最新の乳がん薬物療法

第 34回
日本病院薬剤師会近畿学術大会 Luncheon Seminar
最新の乳がん薬物療法
2013. 01. 26 BIWAKO HOTEL
座 長
演 者
独立行政法人労働者健康福祉機構 関西労災病院 薬剤部
社会医療法人生長会 ベルランド総合病院 乳腺センター
松原 史典 氏
部長 阿部 元 氏
センター長 (元 滋賀医科大学医学部附属病院 乳腺・一般外科 病院教授)
第 34 回
日本病院薬剤師会近畿学術大会
沢井製薬セミナー
最新の乳がん薬物療法
座 長
独立行政法人労働者健康福祉機構 関西労災病院 薬剤部
部長 松原 史典 氏
演 者
社会医療法人生長会 ベルランド総合病院 乳腺センター
センター長 阿部 元 氏
(元 滋賀医科大学医学部附属病院 乳腺・一般外科 病院教授)
2009 年、病型分類に基づく治療選択の方向性が打ち出され
て以降、内分泌療法、化学療法、抗 HER2 療法を使い分けなが
ら、個々 の患者さんに適応する乳がん治療が行われている。
ベルランド総合病院乳腺センター センター長の阿部元氏は、
この方向性に基づく最新の乳がん薬物療法について語った。
があった。1 つはマンモグラフィによる
意識した治療選択の方向性が打ち出さ
検診が始まり、早期乳がんが発見される
れたが、遺伝 子 発 現 分析により病 型は
ようになったこと。もう 1 つは、補助療
次のように分 類される。ホルモン受容
日本人女性の乳がん罹患率は著しく
法として化学療法を行うようになったこ
体 が 陽 性 の Luminal A と Luminal B。
増加しており、1990 年代前半にはがん
とである。これにより、欧米では乳がん
HER2 が 陽 性の HER2-enriched。エ
罹患率の中で第1位となった。死亡率
による死亡率が減少したのだが、日本は
ストロゲン受容体(ER)、プロゲステロ
も増え続け、6 万人発症して 1万人亡く
遅れている。
ン受 容 体(PgR)、HER2 が 陰 性、す な
なっているのが現状である。年齢別罹
薬 物療 法の効果の中でも、乳がんの
わ ち triple negative の basal-likeで
患率を見ると、欧米では年齢が高くなる
奏効率は 60 〜 80% と効果が高いこ
あ る。St. Gallen 2011 で は さ ら に
ほど上 がるのに対し、日本人は 1970
とを考えれば、日本でも早 期 発 見と適
Luminal B を HER2 陽性と陰性の 2 つ
年代半ば以降変わらず 45 ~ 50 歳が
切な薬物療法施行への取り組みが急が
に分けて、5 つに分類するよう提案され
多い。アジア系黄色人種に見られる特
れる。
た( 図1)。
乳がんを取り巻く現状
徴だが、理由は解明されていない。
サブタイプ別に推 奨される治療手段
イギリスやアメリカの乳がん死亡率は
が異なるのは、サブタイプによって生存
日本 よりも 多かった が、1990 年以 降
乳がんのサブタイプ
減少に転じた。逆に、日本ではここ 20
率が異なるためだ。治療手段は次のとお
りである。Luminal A は内分泌 療 法単
年間で約 2 倍となっている。その理由
2 年に 1度 開 催されるコンセン サス
独、Luminal B(HER2 陰 性 )は内 分 泌
は何か。実は 1990 年代に欧米で転機
会議、St. Gallen 2009 で病型分類を
療法に化学療法を追加する。Luminal B
1
(HER2 陽 性)は内分泌 療 法と、併用が
果を確認できるため、副作用があっても
差がないものの、15 年後にはそれぞれ
基本である抗 HER2 療法と化学療法を
治療意欲を保つことができる。日本の
3.7%、2.8% の差となった。まだこの
行う。HER2 陽 性タイプは抗 HER2 療
乳癌診療ガイドラインでは、手術可能浸
試験結果しかないので、2013 年 3月に
法と化学療法。triple negative は化学
潤性乳癌に対する術前化学 療 法は、推
開催される St. Gallenでの検討が待た
療法単独である。これらの治療は、補助
奨グレード B である。
れる。
療法も再発療法も基本的に同じである。
アメリカでは、ドキソルビシン+シク
術 後 化 学 療 法についても、行うほう
最適な薬物療法の選択にあたり考慮
ロホスファミド(AC)の手術前・手術後
が再発率、生存率ともに 5% 向上する。
すべきなのは腫瘍関連因子と臨床的エ
の投与群を比較した試験、AC にドセタ
欧米では、1970 年代はシクロホスファ
