ミラノ、パリ旅行失敗談 H24.11.13~23 昨年 11 月、パリへの 2 度目の

ミラノ、パリ旅行失敗談
H24.11.13~23
昨年 11 月、パリへの 2 度目の個人旅行にでかけました。パリに入る前に「最後の晩餐」
の壁画を観るためミラノで 3 泊しました。
夫婦ふたりだけの旅に多少は慣れていたつもりでしたが、今回は、ふたりともドジを踏み
ながらの旅でした。どんなドジを踏んだのか…、恥ずかしながら、ご紹介します。
先ずミラノ観光の初日、壁画のあるサンタマリア・デッレ・グラッツェ教会に行くため、
地下鉄の切符を買う時のことです。
券売機の前に女性が立って、お客さんからお金を預かってキップを買って上げているよう
です。初めて乗るミラノの地下鉄ですから、券売機をどのように使うか分からないという不
安を持っている私たちは、駅員が親切にやってくれているのだと思いこんでしまいました。
「Two(二人)」
と言いながら、妻が 10 ユーロを渡しますと、キップを買ってくれたのはいいのですが、出
てきた釣銭をくれる様子がみえません。
妻が「チェック!」、「チェック!」と釣銭を催促すると、やっと手の中のコインを出し
ましたが、1ユーロ・コインが 1 枚だけ。
それはオカシイと、さらに妻が催促すると、今度は2ユーロ・コインを 1 枚出しました。
なおも妻が「チェック!」、「チェック!」と催促すると、今度は無視。このときになって
初めて私たちは釣銭詐欺にひっかかったことに気づきました。
それ以上の催促を諦めてしまいましたが、人をあてにしてはいけないと思ったことです。
それでも、ワナは、向こうの方からやってきます。
「最後の晩餐」の壁画を観た後、ドゥオモに入ろうと広場に出たときのことです。数えき
れないくらいの鳩がエサを求めて歩き回っています。
こんなときもあろうかと、妻がポケットに入れていた食べ残しのパン切れをちぎって撒く
と、鳩が何羽も寄って来てパン切れを啄み始めました。
そのときです。近くにいたカラードのグループ(アフリカからの移民?)がスッと寄って
来て妻の手に、トウモロコシを数粒握らせました。たちまち鳩が何羽も妻の手に留まって、
そのトウモロコシを食べ、なお催促して頭や肩の上に留まりました。
はしゃいでいる妻を写真に撮っていると、グループの一人が私にもトウモロコシを握らせ、
写真に撮ってやるとの仕草。たちまち私の頭や肩の上にも鳩が群がります。
私はいくらかのチップを観念して、やむなくカメラを彼に渡し、ツーショットの写真をと
ってもらいました。
2~3 枚写真を撮ると彼はカメラをちゃんと返してくれ、「チップ、チップ」と言うので、
私が財布を取り出そうとしました。しかし、妻は大きな声で「ダメ!ダメ!」と私を制し、
ポケットから1ユーロ・コインを出すと、それをチラと見た精悍な顔つきの親分格の男が
「ビル!、ビル!」
つまり、お札(5ユーロか 10 ユーロ)を出せと私に迫ってきました。
妻が男たちのひとりに1ユーロ・コインを握らせたので、私たちは「ノー!ノー!」とグ
ループを手ぶりで彼らを追い払い、ようやくその場を逃れました。
後で妻から「あんなときに財布を人目にさらすものではないのよ!」と、説教を食らいま
した。
次にドジを踏んだのは私です。ミラノからパリに向かう日の朝でした。ミラノ空港でパリ
行きの飛行機のチェックインをしようとしたときに、乗ってきた路線バスの中にナップザッ
クを置き忘れたことに気付いたのです。中には、2つ持っていた内の大事な方の財布を入れ
ていたので、大いに慌てました。
私は、空港ビルの中を走りに走り、バスを降りた地点に戻りましたが、もちろん、そのバ
スの姿はありません。何とか空港職員らしき人を見つけて
「エマ-ジェンシー・センターはどこか?」
と訊ね、指さされた方向に向かって、また走りました。途中でキョロキョロ、目で乗ってき
たバスを探すと、時間待ちをしているのでしょうか、そのバスが停車しているのを見つけま
した。近寄ると、見覚えのある運転手もいました。
身ぶり手ぶりで事情を話したら、すぐにドアを開けてくれ、無事、ナップザックを手にす
ることができて胸を撫で下ろしました。
パリでは、妻が地下鉄の通路でスリに遭いました。
妻が後ろから軽くぶつけられたように感じて壁際に身を寄せたときのことです。2 人の男
が大きな声で何か叫びました。
振り返ると、一人が 3 人連れのジプシー風の女性を壁に沿って立たせ、一人が私たちに近
寄ってきました。そして「10 分ほど時間をとれるか?」と言っているようです。
