フランス語1年目:どのように始めるべきか?

目 次
フランス語1年目:どのように始めるべきか?
(ジャン=フランソワ・マスロン)
フランス語1年目:どのように始めるべきか?
ジャン=フランソワ・マスロン(山田洋美訳)
文学部 家政学部 フランス語講師
(1999年9月16日 受理)
PREMIERE ANNEE DE FRANCAIS : COMMENT COMMENCER ?
JEAN-FRANCOIS MASSERON
Faculté des lettres
assistant de francais
(Received September 16,1999)
はじめに
フランス語には,日本語より音素が多いため,特に日本人にとってその発音は大変難しいと
されている注1。ましてや,それに慣れていないと,聞き分けること,発音することは困難であ
る。例えば,日本語には,5つの母音しかないのに対し,フランス語には,17もの母音があ
り,そのうち11の母音は,必ず聞き分けて発音し分けられねばならない。フランス語は,意
味のまとまりで単語を読み,それ故,母音が文頭にくるとき,単語の限界は修正される。こう
して,“ami”は,/nami//zami//tami//lami/と,それに付く限定詞によって発音され
る。
フランス語の韻律法には,単語の強勢(アクセント),意味のまとまりをなす語群の強勢,さ
らに,文の強勢がある。フランス語では,それは特別なことではないが,英語とはまったく違
う規則である。一般的に生徒は英語を学習しているので,フランス語の文章についても英語の
韻律法を用いようとする。
つまり綴字法,詳細に言うと,綴りと発音の関係は,いつも論理的であるわけではない。フ
ランス語の発音は,時が経つにつれて大きく変化していったのに対して,綴りの方は,早い時
期に固定されいた。例えば,“oi”は,いわゆる2つの構成要素を1つの単一の要素として,
[wa](ワ)と発音し,これを[oi](オイ)とは発音しない。その上,“août”[u](ウ)や,
,
“c est”[se](セ)のように,もう発音をされない文字が残存する単語がたくさんある。
従って,フランス語を正しく発音することは難しく,それをするためには,長い時間をかけ
て複雑な構造を理解しなくてはならない。発音習得の難解さ,かつその不可欠性を認識しつつ,
フランス語入門者,例えば,意欲はあるがフランス語が専門ではなく,授業でしかフランス語
をほとんど勉強しない生徒達に対して,どのように授業を行っていくべきか。どのように彼ら
入門者のフランス語学習の第一歩を手助けできるか。
以下の数々の点から,問題を明確にし,解決法を探ってみることにする。
1,教材を使用すべきか。
ほとんどすべてのフランス語の教材は,はじめの3から10ペーシを,凝縮した形で,発音
の説明にあてている。アルファベット(字母)から始まり,そのアルファベットごとの読み方
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(約50音と例外),音の説明,綴字記号の説明へと進む。つまり,すべてそれらは,文法や実
用会話に関係していないことばかりである。
フランス語会話のためであるとはっきり分からない,これらのページをどう使用すべきか。
もし教師が,これらのページを生徒たちにきっちり学習させ,フランス語の各音素ごとに綴字
法と発音記号の読み方を検討させ,彼等一人一人に音を聞かせ発音させていたら,少なくとも
およそ10コマの授業をこれに費やさねばならないであろう。いったいこのように,実用会話
練習の前に,音を聞かせ発音させることにこんなに時間をかける必要はあるのだろうか。もち
ろんそれは,違うはずである。教師は,退屈な授業や,やる気のある生徒たちの意気込みをく
じかせるようなこと,つまりは,何か新しいことをしようとするときにすべての生徒が持つ心
の奥底の計り知れないやる気と,吸収のいい記憶力を台無しにしてしまうようなことは,あえ
てしないものである。
では,発音法のページを飛ばして,もしくは,学生達に付属のカセットを聴くように勧める
だけにして,目が暗闇に慣れ,はじめ見えなかったものが徐々に見えてきて区別できるように
なるのと同じく,少しずつ彼らの耳が出来あがり,発音も上手になっていくと信じているべき
なのか。この考えは,ある意味で正しい。しかしもう一方で,はじめに一度身についてしまっ
た間違いはその後も長く続き,後々それを治すのは難しいということも言えるのである。
