関東学院大学『経済系』第 220 集(2004 年 7 月) 研究ノート 携帯電話の商品学的考察 商品進化の事例 The Commodity Science of mobile Phone: a case of product development 石 崎 悦 史 Yoshifumi Ishizaki 要旨 本論は携帯電話を事例として,商品進化を考察しようとしたものである。携帯電話をネット ワーク商品として把握し,その直接提供できる効果と社会的な影響力を商品進化として考察の対象 とした。その結果として携帯電話の今後の発展の方向がネットワークとしての家電の先端事例であ ることを実証できたと思われる。 キーワード 商品進化 1. 携帯電話 ネットワーク商品 商品開発 1. はじめに 2. 3. 携帯電話の考察枠組み 携帯電話のコンテンツ 4. 5. 6. 携帯電話の進化 携帯電話の開発戦略 結論 はじめに いるのは,家電のこれからの開発方向として「デ ジタル家電」という表現によってであるが,すで 商品進化の理論的な考察から,そのケーススタ に実現の可能性を指摘されているからである。そ ディとして簡単な考察を試みたことがある 1)。本 の一例としての携帯電話を考察することは今後の 論はそれ以後の商品進化に関する考察から,携帯 「ネットワーク家電」を考察する材料として有効で 電話の進化をとりあげ,さらに商品進化について あると考える。また現在の先端事例である携帯電 の明確化をはかることを目的としている。 話が今後の一般的な「ネットワーク商品」を予感 さて,前稿では携帯電話については簡単な考察 させるものであるからである。 さらに本論で携帯電話をとりあげる理由は携帯 にとどまったが,本論では「ネットワーク商品」 としての携帯電話が今後のネットワーク商品全般 電話が世界のマーケットを変える力をもつ可能性 を考察する事例として適当であることを念頭にお のある商品であるという予測からも関心のもてる商 いている。その理由は今後の商品を予測するキー 品であるからである。世界の携帯電話人口は 2003 ワードとして「ネットワーク商品」が想定される 年末で 12 億人を越えているといわれている。そ からである。そのことは同時に商品の実際的な発 れがさらに発展するには新規加入と現在の所持者 展の方向の示唆するものとして「ネットワーク商 による交換との二点が考えられる。国際的な状況 品」があることを意味する。ここで念頭において としては,新規加入として見込める場所というの は結局所得が向上しているところでありながら, 〔注〕 1)拙著「モバイル型ネットワーク商品の進化」 『経済 系』第 215 集,2003 年 4 月。 固定有線電話の普及率が低いところという 2 条件 を持つ場所である国ないし地域が今後の最大の市 — 93 — 経 済 系 第 場になる可能性が高いということができる。しか 220 集 1.2 「ネットワーク商品」としての携帯電話 し GDP のある程度大きな国ないし地域でなけれ 「ネットワーク商品」としての事例としての携帯 ば携帯電話の需要の現実化は不可能であるという 電話を差別化するには, 「ネットワーク商品」とし ことになる。そのなかで携帯電話ネットワークと てのネットワーク提供企業として提供する内容が 携帯電話端末の市場はどうなるかということが国 あるが,それ以外にも携帯電話でいえば,以下の 際商品戦略の事例としてのテーマとなるのである ような内容が考えられる。 が,今後の課題として残しておきたい。 (1) 携帯電話端末の機能 (2) 携帯電話端末のデザイン 1.1 「ネットワーク商品」の定義 (3) コンテンツの差異 「ネットワーク商品」とは商品の単体がネット (2) 携帯電話端末のデザインとは au の商品であ ワークを組むことによって,単体ではできないこ る「インフォバー」という商品名をもつ市松模様 とを可能にする商品である。そして「ネットワー のキー・デザインに見られるような見掛けの美し ク商品」は同種の商品で組む場合と異種の商品で さを追求したものと折り畳みにおける機構のデザ 組む場合とがある。その違いからこれまで「ネッ インを変更することによって,使い勝手がよくな トワーク商品」の代表は同種の商品で構成される ることを目的としている。現在市場に存在するの 商品であった。したがってもっとも単純な「ネッ は(a)回転式(b)スライド式(c)2 軸回転式という トワーク商品」はトランシーバーのようなもので ようなものである。これは主にカメラ付き携帯電 ある。少なくとも 2 台ないとネットワークは成立 話の場合に,カメラと電話の機能の優先順位の矛 しないからである。本来的にネットワークを構成 盾を同時に解決するための工夫である。つまり携 する要素として位置づけられる商品である。 