566 侵襲性アスペルギルス症の早期診断における β-グルカン測定 およびガラクトマンナン抗原測定法の有用性 埼玉医科大学附属病院感染症科・感染制御科 堀 口 祐 司 (平成 15 年 10 月 1 日受付) (平成 16 年 5 月 12 日受理) Key words: (1, 3) -β-D-glucan, Aspergillus galactomannan, receiver operating characteristic curve 要 旨 血液疾患患者の抗菌薬不応性発熱時に,侵襲性アスペルギルス症の血清診断として,β-グルカン値 (ファンギテック G テスト MK,β グルカンテストワコー) ,アスペルギルス ガラクトマンナン抗原 (プ ラテリア アスペルギルス) を同時に測定した.対象は 58 症例,72 回の広域抗菌薬不応性の発熱時の血 清診断値を測定した.検討期間中に 8 例が侵襲性アスペルギルス症と診断された.本研究により得られ た診断効率の成績は,ファンギテック G テスト MK および β グルカンテストワコーの感度がそれぞれ 0.88 および 0.63,特異度はそれぞれ 0.85,0.98 であった.β-グルカン測定系の対数変換後の相関係数は, 0.92(95%CI,0.89∼0.94) ,p<0.001 と,強い相関を認めた.また,プラテリア アスペルギルスの感度 は 0.50, 特異度は 1.0 であった.ファンギテック G テスト MK,β グルカンテストワコー,プラテリア アスペルギルスにおける ROC AUC±S. E および最適な基準値はそれぞれ,0.92±0.07,24.9 pg! ml, 0.84±0.09,7.3 pg! ml,および 0.89±0.08,0.9 cut off index と算出された.以上の結果より 2 つの β-グル カン測定法の測定効率はほぼ等しく,測定値は変換可能なことが示された.また,ガラクトマンナン抗 原値が 0.9 COI 以上であれば厳重な注意が必要であることが示唆された. 〔感染症誌 はじめに 78:566∼573,2004〕 て,侵襲の少ない補助診断法である血清診断法が 侵襲性アスペルギルス症は,主に血液悪性腫瘍 開発され臨床に応用されている.本邦では,侵襲 患者など免疫不全患者に発症する予後不良な感染 性アスペルギルス症が疑われた場合の血清診断と 症である.確定診断は,感染巣 か ら Aspergillus して,非特異的ではあるが,ほとんどの真菌細胞 属を真菌学的あるいは病理組織学的に検出するこ 壁の主要な構成成分である β-グルカン測定や,ア とが必要となる.しかし,骨髄抑制症例などに侵 スペルギルス 襲的検査を行うことは困難である場合も多い. されている. このため,深在性真菌症の早期診断を目的とし ガラクトマンナン抗原測定が施行 現在臨床上の問題点1)∼5)として,β-グルカン測定 では測定法間の乖離が指摘され,ガラクトマンナ 別刷請求先:(〒350―0495)埼玉県入間郡毛呂山町毛 呂本郷 38 埼玉医科大学附属病院感染症科・感染制 御科 堀口 祐司 ン抗原測定では,感度の向上が必要とされている. 本研究は,侵襲性アスペルギルス症の早期診断 法として,β-グルカン測定およびガラクトマンナ 感染症学雑誌 第78巻 第7号 侵襲性アスペルギルス症の血清診断法 567 ン抗原測定の有用性を明らかにすること,および 計算し,各評価項目について信頼区間を求めた. β-グルカン測定値の乖離について検討することを 各項目の算出には,発熱エピソードの発生総数に 目的に施行した.さらにそれぞれの血清診断の妥 対する侵襲性アスペルギルス症と診断された症例 当性について臨床疫学的指標を使用して比較検討 数の比を用いた.陽性および陰性的中率は Leisen- を試みた. ring7)のプログラムにより検定した.各検査項目間 対象と方法 の 相 関 係 数 は,Pearson’ s correlation coefficient 2002 年 4 月から 2003 年 3 月までの 1 年間の埼 によって検定した.さらに統計学的解析として, 玉医科大学附属病院血液内科の入院患者のうち, Receiver operating characteristic area under the 38.0℃ 以上の発熱が,3 日間の広域抗菌薬投与後 curve(ROC AUC)によって検証を試みた.ROC も持続する症例を対象とした.これらの対象に対 曲線分析は ROCKIT8)を使用した. 結 して,発熱のエピソードの開始日から早期に(約 果 7 日以内を基準として) ,施行することのできた血 1.患者背景 清診断値について検討を行った.1 症例に対し複 検討期間中,58 症例に 72 回の抗生物質不応性 数検査を行った場合は,最初に施行した検査結果 の発熱のエピソードを認めた.血清診断は,エピ を検討対象としたが,同一症例であっても発熱の ソード開始日より 3∼8 日後(平均 4.7±0.9 日)に 原因が細菌性肺炎など,深在性真菌症以外と診断 それぞれ行われ,複数測定した事例も含めて 114 され,かつ当該疾患治癒後に十分な時間の間隔(1 回行われた.