佐賀県工業技術センター研究報告書 a996) 福祉関連インテリア製品の開発に関する研究開発 デザイン部 辛川洋介 高齢化社会の到来により,高齢者や障害者に配慮した住環境の整備に対する関心が,各方 面から高まっている.このような中,家具・インテリアの分野は,人々の生活と密接した関 係にあり,身体機能の低下に配慮した製品に対する需要の増加が見込まれる.そこで,本研 究では,身体機能の低下・介護者の負担軽減に配慮した家具・インテリア製品に関する研究 を行う.今回は,高齢者を取り巻く環境の実態と今後の動向を整理し,製品開発を行うにあ たっての基本的な留意点を検討した.また,より効率的な製品開発を行う上で,不可欠な製 造業・中間ユーザー・エンドユーザーをつなぐネットワーク網の構築を行った 加を意味し,今後確実に拡大する消費層として各方 1.はじめに 高齢化社会の到来に備えての社会システム・生活 面から関心が集まっている 環境の整備は,今や国民的課題となっている.安全 隙t " 高 {,'} 如 フ。帥 ーーー,ー; 岳 ﹁1ーー一 4。 M L、",.L 1 卸 ;ニ、, ".一、..゛ 滞 .F ,i,,いい、,ー き 一一.一 7 六一 1ーーー一.ヒ ーー,一﹁, 一 3 6 6 一1 ﹁メ.上. 機能の低下に配慮した製品開発に取り組むことは, 福祉分野ヘの進出を意味することであり,新たな需 5 製品は,誰もが安心して生活を送れる住環境を構成 する要素のーつである.高齢期における様々な身体 2 が予想される 人々の生活と深い係わりを持つ家具・インテリア k.'.、 :︼:、、 つある.今後,あらゆる製品開発のキーワードとし て,「使いやすさ・安全性」が,より重要になること ::.区:、:::、. ー:::;. ﹁ できる社会環境を整えようとする考え方,つまり, ノーマライゼーションの視点が社会全般に広がりつ 3 4 全ての人が人間として尊重され,共に生きることの 口 趣︺,,ー 年 つつぁる.このような中,高齢者,障害者に限らず ﹁一酷匝 性や使いやすさに対する関心は生活者全体に広がり 0 昭和25 0950) 昭和35 (1960) 昭和45 イ1970) 昭和55 (1980) 平成2 (1990) 早皮7 (1005) 平成12 (2000) 平皮22 (2010) 乎廐32 (即?0) 総務庁統計局「国勢調査」,「推計人口」,厚生省人口問題研究P 「日本の将来推計人口」(平成4年9月推計)(中位推言十) 要の拡大が見込まれる 図1 高齢者人口の割合の推移 本研究では,家具・インテリア業界が福祉分野に 進出を試みるにあたって,事前に把握しておくべき 基本的な留意点を整理した. 22 高齢者世帯の実態 高齢者人口の増加にともない,高棚者のいる世帯 も増加している.平成7年度に総務庁が実施した国 2.高齡化社会の実態 勢調査によると,65歳以上の親族のいる一般世帯数 2.165歳以上の高齢者人口 は1,299万世帯であり,我が国の一般世帯全体(4,345 我が国における65歳以上の高齢者人口は1,860万人 万世帯)の299%を占める.2)図2は,家族類型別に (平成 7年10月1日現在)となっており,総人口 (1億2,557万人)に占める割合(高齢化率)は14.8 %となっている.1) 65歳以上の高齢者人口及び高齢 化率は,平均寿命の伸びゃ出生数の減少等の影響を 受け,今後も上昇することが確実視されている.