第 11 回

情報産業論
電子商取引と新ビジネス
第 11 回 電子商取引、B to B から e マーケットプレイスへ
1、インターネットと電子商取引
(1)インターネットの普及と電子商取引
インターネットの普及に代表される IT 革命は新たなビジネスを登場させた。
その代表的なものが、インターネット等の情報ネットワーク上で財やサービス
の売買などの取引を電子的に行う電子商取引であり、Electronic Commerce や
e- Commerce、EC と呼ばれる。これは情報通信産業に止まらず、既存の企業の
取引までも情報化、電子化していく点で情報化社会におけるビジネスの変化を
象徴するものであろう。
電子商取引は大きく 3 つに分けられ、企業同士の取引を B to B(Business to
Business)または B2B、企業・消費者間の取引を B to C(Business to Consumer)
または B2C と呼び、またネットオークションに見られるような消費者同士の取
引を C to C(Consumer to Consumer)と呼ぶ場合もある1。
インターネット人口の拡大とともに電子商取引市場も急速に拡大しており、
2004 年(平成 16 年)の世界の電子商取引市場規模は 2 兆 3,670 億ドルから 2
兆 8,100 億ドルと予測されている。日本でも、総務省統計局平成 15 年の調査結
果によると、B2B は 77 兆円、B2C は 4.4 兆円であり、12 年と比べて B2B 市場
は 3.5 倍、B2C 市場は 5.4 倍と順調に拡大している(第 10 回参照)。
(2)電子商取引と企業間格差
IT バブルの崩壊にも関わらず電子商取引 は着実に拡大し、現実のビジネス
のありかたを変えつつあるといえる。同時に電子商取引の導入に関しても企業
規模による企業間格差がはっきりと表れている。
電子商取引(B2B、B2C)の実施状況については、100∼299 人の企業では 36.9%
であるが、2,000 人以上の企業では 53.7%にまで高まる(図 11-1)。
1
このほかに、インターネット上で人材派遣や製品売買の仲介を行なうサービスや、株式
などの金融商品をインターネット上で売買するオンライントレードなども、B to C の代表
的な例である。C to C 電子商取引は Web サイト上でオークションを行なうオンラインオー
クションが代表的である。また近年のブログの急成長により、個人がブログを使って販売
をするアフィリエイトと呼ばれるビジネスも登場し、これも C to C の一種と言えるであろ
う。
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電子商取引と新ビジネス
図 11-1 電子商取引の従業員規模別実施率
図 11-2 従業員規模別インターネット利用率
なお、インターネットの利用率については、全社的な利用と一部の事業所又
は部門での利用を合わせるとすべての階層の企業で 100%近くとなっており、規
模による格差は解消されつつある(図 11-2)。
2、B to B から e マーケットプレイスへ
(1)かんばん方式から SCM、e マーケットプレイスへ
1990 年代のアメリカの産業は、特に自動車産業は日本の「かんばん方式」を
積極的に導入し学ぶと同時に、IT=情報通信技術で強化してきた。その代表的な
ものがアメリカ最大手の自動車メーカーGM(General Motors)の戦略である。
GM は 1990 年代の初めに日本の自動車メーカーに積極的に経営者や技術者を派
遣し、トヨタの生産方式である「かんばん方式」の研修を行った。そしてその
「かんばん方式」をそのまま生産過程に導入するのではなく、90 年代から始ま
ったアメリカの IT=情報通信技術の革新によるネットワーク技術を駆使するこ
とによって SCM(Supply Chain Management)へと進化させていった2。SCM
は基本的には、インターネットを利用することによって取引先企業と情報を共
有化し、製品・資材の受発注、生産から販売、代金支払までの統合を実現する
ものであるが、これらの取引にインターネット=オープン・ネットワークを利
用することによって従来の取引先を超えた企業との取引も可能になってくる。
日本の「かんばん方式」の前提である「系列」外の企業からより安価で的確な
資材や部品の調達を迅速に行うことが可能になるのである。むしろ「系列」を
持たないアメリカ企業であったからこそ、ネットワーク技術を駆使する SCM の
GM は 1999 年にその戦略を e-GM と定義し(GM から e-GM に生まれ変わった)、自動
車の製造だけでなく販売に至るまでの過程を SCM によって統合化し、将来的には消費者が
自分の好みに応じた車を注文し、それを1週間以内で製造・販売できる体制を構築すると
している(e-GM 社長マーク・T・ホーガン氏の 2000 年度年頭辞令より)
。
2
