TheNotesontheFolkSongsinAkita

Akita University
秋田大学教育学部研究紀要
教育科学部門 5
3 pp.1
7
-2
4. 1
9
9
8
秋 田民謡 についての覚書
-「
小節 (こぶ し)
」 につ いて一
桂
博
章
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4.1
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5.I
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'
.
民謡 の練習会 で は,上手 な人で もコブシをっ けて唄 って
1
. は じめに
いなか った」 とい う。 コブシが「駿に意識 されていなか っ
た理 由 と して,「
昔 は民謡 は座敷 で の酒盛 りな どで唄 わ
民謡教室 な どで初心者が 日本民謡 を習 う際 には, まず
れ, その場 に居合せた者 は声 を揃 えて斉唱す るので,個
曲の基本 とな る旋律 を覚 え ることか ら始 め,師匠によ り
人芸, あるいは名人芸が要求 され るコブシを唄 のなか に
初心者 に示 され る唄 は,謂 わば,真 っ直 ぐで平 な発声 に
織込 む ことは必要 なか った」 とい うことがあ る。
よ り唄われ る。 初心者 が曲 の基 本 的 な旋 律 を完 全 に身
また,「
素人 の唄い手 が コブシを意織 して唄 うよ うに
につ け, ある程度 の学習期間 〔
1
)
を経 た後 に 「
小節 (こぶ
な ったの は,昭和 2
0
年代 か ら3
0
年代 にか けての ことであ
し)」(
2
)
と呼 ばれ る装飾技法 を教 え られ る。
り, の ど自慢大会 の影響 が大 きい。NHK 主催 の 『全 国
現在 のプロの民謡歌手, あるいは唄が上手であると評
民謡 の ど自慢大会』 において優勝 した秋 田県代表 の出場
価 されているアマチ ュアの歌手 は, コブシの使 い方 が巧
者 の唄 い方 をまねて,一般 の民謡愛好家 が コブシを意識
みであ ることか らも,演奏 の善 し悪 しの判断 に コブシを
的 に使 うようにな ってい った」(
4
)
とい う。
このよ うに,秋 田県 で は民謡 において コブシが重要視
使 い こなす技量 の占める割合 は大 きい といえ る。
され るよ うにな ったのは,比較的,新 しいことであるが,
このよ うに, コブシは現在 の民謡 において は本質的な
部分であ り,「コブシのつかない民謡 は唄 と して面 白 く
大正 の末, あるいは昭和 の初 めには, レコー ド化 されて
な く,民謡 の生命 はコブシにあ る」 という意味のことを,
い るよ うな現在 の民謡 と同 じよ うな唄い方 (コブシの使
い方) の例 を見出す ことがで きる。秋 田県仙北郡 出身 の
あ る民謡 の師匠が語 っていたの も領 ける(
3
)
。
しか し, コブシが唄 い手 に意識 されるようなったのは,
佐藤貞子 や黒沢三一 の唄の録音 を聴 いてみ る と(
5
)
, 彼等
そ う古 い ことで はない。秋 田県 田沢湖 町 (旧生 保 内村)
の唄が現在知 られてい る民謡 とほぼ同 じ旋律 であ り, コ
で は,戦前 は民謡 を唄 う時 にコブシをつ けることは余 り
ブシも現在 とほぼ同 じように用い られていることがわか
意識 されてお らず,「昭和 7,8年 頃 に行 なわれて いた
る。現在 の我 々の耳 には彼等 の唄 は特別 に上手 とは聴 こ
-
17 -
Akita University
秋田大学教育学部研究紀要
教育科学部門
第5
3集
えないが, コブシを多用 して いる現在 の民謡 の元 とな る
唄い方 を確立 した とい う点 において,彼等 は時代 に先駆
2
. コブ シの定義,及びその性格
ける存在で あ った といえ るだろ う。
佐藤貞子 や具沢三一が コブシを用 い,現在 の民謡 の元
日本民謡 には数種類 の装飾法が用 い られてお り,柿木
となる様式 を確立 したのは,彼等 が舞台等で民謡 を唄 っ
吾郎氏 は 8種類,亜分類 も含 め ると1
3
種類 の装飾法 を挙
ていた, つ ま り唄 い手 と聴 き手 とが分化 した状況 で唄 っ
げている(
6
)
。 しか し, それ らのすべての装 飾 法 が コブ シ
ていたか らである。 この ことと同様 に, プロで はない一