2, 発音は,単語でなく,意味のまとまりである。
教材の導入部分にあたるこれらの発音のページにおける大きな問題点,それは,単語が発音
の基本的単位であり,使用時の基礎であるとみなしていることである。話法の中では,発音の
単位は,意味のまとまりをなす(1つ以上の)語群である。“A”という文字の説明や,発音練
習として,“papa”や“ami”,“Paris”といった単語がよく使われる。しかし,1つ1つを独立
して発音することはフランス語本来の姿ではない。唯一“papa”(父親という意味の場合)とい
注2
う単語は,固有名詞であるため言語学的環境を考えなくてもよい。
1つの環境内での練習は,
それが抽象的で机上のものになってしまう恐れを回避し,逆に実用フランス語として適切なも
のである。
そして“papa”という単語は,疑問や感嘆,非難を表現するときのイントネーションの練習
,
にも使え,その後,“c est papa.”といった断定表現にもすぐ使うことができる。そのほかさら
,
に,“Là,c est papa.”(あちらに,父が居ます。)“Papa est là?−Oui, il est là.”(お父さんは居
ますか?−はい,居ます。)“Papa est à Paris?−Oui, il est à Paris.”(お父さんは,パリです
か?−はい,パリに居ます。)といった応用を加えることが可能である。
“ami”という単語について言えば,はじめの授業から冠詞と一緒に教える必要がある。(こ
,
れは,時期的に早いといったことはない。)つまり,“Yoko,c est une amie. ”(ヨウコは,友達
,
,
です。)“Akira,c est un ami.”(アキラは,友達です。)”Yoko et Akira,c est mes amis .”(ヨ
ウコとアキラは,私の友達です。)という具合にである。しかし忘れてはならないが,はじめの
ほうの授業は,文法的ではなく出来るかぎり音声的であることを目指しているのである。これ
らの練習で,生徒たちを,単語や語群の強勢(アクセント)に慣れさせなければならないので
ある。注3
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3, どのように発音を転記するか。
授業が始まりしばらくの間は,話すことと聞くことに重点が置かれる。例えば,読むのに問
,
題のない“papa”などという単語は,ローマ字でそのまま黒板に書く。逆に“c est”となると
これは,少々難解である為,カタカナでそれを書くほうがよい。生徒達が授業で行った口頭練
習を覚えるために書き残しておく必要があるので,それを“セ”と書き,“セ papa”と書く。
,
そして生徒全員がその発音に慣れたら,次に,“セ”を“c est”と書いていく。教師の周知の事
実だが,逆の手順,つまりはじめにあるいは同時に綴りを発音といっしょに教えていくと,
,
“c est”を“セスト”と発音してしまう生徒の率は,高くなってしまう。生徒たちは,耳で聞い
たことより,目で見て読んだものをむしろ信じる傾向にあるのである。これは,人間の論理で,
耳より目のほうが信用性を持つからである。
フランス語を転記するのにカタカナを用いるのには,問題がある。フランス語の単音の多く
は,カタカナの音綴り表と一致し得ない。例えば,フランス語には3つの鼻母音[õ][ã][ ẽ]
があり,カタカナで表記すると[ã]と[ ẽ]はアン,[õ]はオンと表記される。しかし,実際
は,これはあまり忠実なものではなく,生徒は,[ã]の音を聞いたときオンと表記してしまう
のである。大半のフランス語教師は,カタカナ表記を嫌い国際音標文字(API)を使用するのを
好む。これは,カタカナより発音に忠実なのである。
,
しかし,例えば“j ai dix-neuf ans.”(私は,19歳です)という文を正確に聞き取れず繰り返
して言えない生徒に対してどうすべきか。たとえ[ろろediznoevã]というように書いても,生徒達
には,またしても理解できない。この2つの理解できない文体を前にして,フランス語が専門
の生徒は,APIを学ぶことに興味を持つのだが,頻繁に使うの方法としては,仮のシステムを作
りだし,ジェ.ディズ.ヌoe.ヴã.と書き示す。カタカナと大体等しい音は残し,日本語とま
ったく違うもので,かつ生徒がそれを認識し発音が出来るように練習すべきものに対して,彼