帯電話端末を提供する企業の努力によって,NTT しかしこれからは異種の商品が自由にネットワー ドコモ 505iS における松下電器の努力の結果であ クを組むという「ネットワーク商品」が出現する る。もちろん商品としてはこれらの携帯電話端末 ことによって,われわれの生活のシーンを大きく 提供企業の工夫が消費者に選択される決め手とな 変化させるであろうということは容易に想像でき るかどうかは結果を見るしかないであるが,NTT ることである。 の下請けのような位置で全社が似たような携帯電 「ネットワーク商品」の商品特性はその使用,利 話端末を提供していた時代は終わったのである。 用における落差,言い換えれば世界の差異を消す 最近では新聞の広告でこれまで電話ネットワー ことにその特徴がある。その意味で「ネットワー ク企業(つまり NTT などの企業)の広告しかな ク商品」の本質はこれまでの商品が本質的には差 かったものが,端末企業の機種の広告が散見され 異を生み出すための手段であったのに対して基本 るようになってきた。そのことは,端末提供の各 的に異なる。ただし差異がなくなるのは, 「ネット 社が自社の端末の機能を消費者に直接訴求したい ワーク商品」の内部であって,ネットワークの外 からである。自社の端末を良さをアピールし,そ 部においては差異はより広がるであろうことをも れによって自社の提供する端末のシェアーを高め 強調しておく必要があろう。 ようとする目的をもつようになったからである。 しかしここで問題なのは商品として差異がない 商品は機能が充足されれば売れなくなることであ さらに (2) デザインについても訴求する対象としだ したということを示している。 る。「ネットワーク商品」としても相互のネット そしてこの方向が将来のどの時点かで飽和点に ワーク間でその機能に差異がなくなれば, 「ネット 到達するから, (3) コンテンツという内容が,その ワーク商品」としても売れなくなるのである。し 次の差異を形成する目標となるであろうというの たがって「ネットワーク商品」にも差異を付ける が大筋での商品進化の予測である。 ことが必要である。 — 94 — 携帯電話の商品学的考察 2. 携帯電話の考察枠組み 商品進化の事例 考察の後に上記 (2) 企業のネットワークと (3) 社会 のネットワークを考察しなければならないのであ ネットワーク商品としての携帯電話の考察はす るが,本論では後に残された課題としておきたい。 でに展開した理論的な考察の結果,ネットワーク が 3 層になっていることを明確にしたので,それ 2.1 商品のネットワークの定義 そこで商品のネットワークが本論での直接の対 を応用する。その 3 層とは 象となる。 (1) 商品のネットワーク (2) 企業のネットワーク 商品のネットワークの定義としては商品間の関係 (3) 社会のネットワーク を想定している。したがってネットワークは「ハー である。 ドなネットワーク」から「ソフトなネットワーク」 商品学はなによりも商品そのものを対象として まで考えられる。「ソフトなネットワーク」として いるので,具体的な考察対象としては(1)商品の 意味するところは,通常はネットワークとはよぶ ネットワークが本論でも対象となる。 ことのない「商品の社会的相互関係」まで考察の しかしその商品のネットワークを実現する主体 対象とするからである。その理由は社会が商品の は企業であるから, (2) 企業のネットワークを戦略 関係で成立していると考えているからである。従 的に検討しなければならない。企業の戦略的な提 来社会的関係の非常に薄い商品同士が社会的条件 携やあるいは将来のネットワーク形成のための先 の変化によって,密接な相互関係に陥ることがあ 行投資としての株式の取得あるいは M&A による るからである。本論との内容との関連でいえば, 企業自体の子会社化というような企業のネットワー 例えば携帯電話と CD との関係がそれである。携 クについての検討が必要になる。 帯電話が単純な移動電話の小型版として通話機能 さらに商品も企業も社会のなかに存在しており, しかもたなければ,CD との相互関係は無視でき 商品のネットワークが実現するのも, (3) 社会的な る。しかし現在のように携帯電話が音楽や歌の取 ネットワークがインフラストラクチャーとして存 り込みが自由にできるようになれば,若者市場が中 在しているからこそ可能であるという前提条件が 心のジャンルの CD は携帯電話の普及とそのサー あることも検討しなければならない。その理由は ビス内容の進化によって大きな影響を受けるので この前提条件によって商品のネットワークが変化 ある。 商品の関係は,携帯電話においては商品のネッ するからである。 