第1章 排他的経済水域における違法行為取締りに関する米国の対応

第1章
排他的経済水域における違法行為取締りに関する米国の対応
-米国沿岸警備隊の武器の使用をめぐって-
坂元
茂樹
1.法令執行機関としての米国沿岸警備隊
(1) 米国沿岸警備隊の組織及び沿革
米国においては、EEZ における違法行為の取締りは主として米国沿岸警備隊 (以下、USCG
と略称) が担当している。この USCG の行政組織及び作用法というべきものが、1949 年8月
4日に制定された US Code Title 14 である(注1)。その第1条は、
「沿岸警備隊の創設」と題
して、USCG が、わが国とは異なり、軍事機関であり、常時、合衆国軍隊の一部であるが、
通常は運輸省に所属していることを明らかにしている(注2)。そして、
「海軍との関係」と題す
る第3条で、宣戦の布告があった場合、又は大統領の命令があった場合は、海軍の一部として
行動し、海軍長官の命令に服すると規定している。しかし、実際には、USCG そのものが海軍
に編入される場合と、組織としては運輸省に所属したまま、戦場で行動する場合とがあると
される。両世界大戦時の例は前者であり、朝鮮及びベトナム戦争時の例は後者である(注3)。
その意味で、わが国の海上保安庁法第 25 条が、
「解釈上の注意」と題して、
「この法律のいか
なる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営
むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と規定し、自衛隊と一線を画しているの
とは根本的に異なっているといえよう。
USCG の沿革をかいつまんでみれば、この組織はまず、主として関税法を執行し海賊行為
を抑圧するため、1790 年に財務省に属する the Revenue Marine として創設された。1915 年
に救難隊と統合されて、組織の名称を United States Coast Guard と定め、1967 年4月、新
設された運輸省に所属することとなった(注4)。US Code 14 の第2条は、USCG の主要な任
務を、
「公海及び米国の管轄に属する水域、その下及びその上で、すべての適用可能な連邦法
を執行し又はその執行を援助すること」と規定している。このように、USCG の士官等は、
連邦の警察官として、連邦法の違反について関与している。逆に言えば、連邦法の違反がな
ければ、USCG は行動を開始する権限をもたないことになる。これらの連邦法には、USCG
の専権事項として規定している法律もあれば、専ら他の連邦政府機関のために USCG が執行
する法律もある。このように、USCG の任務のうち、最も重要な任務の一つが、法律及び条
約の執行 (Enforcement of Law and Treaties) なのである(注5)。
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(2) 米国沿岸警備隊による法律及び条約の執行
US Code Title14 の第 89 条は、この Law enforcement について、
「公海及び米国の管轄に
属する水域、その下及びその上で、適用可能なすべての連邦法及び条約の執行又はその執行
を援助すること」を規定している。このように、USCG にとって、管轄権行使の準拠法は単
に連邦法のみならず、国際法を含むのである。
第 89 条では、USCG の警察権行使の態様として、まず、USCG は、米国の法律違反の予
防 (prevention)、捜査 (detection) 及び鎮圧 (suppression) のため、公海及び米国の管轄に
属する水域、その下及びその上で、質問 (inquiries)、調査 (examinations)、検査 (inspections)、
捜索 (searches)、押収 (seizures) 及び逮捕 (arrests) を行うことができると規定する。さら
に、前記の目的を達成するために、USCG の士官、準士官及び下士官は、いつでも、米国の
管轄下にある船舶又は米国の法律の適用を受ける船舶に乗船し、船内にある者に対して質問
し、船舶の書類を調査し、船舶を調査、検査及び捜索し、並びに服従を強制するために必要
なすべての力 (all necessary forces) を行使することができるとされる。また、上記の質問、
調査、検査又は捜索の結果、米国法の違反行為が現に行われ、又は行い終わったと認められ
る場合は、違法行為を行った者は逮捕される。もし陸上に逃走した場合は、直ちに追跡し、
陸上において逮捕され、又はその他適法かつ妥当な措置がとられる。また、船舶について、
又は船舶に搭載され米国に持ち込まれた物品について、当該船舶が没収されるべき米国法違
反がある場合、もしくは船舶に罰金又は反則金を課する場合であって、これを担保する必要
があるときは、当該船舶又は物品もしくはその両者を没収又は差押えすることができるとさ
れている。なお、こうした権限を執行する USCG の士官等は、他の政府機関の責任に属する
法律を執行している間は、当該機関の職員として行動しているものとみなされるし、当該法
律の執行に関し、当該機関が定めるすべての規則に従わなければならないとされる(注6)。こ
