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1 新たな神学による宗教間対話とフェトフッラー・ギュレン アドナン

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新たな神学による宗教間対話とフェトフッラー・ギュレン
アドナン・アスラン*
私たちはさまざまな社会に暮らしており、それら[すべて]がイスラーム的文化のダイ
ナミックスによって形成されているわけではない事実を、私たちムスリム知識人は気付か
なければならない。こうした社会的に形成されたこの世界において私たちは、ムスリムと
してあるべきスピリチュアリティを維持しようと努めなければならない一方で、他宗教の
信徒たちとのコミュニケーションに参加し、それを促進することにも努めなければならな
い。本論で、ムスリムのあるべきスピリチュアリティを社会的に脅かす、近代における社
会・文化・制度的な影響力すべてを詳述することは、私の力を超えている。これはまた別
な問題として、そのための専論が必要であろう。宗教間対話を構築していくにあたって、
その実現を可能とさせる基盤を発展させることについては、イスラームとイスラームの文
化が潜在的な力をもっていることを検討することが、本論での私の作業となる。
[ヨーロッパ]中世では、諸宗教間の関係が、敵対的な雰囲気におかれていたこともあ
った。たとえば、キリスト教徒とムスリムとの対立が、戦場にまで発展するようなことも
しばしばみられた。「異教徒の世界」や「異端者」に関するキリスト教徒による神学論争
が、教会によって組織化されるようなこともあった。こうした態度は、キリスト教徒とそ
れ以外を隔てただけでなく、カトリックと異端派との間の溝も深めた。その結果、「教会
の外に救いなし extra eccesiam nulla salus」という考え方が、カトリック教会の中心
的な原理となった。
[ヨーロッパ]中世では、キリスト教神学の排他主義が圧倒していた。つまり、[民族
や肌の色、そして宗教のいかんにかかわらず]すべての人間は、救済されるのであれば、
キリスト教徒でなければならなかった。たとえば 1438 年から 1445 年のフィレンツェ公
会議[訳注:第 17 回公会議の一部]の布告では、次のように言及されている。
異教徒、ユダヤ教徒や異端者、そして教会分離論者以外で、カトリック教会の外部に
ある者は、永遠の生命を分かち合うことは不可能である。こうした者は、生涯の最後
にでも教会に加わらない限り、「悪魔とその天使たちのために用意された永遠の業火」
に陥るだろう1 。
プロテスタントの世界でも、こうした排他主義的態度が優勢だった。ルターは『大信仰
問答書』で、このように主張していた。「異教徒、トルコ人、ユダヤ教徒や虚偽のキリス
ト教徒(ローマ・カトリック教徒)など、キリスト教の外部にある者は、たとえ唯一の真
*
1
スレイマン・シャー大学人文社会系学部(イスタンブル)学部長・教授
Denzinger, 468-9 The Church Teaches: Documents of the Church in English Translation (St. Louis
and London: B. Herder Book Co., 1955), p. 165.
1
の神を信仰していようとも、永遠の[神の]怒りと魂の喪失[地獄に落ちること]の[状
態に]留まっている」2。
ヨーロッパ中世では、世界は異なる宗教の陣営で分割されていた。当時の支配権力は、
異なる宗教に対する敵意を示すことで、自らの[支配の]正当化を模索していた3。
現在の世紀では、キリスト教世界においてこうした排他主義的な態度は[いまだ]圧倒
してはいるが、宗教的な排他主義から宗教的包括主義へ、あるいは西側の自由主義的価値
観に影響された多元主義へと、顕著な転換が現れつつある。[キリスト教]教会は、世俗
で圧倒する文化的圧力によってではなく、独自の発展を通じて、こうした包括主義的な形
式に到達することができたのであれば、実り豊かであっただろうにと述べる者もいること
だろう。1963 年から 1965 年の第二バチカン公会議で採用された、カトリック教会の最近
の重要なパラダイム・シフトは、こうした文化的な要請の結果であることがほぼ間違いが
ない。1964 年、教会憲章において、公会議はこのように宣言した。
カトリック教会は、これらの宗教の中にある真実にして神聖なものを何も拒絶するこ
とはない。その行動様式や生活様式も、その戒律や教理も、心からの尊敬をもって考
慮する。それらは、教会が保持し提示するものと多くの点で異なっているとしても、
すべての人を照らすあの真理そのものの光を反映することも決してまれではないから
である4。
[訳注:「キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言」第 2 バチ
カン公会議文書公式訳改訂特別委員会監修・翻訳『第二バチカン公会議 公文書
改
訂公式訳』(カトリック中央審議会、2013 年)p.386]
この一文を「キリスト教の外に救いなし」と比べれば、他宗教に対する寛容な理解に向け
た進歩が、カトリック教会においても進展していることを、間違いなく実感できるだろう
5
。
宗教間対話に対するイスラームの潜在力
初期、そして中期のイスラーム[の歴史]においては、イスラーム神学(カラーム)で
はなく法学の文脈において、ムスリムの[宗教]学者たちによって他の信仰の信徒に関す
る問題が扱われていたことは、興味深いことである。イスラームの領域に暮らす者たちの
2
Martin Luther, Large Catechism, II. iii, tans. H. Wace and C. A. Buchheim in Luther’s Primary
Works (London, 1896), 106, quoted in Dewick, Christian Attitude, 116.
