第Ⅰ部 「企業内人材育成を通じた従業員の定着」 -ジョブ・カード制度の運用についての実証研究- 目次 第1章 概要 .................................................................. 4 第2章 公的訓練とジョブ・カード制度について................................... 5 2-1 ジョブ・カード制度~創設期から成長期まで~ .............................. 5 2-2 ジョブ・カード制度~見直し・転換期 ...................................... 6 2-3 ジョブ・カード制度~再成長期~ .......................................... 7 2-4 ジョブ・カード制度の現状と問題点 ........................................ 7 第3章 既存研究の検討 ....................................................... 10 3-1 概略 .................................................................. 10 3-2 組織適応 .............................................................. 11 3-3 人材育成 (a)育成論 ............................................................ 13 (b)学習論 ............................................................ 15 3-4 職務に対する動機づけ................................................... 17 第4章 仮説と方法 ........................................................... 19 4-1 仮説 .................................................................. 19 4-2 調査対象 .............................................................. 20 4-3 分析モデル ............................................................ 21 第5章 分析の結果と考察...................................................... 24 5-1 分析結果 .............................................................. 24 5-2 分析結果の考察......................................................... 25 第6章 結論と展望 ........................................................... 30 6-1 訓練受講における定着プロセス........................................... 30 6-2 政策への示唆 .......................................................... 30 6-3 今後の展望 ............................................................ 31 第1章 概要 1.研究の目的と問題意識 近年、日本における公的訓練は様々な雇用に関する助成制度が施行されており、年々充 実化の傾向を辿っている。特に、優秀な人材を確保・育成するため、平成20年度から創設 されたジョブ・カード制度は、企業で行う雇用型訓練として多くの企業において導入され ている。 このジョブ・カード制度を導入する多くの中小企業の中には、社内で計画した訓練を終 了した有期契約社員(訓練受講者)に対して、正社員として会社に定着する過程において、 会社の発展に寄与する優秀な職業人に成長する将来の姿を嘱望する思いが存在する。 こうした思いが存在するのは、他の公的訓練とは異なり、ジョブ・カード制度における さまざまな訓練が企業経営者や人事担当者等によって、自社の業務内容に照らし合わせて 丁寧に作りこまれた、いわゆる自社向けのオーダーメイド型訓練であることからも理解で きる。 本稿では、ジョブ制度における各種訓練(若者チャレンジ訓練1ならびに有期実習型訓練 2 、実践型人材養成システム3)を中心に、これまであまり教育に力を注いでこなかった中 小・零細企業を対象している。この実証検証でジョブ・カード制度の導入を契機に訓練を 実施した結果、何らかの事情によりリアリティ・ショック4を受けて離転職経験を有する、 主に35歳未満の若年非正社員の意識がどう変化したのか、また、彼らに対するどのような 動機づけ要因が組織への定着(組織適応)を促進するのか、調査結果から実証研究を進め たい。 本稿が、公的制度を活用した職業訓練を進めるにあたって、中小企業における人材の育 成・確保や能力開発に関心がある方々に資するところがあれば幸いである。 4 第2章 公的訓練とジョブ・カード制度について 2-1 ジョブ・カード制度―創設期から成長期まで ジョブ・カード制度創設に先立つジョブ・カード構想委員会(2007)の最終報告では、 「ジョブ・カード制度は、企業現場・教育機関等で実践的な職業訓練等を受け、修了証等 を得て、これらを就職活動など職業キャリア形成に活用する制度である。同制度について は、社会全体で通用するものを指向している」とある。ここでは、職業訓練とその評価・ 公証がワンパッケージとなったイギリスにおける職業能力評価制度(NVQ)5が、制度の注 釈として示されており、訓練とその社会的認証が中心課題であったことが明らかである。 最終報告ではさらに、その全体像として、対象をフリーター、子育て終了後の女性、母 子家庭の母親等、職業能力形成機会に恵まれない者としたうえで、①ハローワーク等のキ ャリア・コンサルティングを通じて、企業現場等での実践的な職業訓練(職業能力形成プ ログラム)を受けて「職業能力証明書」を得、②それを「ジョブ・カード6」に、キャリア・ コンサルタントの支援を得つつ、自分の職歴や教育訓練歴、取得資格などの情報と一体的 にまとめ、③自らの職業選択やキャリアの方向づけのためのツールとするとともに、「職 業能力証明書」が含まれ本人の職業キャリアに係る全体状況を示すので、就職・採用活動 に幅広く利用可能で求職者と求人企業とのマッチングの促進につながる、とされている(表 1)。 表1 ジョブ・カード制度の取得者数の推移 ジョブ・カード 取得者数 (単位:人) 出所 厚生労働省 平成 20年度 21年度 22年度 23年度 24年度 25年度※ 合計 65,169 228,054 451,898 676,037 872,364 1,049,598 3,343,120 ※平成26年2月末時点 ジョブ・カード制度の説明会用資料「ジョブ・カード制度の概要について(平成26年6月)」 また、制度構築にあたり重視すべき事項として、企業現場における実習と座学の組合せ 訓練、汎用性のある職業能力評価基準、キャリア・コンサルティングの3つが掲げられた。 この3つが制度の骨格を作るものだと考えられる。すなわち、労働力の調達を企業(いわゆ る内部労働市場)で行いがちな我が国において、十分な職業能力のない人たちに企業から 5 も評価される実践的な職業能力を獲得する機会を提供し、これに市場横断的に活用できる ポータブルな評価結果を付与して、内部労働市場の充実を図ろうとするものである。 さて、当初の職業能力形成プログラムには、①雇用型訓練(訓練生を企業が雇用して行 う訓練で、国は企業に対して訓練期間中の賃金を助成する。Off-JT の比率が2 割以上8 割 以下となることなどが要件となる7)と、②委託型訓練(公共職業能力開発施設や国等から 委託された民間教育訓練機関が主体となって、企業実習を組み込んで行う訓練)の2 類型 があった。さらに、①雇用型訓練には、(a)有期実習型訓練(正社員経験が少ない人を対象 とした3ヶ月超~6ヶ月(特別な場合は1年)の訓練のうち、訓練生を新たに雇用する場合が 基本型、既に雇用されている非正規労働者を正社員に転換するための訓練がキャリアアッ プ型)、(b)実践型人材養成システム(新規学校卒業者を主な対象とした6ヶ月~2年の訓練) があり、②委託型訓練は、主に日本版デュアルシステム(原則的には正社員経験が少ない人 を対象にした標準4ヶ月の訓練)であった。 2-2 ジョブ・カード制度―見直し・転換期 民主党政権下、平成 22 年 10 月末に実施された政府の行政刷新会議による事業仕分けに おいて、企業に対する助成金の紹介に力点を置いた普及促進にとどまっているなどの批判 があり、ジョブ・カード制度の関連 2 事業に「廃止」判定が下された。 