らの注意を集中させる。徐々に,音が習得されていったら,不要な発音表記は消去していき,
,
,
つまり,“j ai dix-neuf ans.”は,“j ai ディズ.ヌoe.ヴã”としていくのである。
4.音調と発音:何から始めるのが一番大切か。
音調に重点をおくのは,きれいな発音,いわゆる1つ1つの正確な音の再現よりも,そのほ
うが重要と考えるからである。旋律(メロディー)を欠いて文章を壊してしまうことは,音の
発音が下手なことより,重大とされている。フランス語圏の人にとっては,発音が悪いほうが,
まだ理解できるのである。
つまり音調の習得は,不可欠なのである。注5驚くことだが,フランス語教材では,日本語の中
のフランス語が基になっている(英語が仲立ちをしているものもある。)多くの単語は利用され
ていない。しかし,生徒にとっては,これらの日本語になっているフランス語は,相互の発音
の仕組みの違いを比較し,より理解出来る絶好の材料なのである。
例えば,”café au lait”
(カフェオレ)”prêt-à-porter”(プレタポルテ),
“garage”(ガレージ),”
collège”(コレージュ),”taxi”(タクシー)という単語や,“omelette”(オムレツ),”jus
,
d orange”
(オレンジジュース),
“sauce mayonnaise”
(マヨネーズソース)
,
“chou à la crème”
(シュークリーム),”salade”(サラダ),“croissant”(クロワッサン),”gratin”(グラタン)と
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いったおびたたしい数の料理用語など,生徒たちが知っている単語から始めれば,意味に関す
る問題がなくなり(生徒たちは,たとえ,それが発音の練習であろうと,意味の分からない単
語を繰り返すのは好まない。),発音と,綴りと音の関係に集中でき,方式として日本語とフラ
ンス語を比較できる。この練習では,逆にフランス語で日本名がどのように発音されるか,つ
まり,広島はイロシマ,マダム広瀬はマダミローズと発音するということが理解される。
フランス語入門段階では,例えば,”vendredi”(金曜日),“mairie”(市役所),”gare”(駅)
といった確実に役立つがそれぞれの言語が持つ発音(読み)の特性を比較し難い単語を使うよ
りも,この方法のほうが効果的であるといえるだろう。
5.音節区分法:音の単位
もうひとつフランス語教材で説明の不充分な点があり,それは音節の切り方についてである。
音節とは,フランス語の音の単位である。フランス語圏の人なら誰でも,それは当然のことで
あるので説明しようと考えないし,音節の切れ目について載せている教材も少ない。
日本人
は,音節の切れ目が日本語にあるため(ともだち=と/も/だ/ち 4音節)それに慣れてい
るとしても,フランス語を聞いて,フランス人のように音節で区切っていくことをしない。注6
私は,最近気がついたことがあった。テキストから抜き出した“On va au supermarché”(オ
ン・ヴァ・オ・ス・ペル・マル・シェ 7音節)という文を授業でまず私が発音し,次に生徒に
繰り返させた。その1週間後にこの同じ文を使い,この文の音節の数はいくつかと試しに聞い
てみた。正解率は,0%。たとえ彼らがほとんど正確にそれを発音していたとしてもである。
実際,生徒たちは,音節とアクセントとを混同しているのだ。音節とは,母音を中核とし手前
後にゼロ個以上の子音を結集して形成されているということを説明した後は,生徒のこの質問
に対しての正解率は,ほぼ100%になった。そして,この文の明確さは増した。
音節の切れ目を意識したり,文の抑揚を感じなかったら,フランス語をはっきり聞き分け理
解することは出来ないのである。音節ごとに切り,意味のまとまりとリズム段落の切れ目で,
文を組み立てなければならない。
6.会話表現の例 次の会話表現は,フランス語習得一年目の入門者である学生と,フランス語の授業第一日目
の終わり,つまり45分授業を終えた後に作ったものである。これはあっという間に出来あが
ったものの一例である。会話の意味は問題にせず,読みの難しい単語や表現はすべてカタカナ
で書いた。3人一組の各グループで,この会話を演じさせた。彼女等は,自分の名前を使い,
また各グループごとに少しずつバリエーションがみられた。
リカ:もしもし,ユミ?