3
Philip C. Almond in his Heretic and Hero: Muhammad and the Victorians, (Wiesbaden: Otto
Harrassowitz, 1989) は、イスラームの預言者について、ビクトリア期のイメージに関して興味深い検討
を行っている。
4
Flannery, ibid., para. 2, p. 739.
5
カトリック教会のイスラームに対する態度に関して、第二バチカン公会議では、ムスリム・キリスト教徒
間での議論点としては取り上げられなかった。キリスト教世界にムスリムが期待することとは、クルアー
ンと預言者のパーソナリティに関する公正な理解である。ムスリム・キリスト教徒間でなされるいかなる
対話においても、それらを公正に理解することが非常に重要と考えられる。
2
ステータスを決定する問題は、多くの場合現実的な問題として受け止められていた。たと
えば、ある集団や個人が、行政的な目的によって区分されるときに、こうした問題が生じ
ていた。
他方で、クルアーンとスンナ[預言者の慣行]によって示される基本的原則は、イスラ
ームの宗教的神学をわかりやすい形で検討する機会を提供してくれると、私は考えている。
これに加えて、イスラームの歴史を通じて、ムスリム社会においてこれらの原則が歴史的
に実現されてきたことを、私たちはみることができる。ここで、宗教間対話の問題に関す
る命題として、クルアーンの原則を幾つか取り上げてみたい。[宗教間対話における]
「イスラームの潜在力」の検討を、これによって示してみたい。
第一に、クルアーンにおいては、神の人類に対する啓示の普遍性と多様性が、肯定され
ている。他の宗教をイスラーム的に理解するうえで重要な役割を担う「神の啓示の普遍性」
については、イスラームでは自明であると認められている。クルアーンにおける神は、ム
スリムにとっての神だけではなく、全人類の神である。クルアーンはこの点を以下のよう
に示している6。
東も西も神のもの。それゆえに、汝らいずこに顔を向けようとも、必ずそこに神の御
顔がある。まことに神は広大無辺、一切を知り給う。(2:115)。
全人類の神は、いかなる民も暗闇に取り残すことはなかった。むしろ神は、啓示を下すこ
とで導きを与えていた。
それゆえムスリムは、仏陀やヒンドゥーの神の化身たちなども、クルアーンに言及され
ていない使徒に含めることで、イスラーム的な預言の考察をクルアーンが認める形で拡大
できる。すべての使徒は同じ現実を話題とし、同じ真理を伝えたが、その啓示は神学とい
う形式面では異なった。単にその理由は、啓示はそれが下された文化に調和し、その文化
において意味をなすような形をとって伝えられたためである。啓示が下された共同体の文
化的文脈で、使徒は話しかけているのである7。
第二に、イスラームにおいては、民族、肌の色、共同体、そして宗教の多様性は、被造
物を通じて示された神の慈悲と栄光のしるしとみなされる。
この意味では、多元性は必然的な現象として受け止められる。クルアーンは以下のよう
に示している。
6
クルアーンは以下のように言及している。 「どの民族にも(神のもとから)使徒が遣わされることになっ
ている。そして、一旦使徒がやって来れば、すべて人々の間の問題は公正に裁かれ、誰も不当な目
には遇うことはない」(10:47)、「今までにも我ら(神)は各民族ごとに一人ずつ使徒を遣わして、「神に
お仕え申せ。邪神を避けよ」と(伝えさせた)」(16:36)、「いかなる民族のところにも必ず警告者が行っ