ビデンスである。治療期間、投与方法、
キセルを加えた群と加えなかった群と、
ミド +メトトレキサート +フルオロウラ
同時併用か逐次併用かなどデータを踏
手術前と手術後で比較した試験が同時
シル(CMF)が 基 本 だった が、そ の 後、
まえ、1人1人の患者さんにテーラーメイ
期に行われた。結果、再発率、生存率は
アントラサイクリン系 を 使 用する療 法
ド治療を行っていく。
手術前・手術後の投与群でほぼ同等だ
からタキサン系を上乗せした療法へと
が、唯一乳房温存率が異なっていた。ド
変 遷 を 遂 げ てい る。再 発 率 は CMF で
セタキセルを追 加しても同じであるた
24%、AC で 33%、AC にタキサン系を
め、化学療法は術前を推奨している。ま
追加すると 45% も減少する。
た、術前化 学 療 法によって病 理 学的完
日本のガイドラインでは、原発乳がん
Luminal A ‘ Luminal A’
ER 陽性かつ・または PgR 陽性
HER2 陰性
Ki-67低値(<14%)
全奏効(pCR)が得られた場合は予後が
に対するアントラサイクリン系を含まな
非常に良好であった。
い術後化学療法の推奨グレードは B で
術 前内 分 泌 療 法について、日本 のガ
ある。AC とドセタキセル+シクロホス
Luminal B ‘ Luminal B(HER2 陰性)’
ER 陽性かつ・または PgR 陽性
HER2 陰性
Ki-67 高値
イドラインでは推 奨グレードは患者さ
ファミド(TC)の比較試験では TC のほ
んが閉経後の場合 C1、閉経前の場合は
うが有意に優れていたという結果に基づ
C2 である。閉経後の場合、乳房温存率
く。一方、HER2 陽性は比較的アントラ
は向上するが、予後への影響はわからな
サイクリン系が奏効しやすいが、アント
い。閉経前に関しては意義が明らかで
ラサイクリン系もトラスツズマブも心毒
はなく、基本的に勧められていない。
性があるため、2 剤を同時に使うことは
図 1. ザンクトガレンコンセンサス会議 2011に
よるサブタイプ分類
Intrinsic
Subtype
臨床病理学的定義
‘ Luminal B(HER2 陽性)’
ER 陽性かつ・または PgR 陽性
Ki-67不問
HER2 陽性
Erb-B2
‘HER2 positive(non luminal)’
overexpression HER2 陽性
ER 陰性かつ PgR 陰性
Basal-like ‘ Triple negative(ductal)’
ER 陰性かつ PgR 陰性
HER2 陰性
推奨できない。
実際アメリカでは、HER2 陽性の治療
術後補助療法について
は心毒性の問題からアントラサイクリン
系をベースからタキサン系をベースへと
内分泌療法について、タモキシフェンの
移行している。
術後補助療法の効果を見ると、健存率は
また、トラスツズマブの術後補助化学
リンパ節転移がない人では 15% も差が
療 法についても、様々 な試 験が 行われ
あり、10 年生存率も 5% の差がある 。
ている。1年使用した場合、2 年使用し
内分泌療法の効果は閉経前と閉経後
た場合を比較した HERA 試験によると、
薬物療法には、術前補助療法、術後補
で異なり、閉経前は抗エストロゲン剤、
1年使用で十分だという結果であった。
助療法、
転移・再発後治療の 3 つがある。
閉経後はアロマターゼ阻害薬が基本と
また、HER2 陽性の患者さんの予後解析
補助療 法とは、全 身の 微小 転移を撲 滅
なる。内分泌 療 法により再発のリスク
では、トラスツズマブ投与群と非投与群
し、再発を抑えることを目的に行う治療
は減少し、タモキシフェンを 5 年使用す
には生存率に大きな差がある。比較的
である。
ると再発リスクは半減する。
予後が良いとされるHER2 陰性よりも、
術前化学療法はしこりをできるだけ小
タモキシフェンを 10 年継続使用した
トラスツズマブ投与群のほうが生存率が
さくして、乳房温存ができるようにする。
ATLAS という試験結果によると、再発
よく、HER2 陽性の患者さんにトラスツ
しこりが小さくなれば患者さん自身が効
率、生存率ともに 10 年後ではほとんど
ズマブを使用することは前提といえる。
乳癌の臨床 特別号 2012
術前補助療法について
*1
2
再発・転移後治療について
再発するとQOL 改善のための治療を
図 3. 遺伝子サブタイプ毎の薬物療法
サブタイプ
Basal-like 型
DNA 修復機構異常
VEGFR-2(?)
