日本における台湾人移民の言語継承をめぐって1 -日・台国際結婚を

日本における台湾人移民の言語継承をめぐって1
-日・台国際結婚を対象に-
国立成功大学
第1節
陳麗君
はじめに
1990 年からグローバル化・少子化や労働市場の再編などによって日本における外国人
が急増した。このニュ・カマーに促されたように、
「多文化共生」という看板をあげて国・
地方自治体、NPO などが日本語教室や相談窓口の開設をはじめ、様々な社会的受け入れ
態勢の整備に取り組んできた。しかし、「共生」の言葉の裏には「国民」「民族」
「国語」
などの指標によるカテゴリー化権力がすでに構築されており、外国人が長く日本に住んで
いても社会の構成員として見なされない懸念がある。
近代歴史を顧みると、日本社会における在日朝鮮人・台湾人といった殖民政策に起因す
る旧来外国人は日本国籍を失ったのちの長い間に「在日志向」
「帰化」あるいは「定住化」
といった限定された選択肢を強いられ、再三そのアイデンティティーを翻弄されてきた。
その背景に日本社会は単一言語・文化という馴染みのある神話信仰を掲げたため、1985
年までは父系血統主義の国籍制をとり、外国人に対する政策は明治以来からアイヌや沖縄
にとった同化政策を一貫した2。しかし、20 世紀末は地球規模での未曾有のグローバルか
社会を迎え、日本は労働人口減少の対処として積極的な経済計画として移民政策の論争を
展開し、2006 年に総務省「多文化共生推進プログラム」を発表して、
「外国人問題」とい
う消極的な見方から「生活者としての外国人」に変換を計ろうとしている。その具体的な
政策として「日本語教育の充実」が挙げられる。現実には、新来外国人の在留資格におけ
る大部分を占めているのが永住者であり、そのほとんどが日本人の配偶者や子供を意味す
る「日本人の配偶者」であるために講じた政策である(図1を参照)
。
1
本研究は日本交流協会の助成金、および「成功大學邁向頂尖計畫」
・
「行政院國家科學委員會」
の部分補助により行った。 2
1985 年は父系系統主義が改正され、父母両系系統主義にしたことによって女子差別を廃撤し、
さらに 2008 年の改正によって外国人母の非嫡出子が、父母が結婚していなくても届出のみで
国籍取得できるようにした。
1 600000
550000
500000
450000
400000
350000
300000
250000
200000
150000
100000
50000
0
(人数) 永住者
日本人的
留學
特別永住
(年) 2006
図1
2007
2008
2009
日本における外国人の在留資格
2010
2011
2012
(法務省の資料を基に作成)
しかし、
「多文化共生社会」とはなんだろう。岡崎(2007:280)は言語と文化との切り
離せない関係から「共生」の構成理念を打ち出し、多言語・多文化間の「共生」を(1)
複数主義(plural)、
(2)加算的二言語併用教育(additive bilingual)、
(3)交替(alternation)3
の三つの部分を持つものだと規定している。駒井(2006:128)は「多文化共生社会」と
は「多文化主義」の理念に基づいて組織される社会を意味するとしている。文化の創出を
核心とする多文化主義では、文化相対主義における文化の固定された不動性を覆し、文化
とは普遍的に理解や共有をできるものでありつねに変容しうる可能性を持つことを重視
し、多文化主義が確立した社会を多文化共生社会と呼ぶ。そして、多文化主義の批判者が
指摘した差異の存在を承認した差異主義がもたらした社会の分裂や隔離は多文化主義に
本質的に伴うものではなく、ある国民国家の主流をなす集団と他のエスニック集団との間
に経済的あるいは社会的に不平等な構造が存在しているからこそ分裂や分離が出現する
のだとしている。戦後の在日朝鮮人を例にとっても、在留資格問題・国籍問題・朝鮮学校
の学力資格の不承認や日本社会での就職における不平等な策施などによって、不平等な社
会構造を構築し、社会の分裂と隔離を生み出したことは明らかである。
一方、現在日本の学校における共生の取り組みを見ても、日本語能力が十分ではない外
国人の子供に対しては、日本語の習得を第一義的な課題とし、徹底した日本語指導が行わ
れているという対症療法的な仕組みに始終してきた。さらに、日本の学校システムには異
なった文化を持つ子供に同化を強いる様々なメカニズムが働いており、子供の自発的な同
3
複数主義(plural)
・加算的二言語併用教育(additive bilingual)および交替(alternation)に対する反対
概念は、それぞれ不足主義(deficit)・減算的二言語併用教育(abstractive bilingual)・同化(assimilation)
である。 2 化を引き起こしやすく、外国人の子供の異文化適応はいわゆる「境界化」が多い(佐藤
2003:140)。つまり、複言語・文化教育ではなく日本語教育への一方的な支援を中心に行
い、さらに教育現場での日本語教育の「効果」を強めるため、家庭での日本語使用を要請
するなどがいまだに見られる。その結果、唯一残った家庭内における母語の場もなくなっ
てしまう。これにより、子供と家族間とのコミュニケーションは崩壊しかねない。したが
って、現行政策の仕組みは「日本国民・国家・民族」の枠を固めることとなり、外来者の
