2015年 広島大会 - 近畿マンション管理士協会

分譲型シニアマンションの問題点と対応策(No2)
(マネジメント的考察)
正会員 増永久仁郎
(マンション管理士 NPO法人 近畿マンション管理士協会)
同
北井秀夫(マンション管理士 管理組合のマネジメントを研究する会)
1 はじめに
2012 年4月に設立された「管理組合のマネジメントを研究する会(通称マネ研)
」は、主に京阪神で活躍
するマンション管理士や弁護士等の専門家に加え、管理組合の理事・役員経験者等が毎月集い、管理組合運
営をヒト・モノ・カネの観点から分析、問題点を抽出し実践的な対応策の討議をしてきた。
その成果物として 2013 年の神戸大会では「高齢化マンションのマネジメント」
、2014 年仙台大会では「分
譲シニアマンションの問題点と対応策」を発表した。
今回広島大会では、昨年に引き続き「分譲シニアマンションの問題点と対応策」を取り上げ、その(No
2)
」を発表することにした。
なお、本誌 48 号(177 頁~184 頁)に①分譲マンションの基本的な管理業務、②シニアマンション特有の
管理業務、③シニアマンションとファミリーマンションの管理業務の比較、④シニアマンションとファミリ
ーマンションの管理業務の比較、⑤シニアマンションの経費分析、⑥シニアマンションの問題点と対応策と
して発表しているので、それを参考に本稿に目を通して頂くと幸いである。
本稿の内容は、ある分譲シニアマンション(以下「本件シニアマンション」という。
)について、実際に購
入した区分所有者や住んでいる居住者にアンケート調査を実施し、その実態の分析からスタートし、その高
コストの要因や将来の資産価値の動向を検証したものである。その上で、ファミリーマンションよりスキル
が要求されるシニアマンションのマンション管理を通して、管理組合のリテラシーや非営利組織である管理
組合のマネジメント導入の必要性を提案している。
2 本件シニアマンションの居住者像
竣工時期
:平成18年1月竣工
戸数・建物の概要
:89戸15階・地下1階建
調査時期
:平成26年3月
空室率
:12.4%(11戸/89戸)
居住者数
:92人(回答者の全員が区分所有者であった)
アンケート回収率
:62%(57人/92人)
(1)居住者の年齢構成比
65歳未満
:3.7%(2人)
65~70歳未満
:9.4%(5人)
70~80歳未満
:34.0%(18人)
80~90歳未満
:49.1%(26人)
90歳以上
:3.7%(2人)
本件シニアマンションの区分所有者の86.8%が70歳以上、80歳以上になると全居住者に占める割合
1
は52.8%となる。
筆者が居住者の訊き取り調査を行ったところ、区分所有者は企業経営者や金融機関・上場企業のリタイア
組等の比較的リッチな高齢者が多く、多くは住宅ローンを利用することなく現金で購入していた。
(2)居住者の男女構成比
男性
:33%
女性
:67%
(3)世帯構成比
単身者
:54%
夫婦
:46%
今回のアンケートでは単身者の男女比まで調査ができなかったが、下記の「高齢社会白書」(平成 25 年版)
を参考にすれば、当該マンションの男女比も男性1に対し女性2の割合と思われる。
一人暮らし高齢者の動向
1980年
1990年
2000年
2010年
2020年
2030年
4・3
5.2
8.0
11.1
13・9
15.4
11.2
14.7
17.9
20.3
21.9
23.1
単身世帯に
占める男%
単身世帯に
占める女%
(4)全居住者に占める要介護、要支援者は 30%(17 人)であった。
要介護及び要支援の認定の目安は下記の通りである。
①要支援1:日常生活の一部について介助を必要とする状態(入浴や掃除など、日常生活の一部に見守り
や手助けが必要)
②要支援2:生活の一部について部分的に介護を必要とする状態。
(食事や排泄など、時々介助が必要)
③要介護1:介護予防サービスにより、要支援2の維持や改善が見込まれない状態。(悪化が予想される)
④要介護2:軽度の介護を必要とする状態。
(食事や排泄に何らかの介助が必要。立ち上がりや歩行などに
何らかの支えが必要)
