我が国の義務教育段階におけるキャリア教育実践の現状と課題 —キャリア教育の類型化を手がかりとして— 社会科教育専修 大森 25-09020 一樹 1. 問題と目的 今日、学校教育におけるキャリア教育の重要性がいっそう叫ばれている。しかし、暗中 模索の状態で重ねられる実践や、形式的な進路指導と同様にして行われるキャリア教育の 姿も少なくない。またキャリア教育は計画的に行われなければならないとされるが、その 計画を立てるための枠組みが捉えにくく、結果として単一のキャリア教育が雑多に組み合 わされている状況がある。 「活動有って学び無し」になる恐れの在るキャリア教育のこのよ うな現状に対し、筆者は問題意識を持っている。 本研究の目的は、今日キャリア教育がいっそう強く求められるようになった背景と、現 状の学校における実践の際に存在する課題を明らかにした上で、キャリア教育における学 習活動を改めて体系的に捉えなおし、子ども達のキャリア発達のために必要な知識の獲得 と体験的な活動を組み合わせた学習の形を示すことである。 また、キャリアの発達自体は一生涯を通じて行われるものであり、文部科学省でも小学 校、中学校、高等学校の3つの校種をまたいだ例を示している。しかし、高等学校では現 実的に多様な体験的活動が行われることは難しい。そこで筆者は特に小学校と中学校とい う義務教育段階にしぼって考察をした。 2. なぜキャリア教育が必要なのか 我が国において、なぜ今キャリア教育が求められるのかを、その歴史的な経緯から辿る とともに、我が国の経済的な諸問題を、特に雇用と労働の面から捉え、さらに、そこから キャリア教育とは何か、どのような指導が求められるのかを明らかにした。キャリア教育 とは何か、という点について、従来行われてきた進路指導と、キャリア教育が混同されて しまうという問題について論じた。それは、1970年代にキャリア教育が進路指導の状 況改善のために取り入れられ、それが2000年代に、経済的な諸問題解決のためという 側面をもって再度見直されてきたことが背景にあったため、現在でも進路指導の延長とし てキャリア教育が誤解されることがあるのではないだろうか。その上で、今求められるキ ャリア教育は、逼迫した社会の中に生きざるを得ない子どもたちに対する「生き方」の教 育であり、進路指導とは異なるという事を再度強調し、そのために教科や領域にとらわれ ず学校教育全体で取り組む必要性について明らかにした。 3. キャリア教育の類型化 次に、キャリア教育の体系的な捉え方および進め方のために、筆者によるキャリア教育 の活動の形による類型を示した。ここではまず、現在キャリア教育として行われている様々 な活動について、子ども、教師、地域・家庭にとってどのような意義があるのかを示した。 端的に述べれば、それらが、キャリア教育を推進する意義を理解し、相互に連携しあうこ とが必要であるということであると同時に、そのいずれかに無理が生じているのであれば、 継続的な推進は不可能であるということを述べた。その上で、筆者は教育の目的を知識の 取得か/体験的な活動を通しての総合的な学びか、また校内の教育力のみで行われるもの か/外の教育力を利用するものか、という2つの視点からみて、4つの類型として示した。 それが表1のキャリア教育の学習形態に関する4類型である。また、これらの類型が子ど もたちのキャリア発達のためにどのように位置づけられるのかワルツとベンジャミン ( Walz,G. & Benjamin,L. ) に よ っ て 提 案 さ れ た LCDS i (Life Career Development System)をとの関連から論じた、知識の取得と体験的な活動を複合し、子ども達のキャリ ア発達を促す学習を示した。その概要は、キャリア教育の諸活動が①基礎的知識の獲得(学 習の動機の認識)②専門的知識の獲得(問題状況や課題のより深い認識、またその解決の ための検討の始まり)③知識の活用、準備、予行演習(問題状況や課題に対して必要な態 度や価値観などを個人化する過程)④知識の活用・実践(それまでの学習で得た学びを実 践する)という4つの活動に分けられるということであった。そしてそれらの活動が①→ ②→③→④と進んだ上で、①に戻り、自己の理解および次の課題の発見として、子どもた ちの総合的なキャリア発達を促すということを明らかにした。そのフローを表したのが、 図2の複合的なキャリア発達の進められ方のモデル(例)である。 (図1、キャリア教育の学習形態に関する4類型) (図2、複合的なキャリア発達の進められ方のモデル(例)) 4. 類型を基にした現状の実践の考察 次に、第2章で述べた類型を、実際の小学校および中学校での指導に当てはめて、各類 型で得られる学びを検証した、キャリア教育の諸実践のもつ意義と改善点を示した。まず、 各類型で得られる学びは以下のようなものであることが読み取れた。①第1類型の一般的 な知識、②第2類型の外部の教育力を活用した専門的な知識、③第3類型の体験的な活動 を通して養われる主体的、共同的な学び、④第4類型の体験的な活動を通して養われる、 問題解決的な学び、⑤第1類型で得ることのできる、自己理解および次の課題の再認識。 