の点は、わが国の海上保安庁法第 15 条-「海上保安官がこの法律の定めるところにより法令
の励行に関する事務を行う場合には、その権限については、当該海上保安官は、各々の法令
の施行に関する事務を所管する行政官庁の当該官吏とみなされ、当該法令の励行に関する事務
に関し行政官庁の制定する規則の適用を受けるものとする」-と同じ法的構成になっている。
こうした Law Enforcement の重点は、最近では、漁業保護 (fisheries protection)、
入国 (immigration) 及び麻薬密輸 (drug smuggling) に関する法律に置かれている。この
USCG が執行に責任を有する法律は大きく三つに分類することができる。①USCG が独自の
責任を有する航行安全関係の法律、②他の連邦政府機関の責任に属するが、USCG がその責
任を分担する法律 (関税法、資源保護関係法、海洋汚染関係法等)、③USCG が海上の一般的
警察機関として責任を有する法律 (刑法等) である。次に、これらの根拠法令について概観し
てみよう。
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2.米国沿岸警備隊による警察権行使の根拠法令
USCG の警察権行使に関する米国連邦法には、Title 16 の資源保護関係法 (Conservation),
Title 18 の刑法及び刑事訴訟法 (Crimes and Criminal Procedure)、Title 19 の関税法 (Customs
Duties)、Title 28 の司法及び司法手続法 (Judiciary and Judicial Procedure)、Title 33 の航行安
Title 46 の海運、
全関係法 (Navigation and Navigable Waters)、
船舶安全、
船員関係法 (Shipping)、
Title 50 の戦争及び国防法 (War and National Defense) がある。
資源保護関係法の Title 16 のうち、USCG が権限を有するのは、主として漁業資源の保護に関
するもので、規制される海域と魚種について、それぞれの法律が定められている。なお、EEZ に
関する外国人の違法行為の取締りに関する国内法のうち、漁業資源については、マグナソン・ス
ティブンス漁業保存管理法 (US Code Title16, Section1801) で外国人の漁業を規制している(注7)。
Title 18 のうち、USCG が管轄権を行使する主なものをあげれば、USCG 職員に対する公務執
行妨害罪 (18USC111)、船舶関係書類の偽造 (18USC507)、スパイ活動 (18USC793~798)、武器
等の不法所持 (18USC921~928)、海賊行為等 (18USC1651~1661)、密航者 (18USC2191~2199)、
船舶の破壊、船舶への侵入 (18USC2271~2279) などがある。なお、外国人の不法入国については
Title 8 の第 1321 条~第 1330 条でも取締り権限が付与されている。
Title 19 の関税法においては、USCG 士官等に対する乗船妨害 (19USC70) や身分の明らかな税
関 吏 等 (USCG 士 官 等 が そ の 任 務 を 行 う 場 合 を 含 む ) の 協 力 要 請 に 対 す る 拒 否 又 は 回 避
(19USC507) 及び、密輸関係 (19USC1701~1711) につき、USCG は管轄権をもつ。なお、海洋汚
染については、Title 33 の航行安全関係法 (Navigation and Navigable Waters) の一部として規律
されており、可航水域における廃棄物の投棄 (33USC407,411~413)、陸岸から 50 海里以内におけ
る船舶からの油の排出 (33USC1001~1016)、廃棄物の不法輸送又は不法投棄 (33USC1401~1444)
などにつき管轄権行使が認められている。なお、航行安全関係法では専ら、「米国の可航水域
(Navigable waters of the United States)」で適用されると規定しているが、
「可航水域」とは具
体的には米国の領海及び内水を指すとされる。
3.外国船舶に対する管轄権行使の決定要素―三要素(国籍、位置及び活動)
しかし、USCG では、このように管轄権を主張できる国内権限をもつかどうかを国内法令に基
づき決定することと並んで、自らの管轄権の主張が国際法に一致しているかどうかもしばしば決
定しなければならない(注8)。一般的に、USCG は、ケース・バイ・ケースで自らが管轄権を有す
るかどうかを決定しているとされる。そうした管轄権の有無の決定にあたっては、外国船舶を伴
う多くの事件において、USCG は次の三つの要素に基づいて決定を行うとされる。すなわち、①
船舶の国籍、②船舶の位置、そして③船舶及び人の活動である(注9)。
まず第一の点についていえば、船舶及び乗船している人が執行権限に服していなければならな
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い。第二の点についていえば、事件は執行権限が行使しうる地理的位置で生じなければならない。
