COP21 パリ協定とその評価

候変動に関する主要国ビジネスフォーラム」において日本の約束草案取りまとめ過程を
では2020年以降の新たな国際的な枠組みとなる「パリ協定」が採択され
説明するなど、ご活躍いただきました。
COP
つきましては、有馬研究主幹に、パリ協定の概要とその評価、そして日本がとるべき
する、ボトムアップ型のプレッジ&レビュー方式が導入されました。
も含めたすべての国が温室効果ガスの削減目標を提出し、その進捗状況を国際的に検証
ました。この枠組みでは、今までの京都議定書式のトップダウン型から脱却し、途上国
21
2
気候変動問題は地球規模の問題であり、まさに喫緊の課題です。その解決の国際的な
枠組みである、COP会議は非常に重要な位置づけとなります。
世紀政策研究所では、澤昭裕先生を研究主幹に迎え、2007年以降のCOP会議
応策を提言するなどの取組みを行ってきました。
21
子研究副主幹とともに参加するとともに、会場内で行われた「エネルギー安全保障と気
昨年より並行して有馬純先生にも研究主幹をお願いし、COP
については、竹内純
に継続して参加し、その動向を見守るとともに、ボトムアップ方式等をはじめとする対
21
二〇一六年一月
3
方向についてまとめていただきましたので、ご紹介いたします。
世紀政策研究所所長 三浦 惺
21
目次
はじめに
…
……………………………………………………………………………………………………………
……
……………………………………………………………………………………………………………………………………
12
6
目的
緩和
京都議定書ファクターの不在
議長国フランスの不退転の決意
交渉官も人の子
市場メカニズム
技術開発・移転
発効要件
資金援助
その他
透明性
…
……………………………………………………………………………………………………………
はなぜ成功したのか
ロス&ダメージ
グローバルストックテーク
⒊ パ
リ合意の概要
フランスの会議運営の巧みさ
合意を欲した脆弱国
米国、中国の前向き姿勢
⒉ C
OP
⒈ パ
リ協定の採択
…
……………………………………………………………………………
14
25
21
4
⒋ パ
リ協定をどう評価するか
全ての国が参加する枠組みの成立
ボトムアップ型のプレッジ&レビュー
米国の動向を注視すべき
全体としてはやや途上国寄り
…
…………………………………………………………………………………
…
………………………………………………………………………………………………………………………
非現実的な温度目標は将来の火種に
⒌ 日
本の対応
建設的なプレッジ&レビュー実現に貢献を
技術開発でイニシアティブを
…
………………………………………………………………………………………………………………………………………
約束草案の実現に向け、原発の再稼働に取り組め
⒍ 結
語
5
59
69
75
日にかけてパリで開催された第
回気候変動枠組条約締約国
21
の位置づけを考えてみたい。
)は世界的な注目を集める会合であった。まず、温暖化交渉の流れの中
月4日〜
はじめに
2015年
会議(COP
13
疵をはらむこととなった。さらに2000年以降、中国等の新興国の排出量の急速な伸
力に悪影響を及ぼすと懸念した米国の離脱を招き、京都議定書体制は最初から重大な瑕
ウンの枠組みをつくり出した。その結果、途上国と異なる義務を負うことが自国の経済
削減義務を負い、国連の下で先進国の排出量を割り当てるという片務的、かつトップダ
1997年の京都議定書はこの二分法をさらに進め、附属書Ⅰ国のみが温室効果ガス
途上国)の二分法と、
「共通だが差異のある責任」の原則を条約に刻み込むこととなった。
義を有する反面、当時の経済力を前提とした附属書Ⅰ国(先進国)、非附属書Ⅰ国(発展
1992年の気候変動枠組条約は、温暖化防止の国際的取組の基本法として大きな意
でのCOP
21 12
21
6
びに伴い、京都議定書で削減義務を負う先進国の排出量シェアは4分の1以下となり、
議定書が世界の温室効果ガス削減にほとんど役立たないことは、2005年の発効以前
から既に明白だった。
(インドネシア・バリ島)で合意さ
第一約束期間が終了する2013年以降の枠組みの議論においても、京都議定書は気
候変動交渉を呪縛し続けた。2007年のCOP
れたバリ行動計画では2009年のCOP (デンマーク・コペンハーゲン)で2013
13
の最終局面でオバマ大統領、メルケル首相の主導により二十数カ国の首脳が「コ
コペンハーゲン後、EUはあくまで第二約束期間設定に固執する途上国に妥協し、全
わってしまう。
ペンハーゲン合意」を作成したが、一部途上国が手続の不透明性を非難し、「留意」に終
OP
定と先進国からの一層の資金、技術移転を主張する途上国との激しい対立は続いた。C
みを主張する先進国と、昔ながらの先進国・途上国二分論に固執し、第二約束期間の設
年以降の枠組みに合意することとしていたが、全ての主要排出国の参加する一つの枠組
15
ての国が参加する枠組みと第二約束期間の並立を認めるとの方針転換を行った。他方、
はじめに
7
15
ではコペンハーゲン合意を発展させた「カンクン合意」が採択された一方、京
シア、カナダに分かれることとなった。全ての国が参加する2013年以降の枠組みと
して採択されたカンクン合意は、先進国、途上国が緩和目標/行動を自主的にプレッジ
し、それをMRV(計測・報告・検証)するというボトムアップ型のプレッジ&レビュ
で採択されたパリ協定もこの流れに沿っている。温
ーの枠組みである。これは先進国のみに義務を課したトップダウン型の京都議定書とは
明確に異なるものであり、COP
暖化交渉の歴史を振り返るとき、カンクン合意は「京都議定書時代の終わりの始まり」
21
8
日本、カナダ、ロシアは第二約束期間の設定は全ての国が参加する実効性ある一つの枠
組 み 構 築 へ の 逆 行 で あ る と の 理 由 で こ れ に 反 対 し た。 こ の た め 2 0 1 0 年 の C O P
COP
後までポジションを貫いた。
報道も
「日本が孤立する」
と書き立てた。しかし日本は粘り強く自国の立場を説明し、最
束期間への不参加を表明した日本は途上国や環境NGOからの強い非難を受け、国内の
(メキシコ・カンクン)
では第二約束期間の取り扱いが最大の争点となり、初日に第二約
16
都議定書第二約束期間については、参加を表明するEU等と不参加を表明する日本、ロ
16
において「全
(南ア・ダーバン)ではポスト2020年の枠組みを交渉する
として記憶されることになるだろう。
2011年のCOP
ための「ダーバンプラットフォーム」が採択され、2015年のCOP
ての締約国に適用される、枠組条約の下での議定書、その他の法的文書あるいは法的効
力を有する合意成果」を得るとの作業計画が合意された。京都議定書交渉では先進国の
削減コミットメントのみに限定し、途上国のコミットメントはあらかじめ除外されてい
た。バリ行動計画は先進国、途上国の緩和目標/緩和行動を盛り込み、全ての国の参加
する枠組みを目指したものの、並行して進む第二約束期間交渉のため、途上国は「先進
国は京都議定書に基づく義務、途上国はバリ行動計画に基づく自主行動」という主張を
展開した。ゆえに「全ての国が気候変動に取り組む必要があり、気候変動がグローバル
な性格を有することから、地球全体の温室効果ガス削減を加速するためには全ての国の
協力と実効ある適切な国際対応への参加が必要」との認識の下に、一つの交渉の場(A
DP)で「全ての締約国に適用される(一つの)枠組みをつくる」というダーバンプラッ
トフォームには大きな歴史的意義がある。
はじめに
9
21
17
COP
はこのような交渉経緯の中で、全ての締約国に適用される一つの枠組みに合
はなぜ成功したのか、パリ協定の概要とその評価、そして日本がとる
意する場として、世界的な注目を浴び、見事に合意を導き出した。本稿では、パリ協定
の採択、COP
べき方向について私見を述べてみたい。
21
10
21
月
日(土)フランス時間午後7時半頃、京都議定書に代わる新たな法
⒈ パリ協定の採択
2015年
12
でカンクン合意が採択された際、
16
でボリビア、ニカラグア等の反対でコペンハ
15
土曜朝の新聞は
日(木)夜に出た議長第2次テキストをめぐって各国の意見は未だ
ーゲン合意の採択がブロックされたことを思うと隔世の感がある。
たことを思い出す。2009年のCOP
の発言は議事録に残す。しかしコンセンサスは全員一致を意味しない」として押し切っ
ただ一国反対をするボリビアに対し、議長のエスピノーザ・メキシコ外相が「ボリビア
と軽くあしらわれて終わった。2010年のCOP
容に対する不満を長々と述べたが、ファビウス外相からは「早く発言を終えるように」
ンスと新たな協定に対する最大級の賛辞が続いた。採択後、唯一、ニカラグアが合意内
ーム周辺でも大きな歓声と拍手がわいた。その後の各国のステートメントも議長国フラ
といって木槌を下ろすと、会場は大きな拍手に包まれた。筆者が陣取っていたプレスル
的枠組みであるパリ協定が採択された。ファビウス外務大臣が「パリ協定を採択する」
12
10
12
鋭く対立しており、議長の最終テキストが出るのは早くても
日(土)の夜、会議が終
日(日)午前中であろうとの観測を伝えていた。京都議定書に続く新たな法
的枠組みに合意するというミッションの難しさを考えれば、合意がそのタイミングまで
わるのは
12
ずれ込むことは容易に想定され、土曜午後7時半にパリ協定が採択されたのは予想より
も早かった感がある。
パリ協定の採択
13
13
⒉ COP はなぜ成功したのか
開催前から、「COP
21
に向けては多くの対立点があるが、合意形成
21
)である」と述べてきた。今回、COP
については慎重に楽観的( cautiously optimistic
が成功した背景には以下の諸要素があると考えられる。
筆者は、COP
21
の時も前向きであったが、オバマ大統領就任1年目の2009年
15
他方、中国にとって深刻な大気汚染問題に本腰を入れて取り組むことは体制維持のた
に動き回っていたのはその証左である。
する米国代表団を、2週目からはケリー国務長官自身が指揮し、各国との調整に精力的
を残したいオバマ大統領にとっては後がない。通常はトッド・スターン特使をヘッドと
と異なり、今回は大統領任期2期目を1年余り残すのみである。温暖化問題でレガシー
きい。米国はCOP
何より、世界第1位、第2位の排出国である中国、米国が合意を欲していたことは大
米国、中国の前向き姿勢
21
14
めにも不可欠であった。自動車排気ガス、発電所からの煤塵等の大気汚染問題に取り組
むことは、そのまま温室効果ガス削減にもつながることになる。また2000年以降、
前のタイミングでは温室効果
右肩上がりであった経済成長にも鈍化が見えてきたし、その方向性もより高効率、高付
加価値の産業を目指す意向が鮮明になってきた。COP
成功の大きな
力することは中国の志向する「新たな大国関係」を印象付ける上でも外交政策上大きな
「国際的に前向きな役割を果たす中国」
を演出する上で大きな意味がある。特に米国と協
義が周辺国との摩擦を引き起こしている中で、温暖化防止に積極的な姿勢を示すことは
ピークアウトを表明したのはこのような背景がある。さらに南沙諸島等における拡張主
ガスのピークアウトのタイミングを示すことにすら後ろ向きであった中国が2030年
15
時点には存在しなかったものであり、COP
COP21はなぜ成功したのか
15
こうした要素はCOP
21
意味がある。
背景といえよう。
15
を敢然と決行した。COP で合意
21
に難くない。加えて
日(日)には第2回地方選挙がある。直前の第1回地方選挙で極
