講演録[PDF版]

第19期
情報化推進懇話会
第1回例会:平成17年4月22日(金)
『安全保障とIT』
講
師
拓殖大学海外事情研究所
客員教授
軍事評論家
江畑
謙介
氏
財団法人 社会経済生産性本部
情報化推進国民会議
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『安全保障とIT』
―
プロフィール ―
拓殖大学海外事情研究所
客員教授
軍事評論家
江畑
謙介
◆ 略
氏
歴 ◆
1949 年千葉県銚子市生まれ。81 年上智大学院理工学研究科博士課程修了。83∼
01 年英防衛専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウイークリー」通信員。92 年
∼通産省産業構造審議会「安全保障貿易管理部会」臨時委員、95 年スウェーデン
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)客員研究員。99 年∼防衛庁防衛調
達適正化会議議員、99 年∼日本紛争予防センター運営委員、00 年∼内閣官房高
度情報通信社会推進本部「情報セキュリティ専門調査会」委員、同年から防衛庁・
通産省防衛産業技術基礎研究会委員、00 年∼02 年警察庁・建設省「道路交通情
報高度化検討会」委員,同技術分科会委員、01 年経済産業省産業構造審議会安全
保障貿易管理小委員会委員。05 年
拓殖大学海外事情研究所客員教授、05 年
務省「対外情報機能強化に関する懇談会」メンバー
◆ 主 な 著 書 ◆
最新刊「米軍再編」(ビジネス社)
「情報と国家―収集・分析・評価の落とし穴」(講談社現代新書)
「日本防衛のあり方―イラクの教訓、北朝鮮の核」(ベストセラーズ)
「21 世紀の特殊部隊〈上・下〉」(並木書房)
「これからの戦争・兵器・軍隊〈上・下〉」(並木書房)
「最新・アメリカの軍事力」(講談社現代新書)
「2015 世界の紛争予測」(時事通信社)
「情報テロ―サイバーペースという戦場」(日経 BP 社)
「インフォメーション・ウォー」(東洋経済新報社)他多数
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外
『安全保障とIT』
はじめに
実は今日、「我が国の重要インフラにおける情報インフラ対策の強化に向けて」と
いう 60 ページにわたる第2次提言なるものが、高度情報通信ネットワーク社会推進
戦略本部の、情報セキュリティ専門調査会に属する情報セキュリティ基本問題委員会
から出ます。私は情報セキュリティ専門調査会に属してもう5年になりますが、この
第2次提言に当たっての個人的意見として、2000 年に初めて政府のHPが大規模に書
き換えられて以来、情報セキュリティあるいはサイバーテロリズムに対して、5年間
全く進歩がなかったことに苦言を呈しました。例えば重要インフラである電力、交通、
運輸、通信は相互に依存しているので、総合的に一体化した対策を考えなければいけ
ないのですが、省庁間の縦割りのためにそれが思うように進まず、さらに省庁間のセ
キュリティのレベルが違うので、弱いところをねらえば容易にネットワークの中に入
り込めるという概念すらないのです。
そこにようやく気づいて、この情報セキュリティ基本問題委員会を設けて今日、第
2次提言を発表したのですが、そこに書かれていることは、省庁間のセキュリティレ
ベルを一緒にしなければならないとか、常に見直して新しいものにする必要があると
かいう基本的な話にとどまっています。私が問題にしたいのは、政府のサイバーテロ
に対する認識が、いまだウイルスやハッカーの概念にとどまっているという点です。
サイバーテロには、物理的破壊や強力な電磁波を発生させて配線を切断するという方
法もあります。民間のIT産業、金融産業などではそういう可能性を心配して、電磁
的な攻撃に対する防御をしているところが増えてきましたが、当然莫大なお金がかか
ることから、ケーブルの防御まではできない状況です。自分の専用ケーブルを持って
いても、それが共同溝を通っていれば話はまた別だということで、国家全体でやらね