症例の性別は男性 35 例,女性 23 例, カ月以上)がある場合は検討対象に含めた. 年 齢 は 39∼92 歳(平 均±標 準 偏 差,61.5±15.6 侵襲性アスペルギルス症の診断は,検討対象の 歳)だった.主な基礎疾患は,急性白血病 29 例, 経過観察を行い,剖検あるいは臨床および真菌学 悪性リンパ腫 11 例,骨髄異形成症候群 10 例,多 的な所見を総合判断して行った.さらに血清診断 発性骨髄腫 1 例,その他 7 例であった. 値と実際の下された診断を比較することによって 2.侵襲性アスペルギルス症 血 清 診 断 法 の 評 価 を 行 っ た.深 在 性 真 菌 症 は 検討対象のうち 8 症例が侵襲性アスペルギルス European Organization for Research and Treat- 症(proven 3 例,probable 5 例)と診断された. ment of Cancer! Mycosis Study Group(EORTC! また,他の深在性真菌症として,カンジダ血症が 6) MSG)のガイドライン に準じて診断した. 測定項目 血清診断法として,β-グルカン測定は,カイネ ティック比色法によるファンギテック G テスト 1 例,およびニューモシスティスカリニ肺炎が 2 例と診断された.カンジダ感染症,およびニュー モシスティス症例は,発症数の問題より診断効率 の検討から除外した. MK(生化学工業,以下比色法)および比濁時間分 Table 1 に,研究期間中に発症した侵襲性アス 析法による β グルカンテストワコー(和光純薬, ペルギルス症症例の患者背景および各種血清診断 以下比濁法)を施行した.またガラクトマンナン の結果を示す.7 例(症例 1∼7)が侵襲性肺アス 抗原はモノクローナル抗体を用いた ELISA 法で ペルギルス症と診断された.また,症例 8 は,発 あるプラテリア アスペルギルス(富士レビオ, 熱 3 日 後 に 意 識 レ ベ ル の 低 下(Japan Coma 以下ガラクトマンナン抗原測定)によって測定し ScaleIII-200) ,共同偏視など神経学的所見が出現 た.各検査法の基準値は添付文書に基づき,比色 した.同日の胸部レントゲン撮影では異常所見を 法 が 20pg! ml,比 濁 法 が 11pg! ml,プ ラ テ リ ア 認めなかったが,頭部 CT 撮影において左内包に アスペルギルスは 1.5 Cut off index (COI) とした. 径 4cm の陰影を含む多発性の低吸収域を認めた. 臨床疫学的指標 本症例は,剖検により中枢神経アスペルギルス症 血清診断法の有用性の評価として感度,特異度, 陽性および陰性的中率,陽性および陰性尤度比を 平成16年 7 月20日 と診断された. 発熱開始日から,血清診断施行までの日数は, 568 堀口 祐司 Table 1 Clinical background and serolojgcal values of the patients with invasive aspergillosis Patient no. Age/Sexb Underlyingc (pg/ml) (COI) Time(days) between first day of fever and serolojgcal test <6.0 0.2 5 multiple nodular consolidations 133 4.6 4 multiple nodular consolidations FUNGITEC G test MK Beta-Glucan test WAKO Platelia Aspergillus (pg/ml) Rediological findings of the chest at the time of serodiagnosis Pulmonary aspergillosis Proven cases 1 64/M ALL 2 66/M ITP 7.3 300 Probable cases 3 50/M ALL 28.5 <6.0 3.1 4 multiple nodular consolidations 4 5 92/M 69/M N.D. NHL 42.8 1,540 25.4 40 1.2 0.3 4 4 multiple nodular consolidations multiple nodular consolidations 6 52/M AML 261 89.2 4.6 5 ─ 7 72/F AML 7.1 0.3 3 multiple nodular consolidations hallo signd 5 3 ─ Central nervous system aspergillosis 8a 69/M AML 76.3 300 71.6 aAutopsy-based proven case. bM, male;F, female. cAML, acute myelogenous leukemia;ALL, acute lymphatic leukemia;NHL, non Hodgkin lymphoma;ITP, idiopathic thrombocytopenic purpura;ND;not diagnosed. dComputed tomographic scan of the chest showed hallo sign on the fifth febrile day. 