論文 / 著書情報 Article / Book Information - T2R2

論文 / 著書情報
Article / Book Information
題目(和文)
観光まちづくりにおける地域ブランドアイデンティティの創造に関す
る研究
Title(English)
著者(和文)
福岡賢昌
Author(English)
Takamasa Fukuoka
出典(和文)
学位:博士(学術),
学位授与機関:東京工業大学,
報告番号:甲第9912号,
授与年月日:2015年3月26日,
学位の種別:課程博士,
審査員:桑子 敏雄,木嶋 恭一,後藤 美香,中丸 麻由子,谷口 尚子
Citation(English)
Degree:,
Conferring organization: Tokyo Institute of Technology,
Report number:甲第9912号,
Conferred date:2015/3/26,
Degree Type:Course doctor,
Examiner:,,,,
学位種別(和文)
博士論文
Type(English)
Doctoral Thesis
Powered by T2R2 (Tokyo Institute Research Repository)
博士論文
観光まちづくりにおける
地域ブランドアイデンティティの創造
に関する研究
東京工業大学大学院社会理工学研究科
価値システム専攻
博士後期課程
10D41064
福岡 賢昌
指導教員 桑子 敏雄
目 次
序論
序章 本研究の背景、目的等
1
第一項 はじめに
1
第二項 地域活性化の定義
2
第一節 地域と地方の違い
第二節 活性化の定義
第三節 地域活性化の定義
2
3
3
第三項 本研究の背景
3
第一節 地域の現状と社会的課題
第二節 地域ブランドの現状
1.行政及び自治体の動き
2.観光ブランドと企業誘致ブランドの関連
(1)自治体の動き
(2)政府の動き
3.地域ブランドの社会的課題
3
6
第四項 本研究の問いと目的
12
第五項 研究方法
13
第六項 本項の構成
14
第七項 本研究の意義
15
本論
第Ⅰ部 地域活性化と地域ブランドの先行研究
第一章 地域活性化と観光 ―開発からの脱却-
19
第一項 はじめに
19
第二項 国土政策における観光振興の変遷
20
第一節
第二節
第三節
第四節
第五節
第六節
第七節
全国総合開発計画(一全総)
新全国総合開発計画(新全総)
第三次全国総合開発計画(三全総)
第四次全国総合開発計画(四全総)
21 世紀の国土グランドデザイン(五全総)
国土総合開発から国土形成計画へ
2000 年代における日本政府の「観光」に対する取り組み
i
21
21
21
22
22
23
24
1.国際観光振興
2.国内観光振興
第三項 観光の新しい概念
28
第一節 着地型観光
第二節 ニューツーリズム
第三節 MICE
28
28
29
第四項 観光まちづくり・地域活性化における社会的な課題
第二章 企業ブランドの先行研究
30
35
第一項 はじめに
35
第二項 ブランド研究の系譜
35
第一節 ブランドとは
第二節 ブランドの定義
第三節 企業ブランドの理論
1.Aaker の理論
2.Keller の理論
3.Aaker と Keller の理論統合
4.新たな潮流
35
36
36
第三項 小括
44
第三章 地域ブランドの先行研究
47
第一項 海外と国内における地域ブランド研究の発展プロセスの違い
47
第二項 地域ブランドに関する概念整理
50
第一節 地域ブランドとは
第二節 自治体による地域ブランドの活用
第三節 地域ブランドの特殊性と課題
50
52
54
第三項 地域ブランド研究における主要な論点
56
第一節 ブランド構築プロセス
第二節 マネジメント課題
1.コンセプトの検討
(1)地域範囲(ゾーン)の設定
(2)地域ブランド・アイデンティティ(BId)
2.内部のマネジメント
(1)ステークホルダーの役割
①自治体
②企業
③地域住民
(2)ステークホルダー間の合意形成
56
58
ii
3.外部のマネジメント
(1)外部との関係性
(2)外部からの評価
第四項 小括と本研究におけるリサーチクエスチョンの設定
71
第Ⅱ部 観光まちづくりにおける地域 BID の創造(事例研究)
第四章 事例研究 1(金沢市と川越市)
第一項 金沢市の事例
78
78
第一節 金沢市とまちづくり
1.金沢市の概要
2.金沢市のまちづくり:金沢世界都市気候
(1)金沢世界都市構想
(2)自然環境・景観分野への取り組み
(3)文化・芸術分野への取り組み
第二節 地域 ID と BI を一致させるための取り組み(地域 BID の創造)
1.地域 ID のシンボルを活用した BI 創造
2.BI のシンボルを活用した地域 ID 創造
(1)事例
(2)金沢市民の特性
(3)金沢まちづくり市民機構(主体性を育む仕組み)
第三節 国際 BI の創造・強化
1.非営利組織と SGG
(1)NPO(非営利組織)の定義
(2)SGG とは
(3)非営利組織の存在理論
(4)非営利組織の運営課題
(5)SGG と取り巻く環境の変化
2.事例研究(KGGN)
(1)金沢グッドウィルガイドネットワークについて
①KGGN の概要
②自治体と KGGN の関係
③KGGN の運営・活動主体のモチベーション管理
(2)KGGN による国際 BI 創造
①自治体による KGGN に対するアプローチ
②自治体と NPO の関係に関する本事例の含意
第四節 小括
第二項 川越市の事例
78
82
90
99
101
第一節 川越市の概要
1.川越市の概要
2.川越のまちづくり:
「蔵のまち」の形成
3.小江戸サミット
第二節 地域 ID と BI を一致させる取り組み(地域 BID の創造)
1.地域 ID を活用した BI 創造
iii
101
106
(1)地域住民によって創造された「蔵のまち」という文化的景観
(2)アイデンティティのゾーン拡張
2.自治体の住民へのアプローチ
第三節 小括
第三項 結論
109
111
第五章 連関図と LB モデル
118
第一項 連関図
118
第二項 LB モデル
119
第三項 LB モデルの特徴(先行研究との比較から)
120
第四項 LB モデルの課題と適用可能地域
121
第五項 小括
121
第六章 事例研究 2(小布施町)
123
第一項 はじめに
123
第二項 小布施町の概要
125
第三項 小布施町のまちづくり
126
第一節
第二節
第三節
第四節
第一期(まちづくり理念の創造)
第二期(行政に頼らないまちづくり)
第三期(観光地ブランドとしての萌芽期)
第四期(観光地ブランドの発展期)
127
127
128
131
第四項 限定主体のマルチロール性
131
第五項 限定主体の活動と地域 BID 創造
132
第一節 コンセプト・BI の創造
1.「文化」コンセプト:北斎館と高井鴻山記念館
2.「花」コンセプト:オープンガーデン事業
3.「修景」コンセプト
第二節 地域 ID の創造
1.ソーシャル・キャピタルの定義
2.小布施町におけるソーシャル・キャピタルの活用
第三節 事例による含意
第六項 小括
132
135
140
140
iv
第七章 連関図と LBS モデル
146
第一項 連関図
146
第二項 LBS モデル
147
第三項 LBS モデルの課題
148
結論
終章 結論と今後の課題
150
第一項 はじめに
150
第二項 問いに対する解
150
第三項 本研究のレビュー
151
第四項 本研究で取り上げた事例からの示唆
153
第五項 事例分析によって副次的に明らかになったこと
157
第六項 本研究における課題と今後の展望
157
付論
付論 1 政府の対日投資政策
160
第一項 はじめに
第二項 対日直接投資概観
160
162
付論 2 行政による企業誘致ブランド創造
第一項 自治体による BI の創造
第一節 基本的な取り組み事項
第二節 BI につながる付加価値の創造
1.立地特性による差別化
(1)地理的優位性の活用(福岡市の事例)
(2)集積状況の活用(GNI の事例)
(3)ポーターのクラスター論
2.アフターフォローの充実
3.日常生活支援の充実
第二項 自治体による BI の伝達
第一節 BI を伝える相手の分析
第二節 担当者の資質
v
167
167
167
168
180
180
181
1.異文化理解者
2.セールスマン
3.交渉者
第三節 情報発信手法
1.プッシュ型・アウトバウンド型コミュニケーションとプル型・インバウンド
型コミュニケーション
2.プル型・インバウンド型コミュニケーションの方策
(1)インターネットの活用(ウェブサイトの整備と SNS の活用)
(2)メディアの活用
第三項 総括
参考文献一覧
184
191
196
別紙
別紙 1 関係者への質問事項
204
別紙 2 金沢のシンボルに関するアンケート調査
205
謝辞
207
vi
序論
序章 本研究の背景、目的等
第一項 はじめに
筆者は 2010 年より一般財団法人対日貿易投資交流促進協会(経済産業省の外郭団体であ
り、対日投資促進事業1と対日アクセス支援事業2が事業の基本)において、外国資本の全国
的誘導及び地域経済活性化の視点に立って活動することを目的とした対日投資促進調査委
員会の委員をしている。そして、その委員として、これまで地方自治体を対象としたセミナ
ーやワークショップ等を企画・運営しながら(2010 年度には広報戦略ワークショップ3を 4
回開催し、2011 年度には「日本の地域の魅力をいかに伝えるか~情報発信や広報戦略に関
する取り組み」というテーマのもと、セミナー4と広報戦略ワークショップ5を 2 回開催し、
2013 年度には「地域ブランド戦略と外資誘致」というテーマでセミナーを開催した)外資
系企業誘致に関する広報戦略について、当協会及び地方自治体の担当職員と議論してきた。
広報戦略について扱ったのは、当協会における過去の調査等から、地方自治体の魅力が外資
系企業に十分に伝わっていないことが既に明らかになっていたからである。
このようなセミナーやワークショップ等の議論を通してあらためて確認したことは、外
資系企業を地域に誘致するためには、地域が外資系企業にとって他地域よりも「経済合理性」
の優位性を持つ必要があるだけでなく、地域が外資系企業(担当者)から認知され、興味・
関心を抱いてもらう必要があるということである。そして、それは地域が他地域と徹底的に
差別化された「売り」を創造し、その「売り」を継続的かつ戦略的に発信し、外資系企業担
当者等の記憶に残すことで可能となる。このプロセスは地域のブランド化に他ならない。し
かし、そもそも、地域をブランド化するという戦略は、外資系企業誘致を目的にしたものだ
けでなく、地域の農作物や観光振興等にも十分活用可能である。実際にそれらがブランド化
されれば、最終的に地域の活性化につながることは疑いの余地はない。
そこで、自治体による近年の地域ブランドの活用状況について調べたところ、2000 年前
半から急激に伸びており、行政(国、地方自治体)
、アカデミアにおいて注目されているこ
とが分かった。また、地域ブランドの実践的な構築プロセスを明らかにすることが求められ
ている。すなわち、地域ブランドに関する研究は、地域活性化研究の中でも、社会的ニーズ
が高く、かつ、今後さらに発展が期待される社会的意義のある研究領域である。そこで、筆
者は地域活性化に資する外資系企業誘致を目的とした広報戦略に関する議論から範囲を広
げ、地域ブランドについての研究を行うこととした。
地域ブランドといっても、後述するが、その客体となるのは、様々であり、青木(2004)
によれば、
「農水産物」
、
「加工品」
、
「商業地」、
「観光地」であり、生田ら(2006)によれば、
「地産品」
、
「観光・交流」
、
「投資促進・産業振興」
、
「人材・定住」に分類される。しかし、
地域活性化に直接、寄与するのは、交流人口の増加と雇用の促進である。その中でも、本稿
では交流人口の増加(観光まちづくり)について取り上げる。というのも、筆者は地域ブラ
ンドにおける「地域アイデンティティ」
(以下、地域 ID)と「ブランドアイデンティティ」
1
(以下 BI)の一致が、地域ブランド・アイデンティティ(以下地域 BID)を創造し、それが
「地域活性化」に繋がると考えているからである。地域 ID、BI、地域 BID を筆者は以下の
ように定義する。地域 ID とは「地域住民を中心とする多くの人の心に共有されるその地域
らしさ」のことであり、また、BI とは「観光コンセプトが明確に表現された域外の人たち
にとっての魅力的な地域らしさ」である。つまり、その地域 ID と BI の間に生じる齟齬を埋
めることは「観光・交流」において、社会的に解決すべき課題であり、本稿では、そこに焦
点をあてて論じていく。なお、
「地域において地域 ID と BI が一致したアイデンティティ」
を地域 BID と定義する。BID の創造は地域 ID が基盤となることもあれば、BI が基盤となる
こともある。
地域活性化に寄与するもう一つの「雇用の促進」は青木(2004)の「商業地」、生田ら(2006)
の「投資促進・産業振興」を対象としたブランドを構築すること、つまり、企業を誘致する
ことを目的としたブランドの構築と読み替えることができる。しかし、
「本論」においては、
それについて扱わないこととしたい。というのは、過去に行われてきたように「工場誘致」
等によって、地域 ID に大きな影響を及ぼすことは今となってはあまりなく、それは社会的
な課題ではないからである。しかし、交流人口の増加による地域活性化を目指す際、企業誘
致で見られるような域外に対する効果的なコミュニケーションを行うことは必要不可欠で
あるため、本論では扱わないが、付論として纏めたい。
第二項 地域活性化の定義
本研究においては、地域活性化に寄与する観光まちづくりについて扱う。そこで、「地域
活性化」の定義を事前に確認しておく。
第一節 地域と地方の違い
まず、既存コンテンツ(リソース)の所在空間を、
「地域」と捉えるか「地方」と捉える
かについて、
「地域」と「地方」の違いから考える。なぜなら「地域」と「地方」という用
語は、往々にして混在して使われることが多く、明確にしておく必要があるからである。
「活
性化」が必要な空間は「地方」であるが、一般的に組織や学会名等では「地域」が使われて
いるように、
「活性化」に対する接頭語としては、
「地方」ではなく、「地域」が多く使われ
ている。原田(2013)の定義を借用すれば、
「地方」とは、
「中央」に対する反意語、
「中央」
に対する水平的な対抗概念である(パワー的には支配関係)
。つまり、
「地方」は常に「中央」
との間で地理的関係、支配的関係(従属関係)が意識され、自由度は少なく、独立性を有し
ていない存在であると言える。一方、
「地域」とは、全体があって地域があるというように、
地域に関わる多層的な包含関係から説明される概念であり、山中(2013)によれば、人間と
空間と時間の織りなす複合的な概念である。しかし、「地域」は決して受身的ではなく、む
しろ、能動的にデザインすることが可能な概念であると筆者は考える。なぜなら「地域」は
「地方」のように「中央」との関係を意識せず、また、地理的位置の固定性を伴わない独立
2
した存在であるため、その「全体」や「地域」の範囲を戦略的にデザインすることが可能だ
からである。本研究で扱う「地域ブランド」は、地域活性化を実現するための手段であり、
地域住民等の主体性が求められる。そのため、「活性化」の対象としては、中央との従属関
係や地理的位置の固定化によって独立性を有さない「地方」ではなく、柔軟にデザインする
ことが可能な「地域」の概念を用いることとしたい。
第二節 活性化の定義
ここまで既に「活性化」という用語について幾度となく使用してきたが、あらためて「活
性化」の定義について考えたい。広辞苑によれば「活性化」とは「沈滞していた機能が活発
に働くようになること。また、そのようにすること。」という意である。その意の本質は、
何らかの原因でネガティブになった状況を人工的にポジティブな状況に戻すことであり、
組織・団体、コミュニティの再拡大や流入人口の増加、経済状況の好転、情報の流通量の増
大等が考えられ、多岐にわたる。しかし、筆者の関心は、交流人口の増加による人の賑わい、
また、地域に住み人びとによる地域資源の活用であるため、本稿においては、活性化を「交
流人口の増加によって、人が賑わうこと、また、地域に住む人々が地域資源を活用し、生き
生きとした創造的な生活を営んでいること」と再定義する。
第三節 地域活性化の定義
ここまでの議論をふまえ、地域活性化を以下のように定義する。地域活性化とは「柔軟に
デザインすることが可能な「地域」において、交流人口の増加によって、人が賑わうこと、
また、そこに住む人々が地域資源を活用し、生き生きとした創造的な生活を営んでいること」
とする。
第三項 本研究の背景
第一節 地域の現状と社会的課題
前項で定義した「地域」の経済基盤は、①若年層の人口流出や少子高齢化等のデモグラフ
ィック要因、②1990 年代のバブル経済崩壊後の公共事業の大幅な減少等による経済的な要
因、③グローバル化による企業のアジア進出(対アジア直接投資)に伴う工場閉鎖や雇用の
減少等の外的要因等によって、大きく揺らいでいる。加えて、地方は 1990 年代後半から 2000
年代にかけてインターネットの発展、交通網の発達等、急激な変化を経験するが、それらの
時流に対して、うまく対応することができていない。このように、「地域活性化」は日本に
とって喫緊の社会的な課題である。
地域を活性化させようとする動きは 1973 年と 1979 年に発生したオイルショックの後、
地域に目が向き始めた 1980 年代に遡る。当時の具体的な地域の目標は、
「所得の増大・雇用
の増加」及び「若年層の維持」であった。そして、これらの目標を達成することが、地域活
性化に繋がると考えられており、その手段として、
「テクノポリス構想」、
「全国国土開発計
3
画」
(詳細は第一章で述べる)によるリゾート法(リゾート開発)等によって、積極的に展
開された。組織としては 1985 年、一般財団法人地域活性化センター6が発足され、それを皮
切りに地域活性化の必要性及び活性化策について日本政府や各地方自治体がイニシアティ
ブを取り、多くの議論をしながら、様々な活性化策が講じられてきた。しかし、期待された
効果をあげたとは言い難い。そのため、地方から都市部への人口流出に歯止めがかからず、
商店街はかつての賑わいは影を潜め、シャッター通り化し、さらに地域社会の基盤となるコ
ミュニティの維持は困難になりつつある等、地域を取り巻く環境は悪化の一途を辿ってき
た。明らかに失敗である。一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス7(2014)は、
スカイプラザ三沢(青森県三沢市)
、ココリ(山梨県甲府市)、アピア逆瀬川(兵庫県宝塚市)
、
アクア木更津(千葉県木更津市)
、コムシティ(福岡県北九州市)、アウガ(青森県青森市)
、
アルネ津山(岡山県津山市)の 7 つの失敗事例を取り上げ、論じているが、その失敗要因と
して、(行政が)市場環境の変化に対して対応できなかったこと、主体性がなかったこと、
見通しが甘かったこと、そして、運営ガバナンスが不在であったこと等をあげている。これ
らは経済合理性の観点からの要因であり、行政のマーケティングマインド・スキルの欠如に
収斂される。
また、行政主導による地域活性化が失敗した別の理由は、国・自治体が考える地域のアイ
デンティティと地域住民が考える地域 ID の間にズレがあったことである。地域 ID とは渡
辺(2010)によれば「生活や生業の日常的実践を通じて景観と関わり合うことで形成されあ
る地域で居住する者の間で共有される集団的アイデンティのこと」であり、2000 年に欧州
評議会で採択された欧州景観条約において、
「景観は地域文化の形成に貢献し、ヨーロッパ
の自然的および文化的な遺産の基本的な構成要素であり(中略)ヨーロッパのアイデンティ
ティを強化するもの」
(欧州評議会 2000)とされる等、地域アイデンティティの観点からそ
の重要性が指摘されている(以上、渡辺 2010)
。筆者は「地域アイデンティティ」の定義を
渡辺の定義を援用し、
「地域住民を中心とする多くの人の心に共有されるその「地域らしさ」
とする。
つまり、これまでの「テクノポリス構想」8や「リゾート開発」は、国・自治体が地域住民
の意向を度外視して、強制的に「景観」を押し付け、それをシンボルとして地域 ID にしよ
うとしたものであり、住民がこれまで抱いていた地域 ID 及びそのシンボルとは明らかに乖
離していた。そもそも、地域 ID は、個人の生活や生業と不可分としており、強制されるも
のではない。
しかし、2000 年代に入り、
「地域活性化」は新たな局面を迎えた。まず、国内のアカデミ
ックな分野においては、地域活性化学会9と地域デザイン学会10が相次いで設立された。これ
らは「地域活性化」を研究対象とし、最終的に地域経済に寄与することを目的とした学会で
ある。そして、そこでは地域活性化に関する知見が少しずつではあるが、蓄積されつつある。
また、このようなアカデミアの動きに呼応するように、2005 年 7 月、
「総合的な国土の形成
を図るための国土総合開発法等の一部を改正する等の法律」が成立し、名称も「全国総合開
4
発計画」から「国土形成計画」になったことで政府と地方自治体の関係性が大きく変わった
(この法律に基づく国土形成計画は 2008 年 7 月に閣議決定されたが、国土形成計画の基本
的な方針は二つあり、それらは、①量的拡大「開発」基調から「成熟社会型の計画」へ、②
国主導から二層の計画体系(分権型の計画づくり)である。そして、この政策変更によって、
地方自治体の主体的な取り組みが重視されるようになった。このことは、地域で創造する地
域 ID もまた、外部からの要請・評価が意識されたものではなく、そして、地域自らが「地
域 ID」と一致した BI を創造することが可能となったことを意味している。経済産業省や国
土交通省もまた、これまでの取り組みを基盤としながら、新たな地域活性化策に取り組み始
めた。例えば、経済産業省は中小企業庁が地域の中小・零細企業等を対象とした JAPAN ブラ
ンド育成支援事業11を展開し、国土交通省は観光庁が交流人口の増加による経済の活性化を
目的とした観光立国を目指すことを宣言するとともに12、2020 年までに訪日外国人 2500 万
人とする計画を立案した13。
そして、2012 年 12 月には政権が民主党から自民党に変わり、第二次安倍内閣14が経済再
生に主軸を置いた「アベノミクス」15は地方経済の追い風となっている。このように今日に
おいて、地方(地域)活性化は、現代社会における解決されるべき命題の一つとして認識さ
れている。
しかし、アカデミアや日本政府がいくら地域の活性化策について議論・提言し、その取り
組みの実行を促したとしても、
「活性化」には、当事者である地域の自助努力が必要不可欠
であることは言うまでもない。そこで、法律の分野において、地方に権限や財源を移管する
ことを目的として、1995 年に「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法
律(地方分権一括法)
」が成立し、
「地方分権」に関する 475 の法律が廃止または改正するこ
ととなった。その法律の一つが地方自治法であるが、この地方自治法の改正では「機関委任
事務制度」が廃止される等、国の関与が大幅に少なくなる一方、地方の自主性、自立性の確
保・拡大を目的としたいくつかの規定が追加された。この改正は、地方の活性化には地方自
らが積極的に関与し、自助努力が必要であることをあらためて示したものでもある。また、
昨今、現行の都道府県、市町村制度から道州制への変更を検討する議論も高まりを見せてい
ることも、地方による自助努力の重要性が増してきている証と言えるだろう。
Kotler et.al(1993)は「地域は、①ビジター、②住民と勤労者、③ビジネスと産業(企
業誘致など)
、④輸出市場、の 4 つのターゲットを引きつけることができる」と述べている
が、当該地域がそれらのターゲットを誘引することができれば、経済的な利益はもちろんの
こと、それに附随する正の影響、例えば自治体内外及び関係者間のコミュニティの活性化が
地域にもたらされる(経済的な利益とコミュニティの活性化は決して排他的なものではな
く、相互に影響し合うものである)ことは確実である。つまり、地方には潜在的発展可能性
があり、今後の方策によっては、再活性化の余地は大いに残されていると言っても過言では
ない。このように、地域は国に対する依存体質から自助努力へとパラダイムシフトを迫られ
ており、これまで以上に経営戦略的な視点とマインドをもって能動的に取り組むことが求
5
められている。
そこで、こうした潮流を背景に、地域は地域 ID を活かしながら、自助努力によって地域
を活性化させようとしてきた。確かに、地域活性化における域内におけるつながりの強化や
コミュニティ形成等の側面においては成功している自治体もみられる。しかし、交流人口の
増加を目指した地域活性化、例えば、「観光まちづくり」については、いまだ課題としてい
る地域が多い。なぜなら、地域 ID と BI は往々にして乖離していることが多いからである。
そのような状況では、域外の人たちが地域を魅力的に思うことはないため、結果として、交
流人口の増加に結び付かない。
その乖離を埋めるヒントとなるのが、地域ブランドである。地域ブランドは、ブランドア
イデンティティを創造し、伝達することで、地域のブランド資産(エクイティ)を形成し、
それが最終的には「地域活性化」に寄与するという考え方であり、2000 年代から急速に普
及した。
第二節 地域ブランドの現状
1.行政及び自治体の動き
地域が国に対する依存体質から自助努力へとパラダイムシフトしていく中で「地域活性
化」を実現するにはどうしたら良いか。その手段の一つが、地域をブランド化することであ
る。内閣府(2005)もまた、地域活性化のための具体策として地域ブランドの確立による地域
経済の活性化について論じており、たとえ製造業比率が低くても地域ブランドを高めるこ
とによって地域経済の活性化が可能であること、特に地域ブランドは観光客の呼び込みに
効果があること、を統計的分析により示している。また、各省庁もまた、以下のようなプロ
グラムを提供し、
「地域ブランド」の促進と普及の一役を担っている(図表 1)
。
図表 1 政府が実施している主な地域ブランド育成支援策
・JAPAN ブランド育成支援事業(中小企業庁)
(概要:伝統技術や特色ある素材等の地域資源を活かして製品やサービスの価値を高め、
世界に通用する「日本」が表現された地域ブランド(「JAPAN ブランド」
)の実現を目指す
プロジェクトを支援する。2004 年度より開始。)
・中小企業地域資源活用プログラム(中小企業庁)
(概要:新商品・サービスの開発や市場化など、中小企業が地域資源を活用して行う新た
な事業展開を支援する。2007 年度より開始。
)
・地域食品ブランド育成・管理支援事業(農林水産省)
(概要:地域食材を活用した食品の供給及び産地ブランドの確立を推進するため、地域食
品ブランドの管理を支援する。2005 年度より開始。)
・地域資源活用構想策定等支援調査(国土交通省)
(概要:国土交通省が設定したテーマに関し、地域資源を活用した自立的な地域づくりに
6
取り組む市区町村への支援や調査分析を行う。2004 年度より開始。)
・頑張る地方応援プログラム(総務省)
(概要:地場産品発掘・ブランド化など、地方独自のプロジェクトに積極的に取り組む地
方公共団体に対し、地方交付税等による支援を行う。2007 年度から開始。
)
出所:みずほ総合研究所(2008)p4
こうした潮流において、日本国内では 2000 年代に入り、地方自治体が主体となり地域ブ
ランドの構築及び活用が試みられてきた。実際、47 都道府県のうち 7 割以上の地方自治体
に「地域ブランド」に関連する担当部署が存在しており(阿久津・天野 2007)、地方自治体
においては、その概念が浸透してきたと言える。また、報道機関(主に新聞紙<日経四紙、
一般紙、地方紙>)における「地域ブランド」の記事を調査するために、筆者は日経テレコ
ンを用いて「地域ブランド」をキーワードとして検索したが、そこでは地域ブランドに関す
る記事数が 2005 年から 2006 年にかけて急激な増加がみられ、その後も多くの記事が掲載
されていることが分かった(図表 2)
(2012 年の記事数は 387 記事)。このことは、地域ブラ
ンドは地方自治体だけでなく、日本全体で興味・関心が高まっており、その必要性が認識さ
れていることを示している。
図表 2 「地域ブランド」のキーワードでヒットした記事数の推移
出所:日経テレコン,https://t21.nikkei.co.jp/(2013.11.30 アクセス)
しかし、地域ブランドは、第三章で述べるとおり、その構築プロセスにおいて複数の課題
が存在しており、その構築は第二章で述べる企業ブランドと比して複雑かつ困難である。従
って、それらの課題を克服することが、地域にとって確固たる地域ブランドを構築する鍵と
なる。そこで、近年では地域活性化を目的とする関連学会(例えば、先述した「地域活性化
学会」や「地域デザイン学会」等)を中心に、地域ブランドの構築に成功している自治体の
事例報告が行われ始めてきた。しかし、それらの事例報告の多くは、いずれもマクロで捉え
たものか、事例紹介の域に留まっており、課題の克服方法の概念化やモデル化には至ってお
らず、他自治体における再現性や応用可能性について明確に示されているものは少ない。
7
2.観光ブランドと企業誘致ブランドの関連
そもそも、地域をブランド化すると言っても、具体的には何をブランド化することが地域
活性化に繋がると考えられるのか。地域の活性化には、地域へ「人」と「企業」の誘引が必
要不可欠であることから、端的にいえば、地域を「観光」と「企業誘致」でブランド化する
ことである。なぜなら、
「観光」は交流人口を増加させ、
「企業誘致」は雇用を創出すること
で、地域経済の活性化に大きく寄与するからである。「観光」と「企業誘致」に関しては、
後述するように(
「観光」については第一章、企業誘致については付論 1)
、これまで、個別
に日本政府が中心となって取り組まれてきた。しかし、地方分権化の潮流の中で今後は、地
域は自らがブランド戦略を策定し、実行に移していく必要に迫られている。
(1)自治体の動き
「観光ブランド」と「企業誘致ブランド」は、双方ともに「招き入れる」という意味では
共通しているものの、一見関係がないように思える。しかし、地方自治体は人的資源の欠乏
等の理由から、同一人物が観光と企業誘致を担当していることが多いため、観光と企業誘致
の双方に寄与するあるいは相乗効果を発揮することが可能な取り組みを摸索していること
は、先述した対日投資促進調査委員会の委員としての活動から分かっている。
例えば、企業誘致ブランドの構築にあたり、岐阜県では観光ブランドの活用を試みている。
岐阜県は長引く景気低迷により、国内の観光客数が伸び悩んだため、近年では ASEAN 諸国か
らの誘客に注力してきた。2008 年には日本向けアウトバンドを扱う台湾の観光業者を招聘
した後、奥飛騨観光協会や郡上市等が台湾を訪問する等の積極的な交流促進に努め、その結
果、台湾からのツアーに奥飛騨や郡上を組み込むことに成功している(社団法人日本機械工
業連合会、財団法人対日投資交流促進協会、2009)
。さらに 2012 年度には、タイやインドネ
シアにおけるセールス、台湾国際旅行博(ITF:International Travel Fair)16における中
部広域観光推進協議会との共同出展を行った。そして、教育関係者の招致のため、台湾の高
校に対して教育旅行誘致についての PR も行っている(岐阜県観光連盟、2013)。今後は、対
象国の人たちから継続的な高い満足度の獲得を目指し、確固たる「観光ブランド」の構築を
目指す。岐阜県は ASEAN を対象とした「観光ブランド」の構築のみを目的としておらず、そ
の「観光ブランド」による「企業誘致」への波及効果をも狙っている。つまり、岐阜県は「観
光」を地域の魅力を知ってもらう手段の一つとして捉えており、その先に投資があるという
スタンスで、観光振興に取り組んでいる(社団法人日本機械工業連合会・財団法人対日投資
交流促進協会、2009 を参考)17。
しかし、このような岐阜県の取り組みのように「観光ブランド」が果たして「企業誘致」
にポジティブな影響を与えるのか、という問いに対して学術的にはまだ明確に解明されて
いない。しかし、だからと言って、正の相関関係がある可能性を否定することはできない。
なぜなら、円安等を背景とした近年の訪日観光客の増加に伴い、例えば、京都において、外
8
資系ホテルの進出が増加傾向にあるからである18。もちろん、京都は既に確立された国際観
光都市であるため、他地域への適用可能性や応用可能性について思料する場合、その特殊性
を考慮に入れなければならない。しかし、ある地域において、訪日観光客が増加すれば、そ
の地域に「外資系ホテル」が商機を見出し、進出することは合理的な行動であるといえよう。
また、
「観光ブランド」の構築にあたり、
「企業誘致ブランド」を活用しようとする自治体
も存在する。
「産業観光」がまさにそれにあたる。産業観光とは、JTB 総合研究所によれば、
「その地域特有の産業に係るもの(工場、職人、製品など)を観光資源とする旅行のこと。
昔の工場や産業発祥の地など産業遺構も含まれる。
」のことである。つまり、本来、企業の
主な進出理由となる特定産業の集積具合(企業誘致ブランドにつながる)を観光コンテンツ
として活用しようとする取り組みである。例えば、東京都の大田区は中小企業が集積してい
る地域であり、それが「企業誘致ブランド」として機能しているが、そのブランドを産業観
光として「観光ブランド」に活用しようとしている。また、川崎市は、「京浜工業地帯の中
心として、鉄鋼や化学、電機、精密機械、エレクトロニクス、情報通信、食品、科学技術等
の多種多様な工場・事業所が集積するとともに、そうした生産活動を支えているエネルギー
関連の先進的な事業所も存在している」
(以上、
「スタディ・ツーリズムの勧め 川崎市の産
業観光の魅力」http://k-kankou.jp/study_tourism/index.html から引用)が、それらの重
化学工業、先端的研究開発という「企業誘致ブランド」を「スタディ・ツーリズム」という
名称で、観光に活用している。
さらに、横浜市では行政と市民が一体となり、観光と企業誘致の両方に寄与するヨコハマ
ブランドの再構築を目指している。横浜市は人口約 360 万人の都市であり、古くから港町と
して栄えてきた。しかし、昨今では以下のような複数の課題を抱えており、将来の懸念とな
っている。それらは、①人口の減少及び高齢化社会の到来による経費の増加と収入減少に直
面していること、②グローバルな都市間競争が行われている中、国際的には知名度が低いた
め、グローバル企業の集積が少ないこと、③横浜のイメージは「ミナト横浜」が主であり、
それ以外の魅力や価値が幅広く共有されていないこと、等である。そこで、2008 年 12 月、
これらの課題を解決するために「イマジン・ヨコハマ」プロジェクトが結成された。これは、
行政と市民が一体となり、ヨコハマのブランドを再構築するプロジェクトである。そのプロ
ジェクトの目的は、①横浜市民が一体となり横浜への誇りや愛着信を高めること、②横浜の
魅力の対外的発信力を強化することであった。特に横浜の魅力の対外的発信力の強化につ
いては、
「人」と「企業」を呼び寄せ、都市の活力を維持することを目的としており、新ブ
ランドが「観光」と「企業誘致」の両方に寄与することを想定している。これは 2006 年 12
月に横浜市経済観光局が示した「企業誘致と観光客誘致で一体的に展開することにより、相
乗効果を図ることができる。
」ことを受けたものである。プロジェクトのアウトプットとし
ては、シンプルなメッセージやマーク等を表現すること、今後のブランド展開の方向性(未
来に向けた横浜のイメージ)を示すことであった。プロジェクトは 2008 年 12 月に開始さ
れた市民ボランティアの募集、有識者による都市ブランド研究会の開催を皮切りに、2010 年
9
4 月~5 月に行われたロゴマークの市民投票まで約 2 年半に渡った。プロジェクトの前半部
分では、有識者からブランド構築に関する研修を受けた市民ボランティア(約 300 名)が中
心となって、ワールドカフェ19(約 500 名が参加)、出張ワークショップ20(25 回)、イメージ
コレクターズ21(書体等からヨコハマのイメージの明確化を図った)、つながりインタビュ
ー22(WEB 上に 374 件アップされた)等が行われ、ヨコハマの既存イメージ、将来イメージ等
に関して、
「未来性」
、
「独自性」
、
「社会価値」の視点から議論された。そして、プロジェク
トの後半部分では横浜市と有識者が中心となり、市民の意見を集約し、それらを元にしたス
テートメント(未来のヨコハマが備えるべき個性や魅力を文書化したもの)、スローガン、
ロゴマークの案が作成された。特にステートメント(案)は市民があげたヨコハマの特徴・
強み(①多様性を真正面から受け入れるオープンマインド力、②自然(海・緑)と街の調和、
③市民自ら新しいコトを創りあげようとする進取の気風)と社会的価値(違いを認め合い、
お互いを活かしながら高め合う社会を創る)に基づいて作成された。
その後、それらについて、市民との対話(ワークショップ)
、投票(2010 年 4 月)を経て、
最終的にステートメント、スローガン(「OPEN YOKOHAMA」とし、開放的かつ自由な横浜らし
さを表現した)
、ロゴマーク(
「風車の羽」をモチーフとした。図表 3 を参照)が決定された。
現在は、それらを基盤とし、
「OPEN YOKOHAMA」のスローガンを合い言葉としながら、市民参
加型動画配信サービス「channel OPEN YOKOHAMA」
「team OPEN YOKOHAMA」等を通じて、ブラ
ンドの具現化及び内外におけるヨコハマブランドの浸透活動を行っている。
図表 3 横浜のロゴマーク
出所:横浜市,http://www.city.yokohama.lg.jp/bunka/outline/brand(2014.2.18 アクセ
ス)。
横浜市の事例は、①景観、歴史・文化等の保全ではなく、地域のブランド構築を目的とし
て、多くの市民が参加したこと、②市民はヨコハマの既存・将来イメージ等をほぼゼロベー
スで議論したこと、③市民と行政が一体となって取り組んだこと、において先駆的であり、
大変意義がある。また、企業誘致ブランド構築の観点からいえば、「観光」と「企業誘致」
は双方ともに「招き入れる行為」であるため、それらを統合することで相乗効果を狙った「招
き入れるブランド」の構築を試みた演繹的なアプローチであったと言える。
10
図表 4 横浜市における「招き入れるブランド」の構築
出所:筆者作成
このように、地方自治体は、観光ブランドと企業誘致ブランドを分離された関係ではなく、
相互依存もしくは相乗効果が期待される関係として捉えている。
(2)政府の動き
政府レベルにおいても、この自治体の動きに呼応するように、観光ブランドと企業誘致ブ
ランドの関係性を考慮に入れた取り組みが開始され始めた。例えば、観光庁は観光の取り組
み方針として 4 つの段階「知ってもらう」、
「来てもらう」、
「満足してもらう」、
「人と知恵、
投資を惹きつける」を設定したが、これは、地域ブランドの認知・浸透・強化が最終的に域
外からの「投資」
(誘致)に繋がることを示したものである。また、2013 年 10 月、経済産
業省外郭団体である一般財団法人対日貿易投資交流促進協会は、筆者がモデレーターとな
り、
「地域ブランド戦略と外資誘致」というテーマで地方自治体の観光及び企業誘致担当者
向けにセミナーを開催したが、そこでは国土交通省観光庁の参事官(日本ブランド発信・外
客誘致担当)と経済産業省所管の日本貿易振興機構(JETRO)対日投資部長によるパネルデ
ィスカッションが行われた。政府の取り組みにおいては、常に縦型組織の弊害が指摘される。
そのため、経済産業省と国土交通省が同じセミナーに登壇し、議論するというこの取り組み
は画期的であり、新たな潮流であると言える。なお、参加者からは「対日投資と観光振興は、
外から招き入れるという点でシナジー効果があることがよくわかった。」等、ポジティブな
評価が多く聞かれた。
このように現在、自治体及び政府において、
「観光ブランド」と「企業誘致ブランド」は
互いに影響を及ぼし合う存在であると捉えられており、地方自治体にとって、観光ブランド
と企業誘致ブランドが個別に確固たる地位を確立されること及び強化されることは、後の
相乗効果を考える上でも重要かつ必要なことである。しかし、先述したように、筆者は地域
ブランド研究において、地域 ID と BI の一致を目指しているため、本稿においては、交流人
口の増加に寄与する観光ブランドに焦点を絞り論じたい。そして、企業誘致ブランドについ
ては、付論として纏める。
3.地域ブランドの社会的な課題
11
このように観光や企業誘致における「地域ブランド」の活用は、交流人口の増加や雇用の
増加に寄与する地域活性化の実現に有力な方法であることは間違いない。しかし、地域ブラ
ンドの構成要素である BI は、本来地域 ID のシンボルとしての地域資源が活用されるべき
であるが、地域ブランドという概念は常に外からの評価に立脚しており、自治体や政府にお
いても、その評価向上を前提にして取り組んでいる。そのため、地域ブランドの構築に成功
したとしても、地域 ID と乖離する可能性が高い。つまり、現状のままでは、過去の全国国
土総合計画における失敗を繰り返すこととなろう。従って、地域ブランドの創造においては、
地域資源を活用していかに地域 ID と BI を一致させることができるかが重要であり、これ
は地域活性化を実現するために「地域ブランド」を活用する際の社会的な課題であるといえ
る。
アカデミアにおける地域ブランド研究(2000 年前半から)においては、
(詳細は第三章で
述べる)
、企業ブランドの研究から発展し、企業ブランドとの違いを比較しながら、地域ブ
ランドとはいったい何なのか、について、力点が置かれてきた。例えば、地域ブランドの概
念や定義、企業ブランドとの違い、地域全体ブランドと地域個別ブランドとの関係性、地域
ブランドが創造される全体プロセス、地域ブランドを創造するのに必要となるマネジメン
トの枠組み等である。あるいは地域ブランドの活用に成功した自治体の事例研究があるが、
それは事例紹介にとどまっている。そのため、筆者が考えるような地域 ID と BI との整合
性やそのシンボルとなる地域資源との関連を意識した研究は見られない。それは、地域ブラ
ンド研究の歴史が浅いからであると考えられる。つまり、今後の発展の余地は大きい。
第四項 本研究の問いと目的
そこで、ここまでの議論を踏まえた上で、「自治体は地域活性化に寄与する観光まちづく
りにおいて、地域資源を活用し、地域 ID と BI を一致させた地域 BID を創造することは可
能か。可能であるとしたらどのような方法があるのか。
」を本稿の問いとし、その問いを明
らかにすることを本稿の目的とする。自治体の立場から論じる理由は、自治体は、地域ブラ
ンドの構築プロセスにおいて、程度の違いはあるにせよ、主体となる可能性が高いからであ
る。先行研究においても、例えば矢吹(2010)は、自治体を「究極のネットワーカー」とし
て位置付け、他のステークホルダーとの相対的優位性について論じている。つまり、自治体
は、地域ブランドを活用した観光まちづくりの成否に影響を与える存在である。このような
理由から、本稿では基本的に自治体の立場(市役所における観光課や産業政策課等)から論
じていく。
なお、観光まちづくりにおける地域ブランドの創造には、企業ブランドと異なり、多くの
ステークホルダーが関わる。これがその創造を困難にしている要因の一つであるが、本稿に
おける事例研究においては、自治体が関わるステークホルダーとして、市民・町民、住民等
に絞る。企業を取り上げない理由は、地域ブランドに寄与するのは、往々にして製造業の企
業城下町(トヨタの豊田市、シャープの亀山市等)や企業の CSR 活動23の結果である(もち
12
ろん伊勢の赤福等の例外はある)からであり、また、旅行会社等の活動は、地域住民の主体
性を奪うこともあるため、真の地域活性化に繋がらない可能性があるからである。さらに、
メディアやブロガーについては、自治体が戦略的に BI を創造する際、あるいは地域 ID を
創造する際に活用されるものであると筆者は認識しているが、その活用方法は多様であり、
また、ビッグデータ24による分析等が必要となるという理由から、本稿では扱わないことと
した。しかし、地域 BID の創造及び地域ブランドの確立及び観光まちづくりには必要な要素
であると認識しているため、モデルには組み込む。
なお、経験上、地域 BID を域外に伝える主体は自治体というより、むしろ財団法人等の観
光協会や旅行会社であることが多い(観光協会については自治体の職員が入っていること
もある)
。また、昨今では、先述したように一般観光客がブログ等でその役割を担うことも
ある。そのため、地域 BID の認知度・普及度は、彼らの能力や戦略に依存する。つまり、自
治体の主な役割は、彼らへの働きかけということとなるため、
「地域 BID を伝える」という
域外への発信プロセスについては、本研究対象に含めないこととする。
第五項 研究方法
地域ブランドは、経営学における企業ブランド論を基盤とし、地域への適用を目指して発
展してきた学問領域である。そして、経営学においては先進事例等の取り組みを考察しなが
ら、概念化を試み、その他企業活動への応用を目指す帰納的なアプローチ手法が採られるこ
とが多い。これは詳細を分析することで、既存の理論では説明できない事象を捉え、新たな
理論を構築するのに適しているアプローチ手法であるといえる。
特に本研究は、地域ブランドの中でも、地域 BID の創造プロセスについての研究であり、
そのプロセスにおいては、各地方自治体のマネジメントが鍵となる。マネジメントについて
の研究は、主に経営学の分野において発展してきた。その代表的な研究者である Mintzberg
(2005)は「マネジメントとは本来、「クラフト(=経験)」
「アート(=直観)」
「サイエン
ス(=分析)
」の三つを適度にブレンドしたものでなくてはならない。
」と言い、サイエンス
偏重の研究に警鐘を鳴らしアートの側面を強調している。マネジメントにおけるアートの
側面は、Peters & Waterman(1982)、Collins & Porras(1994)等によって強調されており、
彼らは個別に具体的な現実(主に事例研究)に注目し、そこから理論モデルの創造を試みて
きた。なお、マネジメントをアートではなく、サイエンスとする研究者としては Simon(1997)
が代表的であり、彼らは演繹的なアプローチをとる傾向にある。数字によるモデル構築を好
み、経済学の分野でよく用いられる手法である。
従って、本研究における地域ブランドは、経営学を基盤として発展していることもふまえ、
サイエンスというよりむしろ、アートとして捉えたい。そのため、演繹的アプローチではな
く、帰納的アプローチをとる。
一方、地域ブランドは、
「地域」を扱う学問であるため、地域学の領域ともいえる。戸田
(2005)は、地域社会を対象とした研究を「地域学」とし、その概念を「地域の多様性を探
13
り、個性(=地域特性)の復興をめざすための学問と定義した。この場合、歴史、風土等を
考慮に入れる必要があり、詳細な文献調査、関係者へのインタビュー調査等が鍵となる。さ
らに、地域ブランドの構築には地域におけるステークホルダー間の合意形成を伴うため、そ
こでは社会学、コミュニケーション学におけるアプローチ方法を援用した参与観察の手法
が有効となろう。このように地域ブランドの学問領域は複合的かつ学際的であり、どの部分
をどのように扱うかによって、適切なアプローチ方法は異なる。
本研究においては、複数の事例を取り上げ、
「まちづくりコンセプト」、
「観光まちづくり
コンセプト」
、
「地域資源」
、
「地域 ID」
、
「BI」
、さらに、地域 ID と BI の一致(地域 BID の創
造)に注目しながら論じ、問いに答えていく。そして、地域 BID 創造プロセスにおける各要
素の連関を示した連関図を示し、そこから一般化したモデルの構築を試みる。ここでいう一
般化とは類似する事例一般への適用を提案する経験的一般化のことであり、モデル構築に
おいては、先行モデルを基盤としていない。筆者によるオリジナルである。というのも、こ
のような着想に基づくモデルは先行研究に類を見ないからである。
このように、
「まちづくり」の観点から考えれば本研究は地域学であるが「観光」
「ブラン
ド」という観点で考えれば、他地域との「差別化」に力点が置かれるため、経営学に近い。
すなわち、本研究は地域学と経営学を融合した学際的な研究であると言える。
本研究の具体的な方法を以下に述べる。本研究において、静的な先行研究のレビューは主
に文献調査によって行われ、Ⅱ部の観光まちづくりにおける地域 BID の創造(事例研究)で
は、金沢市と川越市が公的文書等の文献調査、関係者(市役所における関係部課)へのイン
タビュー、観察によって行われ、また、小布施町は公的文書等の文献調査及び観察によって
行われる。そして、それらを組み合わせながら帰納的に分析していく。
つまり、本研究は質的研究である。質的研究の手法は、Creswell(2007)によれば、
Narrative research、Phenomenology、Grounded theory、Ethnography、Case study の 5 つ
に分類される。Narrative research は、個人に焦点を絞り、個人に経験を語ってもらい、
それを記録・分析する手法であり、また、Phenomenology とは、現象の本質に迫っていく方
法である。さらに、Ground theory は Glaser と Straus によって開発されたが、質的データ
から帰納的に理論を生成するために使われる手法であり、Ethnography はあるグループに共
有する文化の傾向について記述する形式である。そして、事例研究とは、ある事例を深く掘
り下げて分析していく方法である。本稿は質的データからのモデル構築を視野に入れて論
じており、また、その質的データを収集する過程においては、地域の深い理解及び地域特性
の考慮が必要不可欠であるため、Grounded theory、Ethnography、Case study の手法をブ
ランドした手法であると言える。
第六項 本稿の構成
これまで述べた目的及び問いに対する解を探求するため、本稿を序論、本論、結論、付論
に分けた。特に、本論をⅠ部(地域活性化と地域ブランドの先行研究:第一章、第二章、第
14
三章)
、Ⅱ部(観光まちづくりにおける地域 BID の創造(事例研究)
:第四章、第五章、第六
章、第七章)に分けた。
図表 5 本稿の構成
出所:筆者作成
第一章ではこれまでの日本政府の観光政策について概観し、中央政府による国づくりの
変遷を概観し、
「地域活性化と観光」について述べる。第二章では、地域ブランド研究の基
盤となっている企業ブランドについて、代表的研究者である Aaker と Keller の先行研究を
中心にレビューし、第三章の地域ブランドに関する議論に繋げる。第三章では国内外の地域
ブランドの先行研究を網羅的にレビューするとともに、先行研究等から既に明らかになっ
ている地域ブランド構築プロセスにおける課題を整理する。そして、第四章ではステークホ
ルダーが明確である地域の事例として金沢市と川越市の事例を取り上げ、
「まちづくりコン
セプト」
、
「観光まちづくりコンセプト」、
「地域資源」、「地域 ID」、
「BI」に着目しながら論
じる。また、第五章においては第四章を基盤として連関図を提示し、地域 BID 創造プロセス
をモデル化する。さらに、第六章では、ステークホルダーが不明確な地域の事例として小規
模自治体を取り上げ、その中でも小布施町を事例として論じ、第七章において、類似環境を
有する地域へ応用することが可能な連関図を提示し、地域 BID 創造プロセスをモデル化す
る。そして、付論 1 として、政府の対日投資政策について取り上げ、付論 2 として、行政に
よる企業誘致ブランド創造プロセスにおける BI の創造と BI の伝達の観点から纏める。
第七項 本研究の意義
最後にあらためて、本研究の意義を確認し、序論を締めたい。本研究の意義は四つある。
第一に、地方分権化の流れの中、地域が主導で行われる地域活性化の実現は社会的課題で
ある。本研究はその社会的課題を解決する手段として地域ブランドを取り上げており、時宜
にかなっている25。
15
第二に、地域 ID とそのシンボルである地域資源が意識されていることである。これまで
の地域ブランド研究においては、地域資源を活用した地域 ID と BI の一致、すなわち地域
BID の創造は、社会的課題であるのにもかかわらず、企業ブランド論から発展してきたこと
もあり、外部からの評価を基盤としており、軽視されてきた。従って、本研究の結果はこの
ような社会的課題の解決に寄与する。
第三に、
「まちづくりコンセプト」
、
「観光まちづくりコンセプト」、
「地域資源」、
「地域 ID」
、
「BI」の連関が明らかになることにより、結果として地域 BID の創造プロセスもまた明らか
になることである。先述したように、学術的に地域ブランドに関する研究は増加傾向にある。
しかし、それらの多くは、大枠を示すか、構築に成功した自治体の事例報告に留まっており、
他自治体へ応用可能なモデルの構築には至っていない。そのため、本研究から生み出される
成果は新規的であり、これから戦略的に地域ブランドを構築しようとする地域に一定のノ
ウハウを与えることとなる。
第四に、本研究によって地域 BID の構築プロセスが明らかになり、地域ブランドが構築さ
れれば、それは当該地域の活性化だけでなく、他地域との「差別化」をももたらすことが可
能となることである。地域はグローバル競争、自治体間競争にさらされている。そのため、
他地域、他自治体からの徹底的な「差別化」は、今後、地域が生き残るためには必要不可欠
なことであり、確固たる地域ブランドの確立はその一助となる。
第五に、地域ブランドの構築プロセスにおける地域資源の再発見・再認識である。地域の
活性化策を策定する際、地域のコンテンツに過度に依存するのは好ましくない。なぜなら、
地域のコンテンツはコモディティ化されており、実際にコンテンツによって地域の「差別化」
を実現するのは困難だからである。しかし、地域ブランドの構築には、ブランドの柱となる
コンテンツとその適切な活用が必要不可欠である。そのため、地域ブランドを構築するとい
うことは、いままで地域に埋もれていた魅力ある資源を顕在化させる作業を行うことでも
あり、この作業を通じて、地域のリソースを再発見・再認識することとなる。
*第二節 2.観光ブランドと企業誘致ブランドにおける記述は、政府系外郭団体調査報告書,
「地域ブランド戦略と外資誘致」の筆者執筆箇所「Ⅰ・地域ブランドと企業誘致」,一般財
団法人対日貿易投資交流促進協会より、一部抜粋及び加筆したものである。
注
1
対日投資促進事業とは、①外国資本の全国的誘導及び地域経済活性化の視点に立っての事業展開を図
る、②国内企業立地関係機関等との連携を図りつつ、事業の選択と集中を図りつつ実施する、から成り立
つ。
2 対日アクセス支援事業とは、①輸入ビジネス支援事業(輸入ビジネスの起業・開業を目指す個人及び中
小卸売・小売店を対象に小口輸入を中心とした輸入ビジネスに係る各種情報の収集・提供及び相談事業を
実施する。
)②特定政策課題支援事業(国民の健全かつ安全な消費生活の向上に資するため、知的財産
権、製品安全、福祉の各分野における各種情報の収集・提供及び相談事業を実施する。
)③開発途上国支
援事業(開発途上国の輸出振興協力への観点から、展示・セミナー等、開発途上国産品の我が国市場への
紹介事業を実施する。
)から成り立つ。
16
3
4 回のワークショップとは、第 1 回「PR 手法の変化~マスから個人へ~」
(2010.7)
、第 2 回「メディア
リレーションズを中心とした世論形成」
(2010.9)
、第 3 回「地方自治体の海外での企業誘致活動事例に学
ぶ」
(2010.11)
、第 4 回「海外自治体の企業誘致活動に学ぶ」
(2011.1)のこと。
4 「地方自治体と外資系企業~震災に学ぶコミュニケーション~」
(2011.11)のこと。
5 第 1 回「PR に学ぶ~外国企業へアクセスする方法」(2012.1)、第 2 回「行政におけるソーシャルメディ
アの活用」
(2012.2)のこと。
6 2013 年より、一般財団法人地域活性化センターとなった。
7 エリア・イノベーション・アライアンスは 2009 年 11 月に設立し、国内外の中心市街地及び農村漁村等
の地域活性化に取り組む団体との連携した、地域の自立経営モデルの構築を目的とした一般社団法人。
8 テクノポリス構想とは通商産業省によって構想され、1983 年 7 月 15 日施行の高度技術工業集積地域開
発促進法(昭和 58 年 5 月 16 日 法律第 35 号)によって制度化。全国 26 の地域が指定された。
9 地域活性学会は 2008 年 12 月に設立。
10 地域デザイン学会は 2012 年 1 月に設立。
11 地域が一丸となって、地域の伝統的な技術や素材等の資源を活かした製品等の価値・魅力を高め「日
本」を表現しつつ、世界に通用する JAPAN ブランド実現していこうとする取り組みを総合的に商工会、商
工会議所等を通じて支援する制度。
12 2003 年 4 月より、訪日外国人観光客の増加を目的としたビジットジャパンキャンペーンを開始。
13 2013 年末時点で 1036 万人。
14 自由民主党総裁の安倍晋三が第 96 代内閣総理大臣に任命され、2012 年 12 月 26 日に成立。第一次安倍
内閣は 2006 年 9 月 26 日から 2007 年 8 月 27 日まで続いた。
15 安倍晋三総理大臣が第二次安倍内閣において掲げた一連の経済政策に対して与えられた通称。安倍と
エコノミクスを合わせた造語。
16 台湾国際旅行博(ITF)は台湾観光産業の展示会であり、2012 年には 60 ヶ国 850 団体、1200 の展示ブ
ースが参加。約 26 万人が来場。
17 岐阜県はこの取り組みとは別に後述する GNI にも参加し「企業誘致」に取り組んでいる。
18 日本経済新聞電子版 2014 年 2 月 7 日記事を参照。
19 ワールドカフェとは、Juanita Brown(アニータ・ブラウン)と David Isaacs(デイビッド・アイザッ
クス)によって、1995 年に開発・提唱されたファシリテーション手法の一つ。カフェにいるような雰囲
気の中、テーブルで自由に対話することが特徴。
20 事前に研修を受けたボランティアメンバーが自主的に出張ワークショップを運営。各地域や所属する
コミュニティ等において 10 人から 30 人規模で行われた。
21 イメージコレクターズとは、横浜にまつわる“なんとなく”のイメージを市内外の方から収集して明
確にするために行われた活動のこと。ヨコハマのイメージを表現する書体や現在と未来のヨコハマにふさ
わしいフォントについて、アンケート及びインタビューが行われた。
22 つながりインタビューとは、ヨコハマと関わった「体験」やヨコハマの「未来」について聞いたり、
語っていくことで、ヨコハマの素晴らしいところに気が付いたり、発見をしていこうという活動のこと。
インタビューを受けた人がインタビューをしていくことが特徴。
23
CSR とは、corporate social responsibility の略であり、利害関係者(ステークホルダー)に対する
企業の社会的責任のこと。
24
従来のデータベースでは処理できない巨大なデータ群のこと。
25
安倍晋三総理大臣は、全閣僚が参加し、省庁横断で地域活性化に取り組む「地方創生本部」
(本部長・
首相)を発足させる考えを表明している。その内容は、①自治体に採用され、過疎地で地域ブランド開発
などに当たる「地域おこし協力隊」を、3 年間で現在の 3 倍の約 3,000 人に増やす、②地域の特産品など
を作る中小零細企業を支援するための法整備を行う、である。
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[6]日経テレコン,https://t21.nikkei.co.jp/(2013,11,30 アクセス)。
[7]日本経済新聞電子版 2014 年 2 月 7 日,
http://www.nikkei.com/article/DGXNZO66497750X00C14A2MM0000(2014.2.18 アクセス)
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[8]横浜市統計ポータルサイト「人口ニュース」,
http://www.city.yokohama.lg.jp/ex/stat/jinko/news-j.html(2014.2.18 アクセス)。
[9]横浜市,「策定のプロセス(イマジン・ヨコハマの軌跡)
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。
[12]JTB 総合研究所, http://www.tourism.jp/glossary/industrial-tourism/(2014.8.1 アクセス)。
18
本論
Ⅰ部
地域活性化と地域ブランドの先行研究
第一章
地域活性化と観光
-開発からの脱却-
今日においては、海外においても、また、国内の多くの地域においても「観光」が重要視
され、また、
「観光」を通じたまちづくり、地域活性化が志向されている。しかし、
「観光ま
ちづくり」や「観光による地域活性化」は今日に始まったものではない。これまでも多く議
論されてきた。しかし、その中身あるいは主体は時代とともに変質している。そのため、観
光まちづくり、観光による地域活性化を志向する上で、その歴史的経緯を押さえておく必要
がある。そこで、本章ではまず、これまでの日本政府による政策及び今日の観光のトレンド
について概観するとともに、それらの課題について論じる。
第一項
はじめに
交通機関等の発達により、国内外への旅行が容易になった。国連世界観光機構(United
Nations World Tourism Organization:UNWTO、以下 UNWTO と略す)によると1、2013 年の国
際観光客到着数は 10 億 8700 万人であり、年々、増加している(図表 1)
。
図表 1 国際観光客到着数の推移
出所:国連世界観光機構(UNWTO)(2014) p11
国内外からの旅行客の受け入れは交流人口2の増加をもたらし、経済的な利益を生むため、
少子高齢化等に起因とする経済力の低下が課題である先進国では、「観光」は国策の一つと
して捉えられている。また、地方自治体レベルにおいても「観光」は「地域活性化」を実現
する戦略的な方策の一つとして取り組まれている。こうした世界的な潮流において、UNWTO
は外国人観光客受け入れ人数を国ごとにランキングしており、毎年、それを公表している3。
また、世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF、以下 WEF と略す)は「観光競争
力」という指標4を創り、その指標に基づいた国のランキングを公表している。さらに、ア
カデミアにおいては、国内外において経営学を基盤とした「観光マーケティング」という分
19
野が確立されつつある。例えば、その代表的な研究者の Kolb(2007)は、観光客がある「都
市」についてポジティブな連想を抱くことができるかどうかは、その都市が「潜在的観光客」
に感情的にアピールできるかどうか(エモーショナルバリュー)
、観光客が「都市」を来訪
することによってステータス(セレブリティ・バリュー)を得ることができるかどうかであ
ると述べ、ボストン・コンサルティング・グループが 1970 年代に提唱したプロダクト・ポ
ートフォーリオ・マネジメント(PPM)を応用し、都市を「エモーショナルバリュー」と「セ
レブリティバリュー」の 2 つの軸で分類するとともに、それらを名声都市(celebrities)
、
負け犬都市(losers)
、問題都市(problem places)
、スター都市(potential stars)とし
た(図表 2)
。なお、名声都市は、エモーショナルバリュー、セレブリティバリュー両方と
もに高く、負け犬都市はその反対である。スター都市は、エモーショナルバリューはあるが、
セレブリティバリューは持っていない。問題都市は、エモーショナルバリューは低いが、都
市としては有名である。このように「観光」は 2000 年代において世界的な潮流であると同
時にグローバルな都市間競争が行われており、その競争は日々激しさを増している。
図表 2 Kolb によるポートフォーリオを用いた都市の分類
出所:Kolb(2007)pp174-175 の記述から筆者作成
日本もこうした背景のもと、国土交通省を中心に今日まで「観光振興」に取り組んできた。
そこで、本章では日本政府の観光振興に対する取り組みの歴史的変遷を全国総合開発計画
