特集 学生の研究活動報告−国内学会大会・国際会議参加記 10 サンフランシスコで開催された 2009 MRS Spring Meeting に参加して 中 村 哲 士 Satoshi NAKAMURA 物質化学専攻修士課程 2年 されました.CIS の原料となる元素のうち,インジ 1.はじめに ウム(In)は,透明導電膜にも用いられるレアメタ 私は 2009 年 4 月 13 日から 17 日にわたってアメ ルで,その枯渇と価格の上昇が問題となっていま リカ合衆国のサンフランシスコの Moscone Center す.そこで,CIS のインジウムを亜鉛(Zn)とスズ West(ポスターセッションは,Marriot ホテル)で (Sn)に置き換えた Cu2ZnSnSe4(CZTSe)太陽電池 開催された国際会議 2009 MRS Spring Meeting が注目されています.このような四元系化合物は, (Material Research Society)に参加しました.この ケステライト型構造,スタンナイト型構造,そして 国際会議は,材料や機能に分かれて,42 のセッシ ウルツスタンナイト型構造の 3 種類が報告されてい ョンが同時並行で議論されました.私が参加したセ ます.ケステライト型構造とスタンナイト型構造 ッションは化合物薄膜太陽電池で,CuInSe2(CIS) は,同じ正方晶系に属し,消滅則が同じであるた や CdTe,そして Cu2ZnSnS4(CZTS)や Cu2ZnSnSe4 め,X 解回折からは見分けがつきません.そこ (CZTSe)といった材料について多く報告がありま で,私は第一原理計算を用いて CZTSe の相の安定 した.私の研究室でも,CIS や CZTSe に関する研 性を評価し,電子構造との関係を明らかにしまし 究を行なっています.私はポスターセッションで た. 「Electronic structure and phase stability of Cu2ZnSnSe4 by first-principles calculations」というタイトルで発 2. 2 計算方法 表を行いました.数多くの口頭講演やポスターによ 計算を行うには結晶構造が必要となります.ケス る発表があり,自分の研究に関係することが沢山あ テライト,スタンナイト,そしてウルツスタンナイ りました.今回,昨年度のドイツ(ベルリン)に続 ト型構造の各結晶構造を図 1 に示します.計算は, いて二度目の海外出張であったため,少し落ち着い 密度汎関数理論に基づく平面波基底擬ポテンシャル て行動できたと思います.今回の国際会議を通し 法(計算コード:CASTEP)を用いました.これは て,体験したことを報告します. 価電子のみを計算し,原子核と内殻電子の影響を擬 2.研究概要 2. 1 序論 現在,太陽電池材料として広く用いられているの は,シリコン(Si)太陽電池です.しかし,高純度 のシリコンが不足しているため,CdTe や CIS とい った化合物半導体が研究されています.CIS は 2007 年に昭和シェル石油とホンダにより商業生産が開始 ― 111 ― 図1 結晶構造 ポテンシャルとして近似することで,計算コストを がって,ケステライト型構造が最も安定で,スタン 大幅に減らすことができる手法です.計算では,エ ナイト型構造との生成エンタルピーの差が大変小さ ネルギーが最小になるように理論的に安定な結晶構 いことがわかりました. 造を求め,その結晶構造のバンド構造と状態密度 実験的に報告されているスタンナイト型 CZTSe (DOS)を計算しました.結晶構造の安定性は,ギ のバンド構造と状態密度(DOS)をそれぞれ図 3 と ブズの自由エネルギーから評価されます. ∆ G = 4 に示します.図 3 のバンド構造を見ると,直接遷 T ∆ H −T ∆ S において,本計算では T =0 としている 移型のバンドギャップを有していることがわかりま ため,温度の項が無視されます.また,温度 T(K ) す.図 4 の一番左は,全状態密度を示しています. におけるエンタルピーは, ∆ H = ∆ H +∫0 ∆ CpdT で さらに全状態密度が各構成元素のどの軌道から構成 す.ここで比熱の項(右辺第二項)は,固体の化合 されているかを詳しく調べるために,局所状態密度 物の比熱が,各構成元素の比熱の和にほぼ等しくな を示しました.−7 eV 付近にある鋭いピークは,Zn るという Neumann-Knopp 則を用いることで,0 と 3 d 軌道によるもので,この軌道は他の元素の軌道 近似します. ∆ H = ∆ U(CZTSe)+p ∆ V です.固体 と相互作用していないことを示しています.これ の熱膨張は小さいため ∆ V ≒0 とすると,反応系お は,Zn 3 d 軌道が Cu 3 d 軌道より低いエネルギー T T 0 T 0 よび生成系のすべての物質が固体なので,最終的に 10 生成エンタルピーは,各相における CZTSe の全エ ネルギーと各構成元素の全エネルギーの差から求め 5 ることができます. 0 Energy (eV) 2. 3 計算結果 図 2 に,得られた生成エンタルピーを示します. ウルツスタンナイト相は,3 つの相の中で最も生成 -5 -10 エンタルピーが高く,−305.7 kJ/mol でした.