ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 ISFJ2011 政策フォーラム発表論文 所得連動型奨学金制度の導入1 ―高等教育機会均等化にむけて- 京都産業大学 田中寧研究会 坂之上あいり 谷口由紀 田中佑治 辻村朱鷺 教育分科会 谷一樹 山田博之 2011年12月 1本稿は、2011 年 12 月 17、18 日に開催される、ISFJ 日本政策学生会議「政策フォーラム 2011」のため に作成したものである。本稿の政策にあたっては、田中寧教授(京都産業大学)をはじめに多くの方々か ら有益かつ熱心なコメントを頂戴した。ここに記して感謝の意を表したい。しかしながら、本稿にあり得 る誤り、主張の一切の責任はいうまでもなく筆者たち個人に帰するものである。 1 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 ISFJ2011 政策フォーラム発表論文 所得連動型奨学金制度の導入 ―高等教育機会均等化にむけて- 2011 年 12 月 2 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 要約 第1章 問題意識 近年大学授業料は国公立大、私立大ともに高騰を続けており、私立大に関しては国公立 大年間授業料の約 2 倍となる学部も存在している。このことは、親の所得が子の大学進学 先に影響を与えている可能性を示唆しており、特に私立大においては、親の所得と進学率 の間に強い正の関係が見られる。また、日本の大学の授業料は各国と比較しても高額で、 学生支援体制も整備されていない。よって、世界と比較しても、現在の学生支援制度の抜 本的な改革が必要なことは明らかである。 第2章 先行研究と本稿の位置づけ 先行研究では、①高等教育機会の格差の研究、②日本の奨学制度の研究、③所得連動型 ローンについての研究、の 3 つに分けて今までの研究を紹介する。小林(2007)は日本の 高等教育の格差を問題視している。この格差を是正するためには、公的奨学金が最も重要 であると提唱しており、古田(2006)も奨学金が高等教育機会均等化に寄与していると結 論づけている。次に芝田(2006)は、イギリスの奨学金制度の返済方法について述べてお り、現在の日本の奨学金制度の返済方法にはさまざまな問題があるため、イギリスが行っ ている所得連動型ローンが日本の奨学金制度に最も優れていると述べている。 本稿の位置づけとして、先行研究から現在の日本の奨学金制度についてより詳しく現状、 課題について調べ、低所得者層への学生援助を最優先に考えた政策を提言していく。 第 3 章 現在の奨学金制度の現状分析と課題 第 3 章では、現在の日本の奨学金制度として、日本学生支援機構の奨学金制度と各大学 独自の奨学金制度の現状と課題について考察し、各国の奨学金制度について紹介する。ま ず、日本学生支援機構の奨学金制度の問題点として 3 点が挙げられる。1 つ目に、奨学金希 望者の中で、申請したが不採用となった学生の存在、2 つ目に、奨学金返済への不安、3 つ 目として、奨学金滞納者・滞納額の増加である。次に、大学独自の奨学金制度の問題点と して 2 点が挙げられる。1 つ目に、奨学生数が限られていること、2 つ目に財源がない大学 は実施出来ないことである。また、これらの問題解決の参考として各国の奨学金制度を参 考にし、新たな奨学金制度を提言する。 第 4 章 新たな奨学金制度のシミュレーション・分析 第 4 章では、新たな奨学金制度実施に向けて、学校・学部・男女・下宿・自宅別等の学 生の諸条件ごとに、返済シミュレーションを行う。その結果を用いて、日本にもっとも望 ましい奨学金制度を探る。 3 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第 5 章 政策提言 以上の分析から、大学が銀行と提携し学生本人に貸与する奨学金制度の導入と奨学金返 済方法の変更の 2 つの政策を提言する。まず前者の政策提言により親の所得に関わらず、 誰でも奨学金を借入することができ、全ての学生が経済的側面については大学進学の平等 な機会を得る。また、財源は銀行であるため、どの大学でも取り入れることが可能である。 また、後者の政策提言により所得連動型返済システム制度を導入することで、滞納者問題 が改善され、奨学生も所得に見合った返済が可能になる。また、今まで奨学金返済に不安 を持っていた学生が、より奨学金を借入しやすくなる。この 2 つの政策から、我々が目指 す高等教育機会均等化が実現する。 4 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 目次 はじめに…7項 第1章 問題意識…8 項 第 1 節 親の所得による教育格差…8 項 第 1 項 大学授業料高騰化問題 第 2 項 親の所得に関係した子の進学先 第 2 節 高等教育政策における国際比較…10 項 第2章 先行研究…13 項 第 1 節 先行研究の紹介…13 項 第 2 節 本稿の位置づけ…14 項 第3章 現在の奨学金制度の現状分析と課題…15 項 第 1 節 日本学生支援機構(JASSO) の現状と課題…15 項 第 1 項 日本学生支援機構概要 第 2 項 日本学生支援機構奨学生数 第 3 項 奨学生採用状況 第 4 項 日本学生支援機構の滞納額 第 2 節 大学独自奨学金制度の現状と課題…20 項 第 1 項 大学独自奨学金制度の現状 第 2 項 大学独自奨学金制度の具体例 第 3 節 各国の奨学金制度…22 項 第 1 項 オーストラリアの奨学金制度 第 2 項 イギリスの奨学金制度 第 3 項 アメリカ合衆国の奨学金制度 第 4 節 新たな奨学金制度に向けて…29 項 5 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第4章 新たな奨学金制度のシミュレーション・分析…31 項 第 1 節 新たな奨学金制度のシミュレーション…31 項 第1項 シミュレーション方法 1 第2項 シミュレーション方法 2 第3項 シミュレーション結果 第 2 節 銀行で賄える予算…38 項 第5章 政策提言…41 項 第 1 節 政策内容…41 項 第 1 項 政策提言Ⅰ:大学が銀行と提携した奨学金制度導入 第 2 項 政策提言Ⅱ:奨学金返済方法の変更 補論…46 項 付録…47 項 参考文献…50 項 6 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 はじめに 本稿の目的は、すべての大学進学希望者が親の所得に関わらず、平等に教育機会を与え られることが出来るような型奨学金制度の導入を検証することである。 本稿の結論は、現行の公的奨学金制度や大学独自の奨学金制度に代わるものとして大学 に銀行と提携した貸与型の大学独自奨学金を導入するというものである。 日本で最も多く利用されている奨学金制度の提供団体は、日本学生支援機構(JASSO) である。しかし、この奨学金制度はローン型であり、最も奨学金を必要としている低所得 層は返済の負担が大きいことから借りることを断念している傾向にある。また、日本学生 支援機構の制度では滞納者の割合が多く、このままでは財源の確保が難しくなり、奨学生 の人数制限が厳しくなる恐れがある。よって、日本の奨学金制度の見直しが必要だという 結論に至った。 新たな奨学金制度を政策する上で、考察すべき点が以下の 5 つある:(1)親の所得に関 わらず、誰でも奨学金を借りることが出来る(2)借り入れ人数を制限しない(3)財源が ない大学でも取り入れることが出来る(4)滞納が発生しない無理のない返済方法である(5) 将来の返済に不安を持たない返済方法である。そこで本稿では、これらの点を考慮し、高 等教育の機会均等化を実現するため、銀行と提携した貸与型大学独自奨学金制度の導入を 提案する。 以下、本稿の構成について説明する。第 1 章では問題意識について述べる。第 2 章では 先行研究により、日本の奨学金制度について紹介する。第 3 章では、日本学生支援機構と 大学独自の奨学金制度、現在の諸外国における奨学金制度の現状分析と課題について述べ る。第 4 章では、シミュレーションを使って具体的な返済金額や返済年数、返済利率のも とに新たな奨学金制度を構築することにより、その実現の可能性を検証する。第 5 章では 前章のシミュレーションに基づいて、高等教育機会均等化のための新たな 2 つの政策提言 を行う。1 つ目に、誰もが借りることの出来る、銀行と提携した大学独自奨学金制度の導入。 2 つ目に、無理のない返済を実現するため、所得連動型システムを取り入れた返済方法の導 入である。 7 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第1章 第1節 第1項 現状・問題意識 親の所得による教育格差 大学授業料高騰化問題 近年、大学授業料は高騰を続けている。戦後高等教育政策においては、育英奨学事業や 国立大学の低授業料政策を中心とした教育機会の格差是正政策が策定され遂行されてきた。 しかし、その後の高等教育機会均等化政策は後退の歴史をたどり、国立大学低授業料政策 も、1972 年の大幅値上げ以降放棄された。 q 図表 1 授業料と消費者物価指数の推移2 出所:文部科学省「我が国の教育水準と教育費」(平成 21 年) 図表 1 にあるように日本の国公立大の授業料、私立大の授業料平均額、消費者物価指数 のそれぞれを、昭和 50 年時点を 100 とした場合、消費者物価指数はこの 30 年間で約 2 倍 の伸びに留まる。それに対して、大学の授業料はこれを大きく上回り、国立大で約 15 倍、 私立大で約 4 倍になっており、大学の授業料の家計負担は増加の一途をたどっている。総 2文部科学省 平成 21 年度文部科学白書 「第 1 章家計の負担の現状と教育投資の水準」 http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab200901/detail/1290707.htm 8 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 務省統計局「全国消費経済実態調査」 (2006)によれば、大学生のいる世帯では可処分所得 を消費支出が上回り家計赤字が発生している。このことから、特に低所得者層における高 等教育費の負担はかなり大きいと考えられる。 。 第2項 親の所得に関係した子の進学先 次に親の所得が大学進学に与える影響について検証する。 図表 2 保護者の年収と高 3 生の進路 図表 3 保護者の年収と進学先 出所:旺文社 教育情報センター 21 年 9 月3 図表 2・3 は全国の高校 3 年生 4,000 人の卒業後の進路と保護者年収との関係を示してい る。図表 2 を見ると、親の年収と子の進路先や進学率が密接の関係にあることが分かる。4 年制大学に注目すると、年収 200 万円未満の親の場合は進学率 28.2%に対し、1,200 万円 以上になると、60%を超える高い進学率になっていることがわかる。日本では、近年格差 社会という言葉が話題となっており、親の所得に関係して子の教育費用も低所得者層と高 所得者層では大きな開きがでていることが問題視されている。