そして最後に、船舶又は乗船者による適用法規の違反が存在しなければならない(注 10)。
USCG は船舶の国籍を、①米国船舶、②外国船舶、③無国籍船舶、④無国籍船に相当する船舶、
という四つのカテゴリーに分けている。まず、米国船舶とは、米国法に基づき船籍証明が発給さ
れたか番号が付けられたものであり、米国市民又は国民によって全部又は一部が所有され、他の
国に登録されていない船舶を指す。かつて米国法に基づき書類が発給されたが、米国海事当局の
承認なしに米国市民でない者に売却されたか、外国に登録された船舶も含むとされる。次に外国
船舶とは、米国の船舶でない船舶をいい、法的には他の国の法令に基づき登録されており、当該
国の国籍を主張する船舶をいうとされる。また、無国籍船舶とは、国籍を有しない船舶をいうと
される。そして最後に、
「無国籍船に相当する船舶」とは、虚偽の又は二以上の国籍を主張するが
故に、あたかも無国籍船舶と同様に取り扱われる船舶をいうとされる(注 11)。
さらに USCG は、海域を次のように区分している。まずは、米国水域。この水域には、領海及
び内水が含まれる。次に、国際水域。これには、接続水域、EEZ 及び公海が含まれる。そして外
国領水。この外国領水には、米国によって承認されている他の国家の領海、群島水域及び内水が
含まれるとされる(注 12)。
こうした区分を前提に、USCG は、事件が生じた地理的位置及び船舶又は人の国籍にかんがみ
て、その管轄権を行使するわけである。まずは、船舶の区分を基礎に管轄権の有無を検討すれば、
次のようになる。
米国船舶は、次の二つの例外を除いて、常に米国の管轄権に服するとされる。例外の一つは、
外国の同意なしには、外国の領水にある米国船舶に USCG は法執行措置をとることはできないと
いうことである。例外の二つ目は、USCG は、州の排他的水域では管轄権をもたないということ
(注 13)
である (50 の米国の州の一つの州境内の内水)
。
次に、無国籍船舶又は無国籍船に相当する船舶に対する管轄権は次の通りである。無国籍船舶
は、米国を含むすべての国の管轄に服するのであり、他の国の同意なしに、世界中のどこにいて
も、USCG により臨検、押収されるとされる。ただし、外国の領水にある場合はこの限りではな
い。しかし、外国は、その領水におけるかかる船舶に対する法執行措置につき、USCG に同意
を与えることができる。なお、米国では、無国籍船舶の押収には、いわゆる SNO (大統領命令
National Security Council 27 (PD-27 process) Statement of No Objection) が必要とされる。ま
た、無国籍船舶の臨検の場合には、状況によっては、SNO を必要とする。ただし、米国の領水で
あれば、又は船舶の船長の同意があれば、SNO は通常、必要とされないという(注 14)。
最後に、外国船舶についていえば、その位置や活動によっては、外国船舶も米国の管轄権に服
しうる。もちろん、外国軍艦及び公船は常に米国の管轄権から免除される。また、米国の内水に
ある外国船舶は、当然のことながら米国の管轄権に服する。米国の領海にある外国船舶は、無害
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通航に従事している場合や不可抗力の場合を除いて、米国の管轄権に服するのである(注 15)。
また、海域区分に基づいて、管轄権の有無を検討すれば、次のようになる。国際水域における
外国船舶は、次のような四つの例外の場合を除いて、米国の管轄権に服しない。例外の第一の場
合とは、当該船舶が米国の EEZ 内にあって、漁業及び非生物資源を保護することを意図した米国
法の違反を行っている場合である。第二に、(SNO/PD-27process を経て、又は現行条約を通じて
得られた) 旗国の同意及び容認がある場合である。第三に、米国が管轄権をもつ水域で米国法に違
反し、米国の管轄水域から逃亡した船舶に対する継続追跡中の場合である。第四に、米国の管轄
権の外で活動している母船が、一団となって、米国管轄権内で米国法に違反する活動を行うボー
トを引き揚げようとしているといった、船舶が解釈上の存在 (constructive presence) であるとみ
なされる場合である。
さらに、次の三つの事情があれば、USCG の士官は国際水域における外国船舶の臨検を行うこ
とが許されている。第一は、接近権を行使している場合である。第二は、同意に基づく臨検の場
合である。なぜなら、慣習国際法の下で、船長は自らの船舶に USCG の士官等による臨検を許す
ことができるからである。最後に、人命を守るために、船長の同意なしに、人又は財産に対して
援助を与える場合である(注 16)。
ここで、前述した SNO について付言すれば、米国では、執行措置を命ずる法律の場合、より
上位の機関の許可を必要とするが、SNO はかかる許可が要求される措置を一般的に指すとされる。
SNO は USCG の内部でも、また他の政府機関、また外国との協議の後にも発給されうる。USCG
が外部の機関及び外国政府と相互に行う、こうしたメカニズムが PD-27process といわれるもので
ある。こうした SNO には、沿岸警備隊の長官が発給する SNO、通常 G-O と呼ばれるものと、機
