ゆきおんなこいずみやくも雪女むさし YUKI-ONNA くにむら小泉八雲もさくみのきちい田部隆次訳ふたりき武蔵の国のある村に茂作、巳之吉と云う二人の木こりがいた。このはなしじぶんもさくろうじんかれねんきぼうこうにん話のあった時分には、茂作は老人であった。そして、彼の年季奉公人みのきちじゅうはちしょうねんまいにちかれらむらであった巳之吉は、十八の少年であった。毎日、彼等は村からやくにりはなもりいっしょでもりいみちこ約二里離れた森へ一緒に出かけた。その森へ行く道に、越さねばならおおかわわたぶねわたかはしこうずいところない大きな河がある。そして、渡し船がある。渡しのある処にたびはしながたび、橋が架けられたが、その橋は洪水のあるたびごとに流された。かわあふときふつうはしきゅうりゅうふせこと河の溢れる時には、普通の橋では、その急流を防ぐ事はできない。もさくみのきちたいそうさむばんかえみちおおふぶきあわたば茂作と巳之吉はある大層寒い晩、帰り途で大吹雪に遇った。渡し場つわたもりふねかわむかがわのこかえことわかに着いた、渡し守は船を河の向う側に残したままで、帰った事が分っおよひきわたもりこやた。泳がれるような日ではなかった。それで木こりは渡し守の小屋にひなんひなんじょみことぎょうこうおもこや避難した――避難処の見つかった事を僥倖に思いながら。小屋にはひばちひばしょまどいっぽうぐち火鉢はなかった。火をたくべき場処もなかった。窓のない一方口の、にじょうじきこやもさくみのきちとみのきゅう二畳敷の小屋であった。茂作と巳之吉は戸をしめて、蓑をきて、休けいよこはじさむかん息するために横になった。初めのうちはさほど寒いとも感じなかった。あらしやおもそして、嵐はじきに止むと思った。テキスト：http://www.aozora.gr.jp/cards/000258/files/50326_35772.html 朗読：https://www.youtube.com/watch?v=beg55mDgBrI ゆめじゅうや夢十夜とこやしきいなつめそうせきだいはちや夏目漱石第八夜またしろきものさんよにんき床屋の敷居を跨いだら、白い着物を着てかたまっていた三四人が、いちどい一度にいらっしゃいと云った。まんなかたみまわしかくへやまどあのこ真中に立って見廻すと、四角な部屋である。窓が二方に開いて、残ふたかたかがみかかかがみかずかんじょうむっる二方に鏡が懸っている。鏡の数を勘定したら六つあった。じぶんひとまえきこしおしりい自分はその一つの前へ来て腰をおろした。すると御尻がぶくりと云すわごこちよいすかがみじぶんかおった。よほど坐り心地が好くできた椅子である。鏡には自分の顔がりっぱうつかおうしろまどみちょうばごうしはすひとこしみ立派に映った。顔の後には窓が見えた。それから帳場格子が斜に見えこうしなかひとまどそととおおうらいうえた。格子の中には人がいなかった。窓の外を通る往来の人の腰から上みがよく見えた。しょうたろうおんなつとおしょうたろうまぼうし庄太郎が女を連れて通る。庄太郎はいつの間にかパナマの帽子をかかぶまおんなこしわか買って被っている。女もいつの間に拵らえたものやら。ちょっと解らそうほうとくいおんなかおみおもない。双方とも得意のようであった。よく女の顔を見ようと思ううとおちに通り過ぎてしまった。とうふやらっぱふとおらっぱくちほっ豆腐屋が喇叭を吹いて通った。喇叭を口へあてがっているんで、頬ぺはちさふくふくとおこたが蜂に螫されたように膨れていた。膨れたまんまで通り越したものきしょうがいはちさおもだから、気がかりでたまらない。生涯蜂に螫されているように思う。げいしゃでおつくりしまだねゆるなんあたま芸者が出た。まだ御化粧をしていない。島田の根が緩んで、何だか頭しまかおねいろつやきどくわるに締りがない。顔も寝ぼけている。色沢が気の毒なほど悪い。それでおじぎなんあいてかがみ御辞儀をして、どうも何とかですと云ったが、相手はどうしても鏡のなかでこ中へ出て来ない。テキスト：http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/799_14972.html 朗読：https://www.youtube.com/watch?v=jXw38lvS2FM