2 次事例直前特訓講義⑥ 中小企業白書から見た出題予想

2009 年度 中小企業診断士第 2 次試験
2 次事例直前特訓講義⑥
中小企業白書から見た出題予想
資格の大原
2009 年版白書から読み取れる中小企業の進むべき方向性
1.中小企業のイノベーション
(1)中小企業によるイノベーションの特徴
イノベーションという概念は、技術革新のみを指すのではない。経済学者シュンペ
ーターは、イノベーションとして以下の 5 類型を示している
① 新しい財貨の生産
② 新しい生産方法の導入
③ 新しい販売先の開拓
④ 新しい仕入先の獲得
⑤ 新しい組織の実現
また、中小企業は、大企業に比べて経営組織がコンパクトであるといった特性があ
り、そうした特性を反映して、中小企業によるイノベーションには、次の 3 つの特徴
があると思われる。
① 経営者が、方針策定から現場での創意工夫まで、リーダーシップをとって取り組
んでいること。
② 日常生活でひらめいたアイディアの商品化や、現場での創意工夫による生産工程
の改善など、継続的な研究開発活動以外の創意工夫等の役割が大きい。
③ ニッチ市場におけるイノベーションの担い手となっていること。
一方、大企業によるイノベーションについては、大規模な研究開発や、その成果が
現れるまでに長期間を要する研究開発プロジェクトに対し、その組織力を活かして多
くの研究者や資金を投入し、イノベーションを実現していることが中小企業と比べた
特徴と思われる。
(2)中小企業の強みとイノベーション
中小企業によるイノベーションを見ていくと、中小企業ならではの強みを活かして
イノベーションを実現していることを反映していると考えられる。創意工夫アンケー
ト調査によると、中小企業は、
「経営者と社員、部門間の一体感の・連帯感」
、
「個別ニ
ーズにきめ細かく応じる柔軟な対応力」
「経営における迅速かつ大胆な意思決定能力」
、
を強みとして多く挙げている。小さな組織を活かして、チームワークを高め、小回り
を利かせて柔軟な対応力を発揮させ、経営者が機動的な判断やリーダーシップをとっ
ているようである。
他方、
「規模の経済性を発揮」、
「豊富な種類の商品・サービスの品ぞろえ」
、
「必要資
金の調達力」等は中小企業の弱みと認識されているようである。
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白書の CASE より①
研究開発に取り組み、下請から自社製品開発にシフトした企業
静岡県富士市の東海電子株式会社(従業員 89 名、資本金 5,900 万円)は、呼気から飲酒の有
無を検知する業務用アルコール測定器の製造、販売、サポート等を行う中小企業である。
同社は、1979 年の創業以来、大手時計メーカーの下請として、デジタル時計の組立等を事業の
柱としてきた。しかし、時計の生産が海外に移っていくなど、事業を取り巻く環境が変化する中、
2002 年、同社の杉本一成社長は自社製品の開発に着手することを決心した。そのとき、杉本社長
が社会のニーズとして感じていたのが、飲酒運転の問題への対応であった。当時、飲酒による交
通事故や定期運行バスの運転手の飲酒運転などの不祥事が相次ぎ、社会問題化していた。
杉本社長は、業務用アルコール測定器は、大型で高性能な機器と、小型で簡易に測定できるが
精度は高くない機器の 2 つの類型しか無かったことに着目した。小型かつ高性能な機器を開発す
れば、社会のニーズに応えられるのではないかと思い立ち、デジタル時計の組立で培ってきたソ
フトウェアとハードウェアを組み合わせる技術を活用して、試作品を 1 ヶ月間で作り上げた。さ
らに、データの改ざん等を難しくする仕組みや、履歴データ等の一元管理を可能とするシステム
も開発した。
2003 年、業務用アルコール測定器は大手バス会社に採用され、その後、タクシー会社、トラッ
ク運送会社など、次々と運送業界に広がっていった。また、運送業では、従来、対面による点呼
が義務づけられていたが、規制緩和により、通信機器等を利用した点呼(IT 点呼)も可能になっ
