駐在員からみたヨルダン

現地駐在員だより 駐在員からみたヨルダン
住友商事㈱ アンマン事務所長 岡本 武
昨年12月のヨルダン・アンマン赴任後,日本でのヨルダンに関する報道を見ていると,
ヨルダンは,シリア,イラクなどの近隣紛争国と同一視され,とかく「危ない国」のひと
つと捉えられているように感じます。そこで,駐在員からみた,ヨルダンの国内情勢,知
られていないヨルダンが果たす国連的機能,そして歴史・自然の宝庫であるヨルダンにつ
いて,語っていきたいと思います。
1)ヨルダンの国内情勢
昨年12月,米国など有志国によるシリア北部での ISIL 空爆作戦中に,墜落した戦闘機
に搭乗していたヨルダン空軍のカサスベ中尉がISILに拘束され,虐殺されたことが判明し
たのが2月3日です。訪米中のヨルダン国王は急遽訪米を中断し,翌日緊急帰国しました。
また帰国途次,機内から「同中尉への深い哀悼の意を表し,ISILと断固戦う」との声明を
発表しました。国王の緊急帰国に合わせ,何千もの国民が空港,または空港からアンマン
市内への道路の両脇に集まり,ヨルダン国旗を振ることで,ISILとの戦いを宣言した国王
弊事務所から見たアンマン市内
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中東協力センターニュース 2015・7
アンマン市内のローマンシアター
への支持を表明していました。また2月6日の金曜日には,ヨルダン国内では,モスクの
みならず,国民の7%近い信者のいるキリスト教の教会でも同中尉追悼の礼拝が行われ,
また追悼の集会も各地で持たれました。更に同日午後,アンマンのダウンタウンで多くの
国民が参加する追悼のデモ行進が行われ,同中尉の遺影を掲げたラニア王妃がデモ行進に
参加していました。この事件を契機にヨルダン国民の愛国心が高まり,結束が強まったよ
うに思われます。
2月4日以降何回かにわたり,報復目的の空爆がヨルダン空軍よりISILの拠点に行われ
ましたが,その後,ISILによる報復テロ事件は当地では発生していません。歴史を振り返
ると今回人質交換で話題になった死刑囚が起こした2005年のテロ事件未遂以降現在まで,
この国ではテロ事件が起きていないといえます。日本での報道からは意外なようですが,
国家元首である国王への支持表明に国民が多数集まることができ,国民が大勢参加したデ
モ行進に王妃が参加できただけではなく,2015年5月21日から23日には,死海のリゾー
トホテルに中東・北アフリカを中心としたビジネス・政治・アカデミアを含む社会のリー
ダー達,60ヵ国から約1,000人が集う,「中東・北アフリカ版 WORLD ECONOMIC
FORUM」が開催されました。このことからもヨルダンは治安が維持され,安定している
国と窺われます。
2)ヨルダンは国連的機能を果たしている国?
ヨルダンの人口は650万人と発表されています(2013年発表)。しかし,歴史的には,
1970年代のイスラエルとアラブ諸国間の中東戦争から逃れたパレスチナ難民の受け入れ
を行い,ここ数年には,イラクからの難民,内乱化しているシリアからの難民をここ数年
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で200万人ほど受け入れてきました。最近ではリビアやイエメンなどの紛争国からも難民
が流入しているとのことで,現在のヨルダンの実際の人口は1,000万人近いとも言われて
います。その中で治安を維持しながら,難民者の救済活動も行っており,ある意味で国連
難民機構的な機能を果たしていると言えると思います。他方,ヨルダンは非産油国である
ため,難民対策も欧米や湾岸諸国からの資金援助に頼らざるを得ません。ちなみに,今年
1月の安倍首相のヨルダン訪問時には,ヨルダンの安定を支えるために日本からも1億ド
ルの円借款に加え,国際機関経由で総額28百万ドルの新規支援を表明しています。
3)ヨルダンは観光立国
ヨルダンは,旧約・新約聖書に登場する預言者や聖人たちが活躍した場所でもあります。
加えて,紀元前1世紀ごろ栄えた謎の王国である「ナバタイ」の首都ペトラ,ギリシャ・
ローマ時代の都市国家跡の遺跡,煌くモザイク画で飾られた多数のビザンチン教会,十字
軍の遺跡,イスラム時代に立てられた城等々,枚挙に遑がないほど,歴史的価値がある遺
跡がたくさんあります。
また,地球のへそといわれる,海面下400メートル近いところにある死海,映画で有名
になった砂漠・温泉などの自然も豊かです。壮大な遺跡と豊かな自然は観光客を集め,莫
大な観光収入を得てきました。ヨルダン観光省によると,2014年1-11月は2013年同期
比で,観光収入の6.5%近く増えています。
しかしながら,近頃の増加のほとんどが都市滞在を希望する湾岸諸国からの増加による
もので,地方の主要遺跡訪問者が大きく減少しています。国内最大の観光地でもあり,中
東3P 遺跡のひとつである,ペトラ遺跡訪問者は対前年同期比9%減になりました。この
ペトラ遺跡とらくだ
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傾向は今年に入っても益々顕著になっています。近隣諸国の不安定化のため,ヨルダンを
敬遠する傾向があるのかもしれません。その中,ヨルダン政府は,安全面のアピールの強
化と名所旧跡訪問目的の観光客を増加させるための3年計画を立案中とのことです。
4)最後に
最後に,このように近隣諸国と違って治安が安定していることを認識していただき,ヨ
ルダンへの出張者の増加や遺跡めぐりの観光客の増加を通じて,ヨルダンの現状をたくさ
んの人に知っていただきたいと願っています。
また,受け入れた難民がヨルダン人と融合し,人口1,000万人の市場として,また近隣
諸国とのバイパス強化につながり,ヨルダンが益々発展することを祈念するとともに,私
の駐在期間を通じて,ヨルダンの発展に少しでも貢献したいと考えています。
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