関間又は政府間の接触を要しない SNO を発給する権限を与えられた Flag officer による SNO が
ある。長官及びそのスタッフは、外国船舶を扱う又は機関相互間の協議を要する展開の場合に、
SNO を承認する。SNO は、麻薬や外国の密航者を阻止するための臨検や押収、逮捕の場合に必
要とされる。また、イラク、イラン、シリア、リビア、北朝鮮、カンボジア、キューバ及びベト
ナムからの船舶に対する執行措置は、長官からの SNO (G-O) を要するとの方式が採用されている。
ちなみに、次のような船舶に警告射撃 (warning shots) 又は無力化射撃又は船舶の航行を不能
にするための射撃 (disabling fire) を行う場合には、長官からの許可 (G-O) が必要とされる。①
米国水域で無害通航を行っていない外国船舶又は無国籍船舶、②国際水域における外国船舶又は
無国籍船舶、③外国領海におけるすべての船舶、そして④その措置が米国の対外関係に悪影響を
与えうるような船舶の場合である。いわゆる Coast Guard Flag officer SNO は、次のような船舶
に、警告射撃又は無力化射撃を行う場合に要求される。すなわち、①国際水域又は米国の領水に
おける米国船舶、②無害通航を行っていない米国の領水における外国船舶又は無国籍船舶の場合
である。なお、各 SNO は単一のものであり、臨検といった単独の行為を許可することに限定さ
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れるが、臨検、捜索、禁制品が発見された場合は、押収といった一連の措置を許可しうる。運用
部隊及び臨検要員は、SNO で特定された行為を行うことのみが許可される。例えば、SNO が臨
検及び捜索を許可しているのであれば、その捜索の間に、禁制品が発見された場合、押収し、か
つ船員を逮捕するためには、追加的な SNO が要求されることになるのである(注 17)。
こうした SNO を必要とする武器使用の実例の多くは、USCG による麻薬取締業務の際に多く
みられる。そこで、次に、USCG による麻薬取締業務を検討するが、その前にその根拠法令たる
米国の海上麻薬管理執行法について概観してみよう。
4.米国沿岸警備隊による麻薬取締業務
(1) 海上麻薬管理執行法 (the Maritime Drug Enforcement Act (US Code Title46)) における
管轄権行使の実際
USCG の 麻 薬 取 締 業 務 の 根 拠 法 令 は 、 海 上 麻 薬 管 理 執 行 法 (the Maritime Drug
Enforcement Act (US Code Title46)) である。同法は、1980 年の「公海上のマリファナに関
する法律」が 1986 年に改正され成立したものである。同法第 1903 条 (a) によれば、同法の
下で取締りの対象となる行為 (対象行為) とは、米国の船舶又は米国の管轄下にある船舶にお
いて、対象の薬物を製造又は頒布すること、又はそれらを製造又は頒布する目的で所持する
ことである。同法第 1903 条 (h) によれば、同法の管轄は米国の領域管轄権外で行われる対象
薬物の所持、製造又は頒布にも及ぶとされている。
また、同法の対象船舶には、米国の船舶のみならず、
「米国の管轄下にある船舶」が含まれ
るとされる。すなわち、第 1903 条 (c) の (1) の定義によれば、
「米国の管轄下にある船舶」
とは、①無国籍船、②公海条約第6条2項に従い、無国籍船と同一とみなされる船舶、③旗
国が米国に対して米国法の執行を認めた船舶又は米国による米国法の執行に対する拒否権を
放棄した船舶、④米国の関税水域にある船舶、⑤米国による米国法の執行に同意した国の領
水にある船舶が含まれるとされる。さらに、この法律の適用上、無国籍船には、①船舶の登
録国から登録していることを否定された船舶、②国籍と登録の提示の求めに応じない船舶、
さらに③船舶の登録国が船舶が当該国の船舶であると肯定しなかったり明白に主張しなかっ
た船舶が含まれるとされる。これらの船舶は、登録、免許、証拠書類に関する法律を含むあ
らゆる米国国内法の対象になる。なお、旗国や登録国の同意や拒否権の放棄は、無線や電話
等の手段によって得ることができるとされる。最終的には国務長官や同長官が指名した者の
証明書によって証明されることになる(注 18)。ところで、本法にいう“controlled substance”
(対象薬物) とは、US Code の Title 21 に基づきリストアップされている政府の管理下にある
すべての薬物をいい、ScheduleⅠの薬物、すなわち、濫用の可能性が高いマリファナ、ハッ
シシ、ヘロイン、さらに医療用として認可されているが濫用の可能性が高い ScheduleⅡの薬
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物、すなわちコカインが含まれるとされる(注 19)。
なお、この米国の麻薬・向精神剤の不正取引の取締りに関して注目すべきは、取締りの法
的枠組として、こうした米国の連邦法単独ではなく、条約と組み合わせた形で取締りの実効
性を確保しようとしていることである。その代表的な例が、カリブ海諸国との間に締結され