これでは貧しい家庭は次世 代の貧しい家庭を生み、豊かな家庭は豊かな家庭を生むという階層の固定化を助長させる ことになりかねない。 次に図表 3 の保護者の年収と高校生の進学先においては、国公立大は年収に関わらず進 学率は一定を保っているのに対し、私立大においては、年収 200 万円未満が進学率 17.5% 3旺文社 教育情報センター(平成 21 年 9 月)「所得格差」と「教育格差」を<親の年収別にみた高 3 の進路> http://eic.obunsha.co.jp/resource/viewpoint-pdf/20090901viewpoint.pdf#search=’教育格差%20 作成旺文社’を基に作成。 9 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 であり、年収 1,200 万円以上は 50.5%と、大きな開きが見受けられる。これは国公立大と 私立大の授業料の格差が大きな要因になっている。平成 20 年度平均年間授業料額は国公立 大 53.6 万円、私立大 103.5 万円と約 2 倍の差があり、特に私立大学授業料は低所得者の家 庭に大きな負担となっていることがわかる。文部科学省の平成 22 年度学校基本調査報告書 によれば、76.7%以上の大学生が私立大学に進学しており、このことからも、親の所得と大 学進学の強い関係が明らかである。 第2節 高等教育政策による国際比較 教育機関が課す適正な授業料水準については、長年にわたり多くの OECD4加盟国で議論 されてきた。高額な授業料を課せば、教育機関が利用出来る財源は増えるが、一方で学生、 中でも低所得者層の学生に負担がかかることになる。この傾向は、特に学生の就学費用の 支払いや返済を支援するしっかりした公的補助制度を欠く場合に、強くなる。反対に、高 等教育の授業料を極めて低額、または無料にすると、教育の質を適正に保つうえで教育機 関や政府が負担を負うことになる。 現在、OECD 加盟及び非加盟の各国の間で、大学型高等教育機関の資金調達内容に一定 の型はなく、自国の学生に課す平均授業料には大きなばらつきがある。また、大学型高等 教育機関が学生に課す授業料が同程度の国々の中でも、公的補助を受けている学生の割合 等には違いが見られる。 OECD は、大学型高等教育機関における授業料と学生が受け取る公的補助とを、高等教 育への進学率、高等教育に対する公財政教育支出の水準、所得税水準などのその他の要因 と併せて比較すると、各国を 4 つのモデルに分類することが出来ると述べている。 4経済協力開発機構(OECD:Organisation for Economic Co-operation and Development)は、民主主義を原則とする 33 カ国の先進諸国が集まる唯一の国際機関であり、グローバル化の時代にあたって経済、社会、環境の諸問題に取り組 んでいる。 10 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表 4 大学型高等教育における国公立教育機関の平均授業料と、公的貸与補助及び奨学金 /給付補助またはそのどちらかを受けている学生の割合との関係5 【 国 立 大 学 の 平 均 授 業 料 ( 米 ド ル ) 】 6000 モデル3 モデル2 アメリカ 4500 日本 オーストラリア 3000 ニュージーランド オランダ 1500 イタリア ベルギー スペイン オーストリア 0 モデル4 モデル1 フィンランド アイスランド フランス 25 スウェーデン ノルウェー 50 75 100 【学生の奨学金等の受給率(%) 】 出所: OECD(2010) 「図表で見る教育 OECD インディケータ」図をもとに作成 図表 4 は、大学型高等教育における国公立教育機関の平均授業料と、公的貸与補助及び 奨学金・給与補助またはそのどちらかをうけている学生の割合との関係を購買力平価によ る米ドル換算額で表したものである。モデル 1 は、授業料無償もしくは低いにも関わらず、 学生支援体制がかなり手厚い国々で、北欧諸国6がこれに含まれる。モデル 2 は、授業料が 高く、学生支援体制がよく整備されているアメリカ等の国々である。モデル 3 は、授業料 は高く、学生支援体制が比較的整備されていない国々で日本や韓国がここに含まれる。ほ とんどの学生が高い授業料を課されているが、学生支援体制はモデル 1 及び 2 に属する国々 に比べてあまり整備されていない。このため、学生や家族は相当な経済的負担を強いられ ることになる。モデル 4 は、授業水準が低く、学生支援体制があまり整備されていない国々 である。このグループでは貸与補助制度(公的貸与補助もしくは政府の保証する学生ロー ン)は設けられていないか、もしくはごく限られた学生のみを対象としている。 日本は、3 分の 2 を超す学生が私立教育機関に在学しており、それを加味した場合、下 の図表よりも授業料の平均額は高くなる。また、日本の授業料の高騰は前項で挙げたよう 5教育省が管轄する大学の平均授業料は 179~1206 ドル。調査年度は 2007~08 年度。 6北欧諸国…デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン 11 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 に顕著であるため、世界と比較しても、現在の学生支援制度の抜本的な改革が必要なこと は明らかである。 現在、 多くの OECD 加盟国で重要な問題となっているのは、 家計に対する財政的補助は、 給与補助と貸与補助のどちらにすべきかという点である。貸与補助の利点は、給与補助とし て支出した金額を仮に貸与補助の保障や貸与金に充てたとすれば、より多くの支援を学生に 提供でき、高等教育機会の経済的均等化の効果は大きい。一方、貸与補助は低所得者層の学 生の教育参加への意欲を刺激するという点では給与補助より効果が小さいことも指摘され ている。しかし、今の日本の財政状況では全学生への給与補助は難しく、また年収が高い家 庭にも給与補助をするとなると、 大学進学が難しい低所得者層の学生支援が小さくなってし まう。我々はこのことを踏まえ、貸与補助を推進する。 以上、第 1 節では大学の授業料高騰化と、親の所得と大学進学との関係が明らかにされ た。第 2 節では、世界の高等教育政策を紹介し、今の日本の財源面、教育機会均等化から 考えても貸与補助はメリットがあることが指摘された。以上の問題意識のもとに第 2 章で は、現在の奨学金制度に関する文献を中心に先行研究を行う。 12 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第2章 第1節 先行研究と本稿の位置づけ 先行研究の紹介 第 1 節では①高等教育機会の格差の研究、②日本の奨学制度の研究、③所得連動型ロー ンについての研究、の 3 つに分けて先行研究を紹介する。 ①高等教育機会の格差の研究 小林(2007)は、日本の高等教育機会の格差について述べている。格差は深刻な問題で 欧米では早くに研究が始められていたが、日本は最近になり危機感を覚えた。日本の学費 は高額であるのにも関わらず、高等教育に対する公的支出は諸外国に比べ著しく低くなっ ている。低所得者層が大学に進学するのは難しく、ここで格差が生まれることが分かった とされている。 ②日本の奨学金制度の研究 古田(2006)では、 「学生生活調査」を用いて最近の大学教育機会の動向を検討している。 この分析の結果、90 年代には親の所得による在学格差が拡大したが、2002 年以降、私立大 学で低所得層出身者の在学率が伸び、格差の縮小が見られた。これは、私立大学に通う低 所得層の学生において、奨学金受給率が急速に伸びていることが関係している。このこと から、拡大した奨学金制度が機会均等化に寄与していると述べている。 さらに、小林(2007)は高等教育の格差の是正策として、公的奨学金が最も重要である と提唱している。しかし、現在の日本の公的奨学金は、日本学生支援機構奨学金で返済方 法はローン型である。小林・吉田・濱中(2009)は、学生や親が、将来の不安を恐れるこ とを理由にローンを回避することを、危惧している。低所得者がローンを回避すれば、最 も学生援助を必要とする層が援助を受けられず、低所得層には効果が無いことを意味し、 それでは、奨学金の本来の目的である高等教育機関の格差是正には効果がなく、本末転倒 であると述べている。また、古田(2006)も、日本の奨学金の返済は均しく義務付けられ ていることから、負担感は大きいと推測している。今後奨学金の返済が日常的なものとな り、低所得層の学生たちにその返済負担が重いと認識される恐れがある。そして、借金を してまでも大学に進学しようとする学生が減尐し、再び低所得者層の格差が拡大すると述 べている。 以上のことから、高等教育における機会均等化を目指すには、今の日本の奨学金制度で は難しいということが分かる。 13 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 ③所得連動型ローンについての研究 上記の研究から、我々は今の奨学金制度の返済方法を見直す必要があると考えた。そこ で、芝田(2006)のイギリスの奨学金制度についての研究に注目した。イギリスにおける 奨学金の返済方法は所得連動型ローンである。通常、ローン型は、一定金額の支払いを求 められるのに対し、この所得連動型の返済方法は、貸与者が社会に出てからの所得に応じ て返済金額が決まるので、将来への返済の負担は軽減されると考えられている。芝田(2006) はこの研究の中で日本の奨学金制度は、理論的に所得連動型返還方式が最も優れていると 述べている。この所得連動型の返済方式を取り入れるには、所得の正確な情報の捕捉を必 要とすることから、効果的・効率的な回収をするためにも、税制とリンクさせることが必 要であるとしている。 これらの課題を踏まえて、所得連動型ローンを本稿の新たな奨学金制度を作構築する上 で参考にする。 第2節 本稿の位置づけ 第 1 節で紹介した先行研究により、高等教育均等化には奨学金制度が与える影響が大き いことが判明した。我々は高等教育機会均等化を実現させるために、現在の日本の奨学金 制度についてより詳しく現状や課題について調べ、低所得者層への学生の援助を最優先に 考えた政策を提言していく。 また、政策提言をする上で、諸外国の奨学金制度と日本の奨学金制度を比較し、さらに、 各国の良い奨学金制度を参考にしつつ考察していく。 14 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第3章 現在の奨学金制度の 現状分析と課題 本章では、日本の奨学金制度と諸外国の奨学金制度についてより詳しく考察していく。 日本の奨学金制度は多々存在するが、そのうち独立行政法人が行っている日本学生支援機 構と、大学独自奨学金制度の 2 つに焦点を当てていく。 第1節 日本学生支援機構(JASSO)の現状と課題 現在最も多くの学生が進学のために奨学金の提供を受けている団体は、独立行政法人日 本学生支援機構である。