平均 4.0 日(3∼5 日後)であった.血清診断当日に らはすべて真菌症患者における測定値であった. 施行された胸部レントゲン撮影では,6 例に比較 相関係数は,0.73(95% confidence interval[CI], 的限局性もしくは,びまん性の浸潤影を認めた. 0.63∼0.81) (p<0.001)であった. 胸部 CT は,当院で通常施行されるスライス厚 7 Fig. 1-b には測定値の対数変換後の散布図およ mm,もしくはスライス厚 1mm にて撮影された び回帰直線を示す.散布図では,観測値が直線的 が,症例 7 では,血清診断翌日(発熱エピソード な増加傾向を示しており,相関係数は,0.93(95% より 5 日後)の胸部 CT 撮影にて,halo sign が認 C.I,0.89∼0.95) (p<0.001)と,強い相関を認めた. められた. しかし,比濁法の測定限界近傍に,比色法が陽性 3.深在性真菌症否定群 を示す 6 件の測定値を認めた.この測定値が得ら 侵襲性アスペルギルス症が否定的であった 61 れた 5 症例の臨床背景および血清診断値を Table 回エピソードに対して,64 回の血清診断が施行さ 2 に示す.これらは全て,陰性コントロール群と考 れた.61 回のエピソード中 28 件が肺炎と診断さ えられた患者に対する測定値であった.この 5 症 れ,そのうち 12 件では,細菌性細菌(グラム陰性 例の基礎疾患は,悪性リンパ腫が 4 例,急性白血 桿菌 8 件,グラム陽性球菌 4 件)であった.さら 病が 1 例であり,2 例は好中球減少症を伴ってい に 1 例が,サイトメガロウイルス肺炎と診断され た.また,血清診断以前に Tazobactam! Piperacil- た.敗血症は 3 件(MRSA 2 件,Enterococcus fae- lin を投与された症例はなかった. calis 1 件)であった.30 件では感染巣および原因 菌は不明であった. 5.血清診断法の診断効率 Table 3 に侵襲性アスペルギルス症に対する各 4.β-グルカン値の相関 種血清診断の診断効率を示した.β グルカン測定 Fig. 1-a に β-グルカン測定値の相関は,比色法と の陽性的中率は,比濁法が比色法に対して,5% の 比濁法による,114 回の全測定値の散布図を示す. 有意水準のもとで有意に高く(p=0.03) ,陰性的中 散布図において,複数の外れ値を認めたが,これ 率には有意差を認めなかった(p=0.19) .ガラクト 感染症学雑誌 第78巻 第7号 侵襲性アスペルギルス症の血清診断法 Fig . 1 Correlation of ( 1, 3 )-Beta-D glucan values measured by the FUNGITEC G test MK and the Beta glucan test WAKO. The(1, 3)-Beta-D glucan values obtained by each test are shown as actual values(a)and as log-transformed values(b). There was a strong correlation between the log-transformed values obtained by the two methods. 569 0.84±0.09,7.3 pg! ml,お よ び 0.89±0.08, 0.9 COI と算出された.比色法と比濁法の ROC AUC に は,有意差を認めなかった(p=0.25).ROC 解析 にて算出した基準値における,比色法,比濁法お よびガラクトマンナン測定の,感度はそれぞれ 0.88,0.75 および 0.63,特異度はそれぞれ 0.88, 0.97,0.95 であった. 考 察 造血器悪性腫瘍患者や骨髄移植患者における, アスペルギルス症の発症率は約 10∼25%9)と報告 されている.今回の研究期間における,発熱エピ ソードに対する侵襲性アスペルギルス症の頻度は 11% であり,ほぼ同等の結果であった. 比色法および比濁法による β-グルカン測定は, 測定対象および単位が同一であり,測定値の一致 が望まれるが,現在測定法によって測定値が乖離 することが問題とされている2)∼5).この問題は主 に,!散布図では相関を示すが絶対値が乖離する, "比色法による測定値が極端に高値となり,散布 図上外れ値となる,#比濁法の基準値付近におい て,比色法のみ陽性を呈する,に分類されると考 えられる. 我々の研究結果からは,β-グルカンの実測値間 には良好な相関は得られなかった.さらに散布図 上相関しているようにみえる測定値も,絶対値は 一致しなかった.しかしこれらの測定値は,対数 変換後には非常に強い相関を認めた.以上より, !について,実質的に測定実測値は異なると判断 するのが妥当と考えられ,単純に数値の比較はで きないことが確認された.