Rika : Allô? Yumi?
,
Yoko : Non, c est Yoko.
ヨウコ:違うわ,ヨウコよ
,
Ri : Ah, bonjour Yoko. C est Rika.
リ:ああ,今日は,ヨウコ。リカです。
Yo : Bonjour, Rika. Ca va?
ヨ:今日は,リカ。元気?
Ri : Oui, ca va. Et toi?
リ:うん元気。ヨウコは?
Yo : Ca va bien, merci.
ヨ:うん元気,ありがとう。
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フランス語1年目:どのように始めるべきか?
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Ri : Dis, Yumi est là?
リ:ねえ,ユミはいる?
Yo : Oui, elle est là.
ヨ:ええ,いるよ。
Yo : Yumiiii ! Téléphoooone !
,
Yumi : Ouiiii! C est qui?
,
Yo : C est Rika.
,
Yu : Ah, bon. J arrive. Allô Rika? etc.
ヨ:ユミ!電話よ!
ユミ:はーい!誰?
ヨ:リカよ。
ユ:はい,今行くわ。もしもし,リカ? 等
7,この学習方法の利点
a)言語習得のために
この練習の学習目的は,生徒たちに音に慣れさせ,いくつかの会話表現を記憶させることで
ある(“元気です。あなたは?”,“誰ですか?”など)。注7この会話表現は,次の段階のベース
になり,さらに話が進み変化が加わっていくことになる。例えば,ゆみがそこにいないことを
想定すると,質問「ユミは居る?」の答えは,(ウイ,エレラ)でなく,ノン,エル・ネ・パ・
ラになる。何回も繰り返させられるこの音の形から,否定形を説明したり,推測させたりする。
各グループは,新しく習得したことを織り混ぜながら自分たちの会話表現を変えていく。そし
て,毎回,会話表現は,クラスメ−トの前で演じられる。
b)授業をすすめるにあったて
授業をすすめるにあたって,この手の学習方法には,,数々の利点がある。30人の生徒から
なるクラスは,実際やりやすいように10のグループに分かれる。グループ内で,生徒たちは
協力し合う。試験の点数は,グループ点も一部含まれる。グループごとに,お互いを意識し,
そのことで受身な態度が避けられる。そして,各自が,一人一役を演じるという形式は,生徒
たちの意欲を持たせ団結意識が生まれてくる。(特に,いろいろな学部の生徒からなるクラスで
は特にそうである。)このような簡単で遊びも交えた始まりで,生徒たちは自分たちにより自信
を持ち,少し知っただけですでに会話が出来ることに気づくのである。
おわりに
以上に見られる考察点は,どれも私的かつ新しいものではない。多くの教師は,何年も前か
らこれらの点をすべて,あるいは一部分,意識的にもしくは無意識的に,体系的にもしくは分
解して実践している。この論文は,その再認識であり再編集である。ここで提示されている問
題は,フランス語教師が現存のフランス語教材とどうつきあっていくべきかという問題でもあ
る。
これらの経験に基づく考察を,さらに資料の裏づけをしつつより深く掘り下げていき,2000
年6月に,パリで行われるフランス語教師世界会議における論文発表の主題としていけたらと
考えている。
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