から確認する5とともに、
「着地型観光」、
「ニューツーリズム」等の今日の「観光振興」の概
念とその課題について論じる。
第二項
国土政策における観光振興の変遷
観光は国土政策・地域政策との関わりが深い。そのため、1962 年以降、5 次にわたって計
画され、各種政策の基盤となって実行されてきた「全国総合開発計画」から日本における「観
光」の位置づけを明らかにしていく。
20
第一節 全国総合開発計画(一全総)
第一次全国総合開発計画は、1962 年に地域間の均衡ある発展を基本目標として策定され
た。
「観光」については、第 7 章において「観光開発の方向」という章が設けられており、
①観光開発の問題点、②観光開発の方向、③観光開発推進上の基本方針、が示されている。
観光開発の問題点としては「都市の過大化、社会機構の複雑化による緊張増加および所得水
準の向上、余暇の増大にともなう国民生活における観光の必需化、ならびに国際交通の活発
化にともなう国際観光の拡大」、
「産業開発の積極的推進にともない予想される産業開発と
観光開発との地域的調整」があげられた。観光開発の方向性としては、低開発地域の観光開
発(その対象は主に自然の景観、風俗習慣等を中心としたもの)
、政治、経済、文化の中心
地としての都市およびその周辺の観光開発(その対象は主に文化財、特殊建築物その他人工
美)とされた。そして、観光開発推進上の基本方針としては、「自然の景観、史跡、名勝、
天然記念物等の文化財について、積極的な保護をはかるものとし、この場合産業開発との関
連に十分留意し両者の調整をはかる」とした。
この第一次全国総合開発計画が策定された時期は、高度経済成長への移行時期及び 1960
年に策定された「所得倍増計画」
(太平洋ベルト構想)と重なっており、2 年後には東京オ
リンピックが控えていたことから、全体として「開発」や「国際観光」に重点を置いた内容
となっている。
第二節 新全国総合開発計画(新全総)
1969 年に策定された新全国総合開発計画(2 次)においては、「豊かな環境の創造」が基
本的目標とされた。その計画において「観光」という用語は「観光レクリエーション」に置
き換わり、産業開発プロジェクトにおける「観光リクリエーションの主要計画課題」として
扱われた。そして、国民総生活時間に占める戸外レクリエーション時間の拡大に伴う消費水
準の向上、機動性の増大の結果、レクレエーション需要は大幅に増大すると予測した。さら
に、そのレクリエーション形態は大きな空間を必要とする活動の比重が高まることを予測
し、自然観光レクリエーション地区の整備の推進を掲げた。しかし、同時にその際、自然と
の調和には十分配慮しなければならないということについても言及している。
第三節 第三次全国総合開発計画(三全総)
第三次全国総合開発計画は 1977 年に策定され、基本計画は「人間居住の総合的環境の整
備」であった。その計画では「観光」という用語が消え、代わりに「生活様式と水準」の箇
所において「レクリエーション」という項目が立てられる等、
「レクリエーション」という
言葉に置き換わった。そして、今後、15 年間におけるレクリエーション需要(レクリエー
ション時間、日帰り及び宿泊の拡大)を予想するとともに、地域に過度に利用が集中した際
の自然環境の悪化について、懸念を表明している。さらに、自然環境の保全とレクリエーシ
ョン利用との調整が重要な課題となるとした。第三次全国総合開発計画は「基本計画」から
21
も分かるとおり、日々の日常性に重点を置いたものである。そのため、日常性から逸脱した
経験をすることができる「観光」には焦点が当てられておらず、その代替行動として、「リ
クリエーション」が掲げられたと考えられる。
第四節 第四次全国総合開発計画(四全総)
第四次全国総合開発計画は 1987 年に策定され、
「多極分散型国土の構築」が基本計画とし
て掲げられた。その計画においては「観光レクリエーション」という言葉が多く使われ、第
三次ではなかった「観光」や「観光レクリエーション」という用語が復活した。さらに、
「第
Ⅳ章 計画実現のための主要施策」では、
「充実した生活の基盤の整備とともに、観光レクリ
エーション産業の振興等地域活性化のための新たな施策を展開する必要がある。
」と謳われ
ており、地域の特性を活かし、地域が主体となって行う「観光レクリエーション産業振興」
が、地域活性化の方策の一つであることを明示した。1987 年は、バブル経済を背景とした
「総合保養地域整備法(通称:リゾート法)6が制定されており、地方におけるリゾート開
発が推奨された時期である。第四次全国総合開発計画は、このリゾート法と呼応して策定さ
れていることも注目に値する。なお、このリゾート法に基づくリゾート開発は当初より、環
境破壊に繋がるのではないか、ニーズが本当にあるのか、地域振興につながるのか等の批判
が多くあったが、それらの意見に反して推進されることとなった。しかし、結果は 1990 年
代のバブル経済の崩壊もあいまって、見るべきものが少なかった。地方ではこのリゾート法
が相次いで適用され、
最終的に 42 か所の施設が建設されているが、
その代表的な失敗例が、
宮崎のシーガイアと長崎のハウステンボスである。シーガイアは 1994 年 10 月に全面開業
し、総事業費が 2000 億円を投じたが、毎年約 200 億円の赤字を計上、結局、7 年半で破綻
することとなった。また、ハウステンボスは、1992 年 3 月に開業し、順調に入場者数を伸
ばすも、その後はリピーターの確保に苦しみ、2003 年には会社更生法を適用している。ま
た、リゾート法を適用しなかったが、夕張市の破綻は、バブル期におけるテーマパークへの
リゾート施設の過剰投資の失敗が理由である。これらの地域による施設の建設等はバブル
期における投資心理が多少なりとも影響を与えたと考えられる。しかし、これらの投資が失
敗した根本的な要因は、地域の特色や地域の意向を一切無視したハコモノ行政であり、域内
外における継続的な活用・利用についての需要が無視されたこと、あるいは需要予測の調査
不足である。また、もし需要が考慮されていたとしても、その需要をさらに喚起させる仕掛
けがなかったことも一因であろう。そして、それはひとえに、「行政のマーケティングマイ
ンド及びスキルの欠如」の結果であり、それが最終的に BI 創造の失敗を招き、あるいは BI
創造に仮に成功したとしても、地域 ID との乖離を招いたのである。
第五節 21 世紀の国土のグランドデザイン(五全総)
1998 年に策定された「21 世紀の国土のグランドデザイン」は、第 5 次全国総合開発計画
としての位置付けである。基本計画は「多軸型国土構造形成の基盤づくり」とした。
「観光」
22
については、第 2 章の第 3 節において「国内及び国外からの観光の振興」というタイトルで
3 頁にわたり述べられており、これまでの計画よりも「観光」が重視されていることが伺え
る。さらに、全体として「レクリエーション」色が消え、その代わりに「観光振興」が強調
されており、その必要性がメリット(交流の増大による地域の空間価値の再認識、産業振興
や雇用創出等による地域活性化)とともに提示されている。特筆すべきは、①観光振興が「国
際観光の振興」と「国内観光等の振興」の二つに明確に分類され、それぞれに必要な施策・
取り組み、環境整備等があげられていること、②「観光による地域の振興、活性化を図る観
点から、地域独自の自然、文化、歴史等を活用したイベントや体験型観光の育成を進める」
とし、地域からの情報発信もまた重要であるとされたことである。これは、観光を「人工的
な施設のレクリエーション」から、
「現存する地域の自然や文化に触れること」への転換で
あり、同時に観光地の形成方法が「開発型」から「保全型」へ明確に転換したことを意味し
ている。
ここまで、5 次にわたる全国総合開発計画における「観光」の位置づけについて確認して
きた。国土政策における「観光」の位置付けは、当時の時代背景等によって異なる。しかし、
大きな転換期となったのは、やはり前節で述べた 1998 年策定の「21 世紀の国土のグランド
デザイン(5 次)であろう。その理由は大きく分けて二つある。第一に、国外の外国人を初
めて対象としたことである。それまでの観光の位置づけは、歴史的に国内の日本人を対象と
したものであった。第三章で述べたように、海外においては古くから原産国効果(COO)7に
ついての研究が多く行われてきたように、いかに国外に自国の魅力を伝えるかに焦点があ
てられてきたため、当初より国際観光を意識してきた。第二に、この計画以前の国土政策に
おける「観光」は主に経済発展を伴う「開発主義」を基盤としていたが、第 5 次計画におい
ては、その「開発主義」からの明確な脱却・転換がみられ、①既存の地域資源を活かしなが
ら、地域の特色を全面に出すこと、②地域が主体的に取り組むこと、が全体を通して明示さ
れたことである。
第六節 国土総合開発から国土形成計画へ
国土総合開発計画ができた当時(1962 年)は、
「開発」を基調とした均衡した量的拡大が目
標とされた。しかし、経済発展に伴い、「量」よりも「質」、「自由な選択」と「自己責任」
が重視されるようになった。そのため、
「国土総合開発法」は抜本的な改正の必要性に迫ら
れ、2005 年 7 月、
「総合的な国土の形成を図るための国土総合開発法等の一部を改正する等
の法律」が成立した。名称も「全国総合開発計画」から「国土形成計画」に変わった。なお、
この法律に基づく国土形成計画は 2008 年 7 月に閣議決定されている。国土形成計画の基本
的な方針は二つあり、それらは、①量的拡大「開発」基調から「成熟社会型の計画」へ、②
国主導から二層の計画体系(分権型の計画づくり)へ、である。
また、
「観光」については、第 2 章「産業に関する基本的な施策」第 2 節「地域を支える
23
活力ある産業・雇用の創出」において、
「地域経済を広く活性化するためには、地域の特色
を活かし、観光・集客産業や地場産業、農林水産業等を展開していくことが必要である。観
光・集客産業は、地域の主体的な取組により魅力的な観光地を形成していくとともに、地域
独自のビジネスモデルを確立し、多様化するニーズへの対応力を高めていくことが必要で
ある」と述べられており、地域が主体的となって行われる「観光」は、地域の活性化に繋が
るため、推進すべきであることが強調されている。
第七節 2000 年代における日本政府の「観光」に対する取り組み
1.国際観光振興
こうした変遷を経て、日本政府は前節で述べた「国土形成計画」を基盤とし、
「観光振興」
を国策として取り組むようになる。2003 年には来日外客数の増加を目的としたビジット・
ジャパン・キャンペーン8が開始された。このキャンペーン中、リーマン・ブラザーズ証券
の破綻9を主要因とした世界的な景気の落ち込みや東日本大震災の発生とそれに続く大津波、
福島第一原子力発電所の事故10等の突発的な外的要因による来日外客数の一時的な大きな
減少を経験したが、アベノミクス等を起因とする円安基調も後押しし、全体として来日外客
数は増加傾向にある11。2013 年に入ってからは、円安基調及び 2020 年夏季オリンピック東
京開催の決定を受け、国際観光の重要性はかつてないほど増している。訪日外国人旅行者数
もまた増加基調にあり、2013 年には 1000 万人を突破した12。(図表 3)。
図表 3 訪日外国人旅行者数の推移
24
出所:国土交通省観光庁「訪日外国人旅行者数の現状」
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kokusai/vjc.html(2014.6.30 アクセス)
この傾向に拍車をかけたのは、政府が 2012 年 3 月、2007 年 1 月に施行された「観光立国
推進基本法」13の規定に基づき「観光立国推進基本計画」14を閣議決定したことである。その
基本計画は「観光の裾野の拡大」と「観光の質の向上」という方向性で策定され、「4 つの
基本的な方針」と「7つの目標」で構成された。4 つの基本的な方針とは、①震災からの復
興、②国民経済の発展、③国際相互理解の増進、④国民生活の安定向上、であり、7 つの目
標とは、①国内における旅行消費額<平成 28 年までに 30 兆円にする>、②訪日外国人旅行
者数<平成 32 年初めまでに 2,500 万人とすることを念頭に、平成 28 年までに 1,800 万人に
する>、③訪日外国人旅行者の満足度<平成 28 年までに訪日外国人消費動向調査で「大変満
足」と回答する割合を 45%、
「必ず再訪したい」と回答する割合を 60%とすることを目指す
>、④国際会議の開催件数<我が国における国際会議の開催件数を平成 28 年までに 5 割以上
増やすことを目標とし、アジアにおける最大の開催国を目指す>、⑤日本人の海外旅行者数
<平成 28 年までに 2,000 万人にする>、⑥日本人の国内観光旅行による1人当たりの宿泊数
<平成 28 年までに年間 2.5 泊とする>、⑦観光地域の旅行者満足度<観光地域の旅行者の総
合満足度について「大変満足」と回答する割合及び再来訪意向について「大変そう思う」と
回答する割合を平成 28 年までにいずれも 25%程度にする>)である。計画期間は 5 年間と
した。
図表 4 4 つの基本方針
1. 震災からの復興
2. 国民経済の発展
3. 国際相互理解の増進
4. 国民生活の安定向上
出所:国土交通省観光庁「観光立国推進基本計画」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/kankorikkoku/kihonkeikaku.html( 2014.4.17 アクセ
ス)
。
図表 5 7 つの目標
項目
具体的な目標
1.国内における旅行消費額
2016 年までに 30 兆円にする。
2.訪日外国人旅行者数
平成 32 年初めまでに 2,500 万人とすることを念頭
に、2016 年までに 1,800 万人にする。
3.訪日外国人旅行者の満足度
2016 年までに、訪日外国人消費動向調査で、
「大変満
足」と回答する割合を 45%、
「必ず再訪したい」と回
25
答する割合を 60%とすることを目指す。
4.国際会議の開催件数
我が国における国際会議の開催件数を 2016 年までに
5 割以上増やすことを目標とし、アジアにおける最大
の開催国を目指す。
5.日本人の海外旅行者数
2016 年までに 2,000 万人にする。
6.日本人の国内観光旅行による
2016 年までに年間 2.5 泊とする。
1 人当たりの宿泊数
7.観光地域の旅行者満足度
観光地域の旅行者の総合満足度について、
「大変満足」
と回答する割合及び再来訪意向について「大変そう思
う」と回答する割合を平成 28 年までにいずれも 25%
程度にする。
出所:国土交通省観光庁「観光立国推進基本計画」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/kankorikkoku/kihonkeikaku.html(2014.4.6 アクセス)
。
さらに、観光庁はそれらを達成するための取り組み方針として 4 つの段階15「知ってもら
う」
、
「来てもらう」
、
「満足してもらう」、
「人と知恵、投資を惹きつける」を設定した。これ
は、地域のブランド認知・浸透・強化が最終的に域外からの「投資」に繋がり、当該国・地
域の経済に正の影響を与えるという正の循環を示したものである。国土交通省(観光庁)だ
けでなく、経済産業省の管轄である企業による「投資」を最終段階に含めている点は大変興
味深い。
なお、各段階における具体的に取り組むべき内容は以下である。「知ってもらう」では、
①ビジット・ジャパンとクールジャパン等を連動させ、日本ブランド発信を計画的・集中的
に展開すること、②その際に映像プロモーションの積極的な推進、外国人・民間の活力やア
イデアを図ること、③オープンスカイと連動したプロモーションを展開すること、とした。
「来てもらう」では、①東南アジア等からの訪日旅行の際のビザの要件緩和、②オープンス
カイの推進と LCC の参入促進等による航空ネットワークの更なる拡充等、
「満足してもらう」
では、外国人ニーズの把握と対策とし、①出入国の迅速化、②都心と羽田・成田のアクセス
強化、③案内表示の多言語表記、④地域資源のポテンシャルを最大限引き出すための取組強
化とした。さらに「人と知恵、投資を惹きつける」では、①オールジャパンによる誘致体制
の構築、②グローバルレベルの MICE 都市の育成(後述する)
、③日本貿易機構(JETRO)と
の協業による対日投資の促進(第八章で後述する)とした。
つまるところ、
「知ってもらう」
、
「来てもらう」では、政府と地域がより一体となった取
り組みを行い、
「満足してもらう」は、日本政府というよりむしろ、直接、来日外客と対峙
する地方自治体、地域住民等、地域を構成するアクターの主体性が鍵となる。つまり、「観
光振興」とは「地域住民、地方自治体、観光関連団体、観光企業またはそれらいくつかが連
携して主体となり、主に観光地の開発、観光イベントの開催、土産品(特産品)の開発等に
26
より観光客を創造、増加あるいは維持して、地域経済を活性化するとともに、地域文化を発
掘・創出し、地域住民に域外や誇りなどをもたせる地域づくり」
(長谷、2003)のことであ
る。
しかし、現実はというと、外国人観光客が訪れる地域は当該国からの直行便等による交通
機関の利便性を享受できる地域、日本文化・歴史等強い地域資源を有している地域等に集中
している16。国際観光によって日本全体の経済を活性化させるためにはそれらの地域の周辺
地域への波及効果が生み出されることが重要であることから、各地域によるさらなる地域
資源を活かしたある程度の戦略性をもった自助努力によって、外国人にとって魅力的な地
域にしていくことが必要であろう。具体的には、自治体は、政府とインフラ(ハード)の整
備や各種規制の緩和等に取り組み、地域住民は、地域資源を活かした主体的かつ自発的な行
動、例えば宿泊施設や各種店舗における多言語による「おもてなし」や地域の名所等を巡る
ツアーガイドの提供等のソフト面の強化・充実に取り組むことが考えられる。なぜなら、そ
れらは、外国人旅行客の満足度を向上させ、インターネット等を通じた口コミ等による波及
効果によって、最終的に地域の「観光ブランド」に繋がるからである。さらに、多くの地域
は現在グローバル競争に巻き込まれていることを鑑みると、今後のまちづくりにおいては、
国際経験及び一定の語学力を有する人材を抱える NPO 等の活用が鍵となろう。そのための
体制の確立と早急な人材育成は必要不可欠である。
2.国内観光振興
一方、政府が取り組む国内観光振興については、
「観光圏整備事業」と「観光地域づくり
プラットフォーム支援事業」17が代表的である。
「観光圏整備事業」とは、自然、歴史、文化
等において密接な関係のある観光地を一体とした区域であり、その観光地同士が連携して 2
泊 3 日以上の滞在交流型観光に対応出来るよう、観光地の魅力を高めようとする区域を「観
光圏」とし、
「観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する法律」
(観光
圏整備法18)に基づいて、「観光圏整備実施計画」を認定する事業のことである。認定され
ると、いくつかの関連法規の特例をはじめとした総合的な支援19を受けることができる。
また、
「観光地域づくりプラットフォーム事業」とは「滞在型観光の素地ができつつある
観光圏において、様々な滞在型観光の取り組みを推進し、市場との窓口機能等を担う「観光
地域づくりプラットフォーム」の形成を促進しつつ、着地型旅行商品の企画・販売、人材育
成等を行う取組みを支援することである。いわば、地域において観光に関するワンストップ
窓口をつくるための行政支援(設立の準備及び 2 年間の運営に対して、金銭的な補助であ
る)であるといえよう20。
こうした背景のもと、政府の観光政策を促進する概念となったのが、
「着地型観光」と「ニ
ューツーリズム」である。これらの用語は 2000 年代に入り定着し、いまや「観光」の代名
詞となっている。
27
第三項
観光の新しい概念
第一節 着地型観光
着地型観光とは、観光庁によれば、
「旅行者を受け入れる側の地域(着地)側が、その地
域でおすすめの観光資源を基にした旅行商品や体験プログラムを企画・運営する形態」であ
る。この「着地型観光」という用語を定着させたのは、屋家・金井編(2008)である。屋家・
金井編(2008)は、
「着地型観光」を「地域住民が主体となって観光資源を発掘、プログラム
化し、旅行商品としてマーケットへ発信・集客をおこなう観光事業への一連の取り組み」と
定義し、
「観光」への取り組み「主体」が「大手旅行エージェント」から「地域」へ移行さ
れるとした。実際、
「着地型観光」という言葉が生まれるバブル経済の崩壊以前においては、
団体旅行(マスツーリズム)を中心とする「大手旅行代理店」が主な観光に対する取り組み
主体であり、受け入れ地域(住民等の地域係者)は常に受け身的な存在であった。しかし、
バブル経済の崩壊後は、団体旅行から個人旅行に移行し、地域は多様な価値観に応える必要
性に迫られている。
しかし、現実はというと、国内において「着地型観光」は依然として旅行代理店を中心と
して強調されながら展開されており(吉田 2010)
、旅行代理店は「観光ビジネス」の主体的
な存在である。そのため、
「地域」は旅行代理店が選択する単なる「対象」に過ぎない。言
い換えれば、旅行代理店に起点をおいたビジネスモデルの中に地域が受動的に組み込まれ
ている状況である。このようなモデルにおいては「地域」に利得をもたらすことは困難であ
り、地域活性化にも寄与することはない。なぜなら、真の意味で「着地型観光」を実現する
には、旅行代理店ではなく、地方自治体及び地域関係者がいかに「主体」となって、自らの
手でビジネスモデルを構築するか、そして、そのモデルに旅行代理店を組みこむ必要がある
からである。このような活動は、域外との交流を通して、地域経済の活性化を目指す「まち
づくり・地域づくり」に他ならない。近年、
「観光まちづくり」21と言われる所以はそこにあ
る。そして、本稿で扱う「地域ブランド」はその手段として機能するが、外部からの評価を
前提にしたものであるため、その BI と地域 ID の間に齟齬が生じる傾向にある。
第二節 ニューツーリズム
2000 年代に入ってからは、
「ニューツーリズム」という用語もまた多く用いられるように
なった。これは、先に示した「着地型観光」と同義である。というのは「着地型」を「新し
い(ニュー)
」
、
「観光」を「ツーリズム」と訳したにすぎないからである。
「ニューツーリズム」は、観光学者のプーン(1989)が「
『ニューツーリズム』の競争的戦
略」で使い始め、1997 年の Tourism, Technology and Competitive Strategies で一般に
普及した。大澤(2010)によれば、
「ニューツーリズム」の代表的な領域は、
「まちづくり」、
「地域づくり型観光」
、「エコツーリズム」、「グリーンツーリズム」、「エスニックツーリズ
ム」
、
「産業観光」
、
「ヘルスツーリズム」であり、須田(2009)によれば、
「体験行動型観光(観
光地で何らかの体験を伴う旅行)
」
、
「学習型観光(観光を通じて何かを学べる知識志向の旅
28
行)
」
、
「こころの観光(精神的なものに観光を集中させる旅行)」である。そして、観光庁に
よれば、
「ニューツーリズム」とは「従来の「物見遊山」的な観光旅行に対して、これまで
観光資源としては気付かれていなかったような地域固有の資源を新たに活用し、体験型・交
流型の要素を取り入れた旅行の形態である」という。
このように定義される「ニューツーリズム」に対して、原田(2014)は用語としての矛盾
を指摘する(旅行商品としてのコンテンツについての批判はされていない)
。まず、
「ツーリ
ズム」という用語であるが、これは「観光旅行」のことを指しており、「観光」は特に周遊
旅行(ツアー)のことを意味することから、ツーリズム(=観光旅行)とは、周遊旅行を目
的とした旅行ということになる。従って、観光(周遊旅行)以外の空間移動を目的とする「~
ツーリズム」は用語として不適切ではないかという主張である。例えば、
「ヘルスツーリズ
ム」は医療目的の旅行であり、観光(周遊旅行)目的の旅行ではないことはその証左である。
また、
「ニューツーリズム」という用語については、
「ニューツーリズム」で展開しようとす
る旅行商品は、
「旅行」という概念を旅行業者が「観光」という概念に置き換えるまで、人々
によってごく当たり前に行われていた行為であり、現在の「ニューツーリズム」のもと行わ
れている行為は、決して新しい(ニュー)わけではなく、むしろ原点回帰である。従って、
「ニュー」を用いることは不適切であるとも主張した。そこで、原田(2014)は「観光」を
より幅広い概念で捉えるため、
「ツーリズム」の代わりに「トラベリズム」を、さらに、
「ニ
ュー」の代わりに「コンテクスト」を用い「コンテクストトラベリズム」という概念を提唱
している。
「コンテクスト」とは原田(2014)によれば、
「商品やサービスを顧客に提供する
方法であり、コンテンツである商品やサービスの価値を発現したり、増大したりする価値創
出装置」のことをいう22。
このように、国内においては、2000 年代に入り、
「着地型観光」や「ニューツーリズム」
という概念が定着してきた。しかし、現実はというと依然として「大手旅行代理店」が主体
となって展開されており、地域が主体となった「観光」ビジネスが企画・立案、展開されて
いるとは言い難い。従って、本来、地域が起点とならなければならない「着地型」の本質と
は程遠い状況である。また、
「ニューツーリズム」という用語も旅行代理店が裾野を広げる
ために好んで使っている用語であると同時に、実態もまたその用語に反映されているとは
言えず、少なくとも原田(2014)が指摘する不適切性を有していることは間違いない。
第三節 MICE
MICE とは従来の個人旅行を対象とし、物見遊山を目的とした観光と異なり、
「企業等の会
議(Meeting)
、企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行)
(Incentive Travel)
、
国際機関・団体、学会等が行う国際会議( Convention)、展示会・見本市、イベント
(Exhibition/Event)の頭文字のことであり、多くの集客交流が見込まれるビジネスイベン
トなどの総称」
(観光庁の WEB サイト「MICE の開催・誘致の推進」より引用)のことである。
MICE は「人が集まる」という直接的な効果以外に、人の集積や交流から派生する付加価値
29
が期待されている。例えば、観光庁は、具体的に以下の 3 つの主要な効果をあげている。
図表 6 MICE の効果
・ビジネス・イノベーションの機会の創造
MICE 開催を通じて世界から企業や学会の主要メンバーが我が国に集うことは、我が国の
関係者と海外の関係者のネットワークを構築し、新しいビジネスやイノベーションの機
会を呼び込むことにつながる。
・地域への経済効果
MICE 開催を通じた主催者、参加者、出展者等の消費支出や関連の事業支出は、MICE 開催
地域を中心に大きな経済波及効果を生み出す。MICE は会議開催、宿泊、飲食、観光等の
経済・消費活動の裾野が広く、また滞在期間が比較的長いと言われており、一般的な観光
客以上に周辺地域への経済効果を生み出すことが期待される。
・国・都市の競争力向上
国際会議等の MICE 開催を通じた国際・国内相互の人や情報の流通、ネットワークの構築、
集客力などはビジネスや研究環境の向上につながり、都市の競争力、ひいては、国の競争
力向上につながる。海外の多くの国・都市が、国・都市の経済戦略の中で、その達成手段
の一つとして MICE を位置付け、戦略分野/成長分野における産業振興、イノベーション
創出のためのツールとして国際会議や見本市を活用しており、我が国においても、MICE
を国・都市競争力向上のツールとして認識し、活用することが重要である。
出所:国土交通省観光庁 WEB サイト「MICE の開催・誘致の推進」
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kokusai/mice.html (2014.8.1 アクセス)
(筆者により一部修正)
そして、観光庁は、2013 年 6 月、グローバル MICE 戦略都市として「東京、横浜、京都、
神戸、福岡」
、グローバル MICE 強化都市として「大阪、名古屋」を選定した。しかし、選定
された都市は、もともとブランド力が高い都市であり、集客力もある。またイノベーション
も発生しやすい環境にある。そのため、MICE は地方における地域活性化には直接的には寄
与しないため、
「地域活性化に資する観光ブランド」には繋がらないだろう。地方にはユニ
ークベニュー(歴史的建造物、文化施設や公的空間等で、会議・レセプションを開催するこ
とで特別感や地域特性を演出できる会場)等が多くある。今後は、地方都市を意図的に選定
するとともに、それらの施設の積極的な活用による地域活性化を期待したい。
第四項
観光まちづくり・地域活性化における社会的な課題
ここまで、日本における観光の位置付け及びその取り組みについて概観し、さらに 2000
30
年代に入り定着した「着地型観光」、「ニューツーリズム」及び観光庁の新たな施策である
「MICE」について述べた。第 5 次全国総合計画が策定された 1998 年以降、バブル経済崩壊
後の反省等から「開発型」から「地域資源の保全型」へ転換され、さらに「着地型観光」の
本質である「旅行会社等が中心となった他律型観光」から「地域が主体となった自律型観光」
への転換が図られたことがここまでの議論から分かった。
地域資源の保全に向けた取り組みは、文化財保護法における「重要伝統的建造物群保存地
区」23の増加、さらに 2004 年の「景観法」24の施行等によって加速的に進んでいる。しかし
「地域が主体となった自律型観光」については依然として従来の「旅行会社」等を中心とし
た「観光」に留まっている。その理由としては、①歴史的に浅いため、地域において地域が
主体となるべきであるというマインドの転換及び新たな概念の浸透に時間がかかっている
こと、②地方自治体も含め地域は「地域起点」のビジネスモデル(国土形成計画で述べられ
ている「地域独自のビジネスモデル」)を創造する能力及び実行する能力が欠如しているこ
と、等が考えられる。
通常の「まちづくり」と異なり、地域活性化を目的とした「観光まちづくり」を志向する
場合には「戦略」が必要不可欠である。また、他自治体の成功事例等を参考にする必要があ
るだろう。そこで、国土交通省総合政策局(2008)は、魅力ある観光地域づくりに必要な 21
の取組25を提示し、また、財団法人日本交通公社(2011)は複数の事例から観光を軸にした
地域活性化のための 6 つのポイント26を提示した。地域はそれらを「参考」にしつつも、域
外にとって魅力的であり、さらに他地域が模倣困難な独自性を追求すべきである。
しかし、長い間、地域(特に地方)は中央の従属的な存在であり、公共事業、交付金等に
過度に依存し、それらを活用することで定住人口と雇用を確保してきた。そのため、地方に
は自ら「戦略」を考え、自立して実行する素地が整っていない。例えば、地方自治体が、企
業では一般的である「マーケティング」という概念を取り入れ始めたのは 1990 年代であり
27
、また、WEB サイト、SNS 等を主とした ICT の戦略的活用のノウハウも不足している28。さ
らに今後需要が高まっていくと予想される国際観光に必要不可欠である外国語での発信・
おもてなしスキルは総じて低い。これらは戦後長く続いた中央集権型の行政システムによ
る弊害である。
しかし、中央から地方へという潮流は今後ますます加速されることが予想され、地域は
今まで以上に、中央政府依存からの脱却と自助努力・自立が求められる。さらに、地域はグ
ローバル競争下において、いかに戦略的に地域を「差別化」するかという大きな命題に取り
組まなければならない。地域の経済的発展・活性化は、中央政府の取り組みというよりむし
ろ地方自治体及び地域関係者の取り組み如何にかかっており、特に「戦略性」を兼ね備えた
主体性のある取り組みが求められているのである。
それでは地域活性化に資する「観光振興」を促進するためには、地域はどうしたら良いの
か。その戦略的な方策の一つが「地域ブランド」
(観光ブランド)の構築である。しかし、
地域ブランドの構築プロセスにおいては、第三章で述べるように、複数の課題が既に明らか
31
になっており、それらの課題を克服することが、地域ブランド構築の鍵となる。また、その
課題を克服し、外部からの評価が上がっても、それが、地域住民が抱く地域 ID と繋がって
いなければ、観光まちづくりによる地域活性化は成功とはいえない。そして、これまでの、
国主導で行わってきた地域開発と同じ轍を踏むこととなろう。つまり、外からの評価を基盤
とする BI と地域住民が抱く地域 ID の一致は社会的に解決すべき課題である。そこで、本
研究では、それらを鑑み、序論及び第三章において、問いを設定した。次章以降、先駆的な
事例を複数取り上げ、自治体のアプローチに着目しながら、その問いに答えていきたい。
注
1
UNWTO(2014)「Annual Report 2013」p11 を参照。
2
坂本(1995)は、交流人口を以下の算式で示している。交流人口=定住人口(夜間人口、他都市への一
時的な出稼ぎ者を含む)+昼間人口(町村等人口)+観光・レクリエーション・買い物客人口+町村内の医
療・保険福祉施設・美術館・博物館・音楽ホール・体育館・スポーツ施設等を利用に訪れる人口+ふるさ
と村民制度をはじめ自治体の何らかのイベントに他町村から参加する人口等。
3
国ごとのランキングは年間を通じて 3 回発表される World Tourism Barometer の一部として報告されて
おり、2012 年の国際観光客到着数は、1 位がフランスで 8301.8 万人。2 位がアメリカで 6696.9 万人。
4
「観光競争力」とは、各国の観光競争力を表す指標のこと。国家規制やビジネス戦略、人的・文化的資
源などから調査される。
5
全国総合開発計画は「絵に描いた餅である」
「国家主導の開発である」等、批判されることが多い。し
かし、国家の進むべき方向性を示し、実際に実行されてきたという意味では評価することができる。
6
総合保養地域整備法(通称:リゾート法)
。1987 年に制定された法律であり、リゾート産業の振興と国
民経済の均衡的発展の促進が目的。
7
原産国表示や生産国のイメージが消費者等の購買行動に影響を与える効果のこと。
8
観光庁が中心となって行っている外国人旅行者の訪日促進活動。2003 年開始。地方連携事業として外国
人誘客の取り組みに対し、事業費の最大 50%を地方運輸局が負担している。
9
2008 年 9 月 15 日にアメリカのリーマン・ブラザーズが破綻。世界同時不況の引き金となった。
10
2011 年 3 月 11 日の地震と津波が原因で福島第一原子力発電所にて発生した放射性物質の放出を伴った
事故。
11
日本政府観光局(JNTO)WEB サイト「年別訪日外客数,出国日本人数の推移」
。訪日外国人数は 2000 年
が 4,757,146 人、2012 年が 8,358,105 人。2013 年は 10,363,904。2013 年には初めて 1,000 万人突破し
た。
12
国土交通省観光庁、WEB サイト「史上初の訪日外国人旅行者数 1000 万人突破!」
(2013.12.27 アクセ
ス)
。
13
国土交通省観光庁 WEB サイト「観光立国推進基本法」
。2007 年 1 月に施行。観光が 21 世紀における日
本の重要な政策の柱として初めて明確に位置付けられた法律。中条(2006)は、観光立国それ自体に疑問
を呈し、さらに観光資源として史跡、伝統ではなく、
「現代性」を売りにすべきだと述べている。
14
国土交通省観光庁 WEB サイト「観光立国推進基本計画」
(2013.11.30 アクセス)
。
15
国土交通省観光庁「国土交通省観光立国推進本部とりまとめ 資料 1」を参照。
16
日本政府観光局「JNTO 訪日外客訪問地調査 2010」4 頁。2010 年の都道府県訪問率上位は、東京都
(21,342 人中 60.3%が訪問)、大阪府(26.1%)、京都府(24.0%)、神奈川県(17.8%)、千葉県(15.0%)、愛知県
(10.9%)、福岡県(9.1%)。
17
平成 24 年度に終了。
18
2012 年 12 月 27 日に改正した「観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する基本方
針」
19
例えば、国際観光整備法、道路運送法、海上運送法等の特例を受けることができる
20
この事業の推進にあたり、既存の観光地域プラットフォームの例として、千葉県南房総市の(株)とみ
うら(1993 年発足)
、長野県飯田市の(株)南信州観光公社(2001 年発足)、大分県別府市の NPO 法人ハッ
トウ・オンパク(2004 年発足)があげられた。
21
西村(2009)は「観光まちづくり」を「地域社会が主体となって地域環境を資源として活かすことによ
32
って地域経済の活性化を促すための活動の総体」と定義している。また、観光まちづくりにおける観光要
素として、北川編(2001)は「見る」
、
「食べる」
、
「買う」
「イベント」
、
「休息」の 5 要素をあげた。さら
に、竹田(2009a、2009b)は、観光まちづくりのリーダーの共通点として、①経済感覚をもち、観光戦略
=経済活動によるまちおこし、事業採算性が考えられること、②優秀な観光マーケティング力・マネジメ
ント力、③住民主導型であり、行政は応援型タイプ、ネットワーク力あり、④イベントによる広報活動を
用いたまちのにぎわい、地域活性化を目指す等の特徴をそなえている、とした。
22
原田は、地域活性化には「コンテクスト」よりも「コンテクスト」を強調する必要があると一貫して述
べており、筆者も同意見である。
23
2013 年現在、重要伝統的建造物群保存地区は 86 市町村で 106 地区(合計面積約 3,733ha)あり、約
25,700 件の伝統的建造物及び環境物件が特定され保護されている。
24
景観に関わる日本の法律。2004 年 6 月 18 日に公布。
25 21 の取組とは、
「地域現状把握のための調査」
「観光地づくりの基軸となるコンセプトの発見・創出」
「発見・創出されたコンセプトの各種構想・計画への位置付け」
「環境景観保全のための条例、協定、制
度の策定」
「各種支援制度の効果的活用」
「観光資源を体験するプログラムの発掘・実施」
「観光資源を表
現する施設の整備」
「環境・景観の保全、整備」
「観光の立ち寄り、情報拠点となる施設の整備」
「観光客
の足となる二次交通手段の整備」
「観光客の移動をサポートする仕組みの導入」
「発見・創出されたコンセ
プトを表現するイベントの実施」
「観光資源を広めるための広告宣伝活動」
「新たなマーケットに対する取
組」
「新しい観光魅力創出への取組」
「地域イメージの維持と形成」
「観光地づくりの財源の確保」
「周辺地
域との広域的な連携」
「観光地づくりを担う人材の発掘・育成」
「観光地づくりに関する協議・連携組織の
育成」
「観光地としての地域経営を担う組織の設立」
。
26 6 つのポイントとは、①これからの観光とは、都市と地域のコミュニケーション(
“絆づくり”であ
る、②これからの観光に必要な「しかけ・しくみ・しきり」
、③「何を売るか」よりも「誰に売るのか」
、
④「いいものは売れる」から「売れるものはいいもの」へ、⑤「顔の見える」流通が信頼感を育む、⑥
Small Factory こそが世界で花開くチャンス、である。
27
富士総合研究所(2002)は、
「NPM が既に普及している海外では、優れた事例が少なくない。海外ではス
ミソニアン博物館などで、顧客の視点にたった地方自治体のサービスのマーケティングが行なわれてい
る。そのような事例が、90 年代後半に入って、翻訳書などの形でわが国でも紹介されるようになった」
と述べている。NPM(New Public Management)とは米国、英国、ニュージーランドをはじめとする諸外
国で、80 年代に広まった行政改革の理念を表すものであり、民間企業の経営管理手法を中央政府や地方
自治体に応用するもので、成果志向、情報公開、権限分離・委譲、競争原理と並んで「顧客志向」が重要
とされている。
28
「平成 23 年度情報白書」の「地域における ICT 利活用の課題」において、
「コスト」、
「人材」が主な課
題としてあげられている。
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[5]国土交通省観光庁,「国土交通省観光立国推進本部とりまとめ 資料 1」,
https://www.mlit.go.jp/common/000997488.pdf(2014.4.16 アクセス)。
[6]国土交通省観光庁,「着地型観光とは」,
https://www.mlit.go.jp/kankocho/ko/shisaku/kankochi/chakuchigata.html(2014.4.9 アクセス)
。
[7]国土交通省観光庁,「ニューツーリズムの振興」,
https://www.mlit.go.jp/kankocho/page05_000044.html(2014.4.9 アクセス)
。
[8]国土交通省観光庁,「訪日外国人旅行者数の現状」,
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kokusai/vjc.html(2014.6.30 アクセス)。
[9]国土交通省観光庁,「MICE の開催・誘致の推進」,
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kokusai/mice.html (2014.8.1 アクセス)。
[10]国連世界観光機構(UNWTO)「UNWTO World Tourism Barometer」,
http://mkt.unwto.org/en/barometer(2014.4.16 アクセス)
。
34
第二章
第一項
企業ブランドの先行研究
はじめに
地域ブランド研究は経営学における企業ブランド研究を基盤とし、発展してきた。そこ
で本章では、企業ブランドの先行研究について、当該分野において代表的な研究者である
Aaker と Keller の研究をレビューし、本研究のテーマである地域ブランド研究の礎とした
い。
本章においては、まず、
「ブランド」の概念についての歴史的変遷を概観し、その後、
「ブ
ランド」の学術的な定義について確認する。その後、企業ブランドに関する先行研究につ
いて、主に Aaker と Keller の研究を中心に整理し、最後に地域ブランド研究との関連性に
ついて論じる。
第二項
ブランド研究の系譜
第一節 ブランドとは
「ブランド」という言葉は、
「焼き印」を付けることを意味する古ノルド語“brandr”か
ら派生した概念である。
「焼き印」は古来より家畜の識別に使われてきたが、古代の陶地石
工のマーク、中世の識別ギルドアークに遡る(Keller 1998)。従って、ブランドの本来の
意味は、
「識別すること」である。ブランドが有するこの「識別機能」は外部環境の変化等
により、時代とともに質的変化をみた。以下、時代を 3 つに分け、ブランドの捉え方の変
遷を確認する。
図表 1 から分かるとおり、1910 年までは、
「作れるものを作る」という「製造の時代」で
あり、当時のブランドは、製造者を特定するための単なるマークにすぎなかった。その後、
経済が発展し、社会が繁栄するにつれ、「作ったものをどう売るか」に焦点が移っていく。
そこでは、自社商品の「品質」がいかに他社商品と異なるかが問われるようになり、ブラ
ンドは「品質保証」の意味合い(品質保証機能)を持つようになった。その後、多くの市
場が成熟化するにつれ、マーケティングの重要性が増していく。それに伴い、「顧客が望む
ものを製造し販売する」という考え方が普及し、ブランドは競合他社の商品・サービスと
自社を「差別化」するシンボルとして捉えられるようになった。さらに、その差別化され
た商品・サービスは、所有者、利用者に対して、社会的な地位や価値観等を与えるように
なり、ブランドは「意味・象徴機能」をも持つようになった。その潮流は 2000 年代に入っ
た現在においてもなお続いており、マーケティング分野における最大の関心事の一つとな
っている。
図表 1 市場の変化とブランド
時代
~1910 年
市場
ブランド
製造の時代(作れるものを作る)
35
ブランドは製造者を特定するためのマーク
~1950 年
~現代
販売の時代(作ったものを売る)
ブランドは品質を保証する証(保証機能)
マーケティングの時代(顧客が望むも
ブランドは他と差別化するシンボル
のを製造し、販売する)
(意味・象徴機能)
出所:生田ら(2006)p32 を参考に筆者修正。
第二節 ブランドの定義
マーケティング分野における権威団体である米国マーケティング協会(AMA)1によれば、
ブランドとは「個別の売り手もしくは売り手集団の商品やサービスを識別させ、競合他社
の商品やサービスと差別化するためのネーム、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるい
はそれらを組み合わせたもの」である。また、ブランド研究の第一人者である Aaker(1991)
によれば、ブランドは「ある売り手あるいは売り手のグループからの財またはサービスを
識別し、競争業者のそれから差別化しようとする特有の(ロゴ、トレードマーク、包装デ
ザインのような)名前かつまたはシンボルである」
。この二つの定義は、自社の商品やサー
ビスの「識別機能」と他社との「差別化」を基盤としているという点において類似性が高
い。そこで、本研究においてもそれらの概念を踏襲し、ブランドを「市場競争において、
自社商品・サービスの「識別」及び他社商品・サービスとの「差別化」に有効なもの」と
して捉える。なお、Keller(1998)は実務に携わる多くのマネージャーは、ブランドを「市
場に一定の認知、評判、存在感等を生みだしたもの」と定義する傾向があるため、実務に
携わるマネージャーとの議論の際は、先述した AMA の定義と明確に区別する必要があると
指摘している。
第三節 企業ブランドの理論
次に、経営学的な観点からブランド研究の系譜について論じる。これまでブランドに関
する研究は、個々のブランド・イメージやブランド・ロイヤルティといったところに焦点
があてられ、展開されてきた。つまり、消費者による継続した購買を刺激し、促進させる
ためには、企業はどのようにブランドを構築すれば良いのかという議論である。そのよう
な議論に一石を投じたのが、「ブランド・エクイティ(Brand Equity)」の概念を考案した
Aaker(1991)である。
1.Aaker の理論
Aaker(1991)はブランドを金銭的、財務的に「資産」(エクイティ)として捉え、製品を
も超える存在であるとした。Aaker によれば、ブランド・エクイティとは「ブランドないし
その名前とシンボルに結びついたブランド資産と負債の集合であり、製品やサービスに価
値を加えたり、減じたりするものである」。さらに Aaker は、ブランド・エクイティを「ブ
ランド・ロイヤルティ」、
「ブランド認知」、「知覚品質」、「ブランド連想」、「その他の所要
しているブランド資産」に分類した(図表 2)
。
36
図表 2 ブランド・エクイティ
出所:Aaker(1994)p376
ブランド・ロイヤルティとは、顧客がブランドに対して持つ執着心の測度であり、顧客
が別のブランドにどの程度スイッチするかを表している。ブランド・ロイヤルティには図
表 3 のようにいくつかの水準がある。
図表 3 ロイヤルティのピラミッド
出所:Aaker(1994)p53
また、ブランド認知とは、
「あるブランドがある製品カテゴリーに明確に属していること
を潜在的購買者が認識あるいは想起することができる」ということである。つまり、消費
37
者がそのブランドをどう「認識」し、どれだけ「認知」しているかということであり、Aaker
はブランド認知を、以下の図表 4 のように、四つの水準で表現した。
図表 4 認知のピラミッド
出所:Aaker(1994)p84
さらに、知覚品質とは、
「ある製品またはサービスの意図された目的に関して代替品と比
べた全体的な品質ないし優位性についての顧客の知覚」であり、ブランド連想とは、
「ブラ
ンドに関する記憶と「関連している」すべてのこと」である。それが存在するかしないか
だけでなく、
「強さ」の程度をもっており、そのメッセージに対する多くの経験や露出によ
って強くなるという。
Aaker(1991)はこのようにブランド・エクイティの概念を示したが、それ以来、その他
のブランド研究者たちもブランド・エクイティを独自に定義し、強い関心を示すようにな
った(図表 5)
。
図表 5 ブランドを研究する代表的な研究者のブランド・エクイティの定義
・ブランド・エクイティは、ブランド力とブランド価値を包摂している。ブランドの力とは、持続可能
で差別的な競争優位をブランドにもたらす。顧客、チャネル・メンバー、そして親会社における連想や
行動の集合である。
(Rajenda Srivastava and Allan D.Schoker, 1991)
・有効なプログラムや活動により製品やサービスの取引において生じる測定可能な財務面での価値
(J.Walker Smith, 1991)
・ブランドについての認識を総合したものである。製品、サービス、財務内容、顧客の忠誠度、顧客満
足度など、ブランドを評価する全て、さらに、生活者、顧客、従業員、そして、企業のステークホルダ
ーたちがブランドについて「感じること」
、それらすべての総合体なのである。
(Duan E.Knapp)
出所:生田(2006)p33 より一部抜粋。
しかし、Aaker 自身は、ブランド・エクイティの概念は引き続き重要であるとしながらも、
38
1996 年に刊行された“Building Strong Brands”(邦訳:『ブランド優位の戦略』(1997))
の中で、新たに「ブランド・アイデンティティ」という概念を提唱している。そして、「ブ
ランド・アイデンティティ」は「ブランド戦略策定者が想像したり、維持したいと思うブ
ランド連想のユニークな集合」であり、「この連想はブランドが何を表しているかを示し、
また組織の構成員が顧客に与える約束を意味する。
」と定義した(本稿におけるブランド・
アイデンティ(BI)は、
「観光コンセプトが明確に表現され、域外によって魅力的な地域ら
しさである」と序章で定義しており、Aaker の定義とは異なる。
)
さらに Aaker は「ブランド・アイデンティティは、機能的便益、情緒的便益、自己表現
便益を含む価値提案を行うことによって、ブランドと価値との関係を確立するのに役立た
なければならない。
」と述べ、強いブランドを構築するには、まず、ブランドの「定義の明
確化」が必要であり、その後、組織内部において統一した概念を醸成しなければならない
ことを強く示唆した。
言い換えれば、Aaker のブランド・アイデンティティの概念はブランドを創造する企業側
の視点に立脚したものであり、特に、組織内部におけるブランドマネジメント(構築、維
持、強化)の重要性を強調したものであると言える。実際、Aaker はブランド構築を困難に
する 8 つの理由を“Building Strong Brands”の中であげているが(図表 6)
、その内 4 つ
(図表 6 における 5~8)は内部組織に関するものである。また、ブランド構築を成功させ
るための要件の一つとして、
「組織内部の力や圧力の管理」をあげていることからもそのこ
とを伺い知ることができる。
図表 6 ブランド構築を困難にする 8 つの理由
出所:Aaker(1997)p34 を参考に筆者作成
2.Keller の理論
1900 年代後半から 2000 年代にかけて消費者の視点からブランド論が展開されていく。例
39
えば、Keller(1998)は、先に述べた Aaker のブランド・エクイティの概念を、消費者の
視点から援用し、顧客ベースのブランド・エクイティ(Customer-Based Brand Equity:CBBE、
以下 CBBE と記述。
)
を考案し、
「あるブランドのマーケティングに対応する消費者の反応に、
ブランド知識が及ぼす差別化効果であり、消費者がブランドに対して高いレベルの認知と
親しみを有し、自分の記憶内に強く、好ましく、ユニークなブランド連想を抱いたときに
生まれる」と定義した。また、ブランド・エクイティの源泉として、
「ブランド認知」と「ブ
ランド・イメージ」をあげた。Keller によれば、ブランド認知は、
「深さ」
(再生、再認)
と「幅」(購買、消費)で構成され、ブランド・イメージを創出させるには、消費者の記憶
に対して、
「強く」
(重要性、一貫性)、
「好ましく」
(望ましさ、伝達可能性)
、
「ユニークな」
(類似点、相違点)ブランド連想を形成するマーケティング・プログラムが必要であると
いう。なお、ブランド認知における「深さ」とは、ブランド要素が思い出される可能性と
容易性のことであり、
「幅」とはブランド要素が思い出される購買状況や使用状況の範囲の
ことである。特に、
「幅」は記憶内のブランド構成や製品知識に大きく左右されるとした。
この CBBE の構築にあたり、Keller は図表 7 のように、4 つの段階を示し、6 つのブラン
ド・ビルディング・ブロック(図表 8・図表 9)を顧客との間に構築することを提唱してい
る。
図表 7
1.ブランドと顧客とのアイデンティフィケーション(同一化)
、顧客のマインド内にあるブランド連想と
特定の製品クラスや顧客ニーズとのアイデンティティフィケーションを確立すること。
(ブランド・アイ
デンティティ)
2.特定の性質を持つ有形、無形の多くのブランド連想を戦略的に結びつけ、顧客のマインド内にブラン
ド・ミーニング(意味)の総体をしっかりと構築すること。
(ブランド・ミーニング)
3.上記のブランド・アイデンティティフィケーションとブランド・ミーニングに対して、顧客の適切な
レスポンス(反応)を引きだすこと。
(ブランド・レスポンス)
4.ブランドへの顧客の反応を変化させて、顧客とブランドの間に強く活発なロイヤルティのリレーショ
ンシップ(関係)を創出すること。
(ブランド・リレーションシップ)
出所:Keller(2010)pp.66-67
図表 8 顧客ベースのブランド・エクイティ・ピラミッド
40
出所:Keller(2010)p68
図表 9 ブランド・ビルディング・ブロック 下位層
出所:Keller(2010)p68
この 6 つに分類されたブランド・ビルディング・ブロックとは、ブランド・セイリエン
ス(ブランドの突出性)を基盤としたものであるが、ピラミッド左側のビルディング・ブ
ロックを上るのが、比較的、合理的なルート(セイリエンス→パフォーマンス→ジャッジ
メント→レゾナンス)
、ピラミッド右側が比較的、情緒的なルート(セイリエンス→イメー
ジ→フィーリング→レゾナンス)であるとしている。
41
さらに、Keller はその CBBE の構築には、3 つの戦術(①ブランド要素の選択、②マーケ
ティング・プログラムの開発、③二次的連想の活用)が考えられることをモデルとして示
した(図表 10)
。
図表 10
CBBE のブランド・エクイティの構築
出所:Keller(2010) p773
こうした Keller が示した概念は端的に言えば、
「何が顧客のマインドに残っているか」
ということであり、心理学における「マインドシェア」2の概念を前提にした消費者心理に
基づく概念であると言える。
3.Aaker と Keller の理論統合
ここまで、Aaker と Keller のブランド研究を中心に論じてきた。Aaker のブランド論で
はブランドを資産(エクイティ)として捉え、同時にブランド・アイデンティティを構築
する必要性が論じられた。それらは企業側の視点で示されたといえる。一方、Keller は消
費者視点3でブランドを捉えるとともに、消費者と企業との「関係性」に着目し、その創造
と維持の重要性を論じた。それは、
「ブランド・ビルディング・ブロック」を提唱したこと
からも伺い知ることができる。このようなブランド研究の流れは、ブランド構築の目的が、
従来の「価値」の創造から、価値をどのように獲得・維持していくかに転換していったこ
とを意味している。
こうしたブランド研究の流れを受け、三浦(2008)は、Aaker と Keller の理論統合を試み、
図表 11 のように、ブランド・アイデンティティを「企業によって創造されるべきもの」
、
ブランド・エクイティを「消費者の頭の中に存在するもの」と明確に区別した。そして、
42
企業が創るネーミング等の ID 要素が、消費者のブランド認知に繋がり、企業が創るブラン
ドコンセプトにおける機能的価値、情緒的価値が、それぞれ消費者の知覚品質、ブランド
連想というブランド・イメージに繋がっていくことを示した。さらに、三浦(2008)はブ
ランド戦略の構築ステップを大きく「ブランド・アイデンティを創る」と「ブランド・ア
イデンティティを伝える」の 2 段階に分類し、それぞれ「内部マネジメント」と「外部マ
ネジメント」という枠組みで整理している。
図表 11 ブランド戦略の体系
出所:三浦(2008)p130
4.新たな潮流
上述したように、三浦(2008)は、ブランドが有する価値を「機能的価値」と「情緒的価
値」に分類したが、近年のブランド研究では、「機能的価値」よりも「情緒的価値」がより
注目されており、その重要性もまた増している。その理由としては、①様々な分野におけ
る客体のコモディティ化4の進行に伴い、
「機能的価値」のみによる差別化が困難になりつつ
あること、②「情緒的価値」は消費者のブランド経験とリンクしており5、ポジティブな影
響を与え合う関係の場合は消費者が商品・サービスを選択する際に活用されるブランドの
「意味・象徴機能」
(前出の図表 1 を参照)の強化にもつながっていくこと、等があげられ
る。
なお、情緒的価値の創造を主目的とした研究としては、Shmitt(1999)や Lindstorm(2005)
が代表的である。Shimitt(1999)は消費者の経験領域を、SENCE(五感)、FEEL(喜怒哀楽)、
THINK(考える)
、ACT(行動する)
、RELATE(他人と交流する)の 5 つに分け、情緒的で経
験的な消費者行動を分析する枠組みを示し、ブランドの情緒的価値の開発に向けてのガイ
ドラインを示した。また、Lingstorm(2005)は Shimitt(1999)が示した SENCE に絞り、情
緒的価値を中心とした五感ブランディング(5-D Branding)を提唱した。この 2 つの研究
は今後のブランド研究の方向性を示す重要な研究である。しかし、いずれもいまだ枠組み
の提示にとどまっており、具体性に乏しく、さらなる実証研究が必要であると言わざるを
えない。
43
さらに、原田・三浦(2010)は、ブランド戦略に際し、コンテンツではなく、コンテク
ストによるブランディングを提唱し、4 つのコンテクスト転換モデル6を示し、「主体転換」
という概念を示した。原田・三浦(2010)によれば、主体転換とは、
「ブランド戦略の策定
主体が、企業・組織から顧客・消費者に転換されること」であり、以下の図表 12 のように、
縦軸に主体属性、(顧客・消費者、企業・組織)、横軸に主体構成(単数主体、複数主体)
によって表され、第 1 象限が集合知モデル、第 2 象限がリードユーザモデル、第 3 象限が
従来型モデル、第 4 象限がネットワーキングモデルに分類される。そして、理論上、第 1
象限の集合知モデルが、もっとも進化しているモデルとし、地域ブランドの構築では、い
かに従来型モデル(第 3 象限)から脱却し、主体を顧客・消費者へと円滑に転換させるこ
とができるかを鍵とした。
図表 12 「主体転換」によるコンテクストブランディング
出所:原田・三浦(2010)、p25p、p99
このような潮流から分かることは、現代社会においてブランドはもはや組織・団体によ
る単独提供ではなく、組織・団体と消費者との関係性によって、共に構築・維持・強化さ
れる(共創)存在であるということである。そのため、企業はそうした環境を十分考慮に
入れた上で、ブランド戦略を立案し、実行する必要に迫られていると言える。
第三項
小括
本章では、地域ブランド研究に資すると考えられる Aaker と Keller の研究を中心に、企
業ブランドに関する研究をレビューした。Aaker の研究では、企業側の視点に立脚したブラ
ンドの構築、すなわち企業内部のマネジメントの重要性や企業が創造するブランドをいか
に消費者に認知してもらうかという視点で論じられ、主にブランド・エクイティとブラン
ド・アイデンティティの理論が提示された。一方、Keller の研究では、消費者の立場から
マインドシェアを前提とした理論が展開され、特に「企業と消費者との関係性」から CBBE
モデルが提示され、その重要性が示された。また、昨今の潮流としては、コモディティ化
44
が進んだことによって情緒的価値の重要性が増していること、そしてブランドは単独組
織・団体による価値提供から共創の時代へと変遷していることが分かった。
2010 年代に入り、インターネットの発展により、SNS を活用した個人による情報発信が
より容易に行われるようになる等、近年、社会におけるコミュニケーションの方法は多様
化している。今後のブランド研究においては、このような環境の変化を的確にとらえ、消
費者だけでなく、企業を取り巻く全てのステークホルダーを十分考慮に入れた上で、いか
に戦略的な関係を構築し、ブランドを共創していくかという視点を持ち、実行していくこ
とがよりいっそう重要になってくる。
翻って、地域ブランドは企業ブランドを基盤とし、発展してきたことは先に述べたとお
りである。そのため、企業ブランド理論と親和性が高い。特に、ブランド構築プロセスに
おけるステークホルダーとの関係性を考慮に入れた共創の視点は、地域ブランド研究にお
いて重要であると考えられる。実際、地域ブランドは企業ブランドの構築以上に、複数か
つ多様な主体がそれぞれの利益を追求しながら構築されると考えられるため、ステークホ
ルダーとの関係性を考慮に入れたアプローチは企業ブランド以上に重要だからである。
そこで、後述する事例研究においては、このような視点もふまえた上で、論じていく。
*本章は「地域ブランド戦略に資する企業ブランド論の系譜と展望」
、十文字学園女子短期
大学部『十文字学園女子大学短期大学部紀要』44、に加筆修正を加えたものである。
注
1
1937 年に非営利団体として設立された世界最大のマーケティング組織。
消費者の心の中で企業やブランドの占める割合(占有率)。マインドシェアを高める要素としては、接触
回数と接触頻度がある。
3
消費者視点でブランドをとらえた研究としては他に Thompson(2003)がある。Thompson は、顧客にとっ
て、ブランドはどのような便益を与えるのかについて検討し、顧客便益を 4 階層(下位層から Functional
Attributes、Functional Benefits、Emotional Benefits、Aspirational Benefits。
)から成ることを示し
た。
4
自社商品と他社商品の機能・品質などの違いが不明確になり、付加価値が失われ一般的な商品になるこ
と
5
経験価値のこと
6
4 つのコンテクスト転換モデルとは、
「価値転換」によるコンテクストブランディング、
「主体転換」によ
りコンテクストブランディング、
「関係転換」によるコンテクストブランディング、
「行為転換」によるコ
ンテクストブランディングのこと。
2
[参考文献]
(日本語文献)
[1]生田孝史、湯川抗、濱崎博(2006),「地域ブランド関連施策の現状と課題」,No251,富士通総研(FRI)
経済研究所。
[2]三浦俊彦(2008),「ブランド戦略」,原田保・三浦俊彦編著,『マーケティング戦略論』,芙蓉書房出版、
pp121-146。
[3]原田保・三浦俊彦編著(2010),『ブランドデザイン戦略』,芙蓉出版。
[4]Aaker,D.A(陶山計介、中田善啓、尾崎久仁博、小林哲 訳)
(1994),『ブランド・エクイティ戦略』,
ダイヤモンド社。
[5]Aaker,D.A(陶山計介、小林哲、梅本春夫、石垣智徳 訳)(1997),『ブランド優位の戦略』,ダイヤモ
45
ンド社。
[6]Duan E.Knapp(阪本 啓一訳)(2000),『ブランド・マインドセット』,翔泳社。
[7]Keller,K.L(恩蔵直人 監訳)(2010),『戦略的ブランド・マネジメント 第 3 版』,東急エージェンシ
ー。
[8]Lindstorm M(ルーディ和子 訳)(2005),『五感刺激のブランド戦略』, ダイヤモンド社。
[9]Shimitt,B.H.(嶋村和恵、広瀬盛一 訳)(2000),『経験価値マーケティング』,ダイヤモンド社。
(外国語文献)
[1]Aaker, D.A(1991),Manageing Brand Equity; Capitalizing on the Value of Brand Name , Free press.