ておる」(35:24)。
7
クルアーンはこうした点を以下のように認めている。 「我ら(神)が使徒を遣わす場合には、必ずその
民族の言葉を使わせる。みなによくわかるよう説明させるために」(14:4)。
3
これ、すべての人間どもよ、我らはお前たちを男と女に分けて創り、お前たちを多く
の種族に分かち、部族に分けた。これはみなお前たちをお互い同士よく識り合うよう
にしてやりたいと思えばこそ。まこと、神の御目から見て、お前らの中で一番貴いの
は一番敬虔な人間。まことに、神は全てを知り、あらゆることに通暁し給う
(49:13)。
しかし、イスラームが目指しているのは、クルアーンの神聖な原則を通じて――民族や
宗教の多様性についてクルアーンがその理由や目的を説明するように――こうした多元性
を統合することである。神は宗教や民族、その他も多元的に創造したが、それは神の威光
や意図を理解できる者たちを、そうした神のしるしを理解できない者たちから区別するた
めなのである。そうでなければ、神はただ一つの民族だけを創造しただろう8。
イスラームにとって重要な役割の一つには、あらゆる人々を一つの信仰の下で結びつけ
るための単一のイスラーム的同胞性によって、民族や肌の色による差別を排除することが
ある。イスラームの歴史において、これは部分的には達成されてきた。それ以上に、イス
ラームは支配領域のキリスト教徒やユダヤ教徒も含めた全ての被支配民の間に、統合を達
成することも実現してきた。さらには、クルアーンにおいては、宗教や民族的な多様性と
は、統合のための手段であると主張する者さえもいる。
第三に、あらゆる啓示宗教は、「神への帰依」(islām の原義)とみなされる場合、イ
スラームと呼ぶことができる。
他の啓示宗教を含むような形で、「イスラーム」の意味
を拡大解釈することは、多元主義的なアプローチから生み出されたのではない。すべての
啓示を神の計画の一部とみなそうとする、クルアーンにおける尽力なのである。歴史を通
じて、イスラームとはすべての預言者たちの根本的な布教だとムスリムには理解されてい
る。
第四に、宗教に強制があってはならない。これはクルアーン独自の原則の一つであり、
イスラームにおける宗教的信仰の自由を規定するために取り入れられたものである。クル
アーンでは以下のように述べられている。
宗教には無理強いということが禁もつ。既にして正しい道と迷妄とははっきりと区別
された(イスラームの啓示によって)。さればターグート(イスラーム以前のアラビ
アで信仰されていた邪神のたぐい)に背いて神の信仰に入る人は、絶対にもげること
のない把手を摑んだようなもの。神は全てを聞き、あらゆることを知り給う
(2:256)。
8
クルアーンはこの点を以下のように簡潔に言及している。「もしその気にさえおなりになれば、主は全
人類をただ一つの民族にしてしまうこともおできになったのだ。だが、(事実は)人々は、今もって、あ
あして仲違いばかりしている」(11:118)。
4
言ってやるがよい、「真理は主の下し給うところ。信じたい者は信じ、信じたくない
者は信じないがよかろう」と。(18:29)。
だが神様さえその気になり給えば、地上のすべての人間が、みな一緒に信仰に入った
ことでもあろう。お前(ムハンマド)が、嫌がる人々を無理やりに信者にしようとて
できることではない(10:99)。
イスラームの歴史において、このクルアーンの章句は、宗教的信条の自由を守るルール
として機能していた9 。イスラームの歴史を特徴づける、宗教的寛容さの原理を提供して
