34 日エンドメトリオーシス会誌 2011;32:34−38 〔シンポジウム1/エンドメトリオーシスと卵巣癌〕 子宮内膜症から生じる卵巣癌の形態学的特徴 岡山大学病院病理診断科 柳井 緒 言 広之 モジデリンやセロイド,リポフスチンなどの褐 卵巣には各種の組織型の癌が発生するが,そ 色色素を貪食した組織球の集簇,泡沫状組織球 の発生母地についてはさまざまな議論がなされ の集簇などに注目する.もちろん,間質細胞が てきた.従来,卵巣表面を覆う細胞がいわゆる CD1 0を発現していることも重要な所見である. 表層上皮として注目されてきたが,最近では高 子宮内膜症を構成する上皮細胞に異型がみら 異型度漿液性腺癌の一部が卵管采上皮に由来す れるものを異型内膜症(図2)といい,前癌病 ることが示されている.一方,類内膜腺癌や明 変として注目されている.異型内膜症は類内膜 細胞腺癌の一部は子宮内膜症から発生すること 腺癌や明細胞腺癌などの癌の背景の子宮内膜症 が知られており,内頸部型粘液性腫瘍も子宮内 にみられる頻度が高く,Fukunaga らの論文に 膜症との関連が示唆されている〔1〕 . よると,子宮内膜症と関連する卵巣癌の約6割 「子宮内膜症と卵巣癌」を議論するうえで, に異型内膜症が合併している〔2〕 .異型内膜症 子宮内膜症の存在が確実に認識され,癌の正し 診断基準としては,Fukunaga らは,中等度∼ い組織型診断がなされていることが必要であ 高度な多型性を示し,核クロマチンに富むか, る.本稿ではまず内膜症の存在診断についてふ 淡明な大型核,核/細胞質比が高い,上皮細胞 れ,次に前癌病変としての異型内膜症,内膜症 の密在,重層化,房状増生のうち3項目以上を と関連する類内膜腺癌,明細胞腺癌,内頸部型 満たすもの,としており〔2〕 ,後の研究でもこ 粘液腺癌について,その形態学的特徴と診断の の基準を採用しているものが多い. うえで問題となる点について解説する. 子宮内膜症の組織診断と異型内膜症 子宮内膜症の典型的なものは内膜上皮よりな る腺と特徴的な間質の両者がみられ,そのよう な場合には診断は容易である.しかし,両者が そろわないこともまれではなく,上皮のみがみ られる場合や,間質のみがみられる場合がある. 上皮のみがみられる場合に,上皮が萎縮して いると漿液性腫瘍や封入N胞などと鑑別を要す る.形態学的に内膜間質が明らかでない場合に, 内膜間質のマーカーである CD1 0に対する免疫 染色を行うとその存在が示されることがある (図1) . 逆に間質のみがみられる場合,子宮内膜症を 示唆する所見として特徴的な血管網の発達,ヘ 図1 子宮内膜症 a:ヘマトキシリン・エオジン染色 b:CD1 0免疫染色により内膜間質細胞が明瞭に 認識できる. 子宮内膜症から生じる卵巣癌の形態学的特徴 図2 異型内膜症 核の腫大,高 N/C 比,核の多形性がみら れる. 35 図3 類内膜腺癌 円柱上皮よりなる腺管と桑実胚様構造を みる. 子宮内膜症と関連があるとされる組織型の卵 を適用することが妥当であると考えられてい 巣癌のなかには子宮内膜症の存在が確認されな る.すなわち,¸ 間質の desmoplasia を 伴 う い症例も存在するが,腫瘍の発育によって子宮 不規則な腺管,¹ 間質が介在しない密な腺管 内膜症成分が消失してしまうこともあるであろ 増殖もしくは篩状構造,º 高度な乳頭状構造, うし,手術標本の切り出しを丹念にすることで » 間質を置換する扁平上皮の増殖のいずれか 子宮内膜症との関連が明らかになることもある がみられるものは癌と診断する〔3〕 . と思われる. 卵巣の類内膜腺癌のうち,高度な異型を示す 類内膜腺癌 ものは高異型度の漿液性腺癌との鑑別を要する 子宮内膜の増殖期の上皮に類似した形態を示 ことがあり,そのような症例に対しては漿液性 す細胞よりなる癌を類内膜腺癌という.筆者の 腺癌と診断するのが適切であるとする意見が多 自験例では類内膜腺癌の8 2%の症例で子宮内膜 くある〔4〕 .これを裏付けるような分子生物学 症を合併しており,そのうち7 7%は異型内膜症 的な所見も報告されており,高異型度な類内膜 であった. 腺癌のなかに は 類 内 膜 腺 癌 と し て 特 徴 的 な 肉眼的にはN胞内に充実性隆起性病変を形成 するものが多い.典型例は組織学的に円柱上皮 の腺管状増殖を示し,桑実胚様構造や扁平上皮 β―catenin や PTEN の遺伝子変異がみられず, p5 3の変異が高頻度にみられる〔5〕 . 明細胞腺癌 への分化を部分的にみることがある(図3) . 明細胞腺癌は淡明な細胞質をもつ上皮細胞や 類内膜腺癌は子宮体部の類内膜腺癌に準じて充 核が表面に突出する鋲釘状細胞の出現を特徴と 実性増殖成分が占める割合によって grading が する腫瘍で,乳頭状,小腺管N胞状,充実性な なされるが,卵巣類内膜腺癌では一般に Grade どの構造を示す.間質に基底膜物質の貯留をみ の低いものが多い. ることも特徴的であり,好酸性硝子状沈着物や 子宮内膜症のなかに子宮内膜にみられる内膜 粘液性物質として認識される(図4) 〔6, 7〕 . 