この後、厚生労働省からは、事業仕分けの評価結果を踏まえた見直し案(委託事業の名 称変更、ジョブ・カードの対象となる職業訓練の拡大(公共職業訓練と求職者支援訓練を 追加) 、国が中心となった推進体制の構築(ジョブ・カード運営本部の地域ジョブ・カード センター(商工会議所))から国(都道府県労働局)への移管、キャリア形成促進助成金の 助成額の引き下げなど、その後、いくつかの変更を重ねながら、現在に至っている(表 2) 。 表2 全国の地域ジョブ・カード(サポート)センターの活動実績 年 度 平成 20 年度 平成 21 年度 平成 22 年度 平成 23 年度 平成 24 年度 平成 25 年度 出所 訓練実施計画の 確認済・認定企業数 654 4,197 8,088 4,531 5,620 19,096 対前年度比 (%) ‐ 641.7 192.7 56.0 124.0 339.8 日本商工会議所 ジョブ・カード制度推進事業の活動実績(平成 26 年 8 月 8 日) 6 2-3 ジョブ・カード制度―再成長期 安倍政権による経済政策、いわゆるアベノミクスにおける雇用政策の目玉施策として、 35歳未満の非正規雇用の若者を1人「訓練する」ごとに、月額15万円が国から支給される「若 者チャレンジ奨励金制度」が平成25年3月18日に施行・受付開始された。 この制度は、35歳未満の非正規雇用の若者を、自社の正社員として雇用することを前提 に、社内実習(OJT)と社外実習(Off-JT)を組み合わせた訓練(若者チャレンジ訓練)を 実施する事業主に助成金等を支給する制度であり、1年間の時限措置として施行され、全国 の企業・団体から1年間で13,260件の申請が確認・認定されるに至った。この若者チャレン ジ奨励金の創設により、ジョブ・カード制度を利用する企業・団体等が大幅に増えたこと を受け、これまでに訓練終了した39,075名の訓練生のうち、平成20年度から平成26年11月 30日までの期間に正規雇用に至った人数は31,956、うち正規雇用率は81.8%と極めて高い正 規雇用率を示す結果となり、採用に意欲のある企業にとって有益な制度として改めて注目 されるに至ったものと思われる。 2-4 ジョブ・カード制度の現状と問題点 次に、ジョブ・カード制度に関する現状と問題点について考察する。 ジョブ・カード制度は、制度を導入する企業が全国各地の地域ジョブ・カード(サポー ト)センターの支援を得て、訓練カリキュラムと呼ばれる教育プログラムや能力評価用の シート(ジョブ・カード様式 4)などの書類を作成する。 訓練カリキュラムは有期実習型訓練の場合、3~6 ヶ月で計画するように制度設計されて おり、OJT と Off-JT の比率は OJT が総訓練時間の 1~9 割となるよう一定の条件が設定さ れている。この一定の条件によって、多くの企業は OJT と比較して手間のかかる Off-JT を1割程度に抑えるよう訓練カリキュラムを設計することになる。 ところで、ジョブ・カード制度における訓練期間は「3 ヶ月以上」となるのであるが、 この 3 ヶ月という期間設定の妥当性はどうなのであろうか。 若年層の正社員と比較した非正社員の育成について、佐藤 (2012)は若年層が担当する仕 事の習得期間について、正社員では「ひととおりの仕事」を習得するのに 3 ヵ月から 1 年 未満ほどを要する場合が多く、非正社員では「ひととおりの仕事」を習得する期間として、 1 ヵ月未満から 3 ヵ月未満までの期間を中心に、1 年未満までの短い期間を挙げる事業所が 多数と示している(表 3)。 7 表3 若年層が担当する仕事の習得期間(単位:%) 1ヵ月未満 1-3ヵ月未満 3ヵ月―半年未満 半年―1年未満 1年―3年未満 3年―5年未満 5年―10年未満 10年以上 無回答 合計 正社員 ひととおり 最も高度な の仕事 仕事 3.1 0.8 13.2 0.0 22.5 5.4 36.4 13.2 14.7 34.9 3.1 23.3 2.3 13.2 0.0 3.1 4.7 6.2 100.0 100.0 非正社員 ひととおりの仕 最も高度な 事 仕事 18.6 1.6 31.8 6.2 14.7 15.5 18.6 25.6 7.0 24.8 0.8 9.3 1.6 7.0 0.0 1.6 7.0 8.5 100.0 100.0 注:回答数 129 佐藤(2012)P201 より抜粋 この理由について、佐藤は正社員と比べて非正社員の場合、補助的な仕事を割り振り、 育成を考えた仕事の割り振りをしている事業所が少なく、その結果として、非正社員が担 当している仕事の習熟期間が短くなるからと説明している。 さらに佐藤は、 この現象に関連して、若年層の技能形成やキャリア形成の機会に関して、 正社員と非正社員の間の格差だけではなく、正社員を含めて事業所間での格差が存在する とも指摘している。このほか、正社員に比べて非正社員に対する期待勤続年数が短く、OJT 機会も限定されており、キャリアの上限も低くなることや、非正社員として就業すること が、人材資源投資の機会が乏しく、将来のキャリア形成が制約される可能性が高い点につ いても指摘がなされている。 こうした現象への対応について、ジョブ・カード制度をはじめとした非正社員に対する 期待勤続年数の長期化を前提とした、公共型の教育訓練制度によるキャリア形成を促進す る機会の提供が有効であり、ひととおりの仕事を教育し正社員として育成する初期段階と して、3 ヶ月という期間設定は大きな意義があるのではないだろうか。 それでは、企業における訓練とはどのような形式で行われているのであろうか。 多くの企業の場合、OJT は社内における実務的な内容となるため、そのほとんどが社内 で進められるものとなっている。また、Off-JT についても経営者および一定の職務経験を 有する従業員等が講師となって教育を進め、コストや時間の節減を図る傾向にあるといえ よう。むろん、外部の教育機関等にて様々な講習を受講させる例も少ないわけでは決して ない。しかし、外部の教育機関等に依頼するということは、受講費用が少なからず発生す 8 ることを意味しており、業務遂行上、特殊な技能がないと困るという特別な事情を除き、 企業は訓練の大部分を社内で実施するケースが多くなるというのが通例といえよう。ある いは、助成金を目当てとした企業もなかには存在することが予想されるため、そうした企 業であれば社内で訓練を完結させることが十分ありえると思われる。そのため、結果とし て Off-JT についても企業特殊的技能を中心とした訓練内容として社内で大部分が実施さ れる傾向が強まるといえよう。 しかし、ジョブ・カード制度の目的の一つに、訓練実施企業における円滑な正社員化が 進むよう、訓練分野における職務経験の少ない者に対する知識や技能の習得をさせること があるため、たとえ企業での訓練内容が企業特殊的技能に偏りのある内容であったとして も受講者本人が納得しているのであれば、それほど大きな問題ではないように思われる。 それではジョブ・カード制度における現状の問題点は存在しないのであろうか。 当センターがキャリア・コンサルタントを通じて感じる問題点は、①企業担当者が訓練 受講者に対して訓練の趣旨説明をしていない、②訓練受講者自身が訓練の趣旨や企業側の 意図をよく理解していないまま、対象者の選定が企業内で一方的に進む傾向が時折存在す る、という点である。 この問題が表面化する場面は、キャリア・コンサルティング時に訓練受講者自身が訓練 カリキュラムを初めて知り、訓練受講意欲がないことを意思表明するケースや、そもそも 正社員として働く意欲がないようなケースであり、こうした者に対しては企業担当者が訓 練受講を強引に受講させようとしても訓練開始後に訓練中止に至る場合がある。 この訓練中止は、企業担当者が訓練受講者に説明していなかったために訓練受講者との 間で不信感が生じ、その後の訓練実施に悪影響を及ぼす恐れがあることや、そもそも正社 員として働く意欲がない、あるいは訓練受講を望んでいない者が違和感を抱いた状態で半 ば強引に訓練を実施した当然の結果といえる。 これは、訓練受講者における就職の準備段階でつまずいた状態ということでもある。 つまり、企業担当者は受講者に対して訓練の趣旨説明を事前に行い、訓練受講者が訓練 の趣旨を理解し本人の受講意思を十分に確認した上で訓練を進めなければ、良い訓練結果 に結びつきにくいのである。 言い換えるなら、訓練受講を通じていかにして正社員として働く心構えを持たせるのか という動機づけが重要なのである。 9 第3章 既存研究の検討 3-1 概略 この章では、個別の議論に入る前に、組織適応、人材育成、職務に対する動機づけとい う 3 つの研究領域がレビューの柱であること、そしてそれらはを複合的に捉えることがジ ョブ・カード制度における教育制度の実態やあるべき姿を描く上で必要であることを説明 しておく。 実は、今回の調査では岐阜県内 36 名の訓練終了者を対象に実施しているが、全国規模で は 39,000 名以上がジョブ・カード制度の訓練を終了しており、そのうち正規雇用された者 は 31,956 名、正規雇用率は 81.8%(平成 26 年 11 月 30 日現在)となっている。