産業振興と地域金融の再生

平成 25 年度
2回
環境・健康ビジネス研究会
5 月 21 日(火)6:30~18:30
山梨総合研究所
6F 会議室
テーマ:「産業振興と地域金融の再生」
講師:広岡 裕児氏(文筆業)
≫≫ はじめに―自己紹介を兼ねて
私は、フランスと日本を往復し、様々なプロジェクトのお手伝いをしていま
す。1992 年にネットワーク型のコンサルタントグループ PACFICA をパリで開
設しました。案件ごとに、フランス、日本、中国、モナコ、ルクセンブルクの
契約スペシャリストが集まって、業務を実施するものです。私は総合研究部の
ヘッドとして、図の右のような調査研究プロジェクトに業務に携わりました。
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地域総合開発計画、都市計画制度などが中心でした。フランスにおいて都市
計画とは産業、交通、文化、教育、健康福祉等すべてを含めた地域の総合的な
政策を表現した具体的な実現のプログラムであり、図面に落とす以前のコンセ
プトと調整が最も大切です。そこで、異文化を知り、多様な分野に通じている
ということで都市計画や建築事務所でもない我々に依頼されたのです。
2005 年から 2010 年にかけて、パリ郊外のオードセーヌ県のプロジェクト責
任者として横浜の駐日経済事務所に駐在いたしました。大企業ならば海外の情
報収集も営業・交渉も自分でおこなえますが、中小企業はそうはいきません。
そのハンデを埋め、個々の企業レベルでの支援をする中小企業振興策です。10
年ほど準備し、神奈川県と提携して事務所を開設したのですが、残念ながらフ
ランス側の政治状況の変化で、閉鎖せざるをえませんでした。
不動産、会社・銀行制度、投資の調査研究も私の主要なテーマです。現在、
EU は経済危機の真っ只中にあります。今年 3 月に新著を出版しました。宣伝に
なりますが、ご笑覧いただければ幸いです。
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≫≫ EU の財政危機と格差拡大
昨秋まで、日本のマスコミでもユーロ崩壊かなどと EU の危機で大騒ぎでし
た。ところが、いまはまったく静かです。デフォルト寸前といわれた国々の 10
年国債の利回りも危機のはじめごろのレベルに戻っています。
しかし、危機の後遺症と緊縮政策で経済社会状況は前より深刻化しています。
フランスでも求職者数は 350 万人を超え、特に 25 歳以下の若年層の失業率は
この数年間 20%を上回っています。また、元給与所得者の退職者の一世帯あた
りの純資産(不動産を含む)の中間値は 2,165 万円(1€ 130 円)で、金融資産
に限ると 191 万円程度です。一般庶民にとっては年金だけが頼りです。
にもかかわらず、マスコミも騒がず国債利回りも落ち着いているのは、EU の
危機が従来の経済理論で生じた現象ではなかったからです。その大きな要因が
グローバル金融です。
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ちなみに社会保障移転も含めた世帯の所得の推移をみますと、ユーロ危機に
よって、富裕層ほど所得が増加する一方で貧困層ほど所得が減少し、格差拡大
が拡大していることが分かります。
多額の借金を抱え、社会保障費の継続的な増加が予想される日本の今後はど
うなるのでしょうか?個人的には、フランスに比し、まだまだ日本には余力が
あると思いますが、余力のあるうちに、対策をきちんと講じなければ、フラン
スと同様の苦境が日本に訪れることになりかねないと思います。
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≫≫ 金融市場の拡大
1970 年代のニクソンショックで通貨の金兌換が停止されて貨幣発行の限度が
なくなり、オイルダラーなどお金が世の中にあふれ出しました。外国為替も固
定相場制から変動相場制へとシフトしました。
1980 年代から金融に関する規制緩和が行われました。コンピュータと通信の
発達もはじまりました。
そして年金生保投資信託など他人のお金を預かって運用する各種ファンドの
膨張がみられます。図は米国の株式保有高の所有者別の推移をみると 1970 年に
は 7 割あった個人・非営利団体のシェアーは 2010 年で 4 割以下に低下していま
す。その他はすべてある種のファンドです。
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それとともに、株主の行動様式も変わりました。ニューヨーク、ロンドン市
場の株式の平均保有期間は、1970 年代では 5 年程度であったものが、2000 年
代になると 1 年以下となり、株式投資から投機に変質しています。
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≫≫ 2つの世界
さらに、証券化によって多様な金融派生商品が生み出されました。デリバテ