いたのは、こうしたクルアーンにおける命令だった。ルイスが指摘しているように、他の
信仰の信者を宗教的に迫害することなどはほとんどなかった。ムスリム支配下のユダヤ教
徒やキリスト教徒は、追放や離教、そして死に追いやられることもなかった。スペインの
レコンキスタでは、ムスリムやユダヤ教徒はそうした選択を迫られたが。前近代ヨーロッ
パにおけるユダヤ教徒居住区のように、キリスト教徒やユダヤ教徒が、深刻な[居住]街
区の制限や職業を制限されることはなかった10。
しかし、真理への導きに関して、ユダヤ教やキリスト教は、イスラームと同様に真正で
あるとムスリムが考えていた、とまで言ってしまうと誤りになる。あらゆる宗教やイデオ
ロギーと同様に、真理を表現することにおいては、イスラームは他の宗教に優越するとみ
なされている。しかし、他の宗教やイデオロギーと異なるのは、イスラームが主権を握っ
ていたときでさえ、イスラームは他の宗教の存在に寛容だった、という点である。こうし
た原則の結果、キリスト教徒やユダヤ教徒を千年以上にわたって支配をしてきたにもかか
わらず、組織だった他の信徒に対する「イスラーム化」を奨励してこなかった 11。他の宗
教と同様に、イスラームも自らの信仰を宣伝しようとしている。しかし他の宗教の場合と
異なるのは、イスラームは教宣のための組織や機関を設立することはなかった。イスラー
ムの歴史において、布教のための協会や機関が存在したことはなかった。ダアワ(教宣)
9
クルアーン 2:256 を他の章句との比較で、Vardit Rispler-Chaim は戦争に関する問題に言及しなが
ら、この章句は当初から宗教的寛容を説くことを意図していなかったと結論づけている。これはタキー
ヤ(信仰隠匿)のためであり、イスラーム共同体を構築するための戦略的な目的だったとしている。
[信仰]共同体が立ち上げられたのは、寛容のためではなく、イスラームの将来を決定づける戦闘の
ためだった。idem. “There is no compulsion in Religion (Quran 2,256):Freedom of Religious Belief
in the Qur'an”, The Bulletin of Henry Martyn Institute of Islamic Studies 11 (July-Dec., 1992): 19-32.
Rispler-Chaim への返答として私は、こうした聖なる命令があるだけでも、クルアーンの意図を示すに
十分であると論じた。宗教的寛容について、イスラームの真の位置づけを示したかったのであれば、
Risper-Chaim は歴史的なキリスト教やユダヤ教と比較すべきだった。しかし、世俗文化のもつリベラ
ルな価値観にイスラームは答えることができる、と主張するムスリムはいないが、イスラームの政権は、
体制の内部に他の宗教の存在を許容してきたことは、その歴史が示している。
10
Bernard Lewis, The Jews of Islam (Princeton: Princeton University Press, 1984), 8.
11
アーノルドは『イスラームの説教』において、イスラームの拡大の歴史的な考察を行い、イスラームは
武力や強制ではなく、説得力ある教説によって拡大したと結論づけている。T. W. Arnold, The
Preaching of Islam: A History of Propagation of the Muslim Faith (Lahore: Sh. Muhammad Ashraf,
1961).