逆にいう と、約 7,000 名以上の訓練受講者が非正規の状態を継続しているか、あるいはなんらかの 事情により退職していることになる。この会社に残る者と去る者を分ける境界線は何なの かという疑問を抱くとき、訓練中に様々な悩みを持つ者や、企業からの相談を受けてくる 中で、組織適応、人材育成、職務に対する動機づけに関する諸理論にたどりついたのであ る。 その理由は、企業に就職した者(新規参入者)は、新しい組織内環境において様々な出 来事を通じて成長していく。しかし、新規参入者が一人前に成長するためには、集団講習 などの教育訓練を適宜受講することや、上司や先輩によるマンツーマンの指導教育を長期 間受けることが必要となる。しかし、このプロセスというものは、多少の個人差はあるに しても一人前になるには何年かの時間を要する場合が多く、その間に離職行動をとる者も 現れてしまう。企業はこうした離職行動を防ぐために、上司や先輩、あるいは同僚といっ たものが適宜フォローし、 職務に対する動機づけを維持し、定着へと導いているのである。 つまり、 人を育てるのは組織に定着させるという組織適応論という考え方が最初にあり、 次にいかに人を育てるのかという人材育成論、最後に職務に対する動機づけ論というスト ーリーが考えられ、これら 3 つの考え方は深い関係性があるように思われる。 そこでまず、組織適応から順番に先行研究をレビューし、人を育てるために必要な考え 方を整理してみたい。 10 3-2 組織適応 最初に、就職後の定着について、上司や先輩、あるいは同僚などが必要なタイミングで フォローすることで訓練受講者の離職行動を防ぎ、職務に対する動機づけを維持し、定着 へと導く手続きに着目し、その理論について説明している組織社会化に関する研究をレビ ューしたい。 まず、組織社会化(organizational socialization)の定義であるが、佐々木(1993)に よると、会社組織に新たに参入(入社)した者(新規参入者)が、新しい組織内環境に適 応していく必要から、知識を獲得し、態度を形成し、行動を変容させ、組織による変容を 体験する過程のことを組織社会化と説明している。 また佐々木(1993)は、新入社員の組織社会化における先輩の重要性を指摘している。 その指摘によると、先輩社員に対するイメージの悪化と、職務上の幻滅が離職行動に関係 していると示し、新入社員が理想的なモデルとして先輩社員の行動を内面化できず、結果 として、先輩社員に対する幻滅という形で組織への不適応をつのらせているとした。この 幻滅という考え方は後にレビューする理想と現実のギャップという意味でのリアリティ・ ショックともオーバーラップしている。 さて、この組織社会化についてであるが、竹内(2011)は新規参入者(新入社員)の組 織社会化過程における上司・同僚との社会的交換関係の構築の重要性について、以下のよ うに説明している。 新規参入者と上司・同僚間のコミュニケーション機会を意図的に増やすことによって、 新規参入者の組織適応を促進することが可能になる。具体的には、入社初期の段階で、新 規参入者と職場の先輩社員とで共同の仕事を担当させる、あるいは新規参入者に対して、 入社後の一定期間、サポート役の職場の先輩社員を指導係として担当させるメンタリング 制度を導入することによって、同僚との関係形成に寄与することができる。また、上司が 新規参入者と将来のキャリアビジョンについて話し合い、共同で育成計画案を策定するこ とも、実践的な効果があると考えられる。 つまり、新入社員あるいは新人を野放しにするのではなく、先輩が彼らの仕事面をサポ ートし、あるいは時として職場の外でインフォーマルなコミュニケーションを図るなど 様々な手段を用いて、彼らが抱える不安や不満を解消していく働きかけが必要になるとい うものである。新入社員は一人で成長するのではなく、先輩社員が意図的にコミュニケー 11 ション機会を増やすことにより、新入社員が理想的なモデルとして先輩社員の行動を内面 化し、先輩社員に対するイメージの悪化(幻滅)を防ぐことにつながると考えられる。 人はそうした経験を通じて、組織のメンバーとしての自覚(動機づけ~不満要因の解消) をもち、やがて組織の一員として成長していくのではないだろうか。 次に、新入社員が入社時に理想と現実のギャップにショックを感じた場合に、そのショ ックが大きければ大きいほど離転職行動に移りやすくなるという離転職行動を説明した、 リアリティ・ショックの先行研究についてレビューしたい。 リアリティ・ショックの定義について、Schein(1978)は、自分の期待や夢と、組織で の仕事や組織への所属の実際とのギャップに初めて出会うことから生じるショックである と説明している。また、小川(2003a)はこのようなリアリティ・ショックは、組織への 参加の際のみに発生するのではなく、組織社会化の長期的プロセスの中の節目で発生する というデータも得ている。具体的には入社段階のエントランスショック、異動によって発 生するクロス・ファンクショナル・ショック、昇進によるランキング・ショック等に分類 している。Schein(1978)においても、入社後 9~12 ヶ月の再面接の結果からリアリティ・ ショック現象をとらえており、入社の瞬間というよりもある程度の時間的な幅の中で生じ るものであると考えられている。 また、小川(2003b)は、組織内キャリアを進展させる過程の入社・異動・昇進といっ たキャリアの節目で受ける各種のリアリティ・ショック(Schein,1978)と、代替的職務 機会の確保や現行職務と代替的職務との合理的比較がない、即ち損得勘定のない自発的な 離職形成である衝動的離職(Mobley,1977)との関連を指摘した。 これによると、キャリア初期の個人は組織や職務に関する知識の欠如ゆえにリアリテ ィ・ショックを感知する一方、まさにその知識の欠如ゆえに「現実」を甘受し、態度を保 留(おかしいのではないかと反発するのか、自分なりに納得して受け入れるのかという判 断の保留)する。この保留行為は、職務や組織についての学習を促進している一方で、職 務や組織への否定的心情(職務不満足や会社への疑念や不信感)の蓄積を促す。こうして 蓄積された否定的心情が、次に現れる節目のリアリティ・ショックによって一度に閾値に 達すると、代替的職務機会の確保や合理的判断を行う余裕がないままに組織を去る衝動的 離職が引き起こされるというのである。つまり、リアリティ・ショックとは理想と現実の ギャップの大きさを意味しており、入社・異動・昇進といったいずれの段階においても本 12 人が感じるギャップを埋めることができなければ離職行動に走ってしまうし、極端に大き なギャップであった場合は衝撃的離職といった行動をとってしまうというものである。 この衝撃的離職という行動をジョブ・カード制度に照らし合わせてみると、ジョブ・カ ード制度における訓練には訓練担当者や訓練指導責任者といった者を予め割り当てる仕組 みが存在し、訓練受講者をフォローしている。 また、訓練途中あるいは訓練終了時には訓練習得具合を確認するための評価担当者や評 価責任者を割り当て、訓練受講者と相対し、意図的なコミュニケーション機会を設けてい る。これらの仕組みを企業がきちんと遵守することができれば、訓練受講者というのはリ アリティ・ショックを自然に減らすことができ、会社組織に定着していくことができると 考えられるのではないだろうか。 3-3 人材育成 (a)育成論 まず、育成論であるが、具体的な人材育成手法は幅広く存在するため、ここではジョブ・ カード制度の訓練形態に関連した内容についてレビューしたい。 「各領域における熟達者になるには最低でも 10 年の経験が必要である」という熟達化の 10 年ルール(10-year rule)というものが、エリクソン(Ericsson,1996;Hayes,1989;Simon and Chase,1973)らによって提唱されている。 エリクソン(Ericsson et al.,1993)らは、「よく考えられた練習」の条件として、① 課題が適度に難しく、明確であること、②実行した結果についてフィードバックがあるこ と、③何度も繰り返すことができ、誤りを修正する機会があることを挙げている。 これは、経験の長さよりも、「経験の質」が熟達にとって重要な要因であることを示し ている。 このことを我々の業務に置き換えて考えてみると、我々は日常の職業生活の中において、 長年の経験で培った知識やスキルを職業能力(ノウハウ) として無意識に体得しているが、 通常、こうしたノウハウを日常の業務内において他者に意識的に提供しうる機会は少ない。 また、提供しうる機会が少ないがゆえに、自分の中にある職業能力(ノウハウ)について 体系化されていないのが多くの中小企業の場合、現実的である。 13 こうした状況を踏まえ、個人の中にあるノウハウを数値化あるいは文書化、言語化でき ない暗黙知を、国の制度を活用するうえで訓練という形で熟達者が他者に半ば強制的な形 であっても教育の機会を提供することで、訓練受講者は短期的かつ効率的にノウハウを習 得できるのである。 これは、ジョブ・カード制度においては主に OJT という訓練方法において教育される場 面で多く見ることができる。 現在、ジョブ・カード制度では有期実習型訓練という訓練形態が主流であるが、その訓 練は、OJT と Off-JT によって構成されている。 