新しい経口ED治療薬の副作用への対応

EDの
検査・診断・治療
新しい経口ED治療薬の副作用への対応
─低血圧、虚血性心疾患、持続勃起症─
原三信病院泌尿器科部長
武井実根雄
Mineo Takei
Arteritic Anterior Ischemic Optic Neuropathy)がみら
はじめに
れたとの報告があった。NAION は50 歳以上、高血圧、
現在、わが国で使用可能な経口 ED 治療薬は、主に
高コレステロール、糖尿病など多くのリスクファクター
PDE5(ホスホジエステラーゼ5 型)阻害薬である。本
をED と共有しているが、PDE5 阻害薬との因果関係は
薬は作用部位の選択性が高いことが知られているが、ま
否定的であり、わが国ではいまだ報告例はなく、詳細は
れに血管拡張作用により、副作用を引き起こす可能性が
他誌に譲る。
ある。すなわち、血圧低下や頭痛、鼻閉、腹痛、潮紅、
本稿では、低血圧、虚血性心疾患、持続勃起症など、
ほてりなどである (表1)。通常、副作用が発現しても
注意すべき循環障害を呈した場合の対処法、および海外
程度は軽く、服用を継続するうえで支障にならない場合
における経口PDE5 阻害薬の市販後の副作用調査を中心
がほとんどであるが、減量や中止を考慮すべき場合が全
に述べる。
1)
くないわけではない。
また、他の副作用としては、まれにPDEファミリーの
PDE6を阻害して、一過性の視覚障害(blue vision:物
経口ED治療薬による副作用
―注意すべき循環障害を呈した場合の対処方法―
が青色に見える)を発現することがある。眼に関する副
経口ED 治療薬の主たる作用点であるPDE5 は、陰茎
作用として、2005 年米国においてPDE5 阻害薬の服用
海綿体に豊富に存在する他、全身の血管や血小板などに
者に非動脈性前部虚血性視神経症(NAION : Non-
も存在するため、これらに対する作用がすなわち副作用
表1 経口ED治療薬(バルデナフィル)
の主な副作用発現率(%)
(レビトラ錠承認時資料より)
*:20M 錠は国内未承認用量
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として発現する可能性がある。関係する専門学会の努力
により安全な処方のためのルール作りは迅速に進み
、
2,3)
現在、経口ED 薬の安全性に対する認識は、ほぼ浸透し
たといえる状況になってきている。
筆者自身もわが国での発売当初から、PDE5 阻害薬を
幅広い年齢層の患者に処方してきたが、循環障害の副作
用で問題になった例は経験していない。ED 症例の約
30 %に循環器系の合併症を有する症例が含まれていた
塩酸エチレフリン:1A (10m)を生理食塩水で希釈
して10
とし、3〜4
静注。効果がなければさらに追
加して静注する。
塩酸フェニレフリン:1A(1m)を生理食塩水で希釈
して10
とし、1〜2
ずつ静注する。
4)ノルエピネフリンなどのα、β受容体刺激薬を使用
する
α、β受容体刺激作用をもつ薬剤では心拍数が上昇し、
にもかかわらず、安全に処方できたという経験から、禁
心筋の収縮も増加するため逆に心筋虚血を惹起する可能
忌事項を遵守して処方する限り経口ED 治療薬の危険性
性があることを念頭に置く必要がある。
はきわめて低いと実感している。しかし、処方例が増加
ノルエピネフリン:1A(1m)を生理食塩水で希釈し
するにつれ、まれな副作用であっても遭遇する可能性が
て20
とし、1〜2
ずつ使用する。その後3Aを生理
出てくると思われることから、万一引き起こした場合の
食塩水で希釈して50
とし、0.1〜0.5µ/o/分で持続
対処方法を確認しておく必要はあると考え、低血圧、虚
点滴し、血圧を安定させる。
血性心疾患、持続勃起症を取り上げた。
塩酸ドパミン、塩酸ドブタミン:3mg/kg を5 %ブド
ウ糖にて希釈し、3
/時間(3µ/o/分に相当)より開
始する。血圧をモニターしながら10
(1)低血圧
経口ED 治療薬は単独投与の場合、硝酸薬さえ併用し
なければ、血圧低下の程度は軽いと考えられる。処置が
必要な低血圧は、主に硝酸薬を併用した場合が想定され
る。症状としては、失神やショック症状を来す可能性が
/時間まで増量で
きる。
5)大動脈内バルーンパンピングを使用する
上記1)
〜4)でも血圧が上昇しない場合、大動脈内バ
ルーンパンピングが必要になる場合もありうる。
ある。また、硝酸薬が投与されていなくても心血管病変