図 高齢世帯数の変化を推計したものであるが,平成2 1は全人口における高齢者人口の推移をグラフ化し 年 22年の間に単身世帯が2.9倍,親と子供から成る 世帯が2.8倍,夫婦のみの世帯が2.5倍と,それぞれ大 きく増加すると予測されてぃる.3) 高齢者のいる世帯は家族類型の形態に係わらず, 総じて増加する たものである 高齢者人口の増加は,消費層に占める高齢者の増 - 133 - 福祉関連インテリア製品の開発に関する研究 複雑で多様な高齢者の身体機能の低下に配慮し, 口 (千世帯) 15,000 12 61 高齢者の二ーズに応えた製品開発を行うには,医 その他 療・福祉関係者とのネットワーク網を構築し,より 正確な高齢者の身体特性等の情報を収集できる体制 を整えたい 単独 9 ,, 7 の・ 6 2 平成5年に厚生省がまとめた「人口動態統言十」に 9>, .﹂: 2 6 2,( . 7 60 ﹁卜 4.1 安全性と安定性 よると,住宅事情に係わる事故死者の74.1%を高齢者 が占めており,スリップやつまづき等の同一面上で の転倒によるものが82.フ%と最も高くなっている 098) 1 587 5301 (184) 1 156 (17.6) 4690 3 6 99 2129 4.加齢に伴う身体機能の低下に対する配慮 8 2 2 (24.フ) 、 3 3 ' 8 1 623 3 7 婦 1'{ 翻 一 5,000 8 一 5鋤一 供 子 親 10,000 (35.9) (36.3 (表1参照)身体機能が低下した際,住居内を移動 することは,危険が伴う作業といえる.居室内に置 かれる家具は,移動(伝い歩劃の際の手すりとし (36.0 (34.フ (32.4 0 平成2年 (1990) 平成7年 (1995) 平成12年 (2000) 平成17年 (2005) 平成22年 (2mo) ての機能や,バランスを壊した際に支えとなる可能 性があることを考慮する必要がある.また,ベット をはじめ,テーブルや椅子などの人体と近い位置関 厚生省人口問題研究所陌本の世帯数の将来推計」(平成5年10月 推言十) ()内の数字は高齢世帯総数に占める割合(%) 図2 係にある家具については,立ち上がりの際の支えと しての役割を求められることが考えられる. 高齢世帯の家族類型別の将来推計 平成7年におきた阪神大震災以降,家具・備品の 3.加齡に伴う身体機能の低下の実態 年をとることは,誰にも避けられないことであ る.加齢からくる身体機能の低下は,個人差や機能 転佳邨方止に対する関心が高まっているが,より安全 な住空間を実現する為にも,家具・インテリア製品 に安定性を追及したい の種類により,機能の低下を自覚する時期や症状は 表1 まちまちである.しかし,確実に身体機能の低下は 年齢K分 進行し,それまでは何気なく過ごしていた日常生活 に不便さや危険を感じるようになる. 令年齢(人) 65歳以上(人) 死囚 製品開発を行うにあたって,基本的な高齢者の身 体特性や身体機能の低下がもたらす障害を理解する 必要がある 加齢に伴って,体力をはじめ,視覚,聴覚,平衡 家庭での事放死総数 6.841 うち侘宅虫恬に係わる雲故死 3.170 (100,0) 階段父はステノプからの珪落父 ば上での転倒 340 (10.フ) 建物Xはその他の建造物からの 嘆落 スリソプつまオ'きあるいはよ ろめきによる同一血上での転倒 冷 " 感覚,中枢神経等のあらゆる機能が衰退する.これ らのことは危険の予知をしづらくするとともに,危 住宅事情に係わる高齢者の不慮の事故死 等て の 溺死 4,632 65歳以上の劉合 (%) 67.フ (100.0) 74.1 (9.2) 63.8 255 (8.0) 103 (4.4) 40.4 723 (22.8) 598 住5.5) 827 1.852 (58.4) 1.430 (60.9) フフ.2 厚生省人口動態統計平成5年版 2.348 217 ()内は% 険を回避する動作を遅らせ,転倒,転落等の事故を ひきおこす原因となっている.