M 氏の「科学技術研究の方法考」 もうり 毛利 プロローグ か ね お 佳年雄 人生いたるところ研究あり M 氏は国立大学名誉教授歴 7 年。国立研究所の上席研究員だった同級生の K 氏と 10 年ぶりに再会して、旧交を温めた。 「大学の研究室を離れて、研究は出来るのか?」 「大学を定年で辞めて(最後の公務員として定年退官して)7 年になる。辞めた直後 に、東京に単身赴任して 2 年間、5 番町の JST((独)科学技術振興機構)に所属し て、総合科学技術会議直轄の科学技術振興調整費のプログラム主管( Program Officer ; PO)というわが国初の科学技術専門職に就いた。競争的研究資金(5000 億円)の配分機関の仕事だ。科学技術官僚の役人だった。」 「官の役人仕事はどうだったのか?」 「日本の科学技術振興は、科学技術協力協定に従って海の向こうから基本方針が出 され、それを年間5兆円ほどの巨額の科学技術予算を使って配分し執行する仕事な ので、同じ文部科学省系でも大学とは別世界だ。その間、英国のリサーチカウンシ ルに 2 週間 PO 研修にも行き、西洋科学技術文明の成り立ちや歴史、仕組み、発展 動向などを深く分析し考える 2 年間だった。英国では、knowledge production を国 家戦略に据えていることが強い印象だった。つまり独創性が国家目標になっている。 儒教の国家とは正反対の戦略だ。この 2 年間、大学等の研究者が応募する場合の競 争的研究費の採用されやすい書き方などの技術的なことも身についた 1)。このような いわば前線で仕事をしていると、福澤諭吉じゃないけれど、 『科学技術独立して一国 独立す。』という秘かな闘志が燃え上がる。とくに我々のように 60 年安保世代では そうだ。このためには、独創性の高い研究成果を出し続けることが重要だ。ノーベ 1 ル賞が数人出たからといって、ほっとしている場合ではないと思う。」 「2 年後に名古屋に戻った後は?」 「社会的仕事は、大学定年の 4 年前から兼業(文部科学省と人事院協議の結果、国 立大学教授の兼業第1号)していた企業の取締役1本になった。僕の人生は 36 年間 の国立大学教官が大部分だが、図らずも一人でいわゆる学・産・官の人生を歩んだ 特殊な人生になったことになる。」 「研究は、どうやっているのか?」 「現役時は、大学名、研究科名、専門名などの自他ともに動きが制約されていた。 名誉教授も 5 年以上経つと、それらの制約が自然消滅し、自由度が非常に高くなる。 大学教授とくに国立大学教授の研究面での仕事は、科学技術を発展させる新しい原 理やコンセプトを創造することであるが、この仕事は、名誉教授になってから急速 に進展している。いろいろな大学、いろいろな研究科の研究者や産業人と自他共に 自由な状況で議論し、いろいろな共同研究が自由に拡がるので、いわゆるセレンデ ィピティ(Serendipity)の機会がぐっと増えている。」 「しかし、気力はともかく体力的には衰退するだろう。」 「実は、東京の単身赴任中に、長年掛かって進行していた狭心症の発作が出て、地 下鉄の麻布十番駅で意識を失った。いわゆる臨死体験をした。暗い宇宙空間を一定 速度で移動するものだった。そこで、名大病院の循環器内科で冠動脈狭窄部に新開 発の薬剤沁み出し形ステントを入れてもらって命が助かった。50歳代から進行し ていたらしい。その頃はアモルファスワイヤの磁気インピーダンス効果(1993)2 が見つかって、国際会議の招待講演のラッシュ状態や産学官連携ハイテクコンソー シアム 3)などの研究プロジェクトのラッシュ状態だったので、研究室は沸騰状態で自 分の健康を気にする暇が全然なかった。ほとんど毎日深夜を過ぎて帰宅する不規則 な生活なので、文字通り研究に命を削っていたと思う。 ところで、カテーテル・ステント手術中は、脚の付け根だけの簡単な局部麻酔だっ たので、造影剤の X 線撮影で自分の冠動脈の拍動画像が良く見えた。それは衝撃的 2 な感動だった。 血液循環の基本原則を 1628 年に William Harvey が発見した。人間の血液の量は 体重の約8%、そのほとんどの左心室拍出量の4%が心臓自身の活動のために冠動 脈に送られている。資本主義社会の企業など人間集団での資金割振りに似ている。 現在のものづくりの大企業メーカーでは、従業員一人当たり生産売り上げが年に約 1.5 億円必要だそうだが、これを左心室拍出量とするとその 4 %を従業員の給料に当 てる場合年 600 万円になる。実際大体そうなっている。米国電気電子学会や日本の 電気系学会なども、学会事務室給与を年度予算案の5%程度としている。JST のよ うな研究費配分機関では、政府予算の5%程度を給料に当てている。僕が居た頃は 仕事の立ち上げ期だったので、必要な仕事をこなすというより、スタッフ雇用のた めの仕事づくりを行っている状態だった。仕事の割に給与が高いことは、逆の職場 ストレスになる。福岡市の市政だよりに平成 22 年度の職員給与の決算データが公開 されているが、市民 148 万人への市政歳出額 7,615 億円の中の人件費は 10.2%、 その中の期末手当、退職手当、共済等負担額を除いた給料と職員手当て、期末手当 を含む給与費はそれぞれ歳出額の約 4 %および約 7 %になっている。資本主義社会 の大組織における給与の決め方は、5%という原則があるようだが、生体の生命活 力保持(ホメオスタシス)の原則を反映しているのではないか。」 「つまり歳出予算の約5%は経常人件費には必要であり、その人件費総額を平均 給与約 600 万円で割った数字が必要な人員であり、その中で各人がほぼ満足できる 仕事をこなしている状態が健全なのか。」 「それはともかく、カテーテル・ステント法も X 線撮像法も西洋科学技術の偉大 な成果だ。自らの長年の無理の結果命を落しかけたが、お陰で素晴らしい研究テー マに出会った。生物の身体の内部でストレスを緩和して血液循環を調整する新技術 を見つけてやろう、と決意した。 命が救われる経験をすると、科学技術の使命は命を救うことにあり、と改めて思 う。科学技術の黎明期では、医者が物理や化学上の発見を行っているが、分かるよ うな気がする。 」 3 「しかし、素地がないとそのような医学的な研究は手が出ないだろう。」 「それについては、手術を受ける 5 年前から京都大学医学部の福島雅典教授との個 人的な医工連携共同研究があった。僕が還暦を迎えたとき、人生は 1 度終了したの だから 60 歳を機に全く新しい研究も始めよう、となんとなく考えていた年末にいき なり電話が来た。福島教授は癌臨床科学研究者で、西洋医学には限界がありそれを 越える新規な学問を創造する必要がある、先生の MI センサを使って磁気をキーワ ードに共同研究したいとのことであった。コロナ社から出ている僕の「磁気センサ 理工学」4 を書店で立ち読みしてひらめいたとのことであった。福島教授は情熱家で、 毎週のように僕の教授室に現れ、夕方から深夜までビスケットをつまみながら晩飯 も忘れ議論を重ねた。研究のシンクロニシティ(Synchronicity)だった。議論の結 果、この新研究のキーワードは「水と磁気の関係」にあり、となった。実験は僕の 得意技なので、実験で新発見を目指すことになった。 まもなく「水の電気抵抗が超低周波磁界で減少していく」という新現象が見つか った。