議長国フランスと第1位、第2位の排出国である中国、米国が前向きであったとして
合意を欲した脆弱国
ともいうべき地球温暖化問題で是非とも得点を挙げたいところであった。
右政党の躍進を許したオランド大統領にとっても国際協力、マルチラテラリズムの象徴
13
16
議長国フランスの不退転の決意
議長国フランスは国の威信にかけて合意をつくり出す決意であった。首相経験者であ
るファビウス外相が陣頭指揮をしたのもその決意の表れである。温暖化交渉の歴史の中
でエポックメイキングなCOPが欧州で開催されるのはコペンハーゲンに次いで2度目
である。コペンハーゲンの無残な失敗がデンマークのみならず欧州の威信低下を招いた
月のテロ攻撃に屈せず、COP
ことを考えれば、コペンハーゲン以上に重要なパリでの失敗は絶対に避けねばならない。
またフランスは
21
を取りまとめ、フランスの国威を世界に示すことが一層の至上命題となったことは想像
11
も国連交渉は190カ国を超える国が合意しなければ前に進まない。その意味で途上国
の多数を占めるアフリカ諸国、LDC、島嶼国等が合意を欲していたという要素も大き
い。彼らにとって最大の関心事は先進国からの支援確保である。経済力の強い新興途上
国や、目減りしているとはいえ石油収入の蓄積のある産油国とは事情が違う。会議が決
裂して資金援助や技術援助が宙に浮いてしまえば、困るのは脆弱国である。また脆弱国
High Ambition
の目から見れば、大排出国となった中国、インドにも排出削減に取り組んでもらわねば
困 る。 今 回 の C O P で 米 国、 E U 等 と 島 嶼 国、 ア フ リ カ 諸 国 等 が「
」を組んだことは、G +中国の中で分断が進んでいることを示すものであり、
Coalition
特にCOP における中国を髣髴させるような強硬姿勢の目立ったインドへの一定の牽
)でポスト
AWG-LCA
コペンハーゲンに向けての交渉を難しくしていた一つの背景は京都議定書第二約束期
京都議定書ファクターの不在
制となったことは想像に難くない。
77
間 の 存 在 で あ る。 当 時、 国 連 交 渉 で は 長 期 協 力 特 別 作 業 部 会(
COP21はなぜ成功したのか
17
15
2013年枠組みの交渉が進んでいる一方で、京都議定書特別作業部会( AWG-KP
)で
は第二約束期間の議論が進められていた。先進国のみが義務を負うという京都議定書的
な二分法にこだわる途上国は京都議定書第二約束期間の設定をポスト2013年枠組み
交渉の進展の条件とする戦術をとっていた。京都議定書が依然として「生きて」いたこ
交渉では、こうした京都議定書ファクターは消滅していた。地球レベ
とが、全ての国が参加する枠組みの策定の阻害要因になったのである。
しかしCOP
ポジションであり、本気でそれが実現可能であると信じていたとは思えない(そうであ
)の
たせる枠組みを主張する国々、LMDC( Like Minded Developing Country Group
ように先進国のみが義務を負う枠組みを主張する国々もいたが、それは多分に交渉上の
た。もちろん、EUや島嶼国のように引き続き京都議定書のような目標数値に義務を持
せる枠組みには米国や新興国が乗ってこないという点についても共通認識が広がってい
という議論には見向きもしなかった。また京都議定書のように目標数値に拘束力を持た
明らかであり、京都議定書第二約束期間の設定を受け入れたEUですら、第三約束期間
ルの温室効果ガス削減にとって京都議定書のような枠組みは何の役にも立たないことは
21
18
年を経て温暖化交
るとすれば交渉官失格であろう)
。交渉成果の暗黙の了解はカンクン合意をモデルとし
たボトムアップのプレッジ&レビューであった。京都議定書策定後
渉の地合いも変化・成熟しており、それが交渉妥結にプラスの要素となった。カンクン
合意の元となったコペンハーゲン合意ができる前にはこうした状況ではなかった。
フランスの会議運営の巧みさ
議長国フランスの会議運営の巧みさも特筆せねばならない。彼らはコペンハーゲンの
失敗の経験を綿密に研究していたに違いない。首脳プロセスを会議冒頭に持ってきてモ
メンタムを高めたのはその一例だ。コペンハーゲンでは交渉が未だ収斂しない2週目中
盤に首脳が続々と到着し、混迷の極に達したことと対照的である。コペンハーゲンでは
デンマークの稚拙な会議運営に危機感を覚えたオバマ大統領他主要国首脳が前代未聞の
首脳レベルドラフティング交渉を行い、
「コペンハーゲン合意」につながった。COP
終盤、デンマークは議長国としての機能を喪失していたといってよい。これに対してフ
15
ランスは最後まで議長として運転席に座り続けた。透明性、全員参加にも最大限の配慮
COP21はなぜ成功したのか
19
18
を払ったものであった。COP
では、デンマークが用意していた「議長テキスト」が
新聞にすっぱ抜かれ、途上国の不信を招き、会議が胸突き八丁にかかる2週目の大事な
局面で議長提案を出すきっかけを失ってしまった。コペンハーゲン合意の採択に失敗し
たのは少数国首脳による密室での協議が手続上の批判を招いたことによる。
今回、フランスは1週目で終了したADP交渉を引き継ぎ、自然かつ円滑な形で議長
テキストを出した。全体会議場のそこかしこでテーマに応じた「解決のためのインダバ
(関心国が頭を寄せ合って相談すること)
」
を行わせ、「見えないところで少数国の間で何
かが進んでいる」という印象を与えないようにした。温暖化交渉では途上国がプロセス
+中国の議長国である南アフリ
に難癖をつけ、交渉が停滞することが日常茶飯事だが、今回のCOPではそうした手続
上のトラブルが驚くほど生じなかった。フランスがG
であろう。またCOP
最終局面で手続上の瑕疵を理由に大暴れしたボリビア、ベネズ
カや、フランスの影響が強いアフリカ諸国と密接に連絡をとっていたことも奏功したの
77
老獪さである。COP
で血の流れる手をかざして議長国デンマークに詰め寄ったベネ
20
15
エラをイシューごとの閣僚級ファシリテーターとして取り込んだこともフランスらしい
15
15
ズエラのクラウディア・サレルノ首席交渉官が、パリ協定採択の際には満面の笑みで議
日夜に出された第二次テキ
長国フランスと合意内容を称えていたのは「一代の奇観」との感があった。
議長ドラフトの出し方もよく考えられたものであった。
ストは、第一次テキストから途上国にさらに大きく寄ったものとなっていた。資金面で
は1000億ドルを下限とする数値目標、2年に一度の報告義務、先進国は資金援助義
務、その他の国の資金供与は自主的・補完的といった途上国寄りのテキストがブラケッ
トなしで提示される一方、先進国が最も重視する透明性については、先進国と途上国の
二分化を容認するオプションが残されていた。資金面については途上国寄りのクリーン
テキストをそのままにし、透明性については途上国寄りのオプションと先進国が支持す
るオプションの間で着地点を探るというのでは、先進国にとって受け入れられない。フ
ランスもそんなことは百も承知だったはずだ。大詰めの段階で「途上国が反発して合意
に失敗するリスクはあるが、先進国は最後には合意を壊さないだろう」という読みに基
づき、まずは途上国に大きく寄ったテキストを出し、途上国の支持を取り付けようとし
たのではないか。その後、最終テキストでは先進国のコメントを入れて途上国に大きく
COP21はなぜ成功したのか
21
10
22
振れた資金のテキストの振り子を戻す一方、透明性については先進国の重視する「先進
国、途上国共通のフレームワーク」をベースとしつつ、途上国への配慮条項を随所に書
き入れた。全体的には途上国側への配慮が引き続き目立つものの、大きく途上国寄り
日に最終テキストを出す直前にパリ
だったテキストを真ん中方向に戻しているため、先進国の納得も得やすい。交渉の「相
場」をうまくコントロールしたといえよう。
駄目押しは合意に向けた雰囲気づくりである。
ではなく、どこかの国が異議を唱える可能性も排除できない。そのため、最終案に文句
ことは間違いない。しかし協定案全体について190カ国超の意向を確認していたわけ
浴びた。この時点でフランスは紛糾していた部分について関係国との調整を終えていた
オランド大統領も次々に登壇して各国に柔軟性と合意を求め、そのたびに大きな拍手を
して最終テキストをそのまま受け入れることを強く求めた。パン・ギムン国連事務総長、
を通せば、全体はゼロになってしまう。皆は合意を欲しているのか、いないのか?」と
出す最終テキストは考え得る最善のバランスを図ったものだ。皆が100%自分の意見
委員会を開催し、ファビウス議長は「われわれは合意に非常に近づいている。これから
12
をいわせない空気を事前につくり出そうとしたのであろう。
いずれも外交達者、粘り腰のフランスらしい老獪さである。猪突猛進型のデンマーク
とは役者が違うといわねばなるまい。
交渉官も人の子
は国際交渉の置かれた環境が厳しかったことももち
最後になかば冗談、なかば本気の感想だが、開催地の環境も交渉官の心理に影響を与
えるのではないかと思う。COP
ろんだが、冬のコペンハーゲンの寒さと暗さ、食べ物の不味さと値段の高さ等が交渉官
のメンタリティをより対立的なものにしていった気がしてならない。ニューヨークタイ
ムズの記事によればフランスはCOP議長国を引き受けた直後から世界各国のフランス
大使館、総領事館に指示を出し、フランスの武器であるワインやフランス料理を使って
各国の関係者との関係強化に腐心したという。オープンサンドイッチくらいしか売り物
は暖冬のせいか、気候も比較
のパンやエスプレッソコーヒーが良心的
Paul
のないデンマークにはできない芸当である。またCOP
的おだやかで、会場の至る所で美味しい
21
COP21はなぜ成功したのか
23
15
な値段で売られていた。こうした有形無形のソフトパワーが交渉官の心理にポジティブ
な影響を与えた側面は無視できないと考える。
24
⒊ パリ合意の概要
http://unfccc.int/
次に今回合意されたパリ協定の主要ポイントを見ていこう。協定全文は以下のサイト
で ダ ウ ン ロ ー ド 可 能 な の で 適 宜 参 照 し な が ら ご 覧 い た だ き た い。
resource/docs/2015/cop21/eng/l09r01.pdf
目的
パリ協定第2条では本協定の目的として「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比
べて2℃より十分低く保つとともに、1・5℃に抑える努力を追求すること」(第1項
展に向けた道筋に適合させること」
(第1項(c))等によって、気候変動の脅威への世
(a)
)
、
「適応能力を向上させること」
(第1項(b))、「資金の流れを低排出で強靱な発
界的な対応を強化することであると規定している。
また第2項では「この協定は、衡平及び各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に
有しているが差異のある責任及び各国の能力の原則を反映するよう実施する」と規定し
パリ合意の概要
25
た。
aims to strengthen the global response to the
This Agreement
本条で特記すべき点は、初めて国際条約に温度目標が記載されたことである。もちろ
ん、 第 2 条 の 柱 書「
, including by:
」を受けて「( )
a Holding the increase in the
threat of climate change
° C above pre-industrial levels and to pursue efforts
global temperature to well below 2
」となっている
