LRTの現状と,東京への導入の可能性について

LRT の現状と,東京への導入の可能性について
The Present Condition of LRT and the Future Possibilities
深川
パオロ (慶應義塾大学 総合政策学部)
Paolo Fukagawa
(Faculty of Policy Management, Keio University)
This research is about LRT (Light Rail Transit), a new city transportation system of tram.
This system is adaptable to the request imposed to the present-day such as ecology, aging
society, and chronic traffic jams. In this research I have studied the present state of LRT
and search the possibility of introducing the LRT system to the city of Tokyo.
キーワード:LRT, バリアフリー, 都市整備, PFI,公共交通
Keyword: LRT, Barrier-free, Urban Design, PFI, Public Transportation
1.はじめに
LRT とは,Light Rail Transit の略であり,
次世代路面電車の総称を指す.速度が速いこと,
バリアフリーに対応した構造になっていること
等のさまざまな利点が注目され,現在世界各国
の数多くの都市での導入が進んでいる.LRT は,
その利点を最大限に生かすために,自動車と分
離した専用レーンの走行が必要である.そのた
め,路線の整備を通じて道路をはじめとした都
市空間の整備が行われている.これにより,例
えば自動車を排除した歩行者と LRT のみの空
間であるトランジットモールのような都市空間
が形成され,人間中心のゆとりある魅力的な都
市空間の整備が実現している.このように LRT
は現在都市整備の道具として位置づけられてお
り,LRT の存在自体が魅力ある町のシンボルと
もなっている.
2.研究の背景と目的
現在大都市は,慢性的な交通渋滞や交通事故,
大気汚染等に見られる環境問題,人口の高齢化
等の数多くの問題を抱えている.こうした問題
の解決において交通の分野に課されている役割
は非常に大きい.こうしたなかで,LRT のシス
テムは,大気汚染や混雑の解決に最も適してい
ると考えられる.その理由は,LRT の持つ次に
述べるような特徴と利点に見ることができる.
複数の車両を持ち,バスと地下鉄の中間の輸
送力を持つこと,
床面高さが 15cm∼30cm であ
り,乗り降りにおいて車椅子での平行移動が可
能などの点でバリアフリーに対応した構造にな
っていること,最高速度が 100km/h という高
性能を持ち,高い表定速度の維持が可能である
こと,道路上でも自動車と区別された専用軌道
を走行するため,渋滞に巻き込まれることなく,
定時性の確保が可能であること,などである.
具体的なデータとしては,エネルギー効率に
おいては,地球温暖化の原因となる二酸化炭素
の排出量が自動車の約9分の1であること,人
1人を1キロ運ぶのに消費するエネルギーは6
分の1であることなどであり,建設費の安さに
おいては,1キロあたりの建設費が地下鉄の 10
分の1から 20 分の1となっている(産経新聞
週中講座 2001).
これらの特徴に加えて,LRT が持つ性質とし
て特筆すべき点は,LRT の整備そのものが道路
事情や都市構造と無関係でないため,結果的に
都市全体の整備という複合領域的な分野に発展
すること,鉄道や地下鉄への乗り入れ,バスや
駅等の他の交通機関や設備との結節,パーク&
バスライドの実施等にみられるように,LRT の
運用にとどまらない統合的な交通システムやサ
ービスの構築が可能であること,都市空間を走
行するため,路線の整備およびさまざまな意思
決定において,住民参加,合意形成等に見られ
る政策的側面での活動やノウハウが不可欠にな
ることなどがあげられる.
本研究では,LRT のこうした利点に着目し,
先進的事例の研究と,東京への導入の可能性を
探ることを通じて大都市が抱える交通問題の解
決策を考えていきたい.