ている二国間協定である。
(2) 麻薬及び向精神剤の不正取引の取締りに関する二国間協定のネットワーク
海上での不法な麻薬取引を防止するための国際法上の関連条約は、1982 年の国連海洋法条
約及び 1988 年の麻薬及び向精神剤の不正取引の防止に関する国際連合条約である。国連海洋
法条約第 108 条は、すべての国に麻薬又は向精神剤の不正取引の防止のための協力義務を課
している。さらに、麻薬・向精神剤の不正取引防止条約第 17 条9項は、不正取引防止のため
の二国間協定の締結を促している。これを受けて、米国は、1999 年 12 月現在、10 カ国のカ
リブ海諸国、すなわち、コスタリカ、ドミニカ共和国、ベリーズ、ドミニカ連邦、セント・
キッツ・ネイビス、アンチグア・バーブーダー、セント・ビンセント・グレナディーン、セ
ント・ルシア、グレナダ、トリニダード・トバゴと包括的な海上反麻薬協定を締結し、これ
らを旗国とする船舶につき、麻薬の不正取引をいわゆる国際水域で取締まることを予定して
いる。さらに米国は、ハイチ、エクアドル、グアテマラ、ホンジュラス及びニカラグアとの
間にも同様の協定を構想しているとされる。このように、米国は多くの中南米諸国と不正な
麻薬取引を鎮圧するための二国間協定を締結している。
例えば、1999 年7月2日にコスタリカとの間に締結された不正な麻薬取引の取締りに関す
る協力協定は、コスタリカでは「共同パトロール」協定として知られているが、海上及び上
空での麻薬の不正取引を防止するためのさまざまの協力を約束している。こうした協定が締
結される背景には、コカインのような麻薬が南米で生産され、通過区域にはカリブ海、メキ
シコ湾、東太平洋が含まれるからである。USCG は、当該区域を移動する不正な麻薬取引の
三分の二が小さな沿岸貨物船、漁船等を含む船舶で行われており、米国の過去の経験は、こ
うした二国間協定の締結が不正な海上麻薬取引と戦うための最善の方法であることを示して
いるとする。なぜなら、かかる協定は麻薬取引者による船舶の登録の濫用を防ぐ一方で、協
定の相手国の主権と管轄権を尊重し保持するからであると説明される(注 20)。
このコスタリカとの協定の内容を概観してみると、まず、その第1条で、1988 年の麻薬・
向精神剤の不正取引防止条約の「不正取引」の定義を用いながら、第2条で両国の情報の共
有と協力を規定する。そして、第4条でコスタリカの法執行者が“shipriders”として米国の
船艇に乗船することを許すとともに、米国の船艇にコスタリカの領水及び国際水域で麻薬取
引に関与しているとの合理的な疑いがある船舶を追跡する権限を付与している。なお、USCG
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のマニュアルの“Foreign shiprider”という項目によれば、外国の執行官の米国の船艇への
乗船は、彼らに何らかの特別の地位又は権限を付与するものではないとし、こうした外国の
執行官は自国の領水における自国船舶等への通常の権限を保持するにすぎないと説明されて
いる ( 注 21 )。同様に、米国の法執行官が容疑船舶の追跡や乗船に助言を与えるために、
“shipriders”としてコスタリカの船艇に乗船することを許している。
さらに、同協定は、
「継続追跡」という例外的な場合には、米国の船艇がコスタリカ当局の
到着を待つ間、容疑船舶を追跡し、停船させ及び監視を続けることを許している。さらに、
第6条で、コスタリカ政府が、領水で逮捕されたすべての容疑者に対する主たる管轄権を有
し、コスタリカ領域で押収された財産はコスタリカ法によって処分されるとする。第7条で
は、こうした不正取引の防止のための作戦行動は、無国籍船や無国籍航空機を含む容疑船舶
及び航空機に限定されることが規定されている。
なお、この協定の署名により、米国は、コスタリカの太平洋沿岸水域をパトロールするた
めに USCG の旧巡視船を寄贈し、USCG 等の専門家チームを派遣し、訓練や技術援助を行っ
ているとのことである。こうした関係国の capacity-building への援助は、国際協力の一つの
あり方として注目されて然るべきであろう。
ところで、これらの二国間条約の対象水域であるカリブ海においては、USCG のみならず、
米国海軍も麻薬取締りを行っている。もっとも、その場合には、米国海軍の艦船に、あらか
じめ USCG の隊員が乗り込み、臨検の際の捜索任務を行っているとのことである。なぜなら、
EEZ における法律及び条約の執行の任務は、USCG が担っており、米国海軍は、同海域にお
ける法令執行の任務を所掌事項とはしていないからである。ただし、米国海軍が法執行を支
援することは排除されておらず、US Code Title 10 の第 18 章には、
“Military Support for
Civilian Law Enforcement Agencies”という章があり、この問題につき規定している。それ
によれば、まず第 371 条で国防長官が連邦違反の情報を連邦、州又は地方の文民の法執行官
に伝えることができるとし、第 372 条で軍事用品や軍事施設の使用を認め、第 379 条で、麻
薬取締りに関しては国防長官と運輸長官が米国海軍に USCG の執行官を乗船させ取締りにあ