to limit the temperature increase to °
1.5 C above pre-industrial levels
ため、努力目標ではある。しかし気候変動枠組条約第2条では「この条約及び締約国会
議が採択する法的文書には、この条約の関連規定に従い、気候系に対して危険な人為的
干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させる
ことを究極的な目的とする。そのような水準は、生態系が気候変動に自然に適応し、食
糧の生産が脅かされず、かつ、経済開発が持続可能な態様で進行することができるよう
な期間内に達成されるべきである」と規定されているのみで、具体的な濃度目標や温度
目標は記載されていなかった。
カンクン合意前文においては「IPCC第4次評価報告書にあるように産業革命以降
26
の温度上昇を2℃以下に抑制するためには大幅な温室効果ガスの抑制が必要であり、締
約国はこの長期目標を満たすために迅速な行動が必要であることを認識する。また最良
の科学的知見に基づき、
1・5℃を含む長期目標の強化を検討する必要があることを認識
below 2
する」という文言が入っていたが、あくまで「認識」の対象であった。今回は特定の温
度が「認識」を超えて条文本体の目的に入り、しかもカンクン合意の「2℃以下(
° )
」が「 ℃を十分に下回る( well below 2
° )
」に強化され、さらに「1・5℃を目
C
C
指す」という文言も加わったのは大きな違いである。加えてCOP決定パラ ではIP
われる島嶼国は温暖化交渉の中で特殊な地位を占めている。彼らの賛同を得るために温
合意で最も高く評価するのはこの部分であろう。温暖化の被害を最も甚大に受けるとい
1・5℃への言及は島嶼国や環境NGOが強く求めていたものであり、彼らが今回の
の特別レポートを作成することを指示している。
CCに対し、
2018年に1・5℃目標を達成するための温室効果ガス排出経路について
21
度目標の文言が強化されたわけだが、今後に向けて大きな課題を残すことにもなった。
この点については後述したい。
パリ合意の概要
27
2
温度目標と併せ、資金フローが目的に明記されたのも本条の特色である。この点は本
交渉の目的を先進国からの支援獲得に置いていた多くの途上国の強い主張を踏まえたも
のであり、以後、
「資金」はパリ協定のいたるところに登場することになる。
principle of common but
もう一つ特筆すべき点は、第2項の「各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有
し て い る が 差 異 の あ る 責 任 及 び 各 国 の 能 力 の 原 則(
differentiated responsibilities and respective capabilities, in the light of different
Common But Differentiated Responsibilities and
)
」という表現である。気候変動枠組条約、京都議定書、ポスト
national circumstances
2013年交渉を通じて常に交渉を呪縛してきたのが「共通だが差異のある責任と各国
の能力」
、 い わ ゆ る C B D R R C(
: 通 常 は 短 縮 し て C B D R と 呼 ば れ る ) で あ り、 先 進 国、 途 上
Respective Capabilities
国の差異化の根拠とされてきた。今回の交渉の最大の争点は条約上の原則であるCBD
Rを条約策定後の国際経済環境変化の中でどのように新たな法的枠組みに反映させてい
くかにあった。従来のCBDRRCに「各国の異なる状況に照らした」を加えることに
より、CBDRRCが固定的なものではなく、各国の経済発展の変化を踏まえてダイナ
28
ミックに解釈されることを含意することとなった。この表現はリマのCOP
で合意さ
)に関し、この協定の目的達
nationally determined contribution
、第 条
成 の た め、 第 4 条( 緩 和 )
、 第 7 条( 適 応 )
、 第 9 条( 資 金 )、 第 条( 技 術 )
の自国が決定する貢献(
11
パリ協定第3条では、本協定の総則として「締約国は、気候変動への世界的な対応へ
の3倍近い長さの舌を噛みそうな略語を連発することになるだろう。
が合意を導き出した」と報じているが、交渉官は今後の交渉で、CBDRではなく、そ
を主張することが難しくなることを含意している。BBCは「CBDRRCILDNC
えれば、今後はCBDRを根拠に1992年当時の先進国、途上国分類に基づく差別化
上締約国という、よりダイナミックな解釈が可能な主語が用いられていることと併せ考
うにパリ条約には附属書Ⅰ国、非附属書Ⅰ国という表現ではなく、先進締約国、開発途
れたものであるが、今回、新たな法的枠組みに盛り込まれることとなった。後述するよ
20
(キャパシティビルディング)及び第 条(透明性)に定める野心的な取組を実施し、提
10
出する。締約国の取組は、この協定を実効的に実施するために開発途上締約国を支援す
る必要性を認識しつつ、長期的に前進を示す( As nationally determined contribution to
パリ合意の概要
29
13
30
the global response to climate change, all Parties are to undertake and communicate
ambitious efforts as defined in Articles 4, 7, 9, 10, 11 and 13 with the view to
achieving the purpose of this Agreement as set out in Article 2. The efforts of all
Parties will represent a progression over time, while recognizing the need to support
)」と定
developing country Parties for the effective implementation of this Agreement
めている。
今次交渉を通じて各国は温暖化防止に対する貢献として約束草案(INDC: Intended
)を提出してきたが、パリ協定参加後は「自国が決
Nationally Determined Contribution
)」としてその達成に努力することにな
定する貢献(
Nationally
Determined Contribution
る(以後、簡略化のため、
「NDC」と呼ぶこととする)。COP決定パラ では「批准、
は新たな提出手続は不要となる。
を満たしたものとみなす」と規定されており、日本のように既に約束草案を提出した国
協定参加前に約束草案を提出した締約国については、別の決定をしない限り、この要請
加入、承認書の寄託よりも前に最初のNDCを提出することが求められているが、パリ
22
緩和
パリ協定第4条では緩和(温室効果ガスの削減・抑制)に関する規定が盛り込まれた。
第1項では上記の温度目標を達成するため、「開発途上締約国のピークアウトにはより
長い時間がかかることを認識しつつ、できるだけ早く温室効果ガスのピークアウトを目
指し」
「その後、迅速に排出を削減し」
「今世紀後半に温室効果ガスの排出と吸収のバラ
─ %の高い方の削減を目指す」との全球削減
ンスを図る」こととされた。交渉途上では昨年のエルマウサミット首脳声明に盛り込ま
れた「2050年までに2010年比
いう気候感度を決める必要があるが、この点についてはまだ多くの不確実性がある。温
産業革命以降の温室効果ガス濃度が倍増した場合、どの程度の温度上昇をもたらすかと
における構図と全く変わっていない。温度目標を排出削減目標に「翻訳」するためには
嫌ったからであろう。この点については2009年の主要経済国フォーラム(MEF)
の長期削減目標を差し引けば自動的に途上国全体の長期削減目標にもつながることを
目標も検討されたが、中国、インド等の強い反対によって盛り込まれなかった。先進国
70
度目標は受け入れられるが、排出削減目標は受け入れられないというのはそういった背
パリ合意の概要
31
40
景がある。
Each Party shall prepare,
第2項では「各締約国が累次のNDC(削減目標・行動)を作成、提出、維持する。ま
た、 N D C の 目 的 を 達 成 す る た め の 国 内 措 置 を と る(
communicate and maintain successive nationally determined contributions that it
intends to achieve. Parties shall pursue domestic mitigation measures, with the aim of
)」と規定された。主語が先進締約国、開
achieving the objectives of such contributions
発途上締約国で差別化されず、全ての締約国が緩和に向けて目標を設定することが法的
という助動詞で義務付けられたことは特筆大書してよい。先進国の
拘束力を示す shall
みが数値目標と義務を負う京都議定書からの非常に大きな転換であり、全ての国が参加
する枠組みの根幹となる非常に重要な規定である。
第3項では、「累次のNDCは、各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有してい
Each Party's successive nationally determined
るが差異のある責任及び各国の能力を反映し、従前のNDCを超えた前進を示し、及び
可能な限り最も高い野心を反映する(
contribution will represent a progression beyond the Party's then current nationally
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determined contribution and reflect its highest possible ambition, reflecting its
common but differentiated responsibilities and respective capabilities, in the light of
)
」と規定された。
different national circumstances
日本の報道では「野心のレベルを引き上げねばならない後退禁止条項」とも呼称され
よりもずっと弱い will
で あ り、 い わ ば 努 力 目 標
たが、助動詞は法的拘束力を示す shall
、
と い っ て よ い。 交 渉 で は ま さ し く こ の 助 動 詞 が 論 点 と な り、 オ プ シ ョ ン と し て shall
月
日夜に出された第二次テキストでは、
も検討された。法的拘束力を持たせる shall
となった場合、各国の提出したND
should
Cが事実上の下限値として法的拘束力を持つことになり、米国はじめ多くの国にとって
受け入れられるものではない。このため、
と 明 記 さ れ て い た の だ が、 そ れ で も 受 け 入 れ ら れ な い と し た
should
第4項では、
「先進締約国は、全経済にわたる排出の絶対量の削減目標をとることに
で決着した。今後、この条文の解釈・運
