンホメーションの違いが反映されると考えられる。
実験値の理論式を用いたフィッティングには Mathematica を用いた。Bessel 関数は
k=5 までの項を考慮した[24]。適切な初期値を見つけるため、最小二乗フィッティング
を行う前にパラメーターを手入力し、見た目で曲線をフィットさせた。いくつかの初期値
の組み合わせを用いて最小二乗フィッティングを行ったが、best fit はすべて同じ値に
収束した。表 4-1 に peak 1 と 2 についてのフィッティングパラメーターと算出した D をま
とめた。誤差を考慮しても、D の差は本質的なものである。
図 4-13 に示すように、68ºC では、主鎖だけでなく第三成分側鎖の信号についても
オシレーション挙動がみられる。これは、T1ρF の測定からも得られているように、この温
度では側鎖と主鎖の運動に大きな違いがないことを示している。図 4-13(b)と(d)に示し
たように、初期の立ち上がりとオシレーション挙動のフィッティングは、tCP = 0.2 ms まで
のオシレーションの1周期について、粉末試料の peak 1 以外は実験値とよく一致して
いる。TCP > 0.2 ms での実験値とのずれは、多スピン系でのスピン拡散や交差緩和の
効果によるものと考えられる。得られた D が、予測される値(t-t-t コンホマーの最適化構
造から得られた H-F 間距離(約 2.55Å)から算出した D = 6820 Hz)よりも大きいことも、
多スピン系に起因すると考えられる。しかしながら、いずれの試料についても peak 2 の
D が peak 1 よりもわずかに小さいことに関しては、一次構造が反映されている。Peak 2
は E-TFE-TFE-E シーケンスの内側の CF2(-CH2-CF2-CF2-CF2-CF2-CH2-)に帰属され、
外側や交互 E-TFE シーケンスの CF2 よりも主鎖に沿った H-F 距離は長いため、相対
138
表 4-1 結晶部の CP 曲線(図 4-13, 4-14)の Best fit パラメーター.
Temp. / ºC
Sample
Peak
THF* / ms
T1ρ∗ / ms
Tdamp / ms
x
D / Hz
1
1.78
13.6
0.216
0.95
11305 ± 548
2
1.70
10.1
0.446
0.84
10131 ± 302
1
1.47
15.7
0.294
0.68
13073 ± 640
2
1.70
14.3
0.402
0.47
11716 ± 688
1
0.789
12.7
0.257
0.82
10958 ± 465
2
1.32
11.0
0.308
0.63
7964 ± 595
1
1.60
8.62
0.234
0.84
8068 ± 304
2
0.81
8.89
0.373
0.72
6618 ± 240
Powder
68
Film
Powder
145
Film
的に磁化移動が遅いと考えられる。粉末試料の peak 1 に関しては、図 4-13(a)におい
て tCP = 1.5 ms 付近に小さな山がみられ、立ち上がりの遅い成分についてもわずかに
オシレーション挙動がみられていることを示唆する。これは、非晶部の交互シーケンス
部にも強い双極子相互作用が存在していることを示す。フィルム試料では peak 1 と 2
共に粉末試料よりもそれぞれ D が大きい。X線回折の測定データ等の明確な根拠は
ないが、この理由の1つとして、フィルム試料の結晶部では粉末試料よりも分子間距離
が近いことが考えられる。斜方晶から六方晶相への転移に伴って分子鎖間距離の増
大が見られるが[3]、フィルム試料の転移が粉末試料よりも穏やかに起こっていると仮
定すると、前者の D が大きいことを説明できる。図 4-12 に示した T1ρF の温度変化にみ
られる極小をとる温度はフィルム試料の方がやや高く、これを裏付けていると考えられ
る。
68ºC での CP 曲線で注目すべき点は、フィルム試料の非晶部に対応する立ち上がり
の遅い成分(Sslow)の割合が粉末試料よりも高いことである(図 4-13(a)と(c))。これは、
フィルム試料の 145ºC での DP MAS スペクトルにみられるように非晶部の相対強度が
139
高いことと一致する(図 4-10(b)と 4-11(b))。さらに、T1ρF の測定(図 4-9)からは明確にで
きなかった結晶部と非晶部の運動性の違いが CP 曲線でははっきりと現れている。CP
の立ち上がりの時定数 THF*は、T1ρF と同様な分子運動の周波数に敏感なパラメーター
であるが、THF*の方が速い緩和速度を示す[25]。このため、短い接触時間でも結晶部
と非晶部の差が明確に現れるはずである。従って、長い T1ρF を示すために 20 ms まで
のスピンロック実験でははっきりと差が現れない場合でも、 1H→19F CP から得られる
THF*によって分子運動性を評価することが可能であることが示唆される。
図 4-14(a)と(c)は 145ºC での両試料の CP 曲線である。これらの図は図 4-10(a)や
4-11(a)と同様のピーク分離によって得られた信号強度を用いている。Peak 1 と 2 につ
いて得られたフィッティングパラメーターを表 4-1 にまとめた。粉末試料については(図
4-14(a)) 、 T1ρF 測定での観測と同様に非晶部の信号△の減衰は結晶部の信号(●、
▲)よりも速いのに対して、交互 E-TFE シーケンス(○)は結晶部と同様の減衰を示し
た。これは、非晶部の交互 E-TFE シーケンスの双極子相互作用が結晶部とのそれと
同様に強いことを示している。第三成分のピークの立ち上がりは主鎖の立ち上がりより
もずっと遅く、オシレーション挙動もみられない。これは、第三成分の側鎖はこの温度
で激しい運動をしており、極度先鋭化条件にあるために長い T1ρF を示すという解釈と
一致する。
T1ρF での減衰(図 4-11)や CP 曲線(図 4-14)のように、NMR スペクトルを結晶部と非
晶部に分離しているにもかかわらず、結晶部の CP 曲線には2つの成分がみられる。こ
れは結晶部にも2つの成分があると解釈できる。一方は立ち上がりが速くオシレーショ
ンを示す運動性が低い成分で、もう一方はオシレーションを示さず立ち上がりの遅い
相対的に運動性が高い成分である。表 4-1 からわかるように、後者の割合は peak 2 の
方が peak 1 よりも高い。これは結晶部において、E-TFE-TFE-E シーケンス(peak 2)が
交互 E-TFE シーケンス(peak 1)よりも運動性の高い部分に存在していることを意味して
いる。
140
図 4-14
(a) 粉末, (c)フィルム試料の 145ºC における接触時間に対する
19
F 磁化のプロット(CP 曲線). (b), (d)は(a), (c)の 1 ms までの拡大.
実線は式(4-1)-(4-6)を用いた best fit.
141
結晶部と非晶部の間の立ち上がりと減衰の時定数の違いは、フィルム試料でははっ
きりと観測されている(図 4-14(c), (d))。結晶部の信号(●、▲)は立ち上がりが速くはっ
きりしたオシレーションを示し、減衰は遅い。一方、非晶部の信号(○、△)は遅い立ち
上がりと速い減衰で、オシレーションはみられない。これらのことは、非晶部では激しい
分子運動によって双極子相互作用が効果的に平均化されていることを示している。第
三成分のピークの立ち上がりの速さは非晶部と同程度であるが、減衰は前者の方が
遅く、T1ρF 測定で第三成分の信号(□、◇)の T1ρF が長かったこと(図 4-11)と一致する。
表 4-1 に示すように、145ºC での peak 1 と peak 2 の結晶部の D は、粉末試料の peak 1
を除いて 68ºC よりもかなり小さい。これは、斜方晶から疑似六方晶相への相転移に伴
う分子鎖間距離の増大[3]に加えて、分子運動の活発化によるものと考えられる。さら
に、フィルム試料の D (8068 Hz (peak 1)と 6618 Hz (peak 2))は粉末試料(10958 Hz
(peak 1)と 7964 Hz (peak 2))よりも小さく、145ºC ではフィルム試料の方が結晶部での
trans と gauche のコンホメーション交換に由来する運動が激しいことを反映している。こ
れは、フィルム試料の非晶部の割合が高いことに関係があり、結晶部での分子運動が
非晶部の運動に引きずられているためと考えられる。
4−4
結論
固体 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いてエチレン−テトラフルオロエ
チレン共重合体(ETFE)の相構造と分子運動性を解析した。
1. 温度可変 19F MAS スペクトルでは、粉末及びフィルム試料共に短い T1ρF を持つシ
ョルダーピークが 120ºC 以上で現れた。これらのピークは、運動性の高いドメインを
選択的に観測することができる dipolar filter スペクトルにおいて明瞭に観測されて
いることから、非晶部に由来する信号と帰属できる。
142
2. 昇温に伴って、全ての信号に線幅の減少と高周波数シフトがみられた。この高周
波数シフトは
19
F 磁気遮蔽定数計算から、E-TFE シーケンスの CH2-CF2 結合の
trans から gauche への局所的なコンホメーション変化で説明できることが明らかとな
った。
3. 結晶部に帰属されるピークの回転系でのスピン−格子緩和時間 T1ρF は、60ºC から
105ºC にかけて連続的に減少し、105ºC 付近で極小をとった。これは、昇温に伴い、
非晶部だけでなく結晶部の分子運動性が活発化していることを示している。この温
度域は結晶部の斜方晶相から六方晶相への相転移領域に対応しており、相転移
では E-TFE 結合でのコンホメーション変化が生じていることが明らかとなった。
4. 68ºC での 1H→19F CP 曲線には、初期段階にオシレーション挙動が観測されたこと
から、フィッティングにより、双極子カップリング定数 D を見積もった。粉末とフィル
ム試料の間には D に目立った差はなかったが、非晶部に帰属される立ち上がりの
遅い成分の割合はフィルム試料の方が高かった。これは、DP
19
F MAS スペクトル
における非晶部の信号の相対強度が高いことからも確かめられるように、フィルム
試料の結晶化度が粉末試料より低いことに対応する。
5. 145ºC での 1H→19F CP 曲線には、オシレーション挙動が結晶部の信号にのみ観測
され、非晶部の信号は立ち上がりが遅くオシレーションもみられなかった。これは、
非晶部における双極子相互作用は激しい分子運動によって効果的に平均化され
ているのに対して、結晶部ではいまだ強い双極子相互作用が存在していることを
示している。これは六方晶相の結晶部において、分子鎖が鎖軸まわりに回転して
いるものの、円柱状の空洞に閉じこめられているために、分子鎖軸と垂直な方向に
は運動が拘束されているためと考えられる。結晶部の D は粉末、フィルム試料とも
に 68ºC よりも小さく、相転移に伴う分子鎖間距離の増大と分子運動の活発化を反
映している。
6. フィルム試料の結晶部について得られた D は粉末試料よりも小さく、結晶化度の低
143
いフィルム試料の方が、結晶部の運動が激しいことがわかった。これは結晶部の分
子運動が非晶部の運動と相関があるためと解釈できる。
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145
第5章 固体 13C CP/MAS NMR 法を用いた全芳香族高分子のコンホメー
ション解析
5−1
はじめに
第4章までで、固体 19F MAS NMR 法を含フッ素高分子に適用し、相転移に伴うコン
ホメーションや分子運動性の変化を明らかにした。次の第6章では含フッ素全芳香族
高分子(含フッ素ポリイミド)に用いて分子鎖のパッキング状態を評価するが、それに先
立ち本章では、固体 13C CP/MAS NMR 法を用いた分子内の主鎖コンホメーションの
推定方法について述べる。
高性能高分子は、しばしばその主鎖が、ジフェニル結合から構成されている。例え
ば、ポリカーボネートは Ph−C(CH3)2−Ph を、ポリエーテルエーテルケトンは Ph−O−
Ph や Ph−CO−Ph を骨格に持つ。そのほかにも、S, SO2, CH2, C(CF3)2 などの置換基
によって結合したジフェニル骨格を持つ高分子材料は様々である。これらの高分子材
料の特性は、その主鎖の屈曲性、すなわちコンホメーションによるところが大きいと考
えられている。しかし、高分子材料は一般に単結晶の作製が困難なため、単結晶X線
回折法をそのコンホメーションの解析に用いることが困難であるなど、直接的な解析に
は限界がある。そこで、これまでにジフェニル結合部分を抜き出したモデル化合物に
ついてのコンホメーション解析が行われてきている。
最も広く行われてきた解析手法は、計算化学を用いた安定コンホメーションの予測
である。ジフェニル構造のコンホメーションは、中心原子を挟んで両側のフェニル環と
の間の 2 つの二面角(φ, ψ)によって定義される。一般に(φ, ψ) = (0゜, 0゜)のコンホメーシ
ョンを平面型(Planer)と定義し、(φ, ψ) = (90゜, 90゜)のコンホメーションを蝶型(Butterfly)
と呼ぶ。そして、この 2 つの二面角を適当な間隔で変化させた構造について、それぞ
れのコンホメーションでのエネルギーを計算し、等高線図を作製することによって最安
147
定なコンホメーションを推定するというのがよく用いられている方法である。また、一言
で量子化学計算といっても種々の計算方法があり、用いる手法により異なる結果が得
られる場合もある。
Anwer らは、分子動力学法を用いて、中心原子が、S, O, CO, SO2, CH2, C(CH3)2,
C(CF3)2 の 7 種のジフェニル構造についてのコンホメーションエネルギーを計算し、そ
れぞれの最安定構造を求めた[1]。その結果、SO2, CH2 は(φ, ψ) = (90゜, 90゜)の
Butterfly 構造が、S, O, CO, C(CH3)2, C(CF3)2 の 5 種はφ = ψ = 30゜∼50゜のねじれた
(Twist)構造が安定であると報告している。
Makowski は、半経験的分子軌道法である AM1 法を用いて、O, S, CH2, CO の 4 種
のジフェニル構造についてのコンホメーション解析を行い、CH2 は(φ, ψ) = (90゜, 90゜)
の Butterfly 型、O, S, CO はφ = ψ = 30゜∼40゜の Twist 型であると報告している[2]。
さらに、Straßner は、AM1, MNDO, PM3 の半経験的分子軌道法と ab initio 法、密
度汎関数法(DFT)を用いてジフェニルメタン(CH2), ジフェニルエーテル(O)のコンホメ
ーションエネルギーを計算し、それぞれの計算方法による結果の違いについて考察し
ている[3]。それによると、CH2 の場合には、DFT では 60゜付近が最安定で、高精度の
ab initio 法(MP2)による計算結果と同じである。O の場合には 40゜付近が最安定であり、
これも MP2 による計算と一致している。Straßner は、半経験的分子軌道法、DFT 法、
ab initio 法を比較すると、半経験的分子軌道法はジフェニル構造のコンホメーションエ
ネルギー計算の結果は十分とは言えず、DFT 法は、より精度高い ab initio 計算(MP2)
とほぼ同様の結果を得られ、また計算時間も MP2 よりはるかに短いため、有用な計算
方法であると結論づけている。本研究では、Straßner の報告に基づき、ジフェニル構
造のコンホメーションエネルギー計算には DFT 法を選択した。
本研究で対象とする、ジフェニルビス(4-ヒドロキシフタルイミド)(BHPI)は、Scheme
5-1 に示すとおり、中心部のジフェニル結合の両端に 4-ヒドロキシフタルイミドが結合し
た構造である。ヒドロキシル基の部分で脱水縮合したものが全芳香族ポリエーテルイミ
148
ドであると考えれば、BHPI は全芳香族ポリエーテルイミドの単位構造を有するモデル
化合物とみなすことが出来る。そして、ポリエーテルイミドの熱的機械的性質は、単位
構造である BHPI のコンホメーション、すなわち、ω1, ω2, φ, ψの4つの二面角によるとこ
ろが大きいと考えられる。しかし、高分子は単結晶の作製が困難なために、X線回折
法による解析は難しい。そこで、新しいコンホメーション解析の手法として、NMR の化
学シフトと磁気遮蔽定数計算を用いた方法が提案されている[4]。本研究では、固体
13
C CP/MAS NMR と ab initio 磁気遮蔽定数計算を用いて、全芳香族ポリエーテルイ
ミドのモデル化合物であるジフェニルビス(4-ヒドロキシフタルイミド)(BHPI)のコンホメ
ーションの推定し、この手法の全芳香族高分子への適用について検討した。
O
O
HO
OH
N
O
ω1
X
φψ
N
ω2 O
Scheme 5-1 ジフェニルビス(4-ヒドロキシフタルイミド)の構造式.