[2]Aaker, D.A(1996),Building Strong Brand, Free press.
[3]Keller,K.L(1998),Strategic Brand Management: Building, Measuring, and Managing Brand Equity,
Prentice-Hall, Parson Education.
[4]J.Walker Smith(1991),“Thinking About Brand Equity and the Analysis if Customer Transactions”,
ARF Third Annual Advertising and Promotion Workshop.
[5] Lindstorm, Martin(2005),Brand Sense, The Free Press.
[6]Rajendra Srivastava and Allan D.Schocker(1991), “Brand Equity: A Perspective on Its Meaning
and Measurement”, Report No.91-124, Cambridge , MA: Marketing Science Institute.
[7] Schmitt, Bernd.H.(1999), Experiential Marketing, The Free Press.
[8]Thompson, Anne Bahr(2003), “Brand Positioning and Brand Creation”, Brands and Branding,
Profile Books Ltd.
(インターネット)
[1]米国マーケティング協会,http://www.marketingpower.com(2013.11.30 アクセス)
。
46
第三章
地域ブランドの先行研究
前章では、主に Aaker や Keller を中心に企業ブランド研究の系譜を確認した。本章にお
いては、地域ブランド研究についての先行研究をレビューするとともに、企業ブランドと
の相違点、類似点及び地域ブランド研究における課題等を明らかにする。そして、それら
をふまえた上で本研究の問いを設定する。
第一項
海外と国内における地域ブランド研究の発展プロセスの違い
地域ブランドは、雑誌 Journal of Brand Management の 2002 年 4/5 月号における Nation
Branding の特 集 及び 同年 に 刊 行さ れ た Destination Branding :Creating the Unique
Destination Proposition(Morgan et al.,2002)を皮切りに注目され始めた。しかし、当
初、Destination branding が国家ブランドに関する論文集であったように、ブランド化さ
れる単位は「地域」というよりむしろ「国」であった。実際、Van Ham(2001)は、商品と同
様に各国の国家的ブランド資産の構築が国の経済発展に重要であることを指摘している。
この背景にあるのは、海外において、古くから原産国表示や生産国のイメージが、消費者
等の購買行動に影響を与える、いわゆる原産国効果(Country of Origin:COO、以下 COO
と略す)についての研究が多く行われてきた(Papadopoulos・Heslop 2002)ことと関係し
ている。恩蔵(1997)は、COO に関する先行研究について、以下(図表 1)のように、主要な
ファインディングスをまとめ、さらに、代表的な研究系譜を示した(図表 2)
。
図表 1 COO 研究によって導かれている主要なファインディングス
ファインディングス
1
ある製品に対する消費者選好は、その製品が生産された国によって左右される。
2
この選好は、当該国の経済発展の水準とかなり結びついている。
3
異なる国の消費者は、ある国の製品に対する反応においても異なる。
4
製品のタイプにより、COO の影響の仕方が異なる。
5
自国の製品に対する選好は、他国の製品に対する選好よりも高まる傾向にある。
6
COO の評価は、年を経ることより変化する。
7
教育水準が高く、所得が高く、年齢が若い消費者ほど、エスノセントリックではない。
8
愛国心は COO 意識を高めるが、ブランド選択にはほとんど結びつかない。
9
製品に対する馴染み度が高まるほど、COO の影響力は高まる。
10
マーケティング戦略によって、COO の影響はかなり左右できる。
出所:恩蔵(1997)p438-p439
図表 2 代表的な COO 研究
研究
分析対象製品
オリジンとなる国
47
調査対象者
データ収集
Reierson(1966)
機械製品、食品、 米、日、独など 10
Nagashima(1970)
Gaedeke(1973)
Hakansson and Wootz(1975)
米国の学生
サーベイ
サーベイ
ファッション品
か国
自動車、電機製
米、日、独、英、
米国と日本
品、化粧品、薬
伊
のビジネス
品、織物、食品
マン
製品一般、食品、 韓、印、台湾など
米国の学生
織物
12 か国
ペンキ、プレス
英、独、仏、伊、
スウェーデ
機、ドライバー
スウェーデン
ンの購買管
サーベイ
実験
理者
Hampton(1977)
テレビ、インス
米、日、カナダな
米国の消費
タント・コーヒ
ど 9 か国
者
米、日、独、ブラ
米国の生産
ジル
財バイヤー
米、ポーランド、
米国の生産
ルーマニアなど 5
財バイヤー
サーベイ
ーなど 27 種類の
消費財
White and Cundiff(1978)
Chasin and Jaffe(1979)
3 種類の生産財
10 種類の生産財
サーベイ
インタビュー
か国
Erickson, Johansson, and
自動車
米、日、独
Chao(1984)
米国と日本
サーベイ
の学生
Johansson,
Douglas,
and
自動車
米、日、独
米国の学生
サーベイ
Nebenzahl
自動車
米、独、日、韓、
米国の世帯
サーベイ
Nonaka(1985)
Johansson
and
(1986)
フィリピン、メキ
シコ
Ettenson,
Wagner,
and
アパレル
特性せず
米国の学生
実験
Han and Terpstra(1988)
自動車、テレビ
米、日、韓、独
米国の世帯
サーベイ
Hong and Wyer, Jr(1989)
パソコン、ビデ
米、日、韓、メキ
米国の学生
実験
オ
シコ
ステレオ・カセ
日、台湾
米国の学生
実験
Gaeth(1988)
Thorelli.Lim and Ye(1989)
ット・レコーダ
ー
Wall,
(1991)
Liefeld,
Heslop
シャツ、財布、
米、伊、香港、韓、 カ ナ ダ の 消
電話機
台湾
48
費
実験
Cordell(1991)
Roth and Romeo(1992)
Chao(1993)
Shimp.Samiee,
テレビ、電子レ
米、印、ペルー、
ンジ、自転車、
アルジェリア、ナ
電話機
イジェリア
自転車、ビール、 米、日、英、独、
アイルラン
クリスタル、革
仏、韓、西、アイ
ド、米、メキ
靴、時計
ルランド、メキシ
シコの消費
コ、ハンガリー
者
テレビ
and
特定せず
Madden(1993)
Harris et al(1994)
米国の学生
米、日、台湾、独、 米 国 の 消 費
韓
者
米、日、独、英な
米国の消費
ど 11 か国
者
ビール、小型車、 英、仏、独、西
米国の学生
実験
サーベイ
インタビュー
インタビュー
実験
ジーンズ
Maronick(1995)
タイプライタ
米
ー、自転車
Nebenzahl and Jaffe(1996)
米国の消費
インタビュー
者
ソニーと GE(ブ
日、米、ロシア、
ランドのみ)
ハンガリー、ポー
米国の学生
実験
ランド
Agarwal and Sikri(1996)
トラック、自転
日、独
車、ラケット
米国の消費
サーベイ
者
出所:恩蔵(1997)pp.438-439
この原産国効果は、原産国以外、つまり地方、都市等の地理的連想にも当てはまる(Keller
2000)と考えられることから、「国」より小さな単位である「地域」もまたブランド化の
客体として捉えられるようになった。そして、地域をブランド化する試みに経営学におけ
るブランド研究を基盤としながら、拍車をかけたのが、2004 年 11 月に刊行された Place
Branding である。例えば、Kavaratzis(2004)は、既存のブランド・マネジメントの理論を
用い、都市マーケティングや都市ブランドのマネジメント手法に関する理論的フレームワ
ークを提唱した。さらに、Parkernson & Saunders(2005)は、企業のブランド戦略を都市
ブランドに適合可能かどうか検証するため、Keller(2000)の企業ブランドに関する理論的
フレームワークを援用し、都市ブランドの構築方法を示した。
一方、国内における「地域ブランド」は前章で確認した Aaker や Keller 等による経営学
を基礎とした企業ブランド研究の影響を大きく受けながら、当初より自治体単位、つまり
「都道府県」もしくは「市町村」単位で行われてきた。
国内と海外においては、このように地域ブランドの発展プロセスは異なる。しかし、2000
年代に入ってから、国内、海外ともに「地域ブランド」の概念が普及・浸透してきたこと
49
に疑いの余地はないだろう。そこで、次項ではこれらの先行研究を踏まえながら、近年の
「地域ブランド」に関する概念整理を行う。
第二項
地域ブランドに関する概念整理
第一節 地域ブランドとは
まず、地域ブランドの定義から確認したい。図表 3 は主に国内における行政機関による
定義と代表的な研究者による定義をまとめたものである。
図表 3 地域ブランドの主な定義
【主な行政機関による定義】
◆知的財産戦略本部・コンテンツ専門調査会第 1 回日本ブランド・ワーキンググループ農林水産省提出
資料(2004 年)
「農林水産物・食品について」地域の様々な自然的条件や食文化を反映した食にかかる地域特産物の銘
柄」
◆知的財産戦略本部・コンテンツ専門調査会第 1 回日本ブランド・ワーキングループ経済産業省提出資
料(2004 年)
「地域発の商品・サービスのブランド化と地域イメージのブランド化を結びつけ、好循環を生み出し、
地域外の資金・人材を呼び込むという持続的な地域経済の活性化を図ること」
◆『地域ブランドの商標法における保護の在り方について』(2005 年、経済産業省産業構造審議会知的
財産政策部会)
「地域の事業者が協力して、事業者間で統一したブランドを用いて、当該地域と何らかの(自然的、歴
史的、風土的、文化的、社会的等)関連性を有する特定の商品の生産又は役務の提供を行う取り組み」
◆『地域ブランドマニュアル』中小企業基盤整備機構(2005)
「地域に対する消費者からの評価であり、地域が有する無形資産のひとつ。地域そのもののブランドと、
地域の特徴を活かした商品のブランドから構成される。地域ブランド戦略とは、これら 2 つのブランド
を同時に高めることにより、地域活性化を実現する活動のこと」
◆『地域ブランド・マネジメントの現状と課題』
(2006)
「ある地域に関係する売り手(あるいは売り手集団)の、当該地域と何らかの関連性を有する商品を識
別し、競合地域のものと差別化することを意図した名称、言葉、シンボル、デザイン、あるいはその組
み合わせ」
(阿久津・天野(2006)の定義を借用)
【代表的な研究者による定義】
・それぞれの地域の持つイメージ(景観、自然環境、歴史背景、文化・風土、特産品など)が固有の価
値があるものとして、地域を取り巻く様々なステークホルダーによって広く認知されたものである。
(内
田 2004)
・一般企業における企業ブランドと同じく、個々の地域資源ブランドを束ね的いく存在である(青木
50
2004)
・地域ブランドとは、屋根(地域)と柱(人材・定住、観光・交流、地産品販売拡大、投資促進・産業
振興)のうちの屋根の部分を指す(生田ら 2006)
・地域発の商品・サービス」や「地域イメージ」に対して顧客(消費者や観光客等)が高い評価をくだ
し、それが地域経済の発展・活性化につながっていくもの(佐々木 2007)
出所:行政機関による定義は、みずほ総合研究所(2008)p2 より引用、代表的な研究者によ
る定義は各論文より引用。
これらからも分かるように、地域ブランドの定義は、視点やアプローチ方法の違い等か
ら多岐に渡っており、一つの定義に固定することは困難である。この困難性について、阿
久津・天野(2007)は、
「地域のどの側面についてのマーケティングおよびブランド化を考
えるかによって想定されるブランドが異なってしまうため、地域ブランドそのものを定義
することが難しい」と述べている。
しかし、上記の表中における、地域ブランドマニュアル(中小企業基盤整備機構 2005)
の定義は、地域ブランドの構造を端的に捉えていると言えるだろう。なぜなら、地域ブラ
ンドを Aaker(1994)が提唱したブランド・エクイティの概念に従い「無形資産」として捉え、
地域に存在する「個別資源のブランド」と「地域全体のブランド」の二つの概念を区別し
た上で、その関係性を明確に示しているからである。
実際、2000 年代においては、これら二つの概念の関係性を傘のように捉えた研究が主流
である(ABM 2002、青木 2004、村山 2007、生田ら 2006)
。具体的には「地域全体ブランド」
の傘下に「地域個別資源ブランド」を置き、
「地域個別資源ブランド」と「地域全体ブラン
ド」が垂直的に、各「地域個別資源ブランド」が水平的に影響し合うという概念である。
この概念を創造するにあたり、青木(2004)は、地域全体ブランドが企業ブランドに、地
域個別資源ブランドが製品ブランドに相当すると述べており、企業ブランドの考え方を援
用したことを示唆している。なお、ここで言う地域個別資源ブランドとは、青木(2004)
によれば「農水産物」、
「加工品」
、「商業地」、「観光地」のことであり、生田ら(2006)に
よれば、「地産品」、
「観光・交流」、「投資促進・産業振興」、「人材・定住」のことである。
表現等、両者に若干の相違がみられるが、本質的な捉え方として大差はない。
この傘ブランドの考え方を国内で初めて提示し、後の地域ブランド研究において大きな
影響を与えたのが、ABM プロジェクトチーム「AOMORI」(青森)による青森ブランドの概念
である。ABM プロジェクトチームは、青森県職員の有志によって設立された自主的な研修組
織である。彼らは「AOMORI(青森)ブランドの戦略的マネジメント手法の確立について-
戦略的かつ有効的な地域ブランド(地域版コーポレート・ブランド)の構築手法の検討」
(ABM2002)において、以下のような地域ブランドの概念図(図表 4)を提示しながら、次
のように説明した。
51
図表 4 地域ブランドの概念図と役割
・地域ブランドとは、地域とのかかわりが深い商品・サービスの個別ブランドを、包括的に支援する
ブランドである。
・地域が醸成するイメージ、行政が関与することの信頼感や社会性などを個別ブランドに付与する役
割を果たす。
・個別ブランドを体験した人の評価が、地域ブランドの評価をより高めていく。
出所:ABM プロジェクトチーム 2002 p12
ABM プロジェクトチームが提示したこの概念は、地域ブランドが各個別ブランドを包括す
る存在であること、そして、地域ブランドと各個別ブランドが有機的に連関し、相互に正
の影響を与えあうことで、それぞれが強化され、評価されることを初めて示したという点
において大きな意義をもつ。本稿においては、ABM プロジェクトチームの概念を基盤とした
「地域全体ブランド」の傘下に「地域個別資源ブランド」を置き、それぞれが有機的に連
関するという概念を地域ブランドとして捉える。
第二節 自治体による地域ブランドの活用
序章で述べたように、地方自治体は地域活性化を目的とし、その手段として「地域ブラ
ンド」の構築に注力し始めている。しかし、そのアプローチ方法、捉え方は様々である。
生田ら(2006)は 12 の自治体を事例として取り上げ、各自治体の地域ブランド関連施策を
その客体、影響度等によって、タイプ A からタイプ D の 4 つに分類し、それらの違いを明
らかにした(図表 5)
。タイプ A は地域イメージと個別ブランドの双方を施策の対象及び目
的としている自治体「地域イメージ・個別ブランド総合型」(長野県、香川県、仙台市)、
タイプ B は、地域イメージ中心の施策を行うことによって、個別ブランドへの波及を図ろ
うとする自治体「地域イメージ施策・個別ブランド波及型」(福井県、大阪府)、タイプ C
52
は、個別ブランド中心の施策ではあるが、波及効果として形成される地域イメージを具体
的に描いている自治体「個別ブランド施策・地域イメージ波及型」(愛知県、長崎県、札幌
市)
、そして、タイプ D は、個別ブランド施策とその直接的な便益に特化し、地域イメージ
への波及は考慮されていない個別ブランド特化型(北海道、青森県、島根県、沖縄県)の
自治体である。強固な地域ブランドは、地域イメージと個別ブランドの双方が有機的に連
関することで、形成されると考えられるため、タイプ D 以外のアプローチは中長期的には
有効であると言える。
図表 5 地域ブランド構築アプローチの違い
タ
イ
施策の主対象
施策の目的
目指す地域イメージと既存
自治体
地域イ
個別ブ
地域イ
個別ブ
プ
メージ
ランド
メージ
ランド
A
○
○
○
○
イメージの強化
長野県、香川県、仙台市
B
○
○
○
イメージの再構築
福井県、大阪府
○
○
イメージの付加
愛知県、長崎県、札幌市
○
(目指す地域イメージなし)
北海道、青森県、
C
○
D
○
イメージの関係
島根県、沖縄県
出所:生田ら(2006)
これらのアプローチの違いは、①自治体が置かれている現状のブランドイメージの差、
②地域ブランドに関する理解や取り組み姿勢の差、に起因していると考えられる。後者を
判断する一つの指標は、自治体内にブランドを推進することを目的とした横断的な組織が
あるかどうか、そしてそれが機能しているかどうかである。例えばタイプ D に分類された
道県においては、このような統括的な組織は存在していない。そのため、組織内部におい
て、統一したブランド認知やブランド構築の重要度の認識等が浸透されておらず、その結
果、自治体による地域ブランド施策は、地域全体のイメージが考慮されない個別ブランド
53
のみの強化となっている。
一方、タイプ A に分類された長野県、香川県、仙台市では、地域ブランド構築プロセス
において、比較的早い段階で、興味・関心が異なる関連部署との調整機能や外部のステー
クホルダーの窓口機能を有する統括的な組織がつくられていた。そして、その組織は地域
ブランドに対して、深い理解があり、様々なステークホルダーを巻き込みながら、地域イ
メージと個別ブランド双方の強化に取り組んでいる。このように、自治体内における横断
的な組織の存在は、組織内における統一したブランドの概念を浸透させ、Aaker(1997)が
提唱する組織内におけるブランド・アイデンティティの確立に大きく寄与している。従っ
て、これらの自治体では、地域ブランドの構築に比較的成功していると言える。しかし、
そうであったとしても、地域ブランドは企業ブランドと異なり、特殊性を有しているが故
にその構築には多くの困難が伴う。次節ではその特殊性について論じる。
第三節 地域ブランドの特殊性と課題
地域ブランドは企業ブランドを基盤としながら、発展してきたことはここまで幾度とな
く述べてきた通りである。しかし、企業ブランドと異なり、その構造が複雑であるが故に、
その構築には困難が伴う。以下、阿久津・天野(2007)と生田ら(2006)による研究から、
企業ブランドと地域ブランドの違いについて確認する。
阿久津・天野(2007)は、一般製品と地域における「実施主体」、「最終目的」、「コミュ
ニケーション対象」から、生田ら(2006)は企業と地域における「目的」、「ターゲット」、
「実施者の観点」から「企業ブランド」と「地域ブランド」の違いについて以下のような
図表 6、図表 7 を提示し、比較した。
図表 6 企業ブランドと地域ブランドの違い
一般製品
地域
企業組織
地方自治体(都道府県・市町村)
実施主体
住民・生産者・法人(大学・財団等含む)
・民間団体
最終目的
企業利益の増大
地域の経済的活性化
地域への満足度の向上
顧客(消費者・
産品
観光
住みやすさ
企業)
れ
顧客(消費者・
コミュニケーシ
ョン対象
旅行者
住民・潜在住
企業)
従業員
投資受け入
企業・投資家
民
生産者・・・
住民・旅館・・・
工事業者・・・
自治体職員
株主
納税者
出所:阿久津・天野(2007) p14
54
銀行・・・
図表 7 企業ブランドと地域ブランドの違い
企業
地域
地域活性化
目的
利益(販売量・マージン)
地産品
販売拡大
一般消費者
ターゲット
一般消費者
投資拡大・
観光・交流
旅行者
企業
産業振興
人材・定住
企業
就 職希望
投資者
者・新規住
民
農水商工課
観光課
商工課
企画課
社長・総務・広報
実施者
首長
従業員
市民(異なる目的を持つ集団)
出所:生田ら(2006)p41
さらに、沈(2010)は、①一般のブランドを構築し、マネジメントする主体は単一である
のに対し、地域のブランド化の主体は多数で、不明確であること、②地域ブランドの客体、
すなわちブランド化される対象が多様であること。ブランド化される地域は実際には景観、
自然環境、歴史背景、伝統、文化、風土、産業といった様々な地域特性によって構成され、
それぞれがブランドの「商品」となること1、③ブランド化の範囲・地域の境界線が不明確
であること、と指摘している。
上記の二つの表及び沈(2010)の指摘から明らかになっている課題をまとめると、地域
ブランドは企業ブランドと異なり、①構築主体が多様であること、②最終目的が収益確保
ではなく、地域活性化であること、③地域活性化の手段が「地産品の販売拡大」、「観光」、
「定住」
、「投資受け入れ」等、多岐に渡ること、④手段が多岐に渡るが故に、コミュニケ
ーションを行うターゲットが広範になること、⑤ブランド化の対象が多様であること、⑥
ブランド化の範囲・地域(ゾーン)の境界線が不明確であることである。さらに考えられ
るのは、⑦ブランド管理の主体が多様かつ固定されていないこと(企業の場合、ブランド
戦略部署、例えば広報課等が戦略を策定し、それを従業員が実践)、⑧行政の影響(首長の
交代、スタッフの人事異動等による方針変更等)を受けやすいこと等がある。特に、最後
に述べた二つについては、ブランド構築に必要不可欠である中長期的な一貫性、連続性に
負の影響を与える可能性があるため、構築にあたっては注意が必要であると言えよう。
このように、地域ブランドは企業ブランドと比較し、類似点はあるものの、様々な点で
異なっており、その構造及び構築プロセスは、より複雑である。そのため、企業ブランド
の構築手法を基盤としながらも、このような違いを考慮し、地域ブランド独自の構築手法
の開発が必要である。
55
第三項
地域ブランド研究における主要な論点
前項において、地域ブランドの特殊性を、企業ブランドと比較しながら明らかにしたが、
このような違いは、地域ブランド研究において、地域ブランド構築における課題として認
識されており、地域ブランド研究における主要な論点でもある。そこで、本項ではそれら
の論点を、大きく「ブランド構築プロセス」と「マネジメントの課題」
「地域ブランドの評
価」に分類し、論じる。
第一節 ブランド構築プロセス
「地域ブランドマニュアル」
(2005)は、経済産業省が発表した地域ブランドの概念図と
ブランド形成に向けた戦略の概念図を記し、商品サービスと地域イメージが「連続的」に
展開することで、地域のイメージが強化され、付加価値を生み出すとした(図表 8)
。
図表 8 経済産業省の地域ブランドの概念図
出所:中小企業基盤整備機構(2005)
「地域ブランドマニュアル」
また、「地域個別資源ブランド」と「地域全体ブランド」を傘のような関係で、「地域ブ
ランド」を捉えた研究者の一人である青木(2004)は、その概念図を以下のように示すと
ともに(図表 9)
、それらが 4 つのステップで有機的に連関することで、地域ブランドが構
築・維持・強化され、最終的に地域の活性化をもたらすとした。
図表 9 地域ブランド構築の基本構図
56
出所:青木(2004) p16
地域ブランド構築における 4 つのステップ
第 1 ステップ:ブランド化可能な個々の地域資源(農水産物、加工品、商業集積、観光地等)を選択し、
ブランド構築の基盤ないし背景として地域性を最大限に活用しつつブランド化していく。
第 2 ステップ:第 1 ステップで確立された地域資源ブランドを柱としつつ、共通する地域性(自然、歴
史、文化、伝統)を一つの核ないし、焦点として「傘」ブランドとしての地域ブランドを構築していく。
第 3 ステップ:地域ブランドが象徴する地域性と各地域資源ブランドに共通する核となる地域性あるい
は、その基盤にある地域性との間に一貫性、整合性が存在され、地域ブランドによる地域資源ブランド
の強化と底上げを行う。
第 4 ステップ:底上げされた地域資源ブランドによって、各地域資源の競争力が増すことによって地域
経済や地域自体が活性化する。
この概念図は、
「地域個別資源ブランド」と「地域全体ブランド」との関係性を理解し、
それに基づいて「地域ブランド」が構築されることを示したという点で大きな意義がある。
しかし、関係性に焦点があてられているが故に、
「地域個別資源」のブランド化に関する具
体的な方法は不明確である。実際、地域個別資源のブランド化に関する構築プロセスは、
地域個別資源ブランド全てに共通するというわけでない。なぜなら各地域個別資源ブラン
ドにはそれぞれ特徴があるからである。その証左として、青木(2004)自身も農水産物や
加工品ブランドを「送り出すブランド」
(域外での消費を促進。当該地域に関する情報発信
に寄与)とし、商業地や観光地ブランドを「招き入れるブランド」(域外から買い物客や観
光客を招き入れるし、地元に賑わいをもたらす)と二種類に分類している。
そこで、近年の研究では、地域の個別資源を取り上げ、その資源がブランド化されるプ
ロセスを分析することで、帰納的に当該資源におけるブランド構築モデルの開発が行われ
57
てきた。しかし、それらの研究では個々の地域個別資源ブランドの構築プロセスに焦点が
あてられ、青木(2004)が示す「地域個別資源ブランド」と「地域全体ブランド」の有機
的に連関する概念について、実証されていない。また、先述したように、生田ら(2006)
は地域ブランド施策について、具体的に自治体をあげ、それらの自治体によって、その構
築におけるアプローチ方法が異なることを示したが、各自治体において「地域個別資源ブ
ランド」と「地域全体ブランド」がどのように連関し、その結果、どのようなブランドが
構築されたのかについては、個々の事例に留まっており、モデル化には至っていない。
今後の地域ブランド研究においては、青木が示した傘ブランドの概念を基盤としながら、
Aaker や Keller が提唱した「ブランド・アイデンティティ」
、
「ブランド・エクイティ」の
概念やその構築理論を援用する等、更なる実証研究が必要となろう。
このような複雑な構造を持つ地域ブランドを実際に構築するとなると現実には多くの課
題を克服する必要がある。その克服の鍵となるのが次節で述べる戦略的マネジメントであ
る。
第二節 マネジメント課題
先に記した「地域ブランドマニュアル」
(2005)は、地域ブランドの構築にあたっては、
①消費者の信頼がなければ、市場には残れない、②付加価値を高めなければ、勝ち残れな
い、③地域を活性化するために、地域の魅力を高める必要がある、と説明し、マネジメン
トの対象を消費者、商品、地域・住民という 3 つに分類する必要性を示した。
また、久保田(2004)は、地域ブランド構築に関わる組織や関係者を「中核メンバー」、
「主要メンバー」
、
「周辺メンバー」の 3 つに分類し、その中でも「中核メンバー」に対し
て図表 10 のように、3 つの課題を提示している。それらは「コンセプトの検討」
(ブランド
化を目指す地域の範囲、ターゲット、地域のブランド・アインデンティティの策定)、「内
部のマネジメント」
(地域の組織や人々が、地域ブランドのアイデンティティを充分に共有
しており、なおかつ地域ブランドの構築に肯定的(好意的あるいは協力的)な態度を抱い
ている状態を実現すること)
、「外部のマネジメント」である。
図表 10 地域ブランドのマネジメント課題
58
出所:久保田(2004) p8
久保田(2004)が提示したこのフレームワークは、地域ブランド構築の戦略的なマネジ
メントにおいて、一定の方向性を示したといえる。実際、地域ブランド構築におけるマネ
ジメントに関する研究のほとんどが、その枠内で考えることが可能だからである。以下、
久保田(2004)が示した中核メンバーの課題をあげながら、関連研究を論じる。
1.コンセプトの検討
(1)地域範囲(ゾーン)の設定
「コンセプトの検討」における課題は、地域の範囲をどのように設定し、ターゲットを
誰にし、地域ブランド・アイデンティティを何にするかを検討し、決定することである。
確固たるコンセプト無しでは、地域ブランドの構築は困難であるため、最初に克服すべき
重要な課題であるといえるだろう。そのコンセプト策定で必要な作業が、地域の範囲の設
定(ゾーニング)である。企業ブランドと異なり、ブランド化する客体の範囲は広く、自
由度が高いため、戦略的なデザインを必要とする。実際、範囲をどう定めるかによって、
コンセプトの一要素である「地域ブランドのアイデンティティ」も影響を受ける。
そもそもゾーンの動詞である「ゾーニング」とは、都市計画の分野において使用される
概念であり、空間を商業ゾーン、ビジネスゾーン等、機能的に区分する手法である。しか
し、そのゾーニングによる用途規制は、機能的に空間が分割・整理される反面、都市を単
調に見せてしまうため、異質性のある都市の魅力を存分に引き出すことができない(Jacobs
1961)というデメリットがあった。また、様々な境界が流動化しつつある現代に、歴史的に
形成された地域性のみを根拠に地域を固定できるわけもなく、現在の不安定かつ不連続な
経済活動等のつながりのみを根拠に、地域を固定できるわけでもない(山中 2013)。
しかし、ゾーンデザインが地域ブランドの構築にあたり重要であることに変わりはない。
59
その重要性について、山中(2013)は、
「東京」という言葉を聞いて、行政単位をイメージ
する人もいれば、東京駅や新宿駅周辺のいわゆる都心地域をイメージする人もいれば、漠
然と首都圏全体をイメージする人もいると述べており、
「地域」のゾーンデザインが重要な
創造行為であることを示唆している。
そこで生まれたのが、
「戦略的ゾーニング」という概念である。戦略的ゾーニングとは「ブ
ランド資産を基盤とした地域内の再構築、もしくは地域外との連携によって、地域独自の
体験価値を創造すること」(和田ら 2009)と定義される。この定義の中で「ブランド資産」
という言葉が使われているように、この概念は、本研究のテーマであるブランド構築にお
いて活用される概念である。なお、ここで言うブランド資産とは、地域資源のことを意味
しており、具体的には、自然・経済・社会・文化環境や、それぞれ特有の条件や要素(地
政学的位置、天候・地形、賦存資源、産業・就業構造、人的資本、経済・社会インフラ・
ストック、行政組織・ネットワーク等)等2 (内閣府 2011)のことをいう。また、和田ら
(2009)によれば、地域ブランド構築におけるゾーニングには「再構築型ゾーニング」と
「連携型ゾーニング」の二種類があるという。「再構築型ゾーニング」とは、地域内にある
ブランド資産をベースにして、地域を新しい軸で括り直すことであり、
「連携型ゾーニング」
とはブランド資産をベースに、ブランド・コンセプトに基づいて、市や県を超えた連携を
図ることである。また、福岡(2013a)は、戦略的ゾーニングの概念を基盤とし、図表 11 の
ように既存ゾーンの現状価値(ブランドイメージが正負どちらの状態にあるのか)に依拠
し、既存ゾーンの「負のブランドイメージを正に変えるゾーンデザイン」と既存ゾーンの
「正のブランドイメージを更に高めるゾーンデザイン」と二つに分類し、それぞれのデザ
イン方法について、
「コンテクスト価値転換のゾーンデザイン」(前者)と「付加的コンテ
クストのゾーンデザイン」
(後者)を「箱根」
、
「金沢市」の例とともに論じ提唱した。前者
は既存ゾーン(熱海市)のコンテクストを根本的に転換する手法を用いたゾーンデザイン
であり、後者は既存ゾーン(金沢市)のコンテクストとは別のコンテクスト(広域連携)
を新たに創造し、付加するゾーンデザインである3。
図表 11
既存のゾーンの「負のブランドイメージを
既存のゾーンの「正のブランドイメージを
正に変えるゾーンデザイン」
更に高めるゾーンデザイン」
「コンテクスト価値転換のゾーンデザイ
付加的コンテクストのゾーンデザイン」事
ン」事例:箱根
例:金沢市
出所:筆者作成
これらをふまえ、本稿においては、戦略的ゾーニングの定義を援用し、範囲を設定する
行為(ゾーンをデザインする行為)を「地域資源の戦略的な活用による地域ブランド価値
の向上を目指した基盤を創造すること」と再定義する。
60
(2)地域ブランド・アイデンティティ(地域 BId)
ゾーンが戦略的に設定されれば、そのゾーンを基盤とし、地域ブランドアイデンティを創
ることとなる。ここでいう地域ブランドアイデンティ(地域 BId)は、地域 ID を基盤とし
た地域 BId である。筆者が序章で定義した地域ブランドアイデンティティ(地域 BID)は、BI
と地域 ID のどちらを基盤としても良いものであり、地域 BId とは性質が異なっている。
地域 BId 創造プロセスにおいて、佐々木(2009)は、事例をあげながら(葛飾や高崎市
をゾーンとした)
、ゾーンにおける資源(リソース)の可視化の必要性について強調してい
る。そして、和田(2002)によれば、このような取り組みを円滑に行うためには、その基
盤となる地域コミュニティが既に形成されている必要があるという。しかし、地域コミュ
ニティの質は人口等によっても異なるため、一概に地域コミュニティが形成されている必
要があるとは言えないだろう。また、佐々木(2009)が可視化した対象は、地域資源、つ
まり機能的価値を有した「コンテンツ」に特化しており、可視化プロセスにおいて、コン
テンツの発掘や検討に多くの時間を要することは想像に難くない。これまでの地域活性化
の失敗は、
「コンテンツ」への過度の依存が一因であることを考えると、地域資源の可視化
は確かに一定の効果があるものの、それでは今まで取り組んできた域を出ていない。確か
に、佐々木(2009)の議論は、地域資源を再発見し、それをアイデンティティのシンボル
にすると言う意味では重要な示唆である。しかし、そこでは、外部のステークホルダーの
視点が考慮されていないため、これまでと同じ轍を踏む可能性がある。なぜなら、その背
景には、先述したように地域におけるコンテンツのパリティ化とコモディティ化があるか
らである。パリティ化とは「機能的価値」の差がないことであり、コモディティ化とはパ
リティ化が進んだため、差別化できず一般化された状態のことをいう。つまり、地域が所
有する「コンテンツ」で、他地域と「差別化」することは、もはや困難な時代であること
を認識しなければならない。
例えば、山口県の秋吉台南東に位置する長登銅山跡地は、日本最古の銅山である。臼井
(2012)によれば、文化交流館が出来た 2009 年には長登銅山跡地に多くの観光客が訪れた
が、その後は期待を裏切る結果であった。その理由は、ここに魅力があるという思いが強
すぎて、客観性な視点(何が人々に関心をもたれるのか、魅力的なのか)に欠いており、
一方通行になっているからであると言う。また、群馬県の高崎市は、観音山、榛名湖、烏
川、鏑川等の資源を有しており、かつてはそれらの資源を目当てに大勢の観光客が訪れて
いたが、近年、それらの観光スポットの集客力は減少傾向にある。その主な理由はこれら
の観光資源の全国の類似資源との「差別化」の弱さであり、同時に「発信力」の弱さであ
ると筆者は考えている。高崎市は今後、行政を中心に高崎ブランドの確立に向けた取り組
みを行っていく予定である4。さらに、青森県の三内丸山遺跡は、日本最大の縄文集落とし
て有名であるが、考古学関係者以外、これまで、その価値が域内外の一般の人たちに浸透
することはなかった。その結果、遺跡を訪問する人数は多いとは言えず、地域の活性化に
61
繋がっていない。浸透していない理由は多々あるが、一つあげるとすれば、三内丸山遺跡
の見学施設「縄文時遊館」の所管が教育委員会であり5、遺跡の教育的価値に重点が置かれ、
観光等を目的とした一般の訪問者への対応が十分でなかったことが考えられる。つまり、
遺跡としての価値が、域内の人たち及び一部の専門家に認識されていたとしても、それが、
域内外の一般の人たちにとって魅力ある資源として認識されなければ、全国に多数存在す
る「遺跡」と何ら変わらず、観光客の誘引には寄与しないということである。そこで、青
森県は、北海道、秋田、岩手の 3 道県並びに関係自治体が連携・協力し、
「北海道・北東北
を中心とした縄文遺跡群」として、2015 年度の世界遺産登録を目指すこととなった6。
これらは、静的な歴史的資源、自然という資源を有しているのにもかかわらず、それが
ブランドとして機能していないため、観光客が増加せず、地域活性化に繋がっていないご
く一部の事例である。交通機関の発達やインターネットが発展した現在社会においては、
多くの人々にとって、観光目的で訪れる地域の選択肢は多数存在する。そのため、これら
の事例は、訪問客の増加によって地域活性化を実現させるためには、地域(行政や住民等)
が地域資源を他地域の類似資源と比して、より魅力的に見せる工夫をし、観光する価値が
ある資源に「転換」させる必要があることを強く示唆していると言えよう。
そこで、地域の魅力をより高めるための方策として、「コンテンツ」の代わりに「コンテ
クスト」を活用したブランディングモデルが唱えられ始めた。このモデルは、機能的価値
の追求ではなく、情緒的価値の重要性を強調したものである。「コンテクスト・ブランディ
ング」という用語を最初に提示したのは、阿久津・石田(2002)である。このモデルは、
企業が策定するブランド戦略を想定しており、今まで、ブランド・コミュニケーションが
失敗に終わってきたのは、企業が消費者のブランド知識構造を理解していなかったからで
あるという。このことから、このモデルは、消費者のブランド知識構造(コンテクストを
解釈・創造するもの)に焦点が当てられており、その知識構造を創り変えるという戦略で
あると言える。従って、阿久津・石田(2002)の研究は、コンテクスト・ブランディング
という用語が使われてはいるが、対象物のコンテクストのブランディングを試みたもので
はない。
一方、対象物の「コンテクストブランディング」を提唱したのが、原田・三浦(2010)
である。このモデルは、コンテクストを「潜在価値であるコンテンツの価値を顕在化させ
るある種の価値発言装置」とした上で、対象物のコンテクスト転換を前提にしている。そ
のコンテクスト転換には、①価値転換、②主体転換、③関係転換、④行為転換の 4 つの方
法論があり、それぞれの方法論において、縦軸、横軸を設け 4 つの方向性を示した。
この「コンテクストブランディング」は、従来の研究のようにコンテンツ自体の差別化
を必要としない。また、顧客のニーズがパーソナライズされればされるほど、効果を発揮
するとし、地域ブランドの構築においても、この考え方は必須であるとした。
さらに原田・三浦(2012)は、コンテクストデザインのアプローチとして、コンテンツ不
変型コンテクストデザイン(背景のコンテクストデザイン、権威付けのコンテクストデザ
62
イン、系列のコンテクストデザイン、過程のコンテクストデザイン、位置のコンテクスデ
ザイン)とコンテンツ変化型コンテクストデザイン(順番のコンテクストデザイン、単位
のコンテクストデザイン、集団のコンテクストデザイン、組み合わせのコンテクストデザ
イン、添加のコンテクストデザイン、翻訳のコンテクストデザイン)を事例とともに提示
した。しかし、これらは地域ブランドを念頭においたものではないため、地域住民が抱く
地域 ID は意識されていない。
なお、筆者は地域のブランディングにおいて、コンテクストはコンテンツと比べて模倣
困難性が高いため、中長期的に優位であると考えている(決してコンテンツを軽視してい
るわけではない)
。そのため、地域ブランドの構築、地域活性化の際には、地域の「コンテ
ンツ」の発掘・検討に過度に時間をかけるのではなく、コンテクストによる戦略立案をよ
り重視すべきであるという立場を取る。
2.内部のマネジメント
「内部マネジメント」の「内部」とは、地域ブランドを構築する基盤となる「地域」の
内部、すなわち「域内」のことをさす。ここでの課題は、主に地域内部における地域のブ
ランドアイデンティティ(BId)の共有と肯定的態度の形成である。これは、Aaker(1997)
がブランド構築の際に必要であると主張する組織内部の力や圧力の管理と符合している。
また、Kotler & Keller(2008)が、インターナルブランドについて「従業員に情報を与え、
啓発する活動とプロセスである。サービス企業や小売業にとっては、全従業員がブランド
とブランド・プロミスについて最新かつ深い理解を持っていることが重要である。」と述べ
ているように、企業ブランドの構築にあたっては、内部組織におけるブランドの理解が重
要である。久保田が提示した「内部のマネジメント」における課題は、企業ブランドだけ
でなく、地域ブランドにおいてもまた、同様に解決すべき課題であることを明確に示して
いると言えよう。しかし、それをどのように BId を共有し、肯定的な態度を形成するかに
ついての示唆を得ることはできない。
また、中長期的に地域ブランドを構築するには、域内において、久保田がいう「中核メ
ンバー」だけでなく「主要メンバー」「周辺メンバー」等、様々な構築主体となりうるステ
ークホルダーが関わる必要がある。福岡(2013a)は地域ブランド構築プロセスの初期段階に
おいては、自治体やその他中心となるメンバーが構築主体となる傾向があるが、時間的経
過とともに、地域住民・市民などに主体が転換され、地域ブランドは構築・維持・発展し
ていくと述べた。そこで、以下、ステークホルダーの役割についての先行研究をまとめた
い。
(1)ステークホルダーの役割
①自治体
地域ブランドの構築主体として真っ先にあげられるのが自治体である。実際、地域ブラ
63
ンドを構築する際には多くの自治体の関与がみられる。先の久保田(2004)の先行研究に
あてはめれば、自治体は地域ブランド構築の「主要メンバー」となり、地域ブランドの構
築プロセスでは継続して「主体」を担う傾向にある。また、矢吹(2010)は自治体を「究
極のネットワーカー」として位置付け、他のステークホルダーとの相対的優位性について
論じている。しかし、自治体がたとえそのような存在であったとしても、地域ブランドに
対する「アプローチ方法」と「時間的経過」によってその「関与度」は異なることに留意
する必要がある。例えば、先述したように生田ら(2006)は、そのアプローチ方法に応じ
て 4 つに分類したが、タイプ A に属する自治体とタイプ C に属する自治体の「主体」の「関
与度」を比較すると、自治体内に組織を横断し、外部に統一したメッセージを継続的に発
信する役割を担うブランド統括組織を有しているタイプ A7の方が、構築主体の「関与度」
はより高いことが伺える。また、自治体の「主体」の役割もまた「時間的経過」とともに
変化し、それに伴い、その「関与度」もまた変化する。例えば、地域ブランド構築プロセ
スの初期段階においては、自治体の主な役割は「コンセプトの策定」や域内においてブラ
ンドを浸透させることであり、構築「主体」としての「関与度」は高い。しかし、自治体
の役割は、「時間的経過」とともに、外部との関係性の構築へと変化し、主体の「関与度」
は低くなる。逆にその段階において、「主体」の「関与度」が高まるのは、例えば観光ブラ
ンドの場合、観光協会や地域住民であろう。つまり、「主体」は自治体から観光協会や地域
住民へと転換されていく。この主体転換は前章で述べたように、原田・三浦(2010)が提
唱した概念であるが、地域ブランドにおいても適応可能であると筆者は考えている。とは
いえ、自治体は、時間的経過によって、
「主体」の関与度が構築初期段階より低下したとし
ても、当初策定したブランド・コンセプトのもと、継続性をもって、役割を全うする必要
がある。しかし、自治体の方針は往々にして、トップの交代、人事異動等によって、変更
する可能性が高い。そして、そのことはその後の地域ブランドの価値そのものに影響を及
ぼす。従って、特に地域ブランド構築プロセスの後半においては、いかに自治体以外の地
域住民及び企業等が、自治体よりも「主体」的な役割を担うことができるかどうかが、地
域ブランドの維持・強化の鍵となる。
②企業
企業もまた地域ブランドの構築に一役担う。企業が地域ブランドに寄与するケースは、
大きく三つに分類することが可能である。第一に地域ブランドの構築を主な目的とせず、
既存の企業ブランドや企業が有する製品・サービスが、時間的連続性を伴って無意識的に
地域ブランドに繋がっていくケースである。企業ブランドでいえば、トヨタ8、日立9等の企
業城下町、製品ブランドでいえば、シャープの液晶 TV を生産していた亀山市10等がそれに
あたる。そして、それは観光ブランドというより、むしろ「産業の集積化」から発生した
地域の「企業誘致ブランド」と捉えることが可能である。第二に企業が自治体と協力し、
一定の戦略性をもって新たに地域ブランドを構築していくケースである。例えば、各企業
64
が有する製品ブランドが束ねられ、地域として新しいブランドが創造されることをいう。
先述した青木(2004)のモデルで言えば、地域資源ブランドにおける農林水産物ブランド
等の形成プロセスがそれにあたる。第三は企業の CSR の一部が地域ブランドに繋がってい
くケースである。
先行研究では、企業(企業ブランド・製品ブランド)が地域に影響を与え、地域ブラン
ドが構築されていくというプロセスだけではなく、地域もまた企業(企業ブランド・製品
ブランド)に対して、影響を及ぼす可能性を含んだモデルが提示されている。例えば、内
田(2004)は、地域ブランドを上位概念とし、地域ブランド、企業ブランド、製品ブラン
ドを 3 つの階層構造から捉えた上で、企業ブランド、製品ブランドと地域ブランドについ
ての関係性を図表 12 のように示した。
図表 12 企業ブランド、製品ブランドと地域ブランドとの相互関係
出所:内田(2004) p40
内田(2004)によれば、企業ブランド・製品ブランドは地域ブランドを活用し、地域ブ
ランドを深化させるという。このことは、企業ブランド・製品ブランドもまた、地域ブラ
ンドから一定の恩恵を受けることができることを示唆している。
そのことをさらに明確にしたのが、電通 abic project 編(2009)である。電通 abic project
編(2009)は、企業と地域との関わり方の類型を図表 13 のように 3 つのパターンで示した。
上位に示したパターンは、工場・本社進出によって、城下町が時間的経過とともに形成さ
れるもの、中位に示したパターンは、企業の CSR としての貢献である。そして、下位に示
したパターンが、最も望ましいとされ、
「地域ブランドの構築に企業が貢献する、企業ブラ
ンドの構築に地域が貢献する。このような地域と企業の互恵関係に基づいた地域ブランド
の構築が、一つの有力な選択肢として存在してもよい(p217)」と説明し、企業と地域との
間の「互恵性」という概念を新たに提唱した。
図表 13 企業と地域の関わり方の類型
65
出所:電通 abic project(2009) p214
しかし、現実にはこれらの研究はいまだ概念に留まっていると言わざるをえない。なぜ
なら、みずほ総合研究所(2007)が企業の地域活性化に対する姿勢と行動に関して、いく
つかの観点から明らかにしているからである。それらのレポートを地域ブランドに絞って
確認すると、企業は、①地域の活気に対する関心度と地域に活気を取り戻すために最も頑
張る主体は「企業」であると認識している、②「活気のない地域で、活気をもたらすため
に不足している地域資源」として、ある程度の「地域のブランド力」が必要である、しか
し、③実際の企業の地域活性化への取り組み内容は「地元からの従業員採用」が大勢を占
めており、
「地域ブランドの育成・推進」に取り組む企業の割合はさほど高くない11、とい
うことである。
これらの質問票調査の結果から分かることは、企業は地域活性化に対して高い貢献意欲
があり、その手段として地域ブランドを構築する必要性を認識してはいるが、積極的に関
与していないということである。
その背景にあるのは、企業の地域ブランドそのものに対する理解不足や地域ブランド構
築活動が単なる企業にとって CSR の一部であると捉えられていることが考えられる。
また、
先の先行研究で示したように、地域ブランドもまた企業ブランド、製品ブランドに影響を
与えることが理解されていないか、あるいは理解されていたとしても、また実感できてい
ないからであろう。
ここで改めて、地域ブランド構築プロセスにおいて、企業が「主体」となりうるのはど
のような場合なのか考えてみたい。それらは、①企業が地域に進出し企業城下町を形成す
る場合(後に企業誘致ブランドへと発展する)、②他の企業や自治体、観光協会と協力しな
がら製品ブランドを束ね、戦略的に新たに地域を象徴する製品ブランドを創る場合、③企
業が CSR を展開し、その一部が地域ブランドに寄与する場合である。
①の場合、まず自治体が多くの時間と労力をかけて関連企業の誘致等を成功させなけれ
ばならない。企業誘致ブランドについては、補論で触れる。一方、②の場合、企業は自身
の「製品ブランド」を通して、
「地域資源ブランド」の構築に貢献し、それが結果として地
域ブランドに寄与することとなる。しかし、このプロセスでは、まず自治体や観光協会が
間に入り、製品を束ね、新ブランドを構築する必要がある。そのため、構築初期段階での
66
「主体」は自治体であって企業ではない。つまり、企業は受動的な存在である。企業が「主
体」となる可能性があるのは、新しい「地域資源ブランド」が創られた後の日々の企業活
動となろう。しかし、それは「主体」と呼べるものではなく、あえて言うなら「副主体」
である。なぜならそこでは自治体や観光協会が「主体」として組織内外における新ブラン
ドの浸透の役割を担うからである。そして、その結果、それらの主体がお互いの役割を継
続して全うすることによって、企業ブランド・製品ブランドと地域ブランドとの間に相互
作用が発生し、
「互恵関係」が生まれると考えられる。③については、企業が地域ブランド
構築の「主体」となるが、CSR 自体が目的化されるため、実際に地域ブランドに寄与するか
どうかは不透明である。
ここまでの議論をふまえ、地域ブランド構築において企業が「主体」となるケースをま
とめると以下の図表 14 のようになる。
図表 14 企業の「企業ブランド」
、
「製品ブランド」が地域全体ブランドに及ぼす影響
出所:筆者作成
③地域住民
地域活性化における地域関係者(住民)の役割に関する知見は事例研究等から多く蓄積
されている。しかし、地域活性化の手段として考えられる地域ブランドの構築プロセスに
おける「主体」としての住民についての研究は限られた事例研究に留まっており、理論的
な研究はほとんどみられない。そして、その事例研究においても、今もなお地域ブランド
として客観的に高い評価を保っているのは、先行研究で数多く取り上げられている大分県
の湯布院町(現由布市)12と本稿第六章で論じる長野県の小布施町13等ごく僅かであろう。
このことは、地域住民が主体となって地域ブランドの構築を目的として活動することは困
難であることを示唆している。その理由は地域住民の活動目的は一義的には「まちづくり」
67
だからであり、地域ブランドの構築ではないからである。
由布院と小布施町の地域に共通しているのが、中谷健太郎氏、溝口薫平氏(以上、湯布
院町)
、
「小布施堂」14の社長である市村次夫氏、副社長の市村良三氏(以上、小布施町)と
いう強力なリーダーの存在である。彼らのリーダーシップがなければ、湯布院、小布施町
における地域活性化及び現在の地域ブランドの構築はなかったことは疑いの余地はない。
また、小布施町の取り組みとして特筆すべきは、市村良三氏が中心となり「株式会社ア・
ラ・小布施」15を設立したことである。これは、まちづくりの専門組織であり、第三セクタ
ーであるが、自治体からの支援(補助金等)を受けていない。
さらに、この二つの事例から示唆されることは、地域住民が「主体」となって構築され
た現在の由比院ブランド、小布施ブランドは、「地域ブランド」の構築を目的とせずに構築
されたということである。確かに両市ともに、まちの将来像に関して、関係者と何度も話
し合いを重ね、ビジョンを描き、そして、そのビジョンを共有した後、それに沿った取り
組みを継続的に行ってきた。しかし、それは、「地域ブランド」の構築を目的としたもので
はなく、
「まちをより良くしたい」という日々のまちづくりの活動の結果であった。つまり、
このことは、地域ブランドの構築は目的化されなくとも、明確なビジョンがあり、それに
従って地域住民が取り組めば、結果として、地域ブランドが構築されることを示唆してい
る。
このように、域内においては、様々な複数のステークホルダーが存在する。そのため、
域内においては、興味・関心が異なるステークホルダーごとに適切なアプローチが必要と
なろう。
(2)ステークホルダー間の合意形成
興味・関心が異なるステークホルダーへのアプローチとしては、原科・村山(2005)が
提唱する ESH モデル(E:Experts、S:Stakeholders、H:Hybrid)
(図表 15)が有効であろ
う。これは、公共の場における合意形成におけるメンバー構成の重要性について論じたも
のであり、合意形成を行うには、科学性と民主性を担保するようなメンバー構成が重要で
あるという考え方に立脚している。つまり、科学性のためには、専門家(Expert)
、民主性
のためにはステークホルダー(Stakeholders)が必要であり、両者の混成(Hybrid)の場
を形成し、透明性の高い議論のプロセスにしなければならないということである。さらに
原科・村山(2005)によれば、会議の進行役であるファシリテーター(Facilitator)の存
在が重要であるという。ファシリテーターは、中立的な立場で議事の進行をはかり、論理
的思考力、専門性、パーソナリティなど多くの要件が求められる。
図表 15
ESH モデル
68
出所:原科・村山(2005)、p49
3.外部のマネジメント
(1)外部との関係性
ここでの課題は、地域外部(域外)における地域の BI の理解と評価である。つまり、地
域外部がどのように、地域 BI を理解し、評価しているかということに焦点をあてたもので
ある。この「外部のマネジメント」について、Hankinson(2004)は、外部の意識に焦点を
あてるのではなく、顧客やステークホルダー等とのリレーションシップを重要視する関係
性としての地域ブランドという考え方が必要であると主張し、「リレーショナル・ネットワ
ーク・ブランド」という概念を提唱した。Hankinson(2004)によれば、地域ブランドを構
成する要素は以下の 5 つであり(図表 16)
、それらの要素に基づき、Hankinson(2007)は、
地域ブランドのマネジメントとして、以下の 5 つの法則(図表 17)を示した。
図表 16 地域ブランドを構成する要素
・地域ブランドのアイデンティティを表す「コア・ブランド」
・地域にあるインフラ設備や景観を含む「ブランド・インフラ・リレーションシップ」
・広報(一般のマーケティングで使われるコミュニケーション媒体)や教育(オーガニ
ックなコミュニケーション媒体)などを通じた「メディアとのリレーションシップ」
・内部や外部の様々な「顧客とのリレーションシップ」
・地域ブランドの構成要素の一つである「サービス提供者とのリレーションシップ」
出所:Hankinson(2004)
図表 17 地域ブランドのマネジメント法則
・強いビジョンを持つリーダーシップの発揮
・ブランド志向の組織文化の構築
・内部組織間の協働と提携
・幅広いステークホルダーと一貫性のあるコミュニケーション
・強くかつ矛盾のない、パートナーシップの維持
出所:Hankinson(2007)
69
端的に言えば、Hankinson は、地域ブランドを構築するには、中心メンバーでないメンバ
ーをいかに巻き込むか、そして、彼らの地域ブランドへの寄与度をいかに高めていくかが、
重要であることを示したと言える。
(2)外部からの評価
最後に、地域外部からの「地域ブランドの評価」について論じる。ここではその評価指
標が課題となる。国内外において、地域ブランドの評価指標は複数開発されている。しか
し、先述したように海外と国内ではその対象が大きく異なるため、留意する必要がある。
海外では、Anholt(2003)が、NBI(Nation Brand Index)という指標を開発し、主要国の
ブランド力を測定した。NBI は観光、輸出商品、国民性、政治、文化・遺産、投資・移住の
6 指標で構成された。また、後に Anholt(2006)は、NBI と類似した手法で CBI(City Brand
Index)を開発し、国際的存在感、地域特性、潜在力、躍動感、市民性、基本生活条件の 6
指標から、世界の主要都市のブランド力を測定した。これらのブランド力評価は国や都市
を対象としたものであり、国内における地域活性化を目的としたような都道府県、市町村
レベルにおいてブランド力を測定した研究ではない。その理由は、本章の冒頭で述べたよ
うに、海外においては、国の原産国効果(COO)の研究等が優先して行われてきたからであ
る。
一方、国内においては、日経リサーチ総合研究所(2006)やブランド総合研究所(2006)
によるブランド力評価が代表的である。日経リサーチ総合研究所は、
「地域ブランド知覚指
数」
(PQ)という地域ブランドの総合指標を開発し、地域ブランド戦略サーベイ(2006)を
実施した。そのサーベイでは、
「独自性」、
「愛着度」
、
「購入意向」、
「訪問意向」
、
「居住意向」
の 5 つの項目によって都道府県のブランド力が測定された。また、日経リサーチ総合研究
所は、商品としての地域ブランドの価値を把握するため、
「名産品 PQ」という指標もあらた
に開発し、それらは「独自性」
、
「愛着度」
、「プレミアム」、
「推奨意向」の 4 つの項目で構
成された。PQ と名産品 PQ の二つが開発された主な理由は、先述したように、地域ブランド
が地域全体ブランドと各個別資源ブランドの二つから構成されていると考えられているか
らである。また、各個別資源ブランドの中でも「名産品」が選択されたのは、特許庁が地
域名と商品名で構成される「地域団体商標登録制度」16を 2006 年より開始したことが背景
にあると考えられる。
また、ブランド総合研究所(2006)は、都道府県より小さな単位である市区町村を対象
とし、それらのブランド力を「認知度」と「魅力度」という 2 つの総合指標を開発した。
そして、それらの指標は、
「情報接触」、
「イメージ」
、「観光」、
「商品」、
「居住」という 5 つ
の評価項目で構成された。
このようなシンクタンク等の機関によって毎年公表される地域ブランドの指標には以下
のような利点がある。第一に、自分たちの地域が外部からどのように知覚され、評価され
ているのかを客観的に把握することが可能であり、現状の立ち位置を相対的に確認するの
70
に役立つということである。つまり、自分たちの評価と外部からの評価の乖離、相対的な
地域の強み、弱みを知ることが可能であり、それにより、他地域との「差別化」を意識し
た戦略的な施策立案に活かすことができる。第二に、このような指標は毎年公表されるた
め、経年比較が可能であるということである。公表されたランキングは、前年度の地域ブ
ランド施策の相対的な結果でもあるため、ランキングの上下等から施策に対する相対的な
効果を検証することが可能である。そして、それらは、地域関係者が地域ブランド施策を
推進する際の動機にも繋がるだろう。
第四項
小括と本研究におけるリサーチクエスチョンの設定
本章では地域ブランドについて、地域ブランドの定義、自治体の施策、企業ブランドと
の違い、研究における主要な論点(ブランド構築プロセス、マネジメント課題)について、
先行研究をレビューしながら、論じてきた。地域ブランドの定義については、そのアプロ
ーチ方法、視点が多岐に渡るため、一つに定義することは困難である。しかし、その中で
も、
「地域全体ブランド」と「個別資源ブランド」を明確に区別し、それらを傘のように配
置することで、それぞれが垂直的かつ水平的に連関するという概念が 2000 年代において主
流となっていることが分かった。また、地域ブランドは自治体で普及しているものの、そ
の捉え方は各自治体によって異なり、そのアプローチ方法も異なっている。実際、中長期
的に地域全体ブランドへの波及を視野に入れて取り組んでいる自治体もいれば、それを全
く考慮せず、地域個別資源ブランドのみに注力している自治体(先述した分類によればタ
イプ D)も多く存在している。これらの違いは、地域が置かれている現状がそれぞれ異なっ
ていることも一因ではあるが、主に地域ブランドに対する理解の差、組織の運営(リーダ
ーシップ、継続性)に起因していると考えられる。そのような地域では、地域活性化の手
段である地域ブランドの重要性の認識・理解と施策立案・推進していくための組織の構築・
運営が今後の課題となろう。
また、地域ブランドは企業ブランドを基礎としながら発展してきたため類似点が多いこ
とを確認した。例えば、先に示した傘ブランドの概念において、青木(2004)は、地域全
体ブランドが企業ブランドに相当し、地域個別資源ブランドがその企業が扱う製品ブラン
ドに相当することを示唆していた。また、久保田(2004)が、地域ブランド構築における
中核メンバーの課題として提示した「コンセプトの検討」、
「内部のマネジメント」「外部の
マネジメント」は、企業ブランド構築における課題と類似している。特に内部組織におけ
るブランド・アイデンティティの醸成と浸透の必要性は、企業ブランド研究において、Aaker
(1997)が指摘していることでもある。
地域ブランドに企業ブランドと類似点があったとしても、構築主体の多様性、ブランド
化する客体、ゾーンの不明確性等の点において、地域ブランドは、企業ブランドと比して
より複雑であるため、その構築は困難であることに変わりはない。従って、その困難をい
かに克服し、地域ブランドを構築するかが、地域にとって大きな課題であり、また地域ブ
71
ランド研究においても主要な論点となっている。実際、構築プロセスやマネジメント課題
について、先行研究において整理が試みられてきており、知見は蓄積されつつある。
しかし、これらの研究から分かることは、多かれ少なかれ、地域ブランドの構築に関わ
るあるいは影響を与える存在となる可能性が高い自治体が、誰とどのようなコミュニケー
ションを取りながら、どのように地域資源(コンテンツ)をブランド化するかについての
包括的な議論に対する解はいまだ明確になっていないということである。というのも、こ