たため、パソコンに同社の製品とテレビカメラ等を接続し、点呼映像を見ながら、飲酒の有無を
検知する IT 点呼のシステムを開発し、2008 年には、国内で初めて国に認定された。また、2009
年 1 月、国際カーエレクトロクス技術展では、国産初の、アルコールを検知するとエンジンが掛
からないようにする車載用アルコール・インターロック装置を発表し、7 月より販売を計画して
いる。
杉本社長は、
「当初、業務用アルコール測定器は顧客の限られたニッチ市場だろうと思ってい
ましたが、各分野から次々と持ち込まれる商品化のアイディアに驚いています。
」と話す。現在、
顧客は、全国で約 2,500 社、1 万拠点以上にまで拡大しており、今後も、医療・健康分野への展
開等、可能性はまだまだ広がりそうである。
【ケースワーク1】
事例の企業が成功した理由として、どのようなことが考えられるか。
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2.中小企業の市場戦略
(1)顧客ニーズを把握するための取組
中小企業が新たな商品や技術を開発する上で、それらのアイディアや発想の源とし
て何を重視しているのかについてアンケート調査をした資料がある。それによると、
「顧客の動向や顧客ニーズ」を重視すると回答した企業が最も多く、次に「消費者の
動向や消費者ニーズ」を重視する企業が多く、
「自社の技術シーズ」を重視する回答の
数を大きく上回っている結果となった。これは、イノベーションにおいて、シーズ以
上に、顧客や一般消費者のニーズを把握することの重要性を示唆するものといえよう。
中小企業が、顧客のニーズの把握に当たり、どのような顧客の属性や特徴を重視し
ているのかについて見ると、
「取引年数の長さ」や「顧客との物理的距離」を重視する
傾向にあることが見てとれる。
また、顧客ニーズや消費者ニーズの把握に向けて、中小企業はどのような手段で情
報を収集しているのかを見ると、
「日常的な取引業務」が重要な情報収集手段であると
回答する企業が顕著に多い。中小企業は、長年の付き合いのある販売先から、新たな
商品や技術のニーズを探り、アイディアを得ていると思われる。
以上のとおり取引関係は重要であり、中小企業のうち業績の良い企業ほど、販売先
を増やしている傾向にある。また、新たに獲得した販売先について見ると、中小企業
のうち業績の良い企業ほど、地理的に遠い企業と取引を開始している傾向がある。中
小企業と販売先の関係は、
取引年数や密接な情報交換が重要であるが、
それに加えて、
販売先を増加させ、広域化させることも、規模の経済性(スケールメリット)が働くよ
うになること等から重要であると考えられる。
(2)モノ作りとサービスの融合
ここで、顧客ニーズを把握するための手法の一つとして、
「モノ作りとサービスの融
合」という経営戦略に注目してみる。
具体的には、次のような、川下展開と川上展開がある。
① モノ作りをしている企業が、顧客ニーズの把握のために自らアフターサービス、
メンテナンスサービスを始めとした関連サービスを開始すること・・・(川下展開)
② 卸売業・小売業・サービス業を営む企業が、普段顧客と接触している中で把握し
たニーズを踏まえ、それに対応したモノ作りを自ら開始すること・・・(川上展開)
この二種類の展開があることを踏まえて、中小企業がモノ作りとサービスの融合に
取り組む理由について見ていく。
製造業からサービス分野へ参入する理由としては、
「事業の多角化の一環として」
という理由を挙げる中小企業が最も多い。その次の理由としては「自ら顧客へ販売す
る手段を持つ」が多く、顧客との接点という面でこれと類似した理由の「ニーズの汲
み上げでマーケティング機能を強化」も少なくない。この結果について、ヒット商品
3
が生まれた中小企業と、それ以外の中小企業に分けて見ると、ヒット商品がある中小
企業では、
「自ら顧客へ販売する手段を持つ」という理由を挙げる企業が相対的に多
い。
また、非製造業からモノ作り分野への参入の理由としては、「顧客への商品・サー
ビス提供の幅を広げる」を挙げる中小企業が多い。