⑤要介護3:中程度の介護を必要とする状態。
(食事や排泄に一部介助が必要。入浴などに全面的に介助が
必要。片足での立位保持ができない)
⑥要介護4:重度の介護を必要とする状態。
(食事に一部介助が必要。排泄、入浴などに全面的な介助が必
要。両足での立位保持が殆どできない)
⑦要介護5:最重度の介護を必要とする状態。
(日常生活を遂行する能力は著しく低下し、日常生活全般に
介護が必要。意思の伝達が殆どできない)
当該マンションの要支援者は11人(要支援1は9人、要支援2は2人)であり、回答者に占める割合は
19.3%であった。
一方、要介護を必要としている者は6人(要介護1が3人、要介護2が2人であるが、最重度の介護を必
要とする要介護5は1人)であり、回答者に占める割合は 10.5%であった。
このように全居住者の1/3が要支援、要介護状態であり、加えて要介護5の居住者(区分所有者)がいる
中で、医療関係者や介護福祉関係者の常駐もなく、その施設もない状態をどのように解決するかが今後は問
われる。
(調査時点では介護施設がなかったが、26 年8月近隣の介護業者が空きテナントに入り介護業務を
2
始めた。しかし夜間は不在となる)
なお、訪問介護を受けている人数は 12 名、そのうち週1回の介護が4名、週2回が3名、週3回が3名、
週4回が1名、週5回が1名であった。
3 分譲シニアマンションの高コスト体質の要因
公益社団法人全国有料老人ホーム協会の下記資料によれば、高齢者は有料老人ホームやサービス付高齢者
向け住宅(サ高住宅)等の共同生活か、自宅を改造し外部介護サービスを受けるかの選択をすることになる。
したがって、共同生活を選択する層の中でも分譲シニアマンションの区分所有者は、賃貸型共同住宅の生活
ルールの制約や入居条件等を嫌い、比較的自由な所有権型を選んだ人たちである。ちなみに分譲シニアマン
ションの販売パンフレットを紐解けば「相続や譲渡、賃貸としての活用」や「入居条件がない」
、
「自分達の
意見が反映される管理・運営」を謳い文句にしている。
賃貸型と分譲型の大きな違いは、その管理運営権である。
前者の運営権は事業主が持っているが、後者は管理組合が管理運営を行う。この両者の違いは次のような
結果となって現れる。
賃貸型共同住宅を経営する事業主は、
「老人ホーム等の管理・運営のプロ」として事業の採算性や経営資源
の効率化等マネジメントを活用している。
一方、管理組合はファミリーマンションの延長線上に分譲シニアマンションを位置づけ、管理会社に管理
業務を委託するも、管理会社は高齢者専用の共同住宅の必須施設である食堂や介護施設の管理運営業務の委
託は受けていない。むろん管理会社は介護施設についての経営ノウハウも持っていない。したがって、管理
会社は管理組合の最高議決機関の総会や執行機関である理事会の議決をただ実行するだけである。
3
たとえば、理事会で、省エネ・経費削減問題として大浴場が取り上げられたとしよう。
竣工時に利用時間を 16 時から 22 時と決めてしまうと、役員の一人が管理員人件費や光熱水費の削減目的
に利用者がほとんどいない 21 時以降の浴場のクローズを提案しても、
「たいして節約できない」とか「総会
で反対者が出る」等の理由から理事会で否決されてしまう。
(実際に 22 時で閉めたとしても、浴室内の異常確認や給湯器の電源オフ、浴槽の水抜き等を行う必要上、
管理員が業務を終了する時間は 23 時前後になる)
また管理員業務として、デベロッパーの販売施策から近隣の医療機関や行政の窓口、最寄り駅等へのシャ
トルバスの運行が竣工時から行われていることが多い。
(外部運行会社に委託するシニアマンションもある)
しかし一日の利用者が数人であっても、運行間隔を間引くとかタクシー会社で代替する改善の提案は否決
される。
何故このような無駄が温存され、費用対効果を挙げることが出来ないのか?
一言でいえば、管理組合は継続的なイノベーションを行える組織体ではないし、改善を決断できる理事・
役員制度を持っていない。
その顕著な例が食堂運営である。
先のアンケート調査による食堂関係の結果は下記の通りである。
(1)食事に満足しているか?