意見が多かったのか、最終的には最も弱い will
用に当たってはこうした交渉経緯を念頭に置く必要があろう。
ブラケットなしで
10
よって、引き続き先頭に立つべき。開発途上締約国は、緩和努力を高めることを継続す
パリ合意の概要
33
12
Developed country Parties should continue taking the
べきであり、各国の異なる事情に照らしつつ、全経済にわたる排出の削減又は抑制目標
に移行することを奨励される(
lead by undertaking economy-wide absolute emission reduction targets. Developing
country Parties should continue enhancing their mitigation efforts, and are
encouraged to move over time towards economy-wide emission reduction or limitation
)」と規定された。
targets in the light of different national circumstances
こ こ で 特 筆 さ れ る べ き は、 パ リ 協 定 を 通 じ て「 先 進 締 約 国( developed country
)
」と「開発途上締約国( developing country Parties
)」という表現が使われ、気
Parties
候変動枠組条約や京都議定書のように「附属書Ⅰ国」、「非附属書Ⅰ国」という表現が使
われていないことである。各国の発展段階は進化するのであり、1992年の気候変動
should
枠組条約当時の国の区分を固定する「附属書Ⅰ国」という用語を使わなかったことは高
く評価される。なお、本項では先進締約国、開発途上締約国いずれも助動詞は
となっているが、フランスが提示した最終案の段階では先進締約国が shall
、開発途上
と使い分けされていた。最終案配布後に開催されたパリ委員会では、
should
締約国が
34
キンリー事務局次長が本件を含むいくつかの
「テクニカルエラー」を早口で読み上げ、間
髪を容れずファビウス議長が「今事務局から提示されたテクニカルエラーを修正すると
と should
では法的
の理解の上でパリ協定を採択する」と木槌を下ろした。しかし shall
拘束力が全く異なり、通常であれば「テクニカルエラー」で片づけられる話ではない。
ニューヨークタイムズでは会議開催前に米国のケリー国務長官が「このままでは米国は
採択に参加できない」とファビウス議長に迫り、修正させたという内輪話が暴露されて
いる。
条のグローバルストックテーク
第8項では、全ての締約国はNDCの提出に当たって明確性、透明性、理解増進のた
めに必要な情報を提供すること、第9項では後述の第
)
。またCOP決定パラ 、パラ では2025年目標の国は2020年までに、
も shall
その後は5年ごとに新たなNDCを提出し、2030年目標の国は2020年までに、
の結果を踏まえ、5年ごとにNDCを提出することが義務付けられた(助動詞はいずれ
14
その後は5年ごとにそのNDCを提出又は更新することが要請された。2030年目標
24
を提出した日本の場合、2020年に現在と同じ目標を提出することが認められること
パリ合意の概要
35
23
になる。さらに第
項では第1回パリ協定締約国会合において「NDC」の共通の期間
を検討することが定められた。これは現在バラついている目標年次を揃えていこうとい
項では締約国の提出したNDCは条約事務局が管理する公的な登録簿に記載され
う趣旨である。
第
項では、「全ての締約国は各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有している
びにパリ協定の改正が必要となるため、制度の安定性に配慮した措置である。
第
」と規定
should strive )
to
が差異のある責任及び各国の能力を考慮し、第2条(協定の目的)に留意し、長期の温
室効果ガス低排出発展戦略を作成、提出するよう努めるべき(
された。
市場メカニズム
今回の交渉における争点の一つは市場メカニズムを認めるか否かであった。日本を含
め多くの国々は何らかの形で温室効果ガス削減量の国際移転を認めるべきとの主張を
36
10
ることが規定された。京都議定書のように附属書に目標値を記載した場合、変更するた
12
19
行っており、バリ行動計画以来、ずっと議論が行われてきたが、ベネズエラ、ボリビア
のような社会主義国が市場メカニズムに強固に反対していたため、議論は進展しないま
まであった。
項では「NDC達成のために緩和成果の国際的移転を含む自
パリ協定第6条第1項では締約国がNDCの実施に当たって自主的な協力を選ぶこと
があることを認識し、第
主的な協力的アプローチを行う場合、……ガバナンスを含む環境十全性と透明性を確保
し、ダブルカウントの防止を含む強固なアカウンティングを適用する」と規定された
( Parties shall, where engaging on a voluntary basis in cooperative approaches that
involve the use of internationally transferred mitigation outcomes towards nationally
… ensure environmental integrity and transparency, including
determined contributions
in governance, and shall apply robust accounting to ensure, inter alia, the avoidance
…)
。また第3項では「緩和成果の国際移転は自主的なものであり、
of double counting
当 事 国 が 承 認 す る( The use of internationally transferred mitigation outcomes to
achieve nationally determined contributions under this Agreement shall be voluntary
パリ合意の概要
37
2
)
」と規定された。この第2項、第3項はまさし
and authorized by participating Parties
く日本が追求してきた二国間クレジット制度(JCM)の考え方であり、日本にとって
今次交渉の大きな成果といって良いであろう。
第6条第4項〜第8項ではパリ協定締約国会合の下に設立され、その監督を受ける新
たなメカニズムについても規定されている。第4項〜第8項の新たなメカニズムが「パ
リ協定締約国会合の下で設立・管理される」とメカニズムが併記されていることにより、
前者がパリ協定締約国会合の管理下にないことが確保されているといえるが、注意すべ
consistent with guidance adopted by the Conference of the Parties
きは第2項、第3項に基づく緩和成果の国際移転がパリ協定締約国会合の採択するガイ
ダンスと整合的(
)であることが求められ、
serving as the meeting of the Parties to the Paris Agreement
ガイダンスは今後検討されることだ。パリ協定の下に設立される新たなメカニズムのル
ール、手続についても今後パリ協定締約国会合において定められることになる。当事国
間で弾力的・機能的に運用すべき第2項、第3項のガイドラインが国連管理型の第4項
〜第8項のメカニズムのルール、手続のコピーになることは厳に避けるべきだ。かつて
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京都メカニズムの制度設計に関与した経験に照らせば、国連で策定するルールや手続は
どうしても制限的、官僚的なものになる。第2項、第3項のガイダンスが過度に制限的
なものとなり、二国間クレジット制度のメリットである柔軟性、機動性を損なうことの
ないよう、今後心して交渉せねばなるまい。
ロス&ダメージ
温暖化に伴うロス&ダメージに関する規定は温度目標と並んで島嶼国が強く主張して
いた点であるが、先進国は気候変動枠組条約にない新たな概念が盛り込まれ、先進国の
)や補償( compensation
)につながることを強く警戒し、あくまで
法的責任( liability
既にプログラムが存在する適応の一環として取り組むことを主張してきた。特に訴訟大
国の米国は、パリ協定に基づく訴えが頻発するような事態になれば国内世論が硬化する
のは間違いないと見て、極めてこの問題に神経質になっていた。
パリ協定では適応(第7条)とは別途の条文(第8条)でロス&ダメージを規定し、島
嶼国の要求を一部盛り込むこととなった。ただし、その文言は「気候変動の悪影響に伴
パリ合意の概要
39
Agrees that
40
うロスやダメージを回避し、最小化し、取り組むことの重要性を認識する」
(第1項)、
「気候変動のインパクトに伴うロス&ダメージのためのワルシャワ国際メカニズムはパ
リ協定締約国会合の下に置かれ、締約国会合の決定に基づき強化される」(第2項)、「締
約国はワルシャワ国際メカニズムを通じ、協力的、促進的にロス&ダメージに関する理
では「パリ協定第8条は責任や賠償の根拠とはならない(
解、行動、支援を強化する」
(第3項)
という穏当なものとなった。また第8条に関する
COP決定パラ
ととのパッケージであったと解釈できよう。
13
資金援助
資金援助(第9条)は今次交渉において透明性(第
条)と並んで最も交渉が難航し
先進国の懸念を払拭するものとなった。温度目標が島嶼国の主張を容れて強化されたこ
Article 8 of the Agreement does not involve or provide a basis for any liability or
)
」と明記された。
compensation
このようにロス&ダメージでは島嶼国の主張を形式的には盛り込みつつ、実質的には
52
た部分である。ほとんどの途上国にとって交渉に参加している動機は先進国からの支援
の上積みであるから、それも当然であろう。
交渉の大きな争点の一つは資金援助の出し手を従来のような先進国オンリーから中国
)」
、
in a position to do so
等、能力のある途上国にも拡大できるかであった。この点については資金援助の主体を
先進締約国及び「その(資金援助の)立場にある他の締約国(
)」、「その意思のある( willing to do so
)
」
「その能力のある( with the capacity to do so
等がオプションとされていたが、パリ協定最終案の一つ前の議長テキストでは「他の締
パリ協定第9条第1項では「先進締約国は、条約に基づく既存の義務の継続として、
約国は自主的かつ補完的な形で資金供与するかもしれない( Other Parties may, on a
)」という途上国に大幅に譲った表現と
voluntary and complementary basis, provide
なっていた。
緩和と適応に関連して、開発途上締約国を支援する資金を提供する
( Developed country
Parties shall provide financial resources to assist developing country Parties with
respect to both mitigation and adaptation in continuation of their existing obligations