以上のとおり、中小企業は、顧客ニーズを把握し、顧客との接点を増やすべく、従
来の業種の枠にとらわれることなく、モノ作りとサービスの融合を通じ、新たな商品
や技術の開発に挑戦してきており、こうした取組は今後とも重要と考えられるであろ
う。
(3)売れる商品作りに向けた中小企業の取組
前項で見たとおり、
「モノ作りとサービスの融合」を行っている中小企業は、ヒッ
ト商品が多くなっている。これは、顧客との接点を有することによりニーズを把握し
ているためと考えられる。
次に、輸出を行っていたり、海外拠点を設けていることとヒット商品との関係を見
てみると、輸出を行っている中小企業や海外拠点を有する中小企業の方が、ヒット商
品に恵まれた企業が多い傾向にある。これは、業績の良い中小企業は、「国内・海外
問わず」新規販売先を獲得している企業が多いことを示唆し、仮に中小企業が顧客の
ニーズに合致した商品を開発した場合、内外を問わず、多数の販売先を有することが、
売上の増大につながりやすく、ヒット商品となりやすいと考えられる。
また、新たな商品や技術の開発に当たり、外部と連携している企業の方が、ヒット
商品に恵まれている企業の割合が高いという結果が出ている。これは、経営資源の乏
しい中小企業は、新たな商品や技術の開発に当たって、外部資源を有効に活用するこ
とがヒット商品の開発につながりやすいことを示唆している。
さらに、中小企業が消費者ニーズの把握に当たり重視している市場のタイプについ
て見てみると、
「ニッチ市場」を重視している企業の方が、
「マス市場」を重視してい
る企業よりも、ヒット商品に恵まれている企業が多いという結果が出ている。
最後に、中小企業が、新たな商品や技術を開発するのに当たり、他社との差別化を
図ることが重要と考えられるが、その点について見ていく。アンケート調査によると、
ヒット商品を生み出している企業は、
「儲ける仕組み(ビジネスモデル)
」
、
「ブランド
力」、「企画提案力」といった点を差別化している。ここで注目すべきは、「技術力」
が、ヒット商品を生んでいる企業とそうでない企業で違いをもたらす差別化の要素と
なっていないことである。中小企業は、技術力だけでは同業他社との差別化の決め手
とすることは難しく、「儲ける仕組み(ビジネスモデル)
」
、
「ブランド力」
、
「企画提案
力」といった要素を差別化の要素に加えられるかが重要である可能性を示唆している
と考えられる。
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白書の CASE より②
レシピを交えたセミナーで、
「顧客ニーズ」を把握するモノ作り企業
愛知県稲沢市の株式会社コメットカトウ(従業員 245 名、資本金 4,500 万円)は、加熱機器専
門の厨房機器メーカーである。
同社の主力商品である「スチームコンベクションオーブン」は、蒸す、焼く、煮込む、炊く、揚
げる、茹でる等の加熱調理が 1 台で可能な業務用のオーブンであるが、まだ、広く浸透しておら
ず、飲食店などユーザーも使い方がよく分かっていない場合が多いのが現状である。そこでメン
テナンスやアフターサービスを通じた「顧客ニーズ」の汲み上げとともに、機器の使い方を説明
する機会を積極的に設けていくことで「顧客との接点」を持ち、技術改良や新商品開発のアイデ
ィア・ニーズを汲み上げている。
具体的には、同社は、ユーザー向けのセミナーを年間 100 回程度開催し、ユーザーに対して同
社が独自に考案したレシピを交えてオーブンの使い方等を説明している。このセミナーを通じて
顧客の情報や要望等を把握し、それらを技術改良や商品開発にフィードバックするため、セミナ
ーに出席した社員と技術者との合同研修会を開いている。合同研修会では、セミナーでユーザー
に対応した社員がオーブンの使い勝手やユーザーの要望等を実演を交えて説明し、技術者に体感
してもらいながら、技術改良や新たな商品の開発に向けた議論を活発に行っている。
このように、モノ作り企業がメンテナンスやアフターサービスに加え、ユーザーへの提案や対
話といったサービスの提供も重視することで、