149
5−2
実験
5−2−1
試料の合成
本研究では、Scheme 5-1 に示した BHPI の中心部の置換基Xが、-O-, -CO-, -S-,
-SO2-, -CH2- の 5 種の BHPI を試料に用いた(表 5-1)。BHPI は分子内に4つのカル
ボニル基と2つのヒドロキシル基を持つため、カルボニル基とヒドロキシル基の間で分
子間水素結合を形成する可能性がある。そこで、水素結合の影響を考察するために、
BHPI の末端のヒドロキシル基がないジフェニルビスフタルイミド(BPI)についても BHPI
と同様の5種の置換基Xをもつ試料を合成した。さらに、この手法の高分子への適用を
検討するために、全芳香族ポリエーテルイミドである ODPA/ODA の粉末及びフィルム
試料を合成した。なお、ODPA/ODA は、酸無水物に oxydiphthalic anhydride(ODPA)、
ジアミンに oxydianiline(ODA)を用いて合成されたポリイミドを表している。
表 5-1
本研究に用いた試料.
Structure
O
O
HO
BHPI
OH
N
BPI
X
N
O
O
O
O
N
X
N
O
O
O
-XO
CO
S
SO2
CH2
O
CO
S
SO2
CH2
Symbol
BHPI-DPO
BHPI-DPCO
BHPI-DPS
BHPI-DPSO2
BHPI-DPCH2
BPI-DPO
BPI-DPCO
BPI-DPS
BPI-DPSO2
BPI-DPCH2
O
ODPA/ODA
O
O
ODPA/ODA
N
X
N
O
O
150
BHPI 及び BPI の合成
試料の合成は、Scheme 5-2に示した反応に従って行った[5]。2モル当量の
4-hydroxyphthalic anhydride またはphthalic anhydrideと1モル当量のdiamineを、フタ
ル酸無水物の約4倍重量のN-Methyl-2-pyrroridinoneと、脱水牽引剤として溶媒の約
0.5倍重量のo-xyleneに溶解させ、約190℃で還流を行った。流出する反応水と
o-xyleneを冷却し、油水分離管で生成水を分離し、o-xyleneを反応器に戻した。理論
量の水が流出した時点で加熱をやめ、室温まで放冷後、methanolを加えることにより、
80%以上の高収率でBHPIおよびBPIの結晶を得た。
ODPA/ODA の合成
ODPA/ODA 粉末試料の合成は、BHPI と同様の方法により合成した。1 モル当量ず
つ の oxydiphthalic anhydride と oxydianiline を 酸 無 水 物 の 約 4 倍 重 量 の
N-Methyl-2-pyrroridinone と、脱水牽引剤として溶媒の約 0.5 倍重量の o-xylene に溶
解させ、約 190℃で還流を行った。流出する反応水と o-xylene を冷却し、油水分離管
で生成水を分離し、o-xylene を反応器に戻した。約3時間の還流の後に加熱をやめ、
室温まで放冷すると、少量の白色沈殿が生じた。methanol を加え、濾過することにより
ODPA/ODA の粉末試料を得た。
ODPA/ODA フィルム試料は、Scheme 5-3 に示す反応に従って行った[6]。この合成
方法は、まずポリアミド酸を合成した後、ガラス板状にアミド酸溶液をキャストして窒素
雰囲気下で加熱イミド化する。
窒素雰囲気下で、目的物の重量濃度が 10%になるように N,N-dimethyl acetamide
(DMAc) に oxydianiline を 攪 拌 し な が ら ゆ っ く り 加 え 完 全 に 溶 解 さ せ た 。 さ ら に
oxydiphthalic anhydride を攪拌しながらゆっくり加え、完全に溶解させた。反応器を密
封し、室温で 24 時間攪拌した。生成したポリアミド酸溶液をガラスシャーレ上にキャスト
し、窒素雰囲気下 70℃で 2 時間、160℃で 1 時間、350℃で 1 時間の熱履歴で加熱イ
151
ミド化を行った。得られた ODPA/ODA フィルムをシャーレからはがし、細かく切ったも
のを NMR 測定に用いた。
O
X
HO
2
+
O
NH2
H 2N
O
4-hydroxyphthalic anhydride
diamine (X = O, CO, S, SO2, CH3)
O
O
HO
NMP
OH
N
X
N
190℃
O
Scheme 5-2
O
+ 2 H2O
BHPI の合成. BPI は 4-hydroxyphthalic anhydride のかわりに phthalic
anhydride を用いる.
O
O
O
O
O
O
+
H 2N
O
oxydiphthalic anhydride
O
oxydianiline
H O
DMAc
O H
N C
O
C N
HO C
O
C OH
O
O
N
N
O
O
ODPA/ODA
Scheme 5-3
O
O
ODPA/ODA poly(amic acid)
O
- H2O
NH2
ODPA/ODA ポリイミドの合成.
152
O
5−2−2
NMR 測定
溶液 NMR 測定
BHPI と BPI について日本電子製 GSX-500NMR 分光器を用いて溶液 13C NMR 測
定を行った。重水素化溶媒には、BHPI にジメチルスルホキシド(DMSO-d6)を、BPI に
クロロホルム(CDCl3)を用いた。また、帰属を容易にするために、DEPT 法を用いて、1H
と直接結合する
13
C を区別した。化学シフト基準にはテトラメチルシラン(TMS)を内部
基準に用いた。
固体 NMR 測定
それぞれの試料について、日本電子製 GSX-270 NMR 分光器を用いて固体
13
C
NMR 測定を行った。試料は全てがベンゼン環上の炭素とカルボニル基の炭素である
ため、通常の CP/MAS 法ではスピニングサイドバンドがメインピークに重なってしまう。
このため、CP/MAS 法にスピニングサイドバンドを消去するパルス系列を加えた TOSS
法を用いた。また、1H に直接結合する 13C を区別するため、4級炭素の信号のみを残
す Dipolar Dephasing 法を組み合わせての測定も行った。化学シフト基準には、外部
基準としてアダマンタンの高磁場側のピーク(δc = 29.5 ppm)を用い、TMS 基準に換算
した。その他の測定条件は次の通りである。観測周波数:67.8 MHz、1H 90゜パルス幅:
4.9∼5.2 µs、13C 90゜パルス幅: 4.9 ∼ 5.2 µs、接触時間:2 ms、繰り返し時間:5 秒、
MAS 回転数:2800 ∼ 3800 Hz、積算回数:3000∼5000 回。
5−2−3
量子化学計算
モデル構造として中心部のジフェニル部分をとりだした 5 種のジフェニル構造
(Scheme 5-4)について、コンホメーションエネルギーと
153
13
C 磁気遮蔽定数の計算を行
った。なお、以下ではモデル構造の X が O, CO, S, SO2, CH2 のものを順に、DPO,
DPCO, DPS, DPSO2, DPCH2 と表す。
モデル構造について、2つの二面角(φ, ϕ)をそれぞれ独立に 10゜おきに変化させ、
(φ, ψ)以外の結合長、結合角全てについて構造最適化を行い、コンホメーションエネ
ルギーを計算した。この際、計算時間を短縮するために、2つのベンゼン環は平面構
造に固定した。その上で、0゜から 180゜までのコンホメーションエネルギーマップを作成
して、安定なコンホメーションを推定した。なお、構造の対称性から、実際に計算を行
ったのは、φ = ψとφ + ψ =180゜(0゜≤ φ ≤90゜, 0゜≤ ψ ≤180゜)の線に挟まれたマップの 1/4
の領域にあたる 100 点のみである。
Straßner の 報 告 [3] に 基 づ き 、 構 造 最 適 化 の 基 底 関 数 に は 、 DFT 法 の
B3LYP/6-31G(d)基底を用いた。また、遮蔽定数計算には、RHF/6-31G(d)基底を用い
た。Cheeseman らによって、この基底関数の組み合わせは、NMR 計算に最低限必要
なレベルであるという報告がなされている[7]。
全ての計算は、ソフトウエアに Gaussian98 A.9[8]、計算機に SGI Origin 2000(東京
工業大学総合情報処理センター)を用いて行った。
C6
C1
C2
C6 '
X
C5
C5 '
C4
C4 '
C1 '
C2 '
C3 '
C3
X = O, CO, S, SO2, CH2
Scheme 5-4
MO 計算に用いたモデル構造. 図に示した二面角は(φ, ψ)=(0゜, 0゜).