ウォーターバスで純水の電気抵抗変化を測定する過程でかすかな異常な現象 に気がついて見つけた。Serendipity だ。ウォーターバスからの超低周波磁界の関与 は MI センサで見つけた。新現象であるか否かは研究生命を左右するものなので、 福島教授と 1 ヶ月余りをつぎ込んで世界中の学術誌等をインターネットと図書館を 利用して徹底的に調べ上げた。この結果、新現象であることを確認 5)するとともに、 欧州で水の研究が盛んであるが、日本ではほぼゼロであることも判明した。水の研 究は、環境科学、生命科学の基礎であるので、欧州に大きく水を開けられている。 この実験と文献調査を通して、水中のプロトン(H+)の重要性に気がつき、水分子 クラスターを水素結合エネルギーで動的に形成するものがプロトンであるらしいこ とが分かり、超低周波(ELF)磁界によってこのプロトンが水中で自由プロトンになる (電気抵抗が減少する)という理論モデルが誕生した 6,7)。 この水中の自由プロトン増加仮説によって、生物細胞のエネルギー物質 ATP がミ トコンドリア内膜分子モータを駆動するプロトン流で生成されるという Walker ら の理論モデル(1998 年ノーベル化学賞)と結びつき、生物活性の新技術になること 4 を発見するに至った 8,9)。僕は、太陽からの噴出時にプロトンが水素結合エネルギー (約 20kJ/mol)を伴っており、これで水分子クラスターを形成して雲と雨を発生 させ、このエネルギーが細胞内で ATP エネルギー(約 20kJ/mol)に変換されてい ると考えた方が分かり易いと思っている。生体内の生化学反応はすべてこの ATP エ ネルギーを消費して行われるが、結局これは、地球上のすべての生物が太陽エネル ギーで生かされているという中身になっている。生化学反応もいわゆる加水分解、 脱水合成で説明されている。しかし「加水分解」、「脱水合成」は英語の hydration, dehydration の和訳だが、英語の方ではプロトンの関与の動的イメージの単語であ るのに対して和訳の単語ではそうはなっていない。もっと科学的に正確な和訳が必 要だと思う。この ELF 磁界による生物活性化原理から、磁気嵐が地球の生物を活性 化させることになる。中世のペスト大流行が太陽の黒点の出現とともに急速に終息 に向かったとの記録があるそうだが、説明可能だろう。黒点の出現による太陽風(プ ロトン)が地磁気に巻きついて磁気嵐が生じ、Schumann resonance (7.8 Hz, その 高調波の ELF 電磁波)で2,3日持続するので、ELF 磁界による生物活性化の条件 になる。極圏で動物が大型化する原因にもなっていると思われる。この研究は、ど こまでも発展しそうなので、ELF 磁界で水中の自由プロトンを増やす技術という意 味で『磁気プロトニクス原理 (Magneto-Protonics)』と命名した。特許はすぐに JST から出願されたが、論文は IEEE Transactions on Magnetics 4 編はじめ、これまで 10 編出ている。医学博士も京都大学で 1 名出ている。」 「電気電子工学の専門から遠いところに行っているようだが、体調は良いのか?」 「半年前までは、メタボリックシンドローム状態で芳しくない状態だった。ところ で、昨年偶然にも、三重県菅島で大量に採掘されているかんらん岩(橄欖岩)に磁 性があることを発見した。散歩中に家の近くの駐車場で黒緑色の砂利を拾い MI セ ンサでかすかな磁気を検出した。その砂利の供給ルートを調べていった結果、菅島 から来たことが分かった。そして石の表情を見ているうちに、磁気プロトニクス原 理が成り立つ石ではないかと予感され、野菜、稲の苗の根元や金魚水槽の中に入れ ると、それらがどんどん大きくなった。金魚の集団は互いに協調してゆったりと行 5 動するようになった。MI センサで石の表面磁界を計測してみると、2 cm 長程度の 砕石が 3 個隣接するとパルス磁界分布になることが分かった。石を振動試料磁力計 で測定して飽和磁化と保磁力を計測してみると、着磁した石同士の磁気相互作用で 10) パルス磁界分布が丁度発生するようになっている。10 そこで思いついて、半年前 にこの石を詰めたビニールパイプで三焦を毎日撫でてみた。」 「三焦ってなんだ。」 「東洋医学で言う五臓六腑のうちの六腑の一つで、代謝の調整部とされている。胸 腺部が上焦、鳩尾が中焦、腹部が下焦とされており、西洋医学では胸腺は白血球を 生成する免疫幹細胞生成部、鳩尾は大動脈と大静脈の並存部、腹部は腸内細菌叢の 免疫機能部になる。 撫でた効果は翌日から血圧の低値安定化となって現れた。1週間後には肥満気味 の体重が減り始め、2 ヶ月で9%の減量となった。名大病院の定期検診の血液デー タを整理してみると、メタボリックシンドローム5項目のうち4項目が4ヶ月で正 常化した。名大病院の主治医の先生に確認してもらっている。遠くない死を予感さ せる不整脈や動悸や息切れの不快感は全く無くなった。心電図のT波形や脳波の周 波数スペクトラムも 20 歳くらいは若返っている。メカニズムは、基本的には磁気プ ロトニクス原理で説明できる。11) 研究には、原理や理論は絶対必要だ。理屈は分か らんがこうなった、では科学研究ではない。この研究結果は、国際電磁波会議 PIERS 2012 の論文誌に掲載される。中焦で振幅が約10nT の強い磁気が出ていることも 検出した。大動脈と大静脈が並存しているところだ。12)」 「えらい効果だな。これから普遍性が必要だな。」 「まだ 70 歳狭心症男性 1 名の事例のみなので、これから多くの被験者の事例で判断 する必要があるが、研究者自身が数ヶ月かけて系統的にデータで発明の効果を実感 出来たので、研究を展開していく自信になる。なお、知人の 78 歳男性は、40 日間 この磁化石をポーチに入れて腰につけた結果、前立腺ガンマーカーの PSA 値と血圧 が下がったと言っている。我々人間も真核細胞生命体だが、磁気プロトニクス原理 による健康回復効果が高齢者でよく現れる理由は、真核細胞生命体を構成するミト 6 コンドリア系が高齢者のエネルギー変換系の主力になることと関係しているようだ。 若者は解糖系エネルギー変換が主力だが、これは無酸素で瞬発力の源泉になる。高 齢者は、有酸素で持続力の源泉であるミトコンドリア系が主力になり、体力は落ち ても心筋や脳神経は長い間活動を続ける。磁気プロトニクスは、ミトコンドリア系 をプロトンで活性化させるので、心臓や脳神経を活性化させ、高齢者の健康回復に 適している。僕の狭心症の心筋の回復もその理屈だと思う。脳の活性化にも良い。 今年のノーベル医学生理学賞の一人で、ガンの免疫療法の基になる樹状細胞の発 見者が、自分の肺ガン治療に応用して 6 年後のノーベル賞受賞発表の日に亡くなっ た。また、数日前にやはり肺ガンで亡くなったスティーブ・ジョブス氏は、治療は 免疫療法ではなさそうで 7 年だった。免疫療法の効果があったかどうかの検証は難 しい。癌細胞は典型的な原核細胞生命体であり、無酸素、低温で異常に分裂が早い。 これをミトコンドリアの分裂抑制遺伝子で抑制する必要がある。磁気プロトニクス は、この面でも貢献しそうだ。この考え方からは、いわゆる(磁気)岩盤浴(温泉) で癌治療を行うことは合理的だ。