ばならないことが行われていない現実を、私は個人的に非常に憂慮しています。実際、
ウイルスやハッカーなどは補助的な攻撃に使われる手段であり、それへの対策だけを
一生懸命にやっているのでは、どうしようもないのです。
1.IOとIW
欧米ではIO(Information Operations)とIW(Information Warfare)という
概念を分けて考えています。例えばC2W(Command & Control Warfare)という敵
の指揮通信系統に対する戦いのやり方は軍事に限定された小さなものですが、IWと
いうと、「自己の情報と情報システムを守り、逆に敵の情報と情報システムを攻撃」
するという国家レベルの概念です。それに加えて、「政治的・軍事的行動支援のため
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に政策・作戦決定者に影響を与える」もの、例えば今の中国の反日運動やそれに対す
る欧米の反応といったように、情報・映像を駆使して世論を動かすような、全世界を
も相手とするグローバルなものをIOと言います。つまり、C2Wは戦術的なもので、
IWは作戦的なもの、IOは戦略的なものと呼べる概念だと言えるでしょう。
IOについては Perception(知覚・認識)Warfare とか、Neocortex(大脳新皮質)
Warfare という言葉も生み出されていますが、要するに非常に広い意味で、大衆が持
つ、自分と周囲の世界に対する知見と考えを混乱させたり、人間そのものの行動や考
え方にまで影響を及ぼすものがIOであって、それよりももう少し限定して行うもの
がIWです。IWには Information Attack という言い方もありますが、これにはソ
フトウエア的な攻撃(ウイルス、ハッカー)のほかに、最近、比較的容易にできるよ
うになった電磁波攻撃(EMP、高出力マイクロウェーブ)や、コンピュータ、アン
テナ、通信ケーブルなどを破壊する物理的攻撃なども含めて考えられるようになって
います。
このような中、アメリカ軍は 1998 年に陸海軍・海兵隊を合わせた4軍の統合タス
クフォースの中にCND(Computer Network Defense)の部隊を創設しましたが、こ
の所轄は翌年の 1999 年に宇宙軍となり、これが 2002 年に戦略軍と統合されて、戦略
軍の単一攻撃に使われるようになって、2000 年からはその任務にCNA(Computer
Network Attack)が追加されました。要するに積極的な攻撃もするようになったわけ
ですが、どういうことをやるかは詳しくは発表されていません。
2.主力にならないIO/IW
しかし、私はIOやIWが主要な攻撃手段にはなりえないということを申し上げた
いと思います。それのみならず、IOやIWだけに注目していると、いちばん危険な
ものを見失う可能性があるという点です。このような攻撃は個人が行う場合と組織が
行う場合とに分かれますが、個人が行う場合には、明確な達成目的を持たない攻撃が
多くなります。いわゆる愉快犯です。それに対して、他人の預金を全部自分の口座に
移してしまうなどの行為は達成目標を持つ攻撃になりますが、これはその銀行のソフ
トウエアシステムの内容によほど詳しくないと、簡単にはできません。ですから、大
体において内部犯の犯行になるのですが、それを行える人間が限られることから、そ
れほど発生の可能性は高くないと思います。
実行組織としては、NGO、一般に犯罪組織、テロ組織、国家が考えられますが、
NGOは特定効果を期待するものの、達成目標はありません。現在の反日デモの中心
になった組織はこの例に属すると思います。第2次世界大戦の補償を日本政府が出す
までやるとか、何日までやるとかいう目標を決めておらず、ただ日本に対して圧力を
加えようというものでした。したがって、高度な攻撃手段が執られることはほとんど
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ないと思います。
それに対して犯罪組織の場合は、元来が犯罪ですから、明確な達成目標がなければ
ならないわけです。もちろんオウム真理教が地下鉄でサリンをまいたように、捜査の