それ -15 に対し,ケステライト相の生成エンタルピーが最も 低く,−312.7 kJ/mol でした.また,スタンナイト -20 相では−311.3 kJ/mol で,ケステライト相とスタン 図3 Γ Z X P Γ N スタンナイト型 CZTSe のバンド構造 ナイト相の差は 1.4 kJ/mol,スタンナイト相とウル ツスタンナイト相の差は,5.6 kJ/mol でした.した 10 TDOS Formation enhalpy ΔHF(kJ/mol) 5 -304 4s ウルツスタンナイト相 -308 5.6kJ/mol -310 スタンナイト相 1.4kJ/mol -312 ケステライト相 -314 図2 生成エンタルピー Zn 3d -5 図4 ― 112 ― 4p 4p 4s 5s 4s -15 -20 0 Se 5p 3d -10 Sn 5p 5s 4s 3d 0 -306 Cu 10 0 10 0 10 0 10 0 Density of states (electrons/eV) 10 スタンナイト型 CZTSe の状態密度(DOS) 準位にあることが原因で,Se 4 p 軌道と相互作用し た.ケーブルカーを利用すると,そんな坂道を楽々 ないからと考えられます.0 から−5 eV 付近の価電 と登っていけます.ホテル前の駅から,中華街を経 子帯上端は Cu 3 d 軌道と Se 4 p 軌道によるもので て,港へ行くとフィッシャーマンズワーフがありま す.一方,伝導帯下端は Sn 5 s 軌道と Se 4 p 軌道 す.ここでは,港から陸揚げされた海産物が食べら で構成されています.また,ケステライト,スタン れます. ナイト,ウルツスタンナイトの各相の状態密度はよ 会場の Moscone Center West(図 5 会場の様子) く似ていていることもわかりました.これは,Se は,宿泊先のホテルから徒歩 15 分ほどの距離にあ の周りの配位状況が 4 面体配位で同じであるためで ります.会議のスケジュールは,講演が 8:30〜 あると考えられます. 17:00 まであり,その後,ポスターセッションが さらに,バンドギャップは,スタンナイト,ウル 20:00〜23:00 までありました.ポスターセッシ ツスタンナイト,ケステライト型の順で大きくなり ョン終了時は,外が肌寒くなっていました.(図 6 ました.これは各相において,Cu-Se, Zn-Se の距離 ポスター発表の様子,図 7 は大きく変化しないのに対し,ケステライト型構造 る様子)質問の内容としては,計算に興味をもたれ では Sn-Se の距離が短く,伝導帯下端がより高い た 方 々 か ら 「 な ぜ ∆H を ∆G と 近 似 で き る の エネルギー準位にシフトするためだと考えられま か?」といった疑問や,「ZnCu や CuZn といったアン ポスター発表をしてい す. 2. 4 結論 第一原理計算により,各相の安定性と電子構造を 評価しました.ケステライト相の方がスタンナイト 相よりも低温では安定と考えられます.これは,ス タンナイト相とケステライト相の生成エンタルピー の差は小さく,両方の相が報告されていることと一 致します.また状態密度から,価電子帯上端は Cu 3 d 軌道と Se 4 p 軌道で構成されていて,伝導帯下 端は Sn 5 s 軌道と Se 4 p 軌道で構成されているこ とを明らかにしました.Zn はバンドギャップに影 図5 会場の様子 響を与えていません.バンドギャップは,スタンナ イト,ウルツスタンナイト,ケステライト型の順で 大きくなることを明らかにしました. 3.発表について 日本からサンフランシスコへは,夕方ごろに関西 空港から直行便で行きました.サンフランシスコ国 際空港には,同じ日の朝に着きました.空港から は,BART(鉄道)で最寄り駅まで移動し,そこか らホテルを探しました.サンフランシスコは,険し い坂道が多く,そこに多くの建物が建っていまし ― 113 ― 図6 ポスター発表前 も,受け答えできると感じました.前回のドイツで の国際会議では,質問を聞きなおすことがたくさん ありました.そこで今回は,自分の研究を人に伝え ようと努力しました.その結果,ポスターを見に来 てくださった方々には,自分の研究を少しでも理解 していただけたと思っています. 4.おわりに 和田研究室では修士課程の学生以上に国際学会へ 参加するチャンスをいただけます.アメリカでの一 図7 ポスター発表をしている様子(左側が私) 週間は,自分にとって大変よい経験になりました. 今後は,さらに自分の研究を深めていきたいと思い チサイト欠陥の生成エネルギーを計算したらどう ます.学生時代にこのような貴重な経験をする機会 か」,「欠陥準位を教えて欲しい」といった専門的な を与えてくださった和田隆博教授,博士研究員前田 ことまで幅広くディスカッションしました.このポ 毅氏,そして研究室の皆様に深く感謝したいと思い スターセッションで,英語の場合は,最初の単語が ます. 聞き取れたら,あとの単語が完全に理解できなくて ― 114 ―
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