ィブ商品は為替相場や金利などの変動リスクを管理し、リスクを避ける商品と
されていますが、純粋に金儲けのために利用されると一種の賭博です。ただし、
「投資」という名目で賭博罪は免れていますが。
デリバティブの 9 割は証券市場を通さず相対で取引されます(店頭取引)
。こ
の非公開の取引システムはシャドーバンキングと呼ばれ、1980 年代半ばから急
速に発達しました。証券担保融資などさまざまな取引もここで行われます。証
券取引所での取引は、様々なルールに縛られます。また、一般投資家の保護の
ために、情報公開が求められますが、店頭取引では報告義務はありません。複
雑怪奇なシステムで、シャドーバンキングに入っている各種金融機関であって
も全体像を把握することは不可能です。
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いまや、世の中には2つの世界があると思います。全国銀行協会の HP は、
お金は経済社会の血液で、
「企業から個人へ、ある時は個人から企業へ、またあ
る時は個人・企業から国・地方公共団体へと、人間の体を血液が循環するよう
に流れ、経済社会に活力を与えている」と説明していますが、これとは別に銀
行間取引、証券取引所での取引、シャドーバンキングの閉鎖循環系の金融「市
場」という巨大な世界があります。世界の外国為替取引は GNP の 24 倍にのぼ
りますが、そのほとんどが、「市場」の中を循環しています。「市場」は圧倒的
な資金量で「社会」を凌駕しています。
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≫≫ 株主の変化と資本主義の空白
株式会社とはもともと株主のものです。株主に経営委任された経営者は収益
を上げ、株主に可能な限りのリターンを与えることが期待されています。とは
いえ従来は企業を育てることが株主にとっても利益を得ることでした。
ところが、コンピュータと通信の発達で株取引が投機になりました。またフ
ァンドは投資家の利益に自分たちの利益を上乗せしなければなりません。そこ
で経営者に株主に毎年 15~20%以上のリターンを求めるようになりました。利
益が得られれば、黒字解雇したり、会社の資産を切り売りしたりすることもい
とわなくなりました。
この株主の質の変化のために資本主義自体も変わりました。産業振興には、
長期的視点が必要です。地域の雇用創出、環境・自然エネルギーなど社会的に
重要な産業振興もあります。しかし、この株主の変質と「市場」のためにその
部分が空白になってしまいました。
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≫≫ 地域金融・連帯金融
この空白を埋めるのが地域金融・連帯金融です。
フランスでは利益を出しつつ社会的な利益を追求する組織があります。環
境・文化プロジェクト、雇用(就業支援・雇用創出)
、住宅(社会的弱者への住
宅供給)、国際(途上国のプロジェクト支援)などいわゆる連帯経済への投融資
を行なう金融機関や投資ファンドです。また、一般の投資信託でポートフォリ
オの5~10%をこのような連帯金融に投融資する制度もあります。20 年ほど前
から国策としてこれらを税制面などから支援しています。
連帯金融はボランティアや慈善ではありません。資金提供者は、年 15%~20%
のリターンは求めませんが常識的な利回りは必要です。また運用する側もファ
イナンスのプロとしてリターンの高い一般の証券投資と混合して着実に運用し
ます。連帯金融商品で集めた資金の 75%は「市場」で運用されています。こう
して採算性と流動性を確保しています。
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一例として連帯金融機関のひとつである NEF(「新しい友愛経済」)を紹介し
ます。79 年設立、87 年から相互銀行となりました。社員数(組合員数)は 32,574
人、年度貸付件数・貸付額は 242 件、3,600 万ユーロです。なお、貸付分野につ
いて預金者が選択もできます。
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2 つ目は会社型共同投資機関「ガリーグ」です。その概要は図の通り、創業・
発展期の中小零細企業を対象に投資するもので、出資と当座拠出金を合わせ最
高金額は 300~400 万円程度です。
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≫≫ 公的金融機関 ― 預金供託公庫
民間が変質してしまった中で、存在価値を増したのが、公的金融機関です。
フランスで最も伝統があり重要なのが預金供託公庫です。日本の財投に似て
いますが、財源も運用も政府からは完全に独立しています。国会を中心として
監督するいわば「国民有」です。グループ内には最も先端的な金融を行うメガ
バンクもあり、採算性の面からも政府からの独立性を保っています。さまざま
な連帯金融や地域開発の事業体の株主にもなっています。