の範 噂 に含 まれ るとい う訳 で はな く,単 な るヴィブラ-
般 の唄 い手 が コブシを意識 して廻す よ うにな った の も,
トやポル タメ ン トと区別 され るためには, あ る程度 のま
座敷 の酒盛 などで多数 の歌 い手 によ り斉唱 されていたの
とまりを もった 「
節 (
ふ し)」 の要素が必要 となるだろう。
が独唱 され るよ うにな り,個人 の表現力が要求 され るよ
また, コブシを定義す るためには,担 い手 自身が コブ
うにな って いったためであ ると考 え られ る。 この間の具
シと して意識 している装飾法 を特定すればよいが, しか
体的で詳細 な経緯 は今後,調査す る必要があるが,民謡
し, プロ, アマチュアの演奏家 を問わず,民謡 の担 い手
の享受 のされ方 の変化 が, コブシが唄 のなかで重要 な位
は 「コブシ」 とい う語 を用 いないのが普通 である し, ま
置を占めるよ うにな った大 きな原因のひとつであ り,一
た,同一 の装飾法 について も 「スクイ」
,「マワシ」
,「シャ
般 の唄 い手 は, プロの唄 い手や, の ど自慢 の優勝者 の唄
ク リ」 な ど,異 な る名称 を用 いて いる。
秋 田市在住で プロの民謡歌手 である千葉美子氏 も 「コ
い方 をモデルに した と考 え られ る。
以上 の ことか らも, 日本民謡 をひ とっ に括 って論 じる
ブシ」 とい う語 を直接,用 いないが, 1. 細 か く音 が動
ことは困難 であ り,昔, その土地 の人 によ って唄われて
く箇所,2
.単音で用 い られ るので はな く,ある程度,節
いた労作唄 のよ うな民謡 と,現在 レコー ド化 され た り,
(
ふ し)が持続す る箇所,3
.ふ たっ以上 の異 なる高 さの
の ど自慢 で唄われ るよ うな民謡 とは大 き く異 な ることが
音で構成 されている箇所, を コブシと しているよ うであ
わか る し, また民謡が変化 してい った事情 も曲 によって
り,大 き くは T
YY
t と記号化 され る音型 。
7
)と,J
a と記
異 な ってい る。従 って, コブシにつ いて論 じる場合 に も
号化 され る音型 (
8
)
の 2つ に分 けている。 また,⊥
歴史 的な視点 を もち,個 々の曲が変化 してい った具体的
記譜 され るよ うな,長 く保持 した音 の途中で短 く他 の音
な事例 を集 めることが必要 であろ う。
に触 れ る装飾音や, ポル タメ ン トなどはコブシとはみな
しか し,佐藤貞子等 による民謡が一般 の民謡愛好家 に
と
してはいない。
受入れ られ た とい うことか らも, コブシが 日本人 の音楽
語例 1は 『
生保 内節』 を プロの民謡演奏家である藤丸
的な癖好 に合 うことは事実であ る。 また,昔 は一般 の人
貞蔵氏が記譜 した ものであ るが 〔
9
〕
, この楽譜 で は装 飾 音
.
はコブシを意識 していなか った とはいって も,無意識 の
と して YYm
内 にコブシがつ け られていた ことも,容易に想像出来 る。
用 い られてお り,Tm を 「
小節 (こぶ し)」, 和 之を
筆者 は以前,秋 田県 田沢湖町で7
8
歳 の土地 の人 に, 出来
」
,丑
「
下が る小節 (こぶ し)
るだけ昔 と同 じよ うに 「田沢湖 おば こ」 を唄 うよ うに頼
んだ ことが あ るが, フ レーズの終 りな どにコブシがつ け
あ るいは 「シャクル」 と しているが, Y
Y
Yt と
才と
を同種類 の もの とみな してい る。 また語例 1に見 られ る
と,句
と, L とい う 3種類 の記号 が
を 「す くり」,「す くい」,
和
られていた。 この演奏者 が昔 の唄 い方 をそ っ くりそのま
W 化 色 は Ty
Yt と L とが結合 した もので あ るので,
ま伝 えてい るとは限 らないが,古 い民謡 に もコブシの萌
結局,藤丸氏 は 2種類 の コブシを用 いて記譜 している こ
芽が見出せ るといえ る。
とになる。 (
なお,語例 2は語 例 1を参 考 に筆者 が五 線
コブシについて論 じるためには.(
1
)
古 い録音資料 の分
譜 に写 し換 えた もので, コブシの構成者 は棒 をっけず に
柿, (
2)
異 な る世代 の唄の収集 と分析, (
3)
プロの歌手 と一
点 のみで示 されている。 また,音 の数 は意味を もたない
般 の人 の唄 い方 の比較,分析, (
4)レコー ド化 された,請