この原因2)3)は,β-グルカ ン測定法に使用する試薬や測定系が異なることが 主な原因と考えられる.また,"の原因について マンナン測定は特異度が 1.0(95%C.I,0.98∼1.0) は,2 つの測定法による測定値はともに,CEA10)や と優れていたが,感度は 0.50(95%C.I,0.29∼0.96) r-GTP11)などの臨床検査値のように対数正規性を であった. 有することが考えられ,通常の散布図では乖離値 6.ROC AUC による検討および算出された基 準値 と判定されることが要因と考えられた. #については,現在までに透析膜や血液製剤な 各血清診断法の ROC Curve を Fig. 2 に示す. どの影響2)3)が明らかにされ,また β-グルカン以外 比色法,比濁法,ガラクトマンナン測定における の非特異反応が存在する可能性も検討されてい ROC AUC±S.E および早期診断に最適と考えら る4).本検討では,真菌症否定群の 5 症例では比色 れた基準値はそれぞれ,0.92±0.07,24.9 pg! ml, 法のみ陽性であったが,このうち 3 症例(症例 9∼ 平成16年 7 月20日 570 堀口 祐司 Table 2 Clinical background and serological values of the patients with positive result of the FUNGITEC G test MK in the control group Patient Age/sex no. (yr) Underlying disorder or conditionsa Diagnosisb (microbiological result) Time(days) between first day of fever and serolojgcal test FUNGITEC G test MK Beta-Glucan test WAKO Platelia Aspergillus (pg/ml) (pg/ml) COI 9 M/84 NHL ND 5 20.3 <6 0.2 10 F/61 NHL 7 24.9 <6 0.3 11 F/43 3 31.8 <6 0.9 12 M/69 NHL neutropenia Post PBSCT AML pneumonia (Klebsiella pneumoniae) pneumonia pneumonia (Pseudomonas aeruginosa) 4 42.4 6.6 0.1 13 F/79 Sepsis (Enterococcus faecalis) 4 12 44.9 57.1 6.4 9.9 0.6 0.4 aAML, NHL neutropenia acute myelogenous leukemia;MDS, myelodysplastic syndrome;NHL, non Hodgkin lymphoma;PBSCT, peripheral blood stem cell transplantation;Neutropenia, neutrophil count < 500/mm3. bND, not determined. Table 3 Diagnostic validity of(1, 3) -Beta-D Glucan and galactomannan antigen measurement FUNGITEC G test MK Beta-Glucan test WAKO Platelia Aspergillus Disease prevalence(positive ratio) 0.12(8/69) 0.12(8/69) 0.12(8/69) Sensitivity (95%CI) 0.88(7/8) 0.63 ─ 0.99 0.63(5/8) 0.44 ─ 0.96 0.50(4/8) 0.29 ─ 0.96 Specificity (95%CI) Positive predictive value (95%CI) Negative predictive value 0.85(52/61) 0.79 ─ 0.97 0.43(7/16) 0.38 ─ 0.87 0.98(52/53) 0.98(60/61) 0.94 ─ 0.99 0.83(5/6) 0.68 ─ 0.99 0.96(60/63) 1.0 (61/61) 0.98 ─ 1.0 1.0 (4/4) 0.569 ─ 1.0 0.94(61/65) (95%CI) Positive likelihood ratio(95%CI) Negative likelihood ratio(95%CI) 0.91 ─ 0.99 5.93(3.07 ─ 11.45) 0.15(0.02 ─ 0.92) aND;not 0.89 ─ 0.99 38.1 (5.07 ─ 286.4) 0.38(0.16 ─ 0.93) 0.88 ─ 0.98 NDa 0.50(0.25 ─ 0.99) determined. 11) については,ガラクトマンナン抗原値も低く, できない.この点については,好中球減少時の血 非特異反応が主因であった可能性も考えられる. 