EGFR 発現
c-Kit 発現
Luminal 型
抗エストロゲン療法(Everolimus の追加)
trastuzumab 併用療法(HER2 陽性例)
ホルモン受容体発現
HER2 型
trastuzumab+ 化学療法
lapatinib+ 化学療法
pertuzumab、TDM-1(増悪時)
HER2 受容体発現
再発乳がんの患者さんの生存率は向上
転移性乳がんに対しては、ホルモン感
受 性がある場合は内分泌 療 法を行い、
ターゲット
化学療法 +プラチナ系薬剤
抗 VEGF 療法(bevacizumab)
抗 EGFR 療法(cetuximab)
抗 Src 療法
小分子 TK 阻害剤(sunitinib)
ポリアデニンリボースポリメラーゼ(PARP)阻害剤
行うことになる。治療薬の開発によって、
しているが、今なお治癒は困難である。
治療法
内分泌 療 法が できず、生命を脅かす転
移のある患者さんには化学療法を行う。
BRCA 変異
補助療法で内分泌療法を行った場合は
再発時期によって使用する内分泌療法
アメリカで術後化学療法にエリブリン
剤の種類を選択する。
メシル酸 塩とカペシタビンを使った比
化学療法についても、補助療法時のレ
較試験が行われたが有意差がなく、アン
ジメンによって再発後の治療内容が変
トラサイクリン系、タキサン系の後、エリ
薬物療法における薬剤師の役割は安
わる( 図 2)。
ブリンメシル酸塩かカペシタビンを使用
全性の確保である。調製を行うのは薬
するかはどちらでもよいというのが現状
剤師であり、レジメンの確認から投与速
である。
度・投与間隔、副作用の管理など、薬剤
HER2 陽 性でトラスツズマブの 効果
師が果たす役割は大きい。医療者側の
がなくなった場合、トラスツズマブとは
安 全のため、曝 露対 策にも細心の注 意
作用機 序が異なるラパチニブは効果が
が必要だ。
ある可能性がある。カペシタビン単独
NCCN ガイドラインにも「 抗 がん 剤
投与群とカペシタビン + ラパチニブ投
の選 択、用量設 定、投与には、がん患者
与群を比較すると、カペシタビン + ラパ
に対する抗がん剤の使用と付随する毒
チニブ投与群のほうが無憎悪生存期間
性の管理経験が豊富な医療チームが必
が 延 長されてい るため
、何らか の 抗
要である」と書かれているように、乳腺
HER2 療法を続けることが基本だろう。
外科医、看護師、薬剤師とともにより安
今後、日本での承認が待たれる薬剤や
全な薬物療法を目指したい。
図 2-1. 乳癌治療体系(化学療法)
Adj.
CMF
AC,CAF
AC→T
AC,CAF
Taxane
Xeloda VNR,GEM
Eribulin
再発
1 Line
st
2nd Line
Taxane
Xeloda VNR,GEM
Eribulin
*2
3 rd Line
Xeloda VNR,GEM
Eribulin
図 2-2. 乳癌治療体系(化学療法)HER2(+)
Adj.
CMF
AC,CAF
AC→T
1st Line
治 療 法 も あ る。PertuzumabやT-DM1
などの抗 HER2 薬、エキセメスタンにエ
ベロリムスを追加する治療法などである。
以 上から、今後承 認予定の 薬 剤も含
めるとサブタイプごとの薬物療法は図 3
再発
H+T
H+T
H+VNR
のようになる。
骨転移治療にはゾレドロン酸とデノス
2nd Line
H+VNR,
X,GEM
H+VNR,
GEM,X
H+X,GEM
マブが使 用できる。顎骨壊 死リスクに
ついては、口腔ケアを徹底すれば休薬の
必要はないとされている。それぞれの
3 rd Line
AC,CAF
薬物療法における
薬剤師の役割
効果、副作用、点滴と皮下注の違いなど
を考慮し、患者さん個々 に選 択すれば
よい。
3
*1 The Lancet Vol.351 May 16, 1998
*2 N Engl J Med 335 2006