言語・文化のアイデンティティを窮地に追い込み、そして同化要請と不平等な階級構造の
再生産の場として機能してしまうと言えよう4。
国際的な言語教育の流れを見ると、60 年代からバイリンガル教育理論・継承語教育の
重要性と方法論が提唱され重要視されてきた。1970 年代末より言語マイノリティを支え
るバイリンガル教育理論と二言語相互依存説を提唱してきたカミンズは、日本の宝塚市で
中学生が起こした放火事件を例に、親子のコミュニケーション不足がもたらした、思春期
における心の問題をさらけ出したものだと評した。就学初期の子供たちは、驚くほど早く
学校言語の会話力を「ピックアップ」、つまり自然に身につけてしまう。ところが教育者
がなかなか気がづかないのは子供の母語の力がいかに早く失われるかということである。
そして、こどもが青年期を迎えるころには、親子間の言語のギャップが感情の亀裂をもた
らしてしまう。そのため、子供は家庭文化からも学校文化からも阻害されるという予測通
りの結果になるのである(カミンズ・中島
2011:46)。さらにいうと、子供の母語・母
文化の破壊は、ホスト社会にとっても極めて非生産的なことで、彼らが母語を保持するこ
とを阻むことによって、国の大事な言語資源を消滅させてしまい、これは国益から見ても
極めておろかなことであり、また子供の基本的人権を蹂躙するものである(カミンズ・中
2011:64)。
島
一方で、バイリンガルと人間の認知能力発達との高い関連性についての研究が、近年大
きな成果を挙げてきている。一般的に、バイリンガルの幼児はモノリンガルの子どもより
も実行機能の課題の成績が良く、つまり、バイリンガルの幼児は2つの言葉に対処するう
ちに、「頭を切り替える」のが上手になったという報告がなされた (Kovacs, A. M. &
Mehler, J. , 2009)。また、子供が均衡バイリンガルに近づくほど、認知的な優位さが増す
4
地域の中に増えてきている定住外国人の受け入れは、一言で言えば同化要請が基調となって
いる。それは、たとえば、日本語や日本文化が分からない外国人は日本社会で不利益を受けて
も仕方がないという風潮に見て取れる。これは、基本的には「郷に入れば郷に従え」と、日本
語・日本文化への同化を求めるものであるといえようと述べている。岡崎(2007:289) 3 可能性が高まっていくことも実証されている(Cummins & Mulcahy, 1978; Duncan &de
Avila, 1979, Kessler & Quinn, 1982)。 Peal & Lambert(1962)は、バイリンガリズムが心理的
柔軟性を与えると主張し、より抽象的に考える能力、言葉に左右されない能力などが、概
念形成において有利に働くとしている。また、2 言語間で正の移転(transfer)が起こること
によって、より豊かな言語的 IQ の発達が促進されるとしている。
本文はカミンズのバイリンガル教育理論と二言語相互依存説に依拠し、これまであまり
重要視されてこなかった日本における台湾からの移民を調査対象に、日本における台湾移
民の言語文化アイデンティティー・日本語と継承語の競争的あるいは相互依存的関係の言
語意識を解明し、さらにその二世の継承語発達状況と教育戦略との関係を検討するもので
ある。
第2節
研究対象と背景
台湾は第二次戦前には日本の統治を受け、戦後には中国国民党の台湾接収後間もなくか
ら「白色恐怖事件」がはじまった。1987 年まで戒厳令が実施されていた中で、台湾知識
人・有力者は主に日本への移住するかたちで逃亡した。日本における特別永住者は、韓国・
朝鮮についで台湾出身者が多い。この台湾出身者の国籍は平和条約以降「中国国籍」とさ
れ、「在日華僑」という呼び名もあったが、中国国民党の統治から逃がれてきた彼らにと
って、台湾の独立を求める知識人たちにとっては、決して快く受け入れることできる名で
はなく、ここでは彼らのことを「在日台湾人」5と称す。戦後 30 年間このような中国国籍
の在留人口は増えず減らずであったが6、日本は 90 年代から人口減少危機をきっかけにグ
ローバルを計り、留学生計画と移民政策の改正によって新来外国人が大幅に増加した。留
学生あるいは日本人の配偶者としての来日した台湾の越境人口は中国・韓国・フィリピ
ン・ブラジルに継ぎ、前4者の国の人口数との差異を考えると台湾と日本との国際結婚の
件数は注目に値するものである。入国管理局の平成 22 年の統計資料によると、昭和 60
年(1985 年)から平成 22 年(2010)の間、訪日客数の上位 5 位は韓国、台湾、中国、ア
メリカ、香港であった。この傾向はほぼ毎年変わらず、日本に訪れる台湾からの客数は基
本的に上位 2 位を保持している。入国者性別を見ると、表1のようにタイとフィリピンは
女性が断然多く、英国と米国では男性の人数のほうが約二倍多かった。韓国はほぼ男女一
5
6
戦後アメリカへの台湾人移民の多くは「台美人」と自称しているのと同義。 永野(2010:44)による人口推移。 4 緒で、台湾の場合は女性が男性よりやや上回っている。ちなみに、台湾における日台結婚
の男女比例にも日本の同データと正の相関関係があり、いわゆる上昇結婚とは性質が違う
ものと考えられる。その二世の日本語・台湾中国語のバイリンガル育成の点に関しては別
に報告をした(陳 2007、伊藤 2012)
。
表1
1985~2010 年間訪日客数の国籍別
国籍/(人次総数)