私たちが頷くと、早速、「妻のハンドバッグの中で財布などが無くなっていないか?」と
いう質問。幸い財布やパスポートはバッグ背面のポケットに入れていたため無事で、すられ
たのは前のポケットに入れていたマスクだけでした。
それをかしかめた後、事情を説明しているようですが、フランス語が分からないこちらは、
ただ聞くばかり。くどいほど「パードン?」を繰り返して漸く分かったのは、あの女たちが
スリの常習犯だということと、私たちの被害がなくてよかったけれど今後は気をつけるよう
にということでした。
2 人は私服の警官で常習犯のスリである 3 人連れの女をつけていて、彼らが妻のハンドバ
ッグから何かを抜き取った瞬間に、現行犯逮捕してくれたのです。全く幸運なことでした。
その後、私たちに声をかけた警官がいくつか質問をしながら調書を書きました。警官がイ
ケメンだったものだから、妻はウキウキと答えて、何とか調書らしきものができました。
その調書に「その通りである」旨のサインをせよと言うので、妻は生まれて初めて警察の
作った調書にサインをするというオマケ付きでした。
3 人連れのスリが私たちを狙った理由を考えると、乗ってきた列車を降りたときに、乗り
換えのホームを探してアッチ行きコッチ行きうろうろしていたから、“これは騙しやすいヤ
ポン(日本人)だ」と思ったためでしょう。日本とは安全性が違うのだと感じました。
ミラノでは曾てない経験もしました。次のような次第です。
「最後の晩餐」の絵を観る予定の日はストライキで、入れるかどうかわからないというこ
とでした。それでも、折角だからと地下鉄の駅を出て、道を聞きながら、絵のある教会に歩
き出しました。 途中、大勢の警官(機動隊)が車を連ねています。ストライキを行う連中
によるデモ警備のためだと思われました。
教会には無事に入れ、絵を観た後、元来た地下鉄駅に戻る途中のことです。警官(機動隊)
の車列の向こう側が煙っています。逃げてくる人もいます。
興味半分もあって近づいていくと、デモ隊など全く見えませんが、煙は濃くなり、こちら
に漂ってきます。何なのだろうと思う間もなく、目が痛みに耐えられなくなりました。
その煙は何と催涙ガスだったのです。
目をしばたたせながら我々も慌てて引き返し、迂回をして、元来た駅に戻った次第です。
私は60年安保反対運動でデモに加わったことがありますが、少なくとも大阪では催涙ガ
スに見舞われたことなどなかったのに、旅行先の異国でそんな目にあうとはオカシなもので
すね。
今回の旅行の特筆モノを3点上げると、先ず、ミラノのスカラ座とパリのバスティーユ劇場という伊
仏を代表するオペラ・ハウスでオペラ、
「リゴレット」と「トスカ」を見ることができたことです。
ミラノ、スカラ座でのオペラ観劇では、オドロキの発見がありました。インターネットで予約した舞台
袖の 3 階席からは舞台を見るのに苦労したのですが、指揮者の姿はよく見えました。指揮台は明るく照
らされているのですが、いつ見ても何も置いてありませんでした。
つまり、指揮者は、終始、暗譜で指揮をしていたということです。歌手もすごいけれど、指揮者も凄
いものだと改めて感心しました。
第2には、格別に美味しいお菓子を食べることができたということです。
パリはルーブル宮(博物館)東側のチュイルリー公園に面したホテルに泊まったのですが、ホテルの
4~5軒東側に昼過ぎになると行列のできるお菓子屋があり、自家製のケーキ類を茶菓子にしてお茶を
飲みたい人が並んでいるのだということが分かりました。そこで、マカロンやケーキを買ってきて部屋
で食べると、その美味しかったこと!妻は今もって、あのお菓子を食べたい!と言っています。
その店の名前は「アンジェリーナ」
。先日、東京の知人がお菓子を送ってくださり、包装を開けてみる
と、何とアンジェリーナのものでした。日本にも支店があるのですね。御蔭で居ながらにして、アンジ
ェリーナのお菓子を食べることができましたが、やっぱりパリで食べたあの味は忘れられません。
第3には、予て見たいと思っていた絵を2点、観ることができたということです。ひとつは印象派と
いう絵の画風の原点となったモネの「日の出―印象」をマルモッタン美術館(初めて行きました)で、
またピュビス・ド・シャヴァンヌの「貧しき漁夫」をオルセー美術館で観たことです。後者は、前回訪
れたときには出展されていなかったため、残念に思っていたところでした。
個人旅行ならではの収穫だと、いい思い出にして、次回の旅を楽しみにしています。