3. 海外(ヨーロッパ)の LRT 整備状況
海外の中でも,特に西ヨーロッパにおいて路
面電車の近代化および新規の LRT 整備が著し
いスピードで進んでいる.ヨーロッパにおいて
も,戦後のモータリゼーションの発達により,
それまでドイツやオランダの都市を除く数多く
の都市で路面電車が淘汰され,バスや地下鉄等
の公共交通への置き換えが行われた.路面電車
は,速度的にも非効率であり,効率性のある自
動車等の乗り物の邪魔になるという考えに基づ
いた政策である.しかし,都市交通の発達によ
る大気汚染,70 年代に生じたオイルショック,
高齢化社会等の到来により,環境に優しく,人
間中心の都市空間の形成に適した乗り物である
として LRT が注目されるようになった.以下
にヨーロッパの中でも LRT 整備が進んでいる
国と,その整備状況を紹介する.
<ドイツ>
ドイツには,現在 57 都市に路面電車・LRT
が存在する.他のヨーロッパの国が路面電車を
廃止し,自動車社会に移行するなかで,輸入し
た石油に依存しない政策をとったドイツでは,
数多くの都市に路面電車が存続し,先進的な環
境政策と共に今日まで発展してきた.主な特徴
としては,中規模の都市を中心に都心部での部
分的な地下化および郊外での軌道の専用化が早
い時期から進められ,路面電車の定時性の確保
と都市の主要な交通機関としての地位が確立し
たこと,郊外鉄道への乗り入れを行い,都市圏
ネットワークの一部として路面電車が活用され,
通勤客の効率的な移動に貢献していること等が
あげられる.
<フランス>
フランスでは,50 年代までに 3 都市を除く全
ての都市で路面電車が廃止された.しかし,70
年代以降の環境問題への関心の高まりから,路
面電車に対する見直しが行われ,活発な事前協
議や住民参加を通じて,路面電車の都市への導
入とそれに合わせた都市整備が計画された.87
年にグルノーブルで超低床の LRT が世界で始
めて導入され,路面電車のイメージを一新させ
た.これ以降,各都市での LRT の整備と導入
が進み,現在整備中の都市を合わせると,20 都
市以上にのぼる.
<イギリス>
イギリスには,現在 6 都市に LRT が整備さ
れており,多くの都市で PFI (Private Finance
Initiative)方式による LRT の整備,運営が行わ
れている.PFI とは,ヨーロッパの他の国で多
くの公的補助がなされている中で,公的機関に
よる限られた補助金と,前提条件をもとに公正
な競争入札が行われ,落札した民間会社に設計,
建設,運営,保守等を一括して委託する運営方
式である.これにより,民間のノウハウを活用
した効率的な経営が促進されている.
現在,公共交通整備計画として,2010 年まで
に主要都市に最大25路線の LRTを整備する計
画があり,道路混雑の緩和,公共交通機関の改
善による自動車利用を抑制する選択肢の提供,
バリアフリー化等を目指している.
3.1 先進的地域の現状
<フライブルグ>
フランス国境に近いドイツ南西部に位置する
人口約 20 万人の街である.70 年代以降,先進
的な環境共生型の街づくりが進められ,ドイツ
の「環境首都」にも選ばれている.中心市街地
700m四方のエリアは自動車の乗り入れが禁止
され,周辺は自転車専用道路、バスレーン,自
動車道路が一車線ずつ占有する環境となってい
る.駐車場は市街地内に約 10000 台,市外に約
18000 台分のエリアが設けられ,一時間の駐車
料金は4マルク,市街地内の駐車時間は最大二
時間半となっている.これにより,車の市中心
部への乗り入れが抑制され,代替となる公共交
通を利用することで,パーク&ライドのシステ
ムが機能している.路面電車は,全長 20.1 ㎞で
4 系統あり,市内の主要交通機関として位置づ
けられている.運行間隔は 6 分であり,郊外へ
の移動は終点でバスと接続し,バスが路面電車
を補完する役割を果たしている.
運営は,市が100%出資するフライブルグ
都市公社(VAG)が行っている.この会社は,
電気,ガス等を供給するエネルギー供給会社も
所有し,これらの利益で市の交通欠損を補うシ
ステムが確立している.
フライブルグ市の交通政策において最も特徴
的な点は,環境定期券を導入し,その成果が着
実に利用客数に現れていることである。環境定
期券とは,環境への意識を高め,市街地におい
て自動車から公共交通への乗り換えを促すため
に設けられたシステムであり,大幅な割引でゾ
ーン内の公共交通が自由に乗り降りできる共通
乗車券の総称である.フライブルク市の環境定
期券は他人への貸し出しが可能であり,休日は
定期券1枚で大人2人,子供4人までの利用が
可能である.また料金そのものも,本来の約2
割分安くなる.こうした政策の決定と実行によ
り,公共交通の利用者は15年間で倍増した.
