に万博公園の自然再生への取組みが掲載されました

森の構成
万博記念公園における自然再生
独立行政法人
千原
日本万国博覧会記念機構
裕
基本計画では植栽開始(1972 年)から 2000 年
までの 28 年という長期プログラムをたて、最終的
には「自立した森づくり」
の達成をめざしていた。
自立した森とは基本計画では「内外での都市化に
万博記念公園の成り立ち
抗しても生き生きとしている森であり、また多様
万 博記 念公 園は 、大 阪府の 吹田 市に 位置 し、
な動植物と共存し安定している森」とあり、今で
1970 年に開催された日本万国博覧会(大阪万博)
の跡地につくられた公園である。
万国博覧会は世界 77 カ国、4国際機関が参加
して、約 6400 万人もの人々が集まり、大成功に終
いう生物多様性に富んだ森のことである。
森の構成は、苗木を植栽する密度よって3つの
森林タイプにわけられ、公園の内側から「散開林」
「疎生林」「密生林」と配置された。
わったが、博覧会の跡地(264ha)については、大
散開林とは、芝生を中心とした明るく広々とし
蔵大臣(現財務大臣)の諮問機関「万国博覧会跡
た空間に樹木を点在させたもので、休養、軽いス
地利用懇談会」が設置され、研究学園都市にする
ポーツなどに利用されるものである。また、疎生
であるとか国の行政機関を立地させ首都機能を補
林とは落葉樹を中心とした比較的明るい樹林であ
完する第二の行政府をつくるといった案も出たが、
る。四季の景観の変化を演出するために、花や池
最終的には「万国博の跡地は、日本万国博覧会を
などの魅力あるスポットを随所に配している。
記念する広い意味の『みどりに包まれた文化公園』
にする」という基本的な方向が答申された。
それをうけて 1972 年(昭和 47 年)3 月、基本計
画が策定された。ここでは緑について次のように
位置づけている。
そして、密生林は、自然文化園の核となる「自
立した森」を目指す樹林である。この地域の極相
林とされるシイ林、カシ林、タブ林などの構成種
による植栽を試みたものである。
早期に森の景観をつくりあげるため、園路沿い
「『緑』とは、人類の著しい技術進歩の中で忘れら
には 4m の高木を植栽し、
内側には常緑樹と落葉樹
れ、失われつつある自然環境の総称として考えら
の混植、肥料木と苗木の混植などの多様な苗木を
れる。今日、緑に求められるのは単に慰めではな
自然文化園(約 100ha)で約 60 万本植栽した。こ
く、人間の生活環境を維持することである。人間
れは後の「エコロジー緑化」の先駆けとなった。
の活動と自然のみどりの環境にはお互いに調和し
た共存関係が必要であり、われわれの活動が瀕死
森の問題点
に陥れた自然生態のいくつかを人間の知恵と技術
万博跡地の植栽開始から約 10 年たった 1982 年
によって復活させ維持する方法が緊急に追及され
から数年かけて、植栽樹木の生長や土壌の調査が
るべきである。そのためには、長期の実験が必要
行なわれた。その結果、樹林地のうちおよそ 1/3
となろう。」
は樹冠の閉鎖が見られたが、あとは疎林で、明ら
い まほ ど環 境問 題が 議論さ れて いな かっ た時
かな生育不良が全体の 1/3 をしめていることが
代にあって、先駆的で万博のテーマの「人類の進
わかった。特に千里丘陵を構成している大阪層群
歩と調和」にならった「自然と人間の共生」を念頭
という植物には硬すぎる地層やそこに含まれる海
においた公園づくりが開始されることとなったの
成粘土層のパイライトによる影響は大きく、土壌
である。
固結化、排水不良および、パイライトの酸化によ
り生じる酸性硫酸塩土壌が樹木の生育に悪影響を
及ぼしていた。
きるかわかっていないため、京都大学や大阪府立
そのため排水不良の場所については、肋骨状に