がある症例では、狭心症の増悪、心筋梗塞、心停止を来
す危険性もあるので注意が必要である。
心筋虚血のない場合は、まず硝酸薬の投与を中止した
(2)虚血性心疾患
1)不安定狭心症への対応
胸痛で来院した場合には、まず経口ED 治療薬服用の
後、以下の治療を開始する 。
有無を確認する必要がある。もし服用していれば24 時
1)トレンデレンブルグ体位をとらせる
間以内には硝酸薬は使用できない。24 時間以内に硝酸
4)
ショックの際の一般的体位である下肢を挙上させたト
薬が投与された場合は、輸液とα受容体作動薬がすぐに
レンデレンブルグ体位をとらせる。
投与できるよう準備する必要がある。24 時間を経過し
2)大量の輸液を開始する
ていれば硝酸薬を使用できるが、常時血圧のモニターが
血圧低下の程度、緊急度、心不全の有無を考慮し、乳
必要である。肝機能障害、腎機能障害、およびチトク
酸リンゲルを主体とした輸液を行う。
ロームP450(CYP)3A4阻害薬(リトナビル、インジ
3)必要があればα受容体作動薬を開始する
ナビル、ケトコナゾール、イトラコナゾールなど)服用
上記1)2)の処置にて血圧が上昇しない場合は塩酸
エチレフリンや塩酸フェニレフリンなどのα受容体作動
薬を使用する。
中の場合はED 治療薬の代謝が遅れるので、さらに長い
時間の経過時間が必要となり硝酸薬は使用できない。
なお、ヘパリン、β受容体遮断薬、カルシウム拮抗薬、
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(3)持続勃起症
持続勃起症(priapism)とは、性的興奮を伴
わない持続性の勃起状態である。陰茎海綿体に
流入する血液が増加することによって起こる
high flow typeと海綿体からの血液流出が障害
されて起こるlow flow typeがある。前者は主
に外傷による陰茎深動脈の断裂により起こる。
経口ED 治療薬で起こりうる持続勃起症は、一
旦正常なプロセスで起こった勃起が消退しなく
なるわけであり、海綿体からの静脈流出路が血
栓などにより閉塞するlow flow typeであると
考えられる。
治療としては、強い疼痛を訴える場合は疼痛
除去の目的で、鎮痛薬の投与を行う。続いて可
能ならば陰茎動脈の血流をドプラで確認し、一
側の陰茎海綿体に21〜23Gの翼状針を穿刺固
定し、血液ガスを測定する。結果から high
flow type、low flow typeの鑑別を行う。low
矢状断像
flow type の場合は、さらに発症からの経過時
背側像
間を考慮し、24 時間以内で低酸素血症が軽度
であれば血管収縮薬を注射する。改善がない場
図1 シャント作成
合や24 時間以上経過していてはじめから効果
アスピリンはED 治療薬との相互作用が報告されていな
が期待できない場合は、緊急手術として麻酔下で陰茎海
いので使用が可能である 。
綿体を穿刺し血液吸引と生食による洗浄をくり返し、陰
2)心筋梗塞への対応
茎を圧迫する。これでも改善しない場合は、引き続き
5)
経口ED 治療薬服用後に急性心筋梗塞を発症した場合
Winter法によるシャントを作成する(図1)
。無効の場合
は、PTCA(経皮的冠動脈形成術)や血栓溶解療法を考
はさらに他のシャントを試みる。後遺症としての勃起障
慮する。適応は通常の心筋梗塞への対応と硝酸薬を用い
害を防ぐためにはシャントは最小限が望ましいが、持続
ない点を除いては同一である。すでに硝酸薬が処方され
勃起を改善させることを優先する。後遺症としての勃起
ていた場合には、血圧の維持がまず必要である。
障害に対してはプロステーシス植え込みにて対応する 6)。
初期治療として、酸素、鎮痛薬、アスピリン、ヘパリ
ンの投与とともに、血圧の維持がまず必要となる。
治療の流れは以下の通りである。
1)血管収縮薬の投与
心電図ST 上昇がみられない場合は、アスピリン、ヘ
経過時間が比較的短く、低酸素血症による変化の少な
パリンの投与とともにβ受容体遮断薬および適量のACE
い low flow type では、血管収縮薬のみで治癒できる。
阻害薬を投与する。症状が安定しない場合は早期に冠動
high flow typeでは一過性の効果しかないが、それが有力
脈造影を施行し、PTCAなどの侵襲的治療を考慮する 。
な診断の根拠にもなる。代表的な使用薬剤とその濃度を
4)
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表2 陰茎海綿体内注射に用いる血管収縮薬