攪乱というような、別の目的のためにサイバースペースを攻撃する場合はありますが、
一般的にはそのサイバースペースの中で限定的な目標、例えばある銀行からの預金の
不正引き出しなどといった明確な達成目標がなければならず、これもそのシステムに
対する相当高度な知識がないとできません。また、犯罪組織の場合は、何日までに実
行するという期日の制限があります。
それに対してテロ組織の場合には、明確な期日制限はない一方、明確な達成目標が
あります。例えば、その国の治安組織や金融機関の機能を停止させるという目標です。
また、国家の場合においては、明確な達成目標と期日制限があるという点は説明する
までもないと思います。
しかし、このように達成目標と期日制限がある場合には、IO/IWは確実性、即
効性が期待できないのです。例えば原子力発電所に対するIW攻撃は、各発電所に特
有のシステムが開発されているという現状からほとんど不可能で、システムに入り込
めれば何とかなるだろうというたぐいの攻撃は、結果確実性を考えると実際には行わ
ないと思います。また、かりにIW攻撃があったとしても、スイスのある金融機関の
研究によると、コンピュータ・システムを完全に停止させられて、機能停止に陥るま
での日数は、銀行で2日、商業活動で2日半、工場生産で5日、保険業務で5日半と
いうことですから、けっこうその間に対応を考える時間的余裕があります。したがっ
て、一気に金融機関のシステムを停止させて大混乱に陥らせ、その隙に何とかという
ことはできにくいと思います。
すなわち、合理的に考えれば、IO/IWによる攻撃は補助的手段にはなるが、主
力手段にはならないということです。例えば台湾に対する中国の攻撃で、よく台湾で
言われているシナリオは、ある日突然、台湾のコマンド&コントロールシステムに入
り込まれてたり、電力インフラなどが一瞬にして停止させられてしまったりして、中
国軍が一斉に台湾に乗り込んでくるというものですが、台湾のシステムと中国のシス
テムは全然違いますし、事前に上海や広東省のどこかの都市で都市機能を一瞬にして
停止させる実験などは、できるはずがありません。つまり、非常に確実性がないので
す。核兵器による攻撃は確実性がありますが、生物化学兵器もまた、IO/IW以上
に不確実なものです。つまり、生物化学兵器をまいた量と拡散の度合、人口密度、相
手の軍隊の防護システムの能力などで結果が大きく違ってくるのです。また、日本の
防疫システムと平壌のそのシステムではかなりの能力差があるでしょう。しかもサリ
ンといっても、核兵器のように一瞬にしてという即効性はありません。つまり、混乱
は起こしえても、ある特定の目的を達成する手段にはほとんど使えないということで
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す。
例えば国会議事堂や官邸に爆弾を落とし、救急車が来る道筋に生物化学兵器をまけ
ば、それの除染のために対応が遅れて、議事堂や官邸の人間はほとんど死んでしまう
という兵器を作り出すための補助的手段としては使えても、生物化学兵器だけで首相
官邸を攻撃して内閣の機能を確実に停止させることはできないのです。したがって、
組織による攻撃では、電磁波攻撃や物理的破壊が伴い、むしろそれが主力手段になる
と予想されます。
現実にこれまでの戦争で、IO/IWはそのように使われてきました。例えば、1999
年のコソボ紛争の時の旧ユーゴスラビアに対するNATOの空爆作戦では、ユーゴス
ラビアの防空システムの中に偽の情報を送り込んだといわれています。その具体的な
方法については発表されていませんが、米空軍の EC-130J コマンド・ソロⅡという心
理作戦機に積まれたラジオやテレビの宣伝放送を行えるシステムを利用したか、
EC130H コンパス・コールという通信傍受妨害の専門機を使ったかのどちらかといわれ
ています。それでユーゴスラビア軍のレーダー・ディスプレイや防空システムのコン
ピュータ・ディスプレイにありもしないNATO軍機のレーダーエコーを映し出させ、
ユーゴ軍がそれに対応する間に、NATO軍機は別の方向から攻撃して犠牲を少なく