154
5−3
結果と考察
5−3−1
コンホメーションエネルギーマップ
図 5-1 に、B3LYP/6-31G(d)基底を用いて計算した 5 種のジフェニル構造についての
コンホメーションエネルギーの等高線図を示す。この等高線図は最もエネルギーの低
い点を 0 とした相対値で描いている。構造の対称性から、等高線図は、(φ, ψ) = (90゜,
90゜)の点に対して点対称である。エネルギーの単位は kJ/mol で、等高線の間隔は 2
kJ/mol(DPCO, DPSO2)か 1 kJ/mol(DPO, DPS, DPCH2)である。なお、DPO と DPCH2
については、Straßner によって B3LYP/6-31G(d)基底を用いて計算したコンホメーショ
ンエネルギーが報告されている[3]。他の3種のジフェニル構造については、これまで
に B3LYP/6-31G(d)基底を用いた計算の報告はない。
さらに、計算によって得られたコンホメーションエネルギーの等高線図の妥当性を検
証するために、ジフェニル構造にいくつかの置換基のついた化合物の単結晶のX線
回折によるコンホメーションの実測値をケンブリッジX線データベースから検索し、等高
線上にプロットした。[12-16]
DPO
図 5-1(a)は、DPO のコンホメーションエネルギーの等高線図である。最安定コンホメ
ーションは、(φ, ψ) = (40゜, 40゜)である。1 kJ/mol 以下の安定な領域は比較的広く、
(φ, ψ) = (10゜, 80゜)から(80゜, 10゜)にわたって広がっている。(90゜, 90゜)は回転の遷移状
態といえる点であり、最安定点から(90゜, 90゜)にかけてのエネルギー障壁は約 17
kJ/mol である。
ジフェニル構造、すなわちジフェニルエーテルに置換基のついた化合物のコンホメ
ーションのほとんどは、エネルギー差 5 kJ/mol 以内に分布している。ジフェニル構造の
155
分布は、約半数がほぼ対称構造(φ = ψ)をとり、非対称の場合には (φ, ψ) = (0゜, 90゜)
の近くに集中している。全体としては、φ = ψ の線上か φ + ψ = 90゜の線上に分布する
傾向がある。
DPCO
図 5-1(b)は、DPCO のコンホメーションエネルギーの等高線図である。最安定コンホメ
ーションは、(φ, ψ) = (30゜, 30゜)である。2 kJ/mol 以下の領域は非常に狭く、(φ, ψ) =
(20゜, 40゜)から(40゜, 20゜)までの部分でしかない。四隅をのぞけば、(90゜, 90゜)にむかっ
てエネルギーが高くなり、(90゜, 90゜)が頂点となっている。最安定点と(90゜, 90゜)のエネ
ルギー差は約 44 kJ/mol である。
ジフェニル構造、すなわちベンゾフェノンに置換基のついた化合物のコンホメーショ
ンの半数以上は、等高線図の最安定領域に集中している。大半が 10 kJ/mol 以下の
領域に分布し、それ以外は(φ, ψ) = (0゜, 90゜)の周辺に分布している。
DPS
図 5-1(c)は、DPS のコンホメーションエネルギーの等高線図である。最安定コンホメ
ーションは、(φ, ψ) = (30゜, 60゜)と(60゜, 30゜)の2点である。1 kJ/mol 以下の安定な領域
は(φ, ψ) = (0゜, 90゜)から(90゜, 0゜)にわたって広がっている。回転の遷移状態である
(φ, ψ) = (90゜, 90゜)と最安定点のエネルギー差は約 5 kJ/mol であり、DPO と比較しても
かなり小さい。安定領域から(0゜, 0゜)にかけてはかなり急勾配となっている。(90゜, 90゜)
から(0゜, 180゜)にかけても大きな山となっている。
ジフェニル構造のコンホメーションは、1 点を除いて 5 kJ/mol 以下の領域に分布して
いる。そしてほとんどの点が、φ = ψ の線上か φ + ψ = 90゜の線上に分布している。
156
DPSO2
図 5-1(d)は、DPSO2 のコンホメーションエネルギーの等高線図である。最安定コンホ
メーションは、(φ, ψ) = (90゜, 90゜)である。2 kJ/mol 以下の安定な領域は (φ, ψ) = (70゜,
70゜)から(110゜, 110゜)の部分である。さらに、(90゜, 90゜)を中心に(0゜, 90゜), (90゜, 0゜)に
かけてもなだらかに 12 kJ/mol 以下の比較的安定な領域が広がっている。
ジフェニル構造のコンホメーションの大半は、(φ, ψ) = (90゜, 90゜)を中心に、2 kJ/mol
以下の安定な領域にあり、1 点を除けば(φ, ψ)はどちらも 60゜以上の角度をとってねじ
れた構造をしている。
DPCH2
図 5-1(e)は、DPCH2 のコンホメーションエネルギーの等高線図である。最安定コンホ
メーションは、(φ, ψ) = (60゜, 60゜)である。1 kJ/mol 以下の安定な領域は最安定点から
10゜程度離れたところまでの領域である。回転遷移状態の(90゜, 90゜)と最安定構造との
エネルギー差はわずか 2 kJ/mol しかない。さらに、(90゜, 90゜)を中心に(0゜, 90゜), (90゜,
0゜)にかけてもなだらかに 3 kJ/mol 以下の比較的安定な領域が広がっている。
ジフェニル構造のコンホメーションの多くは、ほぼ対称(φ = ψ)な構造をとって、最安
定から 3 kJ/mol 以内の領域にある。そしてほとんどの点が、φ = ψ の線上か φ + ψ =
90゜の線上に分布している。
上述の通り、X線回折法によって決定されているジフェニル構造のコンホメーション
は、5 種のジフェニル構造全てについて、エネルギー等高線図上の最安定コンホメー
ションとその周辺に非常によく一致した。また、5 種のジフェニル構造を有する化合物
のコンホメーションは、最安定コンホメーションか、φ = ψ (A)と φ + ψ = 90゜ (B)の線上
に集中して分布していることも明らかになった。
このことから、B3LYP/6-31G(d)基底を用いて計算されたコンホメーションエネルギー
157
の等高線図は、少なくともジフェニル構造についてのコンホメーションを正確に予測で
きると考えられる。
図 5-1 コンホメーションエネルギーの等高線図. (a) DPO, (b) DPCO, (c) DPS, (d)
DPSO2, (e) DPCH2. ●はジフェニル構造を有する化合物の X 線回折による実測値
158
5−3−2
遮蔽定数計算
図 5-2 は、DPO の C4, C4', C6 の遮蔽定数の二面角に対する変化の様子を表している。
図を見やすくするために、φ, ϕ とも 0゜から 90゜の範囲のみを示している。また、C4 と C6
の遮蔽定数の差∆4,6(σC4−σC6)を底面に描いた。
図 5-2 から、DPO の 3 つの炭素の遮蔽定数はいずれも二面角の変化に伴って変化
していることがわかる。C4 と C6 を比べると、図の領域では C4 の方が遮蔽定数の値が大
きい。すなわち、NMR スペクトルでは C6 より C4 の方が高磁場側にピークが現れると予
想される。中心の O 原子に対して対称な位置にある C4 と C4'の遮蔽定数の面は、
φ = ϕ で交わっている。このことは、φ = ϕ では C4 と C4'が同じ値をとる、すなわち NMR
スペクトルでは C4 と C4'が1本のピークに重なって現れるということを示している。一方、
φ≠ϕ では、C4 と C4'は異なる値をとっているため、NMRスペクトルではそれぞれ異なる
図 5-2
DPO の C4, C4', C6 の遮蔽定数マップ. 底面は C4 と C6 の差の等高線図.
159
ピークとして現れると予想される。図 5-2 には示していないが、C1 と C1'など他の中心原
子に対して対称な位置にある炭素の遮蔽定数についても同様にあてはまる。また、
DPO に限らず、5 種のジフェニル構造全てについても同様である。さらに、底面に表し
た∆4,6 の等高線から、∆4,6 も二面角に伴って大きく変化していることがわかる。従って、
二面角の違いが 2 本のピークの化学シフト差に反映されていることがわかった。
以上のことから、NMR スペクトルのピークの本数から、二面角(φ, ψ)の関係がわかり、
C4 と C6 のような 2 本のピークの化学シフト差から(φ, ψ)の値が推定できることが明らか
になった。ただし、いずれの炭素の化学シフトも多かれ少なかれ二面角を反映して変
化するが、実際に推定する際には、次に述べる 2 つの点から、C4 と C6 の差∆4,6 を用い
るのが最も望ましい。第一に、∆4,6 は二面角をかなり敏感に反映していること、第二に、
本研究で用いる化合物は、計算のモデル構造の両端にフタルイミド環が結合している
ために、フタルイミド環に対してオルト位にあたる C4 と C6 以外では、この置換基の置換
基効果を考慮しなければならないからである。そこで、本研究では可能な限り∆4,6 を用
いたが、スペクトルの帰属の難しさなどから、∆4,6 以外を用いた化合物もある。
実際の二面角の推定は、5−3−1節で述べたように、X線で明らかになっている構
造が集中して分布している φ = ψ (A)と φ + ψ = 90゜ (B)の線上で行った。しかし、図
5-2 の底面に示した∆4,6 のような 2 つの炭素の遮蔽定数の差の等高線を用いた推定を
いくつかの組み合わせについて行い範囲を絞り込めば、等高線図上のどの点でも推
定することが可能であると考えられる。
図 5-3 に、B3LYP/6-31G(d)基底で構造最適化した DPO について、RHF/6-31G(d)
基底と B3LYP/6-311+G(2d,p)基底を用いて計算した C4, C6 の遮蔽定数及びその差∆4,6
の比較を示した。この後者の基底では、前者の基底で計算した TMS に対する
13
C化
学シフトよりも RMS 値が 1/3 程度となり、遮蔽定数計算に推奨されているものである[7]。
図 5-3 からわかるように、両者の差は C6 については 0.5 ppm である。また、もっとも大き
い差は C4 のφ=0ºでの 1.2 ppm であるが、この差はφが大きくなるに従って小さくなる。こ
160
のことから、DPO の遮蔽定数計算に関しては、RHF/6-31G(d)基底で十分であるといえ
る。従って、本研究では、遮蔽定数計算には RHF/6-31G(d)基底を用いている。
図 5-4 と 5-5 に 5 種のジフェニル構造の φ = ψ (A)(図 5-4)と φ + ψ = 90゜(B)(図
5-5)の場合の C4 と C6 の炭素の遮蔽定数変化のグラフを示した。これらのグラフを二面
76
10
72
8
68
Δ
C4
6
64
4
60
2
C6
56
0
52
0
30
60
∆4,6 = σ C4 - σ C6 (ppm)
Shielding constant (ppm)
角φ, ψの推定に用いた。
-2
90
Dihedral angle φ (deg.)
図 5-3
RHF6-31G(d)基底(○◇△)と B3LYP/6-311+G(2d,p)基底(●◆▲)を用い
て計算したφ=ψの場合の DPO の C4, C6, ∆4,6 の遮蔽定数.
161
(b)
Δ
92
88
C4
(ppm)
6
4
84
C6
2
80
8
78
Δ
4
C4
70
2
66
C6
0
0
62
76
60
0
90
30
(d) 85
Δ
Shielding constant (ppm)
4
(ppm)
C6
70
2
1
∆4,6
3
C4
0
65
-1
60
-2
0
30
60
10
Δ
6
C4
75
4
70
2
C6
65
0
60
0
90
Dihedral angle φ (deg.)
30
60
-2
90
Dihedral angle φ (deg.)
(e) 80
Shielding constant (ppm)
8
80
(ppm)
5
75
90
∆4,6
(c) 85
80
60
Dihedral angle φ (deg.)
6
Δ
5
4
75
C4
3
2
1
70
C6
(ppm)
30
Dihedral angle φ (deg.)
∆4,6
0
Shielding constant (ppm)
6
74
∆4,6 = σC4 - σ C6 (ppm)
Shielding constant (ppm)
8
∆4,6
Shielding constant (ppm)
(a) 96
0
-1
-2
65
0
30
60
90
Dihedral angle φ (deg.)
図 5-4
5 種のジフェニル構造の C4, C6, ∆4,6 の二面角に対する遮蔽定数変化(case
A, φ=ψ). (a) DPO, (b) DPCO, (c) DPS, (d), DPSO2, (d) DPCH2.
162
(a)
Δ
90
Shielding constant (ppm)
5
86
C4
C4'
C6
C6'
(ppm)
4
3
∆4,6
Shielding constant (ppm)
(b)
6
94
2
82
1
78
0
76
C6'
C6
74
C4
C4'
72
70
68
66
60
0
30
(ppm)
10
75
5
C4'
C4
70
Shielding constant (ppm)
15
C6
0
-5
65
-10
60
-15
0
30
-20
90
60
5
80
4
C4
C4'
3
75
C6
2
C6'
1
70
0
65
0
Dihedral angle φ (deg.)
30
60
-1
90
Dihedral angle φ (deg.)
(e) 75
Shielding constant (ppm)
Δ
(ppm)
Δ
C6'
90
(d)
20
∆4,4'
Shielding constant (ppm)
(c) 85
80
60
Dihedral angle φ (deg.)
∆4,6
30
Dihedral angle φ (deg.)
4
3
Δ
74
C4'
C4
2
1
73
C6
C6'
72
0
-1
(ppm)
0
-1
90
∆4,4'
74
-2
71
-3
70
0
30
60
-4
90
Dihedral angle φ (deg.)
図 5-5
5 種のジフェニル構造の C4, C6, ∆4,6 の二面角に対する遮蔽定数変化(case
B, φ+ψ=90º). (a) DPO, (b) DPCO, (c) DPS, (d), DPSO2, (d) DPCH2.
163
5−3−3
二面角ωの推定方法
二面角ωは、Ν−フェニルフタルイミド(NPPI)におけるフタルイミド環とベンゼン環の内
部回転角で定義される。Ishii らは、単結晶X線回折法によって二面角が決定されてい
る低分子芳香族イミド化合物について、固体 NMR を用いて測定した C1 炭素の化学シ
フトを二面角 ω に対してプロットすると、ω が 0゜から 90゜まで増加するにつれて、C1 の
化学シフトが高周波数へシフトするという、二面角と C1 炭素の化学シフトの相関を見出
している[11]。彼らは、測定に用いた試料の種々の置換基の影響を除くために、溶液
NMR での C1 炭素の化学シフトを固体 NMR での化学シフトから減算することにより、
図 5-6 に示した相関を報告している。そこで本研究では、固体及び溶液 NMR での C1
炭素の化学シフトからその差 ∆solid-solution を算出し、図 5-6 を用いて二面角の推定を行
った。
図 5-6 NPPI の C1 の化学シフト差∆solid–solution の二面角ω依存性 (−: 計算値 ●: 実
験値)
164
5−3−4
N-フェニルフタルイミド(NPPI)の遮蔽定数計算
BHPI のジフェニル部分の化学シフトは、5−3−2節で述べたように二面角(φ, ψ)の
影響を受けて変化する。さらに、5−3−3節のように、NPPI のフェニル基の C1 炭素の
化学シフトが二面角ωによって変化することも明らかにされている。このため、二面角を
推定する際には、それぞれの二面角の化学シフトへの影響を考慮に入れなければな
らない。そこで、NPPI の二面角ωを 0゜から 90゜まで 10゜ずつ変化させて遮蔽定数計算
を行い、フェニル基の化学シフト変化を調べた。計算に用いた基底関数はジフェニル
構造の計算と同じく、B3LYP/6-31G(d)基底を用いて最適化をした構造について、
RHF/6-31G(d)基底で遮蔽定数計算を行った。
図 5-7(a)は二面角ωに対するコンホメーションエネルギーの変化のグラフであり、最も
エネルギーの低かったω = 40゜を 0 とした相対値で表している。図 5-7(b),(c)は、二面角
ωに対する各炭素の遮蔽定数変化のグラフであり、(b)はフェニル環部分の炭素につ
いて、(c)はフタルイミド部分の炭素についての遮蔽定数を表している。これをみると、
フェニル環上の炭素のうち、C1, C2, C5 は二面角ωに伴って変化しているが、C4 はほと
んど変化がない。また、C2 の変化は 0゜から 50゜までが大きく、50゜以上ではほとんど変
化しない。フタルイミド部分については、Cg が 0゜から 50゜までで 3 ppm 近く変化をして
いるが、50゜以上では C2 同様ほとんど変化しない。その他の炭素についての変化はわ
ずかであった。X線回折法によって明らかになっているフタルイミド構造の二面角が
50゜以上しか取っていないことを考えると、C2, Cg の化学シフトには二面角ωの影響は
ないといえる[6]。
図 5-7(d)はフェニル環部分の炭素の遮蔽定数を、計算による最安定コンホメーション
である 40゜の遮蔽定数を 0 とした相対値で表したグラフである。最も二面角ωを反映す
る C1 は、40゜と 90゜を取った場合で 6.2 ppm の差があることがわかる。同様に、C2 は 0.5
ppm、C4 は 0.3 ppm、C5 は 3.4 ppm の差がある。従って、BHPI の 2 つの二面角ωが異
165
なっている場合には、ωの効果によるピークのシフトが起こる。つまり、5−3−2節で述
べた二面角(φ, ψ)が等しく、ジフェニル部分のピークが 1 本ずつの場合であっても、左
右のωが異なるとピークが分裂するわけである。ピークの帰属と二面角の推定の際に
は、このことも考慮に入れなければならないため、複雑となっている。
Relative energy (kJ/mol)
(a)
8
6
4
2
0
-2
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
Dihedral angle ω (Degree)
(b)
84
Shielding constant (ppm)
O
80
N
76
1
6
3
4
2
5
O
72
68
1,3
2
64
60
0
10
20
30
40
50
60
4,6
5
70
80
90
Dihedral angle ω (Degree)
図 5-7 NPPI の相対エネルギー(a)と遮蔽定数の二面角ω依存性: (b) フェニル部分
(c)フタルイミド部分 (d) 最安定構造(40゜)からの差.