清診断をより詳細に検討することが必要である. しかし,2 症例(症例 12・13)では,いずれも好 さらに,本検討ではこのような比色法による偽 中球減少症が存在しており,ガラクトマンナン抗 陽性が生じた割合は,真菌症否定群の 6 件(11%) 原値の軽度上昇を認めた.Kami ら12)は,好中球低 であり,測定値の範囲は 20.3∼57.1(pg! ml) であっ 下期間中には Aspergillus 菌体成分が循環血液中 た.これに対して茂呂ら5)は,真菌症否定群の保存 に流出する病態が存在する可能性を示しており, 血清において,比色法のみ陽性を示した検体が約 また本症例では,疑陽性の原因13)とされる Tazo- 30% 程度であり測定値も 1,000(pg! ml)以上を示 bactam! Piperacillin は投与されていなかった.こ す検体も含まれていたことを報告している.この のことより,仮説ではあるが 2 症例の比色法の測 成績は本研究によって得られた結果と頻度および 定値は,一過性真菌血症を検出した可能性も否定 測定値の範囲の面で異なるが,検討手法の問題か 感染症学雑誌 第78巻 第7号 侵襲性アスペルギルス症の血清診断法 Fig. 2 Sensitivity and false-positive rate(1-specificity)for the area under the receiver operating the characteristic curve for different strata of the FUNGITEC G test MK , the Beta glucan test WAKO, and the Platelia Aspergillus test. The ROC AUC results of the FUNGITEC G test MK and the Beta glucan test WAKO showed no difference(p= 0.25). 571 ることが必要であること,比色法では 24.9 pg! ml, 比濁法では 7.3 pg! ml に設定することにより検査 効率が向上する可能性が示唆された. 以上より異なる測定法によって得られた β-グ ルカン値は単純に絶対値での比較はできないこ と,しかし測定値の変換による比較は可能である ことが確認された.さらに現実的には,比色法, 比濁法は,同一の臨床検査と考えるよりも,臨床 検査として同程度の有用性があるが異なる特性を 持つ検査として判断するのが妥当と考えられた. 侵襲性アスペルギルス症に対するガラクトマン ナン抗原測定は,近年基準値の見直しによる検査 効率の改善が報告されている. Maertens ら14)は, cut off 値を 1.0 に設定した検討によって,臨床兆 候や画像診断よりも,平均して 6∼9 日前にガラク トマンナン抗原検出が可能であったと報告してい る.さ ら に 米 国 Food and Drug Administration (FDA) は,ガラクトマンナン抗原測定を承認する にあたって,大規模臨床試験の実績をもとに,cut off 値を 0.5 に設定した13)15).我々の検討では,基 準値を 0.9 COI に変更することによって,感度が 0.5 から 0.63 へと向上し,現在の基準値を引き下 ら単純には比較ができない.この格差が生じた原 げることによる診断効率向上の可能性が確認され 因については,!血清保存の影響"対象疾患の相 た.また ROC AUC も 0.89 と非常に優れているこ 違,といった要因が考えられる.この点について とからも,ガラクトマンナン抗原測定は, スクリー は,さまざまな基礎疾患を有する対象に対して検 ニングだけではなく診断的価値も高い検査である 討を行い検証することが必要である. と考えられた.しかし,現在までの主要な検討対 β-グルカン測定の診断効率は,比色法では感度 象は,血液悪性腫瘍および骨髄移植領域であり, が,比濁法では特異度がそれぞれ優れているよう 他の疾患領域においても基準値を同等に引き下げ であるが,感度と特異度にはトレードオフの関係 うる妥当性については未解決である.この点につ があり,単純には比較することができない.これ いては固形癌や自己免疫疾患など様々な基礎疾患 に対して,陽性および陰性的中率は,直接比較す による immunocompromised host を対象 と し た ることが可能であり,現在の基準値を用いた場合 検討が必要である.さらにガラクトマンナン抗原 の陽性的中率は,比濁法において有意に高く,臨 は,クリアランスの速さのため16)確実に検出する 床的には比色法において偽陽性症例が多いことに ためには頻回の測定が必要とされこと,小児にお 対応している.しかし,比色法,比濁法の ROC ける偽陽性例の存在15)17)などの問題により,血清診 AUC には統計学的有意差は認めなかった.これは 断としての単独使用には限界があると考えられ 両者がそれぞれ,最適な基準値を使用する場合に る. は,同程度に有用であることを臨床疫学的に定量 本検討において検査法の定量評価に使用した 的に示唆する結果である.