パリ合意の概要
41
)
」とされ、第2項では「他の締約国は、自主的な資金の提供又は
under the Convention
その支援の継続を奨励される( Other Parties are encouraged to provide or continue to
)
」とされた。「支援するかもしれない」という直近の議
provide such support voluntarily
長テキストに比べて
「支援することを奨励される」という、より前向きな表現となり、先
進国の主張が一部取り入れられた形となった。
第3項では「世界的な努力の一環として、先進締約国は、公的資金の重要な役割に留
意しつつ、広範な資金源、手段、経路からの、国の戦略の支援を含めた様々な活動を通
developed country
じ、開発途上締約国の必要性及び優先事項を考慮した、気候資金の動員を引き続き率先
すべき。気候資金の動員は、従前の努力を超えた前進を示すべき(
Parties should continue to take the lead in mobilizing climate finance from a wide
variety of sources, instruments and channels, noting the significant role of public
… Such mobilization of climate finance should represent a progression beyond
funds
)
」と規定された。第1項の助動詞が shall
であるのに対し、第3項の助
previous efforts
であり、米国を中心とする先進国の懸念を踏まえ、公的資金を中核とす
動詞は should
42
ることや資金動員の増額が法的義務とならないような表現ぶりとなっている。
カンクン合意では2020年までに先進国から途上国に対し、年間1000億ドルの
資金援助を行うことが規定されていたが、今次交渉では条約本体に新たな数値目標を書
に「先進締約国は開発途上締約国の意味のある緩和行動と透明性のコンテクス
き込むかどうかも大きな争点であった。激しい交渉の末、協定本体ではなく、COP決
定パラ
トの下で既存の資金動員目標(注:年間1000億ドルを指す)を2025年まで継続
… developed countries intend to
Also decides that
する意向であり、2025年に先立ってパリ協定締約国会合は1000億ドルを下限と
し て 新 た な 数 値 目 標 を 定 め る(
continue their existing collective mobilization goal through 2025 in the context of
meaningful mitigation actions and transparency on implementation; prior to 2025 the
Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to the Paris
Agreement shall set a new collective quantified goal from a floor of USD 100 billion
)
」という文言が入った。協定本体から法的拘束力のないCOP決定に落とすこ
per year
とにより先進国の懸念に対応した形である。
パリ合意の概要
43
54
条は技術開発・移転について規定している。この部分での最大の論点は
イズ特効薬と同様に環境に優しい技術の知的財産権の強制許諾や知的財産権に守られた
技術獲得に対する資金援助を強く求めていたのである。知的財産権は技術開発の基礎イ
44
数値目標がCOP決定に落とされたとはいえ、先進締約国は開発途上締約国に対する
公的資金の移転を含め、資金援助に関する量的、質的報告を2年に一度行うことを義務
条のグローバルストックテークの際に
付けられ
(第5項)
、公的介入を伴う資金援助に関する透明性のある情報を2年に一度提
供することが義務付けられる
(第7項)
。また第
パリ協定第
技術開発・移転
可能であったというべきであろう。
当部分取り入れられている。換言すればこの部分なくして途上国の同意を得ることは不
上国への資金援助についてのプレッシャーがかかる形となっており、途上国の主張が相
も先進締約国による資金援助の情報が考慮される(第6項)。先進国に対して間断なく途
14
知的財産権の扱いであった。特にインドが知的財産権を技術移転のバリアとみなし、エ
10
ンフラともいうべきものであり、多大なリスクとコストをかけた知的財産権が強制許諾
の対象となったのではイノベーションを阻害することになりかねない。このため先進国
は一体となってインドの主張に反対してきた。
条 第 4 項 で は 技 術 開 発・
幸いなことに技術交渉グループの調整努力により、パリ協定からは知的財産権に関す
る言及は一切なくなった。もちろん火種が皆無ではない。第
では、今年5月の補助機関会合
The enhancement of enabling
)」が盛り込まれている。この「障壁」
socially and environmentally sound technologies
の中で知的財産権の問題が蒸し返される恐れもある。しかし「障壁」というのはいろい
environments for and the addressing of barriers to the development and transfer of
に す る よ う な 環 境 整 備 と 障 壁 へ の 取 組 を 強 化 す る(
フレームワークの目的の一つとして、「社会面、環境面で健全な技術の開発・移転を可能
(SBSTA)
で技術フレームワークの詳細の検討を開始することとされているが、技術
ーク」を設置することが規定された。COP決定パラ
移転を推進する技術メカニズムに横断的なガイダンスを与える目的で「技術フレームワ
10
ろなものを含み得る概念であり、先進国の目から見れば、途上国の投資環境の悪さや知
パリ合意の概要
45
68
条第5項には「イノベーションの加速、促進は長期的な気候変動へ
46
的財産権制度の未整備等も立派な「障壁」であり、双方向の議論が可能だ。
またパリ協定第
Accelerating,
これまでの交渉においても技術分野は資金や緩和分野に比して現実的な議論がなされる
)
」という文言が入った。これは気候変動問題の究
cycle, to developing country Parties
極的な解決のためのイノベーションの重要性を明記したものであり、高く評価される。
facilitating access to technology, in particular for early stages of the technology
the Convention, for collaborative approaches to research and development, and
Technology Mechanism and, through financial means, by the Financial Mechanism of
development. Such effort shall be, as appropriate, supported, including by the
response to climate change and promoting economic growth and sustainable
encouraging and enabling innovation is critical for an effective, long-term global
階 に 対 す る 開 発 途 上 締 約 国 の ア ク セ ス の 容 易 化 を 通 じ て 支 援 さ れ る(
力的アプローチに対する技術メカニズム、資金メカニズムや特に技術サイクルの早期段
の対応や経済成長の促進、持続可能な発展にとって重要。そうした努力は研究開発の協
10
傾向が強かった。相対的に技術に知見を有する者が交渉を担当し、とかく先進国との対
立軸から議論をスタートする途上国の職業交渉官の関与が少ないからかもしれない。
透明性
緩和目標の実施状況に関する情報提供、レビュー(これを総称して「透明性」と呼ん
でいる)は今回の交渉の中で先進国が最も重視したイシューの一つである。新たな枠組
みが目標値を義務付けるものではなく、目標の策定、登録、レビューといったプロセス
を義務付けるものとなる中で、枠組みの実効性を確保するためには各国が自国の出した
目標達成に向けて努力していることが「見える化」していることが重要だからだ。
今次交渉における透明性をめぐる交渉では、まず、そのスコープが議論となった。先
進国は透明性の下で途上国の緩和行動の進捗状況をきちんとフォローすることを重視し
ていた。これに対して途上国は「自分たちの緩和行動の成否は先進国からの支援次第で
ある。緩和行動の進捗状況をチェックするならば、そのための支援の状況もチェックす
べきである」という論理に基づき、透明性のスコープを緩和のみならず、途上国の緩和、
パリ合意の概要
47
適応に対する支援(資金、技術、キャパシティビルディング)も対象とすべきであると
主張してきた。この点については、交渉終盤頃には先進国が妥協し、透明性のスコープ
に支援も加わることが既定方針となっていた。
最後までもめたのが透明性のプロセスにおいて先進国と途上国の差異化をどこまで認
めるかという点である。直近の議長テキストではNDCの実施状況に関するレビューが
robust technical review process
全ての締約国に等しく適用されるオプション1と、先進国は「強固なレビューと国際的
な評価プロセスを受け、遵守に関わる結論につなげる(
followed by a multilateral assessment process, and result in a conclusion with
technical
)
」一方、途上国の提供した情報については「内政干渉的
consequences for compliance
でなく、懲罰的でなく、国家主権を尊重し、先進締約国からの支援に応じた形で、技術
的 な 分 析 を 受 け、 国 際 的 な 場 で 意 見 交 換 を 行 い、 サ マ リ ー を 作 成 す る(
analysis process followed by a multilateral facilitative sharing of views, result in a
summary report, in a manner that is nonintrusive, non-punitive and respectful of
national sovereignty, according to the level of support received from developed
48
)
」というオプション2が併記されていた。これは露骨な先進国・途上国
country Parties
二分論であり、先進国にとって受け入れられるものでは全くなかった。
条第1項では、「相互の信頼を構築し実効的な実施を促進するため、締約国の異な
以上の背景を念頭にパリ協定の透明性に関する規定を見ていこう。
第
In order to build mutual trust and confidence and to
る能力を考慮し全体の経験に基づく柔軟性が組み込まれた、行動及び支援の強化された
透明性フレームワークを設ける(