満足
:18%
不満足
:31%
利用していない :51%
(2)不満足者や食堂を利用していない人の理由
不味い
:45%
品揃えが少ない :19%
不便
:7%
高い
:3%
その他
:26%
(3)多少高くてもアンチエイジングや美味しい料理であれば利用するか?
はい
:86%
いいえ
:14%
驚いたことにこのようなアンケートは竣工以来7年間一度も実施されていなかったらしい。その上、利用
者が年々少なくなっていたにも関わらず、管理費全体の23.5%(約1千452万円)が食堂運営委託金
として業者に7年間支払われていた。
管理規約はその目的に「区分所有者の共同の利益を増進し、良好な住環境の確保」を掲げているにも関わ
らず、組合員の半数しか利用していない食堂に、それを運営する業者への損失補てんに管理費を充当するこ
とに誰も問題視しなかったか、それとも火中の栗を拾う区分所有者がいなかったか?
このような経費(管理費)の無駄使いは、分譲シニアマンションの構造上の問題点もさることながら改善
すべき点は多々ある。
4
たとえば水道料に関していえば、分譲シニアマンションの場合、専有部水道料の収入は2,802,09
1円であるにも関わらず専有部、共用部分の支払いは3,940,470円と約110万円の赤字である。
共用部分の電気・ガスに至っては併せて約990万円の出費(管理費全体経費の16%)となっている。
企業の経営診断は先ず固定費にメスを入れるが、分譲シニアマンション特有の食堂運営委託金や電気・ガ
ス・水道料は44.5%を占める固定費の削減は管理組合の誰も手を付けることができない。
ここに管理組合運営にマネジメント導入の必要性を感じるのである。
4 分譲シニアマンションの資産価値
先ず本件分譲シニアマンションの新築販売価格と売買が成立した中古の分譲シニアマンションの価格の資
産価値実態調査に目を通して頂こう。
5
本件分譲シニアマンションの新築販売価格
中古販売価格
6
2006 年(平成 18 年)1月に竣工した当該マンションは、2014 年 11 月現在 11 戸が転売された。
竣工から3年半後に初めて当該マンションの一室が中古市場に出回り、新築販売価格の 80%の中古価格で
売買された。
その後しばらくは静かであったが、
築6年後には一気に流通価格差が新築価格の 30 数%になり、
同年9月(築6年半後)に 30%を切った。その後少し値は戻したものの、2013 年9月に値下がり率 89.7%、
なんと築7年半後には新築価格の 10%で取引されたのである。
ここで一般的な新築マンションと中古マンションの価格の推移を考察してみたい。
東京カンテイの調査(出展 smtrc.jp)によれば、築年の違いにおける流通価格差は東京都、大阪府、愛知県
では少なくとも築 19 年くらいまでは流通価格差が激しいもののそれを過ぎるとほぼ横ばいになることが解
る。
7
大阪の不動産業界の関係者に話を訊くと、
「青田売りのマンションは、竣工時にはすでに販売価格の 80%に
価格が下落し、それ以降は築 20 年まで新築販売価格の半分程度まで下がり、20 年を超えるとほぼ横ばいと
なる」と言われているが、それをこの資料は裏付けている。
その他、ネットで調べただけで以下の情報を入手できる。
「築 19 年くらいまでは比較的グラフの傾きが大きく、築後 20 年を経ると価格の下落が緩やかなになる、と
いうことは明らかです」
(出展 不動産マーケット情報:中古マンション 築年別の価格と経年劣化)
「下落率は築 16 年以降一段落して緩やかになります」
(出展 築年数でみる!
「あなたに合うマンション1.