本節では、その奨学生数が最も多い日本学生支援機構の現状を分 析し、課題点を述べていきたい。 第1項 日本学生支援機構概要 日本学生支援機構は、平成 16 年 4 月 1 日に、日本育英会(昭和 18 年 10 月 18 日創立)の 日本人学生への奨学金貸与事業や、財団法人日本国際教育協会(昭和 32 年 3 月 1 日創立)、 財団法人内外学生センター(昭和 20 年 7 月 1 日創立)、財団法人国際学友会(昭和 10 年 12 月 18 日創立)及び財団法人関西国際学友会(昭和 31 年 6 月 8 日創立)の各公益法人において 実施してきた留学生交流事業、並びに国が実施してきた留学生に対する奨学金の給付事業 や学生生活調査などの事業を整理・統合し、学生支援事業を統合的に実施する中核機関と して誕生した。7 日本学生支援機構の奨学金の種類には、第一種奨学金と第二種奨学金があり、第一種奨 学金は無利息で採用条件として、特に優れた学生等であって経済的により著しく修学に困 難があるものと認定された者に貸与される。第二種奨学金は利率 3%を上限とした利息があ り、第一種奨学金に漏れた学生が借りることが出来る。 貸与月額は第一種奨学金の場合、学種別・国公立大/私立大別・進学形態別などに定め られているが、第二種奨学金の場合、学種に応じて、3・5・8・10・12 万円の中から、自 分で選択することが出来る。 7独立行政法人日本学生支援機構(2009) 「JASSO 年報『第 1 章 独立行政法人日本学生支援機構の概要』 」 http://www.jasso.go.jp/statistics/annual_report/documents/annrep09_1.pdf 15 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第2項 日本学生支援機構奨学生数 図表 5 奨学金貸与人員と全学年生徒数との比率8 (前学生生徒数、奨学金貸与人員 単位:人)(比率 単位:%) 奨学金貸与人員 区分 大学 大学 短期大学 前学生生徒数 第一種 第二種 (A) (B) (C) 計(D) 比率 B /A C/A D/A 2,687,041 253,833 615,779 869,612 9.5 22.9 32.4 2,520,593 239,315 576,183 815,498 9.5 22.9 32.4 166,448 14,518 8.7 23.8 32.5 39,596 54,114 出所:独立行政法人日本学生支援機構(平成 20 年度) 文部科学省平成 20 年度学校基本調査結果によると、大学の全学生生徒数の約 32%は奨学 金を借りており、第一種奨学金と第二種奨学金の貸与割合は約 1:2 である。 平成 20 年度における日本学生支援機構の調査結果9によると、 第一種奨学金大学奨学生新 規採用数は 6 万 9,044 人であり、設置者の内訳は、国公立大学 2 万 836 人、私立大学 4 万 804 人、国公立短期大学 871 人、私立短期大学 6,388 人、通信教育 145 人であった。第二 種奨学金大学奨学生新規採用数は 22 万 1,731 人で、設置者別の内訳は、国公立大学 4 万 4,790 人、私立大学 15 万 5,467 人、国立短期大学 1,501 人、私立短期大学 1 万 9,973 人で あった。 問題意識にある、親の所得に関する子の進学率を見てみると、かなりの開きがあるにも 関わらず、奨学金を借りている学生は 32%と低いことが分かる。確かに、金銭的に奨学金 を借りる必要がない学生もいるが、日本学生支援機構によると、近年の授業料の上昇や所 得格差の拡大、雇用不安を背景に、低所得者層の家庭・学生の中には、将来の返還に対す る不安感から奨学金の貸与を避ける者もいる。また、家庭負担やアルバイト時間の増大と いう形で無理をする事態が起きている。よって、日本学生支援機構の今後の課題として、 学生の奨学金返還に対しての不安を取り除き、奨学金を貸与出来る学生数を増やす点が挙 げられる。 8独立行政法人日本学生支援機構(2008) 「JASSO 年報『第 11 章 資料』 」 9独立行政法人日本学生支援機構(2008) 「JASSO 年報『第 3 章 奨学金貸与事業』」 http://www.jasso.go.jp/statistics/annual_report/documents/annrep08.pdf 16 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第3項 奨学生採用状況 図表 6 設置者別奨学金の希望及び受給の状況(大学昼間部)10 受給者 (単位:%) 申請したが 希望するが申請 不採用 しなかった 必要ない 国立大 43.9 2.1 10.1 43.9 公立大 49.7 1.6 7.8 40.9 私立大 42.8 2.0 9.1 46.1 平均 43.3 2.0 9.3 45.4 出所:日本学生支援機構「平成 20 年度学生生活調査結果」 図表 6 は大学昼間部における奨学金の希望及び受給の状況である。注目すべきは、 「申請 したが不採用」と「希望するが申請しなかった」割合の平均合計が 11%を超えている点で ある。現在大学に進学している学生の中でも申請したが不採用、あるいは希望するが申請 しなかった学生を無視することは出来ない。 「申請したが不採用」の割合は低いながらも、受給できない学生が存在することについ ては、日本学生支援機構の以下の申込資格に満たしていない。その資格として、①その年 の 3 月末に高等学校等を卒業予定の者②高等学校等を卒業後 2 年以内の者(2 浪までとし、 大学等へ入学したことのある者は除く)に合格した者。③高等学校卒業程度認定試験(旧 大学入学資格検定) (以下「高卒認定試験」)に合格した者、または科目合格者のうち日本 学生支援機構の定める基準に該当する者(大学等へ入学したことのある者は除く)の 3 つ がある。また、第一種奨学金と第二種奨学金を申請する際に、例えば第一種奨学金の貸与 を希望し、その採用基準を満たしていても、日本学生支援機構の予算の関係で採用されな い場合がある。 (第二種奨学金も同様) また、 「希望するが申請しなかった」学生の割合が多い点については、奨学金制度に何ら かの不満、あるいは、奨学金返済がネックになっている可能性がある。 そもそも奨学金制度とは、親の所得に関わらず、皆が平等に教育を受ける権利を持てる ように支援している制度でなければならないが、奨学金受給希望者で奨学金を受けていな い学生の割合が存在することに疑問を投げかけずにはいられない。また、必要ないと答え た学生についても、アルバイト等の就労を収入源としているのであれば、その学業に対す る悪影響があることも否定できず、奨学金が学業に専念する要因となることも考えられる。 10 http://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/documants/data08_all.pdf 17 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第4項 日本学生支援機構の滞納額 平成 20 年度に学資貸与金返還金として処理した額(返還額)は 1,776 億 6,680 万円で、 前年度に比較して、70 億 2,602 万円の増加となった。一方、返還期日が到来しているにも かかわらず、未返還となっている額は 500 億 6,519 万円、延滞している人員は 18 万 2,599 人であり、前年度と比較して、未返還額は 21 億 7,696 万円に増加している。また、平成 20 年度末における要返還債権額の総額 1 兆 5,657 億 1,039 万円に対し、延滞債権額は 1,666 億 42 万円である。そのうち、3 カ月以上延滞の債権額は 1,125 億 2,853 万円にのぼる。 図表 7 平成 20 年度延滞額・推移表11 (年度要返還額、延滞額 総合計 第一種奨学金 第二種奨学金 単位:円) (延滞率 単位:%) 年度要返還額 延滞額 延滞率 355,761,640,955 72,328,715,156 201,624,643,603 50,065,185,499 154,136,997,352 22,263,529,657 20.3 24.8 14.4 出所:独立行政法人日本学生支援機構 図表 7 によると、平成 20 年度における延滞率は 20%を超えており、現在日本学生支援 機構にとっては延滞額の増加が非常に深刻な問題になっていることは否定できない。 図表 8 の調査結果によると、延滞理由は、 「本人が低所得」が 49.1%である。また、図表 9 から延滞理由を「本人が低所得」と回答した者の年収として、100 万円未満が 33.9%、100 ~200 万円未満が 40.1%、200~300 万円未満が 20.6%と、年収が 300 万円未満の割合が 大きい。このまま奨学金滞納額が増加していけば、資金面に問題が発生し、奨学金を貸与 することが出来る学生数に限りが出てくる。奨学生を制限すれば、ますます低所得者と高 所得者間の大学進学率に開きが生じ、教育機会不平等が進むことが懸念される。よって、 日本学生支援機構のもう一つの課題として、奨学金滞納者・滞納額の削減を挙げる。 11独立行政法人日本学生支援機構(2009)「奨学金の延滞者に関する属性調査結果『第 4 項 http://www.jasso.go.jp/statistics/zokusei_chosa/21_chosa.html 18 延滞理由について』」 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表8 延滞理由12 図表9 延滞理由を「本人が低所得」と回答した者の年収⁷ 出所:独立行政法人日本学生支援機構 12平成 21 年度奨学金の延滞者に関する属性調査結果第 4 項延滞理由について http://www.jasso.go.jp/statistics/zokusei_chosa/21_chosa.html 19 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第2節 大学独自奨学金制度の現状と課題 第 3 章の第 1 節では、日本学生支援機構の現状と課題について述べたが、改善する余地 があることも明らかになった。また、公的な学生支援の利用が不充分である場合、特に学 費が高い私立大学は独自の経済支援を行う必要があろう。よって本節では、大学が独自に 行っている奨学金制度の現状について述べ、考察することとする。 第1項 大学独自奨学金制度の現状 濱名篤教授等が行った「個別大学の経済支援対策整備状況(プログラム数)」13によると、 複数の経済支援対策を整備している大学は 7 割以上で、1 割の大学は学生への経済支援を全 く行っておらず、大学によって支援の充実度には大きな差があるという結果が出た。多く の大学が整備している奨学金制度は給付奨学金であり、有利子貸与や利子補給は例外的で ある。 (整備率:学費全額免除 5.0%、授業料全額免除 17.4%、一部免除 35.0%、給付 63.1%、 無利子貸与 34.7%、有利子貸与 7.4%、利子補給 3.6%) 学生支援の採用基準については、メリットベース型(学業成績などに高い能力を持つ学 生に対して奨学金等を提供する)を整備している大学は 7 割、ニードベース型(教育の機 会均等化を図るために学生の経済条件を基準に奨学金等を提供する)のみを基準として経 済支援施策を整備している大学は 3 割程度に留まっている。日本育英会の採用基準には、 成績を加味したメリットベース型とニードベース型の両方が含まれている。よって、メリ ットベース型を基準とする大学独自奨学金制度は、高等教育システム全体の奨学金政策の 在り方として、教育の機会均等化の保障がなされているとは言い難い。 第2項 大学独自奨学金制度の具体例 近年、大学独自奨学金制度を取り入れている大学は増加しているが、その多くは、ごく 尐数の成績優秀者、スポーツなどで全国大会優勝等の好成績をおさめた者、または、家計 支持者が災害や事故等に遭い、学費納入が困難となった者等、限られた学生しか受けるこ 13 「学費負担の多様化と個別化?-18 歳人口減尐期における私立大学の学費・奨学金政策と課題-」濱名篤(関西国 際大学)米澤彰純(大学評価・学位授与機構)朴澤秦男(東京大学大学院)白川優冶(早稲田大学大学院)喜多村和之 (早稲田大学)。この論文は、私学高等教育研究所が 2001 年~10 月~11 月に実施した「私立大学における奨学金・学 費制度の多様化に関する全国調査」に基づいており、学費負担の在り方に対する学生や保護者の認識の変化と、それへ の私立大学側の対応を通して、日本のユニバーサル・アクセス段階の高等教育像と学費負担の姿を探っている。 http://ci.nii.ac.jp/els/110004557748.pdf?id=ART0007298034type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0 &lang_sw=&no=1320934719&cp= 20 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 との出来ない給付型の奨学金制度を採用している。以下、現在大学で行われている 3 つの 大学独自奨学金制度の例を挙げて、その大学の奨学金制度の問題点を述べていく。 例 1:K 大学(提携教育ローン制度) K 大学では、金融機関と契約を締結することにより、有利子率が優遇される等、有利な 条件で融資を受けることの出来る「提携教育ローン制度」を設けている。教育ローンと奨 学金の違いとして、教育ローンは、学生の保護者(扶養者)が学費などの支払いのため金 融機関を利用するケースが多い。一方、奨学金は学生本人を対象とした金銭的な支援制度 である。K 大学の提携金融機関は 3 つあり、どれも有利子である。この教育ローンは金融 機関から保護者(扶養者)がブラックリスト14にのっていない限り、誰でも奨学金を受ける ことが出来る。これに連動して、大学側は「教育ローン利子給付奨学金」という制度を設 けており、提携教育ローン制度を利用している奨学生の利子を大学側が負担する制度であ る。募集人員は 100 名以内で、成績や家庭内容によって、受給者を決める。また、給付額 は年額上限 5 万円以内と限られている。実際にフィールドワークをした際に、この教育ロ ーン利子給付奨学金を利用している学生は、K 大学在学生の 13,066 人のうち約 30 名程度 と、比較的低い割合であることが分かった。 例 2:O 大学(予約型奨学金制度) O 大学では予約型奨学金制度を実施している。この奨学金は、O 大学の入学を希望する 者が、入試出願前に申請をして、入試合格・入学後に奨学金を受け取ることが出来る、給 付型の予約型奨学金制度である。募集人数を 25 名とし、1 年に 30 万円を受け取ることが 出来る。この奨学金を受ける条件として、①日本の高等学校または中等教育学校を卒業見 込みの者②当該年度の 4 月に本学 1 回生に入学する予定で、 強く入学を志願する者③成績、 人物とも優秀で、大学進学において経済的支援が必要と認められる者の 3 つがある。 例 3:I 大学奨学融資制度 I 大学の実施している奨学金制度は、大学が保証人となり、本人名義(基本的に学生)で 提携銀行から年間授業料(授業料及び施設費)相当額を限度に低利(在学中は無利子)で 融資を受けることの出来る制度である。返済期間は最初の契約から 20 年は、在学中の利子 を大学が負担する。返済は卒業後に始まり、希望者のほぼ全員が融資を受けることが出来 る。I 大学奨学融資制度を受ける条件として、GPA15が 1.5 以上であること、そして本人が 14 ブラックリスト…金融業界では信用情報機関を通じて業者同士で事故情報(異動情報、借金の返済における事故)の共 有をすることによって、借金申込者の事故情報の有無を確認出来るようになっている。 15 GPA…grade point average 21 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 ブラックリストに載っていないことが挙げられる。利率は変動制で卒業後年 2 回見直しが ある。I 大学に通っている約 10 人に 1 人の割合がこの奨学金を活用している。銀行側のメ リットとしては、大学が保証人となることで、返済に確実性があり、銀行の口座を作るこ とによって、将来も引き続き、その口座の利用者となる可能性が高まる点である。大学側 のメリットとしては、大学の授業料が高いために、経済的に大学進学を諦めている学生の 進学が可能となり、幅広い人材を集めることが出来る点である。しかし、大学は保証人で あるため、奨学金を返済しない学生が生じる問題点がある。そこで、その改善策として、 奨学金を借りる本人と大学の間にも保証人(多くは親)を立てる。仮に本人が奨学金を返 済しない場合は、保証人が代わりに支払うこととなり、当然本人は銀行のブラックリスト に載る。これにより、奨学金を返済しない人は全くいないとは一概には言えないが、ごく 尐数である。 以上の 3 つの大学独自奨学金制度の問題点として挙げられることは、例 1 の K 大学は奨 学金ではなく、教育ローンであるため、ローンを組むのは親であり、親の所得によっては 借りることが出来ない人が出てくる点である。例 2 の O 大学の問題点は、奨学生に制限が あり、奨学金を借りることが出来る学生はごくわずかな点である。例 3 の I 大学では、大学 側が利子を負担しているため、財源がない大学では実施することが出来ない点が挙げられ る。 第3節 各国の奨学金制度 第 3 章の第 1 節と第 2 節では、日本の奨学金制度について紹介した。本節では、各国の 奨学金制度を紹介し、日本との奨学金制度を比較することによって、日本の奨学金制度を 違う角度から見直すこととする。本節では、オーストラリア・イギリス・アメリカ合衆国 の 3 カ国の奨学金制度を紹介する。 第1項 オーストラリアの奨学金制度 2005 年以前の制度では、オーストラリアの大学における国内学生からの高等教育費用徴 収システムは 2 種類に分かれていた。 ①HECS 学生(Higher Education Contribution System student)を対象とするシステム ②授業料徴収学生(fee paying student)を対象とするシステム -HECS の概要 HECS は、高等教育にかかる費用の一部を学生自身が負担するが、その費用を在学時に 徴収するのではなく、卒業後、本人の収入に応じて支払うことを可能にする制度で、以下 の 4 点の特徴を持っている。 ①学生は卒業後の所得に応じて高等教育費用の負担金額を後払いとする(費用の負担率は 22 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 コースによって異なる)。全額または一部の前納も可能で、その場合、25%割引になる。負 担額は政府が定めている。 ②卒業後の支払い額(1 回の金額)は、本人の所得によって変動する。また、最低所得水準 に達するまで返済は免除される。支払額は年間所得額によって所得の 3~6%の 7 段階(0.5% 刻み)に分かれる。卒業後の所得が多いと一回の支払金額が大きいため、支払期間は短くな る。実質利子率はゼロだが、消費者物価の上昇分は付加される。 ③卒業後の支払いは税制を通じて行う(上記の割合で課税される)ため、入学時に納税者番 号16を登録する義務がある。 ④卒業後の支払いは、税の形での徴収のほか、任意の額を自主的に払うことが出来る。 この場合、支払額の 15%のボーナスがつく。 費用の負担額は科目の領域によって 3 区分されている。この区分は、コース運営にかか る費用、将来的に予想される所得、コースの重要性に基づいて設定された。2004 年の負担 額は図表 10 の通りである。1997 年と比較しても分かる通り、負担額は年々引き上げられ る傾向にあった。 この制度の利点としては、高等教育進学時に多額の費用を準備する必要がないこと(所 得が低くても、進学の機会が阻まれない)、また、税制を通じて卒業後の所得の捕捉と支払 いを行うため、債務不履行が回避出来ること(また、所得が返済開始基準に達しない間は、 支払の義務がない)が挙げられる。 16納税者番号制度…納税者に固有の番号を付与し、所得や資産を把握する仕組み。日本では 1979 年の政府税調答申に 盛り込まれて以来、導入が検討されているが、具体的な取り組みは進んでいない。 23 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表 10 HECS の区分と年間各負担額(2004 年・1997 年) (2004 年現在$1=81 円) 出所: 「我が国の家計における教育費負担―現状と支援策―」『尐子化・高齢化とその対策 総合調査報告書』(調査資料 2004-2) 国立国会図書館調査及び立法考査局, 2005.2, p.100. を一部修正 -新制度(Commonwealth supported place)の概要 HECS・新制度いずれも高等教育費用の学生負担分を”Contribution”(貢献・出資)とする 点では変わらないが、新制度では、卒業後の支払い分について”Higher Education Loan Programme (HELP) debt”(高等教育ローンプログラムの負債)と表現されている。HECS の 場合、学生が卒業後に支払う負担金は「授業料後払い」ではなく、「高等教育の私的便益を 受けた者が、高等教育全体にかかる費用を一部(税の形で)負担する」という考え方で運用さ れていた。新制度もこの考え方を基本的に受け継いでいるものの、HELP の導入により、 「在 学中の学生負担分をローンで借りて、卒業後に返済する」という側面も併せもつようにな ったと考えることも出来る。しかし、HELP は授業料のみを貸与している。 変更の要点 ①学生負担分の多様化 各大学が、政府が設定した貸与額を範囲内で自由に決定することが出来るようになった。 その結果、各大学で多様な教育が提供されるようになり、学生はそれぞれの大学・コース の教育の質や内容、コストを勘案し、多彩な選択肢の中から大学を選ぶことが可能になる と期待されている。 