また,健康な生活者 42 使いやすさへの配慮 においても荷物を抱えたり,妊娠したりすること 身体機能の低下した高齢者にとって,使いやすい 家具・インテリア製品は,一般に使いやすいものと なる.高齢者にとっての使いやすさを検討すること で,一時的に身体機能の一部分を奪われてしまうこ とは,誰にでもあることである 高齢者の身体特性は,平均値等で簡単に数値化で きない.現在,製品開発に携わるデザイナー,企業 の企画・開発担当者の大半は生産年齢人口に属する は,すべての製品に応用が可能である 43 快適性ヘの配慮 長寿は社会構造に様々な変化をもたらしている 世代である.高齢化を経験したことがない世代が, 想像と仮定により身体機能の低下に配慮した製品開 発を行わなければならない 住居とそこで生活する人との係わり方も大きく変化 している.図3 は人生50年時代と80年時代のライフ サイクルを比較したものである.人生80年と言われ - 134 - 佐賀県工業技術センター研究報告書(1996) る現在,定年退職後,もしくは子育てから解放され た後の居住期間が長くなっている.加齢が進むにつ れ住宅内で過ごす時問が増加し,行動範囲も身体機 能の低下が進むにつれ限られてくる. このことは,若年層に比ベて,高齢者は家具・イ ンテリア製品と接する時間が長くなることを意味す る.機能性や安全性に対する配慮と同様に,心身を リラックスさせ,快適な居住空間を演出するデザイ 4.4 健康面ヘの配慮 近年,生活者全般に健康ヘの関心が高まってい る.住宅関連では,建築材料や塗料,接着材のなか に人体に悪影響を及ぼすとされる成分が含まれてい るものも少なくない.家具・インテリア製品に使わ れている接着剤や塗料についても同様で,可能な限 り人体や環境に優しい素材を用いるべきである. 4.5 考察 図4 は,これまでに述ベた各留意点についてまと めたものである.身体機能の低下が進むにつれ,住 居内で過ごす時間が長くなる.使いやすさや安全性 ンを施すことを心がけたい. の追及とあわせて,温もり,安らぎを連想させるデ ザインを施したい. 口大正期(人生50年時代)のライフサイクル(大正9年) 夫婦 25.0 275 395 52.5 55.0 60,0 615 21.0 23.5 355 485 56.0 57.5 51.0 妻死亡 夫死亡 夫引退 5 子 定年・初孫 5 婚 末子学生4 長男結婚 第 末子艇生 長女麗生 結 61.0 50.5 ^1 出産期問 a45年)^ 期問(65年) 目 3世代同居 期間 a0年) (32.5) (37.5) 老親扶萎期] 問(5年) 長男(27.0) 孫1 (65)(10.0) 口現在(人生80年時代)のライフサイクル(昭和60年) 妻死亡 夫死亡 定 年 婚 297 527 327 57.5 59.4 60.0 65.0 76.0 樹・批.¥ 夫婦 282 夫引退 子 初孫誕生 2 長男結婚 末子学卒 第 末子艇生 長女誕生 結 '; 255 27.0 552 30.0 一加 1 (4.5年) 子扶養期間(23年) 一. 552 567 573 623 73.3 81.0 [_1丁越伽鯛 a卵一三1__^ 長男(282) (353) (54.0) L-ーーー^一老親扶養期間 (187)・・・ー・・" 孫 (5.6) 厚生省「厚生白害」 1986年 図3 ライフサイクルの変化(人生50年時代と80年時代の比較) - 135 - (166)(243) 福祉関連インテリア製品の開発に関する研究 匪利用する対象は明確に 口使用する対象が限定される家具は,使用者 の身体寸法により近い寸法を出す 口使用する対象が複数の場合,(伊上家族が 共用するような家具)遊び寸法を大きめに 寸 とる. 形 色 状 ^ 身郁機能の低下 に配慮しだ家呉 '.インテ・り中製 皿安全性を考慮 口衝突の際の衝撃を緩和できるよう,角には 丸みを持たせる. 