男
女
韓国
919583
915794
中国
572885
663,365
台湾
455488
611,646
タイ
84026
114,896
フィリピン
45697
124,619
英国
129779
60209
米国
467,728
261975
本研究は現在東京に住居している在日台湾人(日本統治時期前後に移民してきた方々)
と日本人の配偶者として新来台湾人を対象にアンケート訪問調査をし、合わせてその二世
(小学生年齢前後を対象)に OBC 調査(oral proficiency assessment for bilingual children)
を行った(調査詳細は次節に)。在日台湾人は「在日台湾婦女会」や「東京台湾教会」な
どのエスニック集会に群集することは多少あるが、新来台湾人はほとんど見受けられなか
った。この二つの集団の特色は台湾語を母語としており、台湾で日本教育を直接もしくは
間接的に受けたことがある世代である。したがって、年齢分布を見ると旧エスニックグル
ープの衰退化も見て取れるともいえよう(表2、表3を参照)。その理由の一つとして、
インターネット上での情報交換が容易になったことが挙げられ、エスニックグループ活動
への参加の動機と必要性が減ったと考えられる。また、新しい世代が「新台湾人」または
「台湾中国語」を使用する世代になりつつあることも考慮する必要がある。本研究は「在
日台湾婦女会」や「東京台湾教会」のほかに、台湾言語を無料で教える「慈済」という仏
教機構での日曜言語教室に参加する人も対象とした(参加者は必ずしも「慈済」団体に所
属するとは限らない)。さらにそこから広げた知人にもアプローチをし、また横浜中華学
5 校で小学生年齢相当の二世に OBC 調査ならびその親へのアンケート訪問を行った。横浜
中華学校は横浜の中華街に集居している台湾人二世を中心に受け入れる外国人学校7であ
るが、近年中国の経済勃起のため、少数ではあるが日本人の親も子供を入学させるケース
が見られる。
「在日台湾人」は台湾語を母語としているのに対して、
「慈済」や「中華学校」
で調査した新来台湾人は戦後からの徹底的な「推行国語政策」により、第一言語は「台湾
中国語」に転換した世代であろう。
表2
調査対象が参加している団体(n=57)
団体
人数
比率(%)
在日台湾婦女会
8
14.0
台湾教会
6
10.5
慈濟
2
3.5
農協婦女會
2
3.5
台灣同鄉會
1
1.8
橫濱華僑總會
1
1.8
二つ以上(婦女會+教會或は其の他)
5
8.8
無表示
26
45.6
無し
6
10.5
合計
57
100.0
表3
調査グループ別の平均年齢
所屬
平均年齡
慈済
42.58
東京台湾教会
52
在日台湾婦女會
59.53
橫濱中華學院
41.1
全員平均年齢
48.8
7
「国語」の授業に扱うことばは台湾の繁体字中国語である。 6 1.アンケート調査対象者の内訳と社会的な属性
本研究のアンケート訪問調査における台湾からのインフォーマントは 57 名であり、女
性 52 名、男性は 5 名であった。インフォーマントの子供についての調査に解答があるの
は 109 名で、そのうち OBC テストへの参加者は 27 名の児童であった。以下は、インフォ
ーマントの年齢・学歴・職業という社会的な属性を表4に示す。
表4
インフォーマントの年齢・学歴・職業
インフォーマント
年齢
30~39 歳
15 人
9人
40~49 歳
22 人
19 人
50~59 歳
8人
11 人
60~69 歳
8人
5人
70 歳以上
3人
5人
48.8 歲
平均年齢
職業
49.81 歳
3人
0人
高校
10 人
9人
大学・専門学校
30 人
31 人
修士
9人
7人
博士
1人
3人
主婦
23 人
公務員 1 人
社員
12 人
主婦
中学校以下
学歴
その配偶者(日本人)
醫護人員
4人
自營業 3 人
教師
4人
社員
27 人
自営業
3人
商
1人
校長
1人
教師
1人
商
1人
看護師 8 人
翻訳家
1人
無
無
4人
7 4人
2人
2.OBC 調査対象者の内訳
表5
子供の年齢
(n=27)
年齡
人数
百分比
5
1
3.7
6
2
7.4
7
5
18.5
8
6
22.2
9
3
11.1
10
4
14.8
11
4
14.8
12
1
3.7
13
1
3.7
計
27
100
表 6 親の経済状況
收入および学歴
人数
百分比
低収入あるいは低学歴(大学以下)
3
11.1
中等(大学卒)
14
51.9
高收入あるいは高学歴(大学以上)
9
33.3
その他
1
3.7
計
27
100
注:月収入 25 万円以下を低収入に、55 万円以上を高収入に分類し、両数値の間を中等
と分類した。
第3節
調査方法
日本における台湾移民の言語意識・言語状況を解明し、さらにその二世への継承語発達
状況と言語教育戦略との関係を明らかにするために、調査方法はアンケート訪問調査およ
8 び二世の子供への OBC テスト(oral proficiency assessment for bilingual children)の二種類
で行った。
アンケートは個人身上資料による社会属性、および日常言語使用・言語意識、子供への言
語教育観・言語教育戦略、および子供の言語能力への自己評価などから構成したもので、
基本的にリカート 5 尺度評価を採用したものである。OBC テストはカナダ日本語教育振
