ものづくり学習を通した創造性育成に関する研究

ものづくり学習を通した創造性育成に関する研究
教科・領域教育専攻
自然系コース(理科)
加
1.はじめに
藤
聡
のではない。
平成 13 年度文部科学白書では,
「創造的な人
本研究では,小学生を対象とし,Finke らに
材を育成していくことが教育の重要な役割であ
従って創造的発明の可能性を高めるために制約
る」と述べているように,将来を担う子どもた
があるものづくり活動を行う。それによって,
ちに創造性の育成は不可欠である。しかし,小
ものづくり活動前後で創造的思考がどのように
学校理科で行われているものづくり学習では,
変容するのかを調べる。
創造性を育成するといった視点で行われた事例
は少ない。理科のものづくり学習において,既
2.研究方法
習の知識を活用しながら,新たな価値の創造と
小学校第 4 学年理科の内容に含まれている
いう視点をもって取り組ませることによって,
「電気のはたらき」の単元において,制約があ
柔軟性のある小学校段階から創造性を育成する
る場合のものづくり活動を行った。
その前後で,
ことが必要である。
制約がある場合と自由な場合において,考案物
Finke らは,創造的認知モデルとしてジェネ
を構想する紙面調査を行い,創造性の変容の検
プロアモデルを提案している。大学生を対象と
証を行った。ものづくり活動では,使用する 3
し,このモデルを使った調査では,
「発明先行構
つの部品(空きカップ,プロペラ,ビニール袋)
造の生成段階で,使用する部品が制約されるほ
を指定して,
「動くおもちゃ」
を構想,
製作する。
ど創造的発明を促す」また,
「産出物の機能やカ
事前調査・事後調査では,使用する 3 つの部品
テゴリを制約することは,創造的発明の可能性
(ペットボトル,プロペラ,棒)が指定されて
を高める」という結果を得ている。尾崎は,こ
いる場合と,指定されている 3 つの部品に加え
のジェネプロアモデルの有用性を,Finke らと
教科書に載っている 9 種類の部品の中から自由
同様の課題で被験者を小学生にした場合におい
に選択できる場合において,
「動くおもちゃ」を
て調査している。その結果,目標物も部品も自
紙面上で構想する。
由に選択できる場合がもっとも創造性のある考
案物の出現率が高いことを示している。
さらに,
3.評価基準の作成
課題を小学校の理科の実験活動に変更した場合
製作物と紙面上での考案物を同一の基準で評
においても調査し,部品に制約がない場合の方
価するために,尾崎の研究で用いられた創造性
が,創造性の下位尺度である生産性や実用性,
の下位基準(独創性,柔軟性,実用性,生産性)
柔軟性において有意な結果を得ている。
しかし,
を基に評価の観点を図 1 のように作成した。独
これらの研究では,創造的思考の変容を見るも
創性と実用性に関しては,それぞれの観点で 4
段階,および 3 段階の評価基準を設定し,独創
あった児童は,事後で「見た目」を新たに取り
性の観点 1 では 0 点から 2 点,その他の観点で
入れた考案物が多かった。制約がある場合,低
は 0 点から 3 点の得点を与える。柔軟性は,工
得点の児童では,装飾の優先順位が高いことが
夫したと判断された観点数を得点とした。生産
分かる。中得点群が新たに取り入れた工夫の観
性は,考案された考案物数をそのまま得点とし
点では,
制約がある場合の方が多かったのが
「操
た。
作性」である。操作性は,制約がある場合の方
独創性
〈観点1〉使用方
法・場面が従来品
と違う面があるか
〈観点2〉他人が思
いつきにくい内容
か
〈観点3〉部品の特
性を奇抜な方法で
扱っているか
柔軟性
児童が何種類の観点か
ら工夫したのかを観察
し、その観点数をそのま
ま得点とした。
〈観点1〉乾電池のつな
ぎ方の工夫
〈観点2〉操作性の工夫
〈観点3〉見た目の工夫
〈観点4〉丈夫さの工夫
〈観点5〉回路の工夫
実用性
〈観点1〉3つの部
品にそれぞれ適
切な役割があり、
部品の特性が生
かされているか
〈観点2〉実現可
能性があるか
生産性
どれだけの数の
作品をつくったか
であり、思考の早
さ反映される。そ
の得点化は、作り
だされたおもちゃ
の数をそのまま
得点とする。
が,ものづくり活動の経験を生かして,使うと
きのことを考えた構想をしている。
自由な場合では,
「乾電池のつなぎ方」に関す
る工夫が多く見られた。部品を自由に選択でき
る方が,モーターの回転の速さや持続性を生か
した考案物を生み出しやすいことになる。
図1 創造性の下位基準と評価の観点
(3)実用性
制約がある場合では,実現可能性の高い考案
4.結果と考察
(1)独創性
物が増えたが,実現可能性の低い考案物も増加
し,実現可能性に関して 2 極化が起こった。そ
制約がある場合では,ものづくりが活動後,
の要因として,ものづくり活動と事後の制約が
使い方や使う場面での独創性の高い考案物が自
ある思考での構想が結び付かず,思考負荷が負
由な場合よりも多く出現する傾向が見られた。
に働いたことが考えられる。
また,部品の使い方では,制約がある場合の方
自由な場合では,部品の特性を生かした使い
が様々な加工をし,幅広い形で使用するように
方と実現可能性のどちらも,制約がある場合よ
なった。使う部品が限定されている場合には,
りも優位であった。部品を自由に選択できるこ
その部品をどのように使うかというところから
とは,自分の思考に合った部品選択ができるた
構想が始まるため,部品の使い方が多岐にわた
め,その特性を生かしやすいと考えられる。
り,そこに独創性が見られるようになったと考
(4)生産性
えられる。
自由な場合の方では,使い方や場面において
従来品に新たな価値を付加した考案物が多く出
生産性では,考案物の総数だけでなく,創造
性の他の下位尺度を有した考案物数でも自由な
場合の方が多く出現した。
現する傾向がある。自由な場合では,作りたい
考案物が先に思い浮かび,それに合わせて部品
5.まとめ
を選んだり機能を考えたりしたため,全く新し
制約があるものづくり活動をすることで,独
い使い方や使用場面よりも,これまでにあった
創性や柔軟性の伸長が大きかったのは制約があ
ものに,新たな使い方を付加しやすいと考えら
る場合であった。実用性や生産性では,自由な
れる。
思考の方が伸長が見られた。創造性を下位尺度
(2)柔軟性
ごとに分析したことで,創造性にどのような変
柔軟性の高い考案物の出現数が,制約がある
場合の方が多くなった。また,事前に低得点で
容があるかを細かく捉えることができた。
指導 定本 嘉郎