24 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 ②国家的優先コースの創設 これは、ある特定の職種の労働力が著しく不足しているか、先住民の教育に関わること があるといったように、その時点で起こりつつある国家的な必要性に対処するための区分 である。他の区分に比べて学生負担分を尐なくすることによって、このコースを選択する ことが期待されている。 ③費用前納時の割引率の引き下げ 従来、25%だった費用前納割引が 20%に引き下げられた。 ④費用開始基準額の引き上げ HECS では、大学卒業後、年間所得が AU$25348(約 206 万円、2003-2004 年の場合) を超えた年から、高等教育費用の学生負担額を支払っていくことになっていたが、新制度 では、この返済開始基準額が引き上げられ、2004-2005 年は AU$35001(約 284 万円)と された。2005-2006 年はさらに引き上げられる、AU$36185(約 294 万円)が返済開始基準 額となる。また、従来 3~6%の 7 段階に分かれていた返済率も、4~8%の 9 段階(0.5%刻み) に変更された。 ⑤授業料徴収学生枠の拡大 ⑥高等教育ローンプログラム適用範囲の拡大等も挙げられる。 第2項 イギリスの奨学金制度 イギリスの授業料は上限 3000 ポンド内で自由化することにより、低所得者層への参加率 低下が危惧されたため、各種奨学金プログラムが用意されている。奨学金は大きく分ける と、給付制奨学金と、貸与制奨学金である。 (ただし、2006 年現在 1 ポンド=210 円) ①給付制奨学金 イギリスには、従前、充実した給付制奨学金制度があったが、1998/9 年度以降全面的に 貸与奨学金に転換された経緯がある。その後、政策転換が行われ 2004/5 年度入学生から現 行の給付制奨学金が復活した。現行の給付制奨学金は、最高年額 1000 ポンドで、家計所得 基準によって減額される仕組みになっている。今後、2006/7 年度の入学生から、授業料の 自由設定制度が導入されることに伴い、この給付制奨学金制度の最高額を大幅に引き上げ て、2700 ポンドとすることになっている。この 2700 ポンドは、英国政府が 2003 年 1 月に 発表した高等教育白書「高等教育の将来」の段階では、授業料減免部分が 1200 ポンド、生 活費充当給付制奨学金が 1000 ポンドとされていたものが、その後の審議過程で全額生活費 充当の給付制奨学金とされたものである。(表 11 給付制奨学金の制度変更点参照) 25 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表 11 給付制奨学金の変更点 出所:文部科学省(2007)「諸外国における奨学制度に関する調査研究および奨学金事業の社 会的効果に関する調査研究」報告書 ② 貸与制奨学金 イギリスの貸与制奨学金制度は、1990 年 4 月の教育法で成立し、1990/1 年度から貸与が 開始された。それまでの給付制奨学金は、1990 年の支給水準に凍結され貸与制奨学金部分 の比率を上げていくこととされた。なお、この時点での返還方式は、日本と同じ元利均等 返還ローンであった。 その後、1998 年の教育・高等教育法により、教育の直接の受給者負担を拡大する方向で、 事前払いの授業料の導入とともに給付制奨学金が貸与制に完全に転換されることとなった。 (表 12 参照) また、この際、貸与制奨学金の返還方式について、従来の元利均等返還方式からオース トラリアがすでに採用していた所得連動返還方式に切り替えられたため、貸与制奨学金は 所得連動返還型ローンと呼ばれている。2006/7 年度以降の所得連動型ローンについては、 貸与限度額を引き上げるとともに、返還開始時点の基準所得を現行の 10,000 ポンドから 15,000 ポンドに上げることとされている。 貸与制奨学金についても、低所得者層により手厚く貸与出来るよう貸与限度額の 75%ま では審査なしで誰でも借り入れ可能であるが、残りの 25%については家計所得基準によっ て貸与額を制限することとなっている。 図表 12 貸与制奨学金の貸与額変更 26 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 出所:文部科学省(2007)「諸外国における奨学制度に関する調査研究および奨学金事業の社 会的効果に関する調査研究」報告書 第3項 アメリカ合衆国の奨学金制度 アメリカ合衆国は世界において最も奨学金制度が充実した国の1つであると言える。そ の給付総額は 1994 年時点で約 470 億ドル、1$=120 円計算で、約 5 兆 6400 億円にも達す る。後述するように、単純比較でも、日本の 10 倍強の規模となっている。受給者は全米で 推計 370 万人にも上り、学生全体の約 7 割が給付を受けている。同様に 2000 年度における 日本の同約 70 万人、受給率約 8.9%を大きく上回っている。 アメリカ合衆国の奨学金システムはその性質から大きく分けて 3 段階に分かれており、 それぞれが、各長所を補完しあうことによって、あらゆる状況の学生に恩恵が及ぶように 設計されている。 ①ペル奨学金 連邦政府が行う低所得者用の給付奨学金である。これは、家庭の所得が一定額以下の場 合に、申請を行えば、ほぼ全員が給付を受けることが出来る公的な奨学金であり、最大で 学費の 6 割までの給付を行っている。ぺル奨学金の給付を受ける学生は 1995 年時点で奨学 金を受ける学生全体の約 30%を占めており、年平均で約 18.7 万円の給付額となっている。 ペル奨学金は給付式であるため、学生やその家庭に負担が及ぶことがなく、学生はこのペ ル奨学金や、州政府・民間独自の奨学金を組み合わせることが可能である。さらに、在学 中の教育費負担をほぼゼロにすることによって、安心して学業に専念することが出来るよ うになっている。 27 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 ②スタンフォード奨学金 これはアメリカにおけるメインの奨学金制度となっている。これは連邦政府が保証人と なって民間金融機関が貸与を行うもので、全体の約 5 割の学生が給付を受けており、総額 は約 220 億ドル(約 2 兆 6400 億円)に達している。 元金の返済は卒業後に行うことになっているが、利子が在学中から発生するため、政府 が利子補給を行うものとそうでないものに分かれており、給付金額は前者で年額 8000 億ド ル(約 96 万円)、後者が年額 10000 ドル(約 120 万円)となっている。民間金融機関は連邦政 府が保証人であるため、安心して貸与することが可能である。また、学生も学費を充分に カバーする金額を受け取ることが出来る。 ③パーキンス奨学金 大学生および、大学院生のみを対象とした年率 5%の利子付き貸与奨学金である。パーキ ンス奨学金は特に学費のかかる大学生以上の学生に対し、ペル奨学金やスタンフォード奨 学金でカバーすることができなかった部分などを保障する、補完的な役割を果たしている。 以上の 3 つの他に、民間独自ローン、州政府独自ローン、大学独自ローン等も存在し、 それらには豊富な奨学金制度が多く、多元的に学生生活を保障している まとめ 諸外国の奨学金制度をまとめると次のようになる。 28 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表13 諸外国の授業料と奨学金制度の改革の特徴 出所:小林雅之(2006)「諸外国における授業料と奨学金制度改革」 第4節 新たな奨学金制度に向けて 第 1 章では、日本の高等教育への進学問題として、低所得者層への援助が必要であるこ とを述べた。またそこから、高等教育機会均等化として、日本の財政現状から貸与型の奨 学金制度が効果的であることが分かった。 第 3 章の第 1 節では、日本学生支援機構の現状と課題について述べた。それによって奨 学金は多くの財源が必要となってくるが、現在の日本学生支援機構は莫大な延滞額により、 我々の高等教育機会均等化に向けての政策は困難であるという結論に至った。第 2 節では、 3 つの大学の大学独自奨学金制度について述べた。我々は、これらの制度は最も日本の財政 に負担がなく、より現実的であると考えた。しかし、大学独自奨学金制度を利用している 学生が尐なく、制限が多いという問題があることが分かった。 第 3 節では、各国の奨学金制度について考察した。それにより、日本の奨学金制度を改 善するための参考になる制度がいくつか挙げられた。 29 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 前章で述べた大学独自奨学金制度の課題・日本学生支援機構の課題を生かし、各国の奨 学金制度を参考にして以下 6 つの条件をクリアした、高等教育機会均等化を目指した新し い大学独自奨学金制度を第 4 章でシミュレーション結果を基に提案することとする。 1) 大学と銀行が提携した奨学金制度であること。 2)親の所得に関わらず、誰でも奨学金を借りることが出来る制度を取り入れるために、契 約者は学生本人とすること。 3)奨学金を借りる人数を制限しないこと。 4)財源がない大学でも取り入れることがの出来る奨学金制度にすること。 5)現行の奨学金返済方法を見直し、延滞債権額をなくす返済方法にすること。 6) 将来の返済に不安を持たない返済方法にすること。 30 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第4章 新たな奨学金制度の シミュレーション・分析 本章では、様々なパターンの貸与・返済についてシミュレーションを行い、分析してい くこととする。第 1 節では、どの位の貸与をすれば無理のない返済が出来るかについてシ ミュレーションを行い、考察する。また、第 2 節では、現在大学に在籍している全学生が シミュレーションで行った奨学金を全額借りることを仮定し、銀行でその全学生数を賄う ことが出来るかについての分析を行う。 第1節 新たな奨学金制度のシミュレーション 第1項 シミュレーション方法1 本項で大きく6つの条件にそってシミュレーションを行う。 1) 大学在学中に必要な費用を、国公立・私立・自宅通い・下宿別・私立大学を学部別に分 けて算出する。 2) 貸与金額は在学 4 年間にかかる授業料(入学金・施設設備費を含む)と4年間の生活費 とする。 3) 金利を、銀行の教育ローンと I 大学奨学融資制度を参考に最低 1.5%の時と、最高 2.5% とする。 4) 1の結果に2で設定した金利をかけあわせ、男女別の返還終了までの年数、返還終了 までの金利を含めた金額を算出する。 5) 大学在学中にかかる金利は卒業後に返還する。 6) 年収が 270 万円以下の場合は返済義務を課さない。 7) 返済割合を所得を参考に連動させる。⁹ 条件 3 の金利設定であるが、現在日本学生支援機構の利率は平成 23 年度 10 月現在 0.4% である。月によって利率は変動するが、平成 22 年度の利率は平均 0.47%、平成 21 年度平 均は 0.73%と 1%を切っている。日本学生支援機構の利率は比較的低いが、銀行と提携す 31 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 るとなると、利率は高くなる。