また,総トリップ数は76年から96年の間に
40%増加し,自動車によるトリップ数の変化は
横這いであるが,交通機関の中での分担率は,
60%から 40%に下がった.経営面では,80 年
以降,利用者数は着実に増え続け,96 年以降は
安定した数値を保っている.また、80 年以降増
えていた赤字額も 94 年以降は減少傾向を保っ
ている.
<ストラスブール>
アルザス州の州都であり,ドイツ国境に近い
人口約 45 万人の都市である.現在は,EUの
欧州議会,欧州人権司法委員会などがおかれ,
EUの中心的都市としての役割を果たしている.
都市交通税に適応し,73年に市域マスター
プランが作成されて以来、市長の交代に伴って
トラムと,新交通システム VAL の建設計画が
交互に進行していた.しかし,89 年に行われた
LRTか新交通システム VAL かの選択を争点
とした市長選挙で,LRTを推すカトリーヌ・
トロットマン女史が市長に就任し,LRTの整
備を中心とした都市開発が進められた.
89 年の交通機関別分担率は、自動車 72%,
公共交通機関 11%,自転車 15%であった.また,
市を南北に貫く幹線道路では,5 万台の車のう
ち約半分が通過交通であり,慢性的な交通渋滞
や騒音,大気汚染等の環境悪化を招いていた.
こうした問題に対処するため,LRT建設とあ
わせて都心部を取り巻く環状道路の整備とそれ
による都心部の通過交通の排除,LRTと歩行
者のみの空間であるトランジットモールの整備,
トラムとバスのシステム統合による公共交通の
拡大,自転車利用の促進,都心部の駐車スペー
スの削減と,郊外へのパーク&バスライドの整
備等が計画された.
こうした計画を実現するため,市長のリーダ
ーシップをもとに,活発な広告活動を通じた市
民のトラムに対する理解促進,公的審査や事前
協議によるたびかさなる住民参加と合意形成が
なされ,計画を実施するなかで計画の全体像が
完成されていった.
92 年に環状道路が完成し、都心部を貫く道路
は遮断されるなど,都心部におけるおおはばな
交通規制が行われた.これによってできた空間
を利用し,94年12月に9.8 ㎞の路線が開業し,
LRT が走り始めた.これまでの路面電車のイメ
ージを一変するため,車両および停留所等の空
間デザインには特に力が入れられ,車両はガラ
スを多量に使用した 7 連接で 100%低床のLR
Tが導入された.表定速度は 21.8km/h,ピー
ク時には 3 分間隔で運転し,歩行者のいる都心
部では低速,郊外部では高速走行を行った.
LRT の整備にあわせてバス路線も再編され,接
続駅での乗り換えの充実が図られた,98 年には
路線が 2.8 ㎞延長され,平日の利用者は 7 万 5
千人,公共交通の総利用者数は 43%増となり,
都心部の環境面での汚染数値が半減するなどの
大きな成果を収めた.さらに,2000 年に完成し
た B 線(12.2 ㎞)の建設においては,建設に合
わせて沿線の不動産投資が活発化し,地価の上
昇,有名店舗の進出等をもたらし,LRT の導入
が都市の活性化に非常に大きく貢献しているこ
とが証明された.
4.日本における LRT,路面電車の現状
かつてのヨーロッパ同様に路面電車が淘汰さ
れてきた歴史を持つ日本には,現在 19 都市に路
面電車が存在する.しかし,そのシステムの内
容は,LRT システムが誕生し,定着する以前の
旧来の路面電車のシステムと変化がなく,今日
の自動車や,その他の交通機関に勝る条件を備
えていないという問題を持つ.その具体的内容
は,次の通りである.