一般的に、職業における OJT8とは、On-the-job training の略で、企業内における就労 中の教育訓練を意味している。また、Off-JT とは、Off-the-job training の略で、社外で の集合あるいは個別研修あるいは教育のことを指し、それぞれ区別されている。 ジョブ・カード制度では、この OJT と Off-JT を組み合わせたカリキュラムを編成し、訓 練受講者に対して教育訓練を実施している。 そもそもなぜ、教育訓練を OJT と Off-JT に分ける必要があるのか、という素朴な疑問が 生じる。これについては、ナレッジ・マネジメント(knowledge management)に関して野 中と竹内(Nonaka and Takeuchi,1995)が、ポランニー(polanyi,1966)の研究に基づい て、知識を暗黙知9(tacit knowledge)と形式知(explicit knowledge)に区分している 点から説明したい。 まず、暗黙知は、個人的かつ文脈に依存した知識であるため形式化したり伝達すること が困難であるのに対し、形式知はシステマティックな言語に変換することが可能な知識で ある。 一般的に、企業内で業務上行われる指導というものは OJT として定義されるが、こ れは暗黙知としての意味合いが強いと思われる。これは、業務遂行上、取得した様々な経 験は各々の内部に無形のノウハウ(定性的要素)として蓄積され、他者に形式的に伝えて いくことが難しいからである。 次に、OJT は仕事に対する価値観や考え方、経験やノウハウの蓄積の度合いが人によっ て異なるため、指導者によって教え方が変わってしまう可能性が高い。このため、OJT で 教育を行う場合、指導者の資質を考慮しなければならないということが考えられる。 一方で、Off-JT は OJT とは異なり、統計調査(定量的要素)や過去の研究結果、理論な どが広く普及し一般化したものを文字や映像などを使って、形式的かつ標準的な内容で他 者に同じ内容で伝達することが比較的容易である。つまり、OJT と Off-JT は、それらの有 14 する固有の特徴が異なることから、個人に蓄積されているノウハウといった OJT や広く一 般化されている知識や技術などの Off-JT を組み合わせることによって、人は偏りのないノ ウハウや知識、技術などに効率的にアプローチできるのである。 このほか、表4でも示したとおり、正社員、非正社員に関わらず、「ひととおりの仕事」 を習得するのに要する期間は、1 年未満までの短い期間を挙げる企業が多数であることか ら、企業が OJT と Off-JT を意図的に組み合わせ、訓練として提供することで、より短い期 間で仕事を習得できるのではないだろうか。 つまり、OJT と Off-JT が別個に存在すると捉えるのではなく、OJT と Off-JT を同時並行 に進める中で、個人の中で実践的な知識と体系化された知識の往復・増幅運動(Nonaka and Takeuchi,1995)が起きるということがいえないだろうか。 これについて、松尾(Matsuo,2006)は次のように説明している。公式的な教育は、経験 学習10を側面からサポートする役割を果たす。まず、キャリアの初期段階において、業務 の基礎知識を研修やマニュアルを用いて教育することは、熟達化の準備状況を整えるとい う意味で重要である。 つまり、単なる個人のスキルに基づく教育(OJT)だけではなく、研修やマニュアルを用 いた公式的な教育(Off-JT)を実施することにより、実践と理論をほどよく組み合わせる ことができ、スキルと知識がバランスのとれた状態となり、熟達化の準備状況を整えるこ とができるのであろう。 このほかジョブ・カード制度では、OJT と Off-JT の実施割合をルールとして示している が、このルールの存在により訓練を実施する事業所は訓練受講者に対して、スキルと知識 のバランスのとれた教育を自動的に提供することができ、熟達化の準備状況を無意識のう ちに整えていく優れた仕組みに仕上がっていることが予想される。 (b)学習論 次に、学習論についてであるが、そもそも人が学習する内容は多様である。たとえば、 子供が通う学校では算数や国語といった学習指導要領で定められた一定の内容を一定の時 間数で学習する義務教育によるものもあれば、大人が通うビジネススクールや大学院とい ったものまであり、学習という言葉には幅広い考え方や価値観が内包する。 それでは、人はその多様な内容をいかにして学ぶのであろうか。 15 学習については、伝統的学習観(客観主義)と構成主義というものがあり、波多野(1989) は伝統的学習観について、効果的に知識を身につけるためには、まず教える人がいなくて はならないと説明している。つまり、教え手がいて初めて学べるのであるというものであ る。 また、この仮定を認めるということは、人間は何か不都合がないかぎり非活動的だとい う人間怠け者説のしっぽをひきずっていると見られる。伝統的学習論の根底には、この怠 け者説が、学び手はみずから知識を構成しようとするよりは、他の人から伝達されたもの を受身的に吸収しようとする見方の根底にあるとしている。この考え方によれば、学び手 が有能ではないために、教え手の側が、学ぶべき知識を伝達するばかりでなく、学び手が それを正しく吸収したかどうかをさまざまな形でテストすることが欠かせないことになる のである。言い換えると、賞罰ないしテストに頼る、というものである。 波多野(1989)は、この伝統的な学習論の説くところは、結局のところいっそうの教え 込み、より一層の学習の管理というところに行きつくことになり、皮肉にも、こういった 試みのもとでは人間の学習者も実験室の動物が示すと同じような受動性と無能力とを示す と説明している。 次に、波多野(1989)はもうひとつの学習観ないし新しい学習観として構成主義を提示 している。この構成主義とは、伝統的な学習観とは対照的に専門家としての教え手から意 図的、意識的に知識を伝達されなくても、人は能動的に学ぶことができると考えるもので ある。言い換えれば、ここでの学び手は能動的かつ有能であると想定され、生活上の現実 的必要にかかわる知識や技能は、教え手によって体系的に教授されなくても、学び手自身 の学ぼうとする強い動機づけによって、たいていの場合学ぶことができる。この自ら学ぼ うとする姿勢こそきわめて能動的であり、学び手自身がそれを必要と認め、自ら進んで学 ぶものである。 つまり、伝統的学習論が、行動主義・認知主義により客観的に捉えられる(誰が見て も同じ)知識を身につけるプロセスとして学習を捉えていた(客観主義)ということ と、学び手が受動的な存在であり、しかも有能ではないという仮定をおいていることに対 して、もうひとつの学習観ないし新しい学習観としての構成主義は、学習者一人ひとりが (各自異なる)意味を自ら構成していく過程として学習を捉えているのである。 16 これまで紹介した学習に関する先行研究によれば、人は多様な学び方をしている可能性 があるということであるが、ジョブ・カード制度における訓練受講者はどのような学びに より職業知識やスキルを習得しているのであろうか。 3-4 職務に対する動機づけ 職務に対する動機づけに関しては、Herzberg(1959)の二要因理論(動機づけ・衛生理論) をまず紹介したい。なぜ、Herzberg(1959)に着目したかというと、Herzberg(1959)の職務 満足の研究は、集団の中での人の職務態度と職務満足の関係性に着目し、どのような満足 が職務態度に効果的な影響を及ぼすのか探究した研究であったが、Herzberg(1959)は、こ の研究を軸に、仕事の動機づけ、職場のやる気と規範、労働を取り巻く環境との関係を明 らかにしている。後に、これらの研究の集大成として「動機づけ衛生理論(Two-factor theory)」という仮説を提示している。 この「動機づけ衛生理論」とは、大きく2つの動機づけの仮説に依拠するといわれている。 1つは、「仕事へ動機づける」仮説、いわゆる”動機づけ要因”である。もう1つは、仕事上 の「不満を回避・防止することへ動機づける」仮説、いわゆる”衛生要因11”である。 「仕事へ動機づける(動機づけ要因)」とは、集団あるいは組織の内での彼らの仕事へ の態度をプラスに向かわせる効力をいい(田中, 2010)、具体的な要因としては、達成、 他者の評価、仕事への満足感、責任、昇進、成長などを指している。 また、Herzberg(1959)が分析上、定義した衛生要因は、上司の指揮監督技術(supervision technical)、仕事上の個人的人間関係(interpersonal relations on the job)、労働条 件(working conditions)、給与(salary)、会社の経営方針、あるいは経営戦略(company policy and administration)、雇用の安定(job security)である。 Herzberg(1959)の二要因理論が優れている点は、賃金要因が人を仕事へ動機づける動機 づけ要因ではなく、不満を回避・防止することへ動機づける衛生要因と定義づけしたこと である。