「顧客」を起点とした技術改良や商品開発の実現
を可能としている。
【ケースワーク2】
事例企業は、どのような経営戦略を展開していると考えられるか。
3.技術革新を生み出す技術・技能人材の確保と育成
(1)イノベーション人材育成のための取組
新製品・新サービスの開発等によるイノベーションを実現していくためには、研究
開発や生産プロセスの改善等の過程で技術革新のアイディアを生み出し、それを実現
していく、技術・技能人材の役割が重要と考えられている。ここでは、こうした人材
を「イノベーション人材」と呼ぶこととする。
中小企業がこのイノベーション人材の育成のために実際に行っている取組につい
て見てみる。一番に挙げられている取組は、「上司あるいは先輩の指導による技術・
5
技能の承継」である。この技術・技能承継とイノベーション人材との関係は、次項で
触れることにする。
技術・技能承継の次に挙げられている取組は、セミナーや講演会等への参加である。
外部の知識や情報に触れ、新たな視点で自身の業務や自社の商品を見直したり、必要
なことを学んでいくことは、新たなアイディアの種を蓄えたり、技術力を高め、ひい
てはイノベーション人材の育成に寄与するものと考えられる。中小企業においては、
代表者がアイディアの創出を担っている割合が比較的高い。代表者を含む経営者は、
外部の主体が主催するセミナー、講演会や他企業の経営者や金融機関等との接触を通
じた知識の取得や情報収集の機会が多いといえる。このことが、中小企業において代
表者が主たるイノベーション人材となっていることの要因の一つであると考えられ
る。イノベーション人材の育成のためには、企業の外部の主体との接触や連携を通じ
て、代表者以下の従業員が外部の知識や情報に触れる機会を増やすことも必要といえ
る。
(2)技術・技能承継とイノベーション人材
中小企業がイノベーション人材を育成し、技術革新を絶え間なく生み出していくた
めには、自ら有する高水準の技術・技能を次世代に承継していくことが必要であると
考えられる。これに対して、中小企業の技術・技能承継には、どのような課題がある
のかについてアンケート調査の結果を見ると、教育のための時間が不足していると考
える中小企業が最も多い。また、技術・技能が「うまく承継されていない」と回答し
た中小企業においては、
「うまく承継されている」と回答した中小企業と比べて、指
導をする側、教育される側の双方の人材不足や、教育される側の能力や熱意の不足を
挙げた中小企業の割合が高い。
技術・技能人材を必要とする中小企業においては、製品に求められる品質・精度の
高まりや技術革新・製品開発のサイクルの短縮化等を背景に、若年の技術・技能人材
に対する技術・技能の承継等の育成を行う時間的余裕のみならず、人的余裕がない様
子がうかがえる。
次に、中小企業が技術・技能承継のために実施している具体的な取組について見て
みる。アンケート調査によると、総じて「OJT によるマンツーマン指導の実施」と「熟
練技術・技能人材の定年延長・継続雇用による活用」を行っている中小企業が多いが、
技術・技能が「うまく承継されている」企業においては、
「うまく承継されていない」
企業と比べて、技術・技能の IT 化・マニュアル化や社内研修などの Off‑JT による指
導を行っている企業の割合が高くなっており、OJT などのマンツーマン指導を基本と
しながらも、こうした工夫で教育のための時間の不足を補っていることが推察される。
技術・技能承継が進んでいる中小企業は、技術・技能承継に対し、指導する側と教
育される側の双方への動機付けにも積極的である。アンケート調査によると、技能承
継が進んでいる中小企業は、熟練の技術・技能人材に対して、「役職、責任あるポジ
6
ション、決定権限を与える」などの取組を積極的に行っている状況がうかがえる。若
年の技術・技能人材に対しても、「経営者が対話し、技術・技能承継の意義を説明す
る」、
「技術・技能承継の実績を評価し、報酬でインセンティブを与える」などの取組
を行っている中小企業の割合が高い。また、指導する側と教育される側の双方にとっ