れまでは地域ブランドとはいったい何なのか、に力点が置かれてきたからであろう。例え
ば、地域ブランドの概念や定義、企業ブランドとの違い、地域全体ブランドと地域個別ブ
ランドとの関係性、地域ブランドが創造される全体プロセス、地域ブランドを創造するの
に必要となるマネジメントの枠組み等である。あるいは個別の事例に特化しすぎており、
その他地域への応用可能性を明確に示したものはない。
さらに、序章でも述べたが、筆者は観光まちづくりにおいて、地域ブランドを活用する
ことを志向する場合、地域資源を活用した地域 ID と BI を一致させた地域 BID の創造が必
要不可欠であると考えているが、これまでの地域ブランドに関する研究においては、企業
ブランドから発展してきたが故に地域ブランドによる経済的な側面が強調されてきた。確
かに地域 ID を意識したものもある。しかし、それらは地域学を基盤として地域 ID のシン
ボルとなりうる地域資源の発掘に過度に注力しており、外部の評価は度外視されている。
つまり、真の意味での地域活性化は、地域 BID が創造され、そのシンボルとして地域資源
が活用されることによって実現されると筆者は考えている。
そこで、本稿では、自治体の立場で、「自治体は地域活性化に寄与する観光まちづくりに
おいて、地域資源を活用し、地域 ID と BI を一致させた地域 BID を創造することは可能か。
可能であるとしたらどのような方法があるのか。
」を本稿の問いとし、その問いに答えるこ
とを本稿の目的とする。そして、
「まちづくりコンセプト」、
「観光まちづくりコンセプト」、
「地域資源」
、
「地域 ID」
、
「BI」の要素に注目しながら、地域 BID 創造プロセスについて論
じていく。本稿ではその連関図もまた提示し、その連関図をもとにしたモデル化を試みる。
次章以降、先駆的な自治体の事例を複数取り上げながら議論する。
*本章は「地域ブランド研究の系譜と今後の課題」
、英米文学語学研究会学会誌『英米文学
語学研究会論集』第 15 号に加筆修正を加えたものを基盤としているが、第二節 1(1)の地域
範囲(ゾーン)の設定の箇所については「地域活性化と観光戦略に関する一考察―地域
ブランドとゾーンデザインを中心に-」,『研究報告』, 理工系 57-2 人文系 47-2 号,
芝浦工業大学」より、また、第二節 2(1)ステークホルダーの役割の箇所については、「地
域 活 性 化 を 目 的 と し た 地 域 ブ ラ ン ド の 構 築 「 主 体 」 に 関 す る 研 究 」 ,『 地 域 活 性 研
究』,Vol.5,地域活性学会」より一部抜粋及び加筆修正を加えたものである。
注
72
1
例えば、新潟県佐渡市は、
「朱鷺」の生息地として有名であるが、佐渡市は、その「朱鷺」の認知度及
び朱鷺が生息する「自然環境」を農業振興(農産業)に活用し、
「朱鷺と暮らす郷認証米」というブランド
米の開発に成功している。
「朱鷺と暮らす郷認証米」は 2008 年より生産が開始され、高品質なブランド米
としてのポジションの確立及び維持のため、以下のような認証制度が設けられた。それらは、①「生きも
のを育む農法」で栽培、②農薬や化学肥料を削減、③エコファーマーの認定を受けた生産、④佐渡で栽培
されたお米(佐渡市 https://www.city.sado.niigata.jp/eco/info/rice/index.shtml より引用)である。
佐渡市のこのような取り組みは、付加価値を用いて地域固有の資源を活用してブランド化に成功した事例
であり、その客体は、阿久津・天野(2007)によれば「産品」、生田ら(2006)によれば「地産品」である。
この「朱鷺」ブランドの農業振興への推進・展開にあたり、佐渡市は組織再編にも着手している。具体的
には、朱鷺に関するすべての組織を、農林水産課に新設された「生物多様性推進室」に集約し、その配下
に、これまでバラバラに配置されていた生産振興係、生物共生推進係、生き物共生推進係、朱鷺政策係な
どを置く(ダイアモンドオンライン http://diamond.jp/articles/-/7896 より引用)というものである。
こうした佐渡特有の農業の取り組みによって、歴史的、文化的遺産である棚田(主に岩首地区)や車田植、
鬼太鼓や能は、次世代に継承すべきものとして、2011 年、先進国で初めて GIAHS(世界農業遺産)に登録
された(社団法人佐渡観光協会リーフレット「佐渡の棚田を歩く」より引用)
。この GIAHS の登録は、佐渡
の「棚田」が、日本全国に多く存在する棚田と差別化されたことを意味しており、中長期的には、佐渡の
BI に繋がっていくものであると筆者は考えている。しかし、岩首地区の棚田の魅力は、大学関係者や NPO
等の「よそ者」の支援によって、佐渡市民に認知されてきたという経緯があるため、今後は、いかに市民
が主体性を発揮するとともに丁寧な合意形成を経ながら、確固たる地域 ID を確立していくことが課題とな
ろう。なお、
「棚田」はエコツーリズム等、地域個別資源ブランドの一つである「観光」ブランドにも、寄
与すると思われる。実際、社団法人佐渡観光協会は、域内外を対象とした「棚田散策」を行っている。本
稿のテーマである観光まちづくりにおける地域 BID 創造という側面においては、
「棚田」は 2014 年現在に
おいては、その創造プロセスの過渡期であると言えよう。
2
地域の経済 2011 第 3 章から一部引用
3
福岡(2013b)は「負のブランドイメージを正に変えるゾーンデザイン」
・
「コンテクスト価値転換のゾー
ンデザイン」として、
「ぐるっと箱根観光圏」(www.gurutto-hakone.jp)を事例として取り上げ説明してい
る。観光庁が主管する平成 22 年度新規観光圏整備実施計画認定対象地域であり、神奈川県の小田原市、南
足柄市、中井町、大井町、松田町、山北町、開成町、箱根町、真鶴町、湯河原町、そして静岡県の熱海市
の 3 市 8 町が、認知度が高い「箱根」を全面に出し、ゾーンデザインした例である。このような観光圏が
出来た背景としては、①各市町自体の認知度は「箱根」と比較しさほど高くなかったこと、②地域全体の
状況として、人口はすでに減少に転じており、高齢化率も高かったこと、③事業所数や小売業の年間商品
販売額も停滞・減少傾向であったこと、である。そこで、各市町単位(行政単位)でゾーニングするので
はなく、
「箱根」というブランドを最大限活用することで、各市町への誘客数の増加を目指した。この事例
で特筆すべきは「熱海市」である。熱海市は歴史的に古い温泉街であり、長い間、伊豆の玄関口として、
「熱海」でゾーニングされていた。しかし、近年、観光客の減少が顕著であり、何らかの対策が急務であ
った。そこで、ゾーンを再デザインし、他の市町とともに「箱根観光圏」の傘下に入る決断をした。
「熱海」
73
にとって「伊豆の玄関口」からのコンテクスト「転換」を意味する。今後、
「熱海」は「箱根」ブランドの
価値向上に寄与することとなり、最終的には「箱根」ブランドの価値向上によって、
「熱海」を訪れる観光
客の増加に繋がっていくことが期待される。一方、既存のゾーンの「正のブランドイメージを更に高める
ゾーンデザイン」・「付加的コンテクストのゾーンデザイン」では、金沢市を取り上げ、地域ブランド調査
2010 においては「魅力度」が全国第 9 位、
「イメージ想起率」は「歴史・文化のまち」で全国 4 位であり、
地域ブランドの構築に比較的成功している自治体であるが、2014 年度末の北陸新幹線の開通(東京、金沢
間が 2 時間半で移動できるようになる)に伴い、金沢市は、フランスの旅行ガイド本「ミシュラン・グリ
ーンガイド・ジャポン」において 3 つ星で紹介された富山県南砺市、岐阜県白川村、高山市と広域連携す
ることとした。世界遺産である「白川郷、五箇山」の人、モノ、情報を金沢市にも引きつけることで、新
たな交流拠点都市を目指し、金沢市の新しい価値を創造しようとし、2012 年秋には、3 市 1 村の連携を深
めるため、南砺市、白川村、高山市と広域観光サミットを開催している。これは、福岡によれば、既にブ
ランド価値が高い「金沢市」が、既存のコンテクストとは別のコンテクストを新たに創造し、新しいゾー
ンデザインを行うことによって、既存のブランド価値に新たなブランド価値が付加され、結果として金沢
市全体のブランド価値が高まることを期待したものである。
4
高崎新聞「高崎の都市戦略」
http://www.takasakiweb.jp/toshisenryaku/article/2014/06/1901.html(2015.1.2 アクセス)より引用。
5
青森県教育委員会(2012)「特別史跡三内丸山遺跡年報‐15‐平成 23 年度」p11 を参照。
6
青森県 WEB サイト「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群を世界遺産に!」
http://www.pref.aomori.lg.jp/bunka/culture/recommend.html(2015.1.23 アクセス)を参照。
7
長野県、仙台市等では自治体内にブランドを統括する横断的な組織が存在している。
8
愛知県豊田市。
9
茨城県日立市。
10
三重県亀山市。
11
愛媛県松山市に進出した台湾企業の Eversol Corporation が出資する E-Solar 社は、自社のパンフレッ
トの表紙に道後温泉の写真を活用する等、松山ブランドの強化に寄与している。このように個別にみれば、
確かに企業の地域ブランドへの寄与は散見される。しかし、マクロの視点でみれば決して多くない。
12
由布院温泉観光協会 http://www.yufuin.gr.jp (2013.10.31 アクセス)
13
小布施町ウェブサイト http://www.town.obuse.nagano.jp/ (2013.10.31 アクセス)
14
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15
株式会社ア・ラ・小布施ウェブサイト http://www.ala-obuse.net/ (2013.10.31 アクセス)
16
地域団体商標登録制度とは「地域名」と「商品名」からなる商標を登録する制度。地域ブランドの育成に
資するため、平成 17 年の通常国会で「商標法の一部を改正する法律」が成立した。平成 18 年 4 月 1 日に
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74
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77
Ⅱ部
観光まちづくりにおける地域 BID の創造
(事例研究)
第四章
事例研究 1(金沢市と川越市)
各地方自治体は、その関与度は異なるにせよ、これまで地域の「まちづくり」に従事し
てきた。しかし、そうした「まちづくり」の全てが地域の活性化につながるわけではない。
例えば、地域コミュニティに閉じた「まちづくり」は排他的になりがちであり、その場合、
当該地域の将来的な発展は見込めず、最終的に地域の活性化に寄与することはないだろう。
つまり、地域活性化には、いかに域外を意識し、交流人口の増加につなげていくかという
視点もまた重要である。
「観光」はそれを実現するための手段として機能する。
そこで、本章では、先に提示した「問い」に答えるため、複数の事例を取り上げ、「まち
づくり」を基盤としながらも、地域ブランドを活用した「観光まちづくり」を志向する中
で、どのように「まちづくりコンセプト」、
「観光まちづくりコンセプト」、
「地域資源」、
「地
域 ID」
、
「BI」が連関し、地域 ID と BI を一致させた地域 BID が創造されるのかに着目しな
がら論じていく。複数の事例とは、行政が主導的にまちづくりを行った金沢市と地域住民
が主導的にまちづくりを行った川越市である。まちづくりにおいて行政の関与度が異なれ
ば、BID の創造におけるそれらの連関もまた異なると考えたからである。本章においては、
それらの地域における自治体の取り組みの違いに着目しながら、先の問いに対する解を明
らかにしていきたい。
第一項
金沢市の事例
本項は行政が中心となり、まちづくりが行われた事例として金沢市を取り上げる。金沢
市では、市長のリーダーシップの下、「金沢世界都市構想」に基づき、市政運営が行われて
きた。本項の内容は以下、金沢市観光交流課、都市政策局企画調整課(以下、金沢市関係
者とする)
及び KGGN 代表へのインタビュー、
また公開資料等から得た情報をもとに論じる。
第一節 金沢市とまちづくり
1.金沢市の概要
石川県は能登から南加賀まで、その魅力は広範囲にわたる。金沢市はその表玄関を担い、
人口約 45 万 6 千人の石川県第一の都市である。藩政期には前田家によって、城下町が形成
された。以降、現在まで約 430 年間、戦災や大きな自然災害に遭わず、その街並みは今で
もそのまま残っている。前田家は江戸時代、外様大名になるにあたり、武力、戦いを捨て、
その代わりに学術・文化に企てることで、幕府から信頼を獲得した。また、芸術・工芸を
奨励したことにより、加賀友禅、金沢漆器など、質の高い伝統的文化・工芸が発展し、藩
政期には江戸、京、大阪、名古屋とともに五大都市となったことは承知の事実である。こ
れらの伝統文化・工芸は、そのものづくりの精神・誇りとともに金沢市民に受け継がれて
いる。また、2009 年 1 月、国土交通省、農林水産省、文化庁が認定した歴史都市第 1 号1と
なる等、現在では、金沢市は「歴史・文化のまち」として人々から想起される都市となっ
78
た(地域ブランド調査 2010 における「イメージ想起率」では、「歴史・文化のまち」で全
国第 4 位を獲得)
。2013 年現在、年間観光客は約 800 万人であり、近年増加基調にある。さ
らに 2014 年には北陸新幹線の開通が予定されており、さらなる観光客の増加が見込まれて
いる。金沢市関係者によるとその準備に余念はないという。特に外国人の声をまとめた「海
外誘客促進基礎調査結果報告書」(2011 年 3 月発刊)2において、「訪れるまでに金沢に期待
していたこと」として、「歴史的景観・建造物」(77.0%)、「伝統工芸」(37.2%)、「和食」
(35.4%)
、
「自然景観」
(29.8%)が上位に位置しており、現時点において外国人もまた金
沢の「歴史・文化」に興味・関心を示している。そして、同調査における「金沢訪問後の
満足度」においては、
「とても満足」
(57.4%)
、「満足」(31.7%)を合計すると 89.1%と高
い満足度を得ている。
この「金沢ブランド」
(観光ブランド)の成功は、このような「歴史」のみに起因してい
るわけではない。そこには、金沢市独自の取り組みが背景にある。
2.金沢市のまちづくり:金沢世界都市構想
(1)金沢世界都市構想
金沢市は、1995 年、山出保市長の時に「金沢世界都市構想」を掲げた。構想の基本テー
マは、「世界の中で独特の輝きを放つ都市づくり」「住む人一人ひとりの幸せを目指す都市
づくり」であり、それらに基づいて、1996 年から 10 年間、市政運営が行われた。その後、
新たに 2006 年度を初年度とする今後 10 年間の行政運営の指針となる第 2 次基本計画が策
定された。その計画は、
「元気なまち・金沢をつくる」(都市基盤分野、産業分野、教育分
野)
、
「美しいまち・金沢をつくる」
(自然環境・景観分野、文化・芸術分野)
、「安心して暮
らせるまち・金沢をつくる」
(健康・福祉・医療分野、市民生活分野)という 3 つの目標と
10 の重点プロジェクト3で構成されている。
金沢市関係者によると、金沢市には、先述した長野県や福井県のような明示的なブラン
ド戦略を有していない。また、自治体内に各部署を横断するような統合的な機能を有した
窓口も存在していない。あるのはこの「金沢世界都市構想」のみである。しかし、金沢市
はブランド総合研究所(BRI)が行った地域ブランド調査 2012 の「魅力度」において、全
国第 9 位を獲得する等、観光都市として、比較的成功している都市である。この事実に鑑
みると、
「金沢世界都市構想」の一部が、金沢における観光ブランドコンセプトとして機能
していると考えるのが妥当である。もしそうであるならば、具体的にどの部分が、金沢の
観光ブランドに大きく寄与しているのか。江戸時代からの歴史的経緯、地域性に鑑みれば、
3 つの目標の中で、
「美しいまち・金沢をつくる」
(自然環境・景観分野、文化・芸術分野)
の寄与率が高いと言える。先に述べたように、地域ブランド調査 2010 における「イメージ
想起率」では、
「歴史・文化のまち」で全国第 4 位を獲得していることがその証左である。
以下、
「美しいまち・金沢をつくる」の自然環境・景観分野、文化・芸術分野、における金
沢市のまちづくり(伝統の継承と新たな創造)を概観する。
79
(2)自然環境・景観分野への取り組み
金沢市関係者によると、金沢市の自然環境、景観分野への取り組みは、1989 年の「金沢
市景観条例」制定に始まるが、2000 年に入ってからその取り組みはさらに加速していった
という。例えば、2006 年、金沢市は金沢独自の景観まちづくりを発展させるため、景観法
に基づく景観計画の検討に着手した。さらに、2007 年 4 月には、
「歴史遺産保存検討委員会」
を設置するとともに、各分野の歴史遺産を専門的に検討するための検討部会を組織してい
る。その組織内に設置された「文化的景観検討部会」は、2007 年度に 3 回、2008 年度に 2
回、合計 5 回開催された。
また、金沢市は、住民に対しても、金沢市が有する景観の価値理解を図るため、丁寧な
説明を行った。例えば、2008 年 11 月から 12 月には、文化的景観の取り組みに関して、文
化的景観区域内の住民を対象とした説明会を合計 19 回開催した。さらに、2009 年 4 月には、
重要文化的景観選定申出区域内の住民に対して、重要文化的景観の制度や規制についての
説明会を合計 5 回開催した。このような住民に対する丁寧な説明プロセスを経ながら、金
沢市は、現在、
「こまちなみ」の保存、町家の再生・活用、斜面緑地の保全、用水・みち筋
の保存・再生、自社風景の保全等に取り組んでいる。
金沢市が取り組んでいるのは、江戸時代から継承されてきた金沢市の景観維持を目的と
したもの(
「金沢市景観条例」や「伝統環境保存区域」(32 区域)の制定等)だけでない。
金沢市に新たな都市空間を創出し、伝統的な景観と都市空間との融合を図ろうと、「近代的
都市景観創出区域」
(13 区域)をも指定している。この区域で創造された都市景観としては、
金沢駅東広場、金沢 21 世紀美術館、金沢海みらい図書館、が代表的であり、特に金沢 21
世紀美術館は、建築家の妹島和世氏と西沢立衛氏が建築界のノーベル賞と言われる米プリ
ツカー賞を受賞する等、建築物としての価値が高い。
(3)文化・芸術分野への取り組み
金沢の文化・芸術は多岐にわたる。例えば、伝統芸能では能(加賀宝生)
、素囃子、加賀
万歳、獅子舞、茶道、華道等がある。また、伝統工芸では金沢漆器、九谷焼、金沢金箔、
加賀象嵌、加賀友禅、加賀繍等、枚挙にいとまがない。金沢市関係者によると、これらの
伝統を守り、継承するため、子どもにターゲットを絞った施策(加賀宝生子ども塾、素囃
子子ども塾等)を多く展開しており、これは、彼らが将来の金沢ブランドの維持・発展に
寄与するという考え方に立脚している。
金沢市の取り組みは、伝統的な文化・芸術の継承にとどまらない。新たな文化・芸術の
創造にも積極的に取り組んでいる。その筆頭は、先に述べた金沢 21 世紀美術館である。金
沢 21 世紀美術館は、金沢城公園や兼六園周辺の「歴史・文化環境ゾーン」や広坂、香林坊、
片町、柿木畠等の「商業・業務ゾーン」と接し、新しい文化の創造と新たな町の賑わいの
創出」を目的に 2004 年 10 月に開設された美術館である。当初、市民のための交流館を美
80
術館に併設させる予定であったが、別々に建てると、交流館に来た人は、美術館に寄らな
い可能性があったため、有料の美術ゾーンを円形の真ん中に配し、無料の交流部分を外周
部分に配した。金沢関係者によると、当時、その建設には多くの反対があったが、自治体
が地域関係者に対して、丁寧な説明を繰り返し行ったことで、建設に至った。現在では金
沢市の新たな文化・芸術分野のシンボリックな存在として機能している。来館者は年間 150
万人ほどである。
さらに、金沢市は、市民が新しい芸術に触れる機会を多く創出している。例えば、金沢
市民芸術村、オーケストラアンサンブル金沢、シアター21、アートバス、市民ギャラリー、
キッズスタジオワークショップ、プロジェクト工房等である。その中でも特筆すべきは、
金沢市民芸術村であろう。金沢市民芸術村は、紡績工場跡を再生利用したものであるが、
現在では、市民の演劇活動に積極的に活用されており、市民による新たな文化創造拠点と
なっている。平日、日曜祝日ともに、手頃な価格で全日 24 時間使用可能であることが、市
民の利用に拍車をかけている。
このように、金沢市は文化・芸術に積極的に取り組んできたが、ユネスコのクラフト創
造都市への登録認定は、今後も「文化・芸術」を軸とした市政にあたることを対外的に(海
外を含む)明示することとなり、金沢ブランドを構成する地域資源の価値向上に大きく寄
与したと筆者は考えている。というのは、このように権威がある第三者からの評価を得る
ことは、内外において市が進むべき方向性を明示するとともに、ブランド価値を確固たる
ものとし、さらに高めていくからである。なお、ユネスコ創造都市ネットワークとは、グ
ローバル化が進展する中で、世界の創造都市が連携し、それぞれの固有の文化を生かした
創造的な産業を発展させることによって、文化の多様性を保護するという目的のもと、国
際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が、2004 年に創設したものである。そのネットワー
クに登録するためには、文学、音楽、映画、食文化、メディア・アート、デザイン、クラ
フト&フォークアートの 7 分野のうちから一つ選び、ユネスコに申請しなければならない。
2012 年 1 月現在、
世界では 29 都市が認定されているが、
金沢市はその 7 つの分野の中から、
クラフト&フォークアート分野で申請し、2009 年 6 月に認定された。国内では他にデザイ
ン分野で、神戸市、名古屋市が登録している。
ここまで、
「金沢世界都市構想」及び「金沢世界都市構想」において設定された 3 つの目
標のうち、「美しいまち・金沢をつくる」の「自然環境・景観分野」と「文化・芸術分野」
について、金沢市の具体的なまちづくりを概観した。金沢市にはブランド戦略やそれを促
進することを目的とした統括組織は存在していない。しかし、「金沢世界都市構想」は「ま
ちづくりコンセプト」として機能していることは確実であり、さらに、金沢市はその中で
も「美しいまち・金沢をつくる」の「自然環境・景観分野」、
「文化・芸術分野」において、
伝統の維持・継承だけなく、新たな価値創造にも積極的に取り組み、それが BI のシンボル
となっていった。言い換えれば、それらの分野は外部を意識した「観光まちづくコンセプ
ト」であったといえよう。次節では金沢市がいかに、地域 ID と BI を一致させ地域 BID を
81
創造したのかについて分析し、論じる。
第二節 地域 ID と BI を一致させるための取り組み(地域 BID の創造)
1.地域 ID のシンボルを活用した BI 創造
金沢市は、BI を創造するにあたり、地域住民が抱く地域 ID のシンボルである地域資源を
活用することとし、その地域資源の背後にあるコンテクストを外部から魅力あるものにし
た。例えば、金沢市は 2009 年 1 月、国土交通省、農林水産省、文化庁が認定した歴史都市
第 1 号に認定されたが、これは金沢市に現存する複数の歴史的コンテンツが公式に域内外
から歴史的価値(コンテクスト)をもったことを意味する。そして、金沢市はそれを BI と
して活用した。さらに、金沢市は伝統工芸分野のコンテンツに対しても域外から魅力的な
コンテクストを提供し、それを BI として活用している。例えば、2009 年 6 月、クラフト&
フォークアート分野において、ユネスコ創造都市ネットワークへの認定登録は金箔、加賀
友禅、金沢漆器等の伝統工芸の魅力を世界的に示すこととなった。今ではその認定登録を
活用し、クラフトツーリズムを展開している。さらに、景観分野においては、1989 年の金
沢市景観条例を皮切りに伝統環境保存区域(32 区域)を制定したことによって、景観が金
沢市の魅力あるコンテンツとして域内(後に域外)で認識されることとなった。
このように金沢市は現存する歴史、伝統工芸、景観等に関する地域資源の魅力を対外的
に更に向上させるために、それらの地域資源の背景にあるコンテクストに注目して、それ
らをシンボルとした BI を創造していた。地域の歴史を活かす取り組みや景観保存等はどの
地域でも行っている。しかし、それらに加えて、
「歴史都市第一号」、
「ユネスコ創造都市ネ
ットワーク」という「新規性」、
「独自性」が加わったことで、他地域と差別化可能な地域
資源が創造された。特に、
「歴史都市第一号」
、「ユネスコ創造都市ネットワーク」への登録
は「希少性」が高く、その魅力に対して公的にお墨付きを与えるものであった。これはコ
ンテンツ自体を変えるのではなく、その背後にあるコンテクストを転換するという工夫の
重要性を示唆している。実際、この取り組みによって、関連地域資源の価値は最大化され、
他地域との差別化と「人」を招く BI のシンボルとして発展していった。
また、地域住民にとっての伝統工芸を含む歴史的コンテンツは「加賀藩の遺産」として
の側面を有している地域 ID であったが、これらのコンテクストに転換されたことにより、
それらに対する一種の誇りがまた生まれ、既存の地域 ID の強化に繋がっていった。また、
言い方を変えれば、
「歴史都市」
、
「ユネスコ創造都市」という新たな地域 ID が創造された
とも言えるだろう。つまり、
「歴史都市」、「ユネスコ創造都市」は地域 ID と BI が一致した
地域 BID となったのである。なお、
「歴史都市」と「ユネスコ創造都市」はそれぞれ 2009
年 1 月と 6 月に登録されているが、その年の観光客数は前年と比べて 35 万人増加した4。
2.BI のシンボルを活用した地域 ID 創造
「美しいまち・金沢をつくる」の「自然環境・景観分野」と「文化・芸術分野」は、
「金
82
沢世界都市構想」というまちづくりコンセプトの構成要素であったが、同時に「観光まち
づくりコンセプト」でもあった。そして、そのコンセプトに関連する住民が抱く地域 ID の
シンボルである地域資源を活用し、その背後にあるコンテクストを魅力あるコンテクスト
に転換することで BI とした。ここでは、「観光まちづくりコンセプト」によって新たに創
出された地域資源(自治体はその地域資源を BI のシンボルとした)が地域 ID のシンボル
に繋がっていくことがあることを示す。
(1)事例
21 世紀美術館は「金沢世界都市構想」における「文化・芸術分野」における「新しい文
化の創造・発信」、
「ミュージアムとまちの共生」という「観光まちづくりコンセプト」に
従って近代的都市景観創出区域が制定され、その条例によって創造された「美術館」であ
る。徳山(2007)によれば、1995 年当時、金沢市は中心市街地の空洞化問題に直面してお
り、その解決策の一つとして、元市長が金沢ブランドのアイデンティティの再構築を目指
し、
新たな文化創造の拠点として近代美術館の建設を提唱したことが「金沢 21 世紀美術館」
建設の発端であった。その建設プロセスでは山出元市長のブランド・マネジメントに対す
る理解と深い関与があったという。そもそも、21 世紀美術館の建設及びそれを近代美術館
とすることについて発案したのは山出氏である5。建設を進めるにあたり、当時、多くの反
対があり、そのほとんどはハコモノ批判、
「現代美術館は歴史と伝統ある金沢の街にそぐわ
ない」という批判であった6。しかし、山出氏は自ら、
「歴史と伝統ある金沢市にとって、積
極的に新しいものを取り入れていくことは価値がある」という信念のもと、市民に粘り強
く説明・説得したことで、最後には理解を得ることに成功した。この成功の背景には、こ
の山出氏によるリーダーシップと金沢市の「基本的に受け身の姿勢であり、最終的にはリ
ーダーの決定に従う」という特徴があったからであると筆者は考える。
金沢市は「新しい文化の創造・発信」、「ミュージアムとまちの共生」という「観光まち
づくりコンセプト」自体に他地域と差別化可能なコンテクストが含まれていたため、それ
をそのまま BI とした。また、金沢市は 21 世紀美術館と後述する金沢市民芸術村もまた BI
のシンボルとした。しかし、この時点では、
「観光まちづくり」における「観光」の要素し
か含んでいない。
「まちづくり」の要素を含めるのであれば、その BI を住民が抱く地域 ID
に転換させていく必要があり、またそれらの地域資源を地域 ID のシンボルとする必要があ
る。その目的を達成するため、山出氏は大阪市立美術館長で実績をあげていた蓑豊氏を初
代館長に任命した。その蓑氏は山出氏の期待に応えるため、複数の「仕掛け」をしている。
第一に、プレイベントの開催による金沢市民を巻き込む活動である。つまり、建設が決
定した後、1998 年以降、毎年 2014 年の開館まで、プレイベントを開催し、金沢市民の新美
術館に対する認知度、期待を高めていった。例えば、1998 年度には 25 人の地元アーティス
トによるインスタレーション展を実施、1999 年度には、
「21 世紀に向けて芸術の新しい在
り方をさぐる」と題して、現代美術についての講演会ならびにワークショップを 5 回実施
83
した7。また、2000 年度は講演会、上映会、ワークショップを 4 回8、2001 年度には、中心
部の商店街である竪町商店街を会場としたイベントと児童館を会場とて行った子供向けイ
ベントを実施した9。さらに、2002 年度には市内の小中学校と連携し、保護者、教職員、学
生らと一緒に、巨大なバッタ型バルーン彫刻を学校の校庭や市民芸術村で膨らませ、展示
し、子供たちが実物の大きな美術作品に体ごと触れる機会を創った10。さらに、開館一年前
には、開館までのカウントダウンを知らせる大きな看板を香林坊に設置している。これは、
言葉のアーティスト・イチハラヒロコさんの何でもない言葉を毎月出し、オープン日まで、
カウントダウンしたものであり、例えば、「恋する美術」、
「こんなの初めてですから」等の
言葉が提示された。蓑はこのカウントダウンについて、
「これを見て「次はなんだろう」
「あ
と何日?」とか、だんだんみなさん興奮してくる。~略~金沢市民に「何か起きるな」と
いう気持ちを起こさせたことがよかったと思う。
」と述べており11、こうした取り組みによ
って、市民の「金沢 21 世紀美術館」に対する期待度を意図的に高めていったのではないか
と筆者は考える。
第二に、子どもをターゲットにし、子どもたちの満足を高めながら、金沢市民をリピー
ターにしたことである12。「金沢 21 世紀美術館」は、
「新しい文化の創造」と「新たなまち
の賑わいの創出」を基本コンセプトとしているが、そのコンセプトを実現する主な主体(利
用者)は児童である。美術館は「保存」を目的とする第一世代、
「公開」を目的とする第二
世代、教育普及活動を目的とする第三世代とその役割が変化してきているが、金沢 21 世紀
美術館が開館した 2004 年はちょうど第三世代の時期と重なっており、児童を主体とするこ
とは、開館前から自治体、美術館の間で決定されていた。しかし、そのような決定があっ
たとしても、主体が実際に利用しなければ、21 世紀美術館は「観光まちづくり」としては
失敗であり、地域 ID は創造されない。そこで、開館後、2004 年 11 月から翌年 3 月までの
約 4 か月間、金沢市の全小中学生を無料で招待するという 4 万人招待プロジェクトが実施
された。当初、このプロジェクトを実施する前、蓑氏は山出元市長から「目玉になるよう
な、誰もが知っている作品を1点買え、お金はいくらでも出す」と言われていた。しかし、
蓑氏は「その予算で、金沢の学校のこどもたちを全員呼びたい」とし、市から大反対にあ
っている。なぜなら、全員の児童を呼ぶには、5000 万円かかり、費用対効果を理解できな
かったからである。しかし、蓑氏は、子どもをターゲットにすることについての考えは一
切変えず、粘り強く説得し、最終的には、4 万人招待プロジェクトを実現するに至った13。
なお、この 4 万人プロジェクトにおいて、蓑氏は 3 か月限定の「もう一回券」を配布して
いるが、実際、4 万のうち 7000 人が活用した14。その結果、美術館の楽しみを知った子供た
ちが、今度は親、祖父・祖母を連れてきたのである15。そのことによって、多くの市民が 21
世紀美術館を経験することとなった。
小学生をターゲットにした仕掛けは 4 万人プロジェクトに留まらない。
2006 年度からは、
美術館における展示も子どもが喜ぶようなものへと変更するとともに、小学生全員ではな
く、金沢市の小学 4 年生(約 4400 人)に絞り、ミュージアム・クルーズを開始した。これ
84
によって、児童の継続的な利用が実現した。この「ミュージアム・クルーズ」の運営は、
教育委員会、現場の教員、市民ボランティア、そして美術館の教育普及専門委員によって
行われた。なお、2006 年度においては、参加した子どもの 91.7%16、2007 年度においては、
93.3%が再訪を希望する17と回答している。そして、美術館に満足した子どもたちが、両親
を始めとした大人たちを連れて再訪するという流れが出来上がっていく。その結果、多く
の金沢市民が金沢 21 世紀美術館を訪問することとなり、金沢 21 世紀美術館は金沢市民の
地域 ID のシンボルになっていったのである。蓑氏によれば、
「金沢市民は 4~5 回、少なく
とも 2~3 回は来ている。そして、美術館はシンボルであり、誇りになっている」と言う18。
このことは、金沢市民が、金沢 21 世紀美術館に対して「情緒的価値」を感じているという
ことであり、そのことがブランドの強化に繋がっていると筆者は推察する。そして、この
プロセスはまさに、第二章の先行研究で述べた Shmitt(1999)や Lindstorm(2005)の研
究と符合している。
第三に、気軽に立ち寄れる空間(フリーゾーン)を多く創出したことである。蓑氏は「美
術館はもっと親しみやすく、楽しい場所であるべきである。」という信念のもと19、美術館
に多くの無料スペースを創り、美術館を気軽に立ち寄れる空間とした。そして、このよう
な空間を創造したことによって、
「美術館は高尚かつ敷居が高い空間」という日本人の多く
の人が抱く美術館に対する既成概念を完全に覆し、自然に 21 世紀美術館は多くの人の目に
触れ、心に刻まれていったと捉えることが可能であろう。
蓑氏がこのような着想に基づき、様々な仕掛けをしたのは、蓑氏のキャリア20と大いに関
係していると筆者は考えている。蓑氏は大学卒業後、渡米し、学位を取得した後、モント
リオール美術館 、インディアナポリス美術館の東洋部長などを歴任したが、そこで、彼が
感じたことは「まるで映画館やコンサートに行くように、ごく普通に美術館を楽しむ人々
の姿であり、この光景を日本にももたらしたい」21ということであった。このような美術館
は、アメリカでは一般的であるが、日本においてそうではない。そのため、日本において、
アメリカのような美術館が建設されれば、国内の美術館と差別化されることは自明である。
さらに、蓑氏は、
「館長は、どうすれば1人でも多くの人が美術館を訪れてくれるかを、常
に考える「セールスマン」であるべき、という持論を持っており22、先にあげた「仕掛け」
は、まさにその持論に基づいたものであると言えよう。実際、蓑氏は、「美術館はサービス
業なのである。」「
(学芸員は)『研究者ですから口下手です』などという言い訳は通用しな
い。
」と述べている23。蓑氏は金沢市出身ではあるが、このような発想は、これまでの地域
活性化においては「よそ者」の発想であり、また、蓑氏個人の経営センスに起因している
と言えるのではないだろうか。
こうした蓑氏の一連の取り組みによって、21 世紀美術館は、主に教育関係者及び児童、
その親たちにとっての地域 ID のシンボルとなった。さらに、21 世紀美術館における無料ゾ
ーンの多さ、また、交流スペースは 22 時まで入れることなどが、不特定多数の市民が継続
的に利用を促進し、21 世紀美術館をシンボルとした BI は強化され、同時に金沢市民にとっ
85
ての集団的地域 ID のシンボルにもなったのである。2014 年現在、21 世紀美術館が、住民
が抱く地域 ID のシンボルであることは疑いのない事実であろう。実際、2014 年 11 月 28 日
~29 日、筆者が 12 歳~18 歳のかつてミュージアム・クルーズ等で金沢 21 世紀美術館に招
かれた経験がある学生に対して、香林坊周辺で行った質問票調査によると、男子学生 15 人
中 11 人、女子学生の 15 人中 13 人が金沢市のシンボルとして金沢 21 世紀美術館をあげて
いる。つまり、小学校 4 年生の時に経験した金沢 21 世紀美術館が、金沢のシンボルとして
認識され、浸透していることを意味している。そして、住民にとっては、加賀藩の遺産と
しての伝統工芸、伝統芸能等を含む伝統文化であった地域 ID が、地方自治体によって、21
世紀美術館という「新しい文化」が創造されたことにより、
「伝統文化と新しい文化が融合
された都市」としての地域 ID が創造されたと言えるだろう。
「伝統文化」という側面から
考えれば、それは地域 ID の強化であり、「新しい文化」という側面で言えば、それは新た
な地域 ID の創造である。このようにして、
「伝統文化と新しい文化が融合された都市」と
いうアイデンティティは地域 BID となったのである。
BI から、BI と一致する地域 ID が創造されたプロセスについてもう少し考察したい。21
世紀美術館は自治体が観光ブランドコンセプトに沿って創造したものであるが、通常、自
治体が主導し、形成・提供された制度や設備等は、単なる枠組みに過ぎない。これらは地
域住民等の地域関係者によって積極的に活用されてこそ、「観光まちづくり」に寄与する。
言いかえれば「観光まちづくり」には、地域住民を始めとした地域関係者による日々のか
かわりが欠かせない。つまり、自治体から地域関係者にそのかかわりの主体を転換させる
必要がある。この概念を「主体転換」と呼ぶ。これは原田・三浦(2010)が企業ブランド
を念頭において提唱した概念であるが、筆者は「まちづくり」においてもこの概念を適用
した。つまり、21 世紀美術館では、自治体から児童及び教育機関係者に対して、
「主体転換」
が円滑に行われたと言える。そして、その主体を円滑に転換させたのは、
「ミュージアム・
クルーズ」であった。筆者はこのように主体を転換させるイベント等を「主体転換ドライ
バー」と呼ぶ。この主体転換ドライバーがなければ、BI から地域 ID が創造されることはな
かったし、また、地域 BID も創造されなかった。そして、BI の強化にも繋がらなかったに
違いない。
第三章の先行研究レビューで述べたように、地域ブランド研究においては、
「多様かつ複
数主体」が課題として認識されているが、それは地域ブランドが常に複数の主体で構築さ
れるという考え方に立脚している。しかし、21 世紀美術館の事例は、地域ブランドは常に
複数の主体で構築されるわけではないことを示唆している。確かに結果だけを見れば、行
政、児童、美術館(運営等)
、教育委員会、市民ボランティア等、複数の主体がかかわって
いる。しかし、それらは行政以外の関係者は、「興味・関心、関係者の集合体」であり、単
数の定義を「ある程度、興味・関心、関係者の集合体」として捉えれば、主体は常に「単
数主体」だからである。つまり、21 世紀美術館は、主体が「行政」という単数から「ある
程度、興味・関心、関係者の集合体」という単数へ、「ミュージアム・クルーズ」というド
86
ライバーによって、
「転換」されたと言える。筆者はこの一連の概念を「単数主体化」とよ
ぶ。そして、この「単数主体化」によって、21 世紀美術館は特定グループが抱く地域 ID の
シンボルとなり、最終的には、金沢市民が抱く地域 ID のシンボルとなったことで、地域 BID
が創造されたのである。
図表 1 21 世紀美術館による単数主体化
出所:筆者作成
なお、金沢市においては、21 世紀美術館の他にも観光コンセプトに沿って新たに創造し
た地域資源を BI のシンボルとし、それを「観光まちづくり」に繋げたことで、最終的に特
定集団による地域 ID のシンボルとなった事例がある。
例えば、金沢市民芸術村は、BI のシンボルから特定集団による地域 ID のシンボルになっ
た24。大場(2007)は、金沢市民芸術村について、自治体が全て公共施設を管理するのでは
なく、利用する市民の要求を把握し、満足度を高めることが重要であるというコンセプト
で元市長が立ち上げた検討チーム・準備室25が考案・採用した「市民ディレクター制度」が、
芸術村における日々の運営課題に対する柔軟な対応を可能とし、その結果、
「金沢市民芸術
村」が金沢ブランドに大きく寄与することとなったことを強く示唆している。実際、そこ
から現在の利用料の安価さと 365 日 24 時間利用可能という制度が生まれており、これらが
結果として、行政から市民への「主体転換ドライバー」として機能した。
21 世紀美術館と金沢市民芸術村の事例は、自治体が利用者等、地域資源にかかわる人た
ちに対するアプローチを工夫することによって、BI のシンボルであった地域資源が(特定
集団の)地域 ID のシンボルになり(新たな地域 ID の創造)、また、既存の地域 ID 及び BI
が強化される可能性があることを示唆している。そして、この場合、地域 ID と BI は一致
しているため地域 BID が創造されたこととなる。
87
(2)金沢市民の特性
21 世紀美術館や金沢市民芸術村は、行政が観光まちづくりコンセプトに沿って地域資源
を新たなに創造し BI のシンボルにしたものである。
そのため、
観光まちづくりの観点から、
その BI と地域 ID を一致し地域 BID を創造するため、「主体転換」を促進させる必要があっ
た。しかし、この一連の流れは、金沢市民の主体性の無さによるものであると筆者は考え
る。先述したように金沢は藩政期、前田家が外様大名として、武器を捨て、学術・文化政
策をとった。そして、藩民は前田家を信頼し、協力することによって、金沢は城下町とし
て発展してきたという史実がある。金沢市関係者によると、このようなお上に対する信頼
と協力的な気質・マインドが、現在においてもなお、金沢市民に受け継がれているという。
本章ではこのように、地域における歴史に立脚した特性を説明する概念を「歴史的地域性」
と呼ぶ。この「歴史的地域性」は、中山(2008)が提唱した「藩民性」とほぼ同義である。
中山(2008)は、
「江戸時代、すなわち藩の時代は約 260 年続いた。県制度の約 2 倍である。
この時代に醸成されたものが、現代の日本人に影響を与えていないわけはない」と述べて
いる。
(3)金沢まちづくり市民機構(主体性を育む仕組み)
このような歴史的地域性があったからこそ、自治体はパターナリズムによって「主体転
換」を主導し、地域住民にとって新たな地域 ID が創出され、それが BI と一致することで
地域 BID が創造されたともいえるだろう。しかし、地域関係者が常にこのような姿勢でい
ることは、彼らが自治体に対する過度の依存を意味していると同時に、市政運営において、
市民の視点が大きく欠落される可能性が高い。実際、制度や設備等の大枠は自治体が主体
となって決定したとしても、活用方法等は市民が主体となり、決定するのが望ましい。な
ぜなら、活用方法等を市民が主体的に決定すれば、市民の自主性が育まれ、より積極的に
制度や設備等が活用されるからである。そして、そもそも、地域住民が主体的に地域資源
を創造し、それが時間的経過の中で自然と地域 ID のシンボルとなり、自治体がその地域資
源をコンテクストで BI にすれば、地域 ID と BI が一致し、地域 BID が創造されると考えら
えるため、このような「主体転換」は必要ない。
そこで、金沢市は、市民の自主性を喚起させる基盤を構築するため、
「金沢まちづくり市
民研究機構」を立ち上げた。これは、金沢市が 2003 年 6 月 17 日、金沢世界都市戦略会議
の提言を受けて設置されたものであり、設置目的は「小さくとも世界の中で独特の輝きを
放つ都市・金沢」において、
「市民の研究提案を市政に反映させること」と「地域における
まちづくりのリーダーの育成」であった。構成員は公募で選ばれる市民研究員(個人によ
る申請制。主婦から一般の会社員、自営業等多岐にわたり参加した。
)と学識経験者(ディ
レクター)とし、良い提案・提言の事業化の可能性を示唆した。市民研究会(研究グルー
プ)は、研究テーマごとに設置され、研究機関は 1 期につき、9 月から翌年 8 月までの原則
88
1 年間であった。そして、金沢市関係者によると、そこでは各研究テーマのもと、メンバー
の私利私欲を超えた議論が行われ、自治体に対する提言・提案がされたという。この取り
組みは、2012 年第 8 期で終了したが、第 1 期から第 8 期までの 8 年間で実に計 55 件が、提
言・提案にとどまらず、自治体の意思決定プロセスを経て、実際に事業化された。その具
体的な事例としては、金沢町家再生活用モデル事業があげられる。これは、空き家だった
ものをギャラリー、藍染工房、飲食店、ドミトリー等として活用するという市民機構の提
案・提言から事業化されたものであるが、現在、それらは地域関係者によって積極的かつ
継続的に活用され、それらは彼らにとっての地域 ID となっている。
また、通常、この種の合意形成では、お互いの興味・関心が異なるため、その妥協点の
調整に時間を要し、着地点を見出すのが困難である。しかし、この「金沢まちづくり市民
機構」においては、金沢市関係者によると、様々な立場の複数の地域関係者が主体となっ
て、能動的に取り組み、より生産的かつ深い議論が行われたという。その理由は「金沢ま
ちづくり機構」では、金沢世界都市機構と違わない枠内で、あらかじめテーマを自治体が
選定し、そのテーマに興味・関心を持った市民研究員が集まって議論したことで「単数化」
を実現したからであると筆者は考える(図表 2)
。
なお、この議論においては、中立的な立場である学識経験者がまとめ役のディレクター
として活用され、このシステムがグループ内のコンフリクトの回避に繋がったが、これは
先述した原科・村山(2005)の ESH モデルにおけるファシリテーター(Facilitator)の存
在の重要性と一致していたことも付議しておく。
図表 2 「金沢まちづくり市民機構」の概念図
出所:筆者作成
3. 地域 BID の創造についてのまとめ
このように、金沢市は、
「美しいまち・金沢をつくる」の「自然環境・景観分野」と「文
化・芸術分野」が観光まちづくりコンセプトとして活用され、①地域 ID のシンボルであっ
た地域資源のコンテクストを域外にとって魅力的なコンテクストに転換して BI を創造する
こと、あるいは、②域外にとって魅力あるコンテクストを意識して創造した地域資源を「観
光まちづくり」の観点から、地域住民の活用を促進することで、それが地域 ID のシンボル
89
となり、結果として BI と地域 ID が一致し、地域 BID が創造されることとなった。なお、
②については、自治体から住民等へその地域資源のかかわりを「主体転換」させるための
アプローチの工夫が必要であり、金沢市における具体的な成功要因は、当時の金沢市長で
あった山出保氏のリーダーシップ、山出氏によって任命された運営主体(初代館長)であ
る蓑豊氏のよそ者の発想及び経営センスと金沢市民の文化・芸術に対する理解であろう。
そして、山出氏や蓑氏から市民への「主体転換」がうまくいった背景には、金沢市の「歴
史的地域性」にあると考えられる。つまり、BI と一致する地域 ID の創造には、①発案者の
リーダーシップ、②地域において差別化可能な「よそ者」の発想26、③運営主体の経営セン
ス、④市民の参加、が必要であることを本事例は示唆しているといえる。これらが一つで
も欠けていれば、21 世紀美術館は、単なるハコモノで終わり、また、今日のような地域 ID
のシンボルとならなかったに違いない。
なお、このような正の連関により、金沢 21 世紀美術館は、開館より順調に来館数を伸ば
しており、今日では地域 BID となったが、既に確立した金沢ブランドの維持に対しても、
地域 ID の維持及び BI の維持という両側面から積極的に取り組んでいる。
地域 ID の維持(サ
ステナビリティ)には、そのシンボルを市民が活用し続け、活性化されている状態を保ち
続けることが必要である。そこで、金沢 21 世紀美術館では、毎週無料で行われる年間約 100
回のコンサート27等のイベントの開催等、地域住民の美術館への訪問を促している。さらに、
美術館は市民ギャラリー、映画施設(シアター21)
、茶室を有しているが、市民はそれらを
安価に利用することが可能である。このよう取り組みによって、21 世紀美術館は継続的に
活用され、常時活性化されていることで、市民にとってますます身近な存在となっている。
また、BI の維持・拡大を目的として、21 世紀美術館は、観光客以外の人たちをもターゲ
ットにしている。例えば、美術館が有する施設を活用した学術会議が定期的に行われてお
り、現代美術館に興味・関心を持っていない人たちをも 21 世紀美術館を体験する機会を創
出している。
こうした金沢 21 世紀美術館の取り組みは、ブランドをサステナブルにするためには、地
域 ID と BI の両側面からの維持・拡大に対する継続的な取り組みが必要不可欠であるとい
うことを強く示唆していると言えるだろう。
第三節 国際 BI の創造・強化
前節において、金沢市は「金沢世界都市構想」の中でも、「美しいまち・金沢をつくる」
の「自然環境・景観分野」と「文化・芸術分野」を観光まちづくりコンセプトとして活用
し、コンテクストに注目しながら地域 ID と BI が一致した地域 BID を創造したことを述べ
た。本節においては、地域 ID と BI だけでなく、国際 BI をも一致させ、また、国際 BI を
強化させるための金沢市の取り組みについて論じる。国際 BI について取り上げたのは、第
一章で述べたように、地域は今や国際競争に巻き込まれており、外国人を対象にした国際
BI の構築は急務かつ必要不可欠だからである。
90
国際 BI のシンボルとなる地域資源は主に金沢城と兼六園である。金沢市は地域住民が抱
く地域 ID のシンボルであるそれらの地域資源を「語学力及び国際感覚・経験を有した組織・
団体」として活動している NPO と協業することによって、国際 BI を強化した。NPO にとっ
て、これらの地域資源は地域 ID のシンボルであるため、この取り組みによって、地域 ID、
国内 BI、国際 BI が一致することとなる。
金沢市が国際 BI の強化ために協業した NPO は、「善意通訳組織(SGG:Systematized
Goodwill Guide)
、以下 SGG と略す」である「金沢グッドウィルガイドネットワーク(KGGN:
Kanazawa Goodwill Guide Network)
、以下、KGGN と略す」である。KGGN は金沢市において、
国際観光振興に歴史的に寄与しており、またこれからも中長期に寄与すると考えられる代
表的な NPO であるため、事例としては適切である。
本節においては、事例研究を行う前に NPO(非営利組織)及び SGG の定義やその周辺理論
及び活動環境についてレビューし、NPO の特徴を理解する。なぜなら国際 BI の強化には、
自治体の当該 NPO に対するアプローチが必要不可欠であり、そのアプローチ方法は NPO の
特徴を基盤としたものであると考えられるからである。
なお、本節で取り上げる事例等は、各種公開資料、筆者によるインタビュー等から定性
的な方法によって分析される。
1.非営利組織と SGG
(1)NPO(非営利組織)の定義
非営利組織はボランタリー精神を基本としており、利益追求を目的としない組織である。
学術的には Salamon (1992)による定義28と Salamon と Anheier を中心とするジョンズ・ポプ
キンズ大学非営利センター国際比較プロジェクト29における「構造-機能」(1997)による定
義30が代表的である。Salamon によれば非営利組織は、①公式に設立されたもの、②民間(非
政府機関)
、③利益分配をしない、④自主管理、⑤ボランタリー性、⑥公共性、を有してい
る組織であり、
「構造-機能」によれば、①組織化、②民間組織性、③非営利分配原則、④
自己統治性、⑤自発性、を有している組織である。これら二つの定義は類似しており、本
質に齟齬はない。そこで、本項においては二つの定義をある程度踏襲し、
「非営利組織」を
「自主性、非営利性を伴った公共性のある非政府の組織」と定義する。
(2)SGG とは
SGG は、グッドウィルガイド(善意通訳登録者)として登録した人が、訪日外国人に対し
て様々な活動を個人で行うには限界があるという理由でつくられた非営利組織(NPO)であ
る。ボランタリー精神を基本とし、利益追求を目的としていない。具体的な活動内容は同
行ガイドをはじめ、観光案内所での案内業務、通訳・翻訳、国際イベントの手伝い等、多
岐にわたっている。筆者が 2013 年 4 月に「政府観光局(JNTO:Japan National Tourist
Organization)
、以下 JNTO と略す」に対して行った電話によるインタビュー調査によれば、
91
SGG は全国で 108 団体が登録されている31(実際に定期的に活動しているのはそのうち約半
数の 57 団体に留まっている)
。
(3)非営利組織の存在理論
ここで非営利組織の存在理由についていくつかの理論を確認し、SGG への理論適用につい
て考える。なぜなら、地域が外国人を対象とする地域ブランドを構築する際、非営利組織
である SGG を自治体がいかに活用するかが鍵であり、そのアプローチ方法の選択にはその
存在理由を考慮に入れる必要があるからである。
非営利組織が存在する理由は、伝統的には「政府の失敗」理論、
「市場の失敗」理論で説
明されることが多い。
「政府の失敗」理論は、政府が人々の多様性や多様な要求に応えられ
ないことを前提としており、
「市場の失敗」とは、市場が競争的であっても効率的な資源配
分が達成できないことを言い、情報格差や情報の非対称性等を根拠に論じられる。これら
二つに共通しているのは、①「政府」や「市場」が失敗したことによって、市民のボラン
ティア活動や非営利組織が副次的に必要となる。つまり、非営利組織は「政府」や「市場」
の欠陥を補う派生的かつ二次的な存在として捉えられていること、②政府と非営利組織は
いずれも「対立」を前提としていることである。しかし、SGG の場合「政府」や「市場」の
影響を特に受けておらず、むしろ外国人とより多くコミュニケーションをとりたい、外国
人を地域に「おもてなし」したい、といった個人の内発的動機32に起因しており、自発的に
非営利活動を設立し活動する傾向にある。従って、このような特性を有する SGG は派生的
かつ二次的な存在ではなく、第一義的な存在として捉えられるべきである。そのため、上
記の二つの理論を SGG に適応するのは困難である。むしろ、Salamon(1995)の「ボランタ
リーの失敗」理論33の方が適応度は高い。「ボランタリーの失敗」とは、非営利組織が対応
できない時にのみ、政府の対応が補完的に喚起され、相互作用が生まれるという考え方で
ある。
(4)非営利組織の運営課題
非営利組織の運営課題は複数存在するが、主に二つに大別可能である。第一に「運営・
活動主体のモチベーション管理」の困難性である。というのも、非営利団体の運営・活動
主体は、営利組織の従業員とは異なった意識、態度、行動で組織に参加しており、「相当な
程度の自由性」(a powerful degree of freedom)を有している(Pearce 1993、p112)34か
らである。この「相当な程度の自由性」を有する運営・活動主体をいかに管理し、組織を
活性化させ、事業継続に繋げていくかが非営利組織にとって克服すべき大きな課題となる。
第二に、非営利組織は Drucker(1990)35が「非営利機関は使命に沿って事業成果をあげ
ることを目指し、事業活動を行う組織であるが、その成果に対して報酬が払われるもので
はない」と述べているように資金を始めとした支援不足等に起因する事業継続の困難性で
ある。従って、行政による支援が、組織運営に必要とされることも多い。
92
(5)SGG を取り巻く環境の変化
SGG は非営利組織であるがゆえに複数の課題を抱えている。特に「行政による支援」は地
域における外国人観光客受け入れに対する閉鎖的な意識からか、SGG の自主的な活動が行き
詰った際も、各自治体は Salamon(1995)がいう「補完的な役割」を果たしてこなかった。2013
年 4 月現在、登録団体の約半数の活動が滞っていることがその証左である。しかし、2000
年代に入ってから SGG を取り巻く環境の変化は著しく、その需要はかつてないほどに高ま
りを見せている。例えば、先述した政府によるビジット・ジャパン・キャンペーン等の施
策及び 2012 年 3 月の「観光立国推進基本計画」の閣議決定、観光庁発足直後の 2008 年 11
月から 2010 年 3 月にかけて開催された政府による「通訳案内士のあり方に関する検討会」
36
等、政府内において訪日外国人の旅行者の満足度を左右するガイドの必要性が認識され始
めている。こうした動きに呼応するように、通訳案内士数は国家資格としての信頼性等を
理由37とし、全体として増加傾向にあり、累計登録者数は 1989 年の 2,624 人から 20 年後の
2009 年には 13,530 人となった38(図表 3)
。
図表 3 通訳案内士合格者数・累計登録者数推移
出所:国土交通省 第一回「通訳案内士のあり方に関する検討会」資料 5 p12
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/jinzai/pdf/conference04_6.pdf
(2014.8.1 アクセス)
しかし、その登録者数は「地域偏在性」が高く(東京、神奈川、大阪等大都市に偏って
いる)、特に観光によって活性化が真に必要とされる地域(地理的には「地方」)では依然
として不足している39(図表 4)
。
93
図表 4 都道府県別通訳案内士登録者数
出所:国土交通省 第一回「通訳案内士のあり方に関する検討会」資料 5 p17
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/jinzai/pdf/conference04_6.pdf
(2014.8.1 アクセス)
しかし、だからといって政府がそのような地域における需要の喚起を目指しても、政府
の深い関与によって生じうる「手続きの複雑性」、「柔軟性の欠如」、「高コスト」等が必要
条件を満たす「通訳案内士」の確保の阻害要因となり、実際に普及し、機能するまでに多
くの時間を要する。従って、国際観光による活性化を目指す地域では、通訳案内士ではな
く、より機動力があり柔軟性が高い SGG のような非営利組織の積極的な活用が望まれると
筆者は考える。しかし、SGG は非営利組織であるがゆえに、先述したような複数の課題を抱
えている。そのため、地域はそれらの課題の克服に取り組む必要がある。
そこで次節では「通訳案内士」の登録者数が少ない石川県40において、約 20 年間にわた
り事業を継続させ、今もなお発展し続けている KGGN を事例として取り上げ、国際観光推進
を目的とした地域ブランドに寄与する SGG の役割や課題について考察する。
2.事例研究(KGGN)
まず、金沢市において SGG として活動している KGGN の活動を概観し、その後、KGGN にお
ける運営課題及びその克服方法について論じたい。
(1)金沢グッドウィルガイドネットワークについて
94
①KGGN の概要
KGGN は金沢市に在住する外国人に対して、国際親善・理解の推進に貢献することを目的
とし、主に 5 つの業務(①石川県金沢観光情報センター内のインフォメーションカウンタ
ーで外国人観光客に対する主として英語での応対業務<金沢市からの委託業務>、②外国人
観光客に同行しての市内観光ガイド業務<金沢市からの委託業務>、③英文観光情報資料等
の整理、<金沢市からの委託業務>、④金沢城と兼六園での外国人観光客の同行観光ガイド
の派遣<石川県からの委託業務>、⑤外国語観光情報資料の整理、翻訳並びに生活情報の提
供41)を行うグッドウィルガイドが集まった非営利組織である。運営スタッフは、代表、副
代表、カウンタ委員長、ガイド委員長、城と庭委員長、学習委員長、広報委員長、会計で
構成されている。
KGGN は 1992 年 4 月、
「金沢を世界へひらく市民の会」のボランティア通訳ガイド部門か
ら独立し、会員 35 名で発足された(1987 年に外国人旅行者に観光情報の提供奉仕や同行ガ
イドを始めたのが善意通訳ガイドのスタート)。発足当時、KGGN は「金沢国際交流財団
(KIEF:Kanazawa International Exchange Foundation)
、以下 KIEF と略す」の委託を受
け、金沢駅の情報センターで外国人観光客に対して、観光情報を提供する等、独自に同行
通訳ガイドを行っていた。その後、1996 年に石川県ホスピタリティ賞、1997 年に JNTO か
ら優良善意通訳団体を受賞する等、実績を積み重ねていく。2003 年 4 月、委託元が KIEF か
ら金沢市に移行された後も、2005 年に石川県国際交流功労賞を受賞する等、評価を着実に
高め、2007 年にはインフォメーションカウンターを訪問した外国人客数は 1 万人を突破し
た。さらに、2010 年 5 月には金沢市からの委託業務の他に石川県の委託を受け、金沢城石
川門案内所に常駐し、外国人観光客に対して「城と庭の同行ガイド(金沢城公園と兼六園
の講演ガイド)
」を行うサービスを新たに開始した。2012 年の会員数は 100 名を超え、今も
なお発展し続けている。
なお、KGGN の代表によると、入会理由のほとんどは「何らかの外国語を勉強していて、
外国人とコミュニケーションする機会を増やしたいから」といった「内発的動機」による
ものである。また、現状、認識している運営上の課題は、①同行ガイドを行う人に偏りが
あること(同行ガイドは自主的に手をあげ、担当者を決定する方式であるが、特定の 10 数
人で固定されてしまっている。ガイドのモチベーションの変化と家庭の事情等が主な理由)
、
②台湾人旅行客増加による中国語需要の拡大の 2 点であるという。
②自治体と KGGN との関係
石川県と金沢市は、国際観光に対して積極的な姿勢であり、KGGN の代表によると、KGGN
は両自治体と良好な協業関係を構築しているという。石川県は 2008 年 9 月、「新ほっと石
川観光プラン」において、2015 年までに海外からの観光客数を 50 万人とする「海外誘客
10 倍構想」を目標に掲げ、その手段として、まずは外国人観光客らの受け入れ態勢を整え
るため、2010 年 1 月~3 月に英語ガイド養成プログラムを実施した。このプログラムには