口安定感や安心感を連想できるような形状が 好ましい. ※体を支えるために手をつくような可能性が ある箇所については,丸みを持たせること で滑りゃすくなる場合等もあるため,凹凸 をつけるなどの工夫を施す. 匪視力の低下に対する配慮 口目標となる部分(つまみや取手,テーブル の縁等)は下地の色調と変化をつけるなど の配慮を施すし,位置確認がしゃすいよう に配色に気をつける. 異体誇な設計 能 困使いやすさへの配慮 口扉の開閉,物の出し入れが容易にできるよ うな配慮を施す. 匪物忘れへの配慮 臼収納物の内容をできるだけ容易に,確認で きる配慮を施す 匪安定性ヘの配慮 口地震ヘの対応はもちろ人,寄りかかりゃ立 ち上がりの際,体を支えることができるよ う,安定性を持たせ力い、 材 匪人体,環境ヘの配慮 口人体に害があるとされる接着剤を使った合 板や塗料については,可能な限り使用量を 少なくしたい 晶の開発を行う 際扱紹意点 機 素 圃居住空問に溶け込むインテリアに 口高齢者向専用,医療機器的なデザインは避 イメー 図4 けたい 身体機能の低下に配慮した居住空問の整備 は,居住空問を病室化することではない事 に留意したい. 身体機能の低下に配慮した家具・インテリア製品の開発を行う際の留意点 136 - 佐賀県工業技術センター研究報告害 a996) 5.高齢者と製造メーカーをつなぐネットワーク網 の整備 製品開発を行う際,消費者の二ーズを把握するこ を通じて,高齢者や障害者の身体特性から生活全般 に関する情報が,スムーズに家具製造メーカーに伝 わる体制を整備している.また,既存の家具製品・ 者や障害者となると,その多様な二ーズを的確に把 試作品等の評価についても中間ユーザーを通じて, 高齢者・障害者から得ることが可能になった 握することは容易ではない.その二ーズを把握する 図5は研究会における,情報の流れを記したもので 手段のーつとして,平成7年度より県内家具製造 ある メーカー,医療・福祉関係者,流通,当センターで 今後,製品開発時の評価システムの確立と,情報 収集と供給システムをより効率的に整備し,家具製 造メーカーが福祉分野ヘ進出を試みる際の支援体制 とは非常に重要な作業である.しかし,対象が高齢 構成されるレゞりアフリーデザイン研究会」を発足 した ここでは,中間ユーザーである医療・福祉関係者 を確立したい 、 、 護 介 エンドユーザ 二, ユ. E.画邑EWW 冒'冒Ξ昌Ξ 医療福祉 関係者 画 高齢者 障害者 が中間ユーザ 情報 高齢者・障害者 (介護者)の二ーズ モノ ^ .. 歴Ξ == 冒 巨 0...^、、技術 デザイナー ,,鵬獺^身体機能の低下に配 慮した製品の提案 資材メーカー 家具 製造メーカー 幽一^評価 ー・^,,,・ 供給 邑.冒冒1冒111 図5 研究会の構成と情報の流れ - 137 ー 究会 市場 ニ::.二罰冨.ニ 一モ .る 福祉関連インテリア製品の開発に関する研究 6.おわりに 具体的な升剣犬や機能として具現化する作業に取り組む 加齢からくる一般的な身体機能の低下を整理し, 製品開発に取り組む際の基本的な留意点についの検 参考文献 D 総務庁編,高齢社会白書,平成8年板,大蔵省 討を行った 高齢者及び高齢世帯は確実に増加する.これに伴 い生活者と密接な関係にある家具・インテリア製品 に,身体機能の低下に対する配慮を必要とする消費 者の増加が見込まれる 今後は,今回整理した配慮を施す際の留意点を, - 138 - 印刷局, 1, 1996 2)総務庁編,高齢社会白書,平成8年板,大蔵省 印刷局,10, 1996 3)総務庁編,高齢社会白書,平成8年板,大蔵省 印刷局, B, 1996
© Copyright 2024 Paperzz