て、技術・技能承継の最も大きな課題となっている時間の不足について、それを補う
ために、業務時間や業務内容に工夫している企業の割合も高いことが分かる。
以上から、中小企業が技術・技能承継への取組を経営課題として重視し、指導する
側と、教育される側の双方に適切な動機付けを行っている場合、技術・技能承継がし
っかりと行われ、ひいてはイノベーション人材が育ち、技術革新に成功していると考
えることができるだろう。
中小企業は、適切な動機付けによる技術・技能承継に取り組むとともに、企業の外
部の主体との接触や連携を通じてイノベーション人材の育成を積極的に行い、絶え間
ない技術革新を生み出す企業文化を形成していくことが必要であるといえよう。
白書の CASE より③
基盤技術の応用により独自性のある新製品を開発した中小企業
兵庫県尼崎市のゼロ精工株式会社(従業員 66 名、資本金 1,000 万円)は、航空宇宙産業用や
油・空圧機器用精密部品の切削加工のほか、これらの技術を応用した文具等の企画・設計・製造
を主事業とする中小企業である。
同社が開発したボールペン・ペンスタンド「溜息 3 秒」は、癒し系文具として大きな注目を集
めている。
「溜息 3 秒」という名前は、ペンをペンスタンドに差すと、ゆっくりと吸い込まれる
ような動きでペンが沈んでいき、その様子が、ひと息ついたときの「ふーっ」という安堵の溜息
を連想させるところから生まれた。ペンとペン穴の隙間が 0.02 ミリメートルとなるように微細
加工することで、ペンをペンスタンドに差すと、ゆっくりと空気が抜け、ペン穴の空気を押すボ
ールペンもゆっくりと中に入って行く仕組みであり、同社の得意とする油圧機器用精密部品切削
加工の技術が応用されている。
同社は「溜息 3 秒」シリーズのほか、様々な文房具等のデスク周り製品を開発し続けている。
こうした新製品開発力の源泉は、同社が技術・技能の承継に取り組んでいることに加え、精密部
品の切削加工等の作業中に生まれるアイディアを大切にしていることにある。技術者が作業過程
で新製品になりそうな製品の動きを発見すると、図面を作成し、デザインを施すなどして試作品
に仕上げていく。同社としても、昼休みに意見交換会を行うなど、社員の提案を促す環境づくり
を行っている。また、製品開発のアイディアを得るための取組として、地元の大学との連携を通
じた学生のアイディアの吸収、デパート外商部との意見交換、海外を含む各種展示会見学、展示
会出展等を随時行っている。
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同社の岡本仁社長は、
「時間が許す限り社員を自社以外の企業や大学等の人や組織に触れさせ
ることがアイディアの創出や勉強をするチャンスとなり、経営革新や製品開発のヒントとなる。
」
としており、今後とも、技術革新のアイディアが次々と生まれる組織づくりを進めていく方針で
ある。
【ケースワーク3−1】
事例企業の新製品開発の源泉は何か。
【ケースワーク3−2】
事例企業は、
「技術・技能の承継に取り組んでいる」とあるが、具体的にはどのようなことを
していると考えられるか。
4.人材の意欲と能力の向上
(1)仕事のやりがい
仕事のやりがいはどこから生まれてくるのかについて、「働きやすい職場環境に関
する調査」で、仕事のやりがいの源泉のうち最も大きいものを聞いた結果を見てみる。
これによると、
「賃金水準(昇給)
」を挙げる者が最も多く、次に「自分がした仕事に
対する社内の評価」や、
「仕事をやり遂げた時の達成感」といった項目を挙げる者が
多かった。
賃金水準や昇給は、仕事をしたことへの具体的な見返りであり、企業内での評価と
も考えられるため、この項目を挙げた人が多いのはもっともであろう。しかし、中小
企業は大企業との生産性の格差等から賃金の平均的な水準も低くなっており、生産性
の上昇度合いにかかわらず賃金水準を上昇させることは難しいと考えられる。
他方、仕事のやりがいの源泉として 3 番目に多く挙げられた「自分がした仕事に対
する社内の評価」は、大企業でも中小企業でも、経営者がリーダーシップを発揮すれ