95
定員を超える応募があり、抽選で選ばれた 36 人が実地研修等を経て修了し、その修了者の
多くは KGGN に入会している。さらに、石川県はこのプログラムに関連し、2010 年 5 月より
外国人観光客に対する「城と庭の同行ガイド(金沢城公園と兼六園の講演ガイド)
」を KGGN
に委託した。
一方、金沢市は 1995 年に山出保元市長(以下、元市長)が掲げた「金沢世界都市構想」
の基本テーマである「世界の中で独特の輝きを放つ都市づくり」のもと、現在まで着実に
市政運営を行っている。2009 年 6 月には、ユネスコ創造都市ネットワークのクラフト分野
に申請・登録される等、約 20 年間にわたり「世界に開かれた都市」を意識してきたことは
先に述べた通りである。そして、この 20 年間はちょうど KGGN の歴史と重なっている。つ
まり、金沢市は KGGN の発足直後から、
「世界の中で独特の輝きを放つ都市づくり」を実現
する手段として、KGGN と協業関係を構築し、活用してきたこととなる。実際、KIEF から金
沢市に正式にその業務が移管されたのは 2003 年であるが、KGGN の発足から 3 年後、
つまり、
金沢世界都市構想を掲げた翌年の 1996 年には、既に KGGN は金沢市が所管する観光情報セ
ンターにおいて、外国人観光客に対する応対業務を行っていたこともその証左である。
③KGGN の運営・活動主体のモチベーション管理
非営利組織の事業継続及び発展にはその性格上、運営・活動主体のモチベーションの維
持・強化が欠かせないが、ここではその方策の一つとして 1992 年に同行ガイドを開始して
以降、継続的に実施してきた研修会をあげる。これは KGGN 組織内に存在する学習委員会が
中心となり、自主的にグッドウィルガイドとしての知識・教養、スキル(金沢の歴史・文
化に関連する施設等の見学、プロの通訳ガイドによる講演会の参加等)を高めることを目
的として、年に 2 回~18 回42実施しているものである。ガイドのレベルは考慮されておらず
無料である。KGGN の代表によれば、この研修会は「外国人観光客に対して金沢の名所等を
ガイドする際に必要である「金沢の歴史・文化」等を広く深く知ることができる良い機会
であるため、グッドウィルガイドには大変好評である」という。
グッドウィルガイドとして KGGN に入会する目的は主に「何らかの外国語を勉強していて、
外国人とコミュニケーションする機会を増やしたいから」という「内発的動機」に起因し
ているが、通常、それだけではガイドは務まらない。語学力以上に、金沢についての歴史
を始めとした知識・教養、スキル等を必要だからである。そして、「地域」にも利得をもた
らす。なぜなら、ガイドの質を高め、中長期的に外国人に高い満足度をもたらすことは、
外国人を対象とする地域イメージの向上に寄与するからである。そのことはガイド自身も
気が付いているため、このような「学習機会の定期的な無償提供」はガイドの満足度を高
めると同時に、内発的動機の維持とさらに KGGN への帰属意識を高め、今後の活動動機を強
化させるドライバーとなる。いわば、研修会への参加はガイドにとって「報酬」
(外発的動
機)である。
先に非営利組織は、そこで働く運営・活動主体の「相当な程度の自由性」
(Pearce、1993)
96
を有しているがゆえに「運営・活動主体のモチベーション管理」が困難であることを確認
したが、まさに、この学習機会の無償提供によってその困難性を解決している。つまり、
非営利組織の事業運営においては、内発的動機のみを基盤としたモチベーション管理に依
拠するのではなく、外発的動機を活用し、内発的動機とバランスよく組み合わせることで、
円滑な事業運営が可能となることを示していると言えよう(図表 5)
。
図表 5 内発的動機と外発的動機の概念図
出所:筆者作成
実際、学術的にも Menchik & Weisbrod(1987)がボランティアの参加理由を「利得を得
ること(investment gains)
」と「消費(consumption)
」の二つに大別しているが、田尾(1999、
p40)は前者をボランティアの利己的な心性、後者を利他的な心性とし、それらの共存可能
性について示している。本事例でいえば、入会動機が内発的動機に基づく利他的な心性、
学習機会が外発的動機に基づく利己的な心性と捉えることができるだろう。また田尾(1999、
p57)はボランティアのモチベーション管理として、教育訓練の必要性をあげている。まさ
に本事例はそれらの理論を実証していると言えるだろう。
しかし、先に KGGN の代表が課題としてあげたように、こうした定期的な学習機会を開催
しても、ガイドを行う人に依然として偏りがあるのも事実であり、内発的動機に起因する
スタッフを多く抱える組織における人材管理の困難性を示している43とも言えよう。
なお、この学習機会の提供は、
「ボランティアの資源管理」としても捉えることも可能で
あり、それは対外的に専門性を有した集団(プロフェッショナル)としての信頼性確保に
もつながる。田尾(1999、p76)はこのプロフェッショナルとボランタリズムの均衡を適切
に保持することが非営利組織の経営課題の一つであるとしたが、KGGN はまさにその均衡を
適切に保っていた。
(2)KGGN による国際 BI 創造
ここまで、金沢市民とは異なり、NPO は主に内発的動機を基盤として活動していること、
NPO に関連する先行研究、KGGN の歴史及び現状等について確認してきた。これらの議論を
ふまえ、あらためて、金沢市が NPO に対してどのようにアプローチしたのかを確認する。
①自治体による KGGN に対するアプローチ
「金沢世界都市構想」、
「世界の中で独特の輝きを放つ都市」というまちづくりコンセプ
トは当初より、その名前から世界を意識していたことが伺える。つまり、BI を創造するだ
97
けでなく、国際 BI の創造も意識していたということである。そこで、金沢市は金沢城、兼
六園を国際 BI のシンボルにすることとした。金沢城と兼六園は地域 ID のシンボルである
ことは疑いの余地はなく、
また観光まちづくりにつながる BI のシンボルでもある。
つまり、
地域 BID のシンボルである。従って、この地域資源を国際 BI にすれば全てのアイデンティ
ティが一致することとなる。しかし、国際 BI を創っても、適切な言語による外国人旅行客
へのホスピタリティー(マインド・スキル)がなければ、その国際 BI は強化されない。
そこで、金沢市はそれに寄与するアウトプットを有する KGGN を活用した。KGGN は NPO で
あり、ここまで見てきたように、その活動の源泉を内発的動機としており、自主的に活動
している。実際、KGGN は「金沢を世界へひらく市民の会」のボランティア通訳ガイド部門
から 1992 年に独立している(外国人旅行者に対して観光情報の提供等、同行ガイドを 1987
年より開始)が、
「金沢世界都市構想」が掲げられたのが 1995 年であるから、KGGN は自治
体が掲げたビジョンが策定される以前より、既に自らの理念に従い、活動していたからで
ある。外国人に対するおもてなしにはスキル等が必要であるため、地方自治体にとって、
内製化するよりもこのような組織・団体を活用することは合理的であるといえよう。
しかし、
KGGN は NPO の特徴である資金不足等によって事業継続の困難性をも有していた。
そのため、金沢市は KGGN の活動を阻害させることなく、むしろ主体を維持・促進させた。
具体的には窓口業務の場所の提供や継続的な事業支援を行い、彼らの継続的なアウトプッ
ト創造を支援しきた。さらに、石川県は「海外誘客 10 倍構想」のもと、KGGN に対して、金
沢城石川門案内所に常駐し、外国人観光客に対して「城と庭の同行ガイド(金沢城公園と
兼六園の講演ガイド)
」を行うサービスを委託した。つまり、KGGN は「ボランティア通訳ガ
イド」という自主的な組織として発足してはいるが、自治体の後ろ盾によって、ここまで
安定的に事業を継続してきたといえる。そして、その歩みの中で両者の間に信頼関係が構
築されたことは想像に難くなく、また継続的にかかわることで、彼らの地域 ID もまた強化
されていった。
②自治体と NPO の関係に関する本事例の含意
さて、先に示した Salamon(1995)の「ボランタリーの失敗」理論では、非営利組織を第
一義的な存在として捉え、対応できない時にのみ、政府(行政)の支援が必要となるとい
う考え方に立脚していた。この理論は非営利組織を第一義的な存在として捉えているとい
う点においては、本事例への適応度は高い。しかし、行政と非営利組織(KGGN)が対立関
係ではなく、むしろ補完的かつ協業関係による価値共創が行われていたという点で異なっ
ている。また、政府(行政)は非営利組織(KGGN)の活動の成敗にかかわらず、支援を開
始していたという点において、
「ボランタリーの失敗」理論をそのまま適応させることは困
難である。従って、本事例は、行政と非営利組織との関係性の構築時期について、時間的
概念を組み入れた新しい理論構築の手がかりとなろう。少なくとも本事例は、①自治体は
非営利組織の活動の成敗にかかわらず、自治体が掲げるビジョンとの整合性によって、支
98
援に着手することがあること、②行政との協業関係期間と非営利組織の事業継続には正の
相関関係が存在し、③特に発足当初より行政の支援を享受することができれば、非営利組
織の事業継続性が高まること、を示唆している。田尾(1999、p191)は行政との理想的な
関係は「相互依存的」であるが、そのパワー均衡は難しいと述べている。しかし、本事例
は政府の関与によって失いがちな非営利組織の独立性を維持しながら、その困難性を克服
することができることを実証したと言える。
なお、ここまでの議論から、非営利組織の事業継続に関して、自治体と非営利組織の間
にビジョンの整合性があり(本事例の場合、金沢世界都市構想)
、それが共有化され、価値
共創ができる環境であることを条件とし、以下のような等式が考えられる。
非営利組織の安定的かつ継続的な事業継続=非営利組織内部の自助努力(モチベーション
管理システム等)×行政の支援(期間・量・質)
第四節 小括
本項では、行政が「まちづくり」を主導した事例として金沢市をとりあげ、
「まちづくり
コンセプト」
、
「観光まちづくりコンセプト」、
「地域資源」、「地域 ID」、
「BI」の連関に注目
しながら、金沢市が観光まちづくりにおいて、いかに地域 ID と BI を一致させ地域 BID を
創造してきたかについて論じてきた。第二節では主に一般市民を対象として、第三節では、
国際観光ブランドに大きく寄与している NPO(
「語学力及び国際感覚・経験を有する人的資
源」によって運営される「非営利組織・団体」)を対象とした。その結果、明らかになった
ことは以下の通りである。
まず、金沢市においては、
「金沢世界都市構想」がまちづくりコンセプトであったが、そ
の中でも、「美しいまち・金沢をつくる」の「自然環境・景観分野」と「文化・芸術分野」
を「観光まちづくりコンセプト」として機能していたことである。すなわち、ここに属す
る地域資源は全て BI のシンボルとして活用される可能性があり、地域活性化には様々な形
が存在するが、金沢市においては当初より「観光まちづくり」を志向していたと言えるだ
ろう。
それを踏まえた上で、第二節における金沢市と金沢市民の事例での議論を確認する。ま
ず、金沢市は、地域 ID のシンボルである地域資源を BI のシンボルにすることを決め、そ
の地域資源の背後にあるコンテクストを外部にとって魅力的と思われるコンテクストに転
換して BI を創造した。外部にとって魅力あるコンテクストとは、具体的には「歴史都市第
一号」や「ユネスコクラフトネットワーク」等であり、関連する地域資源に対して域内外
に公的なお墨付きを与えるというものである。加賀藩の遺産としての要素を持った地域 ID
はこれらのコンテクストによって強化、あるいは新しい地域 ID が創造された。
さらに、金沢市は「観光まちづくり」の観点から、BI のシンボルと創造した地域資源に、
99
特定の地域住民が積極的にかかわり、またその活用を促進させることで、それが特定の地
域住民にとっての地域 ID のシンボルとなった。さらにその他の人たちの活用が促進された
ことで、特定の地域住民にとっての地域 ID のシンボルは、金沢市民が抱く地域 ID のシン
ボルへとつながっていった。特定の地域住民に積極的にかかわってもらい、また活用して
もらうためには、自治体の地域住民に対するアプローチの工夫が必要である。例えば、金
沢 21 世紀美術館及び金沢市民芸術村においては、それぞれ、行政から市民に主体を転換さ
せるドライバーが存在しており、それらが円滑に活用されていた。このようなプロセスを
経て、地域 BID は創造されたのである。
しかし、そもそも、地域住民が主体的に行動する気質を有していれば、このように、行
政主導で BI を創造し、BI のシンボルとするために新たに創造した地域資源を、地域 ID の
シンボルにするというプロセスを経る必要はないだろう。しかし、多くの金沢市民の気質
は、歴史的に加賀藩前田家との関係性が脈々と受け継がれており(本稿では「歴史的地域
性」と呼んだ、)、比較的「受け身」であり、そして、地域関係者は自治体によってデザイ
ンされた「場」から逸脱することがない自治体に従属した存在である。そのため、金沢市
におけるまちづくりは、自治体によるパターナリズムである。しかし、地域住民等が常に
このような姿勢でいることは、彼らが自治体に対する過度の依存を意味していると同時に、
市政運営において、市民の視点が大きく欠落される可能性が高い。制度や設備等の大枠は
自治体が主体となって決定したとしても、活用方法等は市民が主体となり、決定するのが
望ましい。なぜなら、活用方法等を市民が主体的に決定すれば、市民の自主性が育まれ、
より積極的に制度や設備等が活用されるからである。そこで、市民の日々の主体性を育む
マインドを醸成するため、
「金沢まちづくり市民機構」を創設し活用した。そして、この「金
沢まちづくり市民機構」は、いわば、地域住民を巻き込む戦略的な「場」となった。この
ような「場」の市民への提供は、地域 ID と BI の一致、地域 BID の創造に寄与するだけで
なく、最終的に地域活性化に必要不可欠である「継続的な内発的発展」に違いない。
次に第三節における金沢市における国際 BI について確認する。
「金沢世界都市構想」、
「世
界の中で独特の輝きを放つ都市」は、その名前から、金沢市は当初より世界を意識してい
たことが伺える。つまり国際 BI の創造である。そこで、金沢市は、金沢城、兼六園を国際
BI のシンボルにすることとした。
金沢城と兼六園は地域 ID、
BI のシンボルであることから、
この地域資源を国際 BI のシンボルにすることは、全てのアイデンティティが一致すること
となる。金沢市は、その国際 BI を強化するため、NPO、SGG である KGGN が創出するアウト
プット(外国人へのホスピタリティ)を活用することとした。具体的には金沢市は KGGN に
対して、KGGN の自主的な活動を阻害することがないよう、むしろ促進させることを目的と
した側面支援を長期にわたり行った。例えば、委託契約の締結や円滑な運営を促進する場
所の提供等の支援である(もちろん、事業継続性には KGGN 内部の自助努力、例えばモチベ
ーション管理システム等が機能していること等、が必要であることは先に述べた通りであ
る。
)
。その理由は、金沢市関係者によると、KGGN の活動は国際 BI を強化させるのに寄与す
100
ると、金沢市は考えていたからである。このような継続的した活動によって KGGN スタッフ
の地域 ID もまた強化されていったのである。
*第一節における金沢市に関する記述は、筆者が 2013 年 2 月 13 日に金沢市観光交流課、
都市政策局企画調整課に対して行ったインタビュー及び金沢市の公開資料に基づくもので
あり、拙稿「地域ブランド構築プロセスにみる自治体による戦略的な「場」のデザイン―
単数主体化と主体転換の促進への取り組み―」地域デザイン学会誌『地域デザイン』第 2
号、を大幅に加筆修正したものである。
*また、KGGN に関する記述は KGGN より入手した資料、公開資料及び筆者が 2013 年 2 月 12
日に KGGN の代表に行ったインタビューに基づく。また、地域デザイン学会第 2 回全国大会
の発表「観光ビジネスに寄与する非営利団体の役割と課題―KGGN の事例を中心に」及び拙
稿「国際観光振興に資する非営利組織を活用した地域ブランドの構築と LB モデル」地域デ
ザイン学会誌『地域デザイン』第 3 号、を大幅に加筆修正したものである。
第二項
川越市の事例
本項では地域が中心となり、まちづくりが行われた事例として川越市を取り上げる。川
越市は「小江戸」として知られており、それが観光まちづくりにおける BI として機能して
いる。以下、川越市産業観光部へのインタビュー及び公開資料等により論じる。
第一節 川越市の概要
1.川越市の概要
川越市は、武蔵野台地の東北端である埼玉県南西部に位置し、古くから自然環境に恵ま
れた人口約 35 万人の地域である。埼玉県内ではさいたま市、川口市に次ぐ、第 3 位の都市
である。自然災害や戦災を免れたため、先に述べた金沢市と同様、現在もなお歴史的建造
物等が町並みに残っている。川越は藩政下、江戸を守る重要な拠点であり、かつ川越藩の
城下町として、江戸に次ぐ商業都市として栄え、発展してきた。特に「小江戸」と呼ばれ、
江戸との物質の流通が盛んであり、江戸の生活様式の影響を色濃く受けていた。この背景
にあったのは、1638 年の大火で堂宇が焼失した喜多院と仙波東照宮の再建である。これら
は徳川家に縁のある建造物であり、再建は急務だった。そして、その再建のためには江戸
から資材を運ぶ必要があった。そこで、当時藩主だった松平伊豆守信綱が河川の整備拡充
に取り組んだ。これがきっかけとなり、江戸との物流ルートが確立され、川越から江戸に
は米麦、さつまいも等の農産物やまた織物等が、また江戸から川越へは当時江戸で流行っ
ていた衣服等が定期的に入るようになったことで、経済都市、商業都市として発展してい
ったのである。なお、近年の川越は 1889 年に町制施行によって、複数の自治的なまちが連
合して成立した都市である。そのため、川越市関係者によれば、1961 年に町名地番整理が
101
行われた後も古くからの町会が存続したように、各まちの独立性及び自治が強いという特
徴を持ち、その特徴は今日に受け継がれているという。
なお、2004 年に川越観光協会から小江戸観光協会へ改組された後は、川越は「小江戸 蔵
のまち」として域外から認知され、今日まで観光都市として発展してきた。川越を訪れる
観光客は年々増加しており、2008 年以降、年間約 600 万人を超えて推移している。
(図表 6)
。
図表 6 川越市入込観光客の推移
単位:万
出所:川越市 WEB サイト「川越市入込観光客数の推移」
http://www.city.kawagoe.saitama.jp/www/contents/1338446896195/(2014.7.1 アクセス)
2.川越市のまちづくり:
「蔵のまち」の形成
川越市の関係者によると、その観光客の訪問目的は「蔵造りの町並み」の景観を鑑賞し、
「小江戸」の雰囲気を体感することであるという。川越の蔵造りは倉庫としてだけでなく、
店舗としても活用されていることも特徴的であり、このような「蔵のまち」は他地域では
類をみず、今では、地域の差別化につながっている。
その蔵造りの町並みは、1893 年の川越大火を契機として形成された。大火でまちは 3 分
の 1 以上を焼失し、大きな被害を受けたため、まちの復興にあたり当時のまちの商人は、
表通りで唯一残った大沢家の蔵造りを範とし、防火建築である土蔵造りを採用した。そし
て、1900 年代前半、現在の原型となる町並みが完成されたのである。しかし 1960 年代半ば
から始まった高度経済成長は、商業形態の変化をもたらした。つまり、大量の製品を明る
く展示し、販売するには、蔵造りの店内は非常に暗く不便となり、取り壊される蔵が多く
目につくようになったのである。また、その頃、川越駅前に大型店舗等の立地が始まり、
商業の中心が、蔵造りが並ぶ川越一番街通りから、駅前に移動してしまった結果、川越一
102
番街は徐々に衰退した。
しかし、数年後、川越一番街は息を吹き返し始める。というのは、1971 年に川越市で 1792
年に建築された大沢家の蔵造り住宅が、国の重要文化財の指定を受け、蔵造りの価値が見
直されたからである。以降、市民によって「蔵造りの町並み」への価値が再認識され、1970
年後半の高層マンションの建設ラッシュにおいては、景観が、「蔵造りの町並み」と相反す
るという理由で、反対運動が行われ(結局、阻止することはできず、高層マンションの建
設は進み、今もなお、川越の景観を損なうものとして存在している)
、さらに、
「蔵づくり」
を中心とした町並み保存活動が組織的かつ積極的に行われるようになった。この活動は主
に以下の三つの組織・団体が主体となった。
第一は、1983 年に商店街と若者 4 人が設立した「川越蔵の会」(2002 年 12 月には「特定
非営利活動法人 川越蔵の会)へ法人登記)44である。その活動目的は「地域に根差した市
民としての自覚を持って、まちづくりをみずから実践するとともに、住民が主体性を持っ
て行うまちづくりの支援を行うことによって、地域社会の発展に寄与すること」である。
2013 年現在の会員数は約 200 名である。第二は、古い歴史を持つ 1951 年設立の川越一番街
商店街協同組合である。2013 年現在の組合員数は約 70 名であり、一番街商店街に立地する
全店舗の約 90%が加盟している。第三は、川越蔵の会の活動に触発されて 1987 年に川越一
番街商店街協同組合45の下部組織としてできた「町並み委員会」である。この委員会のメン
バーは 25 名であり、
「蔵の会」から 5 名、
「一番街商店街協同組合」から 8 名、「自治会」
から 8 名、
「学識専門家」
から 4 名で構成されている(自治体の職員もオブザーバーで参加)。
そして、この町並み委員会が中心となり、1988 年 4 月に「まちづくり規範」
(図表 7)が作
成され、川越はこの規範に基づいてまちづくりが行われてきた。この「まちづくり規範」
は、アメリカの建築家である C・アレキサンダー氏の提唱するパタン・ランゲージに範をと
り作成されたものであり、
「都市」
(40 項目)
「建築」(27 項目)の二部で構成され、川越市
全域を対象とするものから建築の細部までまとめられたものである。
図表 7 まちづくり規範
出所:筆者撮影
103
なお、町並み委員会は 2010 年、一番街商店街協同組合から独立しており、2014 年現在に
おいては、川越一番街商店街における新居の建設や改装の際は、町並み委員会が行政手続
きの前に、
「まちづくり規範」に従って説明・指導することとなっている。なお、委員会は
月 1 回の開催であり、川越市は委員会に対して運営費として年間 15 万円を補助している。
川越蔵の会、川越一番街商店街協同組合、町並み委員会の関係を整理すると、以下の図表 8
になる。
図表 8 町並み委員会の関係図
出所:筆者作成
この図からも明らかなように、今日の「蔵のまち 小江戸」という観光 BI に直接的に寄
与したのは、地域の住民に他ならない。川越市関係者によると、特に駅前の開発によって
衰退傾向にあった川越一番商店街に関わる人たちが、将来に危機感を抱きながら、町並み
委員会を自主的に設立し、議論し、
「まちづくり規範」を策定する等、当事者意識をもって
積極的に取り組み、そこには自治体(川越市)による介入はほとんどみられなかったとい
う。つまり、行政は基本的にオブザーバーとしての立場を維持しており、決して運営主体
にはなっていない。しかし、自治体は町並み委員会の設立当初より参加しながら、ステー
クホルダーと良好な関係を保っていること、また、金銭的補助を行い、活動を支援するこ
とで委員会に関与し続けていることは特筆すべきことである。
104
こうして、創造された「蔵のまち」は発展し、現在においては川越市全体のシンボルと
なった。2011 年 10 月には行政と市民の合言葉として「時が人を結ぶまち川越」というキャ
ッチフレーズが決定されたが、「時」は川越一番街商店街の中心に位置している「時の鐘」
を連想させる。実際、翌年の 2012 年 5 月に決定したシンボルマークも「時の鐘」であった
(図表 9)
。
図表 9
出所:川越市 WEB サイト「市のキャッチフレーズ・シンボルマーク」
http://www.city.kawagoe.saitama.jp/www/contents/1339486908833/index.html
(2014.8.1 アクセス)
3.小江戸サミット
「小江戸」は、先に述べたとおり、江戸との物資の流通により、江戸の生活様式から強
く影響を受けた地域を指すが、川越以外においても、「小江戸」と呼んでも適切であると思
われる地域がある。それらは、栃木県の栃木市と千葉県佐原市(現香取市)である。そこ
で、川越とこれらの 2 都市は、1996 年以降、毎年一回、
「小江戸サミット」を開催してきた。
目的は 3 市の市長および市民が集まり、
「小江戸」をキーワードとするまちづくりについて
考える等、主に情報交換と域外に対する「小江戸」ブランドの浸透・普及である。サミッ
トが開催される 1996 年以前は、川越は「江戸の文化が真っ先に伝わるまち」という意味合
いで呼ばれていたが、このサミットによって、川越が「小江戸」と呼ばれるようになった。
なお、 「小江戸」サミットに参加することができる条件は 3 つあり、それらは、①江戸
と舟運で栄えたまちであること、②蔵のある町並みが存在すること、③山車のでる祭が存
在すること、である。
図表 10 小江戸サミット
105
出所:筆者作成
第二節 地域 ID と BI を一致させる取り組み(地域 BID の創造)
1.地域 ID を活用した BI 創造
(1)地域住民によって創造された「蔵のまち」という文化的景観
前節で述べたように、川越市においては住民が創造した「蔵のまち」を中心に「まちづ
くり」が行われてきた。そして、
「蔵」は川越一番街商店会の住民にとっての地域 ID のシ
ンボルであり、それがそのまま「まちづくり」のコンセプトになった。果たして、行政は
それをどのように「観光」に寄与する BI にし、最終的に地域 BID を創造したのであろうか。
今日の川越観光ブランドを構成する「蔵のまち」という地域資源は、1900 年代前半に住民
たちが主体となって、大火をきっかけとした防火目的として構築したものであり、その後、
「蔵」の価値を再認識した住民たちが、景観まちづくりの一環として「まちづくり規範」
等の策定を通して、まちの全体景観における調和を意識しながら(マンション建設反対運
動はその一例である)継続的に強化してきたものである。行政はこの地域経営の観点から、
この蔵のまちを活用した「観光まちづくり」をすることを考えた。
「蔵」は、表は商店、裏は生活空間として機能している。すなわち「蔵のまち」という
地域資源は、住民が観光を意識せずに創造した住民の生活空間そのものであり、文化的景
観46であった。そこで、川越市は、その文化的景観に、川越が藩政期に江戸から強い影響を
受けていたという史実を活用し、地域経営の観点から戦略的に江戸時代へのタイムスリッ
プを思わせる「時間的空間」を持つ「小江戸」の冠を付した(1996 年に開催された小江戸
サミットのことを指す)
。そのことによって、
「蔵のまち」に新たなコンテクストが加わり、
付加価値がもたらされた。原田・三浦(2010)は、対象物の「コンテクストブランディン
グ」を提唱し、コンテクストを「潜在価値であるコンテンツの価値を顕在化させるある種
の価値発言装置」とした上で、対象物のコンテクスト転換47を前提として議論しているが、
本事例は、
「コンテクスト転換」というより、むしろ「コンテクスト付加」と捉えるべきで
あろう。なぜなら、
「文化的景観」というコンテクストを保持したまま、「小江戸」コンテ
クストが「付加」されたからである。そして、
「蔵のまち」という地域資源は、2004 年「川
越観光協会」から「小江戸観光協会」へ名称変更(川越市から公益社団法人への改組も行
われている)されたことによって、正式に観光ブランドの配下に置かれ、観光ブランドに
106
寄与する地域資源(BI のシンボル)となった。そして、地域 ID と BI は一致し、地域 BID
が創造されたのである。2004 年以降、観光客は増加し、
「小江戸 蔵のまち」は現在、観光
まちづくりにおける地域 BID として機能している。このような「コンテクスト付加」がな
ければ、
「蔵のまち」という地域資源は今日のような価値を持たなかったに違いない。なぜ
なら、「蔵のまち」は他のまちにも存在しており、「蔵のまち」のみで他地域と差別化する
ことは困難だからである。つまり、
「小江戸」は「蔵のまち」の価値を増加させ、他地域と
の差別化を促進するドライバーの役割を担ったといえよう。そして、「小江戸 蔵のまち」
という地域 BID は、地域 ID の強化にも繋がっていった。なお、「蔵」は住民の生活にとっ
て不可分であるため、
地域 ID のシンボルとして今後も継続的に発展していく可能性は高い。
図表 11
出所:筆者作成
(2)アイデンティティのゾーン拡張
「小江戸 蔵のまち」という地域 BID のシンボルは、当初「川越一番街商店街」に存在す
る地域資源であった。言い換えれば、地域 BID の「地理的空間」は「川越一番街商店街」
であったと言える。しかし、今日においては、「小江戸 蔵のまち」は、川越市全土に拡大
している。(アイデンティティのゾーン拡張)。また、それに伴い、「小江戸 蔵のまち」と
いう地域 BID は、川越一番街商店街の住民が抱いていたものから、現在においては、川越
市民が思い描く地域 ID として拡大している。その証左として、2011 年 10 月に行政と市民
の合言葉として「時が人を結ぶまち川越」というキャッチフレーズが決定されたが、「時」
は川越一番街商店街「蔵のまち」の中心に位置する「時の鐘」を連想させた。また、翌年
の 2012 年 5 月に決定したシンボルマークも「時の鐘」であった(図表 9)
。
107
地域ブランドの先行研究においては、ブランド化されるゾーンの不明瞭さが、地域ブラ
ンド構築の課題の一つと捉えられていた。しかし、川越市の事例は、その不明瞭さを逆に
活用した事例であり、また、戦略的なゾーン拡張が可能であることも示唆していると言え
よう。
図表 12 ブランドのゾーン拡張
出所:筆者作成
2.自治体の住民へのアプローチ
川越市は歴史的に住民の自主的な活動をサポートしてきた。このような行政の姿勢は、
「川越市」を構成する各まちの「独立性」が強く、全体をまとめる自治体よりも強い影響
力を有していることと大きく関係している。なぜなら、川越市においては、歴史的に各ま
ちが自立しており、行政が介入することなく、自主的に活動してきたからである。そして、
先にあげた川越一番街商店街を中心とした町並み委員会へのアプローチにそれを見ること
ができる。
なお、行政と地域関係者との関係性について、BI・地域 BID 創造前後で変更はない(主
体維持)
。なぜなら、歴史的な経緯により、住民が創造する「地域資源」と地方自治体の住
民に対する関係性は深く関わっているため、BI・地域 BID 創造によってその関係性を変え
ることは、自治体と住民との間の今後に影響を及ぼすからである。また、言い換えれば、
BI・地域 BID の創造において、地域資源のコンテンツではなく、コンテクストに注目した
からこそ、その関係性を維持することができたと捉えることも可能である。
しかし、このように創造した地域 BID であっとしても、すなわち、地域住民が抱く地域
ID と BI が一致していたとしても、川越市の地域住民の活動は、日常生活への寄与が第一義
的な目的であり、
地域 BID に寄与することを目的としていないことに留意する必要がある。
実際、市民の観光に対する意識は高くない。2008 年 7 月~8 月に満 20 歳以上の川越市民
3,000 人を対象として実施された調査48においては、観光に関する川越市の取り組みに対し
て、満足度はやや高いが、重要度評価点は低い。そして、それに関連して、観光で必要な
108
「おもてなし」マインドもまた醸成されていない。その証左として、観光ボランティアの
活動状況があげられる。例えば、日本語ボランティアは、公益法人川越市シルバー人材セ
ンターがその業務の片手間で行っており、さらに金沢市のように SGG(善意通訳団体)は存
在するものの活発的な活動はみられないからである。そして、これらに対して行政はほと
んど関与していない。その理由は、繰り返しになるが、住民の自主性及び独立性を尊重し
ているからである。生活に密着する文化的景観が観光コンテンツへと変貌したことは、川
越市民の意識としては複雑であるかもしれない。つまり、地域 BID が創造されてもそれが
観光に使われることが住民にとって良いことかどうかは不明である。その解明は今後の課
題としたい。しかし、今後、川越市がさらに活性化し、発展するには「観光まちづくり」
は鍵であることは間違いない。そのことを受容した上で、今後、行政は市民に対して、そ
の「主体」を維持させるだけでなく、「観光まちづくり」をさらに発展させることを目的と
したアプローチ、つまり、市民の観光客の積極的に受け入れる姿勢及びそれに関連するマ
インドやスキルを醸成することを可能にするアプローチも必要となろう。
第三節 小括
本項では川越市において、観光まちづくりにおける地域 BID として機能している「小江
戸 蔵のまち」の構築事例を扱った。「蔵のまち」は川越一番街商店街を中心とする住民等
の地域関係者が主体的に創造した「地域資源」であり、川越一番街商店街の住民にとって
の地域 ID のシンボルでもある。しかし、そのコンテクストは住民の生活に密着した文化的
景観であったため、行政は「観光まちづくり」の観点から、それに「時間的空間」と「地
理的空間」を組み合わせた「小江戸」というコンテクストを付加し(コンテクスト付加)、
地域資源の価値向上を図った。そして川越観光協会から小江戸観光協会へ名称及び改組さ
れた 2004 年を皮切りに、観光に寄与する BI を公式に創造した。そして、近年では「小江
戸 蔵のまち」は地域 BID として、川越市全土にわたって適用されつつある(ブランドのゾ
ーン拡張)
。
川越市における「小江戸 蔵の町」という BID が創造された成功要因は、住民が中心とな
って設立した「まちなみ委員会」と公益社団法人である「観光協会」の役割分担、そして、
その役割分担を円滑に機能させるための川越市の取り組みである。町並み委員会の役割は、
先述したとおり、
「蔵」の価値に気が付いた住民が「蔵の町」の形成に邁進し、その「コン
テンツ」の質を維持管理することであり、観光協会の役割は、他地域との差別化を可能に
した「小江戸」ブランドを維持管理し、域外に継続的に情報発信を行うことであった。ま
た、その役割分担を円滑に機能させるために行った川越市の取り組みは、
「まちなみ委員会」
の会合に、あくまでもオブザーバーとして出席し、住民と良好な関係を構築しながら、住
民の主体性を尊重し続けたこと(住民が主体的に創造した「地域資源」である「蔵」に継
続的に関わるよう「主体維持」を目的とした徹底した「側面支援」)、そしてコンテンツの
質的管理ではなく、BI 創造に力を注いだことである。この背景にあるのは、歴史的に「地
109
域住民」が自立しており、これまで行政に依存してこなかったことと関係している。つま
り、川越市民には、金沢市民とは異なる「歴史的地域性」が存在していたといえる。この
ような組織の明確な役割分担やそれを機能させる行政の取り組みがなければ、
「小江戸 蔵
の町」ブランドは創造されなかったに違いない。
それでは「小江戸
蔵の町」ブランドをさらに維持・発展させていくためには(サステ
ナブルにしていくには)
、川越市はどうしたら良いのか。それは、今後も住民の主体性を削
ぐことなくサポートし続けるという姿勢を貫くこと、そして、公益法人を通したブランド
管理及び継続的な情報発信に努めることであろう。
しかし、川越市では、住民の「域外の人たち」を受け入れる意識がやや低いため49、行政
は市民の「観光」に対する意識向上を目的とした施策立案と展開、そして、外国人観光客
に対する魅力度の向上及び対応等が今後、取り組むべき課題となる。特に「観光」に対す
る川越市と市民との間の意識には乖離があることが分かっている。それは、川越一番街商
店街の「道路規制問題」にも見ることができる。
「道路規制問題」とは、観光客の増加に伴
い、川越一番街の交通量が増え、歩行者と車が接触する等、交通事故の危険性が増してき
たため、それを回避するために、川越市が道路規制を提案したことに対して、住民が規制
に対して反対した「問題」である。住民が反対した主な理由は、
「蔵」が住民にとって自身
の「店」でもあるため、一番街商店街を規制することは、店の運営に必要な、商品等を搬
入する際に使われる幹線道路を規制することになるからである。実際、回り道がないため、
商品の搬入等の遅れを懸念した。つまり、住民のこのような考えは、
「観光」のために、な
ぜ、日常生活を犠牲にしなくてはいけないのか、という考えに立脚している50。
この課題を解決するために、2007 年 8 月、自治会、商店街、バス会社、警察等で構成し
た「川越市北部中心市街地交通円滑化方策検討委員会」が発足した。そこでは丁寧な議論
が合計 13 回行われ、2011 年 2 月、一番街の一方通行を主とした交通規制に併せ、市街地全
体の交通量を削減するという施策を実施することが提案されている51。しかし、その後も、
市民による反対は根強く、2014 年現在においては、一方通行を直ちに実施するのではなく、
他の施策の先行実施(例えば、自転車シェアリング、教育機関の送迎バスの迂回等)によ
って、北部中心市街地の交通量や渋滞を緩和する努力を行いながら、提言の内容を段階的
に進めていくこととされている52。
ブランドの維持には、特に域内の理解が必要不可欠である。こうした域内の問題に対し
て、行政は真摯に対応し、解決していくことが、ブランドを中長期的にサステナブルにし
ていく鍵となろう。しかし、同時にこれは川越市における行政と市民との間のパワーバラ
ンスの負の側面であるとも言える。行政が市民に対してリーダーシップを発揮することが
できる環境であったならば、現時点において事態は、もう少し改善していたかもしれない。
なお、金沢市で取り上げたように国際観光に寄与する NPO の活動の重要性を、川越市は
認識していないわけでない。2007 年には外国人観光客の整備として、国土交通省から、観
110
光ルネサンス事業の要請を受け、実施していたからである。しかし、2 年間の事業終了後、
現在に至るまで、その活動に注力している形跡はみられなかったため、本章では取り上げ
なかった。
*川越市に関する記述は、公開資料及び筆者が 2013 年 2 月 7 日に川越市産業観光部観光課
に対して行ったインタビューに基づく。また、拙稿「地域活性化を目的とした地域ブラン
ドの構築「主体」に関する研究」地域活性化学会誌『地域活性研究』Vol.5、を大幅に加筆
修正したものである。
第三項
結論
本章ではここまで、3 つの事例(2 つの金沢市の事例と川越市の事例)を取り上げ、地方
自治体の立場で、
「まちづくり」を基盤としながらも、どのように「まちづくりコンセプト」、
「観光まちづくりコンセプト」
、
「地域資源」、
「地域 ID」
、
「BI」が連関し、地域 ID が創造さ
れるのかについて論じてきた。
ここで、これまでの議論をふまえた上で、本稿における問いに対する解を明らかにした
い。本稿の問いは「自治体は地域活性化に寄与する観光まちづくりにおいて、地域資源を
活用し、地域 ID と BI を一致させた地域 BID を創造することは可能か。可能であるとした
らどのような方法があるのか。
」であった。その問いに対する解は、以下の通りである。
自治体が「まちづくりコンセプト」に「観光まちづくりのコンセプト(ブランドコンセ
プト)
」の視点を組み込んだ上で、以下のいずれかの方法、あるいは組み合わせることで可
能。
①地域住民が抱く地域 ID のシンボルである地域資源を、外部にとって魅力あるコンテクス
トを持つ地域資源に転換することで BI を創造し、その地域資源をシンボルとすることで可
能。地域 ID の強化も期待される。
②外部に魅力あるコンテクストを持つ地域資源を BI のシンボルとし、その地域資源に地域
住民が継続的にかかわり、新たな地域 ID を創造することで可能。
ただし、いずれも自治体による地域住民に対するアプローチの工夫が必要である。①の
アプローチの工夫とは住民の主体を維持させるための工夫のことであり、②のアプローチ
の工夫とは、主体を自治体から転換させるための工夫のことである。
川越市のように、住民に主体性があれば、その主体を維持させる必要があり、また、金
沢市のように主体性が欠如している場合(受け身の場合)は、主体を自治体から転換させ
る必要がある。つまり、自治体は住民に対して「歴史的地域性」をふまえた適切なアプロ
ーチが必要であることを示唆している53。なお、
「主体転換」について、本稿では 21 世紀美
術館及び金沢市民芸術村を事例として取り上げ、各種「主体転換ドライバー」の存在・活
111
用、また、
「単数主体化」という概念とその活用について論じた。
本章で取り上げた 3 つの事例によって、観光まちづくりにおいて、自治体は地域 ID と BI
を一致させた地域 BID を創造することが可能であることが実証された。そして、そのため
の自治体の具体的な取り組みを例証することが出来たこともまた、研究の成果である。次
章では、これらの 3 つの事例を基盤として図化し、一般化した連関図を提示する。
注
1
金沢の他に高山、彦根、萩、亀山が認定を受けた。
金沢市(2011)『海外誘客促進基礎調査結果報告書』
、p44。
3
10 のプロジェクトとは、1.世界に開かれた「交流都市」形成プロジェクト、2.魅力と賑わいのある「快
適都市」創造プロジェクト、3.期間・先端・ニッチ・クリエイティブな「ものづくり産業」創出プロジェ
クト、4.子どもとともに育つまち「次代を担う人材」育成プロジェクト、5.潤いのある自然に満ちた「人
と地域環境」共生プロジェクト、6.古いものと新しいものが調和する「美しい景観」軽視えプロジェクト、
7.文化・芸術が未来を拓く「多彩な空間・活動」創造プロジェクト、8.「生涯健康社会」形成プロジェク
ト、9.「子育ての喜びが実感できるまち」プロジェクト、10.市民と支え合う「安全・安心な暮らし」実現
プロジェクト。
4
主要 19 施設における観光客数は 200 年が 5,251,107 人。2009 年が 5,602,106 人。
5
蓑(2007)p27
6
朝日新聞「外国人も憧れ「21 美」に 1400 万人 開館 10 周年」
http://www.asahi.com/articles/ASG9W2RZHG9WPTFC002.html,2014 年 10 月 9 日。
7
金沢 21 世紀美術館「1999 年度金沢市現代美術館プレ・イヴェント記録集」
。
8
金沢 21 世紀美術館「2000 年度金沢市現代美術館プレ・イヴェント記録集」。
9
金沢 21 世紀美術館「2001 年度金沢 21 世紀美術館活動記録集」
。
10
金沢 21 世紀美術館「2002 年度金沢 21 世紀美術館活動記録集」
。
11
神戸学校「蓑 豊さん(兵庫県立美術館 館長)レポート」
http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2011/02/post-eb73.html
12
蓑(2007)p22、p158
13
神戸学校「蓑 豊さん(兵庫県立美術館 館長)レポート」
http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2011/02/post-eb73.html
14
蓑(2007)p41
15
蓑(2007)p41
16
金沢 21 世紀美術館「ミュージアム・クルーズ 2006 年度活動記録集」
。
17
金沢 21 世紀美術館「ミュージアム・クルーズ 2007 年度活動記録集」
。
18
神戸学校「蓑 豊さん(兵庫県立美術館 館長)レポート」
http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2011/02/post-eb73.html
19
神戸学校「蓑 豊さん(兵庫県立美術館 館長)レポート」
http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2011/02/post-eb73.html
20
蓑(2007)pp55-78
21
財部ビジネス研究所「金沢 21 世紀美術館のビジネス戦略」
http://www.bs4.jp/entame/tbl/sp/index_11.html
22
財部ビジネス研究所「金沢 21 世紀美術館のビジネス戦略」
http://www.bs4.jp/entame/tbl/sp/index_11.html
23
蓑(2007)p85
2
24
「芸術情報アートエクスプレス 10 号」によると、新しい賑わいの場が誕生したことによって、芸術文化
に対する市民の支持・理解が高まりを見せているという。
25
検討チーム・準備室は市民の要望や要求を把握し、満足度を高めるため、演劇、音楽、美術、環境の各
分野のリーダー等から意見収集を試みた。
26
本事例以外に、
「よそ者」が大きく寄与した事例としては、新潟県佐渡市岩首地区がある。そこでは、東
112
京工業大学の桑子敏雄教授を中心とした研究グループが、廃校舎を活用した岩首談議所の設立に深く関わ
り、域内外の人たちの交流の「場」を創造したことで、
「棚田」が岩首地区のシンボルとなった。なお、岩
首地区の棚田を含む佐渡特有の農業の取り組みは、次世代に継承すべきものとして、2011 年、GIAHS(世
界農業遺産)に登録されている。
27
神戸学校「蓑 豊さん(兵庫県立美術館 館長)レポート」
http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2011/02/post-eb73.html
28
Salamon(1992)は非営利組織を「民間非営利セクター」と表現し、保健、教育、科学の進歩、社会福祉、
多元的価値の促進といった公共の目的を追求する機関の集合体とした。
29
世界の民間非営利セクターを規模、構造、収入基盤、社会的背景等から国際比較を行う目的で 1990 年 3
月に設立されたプロジェクト。
30
Salamon&Anheier(1997)は非営利セクターの法的定義、経済的定義、機能的定義において難点があるこ
とを指摘し、これらの定義に代わるものとして「構造-機能」定義を提示した。この定義は組織の活動目
的や財源ではなく組織の基本構造と活動機能を強調した。
31
2009 年 3 月末時点で全国のグッドウィルガイドの人数は約 54,000 人<延べ人数>。
32
内発的動機とは心の中の満足感を得ることを目的とした動機のことであり、Deci(1975)によれば、①自
立性(自己決定感)
、②有能感(能力の発揮願望)
、③関係性(受容感)の 3 つの要素が満たされる時に内
発的動機が高まるという。
33
Salamon(1995、p52-56)は、ボランタリーセクターの 4 つの失敗(①フィランソロピーの機能不全、②フ
ィランソロピーの排他的な個人主義、③フィランソロピーの温情主義、④フィランソロピーのアマチュア
リズム)を指摘し、ボランタリーセクターに対する政府の援助を正当化した。
34
Pearce(1993)は「相当な程度の自由性」は魅力的な側面の一つであるため、組織に留まるインセンティ
ブは営利組織の従業員より少ないとした。
35
Drucker(1990)は大学、病院、協会等の非営利組織における戦略的マネジメントについて論じ、その中で
資金源開拓の戦略の必要性についても強調している。
36
2009 年 6 月から 2010 年 3 月まで合計 5 回開催。
37
利用料はグッドウィルガイドが無償、通訳案内士が有償。また、通訳案内士は通訳案内士団体により研
修が実施されており「質」が担保されている。
38
国土交通省観光庁観光資源課(2009)p38。
39
国土交通省観光庁観光資源課(2009)p28。2009 年 4 月の通訳案内士数と地域限定通訳案内士数の合計
数は東京が 4131 人、神奈川県が 1824 人、大阪府が 1221 人。その他大多数の県(地方)は 100 人以下。
40
国土交通省観光庁観光資源課(2009)p28。石川県における通訳案内士数は 50 人。
41
金沢グッドウィルガイドネットワーク(2012)
、p52、金沢グッドウィルガイドネットワーク会則、目的、
第 3 条。
42
2000 年が最も多く年間 18 回開催。次に多いのは 2002 年で年間 15 回開催。
43
岩出(2002)は戦略的人的資源管理を「ベストプラクティスアプローチ」
「コンテンジェンシーアプローチ」
、
「コンフィギュレーショナルアプローチ」に分類した。
44
川越蔵の会は 1983 年に市民団体として発足。2002 年 12 月 12 日「特定非営利活動法人 川越蔵の会」と
して法人登記した。川越蔵の会ウェブサイト「川越蔵の会について」http://www.kuranokai.org/about.html
(2013.10.31 アクセス)
45
川越一番街商店街協同組合は 1951 年に札の辻から仲町交差点までの 430m 約 70 店が参加して協同組合と
して発足(2013 年現在は四つの自治会が関係している)
。それまでは自治会ごとになっていた。川越一番
街ウェブサイト http://kuradukuri.com/about (2013.10.31 アクセス)
46
平成 17 年 4 月 1 日の文化財保護法改正により新たに設けられた文化財の新類型。文化財保護法では、以
下のように定義。
「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国
民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」
47
原田・三浦(2010)は事例をあげながら、4 つのコンテクスト転換モデル(価値転換、主体転換、関係
転換、行為転換)を提唱した。
48
「第三次川越市総合計画後期基本計画原案(平成 23 年度~平成 27 年度)
」のこと
49
「第三次川越市総合計画後期基本計画原案(平成 23 年度~平成 27 年度)
」
50
埼玉大学と川越市が実施したアンケート調査「
「川越・一番街」の交通に関するアンケート調査の結果に
ついて」
(https://www.city.kawagoe.saitama.jp/www/contents/1241774459225/files/long.pdf)による
と、約 69%の一番街商店街の住民が一方通行によって荷物や商品の搬入に問題が生じると考えている。
51
川越市「北部市街地まちなか交通通信第 6 号の発行について」
113
52
http://www.city.kawagoe.saitama.jp/www/contents/1323931888474/
川越市「まちなか交通通信第 6 号」
http://www.city.kawagoe.saitama.jp/www/contents/1323931888474/files/kotsutsushin6gou.pdf
53
先述したように、中山(2008)は「江戸時代、すなわち藩の時代は約 260 年間続いた。県制度の約 2 倍で
ある。この時代に醸成されたものが、現代の日本人に影響を与えていないわけはない」と述べており、現
在においても「藩民性」が色濃く残っていることを主張する。そして、筆者が提唱する「歴史的地域性」
という概念もこの考えに立脚している(筆者は第 5 章で概念を拡張している)
。実際、各市民の特徴につい
て、金沢市関係者は、先述したように江戸時代からの気質・マインドが受け継がれていると捉えており、
また、川越市関係者は 1889 年の町政施行以降、各まちの独立性及び自治が強いという特徴を持ち、今日ま
で受け継がれている、という認識を持っていた。しかし、だからと言って、地域 BID 創造において、金沢
市や川越市がこのような認識に基づき、意図的にあるいは戦略的に市民に対してアプローチしたかどうか
は定かではない。とは言え、結果として、市民の特徴に沿った行政のアプローチが功を奏していることを
鑑みると、本事例は、市民の特徴(中山によれば「藩民性」であり、筆者によれば「歴史的地域性」であ
る)を十分考慮に入れ、行政が市民に対して適切にアプローチすれば、域内におけるマネジメントが円滑
に行われ、地域 BID に寄与する地域 ID が創造される可能性が高まることを示唆していると言えるだろう。
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http://www.jnto.go.jp/jpn/downloads/110126_houmonchi2010_attach.pdf(2013.11.30 アクセス)。
117
第五章
第一項
連関図と LB モデル
連関図
前章では、行政が主導して「まちづくり」をしてきた金沢市の 2 つの事例と、地域住民
が主導して「まちづくり」をしてきた川越市における川越一番街商店街の事例を扱った。
そして、他地域との差別化及び地域住民による継続的な関与を基盤とし、地域住民が抱く
地域 ID と BI の一致による地域 BID の創造という観点から、
「まちづくりコンセプト」、
「観
光まちづくりコンセプト」
、
「地域資源」、
「地域 ID」
、「BI」の連関を意識しながら論じてき
た。そこで、本章ではそれらの要素を図化した連関図とそれを基盤としたモデルを提示す
る。
翻って、自治体が「観光まちづくり」の観点で BI を創造する際、あるいは地域住民が抱
く地域 ID、そして、自治体と地域住民との関係性等は、
「歴史的地域性」に大きく影響を受
けている。そのため、前章において「歴史地域性」を「地域における歴史に立脚した特性
を説明する概念」とし、主に、地域住民の特徴についてのみ用いたが、本章ではあらため
て、その「歴史的地域性」の概念の本質に戻り、
「ある空間において長い年月をかけて形成
されたもの」とし、
「行政と住民との間の関係性や、歴史・地理・風土等」についても適用
される概念へと拡張する。
以下が、これまでの議論をふまえた連関図(図表 1)である。
「歴史的地域性」という要
素は含まれていないが、全ての要素が「歴史的地域性」を基盤としている。
図表 1 連関図
出所:筆者作成
118
本文でも示したように、住民が抱く地域 ID と BI を一致させ、地域 BID を創造するため
には、
「地域 ID のシンボルを活用した BI の創造」
「BI のシンボルを活用した地域 ID の創造」
という大きく二つの方法ある。そのため、その二つの方法を上下で提示した。自治体はど
ちらかの方法を選択し、あるいは現実としては、両方の方法をブレンドしながら地域 BID
を創造することとなろう。なお、この連関図は地域 BID を「創る」に焦点をあてているた
め、創造した地域 BID を「伝える」というプロセスは組み入れていない。なぜならその役
割は、先述しように、自治体というより、むしろ、主に観光協会等が担うことが多いから
である。
地域には多くの異なる特徴をもったステークホルダーや地域資源が複数存在する。その
ため、地方自治体はその特徴に応じたコンセプトの策定やステークホルダーへのアプロー
チを選択する必要がある。本項で提示した連関図は、地域 BID を活用した「観光まちづく
り」において、必要と思われる要素とその関係性を、経験的一般化したものであるため、
自治体の具体的なコンセプトやステークホルダーに対するアプローチについては、個々の
事例によって異なることを付議しておきたい。
第二項
LB モデル
これらをふまえて、先に提示した連関図を元により一般化し、観光まちづくり・地域活
性化につながるモデルを以下に示した。先述したように、各要素の連関は「歴史的地域性」
を基盤としていることから、このモデルを英語の頭文字から LB モデル(Locality Based
Model)と呼ぶ(図表 2)
。以下、地域 ID と BI の一致プロセスを述べ、それを LB モデルの
説明としたい。
図表 2 LB モデル
119
出所:筆者作成
まず、地方自治体は、既存地域資源を活用し、観光まちづくりコンセプトを策定し、そ
のコンセプトに基づき、既存地域資源に外部から魅力あるコンテクストに転換して BI を創
造する(①→②)
。この時点で地域 ID と BI は一致することとなるが、それを BID として機
能させるには、地方自治体の地域住民に対する主体を維持させるための工夫が必要である
(③)
。そして、地域住民が継続的にその地域資源にかかわることによって、地域 ID と BI
は強化されていく(⑥)
。
あるいは、観光まちづくりコンセプトに基づき、魅力あるコンテクストを持つ地域資源
を新規に創造し、それをシンボルとして BI を創造する(④)。そして、新規に創造した地
域資源をシンボルとする BI を地域 ID にするため、地方自治体は地域住民に対するアプロ
ーチとして、行政から地域住民へ主体を転換させるための工夫が必要であり(⑤)
、その後、
地域 BID が創造される。そして、主体転換後、地域住民が継続的にかかわることで、地域
ID と BI は強化される(⑥)。
なお、地域資源、地域 ID、観光まちづくりコンセプト、コンテクスト転換の着想、地方
自体の地域住民に対するアプローチは全て「歴史的地域性」を基盤としており(⑦)
、地方
自治体によって創造された地域 BID は、公益財団法人、ブロガー等の観光客等によって情
報発信されることで、観光まちづくり、地域活性化が実現される。
第三項
LB モデルの特徴(先行モデルとの比較から)
ここで、先行研究における LB モデルの位置づけを明確にするため、あらためて、地域ブ
ランドに関する複数の代表的なモデルと比較する。
青木(2004)は「地域個別資源ブランド」と「地域全体ブランド」を傘のような関係で、
「地域ブランド」を捉え、地域個別資源ブランドと地域全体ブランドが有機的に連関する
ことで「地域ブランド」が構築されるとした1。そして、その構築プロセスにおいて前提と
したのは地域の個別資源のブランド化であった。しかし、その個別資源ブランドの構築方
法について、明らかにしておらず、むしろ、全体の概念図に留まっていた。LB モデルは複
数ある個別資源ブランドの中でも、
「観光ブランド」を扱い、地域住民が抱く地域 ID と BI
の一致した地域 BID の創造について論じている。
また、地域ブランドマニュアル(2005)は、経済産業省の地域ブランド及びブランド形
成に向けた戦略概念図を掲載し、商品サービスと地域イメージが「連続的」に展開するこ
とで、地域のイメージが強化され、付加価値を生み出すとした。しかし、誰が、どのよう
に、どんな商品サービスを生み出すことが、地域イメージに繋がることはこの概念図から
は分からない。LB モデルは基本的に、地域住民が継続的に地域資源にかかわることで、そ
の価値が向上されるという考えを基盤とし、それを推進・管理する存在として、地方自治
体を捉えている。
120
さらに、生田ら(2006)は自治体の地域全体ブランド構築に対するアプローチ方法を「実
態」から調査・分析し、4 タイプに分類した。タイプ A は「地域イメージ・個別ブランド総
合型」
、タイプ B は「地域イメージ施策・個別ブランド波及型」
、タイプ C は「個別ブラン
ド施策・地域イメージ波及型」、タイプ D は「個別ブランド特化型」である。生田ら(2006)
の研究は各自治体の地域ブランド関連施策の「実態」をマクロでとらえ、自治体が地域全
体ブランドを構築する際、現実的に採りうるアプローチを複数示したと言う点においては
意義があった。しかし、この研究は地域経済の観点から、また、ブランド論の観点から、
自治体の具体的な施策を論じたものであり、地域住民の視点はすっかり抜け落ちている。
そのため、地域 ID が全く考慮されていない。
最後に、これらの先行研究におけるこれまでのモデルは、いずれも「地域ブランド化さ
れる地域資源」にのみ焦点があてられ、その客体に対する自治体のアプローチ方法が議論
されてきた。これに対して、LB モデルは、
「歴史的地域性」を考慮に入れながら、客体であ
る「地域資源」だけでなく、その客体にかかわる「住民等のステークホルダー」をも組み
込んでいるところが先駆的であり、これまでの先行研究とは一線を画している。
第四項
LB モデルの課題と適用可能地域
前項では、代表的な先行研究と LB モデルを比較し、その違いを明らかにした。しかし、
LB モデルには課題も存在する。第一に、自治体の地域住民に対するコミュニケーション能
力、コンセプト策定能力、そして、歴史的地域性の分析能力等、各種能力に依拠している
ことである。このような能力に依拠していることは、LB モデルの特徴でもあるが、同時に
自治体にこれらの姿勢・能力が不足していればこの連関モデルは機能しない可能性が高い。
第二に、ゾーンの対象が自治体内に限定されていることである。これは LB モデルが自治体
の立場から創造されたモデルであるが故に発生した課題である。第三に、行政とその他の
ステークホルダーが明確に分かれている地域を対象としていることである。より人口が少
ない町村等においては行政、住民、企業の区分けがそもそも不明確であることが多い。そ
のため、本モデルを適用することは困難であると推察する(人口が少ない町村の「観光ま
ちづくり」を基盤とした地域 BID 創造については次章で論じたい)
。第四に、首長等のリー
ダーシップによる統制機能がしっかり働いている必要があるということである。上述した
能力を自治体が有していることと内部組織において統一したブランドの概念を醸成し、着
実に実行することは異なるからである。第五に「歴史的地域性」の多層的かつ多様性によ
る分析の困難性である2。
つまり、この LB モデルが適応可能な地域は、住民等のステークホルダーが明確に区分さ
れ、多様かつ多層的な「歴史的地域性」を有しておらず、その特徴を明確化できる地域、
そして、自治体が上述した姿勢・能力等を兼ね備えている地域ということとなる。
第五項
小括
121
本章は、第四章で取り上げた複数の事例研究から、
「まちづくりコンセプト」
、「観光まち
づくりコンセプト」
、
「地域資源」
、
「地域 ID」、
「BI」の各要素の関係性を示した連関図を示
し、その連関図を基盤としたモデルを提示した。
確かに前項であげたような複数の課題が LB モデルには既に想定される。しかし、ステー
クホルダーが明確に区分され、多様かつ多層的な「歴史的地域性」を有しておらず、その
特徴を明確化できる地域、そして、自治体が上述した姿勢・能力を兼ね備えている地域に
おいては、十分適用・応用可能である。地方自治体は、地域 ID と BI を一致させ、地域 BID
が創造されるプロセスにおいては、様々なステークホルダーと対峙することとなる。また、
地域資源を活用することは不可避であろう。そのため、本章で提示した連関図及びそれを
基盤とした LB モデルは、今後、観光まちづくりのために、地域 BID を創造・活用し、真の