例えば本論の対象とする携帯電話についても世 トワークとしても,本来のネットワークとしての 界的に携帯電話の必要性は一般論としてはあるが, 携帯電話のネットワークを NTT ドコモや KDDI それ以前の固定電話の普及度によって,固定電話 が自社のネットワークに乗せた商品として,電話 の回線の存在の多さによって,移動電話の必要性 として使用する端末を電機会社につくらせている。 は左右されるのである。消費者のニーズがどれだ それが「ネットワーク商品」としての携帯電話で け多いかもそれによって決定されるであろう。 ある。しかし携帯電話の商品形態はそれのみにと 2000 年 11 月 カメラ付き携帯登場 どまらないのである。他の商品とのネットワーク 2001 年 10 月 NTT ドコモ FOMA を形成することによって,新しいサービスを提供 2003 年 10 月 D505iS スポット測光 しようとする企業間の競争になっている。という 2003 年 12 月 200 万画素携帯(シャープ) ことは他の商品とのネットワークの作り方によっ 2004 年春 シャッター付き 鮮明な写真可能 て,携帯電話のシェアーも変化するということで デジカメと構造・機能で同等になる ある。同時に携帯電話の使用者にとっては携帯電 商品のネットワークの例として上記のようなネッ 話の内容が進化し,サービスとして提供される内 トワークと端末が考えられる。したがって,その 容が進化していることを意味するのである。 — 95 — 経 済 系 第 枠組みとしては 220 集 異がないということになる。その結果,とにかく (1) 本来の電話としてのネットワーク なんらかの差異をつけるということ,あるいは消 (2) 他の商品とのネットワーク 費者のニーズへの個別対応を実現するにはどうす という分類が可能である。 れば良いかということが問題になる。 しかし現在のように,多くの人が携帯電話を使 あるいは以下のように表現することも可能であ 用するようになると,そしてまた携帯電話の電話 る。ネットワークというのは技術的な差,端末の としての役割が当然のように差がなくなってくる 差をなくしていくことが使命であり,同時に可能 という現状になる。その場合には社会的な判断と でもあるということができる。そして携帯電話に しては,電話もできる携帯端末という位置付けに 例をとれば,そのような状態を現在までの過程で, なる。つまり携帯電話という名称は残るが,その 実現もしてきたということができるのではないか。 端末の主要な機能は電話にあるのではない。これ それだからコンテンツが勝負であるということ はメールという手段についても同様である。ドコ になるし,同時に「ネットワーク商品」というのは モが i モードとしてメール機能を搭載したこと,あ そういう矛盾を抱えている商品であるということ るいは「写メール」として J フォンが写真を送信 ができる。基盤として共通性を提供し,コンテン することを可能なサービスを提供開始したときに ツのところで差異を提供できるということであり, は,それらが他の携帯電話会社との競争優位をつ だからこれまでの商品に提供できなかったような くりだす手段であった。 内容を提供できるのであるといえる。コンテンツ しかしそれらに差がなくなると,むしろ競争優 そのものはそれを使って,なにかを発信する側の 位は (2) によって実現される。ということは今後の 責任であるといえるから,新しいネットワークを 携帯電話の商品進化は (2) を中心にして実現されて 組むことによって,新しいコンテンツが提供でき いくのであるということができるのである。他の るし,その逆に新しいコンテンツを提供するには, 商品とのネットワークというその代表がコンテン 新しいネットワークを組むことが必要であるとい ツである。 うことになる。そうすると現在ではコンテンツの 内容が問題であって,携帯電話のネットワークそ 3. 携帯電話のコンテンツ のものや携帯電話端末が問題なのではないという 状態の入り口のところまで来ているといえないか。 03 年(新規契約数から,解約数を差し引いた) 携帯電話の現状は提供されるネットワークでは 差がつかないという状態になってきている。とい 純増数は うのは日本のような狭い国では特にその差異を付 au けることが困難であるということなのである。数 NTT ドコモ 249 万 1900 台 である。 250 万 9400 台 年前はどの企業の携帯電話のネットワークが接続 この理由は歌の入った音楽を着信音にとりこめ しやすいかが消費者のとっては問題であった。具 る「着うた」のサービスにあるという。しかしこ 体的には NTT と au と J フォンのどれが通話しや のような簡単な差別化というのは,先行者の優位 すいかということが話題になっていた。