ば、いくらでも工夫ができることであると考えられる。特に、中小企業の場合、従業
員数が大企業に比べて多くなく、経営者と従業員の間や、従業員間のコミュニケーシ
ョンを活発に図ることは相対的にしやすいと考えられる。
中小企業では、こうしたコミュニケーションに経営者が意識的・戦略的に取り組み、
従業員が取り組んだ仕事の成果を評価する体制を整備し、評価の実施に継続的に努力
することが、従業員の仕事のやりがいを高め、仕事に取り組む意欲を引き出す上で効
果的であると考えられる。
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(2)中小企業における人材育成の取組
企業全体としての生産性を向上させるためには、従業員の意欲の向上のみならず、
従業員自身の能力を高めることも必要であると考えられる。そこで、中小企業におけ
る従業員の能力向上のための人材育成の取組について見ることとする。
「人材マネジメントに関する実態調査」によると中小企業の人材育成の取組は、大
企業と比べると、
「Off‑JT」よりも「計画的な OJT」に力を入れている傾向が見られる。
これは、中小企業は、経営資源に乏しいため、自社内で研修プログラムを設けるのが
容易でないことに加え、中小企業にとって、数の少ない従業員に対する Off‑JT の費
用対効果が、従業員数が多い大企業に比べて低くなること等から、Off‑JT よりも OJT
に取り組む傾向があるものと考えられる。
中小企業が正社員の教育・訓練のために実施している取組と、中小企業が認識して
いる従業員の仕事のやりがいとの関係を見ると、教育・訓練を実施していない中小企
業に比べ、
「計画的な OJT」などといった教育・訓練に「力を入れて実施している」中
小企業では、従業員の仕事のやりがいが高いことが見てとれる。したがって、中小企
業で働く人材の意欲と能力を高めていくため、中小企業が OJT、Off‑JT 等による人材
育成に積極的に取り組んでいくことが重要であることが分かる。
白書の CASE より④
従業員の満足向上を積極的に図っている中小企業
福岡県北九州市の有限会社バグジー(従業員 100 名、資本金 300 万円)は、北九州市を中心に
7 店舗の美容院を展開している中小企業であり、経済産業省「ハイ・サービス日本 300 選」に選
定されている。同社は、
「顧客満足度は従業員満足度の鏡である」という哲学の下、従業員満足
度を重視した経営を実践している。具体的には、①分かりやい賃金制度、②従業員が経営に参加
していると実感できる機会の提供、③互いを尊敬し、感謝する心をもって、面倒見のよい社員風
土を育てる、といった取組を行っている。
①同社の賃金制度は、年次によって異なる制度を採っている。入社してスタイリストになるま
での間は、扶養家族的な位置づけとして固定給であり、年次に応じて昇給していく。スタイリス
トから店長クラスまでの給与は、基本給に加えて、能力給として歩合給が追加される。この歩合
を決める基準は、従業員が顧客から継続的な評価を得ているかどうかであり、リピート率、他の
顧客への紹介率等の指標で評価している。
②従業員が経営への参画を実感する機会の提供については、従業員には仕事をして行く中での
疑問、提言などを「エンジェルカード」と呼ばれる情報カードに記入してもらい、その内容を同
社の久保華図八社長自身が確認することにより、従業員の意見を速やかに経営に反映させてい
る。また、店舗ごとに「敬愛」
、
「喜客」等の同社の経営理念に関するテーマについて、自主的な
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プロジェクト活動を実践している。さらに、
「すべてうまくいったらどうする会議」
(前年度 20%
増の売上達成時を「すべてうまくいった」という状態と定義している)を年に 1 度開いており、
従業員にもし「すべてうまくいった」場合に、何をしたいかということを発表させ、中期経営計
画に盛り込んでいる。こうした具体的な取組を経営計画に反映させることで、従業員が経営への