ミトコンドリアが37℃以上で活性化し、癌細胞 が32℃程度の低温で活性化する差を利用することになる。温泉で温まって37℃ 以上の状態と磁化した磁性岩のパルス分布磁界でミトコンドリア系を活性化させる はずだ。 」 「ジーキル博士が、若いハイド氏に変身する小説みたいだな。」 「小説の架空のはなしだが、ジーキル博士は、私欲のために若返り薬を発明した。 発明は本来人類の福祉のためにある。これが研究者倫理の基本だ。人類の福祉とい えば、このパルス分布磁界が出る磁気石パイプを使った『生理的磁気刺激』は、高 齢者の居眠り運転防止に効果があることを、名城大学の Y 准教授とドライビングシ ミュレータでの脳波測定で確認したところだ。高齢者 2 名の被験者で明確に覚醒脳 10,13) 波への変化が出た。10,13 それと同時に、運転運動と連携する意識の集中時には、 大脳皮質の各部分が共鳴していることが分かった。そして、磁気石パイプでいわゆ るストレスが緩和されて(すっきり感)この共鳴が強調されることも分かった。特 許は申請した。世界で突出した日本の高齢化率に対して、安全な社会つくりのため 7 の新技術創出に精を出さねばならない。」 1. 国立大学法人化後の研究者の状況について 「ところで、ここ 2,3 年の研究費応募書類の内容は頭を傾げたくなるようなものが 増えてきたように思う。たとえば、この研究は外国ですでに行われているが、日本 ではまだ行われていない、そこで他の技術と組み合わせたものを研究する、したが って新規性はある、と言った類のものが散見される。独創性を重んじるはずの大学 は今どうなっているのか。総合雑誌でも『混迷する大学改革』特集などが目に付く が。」 「それは、心配されていた結果だ。研究費の額が小さなものへの応募で問題が顕著 になっている。国立大学法人化後、選択と集中が猛烈に進められており、いわゆる 研究大学にいわゆる優秀な研究者(研究費を取ってきて、間接経費を大学に入れて くれる研究者)を根こそぎ集める研究人材獲得合戦が過熱状態だ。もうひとつは、 小講座制が壊滅してしまい、若い研究者がベテランの研究者から研究の精神と方法 を習得する機会が無くなったためだ。研究室で常時学生の面倒を見てくれる若手教 員が非常に少なくなっているのも拍車を掛けている。」 「研究の精神とはなにか?」 「研究者同士、研究者と大学院生、学生が議論し合う中で生まれる。教授の背中を 見て感化される場合も多い。若手研究者や大学院生が研究室を誇りに思うことが、 研究の意欲の源泉だ。それは、教員同士や教員と学生の濃厚な人格的切磋琢磨から 生まれる。その中で、レベルの高い応募書類も書けるようになる。」 「それは、今の多くの小さな大学では望めなくなっているのではないか。」 「われわれの若い頃は、海外の著名な学会論文誌に拙い英語で投稿すると、査読者 が丁寧に読んでくれて、赤字修正で真っ赤になるほど文章の書き方を指導してくれ た。誰が見てくれたかはもちろん分からないが、若手はその中で急速に成長した。 現在の学会は国内外のどこでも一発勝負で採否を決めてしまう。査読委員には、論 文委員会から教育的指導をするな、という要請が来る。大部の論文誌編集を効率化 8 するためだ。商業学術誌の Nature の編集方針を学会が一斉に真似している感があ る。」 「それでは、若手研究者はどうすれば良いのか。」 「全国にここ4,5年で大量の名誉教授が生まれた。全国的に経験豊富な名誉教授 層として、若手研究者層と接触する仕組みが必要だろう。」 「それは時間が掛かるだろう。」 「まずは、名誉教授側から、個人的に身近な若手研究者に働きかけることだ。その 際には、名誉教授側から若手研究者が意表を衝かれるような先進的研究テーマを示 すことが必要だ。古臭いと思われたら敬遠されて逆効果になる。名誉教授側から、 10 年、50 年先に世界的研究の隆盛となるテーマの提案を行う必要がある。それも科 学技術の発展方向の論理に基づく強い説得力で提示することが肝要だ。名誉教授側 にとっても真剣勝負になる。また、名誉教授は査読者になる場合も多いから、その ときはできるだけ教育的査読をすることだ。」 「国際的な研究者の交流や連携も増えているだろう。」 「その場合、英語の上手、下手を意識すると消極的になる。自分の考え方を相手に しっかり説明する熱意がポイントになる。科学技術研究者にとって、英会話は目的 ではなくて手段だ。 僕の研究室では、1990 年ソ連崩壊直前に、科学アカデミーの若手の上級研究員を 日本学術振興会の外国人研究員として招いた。ランダウの電磁気理論に精通してお り、研究室の強力なスタッフになった。当時の事情のため日本語は全くだめ。僕も ロシア語はある程度読めるが会話はだめ。必然的に毎日英語で議論を重ねて行った。 英会話の上手、下手を気にする暇は無い。そして理論と実験の共鳴効果で重要論文 がつぎつぎに誕生して行った。共著英語論文 4 編の ISI 被引用件数は 1500 件ほどに なっている。14-17) 学部等で修得した知識は、実験を始める基礎力になっており、実 験で発見した新現象を素早く解明するのは理論だ。このとき理論は次に進めるべき 実験を示唆している。この理論と実験の火花を散らす共鳴(理論研究者と実験研究 者の共鳴)で研究はどんどん進む。この過程で、JST 等の目利きに出会えばハイテ 9 クコンソーシアム等で産学官連携が一挙に進むことになる。このとき研究者として は、アナログ段階(理学段階)からディジタル段階(工学段階)へ進んでおくこと が肝要だ。研究では、しばしばアナログ段階(高尚的な可能性の科学の世界)で楽 しんで論文を出して終わることが多い。」 2.21 世紀の科学技術のひとつは「意識と無意識の調和」か 「研究室を離れた名誉教授に、研究テーマの提案が出来るのか?」 「研究室を離れたら、学会で隣近所と競い合う数年先の研究テーマは分からなくな る。そこで名誉教授は大体自分の時代は終わったと感じて、引退モードを自覚するよ うになる。現役引退後は、スポーツの世界ではコーチ役、監督役という必要な仕事が あるが、これは本性(中枢神経系と右脳)が主体の世界では経験が価値をもつのでそ うなっているが、工学研究のように知性(大脳皮質の左脳)が主となる世界では、専 門分野の経験は早晩陳腐化するので、経験だけでは活躍の場がなくなる。しかしこの パターンは、研究テーマの創造を欧米に任せ、その研究領域に参加していた高度成長 期のパターンであり、先進国にたどり着いた現在ではそうは言っておられない。少な くともアジア圏では、日本の研究者が研究テーマの創造役、先導役の立場に置かれて いる。国際会議に出席すれば、ひしひしと感じる。当然、欧米も注目している。 この 10 年、20 年先の研究テーマの創造役は、名誉教授の主要な仕事だと思う。名誉 教授と言っても、人生 80 年超時代ではまだ当分若者だ。 ではどうすれば良いのか。ひとつの方法は、今なお、創造的研究テーマを出し続け る英国の教授のマインドを参考にするのが良いと思う。1600 年ギルバートの地磁気の 発見以来、英国の科学者は命を掛けて中性キリスト協会と戦い続け、産業革命を起こ し、今なお独創性をなによりも重んじている。深い歴史観に基づく将来展望がある。 図1は、僕が大学院生の頃、中央公論の論文の中に出ていたリーディング産業の波 の図を見て以来、45 年間考え続けている科学技術と産業の波の変遷を簡単に表したも のだ。