大学およびNPO協力を得て、植生を調査し、そ
深い開渠を掘削し、排水改良工事を行い、海成粘
の状態に合わせて、それぞれ方針を決め、5 つの
土により生じた酸性硫酸塩により特に生育の悪か
エリアで間伐を行っている。また、実験区は1箇
った西南部の一画については、
樹林化をあきらめ、
所15m×15mを基本とし、それぞれ樹木の実
再造成、再整備し芝山に変更した。
生の全出現種・樹高、天空率(着葉期に林床から
その後、90 年代に入り、林分の状況の変化を改
見てどれくらい空が開いているかの目安)、昆虫や
めて調査すると、極端な不良地を除き、樹林形成
鳥類の出現種数、個体数などを継続的に調査して、
状況が改善されていた。しかし、森の内部をよく
群落がどのように変化しているか調べて、調査結
調べてみると以下の問題を生じていることがわか
果に基づいて、今後の管理法を確立することとし
った。
ている。
①多様な樹種の苗木を多数植栽したにもかかわ
らず、アラカシ、クスノキなどの特定の常緑広葉
樹以外の生育が芳しくなく樹種が単純化している。
②植栽時に、あるていど自然淘汰されることを
見越して苗木を高密度で植栽していたが、予想よ
り枯れる個体が少なく、災害に弱いもやし林にな
ってしまった。
③自然文化園の樹林は樹冠のみ葉相が形成され、
自然の森のように低木層、草本層が形成されてい
ない。したがって低木層などにやってくる昆虫や
①第二世代の森づくり:高木層の樹種転換は考え
鳥などの生き物の種類が少ない状態になっている。
ず、ある程度の数の高木を伐採して、林内を明る
くし、低木、実生の生長を促進させることで次世
生物多様性を回復させる試み
代の若い木や低木層を育てる。
現在の森林生態学では、森林群落は単一構造で
②林相転換の森づくり:常緑広葉樹の単層林にな
はなく、地形などの環境や遷移段階によって異な
っている群落を落葉広葉樹中心の群落へ転換する。
る群落がパッチ状にモザイク構造をなしているこ
③巨木育成の森づくり:様々な生き物を育む巨木
と、森林の更新には台風などによる倒木でできる
の環境形成に効果を発揮させるため比較的生長の
明るい場所(ギャップ)が重要であることが明ら
よい木を選び、その周囲の木を伐採して、巨木の
かになっている。しかし、万博記念公園の若い樹
育成を目指す。
林では、このようなことが起こりにくい状態にあ
④園路沿いなどの林縁植生の導入:景観上の問題
るため、このまま放置しても「自立した森」への実
から、林縁のつる植物や雑草を刈り取ってきたが、
現は困難な状態である。そこで森の一部を伐採す
生物相豊かな林縁環境を出来るだけ残し、生き物
ることで林内に光を入れ、多様な植物が生育でき
の多様性に富んだ森を目指す。
る環境を実験的につくり、モザイク構造へと移行
⑤間伐の多様化による森づくり:公園としての景
させる方策を採ることとした。だが、造成地の上
観を重視する場所には、その景観を維持するため
に森を再現しようとする公園は過去に例がなく、
に多様な間伐手法を導入する。
どのような形で人の手を加えれば、これを実現で
(1.26)
、芝生(0.65)となった。この指数は種数
昆虫相の変化
伐採による昆虫相(チョウ)の変化を調べるた
と種ごとの個体数の均等性によって決まるため、
め、伐採後一年目に、伐採を行なった実験区6ヶ
個体数に偏りがある畑より、間伐地のほうが高く
所と、比較のため各実験区から15m離れた林内
なった。これらのことより、密生林内の一部を間
の6ヶ所、園内にある畑 1 ヶ所、芝生地 1 ヶ所に
伐することによって、チョウの多様性が増大する
おいて、10 分の間に高さ 5m以下で目撃されたチ
ことが明らかとなった。これは、間伐することで
ョウの種と個体数を記録した。
林内に光が入り、新たに幼虫の食草や吸蜜源とな
