1 カール・ジェンキンス“The Armed Man”についての考察 その2 尾崎 徹

カール・ジェンキンス“The Armed Man”についての考察
その2
尾崎
徹
1.The Armed Man
冒頭15~16世紀にかけてフランスで流行した世俗曲の旋律(L’homme arme)がスネアドラム
とともに静かに歌われる。この旋律は同時代の数多くの作曲家がミサに取り入れたように、
ジェンキンスによってもこの作品全体のテーマとして位置付けられている。ユニゾンで始
まるテーマは低声部と4度で進行したり、カノンのように追いかけるような重なりを見せ
る部分を経て、全体はラヴェルの「ボレロ」を彷彿とさせる高揚のうちに終わる。
2.Call to Prayers(Adhaan)
アラーの神への賛美が独特の歌唱法とアラビア音階により歌われる。ミレドシラの下降音
階が西洋音階と微妙に違うことに、私達は音楽の無限性と自由を再確認させられる。
3.Kyrie
第1曲のL’homme armeの旋律の4度跳躍を1度増して(ド‐ソの5度跳躍)、ソプラノ(ま
たはボーイソプラノ)によって人類が背負った罪の深さを抉(えぐ)っていくようにKyrie
eleisonが物悲しく歌われる。突如ティンパニに呼び起こされたかのようにパレストリーナ
のL’homme armeミサからすっぽりと切り取られたChriste eleison が、救いの光を差し込
むように歌われる。しかしすぐさまあの物悲しいKyrie eleison に戻り、最後はソプラノ
メロディが音階をゆっくり広げていくように(F,G#, E,A,D)厳かに終わる。
4.Save Me from Bloody Men
グレゴリアンチャントの旋律に乗って戦意を掻き立てるかのように力強く、しかし哀れに
虚しく歌われる。ここでも5度の跳躍が冒頭と最終の締め括りで出現する。
5.Sanctus
冒頭打楽器群による祈りの儀式の始まりのような和音の連打に続いてSanctusが反復され
る。低弦群がアルゼンチンタンゴを思わせる毅然としたリズムを刻み進行していく。Gloria、
Hosannaも晴れやかではなく内省的で屈折した表現になっている。最後にベースパートの持
続音に乗って高声部が3回Sanctusと唱える。数多くの悲しみへの祈りのように。
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6.Hymn Before Action
戦意を高揚する讃歌として歌われるべき趣旨に反し、荒廃した世の中に対し神に救いを求
める人間の身勝手さが歌われる。ここでは5度を超えて6度(しかし短6度)の跳躍が冒
頭に現れるがそれが逆にやり切れなさを演出している。その中で神への祈りと願いが“!”
を伴って叫ばれる。
7.Charge!
「太鼓をならせ!ラッパを吹いて突撃だ!」、もはや出口を失った人類が盲目になって墜
ちていくさまが女声合唱の皮肉な歌を挟んで歌われる。本来音楽を楽しむべき太鼓やラッ
パが堂々と戦争の道具として扱われてしまった悲劇…。
8.Angry Flames
最強、最悪の戦争兵器が使用された日本の惨状。唯一日本人の手による詩が陽炎のように
ばくばくと迫る。笙(しょう)の和音を思わせるコーラスが無声映画のスローモーション
のように場面を焼き付け、それを縫うように各パートのソロが淡々と歌われる。
9.Torches
逃げ惑い追い詰められた動物達(ここではもはや人間達)の終焉が恐ろしい情景を浮き彫
りにして歌われていく。愛する家族や自らの手足も失い最後には息の根も絶える。
シンメトリーに位置づけられ対比される第5曲ではSanctusが最後に3度繰り返されるが、
第9曲ではトーチの灯が光を放ち3度呼吸し息絶える、という対称的な終わりである。(ヨ
ハネ福音書に「キリストは鶏が3度鳴いた後に息絶える」の部分とシンクロするかのよう)。
しかし、それはこれまでの諍いを全て背負ったあとの平和に向けての息吹とも言えよう。
10.Agnus Dei
再び息を吹き返したような管楽器の始まりにつられ、ソプラノによるL’homme armeミサの
下降音型が倍のスケールとなってあたかも天使が舞い降りてくるように歌われる(素朴で
心地よいハ長調によって)が、すぐにイ短調の上向音型に変化する。人類はまだ充たされ
ず、本当に天に向かえるのかという不安感は拭えないが、確実に良い方向にいこうとして
いる兆しがこの第10曲から少しずつ見えてくる。そして最後の装飾音のような32分音符
が平和への決心を静かに誓う。
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11.Now the Guns have Stopped
しかし戦争は終わってはいなかった。一度犯した過ちは愛する友までも失ってしまう悲劇
を墓の底へ絶望と共に訴え掛ける。
12.Benedictus
心に澄み渡る管弦楽の和音に始まり、そしてそのあとの包み込まれるようなチェロのソロ
によって確実に平和へと導かれていることを感じる。〔ミソドレシソファ〕と〔ミレドレ
ミファレド〕の対称をなすメロディが地上と天空とであたかも対話しているかのように静
かに流れていく。
13.Better is Peace
悲しんでばかりいるわけにはいかない。私達を鼓舞したあのメロディを今こそ思い出すと
きが来た。鐘を鳴らしてこれまでの千年の戦争を平和に変えなければならない。Ringでは
4度と5度の代わるがわるの跳躍が、大きく前進していく様と平和な世界に刷新されてい
く様とが大胆に(しかし慎重に)表現される。3拍子の中に切り込んでいく2拍子も今ま
でとはちがう新たな平和の予感を感じさせるものだ。希望の祭典は平和への大行進で一旦
は幕を閉じようとする。しかし世界のお祭りの向こうには永遠の平和を願う祈りが限りな
く続いていくのである。最後のアカペラは休符を持たず進行し(唯一アルトの中盤にある
8分休符以外は)、平和への願いで埋め尽くされるような祈りの音楽としての永遠性を保
っている。アカペラの終盤(ダブルバー直前の)アルト音(D)を引き継いで、Praise the Lord
と繰り返し歌われるソプラノのPraiseの音、そしてアルト最終音(D)に繋がるラインが、
〔レ・ソ・ファ♯・ミ・レ〕とL’homme armeミサの最初のテーマを浮かび上がらせて全曲が
閉じられる。
2011.01/26
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