英スコットランドに見る地域主権 「権限移譲こそ民主主義の基本」

グローバルリポート
英スコットランドに見る地域主権
「権限移譲こそ民主主義の基本」
東洋大学大学院経済学研究科公民連携専攻客員教授 K.
サム 田渕
ブライアン・アダム スコットランド国民党・院内総務に聞く
イングランド、ウェールズ、北アイルランドとともに英国を構成するスコットランド。独自の議会が
設立されてからまだ10年しか経っていないが、権限の移譲が進み、先進的な政策を次々と実行に移して
きた。スコットランド議会議員でスコットランド国民党(SNP)の院内総務を務めるブライアン・アダ
ム氏がこのほど、外務省の招きで来日した。スコットランドでの取り組みや地域主権が日本で成功する
ためのポイントなどを聞いた。
──英国の地方分権はど
な所得課税システムは、保守党や自由民主党など
のように進んだのか。
が反対し過半数に2票足りなかった。だが、11
「1997年に2つのテー
年には再度挑戦したい。今の地方税は固定資産税
マについての住民投票が
で累進的ではない。私どもは収入のある人がもっ
あった。スコットランド
と負担すべきと考えている」
議会を作るか、というこ
──一括交付金を国からかなりもらえるようだ
とと、スコットランドに
が、財政状態はどうか。
課税権を認め増税するか
「交付金はバーネット・フォーミュラという算定
ということだ。議会設置、課税権付与とも認めら
式に当てはめて額が決まる。経済が良かったとき
れたが、増税はまだ実行されていない」
は交付金も増えていたが、現在は減っており、将
「この10年間で様々な法律を作った。極端なも
来はこの制度自体が続かなくなるかもしれない」
のとしてはキツネ狩りの禁止があり、お金のかか
「交付金の使い道に制約はないが、大型の公共
る施策として高齢者介護の無料化を実施した。ま
投資などは中央政府がやることになっている。ま
た、スコットランド出身の大学生の学費は無料に
た独自の借り入れができないので、収入の範囲内
した。イングランドと異なる政策を取れるように
でしかインフラ整備などはできない」
することが権限移譲の目的だ」
「今は予算を組むのが大変で、スコットランド
──スコットランド国民党は少数与党なので、新し
スコットランドの議会勢力図
い政策を実施する際の障害は大きいのではないか。
「今の政権になってから薬の処方箋にかかる手
数料を無料化し、地球温暖化に関する法律を英国
に先んじて制定した。新しい政策には少なくとも
1
緑の党 2
自由民主党
16
17
保守党
17
その他 1
2
35
スコットランド
国民党
47
1999年
18
2つの党派の賛成が必要な状況なので、党を縦断
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して賛成してくれる人を探さないといけない」
「時に足を引っ張られることもあり、出した提
案がすべて実行できているわけではない。累進的
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日経グローカル No.144 2010. 3.15
2007年
労働党
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政府の職員の給料は5.5%カットしている。職員
数も自然減で減らしており、小さな政府を目指し
ている。非効率を防ぐため、間接部門を減らして
第一線にカネをつぎ込む」
──増税を提案したそうだが、住民の反対はない
のか。
「日本と同じで増税を言えば、有権者の人気は
落ちる。増税は、中央政府が所得税率を1%下げ
ると言った時に、私たちがその分を課税すると提
■スコットランドでの地方分権
移譲された権限
保健、地方政府、司法、教育、環境など
移譲されていない権限
防衛、外交、医薬品、武器、エネルギー、交通、
通貨など
過去10年間に実施してきた施策
老人の個別介護の無料化
キツネ狩りの禁止
公共スペースの禁煙
大学(学部生)教育の無料化
農地改革
気候変動(地球温暖化)対策
案した。本当は増税せずに、効率的な運営をして
経済が成長するのが望ましい。スコットランドの
が参加した協議会でモニターした。スコットラン
成長率は1.8%で、英国全体の2.3%や他の欧州諸
ドの自治体が増税しないというのもその1つだ」
国の3∼4%と比べると低い。成長率を英国並み
──SNPは英国からの独立を目指しているそう
に引き上げたい。そうすれば進歩的な社会政策も
だが。
できる」
「SNPの定款にそうした条文がある。自分のこ
「我々は中道左派の政党で、富の再配分が必要
とを自分で決めるのはスコットランドの利益にか
だと考えている。だが、企業にもフレンドリー
なう。ただ、すぐに独立を住民に提案するわけで
でありたい。法人課税はこの3年減らしてきた。
はない。いい政治をして人々に見せないといけな
120社ぐらいが恩恵を受けている。減税でビジネ
い。その後で議会に図ることになるだろう。
(独
スを刺激し、経済を高めたい」
立は)景気が良くなってからの方がいい、という
──中道左派なのに企業寄りなのか。
意見もある」
「(スコットランド)政府の支出をカットして中
「英国でできることはスコットランドでもでき
小企業や個人の雇用を守る経費に回した。中道左
る。我々は英国からの独立を目指すが、決断する
派が小さな政府を目指すのは普通ではないかもし
のは住民だ。権限移譲が進めば、住民は独立を選
れないし、効率化で得られたカネを配分しようと
ぶのではないかと考えている」
いうのも珍しいかもしれない。日本の民主党政権
も同じ事を考えているようなので、モデルになる
聞き手から
英国では、スコットランドのほか北ア
だろう」
イルランドとウェールズには議会があるが、イング
──日本の民主党政権が目指している地域主権が
ランド議会はないという。人口や面積は北海道と同
うまくいくためのカギは。
程度で、経済的にもイングランドに比べて貧しいと
「国民の信頼が大切だ。政府が正しい選択をす
いう点で北海道に似ている。さらに、一括交付金が
ると人々が信じていれば、正しい結果になる。中
収入の9割近くを占め、財政的にはいまだ国に依存
央政府と地方自治体は考えが異なることが多い。
お互い尊敬し合うことが必要で、
多様性は重要だ。
している。ただ、国にカネをよこせというのではな
く、自ら増税するかどうかを議会で論じている。否
決されたとはいえ、増税を提案しただけでも日本の
中央政府がやるとどうしてもコストが上がってし
自治体よりはるかに自立している。
まう。権限移譲こそ民主主義の基本だ」
英国に比べ事務・事業の範囲は日本の自治体の方
「日本とスコットランドは違うが、スコットラン
がはるかに広範だ。日本の自治体は現行法制度の枠
ドではお互いが尊敬し合い、インプットとアウト
の中でできることがもっとありそうだと改めて感じ
プット、そしてアウトカムをモニターするメカニ
たが、総務省の地方行財政検討会議の議論にも注目
ズムを作った。自治体と協定を結び、34の自治体
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したい。
(主任研究員 磯道 真)
日経グローカル No.144 2010. 3.15
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