しかしも 性はどこまで保つかという問題がある。 03 年末の契約数は う現在はどの企業のネットワークでも通話の実用 性としては,特殊な条件下でなければ,不便はな NTT ドコモ 4536 万 5900 台 いということのようである。 KDDI 1964 万 7300 台(au 1597 万 7300 台,ツーカ 367 万台) そうすると消費者ニーズへの個別対応を実現す るには,結局のところ以下のような状況が考えられ ボーダフォン 1477 万 4000 台 である 2)。 る。つまり具体的な技術の表現であるネットワー クの差異,そして携帯電話端末の機能・性能の差 2)純増数,契約数とも『毎日新聞』2004 年 1 月 10 日。 — 96 — 携帯電話の商品学的考察 ネットワーク提供企業としての NTT などは携 帯電話端末提供企業との間での契約台数は「全量 商品進化の事例 がその商品の社会的競争力が強いという意味なの であるということになるからである。 ということは「ネットワーク商品」の場合にそ 買取り」であるという。したがって固定電話の時 代と同様に端末提供企業は下請け化するのである。 「全量買取り」であれば,新しい機種を展開すれ の量が問題になり,したがって「ネットワーク商 品」提供企業は社会的にその標準的な存在の商品 ば,古い機種は「1 円携帯」と表現されたように, になること,競争によって他の存在を圧倒すれば コストを度外視した安い価格をつけられるか, 「ご 巨大な利益が確保できること,そのために「法的 み」として処分されるかという二者択一しかない な標準を獲得すること」それができなければ「事 のである。 「ネットワーク商品」である携帯電話は 実上の標準」といわれる「デファクト・スタンダー 一度契約すると,その後解約まで通話料金が確実 ド」を獲得することを戦略の基本として想定する に収入として見込まれるので,利益が想定できる。 であろう。「ネットワーク商品」提供企業は「デ 利益が保証されるということは通話料はもっと安 ファクト・スタンダード」の効果が普通の商品に く設定できるはずであるということであるが,結 比較して非常に大きいので, 「デファクト・スタン 局消費者の費用負担のうえに「ネットワーク商品」 ダード」の獲得を狙いとする戦略を世界レベルで はなりたっているのである。このことはもちろん 展開するはずである。そのためには「ファミリー」 どの商品でも基本的には同様である。売れなかっ と呼べるような戦略グループを世界的に形成して, た場合の危険,事故の保険などの部分も織り込ん グループの競争力によって「デファクト・スタン で,価格設定しているのはどの商品も同じだから ダード」の獲得を目指し,世界を支配することを である。それでなければバーゲンで低価格で売れ 目標とするであろう。 るはずがない。バーゲンで商品を処分して,現在 コストとして負担している倉庫代を節約するとか, 4. 携帯電話の進化 「ごみ」として処理するのは勿体ないとか他の理由 がなければ基本的にバーゲンにまわす必要はない これまでの携帯電話の歴史はもともと固定電話 のである。すでにかかったコスト・経費・原価は の役割が「いつでも」「どこでも」 「誰とでも」と 回収済みなのであるから。 いう消費者ニーズの解決の為にあった。固定電話 しかし「ネットワーク商品」というのがなぜこ の時代が 70 年ほど続いた後に移動電話の出現が こでコスト的に問題になるかという理由がある。 あり,それが一般的に利用されだし,小型化して それは「収穫逓増」の典型的な商品であるからで 現在の携帯電話になってきている。それは「いつ ある。さらにいえば「ネットワーク外部性」とい でも」 「どこでも」という目的を実現しようとする う商品の特性が顕著にでる商品であるからである。 ために,もともと移動電話の大きさや重さの変化 「ネットワーク外部性」は他の社会的部分でも現 象的には応用可能である。例えば卒業生の多い大 において,具体的には小型化の方向がどこまで実 現できるかという技術的な課題解決であった。 学を卒業すれば,先輩が多いので,その関係が使 ただし人間の使用するものは人間の身体という える可能性は新興の大学の卒業生より高い。した 大前提がある。小型化の程度がどこまで可能であ がって歴史の長い大規模大学を卒業することが有 るかということとその商品の使いやすい大きさと 利であるというように。 の妥協点がありうるので,普通の携帯電話の大き しかしわざわざ「ネットワーク外部性」という さ,重さ,形態はある商品形態に収斂するであろ のは「ネットワークの質」が重要なのは当然であ う。もちろん商品形態としては市場に多数の携帯 るが,それ以前に「ネットワークが大きいこと」, 電話が出現すると,差別化のために大きさを変化 「ネットワークの量的側面」が問題なのであるとい うことなのである。 