なぜなら、人は賃金額の上下によって一時的に動機づけられる場面が見受けられ るが、Herzberg(1959)の指摘どおりその動機づけられた意欲は持続しないからである。そ れは、日本の労働組合におけるベースアップを求めて行われる春闘などの様子をみても明 らかである。 一方で、Herzberg(1959)の二要因理論についての課題と思われる点は、賃金要因そのも のによって強く動機づけられる場合もあることを説明しきれていない点に興味を抱いた。 17 一方で、この点について太田(2011)は、短期の契約で働き、比較的単純な仕事が多い派 遣社員を例に挙げ、次のように説明している。「派遣社員にとって給料は日常の大きな関 心事であり、衛生要因としても、また一種の動機づけ要因としても強く働く。実利的な面 でも、シンボリックな面でも給料のもつ意味が大きいのである。昇給は、彼らの潜在的な 不満を抑制するだけでなく、自分の能力や貢献に対する「たしかな承認」としても重要だ といえる」。現代社会では、短期の契約で働き、比較的単純な仕事が多い派遣社員といっ た非正社員での雇用形態に代表される雇用の多様化あるいは雇用の流動化により、賃金格 差が広がることで、太田(2011)で述べられるような給料、あるいは昇給の持つ意味が大 きい労働者が存在するとされる面も一概には否定できない。そこでは、Maslow (1976)の欲 求段階説12でも示されているとおり、まずは基礎的な欲求を満たすこと、それこそが彼ら にとって豊かなキャリアを形成するための第1歩として求められているのではないだろう か。 その一方で、Maslow の欲求階層説の使い方が誤っているのではないかとの主張(沼上, 2003)も存在することを忘れてはいけない。沼上(2003)は、自己実現欲求の一歩手前の 承認・尊厳欲求への考えが軽視していることを問題としてとらえており、企業の組織を運 営していく中で重要なのは自己実現欲求ではなく、 「組織に認められたい」などの気持ちに 動かされて行動している人が日本では多いため、承認・尊厳欲求のほうがより必要となっ てくると説明している。 いずれにしても、職務に対する動機づけについては、Herzberg(1959)のように給与は動 機づけ要因にならない、と主張する理論もある一方で、Maslowの欲求段階説を踏まえ太田 のように給与は「たしかな承認」として動機づけ要因となりうると主張する説もあること から、本稿においても訓練受講者にとってどのような要因が職務満足につながるのか示唆 を加えたい。 18 第4章 仮説と方法 4-1 仮説 前章において、育成論、モチベーション論、組織社会論についての先行研究をレビュー してきたが、著者が本稿において新たな視点として検討したいのは、何らかの事情で組織 適応できなかった 35 歳以下を中心とする転職経験を有する訓練受講者が、ジョブ・カー ド制度を契機として主に中小企業での教育訓練に選抜(ノミネート)され、教育訓練に取 り組むことでどのような要因で定着化(組織適応)に至っているのか、という点である。 具体的には、非正社員への教育訓練に対してこれまであまり取り組んでいなかった企業 が OJT と Off-JT を組み合わせた教育訓練、いわゆる若者チャレンジ訓練ならびに有期実習 型訓練を導入したことにより、35 歳以下の転職経験を有する訓練受講者の組織適応にどの ような影響を与え、どのような過程を経ていくのか。彼らの自発的かつ内発的な要因につ いて、どのような要因が組織適応に影響を与えるのか、本研究によって研究的示唆を加え たい。 なお、本研究における概念的枠組みと仮説の設定は、以下のとおりである(図1) 。 図1 訓練受講における定着プロセスの概念的枠組み(仮説モデル) 前段部 後段部 成長感 定着 選抜型(ノミネート)訓練 (職務満足) 被承認感 [仮説]企業が提供する訓練の充実度が増すほど、訓練受講者の職務満足度は向上する。 この仮説モデルでは、訓練を受講し成長に至る過程(前段部)と、定着に至る過程(後 段部)を分けて分析している。この理由は、訓練を受講する前段部(訓練満足度)と、仕 19 事や職場に定着する後段部(職務満足度)は、必ずしも同義ではないと考えたからである。 なお、定着の代理変数として職務満足度を用いた根拠は、この調査対象となった訓練受 講者が実際に定着に至っていることから、彼らから得られた回答を職務満足とした。 4-2 調査対象 本調査では、平成 26 年 9 月 18 日(木)に岐阜県地域ジョブ・カードセンターが訓練受 講経験13を有する者を対象に実施したフォローアップ事業である、 「正社員定着化支援セ ミナー」に受講希望のあった 36 名に対して、キャリア・コンサルタントが調査票を用い てヒアリング調査を行った(平成 26 年 9 月 20 日~11 月 20 日) 。 そのうち本稿の分析対象としたのは、本調査の全回答のうち、訓練受講当時の年齢が 35 歳以下かつ 2012 年以降に訓練(有実習型訓練、若者チャレンジ訓練、実践型人材養成シス テム)を受講した 35 名である。その理由は、転職行動の時期や目的が似ている者たちを分 析対象とするためである。 以上のとおり限定した分析対象の基本属性を集計したのが下表(表 4)である。 表4 分析対象の属性(個人属性ならびに前職、訓練種別情報) (男性比率(%) ) 〈平均年齢〉 〈学歴(%) 〉 中・高卒 専門・短大・高専卒 大学・大学院卒 高校中退者 〈業界〉 製造業 建設業 卸売・小売業 生活関連サービス・娯楽業 専門技術・サービス業 教育・学習支援業 経済団体 80.6(%) 26.1(歳) 27.8(%) 30.6(%) 38.9(%) 2.8(%) 52.8(%) 2.8(%) 13.9(%) 16.7(%) 5.6(%) 5.6(%) 2.8(%) 〈在職期間〉 3~6 ヶ月 6~1 年 1 年~2 年 2 年以上 〈訓練種別〉 若者チャレンジ訓練 有期実習型訓練 実践型人材養成システム 未受講者 13.9(%) 19.4(%) 55.6(%) 11.1(%) 83.3(%) 2.8(%) 11.1(%) 2.8(%) ※訓練未受講者は訓練内容に関する回答から除外した 〈訓練受講期間〉 3~6 ヶ月 6~1 年 66.7(%) 33.3(%) 今回の集計では、男性比率が 80.6%を占めている。平均年齢は 26.1 歳である。また、訓 練受講者の訓練受講種別をみるともっとも多い割合となったのが、若者チャレンジ訓練の 83.3%で、次いで実践型人材養成システムの 11.1%、有期実習型訓練の 2.8%となっている。 これは、岐阜県における平成 25 年度のジョブ・カード制度のメニューの中で若者チャレ 20 ンジ奨励金がもっとも利用率が高かったことに伴い、若者チャレンジ訓練終了者割合も高 くなったことが要因として挙げられる。 この調査では、 こうした平成 25 年度の若者チャレンジ訓練受講者を主に対象としている が、当センターが彼らの多くと面談して感じていることは、転職歴を1度は経験している ものが大半であるという点である。 また、これまでに就業した企業において、学校卒業後に何らかの資格を取得した者は多 くなく、いわゆる職業形成機会に乏しい者が多いことも特徴的である。 なお本来は、これらの統制変数は仮説検証には直接結び付くわけではないものの、独立 変数として入れるべきものである。 しかし、実際に分析に投入した変数はわずかであった。 その理由は、従属変数に対して有意な影響はみられなかったことや、本調査でのサンプル サイズが少なかったことから、できるかぎり独立変数を減らしたかったからである。 4-3 分析モデル 本研究は、主にジョブ・カード制度を活用して、35 歳以下の離転職活動経験を有する若 年労働者がどのような要因によって企業に定着するのか、また、彼らがキャリアを形成す る上において今後どのような教育が求められているのか、ということを考察するものであ る。本項ではその実証を目的に実施した調査についての分析モデルを以下のとおり記す。 仕事に対する満足度や動機づけの測定尺度については様々な主観的要素があるが、本研 究では調査対象者自身が主観的に満足や動機づけを知覚している点を勘案し職務満足度を 従属変数に設定した。ここでいう職務満足とは、訓練を通じて現在勤めるに至った会社に 対する満足度のことを指し、本研究においては重要な変数である。 次に、分析モデルを構成する独立変数について紹介する。 独立変数には、ジョブ・カード制度における OJT ならびに Off-JT 訓練の進め方や受講時 間数、カリキュラムの難易度、受講後の周囲から得られた評価や自覚している知識や能力 向上といった効果を、それぞれ「OJT 構造化度」 「OJT を通じた承認獲得」 「OJT を通じた能 力獲得」 「Off-JT 比率」 「Off-JT レベル」 「Off-JT を通じた承認獲得」 「Off-JT を通じた能 力獲得」として独自に作成した項目にまとめた。なお、ここでいう OJT 構造化度であるが、 これは企業における OJT の進め方の整備の度合いを指しており、最も良いのはマニュアル が存在し、そのマニュアルに沿って職場の人が教育するというものである。 その中で最も多かった回答は、職場の人が仕事のやり方を教えてくれた、というもので 21 あるが、これはそもそもジョブ・カード制度における訓練の進め方が訓練指導者のもとに 訓練を進めるように制度設計されていることを表しているものである。 