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電子商取引と新ビジネス
導入がスムーズであったと言えよう3。
この SCM の導入はさらに、インターネット技術を活用した企業間の「オープ
ン」な電子商取引=BtoB と呼ばれるようになり、さらにその取引形態の一つと
しての e マーケットプレイス4が注目されるようになった。これは BtoB からさ
らに発展し、多数の売り手企業と多数の買い手企業間で形成される電子取引市
場と定義され、上記の GM のネットワーク戦略に対応している。GM は 1999
年 12 月にインターネット上で必要な製品・資材の発注を行うだけでなく、その
仕様などを公開し、部品製造企業の入札によって調達先を決めるオークション
機能を備えたネット調達サイトである Trade Exchange を立ち上げた。次いで
Ford が Auto Exchange を立ち上げ、2000 年 3 月にはこの二つのネットが統合、
さらに DaimlerChrysler が加わった巨大な共同調達サイト COVISINT が出現
することになった5。BtoB の中でも、特にインターネットの「オープン・ネッ
トワーク」技術を最大限に活用し、電子上で不特定多数の企業との取引を行お
うというのである。
(2)巨大企業ネットワークとしての e マーケットプレイス
日本でも 2000 年以降にこうした e マーケットプレイスが、自動車部品、電子
部品、鋼材などの製造業や運輸・流通業を中心に成立し始めた。代表的なもの
が鋼材や特殊鋼などの製造部品の調達を扱うサイトである「鋼材ドットコム」
や特殊鋼サイバーマーケット「てっちゃん」が代表的なものである。また、求
貨・求車・求庫情報システムであり、貨物情報、空トラック情報、空倉庫情報
SCM の導入事例に関しては GE(General Electronic)によるインターネット上の部品調
達システム TPN(Trading Process Network)の事例がより先進的であり、GE グループの
他、外部企業にも利用サービスを提供している。またパソコンメーカーの Dell も SCM の
導入により生産計画の組み替え期間を 1 ヶ月単位から 1 週間以内に圧縮した。もちろん日
本でも 90 年代末から 2000 年にかけて SCM の導入は製造業を中心に積極的に進んでいる。
例えば NEC は、2003 年 1 月にコンピュータ事業ライン統合 SCM システムを構築し、稼
動させ、資材調達から配送までの SCM 全体の「かんばん方式」による統合管理を実現し、
また、市場動向に即応した意思決定などを可能にしている。NEC では新システムの導入に
より、受注リードタイムの約 30%短縮、在庫日数の約 50%圧縮、現在 3∼5 日要している、
生産計画の更新から部材業者への情報提供を、数時間に短縮するなどの効果を見込み、変
動対応力強化を目指すとしている。
4 多数企業対多数企業の取引パターンである e マーケットプレイスは、
複数の買い手と売り
手が取引する仮想市場と想定される。電子商取引推進委員会(ECOM)はeマーケットプ
レイスの定義を「売り手と買い手が、ともに複数の企業が利用する、インターネット技術
を用いたオープンな電子商取引の共通プラットフォームシステム」としている(平成 13 年
度 ECOM 成果発表研究会より)。新規の取引先を確保できる確率が高く、多くの買い手や
売り手の中から取引相手を選ぶことが可能である。
5 日本の自動車メーカー、トヨタ、日産、いすゞもこのグローバルな e マーケットプレイス
である COVICINT に加わっている。
3
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電子商取引と新ビジネス
をインターネット上に集積し、これらの情報をマッチングさせることで、トラ
ックの積載効率や倉庫の利用効率を高めていこうとするサイトとして「ロジリ
ンクジャパン」や「エコロジコム」も有名である。
表 11-3 日本の e マーケットプレイス
名称/URL
プロキュアマート
http://fenics.fujitsu.com/servi
ces/na/procure-j/
電子調達マーケットプレイス
https://www.marketcrosssite.
net/newportal/top_frm.html
おさがしB2B
http://www.osagashi.com/biz.
html
鋼材ドットコム
http://www.kouzai.com/
設立/開設・運営
取扱い商品
富士通
2000 年 6 月
電子部品
NTTコミュニケーションズ
2000 年7月
MRO・オフィス
用品類
イーシー・デイズ・ドットコム
2000 年 5 月
在庫や新製品
鋼材ドットコム(日鉄商事、住金 鋼材
物産、神鋼商事)
2000 年 6 月
特殊鋼サイバーマーケット「て 三菱商事
特殊鋼材
っちゃん」
1999 年 12 月
http://metalcyber.mitsubishi.