科学技術の発展の 50 年-50 年説(イノベーション 100 年説)というものがしば しば言われるが、これは情報技術の場合に成り立つといえる。電子の発見(1899)から 10 約 50 年経って ENIAC の開発(1947)・トランジスタの発明(1948)・情報理論の確 立(1949)・半導体集積回路の発明(1951)による電子計算機の発明、そしてその約 50 年経ってインターネットビッグバン(1997) ・携帯電話(2005)・スマートフォン(2010) と市民生活のスタイルになっている情報通信イノベーションのことだ。自動車イノベ ーション(モータリゼーション)もおそらくそのような経緯を辿っているのではない か。 産業革命以来、2 世紀に亘る科学技術の人類への貢献の歴史は、労働の支援、移動・ 運搬の支援、計算・知的作業の支援、通信の支援、日常行動判断の支援へと発展して きた。この流れから 21 世紀の科学技術の発展方向を考えると、 『意識と無意識の協調』 が来ると思う。 」 鋼 先導技術の産業生産の波 Innovation waves 特殊 IT S ent llig Inte 鋼 鉄 油 石 波 第 波 1の クス ニ トロ 波 ク レ エ 4の 第 タ・ 第 ー 信 ュ 通 ピ 報 コン 車 動 自 機 空 航 2の 第 3の 波 宙 宇 ● 1 6 0 0 1 8 6 8 マ ク ス ウ ェ ル 1 9 0 1 原 子 力 マ ン ハ ッ タ ン 第 二 次 世 界 大 戦 終 労働作業支援 ● 1 9 4 9 真 空 管 式 電 子 計 算 機 E N I A C シ ョ ッ ク レ ー シ ャ ノ ン ト ラ ン ジ ス タ の 発 見 情 報 理 論 、 W ¨ 量 子 力 学 1 9 4 5 ● 1 9 4 8 ¨ ア イ ン シ ュ タ イ ン ¨ 電 磁 場 理 論 ( 電 磁 波 の 理 論 発 見 ) 1 8 8 8 ヘ ル ツ :電 磁 波 の 実 証 ● 1 9 4 7 ¨ 明 治 維 新 ¨ ¨ ¨ 1 1 6 5 8 9 7 0 明 ギ ニ 代 ル ュ バ ー 李 ー ト 時 ト ン 珍 プ 地 本 球 リ 草 は ン キ 綱 巨 ピ 目 大 ア な ( 磁 万 石 有 ( 引 地 力 磁 、 気 運 の 動 発 則 見 ) ) ● 1 8 6 1 サ イ バ ネ テ ィ ッ ク ス 1 9 5 3 ワ ト ソ ン ・ ク リ ッ ク : D N A 2 重 螺 旋 モ デ ル ● 1 9 9 5 1 9 7 4 I C 技 術 公共→私的 輸送・移動の支援 イ ン テ ル ・ モ ト ロ ー ラ 社 マ イ コ ン パ ソ コ ン イ ン タ ー ネ ッ ト ビ ッ グ バ ン オフィス→私的 情報処理支援 1 9 9 9 光 2 0 0 0 I T S プ ロ ジ ェ ク ト オフィス→ 私的情報 通信支援 オ イ バ 情 2 0 1 0 携 帯 電 話 ハ イ ブ リ ッ ド カ ー ス マ ー ト フ ォ ン 日常行 動支援 心身健 康支援 図1、科学技術の発展の歴史とイノベーション先導産業の波の変遷、科学技術の 人類への貢献の変遷 11 「すぐには分かりそうにないな。良く考えてみるよ。」 「いろいろな脳波測定や脊髄磁気測定を行い、般若心経を3千回くらい唱えているう ちに、そう思うようになった。現代の高度都市社会でのストレス病は、意識と無意識 のずれだろう。人類発生の当初から 2050 年 100 億人地球社会へ向かう長年のテーマ だと思う。西洋科学の研究者は、すでに西洋科学(分析科学、環境開発科学技術)の 限界に気づき、いわゆる東洋科学の精神(統合性、環境との調和循環性)との融合に ブレークスルーを見出そうと努力している。日本の禅への注目もその一つだ。しかし、 禅は大脳辺縁系(無意識系)に意識を集中させる行であり、これを意識中枢の大脳皮 質で分析的に理解することは困難だろう。この面では日本の科学者が最も有利な立場 に居るし、それをやるのは我々の義務だろう。欧州で水の研究が盛んな背景でもある。 水の中のプロトンは、エネルギーの源、生命の源である。水の研究の方法を開発する ことも、科学研究のブレークスルーになるだろう。水は閉鎖系としては扱えない生命 機能物質であり、生物との関係で存在する物質である。いわゆる三重苦のヘレン・ケ ラーが水に触れて初めて感覚の意識が開花したとのことだが、水の本質の一面だと思 う。脳波は 40Hz以下の周波数帯域だが、水クラスターの地磁気下での回転周波数を 計算すると、40Hz以下の周波数帯域になっている。」 「ところで、図1の左端の科学の始まりのところで、李時珍 本草綱目という聞き慣 れないものがあるが、あれは何だ。」 「西洋科学の立場からは、科学の創始としては英国の医師ギルバートの地磁気の発見 (1600)が位置づけられている。ギルバートは中性キリスト協会の「天磁気説(北極 星磁気説)」と異なる「地磁気」を発見し、迫害を避けるため「Le Magnete」の発刊 (1600)を自分の死後 20 年経って行うよう妻に依頼した。西洋科学が、科学者の命 を懸けて誕生したとの劇的な面でもある。一方、僕は「磁気プロトニクス原理」を見 つけ、その関連で文献調査を続けているうちに、中国の明代の「本草綱目」に行き当 たった。漢方の薬理学者の李時珍が 27 年間の実践的調査の集大成として「本草綱目」 (1892 薬種、処方 11092 種)を編纂し、万暦帝への献本として 52 巻が 1593 年に発 12 刊された。日本は江戸期に多大な影響を受け、蘭学が入るまで徳川歴代将軍の御典医 のバイブルだった。これも後漢以来聖典視されていた「神農本草経」の体系を覆した ため、出版は妨害され激しい糾弾を受けたためか、李時珍は出版の翌年病気で急死し た。これらの経緯を考慮して、世界の科学技術の創始としては、この 2 件の業績をペ アーとして考えた方が妥当であろうと思う。 このような歴史的状況の類似性だけでなく、地磁気の発見から拡がった科学が、2 0世紀のエレクトロニクス・コンピュータ技術を基盤とした非生命物質文明を出現さ せ、本草綱目的生命・医療観がプロトニクスによって21世紀の生命科学技術のブレ ークスルーを齎すのではないかという期待感もある。なお、この本草綱目の石部第十 巻、石之四(石類下四十種)の中に『慈石』があり、その特徴、薬理・効能(発明) は、僕が目下調べている磁性かんらん岩とよく対応しているので、400 年以上前の本 草綱目から実験テーマを探索し、実証手段は現代科学技術のツールを使用している。」 3.イノベーション創出のモデル 「第三次科学技術基本計画の柱はイノベーション創出だったが、5 年間経ってもイ ノベーションとはなにか、はさっぱり分からんようだな。米国標準研究所から、魔の 川、死の谷、ダーウインの海というヒントのキーワードは伝わってきているようだ が・・・。日本ではえらい官僚が、イノベーションでワイワイやるのもいいじゃない か、と言ったが、もっと中身の議論を深めるべきだろう。」 「舶来用語は、飾り言葉としてもてはやされるだけで、未だ嘗てその中身が十分深 められたことはないのではないか。本質を深く学ぶ風土の醸成が必要だ。最近の例と してはたとえばスピントランジスタなどがそうだ。