分析に使用した各変数の平均値、標準偏差、最小値、最大値は次に示す通りである(表 5 および 6) 。 22 表5 記述統計表 最小値 19 0 0 0 4 2 2 1 1 0 1 0 1 1 年齢 男性ダミー 大卒ダミー 製造業ダミー 在職期間(月) 訓練受講期間(月) OJT 構造化度 Off-JT レベル Off-JT 比率 OJT を通じた承認獲得 OJT を通じた能力獲得 Off-JT を通じた承認獲得 Off-JT を通じた能力獲得 職務満足度 最大値 36 1 1 1 34 14 3 3 4 2 6 1 6 5 平均値 26.20 .80 .40 .54 14.23 6.20 2.26 1.51 1.63 .26 4.14 .31 3.86 4.20 標準偏差 4.536 .406 .497 .505 7.154 3.685 .443 .818 .910 .561 1.264 .471 1.240 1.052 表6 変数の成り立ち 変数名 年齢 平均値 26.08 標準偏差 詳細 4.536 実数 男性ダミー 0.80 0.406 実数(1=100%) 大卒ダミー 0.40 0.497 実数 製造業ダミー 0.54 0.505 実数(1=製造業) 在職期間(月) 14.23 7.154 実数 訓練受講期間(月) 6.20 3.685 実数 OJT構造化度 2.26 0.443 「OJTの内容について」、1=マニュアルに基づく説明、2=マニュ アルなし、3=見よう見まね Off-Jtレベル 1.51 0.818 「座学訓練(Off-Jt)の内容のレベル」について、1=基礎的、2= 中級程度、3=専門的・高度 Off-Jt比率 1.63 0.910 「座学訓練(Off-Jt)の訓練全体に占める割合」について、1=1 割、2=2割、3=3~5割、4=5割以上 OJTを通じた承認獲得 0.26 社内で認められた、責任ある仕事が任せられた、顧客から褒めら 0.561 れた、を選んだ回答に対し、1位=3点、2位=2点、3位=1点を重み づけし、単純合計している OJTを通じた能力獲得 4.14 能力が発揮できるようになった、仕事への理解度が深まった、知 1.264 識が身についた、を選んだ回答に対し、1位=3点、2位=2点、3位 =1点を重みづけし、単純合計している Off-Jtを通じた承認獲得 0.31 社内で認められた、責任ある仕事が任せられた、顧客から褒めら 0.471 れた、を選んだ回答に対し、1位=3点、2位=2点、3位=1点を重み づけし、単純合計している Off-Jtを通じた能力獲得 3.86 能力が発揮できるようになった、仕事への理解度が深まった、知 1.240 識が身についた、を選んだ回答に対し、1位=3点、2位=2点、3位 =1点を重みづけし、単純合計している 職務満足度 4.20 1.052 5=とても満足、4=満足、3=ふつう、2=やや不満、1=不満 23 第5章 分析の結果と考察 5-1 分析結果 分析で用いた変数の間の相関の大小を,表7に示した。これによると、訓練のあり方と 職務満足度の間については、特に有意な関係は認められなかった。 また、本研究では教育訓練によって引き起こされ,従業員の定着の有無に影響を与える と仮定された OJT を通じた承認獲得についてみた場合にも特に有意な関係は認められなか った。 一方、Off-JT を通じた承認獲得については、男性ダミーや OJT を通じた承認獲得、OJT を通じた能力獲得と Off-JT レベル間に若干であるものの有意な関係が認められた。 ただし繰り返すと、OJT であっても Off-JT であっても、その訓練内容の違いは職務満足 度などといった従業員が示す反応に影響を及ぼさない。 それではジョブ・カード制度における訓練は、彼らにとって意味を持たないものなので あろうか。 次の分析ではその点をより注意深く検証していくこととする。 表7 職務満足に関する相関分析結果 年齢 男性ダミー 大卒ダミー 年 齢 男性ダミー -.042 大卒ダミー .277 -.029 製造業ダミー -.036 .401* 在職期間(月) .127 -.237 訓練受講期間(月) -.280 .087 OJT構造化度 -.202 -.033 OffJTレベル .051 -.301 OffJT比率 .161 -.446** OJTを通じた承認獲得 .002 .103 OJTを通じた能力獲得 .113 -.229 OffJTを通じた承認獲得 -.085 .339* OffJTを通じた能力獲得 -.120 .000 職務満足度 -.015 .441** *. 相関係数は 5% 水準で有意 (両側) 。 **. 相関係数は 1% 水準で有意 (両側) 。 -.175 -.093 -.080 .347* .208 .253 .281 -.176 -.143 -.101 製造業 ダミー .054 -.265 .277 -.339* -.188 -.092 -.171 .127 -.060 .398* OffJTを通 OffJTを通 在職期間 訓練受講期 OJT構造化 OffJTレベ OJTを通じ OJTを通じ OffJT比率 じた承認獲 じた能力獲 (月) 間(月) 度 ル た承認獲得 た能力獲得 得 得 -.202 -.177 -.267 .063 .190 -.043 .039 .329 -.124 .328 .170 -.004 -.125 -.019 .115 -.077 -.291 24 -.132 .462** -.037 -.015 .165 .015 -.240 .422* -.233 .382* -.203 -.070 -.157 -.096 .252 -.063 .030 -.289 -.178 .353* .139 -.090 -.028 -.080 -.022 -.223 .048 -.135 5-2 分析結果の考察 まず, 「OJT を通じた承認獲得」 「OJT を通じた能力獲得」「Off-JT を通じた承認獲得」 「Off-JT を通じた能力獲得」のそれぞれを従属変数に, 「年齢」、 「男性ダミー」、「製造業 ダミー」 、 「訓練受講期間(月) 」 、 「OJT 構造化度」 、 「Off-JT レベル」 、 「OJT 比率」の各変数 を独立変数とした順序回帰モデルを設定した。分析の結果,統計的に有意なモデルを構築 することができなかった。すなわち, 「前段部」と称した図1の左半分の関係を実証するこ とはできなかった。 次に,上述のモデルで用いた変数の全てを独立変数に, 「職務満足度」を従属変数に、そ れぞれ順序回帰モデルを設定した。結果は表 8 に示したが,回答者の個人属性である統制 変数のうち, 「男性ダミー」 、 「製造業ダミー」が「職務満足度」に対して正の影響を持つこ とが示された。 つまり,男性,製造業の従業員は,そうでない従業員に比べ,職務状況に満足する傾向 がある。次に、職業訓練のあり方が職務満足度に対して及ぼす影響をみると,OJT 構造化 度が高いほど職務満足度が低くなる傾向が見出された。また,職業訓練に伴う被承認感や 成長感から職務満足に対する影響も,顕著なものは見出されなかった。 すなわち,仮説は支持されず,部分的に逆の結果が出るに至った。 25 表8 職業訓練のあり方が職務満足に及ぼす影響 従属変数:職務満足度 -.063 1.591 * 2.369 ** -.054 -2.719 * -.473 .283 -.444 .036 .115 .023 0.532 58.356 26.550 0.005 年齢 男性ダミー 製造業ダミー 訓練受講期間_月 OJT構造化度 OffJTレベル OffJT比率 OJTを通じた承認獲得 OJTを通じた能力獲得 OffJTを通じた承認獲得 OffJTを通じた能力獲得 疑似決定係数 -2対数尤度 カイ2乗値 有意確率 備考1:サンプルサイズは35。 備考2:Bは非標準化係数を示す。 備考3:**: p<0.01,*: p<0,05,†:p<0.1。 備考4:疑似決定係数はCox and Snellを利用した。 備考5:しきい値の表記は紙幅の都合で省略している。 ここまでの分析の結果は,職業訓練の面での工夫を企業側が行うこと,その中で従業員 が被承認感なり成長実感なりを得ることが,従業員に最終的に良い影響を及ぼさないばか りか,部分的には好ましくない影響を及ぼす可能性を含意している。では,職業訓練上の 工夫は全般的に避けられるべきなのだろうか。以下では,従業員のタイプによっては,そ うした工夫が有効でありえることを示したい。 そこで着目するのが従業員の職業意識であり,職業意識に応じて分析サンプルを二分す るに当たっては、Herzberg(1959)の二要因理論(動機づけ・衛生理論)に着目した。 つまり,「仕事に対する満足や不満はどのような要因によって左右されますか」という 質問項目に着目し,得られた回答を要因ごとに分類する手順に則ることで,従業員を(1) 動機づけ要因に着目して満足の最大化を目指すグループ,(2)衛生要因に着目して不満 の最小化を目指すグループ,に二分したのである(図 2)。 