興会によってバイリンガル・マリ
チリンガルな子供の会話力を育て
るために開発されたもので、二言
語にまたがった基礎面、会話面、
認知面の 3 つの面から構成された
会話力を評価・診断するものであ
る(図 2
図2
OBC の構造を参照)。
OBC の構造(カナダ日本語教育振興会(2000)p. 16 より摘出)
今回の調査は語彙の絵カード 40 枚、基礎タスク7枚、対話タスク 5 枚、認知カード 4 枚
のすべてを使って調査した。会話力の評価はバイリンガルであり語学教育に携わる 2 名に
よって行われ、その後信頼度テストで確認してから OBC テストの診断結果を出した。さ
ら、統計処理によって親の言語観と言語教育戦略などとの相関関係を分析し、どのような
母語維持努力が母語継承に効果があるのかを明らかにすることを試みた。
第4節
調査結果と考察
1.日本での言語生活/意識とその背景
日本における台湾からの移民者の言語生活と意識を考察するため、まず日本という国に
対する意識(感覚)と越境の動機を調べた。調査者に「日本に渡る前の日本・日本語へ対
する興味」について質問し、
「まったくない・あまりない・どちらとも言えない・あった・
とてもあった」との五段階で評価してもらった。その結果、来日前日本への興味があった
9 のは 50%、とても興味があったのは 26.5%で、合わせて 76.5%をも占めていた。来日前
の日本語への興味については、興味があったのは 51.9%、とても興味があったのは 21.2%
で、やはり高い割合を示した。これらのインフォーマントの来日目的については表7に示
した通りで、留学で来日した人がもっとも多く 42.3%を占め、その次の多いのが結婚で来
日した人 30.8%であった。そのうち、留学に来て卒業してからいったん帰国し、その後ま
た日本に来て日本人と結婚するパターンも少なくない。日本に来る前に日本語を勉強した
経験があったのは約 6 割で、その大多数が日本に来てからも日本語学校などで勉強を続け、
また大学院などに進学した人も 46%いた。この結果から、来日した台湾人は中上階層が
中心であることが推測できる。
表7
日本における台湾人移民の来日目的
来日目的
(n=57)
人数
百分比
留学
22
42.3
仕事
4
7.7
家族滞在
8
15.4
結婚
16
30.8
仕事と家族滞在
1
1.9
仕事と結婚
1
1.9
その他
5
計
57
100
次に、日常言語生活について考察する。日常、家族間ではどのような言語コードを使用
しているのか調査した。インフォーマントの家族構成は 53%以上が一世帯の家族形態で
あるため、以下台湾人移民・その配偶者および二世への言語選択をそれぞれ表8・9・10
に取り上げた。これらの表に示したように、すべての家族間で日本語を用いる場合が圧倒
的に多く、インフォーマントと配偶者と姑の間、配偶者とその両親と子供の間でほぼ日本
語だけが用いられており、インフォーマントと子供の間で中国語も使用するのは 3 割ほど
に留まった。
10 表8
台湾人移民から家族間への言語選択
配偶者に(n=57)
子供に(n=57)
比率
比率
比率
人数
人数
人数
(%)
(%)
(%)
表9
舅姑に(n=57)
全て日本語
26
52
15
28.3
25
67.6
主に日本語
8
16
17
32.1
1
2.7
その他
2
4
1
1.9
1
2.7
主に中国語
5
10
11
20.7
0
0
全て中国語
9
18
9
17
10
27
合計
50
100
53
100
37
100
配偶者(夫)から家族への言語使用
調査者に(n=57)
子供に(n=57)
舅姑に(n=57)
人数
比率(%)
人数
比率(%)
人数
比率(%)
全て日本語
26
54.2
39
79.6
25
71.4
主に日本語
8
16.6
4
8.2
1
2.9
其他
3
6.2
1
2
0
0
主に中国語
2
4.2
1
2
0
0
全て中国語
9
18.8
4
8.2
9
25.7
合計
48
100
49
100
35
100
表 10 子供から家族への言語使用
調査者に
夫に
(%)
(%)
(%)
(%)
比率
人数
人数
人数
舅姑に
比率
比率
比率
人数
全て日本語
20
40
42
85.7
24
68.6
28
73.7
主に日本語
17
34
2
4.2
6
17.1
7
18.4
其他
1
2
1
2
1
2.9
0
0
主に中国語
7
14
1
2
2
5.7
0
0
11 兄弟に
全て中国語
5
10
3
6.1
2
5.7
3
7.9
合計
50
100
49
100
35
100
38
100
2.継承語の言語意識と二世への言語能力評価
次に、日常の言語生活の概要から一歩進んで子供の継承語教育に関する言語意識・評価
について考察する。インフォーマントのうち、67%以上が子供に台湾の文化・習慣・考え
方などの行動様式を身につけてほしいとしており、七割以上が子供に母語を継承してほし
いとも思っている(中国語は 72.8%、台湾語も 70.5%ほど)。そのうち、ただコミュニケ
ーションに困らないほどの継承語学力であればいいとするは 40.4%で、一方、台湾の学校
に進学するために必要な程度もしくはネイティブ並みになってほしいのが、それぞれ
38.3%、12.8%であった。ここでは、インフォーマントは子供に母語を継承してほしいと
期待していることが見られた。