たることができるような法律上の手当てを行っている(注 22)。わが国の場合も、仮に重武装の
不審船に対応すべく海上自衛隊の艦船を最初からこれらの船舶に対して用いる場合、あらか
じめ海上保安官を乗り込ませていないと、漁業法での立入検査を要求する場合に、国内法上
の根拠を説明できない事態が生じると思われる。なぜなら、前述したように、海上保安庁法
第 15 条で、海上保安官は漁業監督官として国内法上漁業法に基づく立入検査の業務を行い得
るが、自衛官については、自衛隊法上、そうした根拠規定を欠いているからである。その意
味で、あらかじめ自衛隊の艦船に海上保安官が乗り込んでおく必要があるように思われるが、
そのためには、わが国の国内法上、海上保安官が海上自衛隊の艦船に乗船し、かかる業務を
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遂行することについて、あらかじめ国内法上の手当てを行っておく必要があろう。
ところで、米国が 200 カイリの EEZ を宣言したのは 1983 年3月 10 日であるが、漁業水域
時代の第 88 丸中丸事件を除けば、USCG による武器の使用がなされているのは、専ら麻薬関
係船舶である。先の不審船事件の場合、わが国はその国内法制上、漁業法での対応を余儀な
くされているが、米国では麻薬関係の船舶の場合であればともかく、漁船については、武器
の使用が差し控えられる傾向があるといえよう。そこで、最後に、USCG による武器の使用
の態様を検討してみたい。
5.EEZにおける沿岸警備隊による武器の使用
EEZ における武器使用は、国連海洋法条約第 56 条に規定する米国の主権的権利を侵害する船
舶に対して、その国内法に従って行われている。すなわち、USCG は、米国の主権的権利を侵害
する船舶が、立ち入り検査のための停船命令に応じない場合、警告射撃や無力化射撃を用いてい
る。しかしながら、純粋な漁業関係事件においては、武器の使用は著しく制限され、無力化射撃
又は船舶の航行を不能にするための射撃は控えられているといえよう。ただし、停船させるため
の警告射撃は行われている。こうした警告射撃は、対象船舶の乗組員などの人や物を傷つけない
限り認められている。なお、無力化射撃は、専ら航行能力を低減させたり、航行を不能にさせる
ために行われるが、乗組員や船体への被害が最小限になるよう求められている。
まず、逮捕又は逃亡を阻止するための武器の使用の対象犯罪は、連邦犯罪に制限されている。
容疑者が犯罪を犯したとする相当な理由 (probable cause) が存在するとき、容疑者を逮捕するた
め、又はその逃亡を阻止するため、合理的な非致死的な武器 (non-deadly force) の使用は行いう
るとされている(注 23)。そこで、この非致死的な武器の使用に該当するとされる警告射撃と無力化
射撃について検討してみたい。
まず注意すべきは、USCG においては、警告射撃は武器の使用ではないとされていることであ
る。警告射撃は、船舶又は航空機を停止させるために、又は特定の行為を停止させるために用い
られる信号との位置付けなのである。こうした警告射撃は、容疑船舶又は航空機に乗っている人
を含み、人又は財産に損傷を生じさせる特段の可能性がない場合にのみ許されるとされる。意図
しない標的に当たる危険性にかんがみて、威嚇射撃を地上に対して行うことは一般に禁止される。
警告射撃は、警告射撃が無視された場合に無力化射撃又は航行能力を奪うための射撃を用いるこ
とが想定される場合を除いて、通常は使用されるべきではないとされている。この警告射撃を用
いる手続もマニュアルに定められている(注 24)。
法を執行する活動中に用いられる、こうした無力化射撃又は航行能力を奪うための射撃は、致
死的武器 (deadly force) の使用を構成しない。かかる射撃は、船舶を停止させるための特別の手
段と位置付けられている。また、こうした射撃は船舶に対してのみ用いられるのであり、人や自
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動車、航空機に対しては用いられない。それは通常、船舶のエンジン及び操舵装置に向けられ、
操舵室又は船上の人には向けられないものとされる。
無力化射撃は、威嚇射撃の後に、停船命令に応じない船舶に向けられる。USCG の手続は、SNO
手続を通じて許可を得た後、さらに次の五つの条件が充たされた場合にのみ、船舶の停船を唯一
の目的として、かつ最後の手段として用いることができるとされる。すなわち、無力化射撃のた
めの五つの条件とは、
1
無力化射撃の使用が、船上の意図された標的以外の人や財産に重大な危険をもたらさない
こと、
2
船舶が故意に停船命令を無視していることが外見上確実であるとみられること、
3
容疑船舶を法に照らして処断する他の手段が実際的ではないと考えられること (例えば、
船舶が他の国の領海にまもなく入ろうとしているという場合)、
4
船舶を停船させる代替的な手段が成功の見込みがなく又は利用可能でないこと。
5
威嚇射撃が船舶を停船させることができなかったこと、
の五つの条件である。なお、無力化射撃は、致死的な武器の使用が許される場合を除いて、航空
機に対して用いられるべきではないとされている(注 25)。
