海外トピックスエルサレムにおける LRT の現状のぐちはるみ野口知見　調査研究センター研究員はじめに人以上の外国人旅行者が訪れる。2012 年の人口は，イスラエルの首都とされるエルサレムでは，アラブ人が約４割を占める 30 万人，ユダヤ人と 2011 年８月に同国初の LRT が整備され，営業がその他が約６割を占める 52 万人で，計 82 万人で開始された（写真１）。公共交通機関を標的としたある。自爆攻撃などが相次いできた同国において，多額かつてはオスマントルコ帝国下でアラブ人が多の公的資金をつぎ込んで LRT を整備することにく居住していたが，帝国崩壊後，第二次世界大戦は少なからぬ批判があり，同国特有の政治的・歴における迫害を機に世界中からユダヤ人が大量移史的背景などと相まって議論が紛糾した結果，予住すると，アラブ人とユダヤ人との間で，領土を定よりも５年遅れての開業となった。開業から３巡る度重なる紛争に発展した。エルサレムについ年が経過した同 LRT の現状と今後の動向については，1947 年の国連決議において，アラブ人居て述べる。住区である東エルサレムと，ユダヤ人居住区である西エルサレムに分割され，イスラエルはこの国 1．エルサレムの概要境線に基づいて 1948 年に独立を宣言した。しかし，イスラエルはその後 1967 年に第三次中東戦争でエルサレムは，ユダヤ教，キリスト教，イスラム東エルサレムを掌握し，エルサレム全域を首都と教の３つの異なる宗教の聖地とされ，年間 200 万定めた。日本をはじめとする多くの国は，イスラエルによる，国連決議に基づく国境線の侵害を認めておらず，エルサレムも同国の首都とは認められていない。現在ではエルサレムはその全域がイスラエルの統治下にあるが，依然として旧市街を含む東エルサレムにはアラブ人が，写真 1 エルサレムの LRT 98 運輸と経済第 75 巻第 6 号 ’ 15 . 6 新市街である西エルサレムにはユダヤ人が多く居住している。 2．LRT の概要現在運行されているエルサレムの LRT は，23 駅 13 . 8 km から成る。新市街の外れに位置するホロコースト記念博物館やユダヤ人指導者の墓地が写真 2 LRT と路線バスとのスムーズな乗換えが可能なスマートステーションある「Mount Herzel」と，東エルサレムのユダヤ人入植地「Pisgat Ze’ ev」を結ぶ形で運行されており，な乗継を可能とする「スマートステーション」仕途中には新市街の中心部である「Central Station」様の駅も多く整備されている（写真２）。５～15 分（イスラエル側バスターミナル）や「Jaffa Road」，に１本の間隔で，午前５時から深夜まで運行され旧市街への入口である「Damascus Gate」，東エている。なお，ユダヤ教の安息日にあたる金曜日ルサレムのアラブ人居住区「Shuafat」と「Beit の午後から土曜日の日没までは運休となる。 Hanina」などを通る。 2013 年における１日当たりの輸送量は 2012 年 2002 年にフランスの車両メーカー Alstom，同比で約 5 , 000 人多い 14 万 5 , 000 人と，当初予測の鉄道オペレーター Veolia，その他イスラエル企業年間 3 , 000 万人（１日当たり約８万 2 , 000 人）を上回から成るコンソーシアム CityPass グループが 30 っている。年間の BOT 契約を獲得し建設された。車両はバリアフリーの低床車両で，２両編成の定員は約 3．LRT を巡る議論 500 人である。普通きっぷの運賃は一律 6 . 9 NIS（１イスラエルシェケル≒ 30 . 5 円，2015 年４月末現在）エルサレムの LRT は，着工して以降，建設地だが，IC カード Rav-Kav を利用すれば，年齢や周辺の建造物保護の問題に加えて，種々の宗教指職業などに応じた割引が受けられるほか，車内の導者や人権団体からの批判にさらされてきた。議検札機への接触による使用開始後 90 分以内は無論が紛糾した結果，当初 2006 年に予定されてい料で市内路線バスとの乗継が可能となる。各駅にた開業は 2011 年までずれ込み，建設費用は当初は，無料の駐輪スペースが設けられ，３駅には計予定の 12 億 NIS から 22 億 NIS へと膨れ上がった。 1 , 000 台以上を収容するパークアンドライドの駐問題の一つは，西エルサレムと，国連決議によ車場も完備されている。また，バスへのスムーズって定められたアラブ人居住区である東エルサレ海外トピックス 99 運輸調査局ムにおけるイスラエルの入植地を結ぶ，路線設定はアラブ人居住区における投石の対象となってきである。PLO（パレスチナ解放機構）とその支援団た。車両は投石に耐性のある仕様となっているも体によって，同 LRT の国際法に対する違法性がのの，同年 10 月と 11 月には，立て続けに駅を対主張され，建設・運営に関わる二つのフランス企象とした自動車による突入攻撃が行われるなどし業に対する世界的なボイコット運動が展開されるたことから，市は，警備員を循環させるなどしてに至った。結果的に，両社は，運営開始から一定攻撃の防止を図っている。こうしたことから，各期間後に自社の保有する CityPass の株式を手放誌報道によれば，ユダヤ人，アラブ人双方が利用すという決断に追いやられることとなった。に不安を訴えているという。 4．LRT の現状おわりにエルサレムの LRT は，自動車交通の増加に起現在運行されている LRT は，同市マスタープ因する交通渋滞と大気汚染に対応するとともに，ランで計画されている８路線のうちのひとつであ街なかの活性化を実現する手段として 1990 年代り，残りの路線については，2020 年までに全路半ばから検討が始まった。線の開業を目指すとされている。2014 年８月には，運輸省とエルサレム市から委託を受けて同市交現在の路線を延長して，市北部に位置するヘブラ通計画の策定を担う独立機関「エルサレム交通イ大学の二つのキャンパスに至る支線の建設がマスタープランチーム（Jerusalem Transportaion 着工され，市東部の大規模病院 Hadassah Ein Master Plan Team：JTMT）」は，それまで同市に Kerem Hospitals へと至る延長線の建設についておける主要な交通手段であった路線バスを LRT も調整が進められている。これらの二つの路線がのフィーダー輸送として，両者が競合しない形で完成すれば，総延長 21 km 31 駅のネットワークが路線を再設定するとともに，LRT の沿線の一部誕生する予定である。をトランジットモール化し，周辺建物の外観整備 LRT 開業前の批判や攻撃に対する不安にもかを行うことで商店を誘致するなどし，中心市街地かわらず，開業した LRT は着実にエルサレムのの活性化にも取り組んできた。こうした取り組み街の様相を変え，人々の流動に変化をもたらしてを受けて，長く衰退していた同市の中心市街地にいる。また，新たな路線の開業で利便性はさらには歩行者が増加し，JTMT の調べによれば，沿強化されると考えられる。一方で，これまで述べ線の地価は 2004 年比で約２倍に上昇した。アラてきたように，セキュリティに関する不安や関係ブ人居住区から岩のドームのある旧市街や西エルする企業を取り巻く政治状況は，依然として安定サレムの中心市街地へのアクセスも改善したこと的ではないというのが現状である。現在進行してから，大きな流動の変化が見られているという。いる２路線以外の建設計画の詳細も依然不透明でしかし，2014 年７月にイスラエルで起きたパあり，今後の動向が注目されるところである。レスティナ人少年の殺害事件をきっかけに，LRT 100 運輸と経済第 75 巻第 6 号 ’ 15 . 6