5
は常に、個人の努力に委ねられてきた12。現代的イスラームにおけるギュレン運動は、ト
ルコにおけるムスリムと他の信仰の信徒との間の宗教を超えた関係の行方について、私た
ちに手がかりを与えてくれる興味深い事例である。
新たな神学の基盤:イスラーム的宗教間対話
復古主義的表現や[自己]弁明ばかりの反動的ムスリム知識人やグループの多くとは対
照的に、ギュレンはオープンで寛容な言葉を用いる。ギュレンのこうした姿勢は、イスラ
ームの潜在力の現実化と私はみている。自分たちと同じ考えをもち、同じように信仰をし
ない者に対して、 憎悪と非寛容さを示すイスラーム主義 者 Islamist や原理主義者
fundamentalist[訳注:過去の歴史から都合のよい部分的出来事をとりあげ、現状打破
や社会改良の象徴として強調するが、現実的な政策的実効性は検討していない者たち]た
ちに対して、ギュレンは寛容、許し、愛、そして平和という言葉を用いる。Voll が正し
くも指摘するように、ギュレンは「原理主義者」でもなければ「世俗主義者」でもなく、
彼のアイデアは近代を超越するビジョンを提供している13。
宗教間対話において、ギュレンが提案する第一の原則は、寛容と許しである。以下のよ
うな章句を引用することで、ギュレンはこうした原則をクルアーンから得ている。
お情けぶかい御神の本当の僕たる者は、道を歩くにも腰ひくく、無礼な者どもに話か
けられても(慇懃に)一々「平安あれ」と応える」(25:63)。
それからまた(本当の神の僕というものは)偽りの証言は一切せず、無駄口たたいて
いる人々があってもその傍らを凜として通り過ぎて行く(25:72)。
こういう人々は、何かくだらぬ話を耳にすると、つと身を引いて、「こちらにはこち
らの仕事、そちらにはそちらの仕事。御機嫌よう。無道者の相手はごめんこうむる」
と言う(28:55)。
イスラームの真理を広めようと義務を感じる者を、ギュレンは愛の英雄と呼んでいるが、
こうした者たちは穏やかさと寛容さをもたなければならなかった。愛の英雄はこうした行
12
たとえば、クルアーンはイスラームの布教の原則について、以下のように命じている。「主の道[イスラ
ーム]に人々を喚べよ、叡智とよき忠告とをもって。(頑強に反対する)人々には、最善の方法で(好
意と熱意をもって、やさしく)議論しかけて見るがよい。道から迷い出てしまった人々のことは、主が
誰よりも一番よく御存知。正しい道をあゆんでいる人々のことも、また一番よく御存知」(16:125)。
13
John O. Voll, “Fethullah Gülen, Transcending Modernity in the New Islamic Discourse” in Turksih
Islam and the Secular State; The Gülen Movement, ed. M. Hakan Yavuz and John L. Esposito,
Syracuse: Syracuse University, Press, 2003, p. 245.
6
為をとるなかで、寛容に立ち振る舞うよう命じられ、ファラオに対して穏やかに話しかけ
たモーゼと[その兄]アロンのように、寛大でなければならない14。
第二の原則は、「共通する言葉で対話に向き合う」ことである。この考えをギュレンは、
以下のクルアーンの章句からとっている。
聖典の民よ(ユダヤ教徒、キリスト教徒への呼びかけ)、さあ、わしらとお前たちと
の間に何の差別もない御言葉のところにおいで(イスラームの啓示に立てば、ユダヤ
教とキリスト教との争いはなくなり、三者共同の地盤に立てるのである)、すなわち
みなで神だけをあがめまつろうではないか。(神)に何者も結び合わすことなく(神
のほかには一切の偶像を認めず)神をよそにして、わしたちがお互い同士を主と呼ん
だりすることを止そうではないか(3:64)。
この観点から、ギュレンはさらに発展させて、「対話を行う人々と共有できる、共通の
利害の増大が必要である」とも言及する15 。対話を行う相手がユダヤ教徒やキリスト教徒
であろうとも、共通の利害や共通の言葉こそが、対話の [出発]点でなければならない。
ギュレンによると、ムスリムと「啓典の民」との間の共通の言葉とは、神の信仰である。
上掲のクルアーンの章句は、ムハンマドの預言者性を再臨の期日の条件としていないため、
ムハンマドの預言者性を前面に出さずに、キリスト教徒やユダヤ教徒との神学的な議論を
行う用意がギュレンにはあるようである。私見では、この点こそが、宗教間対話に向けた
新たな一歩と考えられるのである。
クルアーンがユダヤ教徒やキリスト教徒に対して、厳しく批判しているのは何か。これ
についてギュレンは、以下のような示唆によって応えている。「[クルアーンの]章句が
ユダヤ教徒やキリスト教徒を非難し叱責していることとは、預言者ムハンマドの時代の特
定のユダヤ教徒とキリスト教徒について、モーゼやイエスなど彼ら独自の預言者について、
そして誤った信仰や慣習ゆえにこうした批判に値する者たちについてである」16。
さらにギュレンは、ユダヤ教徒やキリスト教徒だけでなく、その他の信仰をもつ善良な
人々をも巻き込むために、宗教間対話の基盤を拡大しようとしている。ギュレンは次のよ
うに述べている。
徳が高く冷静沈着で、注意深く誠実、純粋な心をもち、盗みを働かず、自らのことば
かりを考えず、他人の安寧を優先し、世俗的な期待などをもたない、こうした人々が
今日必要とされている。人類がこうした特質をもった人を見出したならば、切迫した
世界にはよい兆候となることだろう17 。
14
Fethullah Gülen, Love and the Essence of Being Human, Istanbul: Jounalists and Writers
Foundation Publications, 2004, p. 135.