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≫≫ 中小企業のイノベーション支援:OSEO(起業支援イノベーション機構)
中小企業に対する支援・資金援助機関として従来業務ごとに別々だった機関
を合併して 2005 年に OSEO が設立されました。預金供託公庫も 43%出資して
います。公的機関ですが株式会社で、債券で資金調達し、経営に当たります。
職員は民間待遇です。
OSEO は中小企業に対し、イノベーション支援、投資・キャッシュフロー・
ニーズに対する融資、銀行融資に係る保証を行います。OSEO の関与は、民間
融資を得るためのレバレッジとして機能します。
2008 年 10 月以降、金融危機を克服するために支援が強化されました。また、
現在準備中の産業振興金融機関「投資公共銀行(BPI)」の母体にもなります。
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≫≫ 市場の欠陥を補完する公共と民間の協同
金融に限らず、現在のフランスのやり方には、いくつかの特徴があります。
まず税金で政府がいったん集めてから補助金で分配するのではなく、税優遇
をすることによって共同体内の当事者間で循環するようにする。これによって、
幅が広がりリスクが減少します。
また経営形態、運用ともハイブリッドになっています。たとえば、主に非上
場の中小企業の技術革新を支援する FCPI(イノベーション投資共同基金)、FIP
(近隣投資基金)というファンドの制度があります。民間メガバンクが組成し
運用しています。投資額の 18%税制控除、キャピタルゲイン免税などの優遇措
置をつけ、さらに 40%までは一般の投資運用を許すことでこの商品を大手金融
機関が扱えるようにいるのです。もちろんそのおかげで大手金融機関のノウハ
ウを利用できます。前述した連帯金融でも市場の運用とうまく組み合わせてい
ます。だからこそ長続きするのです。
そして OSEO にみられるような縦割りではない総合性・一貫性です。
この前提としてフランスではミッション行政の大幅導入、官公庁間および機
構内部の縦割りの解消、地方分権(非道州制)など根本的な行政改革がおこな
われました。一言でいえば「官」から「公」へ、です。官公庁でも先に述べた
特徴が発揮されています。
「国有」と「国営」は違います。国有とは国という国
民の共同体が株主として所有するというだけのことで経営は民間です。
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≫≫ 地方の公共会社
地方分権下の公民協同の代表的な存在が地方混合経済会社(SEM)です。地
方公共団体が 50%~80%株式所有する株式会社です。株主である公共セクター
等が利益を長期的に捉えている点で、一般的な民間企業との違いがあり、短期
的な利益を求める市場の欠陥を補完する役割を担っています。
所有権と経営が明確に分離されており、民間人があくまでも民間会社として
経営しています。入札などにとらわれず臨機応変に事業展開が可能です。
公共調達に関する EU の規定との関係から 2010 年には 2 つ以上の公共団体の
出資額が 100%となる株式会社で地方公共会社(SPL)もできました。株主構成
を除いては SEM と業務、経営、性格は同じです。
SEM・SPL は当該地区の地域住民のニーズに適い、公共性をもち、民間との
競争の自由を侵さない事業をその守備範囲にしています。ただし、近年では民
間でも行える業務をおこなう SEM、SPL が急増しています。これは民間と競合
するわけではなく、短期で大きなリターンを要求する株主のため民間会社がカ
バーしきれなくなってしまった部分です。
地方公共団体の効率的なアウトソーシングの道具という役割だけでなく公共
と民間のインターフェースとしての経験を活かし、政策や計画立案のコーディ
ネーター・シンクタンクになるケースも増えています。
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≫≫ おわりに代えて
フランスは金融ビッグバンと規制緩和を進めました。しかし、同時に市場の
欠陥を補完する制度や仕組みを改良し、保持してきました。
日本では、金融緩和、株高・円安、輸出企業の増収・増益、関連産業への景
気波及といった政策が進められていますが、疲弊した地方社会や地域産業の振
興は可能なのでしょうか?
EU 危機は良い教訓をあたえてくれました。
「市場」に頼っていては不可能で
す。公共と民間が協力してコミュニティを形成し、補助金を有効なレバレッジ
として利用しつつ地銀信組など地域に密着した金融機関とともに地域の資金循
環を復活し、中小企業育成を推進していくことが求められると思います。また
行政改革を待たなくても、第 3 セクターを改善してまちづくり、持続的開発、
観光振興などをすることは可能ではないでしょうか。
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