166
(c)
76
74
O
Shielding constant (ppm)
72
d
c
70
e
b
f
a
1
g
N
h
6
2
5
3
4
O
68
66
34
32
a,f
b,e
30
c,d
g,h
28
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
Dihedral angle ω (Degree)
(d)
8
1,3
2
4,6
5
Shielding constant (ppm)
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
0
10
20
30
40
50
60
Dihedral angle ω (Degree)
図 5-7 つづき
167
70
80
90
5−3−5
溶液 13C NMR スペクトルの帰属
図 5-8 から 5-18 に BHPI 及び BPI の溶液および固体 13C NMR スペクトルを示す。
それぞれの図の(a)は溶液 13C NMR スペクトル、(b)は全ての炭素を観測した固体 13C
TOSS スペクトル、(c)は 4 級炭素のみを観測した TOSS&DD スペクトル、(d)は(b)から
(c)を引いた差スペクトル、すなわち 1H の結合した 13C のみのスペクトルである。ただし、
TOSS スペクトル(b)と TOSS&DD スペクトル(c)でピーク強度が完全に一致しない場合
もあること、ピークが重なっていて基準となるピークを見つけることが困難な場合もある
ことから、差スペクトル(d)は、完全な 1H の結合した 13C のみのスペクトルとはいえない。
おのおのの NMR スペクトルの帰属は、加成則による置換基効果の予測及び磁気遮
蔽定数計算の結果によるピーク位置の予測から行った。加成則とは、置換基のついた
ベンゼン環上の 13C 核の化学シフトが、ベンゼンの化学シフト(δc = 128.5 ppm)にそれ
ぞれの置換基に対応する値を加減算することによって概算できるという経験則である
[9]。BPI-DPO については、すでに報告されている帰属も参考に用いた[10]。
5−3−6
固体 NMR スペクトルの帰属と二面角の推定
固体 NMR スペクトルの帰属は、溶液 NMR スペクトルの帰属の場合と異なり、かなり
複雑となる。これは、5−3−2節で述べたように、ジフェニル部分の炭素の化学シフト
が二面角(φ, ψ)の影響をうけ、非対称のコンホメーションの場合にはジフェニルの全て
の炭素が異なる化学シフトを取るためにピーク数が多く、また取りうる二面角によって
化学シフトが最大約 14 ppm も変化する場合もあり、さらには、5−3−5節で述べた二
面角ωの違いによるピークのシフトも考慮しなければならないからである。そこで、遮蔽
定数計算の結果をもとに帰属を行った。化学シフトが二面角に依存するため、ピーク
の帰属と二面角の推定はできるだけ両方を満足するように行わなければならない。そ
168
のため、以下ではそれぞれの化合物の帰属と二面角の推定の手続きについて述べ
る。
BHPI-DPO
TOSS&DD スペクトル(図 5-8(c))から4級炭素のピークは 7 本である。フタルイミド部分
の炭素 Ca, Cf, Cd は二面角の影響をほとんど受けないので、溶液 NMR での化学シフト
と固体 NMR での化学シフトはほぼ等しいと考えられる。そこで、Ca は 122.4 ppm、Cd
は 162.5 ppm、Cf は 134.0 ppm と帰属した。また、166.0 ppm と 170.0 ppm のピークは
化学シフトから考えてカルボニル基のピークである。従って、残りの 127.2 ppm と 156.1
ppm のピークがジフェニル部分の 4 級炭素 C2, C2', C5, C5'である。5−3−2節で述べ
たように、二面角 (φ, ψ) が非対称であれば、これら 4 つの炭素は全て異なる化学シフ
トをとるはずである。しかしながら、4 つの炭素に帰属できるピークが 2 本であることから、
C2 と C2'、C5 と C5'はそれぞれ等価であり、二面角 (φ, ψ) は φ = ϕ と結論できる。溶液
NMR での化学シフトを考えると、C2 が 127.2 ppm、C5 が 156.1 ppm に帰属できる。次
に、H の結合した炭素のうち、フタルイミド部分の Cb, Cc, Ce のピークは溶液 NMR の化
学シフトとあまり変わらない位置にあると考え、Cb は 124.7 ppm、Cc は 122.2 ppm、Ce は
109.8 ppm と帰属した。残りのジフェニル部分の C1, C3, C4, C6 の帰属は φ = ϕ の場合
の遮蔽定数計算結果を利用し、C1 は 127.1 ppm、C3 は 126.7 ppm、C4 は 119.0 ppm, C6
は 122.2 ppm と帰属した。
以上の帰属から二面角ωは、固体 NMR での C1 の化学シフト(127.3 ppm)と溶液
NMR での C1 の化学シフト(129.0 ppm)の差 ∆solid-solution = −1.9 ppm から、図 5-6 を用
いて、ω = 54゜と推定された。二面角(φ, ϕ)は固体 NMR での C4 と C6 の化学シフト差
∆4,6 = 3.2 ppm から図 5-4(a)より(φ, ψ) = (39゜, 39゜)と推定した。
169
BPI-DPO
図 5-9(c)の TOSS&DD スペクトルで、157.9 ppm の C5 のピークが 1 本であることから、
φ = ψ であると考えられる。Ca, Cf は溶液 NMR の化学シフトとほぼ等しい 131.0 ppm の
ピークに帰属し、C2 は 129.0 ppm と 127.1 ppm に帰属した。差スペクトルで 124.0 ppm
の線幅の広いピークは、遮蔽定数計算の結果を考慮すると Cb, Ce と C4, C6 に帰属でき、
C1, C3 は 132.0 ppm と 130.6 ppm、Cc, Cd は 135.6 ppm と 133.3 ppm に帰属した。
C1 の固体及び溶液 NMR の化学シフトから、∆solid-solution = 3.3 ppm である。図 5-6 で
はω= 90゜の場合で差が 2 ppm までであり、実測値はこれを超えているため、これには
当てはまらなかった。しかし、化学シフト差が大きいことから、ω= 90゜をとっているので
はないかと考えられる。二面角(φ, ψ)は C4, C6 は約 1 ppm の範囲にあるので、図 5-4(a)
から、60゜以上であると考えられる。
BHPI-DPCO
4 級炭素のみを観測した TOSS&DD スペクトル(図 5-10(c))で、BHPI-DPO と同様、フ
ェニルフタルイミド部分の Ca, Cd, Cf 炭素のピーク位置は溶液 NMR の場合と変わらな
いと仮定して、Ca は 120.8 ppm, Cd は 164.3 ppm, Cf は 133.6 ppm と帰属した。差スペク
トル(図 5-10(d))から、Ce を 109.1 ppm と 114.1 ppm の 2 本に帰属し、Cc を 120.1 ppm
のピークに帰属した。Ce が 2 本観測されているとすると、Cc についても 2 本のピークが
現れている可能性があるが、これは 125.8 ppm のピークに重なっていると思われる。そ
して、C1, C3 は 125.8 ppm のピーク、C4, C6 は 129.3 ppm のピークと低磁場側のショル
ダーピーク(131.4 ppm)に含まれると考えられる。
二面角ωは、固体 NMR での C1 の化学シフト(125.8 ppm)と溶液 NMR での C1 の化
学シフト(126.6 ppm)の差 ∆solid-solution = −0.8 ppm から、図 5-6 を用いて、ω = 58゜と推
定された。二面角(φ, ψ)は、∆4,6 = 2.1 ppm から図 5-4(b)を用いて(φ, ψ) = (30゜, 30゜)と
推定された。
170
BPI-DPCO
図 5-11(c)の TOSS&DD スペクトルで、130.0 ppm のピークは Ca と Cf に帰属できる。
133.5 ppm と 135.0 ppm のピークは C5, C2 と帰属できるが、Ca, Cf のピークが分裂して
いること、135.0 ppm のピークに肩があることを考えると、異なる 2 種のコンホメーション
が存在すると考えられる。差スペクトル(図 5-11(d))で、119.0 ppm と 121.8 ppm は Cb, Ce
に、135.4 ppm から 138.6 ppm のピークは Cc と Cd に帰属した。C1, C3 は 124.8 ppm、
C4,C6 は 127.8 ppm のピークに帰属した。
二面角ωは溶液 NMR での化学シフト 125.8 ppm を用いて、124.8 ppm のピークから
∆solid-solution = −1.0 ppm となりω = 55゜と指定した。二面角(φ, ψ)の推定は、C4 と C6 が約
2 ppm の幅の 1 本のピークとなっていることから、図 5-4(b)では 30゜以上と考えられる。
しかしながら C2 と C5 の化学シフト差∆2,5 は、二面角が増加するに従って 0.5 ppm
(φ<20º)、2.0 ppm (30º)、12.3 ppm (60º)、16.5 ppm (90º)と急激に増加するため、∆2,5 を
考慮すると、30゜付近ではないかと考えられる。
BHPI-DPS
TOSS&DD スペクトル(図 5-12(c))から、溶液 NMR での化学シフトとほぼ等しい位置
にある 122.1 ppm を Ca、162.8 ppm を Cd、134.0 ppm を Cf に帰属した。129.6 ppm のピ
ークに肩があることと差スペクトル(図 5-12(d))のピークの本数が多いことを考えると、二
面角(φ, ψ)は非対称であると思われる。そこで、遮蔽定数計算の結果を考慮に入れ、
C2 は 129.6 ppm と高磁場側のショルダーピークの 2 本、C5 は 135.1 ppm のピークと
129.6 ppm の低磁場側のショルダーピークと帰属した。差スペクトルはピークの本数が
多く、しかも複数のピークが重なっていると考えられるため、ピーク分離を行った(ピー
ク分離したスペクトルは示していない)。Ce は 109.8 ppm と 112.2 ppm の2本が観測され
ていることから、Cc を 120.7 ppm と 122.5 ppm、Cb を 123.3 ppm と 124.9 ppm のそれぞ
171
れ2本ずつに帰属した。これらのピークが2本観測されるのは構造の非対称性か分子
間パッキングの影響のためと考えられる。C1, C3 と C1', C3'は、126.2 ppm, 127.9 ppm と
127.9 ppm, 129.5 ppm の組に帰属できる。また、C4, C6 と C4', C6'はそれぞれ、135.3
ppm と 132.8 ppm のピークに帰属した。
以上の帰属から二面角ωは、C1, C3 の化学シフトの平均値 127.1 ppm と溶液 NMR
での化学シフト 128.0 ppm の差∆solid-solution = −0.9 ppm を用いて、ω = 55゜、C1', C3'の
化学シフトの平均値 128.7 ppm と溶液 NMR の化学シフトから∆solid-solution = 0.7 ppm と
なりω = 70゜と、2 つのをω推定した。二面角(φ, ψ)は、C4 と C6 の変化がほとんどないた
め、C4 と C4'の差∆4,4' = 2.5 ppm を用いた。図 5-5(c)を用いて(φ, ψ) = (40゜, 50゜)と推定
された。
BPI-DPS
図 5-13(c)の TOSS&DD スペクトルから、137.3 ppm と 139.0 ppm のピークを C5 と C5'
に、133.7 ppm を C2 に帰属した。そして、131.4 ppm の線幅の広いピークは、C2'と Ca と
Cf に帰属した。C2 と C5 が 2 本に別れているので、φとψは非対称と考えられる。差スペ
クトルで、121.8 ppm のピークは Cb, Ce に、135.8 ppm(ショルダーピーク)は Cc と Cd に
帰属した。遮蔽定数計算の結果を考慮すると、134.4 ppm のピークは C4', C6'に、130.3
ppm は C4, C6 に、127.9 ppm は C1, C3 に、123.5 ppm は C1', C3'にそれぞれ帰属できる。
二面角はωは、溶液 NMR での化学シフト 126.8 ppm を用いて、123.5 ppm のピーク
から∆solid-solution = −3.3 ppm となりω = 40゜、127.9 ppm のピークから∆solid-solution = 1.5
ppm となりω= 75゜の 2 種類が推定された。二面角(φ, ψ)の推定は、遮蔽定数計算の結
果で C4, C6 に差がほとんどないため、C4 と C4'の差を用いた。∆4,4' = 4.1 ppm であるから、
図 5-5(c)を用いて、(φ, ψ) = (38゜,52゜)と推定された。
172
BHPI-DPSO2
TOSS&DD スペクトル(図 5-14(c))から、溶液 NMR での化学シフトとピークの強度比
を考慮して、Ca は 123.4 ppm と 125.1 ppm、Cf は 133.0 ppm と 135.4 ppm のそれぞれ 2
本ずつに帰属した。従って、残りの4級炭素 Cd は 163.5 ppm、C2 は 137.9 ppm、C5 は
143.1 ppm と帰属できる。C2 と C5 が1本ずつであるので、二面角(φ, ψ)は φ = ϕである。
差スペクトル(図 5-14(d))から Ce は 110.9 ppm と 112.8 ppm の2本、Cb, Cc は 120.8 ppm
のピークとそのショルダーピークと帰属した。そして、129.4 ppm の大きなピークに残り
のジフェニル部分の炭素 C1, C3, C4, C6 を帰属した。
C1 の化学シフトから二面角ωを推定すると、∆solid-solution = 1.4 ppm であるから、図 5-6
より、ω= 90゜となった。二面角(φ, ψ)は C4, C6 は約 1 ppm の範囲にあるので、図 5-4(d)
から、60゜以上であると考えられる。
BPI-DPSO2
図 5-15(c)の TOSS&DD スペクトルのピークの本数から、BPI-DPSO2 は非対称のコン
ホメーションをとっていることがわかる。130.1 及び 131.4 ppm の 2 本のピークと 133.4
及び 134.7 ppm の 2 本のピークは、ピークの間隔と強度比が等しいこと、溶液 NMR ス
ペクトルでの Ca, Cf の化学シフトに近いことから、分子内の 4 つの Ca と Cf のピークと帰