しようしたということです。実際、39 日間にわたって攻撃したにもかかわらず、撃墜
されたNATO軍機は2機だけでした。しかし、これが可能になるには、ユーゴスラ
ビアの防空システムについて相当詳しい情報がなければなりません。米軍のコンパ
ス・コール機がアドリア海上空を飛んで、そこからユーゴ軍のコンピュータ・システ
ムに偽の信号を入れたのではないかといわれているのですが、米軍は何かやったこと
は認めていても、それ以上のことは発表していません。
また、イラク戦争の場合では、戦争の1年前からイラクのコンピュータ・システム
に入り込んで、サダム・フセインの個人的な銀行口座をゼロにするというようなこと
などをやろうとしたといわれていますが、イラクの通信システムはアドホック的にそ
の場その場で作られているため、入って行ってもいつの間にかイラク国外に出ていた
り、下手に操作するとイラク以外の国と予想もしない影響が出る可能性があるため、
あきらめたという話です。大体、外部にアクセスできるコンピュータは、結局実施す
るイラク全体で1万 5000 台ぐらいしかなかったそうで、そのほとんどがバース党な
いしは共和国防衛隊の人間が持っていたものですから、IW/IO的攻撃はあまり意
味がなかったと言えるでしょう。
3.電磁波攻撃
最近憂慮されるのはむしろ電磁波的な攻撃で、その主力はEMP(Electromagnetic
Pulse)とHPM(High-powered Microwave)です。EMPは昔は核兵器だけしか起
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こせないといわれていました。この現象そのものは、1962 年にアメリカが南太平洋の
島からミサイルを打ち上げて大気圏上 150km ぐらいの所で、1Mtクラスの核爆弾を
爆発させていた時、そこから 5600km も離れていたハワイで一斉に停電が起きたこと
をきっかけに、研究が進んだものです。当時はその原因がはっきり分からなかったの
ですが、今は大気圏上で核爆発をさせると、そこに強烈なX線が発生して電磁層に影
響を及ぼし、電磁パルスを発生させるという理論が分かっています。
その電磁パルスは非常に強力で、冷戦当時は、ヨーロッパの上で1Mt級の水爆を
爆発させると、大陸全体に及ぶ強力なEMPが発生して、防護を施していない電気・
電子装備は一瞬にして機能しなくなるといわれました。電線や回路の誘導電流の発生
によって、高熱を発して自分で溶けてしまうのです。この現象を映画で扱ったのが
「ザ・デイ・アフター」という作品で、その中に、オクラホマ州辺りの広い所で一瞬
の光の後に、人間は何ともないが、自動車が全部動かなくなるというシーンがありま
した。強力なEMP電波をあびることによって、バッテリーから来ている電線が溶け
てしまうのです。それで、1970 年代以後にはEMP防御策がいろいろ行われました。
1980 年代には、アメリカの軍事システムで使われているセラミックコーティング型I
Cのほとんどが日本製だということが、安全保障上大きな問題になったものです。ま
た、日本のあるカセットメーカーのオーディオ・テープに使われている酸化鉄がEM
Pの吸収に適していると注目されました。飛行機の外板の継ぎ目とは電波吸収材を入
れ、通信は基本的に光ケーブルを使ってEMP対策を行ったのです。
ところが冷戦が終わるとEMPの脅威も薄れ、非常に費用がかかることから、つい
最近まで再び無防備の状態になってしまいました。しかし、最近は非常にコンパクト
で強力なEMP発生装置ができるようになりました。磁束を火薬を使って圧縮するこ
とによって、強力なEMPを発生させる装置ですが、それをトラックに積んでいって、
銀行の横にでも停まり、ドンとやれば、銀行のコンピュータのメモリが一瞬に消えて
しまいます。テロ的には非常に使いやす方法です。
また、マイクロウェーブ技術は 80 年代に非常に進歩して、いろいろなタイプの高
出力マイクロウエーブ(ITSM)兵器が使われるようになってきました。最近イラ
クで使われているのは、ADS(Active Denial System)という電子レンジのような