軌道 運転規則 53 条によって最高速度
40km/h 以下,平均速度 30km/h 以下という速
度制限を受け,道路上での自動車に対する優先
権が低いため,表定速度が 20km/h 以下になる
ケースが多く,速度の点で自動車や他の交通機
関に劣ること,バリアフリーに対応した超低床
の LRT 車両が少数であること,独立採算制が
原則であり,
公的補助がごくわずかであるため,
非常に厳しい経営状態にあることなどである.
こうしたなかで,ヨーロッパでの LRT の趨
勢に刺激を受け,自治体レベルでの LRT に対
する関心が高まり,導入に向けての調査が行わ
れている段階である.本研究では,東京におけ
る LRT の導入の可能性について調査を行った.
5.東京への LRT 導入計画の進捗状況
東京都都市計画局による LRT 導入に関する
調査報告書によると,現在東京都内において導
入パターン別に見た六つの事例研究地区が指定
されている.具体的には,中心市街地における
短距離交通として銀座・日本橋・丸の内地域,
交通不便地域改善として江東東部地域,広域ネ
ットワーク補完として多摩東部地域・調布・保
谷軸,自立都市内における基幹交通として八王
子市,開発地域内の域内交通として秋留台地域,
既設路線の改良・延伸として都電荒川線となっ
ている.
これらの指定地区の中で,交通不便地域改善
のパターンに指定されている江東東部地域にの
み LRT の導入が検討されている.区間は亀戸
∼新木場(5.8km)であり,江東区東部の鉄道
不便地域の解消,既に整備されている東西方向
の鉄道網を結ぶ南北方向の路線整備を目的にし
た計画となっている.
具体的なルートは,越中島貨物線(3.8km)・
明治通り(都有地:2.0km)となっており,建
設費の半減が可能であるという理由で丸八通り
に平行している貨物線の活用が検討されている.
計画実現に向けてのハードルとしては,貨物
線に適用されている鉄道事業法と軌道法の相互
関係の問題,路線建設に伴う車線の減少と対応
策の問題,建設費に見合う採算性の問題等が挙
げられる.
6.LRT の導入の可能性と今後の課題
本項目では,LRT の江東東部地域への導入と
日本全体への導入の二つのケースについて分析
する.東京都の調査報告書によると,江東区へ
の LRT 導入に際して,既存のバス路線との調整
が課題となっている.これへの対応策として,
バス路線網の再編成、バス事業者との協議会の
設置,およびバス事業者の軌道事業への参画が
あげられている.
最も大きな課題としては,建設費と運営費の
問題があげられる.これに対する解決策として
は,財源の確保として政府および自治体から一
定期間の補助を受け,民間の経営手法を生かし
た効率的な運営を行い,期限を設けて独立採算
制の経営手法を確立することを提案したい.
実現への具体策としては,バスに勝る定時制
と高い輸送力を持たせるとが挙げられる.その
ためには,平均速度の向上により,少ない車両
数での高い頻度の運行が必要となる.また,料
金はバス並みとし,広告収入も積極的に活用す
ることが挙げられる.さらに,今年度開通した
臨海副都心線の新木場へのアクセスにより,新
木場,亀戸間の南北交通の高い需要が見込まれ
る.
LRT の日本への導入においては,軌道運転規
則の改正による速度向上が最低条件である.ま
た,優先信号の設置による LRT の他の交通機関
に対する優位性の確保,ITS 技術の活用による
統合的な交通システムの構築等による条件整備
が必要である.これらの実現を通じて LRT を他
交通機関に勝る条件を備えた魅力的な交通手段
とし,人々がそれを自ずと望むようになること
が不可欠であるといえる.
[参考文献]
株式会社電気車研究会鉄道図書刊行会,
『鉄道
ピクトリアル 7 月号臨時増刊号』,2000 年
東京都都市計画局,
『LRT 導入に関する調査報
告書』,1999 年 11 月
西村幸格・服部重敬,『都市と路面公共交通』
(「欧米にみる交通政策と施設」
)
,学芸出版社,
2000 年
萩原正人,『産経新聞週中講座』,産経新聞,
2001 年
http://www.naruhiko.com/00-3.html (平成
12 年度第 3 回江東区定例会 9 月 27 日∼10
月 16 日) 議会報告