promote effective implementation, an enhanced transparency framework for action
パリ合意の概要
and support, with built-in flexibility which takes into account Parties' different
)」と規定され
capacities and builds upon collective experience is hereby established
た。上述のとおり、透明性の対象は行動(温室効果ガスの削減、抑制)と途上国の緩和、
適応への支援の双方となった。
第2項では透明性フレームワークの実施に当たっては「能力に照らし柔軟性を必要と
では「開発途上国に対し透明性のスコープ、頻度、報告の
する開発途上締約国には、透明性の枠組みの柔軟な運用を認める」とされた。また本条
を引用したCOP決定パラ
90
49
13
詳細度、レビューのスコープの面で柔軟性を認めなければならず、各国訪問審査につい
developing countries shall be provided
ては選択を認める。こうした柔軟性は透明性フレームワークのモダリティ、手続、ガイ
ド ラ イ ン 策 定 に 反 映 さ れ ね ば な ら な い(
flexibility in the implementation of the provisions of that Article, including in the
scope, frequency and level of detail in reporting, and in the scope of review, and that
the scope of review could provide for in-country reviews to be optimal, while such
flexibilities shall be reflected in the development of modalities, procedures and
in a facilitative, non-
)」と規定された。
guidelines referred to in paragraph 92 below
第3項では透明性フレームワークの実施に当たっては「協力的、内政不干渉的、非懲
罰 的 で 国 家 主 権 を 尊 重 し、 締 約 国 に 無 用 の 負 担 を 与 え な い(
intrusive, non-punitive manner, respectful of national sovereignty, and avoid placing
)
」こととされている。この表現は冒頭に掲げた直近の議長テ
undue burden on Parties
キストでは開発途上締約国の透明性にのみ適用されていたものが、先進締約国、開発途
上締約国全体にかかることとなった。
50
第5項では行動( action
)の透明性フレームワークの目的を「グッドプラクティス、プ
ライオリティ、ニーズとギャップを含め、パリ協定第2条に規定する気候変動枠組条約
条のグローバルストックテークへのインプットとすること」と規
の目的に照らした行動に関する明確な理解を提供し、各国のNDCと適応行動の進捗状
況をフォローし、第
定している。
11
を提供する他の締約国は、当該情報を提供すべき」と規定され、第
項では「開発途上
に提供された資金、技術移転及び能力開発の支援に関する情報を提供する。また、支援
況把握に必要な情報を提供するとされた。第9項では「先進締約国は、開発途上締約国
第7項では各国が温室効果ガス排出量と吸収量のインベントリーと、NDCの進捗状
のインプットとする」と規定している。
し、受領した支援を明確化し、全体としての資金援助額をグローバルストックテークへ
条(資金)
、第
)の透明性の目的を「第4条(緩和)、第7条(適応)
、第9
第6項では支援( support
条(技術)
、第 条(キャパシティビルディング)において各国が提供
14
締約国は必要とする支援と供与された支援の情報を提供すべき」とされた。
10
パリ合意の概要
51
10
第
項は冒頭に紹介したレビューに関する部分であり、「第7項、第9項に基づいて提
出された情報は、技術専門家によるレビューを受ける。開発途上締約国であってその能
力に照らして支援が必要な国においては、専門家による検討には、能力開発の必要性の
特定の支援が含まれる。各締約国は、第9条(資金)に基づく努力に関する進捗及びN
DCの実施と達成について、促進的かつ多国間の検討に参加する」と規定された。第
る。レビューは第
項に規定する透明性に関するモダリティ、手続、ガイドラインとの
項では「技術専門家レビューは各国の支援の提供、NDCの実施・達成状況を内容とす
12
第 項、第
項では透明性の実施に必要な支援を途上国に提供することが規定された。
ティ、手続、ガイドラインは第1回パリ協定締約国会合で採択することとなっている。
力や状況に特に注意を払う」とされている。行動と支援の透明性に関する共通のモダリ
整合性のレビューを含め、各国の改善すべき点を示す。レビューにおいては途上国の能
13
論は影を潜め、先進国、途上国が一つのフレームワークに参加する形式はとりつつも、
レビューの対象となっていること、直近の議長案のような先進国と途上国の露骨な二分
以上、透明性フレームワークの条文全体を眺めてみると、緩和のみならず支援も報告、
15
52
11
14
その実施に当たっては「これでもか」というほどの途上国配慮の「芽」が埋め込まれて
おり、途上国の主張を相当程度盛り込んだものになっている。透明性フレームワークに
関する実施細則は第1回パリ協定締約国会合で採択されることになるが、「悪魔は詳細に
宿る」である。透明性フレームワークがもっぱら先進国の緩和努力や支援実績、予定に
偏重したものになること、特に緩和努力が期待される大排出途上国にとって「大甘」の
ものとなり、地球全体の温室効果ガス削減に向けた枠組みの実効性を損なうことは厳に
避けねばならない。透明性フレームワークの実施細則は今回設置が決まったパリ協定特
で検討されることになる。透明性フレームワークを実効あるものとするための勝
パリ合意の概要
別作業部会の検討を経て、第1回パリ協定締約国会合への送付を念頭に2018年のC
OP
負はこれからであろう。
グローバルストックテーク
条にグローバルストックテークのメ
パリ協定には、各国の行動が全体としてパリ協定の目的及び長期目標の達成に向かっ
ているかをチェックするための枠組みとして、第
14
53
24
54
カニズムが盛り込まれた。第1項ではグローバルストックテークは緩和、適応、支援を
含めた包括的かつ促進的なものであると規定されている。先進国、途上国の温室効果ガ
ス削減・抑制に向けた取組の全体的な進捗状況のみならず、途上国への支援についても
グローバルストックテークの対象となっているところが特徴だ。グローバルストックテ
ークは2023年から開始され、以後5年ごとに行われ(第2項)、その結果は各国が行
動、支援を更新、拡充する際の参考とされる
(第3項)。なお、その予行演習ともいうべ
)
。
き各国の努力の総計についての「対話」が2018年に行われることも決まっている(C
OP決定パラ
もいえる。
されることになる。換言すればボトムアップとトップダウンのハイブリッド型であると
の早期のピークアウト、今世紀後半の排出と吸収のバランス等)との整合性をチェック
の規定により、トップダウンで設定された長期目標(第2条の温度目標、第4条第1項
プのプレッジ&レビューの枠組みを基本としているが、このグローバルストックテーク
パリ協定は各国がNDCを持ち寄り、その実施状況をレビューするというボトムアッ
20
発効要件
)、 受 託 書
カ 国 の 締 約 国 が 批 准 書( ratification
条第1項において「世界の温室効果ガス排出総量の少なく
%と見積もられる少なくとも
パリ協定の発効要件は第
とも
%を占める附属書Ⅰの締
30
カ国以上の条約の締約国が批准書、受託書、承認書又は加入書を寄託した
55
日目の日に効力を生ず」の考え方を踏襲するものであるが、先進国、途上国が
約国を含む
約国の1990年における二酸化炭素排出総量の少なくとも
)
、承認書( approval
)もしくは加入書( accession
)を寄託した日の後、
( acceptance
日目の日に効力を生ずる」とされている。京都議定書における発効要件「附属書Ⅰの締
55
21
する」とし、各国のデータ年のバラつきを許容することとした。
は条約採択の日もしくはそれ以前に締約国から条約事務局に提出された最新の量を意味
備が遅れているため、第2項では「第1項の目的に限定し、『温室効果ガス排出総量』と
Ⅰ国から世界全体に広げられた。先進国に比して途上国の温室効果ガス排出量データ整
共に温室効果ガス削減に取り組む本協定では、温室効果ガスのカバレッジ要件が附属書
日の後
55
発効要件については、国数と併せ、温室効果ガスカバレッジも要件とする案がブラ
パリ合意の概要
55
55
90
ケットの形で残っていたが、直近の議長案では、
カ国が批准、受託、承認、加入すれ
ば発効するという案になっていた。これは、温室効果ガス排出量は少ないが、国数だけ
は多いアフリカ諸国や低開発国が批准すればすぐに発効することを意味し、世界全体の
温室効果ガス排出削減という目的に照らせば実効性に大きな疑問符がつく。このため、
丸川環境大臣は全体会合で温室効果ガス排出量のカバレッジも発効要件に加えるべきと
%は全ての主要排出国の参加を確保するものとはいえない。世
主張し、最終案においてそれが取り入れられたわけである。
ただし、発効要件の
るためには温室効果ガスカバレッジ要件を
%という要件では米国、
%程度まで引き上げねばならないからだ。
米中の温室効果ガスカバレッジは合計で4割弱であるため、
たことを想起させる。
る。京都議定書の発効要件
in order to
%も米国が批准しなくても発効するような設計となってい
中国のいずれか一方、さらには両方が参加しなくても計算上は発効可能ということにな
55
80
なお、パリ協定の発効時期については、ダーバンプラットフォーム上、「
55
56
55
界第1位、第2位の排出国である中国、米国が両方参加しなければ発効しないものとす
55
adopt this protocol, another legal instrument or an agreed outcome with legal force at
」 と あ り、
the COP21 and for it to come into effect and be implemented from 2020
2020年からの発効が想定されているが、パリ協定上、上記の発効要件を満たせば、
のように日本が突出
で検討されることを考慮すれば、実際に協定
2020年以前の発効も可能と思われる。ただしパリ協定の根幹となる透明性フレーム
ワークの実施細則が2018年のCOP
が動き出すのはその後と考えることが自然であろう。
その他
今回の交渉では京都議定書第二約束期間が焦点となったCOP
日夜に出された議長テキストのCOP
に は「 締 約 国 に 対 し、 高 排 出 投 資 へ の 国 際 支 援 を 減 少 さ せ る よ う 求 め る
問題視されるのではないかとの報道もあった。
する局面はなかったが、一部マスコミでは日本による高効率石炭火力発電技術の輸出が
16
24
)」との文
( Urges Parties to reduce international support for high-emission investments
言が含まれていたのも事実である。しかしCOP に先立つOECD輸出信用会合にお