兵器です。これが出すマイクロウエーブが体に当たると、体の水分が一瞬に蒸発して
強い痛みを覚えるので、前進を停止させるとか、群衆を散らすのに用いています。ま
た、冷戦時代ソ連は、もっと強力なノイズ・ジャマーを開発しています。これは、飛
んでくる砲弾やロケット弾の信管に作用して、爆発させなくするか、飛んでいる最中
に爆発させてしまうというもので、最初はかなり大型の装置でしたが、最近はトラッ
クに載せられるようになり、ロシアの兵器カタログに掲載されて、世界に販売もされ
ています。
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また、最近では大砲の弾の型をした小型軽量のものもできてきており、これを飛ば
して敵の指揮通信システムの上で爆発させる方法も考えられています。また、指向性
を持ったHPM兵器や、無人機から敵のレーダーシステムを攻撃する兵器も考案され
ています。このような兵器はすでにイラク戦争の前にアメリカやイギリスで実用化し
ていて、イラク戦争で使われるのではないかと言われました。例えば巡航ミサイルの
弾頭に入れて、イラクの地下にあるコマンド&コントロールシステムの電源ケーブル
や通信アンテナの引き込み口をねらって発射するのだという話が伝わったのですが、
現実には使われなかったようです。しかし、研究が進んでいて、ある程度実用の可能
性が出てきたのは間違いないようです。こういうものは、あまり派手に言わなくなっ
たときが実は実用段階に達した場合が多いのです。
別の例が炭素繊維兵器(ソフト・ボム)というもので、湾岸戦争で初めて使われま
した。これは炭素繊維ないしはシリコン系の繊維を炭素でコーティングしたようなも
のを、巡航ミサイルや爆弾を使って変電所の上にばらまくと、空中に散って電線にか
らみつき、電気系統がショートを起こすというものです。しかし、これがユーゴスラ
ビアで使われた時は、発電所の機能は停止したのですが、繊維を取り去ると機能が回
復しますので、効果は数時間しかもたず、次に別の攻撃機が行って、本物の爆弾を落
として破壊してしまいました。これがイラクで使われたかは分かりません。
またレーダーが誕生した時から使われている方法に妨害電波があります。これがE
CM(Electronic Counter Measure)というもので、最初に登場した時はアルミ箔が
使われましたが、最近では空中を漂う時間が長いガラス繊維にアルミコーティングし
たものが使われます。また、最近注目されているのがGPSの妨害で、ロシア製のG
PS妨害装置が市場に出ています。GPSは電波が弱いので、比較的小さな出力でも
妨害できます。また、イラク戦争の時にアメリカは普通の爆弾にGPSをつけて、衛
星誘導爆弾として大量に使いました。これをJDAMといい、この誘導装置を普通の
爆弾に取りつけると、50%の確率で目標の中心から3∼4mの所に命中します。1t
爆弾が目標から3∼4mの所に落ちれば、大体のものは破壊できます。ちなみに、こ
の爆弾の主力の誘導装置は慣性誘導装置です。GPSというのはナブスター衛星から
信号が来ない限りどうしようもありません。外部のものに依存しない限り目的が達成
されないものは兵器としてだめだというのは、軍事の基本原則です。つまり、慣性誘
導装置ならGPSの電波が来なくとも目標の近くにちゃんと落ちます。それをGPS
によって補正して命中精度を高めるのです。さらに、オウム真理教の例に見るように、
マイクロウェーブのような兵器は、日本では技術的知識と物が普通あることから、だ
れでも作れるのだという事実に注目すべきだろうと思います。
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4.物理的破壊攻撃
1999 年に航空自衛隊のジェット練習機がエンジン故障して多摩川の河原に堕ちた
時に、高圧送電線を切断して、埼玉県と東京のかなり広い地域が長時間停電になった
事故がありました。また、1984 年に世田谷の地下ケーブルの火災により、当時の三菱
銀行のコンピュータ・システムセンターが全てダウンしたという事件もあります。あ
るいは、1998 年の2月に香川県坂出市の送電塔が倒されて、あの辺一帯の工業地帯が