co.jp/
住友商事、三菱商事など 17 社
物流
ロジリンクジャパン
http://www.j-logilink.com/
2001年 4 月
トラック輸送
エコロジコム
http://www.sti-corp.co.jp/
フーズインフォマート
http://www.infomart.co.jp/
エス・ティー・アイ
2000 年 1 月
インフォマート
1998 年 6 月
流通
トラック輸送
食品
日経ネットビジネスのニュースより作成
e マーケットプレイスは企業間の物品調達に関する取引を電子化したもので
あるが、日本のかんばん方式や系列に代表されるように現状の企業間の物品調
達が親企業からの要求に対して下請企業、孫請企業が資材や部品をジャスト・
イン・タイムで納入してきたシステムを電子的に強化、スピード化するもので
ある。下請企業は e マーケットプレイスに参加しないことには親企業からの注
文はなくなり、生き残りのための IT 投資を強いられることになる。さらに e マ
ーケットプレイスにおいて下請企業は従来の系列に頼っているだけでは注文が
減少していき、市場確保をめぐってますます厳しい競争にさらされるという事
態も生じる。実際に e マーケットプレイスを主催、運営するのは大手企業や総
合商社であり、中小企業はその系列の e マーケットプレイスに電子的に従属す
るのである。
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これに対して、中小企業同士が独自のネットワークを作って注文、取引を拡
大し、さらに製品開発と新市場拡大につなげようとする試みもある6。
3、ユビキタス・ネットワークと日本の IT 投資
(1)オープン・ネットワークと標準化
1990 年代のアメリカの経済成長の背景には、アメリカの産業がコンピュータ
とインターネットを中心とした IT の優位性を IT 投資として企業活動に応用し、
SCM∼BtoB ∼e マーケットプレイスと続くネットワーク型の生産∼流通シス
テムの完成があった。そして 1990 年代の後半から 2000 年代にかけて、今度は
日本の産業がこぞって IT 投資を拡大し、e マーケットプレイスに代表されるネ
ットワーク型の生産∼流通システムを導入しているが、従来の「系列」を中心
とした日本型企業間関係は変容しつつあるのだろうか。
「オープン・ネットワーク」上で製品・資材の発注からオークション機能を
備えた「ネット調達」までが行えるようになるためには、製品標準化、製品の
オープン・アーキテクチャー化、技術のデファクト・スタンダード化が求めら
れる。アメリカの場合はむしろ「オープン化」を可能にするために(特に自動
車産業において)製品の「モジュール化」「標準化」を進めてきたと言えよう7。
さて、日本の産業、特に自動車産業に代表される製造業の場合は「系列」を
解体してオープンマーケットとしての e マーケットプレイスを導入するという
ドラスチックな改革は行われなかった。もちろんその取り込み方は様々である。
同じ自動車メーカーでも日産はカルロス・ゴーンの社長就任とともに「系列解
体」を進めてきたと言われている8。一方トヨタは一次サプライア=下請企業で
中小企業ネットワークとして代表的なのが NC ネットワークである。もともと金属プレス
や金型メーカーの中小企業 9 社が従来 FAX や郵送で行っていた CAD/CAM データや NC
工作機器データの送受信をインターネット上で行うために構築したものである。その後参
加企業は増え続け、今では全国的な中小企業のものづくりのネットワークとして発展して
いる。2003 年度時点で NC ネットワークに登録している企業のデータベース「EMIDAS
工場検索エンジン」の登録事業所は 12,316 事業所、総売上は5兆 1,795 億円という中小製
造業の一大eマーケットプレイスである。
7 ただしその場合も、1980 年代の日本の「かんばん方式」に代表されるような部品開発や
製造過程での細かい相互調整や承認図方式などの「決め事」を「標準」として導入してき
たのである。そして「オープン化」はそれをマーケットで取引する企業に拡大(強制)す
る過程に他ならない。e マーケットプレイスでは GM が部品製造業者に対して自社の「標準」
である部品の仕様を公開し、「標準」に合致する「商品」を最適な価格で調達するのである。
8 1999 年にカルロス・ゴーンが社長に就任した日産は、日産リバイバルプラン(NRP)に
基づいて系列の下請企業を 1145 社から 600 社へと削減、購買比率を 20%削減して従来の
「系列」の解体を進めた。そしてこの削減分は COVICINT に代表される∼e マーケットプ
レイスでの調達で代替してきたのである。これが日産の業績を回復させたと言われている。
6
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電子商取引と新ビジネス