26 図2 Herzberg の動機づけ衛生理論からみた要因分類 やりがい、前職の経験・ 従 業 員 の 欲 求 動 機 づ け 要 因 能力の発揮、訓練で身に 積極的な仕事意欲 つけた能力の発揮、取得 対応 した資格の活用、仕事の (モチベーション)を 引き出す 内容 会社の規模・知名度、賃金、 衛 生 要 因 勤務形態・勤務時間、職場 環境・人間関係、通勤の利 対応 不満の解消・予防に留まる 便性、社会保険の加入の有 無、人材育成に対する熱意 度、知人・友人の存在など その上で,それぞれのグループごとに,教育訓練の最も直接的な成果である OJT や Off-JT を通じた承認獲得や能力獲得が,従業員の職務満足感といかなる相関性を持つのか について検討した(表9) 。なお、回帰分析を実施しなかったのは、サンプルを分割すると 回帰モデルの頑強性が大いに低くなるためである。 表9 職業意識別にみた職務満足度に対する相関分析結果 OJT を通じた承認獲得 OJT を通じた能力獲得 Off-JT を通じた承認獲得 Off-JT を通じた能力獲得 職務満足度 (動機づけ) n=16 .176 .023* .510* .106 職務満足度 (衛生要因) n=19* -.494* -.056 -.368 -.349 *: 5%水準で有意(両側検定) 27 分析の結果、動機づけ要因に動かされる訓練受講者は、Off-JT を通じた承認獲得と職務 満足度との間に有意な正の相関が見られるものの、その他については全体的に正ではある ものの,特に顕著な関係は存在しない。反面、衛生要因に動かされる訓練受講者は、OJT ならびに Off-JT ともに全体的に職務満足度との間の負の相関関係が認められる上に、特に OJT を通じた承認獲得については強い負の相関関係が認められる結果を示した。 これらの結果は、第一に,やりがいや能力の発揮といった動機づけ要因を追求する中で 職務に満足したりしなかったりする訓練受講者は、Off-JT 理論的な内容を習得できる Off-JT が持つ、 「周囲からの承認」というきっかけに敏感に反応している可能性がある。 その一方、賃金や職場環境といった衛生要因に動かされる訓練受講者は、そもそも訓練 の趣旨を理解していない(しようとしない)ことや、訓練と共に発生する正社員化という 承認のシグナルにプレッシャーの念を覚え,訓練を受け身的立場で受講してしまい、結果 として職務満足度を高めないか低下させる可能性を示している。このあたりは、当センタ ーではよく「訓練生が訓練生たる所以」と説明する場合があるが、訓練受講者の多くはい わゆる離転職者で、賃金が生活するために必要であり、早く就職し、できれば正社員の職 に就いて生活を安定させたいという思いが強く表れた結果、正社員につながりやすいジョ ブ・カード制度における訓練を受講するという選択を無意識のうちに行っている、という ことなのではないだろうか。 このことは、離転職者は日ごろから誰かに期待されるという経験が乏しく,自分の「島 宇宙」で生きる傾向があるため,その外部からの介入を受けると,例え介入する側として はポジティブな意図があったとしても,離転職者にはそれが届かないということかもしれ ない。 また、待遇改善以外に考えられる理由としては、訓練生自身の能力的な課題を特に意識 していない可能性が考えられることに加え、彼らの多くが長く非正社員での就労経験を持 つことから、OJT にしても Off-JT にしても受講そのものが彼らにとって精神的プレッシャ ーとなり、結果として職務満足度の低下、つまり、企業が彼らのためにと行った訓練は、 皮肉なことに彼らにとって逆効果を引き起こしている可能性が存在することを示している ものと推定される。 しかし、逆効果を引き起こしている可能性が存在するからといって、訓練の意義そのも のを否定することにはならないし、それだけでは訓練受講者がなぜ企業に定着しているの かという説明づけが困難である。そこで、動機づけ要因と衛生要因という異なる要因によ 28 って動かされる訓練受講者が,知覚する職務満足度、さらには OJT ならびに Off-JT への満 足度における差があるかどうかについて,統計的な検証を行った。両側検定のt検定を行 ったところ、動機づけ、衛生要因のいずれの場合でも,両タイプの従業員の間で大きな差 がないことが示される結果となった(表 10) 。また、両タイプの従業員とも,満足度は極 めて高い水準を示すことも見て取れる。 表10 各満足度に対する検証 職業意識 職務満足度 OJT 満足度 Off-JT 満足度 平均値 4.19 4.21 4.56 4.53 4.50 4.74 動機づけ 衛生要因 動機づけ 衛生要因 動機づけ 衛生要因 有意確率 (両側) .950 .892 .368 これまでの結果をまとめてみよう。 本稿における仮説モデル(図 1)は、訓練を受講し周囲からの承認を得,成長に至る過 程(前段部)と、それを受けて定着に至る過程(後段部)に分けて分析を進めてきたが、 これら全ての分析結果から導出されることは、著者が設定した仮説と異なる結果ではあっ た。まず,訓練体系の充実化と被承認感や成長感の間に相関関係の有意性は特に認められ なかった。また,職務満足感に対しては,職業訓練の体系を整備することが部分的に否定 的な効果をもたらすことが示された。 しかしそのことは,職業訓練の体系を整えたり,その中で従業員の能力向上や「居場所」 の確保が無駄であることを含意しない。特に, 動機づけ要因を重視して職業生活を営む人々 にとっては,職業訓練を受講させることで周囲から受講者本人への承認のシグナルを送る ことが有効である。 このことが示すのは,職業訓練の体系の整備やその運用といった従業員にとっての「外 部」に加え,従業員の動機づけの構造といった「内部」についても,企業側としての配慮 が必要となる,ということである。 29 第6章 結論と展望 6-1 訓練受講における定着プロセス 本研究は、既存研究におけるリアリティ・ショックや組織社会化の研究範囲を拡大し、 何らかのリアリティ・ショックを受けた者が公的訓練を経て企業に就職した 35 歳以下の 離転職経験を有する若年労働者に焦点を絞り、組織適応あるいは定着化に与える影響要因 (OJT と Off-JT の訓練満足度や、職務満足度)について考察された。 分析の結果、以下の結果が得られた。 ・訓練受講者は、訓練受講者として選抜(ノミネート)され訓練を受講すること自体は満 足度を感じているが、どのような訓練が彼らにとって効果があるのかは示すことができな かった。 6-2 政策への示唆 ジョブ・カード制度本来の目的は、訓練機会に恵まれないものに訓練と評価機会をセッ トで提供し、キャリア形成に資することである(小杉・原, 2011)。 一方で、助成金を活用したい企業のための制度になっているという見方もあるのかもし れない。しかし、本調査においても訓練受講経験者が正社員として活躍している状況や、 企業の中に従業員教育の仕組みが構築されている状況を踏まえると、ジョブ・カード制度 そのものに大きな意義があるのではないか。 特に、ジョブ・カード制度を利用する多くの企業は中小企業であり、地方の中小企業で は慢性的な人材不足に悩まされているところも多く存在している。 本研究で示された訓練受講者は、訓練満足度が高く、訓練によって承認されたと感じる と企業に定着する傾向にあるという点においては、人材不足に悩む多くの中小企業にとっ て良いヒントとして考えられるのではないだろうか。 重要なことは、非正社員での雇用形態を繰り返してきた訓練受講者に、どのようにして 訓練の組み合わせや内容が必要なのか、という点を企業側に伝えていくのが大きな課題で あるように思われる。 そのためには、ジョブ・カード制度導入を契機として企業における人材育成の環境を見 つめ直し、訓練受講者の育成と定着を一層深める効果的な仕組みづくりを再構築すること が肝要ではないだろうか。 30 また、こうした「自社の人材を育成する仕組みづくり」に加え、職場で抱える様々な諸 問題を相談し解決していける「よき相談相手」となるキャリア・コンサルティング部門の 設置と充実についても訓練受講者の定着促進を図るために重要になるのではないだろうか。 こうした企業の取り組みにより、ジョブ・カード制度ひいては公共職業訓練自体の有効 性をいっそう高めていくのではないかと考えられる。 6-3 今後の展望 本研究は、平成 26 年 9 月 18 日(木)に、岐阜県地域ジョブ・カードセンター(美濃加 茂商工会議所)が実施した「正社員定着化支援セミナー」の受講希望者 36 名を対象に調 査を実施したことから、調査サンプル数が必ずしも多くない。 また、多種多様な公共職業訓練受講経験者に対する調査とできなかったため、幅広い公 的訓練の効果に対する現状を把握するには至らなかった。このあたりは、今後より精密な 調査デザインを採用し、豊富なサンプル数データによって、本研究で明らかにされた研究 的示唆をさらに詳細に分析・検討することが求められる。 最後に本研究の成果と限界を踏まえ、今後の課題について簡単にふれる。 第一には、先にふれたように発見事実についての再検証が求められる。 この際、構成概念が規定する項目数をどのように確保するのかを十分検討し、調査検証 を慎重に進める必要があるであろう。また、男女比率にやや偏りがあるため、より均一な 男女比率を考慮したサンプル収集あるいは母集団の選択が求められる。 