決定パラ
10
21
パリ合意の概要
57
62
58
いて、高効率石炭火力技術の輸出については引き続き支援対象とすることが合意されて
おり、そもそも上記の文言は高効率石炭火力を想定したものではない。環境NGOの中
には本パラグラフを「日本へのメッセージだ」と説明した団体もあったというが、全く
の見当違いである。しかも最終的に合意されたCOP決定では本パラグラフ自体が削除
期間中にインド産業連盟と意見交換を
された。おそらく経済発展のために石炭火力技術を今後とも必要とするインド等の途上
国の強い反対があったものと思われる。COP
原理主義的な議論に辟易していた筆者にとっては胸にストンと落ちる議論であった。
効率的に使えというべきだ」と明言していた。エネルギーや経済の実態を無視した環境
の経済発展は後に続く途上国にとっても重要。石炭を使うなというのではなく、石炭を
する機会があったが、彼らは「インドの経済発展にとって石炭は不可欠であり、インド
21
⒋ パリ協定をどう評価するか
以上のパリ協定をどう評価するか。激しい交渉の結果、成立した合意であり、様々な
立場から様々な評価が可能であろうが、ポスト2013年交渉に関与してきた立場から、
私見を述べてみたい。
全ての国が参加する枠組みの成立
何よりもまず、一部の先進国のみが義務を負う京都議定書に代わり、全ての国が温室
効果ガス排出削減、抑制に取り組む枠組みが出来上がったことは歴史的意義があるとい
うことを特筆大書したい。これは京都議定書以降の国際交渉において日本が一貫して主
張してきた方向性であった。京都議定書第一約束期間後のポスト2013年枠組み交渉
においては京都議定書第二約束期間が検討途上にあったこともあり、全ての国が参加す
る法的枠組みは実現せず、COP決定であるカンクン合意にとどまった。パリ協定はカ
ンクン合意を発展させ、法的枠組みとしたものであり、日本が長く追求してきた目的が
パリ協定をどう評価するか
59
ようやく実現したことになる。コペンハーゲン、カンクンの交渉を経験した筆者として
深い感慨を覚える。
ボトムアップ型のプレッジ&レビュー
パリ協定の中核をなすのは、先進国、途上国が約束草案を持ち寄り、その進捗状況を
報告し、専門家によるレビューを受けるというボトムアップのプレッジ&レビューの枠
組みである。この一連の手続が法的拘束力の対象となっている一方、目標値の達成自体
は法的義務とはなっていない。目標達成が法的義務になっていないことをもって、パリ
協定の実効性に疑問を呈する論者もいるだろう。しかし、米国、新興国の参加を得るた
めにはこの方式が唯一の解であることは自明であった。目標達成を法的義務化すれば、
制度そのものは堅牢なものとなっても、米国や新興国の参加の得られない実効性の乏し
いものになってしまう。また目標値を法的義務にすれば、各国は未達成時の遵守規定の
誌 は「
Economist
strong weak agreement is better than weak strong
適用を避けるため、必然的に「堅めの」目標を登録することになるであろう。
か つ て 英
60
」と述べた。堅牢だが参加国が限られ、実効性の弱い合意よりも、枠組み自
agreement
体は柔軟でも全ての国が参加し、実効性の高い合意の方が良いとの意味である。京都議
定書型の枠組みとプレッジ&レビューの枠組みの関係はまさにそれに一致する。日本は
既に気候変動枠組条約交渉時からプレッジ&レビューの枠組みを提唱してきた。しかし
その後の国際交渉の流れは先進国のみに目標達成を義務付けるトップダウン型の京都議
定書に向かった。パリ協定は、堅牢だが主要排出国の参加を欠き、温室効果ガス削減に
ほとんど効果がなかった京都議定書の反省の上に生まれたものであり、「思えば長い回り
道をしてきた」との感を禁じ得ない。
全体としてはやや途上国寄り
このようにパリ協定は温暖化交渉の歴史上、大きな意義を有しているが、先進国のみ
が義務を負う京都議定書体制から途上国を含む全員参加型の体制に移行するためには、
いろいろな代償を払わねばならなかったのも事実である。資金についての規定は金額こ
そ条約本文に書き込まれなかったものの、多くの面で途上国の主張を受け入れるものと
パリ協定をどう評価するか
61
an enhanced
定に合意することはできなかったということでもある。途上国は是が非でも合意を得た
62
なった。また資金とのパッケージディールとなった透明性の規定についても、先進国と
途上国を手続上切り分けず、
「 一 つ の 強 化 さ れ た 透 明 性 フ レ ー ム ワ ー ク(
)
」に参加する形としつつも、個々の条文の中では途上国配慮が
transparency framework
随所に盛り込まれることとなった。また透明性フレームワークの対象には緩和のみなら
ず途上国支援も含まれ、5年に一度のグローバルストックテークの対象にも途上国支援
が盛り込まれている。すなわち、今後のレビューやストックテークのたびに先進国は途
上国から請求書を突き付けられることになる。途上国は「自らの緩和行動が予定通り進
まないのは先進国からの支援が足りないからだ」という主張を展開することになろう。
パリ協定において緩和努力の主体が先進国から全ての国に広がったことは大きな成果で
ある一方、途上国もその代償を確保し、全体をバランスして見ればやや途上国寄りの決
紙が「インドは先進国と途上国の差異
着であったといえる。 月 日付のインド Hindu
化を守るのに大きな役割を果たした。差異化は合意の各所に埋め込まれている」と評価
15
しているのはその証左であろう。逆にいえば、これくらいの代償を払わなければパリ協
12
い議長国フランスや、オバマ大統領のレガシーを残したい米国の弱みを利用したともい
える。
非現実的な温度目標は将来の火種に
世界の環境NGOや島嶼国は1・5℃安定化が努力目標として温度目標に書き込まれ
たこと、このため今世紀後半に温室効果ガス排出量と吸収量のバランスを図ることが緩
和の長期目標に盛り込まれたことをパリ協定最大の成果として喧伝している。筆者はこ
の点がパリ協定最大の問題点であると考える。
そもそも2℃目標の実現可能性は極めて低いものであった。IPCC第5次評価報告
シナリオを達成するためには
2100年まで温室効果ガスを100%近く削減することが必要と分析されている。こ
書 に お い て は、 2 ℃ 目 標 に 相 当 す る と さ れ る 4 5 0
のためには発電部門においてバイオマスCCSを大量導入することにより現在の発電部
門の排出量をそのままマイナスにしたような規模のマイナス排出にするという、およそ
実現性に疑問符のつくビジョンが提示されている。近年のIEAの世界エネルギー展望
パリ協定をどう評価するか
63
ppm
( World Energy Outlook
)は450 シナリオを毎回提示しているが、途上国を中心とす
る足元の温室効果ガス拡大により、450 シナリオの実現可能性は年々低下しており、
ppm
350 シナリオとなれば「推して知るべし」であろう。
ざ る を 得 な い 状 況 で あ っ た。 2 ℃ 目 標 で す ら こ の 有 様 で あ る か ら、 1・5 ℃ あ る い は
それを実現するためには、およそ現実味に乏しいエネルギーミックス、投資規模を描か
ppm
を撃
29
今世紀後半の排出・吸収バランス目標と、各国の緩和努力、緩和目標の合計とが比較さ
は5年ごとのグローバルストックテークというメカニズムを通じて1・5〜2℃目標や
温度目標が大きな方向性を示す努力目標というならばまだわかる。しかしパリ協定で
体のクレディビリティを下げるだけではないか。
墜する」といった陸軍のマインドセットにも似た精神論であり、結局のところ枠組み自
が厳しい中でさらに厳しい温度目標を設定するというのは、戦時中、「精神力でB
目標を安易に設定する傾向が強いように思われる。しかし既存の温度目標の実現可能性
ら野心的な目標にこだわるのはこのプロセスの通弊である。一般に政治家は長期の温度
温暖化防止のために志を高く持つことは良い。しかし実現可能性を顧慮せず、ひたす
ppm
64
れ、それが各国のNDCにフィードバックされるとの設計がなされている。トップダウ
ンの目標をボトムアップのレビュープロセスと融合させようという試みともいえる。
月末、条約事務局は各国の
これは枠組みとしては首尾一貫している。問題はトップダウンの目標とボトムアップ
の積み上げは永遠に交わらないだろうということだ。昨年
に基づきIPCCが1・5℃達成に必要な排出削減パスの特別レポートを提示する
候感度の不確実性を指摘する必要があろう。
PCCにおけるさらなる科学的知見の蓄積を促進すると共に、ギャップ論に対しては気
の点についてはIPCCでも意見が収斂しておらず、1・5〜4・5℃まで幅がある。I
ガス濃度が倍増した場合の温度上昇幅)の不確実性があることを忘れてはならない。こ
℃目標を排出削減パスに「翻訳」するに当たって、気候感度(産業革命以降の温室効果
が、ギャップの幅は150億トンを大幅に上回ることは確実だ。もとより、2℃、1・5 ラ
150億トンものギャップがあるという分析を提示した。2018年にはCOP決定パ
約束草案の合計値と2℃目標に必要な排出削減パスを比較して2030年時点で
10
それでは各国はその膨大なギャップを埋めるために皆で負担を分担して約束草案を引
パリ協定をどう評価するか
65
21
き上げるだろうか? 筆者の答えは「ノー」である。野心のレベルが徐々に引き上げら
れ た と し て も そ の 合 計 値 が 1・5 ℃ 目 標 は お ろ か 2 ℃ 目 標 に も 達 す る と は 思 え な い。
150億トンというギャップは2010年時点の中国全体の排出量の1・5倍に相当す
るとんでもない量なのだ。
そもそも各国の政策は温暖化対策だけで動いているわけではない。各国はその時々の
経済情勢、雇用情勢、エネルギー情勢等を総合勘案して約束草案を策定している。その
実施状況をレビューするが、約束達成そのものは法的義務とはしない。だからこそボト
ムアップのプレッジ&レビューは現実的な枠組みとして全ての国の参加を得ることがで
きたのである。
「1・5℃や2℃目標を達成するためには各国の目標を○割上乗せするこ
とが必要」と条約事務局に強要されるようでは、ボトムアップのプレッジ&レビューの
意味をなさなくなる。2℃目標の時もギガトンギャップ論は存在したが、こうしたトッ
プダウンの負担分担論が何の結論にもつながらなかったことはこれまでの交渉経緯から
も明らかである。
要するにパリ協定では非現実的なトップダウンの温度目標と、現実的なボトムアップ
66
のプレッジ&レビュープロセスが併存した枠組みなのである。両者の間には埋め難い
ギャップが存在し続け、各国の約束レベルの引き上げでそのギャップを埋められると考
えるのは幻想であろう。それではどうすれば良いのか。答えはイノベーションしかあり
得ない。上述のようにパリ協定の中でイノベーションの重要性が明記されたことは大き
な成果だ。他方、イノベーションは国連交渉の場からは決して生まれてこないことも肝
に銘ずるべきだ。イノベーション力を有する国の官民の努力および有志国による国際連
携によって初めて可能となる。ゆめゆめ職業交渉官による官僚的な「国連イノベーショ
ンメカニズム」の創設等にリソースを費やすべきではない。
国連プロセスが非現実的な温度目標を設定したことは、逆説的ではあるが国連プロセ
スでは温暖化問題は解決できないということを明らかにする結果に終わるであろう。
では米国の積極姿勢が目立ったが、それがそのまま米国の参
中のサイドイベントで米
パリ協定をどう評価するか
67
米国の動向を注視すべき
既述のとおり、COP
加リスクにつながっていることも忘れてはならない。COP