ある協豊会を温存し事実上「系列」を維持してきた9。そして両社とも近年大幅
に利益を向上させている10。いずれも目指すところは IT 投資=情報化投資の拡
大と活用によるコストダウンであり、日産はそこに「オープン・ネットワーク」
の特徴を最大限に活かし、トヨタは系列内の企業に対して VA(Value Analysis)
や VE(Value Engineering)11の工夫によって製品コストを下げるなどの技術
指導とともに、その基盤となる IT 投資を行ったのである。アメリカの産業・企
業が IT 投資=オープン・アーキテクチャー技術の導入と併行してネットワーク
上のオープンなマーケットにおいて「標準化」を計ったのに対して、日本の産
業・企業は系列関係企業との「協議」とオープンなマーケットを併用しながら
「標準化」を行っていったと言えよう。
(2)ユビキタス・ネットワークによる生産∼流通ネットワーク化
日本の「ネットワーク」型企業関係においては「パートナーシップに基づい
た取引関係」を前提として「標準化」が進行している。2000 年代に入り、トヨ
タに代表されるように「系列」を維持しながら IT 投資の拡大によって企業活動
を活性化させた日本の産業にとって、「オープン・アーキテクチャー」であるイ
ンターネットに代わる IT 投資をさらに企業活動に応用し、SCM∼BtoB ∼e マ
ーケットプレイスと続くネットワーク型の生産∼流通システムを完成・拡大し
ようとするのがユビキタス・ネットワークの導入である。
ユビキタスを象徴する技術である電子タグ(RF-ID タグ)=電子荷札を利用
した物流・在庫管理など、流通業界でバーコードに代わる商品識別・管理技術
として研究が進められてきたが、それに留まらず社会の IT 化・自動化を推進し、
ユビキタス・ネットワークを支える基盤技術として注目が高まっている12。流通
同じ 1999 年にトヨタはデンソー、トヨタ自動織機、アイシン精機などの「系列」企業に
対して役員派遣などの人的関係強化を行い、「系列」関係を強めていった。
10 特に近年のトヨタの利益拡大は顕著であり、2004 年 9 月中間決算の結果、四期連続で過
去最高を更新している。なお 2005 年は生産能力の増強で経費が拡大したほか、原油高の影
響により、利益率が比較的低い小型車の販売費率が高まったため減益に転じると見られる。
ただ、北米を中心に販売台数は好調で、来年、生産・販売台数(900 万台規模)で GM を
抜く可能性が高まった。
11 VA は、1974 年、GE(General Electronic)で生まれたもので、必要としている機能を
最小限の費用で達成することによってコストダウンしようという概念である。これを VE に
よって製品やサービスの果たすべき機能を分析し、ムダな機能をはぶき必要な機能を最低
のコストで達成しようとする製造業での経営努力である。
12 電子タグの実証実験などは流通過程中心に行われているが、これが普及するためにはコ
ストの問題が解決されなければならない。現在の技術(2004 年時点)では1タグ 10 円程
度と言われているが、取り付け費用等も含めると1タグあたり 100 円程度かかるのが現状
である。このコストでダイコン1本1本に電子タグを取り付けるとは考えにくく、そのコ
ストは誰が負担するかという問題になる。ユビキタス・ネットワークの「基盤」ともいえ
9
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電子商取引と新ビジネス
過程での「実証実験」段階を他所に、実際に電子タグの応用と成果が進んでい
るのはやはり自動車産業を中心とする製造業である。例えばトヨタは下請企業
の部品箱に電子タグを装着し、親企業であるトヨタにとっての在庫管理と物流
管理を進めている13。生産過程における情報が(系列内の)異なる企業間おいて
もデータベース化され、リアルタイムで更新され、不断の「カイゼン」が要求
されるのである。部品箱につける電子タグを含めた情報管理システム=ユビキ
タス・ネットワークによって可能になる生産性の向上であり、生産過程におい
て剰余価値の獲得を可能にするのである。「かんばん」は電子タグによって「電
子かんばん」となる。もちろん電子タグを含めた情報管理システムの投資=IT
投資は下請企業の負担となる。
さらにトヨタが現在進めている戦略車種の世界同時立ち上げのプロジェクト
は、世界中の生産工場において品質の均質化、設計から生産技術、部品調達ま
での全工程を見直す「カイゼン」によって可能になる14。この品質の均質化に必
要な図面の統一ひとつとってみても、世界中の地域で異なる部品、材料、生産
設備、労働者の「能力」などをデータベース化し、経営戦略を立てることが必
要であり、これを可能にするのがユビキタス・ネットワークである15。これはま
さに e マーケットプレイスが目指す世界的規模での製品の標準化と同じものを
「系列」内において行おうとするものである。この点で日本におけるネットワ
