モンサントの世界を読んで

『モンサントによる世界』を読んで
Thinking from the book "The World According to Monsanto"
山本義行/YAMAMOTO Yoshiyuki
S18 年生まれ
S43 北大工学部卒
新日本製鐵を経て昭和鉄工勤務後平成 16 年定年退職。
DAPAD 事務局を経て数年前より AJF 会員
SEF(シニアエキスパートフォーラム)会員
フリーランス翻訳業(英&仏)
一級建築士
The World According to Monsanto
Pollution, Corruption, and the Control of the World's Food Supply
Written by Marie-Monique Robin
Translated from French to English by George Holoch
The New Press (May 4, 2010)
384pages
Price : 26.95US$
ISBN : 978-1-59558-426-7
悲惨な過去に向き合わないモンサント
今日では世界の農業アグリビジネスを牛耳るまでになった米国企業モンサントは、同
社のホームページや年報によると 2011 年で 66 カ国、従業員 21,305 人(その他に米国
内で従業員 10,317 人)、売上高 118 億 2,200 万米ドル、純利 16 億 700 万米ドルの多国
籍大企業であるが、同社のホームページには化学メーカーであった過去のことは書かれ
ていない。
驚くべきは、本書を執筆したフランスのフリージャーナリストが暴露している同社の
企業としての生態である。これは PCB(ポリ塩化ビフェニル)汚染にまつわる犯罪的行
為の歴史でもある。PCB は、電気絶縁性が高く、耐熱・耐薬品品性に優れているため、
加熱冷却の熱媒体、変圧器の絶縁油を中心に広く使用されたもので、有毒性ダイオキシ
ン類に分類される。PCB による汚染は、日本でも 1968 年に発覚したカネミ油症事件と
して知られ、1972 年に PCB は製造禁止になった。世界では、2004 年に残留性有機汚染
物質に関するストックホルム条約が発効し、2025 年までに使用全廃、2028 年までに適
性な処分(高温焼却処分)が求められているものの、欧州でもその実態は自主申告に任
されており、その除去・処分は不徹底な状態にあるとされる。
モンサントの過去をさかのぼると、1929 年にスワン化学会社からモンサント化学会
社に再度の名称変更したときに PCB の製造を開始した事実にたどり着く。モンサントの
PCB による深刻な被害は、遅くとも 1937 年には同社内で具体的に認知がなされていた
にもかわわらず、1977 年に米国で PCB の製造が禁止されるまで実に 40 年間も放置され
てきた。1929 年の PCB 製造開始以来、モンサントの工場があった米国アラバマ州アニ
ストンの工場周辺の黒人地域社会は PCB 汚染によるがんや流産の異常発生頻度などの
深刻な被害に悩まされたが、モンサントは PCB 汚染の事実を徹底して隠匿し続けた。そ
れでも、1990 年代の半ばになってようやくひそかに敷地の除染や周辺不動産の買い上
げを始めたものの、PCB が汚染源になっていることはあくまで否定し続けた。2002 年に
は原告 3,500 人規模の集団訴訟において陪審員満場一致の表決によりモンサントが敗
訴したにもかかわらず、いまだに謝罪も懺悔もまったくなしの完全永久否定を続けてい
るのだ。
ミズーリ州の小都市タイムズビーチでも 1971 年にダイオキシンによる異常現象が発
生。1982 年には住民の間でパニックが起き、1983 年には政府が原因不明のまま 3,000
万ドルで都市ごと買い上げという決定をせざるをえなかった。モンサントは、PCB が異
常現象の原因であると知っていながら、その事実を隠匿し、責任回避を続けた。また
1970 年代には、ベトナム戦争で使用されたモンサント製造になる、かの悪名高き枯葉
剤のオレンジ剤による PCB 被害が明らかになり、ダイオキシンの後遺症に苦しむ 4 万人
を超えるベトナム帰還兵が集団で提訴。1984 年にモンサントなど製造会社側は、枯葉
剤の被害を認めないまま、原告側に補償金を支払うことに合意した。
さらに 2007 年には、フランスで欧州環境基準の 5〜12 倍の PCB 汚染がローヌ川流域
の沿岸 300 キロにわたり発見され、いまも沿岸付近の魚介類の食用が禁止されている。
この事件も、モンサントの子会社がかつて投棄したことが原因とされる。最近の調査で
は、PCB 汚染はフランスの広範囲にわたっており、特にセーヌ川はローヌ川以上に深刻
な状態にあるといわれる。
特許が許された遺伝子転換作物
1980 年米国最高裁はついに、形質転換遺伝子微生物を特許の対象とすることを認め
た。それ以降、バイオ技術だけでなく天然の遺伝子も特許の対象になるようになってし
まった。この特許化を機に遺伝子組み換え(GM)作物の開発が大いに進展し、1996 年に
は早くも本格的な GM 作物の商業栽培が始まった。
2010 年に国際アグリバイオ事業団(ISAAA)から発表された「世界の遺伝子組替え作物
の商業栽培に関する状況:2009 年」によると、GM 作物の商業栽培面積は 25 カ国で 1 億