「ネットワークが大きいこと」 させる商品が出現してくるであろうが,それは特 異現象として処理が可能である。 — 97 — 経 済 系 第 220 集 のような方向に携帯電話が発達していくかは消費 機能の変化は日本でいえば, 者の意向によるということができる。 (1) 文字通信でのメール送信 (2) 写真送信 今後の商品は消費者の意向が無視できないとい (3) 動画送信 うことは消費者への直接提供される消費財ばかり TV 受信 (4) でなく,メーカー,販売を含む生産財でもいえる というような発展過程をたどってきた。 ことである。その理由は消費者の意向が直接,時 この場合 間差がなく生産にも材料にも原料にも影響する程 度がますます増大するからである。 第 1 世代 アナログ方式による 第 2 世代 デジタル化された方式 第 3 世代 高速化 大容量化 といわれている。 携帯電話の開発戦略 5. これによって動画,着うた,テレビ電話が可能 になり,第 2 世代 第 3 世代というような表現は 商品の世代間の交替を意味することになった。 携帯電話の世界戦略については (1) ネットワーク提供企業の戦略 ネットワークサービス提供企業の発展過程はど (2) 携帯電話端末提供企業の戦略 うなるか。インターネットのように,料金が固定 (3) コンテンツ提供企業の戦略 で使い放題というような「放題」市場に移行する。 (4) それらの提携戦略 これは競争が厳しくなることによって,可能とな に分けられる。 る競争条件の一部である。全てのネットワーク提 (1)については,NTT やあるいは NTT ドコモ 供企業が「放題」市場に移行すれば,事実上の談 とその他の BT,ATT などの世界企業との競争と 合価格になる。あるいは価格競争を否定すること 連携 になり,競争条件は他の部分に移行するという競 争構造をとる。この「放題」市場というのは,価 (2) については,携帯電話端末の開発戦略をもう 少し具体的に考察してみると 格競争の一種の形態あるいは変形という解釈も可 (a) 大きさ,重さの縮小という技術的な側面 能である。 (b) どういうことができるかという機能の開発の これをまとめれば 側面 (1) ネットワークサービス提供企業 (c) 個別の携帯電話端末のデザインの変更 (2) 端末提供企業 携帯電話端末としては最大手のノキア(フィン (3) コンテンツ提供企業 ランド)あるいは,モトローラ(アメリカ) ,シー のネットワーク間の競争になっていくのではな メンス(ドイツ) ,サムスン(韓国)などの企業と いか。 日本の松下,富士通,三菱,日本電気,三洋など この場合にそのネットワーク間の優位性の差が 問題である。 の企業はどのような戦略をもっているか。携帯電 話端末は 2004 年には世界で 5 億台を販売される (1) 差が付かなくなる傾向 というが,日本企業はそのうち 10 %のシェアーで (2) 差をつける努力 あるから,今後の戦略展開が興味深い 3)。 によって企業がどのように競争の優位性を確保し ようとするかである。 (3) コンテンツについては,日本のアニメやソフ トの企業の問題と似ている。 どこで差をつけるかというと,最終的にはコン コンテンツ提供企業が テンツ勝負であるということになるし,その差が (a) 発信する内容をもっているか 有効性をもつかということであれば,消費者の選 (b) 発信する内容があっても,発信の仕方はどうか 択が意味をもつのである。ということは競争の最 終的な方向性は消費者が握っているといえる。ど 3) 『朝日新聞』2003 年 12 月 11 日。 — 98 — 携帯電話の商品学的考察 商品進化の事例 そこでは携帯電話の使用方法が若者に特殊な使 ということが問題である。 (a) については競争の大前提として,内容をもっ い方をされていて,世界的にも特殊であるという ていなければ競争の場に参加することすらできな 指摘は多い。それらは現在の社会を生きていれば, い。さらに(b)についての重要性が軽視されてい 広く一般的に目にはいってくる現象である。それ る場合がある。 らの現象についてはここでこまかく記述する必要 この発信についても,アメリカは世界戦略をもっ はない。 ているように見える。というのは日本はサンリオ その場合に若者の非常識あるいは特殊性という が著作権をもつ「キティ」や漫画,さらにアニメ映 ような指摘される共通の現象があることは否定で 画が世界に進出しているが,これも過去の日本の きない事実であるし,そこに現代社会の精神的な病 商品のように世界進出のためのプログラムがあっ 気のような徴候を見ようとすることも可能である。 