価格[マンション購入術]All About)
「マンションに致命的な欠陥があれば、たいてい築 10 年以内に露呈します。従って、最初の 10 年間で大き
な欠陥が発見されなければ、
その後の 10 年あるいは 20 年も大丈夫である可能性が高いといえます。
つまり、
10 年を過ぎた物件が買っていいかどうかを判断する基準になります」
(出展 マンション異常 最新ニュー
ス MSN トピックス)
「首都圏及び近畿圏における新築分譲マンションの中古売買単価の比率は、首都圏でほぼ 60%前後、近畿圏
でほぼ 55%前後の数字になります」
(出展 (株)不動産経済研究所)
このような中古マンション売買価格のデーターと比較すると、当該シニアマンションは築6年を超えての下
落率は異常な数値であることが解る。しかし、他のシニアマンションの例を持ち合わせていないので、この
現象が当該マンション特有なのか、それとも構造上の致命的な欠陥なのかは判断できない。
なお、不動産業界のファミリーマンション購入の基準は以下の通りとされている。
(1)資産価値の落ちないマンション
(2)誰もが住みたいと思うマンション
(3)選ばれる条件
8
①立地条件=利便性
②デザイン性・機能性=快適性
外観、間取り、住宅設備等
③維持・管理状況
劣化診断・耐震診断・アスベスト調査、大規模修繕履歴、長期修繕計画(修繕積立金シュミレーショ
ン含む)
、修繕積立金・管理費・駐車場使用料の分別管理、管理組合運営(理事会・総会の定期開催、議
事録の保管等)
(4)コミュニティ=安全性
①マンション内のコミュニティ
②地域コミュニティ
当該マンションを例にとれば、組合員の委任状を除く総会出席率は毎回優に 80%を超えている。毎月開催
される理事会の出席率もほぼ 100%であることを考えれば、管理組合は自立化していると受け取れる。
しかし、当該マンションは「資産価値の落ちないマンション」
、
「誰もが住みたいと思うマンション」であ
るか?と言う点に問題がある、と筆者は推論している。要するにシニアマンションに併設された食堂、介護
施設、大浴場等のマネジメントをできる状況になっていないのである。
ところで、本誌 48 号では分譲シニアマンションが今後ますます販売されるだろうと予測されているが、実
態は大きく違い、統計資料から次のことが解った。
2004 年から 2012 年まで分譲シニアマンションとして発売された近畿の物件は 21 である。年次毎の内訳は
下記の通りである。これを見る限り 2011 年をピークに販売は急減している。とりわけ 2013 年以降はゼロで
ある。不動産業界関係者によれば、シニアマンションは延床面積に比し専有部分が占める割合が低いため、
どうしても坪単価販売価格が高くなり売れ難い。また管理費や修繕積立金がファミリーマンションに比較し
て高額であり、専有面積が小さくて使い勝手が悪い等の悪条件と相俟って中古価格が下落しているとの事で
あった。
9
出典 有限会社エム・アール・シー
5 リテラシーの欠如
近畿圏のシニアマンションの管理組合と区分所有者は、このような状況を自覚していないので、必然的に
危機感を持ち合わせていないと言える。このまま手をこまねいていると、近いうちに分譲シニアマンション
はリゾートマンション化してしまう恐れが強い。
ところで、筆者は平成 14 年春からマンション管理士として現場に足を運び、数多くの管理組合の相談に応
じている。場合によれば管理組合の現状を分析し適正なマンション管理を指導しているが、改革に成功した
管理組合でも数年も立たないうちに自立化が崩壊してしまう場面を何度も経験している。
この原因はどこにあるのだろうか?