る植物が生えてきたことや太陽光がたくさんあた
記録されたチョウの個体数を比較すると間伐地
内 6 ヶ所で見られた 238 個体に比べて、6 ヶ所の
林内では 43 個と大きな差が見られた。
る場所が、日光浴をしたり、縄張りを張ったりす
るのに適していると考えられる。
しかし、このような調査を継続的に行っている
1 ヶ所の平均個体数を比較すると畑、間伐地、
と、3,4 年後には間伐地でのチョウの観察種数や
密生林、芝生の順となり、1 ヶ所の平均の種数で
個体数が減ってくることもわかってきている。こ
比較しても、同様となり、間伐地内は多くのチョ
れは、伐採後の時間が経てば経つほど、種子発芽
ウに利用されていることがわかった。
した実生が大きくなったり、切り株から萌芽した
しかし、それぞれの実験区では、利用するチョ
ものが大きくなったりすることで、再び光が地面
ウの種が違うため、今度は巣瀬の指数を用いて環
に届かなくなり、草本植物が枯れてしまったり、
境評価を行なった。巣瀬の指数とは、各チョウが
花を咲かせることができなくなるためである。
生息する個体数が最も多くなる環境によって、原
そのため、園内にこのような場所が複数必要で、
始的自然、山村的自然、農村的自然の 3 つのわけ、
毎年別の場所で数箇所間伐を行い、チョウを含め
原始的自然から 3,2,1 と数字を各チョウに割り当
た昆虫類が場所を移動しながら生息できるように
てて、出現したチョウの指数を積算することによ
間伐地を設定している。しかしあまり多く森を伐
り、その環境の自然度の評価するものである。こ
採すると自然生態に悪影響を与えるため、15×
間伐地
密生林
畑
芝生
個体数計
〔平 均 個体 数〕
238
〔40〕
43
〔7〕
55
〔55〕
6
〔6〕
種数
〔平 均 個体 数〕
19
〔9.7〕
11
〔3.2〕
13
〔13〕
2
〔2〕
3
カラスアゲハ、
ヒメジャノメ
2
クロアゲハ、コミス
ジ、ヒメアカタテ
ハ、サトキマダラヒ
カゲなど 10 種
キチョウ、ムラサ
キシジミ、ヒメウラ
ナミジャノメ、キマ
ダラセセリなど 6
種
ベニシジミ、ヤマト
シジミ、ウラナミシ
ジミ、ツマグロヒョ
ウモンなど 9 種
アオスジアゲハ、
ベニシジミ、ツマ
グロヒョウモン、ホ
シミスジなど 5 種
巣 瀬 の指 数
1
ツバメシジミ、テ
ングチョウ、ヒメ
アカタテハ、コム
ラサキなど 6 種
アゲハ、モンシ
ロチョウ、ベニシ
ジミ、ヤマトシジ
ミ、イチモンジセ
セリなど 7 種
ウラギン
シジミ
15mの実験区を2箇所程度に抑えて、その場所
を七、八年継続してモニタリングを行ない、チョ
ウ等の昆虫類に配慮した精度の高い管理手法を確
立していくこととしている。
モンシロ
チョウ
環境指数
20.2
5.3
19
3
H’
2.88
1.28
2.17
0.65
れを計算した結果、それぞれの実験区の指数の平
園内のセミ
2010 年から 3 年間、自然観察学習館で、広く来
均は間伐地(20.2)、畑(19.0)、林内(5.3)
、芝
園者に協力をよびかけ、セミの抜け殻調査を行な
生(3.0)となった。このことは間伐地が 4 つの環
った。
境のうちチョウ類にとってもっとも良好な環境で
あることを示している。
当初は目標を一万個と設定し調査を始めたのだ
が、予想を上回る多数の参加者を得て、総数
次にチョウの多様度の指数として、
27,000 個ものセミの抜け殻が集まった。大阪府が
Shannon-Wiener の情報量に基づく多様度指数(H
平成 16 年から 22 年までの 7 年間に府域のセミの
‘)を用いて解析した。
抜け殻調査をおこなった集計では、クマゼミが府
その結果、間伐地(2.88)、畑(2.17)、密生林
全域で 70%以上、大阪市内に限ると 90%以上とい