15
Gülen, ibid., p. 169.
16
Gülen, ibid., p. 209.
17
Gülen, ibid., p. 170.
7
第三の原則は、宗教は「文明間の衝突」の道具とされるべきではない、ということであ
る。宗教とはむしろ、世界の平和と寛容のための手段として用いられるべきである。多く
の社会理論は宗教の終わりを予言したが、それらは失敗だったことを Voll が示している。
世俗化はその基盤を失い、反世俗化が重要な現象となりつつある18。
この過程では、さまざまな国で社会運動を形成する重要な役割を、宗教が担いつつある。
グローバリゼーションによって引き起こされた倫理や社会に関する問題を取り上げて、ギ
ュレンはその解決法を提示している。そのため、ギュレンの考えやギュレン[の教えに従
う人々の]共同体は、イスラーム諸国で「再神聖化」を伸展させる装置となってきた。
今日の世界は、環境、教育、そして価値観における重大な危機に陥っていると、ギュレ
ンは論じる。「急速に縮む世界、時間や空間が縮小する時代」である現在において、「新
しい思考様式、科学に対する新しいアプローチ、新しい人生哲学、新しい教育制度が必要
である」とギュレンは論じている19。「文明間の衝突」というハンチントンの主張は、世
界の将来を賢明に予言したものではなく、世界を政治的に支配しようとする戦略的提案で
あると、ギュレンは示唆している。そうではなく、「諸文明の出会い」について、ギュレ
ンは話し合いたいと希望している。宗教のなかでも特にイスラームは、対立や紛争の原因
ではなく、またその原因になることもない。むしろ、平和と統合の基盤であると、ギュレ
ンは主張する。ギュレン曰く、
モーゼやイエスによって伝えられた宗教であろうと、ムハンマド(平安あれ)によっ
て伝えられた宗教であろうとも、実際に対立の原因になった啓示宗教などはない。そ
の正反対に、これらの宗教、特にイスラームは、無秩序、謀反、紛争、抑圧に厳格に
反対してきた。イスラームとは、平和、安全、そして安寧を意味している。そのため、
平和、安全、世界の調和に基づいた宗教としては、戦争や対立は異常である。身体を
蝕む病原菌を排除しようとするときのように、自己防衛は例外であるが、これも一定
の原則に従ったときだけに実行されうる。イスラームは常に、平和と善良を表明して
きた20。
科学と宗教
概して、近代性全般と、特にイスラーム世界における近代科学について、3 つの異なる
アプローチを取り上げることができる。
その第一は、原理主義的な態度である。このなかには、タリバンのように、近代性と科
学を完全に無視するか否定しようとする者たちが含まれる。彼らは[現代]世界に生きて
18
Voll, “Transcending Modernity”, p. 242.
Gülen, ibid., p. 201.
20
Gülen, ibid., p. 202.