増殖症を思わせるような腺の増生をみることが 海外では卵巣癌の1 0%に満たない頻度である ある.そのような症例のなかには子宮における とされているが〔8〕 ,本邦では卵巣癌に占める 異型内膜増殖症と高分化型類内膜腺癌の鑑別が 割合が高く,日本産科婦人科学会の腫瘍登録に 問題となるような高度な腺の増生がみられるこ よると卵巣癌の約2 0%が明細胞腺癌である.従 ともある.そのような症例については,子宮内 来,明細胞腺癌は子宮内膜症との関連が指摘さ 膜において用いられているのと同様な診断基準 れており,自験例では明細胞腺癌の6 3%の症例 36 柳井 図6 明細胞腺癌の周囲にみられる上皮の乳頭状増殖 図4 明細胞腺癌 a:淡明な細胞質をもつ細胞の乳頭状増殖 b:鋲釘状細胞 c:腺管N胞状構造 d:間質の好酸性物質 図7 内頸部型粘液性腫瘍(境界悪性) 繊細な階層性乳頭状構造をみる. い症例のなかには免疫染色でも明細胞腺癌に特 徴的な結果を示さないものが含まれており,そ 図5 明細胞腺癌 異型内膜症(矢印の部分)のと連続して明細 胞腺癌がみられる. のような腫瘍は典型的明細胞腺癌と生物学的に 異なるものである可能性がある〔9〕 . 内頸部型粘液性腺癌 卵巣の粘液性腫瘍は腸上皮の性格をもつ腸型 が同側卵巣の子宮内膜症を合併していた(図 の腫瘍と子宮頸部の円柱上皮に類似する内頸部 5) .背景の子宮内膜症には異型内膜症だけで 型に分けられる.内頸部型粘液性腫瘍は,当初 なく,上皮の明細胞化生をみることもある. 境界悪性腫瘍の1つとして記載された〔1 0〕 . 癌と診断するためには,他の組織型の表面上 後に,粘液細胞以外に扁平上皮,鋲釘細胞,線 皮性・間質性腫瘍と同様に間質浸潤を確認する 毛細胞,未分化細胞などが混在する同様な境界 ことが必要であるが,癌の周囲の子宮内膜症N 悪性腫瘍がミューラー管型混合性乳頭状N胞 胞を観察していると,淡明な細胞質をもつ上皮 性境界悪性腫 瘍 mixed-epithelial papillary cys- の小乳頭状増殖する像をみることがあり(図 tadenomas of borderline malignancy of mulle- 6) ,このような病変が前癌病変と思われる. rian type として報告されたが〔1 1〕 ,これも本 卵巣に生じる癌のなかには明細胞腺癌以外に 質的には内頸部型粘液性腫瘍の範疇に含まれ も淡明な細胞質をもつ細胞の増殖を示すものが る.これらの腫瘍も子宮内膜症を合併すること ある.組織像が明細胞腺癌として典型的ではな があり,Rutgers らの報告では前者で3 0%,後 子宮内膜症から生じる卵巣癌の形態学的特徴 37 した.近年,これらの病変について分子生物学 的な知見が急速に集積しつつあり,病態の理解 が深まること,治療に新しい展開が開けること が期待されるが,そのような研究も正確な組織 診断の裏付けが必要なことは論を待たないであ ろう. 謝 辞 本稿は第3 2回日本エンドメトリオーシス学会 シンポジウム「エンドメトリオーシスと卵巣癌」 図8 内頸部型粘液腺癌 篩状増殖をみる.多数の好中球が浸潤し ている. での発表をまとめたものです.本講演の機会を いただいた,学会長である吉村泰典先生,座長 を務めていただいた片渕秀隆先生,青木大輔先 生に深謝いたします. 者で5 3%の症例で子宮内膜症を合併していた 〔1 0, 1 1〕 . 組織学的にはやや好塩基性の粘液を細胞質内 に含む上皮細胞が増殖しており,粘液細胞以外 にも扁平上皮,鋲釘細胞,線毛細胞,未分化細 胞が混在しつつ増殖する症例もある.境界悪性 腫瘍では繊細かつ階層状の乳頭状増殖が特徴的 であり(図7) ,その構築が漿液性腫瘍に類似 することから,本腫瘍を seromucinous と表現 するものもいる〔12〕 .癌と診断される腫瘍で は上記の境界悪性成分とともに間質浸潤像がみ られ,浸潤部分では腺管状,篩状などの構造を 示す(図8) .内頸部型粘液性腫瘍では間質お よびN胞腔内に多数の好中球がみられることも 特徴的である. 本組織型に分類される腫瘍の多くは境界悪性 腫瘍に相当するが,間質浸潤を示し,腺癌と診 断される症例も少数だが報告されている 〔1 2, 1 3〕 .癌の症例においても子宮内膜症の合 併がみられ,Lee らの症例では4例中3例に子 宮内膜症を合併していた〔1 3〕 .