トランジスタの本質は、pn接合 面での空乏層と障壁電位による明確なダイオード特性の発生にあるのだが、それがな いのに、単にプラスとマイナスのスピンが共存することだけを見てトランジスタと称 して、学会で互いに発表し合っている。ある段階ではそれでも良いが、新しい原理を 生むには、本質に踏み込むべきだ。イノベーションは、歴史的に文明と言っているも のの現代的表現とも考えられる。ギリシャ文明、ローマ文明、中国文明、産業革命に 13 よる西洋文明(西欧文明)はよく言われる。日本に関しては、茶道などの日本文化は あるが日本文明といわれるものはまだない。イノベーション創造力と文明創造力は同 根らしい。イノベーション創造力とは、世界に普遍していく巨大技術を創造すること だ。イノベーションを興す民族はシステム思考(評価)をする民族だろう。産業製品 に対しても、日本は単体評価で価格を決めるが、欧州はシステム評価で決めている。」 「イノベーションは科学技術振興の目的を明確にする面で重要だとは分かっている が、そろそろイノベーション創出のモデルを作って具体的に考えるべきではないか。」 「図2は、ある工業大学で産学官連携に関する講演を行ったことを機にイノベーシ ョンのモデルを考えてみたものだ。魔の川、死の谷、ダーウンの海とは何かを具体的 に解明する必要がある。イノベーション創出の出発点としての魔の川を越えるのは、 大学教授の仕事だ。具体的にどのように越えるかは、僕は自分の専門分野の電気電子 工学の発展をイメージして考えてみると、アナログ段階からディジタル段階へ進むこ とだと思う。大学教授は、研究に専念して 10 年続ければ、全員が何らかの画期的発見 をする能力を持っている。この新現象の発見などの画期的発見は、いわばアナログ段 階・解析段階の仕事であり、理学的な崇高な科学の研究だ。トランジスタの発見もア ナログ段階の大発明である。これに引き続く半導体集積回路の発明によってディジタ ル技術の世界が一挙に発展して、トランジスタの発明の価値が一挙に高まった。トラ ンジスタの発明者のジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテン、ウィリアムス・ ショックレーら、集積回路の発明者のジャック・キルビーはノーベル物理学を受賞し た。ディジタル段階の仕事は設計段階の仕事である。これは科学というより技術の世 界の仕事であるため、大学教授はあまり気乗りがしない。企業でやれば良いじゃない か、と思う。しかし企業は技術の展望がないものには手を出さない。これは大学教授 がやるべきである。大学教授がアナログ(新現象の発見および解析)からディジタル (新現象をディジタル技術で実現する設計)へ進む意欲は、新現象の本質の理論構築 から生まれる。ここに理論の力がある。」 「イノベーションと特許発明の関係は?」 「トランジスタのような大発明が現れると、国内外の学会を通して学、産、官の研究 14 者、技術者、コーディネータの Synchronicity, Serendipity の共振、共鳴の熱い渦が 発生する。数十年後のイノベーションの予兆を共有する現象だろう。 研究・開発・イノベーションのプロセス 研 究 開 ・独創的シーズの創出 新原理・基本特許 発 ・応用特許 ・製造特許 ・製造技術 基礎研究・応用研究 (発見・理論化)(発明・設計) 事業化 産業化 ・応用製品開発 ・市場投入 ・量産化(商品) ・市場拡大 ・他社との提携 ・OEM供給 ・ 薬事審等対策 イノベーション 大学、研究型ベンチャー 開発型ベンチャー アナログ技術 (魔の川 ) アナログ・ディジタル技術 基礎研究 産 応用研究 学 官 資金 1000万 ディジタル技術 (IC化技術) 大 企 業 (死の谷) ハード・ソフト (ダーウィンの海) 標準化 融合ICチップ 開発研究(製品化) 連 携 1億 企 業 群 産 事業化(商品化) 産 連 10億 携 イノベーション 産 社 連 携 100億 (米国立標準技術研究所NIST資料を基礎に、半導体エレクトロニクスチップ開発・イノベーションを例示した。) 図2 イノベーション創出モデル この渦が新しい発明の雪崩現象のエネルギー源となる。1948 年 pnp トランジスタの 15 発明に続いて、1957 年に GE 社の York がサイリスタを発明した。pnpn 構造にして pnp トランジスタと npn トランジスタを電子なだれ降伏現象を介して互いに正帰還 がかかるようにすることによって、1アンペアのトリガパルス電流で 1000 アンペア の電流を通電できる革命的な固体大電流スイッチを創出した。 このサイリスタショックは、すぐに全世界を席巻し、僕が卒業研究のときの指導教 官であった原田耕介先生は、それまで電力制御装置の王様であった磁気増幅器はすべ てサイリスタに駆逐されるだろうと言っておられた。そして、程なくそうなった。」 「コンピュータの固体論理素子トランジスタの発明が、それに呼応した発明によって 別分野の電力制御の技術も一変させたという訳か。 ところで、今回の東京電力福島原子力発電所の大事故から半年経ったが、科学技術 振興の面ではどうなるのか」 「米国スリーマイル島、旧ソ連チェルノブイリ、そして日本フクシマの主要先進国で の3大原発事故を経験して、人類の科学技術で今後電力エネルギー発生方法をどのよ うに取り組むのか、というレベルに来ている。現在、政府の事故調査委員会で調査中 であるが、事故の調査・究明と責任追及、保障などの緊急の問題処理とともに、科学 技術者には電気エネルギー発生の根本技術の在り方の問いかけが、天からなされてい る。原発では重大事故補償の費用を含めると、発電費用の単価は高いなどの試算もあ るが、もっと根本的な議論が必要だろう。原子力利用という最先端技術において、そ の制御手段が水で冷却する以外にないという風景は珍妙に見えるが、水の本質を見直 すよい機会になっている。原子力エネルギーの利用の視点を「水(プロトン)エネル ギーの利用」の視点に切り替えるチャンスだと思う。現に、燃料電池(いわゆる水素 電池)技術でその視点は現れている。」 4.若い研究者のみなさんへ 「我々は、若い研究者へなにかをのたまうほどの立場にいるとは思わんが、ささやか な経験の一端を伝えるくらいはやっておこうか。まず、順不同で、特許明細書の作成 16 と研究論文の作成の違いはどうか。国立大学法人化後は、学会発表前に特許申請を行 う体制になっていると聞いている。」 「ぼくは、研究という創造活動の精神は互敬平等だと思っている。茶道の精神に通じ るところがある。この発見・発明に基づく研究の互敬平等の精神をルールとして保証 するものが特許制度だと思っている。ぼくは、いつの間にか 160 件ほど特許を取って いるらしい。その明細書の大半は自分で書いた。大学院生の頃から発明大好き人間だ ったので、明細書に興味をもって調べたが、論文に比べてへんな文体のものが多くて 最初はうんざりした。しかし米国のたとえば Wiegand wire の明細書は、しっかりし た実験データの研究論文の価値があり、長文だが詳細に読んだ。もとより、研究論文 は分かった事実のみに十分な論理的考察を加えたシャープな内容を公表するものであ り、これに対して特許明細書は、しっかりした予備実験を根拠に、できるだけ広い関 連分野を網羅する想像力で新規な権利の範囲を請求項目として記述して主張するもの だ。この場合は、研究の専門領域だけでなくて、技術や産業の発展方向などにも配慮 する必要がある。