ので,厳密 には記譜 されていない。
)
わば人工 的 な民謡 と, それ以前 の民謡 との比較 , (
5)
節廻
また,『
秋 田追分』 の楽譜 (
1
0
)
には, これ らの装飾 法 の
しや コブシにつ いての,担 い手 (
唄い手) 自身の意識 と
評価, な ど,多角的な視点 か ら研究 す る必要 はあ るが,
他 に か と, スクイよりも大 き く表記す る R とい う記
号 が用 い られてお り, それぞれ 「はんす くり」 と 「ごろ
この小論で は民謡 の コブシの現われ方や音楽的役割 を指
す くり」 とい う説明が記譜者 によ りなされて いる。 しか
摘す るに止 め,今後 の研究 の指針 を得 ることを 目的 とす
し, これ らの装飾法が藤丸氏 によって記譜 されているの
る。
は35曲中,『
秋 田迫分』1曲 のみで あ る。 また, 千 葉 美
素人 が江差追分 な どによ く使 われ て い
子氏 によると,「
るこれ らの コブシを唄 い分 けるの は難 しい し,一般 に使
われ るコブシとの違 いを聴 き分 けるの も難 しい。 プロの
-1
8
Akita University
桂 秋田民謡についての覚書
語例 1
.民謡演奏家が記譜 した 『
生保内節』
轍
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語例 2
.五線譜による F
生保内節』
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)オ オ オ
唄 い手 でない限 り, これ らの唄 い方 が出来 な くて も差 し
飾音 を暫定的 に 「コブシ」 と定義 し, また,秋 田追分 に
支 えな く,基本的な コブシを用 いればよい」 とい う。
用 い られ るよ うな高度 な コブシは除外 して論 じてい くこ
とにす る。
民謡 に用 い られ る装飾法 を分類 し, コブシを定義す る
には,担 い手 自身が装飾法 を どのよ うに分類 し, どのよ
なお, これ らの コブ シの記譜 の され方 は, 出す べ き
うな用語 をそれ らに当てているかを,今後,詳細 に調 べ
(出された)音 を正確 に記 してい くとい う性 質 の もので
る必要があ るが,藤丸氏 による楽譜 の記号 と千葉氏 の言
はな く,唄の様式感 をあ る程度,身 につ けている民謡 の
葉か らも, コブシの基本的な役割 を調べ るには,7
m
学習者が感覚的,並 びに身体的 に把握 出来 るよ うに記譜
,
並 びに 且 と記号化 され る音型 の現れ方 を調べればよい
ことになる。従 って この小論 で は, コブシの意味を広 げ,
された ものであるといえ る。 た とえば 「す くり」 は A
と示 され,五線譜で は譜例 2のイ (
1
7
小節 目) のよ うに
担 い手 によ り本質的であると考 え られているこれ らの装
記 され るが,音楽が音 の時間的な流 れに従 う以上,舌が
1
9
Akita University
秋田大学教育学部研究紀要 教育科学部門 第 5
3集
時間の経過 と逆 に進行す ることはあ りえ な い。 しか し,
型破 りな コブシの入れ方 によ り音楽的な効果 を もたせ る
筆者 の経験か らも 「す くり」 は語例 2のイのよ うにで は
ためには,型 どお りの コブシの入 れ方が,担 い手 に感覚
な く,且 と記譜す る方 が感覚 的に納 得 で きる し, .
a
的 に定着 している必要があ り,拍節的な民謡 で は,基本
とい う身体 (
頭部) の運動 を伴 って唄われるものである。
的 には上記 の原則 に従 って コブシが現れているといえる。
また, コブシを構成す る音 の数 も西洋音楽 の五線譜 の よ
3.
2.旋律進行 にお ける 「コブ シ」の現れ方
うに規定 的に働 くので はな く,唄 い手 による相違 や, 同
旋律 のなかでの コブシの現れ方 について は,藤丸貞蔵
じ唄 い手 であ って も演奏毎 の相違 が生 じ,音高 も含 めて
氏が記譜 した曲 〔
1
2
)
と,武 田忠一郎氏が 『東北民 謡 集 』〔13)
流動的で可変的な ものであ るといえ る。
に採譜 した曲につ いて調 べた。武 田忠一郡民 による曲集
は五練譜 で採譜 されてお り,装飾音で記譜 された部分が
コブシであ ることが多 いが, それ以外 の音符 の箇所で も
3
.「コブ シ」の現れ方
コブシが現れているので, コブシの部分が明確 には区別
3.