しかし、日本で生活をする以上日本語の重要性は言うまでもない。継承語と日本語との
バイリンガルの育成を望むなら、どのような言語生活・言語選択および言語教育戦略をと
るのかが重要条件となってくる。一般的には、国家行政システムがマイノリティの言語へ
の教育支援を行わない場合、母語は家庭で機能(使用)するあるいはエスニックグループ
の協力によって保持されることが考えられる。つまり、継承語を保持するためには家庭で
使用することがもっとも重要な決め手となる。その結果、場面によって二言語を使い分け
ることとなる。今回の調査、ことばの重要度を場面別に評価した結果、「宿題などの学校
の勉強」
・
「将来の進学」
・
「友達を作る」場面では、九割以上の人は日本語がもっとも重要
だと示した。さらに、「家族とのコミュニケーション」においても日本語がもっとも重要
だとの回答が 86%をも占めており、また「台湾人としての意識を持つために」という場
面においても、日本語がもっとも重要だとする回答が 43.8%もあった。一方、台湾語は日
本語とほぼ一緒の 46.8%で、中国語は 57.1%で日本語よりわずかに上回った。つまり、台
湾からの移民者は子供に台湾文化・言語を継承してほしいとの希望はあるものの、生活場
面で言語選択に直面するとき、圧倒的に日本語を押し通す傾向にある。これは、先ほどの
家族間での言語選択の結果と一致している。
さらに、一般的にアイデンティティーの重要な鍵とされている国籍の選択に関しては、
子供の国籍は日本国籍であるのが 66%、台湾国籍はわずか 7.3%、二重国籍は 17%であっ
た。また、子供の就学先の調査結果では、就学前に私立幼稚園に入ったのが最も多く 38%
12 で、その次は中華学校の幼稚園 18%であった。小学校は公立小学校が最も多く 54%で、
その次は中華学校 34%であった。中学校は公立中学校(32%)
・私立中学校(28%)が多
かった。高校は私立高校がもっとも多く 42%で、公立高校は 20%であった。大学は日本
の大学に入学するのがもっとも多く 46%で、台湾の大学あるいは海外の大学へ行くのは
それぞれ 18%であった。OBC テストを調査に含むために、今回の調査の四分の一強ほど
が横浜中華学校の小学生を対象にしている。そのため、中華学校小学校へ行く比率が割と
高めという結果になったと推察できる。そのため、この結果を移民全体に推論することは
避けた方が良いと思われる。実際、中華学校の場所と数には限りがあることは言うまでも
ない。また、アンケートの中でも、日本における中国語(台湾語)の教育環境の整い具合
について意見を伺ったところ、半数以上の人は台湾語の学習機関が近くにない・同じ家庭
環境、同年齢の子供が近くにいない・教師・教材が少ないという声が挙げられていた。一
方、インフォーマントのなかでも中華学校は台湾人・台湾語という教育よりも中国人・中
国語教育であるため、台湾人として育ってほしいから敢えてそこに入れたくないという考
えで、日本人社会にすっかり溶け込むための教育方針をとったことにつながっているとい
う意見もあった。そのほかに、私立校への進路が目立つが、その理由として経済的や通学
距離の考慮よりも子供がハーフであることでいじめに遭うことを心配し、またエリートと
して育てたいという声もあった。
以上のような言語意識・状況の下、子供の複言語能力はどのように発展しているのだろ
うか。インフォーマントに子供の言語能力、すなわち話す・聞く・読む・書く能力につい
て五段階評価をしてもらった結果を表 11 に示す。日本語の四技能とも、とても良いか良
いと評価されており、中国語の話す・聞く力はできるできないのは半々ぐらいで、読む・
書く力は話す・聞くよりすこし下がっていた。台湾語は基本的に読み書きできず、話す・
聞くことはまったくできない・あまりできないのが 7 割以上であった。
表 11 二世の各言語四技能について
日本語
中国語
台湾語
英語
言語
程度
技能
話す 全くできな
0
0.0
23
26.4
13 (%)
(%)
(%)
(%)
人数
人数
人数
比率
比率
比率
比率
人数
46
49.5
19
22.1
い
あまり
3
3.2
20
23.0
28
30.1
20
23.3
ふつう
10
10.5
23
26.4
14
15.1
26
30.2
良い
23
24.2
11
12.6
4
4.3
13
15.1
とても良い
59
62.1
10
11.5
1
1.1
8
9.3
0
0.0
20
23.0
45
48.4
20
23.3
あまり
3
3.2
17
19.5
24
25.8
18
20.9
ふつう
10
10.5
23
26.4
15
16.1
25
29.1
良い
23
24.2
16
18.4
7
7.5
13
15.1
とても良い
59
62.1
11
12.6
2
2.2
10
11.6
3
3.2
26
30.2
67
72.8
21
24.4
あまり
4
4.3
27
31.4
19
20.7
20
23.3
ふつう
17
18.1
18
20.9
5
5.4
21
24.4
良い
19
20.2
9
10.5
1
1.1
15
17.4
とても良い
51
54.3
6
7.0
0
0.0
9
10.5
3
3.2
28
32.9
67
73.6
21
24.4
あまり
5
5.4
25
29.4
19
20.9
22
25.6
ふつう
19
20.4
18
21.2