したがって、研究者の脳の働かせ方が異なってくる。研究論文作成 では、いわば左脳を中心に働かせ、特許明細書では、いわば右脳を中心に働かせてい る。このため、研究者にとって特許明細書を書くことは、研究論文作成の妨げになら ず、むしろ自分の研究の社会的位置づけを確認する機会なので、研究を客観的に加速 させる力になる。産学官連携を理解する機会でもある。工学研究者は、左脳と右脳を 連携されることで、力強い研究を展開できると思っている。」 「しかし、研究者は若いうちに十分な研究力を鍛える必要があるのではないか。」 「我々が大学院生の頃は、講座を越えて多くの先生方が大学院生に接触してくれ、い ろいろなことを話してくれた。20 歳代では出来るだけ多くの理論を吸収しろ、30 代で はできるだけ多くの人と接触しろ、40 代からどこでもやっていない独創的研究をやれ、 と言われた。とくに修士課程の 2 年間に吸収した力が一生の力の源泉になると言われ た。そして世界的に話題になっていた Pontryagin の Maximum Principle や寺沢寛 一の数学概論などのセミナーを設けてくれ、定理と証明だらけで理解に大いに苦しん だが、毎週必死で勉強を重ねた。そこで得たものは、研究においては数学や論理の力 17 で新たな概念を生み出すことが重要だという視点だった。」 「理論は、現象を理解し説明するのに役立つが、研究の創造を刺激し続ける理論もい くつかあるようだ。」 「1860 年代の Maxwell の電磁気方程式もそうだ。Lorentz の電子の発見も、Maxwell の理論を研究しているうちに出てきたらしい。Maxwell は、Faraday の誘導電圧の法 則と Ampere の電流-磁界の法則を divB = 0, divD = ρ を追加して rotation の概念でま とめたと言われるが、Ampere 則に rotH = i + ∂D/∂t という電気変位の時間変化 というものを追加したことでその適用は宇宙まで拡がった。この追加で、電磁波とい うものが理論的に誕生し、約30年後に Herz が火花放電実験で電磁波の存在を発見し た。それが現代のインターネットイノベーションへと続いている。宇宙の真空説はつ い最近まで続いてきたが、真空と∂D/∂t の存在仮説は矛盾する。宇宙の真空説はエ ーテルの存在の論理的否定によって定着したが、最近の宇宙物理学では宇宙はプロト ンで充満していることが分かり、∂D/∂t の存在仮説と矛盾しないようになった。お 陰でハヤブサがイトカワから戻って来れた。」 「研究は 10 年続けると一流になる、と言われているが、具体的にはどうなのか。」 「僕が若い頃、研究者に会い詳しい経緯を直接聞いて感動した米国と日本の例を紹介 しよう。 ひとつは、1976 年に New Jersey, Morristown の Allied Chemical Co.研究所を訪問 して Dr. R. Hasegawa に聞いた話だ。彼は名古屋大学から California Institute of Technology (Cal-Tech, CIT))に留学して Prof. Pole Duez 研究室の博士後期課程大学 院生として、世界初の常温でのアモルファス合金を誕生させた研究チームの一員だっ た。Prof. Duez は 1960 年にアモルファス金属の創生への挑戦を開始した。それまで の工業製品等の材料のあらゆる金属や合金は結晶構造を持っており、焼入れ鋼でも微 結晶を持っている。そこで結晶構造を持たない金属を創生して、革新的工業材料を生 み出そうと言うものであった。実験手法は、溶融金属が結晶化する余裕を与えずに超 高速で室温まで下げる超急冷法だ。チームは溶融原料液滴を熱伝導率の高い鋼製のピ ストン・アンビルで叩き潰す方法を採った。結局ぴったり 10 年間実験を重ねた結果、 18 Fe-P-C のアモルファス合金箔が誕生した。実験担当の大学院生が、C が残っていた乳 鉢を洗わずに Fe, P 粉末を混合して偶然に出来た、との逸話がある。10 年諦めずに貫 徹したその執念はすごい、との見方もあるが、研究者は山登りに譬えれば、高い頂上 へのインスピレーションを得てそれに向けて歩み始めると、一歩一歩登るプロセスで いろいろな挫折と発見を重ねる楽しみに没頭するものだ。予感される挫折は成功の喜 びを倍加させる。失敗は確認であり理論を深め成功へ近づく養分だ。10 年間の研究成 果は、アモルファス合金は、磁性遷移金属(Fe, Co, Ni)原子量約 80%とメタロイド (半金属 C, B, P, Si)約 20%の原料を秒速 100 万度以上の速度で冷却すれば出来るこ と、アモルファスは、X 線のハローパターンや 10 万倍顕微鏡で結晶が見えないことな どで判定されること、などだった。その後も、この半金属 B は、工業的にいろいろな 重要な働きをする。1983 年発見の NdFeB 超強力磁石(日本の佐川真人氏と GM グルー プがほとんど同時に成功。)の実現や、2011 年ノーベル賞の鈴木カップリングも B で 成功した。原子半径が小さいので、他の原子間に介在し易い。 1973 年に Allied Chemical 社から、回転鋼ロールによる連続生産方式のアモルファ ス合金リボンが販売開始され、早速日本でも『夢の合金誕生』がマスコミを沸かせた。 僕も同社に連絡して、サンプルを送ってもらった。幅 3mm、厚さ 25μm、長さ 200mm の FeNiSiB の銀白色リボンだった。僕は魅了され、高感度のいろいろな応力センサを創 生した。最初は狙い通り強靭弾性体が実現したが、その後の世界中での調査で結晶磁 気異方性がないため、とくに零磁歪材は超高感度の磁気センサ新素材であることが分 かった。 これをベースに、日本では 1981 年に、アモルファス合金ワイヤを U 社中央研究所が 東北大学増本健教授の指導を受けて開発した。同研究所は、同教授の指示で、僕の研 究室に試作ワイヤを持ち込んで応用探索を依頼してきた。僕が九州工業大学で教授に 成り立ての頃だった。早速交流励磁特性を研究室で測定したところ、すぐに奇妙な現 象が出た。60Hz 励振磁界をほぼ零(70mOe)にしても高い誘導電圧が減少することな く出ている。最初は計測器の故障かと思った。そこで BH 磁気特性を測定したところ、 正四角形の見たこともない特性が現れた。励振磁界波形に関係なく鋭いパルス電圧を 19 誘起する半能動磁気素子とも言うべき新素材である。僕は、『大バルクハウゼン効果』 と命名した。18) 翌日、ボストン大学教授で米国電気電子学会の大御所の Prof. F.B. Humphrey から 僕に国際電話が入り、1Oe 以下でパルス電圧を誘起する磁性体を知らないか、との問 い合わせである。今まで研究上の接触はなかった間柄であり、まさに Synchronicity であった。ユニチカの Fe 系アモルファスワイヤでの発見を話すと、数日して教授は僕 の研究室に来て、実験波形を見るや、fantastic を連発した。1週間大学宿舎に泊ま りこんで共同実験を行い、教授は帰国した。やがてすぐに国際電話が入り、米国のセ キュリティセンサシステム企業の S. Ltd.から副社長グループと行くので U 社に共同 開発提案を連絡してくれとのことであった。