1
.フ レーズのなかで 「コブ シ」が現れる位置
で きない。 そ こで,筆者が コブシの入 り方 を既 に知 って
,
コブシは 「1音 は母音で終 る」 とい う日本語 の特 徴
いる曲で,五線譜 か らコブシの部分 を容易 に特定 で きる
に基づ くものであ り, また,母音 を旋律的 に引延 ば した
曲を対象 に し, また,不明な点 は民謡歌手 の千葉美子氏
もの といえ る。 日本語 は産み字 も含めて 2音が単位 となっ
に確認す ることによ り, コブシの部分 を特定 した。
コブシの前後 の旋律進行 との関係か ら, コブシの現 わ
て, ひ とつのまとま りを形成す るとい う特徴 を もつ が,
拍節 的な 日本民謡 で は,産み字 も含めた 2音が単位 となっ
れ方 を考察 した結果, およそ以下 のよ うな現 われ方 を し
て, ひとつのまとま り (2拍子) を形成す る(
l
l
)
。民 謡 教
ているといえ る。 ただ し,以下 の現 れ方 はそれぞれ,独
重ね た
室 などで は, このま とま りを 「
両手 を重ね る」 「
立 して個別的 に現れるのではな く,複数の条件を併せ持 っ
手 を開 く」 とい う動作で示す ことが よ くあ り, それぞれ
てい るのが普通 である。
,
,
①長 い音 を保持す る時 に, コブシを入 れ る
裏」 と意識 している。 コブシが現れ るの
の相 を 「
表」 「
語例 3の 『
秋 田船方節』 の始 ま りご
1
4
)
で は,階名で 「ミ
は,原則 と して 2指 のまとま りの 2相 目で あ り, また,
フレーズの終 わ る直前 には必ず とい ってよいほど出現 す
ソ」(
1
5
)と始 まる 「ソ」 の音が長 く延 ば され, 途 中,2回
る。 これ とは逆 に, フ レーズの歌 い始 めで 「コブシ」 が
の コブシが入 っている。 フ レーズの始 ま りは,発声 して
現 れ ることは稀 である。 それ は,唄 い出 しで は言葉 を発
音高 を保持す る必要があるためにコブシは現われないが,
声 し,苦高 を確立 す ること, つ ま り安定感 を もた らす こ
ある程度,声 を保持 してか らコブシが現われ,初 めは同
とに意識が向け られ,音高 と リズムが不安定 とな る 「コ
一 の音 (ソ) に戻 り,2回 目の コブシで はフ レ- ズの到
ブシ」 を避 け る傾 向が あ るか らで あ る。 譜 例 1と 2の
達音 である 「ミ」で終止 している。つ ま り,長 く保持 し
『
生保内節』 は,民謡教室で初心者 が最 初 に習 うことが
た音 の間 にコブシが入 る場合 と,長 く保持 した音か らコ
多 い曲であるが, それ はこの曲での コブシの現 れ方が上
ブシに入 った後 に,別 の音 に到達す る場合 とがあ る。
また,語例 4の 『
秋 田荷方節』(
1
6
)の始 ま りの アの箇所
記 の基本原則 に従 ってお り,初心者 には唄 い易 いか らで
(2小節 目)で は,
「ラ」 の苗が伸 ばされた後 に コブシが
あろ う。
拍節的な民謡であ って も,上記 の基本原則 か ら外 れて
現 われ,再 び 「ラ」 の音 に安定 している。 また, イの箇
「コブシ」 が現 れ る場合 も多 くみ られ る。 フ レー ズの始
所 (8小節 目)で も 「ラ」 の音 の後 に コブシが入 り, 再
義 ) と 1拍 目 (
義)
ま りにコブシが入 った り,2拍 目 (
び 「ラ」 の音で短 く安定 してい る。
の間 に,つ ま り小節線 を跨 いで 「コブシ」が現れ,指節
初心者が唄 う時 にはコブシを入れず に,音 をただ長 く
拍 目に現 れた りす る こと もあ る。 し
感 を失 わせた り,1
引延 ば した歌 い方 になるが, その場合 は間延 び した感 じ
か し, これ らの ことは,故意, または無意織 の うちに基
がす る。音 (
おん) を発声 して長 く保持す ることによ り
本原則か ら逸脱す ることによ り,唄 に緊張感 を与え ると
安定感 が与 え られ るが,上記 の例 で はそれ と同時 に,良
い う効果 を産 み出すためであ り, そのためには担 い手 に
い音 の途 中や終 りにコブシを入れて旋律 に変化 を与 えて
基本原則が定着 していなければな らない。言い換えれば,
いる。
語例 3
.『
秋田船方節』の始まりの部分
了
J
\
77
2
0
ア
ア
Akita University
桂