属した。そして、139.5 ppm と 141.5 ppm の 2 本のピークを C5, C5'に、線幅の広い 136.6
ppm のピークを C2, C2'に帰属した。構造上は等価である 4 つの Ca と Cf のピークが 4
本観測されたのは、コンホメーションあるいはパッキングの影響と考えられる。同じ環上
の Ca と Cf が 1.3 ppm の幅で異なる化学シフトをとり、二面角ωの違いにより左右のイミ
ド環の Ca と Cf の組が 3.3 ppm 離れて観測されたと推測できる。C5 と C5'がはっきりと別
れているが、これは(φ, ψ)の非対称によるものではなく、ωの違いによるものと考えること
もできる。つまり、図 5-7(d)からわかるように、ωの影響により C5 は最大で 3 ppm 低磁場
シフトするのに対し、C2 のシフトは 1 ppm 弱である。この効果により、C5 と C5'がはっきり
173
と別れているのに対し C2 が線幅が広くなっていることを説明できる。また、φ = ψでωが
異なる場合の方が差スペクトルの帰属説明がつく。差スペクトルから、119.7 ppm は Cb,
Ce に、136.0 ppm は Cc, Cd に帰属できる。遮蔽定数計算の結果から、137.1 ppm の線
幅の広いピークを C4', C6'に、129.6 ppm のピークを C4, C6 に、128.5 ppm と高磁場側の
ショルダーピークを C1', C3'に、124.1 ppm のピークとそのショルダーピークを C1, C3 に
帰属した。
二面角はωは、溶液 NMR での化学シフト 126.3 ppm を用いて、固体スペクトルでの
124.1 ppm から∆solid-solution = −2.2 ppm となりω = 50゜、128.5 ppm のピークから
∆solid-solution = 2.2 ppm となり図 5-17 からははずれているが、ω= 90゜の 2 種類が推定さ
れた。二面角(φ, ψ)は、C4, C6 が 1 本のピークに現れていることから、60゜以上であると
考えられる。ω = 50゜とω= 90゜を取った場合に C5 と C5'のピークの幅が図 5-7(d)から 2
ppm であるから、 (φ, ψ) = (90゜, 90゜)と推定できる。
BHPI-DPCH2
TOSS&DD スペクトル(図 5-16(c))で C2 と C5 が1本ずつ観測されていることから、
φ = ψ であることがわかる。溶液スペクトルでは C1 が 127.1 ppm(図 5-14(a))、固体スペ
クトルでは C1 と C3 は 124.9 ppm(図 5-16(d))である。したがって、∆solid-solution = −2.2
ppm よりω= 40゜と推定された。C4 と C6 は 132.3 ppm に1本のピークで観測されている
ことから、図 5-4(e)から化学シフトは∆4,6 = 0 ppm となる φ = 45゜か 90ºである。エネルギ
ーマップ(図 5-1(e))から、どちらの構造もあり得ると考えられる。
BPI-DPCH2
TOSS&DD スペクトル(図 5-17(c))のピークの本数からφ = ψであることがわかり、C2 は
129.2 ppm、C5 は 142.3 ppm のピークと帰属できる。C1 と C3 は 123.9 ppm のピークに重
なっていると考えられる。遮蔽定数計算の結果を参考に、C4 を 132.1 ppm、C6 を 130.9
174
ppm のピークに帰属した。従って、二面角ωは、溶液 NMR での化学シフト 126.4 ppm
と固体 NMR での化学シフト 123.9 ppm を用いて、∆solid-solution = −2.5 ppm となり
ω = 45゜と推定できる。さらに C4 と C6 の差∆4,6 = 1.2 ppm から(φ, ψ) = (58゜, 58゜)と推定し
た。
ODPA/ODA
図 5-18(a),(b)は粉末試料、(b),(c)はフィルム試料のスペクトルである。粉末試料とフィ
ル ム 試 料 で は 化 学 シ フ ト に 違 い は み ら れ な か っ た 。 TOSS&DD ス ペ ク ト ル ( 図
5-18(b,d))で、166.1 ppm は Cg, Ch に、159.0 ppm は Cd、154.4 ppm は C5、134.3 ppm
は Cf, 127.5 ppm は C2, Ca に帰属した。差スペクトルから、126.7 ppm のブロードなピー
クに Cb, Cc, C1, C3 を、116.8 ppm のブロードなピークに Ce, C4, C6 を帰属した。
ODPA/ODA が可溶な NMR 溶媒を見つけることが出来なかったが、ODPA/ODA の
単位構造を BHPI-DPO と考えることが出来ることから、溶液 NMR での C1 の化学シフト
は、BHPI-DPO の溶液 NMR での C1 の化学シフトを用いた。二面角ωは、BHPI-DPO
の C1 の溶液 NMR の化学シフト 129.0 ppm と 126.7 ppm から∆solid-solution = −2.3 ppm
となりω = 45゜と推定できる。C4 と C6 の差∆4,6 はピークが重なっているため決定できず、
30゜以上と推定した。C2 と C5 がブロードであることを考えると、二面角には大きな分布
があると考えられる。
以上のように推定した二面角を表 5-2 にまとめた。この手法を用いて推定された二面
角には、以下の理由から、誤差を考慮しなければならない。第一に、計算による遮蔽
定数の変化が少ないところでは、化学シフトの 1 ppm の違いで推定できる二面角の範
囲が広くなってしまう。第二に、複数のピークが重なっている場合が多いため、化学シ
フトを正確に決定することが困難である。第三に、複数の二面角の影響により、化学シ
フトが複雑にシフトすることがある。こういった理由から、表 5-2 に示した推定した二面
175
角には、±5゜の誤差を加えている。
推定された二面角ωは 40゜から 90゜の範囲であった。二面角は、コンホメーションエネ
ルギーの等高線図上では、ほぼエネルギーの安定な領域に位置している。このことか
ら、推定された二面角は妥当な値であると考えられる。ただし、本研究においては、推
定する範囲をφ = ψ か φ + ψ = 90゜の線上に限定したが、完全にこれらの線上のコン
ホメーションをとっているとは考えにくい。従って、遮蔽定数の等高線図を描き、それを
用いて推定を行えば、より精度が向上する可能性があることを付け加えておく。
表 5-2 推定された二面角ω, φ, ψ.
Estimated ω
Sample
BHPI
BPI
DPO
54゜
± 5゜
(39゜±5゜, 39゜±5゜)
DPCO
58゜
± 5゜
(30゜±5゜, 30゜±5゜)
DPS
55゜
70゜
± 5゜
DPSO2
90゜
± 5゜
60゜∼90゜
DPCH2
40゜
± 5゜
(45゜±5゜, 45゜±5゜)
(90゜±5゜, 90゜±5゜)
DPO
90゜
± 5゜
60゜∼90゜
DPCO
55゜
± 5゜
(30゜±5゜, 30゜±5゜)
40゜
75゜
50゜
90゜
± 5゜
45゜
± 5゜
(58゜±5゜, 58゜±5゜)
45゜
± 5゜
30゜∼90゜
DPS
DPSO2
DPCH2
ODPA/ODA
Estimated (φ, ψ)
176
± 5゜
± 5゜
± 5゜
± 5゜
(40゜±5゜, 50゜±5゜)
(38゜±5゜, 52゜±5゜)
(90゜±5゜, 90゜±5゜)
O
HO
d
c
e
b
f
a
O
g
N
h
1
6
3
4
2
O
OH
5
d
N
O
c
O
O
1,3
g,h
f
d
5
e
b
f
a
O
g
N
h
1
6
3
4
2
5
O
O
b
2 a
c
g,h
e
a,c,6
1,2,3
b
4
c,d a,f 2
b,e
5
(a)
5
4,6
1,3
4,6
(a)
g,h d
N
O
a,f
g,h
b,e,4,6
5
e
c,d
f
(b)
(b)
5
a,f
g,h
g,h
2 a
d
5
f
2
(c)
(c)
1,3
c,6
4
b,e,4,6
e
c,d
b
(d)
(d)
200
180
160
140
120
100
200
δc / ppm
図 5-8
1,3
180
160
140
120
100
δc / ppm
BHPI-DPO の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS &
DD and (d) Subtracted spectrum
(c) from (b).
図 5-9
177
BPI-DPO の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS &
DD and (d) Subtracted spectrum
(c) from (b).
O
HO
d
c
e
b
O
g
f
N
a
1
6
3
4
2
h
O
OH
O
5
N
7
e
d
c
f
a
b
O
O
O
g
N
h
1
6
3
4
2
O
5
N
7
O
O
1,3
f
g,h
2
d
7
b
5
(a)
g,h
a,f
c,d
4,6
a
d
e
(a)
4,6
7
b,e
a,c
2
d
7
g,h
7
(b)
1,3
2
g,h
c
5
5
c,d
a,f
4,6
1,3
b,e
(b)
g,h
f
d
2
7
a,f
a
7
5
(c)
2
g,h
5
(c)
6
4,6
b,1,3
1,3
d
4
c,d
c
b,e
(d)
200
(d)
180
160
140
120
100
200
δc / ppm
図 5-10
BHPI-DPCO の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS
& DD and (d) Subtracted spectrum (c) from (b).
180
160
140
120
100
δc / ppm
図 5-11
178
BPI-DPCO の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS
& DD and (d) Subtracted spectrum (c) from (b).
O
HO
d
c
e
b
f
a
O
g
N
1
6
3
4
2
h
O
OH
5
d
N
S
c
e
b
f
a
O
O
O
g
N
h
1
6
3
4
2
5
N
S
O
O
4,6 1,3
g,h
f
5 2
d
b,e
4,6
c,d a,f
a
b
g,h
e
c
(a)
5
(a)
1,3
2
a
d
g,h
g,h
c
e
(b)
(b)
d
a
f5
g,h
5'
2 a,f,2'
g,h
2,2'
5 5'
(c)
(c)
1,3'
4', 6' 4,6
1' b
4',6'
3
c
e
c,d
4,6
(d)
(d)
200
180
160
140
120
100
200
δc / ppm
図 5-12
1,3
1',3'
b,e
180
160
140
120
100
δc / ppm
BHPI-DPS の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS
& DD and (d) Subtracted spectrum (c) from (b).
図 5-13
179
BPI-DPS の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS
& DD and (d) Subtracted spectrum (c) from (b).
O
HO
d
c
e
b
f
a
O
g
N
1
6
3
4
2
h
5
d
N
S
c
O
e
b
O
O
f
g,h
O
OH
O
5
d
a
O
g
N
h
1
6
3
4
2
O
5
N
S
O
O
O
1,3
4,6
1,3
2
f
b,e
c,d 4,6
a
b
c
(a)
g,h
e
2
5
(a)
a,f
2 f
g,h d
e
g,h
5
(b)
(b)
2
g,h
f
d
2,2'
a
a,f
g,h
5'
5
5
(c)
(c)
4,6,4',6' 1',3'
1,3,4,6
1,3
c
e
c,d
b
(d)
(d)
200
180
160
140
120
200
100
180
160
140
120
100
δc / ppm
δc / ppm
図 5-14
b,e
BHPI-DPSO2 の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS
& DD and (d) Subtracted spectrum (c) from (b).
図 5-15
180
BPI-DPSO2 の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS
& DD and (d) Subtracted spectrum (c) from (b).
O
HO
d
c
e
b
f
a
O
g
N
h
1
6
3
4
2
O
OH
5
d
N
CH2
c
e
b
f
a
O
O
O
g
N
h
1
6
3
4
2
5
N
CH2
O
O
4,6
1,3
f
g,h d
5
c,d
a
2
b
(a)
c
a,f
g,h
e
g,h
b,e,1,3
f,4,6
d
g,h
5
2
a
e
5
(b)
(b)
g,h
a
d
5
f
g,h
a,f
2
5
(c)
2
(c)
b,c,1,3
b,e,1,3
c,d
4,6
4
6
e
(d)
200
(d)
180
160
140
120
100
200
δc / ppm
図 5-16
1,3
5
(a)
b,c,1,3
b,e
4,6
2
180
160
140
120
100
δc / ppm
BHPI-DPCH2 の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS
& DD and (d) Subtracted spectrum (c) from (b).
図 5-17
181
BHPI-DPCH2 の NMR スペクトル.
(a) Solution, (b) TOSS, (c) TOSS
& DD and (d) Subtracted spectrum (c) from (b).
O
O
d
c
e
b
f
a
O
g
1
6
3
4
2
N
h
5
N
O
O
O
g,h
a,b,c,1,2,3
d
e,4,6
5
(a)
g,h
a,2
f
d
5
(b)
g,h
a,b,c,1,2,3
d
e,4,6
5
(c)
g,h
a,2
d
f
5
(d)
200
180
160
140
120
100
δc / ppm
図 5-18
ODPA/ODA の NMR スペクトル.
粉末試料の(a) TOSS, (b) TOSS
& DD 及びフィルム試料の(c)
TOSS, (d) TOSS& DD.