3∼4日操業停止を余儀なくされたという事件も起こりました。そのあとも何回か鉄
塔を支えるナットが抜かれるという事件が起こりましたが、送電を止めなくても、通
信ケーブルが入っている所に自動車をぶつけるとか、光ファイバーが走っている共同
溝に火をつければ、比較的簡単に通信インフラを破壊することができます。もちろん、
ある特定の機能を停止させるには、各ケーブルがどれに相当するのかという知識がな
いとだめですが、その辺一帯を混乱させるということが目的で、攻撃の主力手段でな
ければ、強力な炎が出るものをほうり込むだけでいいのです。
また、アンテナを壊すのも比較的簡単です。例えば携帯電話のアンテナなどは、ビ
ルの屋上などあちこちにありますから。しかし、一つや二つ切ったところでその地域
一帯の接続がダウンすることはあり得ません。また、大部隊が組織的に破壊を行うと
しても、大部隊なら多くの場合は事前に察知できます。問題は日本に2か所ある通信
衛星の基地局の破壊です。もちろん、そこには簡単には入れないようになっています
が、もし破壊されたなら、地上基地局の1か所だけでも大変な影響が出ます。例えば
先日マラッカ海峡で海賊が使ったロケット弾発射機は、今、世界中の武器市場に出回
っていますが、それを漁船に隠して持ってくるのは比較的容易です。それを隣のビル
からドンとやれば、小型の衛星通信用のアンテナくらいなら簡単に吹っ飛ばせます。
通信衛星のアンテナは露出しているがゆえに、かなりぜい弱と言わざるを得ないので
す。
横道にそれますが、最近は、携帯電話をレーダーに利用しようという計画がありま
す。携帯電話は中継局を介して、定常的な電波の網を形成しています。そこに何かが
飛んできて、電波が乱されるならば、その何かがどこから飛んできて、どう移動して
いるかという位置の把握ができるのです。これがセルラフォンのレーダー、セルダー
(CELLDAR)の基本原理です。ただし携帯電話のインフラがある国の中でしか使えず、
従って防衛的手段でしかないのですが、ステルス機のようなレーダーに映りにくいよ
うなものであっても、物体が何か飛んできて電波を乱してくれさえすれば、その位置
が把握できますから、ステルス機やステルス型の巡航ミサイルの探知には非常にいい
ということで、研究・実験が行われています。現在ではほぼ実用段階に達したと思わ
れます。先に述べたように、携帯電話のアンテナはあちこちにあるので、攻撃に対し
てのぜい弱性は低いのですが、ただ基地局が破壊されれば話は別となります。
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また、通信衛星を破壊しても同じ効果が得られますが、それは簡単ではありません。
通信衛星の場合、ほとんどは地上3万 6000km の静止軌道にありますから、国家的規
模の攻撃でなければ破壊できないと思います。通信衛星ができた時から、軍事的には
その防御の手段が考えられてきましたが、実は防御は大変に困難な任務です。
さらに、通信インフラを操作する人間に対する攻撃も考えられます。ただ、インフ
ラは一人だけで操作監督しているということはないので、何人かを同時に攻撃すると
いう点に難しさがあります。また、通勤時間の地下鉄に毒ガスをまくような方法も考
えられます。アメリカの国防総省には2万人以上の人間が働いていますが、その6割
以上が地下鉄で通勤していますから、国防総省の地下駅が使用できなくなるだけで、
米国の軍事的活動を大幅な制約が加わる懸念があります。
5.情報(文字・映像)による攻撃
この分野の問題に関して最近の例を挙げると、ルワンダにおける民族紛争での虐殺
に、ラジオ放送が大きな影響を及ぼしたといわれています。フツ族・ツチ族の双方が
相手の部族に対する憎しみを募らせるような扇動的な内容の放送をどんどん言い合
ったわけです。また、発展途上国では、まだラジオ・テレビの普及が少ない所がある
ので、ビラもけっこう効果があります。イラク戦争の場合も、前線の兵隊などは一般
のメディアにはアクセスできる状態ではないので、「これからアメリカ軍が来るから、
死にたくなければ手を挙げて出てこい」と書いてあるビラが大量にまかれました。ボ