前章で紹介した I 大学奨学融資制度の利率は平成 23 年度 10 月現在 1.95%である。銀行から直接教育ローンを組むと、利率は 5%程度とかなり高いが、 大学と提携することによって、銀行の利率は低くなる。よって、このことから大学を通し た奨学金制度は学生にメリットのある制度と言える。我々はこのデータ結果から、金利の 変動に対応させるため、金利が高くなることを想定した 2.5%と、低金利を想定した 1.5% の時のシミュレーションを行う。 (参照:図表 14) 図表 14 返済割合17 年収 年収に対する 年間返済額 返済額の割合 0 円~270 万円 返済義務なし 271 万円~310 万円 6.5% 176,150 円~201,500 円 311 万円~340 万円 7% 217,700 円~238,000 円 341 万円~360 万円 7.5% 255,750 円~270,000 円 361 万円~390 万円 8% 288,800 円~321,000 円 391 万円~420 万円 8.5% 332,350 円~357,000 円 421 万円~440 万円 9% 378,900 円~396,000 円 441 万円~480 万円 9.5% 418,950 円~456,000 円 481 万円~520 万円 10% 481,000 円~520,000 円 521 万円以上 10.5% 781,500 円~ 返済義務なし 図表 15 は、大学卒業者における生涯平均年収である。きまって支給する現金給与額(1 カ月 分)の数値から年間額を算出し、その結果に年間賞与その他特別給与額を加えた。 17 この返済割合は HECS の制度を参考とした。ただし、本論文で扱う返済額は、HECS よりかなり大きい。そこで、 現実的な返済方法にするために、返済割合の上限を 10.5%とした。 32 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表 15 年齢・性別 平均年収18 (単位:円) 男 女 20~24 歳 3,230,800 3,069,400 25~29 歳 4,191,800 3,732,100 30~34 歳 5,134,800 4,210,400 35~39 歳 6,127,800 4,807,700 40~44 歳 7,413,200 5,507,500 45~49 歳 8,095,400 5,760,700 50~54 歳 8,245,700 5,933,000 55~59 歳 7,896,400 5,923,200 60~64 歳 5,955,100 6,340,300 65~69 歳 6,298,100 6,075,900 図表 16 は、生活費の合計額である。その内訳は食費、住宅・光熱費、保健衛生費、娯楽・ 嗜好費、その他の日常費となっている。 図表 16 国公立大・私立大別に分けた 1 年間(12 カ月)生活費平均額19 国公立大 私立大 自宅 363,900 391,300 下宿 1,066,300 1,031,700 (単位:円) <私立大学学部 初年度にかかるお金(平成 21 年度)> 私立大学の学部分類20 文科系・・・文・教育、神・仏教、社会福祉、法・商・経 理科系・・・理・工、薬、農・獣医 医歯系・・・医、歯 その他・・・家政、芸術、体育、保健 18 図表 15 は、厚生労働省 平成22年賃金構造基本統計調査(全国) 一般労働者 19 JASSO 平成 20 年度学生生活調査 調査結果 産業大分類を参考にした。 1-1 移住形態別収入平均額及び学生生活費の内訳(大学昼間部)を参 照した。 20分類方法としては文部科学省の「平成 21 年度私立大学入学者にかかる初年度学生納付金平均額(定員 1 人当たり)の 調査結果について」を適用した。 33 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表 17 は私立大学を学部別に分類した初年度におけるお金である。 図表 17 私立大学学部 初年度のおけるお金(平成 21 年)21 (単位:円) 授業料 入学料 施設設備費 合計 文科系学部 736,938 256,378 158,662 1,151,978 理科系学部 1,037,190 272,203 190,416 1,499,808 医歯系学部 2,968,656 1,009,619 1,002,536 4,980,811 その他学部 934,559 278,279 249,858 1,462,696 出所:文部科学省 図表 18 は図表 17 を参考に初年度におけるお金(入学金+授業料+施設設備費)と 2 回 生から 4 回生までの授業料と施設設備費を足した総額である。 図表 18 私立大学学部(4 年生大学)における授業料総額(平成 21 年) (単位:円) 文科系学部 3,838,778 理科系学部 5,182,627 医歯系学部 16,894,387 その他学部 5,015,947 図表 16 における私立大学の自宅・下宿生の生活費データと、図表 18 の私立大学部別の 授業料総額を合わせた額が図表 19 である。 図表 19 4 年間総額(入学金+4 年間授業料・施設設備費+4 年間生活費) (単位:円) 文科系学部+自宅生 5,403,978 文科系学部+下宿生 7,965,578 理科系学部+自宅生 6,747,827 理科系学部+下宿生 9,309,427 医歯系学部+自宅生 18,459,587 医歯系学部+下宿生 21,021,187 その他+自宅生 6,581,147 その他+下宿生 9,142,747 21 1 年間の私立大学授業料は、日本学生支援機構 平成20年度学生生活調査 1-1 表 生活費の内訳(大学昼間部)を参照した。 34 居住形態別収入平均額及び学生 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 <国公立大における 4 年間授業料>22 入学金(円)+年間授業料 536,216 円×4 年間=2,320,200 円 また、私立大と同じ計算方法で、国公立大における4年間総額の授業料と生活費を計算 した金額が図表 20 である。 図表 20 国公立大学 4 年間総額(授業料+生活費) (単位:円) 自宅生 3,775,800 下宿生 6,585,400 我々はシミュレーション結果から、医歯系学部の授業料と生活費を全て貸与した場合、 貸与額が多額であり、金利額も莫大な金額になることから返済不可能であることが分かっ た。今回は医歯系学部については考えず、医歯系学部を除いた文科系学部・理系学部・そ の他の学部のみのシミュレーションを行う。(医師系学部については補論を参照)そして、 授業料と生活費を全額分貸与した場合、どの位の期間で返済可能かについて考察すること とする。 まずは、1 番貸与額が高く、返済期間が長い理系学部・下宿生の女についてシミュレーシ ョンを行った結果、金利が 1.5%の時返済期間は 28 年(50 歳で返済完了23)金利が 2.5% の時の返済期間は 34 年(56 歳で返済完了)とかなりの返済年数に及ぶことが判明した。こ の結果から、我々は貸与額の見直しをし、その中でも生活費に注目した。大学生の休暇期 間は春・夏・冬と長期間の休暇があり、その休暇中に学生はアルバイト等をすることが出 来るため、休暇期間中の生活費は自らで算出出来ると考えた。第 2 項のシミュレーション では、生活費については 1 年に 12 カ月分支給するのではなく、休暇期間を除いた 9 カ月分 を支給することとする。 第2項 シミュレーション方法2 前項で述べたように本稿では、生活費は年間 9 カ月分のみを貸与することにし、シミュ レーションを行う。 図表 16 で算出した、1 年間の生活費から、9 カ月分を算出したものが図表 21 である。 22 「国立大学等の授業料その他の費用に関する省令(平成 16 年文部科学省例一六号)に定める「標準額」を踏まえつつ、 格大学法人が「一定の範囲内」で定める事となっている。標準額 535,800 円・・・81 大学が標準額と同額の授業料(平成 21年度) 平均入学料(89 大学)・・・282,000 円 平成 21 年度における公立大学年間平均授業料(75 大学)・・・536,632 円 23返済開始年齢を 23 歳からと仮定する。 35 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表 21 国公立大・私立大別お 9 カ月分の生活費 (単位:円) 国公立大 私立大 自宅 272,975 293,472 下宿 799,722 773,775 図表 21 における私立大学の自宅・下宿生の生活費データと、図表 18 の私立大学部別の 授業料総額を合わせた額が図表 19 である。 図表 22 4 年間総額{授業料+施設設備費+生活費(9 カ月分) } (単位:円) 文科系学部+自宅生 5,012,666 文科系学部+下宿生 6,933,878 理科系学部+自宅生 6,356,515 理科系学部+下宿生 8,277,727 医歯系学部+自宅生 18,068,275 医歯系学部+下宿生 19,989,487 その他+自宅生 6,189,835 その他+下宿生 8,111,047 図表 20 の国公立大における4年間総額の授業料と図表 21 の9カ月分の生活費を計算し た金額が図表 23 である。 図表 23 国公立大学 4 年間総額{授業料+生活費(9 カ月分)} (単位:円) 自宅生 3,411,900 下宿生 5,519,088 第3項 シミュレーション結果 図表 24・25 は私立大学男女、図表 26・27 は国公立大学の男女のシミュレーション結果 である。金利を 1.5%と 2.5%の場合を想定し、大学卒業後の 23 歳から返済したとしたとし た時に、何歳で返済終了となるかを記載した。 36 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 <私立大学> 図表 24 男 返済終了年数 金利 1.5% 金利 2.5% 文科系・自宅生 14 年 (36 歳) 15 年 (37 歳) 文科系・下宿生 18 年 (40 歳) 20 年 (42 歳) 理科系・自宅生 17 年 (39 歳) 19 年 (41 歳) 理科系・下宿生 21 年 (43 歳) 23 年 (45 歳) その他・自宅生 18 年 (40 歳) 19 年 (41 歳) その他・下宿生 20 年 (42 歳) 23 年 (45 歳) 金利 1.5% 金利 2.5% 文科系・自宅生 17 年 (39 歳) 19 年 (41 歳) 文科系・下宿生 22 年 (44 歳) 25 年 (47 歳) 理科系・自宅生 20 年 (42 歳) 23 年 (45 歳) 理科系・下宿生 26 年 (48 歳) 31 年 (53 歳) その他・自宅生 21 年 (43 歳) 24 年 (46 歳) その他・下宿生 25 年 (47 歳) 29 年 (51 歳) 金利 1.5% 金利 2.5% 自宅 11 年(33 歳) 12 年(34 歳) 下宿 16 年(38 歳) 17 年(39 歳) 金利 1.5% 金利 2.5% 自宅 13 年(35 歳) 14 年(36 歳) 下宿 19 年(41 歳) 21 年(43 歳) 図表 25 女 返済終了年数 <国公立大学> 図表 26 男 返済終了年数 図表 27 女 返済終了年数 37 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 シミュレーション結果から、最も返済期間がかかる学生は私立大・理科系学部・下宿・ 女のパターンである。