同社では、僕の研究室に持ち込んだアモ ルファスワイヤのサンプルに関して、2 週間程度で米国企業との共同開発プロジェク トの交渉段階に至ったことに急遽対処することが決まった。本社で交渉が行われ、米 国側立会いは Prof. Humphrey、日本側立会いは若輩の僕だった。その後超スピードで 開発が進み、アモルファス合金に関する Allied 社との特許交渉も解決して、スーパ ーマーケットの万引き防止システムのタグとして、U 社のアモルファスワイヤが大量 に輸出されるようになり、1984 年から 2008 年まで続いた。15 歳年上の Prof. Humphrey からは、米国の教授の精神(Professor must solve everything.)を学び、米国流の 産学協同研究スタイルも若い内から学ぶことが出来た。教授と Fe 系高磁歪ワイヤの磁 区モデルを創出して磁壁伝播動特性を解析した共著論文も数編出ている。このことも あって、零磁歪アモルファスワイヤでの磁気インピーダンス効果の発見直後に、僕は IEEE Fellow になった。そして 15 年後の 2010 年 Life Fellow になった。総括してみ ると、大学の卒業研究以来、約 10 年ごとに新概念を伴う重要な発見・発明を積み重ね てきており、今後もそのペースが続くと思う。」 「アモルファスリボンとアモルファスワイヤはどう違うのか。」 「ワイヤの断面の真円形状が磁化効率を上げ、磁気ノイズの発生を抑制するので、磁 気インピーダンス効果を基礎に、最近ピコテスラ分解能の超高感度磁気センサが実現 した。19) 生体磁気の計測では、SQUID より良い情報が得られている。」 20 「もうひとつの話は。」 「もうひとつの話は、日本の代表的技術である方向性珪素鋼板 HI-B の開発だ。電力変 圧器の鉄心材料であり、これは日本のエネルギー政策の核になる材料で、国営的企業 の戦略的技術開発として、結局成功まで 20 年かかった。僕は助教授の若い頃、その発 明者の田口悟氏と話したことがある。5 年毎のプロジェクト評価で毎回廃止をトップ から勧められたが、その度に継続を強力に主張する重役に激励されて、ついに世界一 の品質の変圧器鋼板が実現できたとのことだ。僕は、この材料のエネルギー損失の理 論解析をしたり、張力被覆の上から非破壊で結晶粒や磁区を観察する方法を発明した りした。20,21) その後、僕は英国のカーディフ大学に留学したが、実験室にこの HI-B が置いてあり、高く評価されているのを聞いて誇らしく思った。欧州では、HI-B は従 来の鋼板より 2 割ほど値段が高いが、電力損が少ないので電力系統全体ではメリット があるので購入される。これが loss evaluation だ。日本では変圧器単体の値段で購 入予算が決まるので、売れないとのことだ。どちらが科学的文化だろうか。モノづく り日本とシステムづくり英国の違いだ。」 「ところで、日本の大学の博士学位は英語では Ph.D(Doctor of Philosophy)と書いて いるが、狭い専門知識は高くても Philosophy の面では鍛えられているのか。企業に入 ると柔軟性が足りないと言われるが。」 「柔軟性を要求する側も、高度成長期のマンパワー的価値観を引きずっているようだ。 これからは柔軟性というより先見性を要求すべきだろう。先見性を持つためには、専 門外の分野に根拠無くあれこれ目を向けるより、自分の専門を根源的に考えることが 重要だ。自分の専門の基礎理論を出した先駆者の思考方法を追究していくと、自ずか らいろいろな分野の成り立ちや原理などを考えるようになり、視野はどんどん拡がり、 先見性も自然に高まってくる。 繰り返すようだが、若いときには師を選ぶことは、現代でもやはり非常に重要だと 思う。師は、大学での指導教授だけでなく、国際的ないろいろな出会いの中でも自然 に浮かび上がってくるものだが、これらの師との切磋琢磨で自分の本質・特徴に気が ついていくようになる。優れた指導者は優れた研究者であり、研究の互敬対等の精神 21 に立つ人であり、年齢の違いや社会的立場の違いなどに頓着なく研究の議論に集中す る人だ。 」 「武道で守、破、離とよく言うが、なにかを究めていくのには自然の理になっている ようだ。それと、良く言われる 10 年という期間もポイントになっていると思う。」 「それと、研究を進めるに当たっては、普遍性(専門知識、解析性)と個性(独創性、 設計性)の連携が重要だ。個性無き普遍性だけでは、平凡な評論家に終わってしまう し、普遍性無き個性だけでは、偏屈な夢想家に終わってしまう。つねに個性ある理論 (コンセプト)をしっかり持つことが必要だ。それから、科学技術万能的な現代では、 スマートフォンなど技術商品の見かけの機能に目(大脳皮質の感覚)を奪われてしま うことが良くある。しかし、技術的商品は科学の産物であり、その発展方向を科学技 術の人類に対する在り方の観点(大脳辺縁系)で把握することが必要だと思う。」 「最近の人口統計では、人口に占める 65 歳以上の割合はすでに日本が世界で突出して おり、2050 年には 4 割になるという。このままだとあらゆる重石が若手に圧し掛かっ ていくのではないか。」 「この人類未経験の問題は、若者の問題というより高齢者の発想の転換が迫られてい る問題だと思う。このまま若者の背に負ぶさるという惰性を転換して、高齢者特有の 医療や居眠り運転事故などは、自らの問題として解決する新技術の発明や開発をやる べきだろう。科学技術で自らの老いを養うという姿勢が必要だと思う。」 以心啓理 以智啓技 以連啓業 以衆啓世 上席研究員 22 文 献 1) 毛利 佳年雄「科学技術振興のための競争的研究資金の動向と研究の在り方」電気学会誌、 Vol.126, No.2, pp.88-91, 2006. 2) K. Mohri, Application of amorphous magnetic wires to computer peripherals, Mat. Sci. & Eng., Vol. A185, pp.141-145, 1994. 3) 科学技術振興事業団、1997 年度先端技術展開試験制度「MI マイクロ磁気センサ産官学 コンソーシアム」成果報告書(名古屋大学大学院工学研究科電気工学専攻知能システム講座) 4) 毛利 佳年雄「磁気センサ理工学」 、コロナ社 1998 年第1冊、2004 年第3冊 5) K. Mohri, M. Fukushima, M. Matsumoto, Gradual decreasing of electric resistivity in water triggered by milligauss low frequency magnetic field, Trans. Mag. Soc. Jpn., vol.1, no.1, pp.14-18, 2001. 6) K. Mohri, M. Fukushima, Gradual decreasing characteristics and temperature stability of electric resistivity in water triggered with milligauss low frequency magnetic field, IEEE Trans. Magn., vol.38, no.5, pp. , 2002. 