たのではなく,商品が世界に進出することによっ しかし本論ではそのような日本の現状に将来の て広がって日本人自身が驚いているという構図が 社会あるいは商品の未来を予測する芽は皆無かと 予想できる。 いう問題提起をしておきたいのである。 同時にこのような極端な偏向をとるような社会 したがって,コンテンツの世界戦略としては 3 段階に分かれるのではないか。 が地球上の別の地点にあるとは思えないので,携 (1) 世界に発信できる内容をもっているか 帯電話に代表される特殊日本的な現象は世界の最 (2) 世界に発信する仕方はどうか 先端を行っていると解釈できる。そこでこのよう (3) それが世界を,社会をどう変えていくか な偏向をもった商品の変化が人類に意味をもつよ という文化的あるいは世界的,人類史的問題がある。 うな使い方が開発できれば,という条件付きであ るが,世界の将来を示唆する現象といえるであろ 5.1 日本のもつコンテンツの条件 う。現代の日本のマンガ,アニメ,テレビゲーム, そして上記の現象が世界の中でも,特殊な形で, 顕著に出ているのが日本という国であるというこ キャラクターなどが世界に受け入れられているこ とを考えれば,荒唐無稽な予想ではない。 ということは とができるであろう。 したがって世界における商品像の今後の予測と (1)世界の各地で普通の日常生活に受け入れられ るか いう視点から見ると,日本は世界の歴史を先取り している一面があるといえよう。それを携帯電話 (2)ビジネスでの使用として受け入れられるか によって具体的に考察して見よう。 である。 携帯電話の日本における現状は若者が,あるい (1) については,世界の人々が日常生活で日本の は大学生の年代が中心ではあるが,小学生から持っ 若者が大した意味もなく,友人との繋がりを確認 ていることが常識となり,それが中年の大人にま したいだけで,写真で自分のピースサインを送る で波及してきていて多くの日本人がもっていると ような無駄な使い方を(使用料を含めて)してく いうことになっている。そして老人は携帯電話を れるかということである。 持っていても,それは「老老介護」の緊急連絡用 (2) については,現在インターネットマーケティ というような特殊な,限定された用途であること ングで普通になったように,画像を送って,商品 が多い。したがって老人用の携帯電話は携帯電話 を買うように,商品見本を示したり,疑似体験で の本来の用途からいって,使い道としては通常の きるように,動画で見せるようにビジネスで使っ 範囲である。むしろ若者が携帯電話を使用するそ てくれるかというような問題が残る。 の方法が多くの疑問点を社会的に提供しているこ 上述のように日本の携帯電話が技術的に世界の とは現在の携帯電話をテーマとする書籍や論文や 最先端を担っていることは,特に実用化では一歩 研究の共通した内容である。 進んでいる。それは日本の消費者としての若者市 — 99 — 経 済 系 第 220 集 場を携帯電話を提供する企業が消費者ニーズを分 (1) 使い方というソフト 析した結果として生み出したものである。 (2) コンテンツというソフト いわゆる携帯電話が発展する,進化することに よって達成するには非常に特殊な発展の仕方であ を提供することによって,事実として説得できる かにかかっている。 るということを指摘するのは簡単である。しかし そこに商品進化における世界的な進化の方向性と 結論 6. いう問題を包含しているという解釈を提供してお きたい。 こういう全体像がますます複雑化していくなか つまり携帯電話が「いつでも」 「どこでも」 「誰と での,商品の戦略と傾向の予測がネットワーク商 でも」というコミュニケーションの理想を実現す 品により可能であるということを結論として提示 る道具であり,手段であるという普通に考えられ したいためにこの研究ノートをまとめた。その内 る商品コンセプトを持っていた時代があった。そ 容を以下に要約しよう。 の時代から,過去の経緯,過去の出自から携帯電 1 競争の重点が変化する 話という名称を担ってはいるが,従来の携帯電話 2 消費者ニーズへの対応度は上がる というものとは全然違う商品コンセプトにすでに 3 対応の手段はなんでも良い 移行しているということを日本の商品としての携 4 ただし消費者が受け入れるかが予測しにくい 帯電話はすでに実証しているということをここで 5 デファクト・スタンダードを目指す は主張したいのである。 残された課題としてこの研究ノートも時間の制 その将来の商品像としての商品コンセプトとは, 約から,研究の今後の見通しを簡単に展開しただ それによって日本の技術が実現できた機能を世界 けで,その推論の根拠となる統計的な数字の根拠 の消費者に対して, をしめせなかったが,今後の課題としておきたい。 — 100 —
© Copyright 2024 Paperzz