参画を実感する機会の提供を行っている。また、会社の経営全体に関すること以外の事項につい
ては、従業員への権限委譲を徹底しているが、従業員がしたことの責任は久保社長自身が負うと
しており、従業員が萎縮しないようにしている。
③お互いを尊敬し、感謝する心をもった社員風土を育てるための取組としては、従業員間のコ
ミュニケーションや、経営者と従業員の間のコミュニケーションの量を重視している。久保社長
の携帯電話には、毎日のように従業員からのメールが届くなど、久保社長と従業員の間の距離は
非常に近い。また、運動会や忘年会といったイベントを実施したり、クリスマス時に児童養護施
設等への訪問を行うなど、従業員間の交流も非常に活発である。
これらの取組の結果、同社の離職率は美容業界において非常に低いものとなっており、売上も
前年比 20%増を達成している。
【ケースワーク4−1】
事例企業が成功した理由として、どのようなことが考えられるか。
【ケースワーク4−2】
「従業員がしたことの責任は久保社長自身が負う」ことにより、どのようなプラス効果がある
と考えられるか。
5.中小企業白書のその他のトピックス
(1)IT の活用による販売戦略
IT を企業内で活用する場合、比較的、業務の効率化での活用例が多かった。しかし
ながら、電子商取引を中心に今後は、新たな顧客の開拓を行い、業績を伸ばしていく
ための有効なツールの一つとして、IT の活用を考えていく必要がある。
(2)海外への販路開拓に向けた中小企業の取組
数年前までは、我が国企業のアジアを中心とする海外進出の大きな目的といえば、
低コストでの労働力の活用が主であった。しかし、最近ではオペレーションコストを
下げる目的だけではなく、明らかに販売先として大きな魅力を持つようになってきて
いる。それに伴い、海外展開における留意点も、「部品・完成品に対する関税の引き
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下げ」や「模倣品取締り等、知的財産権保護強化」が重要になってきている。
(3)知的財産権の取得による効果と知的財産戦略における課題
ヒット商品において知的財産権を取得したことによる効果について見ると、規模の
小さい企業ほど「信用力を得ることができた」
、
「新規顧客の開拓につながった」と回
答した企業の割合が高いという傾向が出ている。中小企業が積極的に特許権を取得し
ていくことが、中小企業の信用力を高め、新規顧客の開拓など売上を増大させる面で
も重要であることが分かる。
また、中小企業が知的財産活動を効果的に進めていく上での課題について見ると、
「知的財産にかかる知識の不足」や「人材や資金不足」を挙げる中小企業が多い。こ
れにより、中小企業の知的財産戦略において、知的財産にかかわる情報提供や研修、
人材面・資金面での支援が求められていることが考えられる。
(4)研究開発に取り組む中小企業の資金調達先
中小企業が新たな製品を開発するべく研究開発に取り組んでいる間、研究開発のた
めの費用がかかるため、資金調達の必要が生じるが、キャッシュフローが生み出され
るのは、研究開発が成功して新たな製品が市場に販売され、売上が計上されてからと
なる。このため、仮に中小企業が資金調達を借入金で行い、事業が軌道に乗るまでの
間に借入金の返済が必要になると、債務不履行を起こし、研究開発を継続することが
困難になってしまう。こうしたことから、先行投資となる研究開発活動のための資金
調達では、借入金のような返済義務が生じない、出資を通じた資金調達(エクイティ・
ファイナンス)の役割が重要とされる。
(5)成果給のメリット・デメリット
賃金において年功序列よりも、どちらかというと成果給を重視している企業に対し
てその最も大きな理由を聞いたところ、企業の従業員規模にかかわらず、
「従業員の
意欲を引き出すため」と回答した企業が最も多く、次に「人事評価の重要性や納得性
を高めるため」が多かった。
また、成果給を重視した賃金体系が従業員に与える影響について、企業が実際にど
のように認識しているかについて見ると、やはり「仕事に対する意欲が上がった」と