3,400 万 ha にも達するほどに拡大した。作物別にみた GM 品種の作付け割合は大豆 77%、
綿花 49%、トウモロコシ 26%、ナタネ 21%となっている。また、GM 作物の商業栽培面積
は世界で前年より約 900 万 ha 増加、もっとも増えた国はブラジルで前年比 560 万 ha 増
(35%)、アルゼンチンを抜いて世界第 2 位になった。第 1 位は米国である。アフリカで
は、早くから GM 作物栽培し、2009 年にはその栽培面積が 210 万 ha に達した南アフリ
カに加え、2008 年から害虫抵抗性綿花の栽培を始めたブルキナファソで栽培面積が
8,500ha から 11 万 5,000ha へと 14 倍に増加した。ISAAA は、GM 作物の栽培面積 900 万
ha の増加分のうち 700 万 ha(+13%)が途上国、200 万 ha(+3%)が先進国で、栽培面積は今
後も途上国で伸びると予想している。
GM 作物の種子を農家に直接販売しているのは中小を含む種子企業であるが、主な種
子企業は M&A
(合併と買収)によって軒並みバイオメジャーの傘下に収まってしまった。
モンサント、デュポン、シンジェンタの 3 社で世界種子市場の 5 割近くを占め、GM 作
物品種に限れば、バイエルを加えた 4 社でほぼ独占状態となっている。農薬市場では、
種子事業でやや遅れをとった BASF とダウを加えた上位 6 社で世界全体の 76%のシェア
を占める。農薬規制の強化と新規有効成分開発の困難化に直面する農薬企業にとって、
種子、特に GM 作物の種子は重要な戦略商品に位置付けられている。特許を強力な武器
として種子市場の寡占化をはかることで、遺伝子組替え技術や遺伝資源の囲い込みが行
われ、種子価格の高騰を招いているといわれている。特にモンサントは、野菜種苗やサ
トウキビ種苗にも手を広げ、他社ブランドも含め組替え形質が組み込まれた品種系統の
種子まで広げると、シェアはトウモロコシで 8 割以上、大豆で 9 割以上に達するといわ
れる。
モンサントと行政との危うい関係
農家はモンサントとの種子購入(技術使用)契約で、自家採種や種子譲渡を禁じられ
ている。違反者を摘発するために同社が雇った「遺伝子警察」に圃場査察やサンプル採
取の権限が与えられ、近隣農家間で監視通報できるよう専用ダイヤルまで設置されてい
る。2006 年には種子販売だけでなく特許情報の永久的なレンタル契約にも成功し、訴
訟で破産する農家も続出した。モンサントは「これは新しい革命だから生みの苦しみは
ある。しかし技術は正しい」と言ってはばからない。花粉が非 GM 作物畑に蜂や風で分
散しても特許権侵害でモンサントから訴えられる可能性もあり、現在の特許法では他人
の GM 作物で汚染されても賠償責任を免れない。非意図的混入であってさえも契約違反
で提訴され、多額の罰金を科せられている。元の品種に戻ろうにも、GM 品種が普及し
てしまった国では非 GM 作物の優良品種系統が入手しづらくなっているという。
このようなにわかには信じられないような、利益のためにはなりふりかまわない企業
生態が許されている背景には、長年にわたり定着した同社幹部と行政トップとの天下り
を通じた「回転ドア」と評される癒着関係があるとされる。モンサントは広島、長崎の
原爆の製造にもかかわった化学メーカーで、国防総省に人脈の根を張っていたといわれ
る。現在に至るまでも、GM 製品を食品として監督する米国食品医薬品局(FDA)や GM 製
品を殺虫剤として監督する環境省(EPA)の要職に同社の幹部が天下りする慣例が長年に
わたり定着しているため、ユーザーの立場で監督すべき FDA や EPA は、いかなる批判が
あろうとも企業寄りのル―ル設定や運用を徹底できるといわれる。会社のためにはデー
タのねつ造をする、デマ情報を流す、都合が悪ければ自由な研究発表を邪魔する、買収
してまで相手を黙らせる。この時代にまさに信じられない態度を示してどこ吹く風なの
だ。
もともと生命を軽んじてはばからない無機質な化学品を得意とするメーカーが、いつ
のまにか生命をもっとも重んじなくてはならない有機物を扱う農業を牛耳るようにな
ったことだけでも驚きである。その上、このような邪悪な企業生態をもつ会社が現在の
ハイテク、種子、食品製造、アグリビジネスに関わっているという現実を知るべきであ
る。このような事態を招くことを許す現在の世界のルールには、明らかな欠陥があると
いわざるをえない。
そもそも、複雑系の自然に対する影響が未知のままの最先端技術は、慎重な安全確認
環境があって高度な技術監視の上に、長い目で普及されていくべきものであるはずであ
る。現に、農薬や殺虫剤いらずで手間いらずの高収率といった触れこみの除草剤耐性
GM 品種や害虫抵抗性品種、これらの品種の機能を両方を備えたスタック品種などの GM
品種の効能も長続きはせず、数年でその効能を越えるスーパー雑草とかスーパー害虫が
出現したり、風媒や虫媒によって、よその自然のままの圃場も汚染されるといった被害
が見られている。このような状況のもとで、GM 作物の商業栽培には消極的な欧州や日
本をしり目に、技術後進性をかかえる途上国を中心に GM 作物の商業栽培が拡がりを見
せていることに危うさを感じるのは一部の人たちだけなのであろうか?