意味での地域活性化を実現しようとする地方自治体にとっては、必要不可欠な概念であり、
また参考になるに違いない。
注
1
青木(2004)は企業ブランドの考え方を援用し、地域を基盤とした地域ブランド構築の基本構図を示し
た。
2
「歴史的地域性」の概念の一つである「藩民性」は青森県や長野県では複数が共存している。
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122
第六章
第一項
事例研究 2(小布施町)
はじめに
第四章では、
「まちづくり」を行政主導で行った金沢市と地域住民が主導で行った川越市
を事例として織り上げ、その概要、
「まちづくり」について概観した後、いかに地域 ID と BI
を一致させるかという観点から、
「まちづくりコンセプト」、
「観光まちづくりコンセプト」
、
「地域資源」
、
「地域 ID」
、
「BI」の連関を中心に論じてきた。また、第五章においては、それ
らの要素が「歴史的地域性」の影響を受けていることをふまえ、自治体の立場で、各要素の
関係性を明示した LB モデルを提示した。しかしながら、この連関モデルには複数の課題が
存在していた。その課題の一つが、自治体と地域住民等、ステークホルダーが明確に異なる
立場であるという考え方に立脚しているということである。これは、金沢市や川越市等、あ
る程度の人口(数十万人)を有する都市から見られる傾向であるといって良いだろう。しか
し、より人口が少ない地域においては、まちづくり及び地域 BID を創造するプロセスにおい
て主体となるステークホルダー間に、これらの都市ほど明確な区分があるわけではないこ
とは想像に難くない。そして、この前提条件が異なれば、地域 ID と BI を一致させ、地域
BID を創造しようとする自治体の取り組みもまた、異なることは自明である。
そこで、本章では金沢市や川越市より少ない人口の代表地域として、人口 1 万人前後の小
規模自治体を取り上げ、その自治体における地域 BID の創造事例について論じる。このよう
な地域では歴史的に地域コミュニティ(地縁型住民組織)が形成されており、それを生活の
基盤としながら、住民が中心となり、地域の自治にあたってきた。しかし、その特徴である
長年の習慣や硬直化した内向きかつ排他的な人間関係が、近年のグローバル化による地域
間競争、人々の多様なニーズ・価値観への対応において、阻害要因となっていることは承知
の事実である。そして、その結果、小規模自治体では、中心商店街のシャッター通り化、若
年層の域外流出、域内における高齢化の進展等、地域コミュニティの基盤は大きく揺らいで
おり、また変質している。そのため、小規模自治体における地域コミュニティ及び地域経済
の再活性化は急務であり、本章で論じる意義は大きい。
本章では「観光まちづくり」に成功した、長野県小布施町を先駆的な事例として取り上げ
る。小布施町は、住民主導の「まちづくり」によって交流人口が増加し、観光で成功したま
ちである。そして、それが「観光ブランド」化した町である、そのため、小布施町の事例は、
多くの研究者によって扱われ、議論されてきた。例えば、矢吹(2010)1は、この対内活動と
対外活動の連関という観点から、小布施町のブランド構築プロセスを図表 1 のように、4 段
階に分けている。
図表 1 小布施町のブランド構築プロセス
123
出所:矢吹(2007)p219
矢吹(2010)によれば、第一期は小布施堂の社長を中心に、生活者自らの生活の豊さや楽
しさを感じることができる地域にするための諸活動を実施し始めた時期、第二期はその活
動に同調/協調する動きが出始め、様々な主体による地域資源ブランド構築の諸活動が、
「生
活者にとって暮らしやすい空間づくり」をコンセプトに連携されて、町全体に対する誇りが
多くの住民に芽生え共感されるようになった時期、第三期は先進事例としてマスコミや口
コミの形で地域の「外」へ伝達され、生き生きと楽しく暮らす人々の姿に魅力を感じ観光客
が吸引され始める時期、そして第四期は「地域の外で住む町が評価されている」という事実
自体が、住民の「誇り」を増大させ、対内ブランドをより一層強化し始める時期である。
つまり、端的に言えば、第一期は地域によるインフルエンサー及びリーダーによるまちづ
くりを起因とするブランドの萌芽期、第二期はそれを町内で「ブランド」として認識・浸透
させていく波及・発展期、第三期はその対内ブランドを対外ブランドとして認知・浸透させ
ていく外部との接触期、第四期はその対外ブランドにおける評価が対内ブランドの更なる
強化に繋がる時期であるといえる。
矢吹(2010)が示した小布施町における 4 段階のブランド構築プロセスモデルは、住民の
活動に起因する地域ブランドの構築プロセスのモデルとしても大変意義がある。しかし、特
に最も重要である BI を創造する段階における、波及、集積、連携、ひいては情報化に至る
には、誰が小布施町の地域資源を活用したコンセプトを策定・実行し、また、ステークホル
ダーとの関係性はどうなのかという点については不明確なままである。そのため、本モデル
は実用的でなく、他地域への応用は困難であるといえる。また、その他の研究については地
域ブランドとの関連というより、むしろ、「観光」の成功を構築主体のリーダーシップ(後
述する小布施堂の市村郁夫氏)に帰結しているものが多い。
そこで、本章においては、先の金沢市、川越市と同様、いかに、地域 ID と BI を一致させ
た地域 BID を創造し、
観光まちづくりを行うか、という観点から、
「まちづくりコンセプト」、
「観光まちづくりコンセプト」
、
「地域資源」、
「地域 ID」、
「BI」の連関を意識しながら論じ
ていく。
124
その目的を達成するため、第二項及び第三項においては、小布施町の概要及び小布施町に
おける「まちづくり」のプロセスを概観する。そして、第四項では小布施町の「まちづくり」
が限定主体によって行われていることを明らかにし、その後、「観光まちづくり」における
地域 ID と BI の一致を意識しながら、議論する。なお、本事例は主に文献調査及び筆者によ
る観察等、定性的な方法によって分析される。
第二項
小布施町の概要
小布施町は長野県北部の長野盆地に位置する人口約 1 万 1 千人2の小さな町である。文化・
文政期には、北信濃の経済の中心地として、豪農豪商の文化が花開き、江戸、京都、大坂な
どから多くの学者や文化人が訪れていた3。葛飾北斎(以下、北斎と略す)4もその一人であ
る。北斎は晩年、小布施の自然の美しさ(東には雁田山<標高 786 メートル>、西には千曲川
が流れ、その向こうには飯綱山、戸隠山、黒姫山、妙高山、斑尾山が連なる北信五岳がある)
に魅せられ、江戸から複数回、足を運んでおり、小布施町において数多くの作品を残した。
その北斎を厚遇したのが豪農豪商の一人であった高井鴻山(以下、鴻山と略す)5である。
鴻山は若くして京都、江戸に遊学し、書画文芸・陽明学等を学んだ。そして、当時の重要な
思想家・文化人と交流しながら、郷土の変革に大きく貢献した6。
こうした歴史的背景から、小布施町には二人を記念した北斎館(1976 年完成)7と高井鴻
山記念館(1983 年完成)8がまちの中心にある。そして、その周りには、複数の博物館と美術
館がある等9、まるで町全体がミュージアム化されたような文化的な雰囲気が漂っている。
農作物ではりんごやぶどうといった果物が有名であるが、町の差別化に大きく寄与して
いるのはなんといっても「栗」である。特に、まちの中心に位置する小布施堂10が中心とな
って開発した栗菓子は小布施町の主力商品として、域内外に販売されており、地域資源ブラ
ンドとして、小布施ブランドに正の影響を与えている。なお、栗菓子は文化・知的交流等を
通して、茶の湯ととともに普及が進んだ和菓子からヒントを得て開発されたものであると
いう11。
このような文化施設の建設とその活用や農産物を通じた振興は、他の自治体においても
量・質ともに同程度取り組んでいる。そのため、本来であれば小布施町がこういった地域資
源で他の自治体との差別化を実現し、地域としての独自性を発揮することは困難である。し
かし、小布施町は観光地としての「小布施ブランド」の確立に成功した。それでは具体的に
何が今日の小布施ブランドの構築に寄与し、その価値を高めたのだろうか。その中心は下記
に述べる「修景」という概念に基づいて設計され、具現化された「修景地区」の存在である
と筆者は考える。
「修景」とは、
「景」観を「修」復することであり、国の重要伝統的建造物群保存地区12を
核とするいわゆる町並み保存とは異なる。川向(2010)によれば「町並み保存とは、「歴史
的町並みの文化財としての保存」であり、歴史的な様式形態や保存継承が重視される。それ
に対して、小布施の修景は、
「歴史的形態とその組み合わせの正確さよりも、昔からその土
125
地にある材料・スケール・プロポーション・密度・配置等で生み出される空間、あるいは空
間のもつ雰囲気が重視される。大切なのは、全体の景観」であるという。また、この概念を
実際に具現化した建築家の宮本忠長(以下、宮本と略す)によれば、
「人の生活がある。生
き生きとした景観」である。なお、修景地区は、正確には、南は北斎館から北は大日通りま
で、東は栗の小径から西は国道 403 号線までの 150 メートル×200 メートルの一街区を指
す。しかし、実際は、住民及び観光客には、修景前に誕生した「北斎館」や「笹の広場」、
修景事業後に誕生した「オープンガーデン」(後述)を含めて修景地区と捉えられている13
(図表 2)
。
図表 2 小布施町「修景」地区
出所:川向(2010)p20
こうした地域資源に魅せられ、小布施町には 2008 年現在、人口の約 10 倍にあたる年間
約 112 万人の観光客が訪問している14。筆者が 2014 年 3 月に行った観光客に対するインタ
ビューにおいては「次は別の季節に来てみたい」と語る客も多く、リピータ客も多い。実際、
2008 年度の平均リピート率(何回訪れたか)は長野県内の他の観光地と比較すると、3.91
と調査地点の中では最も高い数字となっている15。そのことは、年間を通じて、観光地とし
ての「小布施ブランド」が域外に認知・浸透し、既に確立されていることを意味しており、
小布施町は同程度の人口を有する全国の自治体と比較し、異彩を放っている。
第三項
小布施町のまちづくり
本項では、小布施町における「まちづくり」を概観する。小布施町のまちづくりのプロセ
スは、大きく四段階に分けることが可能である。第一期は、まちづくり理念が創造された黎
126
明期、第二期はそれを活用し、行政に頼らないまちづくりが内外に浸透していった時期、第
三期は観光地としての萌芽期(小布施ブランドの発展期)、第四期が観光地としての発展期
(小布施ブランドの成熟期)である。
第一節 第一期(まちづくり理念の創造)
第一期は 1960 年代から始まる。1960 年代は、戦後の高度経済成長の時期であり、日本中
が近代化し、工業化・都市化していった時代である。一方、若者が大都市圏に移り住むよう
になり、地方では若年層の人口流出に伴う人口減少が進んでいった時期でもある。小布施町
においても例外ではなく、1963 年には人口が 1 万人を割り、過疎化しつつあった16。
そこで、1969 年、当時小布施堂社長であり、小布施町の町長であった市村郁夫(以下、郁
夫と略す)は、開発公社を町内で 5 か所設立し、宅地の造成と分譲を進め、新しい住民の獲
得を目指した。この施策は成功し、人口減少に一定の歯止めがかかった。しかし、郁夫は、
旧住民が誇りを取り戻さなければ、その開発公社は単なるベッドタウン化してしまうとも
考え、造成の際、50 区画程度を散財させ、新旧住宅地を混在させた17。これは、新旧住民が
交流できるような「場」の創出である。郁夫は「多様性に富み、活力に満ちて、自立したま
ち」をまちづくりの理想とし18、多様な価値観が混じり合うことは新たな活力を生み出す原
動力になると考えており、この郁夫の考えは後の小布施町におけるまちづくりの基盤とな
った。
なお、この時期に「北斎館」がつくられているが、これは、郁夫が構想し、建築家の宮本
が設計したものである。宮本は「北斎館」の設計以降、郁夫が描くまちのイメージを具現化
するパートナーとして長きにわたり重宝され、郁夫の懐刀として活躍した19。
第二節 第二期(行政に頼らないまちづくり)
郁夫が掲げた理念は、その息子である市村次夫(現小布施堂社長、以下次夫と略す)と同
い年のいとこである市村良三(2006 年から小布施町の町長、以下、良三と略す)に引き継
がれた。彼らの活動は、1982 年、行政が「道路拡幅」、「沿道家屋の後退にともなう建て替
え」
、
「駐車場の確保」という三点セットを推し進めようとしていたことに対して、異を唱え、
当事者である住民と地権者が中心となって集まって議論し(5 者会議:小布施町、栗菓子店
(小布施堂)
、信用金庫支店、住民 2 件)、新たな構想を練った20ことが始まりである。この
ような発想は、1981 年に策定した第二次小布施町総合計画に「すぐれた自然景観と文化景
観がほどよく調和した“小布施の格調”を維持し育てるとともに、今まで等閑視されてきた
まちの景観についても、住民の協力を得ながらつくりあげていきます。」という基本目標に
基づいている21。この時、彼らが提案したのは、行政が提案するまちの個性を消失させるよ
うな取り組みではなく、まちのシンボルである「北斎館」と 1983 年に新たに開館予定であ
った「高井鴻山記念館」を結ぶ一面を歴史文化ゾーンとするというものであった22。ただ、
その際、町並みを観光地化するのではなく、
「日常生活」の中で、事前に歴史文化が感じら
127
れるような環境を整備すること、つまり、古いものは古いものとして残し、それらとの連続
性を保ちながら生活環境をつくりあげようと考えた23。これは、先に述べた「修景」の概念
そのものである。現在の小布施ブランドの中心に位置する「修景」はまさにこの時に創造さ
れたといえるだろう。
その後、次夫と良三は 1982 年から 5 年間かけて、畑の畦道を栗の小径(栗の間伐材を使
った舗道、図表 3)とする取り組み24を始めとし、町並みに適合した建築物の改築等を行い
ながら、小布施町における景観整備に努めた。そして、彼らの「修景」活動に賛同した地域
住民が自主的に景観整備事業に参加するようになる。その時のコンセプトは「外はみんなの
もの、内は自分たちのもの」25であった。
図表 3 栗の小径
出所:筆者撮影
第三節 第三期(観光地ブランドとしての萌芽期)
第三期は、唐沢彦三(以下、唐沢)が町長の時代(1989 年~2005 年)と重なる。唐沢が
行ったこととして特筆すべきは、
「景観を小布施町のまちづくりの核としたこと」、
「小布施
ブランドの体系化」
、そして、
「小布施ブランドの構築をまちづくりの戦略の一つとしたこと」
であると筆者は考える。
唐沢は 1990 年、
「小布施町うるおいのある美しいまちづくり条例」26を制定した。これは、
小布施町のまちづくりは「景色」を中心に取り組んでいくことを域内外に明示したことを意
味しており、
「オープンガーデン事業」27はそれを強化する取り組みの一つである。
「オープ
ンガーデン事業」とは、2000 年頃から主婦たちが、自らの庭に季節の花々を植え、きれい
に整えた庭を解放する取り組みであり、唐沢が 1989 年から 10 年間、町の主婦たちを欧州
に「はなのまち」の視察目的で派遣したことに端を発している。現在では小布施ブランドに
おいて欠くことのできない地域資源ブランドとなっている。
図表 4 オープンガーデンの看板
128
出所:筆者撮影
さらに唐沢は 2004 年 2 月、
「自立に向けた将来ビジョン」28の中で、「小さな町のメリッ
トを活かし、にぎわいと交流のまちづくり」を掲げ、その手段の一つとして、町として始め
て公式に「生活文化をブランド」にすることを宣言した。そこでは、
「地域固有の資源と人々
の意欲的な活動により生活文化を高める」、
「小布施ブランドの確立により、自立する町のア
イデンティティと誇りを築く」とし、ブランド構成要素として、
「文化」、
「花」
、
「産業」、
「環
境」
、
「健康」
、
「教育」をあげた(図表 5)。また、行政手続きとしては、2006 年 2 月に景観
行政団体29となり、町独自で景観行政に取り組むことを明確化するとともに、同年 3 月には
小布施町景観計画30を策定した。
図表 5 小布施ブランド
129
出所:小布施町「自立に向けた将来ビジョン」(2004)8p
一方、次夫と良三は「修景」事業が軌道になり始めた 1993 年、主に観光ガイドの役割を
担う民間の「まちづくり組織」として、株式会社ア・ラ・小布施31を設立した(住民 54 人に
よって設立、良三が代表取締役社長)。これは、良三が企画書を小布施町に提出し、承認さ
れ、町から 100 万円の出資を受けたことに端を発している32。ア・ラとはフランス語の a, la
であり、
「~風に」
「~流に」という意味であるから、そのまま訳せば「小布施風に、小布施
流に」ということになる。この名前からも小布施町の独自性を追求する姿勢が伺える。なお、
ア・ラ・小布施の出資者は「賃金、労力、アイデアなど、持てる資源を提供するが、直接の
見返りは求めない。その代わりに事業活動の成果として、小布施町全体が向上することの恩
恵を、活動に携わった住民として楽しみあう事」としている33。なお、会社形態は第三セク
ターであるが、行政からの補助金はいっさい受けていない。そのため、主に宿泊事業、飲食
(喫茶)事業、コンサート、音楽祭等のイベント事業、地元商品の委託販売等で得た収益を
130
運営費に充てている34。
第四節 第四期(観光地ブランドの発展期)
第四期は、観光等を通して交流人口が増加したことで、
「生き生きした生活文化」という
小布施全体ブランドが域内外に確立された時期であると同時に、小布施ブランドのさらな
る強化・発展に取り組んでいる時期である。その活動の中心は次夫と協力し、まちづくりに
尽力してきた良三である。良三は 2006 年に小布施町町長に就任したが、就任後は積極的に
外部の意見、若者の価値観等を取り入れながら、リーダーシップを発揮している。例えば、
小布施のこと(
「観光」
「農業」
「教育」
「コミュニティ」
「ビジネス」等「将来に向けての方
法、手段」
)をテーマとして、2012 年より開催している小布施町若者会議35(参加は 35 歳以
下)はその一例である。
第四項
限定主体のマルチロール性
ここまで小布施町の概要及び「まちづくり」とその「まちづくり」を基盤とした小布施町
のブランド化までの経緯を概観した。これらをあらためてステークホルダー(住民、企業、
行政)ごとに時系列としてまとめたのが図表 6 である。
図表 6 小布施町のまちづくり及び小布施ブランドに寄与した構築主体
年
住民
企業
行政
(参考)
町長
~76 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14
・「修景」コンセプトの創造及び活動(1982-1986)
(市村次夫、市村良三を中心とした活動)
・ア・ラ小布施設立(当時の社長は市川良三)、活動の組織化(1993)
・枡一市村酒造場創業(1755)、設立(1951) 、2014年現在の社長は市村次夫
・小布施堂設立(1923)
・小布施堂本店開業(1987)、2014年現在の社長は市村次夫
・北斎館開館(1976) ・高井鴻山記念館開館(1983)
・オープンガーデン事業開始(2000~)
・主婦を欧州へ派遣(1989-1998)
・ブランドの整理及び戦略的活用(2004~)
・小布施町若者会議(2012~)
・市川郁夫<当時小布施社長>(1969-1979)・唐沢彦三(1989-2005)<1992年より北斎館の理事長> ・市川良三(2006-)
・中村功(1980-1984)
・葦沢明義(1985-1989)
出所:筆者作成
まず、北斎館の建設は、郁夫が企業(小布施堂)と行政(町長)の役割を担い、構想段階
から関わり、さらに、その後も財団法人「北斎館」初代理事長につく等、その普及の一役を
になった。また、当時、住民と企業(小布施堂)の役割を担った次夫と、住民と行政(現町
長)の役割を担った良三は、当時行政に反対し、
「修景」構想を立案したが、次夫は構想だ
けに終わらず、小布施堂を「修景」し、
「修景」のシンボルとするなど、
「企業」として小布
施町の「修景」コンセプトの浸透に大きく寄与した。さらに次夫と良三はア・ラ・小布施を
構想・設立したが、良三はその「第三セクター」の初代社長に就任し、その後の運営にも深
く関わった。これらから分かるとおり、小布施町はごく限られた人たちがリーダーシップを
とることによって、場面に応じて、行政、住民、企業等の役割を変えながら、発展してきた
131
といえる。本稿ではこれを「限定主体によるマルチロール性」とよぶ。つまり、小布施町の
まちづくり及びその後の小布施町のブランド化は、限定された主体によるマルチロール性
によって策定、推進、実行されたのである。従って、第四章と第五章で論じたような、行政
から地域住民に対する主体転換は基本的に行われていない。むしろ「主体維持」であると言
えよう。しかし、その他地域住民の協力なしでは、まちづくりは行われないこともまた事実
である。そこで、本章においては、第四章、第五章とは異なり、この「限定主体」の立場か
ら「まちづくりコンセプト」
、
「観光まちづくりコンセプト」、
「地域資源」
、
「地域 ID」、
「BI」
の連関に注目しながら論じていく。
第五項
限定主体の活動と地域 BID 創造
第一節 コンセプト・BI の創造
ここまで見たように小布施町のブランドコンセプトは、2004 年に発表された「自立に向
けた将来ビジョン」により、最終的に「生活文化の創造」となったが36、ここに至るまでに
「文化」
「修景」
「花」という「まちづくりコンセプト」が「限定主体」により創造されてき
た。本節においては、まず、それぞれのコンセプトが創造されたプロセスを、その構成要素
である「地域資源」から論じる。
1.「文化」コンセプト:北斎館と高井鴻山記念館
北斎館(1976 年)と高井鴻山記念館(1983 年)は、小布施町の歴史的背景を活用して(高
井<市村>鴻山は小布施堂一族の第 12 代目にあたる人物)
、当時、桝一市村酒造場及び地元の
栗菓子店である小布施堂の社長だった郁夫が主導して創造したものである。郁夫は、財団法
人「北斎館」初代理事長につく等、建設時だけでなく運営にも尽力した。郁夫は「北斎館」
の建設にあたり、長野県須坂市出身で建築士の宮本を活用した。宮本は「北斎館」建設後も
国会で郁夫との癒着が追及されるほど、郁夫の懐刀として重宝され、郁夫のまちづくりにと
って、欠くことの出来ない人物であった。
なお、
「北斎館」は開館後、すぐにメディアに大きく取り上げられ、域外に対する小布施
町の認知度は大きく向上することとなる。そして、小布施町は、その後、
「文化のまち」を
コンセプトとし、1983 年には高井鴻山記念館が、1992 年にはおぶせミュージアム・中島千
波館を建設していった。
このような、地域の歴史的背景を活用して、歴史館を建設することはどこの地域も行って
いることであり、特段珍しいものではない。小布施町が結果として、他地域と差別化するこ
ととなったのは、個々の歴史館を「栗の小径」でつなぎ、その一体を「歴史文化ゾーン」に
したからである(
「栗の小径」は次夫と良三が、1981 年に策定した「第二次小布施町総合計
画」で謳われた「自然景観と文化景観のほどよい調和」を実現するため、1982 年から 5 年
間かけて創造された)
。つまり、
「栗の小径」は、物理的に「北斎館」と「高井鴻山記念館」
という 2 つの歴史館を結合しただけでなく、各歴史館の持っていた歴史コンテクストを融
132
合させ、さらに「歴史的空間」という新コンテクストを創造したことで、相乗効果が生まれ、
それが個々の歴史館の価値を高め、他地域との差別化に繋がっていったからである(図表
7)
。
図表 7
出所:筆者作成
2.「花」コンセプト:オープンガーデン事業
オープンガーデン事業は、当時市長であった唐沢が行った事業であり、主婦たちが、自ら
の庭に季節の花々を植え、きれいに整えた庭を解放する取り組みである。小布施町では昭和
時代から、自然を活かし、自治会花壇、公共花壇だけでなく、個人宅の花づくりも盛んであ
り、1980 年より花によるまちづくりが進められてきた。そこで、当時市長であった唐沢が、
「花」をコンセプトにして、オープンガーデン事業を考案した。オープンガーデン事業は、
1989 年から 10 年間、町の主婦たちが欧州に「はなのまち」の視察目的で派遣された後、2000
年頃からその主婦たちによって開始された。この事業は他の地域においては類をみないも
のである。この事業は今日においても継続されており「花」は、小布施ブランドを構成する
一要素となっている。
3.「修景」コンセプト
小布施町は季節ごとに変化する素晴らしい空間を歴史的に有していたことは先述したと
おりである。確かにこのような固有の景色を活かした「まちづくり」は全国でよく見られる。
しかし、その大部分は町並み保存の概念に基づいた景色の再創造であり、歴史的な様式形態
や保存継承が重視されている。そのため、全国で画一化された景色になる傾向にある。つま
り、
「景色」はコモディティ化されている。
小布施町の取り組みは、
「生き生きとした生活」と「自然景観」という二つの地域資源を、
歴史を考慮しながら融合させ、バランスのとれた「全体景観」を追求することであった。こ
うした考えから創造された概念が「修景」であり(図表 8)。このような取り組みは他自治
133
体に見られない。
図表 8 「修景」とコンテクスト
出所:筆者作成
「修景」は全体景観を重視する取り組みであったため、後に、住民に「調和意識」と「内
と外の意識」をもたらしている。というのは「修景」は「個」
(自分の住居)だけでなく「全
体」
(地域空間)景観を目指す必要があり、その過程で、
「内」と「外」との関係性を住民は
考える必要があったからである。そして、この「内」と「外」との関係性は、「外はみんな
のもの、内は自分たちのもの」という「修景」におけるあらたな共通コンセプトに発展し、
域内の住民間だけでなく、域内と域外の間の境界線(観光による交流を想定)をとらえる意
味で、重要な役割を担うこととなった。例えば先に述べた「オープンガーデン」事業に参加
している庭は、住民にとって「外」であり、
「内」ではない(観光客にとっては「内」と捉
える傾向にある)
。この関係性は、コモンズの概念と類似している。コモンズ(commons)37
とは、草原、森林、牧草地、漁場などの資源の共同利用地(オープンスペース)のことであ
るが、都市化、工業化に伴い、これらは破壊されてきた。そのため、この概念は近年では地
球環境の保全の手段として、また、地域コミュニティのあり方そのものを見直す手段として
注目されている(日本の入会もまたコモンズの一種とされる)。小布施町における「内」と
「外」との関係性は、まさにこのコモンズに対する住民の「思想」と「姿勢」を表現したも
のであり、
「修景」はそのカタリストとしての機能を果たしたといえよう。
「文化」
「花」
「修景」というコンセプトは、このようなプロセスによって「まちづくりの
コンセプト」となり、小布施町は発展してきた。これらのコンセプトは、ここまで見てたき
ように、いずれも他自治体とは一線を画している。つまり、
「限定主体」が意識する・しな
いにかかわらず、これらのコンセプトは、外部から魅力あるコンセプトであったからである。
そのため、それらの地域資源は自動的に BI のシンボルとなり、小布施町に観光客が来るよ
うになった。さらに、地域の住民が「修景」や「オープンガーデン事業」にかかわることで、
住民は「内」と「外」との関係性を意識することとなり、それが「観光客」を受容する基盤
となり、
「観光まちづくり」が推進されたと捉えることが可能である。
134
第二節 地域 ID の創造
前節では限定主体による「まちづくりコンセプト」について述べた。限定主体は、金沢市
や川越市と同様、既存の地域資源に対してコンテクストに注目し、まちづくりコンセプトを
創造していた。また、そのプロセスで新しく地域資源を創造することもあった。そして、そ
れらは他地域と差別化されていたため、
自動的に BI のシンボルとなり、観光客を誘引した。
果たして、その BI はどのように地域住民の地域 ID にもなったのであろうか。
そもそも「空間」に対する興味・関心、見方は人・組織によって異なる。そのため、通常、
その創造、管理・保全方法について、コンフリクトが発生する傾向にある。実際、桑子(2009)38
は特に社会的合意形成の視点で地域を分析する際、空間構造、空間の履歴、人々の関心懸念
という三要素の包括的把握が必要であると主張しており、限定主体が創造した地域資源が
自動的に地域住民の地域 ID になるとは考えられにくい。そのため、第四章で述べた金沢市
においては、金沢市から地域住民に対して主体を転換させるドライバーが種々様々に存在・
活用されており、地域住民を継続的に関わることを促進する自治体の仕掛けがあった。果た
して小布施町においてはどうなのか。
まず、
「花」
(オープンガーデン事業)コンセプトであるが、これは、当時市長であった唐
沢が「自治体」のコンセプトとして策定したものである。唐沢は、その事業を主婦たちが確
実に実行することができるよう 1989 年から 10 年間、主婦を欧州へ派遣した。「花」コンセ
プトにおいては、これが「主体転換ドライバー」となり、地域 ID として発展していったと
考えられるだろう。
次に「修景」について述べたい。この「修景」について、実際、目に見える形でドライバ
ーであると認識することができるのは、1993 年に次夫と良三が設立した「株式会社ア・ラ・
小布施」のみである。しかし、その「株式会社ア・ラ・小布施」は、既に限定主体の活動に
対して、町民が共感・理解を示し、町民の主体的な活動が開始された時期に「設立」された
ため、それは異なる。むしろ、町民の主体的な活動を加速化させるドライバーであったと言
えよう。それでは小布施町において、町民が限定主体の活動に共感及び理解し、主体的な活
動に至った要因はどこにあるのか。筆者は小布施町におけるソーシャル・キャピタル39の能
力が要因であると考える。
1. ソーシャル・キャピタルの定義
ソーシャル・キャピタルとは社会的資本と訳され、図表 9 に記したように古くから、その
概念が定義され用いられてきた。2000 年以降においては、OECD(経済開発協力機構)や世
界銀行においても用いられるなど、その重要性は増している。
図表 9 ソーシャル・キャピタルの定義
初期の
Hanifan (1916)
善意、仲間意識、相互の共感、社会的交流などをソーシャル・
135
研究
キャピタルとし、学校へのコミュニティ関与が重要である理
由を説明するために、その概念を用いた。
Jacobs(1961)
都市計画の分野で、都市部の社会的ネットワーク(隣人関係
等)などをソーシャル・キャピタルと表現し、その重要性を
説いた。(「アメリカ大都市の死と生」)
Loury(1977)
人種間の収入格差を説明するためにソーシャル・キャピタル
の概念を用いた。
Bourdieu(1986)
個人が権力や資源にアクセスするためのネットワークなど
をソーシャル・キャピタルとし、個人のソーシャル・キャピ
タルが教育機会や雇用機会を規定するとして、社会階層を分
化、固定化させる仕組みという観点から、その概念を用いた
Coleman(1990)
ソーシャル・キャピタルとは個人に協調行動を起こさせる社
会の構造や制度とし、合理的な個人が協調行動を起こすメカ
ニズムを、信頼・互酬性の規範・社会的ネットワークで説明
した。
Putnam
Putnam(1993)
・Making Democracy Work(邦題;哲学する民主主義)
による
ソーシャル・キャピタル概念を用い、南北イタリアの地方政
研究
府の制度パフォーマンスの違いを説明した。 ソーシャル・
キャピタルとは、
「信頼」
「規範」
「ネットワーク」といった社
会制度の特徴であり、人々の協調行動を促すことにより、社
会の効率を高めるものとした。
Putnam(2000)
・Bowling Alone
アメリカにおけるソーシャル・キャピタルの減衰状況を包括
的な州ベースのデータをもとに実証分析した。
2000 年
OECD
以降
ソーシャル・キャピタルを「グループ内部またはグループ間
での協力を容易にする共通の規範や価値観、理解を伴ったネ
ットワーク
世界銀行
Putnam の定義を狭義とし、ソーシャル・キャピタルに対し
て、
「社会構造全般と対人関係にかかわる個人の行為を規定
する規範全体」という非常に幅広い意味に解釈できる定義
出所:内閣府(2003)より一部修正
ソーシャル・キャピタルの代表的な研究者である Putnam(1993)40は、人々の協調行動を活
発化することによって、社会の効率性を高めることができるとし、ソーシャル・キャピタル
を「ネットワーク」
、
「互酬性の規範」(相互依存的な利益交換)、
「信頼」で構成されるもの
136
とした(図表 10)
。
図表 10 ソーシャル・キャピタルの概念イメージ
出所:内閣府(2003)
Putnam は、さらにソーシャル・キャピタルを Bonding(結束型)と Bridging(橋渡し型)
とに分け、その社会的帰結の相違を論じている(図表 11)
。
図表 11
Bonding(結束型) と Bridging(橋渡し型)の違い
Bonding
Bridging
結びつきの度合い
強い
弱い
特徴
排他的
包含的
関係
同質―結束
異質―つなぐ
方向性
共益目的
公益目的
出所:Putnam(2000)
Bonding は、コミュニティ内部の同質な他者との高頻作用と、コミュニティ外部へ広がる
紐帯が比較的少ないクローズドな構造を持つとされている。一方、Bridging はコミュニテ
ィ内部の異質な他者と利害の調整を経験することで、成員の協働のスキルや社会的寛容性
を養い、社会参加や政治参加を促進する。また、Bonding と Bridging に加え Linking(連結
型)もソーシャル・キャピタルの機能として分類される。Linking とは公的機関(行政等)
から資源や情報を得て活用する能力である。
先述したように、小規模自治体においては、長年の習慣や硬直化した内向きかつ排他的な
人間関係、つまり、住民は限定したつながりに依拠していることが多い。これは、
Putnam(2000)の分類によれば、
「Bonding」である。しかし、2000 年に入り、地域はグローバ
ルな地域間競争下にあり、Bonding の特徴である排他性、閉鎖性は、その対応において阻害
要因となっている。従って、小規模自治体において外部からの評価を基盤としている地域ブ
ランドを「限定」主体が中心となって構築することは困難であることが多い。この困難を克
137
服するための方策の一つは、Bonding の「排他性」をいかに「協調」に転換させるかであり、
それを実現するには、
「内」を異質な「外」と接触させる機会をできるだけ多く創出させる
ことである。それでは、本章で取り上げた小布施町におけるソーシャル・キャピタルについ
て見てみよう。
2.小布施町におけるソーシャル・キャピタルの活用
結論を先取りすれば、小布施町においては、
「Bonding」、
「Bridging」、
「Linking」の能力
が元々存在しており、それらが主体転換プロセスにおける段階に応じて適切に活用されて
いた。そして、その結果、限定主体が創造した地域資源が地域町民にとっての地域 ID のシ
ンボルとなり、地域 BID が創造された。
まず、町民が限定主体の活動に共感と理解を示す段階においては、Bonding 能力が活用さ
れたと考えられる。すなわち、小布施町における住民同士の「強い結束力」及び町民の限定
主体に対する「信頼」が、限定主体の活動を基盤とした町民の主体的な行動に繋がったとい
うことである。これは「限定主体」
(次夫と良三)が、元々地域におけるインフルエンサー
であり、他の町民との間に信頼関係が構築されていたこと、そして、その信頼関係の構築は、
次夫と良三が、郁夫と同様、異質な住民とのコミュニケーションを円滑に受け入れる素地及
びマインドを有していたことと無関係ではない。Fukuyama(1995)は、ソーシャル・キャピタ
ルについて「信頼が社会に広く行き渡っていることから生じる能力」と定義しているが、ま
さに小布施町においてはこのような信頼を基盤とした Bonding 能力が歴史的に蓄積されて
おり、それが存在していたからこそ、町民は「限定主体」に従い、また、主体的に活動して
いったと考えられる。そして、その活動通して、町民にとっての地域 ID となり、また、限
定主体と町民との間の Bonding 能力はさらに高まっていった。
次に町民の主体的な活動が加速化していく段階においては、Bridging 能力が活用された
と考えられる。特に、
「株式会社ア・ラ・小布施」の設立は、もともと存在していた小布施
町における Bridging 能力を顕在化させるとともに向上させた。というのもこれまで属人的
に「限定主体」が中心となって行われていた活動がまちづくりのコンセプトとなり、それが
機能していたが、
「ア・ラ・小布施」の設立によって、公式に「観光まちづくり」へと舵が
切られ、それによって、域外との交流機会が増加したからである。そして、そのプロセスに
おいて、好意的なフィードバックが域外から数多く寄せられ、それが町民の抱く地域 ID の
強化に繋がっていったと考えられる。
最後に Linking についてだが、これは小布施町では、「限定主体」が、行政を含む様々な
役割を果たしてきた(マルチロール性)ため、彼らが行政の資源や情報を活用する能力
(Linking)を有していたことは疑いの余地はない。先の「株式会社ア・ラ・小布施」は補
助金等を行政から一切受けとっていない組織であるが、小布施町においては、限定主体が行
政の役割をも担っていることを考えると、その運営等において、行政が全く関わっていない
とは言えない。
138
なお、このような小布施町におけるソーシャル・キャピタルの存在と、小布施町において
は、各種イベントによってその能力が向上していったことは、先行研究においても制度論を
超えて既に明らかになっている。例えば、山村(2007)は、NPM(New Public Management)
の特徴と比較しながら、
「マインド」
、
「権限の所在」
、「意思決定方法」、
「経営戦略」、
「管理
手法」
、
「目標管理」
、
「活動領域」
、
「活動の志向性」から小布施町におけるソーシャル・キャ
ピタルの存在について明らかにした。また、北海道知事政策部(2005)は、
「修景事業」、
「オ
ープンガーデン事業」
、
「株式会社ア・ラ・小布施の設立」が、小布施町におけるソーシャル・
キャピタルを醸成する要因となったと述べており、それらの活動が小布施町におけるソー
シャル・キャピタルの能力向上に繋がったことを示唆している。さらに、以下は、都道府県
レベルの調査であるが、平成 14 年度内閣府委託調査「ソーシャルキャピタル-豊かな人間
関係と市民活動の好循環を求めて-」によれば、長野県のソーシャル・キャピタル指数は 0.6
であり、全国都道府県の中では上位第 6 位に位置している。その中でも特に小布施町がある
長野県は、
「友人・知人との職場外でのつきあいの頻度」(Putnam の分類で言えば「ネットワ
ーク」
「Bonding」)、
「一般的な信頼度」
(Putnam の分類で言えば「社会的信頼」、
「ボランテ
ィア・NPO・市民活動への参加状況」
(Putnam の分類で言えば「互酬性の規範」
「Bridging」
)
が高い。
このように小布施町には、Bonding、Bridging、Linking の三つのソーシャル・キャピタ
ルが存在しており、各フェーズによって、その能力が量的・質的に変化(向上)し(図表 12)
、
そして、限定主体が意図する・しないにかかわらず、それらが対峙することなく、円滑に活
用・運営されてきたことで(図表 13)
、BI と一致する地域 ID もまた創造されたのである。
図表 12
BI 創造におけるソーシャル・キャピタルの活用と変化
出所:筆者作成
図表 13 限定「主体」が必要なソーシャル・キャピタルの能力
139
出所:筆者作成
なお、先の平成 14 年度内閣府委託調査(2002)では、
「結合型 (Bonding)SC と橋渡し
型(Bridging) SC は、互いに相反するものではない可能性が高い」と述べているが、小布
施町の事例はまさにそれらの能力がトレードオフの関係ではなく、共存することが可能で
あることもまた、実証していると言える。
第三節 事例による含意
ここまで、限定主体の立場から「まちづくりコンセプト」、
「観光まちづくりコンセプト」
、
「地域資源」
、
「地域 ID」
、
「BI」の連関を中心に論じてきた。小布施町においては、限定主
体がコンテクストを活用して地域資源を創造した結果、
「文化」
「花」
「修景」という「まち
づくりコンセプト」が生まれた。そして、その「コンセプト」は、外部から魅力的なもので
あり、他地域と差別化されたものであったため、それが自動的に BI となり、観光客が来る
ことになった。また、町民もこのコンセプトを受容し、関連する地域資源にかかわることで、
地域 ID が創造され、それは地域 BID となったが、その主要因を本稿では小布施町における
「ソーシャル・キャピタル」の能力とした。そして、その後、観光ガイドとしての機能をも
った「ア・ラ・小布施」が設立されたことで、さらなる域外との交流機会が増加し、そして、
町民の主体的な活動が促進されたことで、地域 BID は強化されていった。
つまり、この事例はコンテクストによって差別化された「まちづくりコンセプト」は、
「観
光まちづくりコンセプト」として機能し、BI を創造することが可能であること、そして、
地域のソーシャル・キャピタルがうまく活用・運用されれば、町民の間に BI と一致した新
たな地域 ID が創造され、地域 BID ができる可能性があること、さらに、域外との交流機会
が増加すれば、その地域 BID は強化されていく可能性があることを示唆している。
第六項
小括
本章は、域内において、自治体と住民等のステークホルダーの区分が不明確である小規模
の観光まちづくりにおいて地域 ID と BI を一致させた事例として小布施町をとりあげた。
まず、小布施町の概要及びまちづくりについて概観し、その後、そのまちづくりプロセスに
140
おいて常に中心的な役割を果たしていたのが、ごく限られた人たちであること、そして、そ
の人たちが場面に応じて役割を担っていることを明らかにした。筆者はこれを「限定主体の
マルチロール性」と呼んだ。このような限定主体、つまり、地域の有力な人たちが、常にま
ちづくり等の中心に位置していることは、歴史的経緯もあり、小規模自治体においては、よ
く見られる。地域の有力な人たちは、歴史的に日本酒蔵元であり、地域社会のリーダーであ
る場合が多いが41、小布施町においてもまた、1755 年創業の造り酒屋「桝一市村酒造場」42
の家系出身である郁夫、次夫、そして、そのいとこである良三が、主体的にまちづくりの中
心を担ってきた。こういった背景が、彼らのリーダーシップの発揮を可能にし、その他町民
と良好な関係を築いてきたと言えるだろう。
そこで、第四章の事例研究とは異なり、行政ではなく、
「限定主体」の立場から「まちづ
くりコンセプト」
、
「観光まちづくりコンセプト」、
「地域資源」、「地域 ID」、
「BI」の連関を
中心に論じてきた。
「限定主体」はコンテクストを用いて魅力ある地域資源を創造しており、
第四章で述べた金沢市と金沢市民の事例に類似している。
しかし、地域資源が乏しい小規模自治体においては、既存の地域資源を活用するというよ
り、むしろ新たな地域資源の戦略的な創造が必要である。小布施町における戦略的創造とは、
「修景」であり、それが、結果として小布施ブランドの確立に大きく寄与した。確かにこの
コンセプト及び取り組みは、当初より BI を意識して創造されたものではない。また、戦略
的に取り組まれたものでもない。その背景にあったのは、行政の計画によって無機質な景色
になることを回避しようとした次夫、良三の小布施町への想い及び情熱から生み出された
ものであろう。従って、
「修景」が結果として小布施ブランドの中核となったのは、偶然の
産物であった可能性が高い。しかし、たとえそうであったとしても、本事例は、他の自治体
と差別化可能な BI を創造することができれば、域外から認知され、当該地域への訪問数が
増加することで、地域活性化が促進される可能性があることを示唆している。
また、その際、考慮に入れる必要があるのが、「限定主体」間及び「限定主体」とその他
町民との間の関係性である。小規模自治体においては、コミュニティの特徴の一つである
「ソーシャル・キャピタル」を基盤としていることが多い。そのため、地域のソーシャル・
キャピタルの能力である Bonding、Bridging、Linking という 3 つの能力が適切に活用・運
用されれば、限定主体の取り組みは、一般町民等から理解及び賛同を得ることが可能であり、
また、それが町民の主体的な活動へと繋がることで限定主体が創造した地域資源は、町民に
とっての地域 ID のシンボルとなり、地域 BID が創造されるのである。
なお、地域 BID が創造され、確固たる小布施ブランドが創造された後も、小布施町はブラ
ンド維持のため(サステナブルにするため)
、積極的に「若者」
「よそ者」の視点を取り入れ
てきた。例えば、小布施堂は「小布施ッション」43を主催(毎月 1 回ゾロ目の日に開催)し、
各界で先駆的な仕事をしている外部講師を招く等、情報交換及び交流の場を創造している。
外部との交流という意味では、
「株式会社ア・ラ・小布施」がその役割を担い、ブランドと
しての礎を築いたことは先述した通りである。これらから、いかに小布施町が外部との交流
141
を重視し、これまで取り組んできたかが分かるだろう。
こうした外部と交流がさらに促進され、新しいアイデアが創造され、そして、それらのア
イデアを町として積極的に取り入れ続けることができれば、
「小布施ブランド」はさらにサ
ステナブルなブランドとなっていくのではなないだろうか。
さて、ここで改めてここで、本稿における問いを確認したい。第四章において、金沢市と
川越市の事例から、その問いに対する解を提示したが、それらは、ステークホルダーが明確
な自治体であった。そこで、本章においては、小規模自治体であり、ステークホルダーが不
明確な自治体における解を提示する。本稿の問いは、「自治体は地域活性化に寄与する観光
まちづくりにおいて、地域資源を活用し、地域 ID と BI を一致させた地域 BID を創造する
ことは可能か。可能であるとしたらどのような方法があるのか。
」であった。そして、それ
に対する解は以下の通りである。
小規模自治体では、限定主体のマルチロール性によってまちづくりが行われていること
が多いため、自治体を限定主体に読み替えた上で、可能である。ただし、限定主体が「まち
づくりコンセプト」に「観光まちづくりのコンセプト(ブランドコンセプト)」の視点を組
み込んだ上で
①既存・新規の地域資源を、外部にとって魅力あるコンテクストを持つ地域資源に転換し、
それを BI とすることで可能。
②その BI のシンボルとなった地域資源に地域住民が主体的かつ継続的にかかわり、新たな
地域 ID が創造されることで可能。ただし、町民が主体的かつ継続的にかかわるためには、
地域におけるソーシャル・キャピタルが適切に活用・運用されている必要がある。
交通機関の発展や都市間競争等によって、小規模自治体による域外との交流機会は今後、
増加していくことが予想される。小布施町もまた現在、他の自治体のように、少子高齢化に
伴う人口減少44、キーパーソンとなる人たちの高齢化等の課題に直面しており、予断は許さ
ない状況にある。今後はいかに既存の地域 BID を継続・強化し、若い世代に地域 BID を継承
していく必要があるだろう。また、現町長である良三は現在三期目を迎えているが、その「軸
足が町の外を向いている」との批判の声45がある。観光まちづくりは域外にとって魅力的な
まちにする必要があるが、その前に域内の住民たちに目を向けなければ、構築された地域
BID は内部から崩れていってしまう。ソーシャル・キャピタルの観点から言えば、今後は町
民との Bonding の質をより高め、また、Bridging とのバランスが求められるということで
ある。そして、これまでに以上に、町民主体でビジョンを共有し、地域 BID の維持・強化に
向けた取り組みが必要となるだろう。
注
1
矢吹(2010)は、マーケティングネットワークの地域<包括>モデルを提唱し、その枠組みの中で小布施
142
ブランドの構築プロセスの説明を試みた。
2 2014 年 3 月 1 日現在、11335 人。小布施町 WEB サイト、http://www.town.obuse.nagano.jp より。
3 川向(2010)p46
4 葛飾北斎(1760 年 10 月 31 日~1849 年 5 月 10 日)は、江戸時代後期の浮世絵師。
『富嶽三十六景』や
『北斎漫画』が代表作。
5 高井鴻山(1806 年 5 月 3 日~1883 年 2 月 6 日)は、江戸時代の儒学者、浮世絵師。北斎の門人。
6 川向(2010)p3
7 葛飾北斎が晩年に小布施町に長く逗留し、画業 70 年の集大成をはかったことから 1976 年 11 月に開
館。
8 豪商であるが、画家、書家、思想家、文人として江戸末期一級の文化人であった高井鴻山に関する資料
が集積・展示されている。1983 年開館
9 例えば、1992 年には現代日本画家で、小布施出身の中島千波氏の作品を中心に展示している「おぶせミ
ュージアム・中島千波館」が開館されている。
10 1755 年創業(1951 年設立)した枡一市村酒造場が 1897 年~1906 年に栗菓子製造に乗り出し、当時の
缶詰技術と酒屋としての工場制生産方式を導入して「栗かのこ」を作った。これが小布施堂(1923 年株
式会社設立)の前身となった。
11 川向(2010)p46
12 重要伝統的建造物群保存地区とは、1975 年の文化財保護法が改正され、伝統的建造物群保存地区の制
度が発足。城下町、宿場町、門前町等、全国各地に残る歴史的な集落・町並みの保存が図られるようにな
った。国は市町村からの申出を受け、日本にとって価値が高いと判断したものを重要伝統的建造物群保存
地区として選定。
13 川向(2010)p19
14 2008 年度の年間観光客延人数 1,116,969 人。
15 小布施町以外の県内の観光地とリピート率は以下のとおり。上高地:3.74、美ヶ原温泉:3.45、松本
城:3.21、浅間温泉:2.98、黒部ダム:1.95。
16 川向(2010)p52
17 川向(2010)pp52-53
18 川向(2010)p53
19 川向(2010)p58
20 川向(2010)p75
21 小布施町「小布施町の景観への取り組み」
http://www.town.obuse.nagano.jp/soshiki/11/keikan.html を参照。
22 川向(2010)p76
23 川向(2010)pp76-77
24 川向(2010)p96
25 川向(2010)p77 それまでは建築家が不在で結果として「外」と「内」との関係がうまく設計されてお
らず、
「内」と「外」との関心の低さが、真の生活文化の向上を妨げていると考えられていた。
26 2006 年 4 月に改定。その主な内容は、環境デザイン協力基準、まちづくりデザイン委員会、景観計
画、景観形成重点地区等。国土交通省都市・地域整備局の「まち再生事例データベース」
http://www.mlit.go.jp/crd/city/mint/htm_doc/pdf/076obuse.pdf を参照。
27 1980 年から花によるが進められてきた。杉井 明美氏によって、発祥地のイギリスのオープンガーデン
「イエローブック」の「小布施版」を提案され、町が町報、同報無線、ガーデニングに取り組まれる方々
に直接参加を呼び掛ける形で開始(当初は 38 軒が参加)
。
28 自立に向けた将来ビジョンとして、
「お互いの顔が見える町」、
「「住みたい町おぶせ」を創る」
、
「一人
ひとりが健やかに暮らす町」
、
「小布施発六次産業」
、
「小布施流でおもてなし」
、
「生活文化をブランドに」
を掲げた。
29 景観行政団体とは景観法により定義される景観行政を司る行政機構であり、景観法に基づいた項目に
該当する区域に景観計画を定めることが出来る。景観行政団体数は 2013 年 1 月 1 日現在、568 団体。
30 小布施町景観計画は「小布施町うるおいのある美しいまちづくり条例」に基づき、小布施町の良好な
景観づくりに関する理念や町・町民・事業者の責務、景観法(平成 16 年法律第 110 号)第 8 条第 1 項
の規定により景観計画として定めるべき景観計画の区域、良好な景観づくりの方針、届出を要する建築行
為等とその行為に関する制限、町独自施策の自主的な地域づくり活動を行なう者等の認定及び支援等、景
観施策の基本的事項を定めたもの(小布施町景観計画より引用)
143
31
1994 年 11 月に設立。事業開始は 1995 年 4 月。2014.3 月現在の株主数は 55(人・企業・団体)であ
る。
32 川向(2010)p115
33 株式会社ア・ラ・小布施の経営哲学から抜粋。株式会社ア・ラ・小布施「会社概要」http://www.alaobuse.net/company/index.html を参照。
34 川向(2010)pp115-116
35 小布施町若者会議とは全国の若者が小布施町に集まり、小布施町のことについて語る会議のことで、
2012 年 9 月、
「第 1 回 小布施若者会議」が開催(240 人が参加)された。
36 2004 年 2 月、当時町長であった唐沢は、
「自立に向けた将来ビジョン」の中で、
「小さな町のメリット
を活かし、にぎわいと交流のまちづくり」を掲げ、その手段として「生活文化」を「小布施ブランド」と
することを謳った。そして、この宣言によって、①行政が域内の「修景」活動を戦略的な観光資源とする
こと、②「修景」という「非営利な活動」の「営利活動」への転換、が明確化された。つまり、この宣言
は、住民活動及び地域の中長期な方向性を明示するとともに住民のマインドに影響を与え、
「修景」活動
に対して主体的に取り組むことを促進するドライバーとしての役割を担った。実際、この宣言の前まで
は、自分たちが「生き生きと生活する」ことが第一義的な目的であり、その行動は小さな集団の域を脱し
ていなかったが、この宣言後、
「小布施ブランド」は確固たるものとなった。
37 コモンズ(commons)井上・宮内共編著(2001)『コモンズの社会学:森・川・海の資源共同管理を考え
る』によれば、コモンズの意味は、①みんなの共有資源(ローカル・コモンズからグローバル・コモンズ
まで幅がある(オープン・アクセス資源と類似した概念含む)②共有資源をめぐる人と人との関係を規定
する所有制度、である。
38 桑子(2009)はインタレストを「利得」ではなく「関心・懸念」捉えている。
39 ソーシャル・キャピタルは、市民活動に関する指標として使用されることが多い。
40 パッナム(1993)は、イタリアには南北間に州政府の統治効果に格差があるが、それはソーシャル・キ
ャピタルの蓄積の違いによると指摘した。
41 ENJOY JAPANESE KOKUSHU 推進協議会 資料 5 佐浦委員提出資料
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/npu/policy04/pdf/20120528/shiryo5.pdf
42
「桝一市村酒造場」の現在の社長は市村次夫。
43
「小布施ッション」とは http://www.obusession.com によれば、以下の意味である。1.栗と北斎で知ら
れる町、長野県小布施町が大好きだということ。2.小布施で毎月一回、ゾロ目の日に催されるイベント。
各界で先駆的な仕事をしている講師を招き、知的で有効な情報交換を行った後に、おしゃれ、且つ気楽
に、おいしい小布施の料理と酒を楽しみながら、おもしろい出会いを重ねる会。
「Obsession」には「u」
が入らないが、小布施で使う 「Obusession」には「u」が入る。この場合「u」=「you」
、つまり「みな
さん、あなたがた」が必要という意味も含む。
44 景観形成重点地区として指定する地区が属する市街化調整区域では、人口減少や高齢化の進展により
コミュニティ活動の維持にも支障をきたす地区が出てきている。
45 須坂新聞(2008.12.13)記事より。主に「小布施を愛する会」
(今井重人代表)
」が主張する。
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ス)。
145
第七章
連関図と LBS モデル
ここまでの議論をふまえ小布施町における「まちづくりコンセプト」、「観光まちづくり
コンセプト」
、
「地域資源」
、
「地域 ID」、
「BI」の関係を基盤とし、それを概念化して以下の
ように連関図を示した。これらの要素は、先に示した金沢市と川越市の事例と同様、歴史
的地域性の影響を受けている。また、小規模自治体の場合、
「限定主体」間及び「限定主体」
とその他町民との間の関係性は、小規模自治体におけるコミュニティの特徴の一つである
「ソーシャル・キャピタル」を基盤としていることが多い。そのため、地域のソーシャル・
キャピタルの能力である Bonding、Bridging、Linking という 3 つの能力が適切に活用・運
用されれば、限定主体の取り組み(小布施町の場合はそれが BI となった)は、一般町民等
から理解及び賛同を得ることができ、結果として、限定主体が創造した地域資源は町民に
とっての地域 ID のシンボルとなることで、地域 BID を創造することは可能である。こうし
た理由から以下の連関図においては、ソーシャル・キャピタルの概念を組み込んだ(図表 1)
。
第一項
連関図
図表 1 連関図
出所:筆者作成
この連関図は「まちづくりコンセプト」、
「観光まちづくりコンセプト」、
「地域資源」、
「地
域 ID」
、
「BI」に加え、
「ソーシャル・キャピタル」の要素が加えてある。そして、歴史的な
経緯から地域において中心的な存在となり、ある程度のリーダーシップ、実行力、ビジョ
ンとマルチロール性を有する「限定主体」による地域資源の創造と、外部を意識したコン
146
テクストによるコンセプト化、そして、観光客の増加が地域 ID の創造・強化に繋がること
を示している。
第二項
LBS モデル
これらをふまえ、以下のように LB モデルを基盤としたモデルを提示する。ソーシャル・
キャピタルの概念を含めたため、LB の後にソーシャル・キャピタルの S を追加し、LBS モ
デルと呼ぶこととしたい。LB モデルとの違いは、地方自治体ではなく、限定主体の立場の
モデルであること、そして、その限定主体が継続的にかかわること(主体維持)によって
まちづくりが行っていくことを想定している。以下、LBS モデルにおける地域 ID と BI の一
致プロセス、すなわち、地域 BID 創造プロセスを述べる。
図表 2 LBS モデル
出所:筆者作成
まず、限定主体は、既存地域資源を活用あるいは新規地域資源を創造し、観光まちづく
りコンセプトを策定する。そして、そのコンセプトに基づき、既存地域資源に外部から魅
力あるコンテクストに転換し、BI にする(①→②、③)
。次に、地域に存在するソーシャル・
キャピタルが適切に活用・運用されれば、BI のシンボルとした既存・新規の地域資源に対
して、地域町民は理解・共感を抱き、また、かかわるようになる(④)。その結果、既存の
地域 ID は BI と一致し、また、BI のシンボルとなった新規地域資源は新たな地域 ID を創造
することで、地域 BID となる(⑤)
。さらに、地域 BID を推進する組織等によって町民の主
体的な活動は促進され、町民が主体的かつ継続的に活動することで、地域 ID と BI は強化
される(⑥)
。
なお、地域資源、地域 ID、観光まちづくりコンセプト、コンテクスト転換の着想、地方
自体と地域住民との関係性は、全て歴史的地域性を基盤としており(⑦)
、そのプロセスに
147
おいては、考慮すべきことである。そして、創造された地域 BID が公益財団法人、ブロガ
ー等の観光客等によって情報発信されることで、観光まちづくり、地域活性化が実現され
るのである。
LBS モデルもまた LB モデルと同様、ブランド化される客体とそれにかかわる町民等のス
テークホルダーとの関係性を示しており、
地域 ID を重視すべきであるという議論
(地域学、
社会学)と競争市場に基づく差別化の追求を前提にして魅力的な BI を創造すべきであると
いう議論(経営学)が融合されたモデルであるという点において、他のモデルと一線を画
している。
なお、LBS モデルは小布施町の取り組みを基盤としたものだが、筆者は先にあげた金沢市
や川越市においても適用・応用可能だと考えている。というのも、金沢市においては、金
沢市民の一致団結したお上への忠誠心があったからこそ、市長であった山出氏、金沢 21 美
術館の初代館長の蓑氏の Bridging、
Linking 能力が活かされたと捉えることが可能であり、
また、川越市においては、川越一番街商店街の住民たちの Bonding があったからこそ、現
在まで、
「小江戸蔵の町」ブランドに寄与する「蔵の町」コンテンツの維持・管理を可能に
したと捉えことが可能だからである。しかし、金沢市、川越市と同程度あるいはそれ以上
の人口を有する多くの自治体が、このように明確なソーシャル・キャピタルの特徴を有し
ているとは限らない。有していたとしても自治体の規模が大きくなればなるほど、このよ
うな特徴は捉えにくい。なぜなら、人口が増加すれば、住民・市民の多様性もまた増すか
らである。従って、たとえ、その特徴がマクロで定量的に分析されたとしても、それを量・
質、両側面から現実に落とし込み、戦略的に活用することは困難である。そこで、他自治
体への応用可能性、実用性を鑑み、金沢市、川越市の事例からは、ソーシャル・キャピタ
ルを組み込まないモデル(LB モデル)を提示することとした。
第三項
LBS モデルの課題
小規模自治体では「地縁型住民組織」を基盤としたコミュニティが形成されており、そ
れに基づき、日々の生活が営まれている。そのため、特に、地域コミュニティにおける人
間関係は排他的になり、また、各ステークホルダーの役割、長年の様々な習慣等の特徴は
硬直化する傾向にある。そのため、それらを急に変えることは難しい。そして、それらは
「限定主体」のマインドや能力・技術に依拠している。小布施町においては限定主体の強
いリーダーシップと強いまちづくりへの熱意及び実行能力が垣間見られたが、その他自治
体における限定主体が、小布施町と同じようにこのような性質を兼ね備えているとは限ら
ない。つまり、それらが不足している限定主体の自治体においては、このモデルは概念を
理解しても機能しない。しかし、実際に不足していたとしても、まちづくりに必要不可欠
な「若者」「よそ者」「ばか者」の意見を積極的に取り入れることや、特に外部のパートナ
ーを適切に活用する等することによって、外部に魅力ある BI を創造することは可能であり、
148
またその BI と町民が抱く地域 ID を一致させ、地域 BID を創造することは可能である。
さらに、小布施町におけるソーシャル・キャピタルの 3 つの能力が、他の小規模自治体
において、小布施町と同等であるかは疑義が残る。また、同等でなかったとしても、異な