第二に、本研究はジョブ・カード制度を主とした公的訓練における若年者の組織適応に 関する現状と課題であるが、企業の中で彼ら彼女らが成長していく過程において、今後、 企業として具体的にどのような支援が期待されるのか、定期的な追跡調査を行うなどの継 続的な分析・検討が求められるところである。 31 32 参考文献 藤本真(2014)労働政策レポート,Volume11「日本企業における能力開発・キャリア形成 -既存調査研究のサーベイと 試行的分析による研究課題の検討」独立行政法人 労働政策研究・研修機構 小杉礼子(2013)労働政策研究報告書 No.152 「働き方と職業能力・キャリア形成 についての調査」結果より-」独立行政法人 -「第 2 回働くことと学ぶこと 労働政策研究・研修機構. 小杉礼子(2013)労働政策研究報告書 No.153「ジョブ・カード制度における雇用型訓練の効果と課題‐求職者追跡調 査および制度導入企業ヒアリング調査」独立行政法人 労働政策研究・研修機構. Herzberg,F.,1966,”Work and The Nature of Man”Cleveland and New York:The world Publishers. ”Work and the nature of Man,”(フレデリック・ハーズバーグ,『仕事と人間性 動機づけ―衛生理論の新展開』 北野利信訳,東洋経済新報社,1981 年)。 佐々木政司(1993)「組織社会化過程における新入社員の態度変容に関する研究 -幻滅経験と入社 8 ヶ月後の態度・行 動の変化-」経営行動科学第 8 巻第 1 号,23-32. 日本経営学会誌 第 23 号,pp37-49,2009 新規参入者の組織社会化メカニズムに関する実証的検討‐入社前・入社後の 竹内倫和、竹内規彦(2009) 「新規参入者の組織社会化メカニズムに関する実証的検討-入社前・入社後の組織適応要因」 日本経営学会誌第 23 号, pp.37-49. 福本俊樹(201112a)「組織社会化概念の再定位」神戸大学 厚生労働省「平成 25 年度 能力開発基本調査」 株式会社野村総合研究所 平成 20 年度サービスイノベーション創出支援事業(サービス産業能力評価システム構築支 援事業)‐職業能力評価制度に関する調査 報告書‐ 原ひろみ(2011)「非正社員の企業内訓練についての分析」日本労働研究雑誌 NO607, pp.33-48 田中規子(2009)「職務満足の規定要因:フレデリック・ハーズバーグの「動機づけ衛生理論」を手がかりとして」 『人 間文化創成科学論叢』pp.258-265. マイケル・ポランニー,高橋勇夫(訳) (2003)「暗黙知の次元」ちくま学芸文庫 佐藤博樹(2012)「人材活用進化論」日本経済新聞出版社 榊原清則(2010)「経営学入門 上」日本経済新聞出版社 A・H マズロー(1987)「改訂新版 人間性の心理学(小口忠彦訳)産能大学出版部 太田肇(2011)「承認とモチベーション【実証されたその効果】」同文館出版 稲垣佳世子,波多野誼余夫(1989) 「人はいかに学ぶか 日常的認知の世界」中公新書 Katz, R.L. (1955)Skill of an Effective Administrator.Harvard Business Review,Jan-Feb:33-42. 33 松尾睦(2006)「経験からの学習~プロフェッショナルへの成長プロセス~」同文舘出版 沼上幹(2003)「組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために」筑摩書房 Sternberg,R.J.,Forsythe,G.B.,Hedlund,J.,Horvath,J.A.<J.A.,Wagner,R.K.,Willam,W.M.,Snook,S.A.,and Grigorenko,E.L (2000) Practical Intelligence in Everyday Life.Cambridge Uniuversity Press, Ericsson 、 K.A (1996) The Acquisition of Expert Performance: An Introduction to Some of the Issues. In K.A.Ericsson(Ed.) ,The Road to Excellence.Mahwah,NJ:LEA. Pintrich,P.R. (2002) The Role of Metacognitive Knowledge in Learning.teaching,and Assessing.Theory into Practice,41(4):219-225 Flavell,J.H. and Wellman,H.M. (1977)Metamemory.In R.V.Kail and J.W.Hagen(Eds.)Perspectives on the Development of Memory and Cognition.Hillsdale,NJ:Lawrence Erlbaum Associates. 注釈 1若者チャレンジ訓練とは、平成 25 年 3 月 18 日から実施された 35 歳以下の若年者を対象とした若者チャレンジ奨励 金上の訓練名のことで、26 年 3 月末で受付終了。 2有期実習型訓練とは、フリーター等の正社員経験の少ない方に実践的な訓練を行うことにより、正社員就職を目指 すものであり、現在の制度上は対象年齢等の年齢制限は存在しない。 3実践型人材養成システムとは、新規学校卒業者を主な対象とした 15 歳~45 歳までの方を対象に実施する 6 ヶ月~2 年の訓練のことで、厚生労働大臣の認定を受ける雇用型訓練のことをいう。 4 Hall(1976)は、リアリティ・ショック(RS)を、「高い期待と実際の職務での失望させるような経験との衝突」 と表現し、未使用の潜在能力症候群(syndrome of unused potential)を引き起こすと指摘した。 5 イギリスにおける職業能力評価制度(NVQ)とは、職業資格・カリキュラム機構(Qualification and Curriculum Authority:QCA)が所管する職業能力評価制度であり、産業の国際競争力を高め、国民全体の職業能力を向上させる ことを目的として、1986 年に導入された。 6平成 20 年 6 月に策定された「全国推進基本計画」では、ジョブ・カードの取得者数は 100 万人、訓練の修了者数は 40 万人を目標として平成 24 年度末までの 5 年間で達成することが提示された。さらに、平成 22 年 6 月の「新成長戦 略」には、「2020 年までにジョブ・カードの取得者 300 万人」を目標とすることが明記された。 7現在は、訓練により OJT と Off-JT の比率が 1 割と 9 割、あるいは 2 割と 8 割の 2 種類が存在する。 8 ジョブ・カード制度では、OJT を「適格な指導者の指導の下、事業主が行う業務の過程内における実務を通じた実 践的な技能およびこれに関する知識の習得に係る職業訓練のこと」と定義し、Off-JT は、「生産ラインまたは就労の 場における通常の生産活動と区別して業務の遂行の過程外で行われる(事業内または事業外の)職業訓練」と定義して いる。 9ポランニーは、暗黙知は内在化(indweling)によって包括=理解を成し遂げること、さらにすべての認識はそうし た包括の行為から成り立っている、もしくはそれに根ざしている、と説明している。また、暗黙知の構造が包括的存 在の構造を決定する仕組みについても明らかにし、暗黙知が人間の動作(パフォーマンス)を包括する仕組みを研究す ることによって、私たちは、包括(=理解)されるものが、それを包括(=理解)する行為と同じような構造を持って いることに気づいた、と説明している。 10経験学習は、個人が社会的・文化的な環境と相互作用するプロセスであり、人間の中心的な学習形態であると定 義している(松尾)。 11衛生要因も満足を促す動機づけ要因であるが、特に、不満足を抑制して満足に導くという意味で、不満足に貢献 する要因(contribution to dissatisfaction)として、考えているようである(田中 2010)。 12 A.Maslow は欲求階層理論(hierarchy of needs theory)を提唱し、この理論は大きく二つの理論から成り立って いると主張した。第一は、人間行動を欲求(need)の満足化行動と仮定する点で、マズローは自らの臨床経験に基づ いて、生理学的欲求、安全欲求ないし安定性欲求、所属及び愛の欲求、尊厳欲求、自己実現欲求という五つの欲求次 元を人間が持っていると考えた。第二の仮定は、欲求の五つの次元が各々の優勢度(prepotency)に従って、最低次 欲求(生理学的欲求)から最高次欲求(自己実現欲求)へと下から順に階層を成していると考えた。 13 この調査でいう訓練とは、ジョブ・カード制度における有期実習型訓練、若者チャレンジ訓練、実践型人材養成 システムを指しているが、訓練期間や訓練内容、業界、職務内容は一様に異なる。 34
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