秋 田民謡 につ いての覚書
③ コブシによ り次 の音 を先取 りす る
②基本的な旋律進行 の一部分が コブシに変化す る
秋 田荷方節』 の 「まアーち」 の歌詞 の部 分
語例 4の 『
語例 6の A の 『ひで こ節』ぐ
1
9
)
を装飾音や コブ シをつ け
の階名 は,「レー レ- ドー レー ドー ラ」 で あ るが , 1
6分
ないで記譜す ると,譜例 6の Bのよ うにな る。語例 6の
音符 で記譜 されている部分 は実際 には細 かな コブシであ
A の イの箇所 (4小節 目) で は,「ド」 に達 す る前 に
る。 (
「ド」 と 「レ」 の間の音 の進行 の回数 は本質的な問
「ラー ド」 の問 の コブシによ り 「ド」 に触 れ て い る。 ま
題 で はない。) しか し,① と同様 に, 初 心者 の場 合 に は
た, エ (5小節 目) の部分 で も 「ミー ソ」 の コブシによ
この部分 を 「レー レー ドー ラ」 と唄 い, コブシを入れな
り,安定音で あ る ミの音 を先取 りしている。
語例 7の 『秋 田船方節』(
2
0
)
で は, アの箇所 (3小節 目)
くて も差 し支 えな く,基本旋律 の一部分 (レ- ド) を繰
は,8分音符で記譜 されているが,実際 には コブ シの一
り返す形で コブシが入れ られてい る。
語例 5の A の 『
秋 田長持唄』(
1
7
)も同様 で, 初心 者 は 6
部分 であ り,次 の 「ラ」 の音で安定す る前 に 「ラー ソ」
連語 の箇所 (2小節 目と 4小節 目のアとイ) を語 例 5の
の間の コブシで 「ラ」 の音 に軽 く触 れ て い る し, また,
B(
1
8
)
のよ うに, それぞれ 「ソー ミ」 と 「レ- ド」 の 2音
工の箇所 (9小節 目) の 8分音符 も,実際 には 「レー ド」
のみを唄 うのが普通であ る。 また,4小節 目の 「レ」 と
の間の コブシの一部分で あ り, コブシの直後 に 「レ」 の
「ド」 の音 によるコブ シは, それ に続 く 「ラー ソー ラ」
音で短 く安定 している。 (
ただ し, 初心 者 が唄 う場 合 に
の進行 と結合 した もの として唄 い手 に意識 されている。
は, ア と工の 8分音符 は安定 した音 と して唄 う。)
語例 4
.『秋 田荷方節』の始 ま りの部分
T寸
■.
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一 一
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丁こ
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7
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1 オーー
語例 5
.『秋 田長持唄』の始 ま りの部分
毎 ≡n '
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一日ま き
語例 6
.『ひで こ節 』
け
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から
1
7 - -
ユ
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1-
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- -
Akita University
秋 田大学教育学部研究紀要
教育科学部 門
第5
3集
語例 7
.『
秋田船方節』
ア
ち
ね
つ ウ ウ か
1
オ
オ 日か
U
も
オ て
に
うり ウ
ウ
語例 8.『
秋田おばこ』の始まりの部分
は■一
一 二一
、
-\
一二 = サ
ー
ー
語
例9
.『飴 章節 』
・‥ ::
-・
ま
一
一
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7::
L: ∴
I
-: ・
I1
I
I
- チ
:
わ ー る 一 ーー
ー
、=
秋 田船方節』 の始 ま りの部分 で も, コブ シ
語例 3の 『
ある。従 って,基本的な旋律 の一部分が コブシ化 した②
を構成す る 「ミ」 の音 が, その フ レーズの終止音 とな っ
の場合 を除 いて,初心者 が唄を習 い始 め る時 には, これ