4
4.4
21
24.4
良い
16
17.2
9
10.6
1
1.1
14
16.3
とても良い
50
53.8
5
5.9
0
0.0
8
9.3
全くできな
い
聴く
全くできな
い
読む
全くできな
い
書く
3.インフォーマントの教育戦略と子供の言語能力評価との関連性
インフォーマントの教育戦略に関して、家庭内の言語使用による言語教育方針および
補充教材による教育実践の二部に分けて調査した。まずは、子供の各年齢層によって実践
されている言語教育方針についての調査結果を図3で表した。図3で見られるように、全
員が最初は子供に日本語・中国語の同時進行教育をしたとの回答が最も多かったが、子供
14 が幼稚園に入ってから継承語の使用は落ちる一方で、日本語を中心にした教育方針に変え
ていくことが見て取れた。しかし、留意してほしいのは、このような教育方針の改変(日
本語へ切り替え)が多くの場合、移民者自身の意思によって行われたのではないというこ
とである。一節目で述べたようにマイノリティ言語の子供はマジョリティの学校言語環境
へ入ると即座にマジョリティ言語への目覚しい成長を示すとともに継承語の力が激減し
ていく。ことに中学校・青春期に入ると自己抑制、アイデンティティーへの戸惑い感が募
り、その状況で日本の同化学校システム下に置かれては中国語が使えなくなってしまうの
は必然的な現象であると言えよう。
このような心理的な要因をも考慮した上で、言語教育方針とアンケート上の言語能力調
査との相関関係を見てみよう。まず、ノンパラメトリック検定の Mann-Whitney test で各
時期の二世の言語能力と言語教育方針(日本語を中心にと日中同時使用の二項目)を分析
した結果、有意差を示したのは以下の通りである。学齢前の日中同時使用者は日本語を中
心とした教育方針により英語の聞き・読み能力が高くなる、幼稚園以後での日中同時使用
者は日本語を中心に使用することにより中国語の話す・聞く・読む能力が高かった。小学
校以後、日本語を中心とした教育方針では日中同時より日本語の話す・読む力が高かった。
次に言語評価と言語能力との関係を Spearman’s rho 相関検定で検定した結果、言語評価
と子供への言語能力評価との間に関連性が認められた。つまり、インフォーマントが「友
達を作るために」中国語・台湾語が重要だと思えば、子供の中国語・台湾語能力が高くな
る。日常生活に英語が重要だと思えば、その子供の英語能力がよくなる。家族とのコミュ
15 ニケーションに中国語・台湾語・英語が重要だと思えば、子供の中国語・台湾語・英語と
もに高くなる。つまり、ここではインフォーマントの言語意識・評価と自分の子供への言
語能力評価との連動関係が強く見られた。
次は Spearman's rho 検定で補充教材による教育実践と言語能力との相関関係を分析した
結果を表 12 に示す。表 12 に示したように、子供に「台湾の中国語の本・テレビ・音楽」
を与えるのと中国語の四技能の言語評価との間に正の相関関係が生じており、すなわち中
国語関係のものを与えるほど中国語の四技能がよくなる。また、「中国語学習クラス」つ
まり日曜中国語教室への参加は日本語の読み書き能力と正の相関関係があった。「日本語
の教科外教材」は日本語の読み書きだけではなく台湾語の読み書きとも正の相関関係を示
しており、さらに台湾語の補充教材も台湾語と中国語能力と正の相関関係を示した。なお、
以上の調査結果は意識調査であることに心留めてほしい。
表 12 教育戦略と継承語・日本語能力評価との関連
言語
中国語言語能力
台湾語言語能力
日本語言語能力
聴く 話す 読む 書く
聴く 話す 読む 書く
聴く 話す 読む 書く
1
0.015 0.010 0.016 0.008
0.467 0.446 0.296 0.357
0.502 0.619 0.962 0.671
2
0.858 0.398 0.254 0.144
0.161 0.108 0.123 0.123
0.569 0.669 0.749 0.693
3
0.399 0.316 0.130 0.136
0.529 0.401 0.471 0.471
0.785 0.997 0.834 0.874
4
0.861 1.000 0.555 0.249
0.242 0.610 0.111 0.111
0.439 0.439 0.744 0.744
5
0.518 0.149 0.059 0.218
0.183 0.528 0.175 0.175
0.149 0.149 0.018 0.018
6
0.632 0.385 0.632 0.385
0.375 0.567
0.543 0.977 0.977 0.843
7
0.633 0.964 0.233 0.448
0.759 0.684 0.102 0.102
0.581 0.243 0.068 0.027
8
0.534 0.734 0.896 0.379
0.589 0.618 0.026 0.026
0.055 0.055 0.021 0.012
9
0.180 0.137 0.344 0.312
0.231 0.567 1.000 1.000
0.634 0.818 0.115 0.076
10
0.905 0.968 0.968 0.667
0.247 0.051 0.034 0.034
0.049 0.049 0.049 0.430
/
教育
戦略
16 .