自験例では内 頸部型とみなしうる粘液腺癌症例の8 6%に子宮 内膜症が確認された. まとめ 子宮内膜症の存在診断と異型内膜症,子宮内 膜症との関連が示唆されている類内膜性腺癌, 明細胞腺癌,内頸部型粘液腺癌について,形態 学的な特徴と子宮内膜症との関係について記載 文 献 〔1〕Kurman RJ et al. The origin and pathogenesis of epithelial ovarian cancer : a proposed unifying theory. Am J Surg Pathol 2 01 0;34:43 3−44 3 〔2〕Fukunaga M et al. Ovarian atypical endometriosis : its close association with malignant epithelial tumors. Histopathology 1 99 7;30:249−25 5 〔3〕Kurman RJ et al. Evaluation of criteria for distinguishing atypical endometrial hyperplasia from well-differentiated carcinoma. Cancer 1 9 8 2;49: 2 5 4 7−25 5 9 〔4〕McCluggage WG. My approach to and thoughts on the typing of ovarian carcinomas. J Clin Pathol 2 0 08;61:152−16 3 〔5〕Wu R et al. Mouse model of human ovarian endometrioid adenocarcinoma based on somatic defects in the Wnt/beta-catenin and PI3K/Pten signaling pathways. Cancer Cell 20 0 7;11:32 1−333 〔6〕Mikami Y et al. Basement membrane material in ovarian clear cell carcinoma : correlation with growth pattern and nuclear grade. Int J Gynecol Pathol 19 9 9;18:52−57 〔7〕Kato N et al. Alternate mucoid and hyalinized stroma in clear cell carcinoma of the ovary : manifestation of serial stromal remodeling. Mod Pathol 20 1 0;23:88 1−88 8 〔8〕Prat J. Ovarian Endometrioid, clear cell, Brenner, and rare epithelial-stromal tumors. In Robboy SJ, et al eds. Robboy’s pathology of the female reproductive tract. 2nd ed. Philadelphia : Chrchill Livingstone, 2 00 8 〔9〕DeLair D et al. Morphologic spectrum of immunohistochemically characterized clear cell carcinoma of the ovary : a study of 1 5 5 cases. Am J Surg Pathol 2 01 1;35:36−44 38 柳井 〔1 0〕Rutgers JL et al. Ovarian mullerian mucinous papillary cystadenomas of borderline malignancy. A clinicopathologic analysis. Cancer 1 9 88;61: 340−348 〔1 1〕Rutgers JL et al. Ovarian mixed-epithelial papillary cystadenomas of borderline malignancy of mullerian type. A clinicopathologic analysis. Cancer 1988;61:5 46−5 5 4 〔1 2〕Shappell HW et al. Diagnostic criteria and behavior of ovarian seromucinous(endocervical-type mucinous and mixed cell-type)tumors : atypical proliferative ( borderline ) tumors, intraepithelial, microinvasive, and invasive carcinomas. Am J Surg Pathol 20 0 2;26:15 2 9−154 1 〔1 3〕Lee KR et al. Ovarian mucinous and mixed epithelial carcinomas of mullerian(endocervical-like) type : a clinicopathologic analysis of four cases of an uncommon variant associated with endometriosis. Int J Gynecol Pathol 2 0 03;2 2:4 2 −51
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