ーク型の生産∼流通システムの導入すなわち日本型の「ネットワーク」型企業
関係の形成は「系列」の代替ではなく強化として進んできたことがわかる16。
ユビキタス・ネットワークは産業・企業は系列関係企業との「協議」とオー
プンなマーケットを併用しながら「標準化」してきた「商品」に対して「情報」
を付与し、生産から販売に至るまでの過程のネットワーク化を強化しているの
る電子タグの導入が流通過程で直ちに進むとは考えにくい。
トヨタの代表的な下請企業のデンソーではラインを流れる部品箱に電子タグを装着して
いる。そして、製造ラインでの加工情報、機械情報等を書き込み不具合等を把握、問題発
生前に機械を止めることなども行うことなどによって、不良品の発生率が数 PPM とトヨタ
グループでも「驚異的」な品質を「誇っている」。
14 「トヨタ自動車 世界同時カイゼンへの『超進化』
」
、『週間東洋経済』2004.11.6 号より。
15 トヨタの生産システム、特に「かんばん方式」の「かんばん」の意味するところは「情
報とモノを一緒に運ぶ」ということであり「情報とモノが常にあわせて運搬されることで
生産力がアップする」という考え方である。電子タグ∼ユビキタス・ネットワークは電子
化された「かんばん」による JIT(ジャスト・イン・タイム)生産方式であると言えよう。
16 もちろんそこで生産され販売される「商品」にも電子タグが付着し、それに従ったサー
ビスが供給され、生産者は電子タグからの情報を管理する。その点でも自動車と関連する
サービスをユビキタス・ネットワークによって結んだテレマティクス(Telematics=
Telecommunication+Informatics)がユビキタスによる新ビジネスの代表例として取り上
げられるのは象徴的である。このテレマティクスの先行事例がトヨタの車載ネットワーク
サービス G-BOOK http://www.g-book.com/ である。
13
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情報産業論
電子商取引と新ビジネス
である。そして「系列」内の下請企業(中小・零細企業)は親企業による「標
準化」を受け入れるために、またオープンなマーケットを利用する(させられ
る)ために IT 投資の拡大を義務付けられるのである。
(3)IT 投資としてのユビキタス・ネットワーク
日本の企業が電子タグを含めたネットワークを導入して生産から販売に至る
までの過程のネットワーク化を行うためには、そのための投資が必要になる。
日本でユビキタス・ネットワークやその技術が強調される背景には、インタ
ーネットに代表される「オープン・ネットワーク」を支える技術はアメリカが
圧倒的に優位にあることが背景にある。パソコンの中核部分をなす CPU や OS
は Intel や Microsoft に、そして「オープン・アーキテクチャー」技術の中核を
なすインターネット関連でも通信機器(ルーターなど)は Cisco などのアメリ
カの情報産業に完全に市場を支配されている。これに対して、情報家電や携帯
電話に代表されるモバイル端末では市場占有率でも技術力でも日本が優位にあ
るという認識がある。特に情報家電などの組み込み式のコンピュータに使われ
る OS として世界の 6 割のシェアを誇る TRON の技術的優位性を背景に情報通
信産業の分野で巻き返しと市場の創出・拡大を図ろうとする意図がある。
もちろんこの TRON を中核として構築されるユビキタス・ネットワークが稼
動するためには、情報端末、データーベース・システム、そして膨大な数の電
子タグ、さらにシステム全体の開発費用が必要になる。まさに IT 投資=情報化
投資に他ならない。
1990 年代のアメリカの産業が「オープン・ネットワーク」技術の優位性を IT
投資として企業活動に応用し、SCM∼BtoB ∼e マーケットプレイスと続くネッ
トワーク型の生産∼流通システムを完成させたのに対し、2000 年代に入り日本
は「オープン・ネットワーク」技術を継承しながらもユビキタス技術の優位性
を背景に「系列」を強化してきたのである。
ユビキタス、あるいはユビキタス・ネットワークは、インターネット中心の
アメリカのネットワーク技術の「標準化」に対する日本の「標準化」戦略であ
るが、このことによってユビキタス・ネットワークを導入する、すなわち IT 投
資をする企業の生産過程の「標準化」も併せて行われつつある。ユビキタス・
ネットワークによる生産∼流通ネットワーク化が、
「系列」を強化する日本型の
17
ネットワーク型企業関係を完成しているのである 。
17
電子タグのついた「商品」が「消費者」のもとに販売され、その消費情報が生産過程に
までフィードバックされることを考えると、現代資本主義=情報資本主義において消費者
=労働者はその労働力の再生産過程に至るまで電子的に資本の下に包摂されていると言え
よう。
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