の回答が多く、実際に効果をあげているようである。
一方、成果給を重視した賃金体系のデメリットとしては、一般に目標設定の陳腐化
や個人主義の蔓延、成果を評価するための制度の運用の困難さ等があげられている。
(6)中小企業の労働生産性 <2008 年版白書>
製造業、情報通信業等の多くの業種において、中小企業の労働生産性の水準は大企
業よりも低い。
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労働生産性は、その定義から次のように展開することができる。
労働生産性=
付加価値額
労働投入量
=
資本ストック
×
労働投入量
付加価値額
資本ストック
ここで、資本ストックを労働投入量で除したものは「資本装備率」と呼ばれ、労働
投入量を従業員数として考える場合は、従業員一人当たりの設備等の装備状況を示す
ものである。また、付加価値額を資本ストックで除したものが「資本生産性」である。
中小企業の資本装備率は多くの業種で大企業に比べて低いが、資本生産性について
は大きな差がなく、情報通信業、飲食店、宿泊業など中小企業の方が高い業種もある。
このことから、大企業と中小企業の労働生産性の相違は、おおむね資本装備率の水準
の高低で説明できることが分かる。
(7)情報開示(ディスクロージャー)への取組 <2008 年版白書>
情報開示に取り組むことで中小企業はどのようなメリットがあると感じているの
かについて見ていく。「資金調達に関する実態調査」によると、従業員規模で小さな
企業から中堅の企業までおおむね共通して「信用力の向上」や「金融機関からのスム
ーズな資金調達」を情報開示のメリットとして挙げる企業が多く、
「メリットはない」
という回答は少数である。
一方、情報開示に伴うデメリットについて見ると、
「書類作成に時間がかかる」
、
「税
理士、会計士、弁護士等に対する支払い費用の増加」
、
「人件費の増加」を挙げる中小
企業の割合が高いが、「デメリットはない」との回答も一定程度ある。
中小企業はこうしたメリットとデメリットを比較考慮しながら情報開示の意志決
定をしていると考えられるが、金融機関は一定の情報開示等の条件の下で担保や保証
に依存しない融資に取り組み始めており、情報開示のメリットが増大している。した
がって、中小企業においては正確で信頼性の高い決算書を提供するとともに、事業計
画の作成や事業内容のわかりやすい説明に一層積極的に取り組むことが望まれる。
また、情報開示への積極的な取組は、代表者を含む経営者が情報開示先の外部の目
を気にした経営に取り組むようになるという効果があり、企業経営の規律強化を通じ
て適切な経営判断が行われるのに資する面もある。中小企業が感じる情報開示のメリ
ットの種類においても、こうした「適切な経営判断への寄与」をメリットとして挙げ
ている中小企業は少なくない。
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白書の CASE より⑤
生産工程の改善に取り組む企業
大阪府東大阪市の株式会社三和鋲螺製作所(従業員 70 名、資本金 7,894 万円)は、ネジの多
品種少量生産を行う製造業者であり、業務やシステムの見直しによって、生産効率の向上に成功
した中小企業である。
従来、同社は、ネジの多品種少量の生産を行う上で、製品数が 8 千種類と膨大であるため、必
要な画面を探し出すことに多大な時間がかかることや、個々の製品について習熟することが難し
く、検査の際にミスが生じやすいこと等の課題があった。
こうした課題を解決するため、同社は、業務の見直しに取り組み、その一環として、コンピュ
ータに詳しい社員を中心に、現場の声を吸い上げながら、手作りの検査管理システムを構築し
た。
・・・
(以下省略 2009 年版中小企業白書 P49)
【ケースワーク5】
事例企業はどのようなシステムを構築し、どのように役に立てたと考えられるか。
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