ている。 このよ うに, これ らの例 で は,基本旋律 を構成
らの コブシを省略 して唄 って も差 し支 えない し, コブシ
す る安定 した音 と して現 れ る前 に, コブシによ りその昔
を入 れないで基本的な旋律 のみを唄 うことは,初心者 に
を先取 りしている。
と って も, さ して むつ か しい ことで はな い。 しか し,
④前 の旋律 の動 きを コブシによ り繰 り返す
『
秋 田船方節』で は,初心者 が唄 うの に困難 を感 じる部
上記 の③ とは逆 の現れ方 であ り,基本旋律 の一部分 を
分があ る。
コブシによ り再度,繰 り返 して複雑化す る。譜例 6の A
語例 7は藤丸氏が 『秋 田船方節』 を記譜 した ものを五
の 『ひで こ節』 のアの箇所 (2小節 目) の コブシは, そ
線譜化 した ものであ るが,点 と装飾音で示 されたイ とり
の直前 の旋律 を コブシ化 した ものであ る。
の箇所 (5,8小節 目) の紬 かな音 は藤丸氏 に よ る楽譜
また,譜例8の 『秋 田おば こ』(
2
1
)
の始 ま りの部 分 で も,
には書 かれてお らず,筆者 が書入れた ものであ る。藤丸
7
mA の記号 がつ け られ
アとイの箇所で直前 の旋律 の動 きを コブシによ って繰 り
氏 の楽譜 で は, この箇所 には
返 している。
ているが, この部分 を省 略 して唄 うと
⑤音階的な旋律進行 を コブシによっ複雑化す る
の旋律 とは聴 こえて こない。『秋 田船 方 節』 の旋律 と し
語例 9の 『
飴責節』(
2
2
)
のア, ィ, クの箇所 (4,6,8
小節 目) は,A の記号で記譜 され るコブ シで あ り, そ
れぞれ 「ド- レー ド」,「ソ- ラー ソ」,「ドー レ- ド」 の
,『秋 田船 方 節』
て聴 こえて くるためには, コブシの一部 を旋律 と して唄
うことが必要 で,少 な くとも装飾音で記譜 された音 も唄
わなければな らない。
この例で はコブシが装飾的な働 きを越 えてそれ 自体で
音進行 をひ とまとめに捉 え,顎 をす くい上 げるよ うな感
じで唄 う。初心者 が唄 う場合 には装飾音 を抜 いた旋律 に
独立 し,旋律 とコブシの区別がな くなって しまってお り,
な るが, この コブシ (スクイ) を入れ ることによ り,脂
そのために初心者 には唄 い辛 くな ってい る(
盟
)
。 コブ シが
次進行 している旋律 を複雑化 している。
複雑化 した段階で はコブシの旋律化が起 り 『江差追分』
⑥旋律 とコブシの融合
な どはその極点 に達 した例 であるといえ る。
,
これまで指摘 して きた コブシの現れ方 は,基本的な旋
律 に,謂わば装飾音 のよ うに コブシが付 け られた もので
-2
2-
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桂 .秋 田民謡 についての覚書
旋律的要因が重 な って緊張感 が産 みだ され る。
4
. コブ シの役割
音高 の安定度 に関 して は,基本旋律 の音高 は一定 して
いるが, コブシの部分 の音高 は不安定で,唄 い手 の側 に
4.
1
.リズム的役割
も一定 の音高 を出す とい う意織 はないo この ことは曲の
コブシは短時間 に細か く音が進行する現象であり,従 っ
T
Yや
て, その間の音密度 は高 くな るので,音楽的 に不安定 と
記譜 の仕方 に も現れてお り, Yt
且 とい -た記号
は唄 い方 を明確 に限定 して示す もので はな く,演奏者 が
な り,心理的 に も緊張感 を与 え る。 また,長 いコブシの
感覚的 に把握す るものであ り,個人 によ って異 な る し,
部分で はコブシの終 りに近づ くにつれて加速 され,不安
また不確定 な音高で もある。 そ して,不確定 な音 が短時
定感 や緊張感 は一層,高 め られ る。一方, コブシの入 ら
間 に音高 の変化 をす ることによ り,不安定感 はさ らに高
ない部分 は音密度が低 く,音楽的 に も心理 的 に も安定 し
ま り,緊張感が産 まれ る。
ている。特 にコブシによ り緊張感 を与 え られた直後 の音
は,緊張感が解決 し,安定感 が強 まる。
また, コブシにより,次 に到達する旋律構成者に前 もっ
て触れ ることによ り,次 に出現す るであろ う音 に対す る
譜例 3の 『
秋 田船方節』 の始 ま りで は,音 (