金利が 2.5%の時は返済期間が 31 年と長期にわたる。このシミュレ ーションは、大学生活4年間にかかるすべての金額を貸与すると想定した、最もお金がか かるパターンである。よって、例えば、生活費が必要ない学生や、授業料全額分を借り入 れする必要がない学生は、返済期間がさらに縮まるであろう。また、現在女性の社会進出 や、定年退職年齢の伸びによって、31 年という数字は必ずしも返済不可能な数字ではない。 第2節 銀行で賄える予算 本節では、大学に通っている学生全員が、第1節で行なったシミュレーションの金額を 借りると仮定した場合、日本の銀行で、予算の面で運用可能かどうかを考察する。 図表 28 は、現在の日本全国の銀行預金・譲渡性預金・貸出金月末残高である。全国銀行・ 都市銀行・地方銀行・信託銀行の総合計金額は 826 兆 2,474 億円である。 図表 28 預金・譲渡性預金・貸出金月末残高24 貸出金 (単位:億円) 全国銀行 都市銀行 地方銀行 地方銀行 信託銀行 4,164,308 1,762,478 1,574,786 435,488 325,414 出所:一般社会法人全国銀行協会 金融調査部(2001 年 10 月末)「全国銀行預金・貸出金等 速報」 次に大学生の人数を、大学別・学部別・男女別・に算出し、我々がシミュレーションで 設定した、学生が 4 年間の授業料と生活費全額を借入したと想定する全借入金額を算出す る。 図表 29 は国立大・公立大・私立大別に分けた自宅生、下宿生の割合である。図表 30 の 大学の関係学科別学部学生数で、図表 29・30 のデータから、大学の関係学科別・自宅、下 宿生別の学生数を算出したものが図表 31 である。次に図表 32 の大学卒業時借入総額は図 表 22、23 から大学在学中にかかる利子分を合わせた総合計である。また、図表 31 と図表 32 から算出したものが大学全学生借入金総額である。 24 1.全国銀行とは、都市銀行 6 行(みずほ・三菱東京UFJ・三井住友・りそな・みずほコーポレート・埼玉りそな)、 地方銀行 64 行、地方銀行Ⅱ(第二地方銀行協会加盟の地方銀行)42 行、信託銀行 6 行(三菱UFJ信託・みずほ信託・中央 三井信託・住友信託・野村信託・中央三井アセット信託)、新生銀行、あおぞら銀行の 120 行である。 38 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表 29 居住形態別学生数(大学学部(昼間部) )(単位:%) 自宅 下宿 国立大 33.1% 66.9% 公立大 42.4% 57.6% 私立大 59.7% 40.3% 平均 54.1% 54.9% 出所:独立行政法人日本学生支援機構(2008)「平成 20 年度学生生活調査」 図表 30 大学の関係学科別学部学生数 (単位:人) 男 女 男女合計 <国立大> 293,017 161,636 454,653 <公立大> 53,564 60,564 114,128 697,617 524,059 1,221,676 理系 267,158 37,174 304,332 その他 147,950 238,412 386,362 <私立大> 文系 出所:文部科学省(2008)「学校基本調査」 図表 31 大学の関係学科・学部別、自宅・下宿生別学生数 (単位:人) 自宅 下宿 <国立大> 150,490 340,163 <公立大> 48,390 65,738 <国公立大> 198,880 369,901 <私立大>文系 729,341 492,335 理系 181,686 122,646 その他 209,022 212,113 39 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表 32 大学卒業時の借入総額(金利:2.5%) (単位:円) 国公立大 文系 私立大 理系 その他 自宅 3,821,871 下宿 6,064,092 自宅 5,344,074 下宿 7,388,402 自宅 6,774,668 下宿 8,818,995 自宅 6,597,549 下宿 8,641,876 図表 33 大学全学生借入金総額 (単位:円) 自宅 下宿 計 760,095,290,556 2,243,111,178,294 3,003,206,468,850 <私立大>文系 3,897,649,987,970 3,637,572,060,906 7,535,222,048,876 理系 1,230,863,712,280 1,081,612,661,695 2,312,476,373,975 その他 1,379,031,844,665 1,833,051,979,816 3,212,083,824,482 7,267,640,835,472 8,795,347,880,711 16,062,988,716,184 <国公立大> 計 この結果から、約 16 兆円ということが判明した。これは図表 28、現在の日本全国の銀行 預金・譲渡性預金・貸出金月末残高から考えてみても可能であることが分かる。 第1節のシミュレーションでは、大学在学中に掛かる費用とその返済終了までの期間を 算出した。第2節のシミュレーションでは、実際に、現在、4年制大学に在学している者 全員が奨学金を希望した場合、銀行で賄うことが出来るかを検証した。その結果、我々の 目指す、新たな奨学金制度の導入が可能であるという結果に至った。そこで、第 5 章では、 具体的な政策提言を行う。 40 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第5章 政策提言 第 1 章では親の所得が子の大学進学に影響を与えることを問題意識として挙げた。 また、 各国と日本の高等教育援助政策を比べ、日本の高等教育における学生支援体制はあまり整 備されていないことを述べた。本章では、第 4 章のシミュレーション結果に基づいて、大 学と銀行が提携し多くの学生に奨学金を貸与することで高等教育機会均等化を実現させる 政策を提言する。 政策提言の1つ目としては、大学が銀行と提携した奨学金制度についてより詳細な制度 導入について提言する。 政策提言の2つ目としては、新しい返済方法について提言し、それによって滞納金問題 や、奨学生の奨学金返還に対する将来の不安を取り除くことを目的とする。 第1節 第1項 政策内容 政策提言Ⅰ:大学が銀行と提携した奨学金制度導入 銀行と大学が提携し、大学が奨学生を募る。銀行と奨学生の仲介として、奨学金手続き 等の支援を行う。そして、学生が奨学金を銀行から借りる際に、大学が保証人となる。 具体的な大学独自奨学金制度の条件として、以下の 8 点を定める。 1)奨学生数に制限を設けない。 2)奨学生として判断する基準としては、学力・評定・親の所得では審査を行わない。 個人の意思のみでの貸与の形となる。 3)名義は本人(学生) 。 4)貸与型の奨学金制度。 5)大学と提携している各金融機関と名義本人の間の保証人は大学とする。 6)貸与する金額は年ごとに支払われる。 7)貸与する際は、授業料・生活費を全て奨学生の口座に振り込むのではなく、授業料 は大学の口座に支払うことにする。 8)貸与する金額は上限を定め、その範囲内で各自が希望する金額を借りる。 まず、1) 、2) 、3)の条件については、第 3 章の図表 6 にあるように、日本学生支援機 構等で奨学金を希望したが借りることが出来ない学生がいるという問題点を改善するた めである。奨学生数をすることを制限することは、機会均等化の妨げとなりかねない。2) の学力・評定・親の所得で審査を設けないことで、学力は低いものの、大学で学ぶ意思が ある学生に大学進学をサポート出来る。3)では奨学金の名義を親ではなく、学生本人と することによって、親の所得に関わらず、奨学金を借りることが出来る。名義を親にする 41 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 と、親が金融機関のブラックリストに載っている学生は、奨学金を受ける資格が無くなる。 次に 4)は、大学が 2 銀行と提携した奨学金制度の必要条件である。であるため、給付型 は不可能である。よって、貸与型奨学金制度を導入することとする。 5)の条件は、親を保証人とした場合、親の所得によって奨学金を借りることのできない 学生が出てくることを防ぐための施策である。 6)は、融資総額は決まっていても実際に必要とする時期が異なることを考慮した条件で ある。まとめて貸与するのではなく、毎年ごとに支払うことにする。 7)の制度は、授業料と生活費を学生の口座に全て振り込むことでそれ以外の用途にこの 資金を使うことが起こらないようにするための施策である。 8)は、返済不可能な学生やこの資金を教育以外の用途に使う学生が生まれることを防ぐ施 策である。上限は図表 34 を参照とする。 図表 34 最高貸付額 (単位:円) 自宅 3,400,000 5,000,000 文科系学部 5,000,000 6,900,000 理科系学部 6,300,000 8,200,000 その他 6,100,000 8,100,000 国公立大 私立大 下宿 ところで、この制度が機能するためにはこの制度に関わる全てのステークホルダー、つ まり、奨学生、大学、銀行、にメリットがあることが不可欠となる。奨学生にとってのメ リットは、従来の学力、評定の判定等はなく、親の所得に関わらず奨学金を全員が借りる 資格があること、および、生活費の一部、授業料の一部ではなく、4 年間の授業料、生活費 を全額借りることで、大学の学業に専念し大学教育の価値を最大限に利用することにある。 また、大学にとってのメリットは授業料が高い私立大学においても奨学金制度を設立する ことによって、親の所得に関わらず、大学に進学できるため、定員割れの大学の減尐、進 学率の上昇に繋がること、および、進学率の上昇に伴い、より多くの学生を育成する機会 を与えられることである。 一方、銀行にとってのメリットは、奨学生が奨学金を借りた銀行の口座を開設すること によって、卒業後も、引き続き口座を利用し続ける可能性が高まること、および、大学が 保証人になることで、個人に貸す場合のリスクがかなり回避出来ることである。 42 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 第2項 政策提言Ⅱ:奨学金返済方法の変更 前章でも述べたように、現在の奨学金返済に不安を持っているため、奨学金を借りるこ を躊躇う学生がいるという現状がある。また、第 3 章の第 1 節第 4 項で日本学生支援機構 の問題点として挙げた、奨学金延滞額問題から、我々の政策提言導入にあたって、この問 題点を解決する必要がある。以上のことから政策提言Ⅱとして、所得連動型返済システム の導入を提言する。 具体的な奨学金返済方法の条件として、以下の 8 点を定める。 