本検討より,β-グルカン ROC 曲線は縦軸に感度(真陽性率) ,横軸に偽陽性 測定の臨床使用の際には測定値を定量的に判断す 率(=1−特異度)をとって,カットオフ値を変更 平成16年 7 月20日 572 堀口 した場合の両者の変化を順次プロットしており, ROC 曲線の下側になる部分の面積(ROC area under the curve:ROC AUC)が広くなるほど病態 識別能が高い検査と判定することができる18).ま た,ROC 曲線上において層別尤度比を計算し,理 想点(感度 100%,偽陽性率 0%)に一番近いカッ トオフ値が最適値と考えられる.今回の研究に よって得られた比色法,比濁法およびガラクトマ ンナン測定の ROC AUC を,他疾患における ROC AUC と比較すると,急性心筋梗塞における CPK の ROC AUC は 0.67 19),糖尿病の診断 に お け る 空腹時血糖測定の ROC AUC は 0.8320)であり,こ れと比較して考えても優れた検査法であることが 確認できた.しかし,今回の限られた症例数によ る検討では,ROC 解析の overfitting18)∼20)の可能性 が否めない点,より多くの症例による検討が必要 である. 今回の研究より,比色法,比濁法による β-グル カン測定およびガラクトマンナン測定は,侵襲性 アスペルギルス症のスクリーニング時には,ほぼ 同等の効力が期待されることが確認されるととも に,基準値の見直しによる検査効率の改善が期待 される.しかし,本検討の限られた症例数では, 血清診断法の妥当性の検討としては不十分であ り,算出された基準値は,限定された条件下での 傾向を示唆するにとどまる.今後,症例数を増や して検討することによって,より精密な血清診断 法の評価を行う必要があると考えられる. 本来疾患特異性が存在しない β-グルカン測定 と,Aspergillus に特異性が高いガラクトマンナン 測定では,測定対象も臨床的な意義も異なり,そ れぞれ特徴と限界が存在する.しかし,早期診断 の困難な侵襲性アスペルギルス症に対する血清診 断法の役割は大きく,今後結果判定の再考,検査 法を組み合わせて施行すること,などによって診 断の精度向上が必要である. 謝辞:稿を終えるにあたり,御指導,御校閲いただきま した埼玉医科大学附属病院感染症科・感染制御科, 前!繁文 教授,埼玉医科大学附属病院第一内科学教室,別所正美教 授および御助言をいただきました埼玉医科大附属病院学 祐司 文 献 1)前崎繁文:血清診断法 基礎と臨床.日本医真菌 学会雑誌 2002;43:233―7. 2)田中重則:比色法による深在性真菌症スクリー ニング法としての血中 β-グルカン測定.直江史朗 監修,臨床に生かせる深在性真菌症検査法∼EBM に基づく診断のための評価と展望∼,メジカルセ ンス,東京,2002;p. 24―34. 3)土屋正和:比濁時間分析法による血中 β-グルカ ン測定の現状と問題点.直江史朗監修,臨床に生 かせる深在性真菌症検査法∼EBM に基づく診断 のための評価と展望∼, メジカルセンス, 東京, 2002;p. 36―45. 4)吉田耕一郎,二木芳人,宮下修行,松島敏春:血 中(1→3)-β-D-グルカン測定法の非特異反応検出 に関する検討.感染症誌 2002;76:754―63. 5)茂呂 寛,塚田弘樹,小原竜軌,諏佐理津子,田 邊嘉也,鈴木栄一,他:臨床検体を用いた血中 (1→3)-β-D-グルカン測定キット 4 種類の比較検 討.感染症誌 2003;77:227―34. 6)Ascioglu S, Rex JH, de Pauw B, Bennett JE, Bille J, Crokaert F, et al.:Defining opportunistic invasive fungal infections in immunocompromised patients with cancer and hematopoietic stem cell transplants:an international consensus. 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The Performance of(1, 3)-β-D-glucan and Aspergillus Galactomannan Measurement for Early Diagnosis of Invasive Aspergillosis in Patients with Hematological Diseases Yuji HORIGUCHI Department of Infectious Disease and Infection Control, Saitama Medical School Hospital We analyzed the performance of(1, 3) -Beta-D-glucan(measurement by the alkaline-kinetic chromogenic Limulus method〔FUNGITEC G