21
21
%という米
世紀エネルギー研究所のスティーブン・ユール副所長より「米国の約束
─
マ大統領の温暖化対策に批判的であった議会共和党はパリ協定にも極めて批判的であり、
マッコネル共和党上院院内総務は「いかなる気候変動国際協定も議会の承認なしには通
さない」と述べている。もとよりオバマ政権はこうした議会の姿勢を十分承知の上で議
会の承認を要さないぎりぎりのラインで合意をまとめているので、2016年中の早い
段階で行政協定としてパリ協定を承認することになるだろう。問題はオバマ政権がレガ
シーを賭けて種々の妥協の末に取り付けた合意が、国内で支持されるのかどうかだ。オ
バマ政権の温暖化対策の目玉ともいうべきクリーンパワープランについても多くの訴訟
が提起されている。さらに来年に誕生する米国新政権がパリ協定及びパリ協定に向けて
米国が提出した目標をきちんと実施するのかも見極めねばならない。
68
国商工会議所
草案策定に当たって産業界は全く相談を受けていない。2005年比
28
国の目標のうち4割については根拠不明なものだ」とコメントしていた。もともとオバ
26
21
⒌ 日本の対応
最後に日本のとるべき対応について何点か述べたい。
建設的なプレッジ&レビュー実現に貢献を
パリ協定の中核となるプレッジ&レビューは日本が経団連自主行動計画や低炭素社会
条第
項
実行計画を通じて経験を蓄積してきたプロセスである。パリ協定に基づくプレッジ&レ
ビューはこれから詳細を詰めることとなるが、それを生かすも殺すも協定第
験してきたPDCAサイクルも同様である。日本は今後のガイドライン策定やプレッジ
の政策に対する照会やコメントはあっても決して指弾的なものではなかった。日本が経
入れず」になる。筆者が経験したOECDやIEAのピアレビュープロセスは被審査国
かかっている。お互いのアラ探しや非難の応酬になってしまったのでは「仏つくって魂
に規定される促進的な多国間の検討が協力的、建設的な雰囲気の下で行われるか否かに
11
&レビューの実施の際に協力的、促進的なプロセスの実現に向けて最大限の貢献をする
日本の対応
69
13
べきである。
技術開発でイニシアティブを
パリ協定にはトップダウンの目標とボトムアップのプロセスの不整合が内包されてお
り、そのギャップを埋めるのは国連プロセスではなくイノベーションしかないという点
冒頭にエネルギー・環境イノベーション戦略の策定を表明した。米
は既に述べたとおりである。そしてこれこそ日本が世界に貢献すべき分野である。今回、
安倍総理はCOP
トはCOP
の特色でもあった。日本が議長を務める今年のG7伊勢志摩サミッ
後、最初のサミットでもある。非効率的な国連プロセスにとらわれず、革
とは今回のCOP
上がる等、温暖化問題解決におけるイノベーションの重要性がクローズアップされたこ
分野への投資を拡大する民間投資家有志による「ミッション・イノベーション」も立ち
仏を中心に、5年間でクリーンエネルギーのR&D予算倍増を目指す有志国政府と、同
21
21
ードしてほしい。このテーマは1回のサミットのコミュニケで終わる話ではない。サ
新的技術開発の促進に向けた国内政策環境の整備、国際連携の在り方について議論をリ
21
70
ミットで打ち出される方向性を、日本が毎年主催するICEFで発展させ、フォロー
アップしていくべきだろう。
また国内のイノベーション環境整備にも取り組むべきだ。日本が強みとする技術をさ
して支
らに伸ばすことも重要だが、温暖化防止のためには特定技術を pick and choose
援するだけではなく、現在、想定されていないようなイノベーションを可能にするよう
な技術非特定的な支援措置も必要になるのではないか。何よりもリスクの高い長期のイ
ノベーションを可能にするのは良好なマクロ経済環境、企業経営環境である。景気が後
退し、企業収益が厳しくなれば企業のR&D投資は必然的に既存技術の改良といったタ
イムスパンの短いものに集中する。短期的な温室効果ガスの削減にこだわるあまり、管
理経済的、成長制約的な施策を導入することは、結局、長期の温暖化防止に必要なイノ
ベーションを阻害するということを忘れてはならない。
条には長期低排出発展戦略の策定に努めると規定されている。日
%削減を目指すとい
日本の対応
71
パリ協定第4条第
本は第4次環境基本計画の中で2050年までに温室効果ガスの
う目標を盛り込んでいるが、
2〜1・5℃を根拠にこの数値をもっと引き上げるべきだと
80
19
72
いう議論が必ず出てくるだろう。しかし、それでは達成の見込みもなく1・5℃目標を
書き加えたのと同じである。日本が策定すべき長期戦略の中核は空虚な理念先行型の目
標数値ではなく、革新的技術開発戦略であるべきだ。
約束草案の実現に向け、原発の再稼働に取り組め
今回、1・5℃目標が追記されたことを踏まえ、早速、
「日本も中期目標を見直すべき」
という議論が環境関係者から提起されている。彼らの議論に共通するのは「野心的な目
標を掲げれば現実はそれについてくる」という素朴なまでの思い込みである。しかしこ
%削減という目標が、省エネ、原子力、再生可能
れは2℃目標ですら実現が危ぶまれているのに1・5℃目標を追加するマインドセット
と全く同じである。
筆者は2013年比で2030年
実現することである。そしてそのカギとなるのは安全性の確認された原発を着実に再稼
きた。新たな目標を検討する前に、まずやらねばならないことは、現在の目標を着実に
エネルギーいずれの面でも非常にハードルの高い目標であることを様々な場で指摘して
26
働し、可能な場合、運転期間を延長することだ。エネルギー自給率を震災前の水準に戻
し、電力コストを現在のレベルよりも引き下げるという要請を満たすためには、再生可
能エネルギーの拡大に伴う負担増を、原発再稼働等による化石燃料輸入コストの節約分
で吸収していくしかない。電力自由化に伴い石炭火力発電所新設計画が増大しているこ
とが問題視されているが、この問題の根源は安価なベースロード電源である原発再稼働
の見通しの不透明性にある。換言すれば、石炭火力の増大を最小限にとどめるために最
も有効な方法は原発の着実な再稼働である。
%目標を達成するつもりなのであれば、これを
世論調査では原発再稼働に否定的な意見が多く、再稼働実現には並々ならぬ政治キャ
ピタルを要する。しかし日本が真剣に
避けては通れない。パリ協定が合意され、各国が約束草案の実現に乗り出す以上、政府
は「原発再稼働が日本の目標達成のために不可欠である」という疑いのない事実を辛抱
強く地元住民に説明し、理解を得る努力をしなければならないだろう。さらには電力自
由化の下で既存原発のリプレースを可能にするような政策環境の整備についても検討を
早急に開始すべきだ。
日本の対応
73
26
わが国の環境関係者の中には野心的な目標を主張しつつ、原発の再稼働にも反対、石
炭火力にも反対という論者が余りにも多い。彼らの提示する処方箋は判で押したように
再生可能エネルギーのさらなる拡大であるが、それに伴う電力コスト増やマクロ経済へ
の影響をどうするつもりなのか、説得力ある説明は皆無である。彼らの処方箋に従えば
間違いなく電力コストは大幅に上昇し、マクロ経済環境、企業収益の悪化を招き、長期
的なイノベーション環境が損なわれる。何よりそのような政策は政治的・経済的に持続
可能ではない。より野心的な目標を主張するのであれば、何よりもまず、足元の目標を
達成する環境を整えるべきであり、そのためには好むと好まざるとにかかわらず原発の
再稼働が必要であるという「不都合な真実」に向き合うべきだ。
74
⒍ 結語
以上、私見を交えつつ、パリ合意の概要、評価について紹介した。協定について不満
があるのは事実だが、それでは「より良い合意が可能だったのか」と聞かれれば、「パリ
合意は現時点で可能な最良の合意」といわざるを得ない。利害の異なる190カ国超の
先進国、途上国が参加する国際交渉で合意を得るためには、妥協はやむを得ない。京都
議定書からパリ協定への移行に伴い、途上国に多くの妥協をしなければならなかったの
は事実だ。しかし、それでも全ての国が緩和努力に参加する枠組みができたことの歴史
的意義はいくら強調しても足りないくらいである。交渉初日から辺鄙なブージェ空港近
くの会議場で深夜に及ぶ交渉に従事してきた現役交渉官の皆さんに対し、心から「よく
頑張った。ご苦労様」といいたい。
同時にパリ協定は新たな国際枠組みの始まりでしかない。その実施細則は今後の交渉
にゆだねられており、パリ協定が真に実効的な枠組みになるかどうかはそこにかかって
いる。筆者は負け戦であった京都議定書の実施細則の交渉に参加したため、「負けを大負
結語
75
けにしないための交渉」に奔走しなければならなかった。パリ協定はそれに比べればは
るかにバランスのとれた枠組みになるポテンシャルを秘めている。それを可能にするの
は今後の実施細則交渉である。現役交渉官の皆さんは次なる戦いに向けて刃を研いでほ
しい。
またパリ協定の根幹はNDCの達成に向けた努力であり、今後、国内対策の在り方が
活発な議論の対象となろう。くれぐれも「1・5℃目標に対応した野心レベルの引き上
げ」といった空虚な精神論に時間を費やすのではなく、大幅な排出削減を可能とするよ
うな技術開発環境の整備に努力を傾注してほしい。
76
筆者略歴紹介(敬称略)
有馬 純(ありま・じゅん)
21世紀政策研究所研究主幹
東京大学公共政策大学院教授
1982年 東京大学経済学部卒、同年通商産業省(現経済産業省)入省。
経済協力開発機構日本政府代表部参事官、国際エネルギー機関国別
審査課長、資源エネルギー庁国際課長・同参事官等を経て2008 〜
2011年 大臣官房審議官地球環境問題担当。COPに過去11 回参加。
2011 〜 2015年 ジェトロ・ロンドン事務所長兼経産省地球環境問
題特別調査員。2015年8月 東京大学公共政策大学院教授。
COP21
パリ協定とその評価
2016 年 1 月 15 日発行
編集 21世紀政策研究所
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-3-2
経団連会館19階
TEL 03-6741-0901
FAX 03-6741-0902
ホームページ http://www.21ppi.org
世紀政策研究所新書【環境・エネルギー】(※は刊行予定)
月
日開催)
25
地球温暖化政策の新局面─ポスト京都議定書の行方(2009年
25
※
11
17
28
21
8
3
18
28
11
3
7
10
13
2
月
日開催)
世紀政策研究所のホームページ( http://www.21ppi.org/pocket/index.html
)でご覧いただけます。
パリ協定とその評価
21
世紀政策研究所新書は、
21
COP
COP
20
21 21
8
11
21
新政権のエネルギー・温暖化政策に期待する(2013年 月 日開催)
原子力損害賠償制度の在り方と今後の原子力事業の課題(2014年 月 日開催)
COP 、 に向けた戦略を考える(2014年 月 日開催)
エネルギー政策の課題と産業への影響(2014年 月 日開催)
原子力安全規制の最適化に向けて─炉規制法改正を視野に─(2014年 月 日開催)
に向けた戦略を考える(2015年 月 日開催)
7
56 54 47 45 43 40 36 18 09 02
気候変動国際交渉と %削減の影響(2010年 月 日開催)
いま、何を議論すべきなのか?〜エネルギー政策と温暖化政策の再検討〜(2011年
21
ポスト京都議定書の行方
The 21st Century Public Policy Institute
ポスト京都議定書の行方
地球温暖化政策
の新局面
地球温暖化政策の新局面
シンポジウム
シンポジウム
21世紀政策研究所新書─ 02
02