る性質によって、限定主体が創造した地域資源が、町民の地域 ID のシンボルとなる可能性
は否定できないが、本モデルにおいては、そのことを明示していない。
本モデルには、確かにこのような他自治体への適用・応用可能性における課題が存在す
る。しかし、地域資源が乏しい小規模自治体において、小布施町のように地域 BID を創造
した「観光まちづくり」によって最終的に観光ブランドが構築され、また、地域が活性化
した事例は類をみないことを考えると、小布施町を基盤とした本モデルは、小規模自治体
が地域ブランドを考慮に入れた「観光まちづくり」に取り組む上で、一定の方向性を示し
たといえる。
149
結論
終章
第一項
結論と今後の課題
はじめに
今日において地域活性化の実現は社会的な課題として認識されている。地域活性化は、
歴史的に国が主導して取り組んできたが、テクノポリス構想、リゾート法等からも分かる
ように、地域住民は度外視されてきた。そのため、国が考える地域アイデンティティと地
域住民が考える地域 ID の間にズレが生じ、これらの構想の結末は成功したとは言い難い。
しかし、国の財政的な課題が表出した後、地方分権化の流れが加速していく中、これまで
1960 年代から国を牽引してきた「全国総合国土開発計画」も「国土形成計画」に取って替
わる等、量より質、開発より地域資源の保全等への転換が図られ、今日においては、地域
主導の地域活性化を行う環境が整えられつつある。実際、地域主導で地域活性化に寄与す
る「まちづくり」を行う自治体が増加してきてきた。そして、域内におけるコミュニティ
形成等については、成功しているようにみえる。しかし、そうしたまちであっても、若者
の人口流出等の潮流を止めることは出来なかった。そのため、高齢化が進み、人口の減少
によって、活性化に必要な人の賑わいはない。そこで、地方自治体は交流人口を増加させ
ることを考え、地域 ID を活用して観光振興に取り組んだ。しかし、その地域 ID は、域外
にとって魅力的な ID(BI)ではなかったため、結局うまくいかなかった自治体が多い。
2000 年に入ってから企業ブランドを援用した地域ブランドという概念が生まれた。国・
自治体は、こぞって、地域ブランドの活用を積極的に推進し、アカデミアも企業研究を基
盤としながら、2000 年代前半から複数の理論構築が行われ発展してきた。このような潮流
は今日まで続いている。しかし、地域ブランドは、外部からの評価に立脚している概念で
あることに留意しなければならない。そのため、地域住民が抱く地域 ID とは再び齟齬が生
じる可能性は否定できない。つまり、そのことを念頭に置かなければ、国の主導ではない
にせよ、
「開発」等によって失敗した過去の二の舞となる可能性は高い。しかし、そうは言
っても先述したように、若者の人口流出が止まらない現状においては、交流人口の増加は、
地域にとって重要であることに変わりはない。交流人口の増加の方策としてまず考えられ
るのが「観光」である。すなわち、地域は「観光」による「まちづくり」
(観光まちづくり)
による活性化を志向したい。そのためには、旧来のブランド論と地域論の融合が必要不可
欠となる。そして、それは今日における解決すべく社会的課題である。
第二項
問いに対する解
こうした背景のもと、本研究においては、以下の問いを設定した。
「自治体は地域活性化に寄与する観光まちづくりにおいて、地域資源を活用し、地域 ID
と BI を一致させた地域 BID を創造することは可能か。可能であるとしたらどのような方法
があるのか。
」そして、その解はステークホルダーが明確な地域、とステークホルダーが不
明確な地域によって異なる。以下に二つの解を述べる。
150
<ステーホルダーが明確な地域>、
自治体が「まちづくりコンセプト」に「観光まちづくりのコンセプト(ブランドコンセ
プト)
」の視点を組み込んだ上で、以下のいずれかの方法、あるいは組み合わせることで可
能。
①地域住民が抱く地域 ID のシンボルである地域資源を、外部にとって魅力あるコンテクス
トを持つ地域資源に転換することで BI を創造し、その地域資源をシンボルとすることで可
能。地域 ID の強化も期待される。
②外部に魅力あるコンテクストを持つ地域資源を BI のシンボルとし、その地域資源に地域
住民が継続的にかかわり、新たな地域 ID を創造することで可能。
ただし、いずれも自治体による地域住民に対するアプローチの工夫が必要である。①の
アプローチの工夫とは住民の主体を維持させるための工夫のことであり、②のアプローチ
の工夫とは、主体を自治体から転換させるための工夫のことである。
<ステーホルダーが不明確な地域>
自治体を限定主体に読み替えた上で可能である。ただし、限定主体が「まちづくりコン
セプト」に「観光まちづくりのコンセプト(ブランドコンセプト)」の視点を組み込んだ上
で
①既存・新規の地域資源を、外部にとって魅力あるコンテクストを持つ地域資源に転換し、
それを BI とすることで可能。
②その BI のシンボルである地域資源に地域住民が主体的かつ継続的にかかわり、新たな地
域 ID を創造することで可能。ただし、町民等が主体的かつ継続的にかかわるためには、地
域におけるソーシャル・キャピタルが適切に活用されている必要がある。
第三項
本研究のレビュー
本研究を改めてレビューする。本稿では、政府の観光政策の歴史的経緯についてレビュ
ーし、地域活性化に資する地域ブランド構築に関する今日的な課題を丁寧に整理した後、
序章及び第三章で提示した問いに答えるため、複数の事例をとりあげ、
「まちづくりコンセ
プト」
、
「観光まちづくりコンセプト」、「地域資源」
、「地域 ID」、
「BI」の連関に注目し、論
じてきた。その結果、自治体は地域活性化に寄与する観光まちづくりにおいて、地域資源
を活用し、
地域 ID と BI を一致させた地域 BID を創造することは可能であることを実証し、
さらに、それらの連関図によって、地域 BID の創造プロセスを明らかにした。なお、ブラ
ンド論からいえば、本稿では「観光ブランド」を取り上げ、
「企業誘致ブランド」は付論と
した。企業誘致ブランドについては、本研究の直接的なテーマと関係ないが、地方自治体
が今後、観光まちづくりを進めていく上で、域外とのコミュニケーション機会が増加し、
筆者の一般財団法人対日貿易投資交流促進協会対日投資促進調査委員会の委員の活動を基
151
盤とした域外を意識した地方自治体に関する記述は、間接的ではあるが、参考となると考
えたからである。
具体的には、本稿ではまず、序論において、本研究の背景、目的、意義、地域活性化の
定義等について述べた。そして、第一章では、政府の観光政策の歴史的経緯についてレビ
ューし、今日における日本における観光振興における課題を論じ、地域が主体となった真
の意味での地域活性化が行われていないことを確認した。次に、第二章と第三章において
は、2000 年代から発展してきた地域ブランドについての先行研究を行った。第二章では地
域ブランドの基盤となっている「企業ブランド」に関する先行研究を主に代表的な研究者
であるアーカーとケラーの研究からレビューし、また、第三章では「地域ブランド」に関
する先行研究の系譜を明確にしながら、主に文献調査から、概念整理、自治体による地域
ブランドの活用実態、その特殊性、主要な論点等を丁寧にレビューし、地域ブランド研究
における今日的な課題の整理を行った。その結果、筆者の予想通り、アカデミアにおいて
も、企業ブランドを基盤として、発展してきているからか、経営学を基盤とした研究が多
く、地域学の要素を含んだ研究はほとんどなかった(あったとしてもそれは地域 ID の視点
であり、BI は考慮されていない)
。つまり、それらの研究は外部からの魅力向上に力点が置
かれており、BI はそのような性格を持っている。従って、これまでの地域ブランド研究に
おいては、地域 ID と BI とのズレがいまだ解消されていない。そのため、筆者は先述した
問いを立て、それに答えるため、第四章において事例研究を行った。そこでは、定性的な
事例研究の方法論(記録物、関係者へのインタビュー<面接>、観察等の複数のデータを活
用)が用いられ、論じられた。事例は行政が主導したまちづくりを行った金沢市と、地域
が主導したまちづくりを行った川越市を事例研究として取り上げ、それぞれの地域におけ
る観光まちづくりについて、地域 ID と BI の一致を意識しながら、論じた。そして、第五
章では、事例研究を基盤とした連関図を示し、そして、その連関図を基盤としたモデルを
提示した。本稿ではそれを LB モデルとよんだ。複数の要素から構成される観光まちづくり
は結局のところ「歴史的地域性」を基盤としているからである。しかし、第四章で取り上
げた事例及びその事例を基盤とした連関図及び LB モデルは、行政と地域住民等のステーク
ホルダーが明確であることを前提にしている。そのため、より人口が少なく、地域と行政
との関係等が曖昧な人口 1 万人規模の小規模自治体では適用される可能性は低い。そこで、
第六章においては小規模自治体の事例として小布施町を取り上げた。そこでは、小規模自
治体において特徴的であるソーシャル・キャピタルを基盤とし、限定主体が様々な場面に
おいてその役割を変えながら「まちづくり」において主導的な役割を果たしていた。これ
を筆者は「限定主体によるマルチロール性」と呼んだ。そして、その限定主体の立場で、
観光まちづくりにおける地域 ID と BI との一致プロセスに注目しながら論じ、第七章にお
いてその連関図を示した。そして、その連関図を基盤として、モデルを提示した。筆者は
これを LBS モデルと呼んだ。
本稿では、事例研究のプロセスの中で、いくつかの具体的な重要な示唆を得ることがで
152
きた。それらを以下にまとめたい。
第四項
本研究で取り上げた事例からの具体的な示唆
・観光まちづくりによる地域活性化を目指す必要性
地域活性化は様々なコンテクストで用いられ、その用語は多くの意味を持つ。具体的に
は地域内部のコミュニティの活性化を指すこともあれば、交流人口の増加を指すこともあ
る。地域 ID だけを志向したまちづくりであれば、地域内部のコミュニティ等の活性化を実
現することは可能であろう。しかし、若者による域外への流出は自然の流れであり、止め
ることは困難である。そのため、交流人口を増加させるための施策を講じることはもはや
地域にとって避けては通れない。そんな中、今日において、観光まちづくりという言葉が
現れてきた。筆者もまた、これまでのまちづくりから観光まちづくりへの転換が急務であ
ると言う立場を取る。事例研究で取り上げた金沢市や川越市が「活性化」しているのは、
結局のところ域内に特化したまちづくりではなく、交流人口を増加させる観光まちづくり
を志向したからである。このことは、地域活性化とはいったい何であるかを改めて示唆し
ていると言えよう。
・BI 創造はコンテンツではなくコンテクストで
BI を創造する際、まさに従来のブランド論を援用していくべきであることが、新ためて
事例研究から示唆された。というのも、基本的に他地域との差別化を念頭におく必要があ
り、そして、その差別化は、コンテンツではもはや不可能(既に域外にとって魅力ある地
域資源であれば、地域は現在の方向性のまま、その地域資源を維持・強化していけば良い)
であるため、コンテクストで実現する必要がある。ただし、その際、既存の地域資源の背
後には必ず歴史や地域性が存在するため、それらを無視して、その地域資源自体を変容さ
せてはならない。例えば、金沢市では、各種歴史的建造物、各種伝統工芸等、地域 ID のシ
ンボルとなっている地域資源が多く存在しているが、金沢市はそれらのコンテンツ自体で
他地域と差別化するのではなく、「歴史都市」、「ユネスコ創造都市」等、「新規性」
、他自治
体が模倣困難な「独自性」のあるコンテクストを付加することによって BI を創造し、他地
域との差別化を実現した。また、川越市では、1893 年の大火以来、住民が中心となって構
築した「蔵のまち」という地域資源(1990 年代前半には既に出来上がっていた)の背景に
あるコンテクスト(文化的景観)に行政は注目し、そのコンテクストに「小江戸」という
コンテクストを付与して、それを BI としたことで、「蔵のまち」コンテンツの外部からの
価値は向上した。なお、
「小江戸」は行政が小江戸サミットを開催したことで域内外に浸透
したが、公式に観光ブランドとして組み込まれたのは、川越観光協会から小江戸観光協会
への改組を契機としている。さらに、小布施町においては「北斎館」というコンテンツだ
けでも外部からの価値は高いのだが、
「栗の小径」が創造され、その「栗の小径」で「北斎
館」と「高井鴻山記念館」を結び、あたり一面を歴史ゾーンとするという新コンテクスト
153
が創造された。また、既存の自然景観と生活景観の背景にある二つの異なるコンテクスト
を融合し、全体景観の追求及び歴史とのバランスを考えた修正を重ねることによって、「修
景」という新コンテクストが創造された。このようなコンテクストに注目しながら、付加
価値を提供するという取り組みは、他の自治体においても今まで展開されてきた施策であ
る。そして、先行研究においても、その重要性は指摘されてきた。従って、本稿ではコン
テクストを活用した BI 創造の重要性及び有効性をあらためて示唆し、また実証したと言え
るだろう。
・BI から地域 ID を創造することで地域 BID とすることが可能
本稿の事例は、地域 ID のシンボルとなっている地域資源を活用しなくても、BI から地域
ID を新たなに創造することで、地域 BID を創造することができることを示唆している。そ
の手段としては「主体転換ドライバー」の活用である。例えば、金沢 21 世紀美術館におい
ては「ミュージアム・クルーズ」がその役割を担い、また「金沢市民芸術村」においては、
「安価な料金、24 時間利用可能等、利用者の視点に立った運営」であった。このような主
体転換が円滑に行われた理由は、金沢市民の特性によるところが大きい。というも、金沢
市民は江戸時代の加賀藩前田家との関係性等を起因とし、主体性は乏しく、お上のいうこ
とを受け入れる特徴を持っていたからである。また、金沢市が興味・関心、関係者を意図
的に集めて、彼らに対して、地域資源の活用を促進したことも大きい。筆者は「ある程度
興味・関心がある関係者」を単数として扱い、その単数が主体化されるプロセスの概念を
「単数主体化」と呼んだが、これは地域ブランド研究における複数主体による構築の困難
性を克服したことにもなる。また、小布施町においては、限定主体が常に主体を維持して
いたため、主体転換はなかったが、ソーシャル・キャピタルがあったからこそ、町民は限
定主体の活動に共感を覚え、理解し、主体的に活動するようになり、BI と一致する地域 ID
が創造された。小規模自治体においては、良くも悪くもソーシャル・キャピタルを基盤と
している。従って、その能力が適切に運用されていることが、地域 ID を創造する鍵となる。
・BI に寄与する地域住民・関係者には主体維持可能な側面支援を
本事例は、地域 BID 創造に寄与する地域住民・関係者に対して、自治体は主体維持可能
な側面支援を行う必要があることを示唆している。例えば、KGGN は国際 BI に寄与する NPO
であったが、その活動は歴史的に内発的動機に基づき、自主的に行動する特徴があった。
また、NPO であるが故に事業の不安定さも特徴の一つであった。そこで、金沢市はその特徴
を鑑み、彼らが継続して(主体維持)
、彼らの活動のアウトプットである「ホスピタリティ
マインド・スキル」を外国人に提供することができるよう、発足当初より「側面支援」を
行ってきた。例えば、場所の提供や委託契約の更新等である。また、川越市においては、
川越一番街商店街の住民は「小江戸 蔵のまち」という地域 BID に寄与するステークホル
ダーであるが、川越市民は、川越市の歴史的な成り立ちから、自立する傾向にあり、独立
154
性が強かった。そこで、川越市は川越市民に対して、その自立性、独立性を尊重しながら、
「側面支援」に徹した。例えば、川越一番街商店街の町並みを維持することを目的として
設立された「町並み委員会」に対して行政は金銭的支援をしており、また参加しているも
のの、一貫してオブザーバーの立場であった。
・自治体や小規模自治体における限定主体はマーケティング能力、スキルを磨く必要があ
ること
本事例で取り上げた金沢市・川越市の自治体、小布施町の限定主体は、いずれも域内外
で必要な能力、スキルを兼ね備えていた。従って、本事例を基盤とした連関図である LB モ
デルと LBS モデルは自治体、限定主体の能力があることが前提となっている。これは、他
地域への適用・応用可能性という点において、課題となるが、言い換えれば、自治体・限
定主体がこれらの能力・スキルを身に付ける必要があることを示唆している。実際、これ
までの地域活性化の失敗要因の一つは、自治体が「プロダクトアウト」の発想から抜け切
れておらず、域内外のターゲットの「ニーズ」を理解しようとするマインドが不足してい
る、あるいは理解しようとしてもそのスキルが不足している。つまり、地域にたとえ「歴
史遺産」が存在していたとしても(あるいは見つけたとしても)
、それが域外のニーズと適
合しているのか、あるいは適合していなかった場合、どのようにしたら域外のニーズと適
合するのか、そして、それは他地域と差別化可能なのか、という視点を常にもって取り組
む必要がある。観光まちづくりにおいては、
「観光マーケティング」という言葉があるよう
に、特に付論で触れるマインド、スキル(マーケティングスキル、交渉スキル等)を持つ
ことは今後、自治体の職員にとって必要不可欠となろう。
・地域 BID を確立するための成功要因
金沢市、川越市、小布施市はいずれも地域 BID の確立に成功した事例であったが、ここ
であらためて、それらの地域 BID 創造の成功要因をまとめたい。金沢市においては、①外
部にとって魅力あるコンテクストを活用した BI 創造、②山井保市長のリーダーシップ、③
蓑豊氏の経営センス、④金沢市民の文化・芸術に対する理解、であり、川越市においては、
①地域住民の主体性、②外部にとって魅力あるコンテクストを活用した BI、③明確な「組
織」による役割分担である。そして、小布施町においては、①限定主体の行政の役割を含
むマルチロール性によるリーダーシップとソーシャル・キャピタルの活用、②外部にとっ
て魅力あるコンテクストを活用した BI、であった。
そして、特筆すべきは、自治体による住民等に対するアプローチは「地域の特徴」によ
って異なっていることである。例えば、金沢市では、金沢市民が自治体に対して従順であ
るという特徴を有しており、歴史的に行政と市民の間に良好な関係があったことを基盤と
したアプローチをとっており、また、川越市においては、地域住民の当事者意識及び主体
性が特徴の一つであることを基盤とし、川越市は、彼らのそういった特徴を尊重して維持
155
させるアプローチを採った。また、小布施町においては、歴史的にまちづくりの中心であ
る限定主体が存在しており、その他町民との良好な関係を基盤であったからこそ、限定主
体の取り組みが、町内でコンフリクトなく受容され、各種施策が促進されたと言えるだろ
う。
こうしてみると、地域 BID 創造には、地域 ID と BI の側面を同時に捉えた上で、①行政
の意識・姿勢、②マーケティングスキル(外部にとって魅力ある BI の創造)、③域内の人
たちとのコミュニケーションスキル・マネジメントスキル(巻き込む力)
、④地域における
住民と行政間のビジョン共有と推進、の重要性が浮かび上がる。そして、それらがうまく
いけば、加速度的に様々な域内外のステークホルダーを巻き込み、ブランドが浸透・普及
するという原則を導くことができる。
つまり、上記の①~④が地域活性化に寄与する地域 BID 創造の成功条件であり、また同
時に、それらの有無が成功と失敗を分岐する要因になりうることを示唆している。実際、
これまで中心市街地の活性化策やリゾート施設建設による地域活性化の失敗は、これらの
要素が明らかに欠けていた。しかし、後述するように、本稿で扱った地域活性化を実現す
る手段としての「地域ブランド」は、その構築において一定の時間(年数)を要するため、
たとえ、各自治体において現在、効果が出ていなくとも、その施策を失敗と結論付けるの
は、時期尚早である。従って、現時点において、地域ブランド構築の成敗の分岐を明確に
することは、地域 BID の創造の成功条件が示唆されたとは言え、困難であることを付議し
ておく。今後、各自治体の動きを注視し、成敗の分岐点を明らかにしていきたい。
・地域 BID をサステナブルにするための取り組み
こうして創造された地域 BID をサステナブルにしていくにはどうしたら良いか。金沢市
においては、地域 BID のシンボルである金沢 21 世紀美術館をいかに継続的に域内外の人た
ちに利活用してもらうか、また、いかに、興味・関心が無い人の利活用を促進させるかに
ついての工夫が存在しており、2014 年現在においてはそれらの工夫がうまく機能している。
また、川越市においては「蔵」は観光コンテンツであるが、同時に住民の日常生活の基盤
である。一見すると、そのバランスは保たれているように思われるが、先述した道路規制
問題が生じていることからも分かるとおり、市民は「日常生活」を犠牲にしてまで、
「観光」
に寄与しようとする姿勢ではない。従って、今後、行政としては、市民の声を真摯に受け
止めながら、慎重に観光行政を進めていく必要がある。さらに、小布施町では、これまで
外部との交流を促進し、
「よそ者」の発想を積極的に取り入れ、それが、地域 BID 創造に繋
がってきた。今後もそのような取り組みを継続していくことが望ましいが、同時に、今以
上に、域内に目を向ける必要に迫られている。域内の人たちから域内に目を向けないこと
に対して、不平・不満の声が聞かれているからである。
こうしてみると、創造された地域 BID をサステナブルにしていくためには、行政によっ
て個々、状況は異なるにせよ、①域内のステークホルダー間における地域ブランドのコン
156
セプトの共有と理解を促進し、②ブランドの核となる地域資源の域内外における価値の維
持・向上に資する継続的な取り組みが必要不可欠であることが分かる。
第五項
事例分析によって副次的に明らかになったこと
金沢市、川越市、小布施町の 3 つの事例分析を通して、副次的に明らかになったことに
ついても触れておく。まず、金沢市の事例分析からは、NPO(SGG)の安定的かつ継続的に
事業を継続するには、NPO 組織内部におけるモチベーション管理システムが存在している必
要がある等、NPO の自助努力と行政の支援(期間、量、質)の組み合わせが有効であるとい
うことが分かった。地域ブランドの構築においては、NPO による活動もまた地域ブランドに
影響を与える。そのため、行政としては、NPO の事業継続性について注視しながら、必要で
あれば NPO に対する適切なアプローチ及びマネジメントが必要となる。本研究で取り上げ
た KGGN の事例は、行政の NPO に対する長期的な取り組みが機能した事例であるため、他自
治体においても参考となるに違いない。
また、川越市においては、効果的なゾーニングに関する重要な示唆があった。ゾーニン
グについては、先行研究において、和田ら(2009)による「再構築型ゾーニング」と「連
携型ゾーニング」による分類が代表的であるが、川越市においては、藩政期の江戸を連想
させる「時間的空間」と、二都市と連携することによる行政区域を超えた「地理的空間」
をブレンドしたゾーニングであった。あらためて、地域ブランドを構築する際は、その基
盤となる「ゾーン」の戦略的空間創造の重要性が示されたと言えよう。
第六項
本研究における課題と今後の展望
本研究においてはここまで、序章及び第三章で設定した問いの解を明らかにするため、
事例研究の観光まちづくりから、「まちづくりコンセプト」、
「観光まちづくりコンセプト」、
「地域資源」
、
「地域 ID」
、
「BI」の連関に注目して、論じてきた。その結果、その問いに対
す解を示すことができ、また、事例研究から様々な示唆を得ることができた。しかし、い
くつかの課題が存在する。
まず、方法論についての課題である。本研究は文献調査、インタビュー調査、観察等、
主に定性的なアプローチ方法を採った。なぜなら、本研究は、地域 BID 創造プロセスにお
いて行政という「主体」に注目し、その行動を分析する必要があり、そのためには、客観
的な事実を示すことができる定量的なアプローチよりも、主観的にそれらを解釈・分析す
ることができる定性的アプローチの方がより適切であると考えたからである。実際、これ
らの数値化は困難である。しかし、一般的に定性的アプローチは、定量的アプローチより
も客観性及び恣意性に課題が存在する。そこで、筆者は地方自治体へのインタビュー等の
解釈・分析を行う際には、事前に文献調査等を行う等、出来る限り客観性を担保し、恣意
性を排除することを心掛けてきた。しかし、そうであったとしても、この課題の完全な解
決は困難である。今後は、可能な範囲内で定量的なアプローチの活用も考えたい。
157
次に、地域 BID 創造プロセスにおける研究課題である。それは、本研究で導き出したモ
デルの適用可能性について十分な検証がなされていないということである。しかし、たと
えそうであったとしても、それぞれのモデルは先駆的であり、条件が整えば他地域におい
ても再現性は高いと筆者は考えている。例えば、地域ブランドの客体となる「地域資源」
と「住民等のステークホルダー」を同時に組み込んでいる点が先駆的である。また、金沢
市、川越市の事例を基盤とした LB モデルは、①自治体が地域住民に対するコミュニケーシ
ョン能力、マーケティング等に基づいたコンセプト策定能力、歴史的地域性の分析能力等、
各種能力を兼ね備えている地域、また、②首長等のリーダーシップによる統制機能が働い
ている地域、そして、③多様かつ多層的な「歴史的地域性」を有していない地域において
適用・応用可能であり、さらに、小布施町を基盤とした LBS モデルは、ソーシャル・キャ
ピタルの 3 つの能力(Bonding、Bridging、Linking)が対峙することなく共存しており、
かつ、強いリーダーシップと熱意を以って、それらを意図的・意図的でないにかかわらず、
円滑に活用することができる「限定主体」が存在している地域において適用・応用可能で
ある。
しかし、モデルの確からしさを今後より高めるには更なる事例の検証作業が必要である
ことは言うまでもない。引き続き研究に励み、モデルの検証及び改善を行っていきたい。
さらに、先述したブランドをサステナブルにするための条件についてである。なぜなら、
本研究は 2014 年現在における地域ブランドの確立に成功した事例であることに留意しなけ
ればならないからである。つまり、先述した各地域では様々な取り組みによって、確固た
る地域ブランドが構築されてきたが、その取り組みが、将来的に、当該ブランドを確実に
サステナブルにするかどうかは、現時点では不明確であるということである。今後、それ
らの地域を注視するとともにその条件を確かなものにしていきたい。
最後に、失敗要因の分析についての課題についても触れておく。地域活性化プロジェク
トである「通助」1は、
「観光まちづくり」における「地域ブランド構築」の失敗要因を論じ
ているが、
「通助」によれば「ブランドのコミュニケーションには、外向きと内向きが存在
し、内向きのコミュニケーションがブランドを構築する鍵であり、そして、究極の目的は、
全員がブランドを守り育てていくように動けることである」という。つまり、ブランディ
ングは域外だけに目を向けるのではなく、中長期的な視点から当事者となる域内の人たち
による主体的な取り組みが必要であり、そのようなマネジメントがなければ、地域ブラン
ド構築は失敗する可能性が高くなるということを示唆している。この考えはまさに本稿で
筆者が主張する BI と一致する地域 ID の重要性と一致している。しかし、たとえそうであ
ったとしても、筆者は「観光まちづくり」における「地域ブランド構築」の失敗要因を「内
向き志向の欠如」、あるいは、「観光まちづくり」の失敗要因である、①現地の当事者の連
携不足、②情報発信の弱さ(行政・企業の支援等)
、③人材不足(以上、グランドデザイン
2
)等に断定することは、時期尚早であると考えている。なぜなら、
「地域ブランド」は、各
自治体において 2000 年頃から意識され、取り組まれ始めたものであり、ブランド構築には
158
通常一定の時間(年数)を要するものだからである。つまり、たとえ、現時点において、
地域としての魅力度が決して高くなく、また地域の人たちが主体的に行動していなかった
としても、それらの取り組みは、地域ブランド構築プロセスの構築途上であると考えれば、
一概に「失敗」と結論付けることはできない。これは、本研究の課題の一つであり、今後、
引き続き、各自治体の地域ブランド構築に対する取り組みを注視したい。
以上、本研究には上述したような複数の課題が存在する。しかし、今後の更なる研究に
よって十分解決されるものであると筆者は考える。また、本研究はその度合いが多かれ少
なかれ主体となりうる「行政」の立場から論じているが、行政の役割は今後、ますます重
要となることは確実である。従って、本研究で示したモデルや新たに明らかになった知見
は、課題を超越して、今後、地方自治体が地域 BID を活用して、観光まちづくりを推進し、
最終的に真の意味での地域活性化を実現するのに十分寄与するものと考えらえる。
「地域活
性化」に寄与する観光まちづくりにおいて、本研究の結果が少しでも、貢献できれば幸い
である。
注
1
http://tsu-suke.jp/column/483 からの引用。なお、通助とは、マーケティング、プロセスデザイン、
地域活性の融合を目的としてプロジェクトを推進する組織。
2
http://www.grand-design.org/blog/ict/cat68/6.html からの引用。グランドデザインとは地域活性化
専門のブランディング専門会社。
[参考文献]
(インターネット)
[1]通助「
「内向き」を軽視すると地域ブランドは失敗します」,
http://tsu-suke.jp/column/483 (2014.12.20 アクセス)。
[2]グランドデザイン「(1)「着地型観光」の現状とこれから」,
http://www.grand-design.org/blog/ict/cat68/6.html(2014.12.20 アクセス)
。
159
付論
付論 1
政府の対日投資政策
付論 1 及び付論 2 では政府の対日投資政策及び企業誘致ブランド構築について述べる。
付論で論じる内容は、現在、社会的に解決させるべき課題であることに変わりはない。し
かし、本研究のテーマである、地域 ID と BI との一致について意識する必要はなく、むし
ろ、いかに BI を伝えるターゲットのニーズに適合した BI を創るか、そして、いかにター
ゲットの特徴を分析しながら、BI を効果的に伝えるかが焦点となるからである。しかし、
「観光まちづくり」における BI 創造においては、外部を意識することは重要かつ必要不可
欠なことであり、また、企業誘致ブランドの構築を通して、自治体が「観光まちづくり」
において身に付けておくべき必要な能力、スキル、及び域外へのアプローチを考える上で、
参考となる。
第一項
はじめに
企業誘致ブランドをとりあげる主な理由は、現在、国、地方自治体において、観光ブラ
ンドと企業誘致ブランドによる相乗効果が期待されるからである。実際、地方自治体は人
手不足等により、観光と企業誘致の両方をミッションとした部署や一人の人間が両方のミ
ッションを与えられることがあり、それらは明確に分離されていない。そして、担当者は
相乗効果を期待している。序章でも述べたように、観光ブランドの域外への浸透プロセス
において、企業誘致に必要不可欠な「特定産業集積」という企業誘致ブランドを観光に活
かそうとした取り組みが見られることもその一例である。青木(2004)もまた、理論上で
はあるが、地域個別資源ブランド同志の水平的な連関を述べており、確固たる企業誘致ブ
ランドを構築することは、
「観光」振興にもまた、良い影響を与える可能性は高い。しかし、
政府レベルでは、長い間、その相互関係について議論されてこなかった。観光が国土交通
省所管、企業誘致が経済産業省所管であり、その縦割組織(「観光」と「企業誘致」の担当
が異なる)の弊害等を起因とし、これら二つは個別に議論されてきたからである。そこで、
2013 年 10 月 29 日、一般財団法人対日貿易投資交流促進協会は、対日投資促進セミナー「地
域ブランド戦略と外資誘致」を主催し、筆者が企画兼モデレーターとなり、国土交通省観
光庁の参事官と経済産業省が管轄する日本貿易振興機構(JETRO)の対日投資部長に登壇・
討議して頂いた。このセミナーは省庁を超えて行われたという点において画期的であり、
同時に「人」と「企業」をどのように地域に呼び込むかという統合されたテーマについて、
オールジャパンで考え、積極的に取り組んでいく重要性と必要性を示したという点におい
て大変意義があった。
また、企業誘致ブランドの構築は、
「観光」への影響だけでなく、単独でも地域活性化に
寄与する。というのは、2000 年代に入り、地方はグローバルな都市間競争、少子高齢化を
起因とした生産労働人口の減少に直面しており、企業誘致はそれらを解決する一助となる
からである。具体的には企業の地方への投資は、当該地域における税収の確保、雇用の確
160
保・促進だけでなく、地域経済の成長ドライバーになり、また、地域企業の生産性の向上
をももたらす。
さらに、高度経済成長期においては、企業誘致といえば、工場誘致であり、それは景観
破壊や環境問題を発生させる原因となったが、今日においては、企業の工場建設等は安い
労働力を求めて海外で行われることが多いため、地方が企業の工場誘致に注力することは
もはや現実的な選択肢ではない。その代わりに企業による地方進出の形態は景観破壊や環
境問題を発生させない M&A(企業の合併・買収)
、事務所の新設、研究開発拠点の構築に取
って替わっている。また、依然として、地域住民の自治体に対する雇用対策への期待、ニ
ーズは高いため、企業誘致において行政が住民とコンフリクトを発生させることはあまり
多くない。このように、企業誘致は地方自治体にとって利点が多い。
それでは誰が、誰に対して、企業誘致に寄与する企業誘致ブランドを構築するのか。そ
れは地方自治体が日本企業を考慮にいれつつも、外資系企業及びその関連組織・団体に対
して企業誘致ブランドを構築する必要があると筆者は考えている。日本企業は、日本市場
の成熟と飽和等を理由とし、大企業だけでなく、中小企業もまた海外に活路を見出してい
る状況であり、地方都市はもはや選択肢に入っていない。そして、今後も入ることは多く
はないだろう。一方、外資系企業もまた、税制、事務手続きの煩雑さ、コミュニケーショ
ンの困難さ(主に言語の問題)等を理由として、これまで日本に進出する企業は依然とし
て多くなかった。その証左として、後述するが、対日投資の対 GDP 比は OECD の平均が約 30%
であるが、日本はわずか 3.4%と非常に低い状況である。しかし、序論でも述べたが、現在、
政府は地方創生本部を設置する等、地方活性化を後押ししており、対日投資の促進もその
一つである。具体的には、
「世界で最も企業が活動しやすい国」を目指して、対日投資残高
を 2020 年までに 17.8 兆円から 35 兆円に倍増する目標を立てている。さらに、日本貿易振
興機構(ジェトロ)もまた、
「産業スペシャリスト」という 60 人の専門家を地域ごとに常
駐させる等、外国の企業のトップと直接話ができるような体制を整えつつあり、地方自治
体にとっては、外資系企業誘致を行うのに良いタイミングであると言える。また、観光に
おいては、先述したように、外国人訪日客数が 1000 万人を突破する等、日本を「知る」
「体
験」する機会が近年大幅に増加している。企業における意思決定もまた、
「人」が行うこと
を鑑みると、外資系企業誘致においても良い影響を与えるものと思われる。こういった背
景もあり、現在、地方自治体は、日本企業というよりもむしろ、外資系企業の誘致に力を
入れるべきなのである。
図表 1
161
出所:筆者作成
確かに地方自治体が外資系企業誘致に企業誘致ブランドを活用した事例は多くない。し
かし、うまく活用することができれば、地域活性化のドライバーとなる可能性は大きいた
め、地方自治体がその構築を試みることは大変意義がある。そのため、まず、地方自治体
の企業の誘致担当者は、3C 分析1や SWOT2分析によって、市場で現在、地域が置かれている
相対的なポジションを正確に認識するとともに、
「統一性」のあるコンセプトに従った情報
を「戦略的」かつ「継続的」に外資系企業等にリーチするよう発信していく必要があるだ
ろう。
しかし、2011 年 3 月、東日本大震災が発生し、風評被害等によって日本の「情報」の信
頼性は大きく揺らいだ。今後、さらに地域のブランド価値を高め、地方への投資(特に外
国からの投資)を加速・促進させるには、国・地域の「情報」の信頼性を取り戻し、また
さらに高めることを目的として、戦略的に国内外に発信しなければならない。
そこで、付論 2 においては、企業誘致 BI を創造するのに必要な「コンセプト」
「地域資
源」
「ステークホルダー」の連関について筆者の経験等から論じる。付論 1 ではその議論の
前にこれまでの政府の対日投資政策について概観する。
第二項
対日直接投資概観
対日直接投資残高は、1998 年には 3 兆円程度、GDP 比は 1%以下であった。しかし、金融・
デフレ不況による株価低迷によって、日本企業を買収しやすい環境が創出されたことで
1999 年頃から大幅に伸び始める。さらに 2003 年 1 月、小泉純一郎首相が、施政方針演説で
対日直接投資残高の倍増を表明し、その後の対日投資会議の専門部会(同年 3 月)で「対
日投資促進プログラム」が3取り纏められたことで、増加に拍車がかかった。以降、今日ま
で対日直接投資は、日本の経済政策の柱となっており、2011 年末の残高は 17 兆 5000 億円、
GDP 比は 3.75%になるなど、堅調に推移している(しかし、資本流入より資本流出が多く、
162
投資収支がマイナスになる等、定着率の課題が存在していることも留意する必要がある)。
図表 2 対日直接投資残高と GDP 比の推移
出所:内閣府(2012)「アジア拠点化・対日投資促進会議 第 3 回会議(2012 年 6 月 22 日開
催)における資料「対日直接投資倍増目標の設定について」
」
そのような潮流をさらに加速・促進させるため、日本政府は 2011 年 12 月、アジア拠点
化・対日投資促進会議を開催し、アジア拠点化・対日投資促進プログラム4を取りまとめた。
さらに 2012 年 6 月にはそのフォローアップを実施している。その中で、2020 年までに達成
すべき目標として、日本政府は以下の 3 つを設定した。
図表 3 日本政府が設定した 3 つの目標
1)高付加価値拠点の増加
国内の高付加価値拠点(アジア地域統括拠点及び研究開発拠点)について、2009 年度
末時点で約 500 拠点のところ、年間 30 件の誘致を行って増加させていくものである。
2)外資系企業による雇用者数倍増(75 万人→200 万人)
外資系企業(外資比率 3 分の 1 超)の雇用者数について、2006 年時点で約 75 万人の
ところ、2020 年に 200 万人まで拡大していくものである。
3)対日直接投資倍増
対日直接投資残高について、2011 年末時点で約 17.5 兆円のところ、
2020 年末に 35 兆
円まで拡大していくものである。なお、対日投資の実態をきめ細やかに捉えるために補
完指標(対日直接投資残高 GDP 比、対日 M&A 件数・金額等)を設定し、この目標の達成
を多角的に確認していく。
出所:内閣府(2012)
「アジア拠点化・対日投資促進プログラムフォローアップ」
さらに、本プログラムは、上記の目標を達成するために、政府として取り組む個別の施
策を、次の 5 つの柱に基づき整理している。
163
図表 4 目標を達成するための 5 つの柱
1)投資を促進するため収益性を向上
内外無差別の立地補助金やグローバル企業への法人税負担軽減制度の創設など、補助
金や税制などのインセンティブ措置を強化することにより、我が国の立地競争力を高め、
世界水準の投資環境を整備し、積極的に企業誘致を展開する。
2)投資を呼び込むため特区制度等を活用
総合特区制度(国際戦略総合特区、地域活性化総合特区)や「環境未来都市」構想、
復興特区制度を活用することにより、国内外からの投資を呼び込む。これらの特区制度
等の取組により、地方自治体と有機的に連携し、地域における雇用創出につなげる。
3)投資環境の整備と投資サポート体制を構築
ヒト・モノ・カネの流れを増加させるため、グローバル人材の育成や最先端の研究・
教育拠点の整備、空港や港湾などの社会資本の整備などにより、人流・物流の効率化・
円滑化を進める。また、対日直接投資の阻害要因となっている規制等の見直しを継続的
に行う。さらに、関連行政手続きの透明性及び情報アクセスの利便性を高めるとともに、
行政の英語化の取組を進める。
4)投資先での生活環境をより暮らしやすく
生活に欠かせない教育、医療等について、より暮らしやすい環境を実現する。また、
効率的な外国人受入環境を整備することにより、外国人の利便性を向上させ、
「内なる国
際化」を促進する。
5)投資を歓迎する情報発信の充実
我が国が対日直接投資を歓迎している姿勢を明確に示すとともに、政府が先頭に立っ
て我が国の立地環境の魅力を PR する。さらに、風評被害を払拭しつつ安心・安全を諸外
国に強く印象づけ、東日本大震災からの「開かれた復興」を目指す。
出所:内閣府(2012)
「アジア拠点化・対日投資促進プログラムフォローアップ」
そして、2013 年 6 月 14 日に閣議決定された「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」では、
国内のあらゆる企業や人材がグローバル経済の利益を享受できる環境を整備するとともに、
海外の優れた人材や技術を日本に呼び込み、雇用やイノベーションの創出を図るため、日
本国内の徹底したグローバル化を進めることとし、2020 年における対内直接投資残高を 35
兆円へ倍増(2012 年時点 17.8 兆円)する、という目標が掲げられた。具体的な目標残高に
ついては、先のアジア拠点化・対日投資促進プログラムと同じである。
図表 5
164
出所:内閣府(2014)対日直接投資の現状とその促進に向けた取組等について
このように 2020 年を目標値とした政府の方針は、日本における対日投資が新たな局面を
迎えたことを意味している。日本の対日直接投資は対外直接投資と異なり、政策主導性が
強いという性格を有しているため、今後はそれに沿った形で各府省庁及び関係機関によっ
て、様々な具体的な施策が展開されていくこととなる。そのため、この政府の新方針と施
策は、外資系企業誘致に積極的に取り組んでいる、または今後積極的に取り組むことを予
定している地方自治体にとって、強力な後押しとなる。
しかし、同時に地方自治体による創意工夫や自助努力は引き続き必要であることは言う
までもない。特に地域へ誘引するために必要な「コンセプトの策定」や外部とのコミュニ
ケーション等における情報の取り扱い、域外における発信・伝達手法は、当該自治体が当
事者意識を持ち、主体的かつ戦略的に行わなければならない。先述したプログラムの 5 つ
の柱の一つにあるように、
我が国の立地環境の魅力を PR するのは確かに日本政府である
(日
本政府は今後、海外の見本市へのミッションの派遣、シンポジウムの開催、クールジャパ
ンとの関連事業等を予定している)
。しかし、それらを地域レベルに落とし込み、日常業務
の一つとして、地域の魅力を発信していくのは地方自治体の責務だからである。
今日まで多くの地方自治体は、思考錯誤しながらも、独自の方法で情報発信に努めてき
た。そして、それらの方法で成功している自治体も多い。しかし、現代社会の特徴である
高度情報化、グローバル化を考慮することなく、従来のようにプロダクトアウト5に基づく
発想や、日本語サイトを英訳することで満足し、それを外国人向けのウェブサイトとして
運営している自治体が多いのもまた事実である。さらに、地方自治体全体として、誰に対
165
して、何を、いつ、どのように、国内外に「発信」することが、地域の魅力を高め、ブラ
ンド化され、最終的に外資系企業誘致等に繋がるのかという「ノウハウ」もまた、残念な
がら蓄積・共有されているとは言い難い。
そこで、付論 2 では企業誘致を促進する手段として考えらえる企業誘致 BI を行政がどの
ように創造し、伝達するのかについて筆者の経験から纏めたい。
*本稿は筆者が執筆した以下の報告書の一部を加筆修正したものである。
・政府系外郭団体調査報告書,「外資系企業誘致にかかる情報発信と広報戦略に関する取り
組み~日本の地域の魅力をいかに伝えるか~」執筆箇所「外資系企業誘致に資する地方自
治体の広報戦略-プル型・インバウンド型コミュニケーションを目指して-」,財団法人対
日貿易投資交流促進協会
注
1
自社を取り巻く環境を分析するために使われる枠組み。Company, Customer(Consumer), Competitor を分
析する。その頭文字から 3C 分析と言われる。
2
組織の内部要因と外部要因を分析するために使われる枠組み。組織の内部要因の強み(Strength)、弱み
(Weakness)、組織の外部環境要因の機会(Opportunity)、脅威(Threat)を分析する。その頭文字から SWOT
分析と言われる。
3
2006 年末までに、2001 年末時点の対内直接投資残高(6.6 兆円)を倍増(13.2 兆円)することを目標とし、
5 つの重点分野(「行政手続きの見直し(明確化、簡素化、迅速化)
」
「事業環境の整備」
、
「雇用・生活環境
の整備」
「地方と国の体制整備」
「内外への情報発信」
)における 74 項目の施策を決定した。2006 年末残高
は 12.8 兆円となり、この目標値はほぼ達成された。
4
2011 年 11 月、12 月に、アジア拠点化・対日投資促進プログラムが策定され、さらに 2012 年 6 月にその
フォローアップが行われた。
5
作り手の理論を優先させる方法。
「作り手がいいと思うものを作る」
「作ったものを売る」
「良いものを作
れば売れる」という考え方であり、マーケットインの対義語。
[参考文献]
(日本語文献)
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166
付論 2
行政による企業誘致ブランド創造
付論 2 では企業誘致ブランドにおける「BI をつくる」と「BI を伝える」プロセスにおい
て、
「コンセプト」
「地域資源」
「ステークホルダー」
(外資系企業及び関連機関)が連関し、
企業誘致 BI が創造され、最終的に外資系企業誘致に繋がることを示す。BI は域外にとって
魅力的な地域らしさであるため、BI 創造においては、徹底的に域外が意識される。なお、
付論 2 で述べる内容は、筆者が 2009 年~2012 年にかけて行った地方自治体の担当職員への
インタビュー、対日投資促進交流協会が主催する自治体職員向けワークショップ及び 2013
年 10 月に実施した一般財団法人対日貿易投資交流促進協会主催対日投資促進セミナー「地
域ブランド戦略と外資誘致」等から得た情報に基づいている。
第一項
自治体による BI の創造
本項では、まず、これまで自治体及び関係者の間で議論されてきた企業誘致に必要な地
方自治体の一般的な取り組み内容について確認し、その後、BI に繋がる他地域と差別化可
能なコンセプトを創造する取り組みについて論じる。
第一節 基本的な取り組み事項
外資系企業を誘致する際、どの地方自治体も取り組んでおく必要があること(最低条件)
は以下である。それらは、①市場の把握(外資系企業とのビジネスに興味がある企業リス
ト及びそれらの特徴)
、②インフラ及びロジスティックスの整備、③税制、財政面での支援
(助成金及び税制優遇措置等のインセンティブ)体制の整備、④労働力の確保である。
まず、①の市場の把握については、日系、外資系企業にかかわらず、企業は新市場に進
出する際、経済合理性に基づいて行うことから、当然の取り組みであり、それ無しでは企
業誘致は困難である。そのため、行政は日頃から市場の有無、特徴等について把握してい
くことが求められる。例えば、地域にはその技術力を活かし、潜在的に外資系企業とパー
トナーになりうる日系企業が存在しているかもしれない。②については、インターネット
が発展し、物理的な距離が以前より不利になることはなくなったとはいえ、流通等をはじ
めとするインフラの整備・充実は引き続き重要である。特に空港、道路及び鉄道等の整備
は、企業誘致に大きな影響を与える。③については思い切ったインセンティブが必要とな
ることは言うまでもない。なぜなら、外資系企業は、進出先の補助金や免税などに関する
金銭的な情報に関心が高く、進出を決定する大きな要因の一つだからである。そして、こ
のインセンティブの設定においては、国内外の都市との比較検討が必須となる。また、諸
外国の優遇政策は欧州が補助金、米国が免税を中心としたものであるが、どちらにどれだ
けの比重をかけるかも決める必要があるだろう。④の労働力もまた重要である。企業は労
働力を確保できなければ、当然、進出後の事業が成り立たないからである。そのため、米
国の州では進出後の「人的訓練」
(Workforce Training)もまたインセンティブパッケージ
167
に含められていることが多い。
第二節 BI につながる付加価値の創造
第一節では地方自治体が企業誘致に際して取り組まなければならない基本的事項を網羅
的に示した。これらは最低限取り組む必要がある事項であり、これらに加えて、自治体は
他地域と差別化可能な付加価値のあるコンテンツを創造する必要がある。そして、そのコ
ンテンツが企業誘致 BI を創造する。すなわち端的言えば、地域の何を売りに外資系企業誘
致を行うかということである。なお、付加価値のあるコンテンツとは、具体的には、大き
く分けて、①立地特性による差別化、②アフターフォローの充実(既進出企業による交流
会の開催等)
、③日常生活支援の充実、である。
1.立地特性による差別化
まず、①について述べる。立地特性を活用した BI の創造には、大きく分けて、
「地理的
優位性」の活用と、
「集積状況」の活用が考えられる。そこで、それぞれの事例として、福
岡市と GNI を事例としてとりあげたい。
(1)地理的優位性の活用(福岡市の事例)
福岡市の人口は 2013 年現在約 150 万人である。全国的に人口の減少傾向にある中、増加
基調にある。この増加基調は今後も続き、2030 年には 160 万人になると予測されている。
また、福岡市の 1000 キロ圏内には、東京、名古屋、大阪、そして、上海、ソウル等、中国、
韓国の主要都市が位置しており、他の都市よりも地理的優位性を有している。こうした立
地特性を活かし、福岡市は航空、船舶等を対象とする産業インフラの整備及び教育、病院
等を中心とする生活インフラの整備を積極的に進めてきた。また、MICE(Meeting Incentive
tour, Convention/Conference, Exhibition/Event)に対する取り組みにも積極的であり、
そのポテンシャルから観光庁のグローバル MICE 戦略都市(5 都市:東京都、横浜市、京都市、
神戸市、福岡市)にも選定されている。このように、福岡市は、アジアと近い地理的優位性
を活かしながら、企業の福岡市への誘致を図ってきたが、その背景には「観光」と「企業
誘致」の両方を目的とした「クリエイティブシティ」という「招き入れるブランド」の構
築があった。このようなアプローチ方法は序論で示した横浜市と類似している。しかし、
福岡市の場合は、「企業誘致」をさらに促進させるため、「グローバル・スタートアップ都
市」というコンセプトに基づいた BI を構築している点において、横浜市と異なっている。
この BI には下記のような複数の利点がある。それらは、①日本は欧米と比較して開業率が
低いことが課題であり、その向上を目指すことは大きな社会的な意義があるため、ステー
クホルダーに受け入れやすいこと、②起業に必要な「豊富な人材」(九州大学等の大学関係
者)がおり、③東京、大阪と比してビジネスコストが安価であること、④「スタートアッ
プ」には「クリエイティブ」な側面を多く含んでいるため、ブランドとしては「クリエイ
ティブシティ」の傘下に置くことが可能であり、サブブランドの機能を担っていること(図
168
表 1)である。
図表 1 福岡市におけるブランド体系
出所:筆者作成
地理的優位性を活かして「企業誘致」のコンセプトを創造し、それを BI に繋げていこう
とする試みは、多くの自治体で見られる。しかし、地方自治体は、その優位性から創造し
たコンセプトが真に「地域」の差別化に寄与しているのか、あるいは、コモディティ化さ
れていないか、また経済的にポジティブな影響をもたらしているのか、等について精査す
る必要があることは言うまでもない。福岡市の事例は、地理的優位性を最大限活かすため
の自治体の創造力・独創性を基盤としたコンセプトの重要性をあらためて示唆したもので
あるといえよう。
(2)集積状況の活用(GNI の事例)
次に、立地特性の活用の中でも、
「集積状況」を活用した事例を取り上げる。基本的に集
積状況は、一つの行政区分に留まらないため、広域連携が必要となる。つまり、これは、
先述した戦略的ゾーンデザインの適用であり、立地特性を市や県単位で把握し、活用する
のではなく、行政区分を超えて、近接する自治体が連携し、あるコンセプトの元、一義的
にはその地域の知名度を向上させながら、企業誘致ブランドの構築を目指し、投資を呼び
込むという戦略である。本稿ではその事例として、グレーター・ナゴヤ・イニシアティブ
(Greater Nagoya Initiative:GNI、以下 GNI と略す)を取り上げる。
GNI は名古屋を中心に半径約 100 キロメートルをグレーター・ナゴヤとし(圏内人口は約
1,100 万人(2012 年)、4,910 億米ドル(2010 年))
、圏内の産業経済を世界によりオープン
なものとして、世界から優れた企業・技術やヒト・情報を呼び込むため、圏内の県、市、
産業界、大学、研究機関が一体となり、国際的産業交流を促進する活動のことである。つ
まり、GNI は「グレーター・ナゴヤ=日本におけるものづくりの中心地」というコンセプト
戦略で、国内外におけるブランドの認知度向上及び浸透を狙っている。
この GNI には三重県、岐阜県、愛知県、名古屋市の三県一市と賛同する市、経済産業省
中部経済産業局や JETRO といった国の機関、そして中部経済連合会、名古屋商工会議所、
169
賛同商工会議所が参加している。また、GNI パートナーズクラブという、GNI の進める各種
プロジェクト(外国企業とのビジネス交流会、セミナー、イベント、シンポジウム等)の
案内、ビジネス取引の照会、アレンジ等、GNI を有効活用することができる組織があり、現
在、その組織には、GNI の趣旨に賛同し、外国企業との業務提携を望むグレーター・ナゴヤ
地域の企業、大学、研究機関等を中心に、約 500 以上の団体が加入している。
それらの活動を運営・促進しているのが、2006 年 2 月に設立されたグレーター・ナゴヤ・
イニシアティブ協議会(Greater Nagoya Initiative Committee:GNIC、以下 GNIC と略す)
であり、海外企業の招聘活動、海外へのミッション派遣、国内外への PR 活動を行っている。
こうしたあるコンセプトに基づく広域連携は、地域ブランド論の観点からすればその地
域の「認知度向上」に大きく寄与することは間違いない。しかし、「企業誘致」という観点
から考えれば、広域連携で形成されたゾーンを「クラスター化」まで発展させる必要があ
る。なぜなら、クラスターは地域の価値をさらに高め、結果として「企業誘致ブランド」
の形成・強化に繋がることが明らかになっているからである(Porter 1999)。実際、GNI は
「ものづくりの中心地」という企業誘致 BI だけでなく、アメリカのシアトル、フランスの
ツールーズと肩を並べる「アジア NO.1 航空宇宙産業のクラスター」としての BI の構築を
も目指している。
Aaker(1996)は、
「BI をつくる」フェーズにおける内部マネジメントにおける困難性を
示したが、少なくとも福岡市、GNI では「BI をつくる」ことに関して(そのアプローチ方
法は異なっているが)その困難性をも克服していると言える。福岡市、GNI においては、首
長等のリーダーシップ及び組織・関係者の間のブランド構築に対する共通理解があること
は間違いないだろう。これらの自治体では今後、BI をどのように域外のステークホルダー
に対して、正確かつ魅力的に伝えることができるかが課題となる。今後の展開を注視した
い。
(3)Porter のクラスター論
「企業誘致戦略」においては、「クラスター」についての理解は必要不可欠であるため、
その分野で代表的な研究者である Porter(1999)の研究について、若干触れておく(詳細
は専門書に譲りたい)
。Porter(1999)はクラスターを「ある特定の分野に属し、相互に関
連した企業と機関からなる地理的に近接した集団」と定義し、「これらの企業と機関は、共
通性と補完性によって結ばれている。」とした。そして、クラスターは、以下のような利点
をもたらすと言う。それは、
「クラスターの視点から経済を見ることによって、競争の本質
や、競争優位の源泉を考える場合に都合が良く、企業間や産業間の重要なつながりや補完
性、あるいは技術スキル、情報、マーケティング、顧客ニーズなどのスピルオーバー(溢
出効果)をとらえることができる」ということである。
さらに、Porter(1999)は、クラスターの概念の基盤となる「立地」の役割について、
「グ
170
ローバリゼーションと知識集約化によって、立地の役割は変化している」との見解を示し
ながら、立地が競争に与える影響を四つの相互に関連する影響からなるモデル(図表 2)で
表した。そのモデルは、
「要素(投入資源)条件」
、
「企業戦略および競争環境」
、
「需要条件」、
「関連産業・支援産業」で構成されている。
図表 2
立地が競争に与える影響
出所:Porter(1999)p83
「要素(投入資源)条件」には、有形資産(物理的インフラなど)や情報、法律制度あ
るいは企業が競争の際に頼りにできる大学の研究機関などがあり、それらの効率、品質を
向上させ、特定のクラスター分野に特化したものである必要があるとした。
「企業戦略およ
び競争環境」は、地元の競合のタイプや激しさを決定づけるルールやインセンティブ、規
範を意味している。賃金の低さを争うのではなく、費用の低さを争うことでイノベーショ
ンが生まれると言う。さらに「需要条件」として Porter(1999)は、行動で要求水準の高い
国内顧客の存在が必要であるとし、需要の規模よりも質の方がはるかに重要であると述べ
た。なぜなら、そういった顧客が出現すれば、企業は改善を迫られ、既存のニーズや将来
のニーズが分かってくるからである。そして、最後に「関連産業・支援産業」は、「クラス
ター」のことを指している。しかし、Porter(1999)によれば、四つの要素の相互作用を
示したものととらえるのがベストであると述べ、クラスターが競争に影響を与える三つの
形(①クラスターを構成する企業や産業の生産性の向上、②その企業や産業がイノベーシ
ョンを進める能力を強化し、それによって生産性の成長を支えること、③イノベーション
を支えクラスターを拡大するような新規事業の形成を刺激すること)を示した。そして、
171
それらはどれもある程度は、人間同士の付き合い、直接に顔を突き合わせたコミュニケー
ション、個人や団体のネットワークを通じた相互作用に依存していると言う。
このように戦略的にデザインしたゾーンをさらにクラスター化することは、
「地域」の国
内外における競争戦略において重要である。しかし、より魅力的なクラスターを形成する
には、いったいどのような方策が考えられるのであろうか。その問いに対して、Porter(1999)
は成功していると思われる既存のクラスターを分析し、以下のように共通の特徴を導き出
している(図表 3)
。
図表 3
・競争力や、競争優位におけるクラスターの役割について共通理解がある
・クラスターのグレードアップに対する障害の排除、制約の撤廃に力点が置かれている
・構造的に、国内・州内の全てのクラスターを対象としている
・クラスターの範囲が適切である
・クラスター参加者や関連機関が幅広く参加している
・民間部門が主導権を握っている
・人と人とのつながりを重視している
・行動を重視している
・制度化する
出所:Porter(1999)pp.159-163
「クラスター化」と「企業誘致ブランド」は一見次元が異なっているように思える。し
かし、クラスターに所属する関係者がクラスターからより多くの利点を享受すればするほ
ど、新たな投資を呼び込み、クラスターの価値を高める。そして、同時にクラスターの基
盤となる地域の企業誘致 BI もまた形成・強化されていく。つまり、それらの二つの間には
正の相関関係がある。そのため、自治体が企業誘致を目的とし「広域連携」を推進する際
には、これらの要素を複合的に捉え、取り組む必要があるだろう。
図表 4 広域連携型概念図
出所:筆者作成
2.アフターフォローの充実
172
次に、BI につながる付加価値コンテンツの一つとして、
「アフターフォローの充実(既進
出企業による交流会の開催等)
」について述べる。自治体の支援は主に外資系企業の進出時
と進出後に分類することが可能であるが、進出後のアフターフォローは特に自治体によっ
て異なるため、この取り組みが差別化可能な企業誘致 BI につながっていく。実際、筆者に
よる経験では、進出後のフォローについて多くの自治体は外資系企業から問われる。それ
にもかかわらず、多くの自治体では進出時の支援に注力し、進出後の支援(アフターフォ
ロー)はおざなりにしてきた。
このアフターフォローは外資系企業だけでなく、自治体にも多くの利点をもたらす。ま
ず、彼らと密なコミュニケーションをとり、課題を一つひとつ解決し、要望に応えていく
中で、外資系企業から信頼を獲得することが可能であり、それは、結果として彼らの企業
動向を主とした良質な情報の入手につながる。そして、そのような情報の事前の入手によ
って自治体は様々な対応を適切かつ迅速に行うことができる。言い換えれば、進出後の支
援を怠り、企業とのコミュニケーション機会が少ない状況下では、彼らの日々の動向、計
画を見逃してしまう可能性が非常に高い。例えば、企業が地域からの撤退を計画していた
場合、自治体には高い確率でその撤退情報は事前に知ることはないだろう。そして気が付
いた時には自治体は何も対策を講じることができず、結局その撤退を眺めるだけという事
態が起こってしまう。自治体としては税収入と雇用に大きなマイナスの影響を与えるため、
そのような事態は極力避けたい。
それでは具体的にどのようなアフターフォローが考えらえるのか。本稿では既進出外資
系企業向け交流会の開催を取り上げたい。
・既進出外資系企業向け交流会の開催
地方自治体が主催する交流会は、新ビジネスの創造、人脈の形成、日本市場の情報交換
等を行うことができるという点で、外資系企業にとって利点が多い。従って、外資系企業
