歴史学習における概念地図提示の効果 吉野 巌 北海道教育大学札幌校 ・ 学校教育における世界史や日本史は暗記科目だと言われ る。実際、期末テストや大学入試は、ほとんどが歴史的事項 や年号などを問う問題であるため、学習者はそれらの歴史的 事項をできるだけ多く暗記するよう求められる。しかし、歴 史的事項のみを単に暗記した場合、長期記憶の意味ネットワ ークでは、それぞれの事項が小さな命題ネットワークを形成 するものの、お互いがリンクされておらず、それぞれの小さ なネットワークが孤立した島のようになっていると推測され る (Bruer, 1993)。このような知識の状態では、歴史的事項の つながりや因果関係を理解することは難しいであろう。本研 map) の使用がそうした歴史のつ 究では、概念地図 concept ( ながりや因果関係の理解を促進するかどうかを検討する。 概念地図とは、概念間の関係を意味ネットワークのように ノードとリンクで図式的に表したものであり、その利用が情 報の構造化を促進すると期待される。先行研究では理科教育 への応用が多く、学習者自らに概念地図を書かせることが学 習内容の深い理解に結びつくことが示されている。書かせる ことの効果は大きいと考えられるが、今回はまず「見るこ と」だけの効果を調べることとした。通常の概念地図の形式 で歴史の時間・因果関係を表そうとすると非常に煩雑で難解 になってしまう。そこで本研究では、グレッサーら (1985) の概念的グラフ構造を参考に、基本的に命題をノード単位と した概念地図を使用することとした。すなわち、複数の命題 (歴史的事項)を因果関係や時間関係などに基づいてリンク し、必要に応じて概念に基づくノードも設けてリンクした。 仮説 概念地図を見ながら歴史テキストを学習する実験群 は、テキストのみで学習する統制群と比べて、単純な記憶問 題(用語問題)の成績は変わらないが、深い理解を必要とす る論述問題では成績が高くなる。 方法 被験者 北海道教育大札幌校と札幌大谷短期大学の学生 206名(統制群99名、実験群107名)が実験に参加した。 材料 テキスト:山川出版の高校用教科書「詳説 日本 史」より、「大化の改新」に関する記述約2ページ分(1204 字)である(内容は、律令に基づく中央集権的な唐の国家体制が朝鮮3国 に影響を与えたこと、日本では蘇我氏が実権を握っていたこと、帰国した遣唐 使が日本の皇族・貴族に唐の知識をもたらしたこと、中大兄皇子と中臣鎌足が 蘇我氏を滅ぼしたこと、改新の詔をはじめとする諸改革の説明からなる)。 概念地図:テキスト内に書かれている重要な歴史的事実につ いて、命題もしくは概念をノード(円)として表現し、関連 するノードどうしをリンクでつなげた。必要のある場合は、 皇族・貴族 640 遣唐使(南淵請安, 高向玄理)の帰国 唐に倣った官僚的な中央集権国家体制への動きが高まる 645 25 20 中大兄皇子は皇太子 実験群 統制群 得 15 点 中大兄皇子, 中臣鎌足らが蘇我蝦夷・入鹿を滅ぼす 孝徳天皇、即位 命題間の関係を説明する内容をリンクのそばに記述した。概 念を説明する内容(特性)については四角内に記述した。命 題、概念、特性の数は32個であり、A4サイズ1枚に印刷した (図1はスペースの都合上簡略化したもの)。 理解度テスト 用語問題10問(人名、地名、政治制度な どを問う; 各2点)と論述問題3問(例.「大化改新とは何か をできるだけ詳しく述べなさい」; 各10点)からなる。事後 質問紙として、高校時に日本史を選択したか、理解度テスト の難易度(5段階評定)、概念地図が学習に役立ったかどう か(実験群のみ:5段階評定)、を問う項目を用意した。 手続き 学習フェイズ(15分): まず、大化の改新テキスト を配布し、テストの予告をして熟読させた。5分経過時点で 学習用紙(白紙)を配り、自由に学習をすること、メモ書き をする場合は学習用紙にするよう告げた(学習方法の分析を するため)。実験群については、同時に概念地図も配布し た。干渉フェイズ(5分): テキスト、学習用紙、概念地図を回 収した後、歴史とは領域が異なる干渉課題(数学の問題)を 5分間行わせた。テストフェイズ(20分): 上記の理解度テス トを20分間で解答させ、終了後、事後質問紙に回答させた。 結果と考察 テスト得点 テスト得点(図2) 論述問題の得点は、予想通り実験群 (8.9)と統制群(5.0)の間に有意差が見られた (t(204)=3.21, p< .01)。用語問題の得点でも、実験群(8.9)と統制群(7.2)の間に 有意差が見られた (t(204)=2.49, p<.01)。このことから、概 念地図を用いて学習することにより、個々の歴史的事項を相 互に関係づける因果的な理解が促進されただけでなく、構造 化に伴って個々の事項の記憶も促進されたと考えられる。 学習用紙のタイプ 学習方法と成績の関連を調べるため 被験者がメモ書きをした学習用紙を3種にタイプ分けした; A. テキスト内の重要な概念を書いたもの(実:43,統:58)、B. 重要な概念や命題をつなげてまとめたもの(実:51,統:15)、C. テキストの文章を写したもの(実:13,統:26)。実験群ではBタ イプが相対的に多かったのに対し、統制群ではAタイプとC タイプが有意に多くなった (χ2(2)=25.93, p<.01)。学習タイプ ごとにテスト得点を求めたところ、用語問題・論述問題とも にA・Bタイプの被験者の得点はCタイプの被験者より高かっ た。文章を丸写しするだけの学習方法は有効ではないという 結果とも言えるが、実験群では概念地図を見ることにより、 重要な概念や命題を抜き出そうとする傾向が強まったのかも しれない。なお、Bタイプの記述は概念地図に近いといえる が、むしろAタイプの方が成績は若干高くなった。 蘇我蝦夷、大臣になる 蘇我氏が実権を 握るため 643 蘇我入鹿、皇位継承者の 山背大兄王を自殺に追い込む 豪族(蘇我氏ら)による世襲体制への不満 長内 普子 北海道教育大学大学院札幌岩見沢校 10 5 中臣鎌足は内臣 646 改新の詔の発布 公地公民制 班田収授法 図1. 提示した概念地図を簡略化したもの 図1.提示した概念地図を簡略化したもの 0 大化の改新 用語問題 論述問題 合計点 図2.各群のテスト(用語問題と論述問題)の得点
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