スニアではテレビが、お互いの民族の感情をあおっただけではなく、セルビア側はN
ATOに対する憎しみを増大させるような内容の放送を流し始めました。そのために、
セルビアが持っているテレビ放送局をNATO軍が占拠して、放送を停止させる一方、
衛星放送などを使ってNATOの宣伝工作を盛んにしました。
最近は、新しいメディアとしてインターネットのブログというものが出てきて、世
論を動かす大きな力を持つようになりました。最近の例では、イラクにおけるアメリ
カ軍に上官に対する不満があって、上官を後ろから撃つようなことが行われていると
いうような話をCNNの記者があるところで発言したところ、それはおかしいとブロ
グの上で反論が出され、それがすぐに大きな問題になり、その記者が辞表を書いたと
いうことがありました。ブログに書かれれば、一般大衆は情報の真偽についてはほと
んどの場合問いませんから、あたかもそれが真実のごとく、一瞬にして広がるという
危険性があります。そうやって世論が動かされると大変な結果をもたらす可能性があ
ります。つまり、もし意図的にその操作がなされれば、相当な効果があるだろうと予
想されるのです。
映像を使った手段でいちばんプリミティブなものとしては、ポケモン兵器がありま
す。少し前に、ポケモン騒動というのがありました。テレビを見ていた子供がけいれ
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んを起こしたものです。この種の効果は軍事では昔から知られていました。脳波とほ
ぼ同じ振動数で光(青と赤がいいそうです)を交互に当てると、人間の平衡感覚が失
われる現象は昔から知られていたことなのです。また、強力な光を一瞬当てると、人
間の視力と平衡感覚が失われます。ですから、1998 年、エールフランスの飛行機がハ
イジャックされてマルセイユ空港に着陸した時に、フランスの特殊部隊が機内に突入
した際、この種の閃光弾を投げて犯人の制圧に用いていました。つまり、テレビやデ
ィスプレイを操作して、同じような効果を起こさせうる可能性があるということです。
これにCGや音声再構築を組み合わせて使う方法も考えられます。これはすでに実
現されているのですが、ある人の発言をコンマ3秒とか、もっと細かく切って、その
発音をコンピュータの中で再構築して別の言葉とするという技術があります。これを
軍事的に使うと、防空作戦で地上の防空作戦司令部と戦闘機のパイロットが交信する
ときに、地上のコントローラーの声を事前に録音しておき、話し方の特徴をとらえて
文章を作り替えて、本当は「ミサイルを発射しろ」という命令を、「そのまま基地に
帰りなさい」と交換して電波に乗せることもできるのです。既にCIAはこの技術を
かなり使っているといいますが、どこでどのように使っているかは分かりません。
サダム・フセイン大統領がテレビに出て、「私は今まで独裁者として悪かった。大
統領の職を辞めるから、これから皆さん、アメリカと仲よくやってくれ」と話す映像
を、音声の入れ替えやCGで作り出せるようになっています。さらに、背景と溶け込
ませるように戦車の色やカムフラージュパターンを一瞬にして変える技術が、飛行機
の世界では多少実用化され始めています。ホログラフィーも非常に進歩して来ました
し、シャープが開発した主体映像システムは、2か所から画像の投影をしなくとも、
立体的に物が見えるような技術が応用されました。
映像技術がこれほど進歩すると、大衆を動かすのは非常に簡単になってくるでしょ
う。例えば、キリスト教もユダヤ教もイスラム教も元は同じ宗教で、昔は皆、偶像を
否定していました。その中でキリスト教が偶像を利用し始めた途端に信者を多く獲得
できて、世界的に広がることを可能にしたのです。日本のように宗教心があまりなか
ったり、いろいろな技術を知っている所だと偽の映像で一般大衆を動かすのは難しい
のですが、実はその日本の科学者を集めたオウム真理教ですら、発泡スチロールで作
ったシバ神をあがめていたという事実があります。最後に、技術の進歩によってそう
いう危険性が出てきた点も認識した方が良いだろうということを申し上げて、私の話
を終わります。
以
11
上