の担当者の満足度も高く、口コミもまた発生させる可能性がある。この種の交流会の事例
として、図表 5 に千葉県と福岡県の取り組み事例をあげる。
図表 5 千葉県と福岡県の取り組み事例
*千葉県の取り組み(CISC)
2004 年 4 月、CISC(ちば投資サポートセンター)を設立。千葉県への進出を検討して
いる外資系企業をターゲットにワンストップで支援するセンターである。千葉県からの
委託事業で財団法人千葉県産業振興センター内に設置。外資系企業の交流会は 2006 年
12 月より開始。年に二回ほど進出後のアフターケアの一環(CISC の WEB ページでも情
報発信中)として実施。交流会は二部構成で前半はその時のニーズに合った基調講演、
説明会など、後半は懇親会を開催している。例えば 2009 年 7 月の第 9 回の交流会で
は税制改正に関する講演、千葉県に立地した外資系企業によるプレゼンテーションが実
173
施された。参加者は主に情報交換やネットワーキングを目的に参加。会員制ではない。
一回の参加人数は 30~40 人ほどで大手企業であれば部長、中小企業であれば社長クラス
が参加している。
*福岡県の取り組み(FIBA)
2006 年 4 月、FIBA(福岡国際ビジネス協会)を設立。現在も麻生知事が積極的にコミ
ットしている取り組みである。事務局は外国人向けのフリーペーパーである 「Fukuoka
Now」を発行し、10 年以上福岡に滞在している日本語が堪能なカナダ人を中心に運営して
いる。福岡県は後方支援という位置付け。主に外国人ネットワークの基盤作り(経済、
文化などの情報交換)と外資系企業と日系企業との交流の場を提供している。自治体と
しては企業誘致の際、進出後の外資系企業への支援(アフターケア)の一つとしてアピ
ールしたいと考えている(現在企業誘致のパンフレットにも掲載中)。2009 年 12 月現
在、会員 数は 56 人(欧米を中心に外国人 24 人、日本人 32 人)で自動車業界、IT 業
界など業種は多岐にわたっている。交流会は四半期に一回程度開催。そのうち一回は知
事も参加する。大手企業であれば部長クラス、中小企業であれば社長が出席。一回の交
流会は二部構成で前半はその時のニーズに合った内容の講演(英語で実施)
、後半はネッ
トワーキングを目的とした懇親会を実施している。参加人数は 40~50 人ほど。交流会
の開催は事務局から会員へメーリングリストにて周知されるが、県の WEB ページなどで
積極的に周知はしていないため、全くの第三者が交流会に参加することはない。新会員
は既存の会員によって紹介される。会員数の拡大よりも会員の質を維持したいからであ
る。しかし、新たな会員の獲得の重要性は県、任意団体ともに認識している。
出所:千葉投資サポ―トセンター(CISC)の WEB サイト
(http://www.businesssupport-chiba.jp)と国際ビジネスパーソンネットワーク(FIBA)
の WEB サイト(http://www.fiba.jp)を参照及び筆者によるヒアリング調査に基づき筆者
作成
福岡県の交流会は使用言語が英語であるため、外国人会員は欧米人が主である。地理的
特性を考えた場合、欧米人と比べて中国人や韓国人の参加が少ないなどいくつかの課題は
存在するものの、企業誘致への取り組みという枠組みにおいて概ねその存在意義、運営な
どの点で成功していると言える。また、千葉県についても参加者の満足度は非常に大きく、
特に外資系企業の担当者同士の情報交換にメリットを感じており、福岡県と同様、その取
り組みへの意義は大きい。これらの例から分かるとおり、この種の交流会には自治体が外
資系企業から日々の問題点などを含む細かい要望や企業動向の把握というメリットだけで
なく、図表 6 にあるような以下のようなメリットもあることも強調しておきたい。
図表 6 交流会のメリット
174
・外資系企業の担当者は、類似した生活環境である他の外資系企業の担当者と情報交換
や、交流をすることによって生活面の充実を図ることができる。
・外資系企業と日系企業の交流によって、新ビジネスが創出される可能性がある。
・海外ビジネスを展開しているもしくは検討している地域の日系企業は外資系企業と交
流することによって最新の海外情報を入手することができる。
・自治体は交流会を通して得た情報をもとに適切な施策を実行し、彼らの満足度を高め
れば、企業誘致に新たな二次的なプラスの口コミ効果(SHARE)が期待される1。
出所:筆者作成
3.日常生活支援の充実
BI の創造につながる付加価値コンテンツとしては、日常生活支援の充実もまた必要であ
る。というのは、外資系企業を誘致するためには、当該地域が外国人担当者及びその子女
にとって、住みやすい環境かどうかもまた判断基準の一つになりうるからである。そのた
め、医療サービス、子女教育等を含む、多文化共生の観点からの日常生活支援は重要とな
る。
まず、医療サービスであるが、これは「医療技術」というよりむしろ「言語面」に課題
が存在していることが既に分かっているため、外国語で医療サービスを提供することがで
きる人材の育成や、医療通訳サービス等の早期の普及が望まれる。また、子女教育につい
ては、特に決裁権をもった中枢で働く社員には子女がいることが多いことからインターナ
ショナルスクールなどの教育施設の充実(弾力的な規制の緩和を含む)及び日本語教育の
充実が鍵となる。日本全国には、文部科学省が公表している国際的な評価団体認定外国人
学校は 2009 年 10 月現在、21 校2ある。正確な数は把握できていない(増田 2003)が、設
置基準を満たすことができない小規模な学校や届け出を出していない学校も多いことは確
かである。しかし、その数は諸外国と比較して決して多いとは言えない。今後、日本とし
て国際化を加速させていくのであれば、インターナショナルスクールに対する補助金の交
付など国をあげての政策の策定と実行、そして教育インフラの整備が必要不可欠である。
教育は子女向けに限ったことではない。駐在者の家族(例えば扶養者など)向けの教育も、
新しい文化への適応という点で非常に重要である。彼らに対するきめ細やかなサービスの
有無もまた、直接的でないにせよ意志決定者に影響を及ぼすからである。 図表 7 は、横浜
市と千葉県におけるインターナショナルスクールの開設事例である。
図表 7 インターナショナルスクールの開設事例
*横浜市
横浜市は IT 分野に強いインド企業の誘致に力を入れており、その家族の子女のため、
2009 年 4 月、神奈川県で初めてインド系インターナショナルスクール「インディア・
インターナショナル・スクール・イン・ジャパン」
(IISJ)を開校。幼稚園及び小学校。
175
CBSE(インドの教育課程)認定校。
*千葉県
千葉県は国際的な教育機会のニーズに対応するため、幕張新都心において、幕張イン
ターナショナルスクール(MIS)を 2009 年 4 月に開校。幼稚園及び小学校。少人数
制 1 クラス 20~24 人程度の英語イマージョン教育が特徴。学校教育法第 1 条の定め
る学校であり、私立学校法及び私立学校振興助成法に基づき助成対象。
出所:インディア・インターナショナル・スクール・イン・ジャパン(IISJ)の WEB サイ
ト(http://www.iisjapan.com/)及び幕張インターナショナルスクール(MIS)の WEB サイ
ト(http://www.mis.ed.jp/jpn/)を参照に筆者作成
国・地方自治体が協力し、このような医療、子女教育機関の充実が図られたとしても、
実際にそれらを機能させるには、
「外国人」と「国・地方自治体が提供するサービス」とを
結ぶ中間的な組織、
つまり NGO や NPO のような組織が必要である。例えば、
兵庫県には
「GONGO
(Government Organization と NGO)」の会(外国人相談窓口の担当者連絡会議の名称)が
存在しているが、そこでは定期的に外国人がどのようなことに困っており、どう対応すべ
きか等について情報交換を行っている。さらに兵庫県には、知事も出席する年 1 回開催の
外国人県民共生会議3があり、外国人コミュニティや外国人支援団体の人たちと、外国人が
住みやすい環境構築・サービスの可能性等について幅広く意見交換を行っている。生活関
連情報は駐在員にとって大きな関心事であり、間接的に進出の意思決定に影響を及ぼすた
め、自治体はその整備にも力を入れなければならない。
先に企業誘致ブランド構築プロセスにおいては域内におけるステークホルダーとはさほ
ど問題とならないと述べたが、あえて付け加えれば、以下に述べるコンテンツを創造して
いくには、それらの提供主体(主に NPO 等)との関係性が重要となろう。
以下、積極的に外国人住民に対するサービスの向上に取り組んでいる代表的な自治体の
事例を、総務省による報告書4から紹介する。
図表 8 外国人住民に対するサービス向上に取り組んでいる主な自治体
(1)宮城県
①生活支援(医療・保健・福祉)
・保健医療通訳サポーターの育成・紹介
・多文化共生(保健福祉分野)研修会の開催
②生活支援(防災)
・災害時通訳ボランティアの確保・養成
・災害時多言語表示シートや災害時多言語音声情報 CD の製作・配備
・災害時外国人サポート・ウェブ・システム(気象・地震・津波に関する多言語情報配
信サービス)の運用
176
③多文化共生の地域づくり(地域社会に対する意識啓発)
・
「多文化共生社会の形成の推進に関する条例」制定(2007 年 7 月)
・
「宮城県多文化共生社会推進計画」策定(2009 年 3 月)
・多文化共生シンポジウム、多文化共生研修会の開催
(2)神奈川県
①生活支援(居住)
・外国人居住支援システムにより、不動産店の紹介、入居後のトラブル相談等
②生活支援(医療・保健・福祉)
・協定医療機関からの派遣依頼を受け、医療通訳相談窓口のコーディネーターが医療通
訳スタッフを派遣するシステムを、NPO と神奈川県等が協働して運営
③多文化共生の地域づくり(外国人住民の自立と社会参画)
・外国籍県民が、外国籍県民に関する施策や外国籍県民の視点を生かした地域社会づく
りを協議し、知事に報告・提言する場(外国籍県民かながわ会議)を確保
④多文化共生の地域づくり(地域社会に対する意識啓発)
・外国人と地域社会の交流を深める契機として、県、財団法人かながわ国際交流財団、民
族団体、NPO、外国人、JICA、市民ボランティア等が連携して、
「あーすフェスタかながわ」
を開催
(3)愛知県
①生活支援(労働環境)
・外国人労働者の適正雇用と日本社会への適応を促進するための憲章の策定(2008 年 1
月)
②多文化共生の地域づくり(外国人住民の自立と社会参画)
・多文化共生社会を目指して外国人県民が主要な役割を果たす事業について、企画案を
NPO 等から公募し、優秀な企画案について、提案団体に委託して実施
③生活支援(教育)
・外国人児童生徒の日本語学習を支援するための基金の創設。
・同基金により、日本語教室及び外国人学校に対する支援、アドバイザー設置事業等
④その他
・在住外国人が自国の文化と異なる環境で生活することにより生じる心理的・社会的問
題に対して、相談から解決まで継続して支援する多文化ソーシャルワーカーを育成、外
国人に対する個別支援を実施
(4)新宿区
①コミュニケーション支援(地域における情報の多言語化)
177
・新宿で初めて生活をする外国人区民に「新宿生活スタートブック」
(4 言語)を外国人
登録窓口で直接配布
②コミュニケーション支援(日本語および日本語社会に関する学習の支援)
・区内全域を対象として初級向け日本語教室を 8 ヵ所 9 教室開設(週 2 回、週 1 回)
・2009 年 10 月から、実習付のスタッフ養成講座を実施
③多文化共生の地域づくり(地域社会に対する意識啓発)
・ネットワーク連絡会(区、財団、NPO、町会、外国人コミュニティ等)の開催による意
見交換の実施
(5)磐田市
①コミュニケーション支援(日本語および日本語社会に関する学習の支援)
・
「いわしんバモス日本語!」企業、地域、市、外国人との協働による日本語教室の開催
・市役所内に設けられた外国人情報窓口において転入者・新規入国者全員に多言語で磐
田市での生活ルールの教示
②多文化共生の地域づくり(地域社会に対する意識啓発)
・多文化交流センターによる外国人の子どもと地域(自治会・公民館・
保育園等)を結ぶ活動の実施
・自治会主体による外国人と顔の見える関係づくりへの取組(多文化共生自治会長情報
交換会開催・多文化共生取組推進地区の選定)
(6)大阪市
①コミュニケーション支援(地域における情報の多言語化)
・市政相談、法律相談、外国籍住民相談窓口(毎日 9:00-17:30、5 言語)
・生活情報冊子「エンジョイ・オオサカ」(5 言語)の配布
・リビングインフォメーションによる情報提供
②コミュニケーション支援(日本語および日本語社会に関する学習の支援)
・識字・日本語教室の開設や指導者養成事業の実施
③生活支援(教育)
・国際理解教育として外国青年招致事業、英語でわくわく 1・2・3 事業等の実施
・在日韓国・朝鮮人の子どもに対する教育(民族クラブ 98 校)
・ 帰国・来日等の子どもの教育(通訳者派遣事業、日本語指導協力者派遣事業等)
・日本語指導、適応指導のセンター校設置(小学校 4 校、中学校 4 校)
④多文化共生の地域づくり(外国人住民の自立と社会参画)
・区役所・NPO・地域住民が協働して実施する多文化共生の取組みを支援(モデル事業)
<テーマ>
・地域防災「留学生との協働による多言語防災マップの作成」等
178
・国際交流「日本文化教室と日本語スピーチコンテスト」
・生活支援「ポルトガル語での子育て・医療情報の提供」
出所:総務省(2010)「多文化共生の推進に関する意見交換会 報告書」
なお、ここまで述べてきた交流会の開催や外国人住民サービスは、専任の担当者及び一
組織による一元窓口(ワンストップサービス)が望ましい。そして、彼らが入手した情報
(課題、要望、企業の動向など)はできる限り、自治体内部で組織を超えて共有し、一丸
となって対応することである。そうでなければ、情報は様々な組織に分散するため、全体
像の把握が困難になり、自治体として外資系企業に対して適切な対策を講じることは不可
能である。
そして、このようなアフターサービスが充実すれば、自然発生的に既進出の外資系企業
の担当者が、本国や未進出の外資系企業の担当者に対して、それらの情報を何らかの手段
によって伝えることで、
「口コミ」が発生する可能性もまた高まる。口コミは、組織による
情報提供よりも信頼性が高い。また、地域に住む既存の外国人がこれから進出を考えてい
る外資系企業の担当者に、地域のポジティブな情報を伝えることを誘発することができれ
ば、新たな投資が生まれる可能性が高いため、是非活用したい手段である。
つまり、付加価値コンテンツの創造はコンセプトを強化し、域外とのコミュニケーショ
ンを有利にするという側面も持つ。そのような状況を創出するには、地方自治体が、①「外
国人と関わる機会を増やすこと」
、②「彼らが求めるサービスを提供し、満足度を高め、地
域の魅力度を向上させること」が必要である(このような取り組みは口コミの発生だけで
なく、先述した外資系企業の定着率の改善にも役立つと考えられる)
。そして、このことは
結果として BI の創造につながり、
当該地域に対する新たな投資を招くこととなるのである。
本項では主に BI 創造について論じてきた。それらに共通していることは、マーケットイ
ンの発想5、つまり、市場が求めているものに応じて創造する、という発想に他ならない。
また、地域の分析には、過度に内的リソースに依存すべきではないことも付議しておく。
なぜなら、地域の魅力度は内部と外部との間で往々にして「認知ギャップ」が存在するか
らである。つまり、内的リソースのみで考え出した地域の魅力度は、一般的に域外と乖離
していることが多い。そのため、域外にとって魅力的ではない可能性が高い。そうならな
いための一つの解決策は、
「よそ者」「若者」、「ばか者」といった、地域活性化に必要不可
欠といわれる人的リソースのうち、
「よそ者」の視点を積極的に取り入れることである。
「よ
そ者」は、①一般的に当該地域のことを知らないが、域外のことをよく知っているため、
地域の発信内容を客観的に評価することができる。また、②既存の組織や人間関係にしが
らみもなく、今までにない新しい視座、気づきを地域の人たちに与えることができる、と
いう利点を有しているからである。
それでは、行政による基本的な取り組み内容及び付加価値コンテンツを基盤とした企業
179
誘致 BI を、いかに外資系企業に伝えるのか。次項ではその伝え方について論じたい。
第二項
自治体による BI の伝達
BI を伝えると言っても、誰が誰に対してどのように伝えるかということを明らかにする
必要があるだろう。まず、誰が伝えるかということであるが、現状を鑑みると、真っ先に
日本貿易振興機構(JETRO)が思い浮かぶ。確かにこれまでは JETRO がその役割を担ってき
た。しかし、中央から地方への権限移譲等のパラダイムシフトが今後加速していくことを
鑑み、自治体の企業誘致担当者を想定したい。また、その伝える対象については、外資系
企業の担当者(担当者か意思決定者のどちらにアプローチするかは、国や企業文化によっ
て異なる)
、外資系企業担当者が日本国内の情報収集する際に依拠する傾向にある監査法人
やコンサルティング会社、各国の政府関係機関、そして外国人記者クラブとする。
第一節 BI を伝える相手の分析
情報伝達に最も重要なのは、情報を伝える対象者の分析である。なぜなら、その分析結
果に基づいた情報伝達手法を変更する必要があるからである。この考え方は、先述したマ
ーケットインの発想に立脚している。民間企業では、顧客ニーズに立脚したマーケティン
グ活動の重要性について古くから認識され、戦略的に行われてきた。しかし、残念ながら
地方自治体ではあまり重視されておらず、長い間プロダクトアウトの発想から脱却するこ
とができていない。そのため、市場のニーズに適合しない、あるいは域内に投資を考えて
いる企業にとって魅力的ではない地域が多くつくられ、今日まで多くの自治体において「施
策」として企業誘致に成功してきたとは言い難い。
それでは具体的にどうすべきか。まずは情報発信活動が単なる公的な周知活動ではなく
マーケティング活動の一つ(Promotion)であることを強く意識することから始めたい。そ
して、3C 分析や SWOT 分析などのフレームワークを活用しながら、他の自治体との差別化
を意識した戦略を立案し実行すべきである。さらに外資系企業誘致の場合は、担当者が日
本人でない場合も多いため、異文化コミュニケーションの観点も忘れてはならない。
なお、対象となる外資企業の担当者の特性を分析する際、国籍や業種を切り口6とするこ
とが一般的であるが、地方自治体はそれらの切り口によって分析した結果を参考にし、相
手に応じて、①表現方法(情報内容の濃淡、追加/削減、比較対象の変更、色、レイアウト、
言語等)
、②コミュニケーション様式、を戦略的に使い分ける必要がある。例えば A 国の外
資系企業 B に紙媒体(パンフレット、リーフレット等)で地域の魅力を説明するのであれ
ば、紙媒体は A 国の言語、A 国における標準的なレイアウト、色使いで作成されたものであ
ることが望ましい。もちろん、外資系企業 B が求める情報が量、質ともに網羅されている
ことが最低条件である。さらに、A 国のコミュニケーション様式、例えば意思決定プロセス
が「トップダウン式」であれば、意思決定者は明らかに「トップ」であるため、「担当者」
に説明するよりも、直接、
「トップ」に対してアプローチした方が、より効果的かつ効率的
180
に結果にたどり着くことができると考えられる(もちろん過度のステレオタイプは避ける
べきである)
。
それではこれらの対応を着実に行うためには、企業誘致担当者はどのような資質が必要
となるのか。
第二節 担当者の資質
1.異文化理解者
まず、担当者は異文化理解者でなければならない。なぜなら外資系企業の担当者が外国
人の場合、文化の違いによって日本人とはコミュニケーション様式が異なり、その認識の
欠如が原因で些細な事象から誤解が生じ、お互いにとって満足がいく結果にならないこと
が多いからである。実際、本調査にあたりインタビューを実施した自治体からも「意思決
定のタイミング」や「情報提示方法」によるコミュニケーションの「ズレ」を過去に経験
したという声を多く伺った。さらにヒアリングを行ったある外資系企業からは「自社と日
系企業との思考の違い(長期的、短期的)」も留意しなければならないという声を伺った。
そこで、異文化コミュニケーションにおいて、担当者が事前に認識しなければならない項
目を下記(図表 9)に示す。
図表 9
国によるコミュニケーション様式の違い
ある事象に対する対応方法
意思伝達における情報の提示方法
・リスクテイキングの度合い
・間接的⇔直接的
・集団主義⇔個人主義
・高コンテキクト⇔低コンテクスト
・個別主義(人間関係を重視、内容は総体
・感情を表現する度合い
的)
・比較、対照の活用度合い
⇔普遍主義(契約を重視、内容は詳細的)
・長期的思考⇔短期的思考
・ボトムアップ型意思決定⇔トップダウン
型(リーダ型)意思決定
・階層主義、属性主義⇔平等主義、業績主
義
出典:筆者作成
上記の表に関連していくつか諸外国のコミュニケーションスタイルを紹介したい。例え
ば、インド人は人間関係の構築を主にビジネス交渉の目的とし、フランス人は契約の締結
を目的とする傾向にある。また、ビジネスに対するリスクテイキングは、インド人、フラ
ンス人ともに積極的に取る傾向があるのに対して、日本人は消極的である。意思決定プロ
181
セスはアメリカ、フランス、インド、アルゼンチン等ではトップダウン型である。このよ
うなトップダウン型の国に対しては、初期段階においては担当者との対話で構わないが、
交渉が行き詰った場合は、担当者との継続的な対話よりむしろ意思決定者を意識したアプ
ローチ、つまり、首長によるトップセールスによるアプローチがより効果的であると考え
られる。一方、日本を含む、メキシコ、ブラジル等では正反対のボトムアップ型であり、
これらの国に対しては、担当者からの信頼獲得に注力し、彼らから企業の意志決定者に上
申してもらうというプロセスが望ましい。自治体の担当者はこのような相手企業の意思決
定様式の違いを認識した上で、必要に応じて適切なタイミングで首長によるトップセール
スをアレンジし、外資系企業の意思決定に少しでも多くのポジティブな影響を与える機会
を創出していく必要があるだろう。
さらに合意形式(フォーマット)について述べると、日本、インド、ドイツは「総体的」
であり、イギリスではより「詳細的」になる傾向にある。また、意志の伝達方法は日本人
が「間接的」であるのに対し、アメリカ人は「直接的」である。さらに特筆すべき違いは
コミュニケーション期間と信頼度の関係である。例えばアメリカ人はコミュニケーション
の初期段階で相手をかなり信頼し、その後緩やかにその信頼度は増していく傾向にあるが、
一方、日本人はというと初期段階において相手への信頼度は非常に低い。そして、小さな
出来事を重ねながら緩やかに上昇、そしてある時期を境(Trust Barrier)に急激に上昇し、
最終的にはアメリカ人の信頼度を超える傾向にある(Rochelle 2003)
。
このように国籍によってコミュニケーション様式は様々である。もちろん全ての外資系
企業の担当者がこれらに従った様式をとるわけではない。しかし、自治体の担当者はこれ
らの違いを事前に理解し念頭においた上で、交渉相手に適した様式を選択し、外資系企業
との円滑なコミュニケーションを実践したい。
2.セールスマン
次に、担当者は「説明者」ではなく「人間力」と「専門知識」を兼ね備えた「セールス
マン」であるべきである。具体的には、担当者は地域のリソースについて「説明」するの
ではなく、自身の「人間力」と「専門知識」を基礎とし、
「他地域との徹底的な“差別化”」
と「外資系企業が享受しうる大きな“メリット”
」を最大限強調する「プレゼンテーション」
を常に行うという意識で、外資系企業とのコミュニケーションに臨む必要がある。効果的
なプレゼンテーションについては良書が多数でているので詳細な説明はそれらに譲るが、
いずれにせよ彼らの興味・関心を駆り立て、記憶に残すことを考えたい。そして担当者の
「誠実さ」によって、最終的に彼らから信頼を勝ち取るのである。
なお、担当者の「人間力」を相手が理解するには一定の時間を要し、また「専門知識」
の蓄積には職務期間や経験年数と比例することが多いことから、地方自治体は、担当者の
人選、人事異動のタイミングについては念入りに検討し、綿密な計画の上、判断する必要
があるだろう。
182
3.交渉者
さらに担当者は外資系企業の一元窓口であると同時に御用聞きでなく、タフな交渉者で
あることが望ましい。交渉者とは外資系企業と自治体の利益を考えながらその場で様々な
意志決定を行うことができる人物のことである。 しかし、今までの日本の意思決定手法は
ボトムアップ型であり、担当者に意思決定権限はあまりなく、さらに事案は意志決定者の
ところに届くまで多くの時間を要していた。実際、今回ヒアリングを行ったいくつかの自
治体からは「外資系企業から意思決定に時間がかかり過ぎるとよく言われる」という意見
を伺った。 現在はマーケットイン(プル型)の発想で企業のニーズに合わせた対応が強く
求められる時代である。例えば金銭的な優遇パッケージの場合、規定のパッケージを提示
(プロダクトアウト、プッシュ型)するのではなく、外資系企業のニーズに基づいたカス
タマイズが必要になる。その都度、意識決定者の判断を仰いでいては、結果として意志決
定に多くの時間を要すため、特に「個人主義」の国7の外資系企業にとっては大きなストレ
スになるだろう。そしてその結果、ネガティブな感情を与え、良好な信頼関係を構築する
際の弊害となる可能性が高い。
そこで全てである必要はないが、意志決定者の権限の一部を担当者へ委譲させるなどし、
出来る限り現場で迅速な意志決定が行われる仕組みづくりが必要であることは言うまでも
ないだろう。もちろん担当者に異文化交渉スキルが備わっていなければならない等、クリ
アしなければならない様々な課題はあるが迅速な意思決定を行う方法論として必要不可欠
である。
このように、担当者には、異文化理解、セールスマン、交渉者としての資質が問われる。
そして、担当者は地域資源を単に説明するのではなく、進出予定である外資系企業の視点
に立った個別かつ具体的な交渉を行い、彼らの欲求を駆り立て、動機を促し、記憶に刻み、
最終的に進出の意思決定の獲得を目指していく。そして、この活動の積み重ねが地域の企
業誘致ブランドの価値を高めることにも寄与していくのである。
しかし、常時、人的リソースが不足している地方自治体においては、こういった人材を
育成し、実行することは困難かもしれない。しかし、たとえそうであったとしても、地方
自治体は今やグローバル競争にさらされていることを鑑みると、このような人材が必要不
可欠であることは疑いの余地はなく、彼らの存在なしに外資系企業等を誘致する施策の展
開は不可能である。従って、海外ビジネス経験者等を採用する等の対策が急務である。
さらに、担当者がこのような資質を兼ね備えとしても、このようなコミュニケーション
は外資系企業が WEB サイトや口コミなどから既に地域の情報をある程度掴んでおり、進出
を予定している地域に興味を抱いている状況で行われることが望ましい。なぜなら対話に
よってゼロから説明し、彼らの興味を高めるのはどのような素晴らしいスキルをもった担
当者であっても困難を伴い、そのような事案は契約に至る確度もそれほど高くないと思わ
183
れるからである8。先に述べた付加価値コンテンツの創造も外資系企業からのアプローチを
誘引することが目的である。次節ではそのようなコンテンツをいかに効果的に情報発信す
るかについて論じたい。
第三節 情報発信手法
1. プッシュ型・アウトバウンド型コミュニケーションとプル型・インバウンド型コミュニ
ケーション
地方自治体が行う域外のステークホルダーとのコミュニケーションは、そのアプローチ
方法の違いによって、以下の二種類に大別可能であることをまず確認しておく。
一つは、ターゲットを選定し、地方自治体からそのターゲットにアプローチするプッシ
ュ型・アウトバウンド型であり、もう一つは、幅広い潜在顧客が自治体にアプローチする
(将来の顧客が地域を「発見」する)プル型・インバウンド型である。
地方自治体がプッシュ型・アウトバウンド型コミュニケーションを行う場合、ターゲッ
トは、主に将来進出する可能性がある外資系企業(どの国のどのような業種をターゲット
にするか)
、彼らが進出先の情報を入手する際に依拠している監査法人やコンサルティング
会社、各国の政府関係機関、そして外国人記者クラブ9等になるが、彼らはおそらく当該地
域についてあまりよく知らない、あるいは理解していない可能性が高い。つまり、このこ
とは地方自治体がこれから行われるコミュニケーションを通じて、彼らの当該地域に対す
る「ネガティブ」もしくは「ニュートラル」な感情を「ポジティブ」に転換させなければ
ならないことを意味している。そして、それを実現させるには、先述したようにプレゼン
テーション力、交渉力に優れたグローバル人材が必要になる。
しかし、たとえそのような人材を確保できたとしても、契約締結までに多くの時間と労
力を要することは確実であり、最終的に契約に至る可能性は高いとは言えない。実際、地
方自治体は、今まで、地域のコンテンツを記載したパンフレット、リーフレット、特製 DVD
などを活用し、広報活動を行ってきた。そして、このような活動は国内企業の誘致を目的
にした場合、一定の成果をあげてきた。 しかし、一方、外資系企業誘致においては、日本
貿易振興機構(JETRO)との緊密な連携、自治体の姉妹都市、海外駐在所の活用、そして海
外の見本市への参加、経済交流等が上記の広報活動に加わっているものの、これらの活動
はいまだ改善の余地が多いと言わざるをえない。例えば海外の見本市への参加は外資系企
業にその地域の存在を認知させることはできるが、地方都市の場合、東京や大阪と異なり、
知名度が劣っているため、よほどのインパクトがない限り彼らの記憶に残らず、契約にま
で至るケースは多くない10。また、自治体には海外の駐在所や姉妹都市が存在するが、それ
らを通じたプッシュ型の取り組みは主に国際交流事業であり、人員不足もあって外資系企
業の誘致に積極的に取り組むことができる環境とは言えない。さらに駐在所の担当者は一
般的に 2、3 年程度で異動するため、ノウハウが溜まりにくく外資系企業との長期的な信
頼関係を築きにくい。そのため広報活動を行っても、誘致に重要な初期段階において、人
184
的ネットワークを通じて属人的に外資系企業の新鮮な情報をタイムリーに獲得するのは困
難である。
一方、プル型・インバウンド型コミュニケーションでは、彼らからアプローチがあるた
め、少なくとも当該地域に対して「ネガティブ」な感情を抱いていることは多くない。む
しろ、
「興味・関心」を抱いている可能性が高い。このタイプのコミュニケーションは、そ
こから開始されるため、結果として、契約締結可能性もまた、先述したプッシュ型・アウ
トバウンド型コミュニケーションよりも高いと考えられる。従って、自治体にとっての理
想的かつ目指すべきコミュニケーションの型は、プル型・インバウンド型である。
なお、AIDMA 理論11で言えば、Attention に力を入れるのが、プッシュ型・アウトバウン
ド型コミュニケーションであり、Interest から先へ進めることに注力するのがプル型・イ
ンバウンド型コミュニケーションである。
それでは、自治体が幅広い潜在顧客に地域を「発見」してもらい、プル型・インバウン
ド型コミュニケーションを行うためには、具体的にどのような環境・仕組みが必要なのか。
以下、その具体的な方策について議論する。
2.プル型・インバウンド型コミュニケーションの方策
(1)インターネットの活用(ウェブサイトの整備と SNS の活用)
いまやインターネットを介した情報の受発信と交換は、物理的な距離、国境を越えて行
われており、今日まで増加の一途をたどっている。このような高度情報化社会において、
外資系企業誘致においても、インターネットは大いに活用すべきであり、WEB サイトを活用
した情報発信は必要不可欠である。なぜなら、海の向こう側の外資系企業の担当者は地理
的・時間的距離を短縮するため、自治体のウェブサイト等を閲覧し、投資対象として興味
を抱き、アプローチしてくる可能性が高いからである(先述したように「地域ブランド」
が構築されており<特に想起機能がきちんと機能されており>、地域を象徴するワードで検
索され、上位に表示される等、SEO12対策がきちんととられていなければ、クリックされず、
閲覧される可能性は低い。
)
。つまり、外資系企業にとっていまや WEB サイトは進出を検討
している地域を事前に知るためのコンタクトポイントであり、外資系企業の興味(INTEREST)
にも大きな影響を与えるツールである。例えば外資系企業は意志決定プロセスの初期段階
において、検索(SEARCH)エンジンを利用し、進出候補地を複数あげた後、WEB 上で掲載さ
れている情報をもとに、簡易に候補地の比較(COMPARISON)、調査(EXAMINATION)を行う。
このような意思決定プロセスは AISCEAS と呼ばれ、AISAS とならび昨今の意志決定プロセ
スの特徴である。そのため、自治体の WEB サイトはいまや外資系企業の調査段階における
重要な媒体の一つであるといえよう。従って、この段階で篩いにかけられないためにも、
自治体は WEB サイトを外資系企業とのコミュニケーション戦略の一つとして明確に定義
し、深化させていかなければならない。更に自治体は外資系企業をその WEB サイトに誘導
するような仕掛け作りを含めた PR 戦略の立案と実行が求められる。自治体の名前が外資
185
系企業に認知され、候補に挙がらなければ検索はされず、結果としてその WEB サイトがア
クセスされる可能性は低くなるからである。
しかし、現状はというと外資系企業誘致に必要な Lingua Franca と呼ばれる英語による
情報発信のレベルは自治体間で大きな差があり、一部の自治体を除き、戦略的に活用され
ているとは言い難い。さらに WEB サイトに誘導する仕掛け作りとそれを実行する段階には
至っていない模様である。なお、戦略的な活用とは、単に地域資源をおしならべて掲載す
るということではなく、誰に対してどのような情報を発信するのか、その情報がいかに他
地域と異なるのか、なぜその地域への投資が必要なのか(差別化)等についての情報を、
対日投資を行う外資系企業の視点に立って継続的に示していくことであり、WEB サイトを外
資系企業の興味を高める魅力的なサイトにすることである。
もち ろん、一 般的な進出都 道府県の 情報であれば 、ジェト ロの地域進出 支援ナ ビ
(http://www.jetro.go.jp/invest/region/)13に掲載されている。しかし、それらをより
外資系企業にとって魅力的な情報、つまり彼らの興味、動機、記憶にポジティブな影響を
与える情報にするのは自治体の役割である。特に外資系企業が進出する際の初期の調査段
階において、想起されにくい自治体はそれらの思考プロセスを強く意識した情報発信を行
うべきであろう。自治体は外資系企業の興味をより高めることを目的として、誘致に関す
る英語版の情報発信サイトを戦略的に活用し、外資系企業が必要とする魅力的な情報を
様々な工夫によって発信していく必要がある。そして、どこの国・地域でどのような分野
で自治体の知名度をどうあげていくかという課題(PR 戦略と大きく関わる課題)について
も同時に取り組まなければならない。そのためには自治体単独でなく、様々な課題は存在
するが広域連携を意識し、地域としてそのブランド力をどう高めていくかということにつ
いても議論する必要がある14。
しかし、そうは言うものの、最終的に外資系企業の担当者及び関係者は、地方自治体の
サイトを閲覧し、内容を吟味することが想定されるため、地方自治体は、独自の企業誘致
に関する情報が掲載された多言語対応の専用サイトを開設しておいた方が良い。これから
投資する企業の視点に立脚すれば企業誘致に関する窓口サイトの存在は必要不可欠だから
である。それでは、果たしてどれだけの自治体が現在そのような専用サイトを有している
のだろうか。
図表 10 企業誘致専用サイト<英語>(都道府県別)
都道府県
専用サイト
北海道
Business Investment
(http://www.pref.hokkaido.jp/keizai/kz-krkyt/eng/index.html)
宮城
Business in Miyagi
(http://www.pref.miyagi.jp/sanritu/ritchi_guide/english/index.html)
山形
Yamagata Quest (http://pref.yamagata.jp/sr/quest/index_e.html)
186
福島
Fukushima Prefecture Corporate Location Guide
(http://www4.pref.fukushima.jp/investment/e/index.html)
栃木
Guide to Industrial Locations in Tochigi
(http://www.pref.tochigi.lg.jp/kogyo/english/index.html)
群馬
Gunma Industrial Location
Guide(http://www.pref.gunma.jp/g/01/kigyo/english/index.html)
埼玉
Saitama International Business Support Center
(http://www.saitama-bsc.jp/index_english.html)
千葉
Chiba Investment Support Center
(http://www.businesssupport-chiba.jp/eng/)
東京
Tokyo Business Entry Point
(http://www.tokyo-business.jp/eng/index.html)
神奈川
Invest Kanagawa
(http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/sangyo/invest_k/en/index.html)
Kanagawa Investment Promotion Video Clip
(http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/sangyo/video/foreign.html)
Kanagawa Prefectural Council for Promoting Business and Industrial
Establishment (http://www.k-yuchi.jp/eng/index.html)
石川
Guide for enterprises establishing in Ishikawa
(http://www.investishikawa.com/index.html)
山梨
Yamanashi Business Siting Commission
(http://www.pref.yamanashi.jp/sangyo/en/miryoku/index.php)
岐阜
A guide to Business Establishment in Gifu
(http://www.pref.gifu.lg.jp/pref/s11342/guide/e/index.htm)
静岡
A Guide to Business Investment
(http://www.pref.shizuoka.jp/sangyou/sa-530/english/index.html)
愛知
Aichi-Nagoya
International
Business
Access
Center
(http://www.i-bac.jp)
三重
Industrial Investment Guide of Mie
(http://www.pref.mie.jp/KIGYORI/HP/e/)
滋賀
Guide to Investment in Shiga
(http://www.pref.shiga.jp/english/invest-guide)
京都
Kyoto Foreign Investment Promotion Committee (http://www.kic-kyoto.jp)
大阪
O-BIC (http://www.o-bic.net)
兵庫
Hyogo-Kobe Investment Guide
(http://www.hyogo-kobe.jp/english/index.html)
187
和歌山
Wakayama Prefecture
(http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/062200/kigyoe/index.html)
広島
Invest
Hiroshima
(http://ricchi.hiwave.or.jp/invest/english/index.lapsw)
徳島
Promoting Industry in Tokushima
(http://www.onlyone-tokushima.jp/e/1/1.php)
香川
Kagawa Industrial Location
Guide(http://www.pref.kagawa.lg.jp/sangyo/syuseki/english/index.html
)
愛媛
Invest Ehime
(http://www.pref.ehime.jp/050keizairoudou/010shoukouryutu/0000462004
0330/index.html)
福岡
Invest Fukuoka (http://www.investfk.jp/index.html)
長崎
Invest in Nagasaki (http://invest-in-nagasaki.jp/index.html)
宮崎
Miyazaki Investment Guide
(http://www.pref.miyazaki.lg.jp/shoukou/kougyou/richi/english/index
.html)
沖縄
Free Trade Zone Guide Book
(http://www.pref.okinawa.jp/zone/013/index.html)
出典:日本貿易振興機構(JETRO)のサイトから筆者作成(2009 年 12 月時点)
図表 10 は都道府県別に外資系企業誘致に関する専用サイト(英語による関連情報が掲載
されているサイト)をまとめたものであるが、2009 年 12 月時点で 29 都道府県、全国の約
60%がこのような専用サイトを有していることが確認できた。この数字の解釈は様々であ
る。しかし、専用サイトの存在が自治体の外資系企業誘致に対する取り組み度合いである
とすれば、外資系企業誘致に対する取り組みは国をあげた全国的な取り組みとして広がっ
ているとは言えず、自治体間によってその温度差は非常に大きいことが推察される。さら
に筆者は上記の表を作成するにあたり、日本貿易振興機構(JETRO)のページと自治体の WEB
サイト(英語版)の両方から確認を行ったが、いくつかの自治体の WEB サイトからは誘致
専用サイトに全くリンクされておらず、誘致専用サイトにさえ辿り着くことができなかっ
た。これらの自治体では、外資系企業とのコミュニケーションプロセスの初期段階(コン
タクトポイント)で失敗しており、継続的に機会損失が発生している可能性が高い(政府
は、今後「内閣府対日直接投資推進室の HP をジェトロ及び関係府省庁等の関連ページとの
間で相互にリンクさせ、我が国の立地環境の魅力を総合的に PR する」
、「外国企業等が我が
国で活動しやすくなるよう、関係府省庁等ホームページによる情報発信を含む徹底的な英
語での情報提供を実現するため、ベストプラクティスを共有し、質的にも量的にも改善し
188
ていく」予定である(アジア拠点化・対日投資プログラムより引用)。
)
。
さらに、そのサイトの管理運営には、専門スタッフの配置、積極的かつ戦略的な情報開
示(専用サイトにおける掲載コンテンツについては「基本発信内容」を参考にして頂きた
い)
、タイムリーな情報更新等、を可能とする体制が欠かせない。
戦略的な情報開示については、例えば、地域に存在す既存の日系企業を全て紹介するの
ではなく、自治体の誘致戦略(どのようなクラスターを形成し、どのような外資系企業を
ターゲットとするかなど)に基づいて選定された日系企業、例えば自動車産業クラスター
の形成を目指す自治体・地域では今後の自動車産業構造のパラダイムシフト(例えば、エ
レクトロニクス化など)を考慮に入れた上で選定された日系企業の掲載等が考えられる。
なぜなら、後に企業誘致ブランドに大きく影響を与えるからである。
また、自治体は税制のインセンティブ等について、サイト上で掲載し、進出後の金銭的
メリットを強くアピールしているが(実際、地域の外資系企業誘致に関する専用サイトに
おいて、インセンティブについての詳細を明示している自治体は 90%を超えている)
、その
パッケージは他地域と徹底的に差別化され、また交渉可能(Negotiable)であること(柔
軟な対応が可能であること)が必要である。しかし、筆者が調査したところ、その表現方
法はというと「表」や「テキストベース」で単に一覧表示しているだけの自治体が多く、
他地域との差別化、パッケージの特徴(一言でいうとどのような特徴か)についての訴求
という点でメッセージ性は非常に弱い。すなわち、先に述べた、外資系企業を誘致する際
に必要最低限の取り組みを掲載されているだけである。
このような情報発信の際、自治体は、想定されるターゲットに応じた情報の量と質、濃
淡、色、レイアウト等を国レベルで変更しておいた方が好ましい。少なくとも嗜好性が異
なる欧州、米国、アジア向けは区別すべきである。なぜなら、日本語を英訳しただけのサ
イトでは、情報は「正確」かつ「魅力的」に伝わらず、期待される効果をあげることは困
難だからである。
また、文字で伝わりにくい部分は、静止画や動画(YouTube 等によるサイトへの埋め込み)
などで補完する等、積極的に工夫するべきであろう。例えば、既進出の外資系企業に関す
る情報をレファレンスカスタマーとして、サイトに掲載することがあるが(既進出の外資
系企業に関する情報は、進出を検討している企業にとって大きな参考情報であり、進出に
あたってのリスク回避になると同時に自治体にとってはその魅力度を高める絶好の機会と
なる)
、その際、既進出の外資系企業名や業種をリスト化し、提示するだけでなく、外資系
企業の担当者の声、進出を決めた理由、実際に経験した進出メリットなどを静止画や動画
などを用いるなど、発信方法を工夫し、進出を検討している外資系企業に対して、より魅
力的な自治体に見せる取り組みを行いたい。
さらに、首長のメッセージも動画で流すことも考えられる。地域の外資系企業誘致に対
する意気込みとリーダーシップを示すという意味で、外資系企業にとって明確に伝わりや
すく、一定の波及効果が見込まれるからである。自治体の姿勢にもよるが、国際化や外資
189
系企業の誘致を目指すのであれば英語による首長のメッセージは欠かせない。後述するが、
特にこの首長のメッセージはトップダウン型の意思決定を行う傾向のある国の企業、例え
ばフランスやインドの企業には効果的である。自治体はそのような諸外国の意思決定プロ
セスを意識した上で、首長のメッセージを積極的に発信すべきであろう。
そして、近年、急激に全世界で普及したコミュニケーションツールである SNS15の代表的
なサービスである Facebook16や Twitter17は地方自治体においても積極的な活用が有効な手
段となろう。SNS には、
「コミュニケーションの双方向性」、「即時性」という大きな特徴が
あるが、それらをうまく活用できれば、地方自治体は、地域を「発見」した潜在顧客と物
理的な距離を超え、心理的な距離を縮めながら、コミュニケーションをとることが可能だ
からである。さらにそのコミュニケーションの過程で、彼らのニーズを把握し、そのニー
ズに応じた情報をタイムリーに提供することによって、契約締結可能性を高めることがで
きる。
ここまで、インターネットの活用という視点から、外資系企業誘致専用サイトと近年急
激に普及している SNS について触れた。しかし、この専用サイトや SNS は単独で機能させ
るものではない。地域をより魅力的にみせるには、相互にリンクさせる等、お互いの機能
を十分発揮させ、そしてシナジー(相乗)効果を生むよう工夫を凝らす必要があることは
言うまでもない。
(2)メディアの活用
これらのインターネットの戦略的な活用は、地方自治体による外資系企業の担当者及び
関係者とのプル型・インバウンド型コミュニケーションに繋がっていく。しかし、その可
能性をさらに高めるためには、さらなる戦略的な「仕掛け」が必要である。その一つが以
下に述べるメディアの活用である。
地方自治体にとっての最終的なターゲットは、外資系企業の担当者であるが、そのター
ゲットにリーチするには、外国人記者クラブを活用することも考えた方が良い。なぜなら、
地方自治体は海外メディアの戦略的な活用により、複数の利点を享受することができるか
らである。実際、うまく活用することができれば、外資系企業及びその関係者にポジティ
ブな影響を与え、地域への興味を誘発することが可能である。さらに、メディア(第三者)
による発信は、口コミと同様、関係組織・機関による発信よりも、信頼性が高いと言われ
ており、
「企業誘致ブランド」の形成、強化にも大いに寄与すると考えられる。
それでは具体的にどのようにメディアを活用したら良いか。端的に言えば、プレスリリ
ースの定期的な発信と外国人記者(新聞、雑誌、TV、ネットメディア等)による取材の活
用である。プレスリリースの書き方、タイミング、記者取材誘致方法についての詳述は控
えるが、地方自治体の広報担当者は、少なくとも日頃から外国人記者の人たちとコンタク
トをとり、良好な関係を構築・維持し、記者の人たちの興味(どのような記事であれば取
190
りあげてもらえるのか等)を探っておく必要があるだろう。また、各メディアの特性(情
報の伝わり方等)18についても把握しておかなければならない。なぜならその特性に応じた
対応が必要不可欠だからである。
なお、一般的に記事として取り上げられ、メディア内に情報を連鎖させるためには、あ
る程度の「社会性」と「奇抜性」が必要であると言われている。例えば、前項で述べた地
方自治体が主催する外資系企業向けの交流会、外国人住民サービス等のコンテンツにそれ
らの要素を少し加えるだけで、記事として取り上げられる可能性は高くなる。
今日、地方自治体は、国内外に対して情報開示を行う姿勢が強く求められていることか
ら、地方自治体にとって、外資系企業誘致の施策の一つとして、外国人記者をターゲット
とした戦略的な海外メディアへのアプローチを開始するには、格好のタイミングであると
言えよう。
第三項
総括
地域は少子高齢化を起因とした生産労働人口の減少に直面し、また、グローバルな都市
間競争に巻き込まれている等、今までにない厳しい環境に置かれている。そのような環境
の中で、観光とならんで、地域として生き残る策として、当該地域への企業投資促進が考
えられる。なぜなら、企業の投資は、当該地域における税収の確保、雇用の確保・促進だ
けでなく、地域経済の成長ドライバーになり、また、地域企業の生産性の向上をももたら
すからである。そこで、付論 2 は、その中でも日本政府の後押し等を背景とした外資系企
業を対象とした企業誘致ブランドを構築する際の「コンセプト」
「地域資源」域外の「ステ
ークホルダー」の連関に注目し、筆者の自治体関係者へのヒアリング、ワークショップ及
びセミナー等から纏めた。ここまで述べてきた行政の BI の創造及び伝達を簡略化した図で
表すと以下の図表 11 になる。それらの要素は連関していることが分かるだろう。
図表 11 情報伝達方法
191
出所:筆者作成
まず、BI の創造につながるコンセプトの創造については、行政は企業誘致に必要不可欠
となる基本的に取り組む事項を整備する必要があり、それらは、①市場を把握すること(外
資系企業とのビジネスに興味がある企業リスト及びそれらの特徴)
、②インフラ及びロジス
ティックスの整備、③税制、財政面での支援(助成金及び税制優遇措置等のインセンティ
ブ)体制の整備、④労働力の確保、であった。そして、行政はそれらを基盤としながら、
プロダクトアウトの発想ではなく、マーケットインの発想に基づき、立地特性の戦略的活
用、アフターフォロー、そして、多文化共生の観点から日常生活支援の充実(英語で受診
可能な医療機関の整備、子女教育のためのインターナショナルスクールの開校)等に取り
組むことで、他地域との差別化可能な付加価値が創造され、それが BI の創造につながって
いくと述べた。地域資源は既存のものを活用するというよりむしろ外資系企業等のニーズ
に合わせて、新規に創造する必要がある。そして、BI の伝達については、基本的にプッシ
ュ型・アウトバウンド型のコミュニケーションよりも、プル型・インバウンド型のコミュ
ニケーションの実現を目指す必要があり、そのためには、SNS を含むインターネットやメデ
ィアの戦略的な活用が効果的である。さらに、外資系企業の担当者とのコミュニケーショ
ンにおける行政の担当者が必要な資質は、異文化理解者であること、セールスマンである
こと、そして、交渉者としてのスキルをもっていることであった。特に異文化理解につい
ては、過度にステレオタイプは好ましくないが、文化の違いなどによるコミュニケーショ
ン様式の違いを事前に認識しておかなければならない。なぜなら、些細な誤解からコミュ
ニケーションの齟齬が発生してしまう可能性が高いからである。そして、少なくとも相手
の意思決定プロセスがトップダウンなのかボトムアップなのかを事前に確認し、対応する
必要がある。自治体としては、このようなスキルを有した人材をいかに国際ビジネス市場
192
等から確保し、育成するか今後の課題となろう。
しかし、現実はというと、このような資質を有した人材が、戦略的にインターネットや
メディアを活用しながら、プル型・インバウンドコミュニケーションを行い、BI を伝達す
ることができている地方自治体はごく一部であり、こうした変化に対応できている自治体
は現時点においては多くない。それは繰り返しとなるがこれまで過度の中央政府に依存し、
地方自治体が自助努力を長年にわたって怠ってきたことと無関係とは言えない。しかし、
現代は高度情報化社会であり、域外におけるコミュニケーション活動の重要性と複雑さは
増すばかりである。さらに、2010 年代に入ってから、国の対日投資に関する施策は良い意
味で新たな局面を迎えていることから、地方自治体にとっては本腰を入れて取り組むには
絶好のタイミングであるといえる。
外資系企業誘致につながる企業誘致ブランドついてのアカデミックな議論は開始された
ばかりである。そのような背景の中、本稿において、筆者の経験から少なくとも BI が「コ
ンセプト」
「地域資源」域外の「ステークホルダー」が連関しながら、創造及び伝達される
ことを示すことができたことは、当該分野における今後の発展に寄与したと言えるだろう。
さらに、付論での詳述は、本論における観光まちづくりにおいても自治体にとって参考と
なるだろう。
*本稿は筆者が執筆した以下の報告書に加筆修正したものである。
・政府系外郭団体調査報告書、
「外資系企業を誘致するためのコミュニケーション戦略につ
いて~WEB サイトの活用と対話によるコミュニケーションから~」
『平成 21 年度 機械製造
産業分野における我が国地域の外国企業 外資系企業誘致活動の実態と課題に関する調査
報告書(第 5 章担当)
』
、社団法人日本機械工業連合会・財団法人対日貿易投資交流促進協
会
・政府系外郭団体調査報告書、
「外資系企業誘致にかかる情報発信と広報戦略に関する取り
組み~日本の地域の魅力をいかに伝えるか~」執筆箇所「外資系企業誘致に資する地方自
治体の広報戦略-プル型・インバウンド型コミュニケーションを目指して-」、 財団法人
対日貿易投資交流促進協会
・政府系外郭団体調査報告書, 「地域ブランド戦略と外資誘致」執筆箇所「地域ブランド
と企業誘致」
、一般財団法人対日貿易投資交流促進協会
注
1
自治体ヒアリングによると、口コミから情報を得た外資系企業の進出確度は高い。
文部科学省 http;//www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shikatsu/07111314/006.htm(2013.10.30 アクセス)
3
全ての兵庫県民が豊かで暮らしやすい国際性ゆたかな共生社会の実現を推進するために、外国人県民に
関わる諸課題について、行政と外国人県民等が協議する会議のこと。NGO、財団を含む 19 の団体で構成さ
れている。
4
2010 年 3 月に総務省が発表した「多文化共生の推進に関する意見交換会 報告書」のこと。
2
193
5
市場や顧客のニーズを汲み取った上で事業活動に取り込んでいく考え方。顧客ありきの考え方。プロダ
クトアウトの対義語。
6
国の文化を切り口にした異文化コミュニケーション論では、ホフステッド、トランぺナーズ、サラキュ
ースが有名。
ホフステッドは「権力の格差」
、「個人主義対集団主義」、
「男性らしさ対女性らしさ」
、
「不確実性の回避」
という 4 つの「次元」
、トランぺナーズは「普遍主義対個別主義」
、
「個人主義対集団主義」
、
「中立的対感情
的」
、
「特定的対拡散的」
、
「業績対属性」
、
「時間との関係」
、
「環境との関係」の 7 つの次元から国の文化差
異を表現した。また、サラキュースは異文化ビジネスコミュニケーションにおいて、
「契約対関係性」
、
「Win-Lose 対 Win-Win」
、
「態度がフォーマルかどうか」
、
「直接的なコミュニケーション対間接的なコミュ
ニケーション」
、
「時間への感度」
、
「感情的かどうか」
、
「漠然とした契約対詳細な契約」
、
「ボトムアップの
意思決定対トップダウンの意思決定」
、
「一人のリーダー対コンセンサス」
、
「リスクテイキング」の 10 要素
を考慮にいれて望む必要があることを示唆した。
7
米国、カナダ等。
8
筆者による自治体ヒアリング調査より
9
特例社団法人日本外国特派員協会(The Foreign Correspondents'Club of Japan)のこと。
10
自治体独自で行うには一部の都市を除きブランド力が低いため、国による積極的な関与が必要であるが、
地域の自助努力が前提となる。
11
AIDMA 理論とは、アメリカのローランド・ホールが提唱した「消費行動」の仮説であり、Attention,
Interest, Desire, Memory, Action の略。
12
SEO 対策とは検索エンジン最適化のことであり、
サーチエンジンの検索結果のページの表示順の上位に、
自身のサイトが表示されるように工夫すること。
13
地域進出支援ナビとは、日本貿易振興機構(JETRO)が、日本への進出及び日本での他地域への進出を検
討している外国企業に対して、日本の各地域の産業情報(産業の魅力や規模、研究開発機能の集積など)
や投資環境について紹介するサイト。
14
2009 年 8 月 24 日、関西経済連合会、近畿商工会議所連合会、日本貿易振興機構大阪本部、近畿経済産
業局は関西への外資系企業誘致を行う連携組織「INVEST 関西会議」が発足。
15
SNS とはソーシャル・ネットワーキング・サービスの略。社会的ネットワークをインターネット上で構
築するサービスの事。
16
Facebook とはフェイスブック株式会社が提供する SNS。もともとハーバード大学で学生向けにサービス
を開始した。
17
Twitter とは 140 文字以内の「ツイート」と称される短文を投稿できる情報サービスのこと。
18
企業広報プラザ(http://www.kkc.or.jp/plaza/)によれば、新聞は速報性、雑誌は深く掘り下げた内容、
TV は短い放映時間で視聴者への強いインパクト、
インターネットは双方向かつリアルタイムが特徴である。
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203
別紙
別紙 1
関係者への質問事項
1.金沢市観光交流課、都市政策局企画調整課への質問事項
(2013 年 2 月 13 日に金沢市役所会議室にて実施)
・金沢市にはブランド戦略統括部署はあるのか。
・自然環境・景観分野への取り組みについて教えて欲しい。また、住民への説明はどのよう
に行われたのか。
・伝統工芸等の継承のための取り組みについて教えて欲しい。
・21 世紀美術館の建設にあたり反対はあったのか。
・金沢市民の特性について教えて欲しい。
・金沢市民研究機構はどのように運営されたのか。
・海外からの観光客をガイドしている KGGN への支援は行っているのか。
2.金沢グッドウィルネットワーク(KGGN)代表への質問事項
(2013 年 2 月 12 日に KGGN の打ち合わせ卓にて実施)
・KGGN への入会理由や運営上の課題を教えて欲しい。
・自治体との関係性はどうか。
・研修会を行っているが、ガイドにどのような効果があると考えるか。
3.川越市産業観光部観光課への質問事項
(2013 年 2 月 7 日に川越市役所打ち合わせ卓にて実施)
・川越市にはブランド戦略統括部署はあるのか。
・川越市民はどのような特徴を持っているのか。
・川越市を訪れる観光客の目的は何か。
・まちづくり規範はどのように作成されたのか。
204
別紙 2
2014.11.29
金沢のシンボルに関するアンケート調査(金沢市民 12 歳~18 歳対象)
■年齢
男
/
女
■下記の中から金沢のシンボルであると思うものを 3 点、選んで下さい。
□金沢駅
□兼六園
□金沢城公園
□21 世紀美術館
□香林坊
□長町
□茶屋街
□加賀友禅
□加賀(金)箔
□加賀繍(ぬい)
□加賀漆器
□金沢九谷
□加賀象嵌(ぞうがん)
□金沢市民芸術村
□金沢食文化
□その他 (
)
*ご協力頂きましてありがとうございます。結果は研究目的以外で使用いたしません。
205
アンケート調査 集計表 (N=30)
*その他は「オーケストラ・アンサンブル金沢」(1 名)、
「花咲くいろは」(2 名)
206
[謝辞]
本稿の執筆にあたり、指導教授である東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システ
ム専攻の桑子敏雄教授と同所属の審査員の先生方(木嶋恭一教授、後藤美香教授、中丸麻由
子准教授、谷口尚子准教授)には、多方面から多くの意見とアドバイス、知識、示唆を頂い
た。特に桑子敏雄教授には、論文の社会的意義、全体の論理構成について、厳しくも温かい
有益なアドバイスを頂いた。また、桑子研究室の仲間とは、お互いの研究について進捗状況
を確認し、励まし合い、活発な議論を通して、切磋琢磨することができた。さらに、行政・
NPO 関係者からは、実地調査の際、現場・当事者しか知らない大変貴重な情報を提供して頂
いた。そして、何と言っても家族の理解、協力、支え無しでは、本論文を仕上げることはで
きなかっただろう。
ここにあらためて関係者全ての皆様に感謝の意を表明するとともに、深くお礼を申し上
げたい。
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