もしかすると私たちの指導方針が間違っているのではないか、という疑問が強く生じるのである。
我が国の管理組合のほとんどが民主的に運営されていることに異論を挟む者は誰もいない。しかし、総会
開催前から全ての議案が白紙委任状で決まってしまう管理組合民主主義が健全であるとは言えない。
管理組合の理事・役員は自薦・他薦・輪番性・抽選で選ばれるが、中でも輪番制が最も多いのではなかろ
うか?と体験的には感じる。ただ残念ながら、輪番制を一種の義務として捉える区分所有者も数多くいるこ
とは否めないことから、彼らが積極的に事前に区分所有法や管理規約・使用細則に目を通すことは期待でき
ない。
あえて言わせてもらうなら、彼らの願いは大過なく理事・役員の任期が終了するのみである。
その結果として、理事・役員はシャンシャンシャンの総会を願い、理事会は井戸端会議と化してしまう。
これでは長期的視野に立った、いわゆる痛みを伴うマンションのライフサイクルプランの樹立は到底できな
い。
それでもせめて理事長にリーダーシップがあるなら救いがあるが、定期総会後の第1回目の理事会では、
理事長や会計担当理事等の要職の押し付けあいとなるので、それも期待できない。
しかるに、マンション購買者の利便性や使い勝手の良さの飽くなき追及に対応するデベロッパーは次々と
新しい設備を導入するが、そのメンテナンスや更新工事は管理組合の負担となる。そのうえコンシェルジュ
業務等の「あったら良いな~的な」サービスを付けてくるので、理事長のマンション管理の知識取得の重要
性は増すばかりである。
本件シニアマンションの例を挙げれば、理事長は自薦・他薦であり、総会への直接出席率や理事会の開催
頻度、
意見箱の活用等はファミリーマンションの比ではない。
それにも拘わらず管理会社への依存性が高く、
決して本来の自立化したマンションとは言えない。
筆者がいろいろと考えあぐねているときに「臆病者のための株入門(橘玲著 文春新書)」に出会った。橘
氏は同書の中で、同じ日本語で会話しているはずなのに「ぜんぜん話がかみあわないな」と不安になること
があるとリテラシーの欠如を述べていた。
我々が携わっているマンション管理の世界でもまさにその通りである。
橘氏によれば、リテラシーの欠如とは「議論の前提になる知識が欠けている」事と「知識が欠けているこ
とに無自覚である」事だそうだが、マンション管理のイロハを知ることなく、一人一人が自説を展開する場
と化していることに問題がある事に筆者は気付いた。
少なくとも「マンション標準管理規約及びマンション標準管理規約コメント(平成 23 年 7 月 財団法人マ
10
ンション管理センター)
」や「マンション管理標準指針(平成 17 年 12 月版 国土交通省)
」を理事・役員に
は全員配布されるべきではないか。
また必要に応じてマンション管理士や建築、設備等の専門家に相談や指導を受け、業者から最新の情報を
得るなどのコミュニケーションを図る事が、管理組合のリテラシーの醸成につながるのではないだろうか。
6 マネジメントの必要性
私たちが管理組合の人たちやマンション管理士等に「管理組合のマネジメントを研究する会」の設立趣旨
や目的の説明をすると、そのほとんどが怪訝な表情をする事が多い。彼らの頭の中は「マネジメント=ビジ
ネス=企業経営」の固定概念があり、
「非営利組織の管理組合にもマネジメントが必要」との認識が至ってい
ないと予想される。
しかし、P・F・ドラッカーは、実は非営利組織にこそマネジメントは必要であると言っている。 現に
ドラッカーは 1990 年に「非営利組織の経営」を 1999 年には「非営利組織の成果重視マネジメント」
(日本版
はダイヤモンド社発行)発表している。もっとも同書は大学、病院、ガールスカウト、救世軍、協会、さら
にNPO等を取り上げているので、直接的にはマンション管理組合にピタッと当てはまらないかもしれない
が、同じ非営利組織としてはなかなか示唆に富んだ内容である。
考えてみれば従来マンション管理の関係者は仏作って魂入れずではないが、区分所有法や管理規約、マン
ション管理標準指針等を整備したが、魂であるマネジメントを入れていないのではないか、という思いを禁
じ得ない。
マンション管理の現場での混乱の多くは、ここに原因があるのではないかということがマネ研の永遠のテ
ーマでもある。
さて、マネジメントはマンション管理の専門家にとってなかなか馴染みが薄い概念であるが、内容的には
そんなに難しいことを言っているのではない。
要点は次の 5 つである。
(1)管理組合や理事会、理事・役員の使命とは何か?
管理組合の使命は?と問われても答えに窮する。
しかし使命が無い組織体はないと言っても過言ではない。
管理規約では第 1 条に、区分所有者の共同の利益を増進し、良好な住環境の確保をその目的と規定されてい
るが、それでは区分所有者の同居する家族は?占有者は?と疑問が生じてくる。
しばしば耳にする言葉は「安全と安心」であるが、使命感は具体的な言葉に現すことが必要である。たと
えば、病院の集中治療室では「私たちのミッションは患者を安心させること」
、ガールスカウトの団体は「誇
りと自信に満ちた女性を育てること」
、救世軍は「社会の落伍者を市民社会に戻すこと」と明確である。
同時に使命感は与えられるものではない。区分所有者が、理事会が、理事・役員が一人ひとり考えて文章
化しなければ絵に描いた餅になる。
企業は使命感を社是や理念として壁に掲げている。
そんなことをしている管理組合に、少なくとも私は出会ったことがない。
(2)管理組合・理事会の顧客とは誰か?