このように、USCG は、法執行の状況において個人に対してどのような時期にどのようなタイ
プの力の行使がなされるべきかのモデルを発展させてきた。法執行官吏の執行行為の対象となる
人の態度や行動が、段階的に勧告される力の行使 (武器の使用) を決定するというのである。この
武器の行使の段階性は、基本的に四つのタイプの対象者に分けられている。
1
従順な容疑者:執行官の要請又は口頭の指示に従っている者。
2
消極的抵抗者:執行官の命令や指示に従わないものの、執行官の統制の試みに物理的抵抗
を示さない者。
3
積極的抵抗者:執行官の命令や指示に従わず、執行官の統制の試みに物理的抵抗を示す者。
ただし、執行官を傷つけようとの試みをしない者 (例えば、逃亡の試み)。
4
積極的攻撃者:執行官を傷つけよう、あるいは攻撃しようとする者。
こうした四つの対象者を念頭に置きながら、USCG は武器の使用を六つの段階に分けている。
理想的には、執行官はレベル1から出発して、対象者が命令に従うまで段階的に対応のレベルを
上げてゆくことになる。ただし、対象者による攻撃的な行動が、個々の段階をスキップすること
を要請し、直接により高次の、しかし適切なレベルの武器の使用に引き上げることもありうると
されている(注 26)。
いずれにしろ、USCG は、レベル1からレベル6までの対応を想定している。すなわち、レベ
ル1の執行官のプレゼンス。レベル2の口頭の命令。従順な対象者であれば、これらの命令に応
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じるとされる。そして、レベル3の Soft Control Techniques である。このレベルで容認されて
いる手法は、結合組織や皮膚の損傷、あるいは骨折などを引き起こす可能性が低いやり方でもっ
て対象者を統制下に置くことを意図するものである。これに対してレベル4の Hard Control
Technique は、積極的な抵抗者や攻撃者に使用される。このレベルで容認されている手法は、結
合組織や皮膚の損傷、あるいは骨折などを引き起こす可能性があっても対象者を統制下に置くこ
とを意図するものである。その手法には、キックやパンチ、気絶させたり倒したりする方法を含
んでいる。また、オレオレジン (含油樹脂) 唐辛子噴霧スプレイといった化学的刺激は、積極的抵
抗者や攻撃者に有効な手段であるとされる。しかし、こうした OC スプレイは絶対的なものでは
ないので、スプレイを使用した後、他のレベル4の手法が必要になることも想定されている。中
間的武器と題するレベル5は、積極的攻撃者を統制下に置くために収縮性のある警棒で一撃を加
える防護的手法である。このレベルで容認される手法は、結合組織や皮膚の損傷、あるいは骨折
などを引き起こす可能性が高いやり方でもって対象者を統制下に置くことを意図するものである。
マニュアルでは使用される警棒のサイズも特定されている。最後に、レベル6として、死又は重
大な身体の危害の危険をもたらす対象者による力の行使に対抗すべく、最後の手段としてのみ用
いられる致死的武器の使用が容認されている(注 27)。なお、この致死的武器の使用にあたっては、
次の三つの条件が充たされなければならないとされている。すなわち、
1
致死的な武器の使用が、他の人に対する不当な危険をもたらさない場合、
2
容疑者が致死的な武器の使用又は威嚇を伴う連邦犯罪を犯したとする相当な理由が存在す
る場合、
3
容疑者が武器を携行している、又は、差し迫っているかどうかは問わず、他の人に死又は
身体に対する重大な危害を加える実質的な威嚇を所持していることが知られている場合、
である(注
28)
。このように、USCG
では、それぞれの状況に応じての対応がマニュアル化されて
いる。
こうした米国沿岸警備隊の武器使用のきめ細かなマニュアルに接すると、とかく現場の海上保
安官の判断に委ねがちなわが国の対応にとっても、参考になる点が多いように思われる。とりわ
け、わが国においては、2001 年末の不審船事案にかんがみて、積極的攻撃者に対する対応、特に
相手方の武器の種類を勘案しながら、警察官職務執行法が要求する比例性原則の枠内で、どのよ
うな対応が可能か改めて検討すべき時期に来ているように思われる。ただし、法執行活動は「戦
闘行動」と結びつくような軍事的事態とは本質的に事柄の性格を異にするので、武器の装備や使
用に際しても、軍事行動と誤解されることのないようにしなければならない。その意味では、装
備する武器にも、おのずから限界があると思われる。要は、常に武力紛争時の軍事行動と峻別で
きる体制をとっておく必要があるということである。
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注
―
1.米国沿岸警備隊に関する概説書としては、海上警備研究会編『米国コーストガードの現状 (現
場実施部隊の活動を中心として)』 ((財団法人) 海上保安協会、昭和 54 年) がある。
2.第1条は、次の通り規定されている。
“The Coast Guard as established January 28, 1915,
shall be a military service and a branch of the armed forces of the United States at all times.