19
8
いるが、精神構造は、過去に形成されたものでしかない。[そのため]彼らは、イスラー
ムやイスラームの知的歴史によって、近代と科学による社会問題に対処する能力はない。
第二のグループを、世俗主義者と呼ぶ人もいるだろう。彼らは一つの世界観として、イ
スラームを真摯に検討することはしない。イスラームの知的遺産を犠牲にすることで、近
代性と近代科学が完全に受け入れられる。彼らにとっても、科学と宗教とには対立がある。
[現代の]科学の時代において、宗教はただ信仰としてのみ有効であり、自然と人類の歴
史に特徴と意味を与えるような、総合的な世界観としてではない。
第三のアプローチは、近代とイスラーム、科学と宗教を統合するものと名付ける者もい
るだろう。ギュレンはこの立場に属する。イスラームの大学、つまりマドラサでは、実験
科学に対する関心が欠けていたと、ギュレンは考えている。これが誤りだった。これゆえ
に、イスラーム諸国は、発展した西欧諸国の後塵を拝したのだった。
ギュレンによると、明日の世界は知識によって構築され、すべては知識によって力を得
るために、こうした無配慮に対応しなければならない21。科学は重要ではあるが、それだ
けでは幸福な世界を建設するには不十分であると、ギュレンは考えている。科学に対する
新しいアプローチ、そして新しい人生哲学が、緊急の課題となっている。ギュレンは以下
のように述べている。
過去の世代は、二度と生じさせてはいけない苦々しい闘争を経験してきた。科学対宗
教の闘争である。この闘争が、無神論や物質主義を生み出し、他の宗教以上にキリス
ト教に大きな影響を与えた。科学は宗教と矛盾してはならない。科学の目的は、自然
と人類を理解することである。自然も人間も、神の属性である意志と力の顕現を構成
するものである。宗教の源泉は神の属性である言葉にある。これは、クルアーンや福
音書、トーラー、アダム以来の預言者たちに啓示されたその他など、人類の歴史にお
いては啓典として明示化された。キリスト教徒とムスリムの神学者や科学者たちの努
力によって、数世紀の間続いてきた宗教と科学の対立は、終結を迎えるだろう。少な
くとも、その不合理さが最終的には理解されるだろう22。
ギュレンによると、近代科学はスピリチュアルな導きが欠けている。私たちの世紀に、
数多くの社会問題や環境問題がみられるのは、このためである。科学にとっての導きとな
りうるのは、イスラームの倫理性とスピリチュアリティなのである。イスラームの[過去
の]知的遺産、そして今も息づく遺産としてのイスラームは、こうした利点を有している。
ギュレンは人類の将来については、きわめて楽観的である。
21
M. Fethullah Gülen,Toward Global Civilization of Love and Tolerance , New Jersey: The Light,
2006, p. 255.
22
Gülen, Love and Tolerance, p. 231.
9
私たちの過去の世界は、それが終焉を迎える前に、驚くべき「春」を体験するだろう。
この春によって、富める者と貧しい者との間の溝は狭くなるだろう。世界中の富は、
職務、資産、そして必要性に応じて、いままで以上に公正に再分配されるだろう。民
族、肌の色、言語、そして世界観による差別などはなくなるだろう。基本的な人権や
自由が守られるだろう……この新しい春においては、科学と技術的進歩が熟慮され、
そのため現行の科学や技術のレベルなどは、赤子がハイハイを覚えようとしている段
階でしかないことを、人々が理解するだろう。[現在の]外国に旅行するかのように、
人類は宇宙旅行も組織するようになるだろう。
愛、慈悲と慈愛、対話、他者の受容、相互信頼、正義、そして公正と正義という基盤によ
って、この新しい春が生み出されるだろう。このような世界では、善良と思いやり、公正
と美徳が、世界の基本的性質を形作るだろう。
結論として、伝統的なイスラームの神学は、他の信仰の信徒、特にユダヤ教徒やキリス
ト教徒に対する表現として、過去の正しく導かれた世界に属するという傾向を継承してい
る。伝統的に構築された社会においては、「他者」を定義や描写し、肯定したり場合によ
っては批判するために、保守的な反論の表現が用いられてきた。他者とコミュニケーショ
ンをとり、他者を理解をすることは、当時だけの問題ではなかった。
現在、私たちは異なる時代と空間に生きている。私たちムスリムは、[他者と]コミュ
ニケーションをとったり理解したりするためではなく、定義したり肯定したりするためだ
けに生み出された表現を使い続けることなどはできない。近代的環境、そして今日のグロ
ーバル化した世界においては、私たちの条件にふさわしい新しい神学が必要とされている。
イスラーム学者、スーフィー、そして社会活動家として、フェトフッラー・ギュレンは新
しい神学のための地盤を整備してきた。寛容、愛、慈悲、許しが、この新しい[神学の]
言説の中身を形成している。しかし最も重要なことは、ギュレンの言葉に耳を傾け、ギュ
レンの示唆を実践しようとする人々の存在である。こうした人々こそが、[ギュレンによ
って]彼らに示されたものを現実化することができる。これこそが何よりも重要である。
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