管理組合も適切なマンション管理サービスを提供することで管理費を徴収し、建物設備の維持保全に修繕
積立金を準備している。それでは区分所有者だけが顧客か?となるとそうでもなさそうだ。
管理組合の「第 1 の顧客」は管理組合運営の直接的な恩恵を受ける人、いわゆる居住者である。生ごみが
11
落ちていないマンション構内、年 2 回の消防設備点検が与える安心感、清潔な生水が飲める幸せ等、マンシ
ョンに住んでいると苦労せずに快適な生活を楽しめる。
しかし、実は「第 2 の顧客」も居る。管理組合運営に無償で参画している委員会メンバーやコミュニティ
活動を行っている自治会(ほとんどがボランティア活動)
、管理会社の管理員や清掃員も居住者の笑顔や感謝
の言葉が彼らのエネルギーの源泉となる。その他に設備保守会社の社員や大規模修繕工事の作業員も同様で
ある。彼らに自己実現や顧客満足というサービスを与えている点で、マンション管理に携わっている人たち
も顧客なのである。
(3)顧客が求めている価値とは何か?
価値観の多様化した現代社会では、顧客の価値観もライフスタイルやライフステージ、その業務、目指す
方向、時代の変遷等によりさまざまな価値観がある。
それを画一化することに無理があるが、現実には管理組合は顧客に求めている価値に十分な対応できてい
ない。その結果として管理組合運営の参加者が減る悪循環を起こしている。
(4)管理組合運営の成果とは何か?
マネジメントは必ず成果を求める。企業では社員の安定した給与や福利厚生、株主への配当、経営者の役
員報酬、税金、地域社会の雇用増等のステークホルダーと収益である。非営利組織の管理組合の第 1 の成果
は周辺地域で際立った資産価値の高いマンションではないかと考えられる。
資産価値の高いマンションになるためには、まず良好なコミュニティが要求される。次に強固な財政基盤
とヴィンテージ化であろう。
(5)管理組合の目的を達成するための計画とは何か?
何事も計画がないと決して目的は達成できない。これがP(計画)D(行動)C(差異分析)A(修正)
である。管理組合で計画と言えば長期修繕計画であるが、これは建物・設備の維持管理に関することであり、
マンション管理に関するものではない。計画は使命によって変わる。その使命は時代と共に変わるので、管
理組合は超長期計画(ライフサイクルプラン)
、長期計画、中期計画、短期計画を建てなければならない。
7 最後に
私たちは 2012 年9月以来、継続的に本件シニアマンションの管理組合と接触してきた。
そして、昨年3月に区分所有者のアンケート調査を行うことで、区分所有者の半数以上が 80 歳を超える
高齢者である事や、日常生活全般に介護が必要な要介護5の人が居住しているが果たして彼は管理組合運営
に参画できるのか?また、シニアマンション特有の食堂運営、介護施設との連携活動を管理組合が担うこと
を知ったうえで購入を決断したのか?等の問題点を私たちは指摘した。
しかしながら、区分所有者には問題意識が希薄であり、また、その解決を管理会社に求める傾向にあり、
敢えて管理会社とは別にコンサルタントは不要であるとの意見も強いことから、
改善への道は悲観的である。
この状況では、果たして、分譲シニアマンションにおいては、従来の理事会中心の運営管理方式が適当で
あるか否かについて真剣に検討する必要があると思われる。施設運営にも精通したプロのマネージャーを管
理者あるいは管理者補助として、管理の実務は管理会社に委託して管理運営する第三者管理方式の検討であ
る。また、もし、現在の理事会方式を続けるとしても、管理実務を委託する管理会社とは別に、アドバイザ
ーとしてマネジメントができるマンション管理士(管理会社でも構わない。
)を依頼することが必要と思われ
る。管理会社とアドバイザーとしてのマンション管理士はそれぞれの役割があり、どちらか一つがあれば良
12
いということにはならない。
今後、本件シニアマンションの区分所有者がどのような選択をして、どのような道をたどっていくか、さ
らに見きわめて行きたいと考える。
13