1)所得連動型返済システム制度の導入。 2)返済は税徴収システムを導入し、奨学生本人が納税者番号を大学側に提示する。そして 所得税とともに徴収したのち銀行に返済される。 3)所得の一定割合を源泉徴収の形で徴収する。図表 14 の返還割合を用い、支払能力に応 じた返還を行う。 4)一定水準の所得を越えなければ返済の義務がなく、猶予期間が与えられる。 5)所得連動型で定めている返済額はあくまでも最低支払額であり、それ以上の額を支 払うことも可能である。 6)利率を 1,5~2.5%の間で固定。 7)返済は月ごとに徴収される。 8)最長返済期間は 65 歳までとする。 1)の所得連動型返済制度は、滞納者問題の解決に効果的である。これは、1989 年にオ ーストラリアの HECS で初めて導入され、各国が続いて取り入れている。芝田(2006)は、 理論的には所得連動型返還方式が最も優れていて、今後その導入の可否について研究が行 われることが必要であると述べている。しかし、未だ、我が国において、このシステムの 構築は成されていない。我々は、HECS に習い、学部の区分・所得に応じた返済割合を日 本の購買力平価に合わせて設定する。しかし、HECS における奨学金は、無利子なため、 日本に導入すると、返済額、返済年数が多額となる。つまり、そのままの運用は不可能な ため、我々は、日本独自の年間所得返済割合を構築する必要がある。 2)は返済金の流れを特定化した条件であるが、実際に徴収を行うのは返還対象者を雇用 している雇用主である。具体的な事務の流れは、銀行が返還を要する卒業生の情報を歳入・ 関税庁に報告し、同庁が雇用主に報告することとする。徴収された返済金は歳入・関税庁 から銀行へ収められる。返還者の追跡管理に関しては、納税者番号を用いることとする。 これによって、より確実でスムーズな返還が可能となる。 3)の条件については、返済期間を縮めたい者は、返済割合に関わらず、自ら金融機関に 43 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 申請することによって、返済割合の変更が出来る制度である。 4)の条件は、利率に上限と下限を定めるものである。現在、大学を通さない金融機関の 教育ローンは高い利率であるが、大学を通した金融機関の教育ローンの利率はかなり低い 数字となっている。また、金融機関は大学と提携することによって、宣伝せずとも多くの 学生が借りることが出来る。さらに、この制度を取り入れることにより、現在より金融機 関から奨学金を借りる学生が増え、利率を低くしてもメリットは大きいことが予想される。 また、第 3 章の図表 9 の統計からも明らかなように、奨学金滞納者の年収の割合は、延滞 額に多大な影響を及ぼしている。よって我々は、返済割合の決定事項として、HECS の制 度を参考にし、年収 270 万円以下の人には奨学金返済義務を課さないこととする。 5) 、6) 、7)の条件については、説明通りである。 8)の条件は、我々のシミュレーションでは、私立大・下宿・女の返還終了年数が 53 歳 (31 年)と最も長かったことから、定年退職の年齢である、65 歳(43 年)を最長返済期 間とする。 以上、我々は、大学が銀行と提携した奨学金制度の導入、奨学金返済方法の変更、2 つの 政策提言を行った。図表 35 は政策提言の一連の流れである。所得連動型奨学金制度のパン フレットの一連を付録で紹介した。この 2 つの政策により、最終的に高等教育の機会均等 化が図られることを期待したい。 44 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 図表 35 大学独自奨学金制度の流れ 45 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 補論 我々の返済シミュレーションで検証した結果、私立大学医歯系学部の授業料・生活費の 全貸与総額は、それぞれ自宅生 18,459,587 円、下宿性 21,021,187 円となり、完済するこ とは不可能だという結論に至った。よって、私立大学医歯系学部は我々の奨学金制度の対 象外とする。 しかし、私立大学医歯系学部の進学を希望する者に対しては、全額は不可能であるが、 上限を設けて貸与する。上限は、医歯系学部以外で最も返済金額が高額である、私立大・ 理系学部・下宿の 8,277,727 円を参考にする(参照:図表 22) 。 私立大学医歯系学部については、入学者数を見ると、私立大は 5,055 人に対して、国公 立大学は約 2 倍の 10,366 人であった。 (図表 36 参照)このデータから、医歯系学部は私立 大より国公立大の方が入学者数は多く、進学出来る可能性が高いことが判明した。このこ とから、私立大学医歯系学部進学希望の学生は学費の低い国公立大に進学出来る可能性を 提供されている。しかし、我々の描く将来のビジョンとしては、私立大医歯系学部の学生 に対しても、なんらかの形で、授業料・生活費の全額貸与が必要であると考えている。そ の実現のためには、授業料の減額や、高等教育における公的補助などの措置が必要である。 図表 36 大学の学部別入学状況 (単位:人) 計 区分 国立 入学 入学 入学者 希望者 医学部 (群) 歯学部 134,814 8,473 1 2,250 私立 入学 入学者 希望者 13,17 公立 入学 入学者 希望者 47,377 8,525 5,227 3,042 606 504 入学者 希望者 1,11 5 120 82,210 3,531 4,927 1,524 出所:文部科学省(2011)学校基本調査 46 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 付録 1.以下の付録は、本稿の政策提言を実際に導入する事を想定した、奨学金貸与要項であ る。 1.対象者 ・大学に在籍している者、または大学進学予定者。 ・年収等の所得審査・学力審査は設けない。 2.資金使途 提携大学の授業料と生活費 ・授業料は大学に直接振り込み、生活費分のみを当銀行の奨学 生専用口座に入金する。 ・毎年の更新が必要で、大学在籍が絶対条件である。 3.お借入期間 最長 4 年 4.保証人 在学している大学 5.名義 学生本人 7.返済方法 ・提携していた金融機関に月賦で返還。 ・返済は、毎月支給される給料額から換算した返済割合額と利 息を合わせて同金額が天引きされる。 ・返済割合に達しない所得の場合、返済額は利息分のみ。 8.金利 変動金利方式を適用する。 (上限 2%とする) 9.申し込み時に用意する ① もの ① 本人であると確認出来る資料のコピー 印鑑 ② 学在学証明書又は大学入学証明書 2.返済シミュレーション例 1.金利:2.5% 2.貸与額(金利を含む) :8818995 円 3.返済方法;図表 14 を参照 4.年収;図表 15 参照 5.奨学生対象者:女・私立大学・理科系学部・下宿 47 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 女 返済額 その年の 金利合計額 返済残高 23 歳 6.5% 199511 9039470 8839959 24 歳 199511 9060958 8861447 25 歳 8% 298568 9082983 8784415 26 歳 245552 9004026 8758474 27 歳 245552 8977435 8731883 28 歳 245552 8950180 8704628 29 歳 245552 8922244 8676692 30 歳 8.5% 357884 8893609 8535725 31 歳 357884 8749119 8391235 32 歳 357884 8601015 8243131 33 歳 357884 8449210 8091326 34 歳 357884 8293609 7935725 35 歳 9.5% 456732 8134118 7677386 36 歳 456732 7869321 7412590 37 歳 456732 7597904 7141173 38 歳 456732 7319702 6862971 39 歳 456732 7034545 6577813 40 歳 10.5% 578288 6742259 6163971 41 歳 578288 6318071 5739783 42 歳 578288 5883278 5304990 43 歳 578288 5437615 4859327 44 歳 578288 4980811 4402523 45 歳(5760700) 604874 4512586 3907713 46 歳 604874 4005406 3400532 47 歳 604874 3485545 2880672 48 歳 604874 2952689 2347815 49 歳 604874 2406510 1801637 50 歳(5933000) 533970 1846678 1312708 51 歳 533970 1345526 811556 52 歳 533970 831844 297874 53 歳 533970 305321 (228649) 48 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 49 ISFJ政策フォーラム2011発表論文 17th-18th Dec. 2011 参考文献 ≪単行本≫ ・ 経済協力開発機構(OECD) (2010)『図表で見る教育 OECDインディケータ(2010)』 株式会社浜松プロセス ・ 福田誠治(2007)『競争しても学力行き止まり』(出版社 朝日新聞社) ・ 福田誠治(2008)『子どもたちに未来の学力』を(出版社 東海教育研究所) ・ 福田誠治(2006)『競争やめたら学力世界一』(出版社 朝日新聞社) ・ 厚生労働省『賃金センサス』 ・ 文部科学省『学校基本調査報告書』 ・ 労働政策研究・研修機構 『データブック国際労働比較』 ・ 文部科学省『学校基本調査報告書』 ・ 労働政策研究・研修機構 『データブック国際労働比較』 ・ 文部科学省『学校基本調査報告書』 ・ 労働政策研究・研修機構 『データブック国際労働比較』 ・ 小林雅之(2009)『大学進学の機会 均等化政策の検証』(出版社 東京大学出版会) ・ 犬塚典子(2006)『アメリカ連邦政府による大学生経済支援政策』(出版社 東信堂) ≪論文・web 等≫ ・ 独立法人日本学生機構「平成20年度学生生活調査結果」 http://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/data08.html ・ 独立法人日本学生機構貸与終了から返済までの流れ http://www.jasso.go.jp/henkan/flow/index.html ・ 独立法人日本学生機構「平成19年度 奨学事業に関する実態調査の結果」 http://www.jasso.go.jp/statistics/syogaku_chosa/gaiyou_19.html ・ 厚生労働省「H22 賃金構造基本調査」 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