182
5−3−7
カルボニル基のピーク分裂
BHPI のスペクトルにおいて、165 ppm から 170 ppm に現れるカルボニル基 Cg, Ch の
ピークが最大で 4 本に分裂していることが観測された。BHPI-DPO では、166.0 ppm の
ピークと 170.0 ppm のピークは 4 ppm 離れて観測されており、他の 4 種の BHPI につ
いても 5 ppm 程度の幅にピークが分裂している。この原因の最も大きな理由は、
BPI-DPO のスペクトルとの比較から、分子間の水素結合の影響と考察される。ヒドロキ
シル基のない BPI-DPO では、カルボニル基は 1 本しか観測されておらず、その化学シ
フトは 167.0 ppm である。水素結合したカルボニル炭素の化学シフトが低磁場シフトす
るということはすでに報告例があり、イミド環のカルボニル基とヒドロキシル基の間の分
子間水素結合により、水素結合しているカルボニル炭素の化学シフトが約 3 ppm 低磁
場へシフトして観測されることが 2 種の試料のスペクトルの比較により確かめられた。ま
た、BHPI-DPCO の場合には、ジフェニル結合の中心の置換基である CO のピークも約
5 ppm 程度の幅で分裂していることから、BHPI-DPCO では、イミド環のカルボニル基
だけでなく、中央のカルボニル基も水素結合していることがわかった。
水素結合をしていないカルボニル基としているカルボニル基のピーク面積を比較す
ると、おおよそ 1 : 1 の比であることと、分子内には 4 つのカルボニル基と 2 つのヒドロキ
シル基があることから、ヒドロキシル基はすべて水素結合に関与していると考えられる。
しかしながら、BHPI-DPS で顕著にわかるように、カルボニル基が 4 本に分裂する原
因については、水素結合の影響のみとは考えにくい。他の原因としては、分子のコン
ホメーションが左右非対称であるために化学シフトが異なるということも考えられるが、
図 5-18(b)に示したように、NPPI ではωが 40゜以上ではカルボニル基のピークにはωの
影響がほとんど表れないことから、ωの違いによる分裂とは考えにくい。従って、現段階
では、結晶中でのパッキングの影響によりカルボニル基の遮蔽の程度が異なり分裂し
たと推測するにとどめる。
183
5 種の BPI のうち、BPI-DPCO, BPI-DPSO2 の 2 種については、カルボニル基の分裂
が観測されている。どちらのスペクトルもピーク面積の比は、1 : 3 程度である。BPI の場
合にはヒドロキシル基がないため、分子間水素結合の影響ではありえない。このピーク
分裂の原因も分子のパッキングによるものと推測する。
5−4
結論
5 種の異なるジフェニル結合を有する BHPI 及び BPI と全芳香族ポリイミドである
ODPA/ODA について、固体 13C CP/MAS NMR と磁気遮蔽定数計算を用いた二面角
の推定を行った。
1. 中 心 原 子 が O, CO, S, SO2, CH2 の 5 種 の ジ フ ェ ニ ル 構 造 に つ い て 、
B3LYP/6-31G(d)基底を用いて、二面角を変化させてコンホメーションエネルギー
の等高線図を作製し、最安定コンホメーションとして、DPO は(φ,ψ) = (40゜, 40゜) 、
DPCO は(30゜, 30゜)、DPS は(30゜, 60゜)、DPSO2 は (90゜, 90゜)、DPCH2 は(60゜, 60゜
が得られた。特に、DPS については、これまで非対称なコンホメーションが最安定
であるという報告はなされていなかった。
2. 計算結果の基底関数依存性を調べるために、B3LYP/6-311+G(2d,p)基底を用い
て DPO の磁気遮蔽定数計算を行った結果、6-31G(d)基底を用いて得られた値と
は 0.5 ppm 以内の差であり、ジフェニル構造については 6-31G(d)基底で十分な結
果が得られることが明らかになった。
3. コンホメーションエネルギーの等高線図上にX線回折法により明らかにされている
ジフェニル構造を有する化合物のコンホメーションをプロットしたところ、等高線図
上の最安定な領域か、φ = ψ と φ + ψ = 90゜の線上に分布する傾向があることを見
出した。これは、コンホメーションエネルギーの等高線図を利用したコンホメーショ
ン予測法の妥当性を表している。
184
4. 中心原子が O, CO, S, SO2, CH2 の 5 種のジフェニル構造について、RHF/6-31G(d)
基底を用いて二面角を変化させて遮蔽定数計算を行った。固体 NMR に現れるジ
フェニル構造に帰属されるピークの本数から二面角(φ, ψ)が等しいかどうかを判別
でき(構造の対称性からφ=ψの場合には中心原子に対して対称な位置にある左右
のベンゼン環の炭素の化学シフトは等しくなる)、2本のピーク、特に中心原子に対
してメタ位の炭素のピークの化学シフト差と、遮蔽定数と二面角の関係と対比させ
ることにより、ジフェニル構造のコンホメーションを推定する手法を確立した。
5. ジフェニル構造の中心原子が、O, CO, CH2 の BHPI 及び BPI は対称なコンホメー
ションをとり、S, SO2 の場合には、4つの二面角がすべて異なる非対称なコンホメー
ションをとっていることが明らかになった。特に DPS を有する構造は非対称コンホメ
ーションをとる報告が多く、本研究においても、計算と実験の両面から、DPS が非
対称構造をとりやすいということがわかった。
本研究で確立された固体 NMR と量子化学計算を用いたコンホメーション解析手法
は、NMR の観測において特別な同位体標識の必要がないため、NMR 化学シフトが
二面角に依存して変化を示す系であれば、ジフェニル構造に限らず用いることができ
る。「ムーアの法則†」で表されるように、近年のコンピューター演算速度のめざましい向
上により、より大きな化合物についても適用できるであろうし、より大きな基底関数ある
いは分子間の相互作用を取り入れたモデルを用いることにより、さらに精度高い予測
が可能となるはずである。
†
「ムーアの法則」 米 Intel 社の設立者ゴードン・ムーア(Gordon E. Moore)が 1965 年
に提唱した、半導体技術の進歩に関する経験則で、『半導体チップの集積度は、およ
そ 18 カ月で 2 倍になる』というもの。この法則には理論的な論拠や技術的な裏付けが
あるわけではないが、多少の差はあるものの、現在までのところは、おおむねこの法則
に従って半導体技術は進歩している。
185
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192
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193
第6章 固体 1H→19F CP/MAS NMR 法を用いたポリイミドの分子鎖間
パッキングの評価
6−1
はじめに
耐熱性や機械的特性、電気的特性に優れるポリイミドは、航空・宇宙分野や電気・電
子分野で広く用いられている[1]。その特性から光通信分野へも応用分野が広がって
おり[2-4]、近赤外域での光透明性や低吸湿性が求められている。そのため、フッ素基
を導入したポリイミドが注目されている[5]。
一方、ポリイミドは酸無水物部分(電子受容体)とジアミン部分(電子供与体)からなる
ため、分子内及び分子間に電荷移動(Charge Transfer, CT)相互作用が形成される
(図 6-1)[6,7]。ポリイミドの着色はこの電荷移動に起因すると考えられ、主鎖骨格にフ
ッ素基を導入する、あるいは芳香環を脂肪族環に置換するなどして電荷移動を低減し
たポリイミドが用いられている[8]。
ポリイミドの電荷移動機構に関する研究はこれまで数多くなされている [9-13]。
Erskine ら[10]は、PMDA/ODA(構造式 6-1)フィルムに圧力をかけて吸収スペクトルを
測定し、圧力の上昇に伴って、吸収端が長波長シフトすることを報告した(図 6-2)。こ
のシフトには再現性があるため、長波長域の吸収は分子間電荷移動によるものであり、
図 6-1 ポリイミドの電荷移動.
195
図 6-2 PMDA/ODA の吸収スペクトルの圧力依存性[9]
分子間距離が縮まる(パッキング密度が高まる)と電荷移動性が高まるということを示し
ている。Washman と Frank[11]は、PMDA/ODA の最終イミド化温度が高くなると蛍光強
度が増加することを観察した。彼らは、この結果は分子内の再配向による共平面化あ
るいは凝集状態の向上による分子間の変化によるものと考えた。一方、Hasegawa ら
[12,13]は、s-BPDA/PDA フィルムの密度と CT 蛍光の強度の関係を調べ、密度が増加
する、すなわち分子間パッキングが密になるに従って CT 蛍光が強まることを見出した
(図 6-3)。また彼らは延伸比の異なるフィルムを熱処理することにより、延伸比の増加
に伴って蛍光強度も増加することを報告している[12]。これらの報告は明らかに CT 蛍
光が分子鎖のスタッキングに敏感であり、分子鎖間距離が短い方が強い CT 蛍光を発
することを示している。
上述のようにポリイミドの CT 蛍光と分子鎖のスタッキングは密接な関係があると考え
...
られる。X線回折を用いた研究から、多くのポリイミドは秩序相 では酸無水物同士(同
時にジアミン同士)がスタッキングした Preferred Layer Packing(PLP)構造(図 6-4)をと
っていると考えられている[14-16]。しかし、先に述べた圧力の印加や延伸による蛍光
....
強度の増加を考えると、非秩序相での形態変化が CT 蛍光発光の鍵になっていると思
われるが、熱処理によって分子鎖の形態やスタッキングがどう変化するかは、未だに
解明されていない。
196
図 6-3 s-BPDA/PDA フィルムの蛍光強度の密度依存性[13].
そこで本研究では、1H→19F CP/MAS NMR 法を用いて、含フッ素ポリイミドの酸無水
物部分とジアミン部分の距離から、分子鎖間パッキング状態の変化の解明を試みる。
本研究で用いる酸無水物部分にフッ素基を導入したポリイミドは、1H 核がジアミン部分
にしかないため、分子内での 1H-19F 間距離が遠く、19F 核は比較的孤立していると考え
られる。このため、1H→19F CP では分子間の寄与が期待でき、1H→19F CP 曲線曲線か
ら得られる有効核間距離は、分子鎖間での酸無水物部分とジアミン部分の距離関係
を反映していると考えられる。
O
O
*
N
O
O
N
O
*
O
*
N
O
O
N
O
n
構造式 6-1 PMDA/PDA ポリイミド
*
n
構造式 6-2 s-BPDA/PDA ポリイミド
197
図 6-4 P2FDA/DMDB ポリイミドにおける Preferred Layer Packing (PLP)モデル.
6−2
実験
6−2−1
試料の作製
試 料 に は 構 造 式 6-3 に 示 す 3 種 の ポ リ イ ミ ド P2FDA/DMDB, P3FDA/DMDB,
P6FDA/DMDB を用いた。また P2FDA/DMDB のモデル化合物として、構造式 6-4 に
示す P2FDA/m-トルイジンを用い、比較対象とした。
3種のポリイミドは、第5章5−2−1節で示したように、対応する酸無水物(P2FDA,
P3FDA, P6FDA)とジアミン(DMDB)を DMAc に 15wt%で溶解させ、1昼夜撹拌後、得
られたポリアミド酸を基板上にスピンコートし、N2 気流下 70ºC で2時間、160ºC で1時間、
350ºC で1時間熱処理し、イミド化を行った。得られたポリイミドフィルムの膜厚は、8∼
10 µm であった。NMR 測定には基板から剥離したフィルムを用い、一部は次節で述べ
る熱処理を行った。
198
O
X
O
N
O
CH3
N
H3C
O
Y
PI-(I)
X,Y=F:
P2FDA/DMDB
PI-(II)
X=CF3, Y=H:
P3FDA/DMDB
PI-(III)
X,Y=CF3:
P6FDA/DMDB
構造式 6-3 含フッ素ポリイミドの構造
一方、P2FDA/DMDB に対応するモデル化合物 P2FDA/m-T(構造式 6-2)は、
NMP 溶媒中に P2FDA と m-トルイジンをモル比 1:2 で溶解させ、室温で 24 時間
撹拌した後、得られたアミド酸溶液を蒸留水に投じた。沈殿した固体を回収し
50ºC で 24 時間乾燥し、N2 気流下 200ºC で4時間加熱後、得られた試料を再結晶
により精製した。
H3C
O
F
N
O
構造式 6-4
6−2−2
O
CH3
N
F
O
P2FDA/DMDB のモデル化合物 P2FDA/m-T の構造
熱処理
上記のように作製したフィルムの一部を切り取り、再度 N2 気流下 350ºC で 4 時間熱
処理を行った後、室温まで徐冷し、NMR 測定に用いた。
199
6−2−3
固体 NMR 測定
固体 1H→19F CP/MAS NMR 測定は、日本電子製 EX データシステム(1H 共鳴周波
数 300.4 MHz、19F 共鳴周波数、282.65 MHz)及び、chemagnetics 社製 APEX
19
F/1H
二重共鳴プローブと 4 mmφのジルコニア Pencil rotor を用いた。MAS 回転数はωr = 16
kHz、1H 及び 19F の r.f.周波数は、Hartmann-Hahn sideband matching 条件ω1H = ω1F –
ωr = 83 kHz を満たすように設定した。測定温度は 68ºC である。19F 化学シフト基準は、
CFCl3 基準で測定した C6F6 の化学シフト(–163.6 ppm)外部基準に用いた。なお、
Bloch-Siegert シフト[17]を考慮するために、基準の測定の際にも 83 kHz の 1H デカッ
プリングを照射した。試料は、温度及び磁場の均一性を保つために試料管の中央に
長軸方向に 2.5 mm 厚で詰めた。全ての測定を通して、積算回数は 32 回とした。
6−3
結果と考察
6−3−1
1
H→19F CP/MAS スペクトル
図 6-5(a)は PI-(I)の熱処理前(点線)と熱処理後(実線)の 1H→19F CP/MAS NMR ス
ペクトルである。接触時間は 1 ms とした。-115.9 ppm に酸無水物のフッ素に由来する1
本の広幅な信号のみが観測された。熱処理前後のスペクトルを比較すると、両者はほ
ぼ完全に一致しており、熱処理による変化はみられなかった。モデル化合物の 1H→
19
F CP/MAS スペクトル(図 6-5(b))と比較すると、PI-(I)の線幅が 13.8 ppm であるのに
対して、P2FDA/m-T では 2.8 ppm と約5倍も前者の方が幅広である。この線幅の広がり
は、非晶性である PI-(I)の乱れた構造を反映していると考えられる。
一方、図 6-5(c)と(d)はそれぞれ PI-(II)と PI-(III)の 1H→19F CP/MAS NMR スペクト
ルである。それぞれの試料で2本の信号が観測されている。2本のピークの強度比は
200
PI-(II)で 71:29、PI-(III)で 65:35 であった。いずれの試料についても IR スペクトル(図
は示していない)にアミド酸の NH 由来のピークが観測されていることから、peak 1 はイ
ミド化された酸無水物のフッ素に、peak 2 は、閉環していない酸無水物のフッ素に由
来していると考えられる。PI-(I)に比べて線幅が細い(PI-(II)は 3.4 ppm、PI-(III)は 4.6
ppm)が、これは CF3 基の回転によって双極子相互作用が平均化されているためと考
えられる。
(a)
-80
(b)
-115.9
-90
-100 -110 -120 -130 -140 -150
-80
-114.9
-90
-100 -110 -120 -130 -140 -150
δF / ppm
δF / ppm
Peak 1
(c)
Peak 1
(d)
-52.6
-51.9
Peak 2
-58.5
Peak 2
-57.8
-20
-30
-40
-50
-60
-70
-80
-20
-90
δF / ppm
-30
-40
-50
-60
-70
-80
-90
δF / ppm
図 6-5 (a) PI-(I), (b) P2FDA/m-T, (c), PI-(II), (d) PI-(III)の 1H→19F CP/MAS NMR ス
ペクトル. 接触時間(tcp)は 1 ms.