―持続勃起の治療に使用する注射薬―
表3 経口ED治療薬(バルディナフィル)
の
市販後調査における主な副作用
―ドイツにおけるED症例29,358例の調査―
副作用の発現例数(%) 副作用による投与中止例数
頭痛
188(0.64)
36
ほてり
48(0.16)
3
顔面紅潮
35(0.12)
5
めまい
34(0.12)
12
鼻閉
18(0.06)
2
文献7)より引用
*:20M 錠は国内未承認用量
表2に示す。
2)陰茎海綿体穿刺、血液吸引、生食洗浄および圧迫
長時間経過したlow flow type では、血管収縮薬が無
以上、万一の場合の副作用対策を列記したが、筆者は
実際にこれらの処置を必要とする症例にはいまだ遭遇し
ていない。副作用は顔のほてりが大部分であり、頭痛、
効であるため、陰茎海綿体を穿刺し、血液吸引、洗浄操
鼻閉、視覚異常などを認める場合もあるが、いずれも程
作を行う。これにより流出静脈の閉塞が解除されば治療
度は軽く服用中止にいたることはほとんどなかった。さ
終了だが、無効の場合はシャント増設が必要である。
らに、海外における経口 ED 治療薬(バルデナフィル)
3)シャント作成
の市販後調査(副作用)でも副作用の発現はきわめて少
長時間経過し、低酸素血症による変化を来した low
flow typeでは、シャント増設するしかない。最初は簡便
ないことが報告されている。これらのことからも、経口
ED治療薬の安全性はきわめて高いと考えている。
なWinterの方法を行い、無効の場合には陰茎海綿体と尿
道海綿体や大伏在静脈などとのシャントを作成する。後
遺症としての勃起障害を防ぐためにはシャントは最小限
が望ましいが、持続勃起を改善させることを優先する。
海外における経口ED治療薬(バルデナ
フィル)の市販後の副作用調査
ED 症例を対象に、2003 年ドイツで実施された経口
ED 治療薬(バルデナフィル10m、20m*)の安全性の
検討を含む市販後調査(29,358 例)において、バルデ
ナフィルに関連する有害事象は、1.3%(379例)とき
わめて少ないことが報告されている 7)。なお、主な副作
用として、頭痛、ほてり、めまい、顔面紅潮、鼻閉の発
現例数、および投与中止例数は表3 のごとく報告されて
いる。
文 献
1) Nagao K,Ishii N,Kamidono S,et al: Safety and efficacy of
vardenafil in patients with erectile dysfunction: result of a
bridging study in Japan. Int J Urol 11:515-524,2004
2) Cheitlin MD,Hutter AM,Brindis RG,et al:ACC/AHA expert
document-use of sildenafil( viagla) in patients with cardiovascular disease.J Am Coll Cardiol 33:273-282,1999
3) 篠山重威,石井延久,石蔵文信ほか:バイアグラの心血管系問題検
討委員会報告書−循環器病の診断と治療に関するガイドライン
(1999〜 2000年度合同研究班報告書)
.Jpn Circ J 64(Supple):
1389-1402,2000
4) 土持英嗣:副作用が発生した場合の対処法.バイアグラ処方の新し
い展望,石井延久(監),メディカルレビュー社,東京,pp267-272,
2002
5) 石蔵文信:心血管問題.EDの薬物処方マニュアル,木元康介(編)
,
メジカルビュー社,東京,pp120-139,2002
6) 武井実根雄:持続勃起症.Erectile Dysfunction外来,内藤誠二
(編)
,メジカルビュー社,東京,pp144-151,2000
7) van Ahlen H,Zumbe J,Stauch K,et al: The Real-life Safety
and Efficacy of Vardenafil: an International Post-marketing
Surveillance Study-Results from 29,358 German Patients.J Int
Med Res 33:337-348,2005
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