固定費削減は逆効果? 企業は雇用創出者としてCSRの

豪州レポート(11)
固定費削減は逆効果?
企業は雇用創出者としてCSRの観点で経営判断を
今年3月、
カンタス航空が機体整備関連の職員を約480人削減すると発表して、
豪州では大きなニュー
スになった。
世界各国で多くの航空会社が経営不振に陥っている中で、
同社の業績は拡大しており、
良好
な経営状態にある。
好業績にもかかわらず、
世界一安全な航空会社とも言われる同社が、
安全に大きくか
かわる業務部門を合理化するということで、
このニュースは驚きをもって迎えられた。
近年、
豪州では製造業以外でも業務を人件費の安い海外に移転する企業が増えている。
大手の電話・通
信会社が相次いで、
IT部門やコールセンター部門の職を数百人から数千人単位でインドに移転した。
海外移転の動きは、
コールセンターなどの顧客対応部門が目立つが、
いわゆるバックオフィス部門にも
広がりをみせている。
1990年代、
豪州ではコールセンタービジネスが成長した。① 英語圏の国である ②時間帯が重ならない
ため欧州や米国の夜間や早朝の時間帯をカバーできる ③ 何より人件費やオフィスの賃料など維持費用
が安い――などの理由から、
航空券の予約、
IT関連のカスタマーサポートなど、
さまざまな業種のコー
ルセンターが大都市近郊に設立された。
日本向けのコールセンターを豪州に置く企業もある。
近年はコ
ールセンターからコンタクトセンターへと業態を発展させ、
豪州の拠点を拡大する企業もある。
その一方で、
豪州でコールセンタービジネスが成長したのと同じ理由で、
雇用機会の国外への流出が
起こっている。
カンタス航空の件に話を戻すと、
報道によれば、
経営側はもともと最大で2,500人分の職を
コストの安い海外に移転する計画だったという。
しかし、
政府の説得により今回は海外移転を見送った
と言われている。
このうわさは、
雇用の空洞化は非製造業でも政治家が無視できないほどに広がってい
ることを象徴している。
しかし、
人件費などが安い海外に業務を移転しても、
企業が当初期待したようなコスト削減効果がも
たらされるとは限らないようである。
これは金融業界に限った話だが、
大手監査法人プライスウォータ
ーハウスクーパーズが最近、
世界各国の企業の幹部を対象に行った海外への業務移転に関する調査によ
ると、
人件費の安い国への業務移転について、
約半数が満足のいく結果が得られていないと回答した。
そ
の理由として、
急激な人件費の上昇、
高い離職率、
現地採用職員と本国から派遣された管理職との間のあ
つれき、
職員の顧客対応の経験不足、
情報セキュリティ管理の問題などが挙げられている。
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豪SIRIS社アナリスト
松岡 智広
これらの要素は、
ともすると海外業務、
特に開発途上国での業務に伴うリスクとして片付けられてし
まいがちだが、
果たしてそうだろうか。① 従業員が長く定着するような労働環境を整え、
離職率を低く抑
える ② 従業員の昇進制度や幹部との円滑な意思疎通の仕組みを整え、
事業部門や子会社の自主性を尊重
する ③従業員のスキル向上のために十分な教育を行う――など、
CSRの観点からすれば国内外を問わ
ず考慮されるべきこれらの要素を十分考慮せずに、
業務移転の判断材料が固定費削減という財務面だけ
に偏りすぎていなかったか。
一方では、
海外に業務移転をせずに、
待遇をさまざまな形で向上させて、
経験とスキルのある従業員の
確保に努めながら、
国内拠点を拡充している企業もある。
大規模な雇用機会を創出する企業の定着を図
る州政府が税制の優遇措置を個別適用する場合もあるので、
動機はさまざまだろう。
だが結果的にこう
した企業は、
国内の従業員や地域社会に対して、
雇用創出者としての社会的役割を果たす形にもなって
いる。
人件費の安い海外への業務移転が思うようにいかなかった企業の例が示すのは、
一面的に固定費の削
減を追求しても、
必ずしも経営の効率化にはつながらない、
ということだ。
CSRの概念を取り入れるこ
とにより、
多角的な分析を行い、
財務面にばかりこだわった拙速な経営判断を避けられる。
カンタス航空
がうわさされていたような業務の海外移転を今回踏みとどまったのは、
単純なコストメリット以外の部
分をもう少し時間をかけて見極めようとしたためかもしれない。
(追記)5月に発表された 2 006/7年度の豪州連邦政府予算案に、航空機の部品の関税を免除する案が盛り込まれて
いた。予算案どおりになれば、国内のすべての航空会社が恩恵を受けることになるが、この案はカンタス航空の機体
整備部門の海外移転問題を念頭に作られたと思われる。
松岡 智広
(まつおか ともひろ)
豪SIRIS社アナリスト
豪州メルボルンに本拠を置くSRI調査会社SIRISの
主要事業である豪州・ニュージーランド市場のSRIコン
サルティングに加え、
日本を中心としたアジア市場の企業
調査を担当する。
東京大学中退。
メルボルン大学卒業
(政治学)
。
米系金融情報ベンダーの日本市場担当を経て現職。
URL : http://www.siris.com.au
【企画・制作】 日本経済新聞社広告局