おん) の
期待感 が高 ま り, その ことによ って も緊張感が高 め られ
発声 と,発声 した音 を保持す ることに意識 が向け られ る
る し, コブシに次 の安定音 が含 まれ て いな い場 合 に も,
ために, コブシは現 れない。 しか し,「ソ」 の音 を長 く
次 の音 を待つ心理が産 まれ る。前記 のよ うに,譜例 7の
保持 した後 に コブシが現 れ,再 び 「ソ」 の音 で安定 した
『
秋 田船方節』 のアの箇所 (3小節 目) で は, コ ブシに
後 に 2度 目の コブシが現 れ,今度 は 「ミ」 の音 で フ レー
入 る直前 の音 は 「ミ」 であ り,終止す るの は 「ラ」であ
ズが終止 している。同 じ音 を長 く保持す るだ けで は面 白
るが,「ミ」 か ら跳躍 して直ちに 「ラ」 で安定 す るので
味 はないが, しか し, コブシを入れることにより, フレー
はな く,実際 には 「ラー ソー ラー ソ」 とい うコブ シで
ズの途中 に緊張感 を与 え,唄 にメ リ- リが生 まれ る。 そ
「ラ」 に触 れて,到達音 を予告 してか ら後 に 「ラ」 で安
して,2度 目の コブシによ り,緊張感が さ らに高 ま った
定 して いる。つ ま り,完全 4度上 の 「ラ」 の音 に直接,
後,「ミ」 の音で終止 し,緊張感 は解決 され る。
到達す るのはな く,「ソ」 と 「ラ」 の問 で の コ ブシに よ
しか しコブシを入れ る技術 を持 たない初心者 の場合 に
り音階上 のテ リトリーを確保 し,安定音 である 「ラ」 の
は変化 に乏 しく, 同 じ音 を長 く保持す るだ けなので単調
出現 を予期 させてか ら 「ラ」 に到達す ることにな り, そ
に聴 こえ,面 白味 は感 じられない し,拍節感 を失 うため
の間,心理的 には緊張感 を産む ことにな る。
語例 6の A の 『ひで こ節』 の 工の箇 所 (5小 節 目)
に伴奏 と合 わな くなることが よ くあ る。 これ に対 して熟
練者 は, コブシによ り拍節感 が保持 され る, つ ま り,不
で も到達音であ る 「ミ」 の音 を含んだ コブシによ り ミの
安定部分 と安定部分が交互 に現 れ ることによ り拍節 を感
出現 を予期 させてい る。 さ らに, クの箇所 (5小節 目)
じて いるので,相 を失 うことはない。また, コブシによっ
のよ うに基本旋律 にはない上 の音 (ミ) に触 れ る場合 に
て唄 にメ リ- リを与 え,旋律 の進行 の点で は単調 な部分
は音域 が広 が り, 曲 に変化 を加 え る。 これ らの ことが重
も, 曲のなかでの聴 かせ処 のひ とつ にまで高 めている。
な って ごく短 い時間の内に旋律進行 に緊張感 や不安定感
このよ うに, コブシは リズム的 には不安定 な要因であ
を産 み出すのであ る。
り, また,心理的 には緊張感 を与 え る部 分 で もあ るが,
これ に対 して, コブシに続 く音 は安定要因 として働 き,
コブシの直後 に現 れ る音でそれ らは解決す る。 また, コ
コブシの到達音 は旋律進行 の上で も, その曲の安定音 で
ブシが長 く続 いた り,拍節 に合 わないで現 れた りす るこ
ある場合が殆 どであ る。
とによ り, リズム的な不安定感や緊張 感 が高 ま る ほど,
日本 の音階 は完全 4度 をなす 2つの音が核 とな り, そ
コブシの直後 に現 れ る音で,安定感 や解決感が強 くなる。
の 2つの音 の問の どの高 さに,核 とはな らない第 3の音
現在 の 『
秋 田船方節』 で は, 曲の始 まりの 「
-7-ア」
が位置す るか によって音階の性 質 が決 定 され(
2
5
)
, また,
の部分 が1
1
.5
拍分 あ るが, 昔 の 『秋 田船方 』(
2
4
)で は6
.5
核 とな る音, あ るいは中心 とな る音 は固定 しているので
拍分 しかない。 それ は,現在 のよ うに コブシの技術 を巧
はな く,旋律 の進行 に伴 って移動す るとい う性質 を もつ
に使 っていないために,単純 な旋律進行 に リズム的な緊
が(
2
6
)
,殆 どの場合, コブシに続 く音 は, その曲の音階 の
張感 を与 え ることが出来 なか ったか らであ ると考 え られ
核 とな る音であ り, これによ り旋律進行 の上で安定感 を
る。
与 えているのであ る。
4.