その上で、体験的な活動の意義として「態度」を養うことが可能であるという点を示した。 つまり、知識だけではなく、体験的な活動を通して社会に参画する「態度」や、主体的に 問題を解決しようとする「態度」を養うことに意義がある、ということである。同時に、 諸実践の中から、体験的な活動は充実しているものの、そのあとの振り返りが不十分であ る点を問題として述べた。特に職業体験を通して子どもたちがネガティブな体験として捉 えてしまうものについて、キャリア・カウンセリングを行うなどフォローしてより深い理 解へと昇華させることが重要ではないかと提起した。 5. 類型を基にした現状の実践の考察 最後に、小中の連携を試みた実践例として秋田県大館市におけるキャリア教育実践を取 り上げ、類型を通して検討し、小中連携のキャリア教育のための課題について考察した。 その結果として、以下の3点が課題として挙げられた。①小学校と中学校の連携のための より具体的な方策が必要であるということ、②地域の企業との協力のありかたの検討をす る必要があるということ、③継続的なキャリア教育推進のための永続的な資金が必要なこ と。①については小学校と中学校とを連携したキャリア教育を行おうとした場合、地域の 教育委員会と連携するなどして、予め小学校と中学校を併せて9年間の指導計画を建てる 必要があるということを述べた。②については、学校側と企業側にとって、どちらにとっ ても負担がかかるようなキャリア教育では、永続的な推進は見込めないということを述べ た。③については、特別な補助金などを前提に華やかな実践を行っても、それが永続的に 行えないものであれば、キャリア教育の前提をなさないという事を論じた。そのためにも、 学校が先導して行え、かつ子どもを主体とし、教師、そして地域にとって、意義のあるキ ャリア教育である必要があるという事を明らかにした。 まとめと課題 本研究の中心となった類型化について、改めて整理する。筆者が提案した類型はキャリ ア教育の諸活動が①基礎的知識の獲得(学習の動機の認識)②専門的知識の獲得(問題状 況や課題のより深い認識、またその解決のための検討の始まり)③知識の活用、準備、予 行演習(問題状況や課題に対して必要な態度や価値観などを個人化する過程)④知識の活 用・実践(それまでの学習で得た学びを試す)という4つの活動に分けられるということ であった。そしてそれらの活動が①→②→③→④と進んだ上で、①に戻り、自己の理解お よび新たな課題の発見として、子どもたちの総合的なキャリア発達を促す可能性を示した。 また、いくつかある課題のうち、特に実践が行えなかったことで、類型に基づくキャリ ア教育推進の有用性までを実証できなかった。キャリア教育は単発では行えないものであ るため、教育現場にない筆者には、その実践ができなかった。そのため、今後は教育の現 場で実践を行う機会を以て、研究を実証していきたい。 また、併せて研究した小中連携の可能性について、難しさがみえたことである。キャリ ア教育を進めるにあたって、異校種間での連携は不可欠である。 その点について、東京都武蔵村山市における小中一貫教育や、秋田県の南外・西仙北地 区の実践が特徴的であった。行政単位でなければ、異なる校種間での連携はやはり難しい。 今後はこのような、地域の小学校中学校を結んだ具体例などをさらに探し、その分析を行 いたい。 以上のような課題を踏まえて、今後も筆者が考える、子どもが主体で、地域や家庭の教 育力を用いた永続的なキャリア教育の可能性を探っていきたい。 主要参考文献 ・ 経済産業省編『キャリア教育ガイドブック』(学事出版、2009)。 ・ 経済産業省編『平成19年度 経済産業省『「地域自律・民間活用型キャリア教育プロ ジェクト」委託事業おおだて子ども未来づくりプロジェクト実施報告書』 (経済産業省、 2008)。 ・ 日本キャリア教育学会編『キャリア教育概説』(東洋館出版、2008)。 ・ 井門正美著『社会科における役割体験学習論の構想』 (NSK 出版、2002)。 ・ 工藤栄一・三村隆男共編『キャリア教育が小学校を変える』 (実業之日本、2005)。 ・ 三村隆男著『キャリア教育入門 その理論と実践のために』 (実業之日本、2004)。 ・ 明石要一「学校教育の改革シリーズ7 キャリア教育がなぜ必要か-フリーター・ニー ト問題への手がかり-」 (明治図書出版、2006)。 ・ 佐藤麻美著「小学校キャリア教育の類型的分析と考察―キャリア・今日アドバイザー活 用の視点から―」『秋田大学平成19年度卒業研究』(2009)。 ・佃直毅「LCDS の概略」『進路ジャーナル 206 号』(実務教育出版,1979,23 頁)。 【註】 i キャリア学習は次の4段階で構成されるとしている。①進路の目標と発達課題に換気さ せる段階②進路発達の課題を経験する段階③児童生徒が自らのニーズ、価値、生活様式、 態度などを学び個人化する段階④学習したこと、あるいは獲得した価値・態度・技能・行 動等を実際の生活場面で使ってみる段階 その後①に戻るという、循環的な構造になって いる。
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