うようにとくに市街地ではクマゼミの占める割合
然環境)の質の向上、資源循環型モデルパークづ
が高くなっている。しかし、万博記念公園内での
くりの推進の 3 つのトピックを主軸に、都市の中
平成 23 年度の結果は、アブラゼミ 74%、ニイニ
の「生物多様性豊かな森」の実現を目指すもので
イゼミ 13%、クマゼミ 12%、ツクツクボウシ 1%
ある。
となり府の調査結果と大きく異なる結果となった。
特に緑(自然環境)の質の項目では、先に説明
もともと大阪では、アブラゼミがもっとも多く
した自立した森づくりの取り組みも当然含まれる
生息していた。しかし、高度経済成長期以降の都
が、園内で減少傾向のある草地性の生物の保全を
市化にともない、クマゼミの割合が高くなり、そ
目的とした草地環境の創出やビオトープ空間の配
の他の種が減少していった。原因としては、都市
置、侵略的外来種の個体数調整など多様な動植物
でおこっているヒートアイランド現象等が推測さ
の生息環境の保全活動を 10 年間で取り組んでい
れているが、
はっきりわかっていないようである。
こうと考えている。詳しくは日本万国博覧会記念
だが都市部ではクマゼミ以外のセミが暮らしにく
機構のホームページ
い環境になっているのは確かなようである。
(http://www.expo70.or.jp/forest/index.html )を参
しかし、万博記念公園での結果は、約 40 年かけて
照されたい。
おこなっている自然再生への取り組みが功を奏し
て、昔の大阪の環境が再生されつつあることを示
文献
している。また、セミの発見種数に関しても、大
1)独立行政法人万国博覧会記念機構(2006)
阪府の調査結果では、平均 2.7 種(大阪市内の都
自立した森再生センター便り
市部では 1.8 種)である一方、本公園では 4 種発
P.8-P.9
見されている。また抜け殻は見つからなかったが、
2)独立行政法人万国博覧会記念機構(2007)
ミンミンゼミやヒグラシの声も頻度は少ないとは
自立した森再生センター便り
いえ、聞くことができる。この事実は注目に値す
P.8-P.9
る。とくにニイニイゼミ大阪の都市部ではほぼみ
自 立 し た 森 再 生セ ン タ ー便 り
園の環境は比較的良い状態に保たれているといえ
P.2-P.3
れらの生きものが万博記念公園内では十分生息で
き、将来周辺地域の自然が回復すれば、多様な生
森 発 見 No.6 .
3)独立行政法人万国博覧会記念機構(2012)
られなくなっていることも考えると、万博記念公
るだろう。また、それだけでなく、昔からいたこ
森発見 No.1-4.
森 発見 No.26.
4 ) 森 本 幸 裕 編 ( 2012 ) 景 観 の 生 態 史 観 .
P.178-184.京都通信社
5)近松美奈子、夏原由博、水谷康子 et al( 2002)
物種をまわりの地域へ供給する場(ジーンプール)
都市林に造成された人工ギャップがチョウ類の種
としての機能を有していると期待のもてる結果と
組成に及ぼす影響、日本緑化工学会誌、28(2)、
なった。
P.97-P.102
この文章は昆虫と自然
生物多様性に富んだ公園を目指して
社 ニ ュー サイ エン ス 社
当機構では、国連において 2011 年から 2020 年
部編集したものです。
48(1),2013
株式会
に掲 載さ れ たも のを 一
の 10 年間を「国連生物多様性の 10 年」と位置づ
○ こ の内 容論 文を 二 次利 用す るこ と は厳 禁さ れ
けたのをうけ、「生物多様性の 10 年行動計画」を
ています。
作成した。
○ こ の内 容に 関し て の著 作権 は昆 虫 と自 然編 集
これは、自然のエントランス機能の充実、緑(自
委員会に譲渡されています。