2.旋律的役割
このよ うに, コブシは リズム的 に も,旋律的 に も唄 に
上記 のよ うに, リズム面か らはコブシが不安定要因で
緊張感 を与 え ることによ り,表現 の幅を広 げて きた。現
あ り, コブシの次 の音で緊張 が解決 し安定す るが, この
荏, レコー ド化 されているよ うな曲が,元 の旋律 か ら大
ことと同様 の ことが旋律 に関 して もいえ,以下 のよ うな
き く変化 して しまったのは, コブシの技法 が発達 し,吹
-2
3-
Akita University
秋田大学教育学部研究紀要 教育科学部門 第 5
3集
ての録音であると思われる。
第 に多 用 され るよ うに な った こ とが大 きな原 因 で あ る と
考 え られ る。
(6) 柿木吾郎 (
1
9
8
8
)「日本民謡の音楽性」
『日本 の昔 3 声
5
. 今 後 の課 題
(7) 語例 2のアの箇所のように,2音問の細かな苗の動 き。
の音楽』音楽之友社
(8) 語例 2のイの箇所のように,上の音 に軽 く触れてか ら下
行す る細かな音の動 き。
この小 論 で は, 『江差 追 分 』 な ど に用 い られ る よ うな
高 度 な コ ブ シにつ いて は論 じて いな い し, コ ブ シの定 義
(9) 藤丸貞蔵 (
1
9
8
6
)『秋田民謡 唄 ・三味線 ・尺八 ・太鼓
自体 も暫 定 的 な もの に止 ま って い る。 今 後 , コ ブ シに は
おさらい教室』(
第 1-4集) フジオ企画 の第 2集 よ り,
含 まれ な い装 飾 音 の技 法 か ら, 高 度 な コブシの技法 まで,
『
生保内節』の唄の部分のみを抜粋。
日本 民 謡 の装 飾 技 法 を整 理 , 分 類 す ることが必要 であ る。
(
1
0) 注 9の藤丸 (
1
9
8
6
) の第 1集。
そ の た め に は, プ ロの演 奏 家 か らアマ チ ュ アの愛 好 家 ま
(
ll
) 注 3と同 じ。
で, 個 々 の旋 律 の装 飾 技 法 につ いて, 詳 し く調 査 す る こ
(
1
2
) 注 9の藤丸 (
1
9
8
6
) の曲集 に記譜 されている曲。
とが必 要 で あ ろ う。
(
1
3) 武田忠一郎 (日本放送協会編) (
1
9
57
)『東北民謡集 ・秋
田県』 日本放送出版協会
ま た, コ ブ シの直後 に出現 す る音 につ いて は, 殆 どの
場 合 , そ の曲 の音 階上 の安 定 音 で あ る とい う以 上 の結 果
(
1
4) 注 9の藤丸 (
1
9
8
6
) の第 3集の楽譜か ら,筆者が五線譜
は得 られ なか ったが, コ ブ シの前 後 の音 の関係 か ら, そ
化 した 。
の現 わ れ方 を分 類 し, 一 般 化 され た原 則 を導 き出す こ と
(
1
5) 以下,音の高 さは階名で示す。
も可 能 で あ る と考 え られ る。
(
1
6
) 武 田忠一郎 (日本放送協会編) (
1
9
5
7
)p.5
5
さ らに, 唄 の旋 律 の変 化 との関係 で , 民 謡 の 装 飾 法 ,
並 び に コブ シの変 遷 を調 べ る こ と も今 後 の課 題 で あ る。
(
1
7
) 武田忠一郎 (日本放送協会編) (
1
9
57
)p.5
1
(
1
8
) 『
秋 田長持唄』 は規則的な泊を もたない曲であ り,語例
5の A と同様 に正確な音価 は意味を もたない。
注
(
1
9
) 武田忠一郎 (日本放送協会編) (
1
95
7
)p.9
5
(
2
0
) 注1
4と同 じ。
(1) 学習者の音楽経験や素質 により異なるが,普通 は半年 か
ら 1年程で簡単 な小節 (こぶ し)が廻せ るようになる。
(
21) 武田忠一郎 (日本放送協会編) (
1
9
5
7
)p.2
0
9
1
9
5
7
)p.2
2
3
(
2
2
) 武田忠一郎 (日本放送協会編) (
(2) 「小節 (こぶ し)
」 は,以下,「コブシ」 と表記する。
(
2
3
) そのほかに,小節線 に跨が ってコブシが入 っているため
(3) 桂 博章 ・鈴木敏朗 (
1
9
92
)「
民謡 の教育 的音楽 的価値
について」秋田大学教育学部教育工学研究報告
1
4号
に,指節感を失わせ ることも,唄い辛 くしている原因であ
る。
p.
3
3
-41
(
2
4
) 武田忠一郎 (日本放送協会編) (
1
9
5
7
)p.3
8
4
(4) コブシについての以上の情報 は,秋 田県田沢湖町在住 の
(
2
5
) 小泉文夫 (
1
9
6
8
)『日本伝統音楽の研究』音楽之友社
田口稔雄氏 と千葉恒氏 とのイ ンタビューか ら得た。
(5) 田口稔雄氏所有の録音 テープ。元 の レコー ドの発売元,
発売の年 は不明であるが,大正の末か ら昭和の初めにかけ
-2
4-
中心 に して-」秋田大学教育学部研究紀要 (
人文 ・社会科
学)第5
1
集
p.9
3-9
9