201
6−3−2
1
H→19F CP 曲線
図 6-6(a)は熱処理前の PI-(I)の接触時間 tcp に対する 19F 磁化の発展(CP 曲線)であ
る。初期段階に磁化交換によるオシレーションが観測され、その後は徐々に強度が増
加している。一方、図 6-6(b)は熱処理後の PI-(I)の CP 曲線である。熱処理前と比較し
て、オシレーションの振幅がやや小さくなっており、オシレーションを示した後の強度の
増加がほとんどみられない。この CP 挙動の違いは、PI-(II)と PI-(III)にも共通してみら
れる(図 6-7, 6-8)。ポリイミドのガラス転移温度は測定温度よりも 200ºC 以上高いため、
非晶質であっても分子運動はほとんどないと考えられる。そこで、この CP 曲線は立ち
上がりが速くオシレーションを示す成分(最近接にあり双極子相互作用が強い 1H から
の磁化移動, Sfast)と立ち上がりが遅くオシレーションを示さない成分(19F から遠く双極
子相互作用の弱い 1H からの磁化移動, Sslow)の2つの成分の和で表すことができる。
従って、熱処理後には立ち上がりの速い成分の寄与が増加していると考えられる。
第2章同様、Fyfe らの理論式[18]に基づき、式(6-1)から(6-4)を用いてフィッティング
を行い、両者の成分の割合や有効核間距離の比較を行った。
S CP (t ) = M CP [ xS fast (t ) + (1 − x) S slow (t )] ,
(6-1)
1
S fast (t ) = ( Exp(−t / T1*ρ ) − Exp(−t / Tdamp ) g ±1 (t ))
2
(6-2)
S slow (t ) =
*
Exp (−t / T1*ρ ) − Exp (−t / THF
)
*
1 − (THF
/ T1*ρ )
,
(6-3)
ここで MCP はスケーリング係数、THF*は磁化の立ち上がりの時定数、T1ρ*は磁化の減
衰の時定数である。なお、THF*と T1ρ*は見かけのパラメーターである。Tdamp はオシレー
ション関数 g±1(t)の減衰の時定数であり、g±1(t)は次のように表される。
g ±1 (t ) =
∞
1
1 π πDt
πDt
πDt
J 2k
cos
sin(
2
)
sin
2
θ
θ
θ
≅
+
d
J
∑
0
2
∫
0
2
2
2 k =1 1 − 4(2k )
2
202
(6-4)
θは2つの核間ベクトルと磁場のなす角、D は2つの孤立スピン対の異核双極子カッ
プリング定数で、2つの核間の距離に式(6-5)で関係づけられる。
D=
µ0 γ I γ S h
16π 3 r 3
(6-5)
本研究で用いたポリイミド、特に P2FDA/DMDB と P6FDA/DMDB の場合は、酸無水
物部分には 1H がないため、1H→19F CP は分子内あるいは、分子間のジアミン部分の
1
H からの CP となる。しかしながらジアミン部部には多数の 1H があるため、CP のサイト
は特定できない。この点に関しては今後の課題として6−5節で述べる。
1
H→19F CP 曲線は、Windows コンピューター上の Mathematica 4.1 を用いて理論式
に基づく最小二乗法によりフィッティングを行った。プログラムによるフィッティングに先
立ち、手入力によって理論曲線が実験値に合うように調整し、各フィッティングパラメー
ターの初期値を決定した。得られた最良のパラメーター(best fit)を表 6-1 にまとめた。
図 6-9 に PI-(II)のモデル構造の量子化学計算(B3LYP/6-31G(d,p)基底で構造最適
化)によって得られた最安定コンホメーションと H-F 間距離を示しているが、分子内で
最近接の H-F 間距離は 4.6Åであり、表 6-1 に示した rHF よりもずっと長い。また、熱処
理前後でも差が見られることから、(分子内の寄与があるにしても)分子間での CP が支
配的であると考えられる。
図 6-5 で示した PI-(II)と PI-(III)の 19F MAS スペクトルには2本のピークが観測され
ていたが、それぞれの2本のピークについて算出された rHF を比較すると、peak 2 の方
が peak 1 よりも短い rHF を与えている。これは、酸無水物部分が閉環していないために
-NH-CO-が存在し、この 1H からの CP のために磁化移動が速くなっていると考えること
で説明できる。また、PI-(II)と PI-(III)を比較すると、rHF には有意差がみられないが、
PI-(III)では Sfast の割合 x が低く、Sslow の立ち上がりの時定数 THF*が短い。このことは、
PI-(III)では酸無水物部分とジアミン部分が PI-(II)よりも近接していることを示唆する。
203
Intensity / arb. unit
(a)
0
0.5
1
1.5
2
Contact time / ms
Intensity / arb. unit
(b)
0
0.5
1
1.5
2
Contact time / ms
図 6-6 PI-(I)の(a)熱処理前、(b)熱処理後の 1H→19F CP 曲線. .
204
Intensity / arb. unit
(a)
0
0.5
1
1.5
2
Contact time / ms
Intensity / arb. unit
(b)
0
0.5
1
1.5
2
Contact time / ms
図 6-7 PI-(II)の(a)熱処理前、(b)熱処理後の 1H→19F CP 曲線.
205
Intensity / arb. unit
(a)
0
0.5
1
1.5
2
Contact time / ms
Intensity / arb. unit
(b)
0
0.5
1
1.5
2
Contact time / ms
図 6-8 PI-(III)の(a)熱処理前、(b)熱処理後の 1H→19F CP 曲線.
206
表 6-1 熱処理前後の CP 曲線のフィッティングから得られた3種のポリイミドの CP パラ
メーター.
peak
D / Hz
T1ρ / ms
THF* / ms
Tdamp / ms
x
rHF
11839
64.6
4.72×10-3
0.723
0.99
2.12
Before
8701
153
0.841
0.331
0.78
2.35
after
6782
41.2
0.573
0.259
0.87
2.55
Before
4959
67.9
0.505
0.608
0.72
2.84
After
4621
134
0.810
0.555
0.85
2.90
Before
6531
69.0
0.458
0.549
0.75
2.59
After
6098
116
0.728
0.532
0.84
2.65
Before
4743
39.0
0.330
0.598
0.60
2.88
After
4369
29.1
0.538
0.472
0.75
2.96
Before
6500
38.1
0.311
0.553
0.63
2.59
After
5785
28.1
0.592
0.401
0.77
2.69
annealing
P2FDA/m-T
PI-(I)
1
PI-(II)
2
1
PI-(III)
2
5.3 Å
4.6 Å
6.0 Å
図 6-9 B3LYP/6-31G(d,p)基底で得られた PI-(II)モデルの最適化構造.
207
一方、熱処理前後で比較すると、3種のポリイミドのすべてのピークについて rHF に
増加が見られる。また Sslow の立ち上がりの時定数 THF*は PI-(I)では減少しているものの、
PI-(II)、PI-(III)では増加しており、遠方の 1H からの磁化移動が遅くなったことを示して
いる。これらのことは、熱処理によって酸無水物部分とジアミン部分の距離が遠くなるこ
とで説明ができる。これにより rHF が増大し、もともと 19F から遠い 1H はさらに遠くなるた
め双極子相互作用が弱くなり CP が非効率的になる。さらに、Sfast の割合 x を比較する
と、すべての試料について熱処理後に値が増加しており、これは熱処理後の CP 曲線
で Sslow の寄与が減った、つまり遠くの 1H からの CP が非効率となったことを意味する。
このことも酸無水物部分とジアミン部分が遠くなり、1H と 19F がより孤立する環境に変化
していることを示唆する。
以上の CP パラメーターの変化から、熱処理によって「酸無水物部分とジアミン部分
の距離が離れる」傾向がみられ、これは熱処理前よりも秩序性が増し PLP 構造に近づ
くことを意味していると考えられる。
6−4
結論
3種の含フッ素ポリイミド P2FDA/DMDB, P3FDA/DMDB, P6FDA/DMDB について
熱処理による凝集状態の変化を調べるために、1H→19F CP/MAS NMR 法を用いて
CP 曲線の初期段階に観測されるオシレーション挙動の解析を行った。
1. 熱処理後では 1H→19F CP 曲線のオシレーションのフィッティングから算出される
有効核間距離 rHF が増加した。これは最近接の 1H-19F 間距離が遠くなったことを
示す。また、熱処理前後で 1H→19F CP 曲線における立ち上がりの遅い成分にお
いて、立ち上がりの時定数 THF*が増加した。これは、19F 核から遠い 1H との距離が
さらに離れ、CP が非効率になったことを示す。以上のことから、熱処理によって
rHF によって表される酸無水物とジアミン間の距離が長くなったことが示唆される。
208
2. 熱処理前後で立ち上がりの遅い成分の割合が減少した。これは、19F 核への CP
が有効な距離にある 1H が減少したことを示す。従って、熱処理によって酸無水物
部分とジアミン部分が離れ、1H と
19
F がより孤立した環境に変化したことを示して
いる。
3. 上記の観測から、熱処理によって、酸無水物部分とジアミン部分の距離が離れ、
PLP 構造に近づくことが示唆された。
6−5
今後の課題
本章の研究は、平成 15 年度日本学術振興会特別研究員採択課題「固体 19F NMR
法を用いたH−F核間距離決定法の開発とフッ素化高分子への適用」の一部として行
われたものである。来年度の課題として以下の2点にも着目して実験を行う。
6−5−1
イミド化温度と凝集状態
6−1節で述べたように、最終イミド化温度を上げると、蛍光強度が増加することが報
告されている[11]。そこで、P2FDA/DMDB について、異なる最終イミド化温度で作製し
たフィルムの 1H→19F CP/MAS 測定を行い、CP 曲線のフィッティングから凝集状態の
変化の解明を試みる。NMR 測定と平行して、吸収スペクトル、屈折率、励起・蛍光ス
ペクトルを測定して総合的に凝集状態の変化の解明を目指す。また、第5章で述べた
13
C CP/MAS NMR 法を用いた主鎖コンホメーションの推定方法に基づき、熱処理前
後でのコンホメーション変化も併せて解析する。
209
6−5−2
ジアミン部分の重水素化
CP 曲線の解析に用いた3種のポリイミドは、ジアミン部に2つのメチル基と、芳香環に
結合した 1H の計 12 個の 1H を含むため、19F に対して 1H の濃度が高い。このため現
状ではどの 1H から 19F へ CP が起こっているかを特定することができない。したがって、
より正確な CP 挙動の解析のためには、1H-19F スピン対をできる限り孤立させる必要が
ある。そこで、ジアミン部の芳香環に結合する 1H を重水素置換し、メチル基だけを残
すことを検討している。Köves [19]は、重塩酸に溶解させた芳香族化合物を耐圧反応
管に入れ、マイクロ波を照射することにより、ベンゼン環に結合した 1H を重水素に置換
できることを報告している。m-トルイジンを用いて予備検討を行ったところ、100%の置
換は得られないものの、アミノ基に対してメタ位の 1H 以外は重水素化されることが確認
できた。今後条件等を最適化して、ジアミン中の 1H の数を減らした上でポリイミドを合
成し、より詳細な解析を行う予定である。
参考文献
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19. Köves GJ, J. Labelled Compounds and Radiophormaceuticals 1994;34:255.