test-MK, Fungitec〕and the kinetic turbidimetric Limulus method〔Beta-Glucan test WAKO, Wako〕 ) and we carried out Aspergillus galactomannan antigen detection(enzyme-linked immunosorbent assay, ELISA test)for the early diagnosis of invasive aspergillosis in patients with hematological diseases at the time of febrile episodes of unknown origin that did not respond to antibacterial therapy for more than 3 days. During a one-year period(April 2002 to March 2003) , a total of 69 febrile episodes in 58 patients were studied;8 cases of invasive aspergillosis were diagnosed according to the definition of the European Organization for Research and Treatment of Cancer! Mycosis Study Group, and 61 cases were found to be non-mycotic diseases. Based on the analysis of 69 results with confirmed disease status, the overall performance of the Fungitec, the Wako, and the ELISA test were as follows:sensitivity was 0.88, 0.63, and 0.50, respectively, whereas the specificity was 0.85, 0.98, and 1.0, respectively. Moreover, there was a strong relationship between the log-transformed values of the(1, 3) -Beta-D-glucan levels measured by the two methods(r=0.92 ;p<0.001) . For the statistical analysis of these serological tests a receiver operat[95%CI, 0.89―0.94] ing characteristic curve(ROC)was used, as well as the resulting area under the ROC curve(ROC AUC). The ROC AUC and the cut-off values that gave the highest accuracy were as follows:0.92, 24.9 pg! ml for the Fungitec, 0.84, 7.3 pg! ml for the Wako, and 0.89, 0.9 COI for the ELISA test, respectively. In conclusion, these results indicate that both of the two(1, 3)-Beta-D-glucan measurement approaches served equally well as surveillance tools for determining the extent of invasive aspergillosis;in addition, the log-transformed value of these tests can be used for comparison. Moreover, the ELISA test was found to have clinical utility, both as a surveillance and as a diagnostic tool when invasive aspergillosis was suspected. It should be noted that the galactomannan assay had sensitivityrelated limitations;lowering the cut-off value is expected to increase the diagnostic value for use in cases of invasive aspergillosis. 平成16年 7 月20日
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