The Coast Guard shall be a service in the Department of Transportation, except when
operating as a service in the Navy.”(強調は筆者)。
3.海上警備研究会編『前掲書』2頁。
4.1967 年に運輸省に移管される前に、1939 年に灯台部、1942 年に航海、汽船監視部を統合し
ている。
5.USCG の他の任務としては、航路標識業務、橋梁の管理、船舶の安全に関する業務、海洋環
境の保護など 13 の主要任務があるとされる。海上警備研究会編『前掲書』4-6頁。これら 13
の任務は、最近の USCG の報告書では、①海上安全 (Maritime Safety)、②海上安全保障
(Maritime Security)、③天然資源の保護、④海上稼動性、⑤国家防衛に分けられている。Cf. U.S.
Coast Guard FY 2002 Report, p.8.
6.
『同上書』98-99 頁。
7.第 106 議会で改正された本法の前身である 1976 年の米国漁業保存管理法の問題点については、
高林秀雄「米国漁業保存管理法の問題点」
『龍谷法学』第9巻2号 (昭和 51 年) 参照。
8.USCG 作成のモデルによれば、ここでいう国際法には、国連海洋法条約のみならず、国連憲
章、大陸棚条約、公海条約、領海条約、外交関係条約、人質をとる行為に関する国際条約、
MARPOL 条約及び SOLAS 条約などが含まれるという。Cf. United States Coast Guard,
Model Maritime Service Code, 1995ed.,p.20.
9.Ibid., pp.19-20.
10.United States Coast Guard, Document (COMDTINST M1647.4, NWP3-07.4), p.3.
11.Ibid., pp.3-4.
12.Ibid., pp.4-5.
13.Ibid., p.5.
14.Ibid..
15.Ibid..
16.Ibid.,p.6.
17.Ibid., p.22.
18.海上麻薬管理執行法に基づく米国の管轄権の広がりは、“Manufacture, distribution, or
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possession with intent to manufacture or distribute controlled substance on board vessel ”
(強調は筆者) という、その漠然とした条文表題からもうかがわれる。
19.USCG の麻薬問題への対応振りについては、Cf. USCG, Model Maritime Service Code,
pp.49-53.
20.Factsheet on the U.S.-Coasta Rica Counter-Narcotic Maritime Agreement, December 1999,
p.1.
21.USCG, Document,op.cit. (注 10), p.3.
22.第 379 条 (Assignment of Coast Guard personnel to naval vessels for law enforcement
purposes) は、次の通り規定されている。
“(a) The Secretary of Defense and the Secretary of
Transportation shall provide that there be assigned on board every appropriate surface
naval vessel at sea in a drug-interdiction area members of the Coast Guard who are trained
in law enforcement and have powers of the Coast Guard under title 14, including the power
to make arrests and to carry out searches and seizures. (b)Members of the Coast Guard
assigned to duty on board naval vessels under this section shall perform such law
enforcement functions(including drug-interdiction functions), (1)as may be agreed upon by
the Secretary of Defense and the Secretary of Transportation; and (2)as are otherwise
within the jurisdiction of the Coast Guard.”((c) 項及び (d) 項については省略)。
23.USCG, Document,op.cit. (注 10), p.18.
24.Ibid., pp.18-19.
25.Ibid., p.19.
26.Ibid..
27.Ibid., pp.19-21.
28.Ibid., p.18.
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