7) K. Mohri, M. Fukushima, Milligauss magnetic field triggering reliable self organization of water with long range ordered proton transport through cyclotron resonance, IEEE Trans. Magn., vol.39, no.5, pp.3328-3330, 2003. 8) M. Fukushima, K. Mohri,T. Kataoka, M. Matsumoto, Milligauss pulsed magnetic field applied phosphate buffered saline solution elevates intracellular Ca2+ level and stimulates phagocytic activity in huma neutrophils, Trans. Mag. Soc. Jpn., vol.2, no.2, 15-18, 2002. 9) M. Fukushima, T. Kataoka, N. Sugiyama, K. Mohri, Milligauss magnetic field applied water exsert and induce firefly liciferine-luciferase luminescence and induce intracellular calcium elevation of CHO cells without ATP, IEEE Trans. Magn., vol.41, no.10, pp.4188-4190, 2005. 10) K. Mohri, T. Uchiyama, M. Yamada, T. Watanabe, Y. Inden, T. Kato, S. Iwata, Arousal Effect of Physiological Magnetic Stimulation on Elder Person’s Spine for Prevention of Drowsiness During Car Driving, IEEE Trans. Magn., vol.47, no.10, pp.3066-3069, 2011. 11) K. Mohri, Y. Inden, M. Yamada, Y. Mohri, Health Recovery Effect of Physiological Magnetic Stimulation on Elder Person’s Immunity Source Area with Transition of EEG and ECG, Proc. PIERS 2012, Kuala Lumpur, 2012. 12) K. Mohri, T. Uchiyama, M. Yamada, Y. Mohri, Physiological Magnetic Stimulation for Arousal of Elder Car Driver Evaluated with Electro-encephalogram and Spine Magnetic Field, IEEE Int. Mag. Conf. (INTERMAG) 2012, DE-04, Vancouver May 2012. 13) Y. Mohri, M. Yamada, K. Endo, T. Suzuki, T. Uchiyama, K. Mohri, Arousal Effect of Physiological Magnetic Stimulation on Car Driver’s Spine Evaluated with Driving Simulator and EEG, Proc. PIERS 2012, Kuala Lumpur, 2012. 14) L. V. Panina, K. Mohri, Magneto-impedance effect in amorphous wires, Appl.Phys. Lett., vol.65, no.9, pp.1189-1191, 1994. 15) L. V. Panina, K. Mohri, K. Bushida, M. Noda, Giant Magneto-Impedance and Magneto-Inductive Effects in Amorphous Alloys, J. Appl. Phys., vol.76, no.10, 1994. 23 16) L.V. Panina, K. Mohri, T. Uchiyama, M. Noda, K. Bushida, Giant Magneto-Impedance in Co-rich Amorphous Wires and Films, IEEE Trans. Magn., vol.31, no.2, pp.1249-1260, 1995. 17) L.V. Panina, K. Mohri, T. Uchiyama, Giant magneto-impedance in amorphous wire, single layer film and sandwich film, PHYSICA A, vol.241, no.1-2, pp.429-438, 1997. 18) K. Mohri,F.B. Humphrey, J. Yamasaki, K. Okamura, Jitter-less Pulse Generator Elements using Amorphous Bi-stable Wires, IEEE Trans. Magn., vol.MAG-20, no.5, pp.1409-1411, 1984. 19) T. Uchiyama, K. Mohri, S, Nakayama, Measurement of Spontaneous Oscillatory Magnetic Field of Gunea-pig Smooth Muscle Preparation Using Pico-Tesla Resolution Amorphous Wire Magneto-Impedance Sensor, IEEE Trans. Magn., vol.47, no.10, pp.3070-3073, 2011. 20) K. Mohri, Y. Satoh, T. Fujimoto, Mechanism of dynamic domain size variation and iron losses in grain-oriented Si-Fe cores, IEEE Trans. Magn., vol.MAG-12, no.6, pp.849-851, 1976. 21) K. Mohri, S. Takeuchi, T. Fujimoto, Domain and grain observation using a colloid technique for grain-oriented Si-Fe with coatings, IEEE Trans. Magn., vol.MAG-15, no.5, pp.1346-1348, 1979. 24
© Copyright 2024 Paperzz