.
注:1:台湾の中国語の本・テレビ・音楽など、2:台湾の中国語学習教材(教科書)、3:短期帰国、
4:台湾学校の短期体験授業、5:中国語学習クラス、6:中国語で日記や手紙を書く習慣、7:日本
教科以外の補充教材、8:日本語学習教材(チャレンジ等)、9:日本学習塾、10:台湾語の本など
4.OBC 調査による言語能力と教育戦略との関連分析
OBC テスト調査を日台結婚の二世(小学生前後を限定)に対して無差別に試し、この
予備調査の結果、継承語はほとんどできないことが明らかとなった。そこで、2011 年の
夏は日曜中国語塾に参加しているインフォーマントおよびその知人に、2012 年 2 月は横
浜中華学校の日台結婚の二世に対象を絞った。OBC 調査の内容は三節目の調査方法で示
した通りで、導入会話・語彙面・基礎面・会話面、認知面の 5 部から構成され、すべて 5
段階評価で行った。語彙面の五段階評価のつけ方については、正しい答えに 5 点、発音上
に欠陥があるのを 4 点、ぎりぎりヒントをもらって正解するのを 2 点、できないには 1
点を与えた。導入会話・基礎面・会話面、認知面の会話力評価のつけ方については、十分
な内容と発音ができるを 5 点、発音や文法に欠陥があるのを 4 点、文法や内容があまり合
っていない(あるいはことば混ぜる)のを 3 点、語彙レベルで話すのを 2 点、全然できな
いに 1 点を与えた。
「慈済団体など」と「中華学院」との中国語会話力の得点を表 13 に示した。言うまで
もなくバイリンガル教育を行う中華学院は圧倒的な有意差を示している。さらに、表 14
における中華学院バイリンガル児童の中国語と日本語の得点を比較してみると、日本語の
得点が中国語よりも高いという結果になった。子供たちの生活環境・学校での言語使用で
も授業外は日本語となっており、中国語教育は授業内の教科学習に限定されることから、
会話力を中心に測定した言語能力で日本語が中国語を上回る結果となったのだろう。一方、
バイリンガル教育効果の観点から見ると、中国語の教科学習のイマージョン教育によって
日本語能力にも転移していたことが言えるだろう。
表 13 グループ別に見た中国語会話力の得点(Mann-Whitney 検定)
調查團體
慈濟など
導入
語彙
基礎面
會話面
認知面
平均
4.00
3.14
2.96
2.66
1.53
個数
9.00
10.00
10.00
10.00
9.00
17 標準差
1.73
1.31
1.43
1.47
0.85
平均
4.86
4.64
4.57
3.92
3.27
個数
16.00
16.00
16.00
16.00
16.00
標準差
0.27
0.23
0.44
0.93
1.15
p-value
0.39
0.01
0.00
0.02
0.00
中華學院
表 14 中華学校バイリンガル児童の二言語別の得点(Wilcoxon 検定)
二言語能力
導入
語彙
基礎面
會話面
認知面
中国語
4.86
4.64
4.57
3.92
3.27
日本語
4.98
4.94
4.82
4.52
4.09
p-value
0.14
0.00
0.00
0.00
0.00
次は会話力と家族属性および教育戦略との関連性を見る。家族の属性と OBC 調査によ
る二言語会話力を Spearman's rho で検定したところ、両親の結婚年数と日本語の基礎・会
話・認知面に正の相関が認められ、子供の年齢と中国語および日本語の基礎・会話・認知
面にも正の相関があった。つまり、年齢が上であるほど会話力がよくなる。一方、お母さ
んが来日前に持っていた日本語への興味と中国語の会話面・認知面能力とには負の相関が
あった。つまり、お母さんが日本へ来る前に日本語への興味があればあるほど、子供の中
国語の会話面・認知面能力が低下する傾向がある。なお、こどもの会話力は両親の年齢・
学歴・収入・子供の兄弟の人数・来日前日本へ対する興味との関連性は認められなかった。
次に教育戦略と会話力との関連性分析を見る。教育戦略の 10 項目のうち、中国語の会
話力との関連性が認められたのは台湾の中国語学習教材および中国語で日記や手紙を書
く習慣との二項目だけであった。中国語学習教材の導入時間が多ければ多いほど中国語と
日本語の両方の基礎・会話・認知面において正の相関が見られた。また、中国語で日記や
手紙を書く習慣は中国語の語彙力との正の相関が見られた。さらに、日本の教科以外の補
充教材は中国語の認知能力との関連性も認められた。また、このような結果は二言語相互
依存説と矛盾がなく、言語間の移転を示していると考えられる。つまり複数言語を知的リ
ソースとして活用することによって移転が促進されていると考えられる。
18 最後に、両親から子供への言語使用と OBC テストによる会話力との関連性を見てみよ
う。表 15 に示したように両親から子供への言語使用と OBC テストによる言語能力との相