211
第7章
総括
本研究では、これまでほとんど分子構造や運動性の解析に用いられていない固体
19
F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を含フッ素高分子に適用し、相転移に伴うコ
ンホメーションや分子運動性の変化、あるいは熱処理による分子間の凝集状態の変化
の解析を行ってきた。19F 核は高感度、高分解能なスペクトルを観測できるため、高分
子の構造解析に広く用いられている 13C 核を用いた NMR 観測と比較して、分子鎖の
形態変化に敏感であり、一次構造の異なる部位ごとの詳細な情報を得ることが可能で
ある。この観点から、一連の実験において 19F MAS NMR 法独自の新たな知見の獲得
を目指して、本研究を遂行した。
第2章では、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)について、初めて観測したγ型を含め、α, β,
γ型の3種の PVDF の結晶部の信号は互いに異なる化学シフトに観測されることを明ら
かにし、19F MAS スペクトルにおける化学シフトが、フッ素核に対してγ位にあたる炭素
核とのγ-gauche 効果だけでなく、δ位のフッ素核の影響により、数 ppm の変化を示すこ
とを明らかにした。この変化幅は 13C 核で観測されるよりもはるかに大きく、19F NMR が
主鎖コンホメーションの解析に優れていることが実証された。また、1H→19F CP におい
て、これまでほとんど議論されていない CP 曲線の形状解析から得られる双極子カップ
リング定数を算出し、このパラメーターが結晶部ではコンホメーションに由来する近接
1
H の環境を反映し、非晶部では分子運動性を反映していることを明らかにした。
第 3 章 で は 、 フ ッ 化 ビ ニ リ デ ン (VDF) と 三 フ ッ 化 エ チ レ ン (TrFE) の 共 重 合 体
P(VDF/TrFE)の強誘電−常誘電相転移を追跡した。13C CP/MAS スペクトルでは観測
されない相転移が
19
F MAS スペクトルでは線形の変化として明確に現れ、緩和時間
T1ρF の変化と併せて相転移に伴う主鎖コンホメーションと分子運動性の変化を解明し
た。特に、19F MAS スペクトルでは異種結合部(head-to-head や tail-to-tail)に由来する
信号を独立に観測することができるため、VDF と TrFE の head-to-tail 結合部が相転移
213
を引き起こす trans-gauche 間のコンホメーション交換運動に対して最も安定であり、こ
の部分が分子鎖の鎖軸回りの回転運動を妨げる“くさび”として働いていることを明ら
かにした。また、NMR 法が得意とする非晶部に由来する信号の観測を行ったことによ
り、非晶部と結晶部の間には、相転移温度(Tc)直下で協同的な運動が起こり、分子運
動性が一時的に低下することが示された。降温過程では、スペクトル線形及び緩和時
間 T1ρF と T1F から、この協同的な運動により結晶部と非晶部が融合し、結晶化度が大幅
に増加することが観測された。
第4章では、エチレン(E)とテトラフルオロエチレン(TFE)の共重合体 ETFE の斜方晶
相から六方晶相への相転移挙動を追跡し、転移温度領域である室温から 100ºC 付近
にかけて結晶部の E と TFE の結合部分(-CH2-CF2-)で trans-gauche 間のコンホメーシ
ョン交換が起こっていることを、19F 化学シフトの変化と遮蔽定数計算により明らかにし
た。また、ガラス転移温度以下では結晶部と非晶部の T1ρF に明確な差が現れなかった
が、1H→19F CP 曲線では、立ち上がりが速く振動挙動(オシレーション)を示す成分
(結晶部に由来する)に加えて、非晶部に由来する立ち上がりの遅い成分が明瞭に観
測された。CP 曲線のオシレーションから見積もった双極子カップリング定数 D や緩和
パラメーターから、結晶化度の低いフィルム試料の方が結晶部の D が小さく、結晶内
部で生じている分子運動性が高いことを明らかにした。
第5章では、エンジニアリングプラスチックにしばしば現れるジフェニル構造の主鎖コ
ンホメーション(二面角)を、磁気遮蔽定数計算から予測する化学シフトの二面角依存
性と実測の
13
C NMR の化学シフトとを対応させることによって推定する手法を確立し
た。この手法では、実測の化学シフトを利用することから、従来のコンホメーションエネ
ルギーマップを作製して最安定なコンホメーションを予測する手法、あるいはモデル化
合物の構造最適化による手法と比べて、より直接的にコンホメーションを推定すること
が可能である。
第6章では、ポリイミドの熱処理による凝集状態の変化を明らかにするために、含フッ
214
素ポリイミドについて、1H→19F CP 曲線に観測されるオシレーションから算出する有効
核間距離を用いて、酸無水物部分の 19F とジアミン部分の 1H 間の相対的な距離の変
化を解析した。その結果、熱処理によって酸無水物部分とジアミン部分の距離は相対
的に長くなり、酸無水物同士(同時にジアミン同士)がスタッキングをする、Preferred
Layer Packing 構造に近づくことが示唆された。
以上の実験結果より、19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 法を含フッ素高分子に
適用することにより、含フッ素高分子のコンホメーションや分子運動性に関して
13
C
CP/MAS 法よりも詳細な解析が可能となることが示された。1H→19F CP/MAS NMR 法
は世界的に実施例がほとんどないが、これは 1H→19F CP を観測可能な装置を導入し
ているグループが非常に少ないためである。この手法が含フッ素高分子の構造解析
に必須となるためには、今後、この観測のための NMR 装置の普及や 13C NMR で実
践されているような多次元 NMR 法の応用が期待される。最後に、本研究の成果は、
含フッ素高分子の構造解析における新しい展開を示すものであり、19F MAS NMR 法
をどのように活用すべきかの指針として今後の研究の進展に貢献できるものと確信し
ている。
215
付録
19
F MAS NMR 観測のための準備
ここでは、今後新たに 19F MAS 及び 1H→19F CP/MAS NMR 観測を始める研究者の
参考のために、固体
19
F NMR 観測に必要な測定条件等の調整方法について述べ
る。
A−1 マジック角の調整
13
C 核を観測可能な NMR プローブの多くは 15N など他の核種も観測可能である。こ
ういったプローブの場合には、K79Br を用いてマジック角を調整するのが一般的である
[1]。しかし、1H と 19F 核のみ観測可能なプローブの場合には、KBr を用いることは出来
ず、CRAMPS 法による KHSO4 の 1H 信号観測[2]や、フッ素ゴムの 19F 信号の観測[3]
が利用されている。しかし、前者は測定条件の設定が煩雑であり、後者は信号の線形
の変化をとらえにくい。Brower ら[4]は、カリックスアレーンにトリフルオロトルエンを包接
させ、1H→19F CP/MAS NMR 観測を行うと、CF3 の信号の線形がマジック角に強く依
存することを報告している(図 A-1)。我々も彼らの報告に従って測定を行ったところ、
精度高くマジック角の調整が可能であることを確認した。彼らは CP を用いているが、
19
F バックグラウンドが強くなければ
19
F の直接観測でも同様であり、高感度でリアルタ
イムに調整が可能であった。
p-tert-butylcalix[4]arene
217
試料の調整は、ホスト化合物 p-tert-ブチルカリックス[4]アレーン(粉末、0.3 g)を、ゲ
スト化合物のα,α,α-トリフルオロトルエン(液体、5 ml)中、60℃で 3 時間撹拌し、濾過
後に風乾することにより得られる。測定後は密封して冷蔵庫で保管をすれば1ヶ月程
度は包接されたまま保存が可能であることを確認している。
図 A-1 カリックスアレーン/トリフルオロトルエン包接化合物の 1H→19F CP MAS ス
ペクトルのマジック角依存性[4].
218
A−2
19
化学シフト基準
F NMR 観測の化学シフトは、フルオロトリクロロメタン(CFCl3)を 0 ppm とするのが一
般的である。実際には CFCl3 の代わりにヘキサフルオロベンゼン(C6F6)が二次基準と
して用いられるが、C6F6 の化学シフトは-163.0 ppm から-166.4 ppm までいくつかの異な
る値が報告されており[3,5,6]、統一されていない。そこで我々は、測定を始めるにあた
り C6F6 の化学シフトの測定を行った。固体プローブでの液体試料の測定には図 A-2
に示した先端を球形に加工した試料管を用いた。球体部分にのみ液体を満たすこと
で磁化率を均一にすることができる。C6F6 と CFCl3(極微量)を混合して測定した結果、
C6F6 の化学シフトは-163.6 ppm となった(図 A-3)。本論文では全てこの値を化学シフト
基準としている。
C 6F 6
-163.6
CFCl3
図 A-2 液体試料測定に用
いる試料管. 矢印で示した
球形部分に試料を満たす.
50
0
-50
-100
-150
-200
-250
δF / ppm
図 A-3 図 A-2 に示した試料管を用いて
固体 HF プローブで測定した C6F6 の 19F
NMR スペクトル. 観測幅:100 kHz, データ
点:8192.
219
ところで、1H 核をデカップリングしながら 19F 核を観測する場合には Bloch-Siegert シ
フト[7]を考慮しなければならない。これは、観測周波数に近い周波数の RF を照射し
ながら NMR 信号を観測すると共鳴周波数に一定の割合のシフトが生じるもので、式
(A-1)で表される[3,8]。
(γ B ) 2
∆( ppm) = 2dec dec 2
ω obs − ω dec
2
ω
⋅ obs ×106
ω dec
(A-1)
添字 dec はデカップリングの照射側の核、obs は観測核を表す。この式を用いて算出し
た 1H 共鳴周波数 300 MHz の NMR 装置で、83 kHz のデカップリング RF を照射して
観測した場合の 19F 及び 13C 化学シフトの変化量∆ ppm を表 A-1 に示した。13C 核を
観測する場合には Bloch-Siegert シフトの影響はほとんどないが、19F 核観測の場合に
は-0.59 ppm と無視できない。従って、19F 化学シフト基準を設定する際には、C6F6 の測
定の際にも、1H デカップリング RF を照射しながら測定しなければならない。
表 A-1
1
H 核をデカップリングして観測する 19F 及び 13C 化学シフトにおける
Bloch-Siegert シフト.
Obs Freq.
(MHz)
∆ (ppm)
F-{1H}
282.65
– 0.59
C-{1H}
75.45
– 0.0051
19
13
220
A−3 温度キャリブレーション
第1章で述べたように、高分解能
19
F MAS NMR スペクトルの観測のためには高速
MAS が不可欠である。このため、温度制御を行わない場合には、回転用エアーとの
摩擦により試料管内部の温度は室温よりも 30ºC 程度上昇するとされている[9]。また、
温度可変測定を行う際にも、正確な試料温度の決定が不可欠である。試料温度のキ
ャリブレーションには、(VO)231P2O5、 Sm2119Sn2O7 、 207Pb(NO3)2 などの化学シフトの温
度依存性が用いられているが[9-11]、1H/19F 二重共鳴プローブではこれらの核種は観
測できない。一方、メタノールやエチレングリコールは温度変化に伴って水素結合の
強さが変化し、O1H と C1H2 の化学シフト差に温度依存性が観測されるため[12-14]、溶
液 NMR の温度キャリブレーションにしばしば用いられている。メタノールは-50∼50ºC
程度の低温域、エチレングリコールは 30∼140ºC 程度の高温域のキャリブレーション
に用いることができる。そこで本研究でもエチレングリコールを用いて試料温度のキャリ
ブレーションを行った。固体 NMR の場合には MAS の影響により試料温度が上昇する
ため、温度キャリブレーションの測定も MAS 下で行う必要があるが、エチレングリコー
ルはそのまま試料管に入れて MAS を行うことは出来ない。Aliev と Harris [15]はテトラ
キス(トリメチルシリル)シラン(TTMSS)にエチレングリコールを吸着させることで MAS
下での測定が可能であることを報告している。本研究では、この手法に基づいて温度
キャリブレーションを行った。図 A-4 は MAS 回転数 16 kHz で測定した TTMSS と吸着
させたエチレングリコールの 1H MAS NMR スペクトルである。エチレングリコールの
CH2 と OH の2本の信号の化学シフト差∆υから既報の温度依存性[12](図 A-5)を利用
して試料温度を算出した。図 A-6 に室温で温度制御を行わない場合の MAS 回転数
に対する試料温度を示した。16 kHz の MAS 下では、試料温度が 68ºC まで上昇して
いることがわかった。また、16 kHz の MAS 下で温度制御を行い、設定温度と試料温度
の関係をプロットしたところ、直線関係が得られた。本研究では、これを用いて温度可
221
変測定の温度キャリブレーションを行っている。
Si(CH3)3
(H3C)3Si
Si Si(CH3)3
Si(CH3)3
TTMSS
∆ν
6
4
2
0
-2
δH / ppm
図 A-4 室温で 16 kHz の MAS 下での TTMSS に吸着したエチレングリコールの 1H
MAS NMR スペクトル.
100
Temperature (℃)
90
80
70
60
50
40
30
250
300
350
400
450
500
∆ν (Hz)
図 A-5 エチレングリコールの O1H と C1H2 信号の化学シフト差と温度の関係[12].
222
90
with VT air
80
without VT air
試料温度 / ℃
70
60
50
40
30
20
4
6
8
10
12
14
16
18
MAS回転数 / kHz
図 A-6 室温で温度制御を行わない場合の試料温度の MAS 回転数依存性.
用いたプローブは VT エアーが回転用エアーと独立しており、室温の VT
エアーを吹き付ける場合とそうでない場合でも試料温度が異なる.
A−4 RF 強度の均一性
CP 実験、特に CP 曲線におけるオシレーションを正確に観測するためには、RF の均
一性が要求される。RF 強度はコイル中心から離れるほど弱くなるため、コイル内で RF
が一定の強度を保っている空間内に試料を置く必要がある。そこで、図 A-7 のように試
料管内で試料の位置を変えたときの信号強度の変化を調べた[16]。図 A-8 に試料管
上部のエンドキャップからの位置に対する信号強度をプロットした。本研究に用いた
223
NMR プローブの場合には、完全に等しい強度を保つ領域はなかったが、図 A-8 から、
最大強度の 90%程度を保証できるエンドキャップから 4∼6 mm の位置の幅約 2 mm
に試料をセットすることで、RF 強度の均一性を確保できることがわかった。
スペーサー
試料
エンドキャップ
ドライブチップ
補助スペーサー
Siゴム(厚さ約1 mm)
図 A-7 試料管内の位置による信号強度の測定のための試料の詰め方.
厚さ 1 mm の補助スペーサーの組み合わせで試料位置を変化させた.
1
Signal Intensity
0.8
0.6
0.4
0.2
0
-2
0
2
4
6
8
10
12
エンドキャップからの長さ(mm)
図 A-8 試料管内の試料位置による信号強度の変化. 最大強度の 90%程度が得
られる網掛けで示した領域に試料をセットすることとした.
224
A−5 Hartmann-Hahn 条件の設定
第1章でも述べたように、高速 MAS 下では CP による信号強度の増大が、通常の
Hartmann-Hahn 条件ではなく、MAS 回転数の整数倍離れた位置 ω1H = ω1F − n ⋅ ωr に
みられる(sideband matching 条件)。また、信号強度は RF 強度のわずかな変化にも敏
感であるため、厳密な Hartmann-Hahn 条件の設定が不可欠である。図 A-8 は 16 kHz
の MAS 下で、1H RF 周波数を 83 kHz に固定し、19F RF 周波数を変化させた時の
PVDF の 1H→19F CP/MAS スペクトルの変化を示している(Hartmann-Hahn matching
profile)。n = 0 に相当する位置では強度の増幅はほとんどなく、n = ±1, ±2 (n = -2
は示していないが理論上+2 と同様である)に相当する 19F RF 強度で信号強度が増大
している。本研究では、このようにして Hartmann-Harn matching profile を作成し、n =
+1 の条件下で測定を行っている。
-1
+1
+2
0
Low
19F
RF強度
High
図 A-6 16 kHz の MAS 下で、1H RF 周波数を 83 kHz に固定し、19F RF 周波数を
変化させた時の PVDF の 1H→19F CP/MAS スペクトルの変化.
225
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226
謝辞
本研究を遂行するにあたり、終始変わらぬご指導ご鞭撻を賜りました安藤慎治助教
授に深く感謝するとともに、心より御礼申し上げます。
有益なご助言を頂きました英国 Durham 大学の Robin K Harris 教授、Peter Holstein
博士に御礼申し上げます。
固体 19F NMR 装置の導入とその後の運用に関して技術指導を頂きました日本電子
データム株式会社 橋本好民さん、出口健三さん、藤戸輝昭さん、杉沢寿志さんに御
礼申し上げます。
本研究の遂行に際し、協力をして下さった龍野宏人君、浦野裕一君、小関佑君、保
田雄亮君、植竹和幸君、松村晃子さん、その他当研究室の皆さんに感謝致します。
本研究の一部は日本学術振興会特別研究員制度に支えられています。
平成15年12月吉日
相見 敬太郎
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