関関係には有意差が見られないが、得点の平均数値を比べてみると、語彙面・基礎面・対
話面・認知面においてはすべて「一人一言語」のほうがより高い会話力の平均得点が見ら
れた。
「一人一言語」は台湾人親は継承語で、日本人親は日本語で子供に話しかけること、
「一人は一言語、一人は混ぜる」は台湾人お母さんは日・中二言語を用い、日本人お父さ
んは日本語だけを用いることである。今回の調査では、このパターンがもっとも数が多か
った。これまでの研究では、能動的なバイリンガルを育つためには母語・継承語を家庭内
言語として用いることがもっとも達成度が高いとされ、その次は「一人一言語」の言語使
用であり、
「二言語を混ぜる」のはあまり効果的ではないと語られてきていた(bilings 1990;
中島
1998;伊藤
2012)。本調査では、人数上の不都合で統計的な有意差が出ないもの
の、過去研究と同じ傾向にあると言える。
表 15 両親から子供への言語使用と OBC テストによる会話力との関連性
Mann-Whitney
会話力 言語使用 両親から子供への言語使用
個數 平均値
標準差
test
P-value
語彙面
両方とも二言語を混ぜる
1
2.975 .
一人一言語を用いる
2
4.811 0.068589
*
0.308
一人は一言語、一人は混ぜる 11 4.334273 0.802236
基礎面
両方とも二言語を混ぜる
1
3.8075 .
一人一言語を用いる
2
4.8985 0.026163
*
0.231
一人は一言語、一人は混ぜる 11 4.296045 0.850552
対話面
両方とも二言語を混ぜる
1
一人一言語を用いる
2
2.6375 .
*
4.345 0.423557
0.641
一人は一言語、一人は混ぜる 11 3.740227 1.177309
認知面
両方とも二言語を混ぜる
1
一人一言語を用いる
2
1.1875 .
*
3.81125 0.817062
0.308
一人は一言語、一人は混ぜる 11 2.639864 1.384464
19 第5節
結論
本研究は東京に住居している「在日台湾人」と日本人の配偶者として新来台湾人を対象
に、彼等の言語・文化・アイデンティティーの重層性と変容を、社会言語学的視点で考察
した。その結果を以下の 5 点にまとめる。
(1)台湾からの移民者は子供に台湾文化・言語を継承してほしいと希望はするものの、
言語生活場面で言語選択に直面するときは、圧倒的に日本語を押し通す傾向にある。
(2)言語教育方針では最初はほぼ全員が子供に日本語・中国語の同時進行教育を行うが、
子供が幼稚園に入ってから継承語の能力が落ちるのに伴って、日本語を中心とした教育方
針に変えていくことが見て取れた。これは現在日本の学校における共生の取り組みとして
徹底した日本語指導が行われていることの現れであり、日本の学校システムにおいて異な
った文化を持つ子供に同化を強いる様々なメカニズムが働いた結果だとも言える。
(3)インフォーマントの言語意識・評価と自分の子供への言語能力評価との相関関係が
強く見られた。また、親が学習補助として中国語関係のもの(本・テレビ・音楽など)を
与えると中国語の四技能が顕著によくなるという結果が得られた。
(4)一方、OBC の会話能力を中心に診断した中国語と日本語の言語能力と教育戦略との
相関関係を分析した結果、中国語学習教材の導入時間が多ければ多いほど中国語と日本語
の両方の基礎・会話・認知面において正の相関が見られた。また、中国語で日記や手紙を
書く習慣は中国語の語彙力との正の相関が見られた。さらに、日本の教科以外の補助教材
は中国語の認知能力との相関も認められた。このような結果は二言語相互依存説と一致し
ており、言語間の移転を示していると考えられる。つまり複数言語を知的リソースとして
活用することによって移転が促進されていると考えられる。
(5)統計的な有意差はないが、「一人一言語」は「一人は一言語、一人は混ぜる」より
高い OBC 得点が見られた。
以上の結果は、Skutnabb-Kangas(1988)が適切な「母語による教科学習」のない母語
教育は「心理的なプラスになるお化粧のようなもの」と評したことを想起させる。さらに
20 言うと、バイリンガル教育をせずに多言語・文化共生を語ることは、無意味としか思えな
い。岡崎は Landry & Allard の「巨視的モデル」を言語政策の基礎として言語生態学を評
価し、言語の心理・社会両生態領域の相互交渉的関係を描いた。岡崎(2006)は、第一言
語の最大限の使用による加算的バイリンガルの育成と言語集団の高い活力の保持はダイ
グロシアを避けるための必要条件であるとしている。そして、台湾での日中国際結婚の日
本語継承語教育はまさに言語集団によるバイリンガル育成の雛形を見せてくれている。今
後グローバル化におけるアジアの行方はどちらであろうか。
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